魅惑の声をもつシンガー・入江陽の新作アルバム『仕事』が早くも話題だ。大谷能生をプロデューサーとして迎え、OMSB(SIMI LAB)、池田智子(Shiggy Jr.)、別所和洋(Yasei Collective)などといった豪華ゲスト陣が参加した本作では、その音楽性が確実に進化/深化している。ヴォーカルをはじめ、リズムやアレンジなどサウンドはとても豊かだ。
とはいえ見落としてならないのは、『仕事』という作品の、堂々たるポップスとしてのたたずまいである。ソウル、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ダブステップなど、あらゆる音楽性を飲み込んでなお、ポピュラーソングとして強い。『仕事』の最大の魅力は、そこに尽きる。そして、それを支えるのは、入江陽という類まれなるヴォーカリストの力に他ならない。
本インタヴューでは、入江陽と大谷能生に話を訊いている。新作アルバム『仕事』についてたずねつつも、いつしか話題は、日本におけるポップスのありかたにまで広がった。妙な細分化のしかたをしているニッポンの音楽シーンのなかで、ポップスはいかにあるべきか。本作が標榜する「ニッポンの洋楽」は、なにより正統的な歌謡曲ということなのかもしれない。本インタヴューは、音楽論にしてクリティカルな文化論、文化論にしてクリティカルな音楽論である。
■入江陽 / Irie Yo
1987年生まれ。東京都新宿区大久保出身。シンガーソングライター、映画音楽家。学生時代はジャズ研究会でピアノを、管弦楽団でオーボエを演奏する一方、学外ではパンクバンドやフリージャズなどの演奏にも参加、混沌とした作曲/演奏活動を展開する。のちに試行錯誤の末、シンガーシングライターとしてのキャリアをスタートさせ、2013年10月にアルバム『水』を、2015年1月には、音楽家/批評家の大谷能生氏プロデュースで2枚めのアルバムとなる『仕事』をリリースした。映画音楽家としては、『マリアの乳房』(瀬々敬久監督)、『青二才』『モーニングセット、牛乳、ハル』(サトウトシキ監督)、『Sweet Sickness』(西村晋也監督)他の音楽を制作している。
前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。(入江陽)
![]() 入江陽 - 仕事 Pヴァイン |
■『仕事』が店頭に並びはじめていますが、今作の手応えはどうですか。
入江陽:前作からすると、かなりサウンドが変わっていると思いますが、いい進化だったと思いますね。前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。「こういうリズムの上にこういうメロディなので、こういうコード進行を聴いてほしい」みたいな。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。
■ある部分は大谷さんなどに任せてしまって自分は歌うだけだ、と振り切った感じがあったのですね。
入江:かなりありましたね。
■『仕事』は大谷能生さんプロデュースということですが、入江さんは大谷さんに対してどのようなイメージがありましたか。
入江:大学時代に『貧しい音楽』(月曜社)を読んだのが初めてです。大谷さんにはいろんな側面があると思うのですが、演劇の音楽をされているという面が気になっていました。
■なるほど。大谷さんは入江さんに対するイメージはなにかありましたか。
大谷能生:ロック・バンドの人ではない、とか? 自分がロック・バンドって未経験で、まわりにもそういう知り合いが少ないので、正直「バンド」がいまだによくわからないんですよね。18~19歳くらいでバンドを組んで、一蓮托生で活動して、アルバムが出せて、小さなバンに乗って週末にツアーに行って、毎週スタジオに入るとか、そういうことをやったことがない。日本の多く――僕の見た感じだと大雑把に言って8割くらい――のインディーズは「バンド」が基本スタイルですよね。で、前作の『水』を聴いたときに、入江くんはいわゆるシンガーとかソロでできる人だと思って、インディではめずらしいんで、そういうタイプの人だったらぼくもいっしょにできそうということで、今回のような組みかたになりました。
■『水』を聴いても、入江さんのヴォーカルとコーラスの魅力はすごいですよね。僕自身は、『仕事』はどちらかといえば、R&Bという印象が強いです。現在、インディ・シーンみたいなものがなんとなくあるとして、そこではシティ・ポップのブームなんかも言われますよね。もしかしたら、『仕事』もそのような聴かれかたをする可能性があるかもしれませんし、ライヴハウスなどでバンドと対バンすることもあるかと思います。入江さんご自身は、ジャンルとかシーンとかについて考えるところはありますか。
