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[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1. Zinc / Killa Sound [Skream RMX] [Heavy Feet RMX] | Bingo Bass

1. Zinc / Killa Sound [Skream RMX] [Heavy Feet RMX] | Bingo Bassジンクvsスクリームの強力タッグが復活した! 2006年にダブステップ浮上のきっかけになった大ヒット・トラック"Midnight Request Line"のリミックス以来、久々のコラボレーションが実現。まさにキャッチー・フロア・アンセムの登場だ。いまやすっかりダブステップ界のトップに上り詰めたスター・プロデューサーのスクリーム、そしてDJジンクのほうも前作のときとは状況が違う。ジンクと言えば、今はエレクトロ・ハウス/UKファンキー/クラック・ハウスを牽引するベース・レジェンドである。そして、今回のコラボレーションによって生まれたこの作品は、前作の流れを汲みつつ、しかししっかりと現在のトレンドも注入したもので、シンプルだがまったく新しいパーティ・トラックである。これによって、"クラック・ダブステップ"が生まれたと言えよう。
  ジンクがドラムンベースの創作を中断して1年以上の歳月が過ぎたわけだが......現在ベース・シーンでは恐ろしいぐらいのスピードで刻々と進化を遂げている。忘れもしない。衝撃的かつエポック・メイキングな出来事だった。2008年の11月22日、筆者もレジデント出演している〈DBS〉にて、12周年を祝う、「Mega-Beat Sessions」によるDJジンク再来日だった。
  巷では、「ジンクが最後のドラムンベース・セットをやる」、「UK最先端の4つ打ちジャンルも回す」、「クラック・ハウス? なんだ??」等々......大きな話題を集めたものだった。刺激的な用語と新しいジャンルによる新しいムーヴメントを予感させ、もちろん大観衆を集めた大盛況なアニバーサリー・パーティとなった。実のところ、筆者はジンクのプレイ時間と〈SALOON〉でもろに被ってしまい......残念ながら目の当たりできなかったのだが、いろんな人に取材してみたところ、賛否両論を巻き起こす興味深いものとなった。で、受け入れられたのかって? 答えは当然イエスである! 時代の最先端を走る"クラック・ハウス"。ベースラインから派生したUKファンキーよりの"4つ打ちジャンル"が日本のジャングリストにも受け入れられた瞬間だった。
  その挑戦的な試み、興味深いこの出来事は、当時かなり興奮したことをよく憶えてる。〈Bingo Beats〉が初期のレーベル・コンセプトである2ステップやガラージなどのハーフステップ主体だった90年代末に、いまにして思えば現在のスタイルの青写真がある。ジンクの変名ジャミン〈Jammin'〉の「Kinda Funky」、「Go DJ」やジンク名義の「138 Trek」などハーフステップ・ガラージ・アンセムなどはその代表だ。
  現在、ジンクのクラック・ハウス布教活動は大きな形で実を結んでいる。現在のトレンドであるエレクトロやフィジェット・ハウスのシーンにまで波及する大きな波を起こしている。彼の先見性にはまったく脱帽である。
  そして今年の4月17日、〈DBS〉にて待望の再来日を果たすことが決定した。今度はドラムンベース界のレジェンドではなく、ベースマスター・レジェンド、DJジンクとして最高のクラック・ハウス・セットのみならず、日本仕様の〈DBS〉限定セットを披露してくれるはずだ。各地の大型フェスや大箱をロックしているそのセットをいまから楽しみに準備しておこう。だてそれは、正真正銘のUKパーティ・チューンを体感できる貴重な日になるのだから!

  さて、もうひとりの大物プロデューサー、スクリームだが、今年に入って立て続けにリミックス・ワークをリリースしている。アーバン・ダブステッパー、シルキーの「Cyber Dub」のウォブリー・リミックスや〈Non Plus〉からインストラ:メンタルのディープ・アトモスフェリック・ドラムンベース「No Future」を[Skreamix]としてウォブリー・ダブステップに昇華したカッティング・エッジ・アンセムなど......これは昨年2月にベンガと再来日した際、ダブプレートとしてバック2バック・プレイしたのを記憶している。しかも彼らのような言わば"若手"DJ/プロデューサーが全編レコードによるアナログ・プレイであったのは予想外のことで、衝撃的な嬉しい出来事であった! UKではいまだ古き良きダブプレート文化がちゃんと若手にも受け継がれている。アナログの素晴らしさ、貴重さが再認識されたセットでもあった。もちろん筆者も、それを継承するアナログ・オンリー3台セットであるのは言うまでもない!
  そして来る2月13日〈DBS〉にてドラムンベース界の皇帝、ゴールディーが再来日する。とともに、スクリームの実兄、ハイジャック〈HIJAK〉が初来日! ダブステップの最高峰〈FWD〉、〈DMZ〉でレジデントを務めるシーンのパイオニアのひとりである彼のダブステップ・イズムを体感できる貴重な日になるだろう。

2. Seba & Kirsty Hawkshaw / Joy (Face To Face) | Secret Operations

2. Seba & Kirsty Hawkshaw / Joy (Face To Face) | Secret Operations  こ、これは! 聴いた瞬間そう思った......背筋を走り抜けた衝撃の余韻がいまでも感覚として残っている。いったい何だろう......この感覚は......鳥肌が止まらない。いま、執筆しているときでも残っている。頭から離れないコードのメロディ。もしかしたら巡り会ったのかもしれない。自身が思い描く最高の曲の地点に限りなく近い作品に......ひとつ言えるのは、明日から向こう1年いや2年、自身のDJバックに"必ず" 入ることが決定したことだ。
  "セバ"〈Seba〉ことSebastian Ahrenberg。スウェーデン出身である彼のプロデューサー起源は、〈Good Looking〉のサブ・レーベル〈Looking Good〉から1998年にリリースされた「Connected/Catch The Moment」だった。当時はアートコア全盛、オリジナリティ溢れるコズミック・アートステッパーとしてLTJブケムが見出したひとりである。この後、〈Good Looking〉の契約アーティストとしてアートコアの傑作アンセム「Planetary Funk Alert/Camouflage」を1998年、「Soul 2000/Waveform」を1999年に発表する。
  とくにこの時期の筆者のお気に入りは「Soul 2000」だった。流麗なエレピの旋律から始まる序章......そこから呼応するシンセの冷たくも気高い響きに美しくはまる高速ビーツ。すべてのサンプルが絶妙に当てはめられた、これぞまさにパーフェクト。1995年から聴きはじめたドラムンベースで初めてそう思った曲が「Soul 2000」だった。そして、それを超える衝撃、完成度を誇る作品が今回リリースした「Joy (Face To Face) 」だ。セバの、北欧ならではの寒くも美しく共鳴する深層深い作曲センスは、ひと言で表せば"天才技"だ。
  ヴォーカルとして共演しているカースティ・ホークショウ(Kirsty Hawkshaw)は、ロンドン出身のシンガーソングライター。90年代にテクノよりのポップ・バンド、オーパス・スリーのメンバーとして活躍していた。バンド解散後、ソロとして主にクラブ・シーンのヴォーカルとして、さまざまなアーティストと共演している。コラボレーションでとくにヒットとなったDJティエスト〈DJ Tiesto〉とのトランス・アンセム""Just Be"やプログレッシブ・ブレイクス・ユニット、ハイブリッド"〈Hybrid〉の「All I Want」、「Blackout」などが有名だ。ドラムンベースのシーンにおいては、主にセバのセルフ・レーベル〈Secret Operations〉からのリリース、彼のプロデュース・パートナー、パラドックス(Paradox)との共作、はたまたエレクトロ・ステップ/トランス・ドラムンベースのパイオニア、ジョンビー(John B)との「Connected」など幅広く活躍している。その艶やかかつ幻想的な起伏を生む高揚感溢れるヴォーカルは、クラブ・シーンに欠かせない存在として現在も各方面からオファーが絶えない。とにかく彼女は人気ヴォーカリストである。
  さて、「Joy (Face To Face) 」の解説だが、オープニングの寂しげなバック・トラックからオートメーションによりじょじょに入ってくる高速ブレイクビーツ、トランスのエッセンス溢れるサンプルを叙情的に組み込み、妖しげなレイブ・ベースラインを絶妙に注入する。その後、スライトリー・トランス的サンプルの音数を増やしながらファースト・ブレイクへの到達でカースティのヴォーカルの感情とベースラインが最高潮に達するエピック・リエディット。これが、少しづつ進むごとに深みを増して、深海の奥地で繰り広げられているレイヴと言ったところで、曲が終わった後にも入り込んだ残響感が心の芯まで残り、決して離れない。
  自身はこれを待っていた。何度も聴きながら、そういう結論に行き着いた。この境地に辿り着く作品と出会えてこの上なく幸せであり、このふたりの偉大なクリエーターが今後もこの境地を何度も更新し続けてくれることを期待する。

Real Estate - ele-king

 ザ・ドラムスほどあからさまではないにせ、ニュージャージーを拠点とするのこのバンドのデビュー・アルバムにも流行のヴィンテージ・サウンドが加味されている。良くできたアルバムで、そつがないと言えばそつがない。品が良く、控えめだが確実に聴き惚れてしまうローファイ・サウンドだ。ギター・サウンドが好きな方はぜひ試聴して欲しい。キラキラとしたエレクトリック・ギターの音色の美しさが、このバンドの最大の魅力である。

 "アトランティック・シティ"や"サバーバン・ビベレイジ"などはテレヴィジョンからトゲを抜いてやわらかく口当たりをよくしたようでもある。ヨ・ラ・テンゴっぽくもあるが、日焼けしたレトロスタイルが適度なエコー・エフェクトとともに響く。"プール・スイマーズ"はまるで水中で聴くオールディーズのようだ。"ブラック・レイク"のような面白味のある3拍子の曲でさえも、懐かしさと地味なエフェクトがある。どの曲も古くて、キュートで、スウィートで、ほんのわずかだけダビーだったりする。微妙なディレイがバンドの音に色を与えているのだ。"フェイク・ブルース"にはコーネリアス風のミニマリズムがあって、リアル・エステイトがただのオールディーズではないことを証す。6分にもおよぶ"サバーバン・ビベレイジ"は水浸しのミニマル・ポップで、最初の数分はファウストの名作『ソー・ファー』を想起させる。"レッツ・ロック・ザ・ビーチ"は夏が恋しくなる曲だが、夏まで僕がこのアルバムを聴いているかはわからない。

 ある意味では曖昧で、とらえどころがないが、間違っても悪いアルバムではない。ケレンミもなく、素直だが、ディテールは凝っている。眠くなるアルバムだが、その眠りは心地よい。......しかし、〈ウッドシスト〉レーベルって、USでは評価高いよな~。

第7回 THE VERY THOUGHT OF YOU(中編) - ele-king

 古代ポリネシアの最高神タアロアは、この地上に陸と海の完璧なハーモニーを備えた優雅なパラダイスを造ろうと思い立った。さっそく美と好天の神タネと、海の王ティノルアを遣わし、タアロアの意向に沿った傑作を造らせた。また、海溝の神トフには、鮮やかな絵の具の駆使して、多彩な魚や珊瑚、貝、そのほかの海の生き物たちを描かせた。
――フランス領ポリネシア、ボラボラ島に残る伝説より


 ジャズのスタンダート・ナンバーとして知られる"ザ・ヴェリィ・ソウト・オブ・ユー"は、元々はイギリスのレイ・ノーブルによって書かれた楽曲で、1934年に彼が率いるグラモフォンのスタジオ・バンドがヴォーカリストのアル・ボウリーをフィーチャーしてレコーディング、それが最初のヒットとなった。ノーブルは同年渡米し、そこでも成功を収めるが、世界中でこの曲が知られるようになったのは、44年、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった22歳のドリス・デイが映画『ヤングマン・ウィズ・ア・ボーン』の中で歌ったのがきっかけである。当時、日本盤もリリースされていて、邦題は"君を想いて"という。その後、この曲は多くのヴォーカリストやプレイヤーにカヴァーされた。おそらく、今夜も何処かの国のジャズ・バーで演奏されていることだろう。

 「花を見れば君の顔を、星を見れば君の瞳を想い出す。君のことばかり考えているんだ。愛しい人よ」。歯の浮くような甘ったるいこのラヴ・ソングは、しかし、そのシンプルさが故に、76年間、さまざまな人びとのさまざまな想いを乗せて、さまざまな形で歌い継がれてきた。例えば、のどかなオリジナル、キュートなドリス・デイ、味わい深いビリー・ホリデイ、ドスの効いたフランク・シナトラと、皆、それぞれ異なった魅力があるのだけれど、個人的にとくに気に入っているのが、58年、ナット・キング・コールがゴードン・ジェンキンスのオーケストラをバックに吹き込んだヴァージョンだ。夜中の静かな海辺のように、ゆっくりと押しては返していくストリングス。ブラック・コーヒーに一滴だけラムを垂らしたような、苦味が強いけれど、ほんのりと甘いヴォーカル。そして、ふたつが合わさって生まれる陶酔をある方向へ導いていくために、一定のリズムを刻むウッド・ベース。ただし、この幸福な楽曲も、歌詞に登場する"愛おしい人"に、もうすでにこの世にいないものを当てはめた途端、その響きはガラっと変わってしまうことだろう。ステレオから再生されたそれは、僕の耳に届いた瞬間から僕だけのヴァージョンへと変奏され、心に沁みて行く。あの日、以降。

