「S」と一致するもの

Kuniyuki - ele-king

 去るGW中にRDCのために来日したフローティング・ポインツことサム・シェパード、来日中の彼が別の日に、敬意を表しながら札幌プレシャス・ホールでKuniyukiとともにDJしたことは、現在進行形のディープ・ハウス・シーンのなんともじつに“いい話”である。
 シェパードも関わる〈Eglo〉レーベルは、今年に入ってもHenry Wuの12インチを出しているが、そのHenry Wu周辺のロンドンはペックハムのジャズ/アフロ/ハウス/ブロークンビーツのシーン、あるいはフローティング・ポインツの影響を受けているメルボルンやシドニーのハウス・シーン──このあたりはいまもっとも面白い動きを見せている。そして、このアンダーグラウンド・ミュージックのシーンの広がりを証明するかのように、今年、札幌のベテラン・ハウス・プロデューサーのKuniyukiは、DJ Nature、Vakula、Jimpsterらとのコラボレーション音源を集めたCDアルバム、『Mixed Out』を〈Soundofspeed〉からリリースしている。
 で、サム・シェパードはもちろん、Kuniyukiが2002年に発表した「Precious Hall」によって、札幌の伝説的クラブを知っている。(このあたりの流れについては、7月14日発売の紙エレvol.20をご覧いただきたい)
 この度、CDアルバム『Mixed Out』にも収録されていたDJ Sprinkles RemixおよびK15とのコラボレーション音源が12インチ・カットされる。A面はJIMPSTERとの共作をDJ SPRINKLES(鬼才TERRE THAEMLITZ)がリミックス。B面は、いまでは各方面から注目の、Henry Wu周辺のK15(先日カイル・ホールのレーベルからもEPを出したばかり)とのコラボレーション作品。フローティング・ポインツ以降の素晴らしいモダン・フュージョン・ハウスが2ヴァージョン聴ける。CDともどもぜひチェックして欲しい。


Kuniyuki & Friends
A Mix Out Session
Soundofspeed


Kuniyuki & Friends a Mix Out Session
Mixed Out
Soundofspeed

interview with Irmin Schmidt - ele-king

 プログレッシヴ・ロックというジャンルに限らず、ロックの歴史において最も偉大なるバンドの一つに数えられてきたカン。彼らがケルンで誕生したのは、ちょうど半世紀前のことだった。70年代末に消滅するまでの間に彼らが発表した作品群は、70年代のパンク、80年代のニュー・ウェイヴやノイズ、更に90年代以降のポスト・ロックなど後続の若いミュージシャンたちに延々と影響を与え続け、現在に至っている。70年代英国のメディアによる「カンは50年先を行っている」という賛辞が真実だったことを、今、誰もが認めているはずだ。


Can
The Singles

Mute/トラフィック

KrautrockExperimental

Amazon

 というわけで、結成50周年を祝しておこなった、カンのリーダー格イルミン・シュミットへの電話インタヴュー。
 カンがシングル盤としてリリースした楽曲だけを23曲集めた編集盤『The Singles』が先日、英ミュートからリリースされたばかりだが、その前の4月には、ロンドンのバービカン・ホールで〈The CAN Project〉のコンサートもおこなわれた。これは、カンの楽曲をモティーフにイルミン・シュミットが作曲したオケ作品をロンドン交響楽団が演奏する(指揮はイルミン自身)第1部と、マルコム・ムーニーをシンガーに立てたスペシャル・バンドによるライヴという第2部から成るもので、イルミン自身が立案/プロデュースしたものだ。
 今回のインタヴューはそれらを踏まえて、6月半ばにおこなったものだが、時間が足らず、終盤の最も肝心な質問がすべてこぼれてしまったことを予めお断りしておく。

20世紀に存在していたコンテンポラリーなアイディアのすべてが詰まっていて、そのおかげで、ユニークで特別な音楽になっているのだろうね。だから何度聴いても、必ず何か新しいものが聴こえてくる……それがカンの音楽であり、カンのミステリーにもなっている。

4月にロンドンのバービカン・ホールでおこなわれた「カン・プロジェクト」のコンサートは、メディアではどんな反応でしたか。

シュミット:すごくいい反応だったよ。とても気に入ってくれた。私がロンドン交響楽団の指揮をして、自分で書いたシンフォニーを2曲披露したんだ。そのうちの1曲は、カンの作品をモチーフとしたものだった。カンの曲をオーケストラ・アレンジにしたのではなく、オーケストラ・ピースにカンの曲を引用した感じだ。メディアはほとんどロック系の評論家たちで、こういうものを見たり聴いたりしたことがなかい人たちばかりだったから、すごく驚いていたな。企画自体も珍しかったしね。最初の1時間はシンフォニックな音楽で、その後はロックで。みんなまさに見たこともないものを見たようなリアクションだったよ。よりじっくり鑑賞するために、もう一度観たいと言ってくれる人たちも多かった。第1部の方が好きな人もいれば、第2部の方が好きだった人もいたし、いろんなリアクションをもらえた。なによりも、まあ、みんなにすごく良いと言ってもらえて嬉しかったよ。

企画した自分自身では、コンサートの出来具合をどう評価していますか。

シュミット:うーん、難しい質問だね。世界でも指折りの素晴らしいオーケストラの指揮をとらせてもらっただけでもすごいことだった。私は若い頃に指揮者としての経験があったものの、カンを始めてからはオケを指揮することなんてまったくなかったから。だから、こうやってオーケストラと何かができることは私にとっては心底嬉しいことだ。いまだに指揮をやることが私にとって喜びであることに気づかされる、とても重要なできごとでもあった。心が動かされる、本当にいい経験だったな。コンサートの第2部は、サーストン・ムーアと彼のミュージシャンによるカンへのオマージュだったんだが、それも楽しくやらせてもらったよ。

クラシック出身のあなたが、今改めてオーケストラ作品にこだわる理由を教えてください。

シュミット:おっしゃるように、私にはクラシック音楽の背景があって、オーケストラの指揮をしていたこともある。交響楽団やオペラハウスで指揮者をしていたんだ。指揮をしてたのと同時に、クラシックの作曲もしていた。だからこれも自分の一面だ。ロックの自分がもうひとつの面であるように……まあ、他にもいろんな面を持ってるけどね。そういう背景がカンの音楽を豊かにしてくれたんだと思う。ロックだけではない、クラシックや、私が若い頃に勉強していた日本の雅楽とか、いろんな要素があわさってカンの音楽になってる。突然やり始めたことではないんだ。私は本当にオーケストラのサウンドが大好きだし。何十年にもわたってひとつの曲が受け継がれていって、どんどん研ぎ澄まされていく感じがとても美しいと思う。オーケストラの音楽は元々がすごく豊かだと思う。時折そういう音楽の世界に触れることが自分の喜びでもあるんだ。だからこれからも続けると思うよ。

カンの最重要コンセプトは「spontaneous(自発的、無意識的)」ということだったと思いますが、今回のオケ作品は「spontaneous」なものになったと思いますか。

シュミット:「spontaneous」ということなら、それはやはりカンだ。今回のオケの試みはそういうものではない。オーケストラ作品に携わっている時は、もしかしたら曲作りの過程で「spontaneous」な部分はあるかもしれないが、オケは渡された楽譜をその通りに演奏するから、ステージ上で「spontaneous」になることは難しい。もう既に存在するものをそのままプレイしなければいけないわけだ。オーケストラで音楽を演奏することは、私にとって、カンの場合とはまったく違うことなんだ。カンの音楽をオーケストラを通して再現しようとはしていないわけで。オーケストラの楽曲を作るときは、オーケストラの世界観を考えて作曲する。それはカンが演奏する時の「spontaneous」なアプローチとはまったくもって違うものだよ。

第2部のバンド・コンサートではサーストン・ムーアが核になっていたようですが、サーストンを中心に据えた理由は?

