「PIL」と一致するもの

Ryuichi Sakamoto - ele-king

 坂本龍一のソロ楽曲を集めたコンピレーション『Travesía』(英語で「journey」の意)が〈Milan Records〉からリリースされている。〈Milan〉といえば、これまで海外で坂本の『async』や『ASYNC - REMODELS』などをリリースしてきたUSのレーベルだ。
 キュレイターは映画監督のアレハンドロ・イニャリトゥ。『レヴェナント: 蘇えりし者』で共同作業をした際に、今回の選曲を依頼されていたという。当初はイニャリトゥ自身の誕生日のためのコレクションになるはずだったが、坂本の逝去を受け彼の回顧録として公開。収録されているのは下記の20曲。フィジカルでも2CD盤(RZCM-77722A)、2LP盤(RZJM-77720A)が5月3日に発売されている。

Travesía
Tracklist:
01. Thousand Knives
02. The Revenant Main Theme (Alva Noto Remodel) *未発表音源
03. Before Long
04. Nuages
05. LIFE, LIFE
06. Ma Mère l’Oye
07. Rose
08. Tokyo Story
09. Break With
10. Blu
11. Asadoya Yunta
12. Rio
13. Reversing
14. Thatness and Thereness
15. Ngo/bitmix
16. +Pantonal
17. Laménto
18. Diabaram
19. Same Dream, Same Destination
20. Composition 0919

Milan公式サイト:
https://www.milanrecords.com/release/travesia/
commmonsmart:
https://commmonsmart.com/collections/compilations

 そしてもうひとつ、最新情報をお知らせしておこう。坂本龍一のマネージメント・チームにより彼の「最後のプレイリスト」が公開されている。自身の葬儀でかけるために生前、坂本本人が選曲していた33曲のコレクションで、バッハやラヴェル、ドビュッシーといった彼のルーツにあたる曲からデイヴィッド・シルヴィアンアルヴァ・ノトのような彼のコラボレイターたちの曲までをピックアップ。最後はなんとローレル・ヘイローで締められている。同時代の音楽への関心を失わなかった坂本らしいプレイリストだ。

Jessy Lanza - ele-king

 フットワークからYMOまで、前作で独自の折衷センスを聴かせたシンセ・ポップ・アーティスト、ジェシー・ランザ。Yaejiとの全米ツアーを終えた彼女の新作情報が解禁されている。『Pull My Hair Back』(13)『Oh No』(16)『All The Time』(20)につづく4枚目のアルバムが〈ハイパーダブ〉より7月28日 (金) にリリース。CD、LP、ストリーミング/デジタル配信で世界同時発売とのこと。現在UKGを取り入れた新曲 “Midnight Ontario” が公開中だ。アルバムへの期待が高まります。

JESSY LANZA

ハイブリッドなR&Bスタイルでシーンを牽引!
ジェシー・ランザによる最高傑作が誕生!
最新アルバム『Love Hallucination』
7月28日リリース
新曲「Midnight Ontario」をMVと共に解禁!

卓越したセンスとスキルによって構築されたハイブリッドなスタイルで、FKAツイッグスやグライムス、ケレラらと並び、インディーR&B~エレクトロポップ・ファンからの支持を集めるジェシー・ランザが、最新アルバム『Love Hallucination』のリリースを発表! あわせて新曲「Midnight Ontario」をMVと共に解禁! アルバムは7月28日に発売される。

Jessy Lanza, Midnight Ontario
https://youtu.be/BHt2RXRKCSE

『Love Hallucination』で、ジェシー・ランザはソングライター兼プロデューサーとして完璧な采配を振っている。当初は他のアーティストたちのために曲作りをしていたが、自分のスタイルを屈折させたり実験したりすることに解放感を感じ、実験する過程に自由を感じ、書きためてあったトラックを書き直し、最終的に自分の作品のためにレコーディングすることを決断した。本作のためにジェシーはスタジオでのスキルをレベルアップさせ、自身のサウンドを再構築している。高い評価を受けた2021年の『DJ Kicks’ Mix Series』の足跡をたどるクラブサウンドの曲から、ダウンビートでなまめかしい曲まで、プロダクションスキルと四方八方に広がるエネルギーを駆使して冒険している。

今まで、あけすけにオーガズムを扱ったりサックスを演奏したりしたことはなかったけれど、『Love Hallucination』ではそれがしっくりきた - Jessy Lanza

本作では、その瞬間の自分自身を信じるというテーマが、作品を前進させる大きな力になっている。直感に重点を置いた『Love Hallucination』は、恋に惑わされながら、たとえ納得できるまで時間がかかろうと、自分の感性を最後まで信じる強い意志で完成させた作品である。

『Love Hallucination』では、2013年リリースのデビュー作『Pull My Hair Back』のまだ荒削りなアプローチから、『DJ-Kicks』で見られたエネルギッシュなサウンドまで、まるで彼女の成長を一つにまとめたかのような集大成的作品であり、新たな才能の開花を示す作品とも言える。

オープニング曲「Don't Leave Me Now」、ジャック・グリーンと共同制作した「Midnight Ontario」、テンスネイクことマルコ・ニメルスキーと共同制作した「Limbo」など、生の感情をダイレクトかつパーソナルに歌い上げるアルバムであることがわかる。またジェシーは、ロンドンでピアソンサウンドとして知られるデヴィッド・ケネディーとも仕事をし、プロダクション面やクラブ向けの洗練されたアレンジで楽曲を強化するのに貢献している。他には、ジェレミー・グリーンスパンと共同制作した「Big Pink Rose」「Don't Cry On My Pillow」「Drive」「I Hate Myself」、そしてポール・ホワイトと共同制作した「Casino Niagara」や「Marathon」が収録されている。『Love Hallucination』は、ジェシー・ランザにとってこれまでで最も野心的なアルバムであり、メッセージ性と完成度においても間違いなくキャリア最高傑作と言える。

ジェシー・ランザの最新アルバム『Love Hallucination』は、CD、LP、デジタルで7月28日 (金) に世界同時リリース。CD、LP、ストリーミング/デジタル配信で世界同時リリース。国内流通仕様盤CDには、解説書と歌詞対訳が封入される。

label: Hyperdub
artist: Jessy Lanza
title: Love Hallucination
release: 2023.07.28

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13397
Tracklist
01. Don’t Leave Me Now
02. Midnight Ontario
03. Limbo
04. Casino Niagara
05. Don’t Cry On My Pillow
06. Big Pink Rose
07. Drive
08. I Hate Myself
09. Gossamer
10. Marathon
11. Double Time

R.I.P. Mark Stewart - ele-king

文:野田努

「彼らはついに、変化とは、改革を意味するものでも改善を意味するものでもないことに気がつくだろう」——フランツ・ファノンのこの予言通り、世界は変わらなくていいものが変えられ、変わって欲しいものは変わらない。憂鬱な曇り空に相応しい訃報がまた届いた。その少し前にはジャー・シャカの訃報があり、今朝はマーク・スチュワートだ。いったい、坂本龍一といい、シャカといいマークといい、あるいは昨年から続いている死者のリストを思い出すと、勇敢な戦士たちがあちら側の世界に招かれている理由がこの宇宙のどこかに存在しているのではないかという妄想にとらわれてしまう。ファノンはまた、「重要なのは世界を知ることではない、世界を変えることだ」と言ったが、その意味を音楽に込めた人がまたひとりいなくなるのは、胸に穴が空いたような気分にさせるものだ。

 一般的に言えばマーク・スチュワートは、ブリストル・サウンドのゴッドファーザーだが、10代半ばのぼくにとってはファンクの先生だった。ジェイムズ・ブラウンが発明し、白いアメリカで生きる黒い人たちから劣等感を削除し前向きな自信を与えたこの決定的な音楽の語法を、ザ・ポップ・グループというバンドはパンクの文脈に流し込んだ。それだけでもどえらいことだが、ブリストルという地政学のなかで生まれたこのバンドは、実験音楽であると同時に脳内をふっとばす低音ダンス音楽でもあり、当時UKで起きていた移民文化にリンクするダブという概念もそこに混ぜ合わせたばかりか、さらにまたそこに、60年代のポスト・コルトレーンから広がる炎の音楽=フリー・ジャズにも手を染めていたのだった。

 カオスとファンクとの結合に相応しいそのバンドのディオニソスこそ、マーク・スチュワートに他ならなかった。彼らが標的にしたのは、資本主義であり植民地主義だったが(残念ながらいまや重要なトピックとなっている)、こうした政治的主張と音楽との融合において、最高にクールで、圧倒的に迫力があり、創造的で快楽的でもあったロック・バンドがいたとしたら、彼らだった。

 ザ・ポップ・グループとしてのずば抜けた3枚を残し、マークはザ・マフィアを名乗ってからもその手を緩めなかった。エイドリアン・シャーウッドとダブ・シンジケートのメンバーといっしょに録音したシングル「Jerusalem」(1982)とアルバム『Learning To Cope With Cowardice』(1983)は、〈ON-U Sound〉がダブの実験において、どこまでそれをやりきれるのかという、もっともラディカルな次元に没入していた時代の輝かしい記録である。サウンド・コラージュとダブとの境界線を曖昧にし抽象化した “Jerusalem” 、奈落の底から立ち上がるアヴァンギャルド・ゴスペル・ルーツ・ダブの名曲 “リヴァティ・シティ” はここに収録されている。

 新しい音楽のスタイルの出現をつねに肯定的に捉えていたマークが、ヒップホップを無視するはずがなかった。ザ・マフィアを経てソロ名義になった彼が最初に発表した、傑出したシングル「Hypnotized」と 『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade(民主主義というヴェイルに包まれた時代が終わりを告げようとしているとき)』(1985)は、オールドスクール・ヒップホップの拠点から、シュガーヒル・ギャングの主要バックメンバー3人を引き抜いての制作で、これらはシャーウッドのダブの新境地によってインダストリアル・サウンドのルーツにもなった。

 このように、マークや〈ON-U Sound〉系の音楽にすっかり魅了されたファンの度肝を次に抜いたのは、1987年の決定的なシングル盤「This Is Stranger Than Love」だった。エリック・サティにはじまり、粒子の粗いヒップホップ・ビートがミックスされるこの曲には、90年代のブリストルを案内することになるスミス&マイティが参加し、のちのちトリップホップの先駆的1枚としても認定されている。

 この頃、マークはハウス・ミュージックへの共感を示していた。じっさい、1990年にリリースされた『Metatron』に収録された「Hysteria」は、都内のテクノ系のパーティでもよくかかっていたし、1993年に初来日した際のステージは、その数年前まではダンス・ミュージックのヒットメイカーだったアダムスキーとふたりによるパフォーマンスだった。渋谷のオンエアーのステージに登場し、あの大きな身体を豪快にゆらしながらあちこち動き回り、胃袋のそこから鳴らしているかのような彼の独特のヴォーカリゼーションを、ぼくの記憶から消そうたって無理な話である。

 個人的な思い出を言うなら、もうひとつある。1999年の話だが、ぼくはロンドン市内の図書館に隣接した、コーヒー一杯1ポンドほどの食堂で、マークと待ち合わせて、会って、話を聞いたことがある。これにはいくつかの不安と驚きがあった。携帯が普及する以前の話なので、彼に指定されたその場所に、時間通りにほんとうに彼が来てくれるのか、行ってみなければ確認のしようがなかった。また、ぼくに言わせれば、自分のスーパーヒーローのひとりが、日本からダブについての話を聞きに来ただけの(つまり、彼の作品のプロモーションでもないでもない)小さなメディアのために、ブリストルという地方都市からわざわざロンドンまで来てくれるのかという心配も、じゅうぶんにあった。だいたいこういう場合は、せめてそこそこ気の利いたレストランでおこなうというのが、ひとつの作法のようなものとしてある。しかしカネのない学生同士が待ち合わせるようなその広い場所に、マークはぼくよりも先に来て、ひとり、どこにでもあるような丸いテーブルのイスに腰掛けていた。