入江:大谷さんのバンド話にも通じるのですが、最初は人気のあるバンドを聴いて「これいいな」とか「こういう人を呼ぼう」とか思っていたのですが、詳しくなっていくにつれて、自分は“バンド編成でのアレンジやバンドの文化がすごく似合うタイプ”ではないのかも、という疑問も感じていました。もちろん好きなバンドもたくさんあるのですが、良い悪いではなくて、そこにはストライクしていないんじゃないかと強く思いましたね。ただ、『水』を作っているときはそんなに自覚していませんでした。〈試聴室〉さんに声をかけてもらえたことが本当にうれしかったので。
大谷:いまの話は「インディ・シーン」というか「インディ・ロック・シーン」だよね。それで、そのインディーズのロック・バンドのなかに入って、みなさんと仲良くなれるかと言われれば、俺は仲良くなれないんじゃないかなあーと思う。あっちも俺のほうは嫌いだし、用事なんかないと思うし。
入江:いや、そんなことはないですよ。
大谷:そんなことないだろう(笑)。下北のライヴハウスとかで5バンドくらいブッキングされていて、あいだに「大谷能生」って混じっていたら迷惑だと思うよ(笑)。それで20分ずつくらい演奏して、「ありがとうございます」って帰っていくわけでしょう。
入江:たぶん、そうことに違和感を抱えている人も多いと思いますよ。むしろ、そこにどハマりしているバンドやアーティストがいるということはそういう文化が根づいているんだと思います。
大谷:そっちの人はそっちの人で楽しくやっている感じがするね。もう、純文学雑誌みたいな、『早稲田文学』とか? みたいなものに似てるというか、よく知らないけど(笑)。みんながそうならばなんの問題もない。パイがもっと大きくなるといいとは思うけど。
トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。(大谷能生)
■今回、大谷さんのプロデュースはどのようなかたちでおこなわれたのでしょうか。曲によってもちがうとは思いますが、たとえばトラックなどはどんな感じで関わったんですか。
大谷:どんな感じだと思いますか?
■曲によってちがう印象がありますが、いちばん大谷さんっぽいと思ったトラックは“仕事”ですね。ミックスと音の配置が大谷さんっぽいと思いました。ただ、生楽器のサンプルもあったので、スタジオ・ミュージシャンもいたのかなとか想像しましたね。
大谷:あれは、もともと山田光くんの曲で、彼がやっているライブラリアンズってユニットのアルバムに入っていて、その時点でもう曲がよくできていたので、あまりいじっていないですよ。ちょっとリズムを強くして、ダブステップというか、ちょい前のUKクラブ側に寄せました。だから、リミックスに近いですね。
入江:ちなみに山田くんの原曲はMVがYouTubeに上がっているのですが、それは全部『水』からサンプリングした音でできているんですよ。
大谷:だから“仕事”は、僕のクセはちゃんとつけましたが、山田くんの曲。ビートだけね、自分の感じです。
■たしかに、どちらかというとビート感が大谷さんっぽかったです。
大谷:まあ、私のサウンドになってはいますね。
■あと、“フリスビー”とかも意外と大谷さん色が強いのかなと思いました。
入江:あれはリフとリズムとメロディだけありましたね。早い曲がなかったので、作ろうと思ってデモを大谷さんにお送りしたんですよね。
大谷:もう少しBPMを上げてもよかったかもね。ちょっとずつ上げたんだけどね。基本として弾き語り+リズムぐらいの曲があって、あとは全部こちらがやりました。トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。もともと曲があるから、無理に捻り出した感じはゼロです。“やけど”とか、デモがよくできていたんで、パラ・データもあったからそのまま素材を使わせてもらったり。
■最初に、アルバム全体のイメージなどはあったんですか。
大谷:ないです。だけど、ポップスのアルバムにはしたかった、最低2万枚ぐらい売れるような(笑)。でもそれは、大きなことを言っているわけではなくて、「しっかりしたポップスが欲しいし、そういうものを作ってます」ということなんです。さっきの話ともつながりますが、インディ・ロックだと2万枚ではなくて2千枚ですよね。そこからだと、どうしたってお茶の間までは行かない。「お茶の間」ってもう存在しないと思うんですけど(笑)、基本、わたし、テレビとかラジオで聴ける歌謡曲が好きなんですよね。