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 その部屋のアンプリファイアは、僕たちの自宅と同じ、BOSEのウェーヴ・ミュージック・システムだった。それが、自宅の倍以上はある部屋の、高い位置にいくつか設置されたスピーカーに繋がっていて、立体的な音響をつくり出してくれる。僕は日本から持って来た30枚近いCDの中からナット・キング・コールの『ザ・ヴェリー・ソウト・オブ・ユー』を選んで、その中に入れた。プレイ・ボタンを押すと、例のうっとりするようなイントロダクションが流れ、優し気なムードが室内を満たしはじめる。それは、開け放たれたドアからヴェランダへと溢れ出し、真っ暗で静まり返った海へと注いでいく。あいだには、デッキ・チェアに仰向けに寝転がって星空を眺めている妻がいて、その音は当然、彼女の耳にも届いているはずだし、そもそも、彼女の気持ちを考えての選曲だった。僕は、サウンド・システムのあるベッド・ルームからリヴィングに移動して、冷蔵庫に入れてある日本から持って来たマイヤーズをふたつのグラスに注ぎ、それを持ってまたヴェランダに戻って行った。ひとつを妻に渡すと、彼女は「ありがとう」と言って微笑む。季節は、日本では秋だったが、南半球のボラボラ島はこれからが夏本番で、僕はTシャツにショート・パンツだったし、彼女はワンピースだった。僕は自分のグラスを手に、ふたつ並んで置かれているデッキ・チェアの空いている方に、やはり仰向けになって寝転がった。夜空は快晴で、東京に住んでいる人間としてはちょっとギョッとするほど多くの星がさまざまな強弱の光で暗闇を彩り、10秒に一回は流れ星が、時にはシュッと音さえ立てて直線を描いた。

 しかし、この考えうる最高のシチュエーションに恵まれたハネムーン、4日目の夜の中で、主役の2人は悲しみに暮れていた。アルバムの1曲目が半ばに達する頃、妻はコップに注がれた水の表面張力が限界に達するかのように啜り泣きはじめた。遠く離れた東京で、猫のチーが死んだという報せを受けてから6、7時間が経っていた。スムースに流れていくストリングスに追い縋るみたいに、シクシクという声が併走する。やがて、それは嗚咽に代わり、僕は妻の手を握り締めた。「旅行なんて来なければ良かった」。彼女は震える声で言った。「チーは私達が2度と戻って来ないのかと思って、悲しくて死んじゃったんだ」。僕は握力を強めながら、言葉を探した。「チーはきっと、死ぬところを見られたくなかったんだよ」。それは、彼女だけではなく、自分自身に言い聞かせるための言葉だった。「昨日の昼間に観たあの猫はチーだったんだ。チーが最後に会いに来てくれたんだ」。妻は言った。彼女はしゃっくりのせいで、たったそれだけの言葉を吐き切るのに大分難儀していたが、そのせいだけではなく、まるでスクリュー・ミックスがかけられたかのごとく、その間は長く、重く感じられた。「君は分からないだろう。君と離れていると、時間の流れがどんなに遅く感じられるか」。ナットキング・コールの歌声はボラボラ島の広く深い夜空のように、全てを包みこむように、響いていた。

 「日本軍がパール・ハーバーを攻撃した後、日本の勢いを警戒して、連合軍がボラボラ島にも基地をつくったんだ。これはその名残だよ。」Tさんは小高い丘の上に立つ大砲に手をかけながら言った。「でも、結局、ここでは戦争は起こらなかったから、これも役に立たなかった。戦争が終わり、兵士たちが引き上げていった後には、彼らと現地の女性のあいだに出来た、何千人っていう子供たちが残されたらしい。他にすることもなかったんだろうね。色んな血が混ざっているから、ボラボラ島は美男美女揃いなんだ。戦下にありながら、唯一、天国だったのがこの島だよ」。彼は笑う。砲身は海の方を向いていて、そこからは、周りをぐるりと取り囲む珊瑚が外壁の代わりをして波から守ってくれるおかげで、エメラルド・グリーン色をした静かな海面が熱帯魚たちのパラダイスとなっている、ボラボラ島の美しさが一望出来た。

 「それでも、2、3日前まではかなり風が強くて雲も出てたんだけどね。あなたたちは運が良いよ」。Tさんはサファリハットをずらし、よく日に焼けた顔で真っ青な空を仰いだ。日本を発ってから3日目、ボラボラ島滞在2日目のこの日、僕たちは島の自然を巡るツアーに参加していた。この島でガイドとして働いているTさんは日本人で、年の頃は50ぐらいだろうか、快活な中年男性である。1年の半分ほどはパリで、ローカルの奥さんがやっている雑貨屋を手伝っているそうなのだが、後の半分は買い付けも兼ねて、各国でガイドをやっているのだという。「このあいだまではずっとカリブ諸島にいたんだけど、やっぱりポリネシアの方がいいね。人間が優しい。まぁ、とくにこの島は豊かだし、人に余裕があるんだろう」。彼のジープで回ったボラボラ島の海岸沿いに建つ家々や教会は、パステル・カラーの配色が可愛らしかったけれど、お世辞にも立派とは言えなかった。それでも、そこに住む人びとの平均年収は日本とほぼ同じなのだという。「観光地として成功しているからね。しかも、土地は先祖代々受け継いでいるものだし、海に潜ればいつでも新鮮な食材が手に入るんで、食べるのに困ることもない」。年々、生き辛くなり、自殺率が増加している日本に比べれば、たしかにここは天国だろう。世界の先進国から、日々のストレスを解消するために多くの人びとが集まってくるのも当然の話だ。しかし、観光地として成功するということは、グローバリゼーションに晒されるのと同義でもある。

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 「ここから見えるあの島は、有名な石油王のものだよ。このあいだ、あそこで開かれた結婚式にはたくさんのハリウッド・スターが集まっていたみたいだ。この辺の島の持ち主の名前を挙げていけば、世界の金持ちのリストがつくれるんじゃないかな」。ボラボラ島では、自然の破壊を食い止めるために、現在、これ以上のホテルの建設は禁止されている。また、世界中から水質学者が集まり、状態を監視している。僕たちが泊まっていたセント・レジスは施設も海も本当に綺麗だったけれど、散歩しながら、何気なく裏手にある観光用ではないビーチに出てみると、ちらほらとゴミが目に付いた。レストランでは、パンを千切って海に放り込み、魚を誘き寄せていた白人の男がいた。まぁ、もちろん、ここに旅行に来ている自分たちも同じ穴の狢なのだが。

「ボラボラ島の人たちは凄く優しいんだけど、ここで商売をしようとするなら別。自分たちの既得権益が脅かされることに敏感だからね。私も信用してもらうまでは色々と大変だったよ。そういえば、タヒチではフランスからの独立を主張する保守勢力が力を伸ばしていて、この前、山にそいつらが登って、タヒチの旗を立てたっていう事件があったな」。Tさんは島の中心に聳え立ち、現地の人びとからは聖なる場所として崇められているコテマヌ山を指差しながらそう言った。その岩山は、絵葉書のような風景の中でも、ちょっと異質な、非現実的な美しさを讃えていて、それは恐らく数万年前からほとんど同じものだったのだろうと思わせたが、しかし、麓の一部分は木々が倒され、シャベルカーが止まり、何かを建設しているようだった。19世紀後半、フランスのポール・ゴーギャンは野蛮に憧れてタヒチを訪れるが、そこでさえ文明に侵されつつあることを知って落胆し、人間の原始の姿を求め、ポリネシアを北上、最終的にはマルキーズ諸島で最後を迎える。それから100年後、旅行最終日に訪れたタヒチ本島は、もはや開発され尽くしたごく普通の都市だった。戦争を知らないボラボラ島には、未だに美しい自然が残っているが、しかし、この島はグローバリズムとローカリズムが、開発派と保守派が鬩ぎ合う新しい形の戦場でもある。そういえば、ポリネシアはリゾートであると同時に、近年までフランスによる核実験の場としても使われていたのだ。――そんな説明を毎日のようにしているはずのTさんはあっけないぐらい余韻を残さずに、地面に幾つも落ちているハイビスカスのようなピンク色の花を拾いながら言った。「この花は毎朝咲いて、毎夕方には散ってしまう不思議な花でね」。手渡された妻はそれを髪に飾る。「一日毎に咲いては散ってを繰り返すから、生まれ変わりの象徴とも言われているんだ」。Tさんは、にっこり笑った。

 わずか30分もあれば車で一周出来てしまうぐらい小さな島をじっくりと2時間近くかけて回るツアーも終わりに近づき、Tさんのジープは島をもう1周しながら、参加した3組のカップルをそれぞれのホテルに帰るための船が止まっている船着場で降ろして行った。僕たちの順番はいちばん最後で、2番目のカップルが降りた後に、Tさんは後部座席の方を振り返った。「まだ時間があるでしょう? いい場所に連れて行ってあげるよ」。ジープは、今まで走っていた島の外周から少しそれて行く。道路は舗装されていなくて、車はガタガタと激しく揺れた。途中、工事現場の横を通り過ぎると、夥しい数の野犬の群が見えた。どれも雑種特有の濁った毛色をしていたが、普通に歩いていたらかなり恐いだろうなと思うような、大きな身体だった。野良犬を見たのなんて子供の頃以来で、その時、そうだ、野良犬はああいう悲しい目をしているんだと記憶が蘇った。Tさんがハンドルを握りながら忌々しそうに言う。「野良犬が増えて来たのは自然保護団体の奴らのせいだ。あいつらは野犬狩りに反対しているからね。......さぁ、着いたよ」。

 車が止まったのは何の変哲もない空き地の前だった。がらんとした空間を1メートル程の石壁がぐるりと取り囲む、その一箇所に海亀を象った紋章が刻まれている。Tさんによると、そこは、19世紀後半、この島にキリスト教が持ち込まれて以降、表向きは禁止され密教となった土着宗教の儀式の場なのだという。なるほど、でも、そうは言ってもただの空き地だなと思いながらぼんやり眺めていると、向かいの壁の上に、白い、毛の長い猫が佇んでいるのが見えた。「チチ、チチ。こっちにおいで」。Tさんが手招きすると、チチと呼ばれた猫はぐるるっと唸りながら近づいて来た。Tさんはそれを抱き上げて、ふわふわの毛に頬をくっつけ、「この子はこの島でいちばん美しい猫なんだよ」と微笑む。燐とした雰囲気の、気高そうな猫だった。僕と妻はチチを撫でながら、「可愛いですね。今日の昼間、モツで見た猫達はもうちょっと庶民的な感じでしたが、それも可愛かったですよ」と言った。モツというのは、ボラボラ本島の周りに点在する小さな島々のことである。すると、Tさんは「あいつらは汚いよ。後でちゃんと手を洗った方がいい」と、顔をしかめた。その表情に並んだチチも、その通りよ、といった感じで澄ましているものだから、僕と妻は思わず笑ってしまった。時刻はまだ夕方にもなっていなかったが、近くに家もなければ街灯もないその辺りはそろそろ暗くなりはじめていた。(つづく)

intervew with Eccy - ele-king

ベンガ、スクリーム、キャスパ......超オールスター。それで2000人ぐらい入っていたのかな。で、若い女の子が、上は下着だけみたいな。ガン踊りしてて。

 初対面のわれわれが何故まず手はじめに童貞についての話を延々としたかと言えば、すべてはY氏が悪い。僕よりも20歳も年下のトラックメイカーは僕に向かって童貞にまつわる話をはじめ、僕は自分の童貞喪失について話す羽目になった。ことの経緯についてはご想像におまかせしよう。ただひとつ知ったことは、若い世代にとって"童貞"とういことが大きな問題となっているらしいということである。僕の世代では、思春期においてはそれがそれほど大きな問題意識になったことはなかった。

 さて、エクシーのUK体験談を聞くために僕はビールと呼ばれる背徳の液体の入った中ジョッキを持っている。この冒険心溢れるトラックメイカーは、2007年、彼が22歳のときにシンゴ02をフィーチャーした"アルティメイト・ハイ"によって広く注目されている。その後エクシーは......文学肌のラッパーをフィーチャーしつつ、ストリートというよりもどちらかといえばアーティな作品(『フローティング・ライク・インセンス』、『ブラッド・ザ・ウェイヴ』等々)を発表している。

 とはいえ、彼が現在、新世代においてもっとも興味深いひとりになりえているのは(彼と銀杏ボーイズとの繋がりはさておき)、音に対する彼の貪欲さにおいてである。とにかくエクシーは、欧米で起きている新しい動きにやたら敏感に反応する。彼がフライング・ロータス以降のエクスペリメンタル・ヒップホップないしはハドソン・モホークに対する回答のような、全曲インストによる『ルーヴィア・ミトス』を昨年末に出したことは、音の刺激に飢えている連中にしたら納得のいく話である。そして......アルバムのジャケでムーグのアナログシンセのつまみを乳首を触るような手つきでつまんでいる彼は、最近はヤマハのDX7を安くゲットしたと嬉々として語るような、いわば音フェチでもある。

 予想外だったのは、彼のそれまでのイメージからは想像できないほどのエクシーがパーティ・アニマルだったという事実だ。それは嬉しい事実である。彼は、昨年の10月にUKに渡っている。目的はひとつ、ダブステップのパーティで踊ること。

なんでイギリスに行こうと思ったの?

