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Critical Minded

Critical Minded

第7回 THE VERY THOUGHT OF YOU(中編)

磯部 凉 Feb 04,2010 UP

 「ここから見えるあの島は、有名な石油王のものだよ。このあいだ、あそこで開かれた結婚式にはたくさんのハリウッド・スターが集まっていたみたいだ。この辺の島の持ち主の名前を挙げていけば、世界の金持ちのリストがつくれるんじゃないかな」。ボラボラ島では、自然の破壊を食い止めるために、現在、これ以上のホテルの建設は禁止されている。また、世界中から水質学者が集まり、状態を監視している。僕たちが泊まっていたセント・レジスは施設も海も本当に綺麗だったけれど、散歩しながら、何気なく裏手にある観光用ではないビーチに出てみると、ちらほらとゴミが目に付いた。レストランでは、パンを千切って海に放り込み、魚を誘き寄せていた白人の男がいた。まぁ、もちろん、ここに旅行に来ている自分たちも同じ穴の狢なのだが。

「ボラボラ島の人たちは凄く優しいんだけど、ここで商売をしようとするなら別。自分たちの既得権益が脅かされることに敏感だからね。私も信用してもらうまでは色々と大変だったよ。そういえば、タヒチではフランスからの独立を主張する保守勢力が力を伸ばしていて、この前、山にそいつらが登って、タヒチの旗を立てたっていう事件があったな」。Tさんは島の中心に聳え立ち、現地の人びとからは聖なる場所として崇められているコテマヌ山を指差しながらそう言った。その岩山は、絵葉書のような風景の中でも、ちょっと異質な、非現実的な美しさを讃えていて、それは恐らく数万年前からほとんど同じものだったのだろうと思わせたが、しかし、麓の一部分は木々が倒され、シャベルカーが止まり、何かを建設しているようだった。19世紀後半、フランスのポール・ゴーギャンは野蛮に憧れてタヒチを訪れるが、そこでさえ文明に侵されつつあることを知って落胆し、人間の原始の姿を求め、ポリネシアを北上、最終的にはマルキーズ諸島で最後を迎える。それから100年後、旅行最終日に訪れたタヒチ本島は、もはや開発され尽くしたごく普通の都市だった。戦争を知らないボラボラ島には、未だに美しい自然が残っているが、しかし、この島はグローバリズムとローカリズムが、開発派と保守派が鬩ぎ合う新しい形の戦場でもある。そういえば、ポリネシアはリゾートであると同時に、近年までフランスによる核実験の場としても使われていたのだ。――そんな説明を毎日のようにしているはずのTさんはあっけないぐらい余韻を残さずに、地面に幾つも落ちているハイビスカスのようなピンク色の花を拾いながら言った。「この花は毎朝咲いて、毎夕方には散ってしまう不思議な花でね」。手渡された妻はそれを髪に飾る。「一日毎に咲いては散ってを繰り返すから、生まれ変わりの象徴とも言われているんだ」。Tさんは、にっこり笑った。

 わずか30分もあれば車で一周出来てしまうぐらい小さな島をじっくりと2時間近くかけて回るツアーも終わりに近づき、Tさんのジープは島をもう1周しながら、参加した3組のカップルをそれぞれのホテルに帰るための船が止まっている船着場で降ろして行った。僕たちの順番はいちばん最後で、2番目のカップルが降りた後に、Tさんは後部座席の方を振り返った。「まだ時間があるでしょう? いい場所に連れて行ってあげるよ」。ジープは、今まで走っていた島の外周から少しそれて行く。道路は舗装されていなくて、車はガタガタと激しく揺れた。途中、工事現場の横を通り過ぎると、夥しい数の野犬の群が見えた。どれも雑種特有の濁った毛色をしていたが、普通に歩いていたらかなり恐いだろうなと思うような、大きな身体だった。野良犬を見たのなんて子供の頃以来で、その時、そうだ、野良犬はああいう悲しい目をしているんだと記憶が蘇った。Tさんがハンドルを握りながら忌々しそうに言う。「野良犬が増えて来たのは自然保護団体の奴らのせいだ。あいつらは野犬狩りに反対しているからね。......さぁ、着いたよ」。

 車が止まったのは何の変哲もない空き地の前だった。がらんとした空間を1メートル程の石壁がぐるりと取り囲む、その一箇所に海亀を象った紋章が刻まれている。Tさんによると、そこは、19世紀後半、この島にキリスト教が持ち込まれて以降、表向きは禁止され密教となった土着宗教の儀式の場なのだという。なるほど、でも、そうは言ってもただの空き地だなと思いながらぼんやり眺めていると、向かいの壁の上に、白い、毛の長い猫が佇んでいるのが見えた。「チチ、チチ。こっちにおいで」。Tさんが手招きすると、チチと呼ばれた猫はぐるるっと唸りながら近づいて来た。Tさんはそれを抱き上げて、ふわふわの毛に頬をくっつけ、「この子はこの島でいちばん美しい猫なんだよ」と微笑む。燐とした雰囲気の、気高そうな猫だった。僕と妻はチチを撫でながら、「可愛いですね。今日の昼間、モツで見た猫達はもうちょっと庶民的な感じでしたが、それも可愛かったですよ」と言った。モツというのは、ボラボラ本島の周りに点在する小さな島々のことである。すると、Tさんは「あいつらは汚いよ。後でちゃんと手を洗った方がいい」と、顔をしかめた。その表情に並んだチチも、その通りよ、といった感じで澄ましているものだから、僕と妻は思わず笑ってしまった。時刻はまだ夕方にもなっていなかったが、近くに家もなければ街灯もないその辺りはそろそろ暗くなりはじめていた。(つづく)

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Profile

磯部 涼磯部 涼/Ryo Isobe
1978年、千葉県生まれ。音楽ライター。90年代後半から執筆活動を開始。04年には日本のアンダーグラウンドな音楽/カルチャーについての原稿をまとめた単行本『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』を太田出版より刊行。

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