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Seefeel

Ambient DubExperimentalShoegaze

Seefeel

Everything Squared

Warp

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杉田元一 Sep 27,2024 UP

 ロンドンのエレクトロニック・ユニット、シーフィールの6曲入りミニ・アルバム『Everything Squared』がリリースされたのは8月30日のこと。僕はすぐにBandcampでハイレゾ・データを入手して、エアコンの効いた涼しい部屋でゆっくり聴く……はずだった。
 だがしかし。日本はこの時期、迷走を繰り返して列島を行きつ戻りつし、各地に大きな被害をもたらすことになる台風10号に翻弄されていたのはご存じのとおり。まずいことに僕は8月末、飛行機で西に赴く予定を入れていた。目的は京都の法然院で8月31日におこなわれる素敵なアンビエント・イベント「Electronic Evening 2024」に、昨年に続いて今年も参加するためである。
 多くの友人たちも各地から参加すると聞き、ひさしぶりに会う友人の顔を思い浮かべながら京都でなにを食べようかななどと呑気に考えていた矢先、8月22日にマリアナ諸島付近で台風10号が発生したというニュース。もっとも当初の気象庁の予測では、27日か28日には日本を抜けるコースを取るとされていたので、31日なら余裕じゃん、台風一過で澄み切った京都の青空を見れるなあ、なんて考えていたら、日が経つごとに雲行きが怪しくなってきた。抜けるはずの台風が速度を極限まで落として日本に腰を下ろしてしまう状況になり、九州地区に大きな被害が出はじめたというニュースを知ったのが出発の数日前。まもなく本州でも豪雨による道路冠水などで地上の交通網が麻痺しはじめ、やがて新幹線が計画運休をするというアナウンスが届く頃にはさすがにこれは……と焦りを隠せなくなった。ある友人はせめて前乗りしようと予定を早めて向かおうとするも、新幹線は止まり、飛行機も運休が増えるなか、かろうじてフライト可能な便は早くも満席の状況であえなく脱落。さすがに僕もこれはもう無理だろうと思い、30日に翌日のフライトをキャンセルしようと航空会社のウェブサイトにアクセスしたところ、マイルで取った特典航空券のキャンセルは電話でなければ受け付けないという記述。この状況で電話? と絶望と怒りのなか電話するも、当然のことながらいっこうにつながらない。数十回のトライのあと、キャンセルは諦めて、翌日の奇蹟に一縷の望みをかけてみることにした……というより、そうせざるを得なかったのだが。
 外の豪雨の音を聞きながら出発の準備を終え、神様お願いと祈りながらベッドに入ったところで思い出した。そうだ、今日はあれのリリース日じゃないか……ベッドから出てデスクに向かい、パソコンでBandcampのサイトにログイン。……あった。出ていた。
 翌日は早いし、ダウンロードして部屋で聴いている時間はないので、携帯電話のアプリでダウンロードしておいてそのまま寝た。

 翌朝起きると雨は小降りになっていた。航空会社のウェブサイトをチェックすると、フライトは大丈夫のようだ。急いで身支度をして羽田に向かう。チェックイン。搭乗。機体が動き出した!

 搭乗したボーイング787が厚い雲を抜けたころ、僕はようやくヘッドフォンを取り出し、13年ぶりの新作『Everything Squared』を、青空を横目に見ながらで聴きはじめた。