海外行ったのが初めてで。最初はロスとかニューヨークとか、普通にそっちに行こうかなと思っていたんですけど、一緒に行くことになったのがDJケイタっていう、バトル系のDJで、ドラムンベースが好きなヤツだったんです。そいつがロンドンに行くって言い出して、それで「じゃあ、行こうか」ってなった。どうせ行くならパーティに合わせようぜってなって。

行く前からダブステップやグライムみたいなのが面白いなとは思っていたんでしょ?

そうですね。ダブステップは1年前くらいからハマりはじめていて。

きっかけは?

ブリアル。でも、最初はいまほど面白さわかんなくて。それで漁っていくうちに、「けっこう面白いジャンルだな」と。そっからミックス聴いたり......。そのあと〈ハイパーダブ〉とか好きになって。日本にひとり、〈ハイパーダブ〉から出している人いるの知ってます? クオルタ330って。

面識はないけど知ってる。

あの人にオレらがやっているパーティの1回目に出てもらって。今度も出てくれるんですけど。で、〈ハイパーダブ〉が好きになった後、スクリームやベンガが日本に来たときに行ったりとか、いろいろ知識を付けたうえでロンドンに行って......みたいな。で、ロンドン、アムス、マンチェスターに行ったんですけど、いや、すごかった。

なにが?

6日連続でクラブに行ったんですけど(笑)。

1週間いて(笑)?

はい(笑)。

ハハハハ、誰もが通る道(笑)。

とにかく客がすごいっすね。

やっぱもっとパーティっぽい?

そうですね。

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じゃあ、順をおってお願いします。

まずモスクワに泊まったんすけど。アエロフロートのせいで(笑)。

空飛ぶロシアンルーレットね(笑)。

いまぜんぜんいいっすよ。ぜんぜん機体が綺麗。

そうだよね。ロシアは好景気だもんね。オレ、93年にイビサ行ったときにアエロフロートだったな。その頃、冗談で"空飛ぶロシアンルーレット"って言ってたの。モスクワの空港も酷かったしね。何もない。

あ、そこは変わらない(笑)。とにかく出発が6時間遅れたから、ロンドンに6時間遅れで着くのかなと思ったら、出る便がないって言われて。で、成田で、ロシアに着いたらホテルを用意しているからそこに泊まれと、ただし、そこは自分で交渉してくれと。で、初めての海外で、英語も喋れないのに交渉できるわけないだろうと(笑)。で、飛行機のなかでずっと英会話の本を読んでいて(笑)。で、行ったら行ったで、ちゃんとホテルが用意されていて、大丈夫だったんですけど。すげー、良いホテルだったし。

ロシアでクラブに行ったわけじゃないんだ?

行かなかったすね。それで、次の日にロンドンに着いて、すぐアムスに行かなきゃならなくて。

なんで(笑)?

そういう日程組んであったから。ちょうどアムステルダム・ダンス・イヴェント(ADE)やっていて。で、オレらより先に、ヨーロッパひとり旅しているヤツと合流して。1日目はそれで、スティーヴ・ローラーのパーティ行って。

誰それ?

Y氏:プログレッシヴ・ハウスのDJ。

Y氏の専門分野じゃないですか(笑)。

〈ワープ〉のクラークのパーティに行きたかったんだけど、すげーデカイところなんですけど、ぜんぜん入れなくて。それでクラブ探し回って。そしたらそこだけ入れた。で、次の日もアムスにいて。〈ワープ〉のラスティっているじゃないですか。あいつと〈ストーンズ・スロー〉のデイム・ファンクのDJに行って。

いいな~。

音はまあ、良かったんですけど、でも「日本とそんな変わんねーじゃん」と思って。で、次の日にオレとケイタはロンドンに戻って。で、〈ファブリック〉に行って。気合いを入れて前売りまで買ってたんですけど、疲れていて朝の3時まで寝ちゃって。で、「やべー、いまから行かないと終わっちゃうぞ」って。朝の4時に〈ファブリック〉に着いて。まあ、空気を楽しむぐらいだったんですけど。で、思っていたよりも子供向けのクラブみたいなイメージがあって。

観光客向けだよね。

そういう感じで。

やっぱ地元の連中が行くクラブがいちばんだよね。

そう。で、翌日は電車乗ってマンチェスター行って。マンチェのパーティが今回のベストでしたね。まあ、うちらそのパーティのために行ったようなものなんですけど。eBayでチケット買ってね。ウェアハウス・プロジェクトといって倉庫を使ってある期間やっているイヴェントなんですけど、毎週大物が来るみたいな。2フロアあって。まずメンツが凄くて。モードセレクター、ベンガ、スクリーム、キャスパ、ジョーカー、ラスコ、で、セカンド・フロアでメアリー・アン・ホブス、デイム・ファンク、ラスティ、ガスランプ・キラー、ノサッジ・シング......。

オールスターだね。

超オールスター。それで2000人ぐらい入っていたのかな。で、若い女の子が、上は下着だけみたいな。ガン踊りしてて。

モードセレクターはちょっと毛色が違わない?

違うんですけど、良かった(笑)。

いちばん良かったのは?

ラスコ。超パーティ野郎みたいな感じで。ガスランプ・キラーも良かったな。

ジョーカーは? まさにヒップホップ出身じゃん。

ケイタとジョーカーちょっと見て、ケイタが「ジョーカー、ダサくないっすか」って言うから、「ダセーなぁ」って(笑)。ほとんど聴かなかった。で、帰ってきていろいろ聴いていたらジョーカーがいちばん格好良くて(笑)。いまではオレ、ジョーカーがいちばん好きなんです(笑)。

ハハハハ。もっとも期待されているブリストルの新世代だからね。てか、もうすでにスターらしいよ。それこそG・ファンクから来てるんだよね。

へぇー。ダブステップって、出身がいろいろあって面白いっすよね。トランスっぽいヤツもいるじゃないですか。

テクノ出身者、ヒップホップ出身、レゲエもいるし、ハウスもいるし、ジャングルもいるよね。

でもやっぱ、いちばんは客の熱気だよね。同じこと日本でやっても絶対にこんな盛りあがらないなっていうのがあるから、「あー、こんなに反応してくれて、こんなに盛りあがってくれたら楽しいだろうな」と、やってる側の目線で思って。日本人のDJがあの場にいって、そこまで盛り上げることはできるだろうけど、向こうのDJがこっちに来て、あそこまで盛りあがるのは無理だろうなと。この先、何年後にはできるかもしれないけど。それをけっこう思って。
 で、マンチェスターのパーティで、普通に煙草吸っていたら、地元の奴らと仲良くなって。で、「うち来ない?」みたいな話になって。

ハハハハ。オレもまったく同じ経験ある。それでみんなでレコード聴くんだよね(笑)。

ベンってヤツのカップルとアンって女の子3人に声かけられて。だから「3人で行くのかなー?」と思って、」で、タクシーに乗って行ったら、すでに部屋には15人ぐらいいて(笑)。

ハハハハ。20年前と何も変わってねーじゃん(笑)!

ハハハハ、ホント、みんなグダグダで(笑)。

よくあれでポンドを保ってられるよね。

ハハハハ。で、ケイタのミックスをかけたらみんな上がって(笑)。「どこでDJやってんの?」とか訊いてきて。

何歳ぐらい?

若いっすね。オレより2個下ぐらいかな。20歳から大学生ぐらい。で、ベンの彼女のアンナってヤツだけしっかりしてて、定期的に紅茶入れてくるんすよ(笑)。

ミルクティーでしょ!

いや、それはちゃんと何が良いか訊いてくれて(笑)。

それで、帰りに紅茶買ったでしょ(笑)?

買った(笑)。

変わってないじゃん(笑)!

ハハハハ、楽しかったすね。

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Y氏:でも、日本でもそういう瞬間があったじゃないですか。

90年代前半とか?

Y氏:90年代の後半とかも。パーティが終わると、「代々木公園行こうよ」とか。「うちに来なよ」とか。

まあ、そうだね。

でも、日本では無理っすよ。

無理じゃなかった瞬間もあったわけだし。

でもいまは無理な気がする。

なんで?

まわり見てて、パーティ行くヤツが少ない。

残念だね。

クラブもカラオケの代わりになっちゃってるし。マンチェスターの奴らとか、あれしか楽しみがないんだろうなぐらいの気の入れようだったから。で、次の日はロンドンで、〈プラスティック・ピープル〉に行って。

〈プラスティック・ピープル〉?

それは地元密着型の濃いパーティ。

どこ?

えー、あれは......、ダメだ、ぜんぜん思い出せない(笑)。ロンドンで有名な駅って?

たくさんあるよ、パディントン、ノッティングヒル・ゲート、コヴェント・ガーデンとか(笑)。

えー、思い出せない(笑)。とにかく小箱で、でもファンション・ワン置いてあるみたいな。ミラーボールもなんもなくて、そこで毎週〈フォワード〉っていうダブステップのパーティをやってて。それに行って。メンツはMAワンっていうファンキーのDJ、で、ジンクやって。

おー、クラック・ハウス。

で、ジャック・ビーツっていうエレクトロ・ハウスっぽいのをやって、で、スクリームがやるみたいな。

ジンクのクラック・ハウスのコンピ、知ってる? 黄色のジャケのヤツ(「Crack House EP」)。

オレも買いました。

あのCDだけ聴いても現場がどんななのかわからないんだよね。

そうですよね。オレ、ジンク好きっすよ。

あれはホントにパーティ・ミュージックだよね。ちなみにそのパーティは何曜日?

日曜日っすね。オープンが大幅に遅れて、9時ぐらいから2時までやってましたね。で、そこ行ったら、今回初めて日本人がいて。「あれ日本人じゃないっすか?」ってケイタが言うから、で、訊いたら「そうだよ」って。で、話したら、その人がエナさんっていう、ゴス・トラッドなんかが出ている〈Back To Chill〉をやっている人で。共通の知り合いがすごくいっぱいいて、で、仲良くなって。

へぇー。

Y氏:よくロンドンのどのクラブ行っても日本人がいるって話聞くんだけど、ダブステップのクラブには滅多にいないよね。

ぜんぜんいないっすね。アジア人がいない。

アフリカ系はいるでしょ?

半々ぐらいでいますね。で、それが5日目で、で、6日目は「さすがにちょっとぐらい観光しようか」って話になって。で、結局レコード屋とかに行って、CDとTシャツを買って。そしたらまたエナさんに会って(笑)。

ハハハハ。行動パターンが同じなんだ。

そう。で、「今日の夜、ブリクストン・アカデミーでヤバいパーティがあるよ」って。それが16歳以上から入れるパーティで。

16から入れるっていいよな。

だから酒は売っていない。

なるほど。

で、ケイタと「どうする?」って。オレら、ドラムンのパーティをアムスで逃していて、ケイタがどうしてもドラムンで踊りたいって言い出して(笑)。「じゃ、行くか」みたいになって(笑)。

ブリストルって、中心地からは遠いからね。

遠いじゃないですか。だから終電で行って。そしたらガキんちょたちで溢れていて、あり得ないくらいの熱気で(笑)。

あんな広いところで。

あんなに広いところがガキんちょでいっぱいで(笑)。で、さすがにその日はもうオレらも疲れていたから隅っこのほうで休みつつって感じだったんですけど、誰かのDJになった途端、すべてのフロアから人が集まってきて。それがチェイス&ステイタスで。「うわ、こんなに人気があるんだ」って。

チェイス&ステイタス?

リアーナのダブステップやったり、スヌープのダブステップやったり。

ああ~。

すごかった。あんなに人気があるとは思わなかったね。

しかし16歳で行けるDJパーティがあるって良いよね。

しかも朝の5時ぐらいになると親とか車で迎えにきて(笑)。ドラムンでガン踊りしていた子供を迎えに来るって、「物わかり良すぎだわ」って(笑)。

それはハウス世代の親じゃないの? 「もう、しょーがねーな」みたいな(笑)。

しかし、月曜日に5000人の若いのが踊ってるって......。

健康的でいいなー(笑)。

ヴァイタリティ半端ないっすよね。〈プラスティック・ピープル〉で、白人のガキんちょがでかい黒人のセキュリティに超からんでいるんすよ。「おまえ出てけ」って投げ飛ばされたりしてるんすけど、すげー食いかかっていて。明らかに体格差もあんのに、「ファックユー」連発で、「こんなヤツ、日本人であんまいないなー」と思って。

へぇー。

とにかく、ダブステップ、こんなに踊ってる感じなんだーって、日本からはつかめなかったんで。それがもう、爆発してたんで。

レイヴ・カルチャーそのものなんだね。

それでオレも、自分でもダブステップやりはじめようかなと思って。

やってるじゃん、新作『ルーヴィア・ミトス』で。

それはダブステップというよりは......。

フライング・ロータス?

フライング・ロータス。

やっぱり。

そう、でも、もっとフォーマットにのったダブステップを作ろうと最近は思っているんですよ。

ダンス・ミュージックって、フォーマットがあるからね。

そうなんですよ。オレ、これ(『ルーヴィア・ミトス』)では好き勝手やってるだけなんで。もうちょい縛りあったうえで踊らせるっていうか、他のDJもかけやすくするっていうか。それって大事かなって。で、やってみたら面白かった。

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エクシー君のイメージって、やっぱキース・ジャレットのジャケの写真を自分のCDのアートワークに使っているように、すごくシリアスなさ、ある意味求道者的なさ(笑)。

この前もVJの人と飲んでて、「エクシー、おめーぜんぜん知性派じゃねーじゃん。下品だおめーは」って言われて(笑)。

ハハハハ。

やっぱ向こうの現場見ちゃうと、とくに。

それ、日本でもやって欲しいな~。

渋谷の〈プラグ〉で〈Coldsteel〉ってパーティやってます。2月5日に渋谷の〈プラグ〉でリリース・パーティかねてやりますよ。

行こうかな。

野田さんはクラブ行かないんですか?