■その話は個人的にはとてもおもしろいです。芸能が好きか、バンドが好きか、ということですね。
大谷:というより、バンドは芸能のサブ・ジャンルだという感じだね。もちろん、ロックでも好きなものはありますが、入江くんはそういうタイプではないなーと思ってて。でも、ロックをいまやったらおもしろいかもね。考え直した。誰かバリバリの若いロッカーとか捕まえようかな(笑)。なんか、こわれものみたいな人の面倒みたりして(笑)。
■なるほど。そういう意味では、大谷さんのキャリアのなかにバンドはなかったんですね。
大谷:ロック・バンドはゼロですね。
■オルタナに見られる感じはありそうですけどね。
大谷:オルタナね。みなさんが思っていることとぜんぜんちがうと思いますけどね。日本のポピュラー・ソングは大好きで、その流れのなかで仕事をしようと思っているんです。だから、筒美京平か内田裕也かと言えば、筒美京平ですね。内田裕也はすごく好きで憧れるけど、自分では無理だなという感じ。あんなのマネできないからやめたほうがいいよ。内田裕也のコピーしている人がいたら、すごいかっこ悪いじゃないですか。
入江:「内田裕也じゃなさ」が際立ちますよね。
大谷:そうだよね。「こいつは内田裕也じゃないんだな」ということばかりが目立って、むしろおもしろいかもね。なんにせよ、ポップスの仕事がしたいなあということをつねに思っていて、それはこれからもたぶん変わらないです。そのときに、シンガーとして伸びしろがある入江くんをこっちに引っぱり込もうと思ってはじめたわけです。
凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。(大谷)
![]() 入江陽 - 仕事 Pヴァイン |
■僕も『仕事』に対しては、すごくポップな印象を受けました。というか、「このヴォーカルならかなりリズムが凝っていてもポップスになるだろうな」という印象です。『仕事』も、トラック自体はわりと凝っていると思うんですが。
大谷:凝ってる?
■途中でリズムが変わるとか、そのレベルですが。あとは、途中でリヴァーブのバランスが変わるとか、4小節だけちがうリズム・パターンが入るとか。でも、こういうリズムの凝りかたって、じつはあまりなされていない印象がするんです。しかも、それなりに尖っているとされているバンドこそ、かなりリズムのパターンが単純だったりする。
大谷:そういうの、全部打ち込みにすればいいのにね。あ、バンドだからダメか。叩いたってことにして、全部切り貼りでやるとか。
入江:メタリカとかグリーン・デイとかって、音のいかつさを出すためにアルバムは打ち込みらしいですね。そういう文化も並行してあるけど、やはり生っぽさが魅力なんでしょうね。
大谷:だから、バンドなんだよ。その人に叩かせなきゃバンドじゃないの(笑)。魂的な部分で。
■海外のロック・バンドはわからないのですが、海外のブラック・ミュージックに関して言えば、けっこう複雑なことをしてもポップスとして成立しますよね。入江さんは好きなアーティストにディ・アンジェロの名前を出されていましたが、それこそディ・アンジェロのような人だったら、どれだけ複雑なことをしてもディ・アンジェロの歌になっちゃうわけですよね。そういう歌い手の強みってあると思うんです。一方で、大谷さんがいるから言うわけではないのですが、今年のジャニーズのアルバムはのきなみリズムが複雑化しました。だから、ヴォーカルなりキャラクターなりがしっかりとしていれば、音楽的に複雑でおもしろいポップスはできると思うんです。その意味で『仕事』というアルバムは、ポピュラリティがありつつ、でも細かく聴き込むと、トラックなりヴォーカルの乗りかたなりがとてもおもしろいアルバムだと思います。その点、大谷さんはどうですか。
大谷:まず、ヴォーカルありきで。歌がよく聴こえるようにアレンジしました。でも、俺はトラックが「凝っている」って言われるとよくわからないんだよね。このくらい普通じゃないか、って思う。だから、凝ってないよ。わりとシンプル。まあ、たくさん聴いたなかで、あのアルバムのアレンジが凝っていると言うんだったら、それは、ずっとサイゼリヤに行っている人がロイヤルホストに行って美味く感じる、実際は大したちがいはないけど、みたいなことでしょう(笑)。だから、味が複雑だと言われたら「そりゃそんなもんでしょう」と答えるしかない。もちろん手をかけているのは事実ですけど、それは素材を活かすためです。だからむしろ、凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。
