「F」と一致するもの

Jamie Woon - ele-king

 ジェイムス・ブレイクはファースト・アルバム、続いて『オーヴァーグロウン』を発表する中、それ以前のシングル群で見せていたダブステップの世界から、シンガー・ソングライターとしての色合いを深めていった。ジェイミー・ウーンも同じような立ち位置のアーティストで、ともに親がロックやフォーク畑のミュージシャンという共通点もある。ジェイムス・ブレイクがキーボードを弾いて歌うのに対し、ジェイミー・ウーンはギターの弾き語りだ。もともとソウル系のシンガー・ソングライターを出発点とするジェイミーだが、ブリアルやラマダンマンらダブステップの人脈から、母親の出身地であるスコットランドのハドソン・モホークとも交流を持ち、彼らをリミキサーに迎えている。2011年にリリースされたファースト・アルバム『ミラーライティング』は、ブリアルや母親のメイ・マッケンナなどを交えて制作され、シンガー・ソングライターとしての側面とポスト・ダブステップ的なサウンド・プロダクションが結び付き、ジェイムス・ブレイクやサブトラクトのファーストと並んでこの年を代表する傑作だった。それからかなり間隔が空いてのセカンド・アルバムが『メーキング・タイム』だ。

 今回はリリース元がディスクロージャーやジェシー・ウェアなどをリリースする〈PMR〉なので、『メーキング・タイム』よりさらにダンス色、ポップ色が強まり、ややもすればジェイミーの持味が薄れてしまうのではとも懸念したが、そうした心配は必要なかった。むしろ前作でのブリアルのサウンド・プロダクションがなくなったぶん、ジェイミーのシンガー・ソングライター面によりスポットが当たっている。彼の歌とソング・ライティングだが、“メッセージ”“ムーヴメント”“デディケーション”などに顕著なように、マーヴィン・ゲイやリオン・ウェア・マナーとでも言うべきソウルフルなテイストが増している。“シャープネス”はミルトン・ライトとかティミー・トーマスあたりのマイアミ・ソウルを彷彿とさせる。“セレブレーション”はゲスト参加のウィリー・メイソンによるしわがれた歌をフィーチャーし、カントリー調の味わいを持つ作品に仕上がっている。“スキン”での自身のコーラスの多重録音はドゥーワップを基とするものだろう。

 ジェイミーはディアンジェロやアッシャーなど1990年代のR&Bが好きで音楽をはじめたので、そのルーツにあるこうした1960年代から70年代にかけてのアメリカのソウルへと向かうのは理解ができる。でも、アメリカの黒人文化の象徴であるソウルとはちがう肌触りもあり、あくまで抑制のきいた歌や演奏が、ジェイムス・ブレイク同様にイギリスのシンガー・ソングライターたるゆえんではないだろうか。そうしたUKらしさは内省的な“ラメント”やフォーキーな“フォーギヴン”“リトル・ワンダー”に表れており、ニック・ドレイクやジョン・マーティンから、ルイス・テイラーなどUKのシンガー・ソングライターの系譜を思い浮かべさせる。“サンダー”のようにポップさを持ちながら、どこか屈折した味わいも英国ならではだ。

 『トレインスポッティング』や『スラム・ドッグ・ミリオネア』のダニー・ボイルが監督した新作映画『スティーヴ・ジョブズ』をロンドンで観た。脚本は、『ソーシャル・ネットワーク』『マネーボール』のアーロン・ソーキン。ソーキンお得意の、しゃべりまくる個性的な登場人物たちの言葉の応酬でドラマを展開する奇妙なセリフ劇である。ダニー・ボイルだし、iTunesやiPodを発明したジョブズを主人公にした映画なのだから、音楽的なのかと思ったら、まったくそんなことはない。皆が知ってるジョブズの功績、iPhoneやiTunes、iPadなどは影も形もないし、U2のボノみたいなミュージシャンが彼の素晴らしさを讃えるわけでもない。ただ、ジョブズのカリスマ性を炙りだすのに、彼にとってのステージ、“発表会”という場とその舞台裏にフォーカスしたという意味では、十分にライヴ的な映画とは言えるかも。