 2011年に、ふたりの日本人(DJスコッチエッグことベースの石原茂とボアダムスにも関わったドラマーE-Daこと飯田和久)の加入を得て制作された(これは前作から実に14年ぶりの作品でもあった)バンド名を冠したアルバム『Seefeel』は、初期の(エイフェックス・ツインも関わった)シングルからファースト・アルバム『Quique』に至るシューゲイザー・エレクトロ、〈WARP〉に移籍しての2枚のシングルとアルバム『Succour』で、同僚のオウテカにも通ずる音響彫刻的なアブストラクト・エレクトロ、その路線をさらにブラッシュアップし、エイフェックス・ツインの〈Rephlex〉レーベルからのラヴコールで制作された『Ch-Vox』へと音の抽象化を押し進めた彼らが、さらに音を粒子化して結晶化させ、それまでとは違った地平に歩を進めたことを物語る作品だったが、残念ながらそれは一種の袋小路という感もあった。そこから彼らが新たな作品を生み出すのに13年かかったということは、前作の14年とは意味合いが違う。14年という歳月の間には、メンバー間の不和と課外活動があった。オリジナル・カルテット(マーク・クリフォード、サラ・ピーコック、ダレン・シーモア、ジャスティン・フレッチャー)は、マークとサラのデュオ形態へと縮小され、2011年のアルバムではそのデュオに日本人ふたりが手を貸すというかたちで制作されたもので、カルテット時代の作品とはやはり微妙にズレが感じられるものだった。
 その後、マークとサラは2021年に過去の作品と精力的に向き合い、〈WARP〉期(〈Rephlex〉のものも含む)の作品群をひとまとめにした『Rupt and Flex (1994 - 96)』を出した。未発表曲を含むこのCDにして4枚組の大作ボックスの音楽群が、わずか3年足らずで生み出されたものということには改めて驚かされるが、この作品集から3年後にリリースされた『Everything Squared』は、やはりこのレトロスペクティヴな作業からもたらされた要素も多分に含んでいるのだろう。前作に足りないと思われた牧歌的なムード、空気が泡状になって震えるような響きがあちこちに配置されているのに気が付く。
 冒頭の “Sky Hook” が、サラの歪みながらも幽玄なヴォーカルではじまるときの懐かしい感覚。それでいながらマークの生み出す鼓動のようなビートにまとわりつく石原茂(彼はこのアルバムの冒頭2曲に参加)の深いダブベースは新しい。まるで弩級のサウンドシステムを聴いているようでもある。このダブ感覚(アルバム・タイトルもダブを思わせる)は、よりタイトになったヴォーカル・ループと相まった “Multifolds” でも持続し、しかもここには『Quique』期の彼らを思い起こさせる響きが同居している。
 3曲目の “Loose The Minus” は、初期の彼らを彷彿させもするファズ・ギターのサウンドが、弧を描くようにグリッサンドで奏でられるロー・ベースとのデュオ(珍しくこの曲には彼らのトレードマークでもあるメタリックなパーカッションが入らない)によるアンビエントな間奏曲。
 続く “Antiskeptic” は、オウテカ的なスネアと木目を感じさせるキックによるインダストリアルなビートと、ときおり混じる稲妻のようなコード音を従えた牧歌的なシンセの対比によって、その美しさがさらに倍化されている。
 サラのトリートメントされたヴォーカルをリズム的に使用したトライバルな “Hooked Paw” から密にレイヤーされたメロディが美しいラスト・トラック “End of Here” への流れは、エイフェックス・ツインやオウテカのアンビエント作品の反響と捉えられるかもしれないが、しかしここにはあの名曲 “Spangle” にも匹敵するフック、シーフィールでなければ生み出せないフックが間違いなくある。そう、シーフィールに僕(ら)が期待するものがここには確かにあり、それ以上のものも確かに存在する。

 全曲を聴き終えたあたりでちょうど飛行機は高度を下げはじめ、伊丹空港への降下を開始した。ヘッドフォンを外し、窓の外を見る。雨はもうほとんど降っていないようだ。
 空港に着いたらすぐに京都に向かい、数時間後には夜のお寺でのアンビエント・イベントがはじまる。来るはずだった友人は結局2人しか来られなかったが、素晴らしいイベントになる予感は十分にある。

 そして宴のあとの京都の夜、僕はまたひとりでこの『Everything Squared』を繰り返し聴くだろう。

杉田元一