ここ数年、子供ができてからはめっきり行かなくなったけど、嫌いになったわけじゃないからね。昔は毎週末行っていたし、ある時期はロンドンに隔月で行っていたよ。クラブとレコードを目当てに(笑)。だから今日の話はすごーくわかる(笑)。オレの世代はブリクストンと言えば、〈ロスト〉っていうテクノのパーティだね。上半身裸で壁によじ登るようなヤツがひと晩に20人ぐらいいるような(笑)。ロンドンはどこに泊まったの?

キングスクロスのあたりとか。

えー、そうなの! キングスクロスって、オレも昔よく泊まってたけど、娼婦や売人が立っているようなところだったんだよ(笑)。駅の反対側に倉庫街あって、あっちでもパーティがあったりして。

あー、あったあった。

で、いきなり『ルーヴィア・ミトス』の話に戻すと、過去2枚って、シンゴ02とか、マイク・ジャック・プロダクションとか、あるぱちかぶととか、文学肌のラッパーを入れているじゃん。それが、『ルーヴィア・ミトス』ではいっさいラッパーなしでやってるじゃん。そこはオレ、ラッパーの力を借りずに勝負してるなって思ったんだけど。

もともとインスト作品を出したくて。あとこれ、インストのシリーズなんですよ。ラッパーいないとさくさく曲作れるし。このアルバム、昨年の12月に出ているんですけど、ほぼ全曲9月に作っているんですよ。

すごいね。

すぐ出せるのがいいなーと。自分でミックスもしているし。

ロンドンに持っていかなかったの?

ミックス前だったんですけど、持っていきました。けっこう気に入ってもらえましたよ。

音を聴いてくれるのっていいよね。

そうっすね。

オレ、こないだタナソーとのトークショーでも言ったんだけど、音を面白がる文化って良いと思うんだよ。

オレ、ホント、意味とかどーでもいいと思っていて。

えー、意味あるラッパーばかり揃えているじゃん(笑)。

テーマとかどうでも良いと思ってて(笑)。

銀杏ボーイズが好きなくせに。

銀杏ボーイズは歌詞カード見ないでも言葉が入ってくるから好きなんですよ。うちのラッパーだとオロカモノポテチっていうのがいて、そいつがオレはいちばん入ってくるんですけど、正直、あるぱちかぶととか難しくて。

ハハハハ! 自分の作品でラップしてもらってるのに(笑)!

いや、もちろん良いんですけど! そこまでグッと来ない(笑)。

マジ(笑)? あるぱちかぶと、グッとくるじゃない。言葉でトランスさせるような感じでしょ。

ま、そうっすね。シンゴさんは、ライヴが好きっすね。ライヴが素晴らしい。あるぱちかぶとも、そろそろシンゴさんぐらいいってるのかなと思ってたんだけど、ライヴを観たらまだまだだった(笑)。

オレ、あるぱちかぶとのアルバムの1曲目、すごいと思ったけど。東京をラップしている"トーキョー難民"という曲。びっくりした。

はいはい。

あの風景の描き方はすごいよ。まあ、踊らせるってタイプじゃないけどね。で、ああいう優れたラッパーが身近にいながら今回はインストで勝負しているところにエクシー君のソウルを感じたんだよね。気が早いけど、次のアルバムが楽しみだね。

オレ自身も楽しみっすよ。なんか、〈テクトニック〉が気に入ってくれたみたいで。

えー、最高じゃない!

ピンチが気に入ってくれたみたいで。それで実は昨日、ぶちあがっていて。

それはオレでさえあがるよ(笑)。

このまま食らいついて、「シングル出そうよ」って言われるぐらいになりたいっすね。〈テクトニック〉、最高っすよね。

最高のレーベルのひとつだよね。昨年のコンピレーションも良かったし、ピンチのシングルあったじゃん。歌モノのヤツ。

「ゲット・アップ」っすよね。

そうそう。

あれで、グイードがリミックスしてるじゃないっすか。オレ、グイードがヤバくて。

ブリストルのジョーカーの仲間だよね。みんなまだ若いんだよね。

オレ、コンプリートしたんですけど。写真とかも、みんなかっこつけるんですけど、グイードだけがリーボックのジャージ着て突っ立ているだけで、リーボックってところがいい、イギリスっぽいな~って(笑)。

ハハハハ。ジョーカー、グイード、ジェーミー、あいつら、まだみんな20歳そこそこなんだよね。ジョーカーがいちばん若くて、たしか昨年の時点で20歳だったと思ったよ。

え、あいつがいちばん老けた顔しているのに(笑)。

ベンガやスクリームもみんな若いじゃん。13歳からDJやったり作っているわけでしょ。

あいつら若いっすよね。そういえば、〈プラスティック・ピープル〉の外で煙草吸っていたら、BMがやって来て、ゴミ袋を何度も轢いてて、頭おかしいヤツ乗ってるなーと思ってたら、車からベンガが出てきて、「おー、ベンガだ!」って(笑)。

いいな~、そんなことやっててレベル・ミュージックになっているところがいいよな~(笑)。

そうっすよね。しかもベンガとスクリーム、ヨーロッパのどこにもいますからね。ヨーロッパのいたるところのフライヤーに書いてある(笑)。

グラストンベリー・フェスティヴァルでもやって話題になってるもんね。ということで、エクシー君、がんばれ!

ハハハハ。

Eccy DJ Chart
  • 1. Hudson Mohawke / FUSE (Warp)
  • 2. Jinder / Youth Blood[12th Planet & Flinch Remix] (Trouble & Bass)
  • 3. Doshy feat.Raspe / Crtzl[Robot Koch Remix] (Robox-Neotech)
  • 4. Guido / Beautiful Complication (Punch Drunk)
  • 5. Rustie / Inside Pikachu's Cunt (Warp)
  • 6. Scuba / Twitch[Jamie Vex'd Remix] (Hot Flush)
  • 7. Rustie & Joker / Play Doe (Kapsize)
  • 8. Ikonika / Smuck (Planet Mu)
  • 9. Joker & Ginz Purple City (Kapsize)
  • 10. Zomby / Spliff Dub[Rustie Remix]- Hyperdub
  • 11. Skream / Trapped In A Dark Bubble (Tectonic)
  • 12. Bjork / Hyperballad[Eccy Dubstep Edit] (Nytebug)

※以下のサイトもチェック。
https://eccy.cc
https://www.slyerecords.com

また、昨年の12月から〈NYTEBUG〉という無料ダウンロードのレーベルを実験的にスタートしているで、そちらも是非。
https://nytebug.blogspot.com/


2010/02/05(Fri)
COLDSTEEL vol.5 @Shibuya PLUG
"あるぱちかぶと - ◎≠" and "Eccy - Loovia Myhots"
Double Release Party!!!!!!

-starring-
あるぱちかぶと
Eccy
Matt.B(Bass Science / Made In Glitch)
Quarta330(Hyperdub)
broken haze
haiiro de rossi
DJ KEITA
Notuv
Emufucka
小宮守

#2:アナキストに煙草を - ele-king

アナキストに煙草を ――そう、やっているあいだはたしかに楽しかった。が、それも家に戻って自分たちの姿をテレビで見るまでの話で、私に関して言えばテレビがポイントだった。(略)革命はテレビで報道されなければならず、このショーにおいて我々はベトナム平和運動という派手なテレビ・コマーシャルに登場したエクストラに過ぎなかった。現在このことを私はいたってシンプルに要約できる。「もし我々が1968年の反米デモから何かを学ぶ取ったとすれば、デモは何の役にも立たないということである」
 が、私の思考はもう少し深く及んだ。ポスト・マクルーハン時代に生まれたカルチャーの俗物たる私は、(略)自分に他にもっとやるべきことがあるとわかっていた。私は単に大衆のひとりでいるのではなく、大衆に向けたコミュニケーションによって貢献すべきだった。新聞、雑誌、映画、テレビ、ロックンロールのレコード。こういうものこそが変革の武器になるんだ。
       ミック・ファレン著『アナキストに煙草を』(赤川夕起子訳)

 フォーガトン・パンク――僕がこの連載にこんな題名を付けたのは理由がある。この言葉を見つけたのは『ガーディアン』の記事のなかだった。忘却されたパンク――なんて言葉だ、そしてある意味、なんて言い得ているんだ。

 実に長いあいだ、僕はかれこれ30年以上も「パンク」というタームはつねに素晴らしいもの、自分のアイデンティティとしては非の打ち所のないもの、そしてそれはタイムレスに輝けるコンセプトであると信じてきた。おめでたい話だが、さすがにこれだけ生きているとそれが万能ではないことが気がついてくる。むしろ「パンク」という言葉に嫌悪を抱いている人は少なくない。クラブ・シーンにおいても「パンク」嫌いの人に会ってきた。しかしそれだけならまだいい(それがゆえに「パンク」なのだから)。僕は......ひょっとしたら今世紀においてそれは、本当にパンク=役立たずの言葉になっているのではないかと思うようになった。僕が15歳の頃は「パンクが好き」であるということは、それは市街戦に臨むゲリラ戦士の合い言葉のような響きを持っていた。異教徒たちの暗号だった。ティーンエイジャーにとっての秘密のパスワードだった。われわれはそこに「punk」と打ち込みさえすれば良かった。しかし、ポスト・モダニストが闊歩する現代においてパンクの反抗とはある種のジョークになりかねない......そんな悪夢が襲い、真夜中に布団から飛び起きる。

 とはいえ、考えてみれば、日本には青春パンクというジャンルがある(磯部涼の得意ジャンルだ)。そしてまた......日本のパンクは「政」よりも「性」に強いコンプレックスを抱いてきたフシがある。大江健三郎の有名な「セブンティーン」ではないが、スターリンにしてもじゃがたらにしても、電気グルーヴ(パンクではないが)にしても銀杏ボーイズにしても、ステージで全裸になった経験を持ち、またそういう人たちは売れている。ザゼンボーイズにしても「抑えきれない性的衝動」だし。

 もっともストゥージズやヴェルヴェッツをその起源とするなら、パンクに「性」のオブセッションがあったことは事実だ。セックス・ピストルズというネーミング......、ピアッシングしたジェネシス・P・オリッジ......。が、それと同等に彼らのパンクは「政治的」でもあった。そこへいくと日本は「性」や「性愛」に偏っているように見える。ピューリタニズムとは違ったカタチで、「性」が抑圧されているからなのだろうか、それとも近代以前の日本が「性」に寛容だったことの記憶がそうさせているのだろうか......。セックス・ドラッグレス・ロックンロール......そしてこんな書き出しからはじまるこの原稿は、まったく別のところにワープするのであった。 [[SplitPage]]

 「それは決して責任逃れというわけではなく、たんにより人生に近いレヴェルで......」とミック・ファレンは書く。昨年末から今年の1月にかけて彼の著書『アナキストに煙草を』を読んでいる。60年代末のロンドンにおいて、ロバート・ワイアットに"プロト・パンク"と評されたザ・デヴィアンツのリード・ヴォーカリストであり、アンダーグラウンド新聞『IT』の編集者および〈UFOクラブ〉スタッフ、ホワイト・パンサー党英国支部結成や数々のデモ活動を経て、そして70年代は『NME』の記者となり、やがて小説家になった人物による英国カウンター・カルチャー史――いや、帯の言葉が言うように「カウンター・カルチャー風雲録」である。

 「たんにより人生に近いレヴェルで......」、ファレンがボブ・ディランについて綴ったこのフレーズが読みながら頭にこびりつき、そして読み進むにつれてそれが僕のなかで光明になった。何か、ほんのわずだが答えに近づけたような気がしたのだ。「そうか! それだ! そうだろ!」と......(ビールを何缶も飲みながらそう思っただけなので、まあ、たかが知れているだろうが)。

 まずは簡単に本書の紹介をしよう。カウンター・カルチャーにおける痛快な回想録というのは、自分でもずいぶん読んできたように思う。好奇心があったし、若い頃は憧れもあった。ケン・キージーのようなヒッピーからアメリカの新左翼、ないしはイルカ語を話せうるというグレゴリー・ベイトソン、CIAのLSD調査に関する記事まで。しかし考えてみればその舞台はつねにアメリカで、イギリスにおけるそのスジの翻訳物はたいしたものが出ていない。まずはそういった観点から言っても『アナキストに煙草を』は興味深い。〈UFOクラブ〉においてシド・バレットがいかに超越した王様であったのか、いかにぶっ飛んでいたのか、こういった細かいエピソードは僕には嬉しい限りだし、他にも心温まる話がたくさんある。ローリング・ストーンズが大麻で逮捕されたとき大麻解放のデモ行進まであったとか、キース・ムーンがピーター・セラーズと一緒に皮のコートにナチのヘルメット姿でクラブにやって来た話とか、1972年のアルバム『ホワット・ア・バンチ・オブ・スウィーティーズ』においてまったく素晴らしいアートワークを誇る、ホークウィンドとともに当時のロンドン・アンダーグラウンドの脅威として記憶されるピンク・フェアリーズについての文章が読めるだけでも僕は嬉しい。