 批評家のウケは極上だったこの映画、あまりにコアなところを狙いすぎたのか、すでに公開された海外各国での興行成績はふるわなかったようだ。さて、電気グルーヴの映画のレヴューをするのに、なぜこんなに長々と別の映画のことを書いたかというと、異端の存在でありながら26年も続いてきた“電気グルーヴの歴史”を総括する映画なんてものこそが、こういう罠に簡単にはまりそうだからだ。だってあの卓球と瀧が、ストレートな回顧ものを撮らせるわけがないと思うじゃない。監督もテレビ/映像業界でサブカルのご意見番的に有名で、なおかつかなりの電気ファンを自認する大根仁だというし。それこそ、ファンのオタク度を測るようなレア映像や特殊なシーンばかりをつなげたり、主だったできごとはすでに皆当然知っているものとして省いてしまったりネタとして処理するというような作りだってありえたと思う。もしくは、ダニー・ボイルのジョブズ映画に倣うなら、野村ツアー以前(つまり、『Vitamin』以前)のライヴ3回のバックステージでの様子や会話を捉えた楽屋裏映像だけで構成しちゃう、みたいなことも。
 いや、そういう“マニアの皆さん大歓喜”な映像がまったく入ってないというわけではないんだけど、この映画がすげーまっとうに作られていることに最初はちょっと面食らって、でもどんどん自分もその映像の一部になっていくような感覚を得て、最後には「うわ〜、電気グルーヴってやっぱりものすごい存在だわ。この人たちとこんなに長い歴史の時間を共有できてホント良かった」みたいな感慨を抱いた。仕事で電気に関わったようなひとたちはもちろん、劇場にこの作品を見に行こうと思っちゃうようなひとも皆、それぞれの思い出のフラッシュバックとともに、そういう感覚に包まれるんじゃないかと思う。

 初めて世に出るという89年8月の大阪でのデビュー・ライヴの映像から、ほぼ時系列にそって電気グルーヴの歴史をなぞりつつ、国内外の17人の関係者の証言を随所に折り込むことで、内と外から電気グルーヴとは何か? をすげーまっとうに炙りだす。昨年の〈Fuji Rock Festival ‘14〉グリーンステージでのライヴは、今回の映画で主要なステージのフッテージとしてたくさん使われているんだけど、WOWOWで放送された同時期のソロ・ライヴの様子を収録した番組を見た人だったら、類似性と大きな違いに気付くはず。〈塗糞祭〉のライヴでは、CMJKや砂原良徳、DJ TASAKA、スチャダラパーといったゲスト陣にインタヴューして、やはり電気グルーヴのことを語らせていた。今回も同じようなメンツが話している。でも、やっぱり今回の方が取材に時間をかけているだろうし、楽屋コメントよりもずっと冷静に、いきなり内臓に切り込んでくるみたいな鋭さが見られる。もっと重要なのは、(僕らはよく知ってるけど)普段はほとんど表にでてこない、マネージャーの道下さん、元所属レーベル社長の中山さん、リキッドルームの山根さん、ROCKIN’ON JAPANの山崎さんといったひとたちが喋っていることだ。油断しているとすぐ足下をすくわれ毒を盛られるという、いたずら好きで辛辣で、斜に構えたイメージの電気グルーヴではなく、ある意味ものすごい愛されキャラとしての電気の本質が彼らの証言によってだんだんと見えてくるのが、いい。
 歴史的な映像の大半は、VHSテープに残っていたようなざらざらのローレゾ映像なわけで、新撮のインタヴューや最新のライヴのきれいな映像は、否応なく目立ってしまう。そんな風に暗闇のでかいスクリーンに旧知の連中の顔が大写しになって次々出てくると、「うわぁみんな老けたなぁ」と思うのは当たり前だ。でも、不思議なことに映画が進むにしたがって、どんどんその老けたおっさんたちが、卓球と瀧だけじゃなくて、彼らと一緒に歴史を作ったきたCMJKやまりんやTASAKAたちみんなが、超かっこいいじゃんという印象に変わってくる。いやいや、ほんと、マジだって。そういう効果をしっかりだすために、今現在リアルにかっこいいしルックスだけでモテそうな関係者一番の若手、agraphこと牛尾くんを出さなかったじゃないかなとか勘ぐりたくなるくらい。

 もっとディテールのこと(特にKAGAMIへの言及のことなんか)を本当は話したいんだけど、まだ公開前だし、それはこれから観る皆さんの楽しみをスポイルしちゃうと思うので、やめておきます。どっかのパーティーのバー・カウンターとかで、誰かと語りあいたいわ。
 でも、実はこの映画の一番のターゲットって、電気グルーヴのことをあまりよく知らない人じゃないかなとも思うんだよね。テレビや映画に瀧が出てるの見て「へぇ、この人ミュージシャンなんだ」って興味持ったり、偶然フェスでライヴを体験してとか、そういう入り口でいきなりこの映画観たら、最高だろうなぁ。僕も、自分の子供がもう少し大きくなったら絶対これ見せようと思ったし!

