「S」と一致するもの

interview with Nate Chinen - ele-king

 「現段階で、こう言うことはできる。すなわち、我々がジャズと呼ぶ音楽は、様々な状況下において勢いを見出し続けている、と」──アメリカのジャズ批評家ネイト・チネンは著書『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』の後書きにそう書き記している。

 あらためて言うまでもなく、ジャズは21世紀以降、とりわけテン年代を通じて活況を呈し、新たな時代を築き上げてきた。ロバート・グラスパー『Black Radio』(2012)やエスペランサ・スポルディング『Radio Music Society』(同)のグラミー賞受賞、『The Epic』(2015)を引っ提げたカマシ・ワシントンの登場、あるいは高度な複雑性を操るヴィジェイ・アイヤーや圧倒的な個性を放つメアリー・ハルヴァーソンの活躍、等々。ジャズといえば輝かしき黄金時代──1950年代から60年代にかけて──ばかり繰り返しスポットが当てられてきた旧来の状況に対し、チネンは現在進行形のジャズを過去の眼差しから解き放とうとする。それはしかし歴史から切り離すことではない。むしろジャズの現在地を正しく測量するために、彼は何度も過去へと遡る。21世紀のジャズがいかに歴史と繋がりを持つのか、豊富な知識と膨大な取材を元手にしつつ、そのコンテキストを丁寧に辿り直している。変わりゆくジャズがジャズである所以を鮮やかに解き明かす。

『変わりゆくものを奏でる』は画期的な一冊である。いまのジャズを考える上で最低限踏まえておくべき事柄が一通り網羅されている。全12章からなる本書では、一方に特定のミュージシャンを主人公に据えた章──ブラッド・メルドー(第2章)、スティーヴ・コールマン(第4章)、ジェイソン・モラン(第6章)、ヴィジェイ・アイヤー(第8章)、エスペランサ・スポルディング(第10章)、メアリー・ハルヴァーソン(第12章)──があり、他方に特定のテーマが設けられた章がある。後者で取り上げられるのは、保守的なアップタウンと対抗勢力としてのダウンタウン・シーン(第3章)、ウェイン・ショーターらが打ち出した新たな年長者像(第5章)、ジャズと教育ないしアカデミズムについて(第7章)、ヒップホップ~R&Bとのクロスオーヴァー(第9章)、ジャズのグローバル化/グローカル化(第11章)といったテーマである。

 第1章はやや異色だ。カマシ・ワシントンについての記述がベースにはある。しかし彼を主人公とするというより、反復されるジャズの死と救済の物語を検証するためにカマシが要請されたとも読める。実際、第1章ではカマシと対比を成すようにウィントン・マルサリスの物語が綴られる。なぜ人々がジャズの救世主を求めるのかを立体的に描いている。そしてウィントンをどう捉えるかという問題は本書の全体を通じて基層を流れていく──たとえば第3章ではアップタウンの体制側として、ジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC)の芸術監督を務める彼がジョン・ゾーンやデイヴ・ダグラスと比較される。章を跨いで問題意識が連関していくのは本書の特徴の一つだろう。JALCはジャズの文化的地位の向上に資したが、それと並行して体制機関によるジャズ・スタディーズの受け入れがあった、という話が第7章には出てくる。あるいは──バンド内で女性がただ一人だった場合に「視線の交わし合いひとつとっても楽ではない(……)たとえば誰かに目線を返す必要のある場面でも、それが相手をそそるものと受け取られないように気をつける」(333頁)というエスペランサ・スポルディングの懸念は、メアリー・ハルヴァーソンが音楽大学の夏期講座でジャズ・ギタリストではなく「ああ、フォーク・シンガーね」と軽くあしらわれた(386頁)という経験と問題の根を同じくしている。『変わりゆくものを奏でる』は、21世紀のジャズの見取り図を示すと同時に、より広く音楽的問題、さらには社会的/政治的な問題へと思考を導いていく。その意味で単に音楽書というに留まらない人文書となっている。

 著者のネイト・チネンはハワイ・ホノルル出身。もともとジャズ・ドラマーの経歴もあったものの、1996年からジャズ批評家として活動を始め、2003年にジョージ・ウィーンの自伝を共著『Myself Among Others: A Life in Music』として上梓している──といったユニークな来歴や彼の批評観については前後編に分かれた以下のインタヴューをぜひ参照してほしい。『変わりゆくものを奏でる』の原著刊行から7年、ジャズの動向にも様々な変化が訪れた。この度のインタヴューでは、書籍の内容に加え、原著刊行後のジャズの新たな動きを補完する話も語っていただいた。本書はいままさにあらためて読まれるべき段階にきているように思う。なぜなら自由、平等、多様性といったアメリカ的価値観が、すなわちジャズをめぐる状況が、大きく揺さぶられ始めているからだ。わたしたちはそして本書を日本におけるジャズ言説との共通点と差異を見定めながら読み進めることもできるだろう。ジャズの未来について、ネイト・チネンは「私の思いはふたつの異なる軌道を進んでいる」と述べるが──まずは彼のジャズ批評家としてのバックグラウンドからじっくりと話を伺った。

子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。

まずはあなたの批評家としてのバックグラウンドについて教えてください。どんな家庭で育ち、何歳頃から意識的に音楽を掘り下げて聴くようになりましたか?

ネイト・チネン(Nate Chinen、以下NC):そうですね、この取材の文脈から言って、それは特別な質問です。というのも私の両親はどちらも歌手、エンターテイナーだったんです。父はじつは日本でもキャリアがあって、テディ・タナカという名義で歌っていました。まだとても若かった頃、たぶんまだ高校時代に、東京に行ってレコーディングしたことがあり、その歌、“ここに幸あり(Here is Happiness)” は大ヒットしました。彼はいわゆるフランク・シナトラ型の、ビッグ・バンドをバックに歌う歌手でしたが、実際シナトラが東京で初来日公演(1962年4月20&21日)をおこなった際に、ステージで紹介役を務めたこともあったんですよ。ともあれ──父はハワイ生まれで、祖父は沖縄出身の移民一世でした。で、父はハワイ/日本で歌手としてキャリアをスタートさせ、母と共にTHE TOKYO PLAYMATESというグループを結成しました。このグループはアメリカ合衆国全土/カナダをツアーで回ったこともありましたが、それは私が生まれる以前の話です。で、両親はホノルルに戻り、そこでまた別のグループ、Teddy & Nancy Tanakaとして活動しました。つまり私は、そのグループのごくごく幼いメンバーとして育った、と(笑)。
 ですから本当に、小さい頃の最初の記憶と言えば、ステージで一緒に歌う両親の姿、そしてふたりの小さな子どもとしてステージに上げられたことなんです。というわけで、私にとっての音楽との出会いもそれを通じてでしたね。でも、それだけではなく、ミュージシャンになることにもとても興味がありました。子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。というのも、ジャズ・ドラミングはじつに挑戦のしがいがあったし、魅惑的で、とにかく惚れ込んだ。というわけで私がジャズに対して抱いた興味は、そもそもはミュージシャンだったことから発していましたね。とまあ、これが「短いヴァージョン」の私のバックグラウンドです(笑)。

(笑)。

NC:でも、身の周りにつねに音楽があふれていました。それに、あなたもたぶんご存じでしょうが、ハワイは非常に音楽的な土地でもあります。それこそ、空気の中に音楽が漂っているというか。

はい。「チネン」というお名前からして、おそらく日本にルーツがある方だろうと思っていましたが、ご祖父が沖縄出身だったんですね。

NC:そうです。私の日本語のミドル・ネームはタカヒロ。父の名前はタカシです。

ということはあなたの場合、音楽に最初に触れたきっかけはレコード=録音音源よりも、むしろライヴ音楽だった、と言えそうですね。日本の場合、ジャズにしろロックにしろ、海外の音楽はまずレコード/音源で触れるケースが多いわけですが、ご両親がシンガーだったあなたはライヴ・パフォーマンスで音楽に触れる環境にあった、と。

NC:そうですね、その点はずっと興味深いと思ってきました。かつ、そこはもしかしたら、音楽批評家としての自分が他の面々と少し違う点のひとつかもしれません。というのも、批評家でじつに多いのは──多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。で、私からすれば……いやもちろん、私もレコードは大好きですし、収集もしています。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

批評家としてキャリアをスタートさせたのはいつ頃でしょうか?

