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Jefre Cantu-Ledesma

Ambient Drone

Jefre Cantu-Ledesma

Gift Songs

Mexican Summer

Bandcamp

デンシノオト Apr 15,2025 UP
E王

 米国テキサス出身のジェフリー・キャントゥ=レデスマのことを知ったのは、2006年に〈Spekk〉からリリースされたジ・エルプス(The Alps)の『Jewelt Galaxies / Spirit Shambles』だったと思う。その後、同じく日本のレーベル〈Spekk〉から2007年にリリースされた、彼のソロ作『The Garden Of Forking Paths』も聴いた。両作とも、プリミティヴなアヴァン・フォークをエクスペリメンタル化したようなサウンドスケープが印象的で、当時は繰り返し聴いたものだった。00年代初頭から中盤にかけて、密かに(?)フリー・フォーク・ブームがあったと思うのだが、その系譜にある音楽として聴いていたように思う。ただ、『The Garden Of Forking Paths』には「時」が浮遊するようなアンビエンスが生成されており、今聴くと、現在の彼に通じる瞑想的な音響感覚がすでにあったことに気づかされる。

 決定的だったのは、2010年に英国の〈Type〉からリリースされた『Love Is a Stream』である。シューゲイザー風味のアンビエント/ドローンとでも言うべきか。当時はティム・ヘッカーの音に惹かれていた時期だったので、とてもはまり、CDを何度も繰り返し聴いた記憶がある。シューゲイザーといっても、マイ・ブラッディ・バレンタインというよりは、スコット・コルツのlovesliescrushing『Bloweyelashwish』(1993)や、Astrobrite『Whitenoise Superstar』(2007)の系譜にあるアンビエント・シューゲイザーといった趣で、自分の好みにぴったりの音だった。

 今思えば『Love Is a Stream』は、シューゲイズ的要素というよりも、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの音楽が持つ「浮遊感覚」「幻想感覚」「瞑想感覚」が見事に表現された作品だったことが重要だった。そもそも、シューゲイズの肝はノイズではなく、これらの感覚にあるとも言える。その意味でも、彼の音楽はシューゲイザーというジャンルに対して非常にクリティカルな存在だったと思う。あの時代のアンビエント/ドローンがどこから生まれ、何を参照していたかを考えるうえでも示唆的な作品である。

 米国ニューヨークのインディ・レーベル〈Mexican Summer〉からリリースされた新作である本作『Gift Songs』では、彼の「瞑想感覚」が全面的に展開された傑作に仕上がっている。ただし、音の質感や形式はこれまでと大きく変化している。ひとことで言えば、アコースティックなのだ。どこかジム・オルークと石橋英子、山本達久によるカフカ鼾と共に聴きたくなるような、ピアノとドラムのミニマルな演奏と、透明なドローン/アンビエントが一体化したアンサンブルとサウンドが展開されている。

 『Gift Songs』の音は、フランスの〈Shelter Press〉からリリースされたフェリシア・アトキンソンとのコラボレーション作の影響から生まれたのではないかと想像する。だが同時に、近年、禅僧やホスピスの職員としても活動しているジェフリー・キャントゥ=レデスマの死生観が、色濃く反映されたアルバムでもあるのだろう。だからこそ、ソロ・アルバムなのだと思う。また、どうやら彼が移住したニューヨーク州北部・ハドソン渓谷での自然体験も、この作品に大きな影響を与えているらしい。自然と精神、ミニマルとドローン、生と死──さまざまな境界線を越境しつつ、どこか無化されてしまうような瞑想的なアルバム、それが本作である。その意味で、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの(現時点での)集大成といえる作品であろう。

 アルバムには、20分ほどの長尺曲“The Milky Sea”、三部構成の組曲“Gift Song”、アンビエント/ドローンの“River That Flows Two Ways”の計5曲が収録されている。参加ミュージシャンは、ピアノとアレンジを担当したオメル・シェメシュ、ベースおよびミックスを担当したジョセフ・ワイズ、チェロのクラリス・ジェンセン、ドラムとパーカッションのブッカー・スタードラムら。ジェフリー・キャントゥ=レデスマ自身も、ギターやシンセサイザー、パーカッションなどを担当している。

 “The Milky Sea”では、オメル・シェメシュのピアノを基調に、ミニマルなアンサンブルが展開される。硬質な響きと、心に落ち着きをもたらす瞑想的な感覚が同居した、素晴らしい楽曲/演奏だ。ジャズ的な感覚とアンビエント的な感覚が見事に融合し、聴き手の心を浄化するような透明な響きが生まれている。約20分に及ぶ長尺であり、『Gift Songs』のオープナーにして中核を担う楽曲といえる。

 続く“Gift Song I”、“Gift Song II”、“Gift Song III”という3曲は、「Gift Song 組曲」とでも呼ぶべき構成で、“The Milky Sea”よりもさらに静謐なサウンドが展開される。アナログではここからがB面となり、心身をより深く沈静させていく構成になっているのかもしれない。ここでもオメル・シェメシュのピアノは透明な音色で音楽のトーンを支えており、特に“Gift Song III”のピアノは実に瀟洒だ。クラシカルな響きとジャズ的な揺れの間を行き来するような音の揺らぎが美しい。

 アルバム最終曲“River That Flows Two Ways”では、アンビエント/ドローンが展開される。ここでは、すべての音が消失した後の世界のような、それでいて奇妙な安らぎに満ちた音が持続する。すべての音が溶け合った黄泉のサウンドスケープとでも言うべきか。アルバムのアートワークに描かれた青い花のような、天国的な音である。

 本作『Gift Songs』は、聴き手の心を静かに浄化してくれるような、瞑想的な音楽である。心を汚すような出来事ばかりが起きる今この時代において、奇跡的ともいえる純粋な善意に満ちた音世界が、ここにはある。私はジェフリー・キャントゥ=レデスマがこれほどの音世界に至った経緯や、彼の人生について詳しくは知らない。だが、音を聴けば、彼が人生──すなわち生と死──に常に向き合いながら生きていることが伝わってくる。確かに音は音だ。だが、その音を発する人の人生観は、音の隅々にまで鳴り響いているように感じる。その意味で、『Gift Songs』に満ちている「善性」への希求は、これまでの彼の人生そのものなのかもしれない。

デンシノオト