■たとえば、ヴォーカルなしでインストのブレイクビーツとして聴いたら、シンプルなほうですよね。でも、ヴォーカルが乗ったうえで聴くと、複雑だという印象になっちゃうかもしれません。
大谷:そういうふうになるとは思うんです。でも、歌がよく聴こえる状態で「曲を聴くとひねってある」とか言われてうれしいかと問われたらぜんぜんうれしくない。でも、“鎌倉”とかやっぱりリズムが変だから、言われても仕方ないのかなとも思う。ただ、本人としてはこれがいちばんいいと思って作っているので、その意味でシンプルだと思っているんです。
■それはよくわかります。僕自身も、入江陽というアーティストのアルバムは、ヴォーカルを売りにしたポップスとしてあってほしいと思っています。だから、「ひねたアレンジ」という言いかたで、いわゆるインディーズに押しこめたくはないですよね。
大谷:70年代後半から現在にいたるまで、日本の歌謡チャートに入っているものは、たぶんワタシ、普通にほぼ聴いているんですよ。誰がなにをアレンジしてなにをしたかということも、あとになってから研究しているんで、だいたいわかってるつもり。筒美京平がどれだけどのように同時代のブラック・ミュージックを取り入れているか、とか、それが75年の時点で日本でどう響いたか……みたいなことに関しては3時間でも4時間でも話せる。超楽しい(笑)。で、90年代まではずっとあった同世代のブラック・ミュージックと緊張との関係が、2000年代に入ってスポッと、日本のメジャーなサウンドから消えるんですよ。あたらしいグルーヴをどう取り入れて、どのように日本のウタものにするか、という工夫とアレンジが聞こえなくなった。しかも、その前の世代である、ジャズ・サウンドとの格闘みたいなものも減ってくるわけです。
たとえば、サザンオールスターズがメジャーになってから、どんどん消えていくラインがある。78年~81年あたりの、歌謡曲とブラック・ミュージックのアレンジが結ばれていた時期というものが、僕にとって印象深いんです。松田聖子が誰のアレンジでなにを歌うとか。しかも、それが商業と結びついていて、けっこう厳しいアレンジがたくさん入っている。僕はいまだに、ああいう状態が戻ってきてくれればいいなと思っている派で、それはバンドじゃ無理なのかなあ、と。サザンとかアルフィーとかは、そういう歌謡曲のなかにいるからわたし的にはOKなわけ。職業作家みたいな人が消えちゃったんですよ。いや、いまでもいるんだけど、その人たちが孤軍奮闘という状態になっている。
■職業作家のメンツが更新されていないですよね。
大谷:そう。でも、いまだとアイドルやボカロのほうで、新しい人がどんどん出てきているかもしれない。期待してます。私はどちらかというと職業作家組だと思っているので、入江くんを使ってそういうことをしたかった、というのがこのアルバムのモチヴェーションですね。2014年に男性のソウル・シンガーとして、インディーズでデビューする。そのプロデューサーとして、トラックメイキングをする。韓国には普通にいそうだけど。だからK-POPと同じように、これらの楽曲はなんとかしてポップ・チャートに送りこみたいんですけど、いかんせん、そういう状態には動きにくい状態になっていると思う。「インディ」でという肩書きがついてしまうということは、少し違和感があるうえに、売り手もラクしてるんじゃないか。「小さい箱に入れてるんじゃねえぞ!」という気持ちありますね。まあ、仕方ないんだけどね。音だけ聴いてもらえれば、歌謡曲のラインにつながっているとはわかると思うんだけど。
入江:職業作家について個人的に思うのは、お茶の間のみんなは知らないけど海外にあるおもしろい音楽を伝えていた、ということです。ちょっと斬新かもしれないサウンドを取り入れて紹介するということがあったと思うんです。でも、いまの作家の人がコンペに出すときは、どうやったら使われるかを重視している感じがします。どうしたらバズるか、みたいな。
大谷:自分の好きなことは自分でやろうとか、分けて考えているのもかもしれないけど、それがあまりおもしろくないんだよね。
歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。
響きとかリズムの話なら盛り上がれます。(入江)
■Jポップ/歌謡曲という話が出ましたが、リスナーとしての入江さんは、日本のポップスでどういう人が好きだったんですか?