万助橋わたる(井の頭レンジャーズ) - ele-king

知られざるミニマル音楽

Tracey Thorn - ele-king

 机の上のPCの裏側にはCDが積んであり、一番上にはジュリア・ホルターの新作が置かれている。彼女のアルバムはつねに良いが今作はとりわけて評判が良い。早くレヴューしなくては……。いや、その前に、ビーチ・ハウスの新作のレヴューが、かれこれ2カ月ほど書きかけのままになっている。読みか返してみると酷い原稿で、いまさら「ドリーム・ポップ」というジャンル用語を、意味もわからずに持ち出している音楽ライターへの憎悪に満ちている。ジャンル用語は、おおおそコンテキストにおいて有効であるということが、いまだわからない連中への……。いや、いくら業務に忙殺されていたとはいえ、これはよくない。ビーチ・ハウスの新作のレヴューで重要なポイントは、メジャーで失敗した彼らがインディーに戻って、あの名作『ティーン・ドリーム』に匹敵する作品を作れるかどうかにある。
 今年ラフトレードのNY店でいちばん売れたのはビーチ・ハウスだというが、それというのも誰もがいまだに『ティーン・ドリーム』並みの作品を期待しているからだろう。もちろんヴィクトリアの声の魅力も重要だ。ニコ直系の低めの声で、線の細いガーリーな声とは反対の、中性的で、太めの声。トレイシー・ソーンもその手の声の歌手だが、ソーンにあってヴィクトリアにない要素はダスティ・スプリングフィールドだ。ソウル・ミュージックというコンセプトはビーチ・ハウスにはないが、ソーンにはある。

 トレイシー・ソーンは、年齢的にはぼくより1歳上で(つまり、現在53歳)、ぼくは彼女の最初のソロ・アルバム『ア・ディスタント・ショア』をリアルタイムで買って、聞いている。ネオアコ(当時はネオフォークなどとも呼ばれていていた)なるジャンルの契機となった1枚だ。パンク以後の、ディストーションを効かせたギター・サウンドばかりで埋め尽くされていた時代に、アコースティック・ギター1本で歌うというただそれだけのことが、あり得ないほど新鮮で、あり得ないほど強いインパクトを持ち得たのである。
 ヴェルヴェット・アンダーグラウドの“ファム・ファタール”のカヴァーを聴きたいというのが買った理由だったけれど、それから数年後に出たエヴリシング・バット・ザ・ガールに混入されていたのはヴェルヴェッツではなくジャズやサンバだった。それはパンク以後のやかましいだけのディストーション・サウンドと違って、いささか高級品に思えた。その高級感はややもすれば80年代的で、貧しい若者の魂を救済するものとは思えなかった。“ルック・オブ・ラヴ”をお洒落だと思えるには、ぼくにはもう2~3年は必要だった。
 そういうわけで長いあいだ、ぼくはトレイシー・ソーンの声とは微妙な距離を保っていたわけだが、あながちこれはぼくの個人的経験に過ぎないというわけではない。あの時代、『ア・ディスタント・ショア』から『エデン』にかけてリスナー層は変わった。調査したわけではないが、考えてもみて欲しい。後者のなかに“パンク”を見いだすのは、困難だ。マッシヴ・アタックが教えてくれるまでは。そう、彼らがセカンド・アルバムでソーンを起用したことで、多くのリスナーは彼女の過去の作品を聴き直している。それほど“プロテクション”はパーフェクトな曲だった。『エデン』から10年後の1994年のことだ。

 それは、トレイシー・ソーンという歌手を物語っているかもしれない。その頃ダンス・カルチャーを我がモノとしてポップスターへと昇ったビョークは、キュートで、エキセントリックだった。ソーンは、充分に魅力的な低い声を有しながらも、グラビアを飾るようなタイプではなかった。また、彼女の曲の多くはメランコリックで、人生を伸び伸びと冒険しているビョークに比べると、なんとも内気に見える。彼女が舞台恐怖症であることも充分にうなずけるほどに。
 しかし“プロテクション”は、見事に逆手を取った。ガーリーではなくメランコリック、内気で、低い彼女の声は、マッシヴ・アタックのトラックにおいて魂を揺さぶる声となった。荒涼とした音像から聴こえる「シェルター(避難所)を必要としている少女がいる」という歌い出しは、何度聴いても感動する。

 本作はトレイシー・ソーンのコンピレーション・アルバム、CDで2枚組、全34曲が収録されている。1982年の『ア・ディスタント・ショア』の1曲目も収録されているし、もちろん“プロテクション”も入っている。最近やったというケイト・ブッシュのカヴァーをはじめ、ザ・XXやヴァンパイア・ウィークエンドやスフィアン・スティーヴンスなどのカヴァーもある。ぼくの世代には思い出深いワーキング・ウィークでの客演もあれば、90年代に活躍したドラムンベースのプロデューサー、アダム・Fのトラック、テクノ・プロデューサー、ティエフシュワルツので歌った曲もある。エヴリシング・ザ・バット・ガール以外の曲での客演もの、ソロ活動からのセレクションだ。厳密にベスト盤とは呼べないが、とてもありがたい編集盤だ。だいたい彼女の声は、12月というこの季節にはぴったりの声である。寂しいが、しかし温かい音楽。シンディ・ローパーの“タイム・アフター・タイム”とエルヴィス・コステロの“アリソン”のカヴァーが収録されていたら、満点だった。