シュミット:私は長年ソニック・ユースの大ファンだった。80年代にソニック・ユースが出てきた時からずっと好きだった。以前、バルセロナのフェスティヴァルで彼らと共演したことがあって、私たちはライヴの後に会う機会を得た。その時に彼らと話し、お互いには共通点が多いことがわかった。音楽的に考えてることとかも含めてね。私たちにとってソニック・ユースの音楽は重要で、彼らにとってはカンの音楽が重要だった。それが、今回の理由のひとつだ。もうひとつのきっかけは……私は、来年出版される予定の本をここ数年書いてきたのだが、その本にサーストンのインタヴューを掲載するために彼に会ったんだ。その時いろいろ話しているなかで、サーストンから、パリでやるライヴに参加しないか? と提案があった。彼は、インプロヴィゼーションで共演したいと言ってくれた。それがきっかけで、私と彼はパリでデュオとして一緒に演奏したんだが、まったくもって即興的なライヴだったよ。実際、1時間しか準備の時間がなかった。そしてその時もまた共通点の多さを感じた。だから今度は私の方から、私が企画するコンサートの第2部のキュレーターになって欲しいというオファーをしたんだ。彼は快くそのオファーを受け、ミュージシャンも集めてくれた。立派なキュレーターだったよ。(註:カンの初代シンガーだったマルコム・ムーニーをフィーチャーし、サーストン・ムーア&スティーヴ・シェリーのソニック・ユース組を筆頭に、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン~プライマル・スクリームのデボラ・グージなどがバッキング)

あなたは何故、そのバンド・コンサートに参加しなかったのですか。

シュミット:なにしろ私は第1部のオケ・コンサートで指揮をしてたからね。前日にはオケと6時間もリハーサルをして、当日にも3時間のリハーサルがあり、その後に1時間の本番があった。つまり、あのコンサートでの私の役目は、第1部で二つのオーケストラ曲の指揮者をすることだったんだ。第1部で指揮をした後、第2部で演奏もするとなったら、体力的にもすごく厳しかったと思うよ。第2部のライヴはカンへのオマージュだったが、そこで私は演奏すべきではないと思ったし、そもそも私はカンの音楽を演奏することにはあまり興味がない。もう私は、カンの楽曲を再現したり、再構築したくはないんだ。今は違う音楽をやっているからね。だからそこはすべてサーストンに任せた。彼ならではのカンを創り出してくれたんじゃないかな。

第2部のバンド・コンサートに関し、あなたの方からサーストンたちに何かメッセージやアドヴァイス、注文などを出しましたか。

シュミット:私が口を出すことはまったくなかったよ。本当に何もなかった。サーストンがやってくれたことに関しては、いっさい関与していないし、口出しもしなかった。なにしろ、私も本番で初めて聴いたんだからね。お互いリハーサルの時間も被っていたから、リハーサルも見ていない。だからサーストンがやることを邪魔することはなかったし、私は私で自分のリハーサルに集中していた。本番でサーストンは第1部を初めて見たし、私は第2部を初めて見た。

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次の大きなプロジェクトは、過去のライヴ音源をリリースすることだ。うまくいけば来年にはリリースできるだろう。実際、カン時代にはたくさんライヴ音源を録り溜めていたものの、音質のクオリティーが低かった。でも今は、その音質を良くする技術がある。ようやくリリースできるようになったんだ。

カンは現在に至るまでずっと若い音楽家たちに影響を与え続けていますが、彼らはなぜカンに惹かれるのだと思いますか。

シュミット:それは、実に複雑な要素が混ざり合っていると思うが、まずはカンの音楽の豊かさ、ということだろう。20世紀に作られた新しい音楽の要素のすべてがカンにあるから。ジャズの文化、ロックの文化、ヨーロッパのクラシカルな文化、そして私が学生時代に勉強していた日本の雅楽……いろんな要素がカンにはあって、それらが実にスペシャルな方法で取り入れられている。20世紀に存在していたコンテンポラリーなアイディアのすべてが詰まっていて、そのおかげで、ユニークで特別な音楽になっているのだろうね。だから何度聴いても、必ず何か新しいものが聴こえてくる……それがカンの音楽であり、カンのミステリーにもなっている。メンバーがお互い意識的に抱いていたミュージシャンシップが一体になり、何か新しいものができたのだと思うよ。
 あと、カンがスタートした頃、メンバーの多くはすでに30代で、若いボーイズ・バンドではなかった。つまり、ある程度成熟したミュージシャンだった。ヤキは経験豊富なジャズ・ドラマーで、私とホルガーはクラシックの経験を積んでいた。ミヒャエル・カローリだけは若かったが、彼もすでに素晴らしいギター・プレイヤーだった。メンバーの音楽的スタイルや性格は多様だったが、それが豊かさとマジックとミステリーを創出したのさ。だから聴くたびに新しいものが見えてくる。そして、ドイツの70年代という歴史も感じることができる。そういうところが、未来へもつながる音楽になったのかもしれないね。

今回のイヴェントにはホルガー・シューカイは参加しませんでしたが。

シュミット:単純に健康の問題だ。彼は転んで腰を悪くしてしまい、病院から退院したばかりだった。だからロンドンに来ることができなかったんだ。

今回、シングル曲だけを集めた『The Singles』が出ますが、2012年には『The Lost Tapes』というものすごい未発表音源集も出ました。あなたは6月29日に80才を迎えますが、カンのキャリアに関してそろそろ総括しておきたいという気持ちがあるのでしょうか。

シュミット:いや、全然そういう気持ちではない。『The Lost Tapes』は、言葉通りの「lost tapes(失われた音源)」だった。長年ずっとアーカイヴに眠っていた音源が多数あったんだが、私のマネージャーでもある妻(ヒルデガルト)が、あのなかにはまだまだ面白い音源が眠っているからいつか何らかのカタチにした方がいいと常々言っていた。で、ようやくそれに着手し、デモを聴き直したんだ。50時間以上の音源があった。カンでは、レコーディングする時にはいつも、実際にアルバムに収録する曲よりも多くの曲を録音していた。でも、録ってみたものの、アルバムに収録されなかった曲がたくさんあった。しかも、その次の作品では新たな方向に進んでいるから、古い音源は使いたくなかった。だから毎回毎回アーカイヴに溜まっていったんだ。未発表のライヴ音源もたくさんあるんだよ。だから、時間をかけて、自らアーカイヴを全部聴き、今でも素晴らしいと思える音楽を再度蘇らせたんだ。妻やミュート・レコーズの力も借りて、あの『The Lost Tapes』はできた。つまり、カンを総括するなどという気持ちではまったくなく、まだ見せていなかったカンの一面を公表したまでだ。
 だが、見せてなかった一面を見せるのは『The Lost Tapes』で終わりだろう。アーカイヴすべてを聴いたなかで、他にリリースするに値するものはなかった。『The Lost Tapes』は最後のアーカイヴ音源ということになる。次の大きなプロジェクトは、過去のライヴ音源をリリースすることだ。うまくいけば来年にはリリースできるだろう。実際、カン時代にはたくさんライヴ音源を録り溜めていたものの、音質のクオリティーが低かった。でも今は、その音質を良くする技術がある。ようやくリリースできるようになったんだ。とにかく、それも含め、カンを総括しているわけではない。アルバムそれぞれが、その時のカンを総括するものにはなるかもしれないが、カンのキャリア全体を総括するものはないだろう。

カンというバンド名を公式に使いだしたのは68年秋だと思いますが、主要メンバー4人(あなた、ホルガー・シューカイ、ヤキ・リーベツアィト、ミヒャエル・カローリ)が揃ってバンドをやる意志が固まったのは、正確にはいつですか。

シュミット:カン結成の話がまとまったのは1967年12月だった。その後、メンバー各々がそれまでやっていた仕事を調整した。ホルガーは学校の教師だったが、その仕事を手放さなければいけなかった。ミヒャエルは法律の勉強をしていたが、彼はそれがすごく嫌いで、やめたいことを親に伝えなければいけなかった。指揮者の仕事をしていた私も、それを諦めなければならなかった。ヤキもケルンで最も有名なフリー・ジャズ・グループ(トランペット奏者マンフレート・ショーフのグループ)のメンバーだったし。それぞれが、当時やっていたことを手放したり調整したりして、バンドとして活動できるようになったのが1968年だ。そしてその頃にはもう、アルバムをリリースできるくらいの曲ができていた。

カン結成に際しては、まずあなたがホルがーとヤキに連絡して誘ったそうですが、ホルガーとヤキに目をつけた理由を教えてください。

シュミット:ホルガーとは同じ学校の仲間だった。自分がグループを結成することを決めたとき、すぐにホルガーのことが頭に浮かんだ。彼はクラシックを専門的に勉強していたし、それに加えてエレクトロニック・ミュージック好きで、ジャズ・ギターも演奏できたんだ。彼は特異で素晴らしいミュージシャンだった。だから、まずは彼を誘った。ヤキに関しては、実は最初、誰かいいドラマーを知らないかヤキに相談したんだ。マックス・ローチみたいなドラマーが欲しいと伝えたら、誰か探してみると彼は言った。まさか彼が自分のフリー・ジャズ・グループを辞めるなんて私は思ってもいなかったから。ところが、ある日私の家に全員で集まった時に、彼の方から「俺がやるよ」と言ってくれたのさ。

最初期メンバーのデイヴィッド・ジョンソン(実験音楽系の米人フルート奏者)は、マルコムの「素人ぽさ」が嫌で脱退したと聞いたことがありますが、本当の事情を教えてください。

シュミット:彼は現代音楽が好きで、カンがロックにアプローチしていることが気にいらなっかった。だからグループを去ったんだ。去ったのは完全に彼自身の意思であり、マルコム云々は関係ない。カンは、結成当初には音楽的なコンセプトはなかった。方向性もリーダーも決めずに、アナーキーに自分たちの音楽を追求する、そう思っていたからね。そして、誰か一人が作曲するのではなく、みんなで共作するという方針だけは決まっていた。だが、やっているうちにロック的な要素がどんどん強くなっていった。デイヴィットはそれが好きではなかったから辞めんだ。