NC:まず、フィラデルフィアの大学に進学したんです。いま、こうしてまたフィラデルフィアに暮らしていますけれども(笑)。

ああ、そうなんですね。

NC:で、知り合ったジャズ・ミュージシャンの誰もからこう言われたんです、「君がやるべきなのは……」──というのは、私はずっと文章を書くことも好きだったんです。つねに好奇心があり、文章を読み、書くのが好きだった。そして知人のミュージシャンの誰もが、「君はよく考えた方がいいよ……」──だから、「音楽校に進学しない方がいい」と彼らは言っていたんですね(苦笑)。つまり、わざわざ音楽院に入らなくたってミュージシャンでいられるんだから、と。それでも、本当に素晴らしいジャズ・シーンのある都市に向かうのはプラスになるとのことで、実際そうでした。フィラデルフィアに移ったところ、フィラデルフィアのミュージシャンは非常に協力的だった。彼らはとても厳しくて、くだらないナンセンスは一切受けつけませんが(苦笑)、こちらがスキルと正しい姿勢、謙虚さを備えていることさえ示せばがっちり受け入れてくれる。で、私はペンシルヴェニア大学で詩を専攻していましたが、クラブでしょっちゅう音楽をプレイしていた。だからある意味、ふたつの人生を送っていたようなものでしたね。学生/ライターであり、かつミュージシャンでもあった、と。
 そしてある夏、『Philadelphia City Paper』という、無料のオルタナティヴな都市圏週刊新聞でインターンを経験したんです。あの当時はインターネットの黎明期でしたから、ああいったフリー・ペーパーは誰もが手に取ったもので、特にアート関連の記事はよく読まれたんです。で、インターンシップに採用されてニュース室に行ったところ、じつに活気に満ちた職場で、すぐに「ああ、ここで何かやれそうだ」と気づいたんです。文芸欄音楽部門の編集者もとても励ましてくれて、それでレコード評を書き始め、続いてアーティストへの取材、そしてフィーチャー記事も担当するようになって。そうやって、音楽への愛情、音楽への理解、そして言葉に対する愛情がとてもうまくフィットすることに気づいた。そんなふうに執筆活動を始めたわけですが、やればやるほど、自分は……あのコミュニティの一部になっていったというか。程なくして、ミュージシャン勢も私のことを批評家と看做してくれるようになりました。

はい。

NC:そうやってしばらく経って、編集者から「本紙の常任ジャズ批評家になって欲しい」と声をかけられて。当時私はまだ学部生でしたが、「はい。自分に適任だと思います」と答えた。で、そこからでしたね、本格的に学び始めたのは。ギャリー・ギディンス、ナット・ヘントフらの著作や記事を片っ端から読みました。それだけ、非常に強い責任感を感じたからです。「本気でこれを追求するのなら、自分にはしっかり準備を整えておく必要がある」と思った。

先達の伝統を引き継ぐ、というか。

NC:そうです。で、カレッジ卒業後にニューヨークに移り、そこから本格的にキャリアが始まっていった感じでしたね。ニューヨークに移ってはじめのうちはちゃんとした職もなく、バイトでなんとかしのいでいましたが(苦笑)、いくらも経たないうちにジョージ・ウィーン(※1954年にニューポート・ジャズ・フェスティヴァルを開催し、59年にニューポート・フォーク・フェスティヴァルもスタートさせたプロモーター/フェス企画者。2021年沒)に出会ったんです。彼はちょうど自伝を書こうとしていたところで、それにふさわしい共同執筆者が見つからずに困っていた。私は当時22歳で──

お若かったんですね!

NC:(笑)はい、本当に青二才で、仕事面では取り立てて何もやっていなかった。だからこそ、ジョージがあの本(『Myself Among Others: A Life in Music』2003年)を執筆する作業の補佐に本当に打ち込むことができた。そんなわけで、我々はじつに密に仕事しましたし、本が仕上がるまでに3年近くかかりました。ですから彼は私にとってとても重要な指導者であり、一種の父親的存在だった、そう言っていいと思います。

「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。

なるほど。音楽について書き始めた時、他ジャンルについて書くことがあったとしても「ジャズ専門家」の立場から書いていたのでしょうか、それとも特にジャズ専門とせずにジャズ以外の音楽についても幅広く書いていたのでしょうか?

NC:ジャズ批評専門でしたね。というのも、そこは正直言って……私が働いてきた組織のどこでも、ロックやポップのクリティックはすでに存在していたので(苦笑)。

(笑)あなた自身のニッチを見つけたわけですね。

NC:そうです。だから私は「ジャズの人」だった。それは『Philadelphia City Paper』でも、ニューヨークに移ってから書き始めた『The Village Voice』紙でもそうでした。けれども『The New York Times』紙で働き始めたところで、そこに素敵な広がりが訪れました。あれは2005年のことで、2017年まで同紙で執筆しましたが、『NYT』にはじつに素晴らしい伝統があるんです。というのも、同紙では「ポップ批評家(ポップ・クリティックス)」と呼ばれる面々が数人いるだけで、それはつまり、また独自の領域を備えている「クラシック音楽批評家」とは別物である、と。当時の『NYT』ポップ批評主幹で、現在もその役職にあるジョン・パレーレス、彼には本当に──前任のジョン・ロックウェルやその他の面々と同様に、「我々は何でも取り上げ、書く」という感覚があった。ただし、クラシック音楽は総じて除いて。クラシック界には分離主義が存在しますからね。けれどもジョン・パレーレスは本当に……あらゆる類いの音楽に通じていて、信頼できる意見を持たなければならない、その意味で我々の規範だったというか。その意識はベン・ラトリフにも引き継がれましたし、私がポップ批評チームに加わったときも、その恩恵に浴せたわけです。ですから本当に楽しかったし、素晴らしい経験を積めました。もちろん主にジャズについて書いていましたが、それ以外のあらゆるジャンルも網羅させてもらった。ジェイ・Zのコンサート評も書いたし、ビヨンセのレヴューも書き、カントリーやフォーク・ミュージックについて書いたこともあり……という具合で、もう何でもあり。あれは本当に素晴らしい経験でした。で、現在も他ジャンルの音楽について書きますが、ジャズはやはり、私にとってのホームベースですね。

批評家の果たす役割で最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説すること。

あなたが影響を受けた批評家や思想家、書籍などについて教えてください。

NC:そうですね、ジャズ関連の文献で最初に読んだもののひとつと言えば、やはりレコードのライナーノーツですよね? で、そこから書籍に進んでいく、という。ですから先ほども名前の出たナット・ヘントフやアイラ・ギトラーのライナーノーツの数々は、私にとって最初の影響の一部でしょう。でも、アクティヴな影響と言えば、私がジャズについて書き始めたのは90年代半ば頃のことで──ですから部分的にはその時間軸のせいで、やはりギャリー・ギディンス以上に大きな存在はいませんでした。彼は『Village Voice』でじつに素晴らしい仕事をしていましたし、私がニューヨークに移ったちょうどその頃に、彼の『Visions of Jazz: the First Century』(1998)も出版された。実際、私が『Voice』で書き始めた頃、ギャリーはもう『Voice』から引退していましたが、彼をランチに誘ったことがあるんです。あれは本当に素敵なランチでしたし、彼は非常に励ましてくれて、だからこう、「松明を受け取った」フィーリングを感じて最高でした。で、ギャリーのおかげで……彼はじつに鋭いリスナーであり、ジャズの歴史家で、本当に優れたライターでもある。ですから彼は、つねに尊敬してきた存在です。
 でも、それに続いて受けたまた別の影響として──私がこの仕事を始めたのは、アカデミックな世界でのジャズ研究が本当に盛んになり始めた時期とも重なっていました。ですので、学者によるとても興味深い論文を読めるようになったのも、本当に役に立ったと思います。ブレント・へイズ・エドワーズ、ファラー・ジャズミン・グリフィンといった面々はもちろんですし……ダフニー・A・ブルックスみたいな人もいますね。彼女はジャズについてはあまり書きませんが、書かせると本当に素晴らしい。だからそういった学術研究も、ジャズにとって非常にプラスになってきたと思います。そして、インターネットによる民主化のおかげで我々はいまや、じつに多くのミュージシャンの文章も読める。しかも彼らは、非常に筆が立つ。というわけで私は「自分もこの大規模な対話の一部だ」という感覚が大好きです。とても活気のある時期ですし、たとえ──ジャーナリズムの経済モデルは非常に困難になっていても、優れたアイデアがたくさん存在しています。

あなたが考える批評の役割について教えてください。2019年の『Jerry Jazz Musician』誌のインタヴュー(https://www.jerryjazzmusician.com/interview-with-nate-chinen-author-of-playing-changes-jazz-for-the-new-century/)では「私の仕事内容は “gatekeeper” から “guide” に変わった」とおっしゃっていましたね。

NC:そこは、テクノロジーと多く関わっていると思います。そして、我々が音楽およびジャーナリズムと結ぶ関係性とも。というのも我々の世代は予算の都合で、たとえば「ひと月に買えるアルバムは2、3枚」という時期があったのを憶えているわけですよね(苦笑)? レコード店に行き、視聴用ヘッドフォンをかけてアルバムを少し聴いてみて購入するか決める、という。で、あの頃の批評家は何でも聴ける立場にいたわけで、だからこそ何らかの方向性を示してもらうために、彼らの専門家としての意見が我々にも本当に必要だった。「誰それの新作が出たけど、買うべきか? 批評家の意見はあんまり良くないから、今回はスルーしよう」みたいな感じで。ですから本当に、かつては「ゲートキーパー(門番)としての批評家」という感覚があったんですね。つまり、そこには消費者ガイド的な側面があった。
 そして現在という時代において、我々は制約がほぼゼロに近い形で音楽を聴くことができる。好みのストリーミング・サーヴィスを使えば、わざわざ購入するまでもなく、とりあえず作品を「聞く」ことはできるわけです。となると、「では批評家の有用性とは何か?」という話になりますし、一部のリスナーやミュージシャンの中には「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。批評家の果たす役割というのは、「これを買え/あれは買うな」「これは良い/あれは良くない」云々の作品の価値判断だけではありません。というか実際、その面は批評家の仕事の中で最もつまらない部分だと私は思います。最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説することによって……ですから、聴き手はもちろん好きなものを何でも聴けますが、もしかしたら、私にはより良く聴くことのお手伝いをできるかもしれない。あるいは、あなたが作品をよりディープに聴く助けになるかもしれません。というわけで、批評の役割はより不定形というか……ある意味、過去に較べて威力や影響力は劣るでしょう。ただし、もっとフレンドリーではありますよね(笑)?