 アルバムのライナーで本人も少し触れているが、トレイシー・ソーン作品で人気があるのは、マリン・ガールズ時代の2枚のアルバム、『ア・ディスタント・ショア』、エヴリシング・ザ・バット・ガールの最初の2枚だ。個人的に思い入れがあるのは『ア・ディスタント・ショア』とEBTGの最初のEP、それから「Each & Every One」と「When All's Well」という2枚の12インチ・シングル。いま挙げた12インチはともにアルバムの1曲目を飾っている曲だが、このおよそ30年ものあいだいつ聴いてもワクワクするし、吹雪の夜に恋人と一緒にいるような、ロマンティックな気持ちになる曲だ。「Plain Sailing」や「When All's Well」のジャケットに印刷された恋人のいる風景の写真は、10代も後半にもなれば誰もが憧れる世界だろう。

 トレイシー・ソーンの声は、ダスティ・スプリングフィールドの声がそうであるように、風化されなかった。結局のところ、ぼくもこうして、ずっと聴いていることになる。「自分のファンは年寄りだから……」というようなことをガーディアンの記事で話していた彼女だが、それはこの拙文の通り事実で、しかし年寄りだけが聴くにはもったいないほど魅力がある。“ルック・オブ・ラヴ”が年寄りの音楽ではないのと同じ意味で。
 バラードが得意なソーンであるが、90年代以降のEBTGがそうであるように、彼女はクラブ・ミュージックにアプローチしている。この時期は、ネオアコどころかほとんどの曲がエレクトロニック、ダンス・ミュージックなのである。彼女の自伝のタイトルは『Bedsit Disco Queen』というが、ベッドシットとは台所付きのベッドルームのことで、内気でありながら外向的なダンス・ミュージックを好む彼女の作品の性格を、あるいはその繊細な感じをうまく言い表している。本作を聴けばそれがよくわかる。踊るということが、まずは心が満ちていなければ空しい行為に過ぎないことを。

札幌のギター・ポッパーたち - ele-king

 日本のインディ・シーンが見えないところで地殻変動をはじめているかもしれない。このアルバムを聴いてそう思った。
 欧米ではあたりまえのように、過去を掘り起こし参照しながら新しいバンドが登場してくる。パンクにせよ、ギター・ポップにせよそのフィールドにいるなら知らなければいけない数多くの名盤の上に新作が連なってゆく。それがまたオーディエンスにフィードバックされながらシーンが形成され、受け継がれてゆく。

 日本で継続的なシーンが生まれてきづらいのはそのあたりに理由があるとつねづね思ってきた。しかしいま、地方のローカルなコミュニティから飛び出してくる20代前半のバンドはそのサウンドも活動のスタンスも、これまでとはちがった価値観を持っている。

 札幌を拠点に活動するTHE SLEEPING AIDES AND RAZORBLADESは、僕が深く関わっているレーベル〈KiliKiliVIlla〉から今年アルバムを出したNOT WONKに多大な影響を与えている。どちらのバンドにも共通しているのは貪欲なまでに音楽を追求する姿勢だ。彼らは自分が生まれる前の音楽でもほんとによく知っている。70年代のパンク、80年代のギター・ポップ、90年代のUK/USそれぞれのインディ・シーン、僕らレーベルのスタッフとバンドが集まると、いつもそんな話ばかりしている。それがほんとに楽しいのだ。30歳ちかい年齢差があるにもかかわらず。

 90年代生まれの彼らが60年代から90年代まで、それこそT・レックスからプライマル・スクリームまで楽しみながら引用、カヴァーしている様子からは音楽好きのあるべき正しい姿を感じる。このアルバムを聴くと世界各地のローカルなインディ・バンドから、ギター・ポップ、パンク、ニュー・ウェイヴまでを連想させる、きっと彼らは毎日音楽の話ばかりしているにちがいない。
 そうやって自分たちが愛してきた名曲、名盤をオーディエンスに伝えようとしている。いやもしかしたら彼ら自身がわかってくれるオーディエンスを見つけようとしているのかもしれない。まるでニッキー・サドゥンのようなヴォーカルの歌声から筆者が勝手に想像しただけなんだが。

 景気の低迷も音楽業界の構造の変化も、彼らにとっては当たり前の日常として、ロックを聴きはじめたときからあったものだし、むしろどうでもいい人たちがまったく入ってこない歓迎すべき状況なのかもしれない。彼らのようなバンドが自分たちのできること、やりたいことを工夫しながら実現していくことがひとつのアティチュードの表明でもあるはずだ。

 特筆すべきは、このアルバムの取り扱いは全国の専門店だけでなく個人で商品を仕入れてライヴ会場や友人関係に販売する個人ディストロとネット・ショップが販売の中心となっている。こういうかたちでシーンに参加することも可能だし、それが地域のコミュニティの活性化にもなり、また各地に散らばるコミュニティを結び少しずつ広がってゆく現象が起きているのだ。音楽を配信とYoutubeでしか聴かない人にはけっして届かないだろうが、ロックやパンクに特別な夢を見ている人は自分でたどりついてほしい。このアルバムを見つけた人同士は絶対に話が合うはずだから。