ダモに関しては、まさしく本当の意味でのスポンテイニアスな始まりだった。彼は一度も私たちの音楽を聴かずに、ヤキと出会ったその夜、突然ライヴでステージに上がった。

カンのシンガー、マルコム・ムーニーとダモ鈴木の二人が、カンの表現に与えた影響、そして彼らの特異な魅力について、二人別々に論評してください。

シュミット:二人とも予期していないところから現れたんだ。マルコムと私は、パリに住む共通の友人を介して知り合った。彼は画家として活動していたんだが、その頃私もアート・シーンと関わりを持っており、ギャラリーでの企画をやったりもしていた。私はその共通の友人を通して、パリで活躍していたマルコムをケルンに呼んだ。マルコムがケルンのアート・シーンで活動できるようにしたかったんだ。当時既にカンはスタートしており、ある日マルコムを練習スタジオに連れていった。そこで何気に歌っていたマルコムの歌声がけっこう良かった。それで彼に、ケルンに残ってカンに入らないかと誘ったわけだ。私にとってのマルコムの魅力は、スポンタニティー(自発性・無意識)だった。クラシックの背景を持つ私には、その要素がなかったから、とても魅力的だったんだ。彼はリズムに関しても、すぐさまヤキと息が合った。あっという間にリズム・セクションとして成立したんだ。そして、彼らのその感覚は、カンのロック的要素を創り出した。ところが、あの頃の彼は、ヴェトナム戦争を恐れ、また言葉の通じない国にいることの不安も感じていた。精神的に落ち込み、歌えなくなってしまうこともあった。ちょうどそんな頃に、ヤキがストリートで歌っているダモを見つけ、彼に歌わせてみようということになったんだ。
 ダモに関しては、まさしく本当の意味でのスポンテイニアスな始まりだった。そこが私たちにとてもマッチした。彼は一度も私たちの音楽を聴かずに、ヤキと出会ったその夜、突然ライヴでステージに上がった。彼のヴォーカルはマルコムよりもメロディアスだったから、ギターのミヒャエルとすごくいいユニットになった。マルコムとヤキみたいにね。つまり、マルコムやダモとの出会いから一緒にやることになった経緯こそが、本当にスポンテイニアスだったとも言えるね。

さきほどの発言にも、あなたが若い頃に勉強した日本の雅楽のことが出てきましたが、西洋音楽にはない雅楽の面白さは、どういう点にありますか。

シュミット:大学の頃になぜだかわからないけど、私は雅楽にとても惹かれた。最も夢中になって勉強した科目だったと言っていい。でも、カンの音楽を作る時、実際に雅楽の楽器を使っていたわけではないし、どういう形でカンの作品にそれが現れているのか説明するのも難しい。ひとつ言えるのは、私がキーボードで表現していることにとても影響している。たとえば『Tago Mago』の一番短い曲“Mushroom”におけるオルガンとギターの音。あれなどは、私が自分で感じる雅楽のスピリットだが、といって、意識的に雅楽を再現しようとしたわけではない。雅楽の影響を咀嚼して、自分独自のものとして出していたと思っているよ。

カンは74年の『Soon Over Babaluma』までは2トラックのレコーダーで録音していたそうですが、多トラック・レコーダーと比べて、2トラック・レコーダーを使うことの利点やスリルはどういう点にあると思いますか。

シュミット:単純な話、それは金銭的な問題だった(笑)。2トラック・レコーダーしか買えなかったんだ。私たちはスポンテイニアスな曲作りをしていたから、1曲作るのに何週間もかかった。長ければ何ヶ月もかかった。当然、レンタル・スタジオを借りて、時間制限のあるなかでのレコーディングはできなかったので、自分たちのスタジオが必要だった。だが、自分たちのスタジオ(インナー・スペース・スタジオ)の機材に充てるお金がなかった。だから2トラック・レコーダーを買って、自分たちがやることすべてをレコーディングしたんだ。レコーディングしたものを合体させてエディットし、二つ目のテレコにダビングした。そのテクニックが、結果的に私たちの独自性へと発展した。曲の構成もそうだね。お互いの演奏をよく聴くこと、気をつけること。私たちがレコーディングしている環境ではそれが大事だった。それから、卓を通して録音しないことによって、逆に音にエネルギーが生まれた。私たちならではの音が録れたんだ。当時その手法は実に珍しかった。それがカン独自のユニークさになったんだと思う。

 参考までに、時間切れで答えてもらえなかった質問事項を最後に掲載しておく。

カンの音楽を聴くと、私は、いつも「混沌(Chaos)」と「鍛錬(Discipline)」という言葉が思い浮かべてしまいます。「混沌(Chaos)」と「鍛錬(Discipline)」は、カンの表現においてどういう関係にあると思いますか。

私は昔からカンのことを「大人のパンク・バンド」と評してきました。70年代当時、あなたたちには「大人」であるという自覚はありましたか。年齢的な問題ではなく。

70年代のドイツにはカンの他にも革新的バンドが複数いましたが、そういったドイツのシーンの特異さについては、当時から自覚していましたか。また、(ドイツ・ロック・シーンの)連帯感のようなものは感じていましたか。

70年代のドイツのロックを、英国やフランス、イタリアのそれと分け隔てている最も大きなポイトンは何だったと思いますか。

「E.F.S.」(「Ethnological Forgery Series」)シリーズの作品は、「Nr.108」までは確認できますが、結局何番まで作った(録音した)のでしょうか。

「E.F.S.」シリーズの曲の多くはまだ一般に公開されていませんが、今後まとめてリリースする考えはありますか。

結成50周年記念「カン・プロジェクト」の一環として、日本で何かコンサートをやる予定はありませんか。

亡くなったヤキ・リーベツァイトについて。ドラマーとしての彼の際立った才能、魅力について語ってください。

以前ダモ鈴木にインタヴューした時、「きっとイルミンは俺のことが嫌いなんだと思う」と語ってましたが、ダモに対する感情や評価は、正直なところ、どうなんでしょうか。答えたくなかったら、けっこうです。

以上

タワー渋谷で『Mellow Waves』発売記念 - ele-king

 いよいよ発売間近ですね。6月の夜の都会の夜に響くコーネリアス『Mellow Waves』──、そして7月1日、タワーレコード渋谷のB1にて、CD購入者を対象にした、発売記念プレミアム映像上映会&トークセッションが催されます。
 貴重なドキュメンタリー映像、プレゼント抽選会、またCDジャケットに使われている原画展やTシャツ販売もあり。ばるぼら(アイデア編集)×野田努(ele-king編集)のトークもあり、です! 渋谷か新宿のタワーどちらかで『Mellow Waves』購入の方に先着で「整理番号付き入場券」&「抽選会参加券」を配布します。(貴重音源も聴けるかも!?)

Second Woman - ele-king

 2017年、セコンド・ウーマンの新作『S/W』が〈エディションズ・メゴ〉傘下の〈スペクトラム・スプールス〉よりリリースされた。〈スペクトラム・スプールス〉は、元エメラルズのジョン・エリオットが主宰するレーベルで、イヴ・ド・メイ、コンテナ、ニール、ドナート・ドジーなどシンセティック/エクスペリメンタルな電子音楽を数多くリリースし、マニアから絶大な信頼を得ている。

 セコンド・ウーマンは、その〈スペクトラム・スプールス〉から、2016年にファースト・アルバム『セコンド・ウーマン』をリリースすることでデビューしたユニットである。とはいえ、彼らは「新人」ではない。メンバーは、あのテレフォン・テル・アヴィヴのヨシュア・ユーステスと、〈クランキー〉からのリリースで知られるビロングのターク・ディートリックなのである。
 もはや説明は不要だろうがテレフォン・テル・アヴィヴは、00年代エレクトロニカにおける最重要ユニットである。近年、〈ゴーストリー・インターナショナル〉からファースト・アルバム『ファーレン・ハイト・フェア・イナフ』とセカンド・アルバム『マップ・オブ・ホワット・イズ・エフォートレス』がリイシューされ、改めて00年代エレクトロニカ/IDMの再発見に一役を買っている存在だ。
 対して、ヨシュアがメンバーでもあるセコンド・ウーマンでは、「現在進行形のエレクトロニック・ミュージック/電子音響」を提示する。いわば、マーク・フェル以降のグリッチ・ミュージックとテクノとアンビエントの交錯の実現である。むろんそれは単に「テクノ化する」という意味ではない。いわば00年代のグリッチ/クリックから10年代のアンビエント/ドローンに移行したときの「中間地点」を、もういちど見直し、それを現代的な音響作品として(再)生成する試みなのである。いわば、グリッチ・テクノとアンビエント/ドローンの融合という形式の実現だ。
 それでも前作であるファースト・アルバム『セコンド・ウーマン』には、いかにもテクノ/IDM的なミニマリズム=反復性の残滓があったことも事実である。しかし、その反復性は、BPMの揺らぎによって、内側から機能を停止され、グリッチ的に散らばるサウンドの粒が次第に融解していくような感覚も聴き手に与えていた。これが重要なのだ。今ならば、『セコンド・ウーマン』は、10年代的なインダストリアル/テクノ的な重厚さを一度、解体するようなサウンドであったと理解できるだろう。このアルバムの真の役割は、インダストリアル/テクノなど、テン年代初頭のエレクトロニック・ミュージックを、一度、終わらせたことにある。