はい。

NC:で、思うにそれは、門戸を開けて機会を生み出したんじゃないでしょうか。で、私はそのチャレンジを大いに歓迎しました。ですから──そうですね、こういう言い方をしましょう。私は確かに、『NYT』で執筆した12年ほどの時間をエンジョイしました。自分の言いたいことはほぼ何でも、きっと誰かに読んでもらえるのがわかっている、そういう確固としたプラットフォームを持てるのは良いものですからね(笑)。けれども私はある意味、そういうプラットフォームの支えを取っ払っても、誰かが書き、発言することにはそれ自体で説得力を持つ必要があるという考え方を歓迎したというか。それは結びつきを生み出さなくてはいけないんです。ですから、私からすればそれはとにかく、批評をやっている我々誰もにとって初心に返らせてくれるよすが、動機というんでしょうかね。あの炎を、音楽に対する情熱を持ち込まなくてはならない、みたいな。で、幸いなことにそれは、私にはごく自然に感じられるものだった(笑)。ですからその面は試練ではありませんでした。それでも、音楽ジャーナリスト/批評家、そしてミュージシャンにとっても、経済モデルが非常に厳しいのは確かです。

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ものすごく魅了されたんです。カマシ・ワシントンはなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。

ここからは『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』について聞かせてください。第1章はカマシ・ワシントンの話から綴られています。そこにはカマシが21世紀のジャズを代表する「救世主」だから、というだけではない理由があると思います。なぜ、カマシ・ワシントンから始めることにしたのでしょうか?

NC:はい、あれには間違いなく根拠があります。ただし、ひとつ指摘しておきたいんですが、序章はセシル・マクロリン・サルヴァントの話で始まるんですけどね(笑)!

(笑)確かに。

NC:でも実際……あの本をどう始めればいいか、かなり迷って苦労しました。どうしてかというと、本で掘り下げたいアイデアが何かは承知していたんです。つまり、「我々はいかにしてこの現在地点に至ったか」──今日におけるジャズの理解へと繫がった、その状況・土壌はどんなものだったか、について。そして、我々とジャズ史およびジャズ文化との関係の進化をたどりたかったですし、ウィントン・マルサリスと彼の掲げたジャズに関するイデオロギーの盛り上がりについても書きたいことがありました。ところが苦戦した点は、21世紀のジャズについてのお話を、一気に1970~80年代まで遡ってスタートさせたくはないというジレンマで。それでは話があべこべでわかりにくくなるな、と感じました。
 というわけで、「さて、どうしたものか?」とさんざん迷いました。そんなところに、カマシが「結びつきを生む」という意味で素晴らしいチャンスを提示してくれたわけです。というのも、私があの本を執筆していた時期、2016年に、彼の台頭ぶりは爆発的で、誰の目にも明らかでしたから。そうは言いつつ、私は彼に関してはまだ若干の懐疑心がありましたし、ジャズ界における最も進んだテナー・サクソフォン奏者だとは思っていなかった。ですから彼は、「これこそ、いまのジャズにおける最も重要な『声』です」と、私自身が推薦するような人ではなかったということです。ところが、ものすごく魅了されたんです──「なぜ、『彼』なんだろう?」と。彼はなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。


「カマシ・ワシントンの登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない」
photo by Vincent Haycock

なるほど。

NC:そこから、私はウィントンのことを考えるようになりました。というのも、メディアの心酔ぶりといい、一般層での人気といい……実際、突如として誰もがその人のことを知るようになったわけですよね? ですから私は、このふたりの人物はある意味よく似ているが、ただしその在り方はとても違う、ということに気づいた。アーティストとしては、まったく別の人たちですからね。そこからこのアイデア、誰かがヒーローあるいは救世主として台頭していくときというのは、まさしく、そのカルチャーが特定の価値を求めてどよめいているからだ、という発想に繫がりました。それが、「1980年代初期にウィントンが登場したとき、ジャズはリスペクトを得ようと本当に必死だった。そして2010年代半ばにカマシが登場した時点までに、すでにリスペクトを獲得していたジャズが求めていたのは今日性だった」という、私の概念化へと発展していったわけです。その変化が、私にふたつの存在を関連づけさせてくれた。あるジャズ・ミュージシャンが一種のポピュラー・アイコンとなった、そんな驚異的なカマシの物語があり、一方で、その1、2世代前にもそれと同じことをやった人物がいた。そして両者のストーリーはこんなふうに結びついています、と述べたわけです。そうして私にとって一種、あの第1章は、主流文化──アメリカ文化とグローバル文化の双方──におけるジャズの足場は不安定で変動的なものである、というアイデアを探究する試みになっていきました。ですからあの章は、解かなくてはいけないパズルでしたね。
 で、あの章の終わりで、私がカマシに対していくらかの疑念を呈しているのは読めばわかると思います。それでも、いまでも思っています──これは可笑しいんですが、あの章を書いていたとき、NBAファイナルを観ていたんです。あのシーズンは本当に素晴らしくて、マイアミ・ヒートとクリーヴランド・キャヴァリアーズ戦もあり、レブロン・ジェームズがキャヴァリアーズをチャンピオンシップにまで率いて、ステフ(ステフィン)・カリーも活躍し、とにかくすごかった。で、試合を観ながら、「これは歴史的な場面な気がする」と考えていた。そこで気づきましたね、音楽的であれ何であれ、彼がどれだけ後世に残る貢献を果たしたかという意味でミュージシャン/アーティストとしてのカマシをどう見るにしても、彼の登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない、と。彼の、そして『The Epic』の出現によって起きたことは、じつに驚異的です。ですから、私もそういうふうに考えるようになったんです。それは動かしがたい事実であり、実際に起きたことだったし、自分はそれを記録しているんだ、と。

リポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。

『Playing Changes』というタイトルに込めた意味について教えてください。ジャズ用語がもとになっていますが、その背景にはリロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)の「The Changing Same」も考慮されていると感じました。

NC:その通りです。特に、うち1章のタイトル(※第9章/Changing Sames)は、あのエッセイへのトリビュートになっています。で……先ほど、私がどんなふうに批評の世界に入っていったかの話がありましたが、これは純粋に偶然だったとはいえ、『Philadelphia City Paper』でのリポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。というのも、私がプロフィール記事を書いていたミュージシャンがたまたま同地でギグをやることになっていて。そんなわけで私はそのミュージシャンと共に車で向かい、ニュージャージー・ターンパイクを越え、バラカ宅に着き、アミリ・バラカに対面した、と。それが、自分にとってのリポーターとしての初仕事でした(笑)。

(笑)いきなり、重い任務ですね。

NC:(苦笑)。彼の著作は、私にとってずっと、非常に大きな意味を持ってきました。彼はじつに重要な詩人であり、クリティックでしたからね。ともあれ──この本のタイトルをどうしようかと考えていたとき、真っ先に浮かんだのは「ジャズ」という単語を含めたくなかった、という思いです。「ジャズ」を含めるとしても副題だな、と。色々な含みのあるタイトルにしたかった。そんなわけで、「この本のテーマは何だろう?」と考えていたときに頭に浮かんだのは「進化(evolution)」、「推移(transition)」といった言葉で、それを端的に言い表す言葉といえばやはり「change」ですよね。つまり、ジャズは変化したし、それに対する我々の考え方も、人々の演奏の仕方も変化してきた、と。それにもちろん、質問にあったように、ミュージシャンは音楽のコード構造や和音面での輪郭をなぞっていく際に「play changes」という用語を使います。そんなわけで、そのアイデアがひらめいたとき、「これだ!」と思いました。ずばりそれとは言わずに、ほのめかすタイトルだな、と。

第11章「The Crossroads」では、ジャズのグローバル化/グローカル化、自らの伝統をたどり直すミュージシャンの試みについて詳述されています。アメリカでも自らのルーツを探求することで作品を制作するミュージシャンが増えている印象がありますが、こうした動向は近年、どのような意味を持っていると思いますか?

NC:ひとつ言えるのは、そうした動向は非常に個人的(individual)なものだ、ということに気づかされた点です。とあるカルチャーからやって来たアーティストの何人かは、それらの要素を自らのジャズの実践に組み込むことにとても強く駆り立てられている。また一方で、そこにまったく頓着しない連中もいるわけです(苦笑)。その点は、自分にはとても興味深い。ですからあの章は最終的に、ふたつの勢力についての物語になっているんですね。ひとつは、現代のジャズにおける多文化的な次元からの影響。もうひとつは、ジャズのグローバル規模での伝達。つまり、これまであまりジャズ文化が確立してこなかった、そういった地への伝播についてですね。

本の例で言えば、中国がそれに当たりますね。

NC:はい。で、これはたまにヨーロッパのミュージシャンやフェスティヴァルのプロモーター、批評家から寄せられる意見なんですが、「あなたはこの本の中で、ヨーロッパのジャズについてあまり言及していませんね」と。

ああ、なるほど。

NC:それは日本のジャズについても同じだと思います。ですがその理由は単純で、なぜなら私はこの本で、証言者になりたかったからです。だから自分が感じたのは、「ヨーロッパにおけるジャズの歴史はもう、本当に巨大だな!」と。歴史のスパンという意味でも50~60年以上にわたりますし、ですから自分のようにアメリカ東海岸の視点から眺める人間にはかなわないくらい、はるかに深く理解している人々が他にいるだろう、と。