 アナログ盤にちゃんとプレスされたCDが封入されて税込で2,000円! 世界を広げてくれるかもしれない買い物としては安いはずだ。

(与田太郎)

THE SLEEPING AIDES AND RAZORBLADES
FAVORITE SYNTHETIC

DEBAUCH MOOD
品番:BEBAUCH-009
https://debauchmood.blogspot.jp

THE SLEEPING AIDES&RAZORBLADES
/ MY STRANGE HEADACHE


Sophie - ele-king

 UKガラージのコンテンポラリーな王道を再定義したディスクロージャーのブレイクをピークに、一連のUKベース・シーンのメインストリーム進出もそろそろ幕を引きそうな気配となっていますが、さて、文化系かつ進歩的ポップ・ミュージック愛好家のみなさま、果たして次はどこを拠り所にお過ごしでしょう。全世界のDQNを巻き込んで猛威を奮いつづけるEDMの圧倒的パワーを目の当たりにして、もはや行き場を失って呆然とする……なんて方がいらっしゃらないかと、余計な心配も募るわけです。ナードかつギークではあるけれど、根本的に苦悩のない僕みたいなタイプは、正直なところジェイムス・ブレイクが歌いはじめたあたりから脱線気味で、後のポスト・ダブステップ〜IDM再興にしても、脇道のインダストリアル、アンビエント、グライムにしても、どうにもシリアスな成分が多すぎて馴染めないと思ってきたわけです。

 そんな折、個人的にもえらくハマったのが、2014年から話題となっている〈PCミュージック〉というネット・レーベルを中心に盛り上がる、90’sレトロ・フューチャリスティックなエレクトロ・ポップ・ミュージック、俗称“バブルガム・ベース”です。その名の通り、風船ガムのようにカラフルで甘く刹那的(つまり俗っぽくキャッチーで安っぽい)ユーロ・ポップと、10年代のベース・ミュージックのマナーが意図された音楽ということで、かなり絶妙なタグ付けではないかと思います。

 A.G.クックの主宰するこの〈PCミュージック〉については過去に日本語のテキストもいくつか出ているので省略させてもらいますが、そのA.G.クックの盟友であり、シーンの象徴的アーティストであるソフィーが、ついにデビュー・アルバム『プロダクト』をリリースしました。

 2013年にグラスゴーのUKベース・ミュージック名門〈ナンバーズ〉からリリースしたセカンド・シングル『ビップ/エル(BIPP/ ELLE)』のヒットで注目を集めたソフィーは、サミュエル・ロングによるソロ・プロジェクト。当初は素性がよくわからず、アーティスト名と女性ヴォーカルを起用したサウンド、モデルと思われる女の子をつかったビジュアル・イメージを使用するために、女性アーティストと思っていた人が多かったよう(もちろん意図的な仕掛け)ですが、20代の男性アーティストです。

 古いWindows内蔵のFM音源(もしくはエミュレータなのかな?)を使用して制作されたと思われる、不協和で歪んだエレクトロ・サウンドと、異常にピッチを上げられ女性ヴォーカルの組み合わせで展開される彼のポップ・ミュージックは、とにかく記名性が高くキャッチー。つづく2014年のグリッチ・ヒップホップなシングル「レモネード」(※今年になって米マクドナルドのCMにも採用)も話題となり、前述のA.G.クックとのユニットQTで〈XL〉からリリースした「ヘイ・QT」のヒットを受けて、メインストリームのミュージック・シーンでも注目を集めました。ここからのスピード感は流石に10年代という展開。ディプロのフックアップを受けて、なんとマドンナのシングル曲“ビッチ・アイム・マドンナ(Feat. ニッキー・ミナージュ)”を共同プロデュース。さらにチャーリーXCXの次回作にもプロデューサーとして参加が決定しており、相当な変化球ながら、一躍売れっ子プロデューサーの仲間入りを果たしそうな勢いとなっています。また日本では、安室奈美恵の最新アルバム『_genic』に収録の“B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU”の楽曲プロデュースを手がけているというトピックも面白いですね。

 余談になってしまいますが、〈PCミュージック〉界隈のアーティストの嗜好性とサウンドの親和性から期待するに、久しぶりに日本と英米のポップ・カルチャーがリンクした盛り上がりの芽があるかもしれないですね。ソフィーやA.G.クックは、じつは〈マルチネ〉からリリースしているボーエン(bo en)やケロケロボニトのメンバーとは同じ芸術大学の友人同士だったようで、相当にコアなJポップ(とくに中田ヤスタカ周辺)マニアが集まっていたご様子。QTのコンセプトには明らかにPerfumeの影響があるだろうし、先日は〈PCミュージック〉のダックス・コンテンツがSekai No Owariをリミックスするなど、アーティスト同士の交流が急速に具体化してきている。ライアン・ヘムズワースやポーター・ロビンソン、スカイラー・スペンスあたりのポスト・インターネット世代のアーティストによる、Jポップ・カルチャーに対するポジティヴな評価というのは、日本側の視点からするとファンタジーではあるのだけれども、たしかにEDMのような圧倒的なマッチョイズムへの抵抗手段として、中田ヤスタカの方法論はパーフェクトに映るのかもしれない。「カワイイ」みたいなのがキーワードになるのは、HCFDM(ハッピーチャームフールダンスミュージック)のときといっしょだし、結局、日本人が得意なのはそこだよねと思います。