 これは奇遇としか言いようがない。先日亡くなったジャー・シャカの話も、そのときマークから嫌というほどされた。〈ON-U Sound〉における実験旺盛な時代の(マークにとっての)重要な影響源のひとつは、ジャー・シャカだった。ぼくは幸運なことに、1992年と1993年にロンドン市内の公民館で開催されていたシャカのサウンドシステムを経験していたので、マークの話にすっかり納得した。なるほどたしかに、ロンドンにおけるシャカのシステムは、それ自体が実験的といえるほど、あり得ない低音とあり得ない音のバランスで、原曲をまったく別のものにしていたのである。

 彼の長いキャリアのなかで、ぼくにしてみれば、出さなければ良かったのにと思った作品もある。何年か前に、再結成したザ・ポップ・グループとして来日したこともあったが、いくらそこで往年の代表曲を演奏しようとも、初来日におけるアダムスキーを従えてのよれよれのライヴのときの異様な緊張感を味わうことはなかった。が、そう、しかそれもいまとなっては贅沢な話なのだ。

 マーク・スチュワート、ザ・ポップ・グループ、ザ・マフィア、これらの影響力はものすごいものがある。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドどころか、バースデー・パーティ(ニック・ケイヴ)のようなバンドだって、あのディオニソスがいなければ違ったものになっていただろう。

 フランツ・ファノンは、「抑圧された人たちは、つねに最悪を想定する」と言ったが、マークは逆で、未来に対して楽観的だった。新しいもの、若い才能をつねに褒め称え、あれだけ深刻な社会問題を取り上げてきたのに関わらず、よく笑う、あの豪快な佇まいの彼には、根っからの楽天性があった。いまぼくはそれをがんばって思い出そうとしているが、地のはるか暗い底から、ダブのベースとファンクの力強いリズムをともなって、彼の絶叫が呪いのように聞こえてくるのである。



文:三田格

 坂本龍一が83年に初めてラジオのレギュラー番組を持った「サウンドストリート」の第1回目を聞いていたら、『B2~Unit』を録音しているスタジオにスリッツのメンバーが毎日遊びに来るんだよと話している箇所があった。そして、お気に入りだというスリッツの曲をかける際に「ザ・ポップ・グループの兄弟バンド、いや、姉妹バンドです」と紹介し、ザ・ポップ・グループについてはなんの説明もなかった。第1回目の放送にもかかわらず、彼のラジオを聞いているリスナーはザ・ポップ・グループのことは知っていて当たり前といった雰囲気だった。ザ・ポップ・グループはその前年、セカンド・アルバムがリリースされると急に音楽誌で持ち上げられ、当時、大学生だった僕は波に乗ろうとする大人が大挙して現れたような気がしてしょうがなかった。ファーストに比べて明らかにフリーキーなセンスは薄まり、様式化が進んでいるというのに唐突に興奮し始めた大人たちの言動はどうにもナゾで、あの時のイヤな感じは40年経ってもいまだに身体から抜けてくれない。「ザ・ポップ・グループ」というネーミングがあまりにアイロニカルだったせいで、それはなおさらグロテスクに感じられ、資本主義的な文脈でアノニマスを気取ったネーミングはそれ自体がポップ・アートになっているという印象を倍増させる効果まであった。当時の音楽メディアがシーンを取り囲んでいた状況はXTC“This Is Pop”やPIL“Poptones”といったタイトルにも滲み出し、キング・オブ・ポップがトップに立つ日もすぐそこに迫っていた。ポップはもはや社会をテーマとして表現されるタームではなく、コマーシャリズムという姿勢に取って代わり、そのことに無自覚ではいられなくなった制度そのものを彼らは名乗っていたのである。消費主義が勢いを増す80年代の入り口でポップを対象化できなければ表現者の主体性が失われるという不安や焦燥をザ・ポップ・グループというネーミングは見事に集約していた。さらにセカンド・シングル“We Are All Prostitutes(私たちはみな金銭のために品性を落とす売春婦だ)”というタイトルはさすがに言い過ぎだと思ったけれど(いまだに少し抵抗がある)、ポップ・ミュージックをやるためにそこまで考えなければいけないのかという状況について認識できたことは大きかった。また、ザ・ポップ・グループについて何かを考えることはただの大学生でしかなかった僕が平井玄さんや粉川哲夫さんといった思想家たちと深夜ラジオで議論ができるパスポートになったことも僕にとっては少なからずだった。

 多大なインパクトを伴って現れたザ・ポップ・グループは、しかし、あっという間に解散してしまった。ザ・ポップ・グループはすぐにもピッグバッグとリップ・リグ&パニックに分かれてマテリアルやジェームズ・ブラッド・ウルマーといったフリー・ファンクの列に加わり、“Getting Up”や“You're My Kind Of Climate”がその裾野を大いに広げてくれたものの、マーク・ステュワートだけがどこかに消えてしまった。ザ・ポップ・グループが不在となった81年は僕にはパンク・ロックから続く狂騒が少し落ち着いたように感じられた年で、地下に潜った動きやドイツで始まった新たな胎動にも気づかず、個人的には音楽に対する興味が少し薄れた時期でもあった。日本では「軽ければ正義」といった風潮が蔓延し始めた時でもあり、TVをつければホール&オーツやシーナ・イーストンばかり流れていた。これが。しかし、82年になると様相が一変する。「破壊」と「創造」が必ずセットで訪れるものならば、82年はパンクによって破壊されたポップ・ミュージックが見事に再構築を成し遂げた年だと思えるほど、あらゆる場面に力が漲っていた。アソシエイツやキュアー、スクリッティ・ポリッティにファン・ボーイ・スリーと数え切れないアイディアが噴出し、それぞれが持っていた独自のヴィジョンはニュー・ロマンティクスから第2次ブリティッシュ・インヴェンジョンへと拡大していく。リップ・リグ&パニックやピッグバッグが先導したブリティッシュ・ファンクはディスコ・ビートとあいまってその原動力のひとつとなり、ナイトクラッビングがユース・カルチャーのライフスタイルとして完全に定着したのもこの時期である。ほんとに何を聞いても面白かった。ひとつだけ不満があるとしたら、それはダブの可能性が思ったほど翼を広げなかったことで、フライング・リザーズやXTCのアンディ・パートリッジによるソロ作など、ダブをジャマイカの文脈から切り離して独自の方法論に持ち込むプロデューサーが期待したほどは増えなかったこと。ダブよりもファンクというキーワードの方が大手を振るっていたというか。マーク・ステュワートがマフィアを率いて“Jerusalem”を投下したのはそんな時だった。

 83年に入ってすぐに輸入盤が届いた“Jerusalem”は祭りに投げ入れられた石のようだった。さらなる興奮を覚えた者もいれば、白けて避けてしまった者もいたことだろう。“Jerusalem”はジャケット・デザインがまずはザ・ポップ・グループと同じ刺激を回復させていた。紙を折りたたんだだけのジャケットもラフで無造作なら、引っ掻き傷のような文字はナイトクラッビングやニュー・ロマンティクスとは異なる文化の健在を表していた。ザ・ポップ・グループが放っていたヴィジュアルと言語による挑発はすべてマーク・ステュワートによるものだったと再確認させられた瞬間でもあり、“Jerusalem”やカップリングの““Welcome To Liberty City””などインダストリアル・ミュージックとダブをダイレクトに結びつけたサウンドは鮮烈のひと言で、カリブ海を遠く離れたダブ・サウンドがポップ・ミュージックの再構築ではなく「パンクの再定義」と評されたのもなるほどだった。様式化されたパンクやマイナー根性に支配されたアンダーグラウンドとは異なり、不遜で広く外に開かれた攻撃性はそれこそパンク直系であり、アソシエイツやスクリッティ・ポリッティに覚えた興奮とは異なる次元が存在していたことを一気に思い出させてくれた。パンク・ロックに触発された言説に「誰でも音楽ができる」というワン・コード・ワンダーとかスリーコード万能論のようなものがあり、その通りチープな音楽性が勢いづくという局面が当時から、あるいは現代でも少なからず存在している。それとは逆にパンクが高度な音楽性と結びついてはいけないというルールがあるわけもなく、パンクがトーン・ダウンした時期にファンクやジャズをパンクと結びつけたのがザ・ポップ・グループだったとしたら、マーク・ステュワート&マフィアは同じくそれをダブやレゲエと結びつけ、もう一度、同じインパクトまで辿り着いたのである。それはやはり並大抵のクリエイティヴィティではなかった。追ってリリースされたファースト・アルバム『Learning To Cope With Cowardice』ではさらにその方法論が縦横に展開されていた。どれだけテープを切ったり貼ったりしたのか知らないけれど、“To Have A Vision”や“Blessed Are Those Who Struggle”の目まぐるしさは格別だった。

 90年代に入ってからマーク・ステュワートがアダムスキーを伴って来日し、ボアダムズなどが出演するイヴェントで前座じみたステージやったことがあった。アダムスキーというのはレイヴ初期にコマーシャルな夢を見たスター・プロデューサーの1人で、レイヴがヒット・チャートとは異なるオルタナティヴな磁場を独自に切り開いた頃にはバカにされて放り出された存在だった。マーク・ステュワートとアダムスキーというのは、つまり、水と油のような組み合わせだったのに、これがそれなりに泥臭いテクノとしてまとまったステージを成立させていた。『Learning To Cope With Cowardice』やその後のソロ・アルバムでもそうなんだろうけれど、マーク・ステュワートのサウンドはおそらくエイドリアン・シャーウッドの力によるところが大きく、マーク・ステュワートという人は自身のアイデンティティと音楽性がそれほど強くは結びついていないのだろう。シンセーポップかと思えばニュービートとあまりに節操がなく、サイレント・ポエッツにザ・バグと交際範囲も度を越している。彼にとって大事なことは極左ともいえるメッセージを伝えることであり、イギリスでは活動家と認識されるほど明確に権力と対峙することで、確か自分のことをジャーナリストと呼んでいた時期もあった。とはいえ、彼はやはりヴォーカリストだった。目の前でマイクを握りしめていた時の存在感は圧倒的で、彼の声には独特の張りがあり、彼が敬愛していたらしきマルカム・Xに通じるカリスマ性も申し分なかった。

 ある時、インタビューを始めようと思ったらマーク・ステュワートに「腕相撲をしよう」と言われて彼の手を思いっきり握ったことがある。当たり前のことだけれど、彼の手は暖かく、少しがさがさとしていて分厚かった。あの手に二度と力が入らないと思うとやはり悲しく、どうして……という気持ちにならざるを得ない。R.I.P.