(笑)謙遜なさらず。

NC:いや、でも本当ですよ。日本におけるジャズの物語についても、同じように思いました。というのも日本では本当に驚くくらい、昔からジャズは大いに受け入れられてきました。カルチャーもしっかり存在しているし、だから自分がそこに入り込んで「わかったようなふりをする」のは、返ってあだになるだろうと思った。書くとしたら、とても長い時間がかかるでしょう。ですが、いつか、やってみたいと思っているんですけどね(笑)。本当にぜひ、やってみたい。
ですが、本で触れた中国のジャズ・シーンについては──まず、北京を訪問する機会が訪れたのがありましたし、実際、あの地のジャズはまだ発展中のストーリーなんですね。ですから私にも、「ジャズがある地に根付き、発展していくこんな例があります」と自信を持って伝えることができる、そういう手応えがありました。で、現地で中国ジャズの第1~第2世代のミュージシャンたちの話を聞くことができましたし、あれはとても魅力的なチャンスでした。でも、もしもリソースと時間があったら、それ以外の地域もぜひ深く探ってみたいです。ぜひやってみたいですし、もしかしたら今後の本でやれるかもしれません。

※後編は近日公開予定。

Twine - ele-king

 南太平洋の大陸でひっそりと “カントリーゲイズ” (カントリーとシューゲイズの要素をミックスしたスタイル)の大名盤が誕生しているのをご存じだろうか。そう、トゥワイン(Twine)というバンドにアクセスすることによって現行音楽に対するリスニング経験は大きく変わる……と声を大にしてそれを言いたくなるほどトゥワインというバンドを皆さんに知ってもらいたい。

 トゥワインはオーストラリアの南部、アデレードで2021年に結成されたバンド。アデレードはシドニーから1300km以上、メルボルンからは700km以上離れたオーストラリアの地方都市だ。当初はトム・カツァラス(Tom Katsaras:ヴォーカル/ギター)のソロ・プロジェクトだったそうだが、演奏メンバーの様々な入れ替わりを経て、現在のマット・シュルツ(Matt Schultz:ギター)、テア・マーティン(Thea Martin:ヴァイオリン)、アリシア・サルヴァノス(Alicia Salvanos:ベース)、ジャクソン・パジェット(Jackson Pagett:ドラムス)を含めた体制が固まると、バンドとしての歩みをはじめたという。

 初めて聴いたときは、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの1stアルバム『For The First Time』と2ndアルバム『Ants From Up There』の間の世界を思い浮かべた。反復する混沌としたポスト・パンク的アプローチから、繊細なメロディが広がるフォーキーなサウンドへ移行したその狭間ではどんな音が鳴っているんだろうか。もちろん、ブラック・カントリー・ニュー・ロードとトゥワインでは出自も音楽的な成り立ちも異なるが、トゥワインの不協和音がぶつかり合うカオティックな展開と、優しく鳴り響くスロウコア風味のエモーショナルな展開の連続には、あったかもしれないブラック・カントリー・ニュー・ロードの別のストーリーを想像させた。感情のダイナミズムとジャンルの折衷や溶解が広がるその世界をこじ開け、拡大させ、そこに彼らの旗を立てたと言おうか。丁寧だけど叫び散らかしていて、スリリングだけど優しく染み渡る。若きバンドによる初期衝動とアイデアがもたらす完成されていないからこその未知なる可能性。過去のロック・バンドの名盤と呼ばれる作品がそれを証明するように、そこにこそ生々しくリアルなカオスが宿り、そこにしか味わえないドキドキがある。

 ヴァイオリン・メンバーがいるのは、ロック・バンドとしては珍しい編成ではあるが、まずは1曲聴いてみようということであれば、7曲目の “Fruit To Ripe” を強くお勧めしよう。軽快なドラム・ビートと獰猛なギターに並行して、エネルギッシュなヴァイオリン・リフが絡みついては楽曲の印象を優雅に引き上げている。楽曲の沸点に近づくとともにカツァラスは痙攣気味に声を張り上げ、心地良い緊張感のなかで全ての音が爆発的に融合する瞬間に我々リスナーも心を大きく揺さぶられるであろう。2024年に日本国内のインディ・ロック・ファンの最大公約数となったフリコ(Friko)をも彷彿とさせる楽曲でもある。

 ノイジーで優雅。例えば、3曲目の “Spine” はイントロからディストーションの洪水に見舞われるが、騒々しいカオスを抜けた先に、ガラッと見晴らしの良い晴れた日の高台に出たかのような清々しい音に切り替わる。ヴァイオリニストのテア・マーティンは「ヴァイオリンがバンドの各パートを音響的に移動する効果が好きなんだ」とも語っているが、ヴァイオリンの音使いが秀逸で、轟音のなかでは、後方から音に神秘性のエッセンスを注ぎ込み、ヴァイオリン・リフがはじまると音の先頭に立ち、風が吹き抜ける牧草地のような世界観を演出している。さらに、サビでの感傷的なカツァラスの歌は、ヴァイオリンが感情の導線を演出し、より一層エモーショナルな爆発を引き起こす。

 ここまで彼らを説明するのに初期のブラック・カントリー・ニュー・ロードとフリコを引き合いにしたが、ウェンズデイのようなアメリカン・カントリーな表現を、オーストラリアの地方都市のフィーリングで鳴らしていることにも注目しよう。音には、風が吹き抜ける牧草地と揺れる大地と突然の雷雨のような彼らが生まれ育った故郷のような土着的な雰囲気が漂う。彼らを取り巻く環境、──絶望するほど広すぎる大地、スマホで再生される外の世界、発展し過ぎた複雑なテクノロジー、親密で距離の近いコミュニティ──のなかで、暮らし成長する彼らの雄弁と焦燥、愛と憎しみ、夢と現実が、センチメンタルに沈むのではなく、ちょっとした期待を信じて、感情の爆発を起こす。ヤング・パワーとアイデアと友情と苦悩が迸るトゥワインの音楽はパンクであり、フォークであり、悲しみであり、未来へと続く希望だ。広大なオーストラリアの片隅から放たれたこの衝撃が多くの人に伝わって欲しい。

Seefeel - ele-king

 またその話かよ! ってなるかもしれないんだが……シーフィールのセカンド・アルバムにして〈WARP〉からの最初のアルバムとなった『Succour』(1995年)に関しては、当時の同レーベルの日本での発売権を持っていたソニーがその年出したリリースでもっとも売り上げが低かった1枚だったらしいよとele-king編集長の野田努に言われたことが、当時本作のライナーノーツを担当した僕にとっては未だにトラウマとなっていることはまあ僕以外には関係のない話かもしれない。が、当時のテクノ・シーンに興味を持っていたリスナーなら、このアルバムは話題になる! と確信を持って長文のライナーノーツをしたためた僕の気持ちをわかってくれるじゃないだろうか。そう、ステレオラブやPJハーヴェイを産んだUKインディ・レーベル、〈Too Pure〉から1993年にデビューしたシーフィールは、未だアルバムをリリースしていない時点ですでにかのエイフェックス・ツインとの交流を持っていたのだから。
 「リミックスを頼まれる曲の大半はクソみたいなもの」などと発言して、ほとんど原曲を使わず、まんま自作になってるんじゃないかと思わせるようなリミックスすら堂々と発表したりしていたエイフェックス・ツインがシーフィールとのダブルネームで1993年7月に〈Too Pure〉からリリースしたシングル「Time to Find Me」——原曲はシーフィールのデビュー・シングル「More Like Space EP」(1993年3月)に収録——では、曲の良さを損ねることなくAFX Fast MixとAFX Slow Mixというふたつのリミックス(ちなみにこれはこのシングルより数ヶ月先に発表されたニュー・オーダーのシングル「Regret」の、Sabres of Paradiseによるふたつの——Sabres Fast 'N' ThrobとSabres Slow 'N' Lo——リミックスと呼応しているようにも感じる)を披瀝していたことがおおいに注目を集めたのを今でもよく覚えている。じっさいこのコラボレーションはその後、エイフェックス・ツインからのラヴコールによって彼が共同運営するレーベルRephlexからのリリースとなったシーフィールのサード・アルバム『(Ch-Vox) 』に結実する。
 この「Time to Find Me」のリミックス盤、そして「Plainsong EP」の2枚の12インチと、それを1枚にしたCD「Pure, Impure」が同時に発売され(1993年7月)、これを受けて同年10月に満を持して発売されたのがファースト・アルバム『Quique』である。
 アルバムにはデビュー・シングルの曲はひとつも収録されず、続く2枚のシングルからも「Plainsong」のみが選ばれ、リミックスされた「Time to Find Me」も含まれなかったこのファースト・アルバムはしかしむしろ好意的に受け入れられ、同時にライヴ・アクトとしても人気を集めた彼らはわかりやすい例えで言えば「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとエイフェックス・ツインを繋ぐ」ものとしてその存在感を強めたし、アルバム発売後のツアーの一環としておこなわれたコクトー・ツインズとのヨーロッパ・ツアーは、シーフィールの名をいっそう高みへと押し上げるのに十分な役割を果たしたのだった。
 こうして舞台が完全に整ったと言える時期に、彼らは電子音楽の牙城とも言えるシェフィールドの名門レーベル、〈WARP〉への移籍を発表。WARPには盟友、エイフェックス・ツインも、のちにシーフィールのリミックスを手がけることになるオウテカもいた。〈WARP〉初のギタリストを擁するロックバンド!と喧伝されたシーフィールは1994年4月にWARPからの初プロダクトとしてシングル「Starethrough EP」を発表。ここに収録された「Spangle」は、その翌月に発売されたWARPのリスニング・テクノ・コンピレーション『Artificial Intelligence 2』に、オウテカやエイフェックス・ツイン(Polygon Window名義)とともに収録され、彼らの代表曲のひとつとなった。9月には続くシングル「Fracture / Tied」をリリースし、そして翌1995年3月にはセカンド・アルバム『Succour』が日の目を見る。