入江:あまり僕は嫌いなジャンルはなくて、思いつくままに名前を出しはじめると、話がなんでもアリになっちゃいそうです。aikoさんとか好きですよ。ミスチルも普通に聴いていたし。でも、どこがすごいと思って聴くか、ということについては、チャンネルが変わっていった気はします。aikoさんとかは、歌が強くて好きでしたね。
■もともと、歌モノが好きだったんですか。
入江:もともとは現代音楽がやりたかったんです。たとえば、ラヴェルとかストラヴィンスキーを聴くと、こんなにリズムが複雑なのにどうしてこんなに聴きやすいんだろうとか思うんです。現在は歌モノではなく映画音楽でも、かなり普通の曲が流れている感じがします。もっと、豊かな響きとかいろんなリズムを若い頃から聴いていないと、耳が貧しくなっちゃうんじゃないかとか思っていました(笑)。以前は、そういうことを考えながらインストの曲を作っていました。だから、歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。ただ、オーボエとか他の楽器をするよりも、歌をうたっているほうが音楽のパーツとして生き生きとしているような気がして、歌うようになったんです。
そういう感じなので、あまり歌手としてどうとか、歌詞をどうしようとか、そういう気持ちはないですね。好きになる歌手の人は楽器として声がいい人なので、そっちのほうが気になっていましたね。歌詞の世界も好きなんですが、トータルのバランスを見ている気がします。aikoさんとか沢田研二とか。ブッチャーズに対してもロック文化に心酔できるわけではなくて、サウンドや響きが好きという感じです。だから、響きとかリズムの話なら盛り上がれます。
大谷:そうだよね。だから、「Jポップでなにが好きですか」という質問自体に違和感があるよ。「今年流行った歌謡曲でなにが好きですか」とかならわかるんだけど。「どのアーティストが好きですか」とか言うけど、ポップスというのは作家じゃないわけ。流行ってそのへんに流れているものでしょう。好き嫌いではなく、あるものというか、覚えているものというか。「ピンクレディーが好きです」という感じが、すでにポップじゃなくて、2000年以降だという感じがする。「Jポップの誰が好きですか」って言われると、「あいつらをアーティスト扱いですか(笑)」と思うわけ。アートはアートで好きだし必要。だけど、チャートに上がっているものは毎日毎日主食のように聴くものであって、メジャー・チャートのサウンドは作家で聴いているわけではない。
誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。(大谷)
Jポップという話になって、なんか、いつのまにかそういう感じがなくなったなあと。「音楽」というのは作家性が強くて、きちんと作ってあって、それを聴いて一生暮らすことができて……というものとして、全部の音楽が「アーティスト」が作るものになった。それはそれでいいですよ。でも、誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。現在はそういうことがないから。それがないことに対して、ものすごいイライラするわけ。他の人がイラつかないのが不思議なくらいですよ。「誰々の何々です」とかいう言いかたがあるじゃないですか。そういうのめんどくさい。辛うじて癒してくれるのがジャニーズだけだからね。
入江:ちゃんと作った良いものがヒットすれば、それが売れ線だという方向に文化が変わってきますよね。
■その話はすごくおもしろいですね。メジャー・チャートについて作家の話でしか会話できないような現状があって、その状況が気持ち悪いということですね。
大谷:そうそう。「勝新の映画がいいね」っていうのは、単に映画館に行って観ているだけでしょ。やっているから行く、というのが健康なわけですよ。
入江:僕の場合、好きな音楽は全部後追いだったので、そのさびしさはあるかもしれないですね。たしかに自然に入ってくるほうが健全かもしれません。
大谷:子どもの頃に適当に映画見て、頭に残っていて、「あれよかったなあ。なんだったっけ」と思い出したら『E・T』だった、とか。わかりにくいか(笑)。まあ、そういう無意識的なものに対する欲求があるんだよね。だから『仕事』も、そういうほうに向かって作っていました。
■そのメッセージは感じましたよ。
大谷:でもそこで、「凝っている」とか「ひねっている」とか言われると、やっぱりダメだったかと思っちゃうんだよ(笑)。もっとスカッと聴けたほうがよかったかなあ、とか。
■間違いなく「ポップス」という印象はありましたが、うーむ。
大谷:でも、作家性で音楽を語ることが普通になっていることに対する苛立ちが強いんですよ。
■なるほど。僕も芸能文化やノベルティ文化が好きなのですが、そんな自分からしても、『仕事』に対して大谷さんのアーティスト性みたいなものを感じてしまうところがありました。
大谷:そうかあ。それは、こっちの修業が足りないという感じです。
このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。(大谷)
![]() 入江陽 - 仕事 Pヴァイン |
■でも、それは音楽性だけでなく、もっと全体的な話も含めてだと思います。「大谷能生プロデュース」って大きく名前が出るわけだし。ただいちばん強く思ったのは、最初から言っているとおり、「大谷能生プロデュース」以前にヴォーカルの響きです。それは間違いない。だから、大谷さんがエゴを出してもこのヴォーカルならポップスに昇華できる、という印象ですね。
大谷:コアな部分は、このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。だから、サザンオールスターズと小林武史じゃないけど、そういう緊張関係はあったと思います。でも、できれば本当は、「入江だから」とか「大谷だから」というのを抜きにして聴かれる状態がベストで。でも、それはいま、どこに置けばいいんだろう。そういうところに置かれさえすれば、いずれ聴かれるだろうという音楽を作っているつもりなんですが。少なくともどの曲も、イントロを聴いて歌まで行ったら、とりあえず最後まで聴けるんじゃないかと。それを、買った人ではなくて、自然に流れているのを聴く人が出てくる状態があれば、俺の言っていることは誇大妄想ではないと思うんだけど。大谷の名前とか関係なしに、入江陽という人の曲として「買ってないけど、これ、なんか聴いたことある」と誰かが言っている状態。それが普通のシングルの状態ですよね。むかしは普通にそうだった。いまは逆になってるんだなあ、とか。
入江:自分の体験としては、CMソングとかがわかりやすいですよね。誰だかわからないけど聴いたことがあるということが、たくさんありました。
大谷:CMの話が来たらすぐやるよ。来たら「全部OK」って言っといて。
■このアルバムが変に尖った音楽としてのみ聴かれるのは心配ですね。
入江:だから、「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。
大谷:でもそこが、現在音楽を買う層になっているんでしょ。パチンコとかで流れているといいよね。「仕事~♪」って(笑)。そういうところでかかっても負けないような、メジャーな音で作ったつもり。
入江:言葉もそういうのを狙っているつもりはあるんですけどね。歌詞も純アーティスティックに内省的なものではなく、ちょっとふざけたりしているんです。
「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。(入江)
大谷:筒美京平が誰も知らなかったような洋楽のひねったところを持ってきて、沖田浩之とかに歌わせているわけじゃないですか。それの現代版を狙ってはいます。30年前だったらね、こんなこと言わなくても、まずプロダクションの仕事で名前が出ないままアレンジとかプロデュースとかやって、そこでいろいろ無名なままで実験して、で、それから自分の名前で作品を作れるようになるわけですが、その逆コースをやってるわけですよ。遅く来た人の宿命かもしれない。だからアイドルのプロデュース仕事が来たら、全力でやってみたい。そのときに「ひねった」とか言われないで、そのまま受け入れられて、で、ヒットするのがいちばんいいなあと。ここ10年は洋楽の輸入がうまくいってないんですよね。ティンバランドもないし、アリーヤもないし。アメリカの2000年代チャートのトップを取ったところが歌謡曲では全部抜けちゃっていて、EXILEもいまいちだしなあ。
入江:でも、ティンバランドとかアリーヤとか、そういう音楽を好きだと言っている人もけっこういますよね。多くはないのかな。
大谷:ポップスで、好きとか嫌いとかではなくて、そういうサウンドが鳴っていてくれればいいわけですよ。KinkiKidsとかが普通にやっていてくれれば、「これはティンバランドで……」とかわざわざ言わなくても、まったく問題ない。(宣伝資料にある)「日本のヨーガク」というのは、そういう意味で言っています。でもちょっと少なすぎるし、バンド・サウンドが固まり過ぎていて、そういう状態になっていない。したがって『仕事』が特別に聴こえる、というのなら仕方がないということなのかな。
入江:でも、『水』にリズムと音色の要素を注入すると『仕事』になるので、意外とアヴァンギャルドには聴こえないと思います。
大谷:アヴァンギャルドとは言われないでしょう。「ひねった」とは言われていると思うけど(笑)。
■『水』はメロディラインに耳が行きました。『仕事』はもう少し、トータルのバランスが気持ちいいですね。
入江:それはうれしいですね。際立たせかたとか余計な成分が入っていたのが、もっと研ぎ澄まされていたらいいなと思っています。
■大谷さんが「ヴォーカルありき」ということをおっしゃいましたが、ヴォーカルを活かすときの方法論としては、どのような点が挙げられますか。サウンドの隙間を空けるとか?