Boris - ele-king

 去る2022年、30周年記念アルバム『Heavy Rocks』をリリースしたBoris。同作を引っ提げたツアーは北米、オーストラリアをめぐり終え、今月末からは欧州ツアーがはじまる(最終日は6月8日、スペインのプリマヴェーラ・サウンド)。それに先がけ、昨年LAおよびサンフランシスコでおこなわれたパフォーマンスの映像が公開されている。チェックしておきましょう。

Optimo Music - ele-king

 昨年は日本の実験的な音楽のコンピレーションを手がけていた〈オプティモ〉の創設者JDトゥウィッチだが、今度はアナーコ・パンクの伝説クリス・ロウとタッグを組み、まさにアナーコ・パンクのコンピを編纂している。題して『Cease & Resist - Sonic Subversion & Anarcho Punk In The UK 1979​-​86』、クラスやチャンバワンバ、ポイズン・ガールズ、オランダのジ・エックスなど18曲を収録。2LP使用で、詳細なライナーノートやエッセイなどを含む6ページのポスターが付属するとのこと。
 すべての収益はスコットランドの海軍基地ゲートで反核の運動を実践しているファスレーン・ピース・キャンプ、およびスコットランド核軍縮キャンペーン(Scottish CND)に寄付される。リリースは5月12日だが、一部のヴァイナルは4月7日に先行販売されるようなので、バンドキャンプをチェックしておきましょう。

artist: Various
title: Cease & Resist - Sonic Subversion & Anarcho Punk In The UK 1979​-​86
label: Optimo Music
release: May 12th 2023

tracklist:
01. Zounds - Can't Cheat Karma
02. Honey Bane - Girl On The Run
03. Crass - Bloody Revolutions
04. Annie Anxiety - Hello Horror
05. Flux Of Pink Indians - Tube Disasters
06. Andy T - Death Is Big Business
07. Poison Girls - Underbitch
08. Alternative - Anti-Christ
09. The Cravats - Rub Me Out
10. The Apostles - Mob Violence (unreleased original studio version)
11. Lack Of Knowledge - We're Looking For People
12. The Hit Parade - Here's What You Find In Any Prison
13. Hagar The Womb - Idolisation
14. Alternative TV - The Force Is Blind
15. Chumbawamba - Revolution
16. The Ex - Ay Carmela
17. D&V - Conscious (Pilot)
18. The Mob - No Doves Fly Here (unreleased original studio version)

interview with Sleaford Mods - ele-king


Sleaford Mods
UK GRIM

Rough Trade / ビート
※ウィットに富んだ歌詞対訳付き

RapElectronicPost Punk

beatink.com

 いまのぼくがスリーフォード・モッズを愛し聴いているのは、UKの労働者階級に特別な共感があるわけでもなければ、今日のUKの政治的惨状を理解しようと思っているからでもない。そんなこと知ったこっちゃないし──というか、このおよそ10年ほどの我が国たるや、UKのことを案じるほどの余裕をかましている場合ではないのだ。ここ日本から見たら英国なんて腐っても英国であってはるか天上。かつてザ・クラッシュが歌ったセリフを借用して返してやろう。あんたら英国が悲惨だとしたら俺ら日本はどうなるのかと。
 ぼくのスリーフォード・モッズへの愛は、パンクへの愛だ。パンクの魅力のひとつはウィットに富んでいることにあるが、スリーフォード・モッズにはウィットがある。ウィットというのは “賢くて面白い” ことで(つまりバカにウィットはない)、セックス・ピストルズはウィットの塊だった。これにぴったり意味の合う日本語はおそらくないが、忌野清志郎にはウィットがあった。もちろん優れたブラック・ミュージックには優れたウィットの使い手が数多く存在し(その代表をいまひとり挙げるならジョージ・クリントンで、ぼくはサン・ラーもウィットの名人だと思っている)、一流のウィット使いはメタファーやダブル・ミーニングを巧みに多用する。スリーフォード・モッズのジェイソン・ウィリアムソンもメタファーとダブル・ミーニングの達人だ。『UK GRIM』=「悲惨なUK」もしくは「UKグリム(グリム童話、狼=資本主義に襲われる赤ずきんちゃん=庶民)」、あるいはまた、 “GRIM” に “E” を足して「グライム=汚れ」。
 スペシャル・インタレストもそうだが、パンク・ロックはそして、最悪な社会状況をネタにしながら最高にクールな音楽がこの世界にはあるという夢のある話をいまも保持している。深刻な現実があってタフな人生がある、が、それに打ち勝つことができるかもしれないという素晴らしい可能性、自分が自分自身であることを強調し(だからこの音楽は早くから女性や性的マイノリティに受けた)、この社会のなかで生きることを励ます音楽、それがパンクでありスリーフォード・モッズの本質である。
 というのも、彼らはマイブラやブラーやレディオヘッドよりも若いのに、彼らだけが “中年” と言われ続けている(ビートインクの過去の宣伝文句を参照されたし)。しかしながらこれは、ジェイソンとアンドリューがそれだけ苦労してきたことを意味している。つまり彼らは、人びとから無視されている報われない人たちの気持ちをより理解する能力を持っている可能性が高いということの証左でもあるのだ。また、スリーフォード・モッズの快進撃からは、こうしたロックやパンクやラップやエレクトロが、昔のように、若者だけの特権ではなくなったということもあらためて認識させられてしまう。彼らがブレイクしたのは40を過ぎてからだが、スリーフォード・モッズのサウンドと言葉は、笑えるがシリアスで、誰もそれをやっていなかったという意味において“新しかった” し、クリエイティヴだった(クリエイティヴであることを放棄していなかった)のである。これは人生論としても意味があるだろう。
 だから彼らの最新アルバムとなる『UK GRIM』は、こういう怒った音楽が21世紀にも生まれているのだという、年老いた元パンクにありがちな郷愁めいたところで評価する作品ではない。だいたい、アルバム冒頭を飾る表題曲の寒々しいベースが刻まれ、ビートが発動し、ジェイソンのラップが絡みつくと、もう居ても立ってもいられずにジャンプするしかないのだから。チキショー、なんて格好いいんだ。もっともアルバムは3曲目にとんでもない殺し屋を用意している。挙動不審で逮捕されたくなかったらドライ・クリーニングのフローレンスをフィーチャーした曲、 “Force 10 From Navarone” を間違っても渋谷を歩きながら聴かないことだ。これはザ・フォールの“トータリー・ワイアード” やPiLの “アルバトロス” のような、冷たいからこそ炎が燃えるタイプの曲で、希望を持てずに政治不信に陥っている民衆の醒めた感性と確実にリンクしている。アルバムはほかにも良い曲が目白押しで、 コニー・プランク&DAFを彷彿させる“Right Wing Beast(右翼の野獣) ” や トライバルなリズムを使った“Tory Kong(保守党コング) ” といった賢く笑える題名をもった曲もあれば、メロディアスなピアノを挟み込んだニュー・オーダー風の “Apart from You”、シンセ・ポップとオールドスクール・ヒップホップの中間にあるような“Rhythms of Class” も面白い。とにかくアンドリュー・ファーンは、最小の音数で、しかしヴァラエティに富んだサウンド作りに腐心し、それはかなりの確率で成功している。

 今回の取材にはサウンド担当、アンドリュー・ファーン(ステージ上で、静かに立ちながらボタンを押している男である)にも参加してもらった。彼の登場はエレキングでは初めてなので、エディットは最小限にとどめて掲載することした。彼らの誠実な人柄が見えると思うし、10年前と変わらない彼らのアティチュードもたしかめることができるはずだ。最初のほうではファッションについても話している。ジェイソンが服を好きな話は有名だが、アンドリューのTシャツ趣味にも前々から興味があったのだ。
 インタヴューを最後まで読んでいただければわかるように、国としては英国のはるか下にいる日本だが、同じように政治に絶望している人びとにとっての打開策においては、意外と共通し共有しうるヴィジョンがあるようで、そのこともまた、国も言語も違えどスリーフォード・モッズを好きになれる理由なのだろう。UKはお前の声なんか聞いちゃいないと、アルバムの冒頭でジェイソンは繰り返しているが、そこは日本もまったく同じ。たとえそうでも、スリーフォード・モッズとはこういうことなのだ──窮地に追い込まれても思い切りジタバタしよう、諦めずに言うことだけは言っておこう、で、楽しもうと、それはおそらく健康に良い。そう思いながら、今日もジタバタしよう。

だからアンドリュー、お前ははじめから、最初からモノにしてたんだと思う。俺たちの初期の写真から最近のものまで眺めてみても、お前は一貫してぴったりハマってた。お前の服装センスは生き残った、みたいな(笑)。

今年はちょうど、『Austerity Dogs』を出してから10年になるんですよね。その後スリーフォード・モッズ(以下、SM)は評価され、ファンを増やし、あなたがたの生活も音楽へのアプローチもだいぶ変わったと思いますが、新作『UK GRIM』を聴いて、SMのパッションも怒りもまったく変わっていないことに感銘を受けました。自分たちではそのあたり、どう思いますか? 

ジェイソン:あー……とにかく、自分たちのやってることが相当に気に入ってる、ってのがあるんじゃない? 俺たちはなんであれクズなことは絶対にやるつもりがないし……それだと、俺たちの場合はとにかくどうしたって機能しないんだ。俺たちが興味を掻き立てられる何かである必要があるし、かつ、自分たちもその上にしっかり足を据えて立てるものじゃなくちゃならない。ってのも、そうじゃなかったら、不愉快なものになるだろうし、俺たち自身にとってもあんまり良くない何かに変わってしまうわけでさ。でも、俺にとって運が良かったことに、「良い作品を作りたい」って点に関して、自分と同じくらい目先が利いてて鋭く、かつパッションのある――俺は自分はそうだと思ってるんだけど――そういう人間に出会うことができたんだよね。だから、そんな俺たちふたりが合わされば自分は心配する必要はない、ってのかな……要するに、アンドリューは標準以下な質のものには一切我慢しないし、うん、とにかく彼は妥協しないんだ。というわけで、それがあるから、すごくうまくやれてるっていう。

アンドリュー:(うなずきつつ)もうちょっと「誰のお口にも合う」ようなアルバムを作っていたとしたら、きっと俺たちは自分たち自身にがっかりしちゃうんじゃない?

ジェイソン:ああ、だと思う。でも、そうは言いつつ――アンドリュー、お前も以前に言ってたけど、本当に良い作品が生まれるのには、アルバムごとにある程度の運の良さも伴うものだ、って点もあるんじゃない? またも素晴らしい歌を書けて俺たちはすごくラッキーだな、と思うし。実際、これらはグレイトな楽曲群だし、俺たちは今回のアルバムを本当に誇りに思ってる。それはすべての曲に言えることであって。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:でもまあ……どうなんだろうな、自分でもわからない。とにかくハード・ワークと固い決意の産物じゃないかと俺は思うけどな……。

アンドリュー:うん、それだね。そうは言っても、はじめのうちは幸運にも恵まれたよな、じゃない?

ジェイソン:たしかに。

アンドリュー:俺たちのはじまりの時点ではツキがものを言った。ただ、なんというか、俺たちのいる音楽の世界――っていうか、これはどのメディア(媒体)形態でもそうなんだけど――いったんドアが開いてなかにさえ入れれば、他の連中よりももっと多くの機会に恵まれるようになる、そういう世界で俺たちが生きているのは事実なわけで。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:悲しい話だけど、現実はそうなんだよね。

ジェイソン:まあ、そういう仕組みだからな。

アンドリュー:ああ。で、誰であれあのドアを抜けることができた奴は、ドアを潜った際の自分にあったもの/それまでやっていたことを維持する必要があると思うけど、残念ながら多くの人間がそれを棄てているよね。で、音楽産業に吸収されてしまう、というか。

ジェイソン:その通り!

アンドリュー:それをやったって、良いことはなんにもないよ。だから、それでクソみたいなアルバムを作ることにして、でもやっぱり失敗したから、デビュー時にもともとやっていたことに立ち返りました、なんてバンドもなかにはいるわけで。自分を曲げずに頑張り続けなくちゃ(笑)!

ジェイソン:だな、自分を通さないと。

不平だらけ。ほんとブーたれてる。で、ほんと、いまってそれくらい悲惨なことが余りに多過ぎだしさ……しかも、この状態はまだこれからも続くと俺は思う。

アンドリューさんは主にビート/音楽面を担当していますが、SMにとってのこの10年で変わったこと変わらなかったこととは何だと思いますか? あなた自身の機材やギアはどう変化しました?

アンドリュー:ああ、毎回、少しずつ変わってるんだ。思うに、過去10年くらいの間に、音楽作りのためのテクノロジーは以前よりずっと安価になったし、ちょっとしたギアもあれこれも比較的買いやすくなって。だから、何か新しいガジェットを購入したら、それが自分にとって音楽をもっと作るインスピレーションになる、という。それはやっぱり、使えるお金がいくらかあるところの利点だよね、対して以前の自分は全然お金がなかったから。昔はジェイルブレイク済みのiPad(※jailbreak=脱獄。基本iOSを改変し使用できるアプリや機能を拡張すること)を持ってて――

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

アンドリュー:(笑)おかげで、無料のキーボードだのシンセだののソフトウェアを全部使えてさ。それって良いよね。何か新しいものを作り出すために、別に多くは必要ないってことだから。
ジェイソン:ああ、それは必要ない。

せっかくの機会ですし、アンドリューさんに訊きたいことがほかにいくつかあるんですが、まずはあなたのTシャツの趣味について質問させてください。

アンドリュー:(苦笑)オーケイ!

ジェイソン:(爆笑)

坂本:(笑)。たとえば今日は「HARDCORE」とロゴの入ったTシャツでかっこいいですが、これまでピカチューであるとか――

アンドリュー:(笑)うん、あのピカチューTはまだ持ってる!