 さて、話を戻して、ソフィーのアルバム『プロダクト』。これまでにリリースされたシングルに収録された“レモネード”“ビップ”“ハード”“エル”に、新曲4曲を収録したシングル・コンピ的内容の作品ということで、正直なところ何か新味があるわけではないのだけれども、媚もない、これまでのサウンドとヴィジュアル・コンセプトが貫徹された内容。つまりエッジは充分すぎるほど効いている。ポップ・ナンバーとしては新曲“ジャスト・ライク・ウィ・ネヴァー・セッド・グッバイ”が彼の関連作の中でもトップクラスの好曲だけど、〈ナンバーズ〉からのリリースにふさわしい、ベース・ミュージックらしいグルーヴを成立させたヒップ・ハウス・チューン“Vyzee”も人気を呼びそうですね。

 ヴェイパーウェイヴの醸造したポスト・インターネット以降のシーンを震源地にしたアーティストが、現実のメインストリームのポップ・チャートまで侵食していく、いよいよそんなタームに入ってきたことを象徴する1枚として、2015年の重要作に推しておきたいと思います。

名曲“luck”や“feather”がアナログ盤に - ele-king

 もはや説明不要な存在だろうか。ベッドルーム・エレクトロニカのユニークな才能、サーフ(Serph)の代表曲がアナログ盤になるらしい。「なるらしい」というか、これはクラウドファンディングを利用した企画で、アナログ盤に「する」のはわれわれだ。
 プロジェクトの概要によれば、ファンに人気の高い、かつサーフ本人も代表曲と認める“feather”“luck” “circus” “missing”が収録され、これはサーフ自らがリアレンジ。2曲ずつ2枚の7インチというかたちでの制作となる模様だ。もちろん河野愛によるアートワークは今回も際立った幻想性と抒情性をたたえている。ダウンロードコードも封入。
 なんでもタダな昨今にあってはアナログ盤など贅沢品であることにはまちがいないが、そもそも音楽が贅沢品でなくてどうしよう? おカネの問題ではない、いくらだろうがタダだろうが、音楽が贅沢でわくわくさせるものであることを、こうした心のこもったパッケージは思い出させてくれる。

【Serph代表曲アナログレコード化プロジェクト】
■クラウドファンディング・プラットフォーム:CAMPFIRE
■プロジェクトURL: https://camp-fire.jp/projects/view/3839
■募集期間:2015年11月1日 ~12月15日(45日間)
■目標金額:750,000円

収録曲より

Serph - feather (overdrive version)

Serph - luck (darjeeling version)

■Serph / サーフ
東京在住の男性によるソロ・プロジェクト。
2009年7月にピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させたアルバム『accidental tourist』を発表。以降、4枚のフルアルバムといくつかのミニアルバムをリリースしている。最新作は、2015年4月に発表した『Hyperion Suites』。
2014年1月には、自身初となるライブ・パフォーマンスを単独公演にて開催し、満員御礼のリキッドルームで見事に成功させた。
より先鋭的でダンスミュージックに特化した別プロジェクトReliqや、ボーカリストNozomiとのユニットN-qiaのトラックメーカーとしても活動している。
https://soundcloud.com/serph_official


Myths Of The Far Future - ele-king

 12月15日、原宿のVACANTでアシッド・フォークのイヴェントが開催される。出演は、UKからGrimm Grimm(Koichi Yamanohaによる)。今年、〈ATP Recordings〉からデビュー・アルバム『Hazy Eyes Maybe』をリリースしたばかり。
 他に、マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)とKohhei Matsuda(Bo Ningen)と、強力なラインナップ。映像はTakashi Watanabe。



追悼:水木しげる - ele-king

 熊野で語り草になっていることがある。80年代初めに行われた白虎舎の合宿で、正確には暗黒舞踏のオーディションのようなものであった。僕も実態はよく知らなかった。なにがどうしてどうなったのか僕はスタッフとして誘われ、軽い気持ちで車に乗った。熊野という場所にも興味はあった。

