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Black Country, New Road

Art Rock

Black Country, New Road

Forever Howlong

Ninja Tune/ビート

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野田努 Apr 14,2025 UP
E王

 ぼくはこの音楽を昔聴いたような気がする。もちろん気のせいだ。いや、たしかに聴いた。
 あれは、そう、1998年の秋のことだった。イングランド中部の農園地帯。日本人にしてみたらいかにも英国的な、つまり、山のない、どんよりした空の下、ひたすら平地が続くあの英国的な風景だ。午前7時かそのくらいだったと思う、薄明かりのなか、ぼくたちはレイヴ会場(売店などない、完璧なレイヴ)を後に車に乗って帰ろうとした……そのとき、おお、なんてことか、目の前の道路が10人以上の警察に封鎖されている。ビビってしまうには、車中はすでにへとへとだった。ええい、かまうものか、いってしまえ……。
 そうしたら何故かしらないが、警察の壁は道を空けてくれたのである。ひゅ〜。しばらくして、一緒に乗っていたハウスDJが叫んだ。「ロックンロール!」
 なるほど、こういう絶体絶命のピンチを乗り越えたときのことを英語では「ロックンロール!」と言うのかなどと感心し納得した、ふとそのときである。曇り空の下、道路の両脇に広がる霧のかかった農園地帯からぼくは聴いた。優しい天使のような音楽だった。
 みなさんよくご存じのように、レイヴ帰りの人間の言うことなどもっとも信用ならない。頭がいかれていたのだ。

 70年代初頭のジェネシスとヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター、あるいはカンタベリー系……ポスト・サイケデリック期におけるクラシック(もしくはジャズ)の素養を持った連中の音楽から漂う英国的な風味。『Forever Howlong』にもそれを感じる、それもかなり強烈に。本人たちが意識してなかろうが、匂うぞ、匂う。ジョアンナ・ニューサムより、そっちのほうが。しかしそれは、BC, NRが以前とは別物のバンドとして完璧に再生したということだ。

 考えてもみてほしい。この牧歌的な響き。アイザック・ウッド時代のBC, NRが、ポスト・パンクなどとタグ付けされていたことが冗談のようじゃないか。
 訳詞は読んでいない。以下、サウンドのみを楽しみつつ、書いてみる。

 さて、ぼくたちはすでに新生BC, NRのライヴを観ている。このバンドには物語がある。評価の高かった、あのエキセントリックなフロントマンを失ったバンドは、集まったファンの誰もが期待したウッド時代の曲をいっさい演奏しなかった。すべてを残ったメンバーによる新曲でやり通したのだ(フィッシュマンズは見習うべきだろう)。
 スター不在のBC, NRは、清々しさをもって生まれ変わった。中心を欠いても、バンドに残った3人の女性陣がかわりばんこに歌を歌えばいいという発想は、売れることに頓着した商業音楽からしたらプロ意識を欠いた態度に見えたかもしれない。新作にもポップソングは、ない。複雑さを感じさせない軽やかな躍動感がある。繊細で美しい響きがあり、心地よいそよ風がある。“Socks”(タイラー・ハイドが歌)などで聴けるケイト・ブッシュを彷彿させる創造力もある。20年後にはさらに評価を高めている可能性も大いにある。スリーフォード・モッズ的な英国が好きなぼくには上品すぎるけどね。

 リコーダー、ピアノ、フィドル、アコースティック・ギターによるフォーキーなアルペジオに変拍子、そして転調……“Salem Sisters”(タイラー・ハイド)やクローザーの“Goodbye”(ジョックストラップのジョージアが歌)には、このバンドのポップな展開の兆しが見えるものの、全体的に言えばクラシカルな変拍子と転調を特徴とするがゆえに1970年代の日本のレコード店ではほぼ間違いなくプログレ・コーナーに分類されたことだろう。
 だが、信じがたいほどに毒を欠いたその最新型は、潔癖さゆえかほのぼのとした佇まいゆえか、本質的に過去のプログレと異なっている。信じがたいほどに毒を吐いているのがアメリカの大統領だったりするこの時代において、これが力強い声明ではないとどうして言えようか。たとえまだ実験段階だとしても、みんなで助け合っていまを乗り切っているこのバンドを貶める理由などないのだ。

 それで、そう、ぼくが1998年に聴いたのは、“For The Cold Country”(メイ・カーショウが歌)という曲だったと思う。もちろん、そんなわけはないよ。 “Nancy Tries To Take The Night”(タイラー・ハイド)だったかもしれないな。いい曲だ。素晴らしい、27年後のいま聴いても素晴らしい曲だよ。ありがとう、あのときぼくたちを見守ってくれて。でなければ、明日はなかったのだから。

野田努