坂本:シンプソンズ、はたまたディズニーのパロディTであるとか、いつもユニークなTシャツを着ていますが、どんなこだわりがあるのでしょうか? 

アンドリュー:(笑)まあ、単にヴァイブってことだよ! とにかくパッと見て、「これはイエス」、「これはノー」、そのどっちかに分かれるしかないっていう(苦笑)。だから、別にギャグとして笑えなくたっていいんだし……要はファッションと同じ話というのかな、「これ、自分は着るだろうか、それとも?」ってこと。うん、基本的にはそれだけ。

坂本:なるほど。

アンドリュー:まあ、たまには背景にちょっとしたストーリーが含まれることもあるけどね……。あ、たとえば、いま話に出たディズニーのパロディT(※「Walt Disney」のお城のロゴを「Want Drugs?」に書き換えたもの)、あれは色んなTシャツを作ってるイタリア人男性の製作したもので、彼は俺にああいうおふざけTをたくさん送ってくれるんだよ。でも、それにしたって、俺がいつもある種の類いのTシャツを着てるからなんだろうしね、うん(笑)。

ジェイソンさんは服装にこだわりがあると思いますが、アンドリューさんのファッション・センスに関してどのような意見をお持ちでしょうか? たまに「こいつ、いったい何着てるんだ?」と思ったりしませんか?

アンドリュー:ブハッハッハッハッ!

ジェイソン:ああ、たぶん、若い頃の俺だったらそう思ってただろうな。若いとほら、まだもうちょっとナイーヴで、頭が悪いもんだし――

アンドリュー:うん。

ジェイソン:――それでこの、「バンドってものはこういうルックスであるべき」云々の概念でガチガチなわけで。

アンドリュー:だよな、うんうん。

ジェイソン:でも、思うに、俺たちも歳を食うにつれて――だから、誰でもある程度の歳になると、「人間は人間なんだし」ってことになるんじゃない? 歳を重ねて何かが加わるっていうか、要するにアンドリューはアンドリュー自身でいるだけなんだし、彼が彼以外の他の誰かになろうとしたって意味はない。同じことは俺にも当てはまるし、自分以外の誰かになろうとは思わないな……そうは言いつつ、俺自身もアンドリューの服装センスからちょっといただいてきたんだけどね。確実に、以前よりも少しカジュアルな方向に向かってる。近頃の俺は、もっとショーツを穿くようになったし。

坂本:たしかに。

アンドリュー:でもさ、ショーツ着用って、それ自体がデカいじゃん? 

ジェイソン:ああ。

アンドリュー:ハイ・ファッションの息の根を止めたのが、実質、スポーツウェアだったわけで……。

ジェイソン:ああ、基本的にそうだよな。だからアンドリュー、お前ははじめから、最初からモノにしてたんだと思う。俺たちの初期の写真から最近のものまで眺めてみても、お前は一貫してぴったりハマってた。お前の服装センスは生き残った、みたいな(笑).。

アンドリュー:(笑)うん。

ジェイソン:お前は見事にやってのけた。

アンドリュー:アッハッハッ!

坂本:(笑)

ジェイソン:いやだから、俺だって、写真のなかでいくらでも自前のデザイナー・ブランド服を着て気取ってポーズを決められるけど、ほかの連中もみんなその手のルックスだと、「それって違うだろ」と思うし。っていうか、ちょっとアホっぽい見た目だよな。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:そうは言ったものの――昔だったらたぶん買う金のなかったような洋服を買うのは、やっぱり躊躇するだろ、お前だって?

アンドリュー:うん、そこだよなー。

ジェイソン:多くの面で、お前はいまやいっぱしの、ファッションの今後の雲行きを予想していく予報官なんだしさ。

アンドリュー:ああ。でもそれをやるのは、時間が経つにつれて、ややこしくなっていくよな。

ジェイソン:うん、(苦笑)予想するのは確実にむずかしくなっていく。そこは、お前もちゃんと考えないと。だけどさ、心配しなくちゃいけないのはかっこいいスニーカーを履いてるかどうか、その点だけに尽きるような時点にまで達したんだから、それってかなりナイスじゃない? ハッハッハッ!

アンドリュー:たしかに、その通り(苦笑)。

アンドリューさんは、Extnddntwrk(extended network)名義でずっとソロ活動もしています。アンビエントやエクスペリメンタル、最新作ではジャングルもやっていますが、こちらのほうのコンセプトもせっかくの機会なので教えてください。

アンドリュー:いや、これといったコンセプトはなくて、完全に自己満足でやってる。思うに00年代あたりって、エレクトロニカのシーンもまだ揺籃期だったんだよな。なかでもとくに、98年〜01年の時期。俺も軽く関わったあの当時のシーンには、誰でもやれる家内工業めいたところが少しあったし、日本もきっとそういう状況だったんだろうと思う。

坂本:ええ。

アンドリュー:ところが、その、いわばポスト・エイフェックス/ポスト・オウテカ的なヴァイブを備えたシーンもいったん終わりを迎えたわけで……もちろんそのシーンはいまも存在してるけど、あの当時の方がはるかに人気が高かった。だからなんだ、さっき言った家内工業的なノリで、俺がアルバムを1枚出したのも。でもまあ、とにかくそういうことだし――かなり「ポスト・エヴリシング」な感じ、ってことなんじゃない? 自分の見方はそれだな。ポスト・アンビエントに、ポスト・あれこれに……で、俺からすれば本当に、それらすべてをひとつにまとめたのがエレクトロニカだ、そう思うから。あれはダンス・ミュージック界の一部を形成していた、ダンス以外の色んな音楽、ブライアン・イーノ等々を聴いていた人びとのことだからさ。とにかく、俺はほかとはちょっと違うことをやろうとしているだけなんだ、(ハウス/テクノの)四つ打ちビートから離れていこうとしながら。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:その意味ではドラムン・ベースの果たした役割も大きかったよ。ドラムン・ベースは素晴らしい。さっきジャングルを指摘されたけど、俺のパートナーがクリスマス・プレゼントにロニ・サイズのヴァイナル盤を贈ってくれて。

坂本:それは良いですね!

アンドリュー:うん、ただし、アナログ再発されていないから中古盤だったんだ。要するに言いたいことは、あの頃はああいう実に素晴らしいアルバムがコマーシャル面でも成立可能だったんだな、と。すごくクールな作品だけど、それにも関わらず誰もがあれを聴くことになったし、ああいう作品が「ドア」を通り抜けて人びとに達したわけ。で、当時あの手のエレクトロニック・ミュージックを作っていた連中の夢がそれ、何か実に驚異的な作品をやってのけ、それを多くの人びとに届けることだったんだと思う。ほかにもたくさんいるよね、ポーティスヘッドやマッシヴ・アタックといったバンドが、多くの耳に音楽を届けてみせたんだから。

ドライ・クリーニングのヴォーカル、フローレンス・ショウが登場する “Force 10 From Navarone” は最高にクールでしたが、このコラボはどういう経緯から実現したのでしょうか?

ジェイソン:ドライ・クリーニングは2021年の『Spare Ribs』向け英ツアーでサポートを担当してくれてね。俺は彼らの出したデビュー・アルバム(『New Long Leg』)にかなり魅かれたし……俺たちふたりとも、「彼らは本当に興味深いな」と思ったわけ。で、アンドリューが“Force 10 From Navarone”の音楽パートを送ってきたとき、俺もすぐに「おっ、これは良いな」とピンときたし、曲のアイディアをまとめていくうちにフローレンスに参加してもらったら良さそうだなと思いついて。そこで彼女に興味はあるかな?と打診してみたところ、ラッキーなことに彼女もやる気だった、という。あとはご存知の通り。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:うん、あれは俺にとっても、アルバムのなかで抜きん出たトラックのひとつだね、間違いない。

彼女の無表情な歌い方はとてもユニークですが、SMはドライ・クリーニングのどんなところが好きなのでしょうか?

ジェイソン:やっぱり、フローレンスのヴォーカルが俺は大好きだな。でも、バンドの側も素晴らしい。

アンドリュー:だよね。

ジェイソン:ほとんどもう、相当ミニマルなものに近いというか……要するに余計なあれこれでゴタゴタしてないっていう。

アンドリュー:たしかに。

ジェイソン:あのバンドの連中は全員、かなりミニマルなプレイヤーだよな。

アンドリュー:それに、多くの面でかなりオリジナルなバンドでもあるし。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:いやだから、音楽スタイル云々で言えば色んな影響を受けているだろうけど、こと「現在のシーンで何が起きているか」って点から考えれば、彼らはほんと、突出した存在っていうか。

ジェイソン:ああ、同感。

アンドリュー:フローレンスはもちろんだけど、それだけじゃなく、音楽そのものもね。

ジェイソン:たしかに。だから、彼らはすべてを兼ね備えてるバンド、それは間違いない。

[[SplitPage]]

もうちょっと「誰のお口にも合う」ようなアルバムを作っていたとしたら、きっと俺たちは自分たち自身にがっかりしちゃうんじゃない?


Sleaford Mods
UK GRIM

Rough Trade / ビート
※ウィットに富んだ歌詞対訳付き

RapElectronicPost Punk

beatink.com

『UK GRIM』は、前作『Spare Ribs』に較べて「怒った」アルバムだ、という印象なのですが――

ジェイソン:ああ、うんうん。

今作におけるジェイソンさんの怒りは、イギリスに住んでいないぼくたち日本人にとっても共有できることが多いです。

アンドリュー:グレイト!

で、あなたは基本的にイギリスのことを書いていますが、しかしSMはドイツなどイギリス国外にもファンがいます。日本にだって熱狂的なファンがいます。なぜ言葉が大きな位置を占めるSMの音楽が、イギリス国外/非英語圏でも受けるのか考えたことがありますか?

ジェイソン:あー……どうなんだろ、俺にもどうしてかわからないけど、結局は「音楽」ってことじゃない? 俺たちの音楽には違うタイプのスタイルが色々と混ざってるし、もしかしたらそれらが聴き手にも少し聴き馴染みのあるものに感じられる、とか? さっきアンドリューも話していたように、エレクトロニカも多く残響してる音楽だし、アンビエントやサウンド・スケープ的なものもあり、なんでもありだしね。ああ、それにパンクも混じってる。

アンドリュー:とは言っても、それって「だからじゃないか」と推量するしか俺たちにはできないことだよね。

ジェイソン:うん、その通りだ。

アンドリュー:それに、(非英語圏でも)英語を話す人はたくさんいるんだし。

ジェイソン:たしかに。

アンドリュー:かつては大英帝国があったわけで、それで俺たちイギリス人は、人々に――

ジェイソン:――みんなに英語を話すよう強制した、と。

アンドリュー:そうそう(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

前作はわりと歌っていましたが、今回はラップがほとんどです。それというのも、怒りが前面にでているアルバムだから、というのもあると思うのですが、いかがでしょうか? 

ジェイソン:うん。まあ、正直、ふたつの要素が組み合わさってる。『Spare Ribs』を書いてた頃、俺は背中を痛めていたせいで鎮痛薬をたくさん服用してたし、それにロックダウン期でもあった。だから、どうしたって普段より少し大人しくなるってもんだし、ほとんどもう、一種の発育不全みたいな状態になったというか。で、そのふたつの要素が合わさったことで、あのアルバム(『Spare Ribs』)収録曲の多くはかなり……とは言っても、アンドリューの作った音楽部そのものは、部分的には『UK GRIM』と同じくらいアップテンポなものだったとはいえ、ヴォーカル面で言えば、俺はいつもより少し退いて力を緩めたっていうのかな、いやほんと、あの頃はかなり(薬の副作用/COVID他の)ショックで打ちひしがれていたと思うし……。

アンドリュー:いつもより少しこう、メランコリックな時期だった、っていうか。

ジェイソン:イエス、その通り。ほんと、そうだったよな、じゃない?

アンドリュー:内省的になった。

ジェイソン:そうそう、あれは自分の内側に目を向けた時期だったし、思うに――それゆえに、「あの時期」の俺たちにしか書けなかったであろう、そういうアルバムになったんじゃない?

