Home > Reviews > Album Reviews > Shackleton & Vengeance Tenfold- Sferic Ghost Transmits
すでにいくつかの名作と呼ぶべき仕事を残しているシャクルトン。これまでのその歩みを踏まえた上で彼はいま、いったいどんな試みを呈示してくるのか――次に進もうとするアーティストにとって、それまでの自身の履歴が枷として機能する場合があることは想像に難くない。前作から半年という短いスパンで届けられたシャクルトンの新作は、これまでも彼の作品に参加してきたスポークンワード・アーティスト、ヴェンジェンス・テンフォルドとの共同名義で発表された。はたしてシャクルトンはいま、自身の輝かしい履歴とどう向き合っているのだろう?
彼は00年代半ば、〈Skull Disco〉時代に最初のピークを迎えている。ダブステップ全盛の頃に頭角を現し、実際にそのシーンにもコミットしていたシャクルトンだが、しかしその音楽はダブステップという枠組みを大きく逸脱するものであった。その間口の広さは例えば、ダークなサウンドとは裏腹にコミカルな雰囲気を醸し出していた一連のアートワークからも窺える。おそらくシャクルトン自身はことさらダブステップを志向していたわけではなく、彼の野心的な試みがたまたま当時ダブステップというフォーマットと親和性が高かったというだけなのだろう。だからこそ“Blood On My Hands”はリカルド・ヴィラロボスという「他者」を呼び込むことに成功したのである。
そのヴィラロボスによるリミックスを契機に、彼の特異なベース・ミュージックはベルリン・ミニマルと邂逅することになる。シャクルトンは2009年に〈Perlon〉から『Three EPs』をリリースしているが、ハルモニア&イーノのぶっ飛んだリミックスもこの年で、これが彼の2度目のピークにあたる。その後、〈Honest Jon's〉から出たピンチとの共作で少し異なる方向性を模索したシャクルトンだが、続いて彼は「これでシャクルトンも落ち着くのか」と思い込んでいたリスナーの度肝を抜く『Music For The Quiet Hour / The Drawbar Organ EPs』(2012年)を発表する。アフロ・パーカッションだけでなく鍵盤打楽器やオルガン・サウンドを取り入れたこの大作で彼は、アフリカ音楽とミニマル・ミュージック(ヴィラロボス的なそれというよりは、テリー・ライリーやスティーヴ・ライヒ的なそれ)のエッセンスを吸収した独自のスタイルを築き上げた。これが彼の3度目のピークで、そのスタイルを踏まえつつそこに大々的に「声」という要素を付加してみせたのが、オペラ歌手を招いて制作された前作『Devotional Songs』だと言えるだろう。そして、そのような尖鋭的な試みの最新の成果として世に放たれたのが、本作『Sferic Ghost Transmits』である。
冒頭の“Before The Dam Broke”からかましてくれる。カリンバとガムランのコンビネイションに誘惑され、美しいコーラスとテンフォルドの音声案内に導かれながらおそるおそる霧の立ち込める森の中へと分け入ったリスナーは、唐突に不思議なリズムのパーカッションと遭遇し、この音響空間が此岸からかけ離れた世界であることを察知する。ここは現実なのか?――「Pray for the real world」という意味深なフレーズ(もしかしたら2016年というエポックのことが念頭に置かれているのかもしれない)が反復される頃には時すでに遅く、リスナーはもう元いた場所に引き返すことができなくなっている。
分節された音声やら素朴なオルガンやらガムランやらがトライバルなパーカッションをバックにせわしなく通り過ぎてゆく“Dive Into The Grave”や、もはやカリンバなのかガムランなのか区別がつかないくらいに高音が錯綜する“Five Demiurgic Options”もすさまじい。ライヒ的ミニマリズムとコーラスのかけ合いから始まり、キャッチーなベースのループを経てパーカッシヴなフェイズへと突入、最終的にはアブストラクトなムードで幕を下ろす大作“Sferic Ghost Transmits / Fear The Crown”も圧巻としか言いようがない。
トライバルなパーカッション、蛇行するベースライン、鍵盤打楽器によるライヒ的ミニマリズム、その間隙に挿入されるスポークン・ワードやコーラス、オルガン――各々のエレメントそれ自体はすでにこれまでのシャクルトンの作品で採用されていたアイデアではあるが、このアルバムではそれらすべての要素が想像しうる最高の形態で有機的に共存させられている。
シャクルトンはいま、自身の履歴との闘争に勝利した。これほど壮烈な作品を新たに自身の履歴に刻んでしまった彼は、これからいったいどのような道を突き進んでいくのだろう? いまからもう次作を聴くのが恐ろしくなってきている。
小林拓音