 もうひとつこの本で面白いのは、イギリスにおける60年代の左翼運動と音楽との関係が詳細に描かれていることだ。ハチャメチャだがパワフルで、イギリスらしい政治的抵抗が満載である。さらにもうひとつ、伝説のバンド、ザ・デヴィアンツのバイオグラフィーとしても読める。このバンドは、ピンク・フロイドがサイケデリックと左翼運動のお化け屋敷から逃げ出してしまったため、それを一身に担ってしまったというなんとも業の深いバンドでもある。MC5に対するロンドンからの返答とも言えるかもしれない。実際に深い交流があったわけだし、ウェイン・クレイマーが警察のおとり捜査にひっかかり逮捕されたときにもファレンは居合わせている(それはとても悲しい話だ)。

 そしてさらにさらにもうひとつ、ファレンが音楽ライターであり『NME』の記者だった経歴もあるので、イギリスのポップ・ジャーナリズムが何故ああも面白いのかというところの秘密を垣間見ることもできる。70年代後半のパンクの時代から『NME』の黄金時代を築いたニック・ローガンが、酒を浴びるように飲み、ドラッグをお菓子のように貪りながら路上やライヴ会場で暴れ、そして左翼系の出版物に関わっていたファレンをよくもまあ編集部にヘッドハンティングしたものだと感心する。セックス・ピストルズの登場を受け入れる体制はメディアの側でも準備が進んでいたのだ。

 そんなわけで、この本は多様な側面を持っている。読む人によってひっかかる箇所も違ってくるだろう。僕なりに大枠を言えば、UKポップ・カルチャーにおける「音楽、政治、ドラッグ」の話だ。

 政治の話で言えば、この文章の冒頭にファレンが自らの経験を踏まえた上で導き出した言葉――「もし我々が1968年の反米デモから何かを学ぶ取ったとすれば、デモは何の役にも立たないということである」――は印象的で、人によっては挫折を意味する敗北的な告白に思われるかもしれないが、しかし偉大なるギル・スコット・ヘロンとは真逆の理論「革命はテレビで報道されなければならない」は、ポップ・カルチャーといういかがわしい産物のなかにいかようにしてその企みを放り込み、より多くの人間をその気にさせるかという魂胆、そしてそれを面白がってやろうという気概が隠されている。これはおおよそイギリスのポップ・カルチャーのみが執拗にこだわっているところで、いまでも彼らはそのアティチュードに疑いを持っていない。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドにしても、あるいはゴリラズにしても、あるいは......自らを左翼だと主張する二木信には是非とも聴いてもらいたいマニック・ストリート・プリーチャーズにしても。

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 もうひとつ僕の感想を言えば、まあ......、最近はたいてい缶ビール(大量に家に積まれている)を飲みながら読んでの感想なので、たいそうなことではないのだけれど、先述したように、「より人生に近いレヴェル」から綴られるという"言葉"についてだ。ザ・クラッシュもザ・スペシャルズも、自分の人生に照らし合わせながら言葉を吐いているだけだとも思えるし、ここ10年における日本のラッパーの面白さもそれに尽きるのだ。

 以下、少し長いが本書において重要な箇所を引用してみる。

 ――が、かと言って、何らかの形で強制的な平等化がおこなわなければならないと考えた人間に、私はたいして共感を覚えないのである。それはあまりにも安易な道であり、もっとも極端な形では、ポル・ポトとクメール・ルージュによって採用された方法だった。彼らはイヤー・ゼロを宣言し、すべての人間を極度に悲惨で貧しく無学な農民に貶め、その未来に狂喜しない者を皆殺しにしたのである。すべての人間を平等に悲惨な状況に追い込むことを目指すいかなる革命にも、私は大きな懸念を感じる。(略)心の奥底で私は俗物なのである。個人の権利と自由について情熱的な関心を抱いてはいるが、同時に人生が提供してくれるものを享受することに目がない。まわりにある本や音楽やヴィデオテープが好きだし、12年もののスコッチ、ヴィンテージ・ワイン、上質なチーズ、イチゴとクロテッド・クリーム、晴れた午後に飲むカクテル、グスタフ・クリムトの絵画やヘルムート・ニュートンの写真を愛し、ドラッグも手に入る限り最上のものを選ぶ。美しく奔放な女性に魅かれ、彼女たちが私に魅かれることもたまにある。血統書付きの猫や金魚や日本のアニメが大好きだ。
(略)が、同時に私はカネに対する執着心が全然ない。まったく非商業ベースの独創的なアイデアを追求するために、赤貧でもやっていけるだろう。が、共産党員やナチ幹部や議長にそうしろと言われたからといって、不味いペーストを塗ったトーストで食いつなぎ、白黒テレビを見ながらセメダインを嗅ぐ生活はしたくないのだ――

 ザ・ストリーツがファースト・アルバムでやったことと言えば、リズラとプレステとクラブ三昧の「俗物」である自分の日常を語ることでしかなく、しかしそれがゆえ重要な指標になりえたとも言える。あの頃はセカンド・サマー・オブ・ラヴの残滓もまだあったし、自分をふくめてポップ・カルチャー全体が"ムーヴメント"=大きな物語というオブセッションを抱えていた。数年前に三田格と宇川直宏の〈マイクロオフィス〉で続けていたトークショーのテーマも「ムーヴメントのなさ」がテーマだったし、先日の田中宗一郎とのトークショーでもこのことは話題になった......というよりさんざん迷子になりながら、結局のところこのことについてアーでもないコーでもないと話してきたように思っている。一部の方々には後ろ向きな考えであると思われたかもしれないけれど、僕はものすごーく前向きに、とりあえずいまは、そんなもの(大きな物語)にこだわらなくても良いじゃないかと話したつもり。あるいは、もしそれをこれからまた新しく話すのなら、くどいようだけれど、「より人生に近いレヴェル」からはじめたいと思っている。要するに、地に足が着いた言葉で。

 それともうひとつ興味深いと感じたことがある。ファレンがセックス・ピストルズにおいてもっとも感心したのが(史上初めてイギリス訛りでロックンロールを歌ったことと)、そして例のアメリカ・ツアーの最後のステージでジョニー・ロットンが吐いた有名な台詞――「Ever get the feeling you've been cheated?」(だまされていたという気分を味わったことがあるかい?)――だったということ。それがファレンのような古典的なモダニストからすれば「ポスト・モダンの狡猾な詐欺」に見えたという、これもまあ、当たり前と言えば当たり前の話か。ジョニー・ロットンだって一生懸命だったし、大変だったんだろう。しかし当時のロットンが覚えた「だまされた」という感覚は、セックス・ピストルズそれ自身が持っていたポスト・モダニズムに由来する。それはセンセーショナルに売り出されたピカピカの商品でもあったのだ。そして、商品であることを自ら止めたのがポスト・パンクなのだから、あの時代とのアナロジーで語られる現在のシーンを嘆くのもどうかと思う。

The Deviants
The Deviants
Disposable

 さて、冬の3時半は日の角度から言って夏の6時半だ。稲垣足穂のように黄昏に生きる人間として、また今日も冷蔵庫を開けて缶ビールでも出すか......。忘れられたパンクのひとつであるザ・デヴィアンツの『ディスポーザブル(使い捨て)』でも聴きながら......。

 最後の最後にもうひとつ引用。

 ――もし革命の最初の構想が個人を解放して自分の夢を追い、自分の可能性を追求する自由を与えることだとすれば、その革命がたちまち夢を制限して、可能性を阻む場合、何を達成できるのだろうか? この葛藤に身を投じることはアーティストの義務かもしれないが......(略)。

 葛藤がそのまま音に出ているのが、例を挙げれば、そう......もう言わなくてもわかるでしょ、彼ですよ、彼。ファレンの翻訳を僕に教えれてくれたのも彼だった。

Struggle For Pride - ele-king

 初めて観た人たちは、きっと驚いただろうな。何度か観ている僕でさえも、毎回新鮮な驚きを覚える。僕の隣の隣にいた白人の青年は始終、眉間にしわを寄せながら凝視していたが、その隣にいた人は最初は凍り付いていた表情も、時間ともに笑みを浮かべていた。まあ、無理もないというか、これはカジヒデキとカメラ・オブスキュラだけを目当てに来た人にとっては気の毒だったのかもしれない。しかし、普段滅多に観れないものを体験できるわけだし、僕はSFPがはじまったらフロアから人がもっといなくなるんじゃないかと思っていたんだけれど、意外なほど多くのオーディエンスがいたのが嬉しかった。スコットランドから来た人のなかには共感を覚えた人もいたかもしれないし、良いものを観れたと感激した人もいるんじゃないだろうか。SFPポッセの激しい身振りも、最初は強烈に感じるだろうけれど、しかしよく観るとあれはある種の悦びの表現であることに気がついてくる。よく言われるようにあの爆発的なノリには「健康的な感じ」さえ漂っているし、まあ、とにかくあれが彼らの流儀で、自分の肉体が自分の肉体であることを表すときの、まさにハードコアなスタイルに思える。

 僕はその晩は、夕方からEccyの取材をしていた。例のY氏とともにアルコールを摂取しながら、この若いトラックメイカーのロンドンにおけるダブステップ体験談を聞いていた(その話は近いうちにUPします)。そしてわれわれ3人は電車に乗って、7時ぐらいに会場に着いた。会場はすでに満員だった。

 「Cookie Scene Night Special」と題されたそれは、先述したようにグラスゴーのカメラ・オブスキュラ、カジヒデキ、そしてStruggle For Prideだった。いわばネオアコ系というか、旧渋谷系というか、このなかにSFPが混じっているということは、控えめに言って、良く晴れた正午のカフェテラスにブラック・サバスが鳴っているようなもので、それは決して自然に溶け込んでいるとは言い難いところがある。が、何故こんな奇妙なブッキングが実現したかと言えば、このイヴェントの企画者によれば、SFPの今里=DJホリデーがカメラ・オブスキュラの音楽が好きだったという、とても単純な理由からだった。カヒミカリィをはじめ、DJホリデーが特定の旧渋谷系の音楽に並々ならぬ愛情を抱いていることは有名な話だ。しかし、だからといって、ねぇ......(いやいや、こういう冒険心はときとして重要だ)。

 SFPの出演前、場内にはヴァンパイア・ウィークエンドの『コントラ』がかかっていた。それもまた悪い冗談のようにも思えたが、「いや、でもこの並びでSFPを聴くのはスゲー面白いんじゃないか」と、僕はビールを片手に下高井戸における脅威のワンダーランド、トラスムンド店長の浜崎氏とともにフロアで待機していた。浜崎氏を横目で見ながら「きっとこの男は、いまかかっている音楽がビルボードで1位の、最先端のお洒落なポップスであることを知るまい......」などと思っていた。「いや、意外と知っているかもしれない......この男はこう見えても、抜け目なく、けっこう新しい音をチェックしているからな......」などと思いながら、ひとりでニヤついていた。

 ライヴはいつの間にかはじまり、嵐のようにフロアを通過した。僕はSFPのリズムが変化したんじゃないかと思った。「あれ、SFPってこんなに踊りやすかったっけ?」と思えるほどダンサブルに感じた。とくにライヴの後半は、ヤッキ・リーベツァイトがハードコアを叩いているように聴こえた。そしてフロアの中央であんにも無心に激しく踊っているSFPポッセをちょっぴり羨ましくも思った。「あのなかにオレがいたら......」、一瞬だが僕は想像してみた。「気が狂った不気味なオヤジにしか見えないだろうな......」

 SFPはそして、取り乱すことなく、冷静に演奏した。彼らはいつかライヴ盤を出すべきだ。いちど音だけで聴いてみたい。僕はその後、キング・オブ・オーパスの酒井君と水越真紀さんとアルコールを摂取しながら話して、適当なところで帰路についた。

intervew with Derrick May - ele-king


Heart Beat Presents
Mixed By Derrick May× Air

Heart Beat

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 ハウスのミックスCDと言われてとくに興味も湧かないような人でも、デリック・メイの13年振りのそれと知れば振り向くかもしれない。実際、都内のレコード店に行くとどこも力を入れて店頭展開している。われわれ世代にとっての最高のDJによる久しぶりの公式のミックスCDなのだから当然といえば当然だ。

 僕にはこのミックスCDが期待以上に面白かった。女の笑い声からはじめるところもいいし、彼が----この一流のDJが、ピッチが多少合っていない箇所もそのままさらけ出した、実に生でヒューマンなミックスをしているところがとくに良かった。CDということもあってか、宇川直宏が言うところの"絶倫スタイル"は影を潜めているかもしれないが、彼のエレガントさ、未来的な響きとトライバルな展開との往復は健在である。

 また、デトロイト・テクノならではの----というかデリック・メイならではの最初の3曲のかけ方----動物的だが上品で、力強くもデリケートな展開(そしてまるで手を引っ張るように、なかば強引に「オレの世界に連れていくぜ!」って感じ)がいまでも充分に魅力的なことも良かった。これ、彼のDJを何度も経験している人は知っている。とにかくデリック・メイは最初のはじまり方がホントにうまい。あれで人は魔法をかけられたように幸福な気になって、まんまと騙されるのだ。

人間らしく聴こえるものを作るために人が金を払う時代がくる。そんなソフトウェアを人間が買うなんて、悲しすぎると思わないか? 最悪だな! この世の終わりだ! どのみち、俺がやっていることは今後そう長くは続かないと思う。

元気ですか?