アンドリュー:うんうん。

ジェイソン:だからあの時期にふさわしい内容だったと思う。でも『UK GRIM』、これは「ポスト・パンデミック」なアルバムだし――うん、とにかく、これらの楽曲を書いていた頃の俺はものすごく怒ってたっていう(苦笑)。

アンドリュー:アッハッハッハッハッ!

坂本:(笑)。でも、「ジェイソンはいつも怒ってる」って印象があるんですよね。過去に、SMは「UKでもっとも怒れるバンド」という形容を捧げられたこともありますし。

アンドリュー:(苦笑)。
ジェイソン:(爆笑)。

なのでお訊きしたいんです。ジェイソンは、もちろん私人として/プライヴェートでは幸せな方だと思いますが――

ジェイソン:ああ、その通り。

アンドリュー:うんうん。

こうやって、ステージや音楽表現において常に情熱的で、ド迫力で、怒りを持続されるのは、すごく疲れるし、たいへんなことだと思います。ジェイソンさんは、怒り続けるのに疲れたりはしないのですか? 

ジェイソン:いや、それはない。ノー。というのも、俺はその在り方は「正しい」在り方だと思うから。フィーリングってことだし、だから疲れはしない。まあたまに、毎晩立て続けにギグをやるのに、ちょっと消耗させられることはあるけどさ。

アンドリュー:ああ、ツアー自体は疲労することもある。

ジェイソン:とはいえ――

アンドリュー:いやだから、それはある意味、俺たちがイギリス人だってことなんじゃないの(苦笑)?

ジェイソン:(笑)だな! たしかに。俺たち、いっつも不満たらたらな連中だし……。

坂本:(笑)

アンドリュー:「ここんとこずっと、ブーブー文句ばっか言ってるな、俺」みたいな(笑)。

坂本:メソメソ泣き言と文句ばかり垂れている、と。

ジェイソン:(笑)その通り! 不平だらけ。ほんとブーたれてる。

アンドリュー:ハッハッハッ!

ジェイソン:(苦笑)で、ほんと、いまってそれくらい悲惨なことが余りに多過ぎだしさ……(真顔に戻って)しかも、この状態はまだこれからも続くと俺は思う。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:このまま続いていくだろうな。でも、ある程度までは、俺たちも以前の状態に戻りつつある。だから……このアルバム(『UK GRIM』)がいつもよりやや怒りの度合いが強いのはたぶん、俺たちは去年、ギグ/ツアー生活に一気に引き戻されたから、というのもあるかもしれないよ? ものすごく慌ただしいスケジュールをこなしたし、このアルバムのなかの怒りやフラストレーションの多くは、もしかしたら、多忙なツアーで消耗したことから来たエネルギーでもあったのかも? まあ、俺にはわからないけど……。

坂本:なるほど。いや、とかく日本人は、文化/慣習として怒りを忘れがちな「水に流そう」な民族なので。

ジェイソン:ああ、そうだろうね。

坂本:一種の東洋哲学でしょうし、そんな我々からすると、あなたみたいに怒りの火を絶やさず燃やし続けるのは疲れないのかな、と思うわけです。我々も、あなたから学んだ方がいいのかも……?

ジェイソン:(爆笑)ブハッハッハッハッ!

坂本:いや、「水に流そう」も良いことだと思うんですが、そうやって忘れてしまうと、同じ過ちを繰り返すことにもなりますし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:でもさ、そうやって水に流すほかないんじゃない? 昔、アンドリューがよく言ってたように、「俺たちが(歌のなかで言っていることを)ストリートで実際に行動に移したら、きっと逮捕されるだろう」ってこと。

アンドリュー:その通り。

ジェイソン:だから、ノーマルな日常生活の場面では、他の人びとと同じように落ち着いていることは大事だと俺は思っていて。というのも、俺は暴力はなんの解答にもならないと思うし――独善的になるだとか、言葉の暴力で罵るだとか、そういうのはとにかく答えじゃないだろう、そう思うから。だけど、「レコードのなかで」であれば、現実よりももうちょっとファンタジーを働かせることが許されるわけで。

アンドリュー:その通り。

坂本:作品のなかでの表現、ということですしね。

ジェイソン:うん、表現ってこと。だから俺としても、歌詞の面でああやって色いろと実験するのはかなり好きだし、それをやるのは全然OKだと思う。で、それって……俺たちがやってるのって、そういうことじゃないかな? 「これ」といったルールは、別にないんだし。

アンドリュー:ああ。要は、セラピーってことだよ。

ジェイソン:うん! たしかにそうだ。

アンドリュー:だから、あれをやるのはお前にとっては一種のセラピーだし、と同時におそらく、それを聴くリスナーにとってのセラピーにもなっている、と。

ジェイソン:ごもっとも、その通り。

アンドリュー:胸のなかにたまってる思いを吐き出してスッキリする、という。

ジェイソン:だね。

アンドリュー:それに、いまはほんと、そういう音楽って多くないし。

ジェイソン:ない、ない。

前進していくための唯一の道は、小さな空間を、ちょっとした余裕を自分に与えることだと思う。自分自身に、自分の家族に、自分の周囲のコミュニティに、息をつけるちょっとした余裕/小空間をもたらすこと。ここを生きていくには、それしかないと思う。

ジェイソンさんが政治的なことを歌詞に込めるとき、リスナーにどんな期待を抱くのでしょうか? リスナーにもそのことを気づいて欲しいから? 考えて欲しいからとか?

ジェイソン:ふむ(考えている)。

坂本:人によっては「ミュージシャンは政治的なコンテンツを扱う必要はない。こちらをエンターテインしてくれればいい」という考え方の持ち主もいますし。

アンドリュー:いや、それは本当だよ。別に政治について歌う「必要」はないんだしさ。

坂本:はい。でもあなたたちの場合、政治を取り上げずにいられないんじゃないですか?

アンドリュー:(苦笑)。

ジェイソン:それは避けられないよね。だからまあ、こちらとしては人びとが楽しんでくれればいいな、と願うしかないわけで。そうした内容が聴き手のなかに議論等の火花を起こすか否か、そこは俺はあまり気にしちゃいない、というか……いやもちろん、俺たちの歌を聴いて、人びとがより広い意味での社会構造に対して疑問を抱き始めてくれたとしたら、嬉しいことだよ! というのも、それをやってる人間の数は充分多くないと思うし。ただ、それと同時に思うのは――俺たちとしては、とにかく人びとが自分たちの音楽を気に入ってくれればいいな、と。というのも、これをやって俺たちは生計を立ててるんだし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:だから、別の言い方をすれば――俺たちはこの仕事を心からエンジョイしながらやっているし、聴き手の皆さんもお楽しみいただけたら幸いです、そういうことじゃないかと。

イギリスの労働者階級/文化のポジティヴな面、あなたが好きな面について話してください。

アンドリュー:……うーん、それは答えるのがタフな質問だな。

ジェイソン:むずかしい質問だ。

アンドリュー:……(笑)皆無!

坂本:いいとこなし、ですか? そんなことはないでしょう(笑)。

アンドリュー:ハッハッハッハッハッ!

ジェイソン:あんま多くないな。俺は、洋服は間違いなく良いと思うけど。

アンドリュー:うん。いや、だから……(軽くため息をつく)話しにくいことだよね、ってのも、イギリスの労働者階級ってかなり独特だから。

ジェイソン:ああ、ユニークだ。

アンドリュー:で、英国人であるがゆえに、それを(客観的に)語るのは自分たちにはあまり楽なことじゃないんだと思う。というのも、自分たち自身のことなわけで。

ジェイソン:うん、うん。

アンドリュー:俺は、ヨーロッパに行くたび、その違いにもっと気づかされる。たとえば、ヨーロッパ各国ではヴァイブがどれだけ違うか等々。それで、イギリスはかなりユニークなんだな、と思ったり。

坂本:なるほどね。

アンドリュー:でも、イギリス国内にいると「それが当たり前」になっちゃうわけで。

ジェイソン:それに、いまの俺たちは、厳密な意味での「労働者階級の環境」っていう概念とはコネクトしてないんじゃないか、みたいに思う。

坂本:ああ、なるほど。

ジェイソン:それくらい、俺たちはとにかく多くの意味で、自分たちの小さな世界のなかに存在している、と。でも……そうは言っても、俺はやっぱりいまも、ワーキング・クラスの服装/ユニフォームは好きだよ。それと、労働者階級の人びとが中流階級の人からどれだけかけ離れているか、両者の間の隔たりがいまだに実に大きいか、というところも。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:で、労働者階級の人たちをリスペクトの念と共に扱うって点には、本当に意識的でなくちゃならないんだ。ってのも、多くの場合、人びとは労働者階級を見下していると思うから。彼らの使う言葉が違う、装い方が違う、やってる仕事の職種が違う、所有品が違う、たったそれだけの理由でね。だけど、だからって、労働者階級を動物扱いしていいってことにはならないだろ? それくらい明確な階級間の隔たりが存在してるってことだし、でも労働者階級の面々だって、中流階級人と同じように、その「構造」の範疇内で生きているんだよ。だから実は(本質的には)違いはないし、とにかくコンテンツに差があるだけ。その提示の仕方が違う、という。

アンドリュー:なるほど。

ジェイソン:だけど、見た目が違うからって、彼らはイコール動物だ、ってわけじゃないだろ?

アンドリュー:それは絶対ない。

ジェイソン:うん、そんなことはあり得ない。それってすごく単純な意見だろうけど、絶対に憶えておく必要のあるものだと思う。

『UK GRIM』を聴いていると、イギリスでは物事が本当に深刻で重くなっているんだな……と感じます。

ジェイソン&アンドリュー:うん。

一方で、日本も物価が上がって深刻な状況になりつつあるし、イギリスでここ最近ずっと騒がれている「Cost of Living Crisis」が起きています。

ジェイソン:そうなんだ……でもさ、日本の政治家はどうなの?

ただし日本は、イギリスとはかなり違います。というのも、我が国にはイギリスの労働党のような大きな野党がないので、さらに深刻だったりするんです。与党に絶望している人たちが支持したい野党がないんです!

ジェイソン:オーケイ、そうなんだ。

対してイギリスは、ここしばらくの間で労働党の支持率が上がっていて、少なくともまだ一種の希望があるかな、と思います。で、こうした先行き不安な現実のなかを庶民はどう生きていったらいいと思いますか? 

アンドリュー:……かなりでかい質問だな!

坂本:ですよね、すみません……。

アンドリュー:(笑)

ジェイソン:前進していくための唯一の道は、小さな空間を、ちょっとした余裕を自分に与えることだと思う。自分自身に、自分の家族に、自分の周囲のコミュニティに、息をつけるちょっとした余裕/小空間をもたらすこと。ここを生きていくには、それしかないと思う。というのも、ほんと、それ以外の誰にも頼れないような状況だからさ。いや、たぶん、これまでもずっとそうだったんだろうけど、いまはとにかく、状況がさらにタフになってるじゃない? だから、苦痛を軽減してくれるちょっとした緩衝ゾーンは自分自身、各自の内側から出て来るんじゃないか、と。その人自身の姿勢から生まれる、そういうことじゃないかな。うん、それしかないんじゃないかと思う……ってのも、いまは国家にも頼れないし、っていうか、他人の多くも頼りにできないし。それくらい、生活がハードになってるってことだよね。で、その状況はすぐに変わらないだろうな、と俺は思う。

ここ数年、UKからは新手の魅力的なインディ・バンドが出てきました。ドライ・クリーニングもそうですし、シェイム、キャロライン、ブラック・ミディなどなどがいます。ただ思うのは、そうしたインディ・ロック・バンドの多くは中流階級出身ですし、その手の音楽のファン層も中流階級が占めている印象です。そこを責めるつもりはないのですが、ただインディ・ロックは、かつては(ザ・フォールからニュー・オーダーやオアシスまで)もっと労働者階級の子たちのものだったのではないか? とも思います。そうではなくなってしまった現状については、どう思っていますか?

ジェイソン:――正直、労働者階級の人びとはグライムにハマってるんじゃないかと思うけど?