 そして、EP「E/P」を経由し、リリースされたセカンド・アルバム『S/W』においては、グリッチ・ノイズの音とテクノ的な反復が、シンセ・パッドの音色の中に融解しかけており、新しいアンビエントな音楽/音響として再生成されていく、そんな新しい感覚を生み出していた。グリッチでもあり、テクノ的であり、フットワーク的でもあり、アンビエント的でもあること。00年代のグリッチ/クリックから10年代のアンビエント/ドローンの「あいだ」に存在していた「かもしれない」のサウンドを、セコンド・ウーマンは構築しているのである。

 同時に、本作は、後半になるに従い、まるで時間がループするかのように、次第にテクノ的反復性が、表面化するような構成になっている。曲名が「/」で統一され、“/”、“//”、“///”、“////”となっていくわけだが、ちょうど折り返し地点である5トラックめ以降は、“////\”、“////\\”、“////\\\”……とバックスラッシュが逆向きから支える表記になっており、そこからもこの「反転」が意図的なものだと分かってくる。アルバム・ジャケットも赤と白で反転=対称的である。
 時代のヘゲモニーは、ある真理が、空虚=洗練に辿り着いたとき、すべてが反転する。本作のアンビエントからテクノへの反転は、そんな時代の反転(反動ではない)を象徴しているように思えてならない。彼らは「グリッチ以降とアンビエントの中間領域に消え去った音」=「消え去った二番目の女」を探し求めるうちに、また最初の地点へと戻ってしまったのだろうか。ループする並行世界の只中を生きるように。

 まあ、そんな妄想はさておき、少なくとも本作は、エレクトロニカの並行世界を生きているふたりによる「かつて、あったかもしれないサウンドの捜索(=創作)」の中間報告書ともいえるアルバムではないかとは思う。彼らは00年代以降の電子音楽/エレクトロニカ特有の「空虚さ=ミニマリズム」を現代からもう一度、辿りなおしてみせる。その結果、「かつてありえたかもしれない」グリッチとテクノとアンビエントの、精密で、マシニックで、美しい音のタペストリーを、われわれに向けて提出することになるのだ。
 2000年代末期から2010年代初頭にかけて、クリック&グリッチなサウンドが、もしも急速にロマンティックなドローンへと反動的に転換せずに、あの〈ミル・プラトー〉の理想を受け継ぐように、アンビエントとグリッチが融合・交錯していたら? そんなエレクトロニカ/電子音響の並行世界を、彼らはセコンド・ウーマンとして意図的に生成するのだ。そんな気がしてならない。
 真の未来とは、そして、本当の新しさとは、香水の残り香のように消え去った近過去の中に優雅に漂っているものだ。それは電子音楽でも変わらない真理である。セコンド・ウーマンの電子音には、そんなエレクトロニカ/電子音響の「二回めのゼロ地点」を聴き取ることができるはずだ。

special talk : ISSUGI × CRAM - ele-king


ISSUGI & GRADIS NICE
THE REMIX ALBUM "DAY and NITE"

Pヴァイン

Hip Hop

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CRAM & ILL SUGI
Below The Radar

Moevius

Hip Hop

Amazon Tower

 ISSUGIとCRAMの対談をお送りする。CRAMとは、ISSUGIがビートメイカー/DJのGRADIS NICEと共作した『DAY and NITE』のリミックス盤『THE REMIX ALBUM "DAY and NITE"』にリミキサーとして参加したビートメイカーである。ISSUGIとKID FRESINOと5LACKの3人がマイクリレーする“TIME”という哀愁漂う曲を、80年代の“ソーラー・サウンド”を彷彿させるファンク・フレイヴァーと強烈なアタックのビートで構成されたダンサンブルなリミックス・ヴァージョンに生まれ変わらせている。が、これはあくまでもCRAMのひとつの表情であり、彼のサンプリングを主体としたビートはより多彩な表情とウネリを持っている。

 この若き才能、CRAMについてもう少し説明しておこう。彼は1991年生まれ、福岡出身のビートメイカーで自主制作で数多くの作品を発表、bandcampではこれまで創作してきたビートが大量に聴ける。ISSUGIが毎月発表した7インチをコンパイルした『7INC TREE』にもビートを提供、昨年末にはラッパー/ビートメイカー、ILLSUGIとの共作ビート集『BELOW THE RADAR』をリリースしている。手前味噌だが、後者の作品は、僕が運営に関わる『WORDS & SOUNDS』というレヴュー・サイトでも取り上げさせてもらった。また、CRAMは6月末に、すでにbandcampとカセットテープで世に出した『THE DEVIL IN ME』という作品をCD-Rという形で発表する。このスピード感も彼の武器だ。

 例えばトラップだけが新しいラップ・ミュージックであり、ブーム・バップは90s懐古趣味のヒップホップであるという認識を持っている方がいるとすれば、それは安直である、とだけ指摘しておこう。そのように、新旧のスタイルを二項対立で理解できるほどこの音楽文化は単純ではない。ISSUGIを聴いてみるといい。彼は、黒い円盤がターンテーブルの上をグルグル回りながら新しい音を鳴らしていくように、自分のスタイルを堅持しながらラップとサウンドを更新し続けている。CRAMは、サウンド、リリース形態、そのスピード感も含め現在の世界的なビート・ミュージックの盛り上がりに共鳴している。そんな2人によるラップとビートと創作を巡る対話である。まず2人はいつ、どこで出会ったのだろうか。

冗談じゃなく、CRAMは天才だと思ってます。これだけは書いといてください。俺こういうことあんまり言わないんで(笑)。 (ISSUGI)

トロントはそれぞれのシーンが小さいからひとつのパーティにヒップホップのビートメイカーだけじゃなくて、エレクトロとかダブステップの人たちもみんな集まるんです。そこでヒップホップだけじゃないノリも吸収できたかなと思います。 (CRAM)

ISSUGI:たしか福岡の〈CLUB BASE〉で会ってCD-RをもらったときにCRAMとはじめて会いましたね。レーベル面の赤い、黒のレコードの形のCD-Rだったと思う。

CRAM:僕は高校のときにMONJUの3人で出場しているMCバトルの映像を観てはじめて知りました。司会がDARTHREIDERさんでした。

ISSUGI:〈3 ON 3 MC BATTLE〉(〈Da.Me.Records〉と池袋のクラブ〈bed〉が主催していたMCバトル)だ。

CRAM:それからMONJUの『Black.de ep』を聴きました。

『Black.de ep』を最初に聴いたときのインパクトはどんなものでしたか?

CRAM:スネアの音がめっちゃ小さいのにグルーヴがあるのがかっこよかった。90sのヒップホップってドラムの音にインパクトがあって大きいじゃないですか。ドンッドンッダッーン!って。そういうビートとは違うかっこよさがあって16FLIPが好きになりました。

ISSUGI:うれしいですね(笑)。

CRAMくんが2016年にリリースした『Call me 3324"CD-R"』の紹介にBOSSのSP-303、SP-404といったサンプラーを使っていると書かれていますよね。最初からSPで作り始めた感じなんですか?

CRAM:いちばん最初はMacのGarageBandです。それからマッドリブやMFドゥームを知って、SP404の存在も知ったんです。それで当時は安かったのもあって買いました。その後、マッドリブが使っているのが広く知られるようになって、いまはめっちゃ値段が上がってますね。

SPの好きな点、SPでビートを作る理由は何ですか?

CRAM:MPCだと音があたたかくてディラっぽい音になってそれはそれでかっこいいんですけど、SPはデジタルっぽい音、冷たい感じになるのが好きなんです。みんなと違う音を出せるのもいいなって思ったのもありますね。

ISSUGI:俺はCRAMのビートを聴いて、まず音の鳴りがヤバいって感じましたね。それからグルーヴをナチュラルに理解してるなって感じさせるところと、メロディのかっこよさの3つですね。全部のパーツが生き生きしていて意味のある動きをしているんです。しかもデモ音源で聴いてもありえないぐらい音がデカい。マスタリングをしていないのにバッチリ音が出せているのは耳が良い証拠だと思いますね。いまSoundCloudで公開されてる“Ride Or Die”っていうビートもヤバいっすね。

CRAMくんは独自に、ナズやジェイ・ZやレイクウォンといったUSのラッパーのリミックスもかなりやっていますよね。

CRAM:「俺のビートでジェイ・Zが歌っとうや! バリかっけぇ!」っていう感じで始めたのがきっかけでしたね。

ははは。今回、『THE REMIX ALBUM "DAY and NITE"』では、 ISSUGI、KID FRESINO、5LACKがラップする“TIME”をリミックスしています。ISSUGIくんからのディレクションはあったんですか?