大谷:隙間は空けましたが、それよりも、いちばん大切なのは適切なBPMとリズムを考えることですね。
■『仕事』は全体的にBPMが遅めだと思いますが、BPMが遅いポップスも現在少なくなっているという印象をもっていました。その意味で、BPMが遅い曲を聴きたかったので、その点もよかったです。
大谷:チャートに遅い曲が少ないから、相対的にかなり遅く聴こえるのか。まあ、BPM100以下の曲が多いんじゃないかな。
■歌モノでBPM100以下は、かなり遅く聴こえます。
大谷:歌モノでバラードじゃなくて100以下のグルーヴは、現在ほとんどないですよね。
入江:遅いと粗が目立つし、あとは飽きるリスクを避けているのかもしれません。それから思ったのは、大谷さんが入ってイントロの要素が強くなった気がします。
大谷:イントロは大事だよね。
入江:僕はイントロが作れないんですよ。歌が入るまでの導入をどう作ればいいのかわからなかったので、そこがインストールされた気がしています。“鎌倉”とか“たぶん山梨”とか、イントロがいいですよね。
大谷:そうだねえ。「凝っている」と言われても仕方ないですねえ。
■僕が「凝っている」って言っちゃったのが、かなりNGだったみたいですが(笑)。
Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。(大谷)
大谷:いや、ダメだったのかなって(笑)。べつにダメじゃないんだけどさ。それくらいやらないと気が済まないところもあるかもしれない。ほっといてもあれくらいの曲がチャートで流れるくらいであって欲しいですね。俺、朝起きると、スペシャとかMTVとか毎日観るんですよ。それから『News Bird』でニュースみて、韓国チャンネルに回す(笑)。それで、Kポップからなにから、ずっと観ているんです。
入江:Kポップもいろいろなものがありますが、曲はかっこいいですよね。
大谷:Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。アヴァンギャルドというか、売れなくても好きな音楽はあるし、自分でもいろんなユニットをやっています。でも、音楽の楽しみはそれだけではない。いちばんたいへんなのは、歌を歌って大ヒットすることなので、せっかく歌をうたうのなら大ヒットしてほしいです。
■それで言うと、大谷さんのキャリアのなかで『仕事』という作品はどのような意識で関わりましたか。
大谷:意識はあまり変わってないけど、これまではやったことがないことだったので楽しかったです。これでダメだったら、あとは考えようという感じ。これでダメだったら、という言いかたは入江くんに失礼ですね(笑)。
入江:いやいや(笑)。『仕事』という作品だけでいろんな意図が伝わるかどうかはわかりませんが、そういう人が他にいたりとか別の作品を作ったりとかすることが大事だと思います。
大谷:なにかしらの叩き台にはなると思うよね。
入江:他の音楽とはっきりとちがうというのは伝わると思うんですよね。試聴した瞬間に「なにこれ?」という感じはあると思うので、そこは大成功だと思います。
大谷:それがうまく届くといいですね。まあ、井上陽水の『氷の世界』を目指したんですよ。そういうラインにつながっていけるといいな、と思っています。
■単純に日本のポップスにもっとブラック・ミュージックの成分が欲しいですよね。本当にジャニーズしかなくなってしまう。
大谷:そうだね。いちばん黒いのがジャニーズというのは、ジャニーさん的にはどうなんだろうか(笑)。
■大谷さんは、現在のアメリカのメインストリームについてはどのような印象を持っていますか。
大谷:2014年はよかったですね。ファレルが頑張ったというのが大きいですが。大きな出来事はなかったけど、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドが、ものすごく密接になってきていることがはっきりしてきました。だから、アメリカのチャートって一体なんだろうって、考え直さざるをえないような1年でした。
バンドものはバンドもので売れていましたが、ようするに、どのようにセールスしているのかがますますわからない感じになってきている。U2がiTunesに入れてそのあとに反省した、とかいろんなことがあったわけじゃないですか。そういうのも含め、本当にアメリカは音楽が大衆に求められているのかもしれない、と思った1年です。だから、まだアメリカの音楽はタフだなと思いました。カントリーとかも入ってくるし。アメリカのチャートのシステムがどういうふうになっているかまでは考えていないですけどね。
■そこは、また別の水準ですもんね。
大谷:でも、2014年はKポップのほうが興味深かったですね。
■それはなぜですか。