坂本:ああ、たしかにそうですね。

アンドリュー:だよな。

ジェイソン:グライム、あるいはUKヒップホップと言ってもいいけど、そっちに移ってる。俺の実体験から言えば、労働者階級の面々はラッパーになりたいって傾向の方がもっと強いよ。

アンドリュー:ほんと、そう。インディ・ロックはそれよりもっと中流階級向け、みたいな(苦笑)? でも、さっきも話に出た労働者階級って話で言えば、いまのイギリスはかなり変化した、というところもあると思う。もうちょっとアメリカっぽくなってきてるって意味でね。それくらい、もっと様々な階級のレヴェル/細かい隔たりができてきてる、という。いまはロウワー・ミドル・クラス(やや低級な中流。いわば、労働者階級あがりで中流に達しつつある層)もあるし……。

ジェイソン:うん。

アンドリュー:で、そこはアメリカも同じで、あの国じゃ人によっての経済/収入面での異なる区分が10個くらいあるわけでさ。で、それに似たことが、イギリスでも起きつつあるんじゃないかと俺は思う。

ジェイソン:うん、アンドリュー、それは大きいよ。

アンドリュー:だからって労働者階級が存在しなくなる、ってわけじゃないし、いまでもいるんだよ。ただ、貧困線にはまだギリギリ達していないものの、それでもお金が全然ない、という人びとはいるわけでさ。うん……。

ジェイソン:うん……妙な状況だよな。だけど、さっきの君の指摘、インディ・ロックが労働者階級のものではなくなっている、というのは当たってると思う。でも、いまのインディ・ロックって正直、あんま先進的じゃない、ほとんどそんな感じじゃない? もちろん、そうじゃない連中もいるけど……。

アンドリュー:ちょっとレトロな感じだよね?

ジェイソン:うん。多くのバンドのやってることは、あんまりプログレッシヴとは思えない。

アンドリュー:エルヴィスっぽく聞こえる。

ジェイソン:エルヴィスか(苦笑)。

最後の質問です。いま手元に自由に使える500ポンドがあったら何を買いますか?

アンドリュー:そうだな……。

ジェイソン:500ポンドあったとしたら? たぶん、俺が買うのは……んー、なんだろ? 正直、思い浮かばない。だから銀行に預金する。ってのも、いま、自分が何を買いたいかわからないし、必要なものはぜんぶ買ったと思うし。

アンドリュー:ハッハッハッ!

ジェイソン:だから、預金する!

(笑)わかりました。アンドリューさんは?

アンドリュー:(笑)貯めないで使うんだとしたら、たぶん俺は、実は必要のない余計なものを買っちゃうだろうなぁ。いや、ここんとこずっと、Polyendが気になってチェックしてて。

ジェイソン:へー、そうなんだ。

アンドリュー:あれは一種のガジェットみたいなもんで、トラック・シークエンサー機能とかが付属してて。たしか450ポンドくらいだから、ちょうどいい値段かな。

ジェイソン:それ、買うつもりなの?

アンドリュー:いやいや、別に必要じゃないんだってば! でも、気になってついチェックしちゃうんだ。で、眺めながら「別に欲しくないし、自分には必要ないだろう……」ってブツブツつぶやいてるっていう。

ジェイソン:クハッハッハッハッ! スクロールする指が止まらない、と(笑)

アンドリュー:いやー、だから、商品レヴューとかあれこれ読んで、「ああ、こりゃ結構なプロダクトだな」と思いつつ、でも「自分には必要ないか……」と考えあぐねる、その手の商品だってこと。

ジェイソン:(笑)

アンドリュー:でも、プレイステーション・ポータブルの端末は、CeXで中古で買った(※CeXは中古のPC/ゲームソフト/DVD等をメインで扱う英テック系チェーン)。

ジェイソン:へえ、どんな具合? 良いの?

アンドリュー:いや、まだ届いてないんだ。オンラインで通販したから、明日届く予定。あれはもう入手できないんだけど(※PSPは2004年に発表され、2014年に日本国内出荷終了)、「ビートレーター(Beaterator)」ってアプリが使えるんだ。あれはロックスター・ゲームスとティンバランドが2007年に合同開発したアプリ(※実際の発表は2009年)で、ミュージック・シークエンサー等の機能が収まってる。

ジェイソン:(笑)ナ〜イス! それ、かなり良いじゃん?

アンドリュー:値段は140ポンドくらいだったはず。でも、プレイステーション・ポータブルがイギリスで最初に発売された2005年頃は、自分には手が出ない値段だったんだよ。発売当時は、どうだったんだろ、500ポンドくらいしたんじゃない? でも、こうして中古の端末を140ポンドでゲットしたし、ゲームも色いろついてくる、と。オールドスクールな楽しさを満喫できるよ、これで。

ジェイソン:っていうか、良い楽しみ方だよ、それは。

坂本:もう時間ですので、このへんで。今朝は、お時間を割いていただいて本当にありがとうございます。

ジェイソン&アンドリュー:こちらこそ、ありがとう!

坂本:『UK GRIM』はとてもパワフルなアルバムで、大好きですし――

ジェイソン:ありがとう。

アンドリュー:どうも!

 なお、日本がいまどんな政治的な状態にあるのかをわかりやすく理解するために、エレキングでは『臨時増刊:日本を生きるための羅針盤』を刊行した。『UK GRIM』を聴きながらその本を読んでいただけたらこのうえなく幸いである。とくに巻頭の青木理氏の話は、安倍政権以降の日本がいったいどうなっちまったのかをじつにわかりやすく解説している。立ち読みでもいいので、チェックして欲しい(たのむよ)。
また、今回の取材も例によって坂本麻里子氏の通訳を介しておこなわれたわけだが、『UK GRIM』の日本盤には、ジェイソン・ウィリアムソンのウィットに富んだ言葉を、彼女がみごとな日本語に変換した訳詞が掲載されていることもここに記しておく。これを読むためにCDを購入する価値は大いにある。

坂本龍一 - ele-king

内田 学(a.k.a.Why Sheep?)

 坂本龍一とは何者なのだろう。アーティスト・芸能人・文化人・社会運動家、そうだ、俳優であったことさえある。たしかにそれらのどの側面も彼はもっている。だが、どれも坂本の本質を真っ向から言い当てていないように思う。
 では彼の紡ぎ出す音楽は、サウンドトラック・現代音楽・大衆音楽・民族音楽のどこに位置するのか、たしかに、そのどの領域にも踏み込んでいる、やはり坂本龍一はただただ音楽人なのだ、と、いまさらではあるが、この『12』を聴いて痛感した。アーティストという漠然としたものではなく、彼の血、肉、骨、細胞に至るまで、音楽を宿しているのだ。
 音源の資料に添えられた坂本龍一本人の短いメモには、音による日記のようなものと自らこのアルバムを評している。実際、そうなのだろう、収録曲のすべてのタイトルも日付のみ付されている。まるで記号のように。それは大きな手術を経て、疲弊しきった心と身体を癒すための作業だったともある。
 実際、坂本は、いままで定期的に行っていたソロ・コンサートを1ステージ通して行う体力はもう自分にはないと発言している。そしてライヴが気力と体力を求められるように、アルバム制作というのも、気力と体力が求められる。
 ことに、坂本のように直感力はもちろん、その思考の明晰さや論理性を持つ作家にとってはアルバム制作、ことに、他から委嘱されたサウンドトラックなどの作品と区別して、あえてオリジナル・アルバムと銘打たれている過去作品においては、アルバムを構成するそれぞれの楽曲から全体に至るまで、(作為的な場合を除いて)アルバムに通底するインスピレーション、そしてそれらを構成するそれぞれの楽曲まで、コンセプトというロジックに覆われているように思う。
 しかしこの『12』が、過去のオリジナル・アルバムと決定的に異なる点はそこにある。何度も繰り返し聴くうちにふと気付いたのは、いわゆる坂本が得意とする論理性や合理性のようなものが、欠落ではなく排除されているのだ。
 例えばひとつ前の、『async』(非同期の意)は、坂本自身が、「人に聞かせるのがもったいない」と評したアルバムだが、そのタイトルとは裏腹にそれは“andata”を主題としながらも、恒星の周囲を回る惑星、さらにその周囲に位置する衛星のように、変奏曲、派生曲で構成されたアルバムであったように思う。そして“andata”こそ、力作というより、作家としてのひとつの到達点となる作品のように思えるのだ。なるほど、坂本が主催した「Glenn Gould Gathering」で、バッハの「フーガの技法」の次の曲として配置されたのも頷ける。
 ところがこの『12』を何度も通じて聴く限り、3種類以上の音が重ねられている曲はないことに気づく。また、いまの技術なら簡単に除去できる偶発的なノイズや、マイクのヒスノイズもそのまま剥き出しである。坂本龍一ともなれば、エンジニアにそれらの作業を託すことも容易なことであろうはずなのに。
 また、技術的な点ではあるが、ピアノにかけられているエフェクトも、後から修正できるようなアフター・エフェクトではなく、後から修正の効かない「かけ録り」で録音されている。つまり、これらの曲を今までのように時間をかけて推敲してロジックで構築していくことをハナから想定していないのである。
 坂本に限らず一般的には、コンセプト・アルバムを制作する場合は、個々の楽曲の細部から、全体の俯瞰図に至るまで、行きつ戻りつ観照するものだが、この『12』は、その作業は行われていないのだ。ロジックがないから起承転結ももちろんない。ただただ水平線を眺めているような感覚を覚える。
 つまりは観念的に創作されたものでないということである。では何であるかいえば、むしろ瞑想なのだと思う。ヒトや動物が、睡眠時に呼吸が自然と浅くなり安定するように、坂本自身が深い瞑想状態に入り、音と対峙している様子がまるで目の前で行われているようにさえうかがえるのだ。それは音を視て観照するのとは違い、あたかも触覚によって手探りで音を弄っているかのようでもある。どこか20世紀初頭の自動筆記(オートマティスム)にも通じるかもしれない。そして、この緩やかな呼吸、脈動/テンポは、それを聴くものを同じ空(クウ)に誘おうとしているのだ。
 闘病の日々、ただただ日記をつけるように行っていた瞑想。ここまで後から手を加えられていないにも関わらず、その集中力、瞬発力と骨の髄まで染み込んだ音楽的感性を、病身の身でありながら絞り出す強靭な精神は驚異としか言いようがない。
 多少でもこのアルバムに作者の恣意性があるとしたら、数ある日記的スケッチのなかから、これらのトラックを選別したこと、そして時系列ではなく意図されて曲順が構成されていることだろう。
 個々の楽曲についての分析は割愛するとして、最後の曲に配置されたトラックは、坂本龍一からのメッセージのように思えて仕方がない。その内容は聴く者によって違うかもしれないが。

 本来このような作品、後の坂本龍一の研究者が発表するような作品を自らリリースしたこと、その意味も大きい。いわゆる「頭の中を覗く」のではなく、音楽人として細胞レベルまで露呈する。それも自らの意思で。あたかも検体を差し出すかのように。「後はまかせた」とでもいうかのように。

 この『12』が坂本龍一のオリジナル・アルバムとして音楽史においてどのような位置付けになるかは、まだ語られるべきではないが、坂本龍一という音楽人を知るためには貴重な音源であることは間違いない。教授、本当にありがとうございました。(1月15日記)

Next > デンシノオト

[[SplitPage]]

デンシノオト

 音を置く------。ひとつひとつ丁寧に、慈しみながら、繊細に、 音がノイズが、旋律が、音の庭に、そっと置かれていく。
 坂本龍一の6年ぶりのアルバム『12』を聴いて、そんな印象を持った。坂本龍一が、ひとりでコツコツと、まるで毎日の大切な仕事のように、いうならば「音の庭師」のように、音を丁寧に、繊細に、置いていく光景が脳裏に浮かんだのだ。静かな庭に響く音たち。サイレント・ガーデンのような音楽とでもいうべきか。唐突だが、私は、どこか後期の武満徹の透明な響きを連想した。
 同時に『12』は00年代以降の坂本龍一が追求していたアンビエント/クラシカルな音響作品の結晶体ではないかと思う。この20年ほどの坂本龍一の活動が、静謐な音響のなかにミニマムに、そして複雑に息づいている。