ISSUGI:CRAMにはアカペラを全部送ったんですけど、“TIME”は絶対やってほしいと伝えましたね。CRAMにはリミックスを作るセンスがあると思ってるんで、メロディの入ってくる“TIME”をリミックスしてほしかったんです。

CRAM:日本語のラッパーのリミックスは初めてだったんですよ。ISSUGIさんから依頼されたのもあって、最初は意識しすぎて16FLIPに寄せた音になっちゃったりもしたんです。自分の色を出すために何度も作り直しましたね。時間はかかりました。

ISSUGI:でも俺はCRAMに関しては、マジで100%言うことないと思ってる。冗談じゃなく、CRAMは天才だと思ってます。これだけは書いといてください。俺こういうことあんまり言わないんで(笑)。

CRAM:ありがとうございます。

ISSUGI: REMIXって場合によってはビートよりラップの方が前に“走っちゃう”こともあるんです。俺は自分で作った曲のBPMやピッチを数字でおぼえてないけど、俺がラップしている曲だから、ラップが走ってるって俺が感じたらそれは走ってるんですよ。CRAMはその点でバッチリだった。ラップのタイミングをわかってる。CRAMのオリジナルの曲を聴いていてもそこが絶対間違いないとわかってましたね。

CRAM:MASS-HOLEさんとISSUGIさんで対談してる記事があるじゃないですか。

ISSUGI:『1982S THE REMIX ALBUM』をリリースしたときの対談だ。

CRAM:そこでISSUGIさんが自分のラップの乗せるタイミングについてMASS-HOLEさんにけっこう指摘したというのを読んだから、「うわ、これ、バチッとせなイカンやん」って。

ISSUGI:「こいつ、厳しいぞ」って(笑)。

ははは。CRAMくんはビートメイカーとしての基礎というか、リズム感やビート・メイキングする際の感覚をどのように手に入れていきましたか。

CRAM:ひとつはトロントですかね。カナダのトロントに一時期住んでいて、そこで感じた海外のノリがめちゃくちゃ新鮮でした。トロントはそれぞれのシーンが小さいからひとつのパーティにヒップホップのビートメイカーだけじゃなくて、エレクトロとかダブステップの人たちもみんな集まるんです。そこでヒップホップだけじゃないノリも吸収できたかなと思います。SoundCloudを通じて知り合った友だちのビートメイカー、CYがたまたまトロントに住んでたんです。一緒にパーティに遊びに行ったんですけど、そこで「『SP持ってきて!』って言えばよかったねー!」って言われて、「いや、実は……」ってバッグに忍ばせていたSPを取り出してライヴしたんですよ。そしたら、「お前、ヤバいから次もライヴして!」ってなって、トロントのシーンに乗り込んでったっすね(笑)。

ISSUGI:いいね、いいね。

ところで、ISSUGIくんは『THE REMIX ALBUM "DAY and NITE"』をどのように作っていったんですか?

ISSUGI:リミックス・アルバムを作ること自体、超久々だったので楽しんで作りましたね。『Thursday』のときに5曲のリミックスを入れた作品(『THURSDAY INSTRUMENTAL & REMIXES』)を出したり、それ以降、曲単位でのリミックスはありましたけど。今回はメロウな感覚がいつもより2割増しぐらいで出ましたね(笑)。それと新曲が何曲かあると聴く人も楽しいと思って新曲も入れてます。

“SPITTA feat. FEBB (Prod. by MASS-HOLE)”と“RHYZMIK & POET (Prod. by FEBB)”の2曲が新曲ですよね。“D N N”はNYのブロンクスのGWOP SULLIVANっていうビートメイカーが作ってますね。

ISSUGI:そうですね。“D N N”は新曲ではなくて、ある曲のタイトルを変えてみましたね。GWOP SULLIVANはO.C.のアルバム(『SAME MOON SAME SUN』)の“Serious”っていうビートを聴いて超ヤバいなと思ったのがきっかけですね。

仙人掌をフィーチャーした“MID NITE MOVE”はGRADIS NICEと16FLIPの2曲のリミックスがありますね。

ISSUGI:同じ曲のリミックスが2曲入っているのがリミックス・アルバムっぽいなって思って入れましたね。だから、自分がリミックス・アルバムと思う要素を詰め込んで作りましたね。このGRADIS(NICE)のリミックスは、俺が(ラップを)乗せたいと思うビートを選んで作ったんですよね。

ISSUGIくんとCRAMくんにはビートの共作のやり方や考え方についても聞きたいですね。ISSUGIくんがいまFRESH!でやっているレギュラー番組の「7INC TREE -TREE & CHAMBR-」ではBUDAMUNKと共作する様子を放送したりしてますし、本作の冒頭曲“BLAZE UP”は JJJがドラムで、プロデュースは16FLIPとクレジットされてますよね。一方、CRAMくんもこれまでAru-2との『MOVIUS ROOPS EP』、ILLSUGIとの『BELOW THE RADAR』といった作品もあります。

CRAM:『BELOW THE RADAR』に入っている曲は、ILLSUGIが「これ、良くね?」とか言ってネタを選んで、僕は「うーん、どうだろう、でもやってみるか!」と思いながらSP404を駆使してかっこよくしていきました。

ISSUGI:はははは。CRAMが組み立てていったの?

CRAM:あの曲に関してはそうですね。ILLSUGIが上ネタのシーケンスを組んで、僕がドラムを打ちました。それでかっこよかったらアルバムに入れようって感じでした。『MOVIUS ROOPS EP』の場合は、まずAru-2がピロ~ッてシンセを弾いただけの、ビートもない、BPMもあってないような音を送ってきたんです。そういう、「これをどう使うの?」みたいな素材をチョップしたりフリップしたりして組み立てていきました。そうやって頭を捻って考えて作るのが好きなんですよね。

ISSUGI:俺は人が打ったドラムに自分がネタを入れるのが好きですね。“BLAZE UP”も最初にJ(JJJ)がドラム・ループだけ送ってきたんですよ。「何かを入れて返してください」という感じで。元々は今回のリミックス・アルバム用ではなかったんですけど、そのドラムが気に入ったから上ネタだけ入れて返すタイミングで、「リミックス・アルバムで使わせてもらえないか?」と頼んでOKしてもらいました。そこからベースとかを足してビートとして完成させましたね。すごく気に入っています。

RAPも含めてドラムからどのパートも前に行っちゃダメだっていうのはありますね。 (ISSUGI)

鼻唄で「フンフン~♪」って歌えるのが僕は良い曲だと思います。音楽やっていない人もつかめるのも大事だと思いますし、そこは意識していますね。 (CRAM)

「7INC TREE -TREE & CHAMBR-」の第2回目の放送でBUDAMUNKのビートにISSUGIくんが上ネタを足していくシーンがあるじゃないですか。ビートをループさせて、あるフレーズをいろんなタイミングで鍵盤で弾いて被せたりしていましたよね。

ISSUGI:これまでに曲を作りまくってきてるんで、ここで終わりだっていうタイミングが自分のなかにあってそこに入れていくんです。そこに入れられたら完成でストップしますね。

CRAM:僕もそこを見つけたらそれ以上は深く考えないで終わりにしますね。それ以上やるとドツボにハマっちゃうんで。ピッて止めますね。

ISSUGIくんはラップのレコーディングにもそんなに時間をかけない印象があるんですけど、ラップに関してはどうですか? 一発OKが多いですか?

ISSUGI:1回で録れるときもあるけど、ハマるときはもちろんありますよ。10回とか15回とか録り直すときもある。

CRAM:ハマったときはどうするんですか?

ISSUGI:くり返し録り直しているときは、リリックやフロウというよりも、ビートにラップを乗せるタイミングを調整しているね。速過ぎてもダメだし、遅過ぎてもダメだから。1小節めから16小節めまですべてが自分の頭のなかにあるリズムで置けたときにひとつのヴァースが完成じゃないですか。それと気持ちですね。その2つです。

さきほどISSUGIくんが、ラップがビートよりも先に“走っちゃう”とダメだという話をしていましたよね。その感覚はとても面白いと思いました。

ISSUGI:いまの時代はいろんな音のバランスでグルーヴを作ることができるので、グルーヴに関してもいろんな考え方があると思うんです。記憶が曖昧なので違ってたら申し訳ないんですけど確かマイルス・デイヴィスがどの楽器の演奏もドラムより絶対先に走っちゃいけないと語っていたんです。それを知ったとき、間違いないなと思いました。自分のなかの基本もそれなんですよね。RAPも含めてドラムからどのパートも前に行っちゃダメだっていうのはありますね。

なるほど。

ISSUGI:俺が好きで聴いているUSのラッパーとかミュージシャンの多くが当たり前に持っている感覚だと思うんです。黒人のラッパーでラップが走ってるヤツとか余り聴いた事ないので。多分HIPHOPの前にJAZZとかSOULとかがあったからだと思うんですけど、日本の音楽は走ってるなと思うときもありますね。ちょっと前にJJJが面白いことを言ってたんです。Jが福岡のクラブのイベントに行った時、フロアでずーっとビートを裏でノッてるヤツがいたらしいんですけど、Jは「こいつだけ裏でノッテルな」と思ってたらしくて、その日ビートのショウケースを観たらそいつが出てきてそれがCRAMだったんですよね。ビートを聴いたら「やっぱりヤバかった」って言ってて。CRAMはリズムキープの感じもやばいと思いますね。とぎれず円を描くようなループの感じ。

CRAMくんは、創作における鉄則というか、曲作りやビート・メイキングに関して意識していることはありますか?