 シーフィールはデビュー当時からことほどさようにいつもなにかしら話題があり、注目されていたのである。なのに、日本では売れなかった。壊滅的に、と言ってもいいほどに。
 だが、今になって振り返れば……たとえばエイフェックス・ツイン。テクノ好きを中心としたファンベースは確かにあった。けれど、今では名作として語られる『Selected Ambient Works Vol. II』(1994年3月)ですら、リアルタイムで国内盤は発売されていない。エイフェックス・ツインのアルバムが本国と同時に発売されたのは「Girl / Boy Song」で注目された『Richard D. James Album』(1996年)からなのだ。『Vol. II』は、初出から5年を経てようやく1999年に国内盤化された。オウテカだって似たようなものだし、初期のシーフィールをエンジニア的側面から支えてきた盟友マーク・ヴァン・ホーエン(Locust名義も)に至ってはもっと未知の存在にすぎなかっただろう。だから、彼らの名前でこのシーフィールというバンドを知る人はかなりいるはず……というのはかなり甘い期待だったと認めざるを得ない。まあ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインだってあの時代はまだそれほど人口に膾炙する存在とは言えなかった。
 加えて『Succour』期の彼らが、加工されているとはいえまだギターやヴォーカルの肌理が温かみを保っていた〈Too Pure〉時代よりもよりアブストラクトで鉱物的な音響工作を推し進めていたことも要因としてある。〈WARP〉が契約した初のギター・バンドってどんなの? と思って聴いてみた人にしてみたら、これってどこがロック? ギターはどこ? となるのはある意味当然かもしれない。入口としてはちょっと敷居が高かったのだろうか。
 だから、そういう人が先に『Quique』期の彼らを耳にしていたら、もしかしたらこの『Succour』の日本での受容はもう少し変わっていたのかもしれないと、今にして思うのである。

 この『Quique』のRedux(戻ってきた、よみがえったの意)版は、オリジナル『Quique』の拡大版としてシングル曲や未発表曲が加えられて〈Too Pure〉から2007年にリリースされたものである。この拡大版を作るために集ったメンバーは、これを機に活動休止状態になっていたバンドを再始動する意思を固め、それは2011年の4作目となるセルフ・タイトルのアルバムへと結実する。しかしそのいっぽうで彼らの生みの親とも言えるレーベル、〈Too Pure〉はこの拡大版をリリースした翌年に事実上消滅した(それゆえ、今回取り上げた本作は現在の原盤権を持つBeggars Arkiveからのリイシュー盤である。内容は2007年版と変わらないが、あらたにリマスターが施されている)。そういう意味ではこのアルバムは、〈Too Pure〉の「白鳥の歌」でもある。『Quique』は、この2時間におよぶ拡大版でいっそう際立って甘美な音楽を披瀝する。この甘美さは、WARP期以降の彼らからはいくぶん失われた。もちろんそのかわりに彼らが獲得した精緻な彫刻めいたアーキテクチャもまた魅力的であることは間違いないし、2024年にリリースされた最新の2部作も素晴らしい作品であったから、この先の彼らのあらたな展開はやはり楽しみではあるのだが、しかしときにはこの白昼夢のような世界にどっぷりと浸かりたくなることもあるのだ。

Jane Remover - ele-king

 「過剰」「極度」といったニュアンスで捉えればよいのだろうか、ともかくパンデミック前夜に幕を開けた、いわゆる「ハイパーポップ」とされる新たなムーヴメントは、隔離の時代を終えたいまもたしかな存在感を発揮しつづけている。

 その一端を担う2003年生まれのアメリカ人アーティスト、ジェーン・リムーヴァーが最新作『Revengeseekerz』を4月4日に(ポスト・ハイパー的ムーヴメントの一端を担うレーベル)〈deadAir〉よりリリース。

 パンデミック期には「leroy」名義で過剰にマキシマイズされ、多量のサンプル・ソースで構成されたサウンドデザインを特徴とするマイクロジャンル「ダリアコア」(ハイパーフリップとも)の提唱者として世界中のキッズを熱狂させつつ、本名義ではインディ・ロックやエモとEDM、デジコア──ハイパーポップのなかでもよりヒップホップに近接したサブジャンル──をミキサーにかけたような作品を次々と披露するなど、ハイパー以降のシーンにおいて特異な才能を発揮しつづけている。

 そんな彼女(*ジェーンはトランス女性であることをカミングアウトしている)の新作には、デトロイトのラッパー・ダニー・ブラウンが参加するなどのサプライズも。実験的でマキシマイズされた作風はそのままに、ラップでもポップでもない未知の地平に向けて日々邁進しつづけているようだ。

 ともかく、2020年代以降に水面下で起きている新しい動向についての興味の有無は別として、まずはぜひ一聴を。耳馴染みがなくとも、案外好みに合うかもしれません。

Artist: Jane Remover
Title: Revengeseekerz
Label: deadAir
Format: Digital
Release Date: 2025.04.04

Tracklist:
1. TWICE REMOVED
2. Psychoboost ft danny brown
3. Star people
4. Experimental Skin
5. angels in camo
6. Dreamflasher
7. TURN UP OR DIE
8. Dancing with your eyes closed
9. Fadeoutz
10. Professional Vengeance
11. Dark night castle
12. JRJRJR

https://janeremover.bandcamp.com/album/revengeseekerz
https://stem.ffm.to/revengeseekerz

Shintaro Sakamoto - ele-king

 もうご存じのことと思われますが、LIVEフィルム作品「坂本慎太郎LIVE2022@キャバレー·ニュー白馬」、Netflixにて5月1日より配信されことが決定した。監督は、ピエール瀧をフィーチャーした大ヒット作「地面師たち」を手がけた大根仁。16mmを使っての気合いの撮影だったようです。期間限定なので見逃さないようにね。

 2022年、坂本慎太郎は4thアルバム「物語のように」を発表し、全国リリースツアー「LIVE2022 LIKE A FABLE TOUR」を行いました。ツアー全日程発表後、特にSNS等で話題になっていたのが、12月5日(月)熊本県八代市キャバレー・ニュー白馬での公演でした。日本に現存する希少なキャバレーであり、地元出身の八代亜紀を生んだ場所としても知られるキャバレー・ニュー白馬。
 この特別な夜を記録するために映像ディレクター・大根仁が、スタッフ総勢30名を引き連れ、16mmフィルムカメラ6台での撮影を決行。結果まるでタイムスリップしたかのような現役キャバレー会場の雰囲気と観客、演奏をフィルムの質感で見事に記録した貴重なライブ映像が完成しました。国外でも評価の高い坂本慎太郎の初LIVE映像作品になります。 


坂本慎太郎LIVE2022@キャバレー·ニュー白馬
(英題: Shintaro Sakamoto LIVE2022@CABARET NEW HAKUBA )

出演: 坂本慎太郎、AYA、菅沼雄太、西内徹 
監督: 大根仁 
2025年5月1日(木)Netflixにて配信開始。 
*期間限定での配信になります。 


坂本慎太郎
1989年、ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。
2010年バンド解散後、2011年に自身のレーベル“zelone records”にてソロ活動をスタート。
2017年、ドイツのケルンでライブ活動を再開。2022年、4thソロアルバム「物語のように (Like A Fable)」を発表。
2024年、2度目のUSツアー、インドネシア、タイ、韓国、台湾など、国内外でLIVE公演を展開している。
2025年、7月に行われるFRF’25に出演。
また、様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供他、活動は多岐に渡る。 
HP: https://linktr.ee/shintarosakamoto_official

大根仁
テレビドラマ「モテキ」「まほろ駅前番外地」「エルピス–希望、あるいは災い–」や、映画・MV・CMを手掛ける映像ディレクター。
2010年、ゆらゆら帝国ライブDVD「YURAYURATEIKOKU2009.04.26LIVE@日比谷野外大音楽堂」をディレクション。
2011年、劇場版『モテキ』で映画監督デビュー。その他の映画作品に『バクマン。』『SCOOP!』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』など。
2012年、『モテキ』で第35回日本アカデミー賞話題賞 作品部門
2016年、『バクマン。』で第39回日本アカデミー賞優秀監督賞
2022年、「エルピス–希望、あるいは災い–」で第60回ギャラクシー賞テレビ部門 大賞を受賞。
監督・脚本を手がけたNetflixシリーズ「地面師たち」が世界独占配信中。

HP: http://www.crescendo.co.jp/creators/one.html

Cosey Fanni Tutti - ele-king

 コージー・ファニ・トッティの小女時代からTG結成にいたるまでの人生が映画化されるというニュースが話題になったのは、彼女の自伝『アート セックス ミュージック』(2017)が出版され、それが大いに話題になってから数年後のことだった。それは、暗闇のなかでラジオに耳を澄ませながら空想の友だちを作っていた少女の話であり、大学を中退し、ポルノ産業で働きながら芸術集団COUM Transmissionsのメンバーとして活動、やがてThrobbing Gristleでベースを弾くにことになる女性の物語になるらしい。
 また、コージー・ファニ・トッティはあれからソロ・アルバム『Tutti』(2019)、『Re Sisters』(2022)という本を出版した。それは三人の女性——彼女自身、電子音楽家のデリア・ダービシャー、そして15世紀の神秘家で作家のマーガリー・ケンプ——の「記録」を通してその人生を探るものだった。
 そして来たるべく6月、コージー・ファニ・トッティは9曲入りの新作『2t2』をリリースする。
彼女はいう。「“Stound”というトラックでの私の倍音唱法は、内なる自己に触れるもので、感情的にも身体的にも、存在の核にまで入り込み、音が浸透して癒やしをもたらすとともに、私たちが直面するものに対する力強さ、抵抗、回復力を生み出すもの」 。よりメランコリックな瞬間でも、彼女は「悲しむことは大丈夫、それは人生の一部だ」と説明する。「人生の一部であるが、失った人びととの思い出や互いに共有する瞬間には喜びもたくさんある。喜びは私たちの抵抗だ」
 現在は、そのポジティヴなヴァイブが詰まった曲“Stound”が公開中。
 https://thequietus.com/news/cosey-fanni-tutti-details-new-album-2t2/