 では、『12』は、これまでの坂本龍一のアルバムのなかでどのように位置付けにある作品だろうか。ひとことでいえばとてもパーソナルな作品だと思った。
 サウンドのムードとしては『async』(2017)の後半、 “ff” や “garden” を継承する透明なアンビエンスを展開している。しかし『async』よりもさらにパーソナルな音だ。これまでのようにコンプセプトを立てたソロアルバムではなく、いわば「日記」のように制作された楽曲を収めたアルバムゆえ、より個人的な音に感じられるのは当然かもしれない。
 スケッチのようなアンビエント/電子音楽を収めたアルバムというならば、2002年にリリースされた『COMICA』がある。『COMICA』は9.11から受けた衝撃を治癒するかのように内省的な電子音楽を展開していたという意味では、『12』との共通項を見出すことが可能だ(私見では『COMICA』があるからこそ2004年の『キャズム』があり、『キャズム』があるからこそ、2009年の『out of noise』が生まれ、あの傑作『async』に至ったと考えている)。しかし『COMICA』の楽曲は、ある程度は編集されていたようだが、この『12』の楽曲はほぼ無編集のまま収録されているという違いがある。
 さらに、1曲目、5曲目、7曲目などで聴くことができるシンセサイザーの音色や響きについては、『愛の悪魔』(1999)や『デリダ』(2002)の内省的な電子音/電子音楽も思い出しもする。クリアな残響が美しいミニマルなピアノ曲という意味では、『トニー滝谷』(2007)などのミニマルなサウンドトラックも想起してしまう。とはいえ『愛の悪魔』『デリダ』『トニー滝谷』は、映画音楽である。映画作品あってこそ作られた音楽だ。一方、『12』は、まるで日記をつけるように演奏・録音された楽曲であり、作品の成立過程がまるで異なる(私見だが『トニー滝谷』クリスタルな残響に満ちた透明なピアノの音は、『out of noise』以降のソロアルバムの音に受け継がれているように思える)。
 加えて坂本龍一のルーツがこれ以上ないほどに素直に表現されているパーソナルな作品という点では、ピアノ・ソロの『BTTB』(1999)系譜の作品と位置付けることもできるかもしれない。8曲目 “20220302 - sarabande” などは、普通のポップスではあまり使われない複雑な転調が自然に用いられ、より洗練・成熟した「20年後の『BTTB』」とでも称したい楽曲を収録している。だが、『BTTB』はピアノソロ・アルバムでもあり、電子音楽・電子音響的な要素はないという差異がある。
 小節構造にとらわれない自由な演奏/音響の記録という意味では、クリスチャン・フェネスとの共作『Flumina』(2011)を思わせもする。加えて冷たく美しいシンセサイザーの響きという意味では、アルヴァ・ノトと共作したサウンドトラック『レヴェナント』(2015)の音響のようでもある。00年代以降、彼らとの共作が、坂本に与えた影響を大きいことに違いはないが、『12』のサウンドは、純度100%の坂本龍一の音楽である。
 つまり、本作『12』は、2009年の『out of noise』、2017年の『async』のオリジナル・ソロ・アルバムで追求されたアンビエント音響、1999年の『愛の悪魔』、2002年の『デリダ』、2007年の『トニー滝谷』などのサウンドトラック・ワークで披露されたパーソナルなシンセやピアノの響き、アルヴァ・ノトやフェネスなどの電子音響アーティストとの共作による電子音とピアノの融合、1999年の『BTTB』で実現したバック・トゥー・ベーシックな坂本のピアノ楽曲など、坂本龍一の四つの系譜が交錯しつつ、しかしそのどれからも微かに逸脱している稀有なアルバムということにある。
 しかし坂本ファンであれば、じつは、この『12』のような「完全なソロ」、つまりは彼の音の結晶を聴きたかったのではないかと想像してしまう。じじつ私がそうだ。『12』は、私にとって長年夢見ていたようなアルバムなのである。私はこのアルバムをすでに深く愛してしまっている。
 このアルバムに満ちている美しさ、清潔さ、透明さ。それは意図されたものというより、ごく自然に坂本龍一の身体を通じて表出した結果ではないか。大病を患った坂本龍一が自身の心と体を癒すために、日々の感覚のままに、編み上げられたアルバムだからだろうか。
 じっさい坂本龍一は、このアルバムをつくるきっかけについて、治療後、それまでは音楽を聴いたり、作ったりする体力がなかったが、ある日、シンセサイザーの音を浴びたくなり、何も決めずにただ演奏したことが始まりだったという。その曲が、本作の1曲目 “20210310” に収められている曲らしい。以降、日記を書くように徒然なるままに、音のスケッチを残していった。いわば音による治癒のようなものを感じつつ、編まれていった曲たちといえよう。つまり自身の体力と病、そして坂本の長年にわたる音楽の経験が交錯し、一種、身体に作用するような音楽・音響作品に仕上がっていったのではないか。
 楽曲名から推測するに、2021年3月に2022年4月までに制作された12曲が収録されているが、坂本はこの「12」という数字に特別な意味は持たせていないと語っている(2023年1月1日・NHK FM放送・ラジオ特番「坂本龍一ニューイヤー・スペシャル」より)。
 曲名も制作日がわかるような簡素な数字になっている(自分としてはこのシンプルなミニマムさに河原温のミニマルアートを思い出してしまった)。 ただ「12」という数字には坂本がこだわり続けてきた時間の概念を象徴しているとも『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』の最終回(「新潮」2023年2月号)でで語っている。たしかにこのアルバムを聴いていると「時」を意識する。
 シンセサイザーのシャワーのような曲に始まり、やがてピアノと電子音、環境音が交錯する電子音響になり、再びシンセサイザーによるアンビエントを経て、より洗練された「作曲」を意識した曲に変化し、メタリックな、鈴のような金属音でアルバムは終わる。まるで時の円環のように私は、またアルバム冒頭に戻り、はじめからアルバムを聴いてしまう。くりかえし、くりかえし…。
 音から音楽へ、そして音へ。私は、その曲すべてに、いや音のすべてに、音の一音、音の一粒を慈しむような感情を感じた。もちろん「美しい」という言葉は批評の放棄かもしれないが、しかしやはり「美しい」と私は何度もつぶやきたい。『12』はとても美しいアルバムだ。
 加えて『12』の収録曲を繰り返し聴いていると、まるでピアノやシンセサイザーの音色を間近で感じるような距離の近さを感じてしまった。曲が生まれる瞬間を聴いているような感覚とでもいうべきか。では「距離の近さ」とは何だろうか。私は、坂本龍一の生の「呼吸」が音楽に反映しているからではないかとも思えたのだ。
 その点から3曲目 “20220123” と4曲目 “20220123に注目したい。この2曲は、ピアノと環境音が、まるで森の中をゆっくりと歩くように交錯する瞑想的なトラックだ。そこに何か呼吸のような、もしくは環境音のような音が一定に反復されていく。私は勝手にこのスー、ハーという音を坂本の呼吸=リズムのように感じ取ってしまった。続く4曲目 “20220123” でも即興的なピアノに環境音がレイヤーされ、そこに呼吸音とも鳥の鳴き声ともいえる音が繰り返される。
 この2曲のピアノは即興的であり、「呼吸」は少し浅く、苦しげである。しかしその呼吸もまた透明な音楽の中に次第に溶けていくかのように残響を響かせる。まるで音によって身体が治癒されていくように。なによりピアノの透明な響きと「間」が実に美しい。呼吸。残響。間。ここにあるのは「時間」というものの美しい提示だと思う。

 音を置く。鳴らす。聴く。呼吸をする。すると持続と変化が起こる。ときに反復も逸脱ある。まるで「生きること」そのものように。生を治癒するように。そうして時間が無限に連なっていく。坂本龍一が「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」最終回(「新潮」2023年2月号)でひいていた武満徹『時の園丁』の言葉を思い出した。
『12』のミニマルな音響のなかには、無限の時/音の螺旋階段がうごめいている。2023年から未来に託すような名盤として、これからも聴き継がれていくに違いない。(1月7日記)

Next >野田努

[[SplitPage]]

野田努

 ぼくはこのアルバムを詩的な作品として受け取っている。これら12曲のなかには、恍惚とした瞬間もあれば喜びや哀歌めいたところもあり、甘美だが無常観すら感じるところもある。ほとんどピアノとシンセサイザーだけで作られて、日記のごとく記録(録音)された12曲は、即興めいているが、それぞれ異なる主旨/アプローチ/展開を見せている。
 『12』がすごいのは、死と向き合った音楽家の、肉体的にも精神的にもギリギリの状態を経験したうえで奏でる音楽がどんなものになるのかという、時折息づかいも聞こえるほど、それ自体がexperience(実験/体験)でありながらも、そうした壮絶な遍歴から切り離して聴くこともできる点にある。それほどこの音楽からは、慈しみのようなものが滲み出ている。それはある意味謙虚な佇まいで、誰もが入っていける寛容な音楽として記録されているのだ。
 とはいえ、やはりここからは強いものを感じないわけにもいかない。坂本龍一は、かつて自分のことを「アウターナショナル」という造語で形容した。ここ数年の日本のエレクトロニック・ミュージックにおいて、あるいはロックにおいても、日本的なエスニシティを強調することで西欧に受ける音楽が散見されるようになった。それはそれでひとつのやり方だろう。しかし、日本のどの音楽家よりも国際舞台において評価され、活動してきている坂本龍一は、自らの属性を日本の外側だと表現したことは忘れたくない。流浪の民のごとき存在であることを主張し、「国は存在しない、理想郷」、そのような言葉で自らの属性を語っているが、この『12』においてもその意思は貫かれている。

 音楽には受容力があり、言葉にすることのできない感覚さえ表現することができる。これは清浄で、超越的な音楽なのだろうか。繰り返すようだが、『12』は、たとえば歴史的なアンビエント作品、『ミュージック・フォー・エアポーツ』や『アンビエント・ワークスvol.ll』なんかと同列に聴くことだって可能なアルバムでもある。 “世界はぼくが思っているよりも速く動いている” 、この年末年始ずっと聴いていた、ディラン・へナーという(坂本龍一を尊敬している)いま注目のUKの若いアンビエント作家の新曲のひとつだが、『12』は、ぼくのなかでは、彼のやはり同じように詩的かつ哲学的な作品ともリンクしている。世俗的なものと切り離されているとは思えないが、世俗的な暗い底流からは解き放たれた音楽であることはたしかだろう。ここまでのところぼくがとくに好きなのは 3曲目“20211201” と 7曲目“20220214” 。どちらも残響音がたまらない。

 いずれにせよ、これはなんて美しい音楽であることか。そしてこれは誰も傷つけたりしない。いまはただただ聴いている。オリエンタリズムを否定しグレン・グールドを愛したエドワード・W・サイードなら「ユートピア的」と形容したかもしれないが、ユートピックでもディストピックでもない、より根源的なものに向かっているようにも感じる。最後の曲では、じつに暗示的に、ツリーチャイム(?)のような音だけが鳴っている。それはぼくには自然の音との回路のように聞こえるし、仮に『12』が個人的な作品だとしても、そこは確実に開かれているのだ。(1月10日記)

Next > 三田格

[[SplitPage]]