CRAM:鼻唄で「フンフン~♪」って歌えるのが僕は良い曲だと思います。音楽やっていない人もつかめるのも大事だと思いますし、そこは意識していますね。だから、メロディアスなビートが僕は好きですね。

あと、「7INC TREE -TREE & CHAMBR-」でISSUGIくんがBUDAMUNKに「ファンクとは何か?」と訊くシーンがあって、これまでISSUGIくんがファンクという言葉を使っているのをあまり聞いたことがなかったのもあって興味深かったです。

ISSUGI:そうなんすよ。俺、最近ファンクが超気になっちゃってるんです。fitz(fitz ambro$e/ビートメイカー)っていうヤツが、〈Weeken'〉で俺がDJ終わったあとに、「超DJヤバかったよ。ファンクを感じたね」って言ってくれたことがあったんです。TRASMUNDOのハマさんにも「ISSUGIくんはファンキーだよね」って言われて、「俺ってファンキーなのかな?」ってここ最近考えることがあって。

CRAM:はははは。

ISSUGI:俺はBUDAくんからファンクを感じてきたんです。それは、ジェームズ・ブラウンのファンクというよりも、例えばエリック・サーモンやDJクイックに感じるファンクのことなんです。それでBUDAくんにああいう質問をしたんです。

そのときにBUDAMUNKが「動きが滑らかで流れてる感じ」というような表現をしていましたね。

ISSUGI:そうですね。言葉で説明するのは難しいけどノれる感じとかも言ってくれたときがあった気がしますね。それが動きがあるって事なのかなと思って。クールな感じのベースラインにも感じるし両方ありますよね。
 話変わるんですけどCRAMとILLSUGIのビートライヴ見た事ない人は出てるパーティに遊びにいってみて欲しいですね。ノリ方を目撃すると、「こいつらマジで音にノってんな」って伝わってくる。ビートライヴをやり出したらハンパじゃないなと思わせるものがあるんですよね。それがやっぱり音楽じゃないですか。CRAMがクラブでよくかける自分で作ったジェイ・Zのブレンドとかもハンパないです。

CRAM:あと、僕はいまのリル・ヨッティとかも好きなんですよ。それはチャラくてもノれるし、ラップが120点で上手いと思う。ジェイ・Zにもチャラい曲があったりするけど、確実にノリがあるんですよ。僕もそういう音楽が好きですね。

ISSUGIくんはリミックス・アルバムを出したばかりで、「7INC TREE -TREE & CHAMBR-」も進行中ですけど、2人は近い未来はどんな風に活動していく感じですか?

ISSUGI:〈Dogear〉からCRAMの作品を今年出したいと思ってます。CRAMは自分的に絶対にヤバいですから。「7INC TREE -TREE & CHAMBR-」では7インチをリリースする以外にもCRAMもそうだし、自分の周りのかっこいいやつを紹介できればと思ってます。あと例えばレコードをプレスしたり、スニーカーを探しに行くとか、あとはTOURの映像とかヒップホップが好きなヤツだったら楽しめる番組にしていければと思ってますね。

CRAMくんのアルバム、楽しみにしてます!

CRAM:ありがとうございます!

Cornelius - ele-king

北中正和

 音楽で複雑なことを表現しようとするとき、普通のミュージシャンは難しいコードを使ったり、リズムの実験を重ねたり、音数を増やしたりして、足し算や掛け算で対応しようとする。『ファンタズマ』のころまで、コーネリアスもそうだった。

 しかしそれが『POINT』では一転する。音数が激減して、簡潔かつポップになったのに、奥行きが深まったのだ。何が彼にその転換をうながしたのか、不勉強でよく知らないのだが、数少ない音で、一聴してコーネリアスとわかる音楽が出現。次の『SENSUOUS』はその方向の洗練を極めたアルバムだった。

 そこから反射的に連想されるのは、純邦楽における間の感覚、石庭に象徴される禅の思想、俳句の省略の美学などだった。べつに日本の音階が使われているわけでも、和楽器が演奏されているわけでもないのに、そこにはまぎれもなく伝統をふまえつつ更新していく現代の日本のポップスの姿があった。
 それから11年。アルバム『Mellow Waves』に先立って発表されたシングル「あなたがいるなら」は、まさにその延長線上の曲で、落ち着いた演奏にポップなヴォーカルがのっかっている。作詞は坂本慎太郎。音楽は小山田圭吾。現在望みうるかぎり最強のコンビの期待にたがわぬ名ラヴ・ソングと言っていいだろう。

 セカンド・シングルの「いつか/どこか」は小山田圭吾が作詞作曲したファンク・ロック・チューン。ドラムやベースやシンセの音は、「あなたがいるなら」のキーボード同様、往年のR&Bやファンクを思わせるが、歌の後ろのリズム・ギターはどちらかといえばカントリー系、間奏はワイルドなノイズ系で、歌も含めた全体の組み合わせは、ありそうでなかったものだ。
 この曲、 歌声は軽快だが、うたわれていることは、諸行無常の世界。隠遁した老人の思いを先取りするかのような歌に驚く。アルバムではそれは、この曲の次に置かれた“未来の人へ”の内容にもリンクしている。こちらの歌は、自分のアナログ・レコードが遠い未来の誰かに聞かれることを想像する内容だが、その関係はそのまま、いまレコードを聞いている自分とそのレコードの作者の関係にあてはまる。これも坂本慎太郎の作詞だ。
“夢の中で”は夢の深層心理の歌で、漢字の四文字と三文字の熟語が出てくるところは、細細野晴臣や高野寛の初期の作品みたいだなと最初は思ったのだが、探索中という歌詞は、探し物は何ですか、という井上陽水の“夢の中へ”にも通じる。この交錯が意図的でないとすれば、実に興味深いシンクロニシティだ。
 ループが巧みに使われた「Mellow Yellow Feel」にしても、雨の日の気分を一筆書きのように描いた“”The Rain Song”にしても、磨き抜かれた透明感のあるサウンドと最小限の言葉からイメージがどんどん広がっていく。こういう作品では、物語性をはらんだ坂本慎太郎の詞の作風とのちがいもよくわかる。

 他の作品にふれる字数がなくなったが、2010年代の名作として語りつがれていくであろう素晴らしいアルバムの登場を喜びたい。

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野田努

 『ファンタズマ』には、「97年3月にJUST LIKE HONEYという歌を世界中でたったひとり口ずさんだ男だった」と歌う曲がある。彼がかつてサンプリングしたビーチ・ボーイズの曲名と同じ曲名の曲だが、このラインを意訳するとこうなる。「オレは、流行に敏感なだけの男ではない」
 実際、『Mellow Waves』は流行の作風ではない。思えば『69/96』も趣味がよいと言われていた「渋谷系」なるタームへの当てつけのように、絶対に渋谷系的な人たちが嫌うであろうへヴィメタルを「引用」したほどだから、まあ、我こそ最先端というノリには基本アンチであり、むしろ英米の動向への関心が以前よりも落ち着きはじめたのが『ファンタズマ』だった、とぼくは考えている。それでも、1年前に“ガール/ボーイ・ソング”を愛聴していたぼくは、“スター・フルーツ〜”を初めて聴いた瞬間に「エイフェックス・ツインじゃん!」と叫んでしまうことを我慢できなかったということも告白しよう。
 が、しかし、欧米の批評のひとつとしてKeigo Oyamadaを「科学者」に喩える人がいたように、コーネリアスのエレクトロニックな立体音響は、欧米の基準からすれば「緻密」かつ「クリア」で、100mlのメスシリンダーを使って1ml単位も正確に計量するプロセスにおいて完成する精密な何かに見えるのかもしれない。そうした丹念さと同時に、同時代のいかなるロック・バンドよりも、圧倒的に多彩な「引用」と高い「参照性」、巧妙かつ独創的な、そしてポストモダンな「再構築」がその名作の評価の土台となっている。

 それはたしかにそうだが、ぼくがコーネリアスに惹かれる最大の要因は、即物主義と叙情主義との駆け引きの絶妙さにある。“スター・フルーツ〜”においてエモーショナルなのは、歌詞の棒読みのような歌よりも、あの当時のテクノロジー環境としてはおそろしく労力を擁するであろう、過剰にエディットされたドラムンベースだ。あのブレイクビーツを聴いているとき、ぼくは最初はクスっと笑っているが、じょじょにあの曲を作った作者の、表面上からは隠された穏やかなならぬ心情に触れているような気がするのだ。が、同時に、「いや、それは気のせいじゃないだろうか」とも思うのだ。

 1小節のなかにスライスされたビートを詰め込むだけ詰め込んだ“スター・フルーツ〜”とは対照的に、先行シングルとなった“あなたがいるなら”は、マッシヴ・アタックの“エンジェル”を彷彿させるスローモーションの世界で、そのローピッチな、広げられたビートの間隔には魅惑的な沈黙がある。坂本慎太郎による感傷的な歌詞がなかば涙もろい節回しで歌われるわけだが、それら湿り気&古風な表層は並行してミックスされる即物的かつモダンなシンセベースの乾きによって刹那押しのけられ、距離がはかられる。まさにコーネリアス、だ。
 このスローテンポ、そして「あなた」という他者の不在すなわち「未練」が歌われていることは意表を突いているといえば意表を突いているが、“あなたがいるなら”はときにユーモアさえ感じるほど芸が効いているからまだいい。即物的なるモノと叙情的なるモノとのせめぎ合いは、その次の曲、“いつか / どこか”で早くも最高潮を迎える。美しいアルペジオと感情の起伏のない歌い出しとともに挿入されるシンセベースは、別れの歌に洒落た衣装をまとわせ、楽曲への耽溺を制御させる。音楽において我を見失わない態度は(そしてエモさのないヴォーカリゼーションも含めて)、ぼくにはクラフトワークを思わせるのだが、それはコーネリアスが年齢によって定義される音楽ではないことを意味している。