 コージー・ファニ・トッティの新作『2t2』は〈Conspiracy International〉より2025年6月13日にリリースされる。

Bruce Springsteen - ele-king

 この度、ブルース・スプリングスティーンの通称「失われたアルバム」がリリースされることになった。アナログでは9枚組、CDとしては7枚組のセットで発売されるこのコレクションは、1983年から2018年のあいだに録音された7枚のフル・アルバム(計82曲)を網羅しているという。
 これらのアルバムは、いちどは録音されたものの最終的にリリースされることがなかった作品で、その多くは90年代に制作された音源になる。スプリングスティーンはパンデミック中にこれら「失われたアルバム」を見直し、「失われた90年代」というこれまでの見解を払拭するためにリリースを決意したと明かしているが、まあなんといっても注目は、あの暗い傑作『ネブラスカ』と『ボーン・イン・ザ・USA』のあいだの試行錯誤が記録された『LA Garage Sessions '83』を筆頭に、1993年の『Streets Of Philadelphia Sessions』、E ストリート・バンドをフィーチャーしたカントリー ・アルバム『Somewhere North Of Nashville』あたりだろうけれど、木津毅のようなコア・ファンには、2019 年のアルバム『Western Stars』への架け橋であった『Twilight Hour』や映画のサウンドトラックとして制作された『Faithless』も聴きたかったに違いない。なにせこれらは当初、アルバム作品として録音されていたものなのだ。(つまり、たんなる未発表の寄せ集めではない)
 ちなみにこのボックスのなかで、アルバムとして考えられていなかった唯一の作品は『Perfect World』だとスプリングスティーンは明かしている。
 『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』は6月27日にソニーよりリリース。また、ボックスから20曲を抜粋したハイライト集『ロスト・アンド・ファウンド:セレクションズ・フロム・ザ・ロスト・アルバムズ』(1CD/2LP)も同時リリースされる。

 今年2025年はBorn To Run 50周年。そして4月には初来日公演から40周年(初日は1985年4月10日代々木オリンピック・プール)を迎えるブルース・スプリングスティーン。その記念すべき年に、遂に1998年に発表された未発表曲集『トラックス』の第二弾が発売されることが決定した。



 6月27日に発売となる『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』には、1983年から2018年までの35年間で、制作されながらもこれまで世に出ることはなかった「完全未発表アルバム」7枚を収録。“失われたアルバム”7枚には全83曲(82曲の未発表トラック+アルバム未収録ヴァージョン1曲)が収められ、それぞれのアルバムごとに特色あるパッケージングが施されている。アーカイヴからのレアな写真、エッセイストのエリック・フラニガンによる“失われたアルバム”各タイトルについてのライナーノーツ、そしてスプリングスティーン本人自らこのプロジェクトの紹介を収録した、100ページにも及ぶ「布装豪華ハードカバー本」とともに、マスターテープを模した超豪華ボックスに収納。内容もパッケージも前代未聞の歴史的コレクターズ・アイテムとなる。超豪華ボックス・セットはファースト・プレスのみ。日本盤は輸入盤国内仕様で2000セット限定。日本版ブックレットには五十嵐正氏によるハードカバー本の完全翻訳と日本版ライナーノーツ、そして三浦久による全曲対訳と訳者ノートを収録。「失われたアルバム」を紐解く充実した内容になる。

https://brucespringsteen.lnk.to/TLATrailerPR

「やりたい時にはいつでも自宅で録音できる環境のおかげで、幅広い様々な音楽的方向性に入り込めた」とスプリングスティーンが説明する「完全未発表アルバム」7枚の内容は、『ネブラスカ』と『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』を繋ぐ重要なリンクとしてローファイ・サウンドを探求した『LAガレージ・セッションズ’83』、グラミー賞、アカデミー賞を受賞、ドラム・ループやシンセサイザーのサウンドに挑戦した『ストリーツ・オブ・フィラデルフィア・セッションズ』、未完の映画のサウンドトラック作品『フェイスレス』、ペダル・スティールを擁する小編成のカントリー・バンド編成の『サムウェア・ノース・オブ・ナッシュヴィル』、国境の物語を豊かに織りなす『イニョー』、オーケストラ主導の20世紀半ばのフィルム・ノワールを彷彿させる『トワイライト・アワーズ』、アリーナにおあつらえ向きなEストリート・テイスト満載の『パーフェクト・ワールド』。この7枚のアルバムは、その音楽の世界を広げてきたスプリングスティーンのキャリアの年表に豊かな章を書き入れ、今まで知られていなかった側面や、ジャンルを超えた多才ぶりも魅せつけてくれる。

 ボックスからの第一弾シングルは「レイン・イン・ザ・リヴァー」。“失われたアルバム”の中の7枚目『パーフェクト・ワールド』に収録されている。
 https://brucespringsteen.lnk.to/RITRPR
 
 スプリングスティーンはアルバムの主題は何かということによって曲を選択していくため、彼自身が気に入っている曲も含め、リリースされずじまいの曲がアルバム何枚分も存在していると言われてきたが、今回遂にその全貌が明らかになる。なぜこの曲が世に出ていなかったのか?と不思議なくらいのクォリティの高い楽曲が詰め込まれ、通常のアーティストの未発表集のようなものとは一線を画す、彼が辿ってきた道をもう一度別の道で辿る、歴史的な作品集といえるだろう。『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』は限定7枚組CDボックス(日本は2000セット限定)、9枚組LPボックス(輸入盤のみ)、デジタル版の各フォーマットで発売される。

 また、未発表ボックス・セットから選りすぐりの20曲を収録したハイライト盤『ロスト・アンド・ファウンド:セレクションズ・フロム・ザ・ロスト・アルバムズ』は1CD(日本盤は高品質BSCD2)、2LP(輸入盤のみ)で同じく6月27日に発売となる。

 『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』は、プロデューサーのジョン・ランダウ監修のもと、プロデューサーのロン・アニエッロとエンジニアのロブ・レブレーと共に、スプリングスティーンがニュージャージー州のスリル・ヒル・レコーディング(自宅スタジオ)にて編集した。

ブルース・スプリングスティーン
『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』
Bruce Springsteen / Tracks II : The Lost Albums

2025年6月27日 (金)発売予定 【2000セット限定】
完全生産限定盤 輸入盤国内仕様(詳細な日本版ブックレット付) 
SICP-31767〜73(7CD超豪華ボックス・セット) 税込:¥35,750 (税抜:¥32,500)
ブルース・スプリングスティーン本人とエリック・フラナガンによるライナーノーツ/布装豪華ハードカバー本封入/英文ブックレット翻訳&日本版ライナーノーツ:五十嵐正/対訳&訳者ノート:三浦久
(*9LP BOX:輸入盤で発売)

<収録曲>
DISC1 : 『LA Garage Sessions ’83/LAガレージ・セッションズ‘83』 
1. Follow That Dream/フォロー・ザット・ドリーム
2. Don’t Back Down On Our Love/ドント・バック・ダウン・オン・アワー・ラヴ
3. Little Girl Like You/リトル・ガール・ライク・ユー
4. Johnny Bye Bye/ジョニー・バイ・バイ
5. Sugarland/シュガーランド
6. Seven Tears/セヴン・ティアーズ
7. Fugitive’s Dream/フュージティヴズ・ドリーム
8. Black Mountain Ballad/ブラック・マウンテン・バラード
9. Jim Deer/ジム・ディアー
10. County Fair/カウンティ・フェア
11. My Hometown/マイ・ホームタウン
12. One Love/ワン・ラヴ
13. Don’t Back Down/ドント・バック・ダウン
14. Richfield Whistle/リッチフィールド・ホイッスル
15. The Klansman/ザ・クランズマン
16. Unsatisfied Heart/アンサティスファイド・ハート
17. Shut Out The Light/シャット・アウト・ザ・ライト
18. Fugitive’s Dream (Ballad)/フュージティヴズ・ドリーム(バラード)

DISC2 : 『Streets of Philadelphia Sessions/ストリーツ・オブ・フィラデルフィア・セッションズ』
1. Blind Spot/ブラインド・スポット
2. Maybe I Don’t Know You/メイビー・アイ・ドント・ノウ・ユー
3. Something In The Well /サムシング・イン・ザ・ウェル
4. Waiting On The End Of The World/ウェイティング・オン・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド
5. The Little Things/ザ・リトル・シングズ
6. We Fell Down/ウィー・フェル・ダウン
7. One Beautiful Morning/ワン・ビューティフル・モーニング
8. Between Heaven and Earth/ビトウィーン・ヘヴン・アンド・アース
9. Secret Garden /シークレット・ガーデン
10. The Farewell Party/ザ・フェアウェル・パーティ