大谷:2回も3回も、社会的に大きな事故があったじゃないですか、韓国で。4月いっぱい、なんと一ヶ月も業界自体が自粛していて、ぜんぜん新譜が出なかったっていう。そのとき、毎日歌謡番組の再放送だったんですよ。セウォル号事件から2か月間。それで、そのあとも事件があって芸能界の根幹に関わる状態だったのに、ぜんぜん平気な感じなんですよ。これはどういうことかと思ったら、山のようにバンドとグループがいるのね。歌番組とか素人のど自慢とかもあるんですが、すごいいろんな人が観ていて、本当に2014年の話かと疑いましたね。そんなことをセウォル号事件のニュースを観ながら、しみじみ考えていました(笑)。
■音楽がしっかりと娯楽で、ポピュラーソングとして生きているということですよね。
大谷:そうそう。ディズニーランドとか関西のUSJとかは、まだちゃんと人気なわけじゃないですか。そういうものとの闘いですよね。
■そのようなポピュラー音楽待望論があるなかで、大谷さんが具体的にそういうものにコミットしたのは初めてですよね。
大谷:初めてですね。依頼もなかったし、今回だって、依頼があってやっているわけではないからね。
聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。(入江)
入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ!(大谷)
■入江さんもポピュラーソングであることを意識されていると思うのですが、『仕事』を作っているときに聴き手などは想定していましたか。
入江:音楽に詳しかったり、たくさん音楽を聴いたことがある人が作家的に丁寧なものを人に届けるとき、それを音楽オタクに目配せしながら届けるようなコミュニケーションは避けたいですね。詳しい人にも聴いてほしいし、そういう人とは話も合うんでしょうけど、そういうコミュニケーションに関係なく聴けるものを目指したつもりです。ディ・アンジェロが好きでも、いかにもディ・アンジェロが作りそうな曲とかではなく、なるべくいろんな引き出しを開けて、いろいろあればどれか刺さるのではないかと思っていました。
■せまいコミュニティに投げるようなことは、基本的にしたくなかったということですよね。『仕事』を聴いたとき、その意志は本当にびんびん伝わってきました。
入江:それはうれしいです。
大谷:でも俺は今年3月に、大島輝之&大谷能生『秋刀魚にツナ~リアルタイム作曲録音計画』というのを出したけど、あれはべつにチャートにのぼらなくてもなんの問題もない(笑)。売れなければ売れないほどいいかもしれない。〈HEADZ〉さんにはホントに申し訳ないが(笑)。だから、作り手としての立場がまったくちがう。マームとジプシーもちがう。ひとつひとつちがうのはたしかなんです。
たとえば『リアルタイム作曲』は、普通にタワレコで売り場は終わりでいい。マームとジプシーも演劇の現場で売れているようで、それはそれでなんの問題もないんです。でも今回に関しては、セールスは別として、聴き手がなんとなくモヤモヤしたり、売り手がイライラしたり不満足だったり、みんなが「これをなんとか売りたいな」と思ってくれればありがたいです。我々のことが好きな人間だけで消費して終わりましょう、ということになったら、それは作り手の力不足だと思います。これをなんとかエアプレイにかけるためにはどうしたらいいか、というふうになればいいと思いますね。
入江:聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。
大谷:だから、もう一回聴きたい感じということだよね。ピンクレディーなんて、みんな聴いていたわけだからね。“UFO”なんて、何回聞いても、まだ毎日聴きたくて聴きたくて仕方なかったんだから。
■ポピュラー音楽史的に言うと、ここはやはり、振付とか踊りとかが大事じゃないですか。
大谷:そうなんですよ。入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ! キーボード弾いている場合じゃない! 3週間くらい合宿して身に付けようか。出てきた瞬間に「おお!」ってなるといいよね。この楽曲に対しては、そういう引き受けかたをしたい。バンっと出てきて客を圧倒して帰ることができれば、また変わってくるかもしれないですね。
入江:もともと歌をはじめたきっかけがそういうところではなかったので、引き受けて行くことの恐怖とかはあるのですが(笑)、たしかにそうしていかないとわかりにくいだろうなとは思います。
大谷:できる! やりなさい!
■今回は、予想以上に僕の求めていた方向性だったことがわかってとてもよかったです。
大谷:あとは、「本当は俺のプロデュースじゃなかった!」とかね(笑)。「本当は新垣さんが作っていた!」とか(笑)。新垣さんとは知り合いだから、「作らなくていいので名前だけ貸してくれませんか」ってメールしようかな(笑)。
入江:本当は作っていない、という仕事の依頼はヤバいですね(笑)。
■MV公開中! まったく異なるふたつのコラボレーション
入江陽 - やけど feat. OMSB (SIMI LAB)
入江陽 - 鎌倉 duet with 池田智子(Shiggy Jr.)






スケートシング、トビー・フェルトウェルらによる東京発のアパレル・ブランド〈C.E〉より2015 Spring/Summerのルックムービーが公開された。