 とにかく、アルバムは目を見張る2曲ではじまる。3曲目以降は、圧倒的なそれら2曲とくらべてしまうと大人しいと感じるかもしれないが、『Mellow Waves』は音も、そして歌も、コーネリアス作品にしては「言葉」も耳に残る佳曲揃いである。悟ったかのように淡々としながらどこか切なさも入り混じった坂本作詞の“未来へ”では、彼は「わたし」が不在の未来を空想している。そのいっぽう“Mellow Yellow Feel”ではサウンドにフォーカスする。「声」と「ギター」が織りなす華麗なミニマリズムの穏やかな幻覚性は、ニック・ドレイクめいたメランコリーの“The Rain Song”にも引き継がれる。Lushのミキ・ベレーニをフィーチャーした“The Spell of a Vanishing Loveliness”は、そうしたはかなさをさっともみ消すような、熟れたギター・ポップだ。小山田圭吾の棒読みヴォーカルとは対照的なメリハリのある歌は、アルバムの切なさに高ぶる空想=裏読みに対して、「いや、なんでもない」と言っているかのようだ。シンプルな8ビートの“夢の中で”はアルバム中もっともキャッチーな曲で、ユーモアが入り混じった歌詞もさることながら、その展開の親しみやすさは、ニュー・ミュージックのようであり、コーネリアスにおいては冗談のようにポップと言えよう……。

 こうしたアプローチは、先述したように本作が流行を気にしていないという話とも繫がる。なるほど大半の曲に見られる裏拍子にアクセントをおくリズムは今日的なベース・ミュージックとリンクするとこじつけられるなくもないが、インターネットが普及し、24時間個人個人がおのおのの欲望にアクセスできる(逆説的には、24時間消費活動を強いられている)現代では、そもそも隣近所も巻き込むような流行(ムーヴメント/トレンド)は起こりづらく、起きたとしても滞空時間も短いだろう。一瞬にして消え、また現れ、また消える。だいたいコーネリアスが参照性の豊富さを武器にしたのは、PCをいじっていればどんなにマニアックなものでも簡単にコピー&ペイスト(物真似が)できる「いま」ではなく、20年以上も「昔」の話なのだ。

 『Mellow Waves』は偉大なアルバムである。そのもっともな理由は、『ファンタズマ』以降の3枚がそうであるように、これと似たアルバムが他にないからである。この2ヶ月、ぼくはコーネリアスについて集中的に考えを巡らせていた。このことを問い詰めていくと、ひとつには、日本人として日本に生まれ音楽的野心抱きながらポピュラー・ミュージックを続けていくことの困難さにぶち当たる。それを思えばコーネリアスはなおのことたいしたものだが、最後にもういちど反復すると、ぼくが彼の音楽にときめきを感じるのは、丹念にデザインされた立体音響とユーモア、そして、結局のところその奥ゆかしい感情表現にあるのだろう。直球にモノを言えない日本人と言われてしまえばそうかもしれないが、しかし……しかし……、だからこそ、絶妙なバランス感覚をもって流暢に展開する“いつか / どこか”は、いまさら誰がやるんだと耳を疑うような、古典的なロック・ギターソロによって破綻する。科学者が設計したパーフェクトなロボットにも涙をこらえきれないときがあるように。

You me - ele-king

FORESTLIMITで聴いて良いと思った曲

RAMZA × TAKCOM - ele-king


Pessim (short film) from takcom™ on Vimeo.


「郊外」という場所が浮かび上がるのは時間の問題だったのかもしれない。

 この20年あまりのあいだにJポップのフィールドが空洞化していくのに並行して、日本各地で勃興したインディペンデントな音楽たち。その背景にはいうまでもなく、郊外のベッド・ルームから直接に作品を発表できるインターネットの普及があった。それはいままでの一極集中だった日本の音楽産業の脱中心化とも呼べる状況を引き起こしたのだけれど、神戸のニュータウン出身のインターネット世代のアーティストの代表格、TOFUBEATSがその素晴らしい最新アルバムでするどく問題提起したように、そうしたゲームのルールの変化を無邪気に祝福する事態でもなくなっているようだ。

 現在インターネットについてゆるやかに共有される「すべてあるようでなにもない」といった感覚は実は、濃密な歴史をもたない郊外やニュータウンについてよく口にされてきた常套句でもある。あらゆるものにイージーにアクセス可能なのに、なにか決定的なものが奪われてしまっている感覚。考えてみれば、インターネットという「場所」は、中心を持たないフラットな空間性、歴史を欠いたデータのカタログ化、フェイクとリアルがごちゃ混ぜになった噂話のエコー・チェンバー……といったいくつかの意味で、郊外という場所をつよく思わせる。郊外のニュータウンもインターネットも、すくなくともその誕生時には未来への夢を仮託されて創りだされたものなのだけれど、どうやらその夢の中身は必ずしも輝かしいものとは限らない、ということらしい。

 映像作家のTAKCOMが監督した『PESSIM』というショート・フィルムは、つまりはそんな郊外をめぐる磁場をすくなからず無意識に共有し、また別の角度から照射しているように思える。知っての通りこの映像作品は、東海地方のアンダーグラウンドなラップ・ミュージックの屋台骨をつくってきたビート・メイカー、RAMZAの同タイトルのファースト・アルバムから生み出された。RAMZAの作品には、エディットされたATOSONEのラップの断片が登場するだけで、アレサ・フランクリンを始めとするソウル・ミュージックのサンプルはあくまで音の断片としてその意味を剝ぎとられている。光根恭平と宮本彩菜をキャスティングし、VFXを抑制的に駆使したTAKCOMのフィルムにも、セリフらしいセリフはなく、ただ「郊外の悪夢」という短いシノプシスが添えられているだけ。両者ともにとても寡黙だ。

 しかし、郊外生まれのふたりの作家が創りだしたふたつの『PESSIM』には、20世紀に形成された日本の郊外という場所に由来する、強烈なイメージがそれぞれ棲みついている。郊外というのは不思議な場所で、各地のそれぞれの違う文脈の中で造形されながら、ひとめで「郊外的」としか言いようのない、なにか共通の感覚を思い起こさせる。その感覚はグローバルなものだ。郊外の風景は世界中どこでもよく似ているから、郊外生まれの人間はまるで移住性の鳥のように、遠く見知らぬ場所にさえデジャヴにも似た郷愁を抱く。都市の構造的にいって、いわばこの世界の人口の大半は郊外をその故郷にしているのだ。

 それにしても「郊外の悪夢」というイメージは示唆的だ。今年のはじめに大きな波紋を呼んだWIRED JAPANの記事「ニーズに死を」のきっかけは、去年の大統領選以降のアメリカの混乱にあるのだけれど、そのディストピアSFよろしくの状況の中心にいるドナルド・トランプは、ニューヨークやカリフォルニアといったリベラルな都市部とは真逆の、ラスト・ベルトと呼ばれる打ち棄てられた中西部の郊外の絶望をその源泉のひとつにしている。イギリスのEU離脱を決めたブレクジットへの賛否のマップにおいても、フランス大統領選で決選投票まで進んだ極右候補マリーヌ・ル・ペンの支持率を表すマップにおいても、各地の郊外はグローバルなリベラル都市への反発の色に染まっていた。現在の世界の反動を突き動かしているのは、リベラルな未来の夢を見続ける先進的な都市群への、置き去りにされた郊外からの復讐に見えなくもない。ここ日本に目をむけるなら、スーパー・パワーとして急成長する中国のそばで、あらゆる客観的な統計がかつてのアジアの経済大国の悲観的な未来を描いている現在、もしかすると「日本の郊外」というよりも「郊外としての日本」というイメージのほうが、これから重要になってくるのかもしれない。

 ゴタクはこれくらいにして、最新の情報をアップデートしておく。7月8日にはいよいよ渋谷WWW LOUNGEに凄腕の面子を集めて東京でのリリース・パーティも発表されたRAMZAの『PESSIM』は、盟友FREE BABYRONIA 主宰のインディペンデント・レーベルAUN MUTEからリリースされ、TOFU BEATSやCE$、FUMITAKE TAMURA(BUN)、ATOSONEなどが惜しみない賛辞を捧げている。コラージュ作家も名乗るRAMZAのアートワークが素晴らしいのでぜひフィジカル盤を手に取ってほしいけれど、反響にこたえてデジタルでの配信も始まった。
 TAKCOMのほうの『PESSIM』は、カルチャー・メディア『HIGHSNOBIETY』でプレミア上映され、最近ではTAKCOMの単独インタヴューも公開されるなど、海外メディアからもじわじわと注目を集めているようだ。プレミアに前後してひっそりとオープンされた公式サイトには、「ビート・サイエンス・フィクショニストは郊外の悪夢を見るか?  Does the Beat Science Fictionist Dream of Suburban Nightmare? 」と題した文章も寄稿させてもらった。モティーフは夢と、サイエンス・フィクションと、そして象徴としての郊外だ。重要なインスピレーションを与えてくれたふたりの作家に感謝する。(泉智)