元気だぜー。

今回は13年振りの2枚目の公式のミックスCDとなるわけですが、この2枚とも日本のレーベルからのリリースになりました。ある意味、あなたと日本との関係を物語っているようにも思うのですけど。

え? 13年前? ホントにそんな昔か? オーマイゴッド! 俺が日本をどれほど特別に思っているかはもうよく知ってるだろ! 俺は日本が大好きなんだよ。日本の仕事は喜んでやるさ。それはビジネス的な観点でなく、俺は日本を第二の故郷みたいに思っているからだ。なぜだかわからないが、日本はデトロイトと深いつながりを持っている。なぜこれほどまでに日本とデトロイトが親密になったのかはわからない。特定のシーンが特定の場所と特別な関係を持つケースは他にもある。例えば、もともとイギリスの植民地だった東南アジアの国ではサシャやディグウィードが人気だとか。日本の場合は、クラブ〈ゴールド〉の頃からニューヨークとの深い繋がりがあった。その後〈イエロー〉ができて、より幅広い音楽が聴かれるようになった。それがあのクラブの本当にクールだったところだ。そのなかでデトロイトの音楽も紹介されるようになり、俺たちに扉を開いてくれた。

浅沼:新宿〈リキッドルーム〉もデトロイト音楽を紹介したという点では重要だったと思いますけど、どうですか?

たしかに。俺が初めて日本に行ったときは東京も地方も小さいクラブでやったのを覚えてるが、2回目は〈リキッドルーム〉だったな。その後4~5年は続けて〈リキッドルーム〉でやったと思う。〈イエロー〉でやったのはだいぶ後になってからだ。新宿の〈リキッドルーム〉が閉店してしまってからじゃないかな? いずれにせよ、そういう過去があるからいまがある。現在のデトロイトと日本の関係が築かれたんだ。これは俺に限ったことじゃない。デトロイトの連中はみんなそう感じているはずだ。

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浅沼:ふたつのミックスCDを日本から出すことになったのは、日本のレーベルにオファーされたからなのか、それともあなた自身が日本のオーディエンスに特別な気持ちがあるからなんですか?

俺は世界中どこへ行っても、自分の好きな音楽をかけている。それはよく知ってるだろう? でも、日本でプレイすると、他のどの場所よりも心地よくそれができる。どうしてなのかは上手く説明できない。もしかしたら、日本の未来的(フューチャーリズム)な部分がそう思わせるのかもしれないな。日本に行くと未来にいるみたいな、エキサイティングな気分になる。いつも日本に着くと、ホテルにいるのがもったいなくてすぐに街に出るんだ。ご飯を食べに行ったり、レコード屋に行ったり、朝はすぐにコーヒーを買いに行ったり。とにかく街を歩き回りたくなる。東京に限らず、日本のどの街に行っても同じだ。それくらい俺にとって居心地がいいんだよ。まあ、いつも言ってることだからよく知ってると思うけど!

僕はこのミックスCDを初めて聴いた夜、泣いたんですが、何故だかわかります?

ええ! マジで? そこまで大したもんじゃないだろ! なんで泣いたかなんてわからねえよ!

まず最初のミックスが素晴らしい! 細かいことを言うと、最初の3~4曲目までのミックスが本当に格好いい。デリック・メイらしい技というか、見事ですよ。

そういうことか。あれを聴いて何か思い出したってことなんだな。なるほど、それなら理解できる。(ここでいきなりiPhoneと取り出し、音声を流す)「カイキョー」。「カイキョー」。

浅沼:は? 改良? 改行? 何ですか???

これだよ(と画面を見せるとそこには「海峡」の文字)。

浅沼:「海峡」!? 日本語勉強アプリですか?

いいだろ、これ。毎日ひとつずつ言葉を教えてくれるんだ。だいぶ上達してきたぜ。今度日本でタクシーに乗ったらまず「カイキョークダサイ!」って言ってみる!!

......ぜひ次回試してみて下さい。で、次の質問ですが......ちょっと真面目な話をしますよね。この10年、音楽環境はずいぶんと変化しました。オンライン・エイジ、mp3、ダウンローダーズ......これらデジタルの大衆運動はある側面では歓迎すべきことでもありますが、ある側面ではどうかと思うことがあります。そのひとつの例を言えば、DJのミックスです。いまやたいてい、どんなミックスCDでもコンピュータで完璧にピッチを合わせてあります。そしてDJはピッチの合わせの練習をすることなく、データを操作してミックスする若いDJも少なくありません。

そうだな、そういう連中はピッチ合わせができるようになることはない。そういう奴らは「DJ」と呼ばれるべきではない。「オーディオ・テック(技術者)」と呼ばれるべきだ。DJの定義は、物理的なマニュアル操作ができる人間に限られるべきだ。こういう新しい種類の「DJ」は音楽は流しているがDJをしているわけではない。テクノロジーを使って音楽をかけているのだから、「オーディオ・テック」だ。この呼び方を俺は定着させたいと思ってる。DJとオーディオ・テックはまったく違うんだってことをみんな理解して欲しいね。オーディオ・テックが悪いってわけじゃない。ただまったく別モノだから、彼らをDJと呼ぶべきではない。DJに出演してもらうのか、オーディオ・テックに出演してもらうのか、頼む方はよく理解しといてもらいたい。

(それはそれで、たとえばリッチー・ホウティンのようなクリエイティヴなこともできるだろうけど)あなたのこれは人間味を排除していく文化状況に抗っているように聴こえるんですよ。

ほう、それは嬉しい感想だな。ただ俺は抗っているつもりもなくて、俺のやり方を貫いているだけだ。これをいつまで続けることができるかはわからない。それが現実だ。このミックスCDを俺は1テイクで録った。途中で止めることもなく、やり直すこともなく、ただそのときの直観でかけたいものをかけたいようにプレイした。それがいい仕上がりになるかどうか考えもせずプレイして、たまたまでき上がったものなんだ。でも、逆にそういうものをリリースしたいと思った。細かい修正を加えて綺麗に仕上げることなく、そのまま出したいと思ったんだ。だからMAYDAYミックス(『MIX-UP』)とは違う。MAYDAYミックスは、テクニックを披露する目的で作ったものだった。俺がラジオ番組をやっていた頃に培ったテクニック、デトロイトではみんなが使っていたテクニックだ。ケヴィンやホアンが編み出したテクニックもある。それを、「見てみろ、俺にはこんなことができるんだぜ!」と見せつける目的で作ったミックスだったんだ。「他のDJには絶対真似できないことをやって見せてやる!」ってね。そういう意味では、俺がMAYDAYミックスでやったテクニックの多くは、やっといまのテクノロジーを使って他の奴らにもやれるようになった。だから今回のミックスは、「ヒューマン・エラー」あるいは人間の「本能」へのトリビュートといったところだな。現在のテクノロジーの力を借りずに、人間の力で作ったものだ。全てが完璧に作られている現在、逆に貴重なものだろう。女性の豊胸手術や鼻の整形に始まり、音楽制作ソフトに至るまで、何にでも傷ひとつない完璧さを追い求めてる世界では、「自然」であることがユニークになってる。俺がやったのは自然なミックスであり、いまの世界ではユニークなものだ。

浅沼:コンピューターでは作れないものですね。

まだね。でも、そのうち「自然っぽく」人間味を作り出すプログラムが開発されるだろうよ。なんとも悲しいことだけどね。人間らしく聴こえるものを作るために人が金を払う時代がくる。そんなソフトウェアを人間が買うなんて、悲しすぎると思わないか? 最悪だな! この世の終わりだ! どのみち、俺がやっていることは今後そう長くは続かないと思う。去年〈Transmat〉からグレッグ・ゴーの「The Bridge」というシングルを出したが、思っていたほどは売れなかった。それなりにレコードもダウンロードも売れたが、もっと売れていいはずだ。素晴らしい音楽を作っている人間はたくさんいるが、それが上手く届くべきところに届いていないように思う。音楽産業、特にダンス・ミュージック産業においては仕組みがめちゃくちゃになっていて、現状を把握出来ている人間がいないんじゃないかな。俺自身も混乱しているし、誰が何をコントロールしているのかみんなわからない状態だ。ディストリビューターは毎日のように倒産しているし、レコード屋も次々と閉店してる。まあそれを嘆いていても仕方ないから、なんとか打開する方法をきっと見つけるけどな!

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Heart Beat Presents
Mixed By Derrick May× Air

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あなたのミキシングの影響には、1980年代のロン・ハーディとフランキー・ナックルズがあるけど、どっちの影響が強いんですか?

50/50だな。

浅沼:でも彼らが最も影響を受けたDJですか?

非常に大きな影響は受けているが、それはだいぶ後になってからだ。最初に影響を受けたDJはケン・コーリアーだ。それとデラーノ・スミス。奴は俺とふたつくらいしか歳は違わないが、すでに自分のスタイルを持っているDJだった。彼独自の気品があった。DJにとってはとても大事なことだ。今日のDJの多くに欠けているもの、それがスタイルさ。ただ曲を流せばいいってもんじゃない。そこにその人ならではのパーソナリティが表れているかどうか、スタイルがあるかどうかがDJの善し悪しを決める。それを教えてくれたのがデラーノだった。本当さ、正直に言うよ。

浅沼:へえ! あなたがデラーノについて語っているのは初めて聞きましたよ。

うん、そうかもしれない。でも、俺にとってとても重要な人物なんだ。たしかにいままで彼について触れたことはなかったかもしれないな。

浅沼:彼も〈Music Institute〉でプレイしていたんでしたっけ?

いや、してない。もっとずっと前の話だ。俺たちがみんな高校生だった頃に、地元のハイスクールのパーティなんかでDJしていた。彼は「キング・オブ・ハイスクールDJ」だったんだよ。俺もまだガキんちょでDJをはじめていない頃だ。俺とホアンがDJの練習をしている頃、彼はすでにキングだったってわけさ。俺たちが目指していたDJ像がデラーノだった。ほんと、地元の高校生がちょっとおめかしして出かけるような何てことないパーティ・シーンだったけど、彼がプレイしていた音楽はとても進んでいた。ヨーロッパの音楽もたくさんかけていて、当時アンダーグラウンドだった音楽が流れていた。彼のDJを聴いて、俺もやりたいって本気で思ったね。ちょっと試しにやってみたいというのではなく、俺はこれをやっていきたいって。だからデラーノはいい友人であり、その当時とても影響を受けた人物でもあるんだ。

浅沼:私、デラーノのDJを体験したことがない気がします。

彼は素晴らしいDJだよ。いまでもそれは変わらない。いまでもハングリーだし、新しいことに挑戦している。時代がまったく変わってしまったけど、また最近人気が出て来ているだろう? 結構大きな会場でプレイするようになっているし、聴く機会があったらすごく気に入ると思うよ。彼は常に「クラブっぽい(clubby)」、ヴォーカルものが多めの選曲だが、ミックスのスタイルはとてもオールドスクールで、美しいブレンドでしっかり音楽を聴かせてくれるタイプだ。とてもエレガントにね。オーディエンスを揺さぶるタイプじゃない、ゆっくりとかき混ぜるタイプ。

ほー! あなたのミックスに話を戻しますが......少女の笑い声からはじめたのは何故ですか?

ああ、日本のトラックだな? 一時期俺がよくかけてた「love, peace, harmony...」ってスピーチが入ってるのと同じレコードだよ。日本人が作ったものだ。これを1曲目に選んだのは、まず第一に東京に滞在中にホテルに届けられたものだったから。2週間ほど聴かなかったんだが、ある日聴いてみたらとても面白いレコードだった。パーカッションとか、サウンドエフェクトしか入っていないんだが、とてもクールだった。とくにこの笑い声は日本のちょっとバカっぽい女の子たちのことを連想させた(笑)。「これは絶対使いたい」と思ったんだ。そして第二に、ハッピーな気分にさせる笑い声だったからね。パーティっぽくていいだろう。前のミックスCDはかなりシリアスでダークだったからね。そう、今回はパーティっぽいノリを重視して流れに任せた。

浅沼:レコーディングは自宅のスタジオでやったんですか?

ああ、そうだよ。

今回のミックスCDを聴いてもうひとつ思ったのが、13年前のあれとさほど変わっていないということ。変化というは魅力ですが、あなたは変わらなくても良いこともあるんだと主張しているようにも思ったんですが。

ふむ。要するに、俺は自分を変えずに、変化に順応してきたってことだろ? ブルース・リーが「戦わずして戦う術(the art of fighting without fighting)」と言ったのと同じことだな! ハハハ。たしかにそうだと思う。それは、つねにエネルギーを集中させてやってきたから。当然、ずっと同じレコードをかけているわけにはいかないから、かけているレコードは変わっているんだが、「かけ方」を変えていない。だから、プレイを聴けば俺がかけていることはすぐにわかる。それがどんな曲であってもね。俺は自分のスタイルとエネルギーを保持してきたからだ。

浅沼:どうしてそれが可能だったんでしょう?

それは俺がバッド・マザー○ァッカーだからに決まってんだろ!