DISC3 : 『Faithless/フェイスレス』
1. The Desert (Instrumental)/ザ・デザート(インストゥルメンタル)
2. Where You Goin’, Where You From/ウェア・ユー・ゴーイン、ウェア・ユー・フロム
3. Faithless/フェイスレス
4. All God’s Children/オール・ゴッズ・チルドレン
5. A Prayer By The River (Instrumental)/ア・プレイヤー・バイ・ザ・リヴァー(インストゥルメンタル)
6. God Sent You/ゴッド・セント・ユー
7. Goin’ To California/ゴーイン・トゥ・カリフォルニア
8. The Western Sea (Instrumental)/ザ・ウェスタン・シー(インストゥルメンタル)
9. My Master’s Hand/マイ・マスターズ・ハンド
10. Let Me Ride/レット・ミー・ライド
11. My Master’s Hand (Theme)/マイ・マスターズ・ハンド(テーマ)

DISC4 : 『Somewhere North of Nashville/サムウェア・ノース・オブ・ナッシュヴィル』
1. Repo Man/リーポ・マン
2. Tiger Rose/タイガー・ローズ
3. Poor Side of Town/プア・サイド・オブ・タウン
4. Delivery Man/デリバリー・マン
5. Under A Big Sky/アンダー・ア・ビッグ・スカイ
6. Detail Man/ディテール・マン
7. Silver Mountain/シルバー・マウンテン
8. Janey Don’t You Lose Heart/ジェイニー・ドント・ユー・ルーズ・ハート
9. You’re Gonna Miss Me When I’m Gone/ユア・ゴナ・ミス・ミー・ウェン・アイム・ゴーン
10. Stand On It/スタンド・オン・イット
11. Blue Highway/ブルー・ハイウェイ
12. Somewhere North of Nashville/サムウェア・ノース・オブ・ナッシュヴィル

DISC5 : 『Inyo/イニョー』
1. Inyo/イニョー
2. Indian Town/インディアン・タウン
3. Adelita/アデリータ
4. The Aztec Dance/ジ・アズテック・ダンス
5. The Lost Charro/ザ・ロスト・チャロ
6. Our Lady of Monroe/アワー・レディー・オブ・モンロー
7. El Jardinero (Upon the Death of Ramona)/エル・ハルディネロ(アポン・ザ・デス・オブ・ラモーナ)
8. One False Move/ワン・フォルス・ムーヴ
9. Ciudad Juarez /シウダー・フアレス
10. When I Build My Beautiful House/ウェン・アイ・ビルド・マイ・ビューティフル・ハウス

DISC6 : 『Twilight Hours/トワイライト・アワーズ』
1. Sunday Love/サンデー・ラヴ
2. Late in the Evening/レイト・イン・ジ・イヴニング
3. Two of Us/トゥー・オブ・アス
4. Lonely Town/ロンリー・タウン
5. September Kisses/セプテンバー・キッシズ
6. Twilight Hours /トワイライト・アワーズ
7. I’ll Stand By You/アイル・スタンド・バイ・ユー
8. High Sierra/ハイ・シエラ
9. Sunliner/サンライナー
10. Another You/アナザー・ユー
11. Dinner at Eight/ディナー・アット・エイト
12. Follow The Sun/フォロー・ザ・サン

DISC7 : 『Perfect World/パーフェクト・ワールド』
1. I’m Not Sleeping/アイム・ノット・スリーピング
2. Idiot’s Delight/イディオッツ・ディライト
3. Another Thin Line/アナザー・シン・ライン
4. The Great Depression/ザ・グレイト・ディプレッション
5. Blind Man/ブラインド・マン
6. Rain In The River/レイン・イン・ザ・リヴァー
7. If I Could Only Be Your Lover/イフ・アイ・クッド・オンリー・ビー・ユア・ラヴァー
8. Cutting Knife/カッティング・ナイフ
9. You Lifted Me Up/ユー・リフテッド・ミー・アップ
10. Perfect World/パーフェクト・ワールド

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前代未聞の未発表超豪華ボックスから選りすぐったハイライト盤
ブルース・スプリングスティーン 『ロスト・アンド・ファウンド:セレクションズ・フロム・ザ・ロスト・アルバムズ』
Bruce Springsteen / Lost and Found: Selections From The Lost Albums
2025年6月27日 (金)発売予定
通常盤(日本プレスBSCD2) SICP-31774 税込:¥2,860 (税抜:¥2,600)
(2LP:輸入盤で発売)

<収録曲>
1 Follow That Dream/フォロー・ザット・ドリーム
2 Seven Tears/セヴン・ティアーズ
3 Unsatisfied Heart/アンサティスファイド・ハート
4 Blind Spot/ブラインド・スポット
5 Something In The Well/サムシング・イン・ザ・ウォール
6 Waiting On The End Of The World/ウェイティング・オン・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド
7 Faithless/フェイスレス
8 God Sent You/ゴッド・セント・ユー
9 Repo Man/リーポ・マン
10 Detail Man/ディテール・マン
11 You’re Gonna Miss Me When I’m Gone/ユア・ゴナ・ミス・ミー・ウェン・アイム・ゴーン
12 The Lost Charro/ザ・ロスト・チャロ
13 Inyo/イニョー
14 Adelita/アデリータ
15 Sunday Love/サンデー・ラヴ
16 High Sierra/ハイ・シエラ
17 Sunliner/サンライナー
18 I’m Not Sleeping/アイム・ノット・スリーピング
19 Rain in the River/レイン・イン・ザ・リヴァー
20 You Lifted Me Up/ユー・リフテッド・ミー・アップ

Jefre Cantu-Ledesma - ele-king

 米国テキサス出身のジェフリー・キャントゥ=レデスマのことを知ったのは、2006年に〈Spekk〉からリリースされたジ・エルプス(The Alps)の『Jewelt Galaxies / Spirit Shambles』だったと思う。その後、同じく日本のレーベル〈Spekk〉から2007年にリリースされた、彼のソロ作『The Garden Of Forking Paths』も聴いた。両作とも、プリミティヴなアヴァン・フォークをエクスペリメンタル化したようなサウンドスケープが印象的で、当時は繰り返し聴いたものだった。00年代初頭から中盤にかけて、密かに(?)フリー・フォーク・ブームがあったと思うのだが、その系譜にある音楽として聴いていたように思う。ただ、『The Garden Of Forking Paths』には「時」が浮遊するようなアンビエンスが生成されており、今聴くと、現在の彼に通じる瞑想的な音響感覚がすでにあったことに気づかされる。

 決定的だったのは、2010年に英国の〈Type〉からリリースされた『Love Is a Stream』である。シューゲイザー風味のアンビエント/ドローンとでも言うべきか。当時はティム・ヘッカーの音に惹かれていた時期だったので、とてもはまり、CDを何度も繰り返し聴いた記憶がある。シューゲイザーといっても、マイ・ブラッディ・バレンタインというよりは、スコット・コルツのlovesliescrushing『Bloweyelashwish』(1993)や、Astrobrite『Whitenoise Superstar』(2007)の系譜にあるアンビエント・シューゲイザーといった趣で、自分の好みにぴったりの音だった。

 今思えば『Love Is a Stream』は、シューゲイズ的要素というよりも、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの音楽が持つ「浮遊感覚」「幻想感覚」「瞑想感覚」が見事に表現された作品だったことが重要だった。そもそも、シューゲイズの肝はノイズではなく、これらの感覚にあるとも言える。その意味でも、彼の音楽はシューゲイザーというジャンルに対して非常にクリティカルな存在だったと思う。あの時代のアンビエント/ドローンがどこから生まれ、何を参照していたかを考えるうえでも示唆的な作品である。

 米国ニューヨークのインディ・レーベル〈Mexican Summer〉からリリースされた新作である本作『Gift Songs』では、彼の「瞑想感覚」が全面的に展開された傑作に仕上がっている。ただし、音の質感や形式はこれまでと大きく変化している。ひとことで言えば、アコースティックなのだ。どこかジム・オルークと石橋英子、山本達久によるカフカ鼾と共に聴きたくなるような、ピアノとドラムのミニマルな演奏と、透明なドローン/アンビエントが一体化したアンサンブルとサウンドが展開されている。

 『Gift Songs』の音は、フランスの〈Shelter Press〉からリリースされたフェリシア・アトキンソンとのコラボレーション作の影響から生まれたのではないかと想像する。だが同時に、近年、禅僧やホスピスの職員としても活動しているジェフリー・キャントゥ=レデスマの死生観が、色濃く反映されたアルバムでもあるのだろう。だからこそ、ソロ・アルバムなのだと思う。また、どうやら彼が移住したニューヨーク州北部・ハドソン渓谷での自然体験も、この作品に大きな影響を与えているらしい。自然と精神、ミニマルとドローン、生と死──さまざまな境界線を越境しつつ、どこか無化されてしまうような瞑想的なアルバム、それが本作である。その意味で、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの(現時点での)集大成といえる作品であろう。

 アルバムには、20分ほどの長尺曲“The Milky Sea”、三部構成の組曲“Gift Song”、アンビエント/ドローンの“River That Flows Two Ways”の計5曲が収録されている。参加ミュージシャンは、ピアノとアレンジを担当したオメル・シェメシュ、ベースおよびミックスを担当したジョセフ・ワイズ、チェロのクラリス・ジェンセン、ドラムとパーカッションのブッカー・スタードラムら。ジェフリー・キャントゥ=レデスマ自身も、ギターやシンセサイザー、パーカッションなどを担当している。

