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Seefeel

Ambient Shoegaze Techno

Seefeel

Quique (Redux)

Beggars Arkive

杉田元一 Apr 16,2025 UP Old & New

 またその話かよ! ってなるかもしれないんだが……シーフィールのセカンド・アルバムにして〈WARP〉からの最初のアルバムとなった『Succour』(1995年)に関しては、当時の同レーベルの日本での発売権を持っていたソニーがその年出したリリースでもっとも売り上げが低かった1枚だったらしいよとele-king編集長の野田努に言われたことが、当時本作のライナーノーツを担当した僕にとっては未だにトラウマとなっていることはまあ僕以外には関係のない話かもしれない。が、当時のテクノ・シーンに興味を持っていたリスナーなら、このアルバムは話題になる! と確信を持って長文のライナーノーツをしたためた僕の気持ちをわかってくれるじゃないだろうか。そう、ステレオラブやPJハーヴェイを産んだUKインディ・レーベル、〈Too Pure〉から1993年にデビューしたシーフィールは、未だアルバムをリリースしていない時点ですでにかのエイフェックス・ツインとの交流を持っていたのだから。
 「リミックスを頼まれる曲の大半はクソみたいなもの」などと発言して、ほとんど原曲を使わず、まんま自作になってるんじゃないかと思わせるようなリミックスすら堂々と発表したりしていたエイフェックス・ツインがシーフィールとのダブルネームで1993年7月に〈Too Pure〉からリリースしたシングル「Time to Find Me」——原曲はシーフィールのデビュー・シングル「More Like Space EP」(1993年3月)に収録——では、曲の良さを損ねることなくAFX Fast MixとAFX Slow Mixというふたつのリミックス(ちなみにこれはこのシングルより数ヶ月先に発表されたニュー・オーダーのシングル「Regret」の、Sabres of Paradiseによるふたつの——Sabres Fast 'N' ThrobとSabres Slow 'N' Lo——リミックスと呼応しているようにも感じる)を披瀝していたことがおおいに注目を集めたのを今でもよく覚えている。じっさいこのコラボレーションはその後、エイフェックス・ツインからのラヴコールによって彼が共同運営するレーベルRephlexからのリリースとなったシーフィールのサード・アルバム『(Ch-Vox) 』に結実する。
 この「Time to Find Me」のリミックス盤、そして「Plainsong EP」の2枚の12インチと、それを1枚にしたCD「Pure, Impure」が同時に発売され(1993年7月)、これを受けて同年10月に満を持して発売されたのがファースト・アルバム『Quique』である。
 アルバムにはデビュー・シングルの曲はひとつも収録されず、続く2枚のシングルからも「Plainsong」のみが選ばれ、リミックスされた「Time to Find Me」も含まれなかったこのファースト・アルバムはしかしむしろ好意的に受け入れられ、同時にライヴ・アクトとしても人気を集めた彼らはわかりやすい例えで言えば「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとエイフェックス・ツインを繋ぐ」ものとしてその存在感を強めたし、アルバム発売後のツアーの一環としておこなわれたコクトー・ツインズとのヨーロッパ・ツアーは、シーフィールの名をいっそう高みへと押し上げるのに十分な役割を果たしたのだった。
 こうして舞台が完全に整ったと言える時期に、彼らは電子音楽の牙城とも言えるシェフィールドの名門レーベル、〈WARP〉への移籍を発表。WARPには盟友、エイフェックス・ツインも、のちにシーフィールのリミックスを手がけることになるオウテカもいた。〈WARP〉初のギタリストを擁するロックバンド!と喧伝されたシーフィールは1994年4月にWARPからの初プロダクトとしてシングル「Starethrough EP」を発表。ここに収録された「Spangle」は、その翌月に発売されたWARPのリスニング・テクノ・コンピレーション『Artificial Intelligence 2』に、オウテカやエイフェックス・ツイン(Polygon Window名義)とともに収録され、彼らの代表曲のひとつとなった。9月には続くシングル「Fracture / Tied」をリリースし、そして翌1995年3月にはセカンド・アルバム『Succour』が日の目を見る。

 シーフィールはデビュー当時からことほどさようにいつもなにかしら話題があり、注目されていたのである。なのに、日本では売れなかった。壊滅的に、と言ってもいいほどに。
 だが、今になって振り返れば……たとえばエイフェックス・ツイン。テクノ好きを中心としたファンベースは確かにあった。けれど、今では名作として語られる『Selected Ambient Works Vol. II』(1994年3月)ですら、リアルタイムで国内盤は発売されていない。エイフェックス・ツインのアルバムが本国と同時に発売されたのは「Girl / Boy Song」で注目された『Richard D. James Album』(1996年)からなのだ。『Vol. II』は、初出から5年を経てようやく1999年に国内盤化された。オウテカだって似たようなものだし、初期のシーフィールをエンジニア的側面から支えてきた盟友マーク・ヴァン・ホーエン(Locust名義も)に至ってはもっと未知の存在にすぎなかっただろう。だから、彼らの名前でこのシーフィールというバンドを知る人はかなりいるはず……というのはかなり甘い期待だったと認めざるを得ない。まあ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインだってあの時代はまだそれほど人口に膾炙する存在とは言えなかった。
 加えて『Succour』期の彼らが、加工されているとはいえまだギターやヴォーカルの肌理が温かみを保っていた〈Too Pure〉時代よりもよりアブストラクトで鉱物的な音響工作を推し進めていたことも要因としてある。〈WARP〉が契約した初のギター・バンドってどんなの? と思って聴いてみた人にしてみたら、これってどこがロック? ギターはどこ? となるのはある意味当然かもしれない。入口としてはちょっと敷居が高かったのだろうか。
 だから、そういう人が先に『Quique』期の彼らを耳にしていたら、もしかしたらこの『Succour』の日本での受容はもう少し変わっていたのかもしれないと、今にして思うのである。

 この『Quique』のRedux(戻ってきた、よみがえったの意)版は、オリジナル『Quique』の拡大版としてシングル曲や未発表曲が加えられて〈Too Pure〉から2007年にリリースされたものである。この拡大版を作るために集ったメンバーは、これを機に活動休止状態になっていたバンドを再始動する意思を固め、それは2011年の4作目となるセルフ・タイトルのアルバムへと結実する。しかしそのいっぽうで彼らの生みの親とも言えるレーベル、〈Too Pure〉はこの拡大版をリリースした翌年に事実上消滅した(それゆえ、今回取り上げた本作は現在の原盤権を持つBeggars Arkiveからのリイシュー盤である。内容は2007年版と変わらないが、あらたにリマスターが施されている)。そういう意味ではこのアルバムは、〈Too Pure〉の「白鳥の歌」でもある。『Quique』は、この2時間におよぶ拡大版でいっそう際立って甘美な音楽を披瀝する。この甘美さは、WARP期以降の彼らからはいくぶん失われた。もちろんそのかわりに彼らが獲得した精緻な彫刻めいたアーキテクチャもまた魅力的であることは間違いないし、2024年にリリースされた最新の2部作も素晴らしい作品であったから、この先の彼らのあらたな展開はやはり楽しみではあるのだが、しかしときにはこの白昼夢のような世界にどっぷりと浸かりたくなることもあるのだ。

杉田元一