浅沼:ハハハ。なるほど(笑)。

俺は好きなことしかやってこなかった。それが秘訣だよ。好きな曲しかかけないから、自分自身が楽しめる。俺がDJするときは、自分もそれで踊っているつもりでやる。俺は好きじゃない曲は絶対にかけない。

浅沼:そうだとしても、さすがにこれだけやっていると飽きたりしませんか?

それはないね。もし特定の曲に飽きたら他のレコードをかければいい。曲単位では飽きることはあっても、音楽やDJをすることに飽きることはない。俺は自宅ではいっさいダンス・ミュージックを聴かないようにしている。車でさえも滅多に聴かない。普段はクラシックやアンビエントを聴いている。ダンス・ミュージックを聴くのはクラブのなかとレコード屋にいるときくらいだ。それが気持ちをフレッシュに保つ秘訣かな。一日中、毎日そればっかり聴いてたら誰でも飽きる。〈Transmat〉のアーティストたちにも、あまり自分の曲を聴き込まないようアドヴァイスしてる。しばらく時間をおいてから聴き直してみろと。制作中でも、2~3日間を空けて聴き直すことで、どこがいけないのか、どこが改善できるのか発見できる。聴き過ぎは禁物だ。

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DJの構成という点でも、一貫しているところがありますよね。ざっくり言ってあなたのDJは、セクシーなパート、スピリチュアルなパート、あとトライバルでファンキーなパートに分かれている。

ああ、合っていると思うよ。要するにストーリーがあるってことだろ? 俺はいつだってストーリーを語るようにしている。曲を作る場合でも、DJセットを構成していく場合でも、そこにはストーリーがある。それはハッピーエンドかもしれないし、最後はジャングルで食われて死ぬってオチかもしれないが、そこには何かしらのはじまりがあり、展開があり、終わりがある。それを旅(journey)と呼ぶ。DJは、お客さんを旅に連れ出すことができなければならない。できない奴は...... DJではない。曲を作る時も同じだ。でも曲を作る際の難しさは完結させなければならないこと。物語をはじめるのは簡単だが、上手く終わらせるのは難しい。そしてこのスキルはやっているうちに自然と身に付くものなんだ。オーディエンスを見て、オーディエンスから学んでいくことだから。自分の恐れと、オーディエンスからもらうポジティヴなエネルギー。自分が前に進んでいるときはそれが感じられるはずだし、そうでない場合もすぐわかるはずだ。「やばい、この曲じゃなかった」と思う瞬間だってある。「次にこの曲をかけて立て直さなければ、2倍強力な曲で持っていきたい方向に軌道修正しなければ」ってね。どんなDJにだってそういう瞬間はある。DJはただ音楽を流すだけではなく、そうやってオーディエンスの気持ちを動かしていかなければならないんだから、そりゃ難しい。お客さんが求めるもの、期待するものにも応えていかなければならない。

逆に、変化について話してください。最近のあなた自身のDJプレイにおける変化がもしあれば。

ふーん。

ますますエレガントになった?

そうは思わないな。もっと怒りのこもった、動物っぽいプレイになったと思うけど? もっとダンスフロアにいる連中の息の根を止めてやろうと、奈落の底に突き落としてやろうと集中してやってるつもりだ!

新しい動きには興味がありますか? ダブステップであるとか、フライング・ロータスのようなエクスペリメンタルなヒップホップであるとか。

まったく興味ない。俺は音楽に興味があるんであって、それが何と呼ばれているかには興味がないんだ。それがどこで誰によって作られたものなのか、どうやって作られたのか、ブラックなのかホワイトなのかイエローなのか、俺にはどうでもいいんだよ。いい音楽はいい音楽。それだけだ。俺がかけたレコードに対して、「それは最高なダブステップ曲ですよね!」なんて言ってくる奴がいるが、俺の反応は「あっそ」だけだ。俺にはダブステップをプレイしてるって自覚すらないんだよ。BBCでやってるラジオ番組でも、ダブステップの曲についてコメントが送られてきたが、俺はそれがダブステップだってことすら知らなかった。俺がかけたカリズマ(Karizma)の曲がダブステップだったっていうんだ。そんなことまったく知らなかったよ。

浅沼:だったら、どうやってレコード屋さんで自分の好きな曲を探すんですか?

人に薦めてもらうこともあるし、ランダムに壁にかかっているものを聴くこともある。東京に行くときは事前にレコード店にいるケイコ(星川慶子)に連絡しておく。そうすると20~30枚お勧めのレコードを選んでおいてくれるんだ。彼女は俺のテイストをわかっているからいいけど、他の国の他の店によってはまったく的外れで最悪なレコードを薦められることもある(笑)。そういう場合はショックだよ。俺がデトロイトから来たテクノDJだって、デリック・メイだって名前だけ知っててプレイを聴いたことないんだろうな、BPMが190くらいの世にも恐ろしい最低な曲を30枚くらい渡してくる。ひと通り聴くだけでも何時間もかかるってのに、全部同じに聴こえるんだ! まあ、そういうこともよくある。そういう場合は、自分で店を一通り見て興味を惹かれたものを聴いてみる。

〈トランスマット〉はいままた動いているんですよね?

いろいろ出るよ。次はZak Khutorestsky(ザック・クトレツキー)というアーティストだ(ミックスCDの最後に収録されている人ですね)。ロシア系だけどミネアポリスに住んでる。素晴らしいアーティストだ。今年5枚、来年5枚は出そうと思ってる。ザックの次は、またグレッグの新曲を出す予定だ。他にもいろいろ計画しているから楽しみにしててくれ。

 雑誌がなくなっていくー......とかいいながら自分もまるで買わない。フリーペイパーもそのまま捨てる。相変わらず『日経サイエンス』と『ニューズウィーク』を特集によって買うだけで、黙っていても定期的に送られてくる雑誌は『アエラ』のみ。学生時代に雑誌の配達というアルバイトをやっていて、世の中にこんな雑誌があるのかと思うと、なんでも1冊ずつ買ってみた頃がウソのよう~(レストラン経営とか東洋経済まで買いそうになった)。そのような時期にはなくて、いま、豊富にあるのが、しかし、友人関係で、美術雑誌はまったく手に取らなくても工藤キキがE!という展示やギャラリーにはほとんど足を運んでいる(チム↑ポムも最初に教えてくれたのは彼女だしー。♪オレのまわりはピエロばかり~......違うか)。

  年末から年始にかけて神奈川県民ホールでやっていた「日常/場違い」展も工藤探偵事務所の下調べによってすでに優良だと判断が下されていた。報告書によると実演をやっている日に行った方がいいというので、その通りにすると、いきなり会場の外で串刺しにされた自動車が空中で大回転。そのスピードがまた速い。スカジャンを着込んだ若者=作者の久保田弘成が思いつめたような表情でアクセルを吹かし、巨大な洗車機を駆動させている。J・G・バラードや映画『クラッシュ』のファンが見たら射精どころでは済まないのではないだろうか(女性の場合は......省略)。しかもBGMは大音量で「津軽じょんがら」。作品のタイトルは「ベルリン・ヒトリタビ」。何がなんだかわからないままに実演が終了し、そのまま展示会場に入ると、今度は洗車機の外枠部分に30メートル近いコンクリートの棒が突っ込まれている。それには「性神式」という題がつけられていて、あー、やっぱり性のメタファーなんだなと微弱な着地点が見えてはきたものの、それにしてもダイナミックなことこの上ない。何かが思いっきり剥き出しになっている。村上隆がおたくの性を題材にしていた作品にもダイナミズムを感じさせる仕掛けはあったけれど、観念が肥大していく方向がまったくの逆なのだろう。

  総勢6人による展示の全容は工藤キキに任せるとして、その日、僕が気になったのは展示の誘導にあたっていたのが、なぜかみな、中年の女性たちで、説明がとにかく丁寧。全体にホスピタリティが異様に高く、それだけでアート・スペースにいる気がしなかった。我が子の作品を見て下さい......というわけでもなく、神奈川県民ホールという聞きなれない場所を使っていることもあって、その場所がどのようにして成り立っているのか最後まで疑問に残ってしまった(入場料は700円)。それはてれてれと中華街まで歩き着いた頃にも頭の裏の方ではもやもやとしたままで、大谷能生に教えてもらった福満園本店の黒チャーハンを食べている時にも肥大し続けた。あれかなー、これって、やっぱり県民ホールが主催だし、事業仕分けの対象になりかねない予算でやってたりするのかなー。「日常/場違い」なんていう無骨なタイトルもそれだったら妙に納得が行くし、開催時期も年度末に近いし、チラシをよく見ると「古典落語×現代アート」とか関連イヴェントにも奇態なものが多いし......

  国家予算の配分というと、30年ぐらい前に父親が半官半民の大学を立ち上げるというタイミングで研究施設の予算をどのように申請するかでそれなりにテクニックを使って(自然科学のことしかわかっていない同業連中を相手に自分だけ建築法を勉強して)自分のつくりたいように施設を建立したというようなことがあって、その時に、一回でも要求額を下げたら、次年度からはそれ以上の請求ができなくなるから予算は少しでも高めに申請しておかないと後がマズいというようなことをいっていて、ということは誰も彼もがそうせざるを得ない仕組みになっているということだろうから、「国家の歳出というものが減るわきゃーねえな」と思ったことを覚えている。つーことはですよ、「一度減ったら二度と増えない」ではなくて「減らしたら増える」という仕組みに作り直せばいいんじゃないかと。1年間予算を低く抑えたら、ある程度まとまった額の交渉権を保留にできるようにして、それが仮に5年続いたらかなりの額の事業計画を検討してもらえる交渉権にヴァージョン・アップするとかすれば、たとえば地方だったら毎年、毎年、中央に陳情に出かけてくる交通費だって浮くだろうし、年度末調整とかでバカスカ使っているお金が累積でいくらになるのかわからないけれど、それが仮に同じ金額だったとしても5年分とか10年分とかまとまって入ってきた方が自治体だって思い切った使い方ができたりするんじゃないのかなーとか。

  こんなところで書いてしまっていいのかわからないけれど、RCサクセションやフィッシュマンズをマネージメントしていた音楽事務所の入社テストは「500円で何か買ってきなさい」というものだった。細かいものを沢山買ってくるか、大きなものをひとつ買ってくるか、それだけでその人が将来、事務所でどんなことをやってくれるか、けっこうなことがわかるというのである(どうすると採用されるかは秘密です)。旧ソヴィエト連邦(レンホーじゃないよ)で有名な「五カ年計画」は元々はモンゴル帝国の習慣が13世紀に西方にも伝わったもので、社会主義だからできたことというわけではないらしい。CDや映画でもいい加減、低予算で品数だけは多いというやり方にはウンザリだし、それこそ国家予算なんだから、どうだろう、仕分けではなく、この際、予算の組み上げ方自体を変えてみては!

ジョセフ・ナッシング

  ......というところで何年か前、ワープ・ナイトにジャクスンを観に来ていたジョセフ・ナッシングとばったり会ったことを思い出す(つーか、初めから考えてあった)。『ダミー・ヴァリエイションズ』や『デッドランド・アフター・ドリームランド』など快作を次から次へと繰り出していった彼は、しかし、その時、実は2~3年つぶれたままで、ほとんどアル中のようなものになっていたと話してくれた。ようやく物事が手につきはじめたという彼がそれから『シャンバラ・ナンバー・ワン』を出すまでにはさらに2年を要すことになるけれど、時間をかけた結果というものはやはり素晴らしいものだった。昨年末、サード・イヤーのクリスマス・ナイトに行くと、そのジョセフ・ナッシングがオーケストラ名義でライヴをやっていた。例によって友人たちとバカ話に高じていたら、あ、なんだろ、これはいいなと思ってフロアに飛び出すと彼がラップ・トップに顔を埋めていたのである。ひとつのことにこだわり続けたリズムと、その発展的な展開と呼ばれるものがそこにはあった。その後で聴かせてもらったニュー・アルバムとは印象は少し違っていて、その時、その空間に広がっていた音楽は長いこと時間をかけたものにしか出せない何かに満ち溢れていた。僕は次の日に体が痛くなるようなヘンな踊り方をしばらく続けた。音楽に体を合わせるということはそういうことだから。

■近刊
1月24日 『ゼロ年代の音楽 壊れた十年』(河出書房新社)*共著
2月10日 『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』(文藝春秋)*編集
2月25日 『手塚治虫 エロス1000ページ(上・下)』(INFAS)*編集

Astor Piazzolla - ele-king

 去年の暮れに店頭にならんだ『ザ・ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト[タンゴ・アパシオナード]』は、86年から88年の間、晩年期のピアソラが〈アメリカン・クラーヴェ〉にのこした3作の2作目にあたり、ボルヘスの短編に着想を得たグラシエラ・ダニエレが制作したミュージカル「タンゴ・アパシオナード」の伴奏音楽が契機になった(じっさいは音楽劇で使用した楽曲を再構成した)ヴァラエティに富んだ作品だったが、「クラーヴェのピアソラ」の残り2作に比べると小品の感がしなくもないと書くと異論がありそうだが、当時の五重奏団と若干異同のある布陣で吹き込んだ『ザ・ラフ・ダンサー~』は、内側に圧縮する志向をもつピアソラの楽曲をどこか外へ開くようでもあり、私は今回リマスタリングでSACD仕様になったこのアルバムを、10年とはいわないまでもそれくらい久しぶりに聴いて、当時抱いていたクールでモダンな響きを、アンディ・ゴンサーレスやパキート・デリヴェーラといったジャズ/フュージョン奏者たちが異化していたことに気づいたのだった。スタッカートとスウィングのちがいというか、『ザ・ラフ・ダンサー~』ではジャズの身体性がタンゴのリズムを揺らし、楽曲の厳格さへの緩衝材になっていて、"ピアソラのタンゴ"へ迂回する(せざるを得なかった)回路がこのアルバムに小品といわないまでも実験作の風情を与えている。ブロンクス生まれながらラテン音楽に親しんだハンラハンの二重のアイデンティティが、4歳から16歳までをおなじくニューヨークで過ごしたピアソラの履歴と重なり、当人たちも意識しなかったモザイク状の暗喩をふたたび浮かび上がらせた『ザ・ラフ・ダンサー~』は『タンゴ:ゼロ・アワー』と『ラ・カモーラ』のほかの2作とともに、都市と形式の間を往復しながら聴き直されるべきだとおもう。