 体を動かすのは午後からで、午前中は様々な講師陣がいろんな話を聞かせてくれた。そのなかに水木しげるさんもいた。「騙されて連れてこられた」と後には語っていたそうだけど、水木さんは1週間に渡って滞在し、ほとんど毎晩のように僕たちスタッフにもいろんな話を聞かせてくれた。片腕がないことを、僕はその時まで知らなかった。『河童の三平』や『ゲゲゲの鬼太郎』は片手で描いていたのかと僕はショックを受けた。単純に片腕の重さがないわけだから、水木さんが歩くと上半身はバランスを取ろうとして大きく揺れる。水木さんは振り子のように歩いていた。大変だなー、大変なんだなーと僕は水木さんが視界に入るたびに思った。斜めに傾いたまま夕陽のなかに突っ立っていた水木さんの姿が僕は忘れられない。理由はわからないけれど、誰もいない廃校のグラウンドに水木さんはひとりでじーっと立っていた。

 午後の授業には水木さんも参加していた。塾生たちと一緒に体操をしたり、ハードな内容の時には遠巻きに眺めていたりした。スタッフは自主参加だったので、僕も気楽な気持ちで同じようにやっていた。5日目からは、しかし、それができなくなった。白虎舎の教官たちが塾生たちの髪を剃ろうといきなり滝壺で襲い掛かったのである。後で説明を聞くと、髪を剃られまいとして激しく抵抗した者を新メンバーとして加えたかったのだそうである。結論から言うと、その年は噂を聞いて前の晩に逃げ出した人たちと黙って剃られた人たちの2通りしかいなかった。つまり、スカウトしたい人はいなかったということになる。女性は皆、眉を剃られてしまった。

 次の日の午後も同じように体操などのメニューが消化されていった。しかし、残った人たちの気迫が違う。僕も水木さんもその場にいることが難しくなって早々に離脱してしまった。いても迷惑になるだけだと感じ取ったのである。そして、ヘルムートというドイツ人のフォトグラファーと3人でなぜか車座になって、今度は昼間から水木さんの妖怪話を聞くことになった。ところがドイツ人には何ひとつ日本の妖怪話が通じない。水木さんが「暗い森に入っていくと……」と語り始めればヘルムートが「それがどうしてコワいんですか?」、「打ち捨てられた傘がやがて妖怪となり……」と言うと、「なんで? なんでモノが妖怪に?」と、いちいち話の腰を追ってしまい、さすがの水木さんも匙を投げてしまった。どちらかというと話を盛るタイプなので、これはどうだ、これはどうだと、様々な角度から攻め入ったあげく、どうにもならないといった表情で水木さんは無言になってしまった。そして、1週間が過ぎて水木さんは東京へ帰っていった。合宿はその後も1週間近く続いた。

 東京に戻った僕は水木さんの『総員玉砕せよ!』を始め、戦記モノを読み漁った。戦地での話が印象深かったからである。水木マンガは妖怪マンガしか知らなかったので広がりとして新鮮だったということもある。水木さんが話してくれたのと同じ話もあったし、そうでない話もあった。とくに『総員玉砕せよ!』を読んだ時は、常日頃から感じていた日本的集団性が凝縮して告発されているように感じられ、就職活動すらしなかった僕には非常にリアリティをもって訴えかけてくるものがあった。昔のことを描いているだけとは思えなかったし、日本がもしも戦争になったら日本全体が水木さんが描いているような日本的集団性に隙間なく覆われてしまう。小学生の時から通知表に「協調性がない」と書き続けられた僕としては(あれはあれで傷つきますよね)、それを避けるためにも戦争には反対だと思うようになった(後に知ったことだけれど、『総員玉砕せよ!』は水木さんが原稿依頼を受けて描いた作品ではなかった。出版社を当てにせず使命感だけで描きあげたそうである)。

 水木さんにもう一度会える日が来るとは思わなかった。それは赤塚りえ子の次のひと言から始まった。「最近、水木プロも娘さんが社長になったんで、お互いにがんばろうと食事会を開いたんだ」と。ピーンと来た。その少し前にメタモルフォーゼで赤塚りえ子と手塚るみ子が初めて出会った場にもたまたま居合わせたので、子どもの頃に読んだマンガ家の娘が3人とも揃っているところを想像してしまったのである。企画を持ち込んだ朝日新聞の近藤記者も僕の話を最後までは聞いていなかった。あの企画は本当に早かった。『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』の編集がこうして始まり、赤塚不二夫の死を挟んで鼎談集は完成した。記憶違いでなければ、その本を見て水木さんは「ふ~ん」とだけ言ったそうである。

 『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』には3冊のスピン・オフがあり、『赤塚不二夫 裏1000ページ』『手塚治虫エロス1000ページ』と併せて『水木しげる 超1000ページ』というアンソロジーも僕は編集させていただいた。『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』を読むと、当たり前のことだけれど、等しく国民的なマンガ家の娘で、似たような年頃とはいえ、ぜんぜん違う性格だということがよくわかる(順に「父ちゃん、パパ、お父さま」と呼び方からして違う)。そして、それ以上に違いが出たのはアンソロジーの編集の仕方だった。大雑把に言えば、手塚さんと赤塚さんは父親の作品であろうとも批評的に接し、手塚さんは時代性を重視する編集者的な視点、赤塚さんは普遍性に重きを置くアーティスティックな感覚を持っている。彼女たちとの共同作業はそうした批評性を共有し、時には議論を戦わせることに醍醐味があった。これに対して水木姉妹は父親の作品に優劣があること、それ自体がわからないという。コンセプトを固めるまでは非常に精緻な議論を展開していたのに(あまりに厳格なので、途中で一度、編集を諦めようかとさえ思った)、商品のコンセプトが明確になると、そこから先は口を出さないから自由にやってくれというのである。あれとこれではどっちがいいかという相談もできなかった。