■ PESSIM SHORTFILM オフィシャル・サイト(JAPANESE & ENGLISH)

https://www.pessim-shortfilm.com/

■ RAMZA 『PESSIM』 RELEASE PARTY 7/8(Sat)渋谷WWW LOUNGE

https://www-shibuya.jp/schedule/007855.php


OPEN/START
24:00 / 24:00
ADV./DOOR
¥1,500 / ¥2,000 (税込 / オールスタンディング)
LINE UP
[Beat live] Ramza / Free Babyronia
[Live] Campanella / Nero Imai / DUO TOKYO
[DJ] 行松陽介 / BUSHMIND / DJ HIGH SCHOOL
TICKET
一般発売日:6/3(土)
e+ / RA / WWW店頭
INFORMATION
WWW 03-5458-7685

Japan Blues - ele-king

 インスピレイション・ソースとしての「日本」は、どうも海の向こうにおいて一部の熱狂的なクラスタを発生させるようだ。たとえばフォレスト・スウォーズもそのひとりだが、ここに紹介するハワード・ウィリアムズのジャポニスムはそれとは比べものにならないほどすさまじい。彼は一昨年、自身の勤め先である〈Honest Jon's〉から浅川マキのコンピレイションを送り出しているが、それ以前にも〈Big Beat〉から平尾昌晃とオールスターズ・ワゴンや寺内タケシとブルージーンズの編集盤をリリースしたり、〈The Trilogy Tapes〉から和モノしばりのミックステープを発表したりしている。このことからも彼がかなりハードコアな日本通であることが窺えるが、じっさいウィリアムズはNTS Radioで日本の音楽に特化したプログラムを担当していて、その3周年を記念すべくリリースされたのが本作『Sells His Record Collection』である。このアルバムでは、彼のレコード・コレクションからサンプルされたと思しき音源と、日本滞在時にフィールド・レコーディングされたという音源が、独特のセンスでエディットされ配置されている。
 正直、アートワークを眺めた時点では嫌な予感しかしなかった。でも、1曲め“The Sun Goddess Steps Out In Old Asakusa”の冒頭で和太鼓の上をライヒのようなミニマリズムが駈け抜けていくのを耳にした瞬間、そんな浅はかな先入観はどこかへ吹き飛んでしまった。重厚な低音とパーカッション(おそらく和楽器)とを巧みに融合させるその手腕はシャクルトンにも引けをとらない。
 波の音からはじまる2曲め“Tepco Shareholder”は、雅楽アンサンブルの直後にグレゴリオ聖歌が放り込まれるなど、びっくりするような展開を見せる。終盤に挿入される「オラ」という音声はたぶん一人称の「おら」なのだろうけど、スペイン語のようにも聴こえるから不思議だ。このような虚を衝くカット&ペーストは本作の全編にわたって試みられており、この「予想の斜め上」を行くエディット・センスこそがアーティストとしてのハワード・ウィリアムズ=ジャパン・ブルーズの最大の武器なのだろう。
 三味線の調べの後に五木の子守唄を接続する“Everything Passes”は、しかし「ねんねいっぺんゆうて 眠らぬやつは」のオチ(「頭たたいて尻ねずむ」)を伝えることはせず、いきなり西洋音階のチャイルディッシュな電子音を挿入してくる。挙句の果てには「口三味線に乗せかけても、乗るような男でない。〔中略〕八右衛門を弄るかい」と近松門左衛門まで呼び出す始末で、もう何がなんだかわからない。こんなふうに次々とシークエンスを切り換えていくのは、「すべては過ぎゆく(Everything Passes)」ということのはかなさを表現するためなのだろうか。
 4曲めの“The Land Of The Gods Under Concrete”は尺八の独奏からはじまって、なぜかダウンテンポなビートを経由し、そのままパーカッシヴな局面へと突入する。が、その直後にリスナーはどこかの市場へと連れ込まれ、「100円100円100円ひゃくえええーん」と声を張る客引きに引き合わされることになる。出し抜けに乱入してくるジャズのコードに驚いていると、親切な女性の声が天から降ってきて「足元にご注意ください。電車とホームの間が広く空いております。出口は左側です」と丁寧なアドバイスを授けてくれるのだけれど、ふと気がつけば眼前にはふたたびパーカッシヴな風景が広がっている。
 最終曲“Yakuza No Uta”の元ネタは舛田利雄の映画『やくざの詩』(1960年)の主題歌で、その発音のしかたからサンプリングではなくウィリアムズ本人が歌っているものと思われるが(オリジナルの歌唱は小林旭)、そのヴォーカルは過剰なまでに加工されており、背後で鳴り響くドローンと相まってなんとも不穏な雰囲気を形成している。
 このように、このアルバムのユニークさを担保しているのは何よりもまずウィリアムズ自身のエキセントリックなエディット感覚なのだけれど、そこに素材それぞれの持つ記号性が加わることで、あまりにも奇妙なサウンドスケープが構築されている。この居心地の悪さ、気味の悪さはちょっと他に類を見ないというか、余人にはとうてい真似できない芸当で……などと感じてしまうのは、きっとわれわれが日本に暮らしているからなのだろう。(こちらから見れば)歪んだ(しかし向こうから見ればストレートな)日本像によって紡ぎ出される本作の異様なムードは、文化的素材としての「日本」だけでなく、それを生み出したこの国の歴史や社会をも的確に表現してしまっているのかもしれない。つまり、ふだんは意識していないかもしれませんが、「外」からの視点を参照して改めて眺めてみると、やっぱり日本ってとっても奇っ怪な国なんですよ、と、いまにも共謀罪が成立してしまいそうな夜半に書き添えておく。

Cornelius - ele-king

 いよいよ来週末(6月24日)、新作『Mellow Waves』をリリースするコーネリアスの大特集号が、今週末(6月17日)、別冊ele-kingとして刊行されます。
 本年度の最重要作品=『Mellow Waves』についてはもちろんのこと、コーネリアスほぼ全作品のクロスレヴュー、小山田圭吾の半生を語る超ロング・インタヴュー、貴重なたくさんの写真……、また、坂本慎太郎、高橋幸宏、SK8THING、本田ゆか、宇川直宏ら、親しいアーティストたちの証言インタヴューなど、かなり盛りだくさんの内容になりました。
 コーネリアスが日本の音楽の水準を上げたことは間違いないのですが、『JAPAN TIMES』の音楽欄に寄稿するイギリス人ジャーナリストのイアン・F・マーティンによるコーネリアス分析、来年コーネリスの本を海外で出版するアメリカのアカデミシャン、マーティン・ロバーツによる論説も、グローバルな視点でみたときの日本の音楽を知る上でも手がかりになるであろう、読み応えのある内容となっています。
 『Mellow Waves』は、コーネリアスにしか作れない音響による、美しくメロウな作品ですが、(日本の)音楽にさらなるエネルギーを呼び込みうる起爆剤でもあります。音に耳を澄ませて下さい。そして願わくば、『コーネリアスのすべて』を手にとって下さい。
 

■特集:コーネリアスのすべて
 その生い立ちから初めてザ・スミスを聴いた夜、小沢健二との出会い、フリッパース・ギター解散からコーネリスへ、そして『ファンタズマ』から新作『Mellow Waves』へ、その半生を語る超ロング・インタヴュー。初めて公開する幼少期の家族写真、中高時代など、貴重な写真も多数掲載な……、
 11年ぶりの新作『Mellow Waves』をリリースするコーネリアスを大特集!

■contents
小山田圭吾ロング・インタヴュー 北沢夏音/野田努/松村正人
『Mellow Waves』クロスレヴュー 松村正人、野田努、宇野維正
対談:小山田圭吾×坂本慎太郎「求め合う音と言葉」

INTERVIEWS
瀧見憲司「狂えるスタイルとコーネリアスの関係」
辻川幸一郎「音楽に感応する映像」
中村勇吾「ロジックを絵筆にカタチをつくる」
宇川直宏「ハイテクノロジー・ブルース~90年代以降の映像と音楽の実験史」
イアン・F・マーティン「クール・ジャパンとウィアード・ジャパン」
本田ゆか「コーネリアスのユニバーサルランゲージ」
SK8THING「併走する感覚」
高橋幸宏「もしかしたら売れるかもしれない」

コラム
三田格「乾いた孤独 The90’s and Cornelius」
松村正人「キュレート・オア・エディット」
畠中実「音響作家小山田圭吾」
マーティン・ロバーツ「メロウどころじゃない 『ファンタズマ』以降のコーネリアス」
ジョシュ・マデル「コーネリアスのアザー・ミュージック」

コーネリアス ディスク・ガイド
天井潤之介/磯部涼/宇野維正/小川充/小野島大/河村祐介/杉原環樹/デンシノオト/野田努/松原裕海/松村正人/村尾泰郎/矢野利裕/吉田雅史/与田太郎/吉本秀純

BIOGRAPHY
小山田圭吾略年譜

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