 ブロンクスで誕生したヒップホップと同じく、元はダンスと音楽とローカリティの複合物だったタンゴはピアソラの登場を俟つまでにすでに数十年の歴史(ヒストリー)と流儀(スタイル)を蓄えてきたが、多感な時期をニューヨークですごしたピアソラにはタンゴはエキゾチシズム抜きには接せられない音楽で、彼はタンゴ好きの父にバンドネオンを贈られてもさしてうれしくなかった。1921年生まれのピアソラは作曲家になるため留学したパリで師事したナディア・ブーランジェにタンゴをつづけるよう進言され帰国した60年代まで何度か挫折を味わったが、ピアソラにとってタンゴは、いまではほとんどのひとがヒップホップをブレイクダンスやグラフィティと切り離した音楽と認識するように、流儀でなく音楽の形式だった。「タンゴはどこまでタンゴなのか?」という自問自答。ピアソラのディスコグラフィにはそれが繰り返しあらわれてくる。『タンゴ:ゼロ・アワー』ではそれが先鋭化し、彼は藤沢周のやたらとハードボイルドな小説のタイトルにも引用された「ブエノスアイレス零時」のゼロのコンセプトを拡張し、タンゴの境界線を形式の力で探りあてようとする。私には「ブエノスアイレス零時」は昨日と今日を分かつ都市を徘徊するさまを描写した傑作なのだけど、それから20年以上経ってピアソラの音楽は完全に音楽に純化されたように聴こえる。『~ゼロ・アワー』の曲はかつてあったものの再演ではあるが、ピアソラの神経が隅々まで行き渡った後期五重奏団の再現性は、タンゴだけでなくクラシックやジャズの要素をアナロジーとしての多声部に変換し、1曲にアルバム1枚分の濃度をもたらし、私は多楽章形式の"コントラバヒシモ"なんか聴き終えるとどこかに旅行してきたような気持ちになるのだけど、このトリップ感(?)はあくまでもフォーマットの運動がベースにある。その意味でピアソラはタンゴの革新者だったが自身の音楽言語を手放さなかった古典的な作曲家でもあった。

 形式はやがて複雑化する。それはあらゆるジャンル音楽のあたりまえの展開なのだけど、「さらに複雑で美しい曲を」というハンラハンの求めに応え、87年と88年の夏に避暑地、プンタ・デル・エステ(ギリアムの『12モンキーズ』で使われた"プンタ・デル・エステ組曲"はここに由来する)で書き上げた組曲がメーンの『ラ・カモーラ』はトリップというよりショート・ステイほどの大作志向になり、和声は緊張感を高め、リズムは入り組み、場面はめくるめく、演奏は奔放になり、彼の音楽に叙情性を託すリスナーを煙にまきさえする。ここがたぶん境界線の手前だった。タンゴの体系の内側に充満したピアソラの体系。それは保守と革新という単純な二項対立ではなくて、"複数の形式"の相克だとおもう。ワーグナーでもストラヴィンスキーでもシェーベルグでもいい、形式の境界線ぎりぎりまでいくと音楽は形式の反作用を内側に抱えることになる。これは西洋音楽の話だけど、ピアソラは「タンゴはどこまでタンゴなのか?」との問いに答えると同時に「このフォーマットにはどれくらいの容量があるのか?」計ろうとした。クラーヴェのピアソラは私たちが現時点で聴けるその二重方程式の解であり、私は3作をあらためて聴き通して、森敦の文章をおもいだした。かなりな飛躍ですけどね。森敦は数学的にただしくないかもしれないと前置きしながら、トポロジーを文学的に読み解いてみせる。

近傍は境界にそれが属せざる領域なるが故に密蔽されているという。且つ、近傍は境界がそれに属せざる領域なるが故に開かれているという。つまりは、密蔽され且つ開かれてさえいれば近傍といえるのだから、近傍にあっては、任意の点を原点とすることができる。境界も円である必要もないばかりか、場合によっては域外における任意の点をも原点とすることができる。」(『意味の変容』筑摩書房)

 繰り返すが、ピアソラは破壊者でも越境者でもなかった。タンゴの近傍でタンゴの意味を反転させようと企図したモダニストだった。そう考えるとハンラハンとの出会いは当然のことに思えてくる。ふたりはともに都市にいて伝統に向き合った。ピアソラは3枚のアルバムを出したあと体調を崩し、五重奏団は解散した。彼はのちに六重奏団を再編したが、残された時間はわずかだった。そうやって、ピアソラ以後に枝分かれしたタンゴの新しい系は彼の死によって閉じられたとよくいわれる。しかし本当だろうか? 私はもう何年も前に、ファン・ホセ・モサリーニの東京公演を観たとき、彼のコンテンポラリーな感覚と、ついに観ることが叶わなかったピアソラの血の濃さのようなものを重ねて、プリンス・ジャミーとキング・タビーみたいなものかなーとおもったと書くと乱暴だが、外部の任意の点にたやすく接続できるなら、数多の継承者だけでなく菊地成孔のぺぺ・トルメント・アスカラールまでピアソラの血は逆流してくる。

 ピアソラこそゼロだった


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[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1 Sub Focus / Could This Be Real[Drum&Bass RMX]/Triple X | Ram

 昨年のハイライトとも言うべきファースト・アルバム『Sub Focus』によってエクストリーム・レイヴ・ドラムンベースの確固たる地位を確立、それを不動のものにしたのがサブ・フォーカスである。そのもっとも待望されていたリリースによってドラムンベース界に新たな核が生まれたというわけだ。もっとも、プロデューサー・デビューから6年もの年月を費やして発表となったファースト・アルバムは、彼の類まれなる才能から考えると少々遅かった感は否めないのだが。
 彼の起源は2003年〈Ram〉のサブ・レーベル〈Frequency〉から発表された「Down The Drain/Hotline」である。当時のトラック・メイキングはまだ未成熟かつ方向性が定まっていない、ごく平凡なサイバー・ドラムンベースだった。もちろんその当時は、現在のようなスター・プロデューサーとしての確約はないに等しい存在として扱われている。彼に転機が訪れたのは、そう、2005年。その年のアンセム・ザ・イヤーとなったばかりではなく、2000年代を代表するトラック"X-Ray"の発表である。
 ドラムンベース界のみならず、その恍惚感溢れるトランシーレイブな作風で世界中のダンスフロアを掌握、稀に見るビッグ・アンセムとなった。その後、水を得た魚の如く立て続けに"Airplane"、"Frozen Solid"などの"ロック"チューンを発表。そして彼の地位を不動のものにした決定的なリリースがプロディジー"Smack My Bitch Up"のSub Focus RMXだった。そのリミックスはまるで新旧レイブ・サウンド伝道師の世代交代のようで、ドラムンベースをより多方面に押し上げてもいる。そしてその後の活躍は言わずと知れている。いまや名実ともにドラムンベース界のトップ・プロデューサーに君臨するのだ。
 さて、彼のファースト・アルバムからシングル・カットが待望されていた2曲がついにリリースされた。アルバムに収録された"Could This Be Real"のオリジナルは、現在のクラブ・シーンを席巻しているトレンド、エレクトロ・タッチから触発されたフロア直系のアーバン・ブレイクスだったが、シングル・カットのためにドラムンベース・リミックスへと自身でリワーク。ハーフ・ステップさながらのビート・プロダクションに流麗なレイヴ感漂うエレピを注入し、ハイブリッドでソフィスティケートされたシンフォニック・レイヴ・サウンドへと昇華させている。
 "Triple X"に話を移そう。これはまさに"X-Ray"の続編、誰もが待ち望んだ真のレイヴ・ミュージック、即ちこれがエクストリーム・レイヴをもっとも体現したトランシー・フロア・サイバーの最高傑作と呼ぶに相応しい。今後この作品はダンスフロアで皆を待ち続けることとなるであろう。

2.  Disaszt, Camo & krooked / Together[DC Breaks RMX]/Synthetic | Mainflame

 オーストリア、ウィーン発の新鋭レーべル〈Mainflame〉からレーベルのフロントマン、ディザスト(Disaszt)と若手ナンバ-1の呼び声が高いケーモ&クルックト(Damo & krooked)のサイバー・スプリット! "Together"では〈Viper〉、〈Frequency〉などシーンのトップ・レーベルのリリースからMINISTORY OF SOUND主宰DATAなどメジャーのリミックス・ワークなども手掛けるDJサムライ & DJクリプティックのエレクトロ・サイバー・ユニット、DC・ブレイクス(DC Breaks)が担当。レーベル・カラーであるカッティング・エッジでエレクトリックなサイバー感を継承しつつ、よりシンプルに交感し合う各々のサンプル群と、そして女性ヴォーカルが絶え間なくフォローするエレクトロ・ニューロ・ファンクとなっている。昨年からドラムンベースの新しいトレンドとして定着しつつあるエレクトロ・ドラムンベースだが、今作はまさにそれを体現している。まったく"いまこの瞬間の"ダンスフロア・シンフォニーで、レーベルのシンボル的トラックである。
 ケーモ&クルックト"Synthetic"は、〈Mainflame〉からもうすぐ発売されるファースト・アルバム、『Above The Beyond』の前編的トラックとなった。エレクトロ・ドラムンベースの若手急先鋒ケーモ&クルックトだが、今年はさらなる飛躍を期待されるだろう。彼らはすでにDJフレッシュ(DJ Fresh))、アダムF(Adam F)の〈Breakbeat Kaos〉から「Can't Get Enough/Without You」、ロンドン・エレクトリシティ率いる〈Hospital〉から「Climax/Reincarnation」、フューチャー・バウンドの〈Viper〉から「Cliffhanger/Feel Your Pulse」など、多数リリースが控えており、今後最注目のアーティストである。筆者が現在提唱しているエレクトロ・ドラムンベースが、ケーモ&クルックトやショックワン、フェスタなどによって閃光の如く輝き続けるムーヴメントになることを望んでいる。

 

3. Danny Byrd Feat Liquid / Sweet Harmony/Jungle Mix | Hospital

 ザリーフ&ダニーバード(Zarif & Danny Byrd)、"California"で昨年、最高のプロデュース・センスをまた見せつけたダニーバード! ハイコントラストとともに〈Hospital〉の制作理念をもっとも体現しているひとりであり、彼の高揚感溢れるキャッチーな作風はいまや誰にも真似できない、まさにダニーバード・サウンドとして定着している、キャリア10年以上の〈Hospital〉所属のベテラン・プロデューサーだ。
 筆者もDJのとき、必ずと言っていいほどお世話になっている。とくに昨年のザリーフとの共作やファースト・アルバムでのFT.ブルックスブラザーズ"Gold Rush"など......彼の作品をプレイするとき、いつも決まって、自身が中盤の窮地に陥っているケースが大半だ。なぜかと言えば......それだけ個の作品のみであらゆる場面を乗り切る力を持っている唯一のトラック、それがダニーバードの音楽だからである。彼には作品を出すたび毎回脱帽し、尊敬の念を抱き続けている。レコードを置き、針を落とすだけの偉大なキラー・トラックを量産し続けているのだから!
 そして今作"Sweet Harmony"は、初期のレイヴ感溢れるエレピ、FT.リキッドのソウルフルなヴォーカルを効果的に配した遊び心満載のキャッチーなフロアトラックとなった。原点回帰したかのような初期作風感漂うサンプル使いにダニーバードの懐の深さを再認識させられた。もちろんこれもフロアで爆発的人気を得るだろう。
 B面"Jungle Mix"は、ここ最近のダニーバードお気に入り(?)"Shock Out"でも垣間みれたおなじみのオルタナティヴ・プロダクションである。彼特有の変則アーメン・ビートにキャッチーなギミック・サンプルで否応無しにフロアをロックする、正真正銘のパーティ・チューンだ。90年代中期頃、一世を風靡した"Smokers Inc"や"Joker"のエッセンスが多分に感じられ、古き良きジャングル文化が彼によって現代に甦ったと言えよう。
 さらに本年度はダニーバード・フォースカミング・リリースで、みんなが待ち望んでいるあの曲"Paperphase"が〈Breakbeat Kaos〉からついにリリース。あのエレクトロ・ドラムンベース最強兄弟、FT.ブルックス・ブラザーズがまたタックを組み、懐かしのフレンチ・ディスコを思い起こさせるフィルター・ハウス・ドラムンベースに仕上がっている。
 まだリリース前だが、2010年のアンセム・ザ・イヤーをこれで決まりだ。

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