ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. フォーク・ミュージック──ボブ・ディラン、七つの歌でたどるバイオグラフィー
  2. Pulp - More | パルプ
  3. Cosey Fanni Tutti - 2t2 | コージー・ファニ・トゥッティ
  4. Derrick May ——デリック・メイが急遽来日
  5. Theo Parrish ──セオ・パリッシュ、9月に東京公演が決定
  6. サンキュー またおれでいられることに──スライ・ストーン自叙伝
  7. Adrian Sherwood ──エイドリアン・シャーウッド13年ぶりのアルバムがリリース、11月にはDUB SESSIONSの開催も決定、マッド・プロフェッサーとデニス・ボーヴェルが来日
  8. Little Simz - Lotus | リトル・シムズ
  9. MOODYMANN JAPAN TOUR 2025 ——ムーディーマン、久しぶりの来日ツアー、大阪公演はまだチケットあり
  10. 〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉 ——ノイズとレイヴ・カルチャーとの融合、韓国からHeejin Jangも参加の注目イベント
  11. Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell - We Insist 2025! | テリ・リン・キャリントン
  12. interview with Rafael Toral いま、美しさを取り戻すとき | ラファエル・トラル、来日直前インタヴュー
  13. Swans - Birthing | スワンズ
  14. interview with caroline いま、これほどロマンティックに聞こえる音楽はほかにない | キャロライン、インタヴュー
  15. Columns 高橋幸宏 音楽の歴史
  16. Columns 高橋康浩著『忌野清志郎さん』発刊に寄せて
  17. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第3回 数字の世界、魔術の実践
  18. GoGo Penguin - Necessary Fictions | ゴーゴー・ペンギン
  19. 忌野清志郎さん
  20. Columns 6月のジャズ Jazz in June 2025

Home >  Regulars >  Critical Minded > 第7回 THE VERY THOUGHT OF YOU(中編)

Critical Minded

Critical Minded

第7回 THE VERY THOUGHT OF YOU(中編)

磯部 凉 Feb 04,2010 UP

 古代ポリネシアの最高神タアロアは、この地上に陸と海の完璧なハーモニーを備えた優雅なパラダイスを造ろうと思い立った。さっそく美と好天の神タネと、海の王ティノルアを遣わし、タアロアの意向に沿った傑作を造らせた。また、海溝の神トフには、鮮やかな絵の具の駆使して、多彩な魚や珊瑚、貝、そのほかの海の生き物たちを描かせた。
――フランス領ポリネシア、ボラボラ島に残る伝説より


 ジャズのスタンダート・ナンバーとして知られる"ザ・ヴェリィ・ソウト・オブ・ユー"は、元々はイギリスのレイ・ノーブルによって書かれた楽曲で、1934年に彼が率いるグラモフォンのスタジオ・バンドがヴォーカリストのアル・ボウリーをフィーチャーしてレコーディング、それが最初のヒットとなった。ノーブルは同年渡米し、そこでも成功を収めるが、世界中でこの曲が知られるようになったのは、44年、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった22歳のドリス・デイが映画『ヤングマン・ウィズ・ア・ボーン』の中で歌ったのがきっかけである。当時、日本盤もリリースされていて、邦題は"君を想いて"という。その後、この曲は多くのヴォーカリストやプレイヤーにカヴァーされた。おそらく、今夜も何処かの国のジャズ・バーで演奏されていることだろう。

 「花を見れば君の顔を、星を見れば君の瞳を想い出す。君のことばかり考えているんだ。愛しい人よ」。歯の浮くような甘ったるいこのラヴ・ソングは、しかし、そのシンプルさが故に、76年間、さまざまな人びとのさまざまな想いを乗せて、さまざまな形で歌い継がれてきた。例えば、のどかなオリジナル、キュートなドリス・デイ、味わい深いビリー・ホリデイ、ドスの効いたフランク・シナトラと、皆、それぞれ異なった魅力があるのだけれど、個人的にとくに気に入っているのが、58年、ナット・キング・コールがゴードン・ジェンキンスのオーケストラをバックに吹き込んだヴァージョンだ。夜中の静かな海辺のように、ゆっくりと押しては返していくストリングス。ブラック・コーヒーに一滴だけラムを垂らしたような、苦味が強いけれど、ほんのりと甘いヴォーカル。そして、ふたつが合わさって生まれる陶酔をある方向へ導いていくために、一定のリズムを刻むウッド・ベース。ただし、この幸福な楽曲も、歌詞に登場する"愛おしい人"に、もうすでにこの世にいないものを当てはめた途端、その響きはガラっと変わってしまうことだろう。ステレオから再生されたそれは、僕の耳に届いた瞬間から僕だけのヴァージョンへと変奏され、心に沁みて行く。あの日、以降。

123

Profile

磯部 涼磯部 涼/Ryo Isobe
1978年、千葉県生まれ。音楽ライター。90年代後半から執筆活動を開始。04年には日本のアンダーグラウンドな音楽/カルチャーについての原稿をまとめた単行本『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』を太田出版より刊行。

COLUMNS