 “The Milky Sea”では、オメル・シェメシュのピアノを基調に、ミニマルなアンサンブルが展開される。硬質な響きと、心に落ち着きをもたらす瞑想的な感覚が同居した、素晴らしい楽曲/演奏だ。ジャズ的な感覚とアンビエント的な感覚が見事に融合し、聴き手の心を浄化するような透明な響きが生まれている。約20分に及ぶ長尺であり、『Gift Songs』のオープナーにして中核を担う楽曲といえる。

 続く“Gift Song I”、“Gift Song II”、“Gift Song III”という3曲は、「Gift Song 組曲」とでも呼ぶべき構成で、“The Milky Sea”よりもさらに静謐なサウンドが展開される。アナログではここからがB面となり、心身をより深く沈静させていく構成になっているのかもしれない。ここでもオメル・シェメシュのピアノは透明な音色で音楽のトーンを支えており、特に“Gift Song III”のピアノは実に瀟洒だ。クラシカルな響きとジャズ的な揺れの間を行き来するような音の揺らぎが美しい。

 アルバム最終曲“River That Flows Two Ways”では、アンビエント/ドローンが展開される。ここでは、すべての音が消失した後の世界のような、それでいて奇妙な安らぎに満ちた音が持続する。すべての音が溶け合った黄泉のサウンドスケープとでも言うべきか。アルバムのアートワークに描かれた青い花のような、天国的な音である。

 本作『Gift Songs』は、聴き手の心を静かに浄化してくれるような、瞑想的な音楽である。心を汚すような出来事ばかりが起きる今この時代において、奇跡的ともいえる純粋な善意に満ちた音世界が、ここにはある。私はジェフリー・キャントゥ=レデスマがこれほどの音世界に至った経緯や、彼の人生について詳しくは知らない。だが、音を聴けば、彼が人生──すなわち生と死──に常に向き合いながら生きていることが伝わってくる。確かに音は音だ。だが、その音を発する人の人生観は、音の隅々にまで鳴り響いているように感じる。その意味で、『Gift Songs』に満ちている「善性」への希求は、これまでの彼の人生そのものなのかもしれない。

Colloboh - ele-king

 2作のEPをリリースしたのみながら、Beach Houseのサポート・アクトやSuzanne Cianiとの共演ライヴを果たすなど注目を集める逸材Colloboh。Leaving Records所属の彼の初の日本ツアーがこのGWにはじまる。
 CIRCUS Tokyo公演ではハイ・エナジーなアップビート・セットでDaisuke Tanabe、Sakura Tsurutaと共演、落合のSoup公演ではアンビエント寄りのセットでYosi Horikawa、Albino Soundと共演する。
 また、新宿のWPÜ SHINJUKUと京都のAce Hotel内のPIOPIKOでDJセットも披露。こうご期待。

COLLOBOH JAPAN TOUR 2025

5/2 (Fri) @CIRCUS TOKYO (LIVE: UPBEAT SET)
w/ Daisuke Tanabe, Sakura Tsuruta
5/3 (Sat) @WPÜ SHINJUKU (DJ SET)
5/4 (Sun) @OCHIAI SOUP (LIVE: AMBIENT SET)
w/ Yosi Horikawa, Albino Sound
5/5 (Mon) @KYOTO PIOPIKO (DJ SET)


Colloboh

 ナイジェリアで生まれ、メリーランド州ボルチモアを経て現在はLAを拠点に活動するエクスペリメンタル・プロデューサー/コンポーザーで、過去数年間、ジャンルを超えたモジュラー・シンセの妙技を培ってきた。独学でシンセシスを学んだCollobohのDIYレコーディング日記(Instagramにアーカイブされている)は、すぐに熱心なオンライン・フォロワーを集め、最終的にLeaving Recordsの創設者Matthewdavidの目に留まった。彼はすぐに当時26歳だったCollobohを、Leavingの月例ショーケース「Listen to Music Outside In The Daylight Under a Tree」でのパフォーマンスに起用。そして2021年、Collobohはボルチモアからロサンゼルスに移住し、フルタイムで音楽に専念し、すぐにこの街の活気あるエクスペリメンタル・シーンに定着した。同年リリースしたデビューEP『Entity Relation』がIDM〜エレクトロニカ的な要素も垣間見せるクラブ・ビートに真っ向から取り組んだのに対し、2023年のセカンドEP『Saana Sahel』では、新進気鋭の作曲家の野望の広さを示す作品となった。EPのタイトル「Saana Sahel」は、Collobohの純粋な想像力の地、つまり緑豊かな海岸線と広大な砂漠に広がる手つかずのユートピアを指している。荘厳な「Acid Sunrise」(フィリップ・グラスを想起させる)で始まるこのEPは、この地域の多様な環境とムードをマッピングする一種の地図帳のような役割を果たしている。そして実に多彩で、この6曲には、恍惚としたジャズのフリークアウト、サンバのシャッフル、神秘的なゲスト・オーカル、そしてドビュッシーやガブリエル・フォーレの挿入が散りばめられた実に幅広いサウンドをみせている。
 EPを2作リリースしたのみながら、Beach Houseのサポート・アクトやSuzanne Cianiとの共演ライヴを果たすなど、注目の逸材。
https://www.instagram.com/colloboh/

Black Country, New Road - ele-king

 ぼくはこの音楽を昔聴いたような気がする。もちろん気のせいだ。いや、たしかに聴いた。
 あれは、そう、1998年の秋のことだった。イングランド中部の農園地帯。日本人にしてみたらいかにも英国的な、つまり、山のない、どんよりした空の下、ひたすら平地が続くあの英国的な風景だ。午前7時かそのくらいだったと思う、薄明かりのなか、ぼくたちはレイヴ会場(売店などない、完璧なレイヴ)を後に車に乗って帰ろうとした……そのとき、おお、なんてことか、目の前の道路が10人以上の警察に封鎖されている。ビビってしまうには、車中はすでにへとへとだった。ええい、かまうものか、いってしまえ……。
 そうしたら何故かしらないが、警察の壁は道を空けてくれたのである。ひゅ〜。しばらくして、一緒に乗っていたハウスDJが叫んだ。「ロックンロール!」
 なるほど、こういう絶体絶命のピンチを乗り越えたときのことを英語では「ロックンロール!」と言うのかなどと感心し納得した、ふとそのときである。曇り空の下、道路の両脇に広がる霧のかかった農園地帯からぼくは聴いた。優しい天使のような音楽だった。
 みなさんよくご存じのように、レイヴ帰りの人間の言うことなどもっとも信用ならない。頭がいかれていたのだ。

 70年代初頭のジェネシスとヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター、あるいはカンタベリー系……ポスト・サイケデリック期におけるクラシック(もしくはジャズ)の素養を持った連中の音楽から漂う英国的な風味。『Forever Howlong』にもそれを感じる、それもかなり強烈に。本人たちが意識してなかろうが、匂うぞ、匂う。ジョアンナ・ニューサムより、そっちのほうが。しかしそれは、BC, NRが以前とは別物のバンドとして完璧に再生したということだ。

 考えてもみてほしい。この牧歌的な響き。アイザック・ウッド時代のBC, NRが、ポスト・パンクなどとタグ付けされていたことが冗談のようじゃないか。
 訳詞は読んでいない。以下、サウンドのみを楽しみつつ、書いてみる。

 さて、ぼくたちはすでに新生BC, NRのライヴを観ている。このバンドには物語がある。評価の高かった、あのエキセントリックなフロントマンを失ったバンドは、集まったファンの誰もが期待したウッド時代の曲をいっさい演奏しなかった。すべてを残ったメンバーによる新曲でやり通したのだ(フィッシュマンズは見習うべきだろう)。
 スター不在のBC, NRは、清々しさをもって生まれ変わった。中心を欠いても、バンドに残った3人の女性陣がかわりばんこに歌を歌えばいいという発想は、売れることに頓着した商業音楽からしたらプロ意識を欠いた態度に見えたかもしれない。新作にもポップソングは、ない。複雑さを感じさせない軽やかな躍動感がある。繊細で美しい響きがあり、心地よいそよ風がある。“Socks”(タイラー・ハイドが歌)などで聴けるケイト・ブッシュを彷彿させる創造力もある。20年後にはさらに評価を高めている可能性も大いにある。スリーフォード・モッズ的な英国が好きなぼくには上品すぎるけどね。

 リコーダー、ピアノ、フィドル、アコースティック・ギターによるフォーキーなアルペジオに変拍子、そして転調……“Salem Sisters”(タイラー・ハイド)やクローザーの“Goodbye”(ジョックストラップのジョージアが歌)には、このバンドのポップな展開の兆しが見えるものの、全体的に言えばクラシカルな変拍子と転調を特徴とするがゆえに1970年代の日本のレコード店ではほぼ間違いなくプログレ・コーナーに分類されたことだろう。
 だが、信じがたいほどに毒を欠いたその最新型は、潔癖さゆえかほのぼのとした佇まいゆえか、本質的に過去のプログレと異なっている。信じがたいほどに毒を吐いているのがアメリカの大統領だったりするこの時代において、これが力強い声明ではないとどうして言えようか。たとえまだ実験段階だとしても、みんなで助け合っていまを乗り切っているこのバンドを貶める理由などないのだ。

 それで、そう、ぼくが1998年に聴いたのは、“For The Cold Country”(メイ・カーショウが歌)という曲だったと思う。もちろん、そんなわけはないよ。 “Nancy Tries To Take The Night”(タイラー・ハイド)だったかもしれないな。いい曲だ。素晴らしい、27年後のいま聴いても素晴らしい曲だよ。ありがとう、あのときぼくたちを見守ってくれて。でなければ、明日はなかったのだから。

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