 『水木しげる 超1000ページ』のコンセプトは、あらゆる作風を網羅するというものであった。結論から言うとやはり全体のバランスを考えてしまうので網羅はできなかったものの、かなりな範囲までカヴァーでき、しかも、水木さんがかつて「ガロ」に東真一郎の名義で書いたエッセイを初収録することもできた。妖怪モノと戦記モノはほぼ読み漁っていた僕も本腰を入れて読み始めてみると、こんなものまで描いていたのかと、そのキャパシティには驚くべきものがあった。ハイチの独立運動を描いた歴史モノやフェミズムに対する微妙な回答、「ゴーマニズム宣言」の書評やメキシコでのドラッグ体験、リチャード・マシスン調もあれば、『デスノート』とまったく同じ話まであった。これらの作品を、しかも、水木さんは一度も締め切りに遅れたことがなく、描き続けたそうである。なぜか。仕事が来なくなったら、またビンボー暮らしに戻らなければいけなくなると思っていたからだそうである。

 普段から本屋で自分の本を見つけると何冊でも買ってきてしまうという水木さんは、『超1000ページ』もたいへん気に入っていただいたそうで、見本とは別に30セットも買っていただいた。その上、それからほどなくして帝国ホテルで行われた「米寿を祝う会」にもお招きいただき、25年ぶりに歩く姿を拝見することができた。一躍、時の人となった「ゲゲゲの女房」と手を取り合って2人で入場してきた刹那、同じといえば同じ、歳をとったといえば歳をとった水木さんがそこにいた。大勢の拍手に照れるでもなく、嬉しそうでもなく、かといって無表情でもなく、何か考え事をしているような表情だった。

 以前書いたことの繰り返しになってしまうけれど、米寿の会でとくに印象深かったのは、水木さんの人生を振り返るショート・ムーヴィを見終わった後、司会の荒俣宏さんにコメントを求められ、水木さんが「戦争のことしか思い出せない」としか言わなかったことと(場内、ちょっとシーンとしてしまいました)、そして、退場される時に、まだ山と残っていた食べ物の山を見て「どうしてこんなに食べ物が残っているんだ」というような表情でしばらくテーブルを見つめていたことである。水木さんのことなので「食べたいな」と考えていた可能性も捨てきれないところはあるものの、やはり、あの時の表情は現代の生活様式に対して、ちょっとした敵意のようなものを覗かせた瞬間のように僕には見えてしまった。この時の表情もあまり描写できない。

 『総員玉砕せよ!』は水木さんが戦地で経験したことをそのまま再現したもので、それはいわゆる直接的表現になるかと思うけれど、水木さんが戦争を通して抱いた死生観を作品に強く滲ませたものとしては、『河童の三平』が僕はダントツだと思う。生と死の境を歩き続ける三平の無力感は死に対して常に抗いながらも、人がそれほど死に対して強くなれないことも同時に表現し、生きるという価値観に親鸞が示したような逆説もない。それこそ人間はどこか漂うようにしか存在できないものとして扱われている。水木さんが常日頃は非常に楽観的な人であったことを思うと、そのギャップにはどうしても痛々しいものが含まれてしまう。三平のまわりにいるのは動物か、さもなければ空想上の存在ばかり。三平の味方をする人間はほとんどいない。

 戦争体験を後の世代に伝える「作家」のひとりが水木しげるであったことを僕たちはもっと深く感謝すべきなのだと思う。そして、そのユーモアに。合掌。

Future Brown - ele-king

 〈ハイパーダブ〉からのリリースでも知られるファティマ・アル・カディリ。LAのビート・ミュージック・デュオであるエングズングズのダニエル・ピニーダ&アスマ・マルーフ。シカゴ・ジュークの天才児Jクッシュ。この4人によるプロデューサー集団、フューチャー・ブラウンが来日する。今年の頭に〈ワープ〉よりリリースされたファースト・アルバムでは、グライム、ジューク、トラップ、ゲットー・ハウスなどが起こす鮮やかな音の化学反応が大きな話題を呼んだ。アルバムには多くのMCが参加していたように、今回の来日講演にはMCのローチ―が4人とともにステージに上がる。ファティマ・アル・カディリは去年も日本へやってきたが、フューチャー・ブラウンの来日は今回が初となる。スーパー・グループのセットを是非体感してほしい。


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