三田格

 どうしてそうなったのか覚えていないのだけれど、大学生だった僕と小山登美夫は、その日、新宿アルタのステージにいた。映画『戦場のメリークリスマス』のプロモーション・イヴェントで、僕たちは「戦メリ」に夢中な若者たちという設定でステージ上の椅子に座っていた。2人ともまだ映画は観ていなくて、要するにサクラだった。ステージには30人ぐらいが3列に分けて座らされ、僕らから5席ほど右に坂本さんがいた。前口上のようなものが長くて、僕らは多少、緊張していたけれど、坂本さんはとっくに飽きてしまったらしく、やたらと目でこちらに合図を送ってくる。最初はなんだかわからなかった。坂本さんは視線をこっちに向けながらひっきりなしに眉毛を上下させている。もちろん面識はない。初対面というか、ただ近くにいるだけである。『戦場のメリークリスマス』という映画の意義が語られ続けているなか、坂本さんの眉毛は上下し続ける。僕も小山も吹き出すのを我慢して下を向いてこらえていた。しばらくしてからまた坂本さんの方をちらっと見ると、まだやっている。あのしつこさには参った。ようやくイヴェントが本題に入って坂本さんが若者たちの質問に答える時間が始まり、僕らは解放された(イヴェントの後で僕は坂本さんに “君に胸キュン。” を勝手にリミックスしたテープを渡し、それが坂本さんの番組でオン・エアされたのに、その時の放送を聞き逃してしまい、そのテープが放送されたことを教えてくれたのは砂原良徳だった。さすが「カルトQ」)。10年ぐらい前に坂本さんがドミューンに出演した際、打ち上げでたまたま隣の席になった僕はアルタのイヴェントのことを訊いてみた。なぜ僕らを笑わせようとしたのかと。坂本さんは爆笑して、「覚えていない! あの頃のことはなんにも覚えてない!」と実に楽しそうだった。「忙しすぎてなんにも覚えてないんだよ!」。そして、日本酒の中瓶を取り出すと「これは貴重なお酒で、美味しいから飲んでみて」という。僕はお酒が飲めないというか、お酒を飲むと偏頭痛が大爆発してしまうので、「いや、飲めないんです」と言うと、「いいから飲んで」と引き下がらない。「いやいやいや」と僕がいうと「いいから、いいから」とお酒を注ぎ始める。あのしつこさは変わっていなかった。僕は手塚治虫の酒や赤塚不二夫の酒を飲み、赤瀬川原平やビートたけしのお酒も飲んだ。忌野清志郎のビールもちょくちょく口にしている。ここで坂本龍一の酒だけ飲まないのもなんだよなと思い、頭痛のことは忘れてちょっと飲んでみた。基本的に飲まないので味のことはわからないけれど、それはとても美味しく、なんというか滑らか~で不思議な世界に出会ったような気がした。「お、美味しいですね」。「そうだろー」。坂本さんの眉毛がまた上がった。

 かつてスタジオボイスで坂本さんにインタヴューした際、坂本さんに「アンビエント・ミュージックはつくったことがない」と断言されてしまった。それもかなりきっぱりと。そんな無茶なと思ったけれど、それ以上追求しても眉毛が動くだけだと思って僕はあっさりと引き下がった。なので、『12』を前にして1曲目からアンビエント……と書き出すわけにもいかず、昨年から延々と悩み続け、晦日も正月も雑煮も初荷も通り過ぎ、そうか、この滑らかで不思議な感触はアンビエントではなく、お酒を飲んで気持ちよくなった状態、そう、酩酊音楽と呼べばいいのではないかと思いついた。日本酒の中瓶を持ち歩く坂本龍一の音楽を説明するのにぴったりのカテゴライズではないだろうか。『Gohatto』も『Elephantism』も『Comica』も『Alexei and the Spring』も『Love Is The Devil』もみな酩酊音楽の系譜に属している。坂本音楽の謎がこれでひとつ整理できた。ふー。それでは『12』を紐解いていこう。ここで安心して筆を置くと原稿料がもらえなくなる。『12』は何か遠くのことに想いを馳せているような酩酊音楽で幕を開ける。ブライアン・イーノ “An Ending (Ascent)” を思わせる悲しいドローン。いきなりエモーショナルで、生と死の境界を見つめるかのように透き通った諦観が冒頭から胸を撃つ。喜怒哀楽のどこにも寄せなかった『Comica』とはまったく違う。続く “20211130” からはアルヴァ・ノトとのコラボ・シリーズと同趣向で、少しばかり希望が増大し、ハロルド・バッド『The Room』がニューエイジぎりぎりと評されたように曲の表面を弱々しさが覆いつつ、背後に隠されたテンションが印象派の尊厳を仰ぎ見る。初ソロが『宇宙~人類の夢と希望~』だし、『Esperanto』や『The Fantasy Of Light & Life』の一部を聴くと坂本龍一は気質的にはニューエイジで、それは手塚治虫の影響であり、生まれ変わったら人類学者になりたいと言っていたことからもわかる通り人類全体に対する慈愛や興味が音楽から滲み出している。かといって一時期の知識人たちのようにオウム真理教や統一教会といった個別のニューエイジに引きずられなかったのはやはり知性や教養といった歯止めが効いていたからだろう。ひっきりなしに聞こえるのは坂本の息遣いだろうか。肩の上にジョン・ケージが乗っかっている。酩酊音楽というより、だんだんと瞑想音楽になってきたかと思いきや、息遣いがフィジカルな場面を想像させることで、完全にはスピってしまわない効果を上げている。続く “20211201” もアルヴァ・ノトとのコラボ・シリーズをさらにゆっくりと展開する感じか。余韻が主役。そして、病気をすると肺が弱り、呼吸が短くなるはずなのに、同じように息遣いを混ぜながら8分を超える長い曲に挑んだ “20220123” 。『Comica』にはなかった微妙な透明感が宿り、それがまた儚さを無限に醸し出している。教授、やっぱりこれはアンビエント・ミュージッ……いえ、なんでもありません。
 5曲目で『12』は一転する。重苦しく波打つシンセサイザーは “Carrying Glass(『The Revenant』)” から深刻さを割引いて、ムルコフや伊福部昭よりも92年のレイヴ・ヒット、ユーフォリア “Mercurial” に途中から被さるシンセサイザーをそのまま取り出した感もあり、当然のことながらブリープのループやトライバル・パーカッションは入ってこない。延々とシンセサイザーがとぐろを巻き、アシッドな汗が滲み出る。このグラマラスな厚み。ゴシックを気取った酩酊モードにもほどがある。 “20220207” で再び前半のタッチに戻り、不完全に反復されるミニマルの断片に18番ともいえるピアノの高音でアクセントをつけたイーノ “1/1” のオマージュか。 “戦場のメリークリスマス” で果たした西洋と東洋のクラッシュは継続され、とんでもなく想像力を広げさせてもらうと、上海華夏民族楽団が “ウルトラQのメイン・テーマ” をチョップしてスクリュードさせた大衆音楽の供養にも聞こえる。ジャズ系のダン・ニコルズがスマホだけで録音したという『Mattering And Meaning』にも一脈で通じるものがあり、とくに “Yeh Yeh” は近しい発想に思える。 “20220214” はただ静かにしていたいという気分が反映されているのか、前述の “An Ending (Ascent)” から歓びを差し引き、PIL “Radio 4” をスローダウンさせたようなシンセ・ドローン。喜びや楽しさにもエネルギーは必要だから、その手前で立ち止まり、ただここに「ある」というだけで恩寵があるという価値観がここには刻印されている。酩酊音楽はここまでとなり、以後はピアノ曲に移り、唯一、ヘンデルのカバーらしき副題がつけられた “20220302 - sarabande” は輪郭のはっきりとしたピアノが前景化している(音響のせいなのか、知識のない僕にはラフマニノフ “嬰ハ短調” に聞こえてしまう)。演奏はかなりゆっくりで、アンチ・ドラッグ系の人力スクリュード・プレイというか。続く3曲も短いピアノ・ソロで、『BTTB』でいえば “intermezzo” の系統。坂本龍一のピアノは( “aqua” みたいなものでなければ)どこを切ってもラヴェル(やサティ)が出てくるような気がする(知識が乏しいのでよくわからない)。悲しいともそれを押し殺しているとも、あるいは、メランコリーというのとも違って、前頭葉のどこかにある感情なんだろうけど、ひとまずは言語化できない楽しみができたと強がっておこう。80年代は坂本龍一のつくった音楽が時代の音になったけれど、90年代はハウスやブレイクビーツなど他人がつくったフォーマットを自分流に聞かせるだけで別に坂本龍一じゃなくてもいいんじゃないかと思う曲が多かった。それが『御法度』や『BTTB』で自分の音を取り戻し、坂本龍一でなければならないピアノ曲に昇華させ、それがここにも4曲並んでいる。クロージング・トラックは静かな鐘の音。これまでも時々鳴らされていた音だけれど、こうも続くとドビュッシーがパリ万博で聞いたガムランの音がそのまま坂本龍一のオブセッションとなっていまだに響き続けているかのようである。

 昨年は『Thriller』の40周年記念盤で初めてマイケル・ジャクソン版 “Behind the Mask” を聴いた。想像以上にこれがよかった。アレンジも原曲に忠実で、ポップスとしての完成度は高かった。原盤権を手放すことがカヴァーの条件だったそうで、坂本龍一がそれに応じなかったために『Thriller』への収録は見送られたという。もしも収録されていたらポップ・ミュージックの全体像はいまと少しは異なるものになっていたのだろうか。そうでもないのだろうか。坂本さん本人が “Behind the Mask” のリフはキンクス “You Really Got Me” と同じだったことに後で気がついたと話していて、当時、 “You Really Got Me” のカヴァーで売れまくりだったエディ・ヴァン・ヘイレンが『Thriller』でギターを弾いていたということはなかなかの符合だったとも思う。いずれにしろ坂本龍一はその翌年、 “戦場のメリークリスマス” がベルトルッチの耳にとまって世界に躍り出ることになり、日本では「世界の坂本」として奇妙な立ち位置を占めるようになる。80年代は北野武や村上春樹、川久保玲や安藤忠雄など「世界」に実力を認めさせた日本の文化人を多く輩出していて、なぜか「世界の川久保」とか「世界の村上」とは言われず、その後も「世界の宮崎」とか「世界の草間」もなく、ただ1人坂本龍一だけが「世界」呼ばわりされていた。日本で評価されるということは評価してくれた人の奴隷になると同義で、やがてはその権力を禅譲されるという習慣(家父長制度)がどこまでも染み渡り、若い才能が自由に活動する土壌が整っているとはとても言えないのだけれど、「世界の坂本」がそうした制度の外側で自由に動けたことは大いなる利点であると同時にいったん村の外に出てしまうと日本の村社会には戻りにくいという難点もあった。坂本龍一はそのまま藤田嗣治やオノ・ヨーコのように海外の才能になりきることもありだったという気がするけれど、坂本は日本を愛していると何度も発言し、00年代以降は政治的発言を有効にするために、無意識かもしれないけれど、ダウンタウンとの芸者ガールズだったり、労務者のコスプレをしてTVに出るなど、いわば「足立区のたけし 世界の北野」というパロディと同じ要領で日本の村社会に底辺から出入りする方法を見つけていく(日本人はスゴい才能にひれ伏す気持ちが薄く、どういうわけか素人芸を好むので、圧倒的な才能を実のところは煙たがっていて、自分たちよりも下に見える振る舞いをすれば「親しみやすい」といって受け入れるところが多分にある)。日本の村社会にはそのような抜け道があることを坂本龍一は教えてくれ、そして、そうまでして坂本が日本の才能であり続けてくれたことに感謝すべきではないかと思う。『12』というアルバムを僕は「日本の坂本」として聴きたい。(1月7日記)

R.I.P. Alan Rankine - ele-king

 昨年のウインブルドンではニック・キリオスが大活躍だった。全身に刺青が入った黒人のテニス・プレイヤーで、ショットが決まるたびに客席の誰かに大声で話しかけ、勝っても負けてもオーストラリア本国に戻ればレイプ疑惑で裁判が待っていた(精神障害を理由にいまだに裁判からは逃げている)。大坂なおみが開いたエージェント・オフィスが初めて契約した選手であり、日本に来た時はポケモンセンターの前に座り込んで「絶対にここから離れない」とSNSに投稿していた。僕の推しはカルロス・アルカラスだったんだけれど、昨年は早々とキリオスに負けてしまったので、そのまま惰性でキリオスを追っていた。そうなんだよ、危うくカルロス・アルカラスのことを忘れてしまうところだった。それだけインパクトの強い選手だった。僕がカルロス・アルカラスを応援し始めたのはピート・サンプラスに顔が似ていたから。90年代のプレースタイルを象徴するテニス・プレイヤーで、あまりにもプレーが完璧すぎて「退屈の王者」とまで言われた男。W杯のカタール大会でエンバペがゴールするたびにマクロンが飛び跳ねていたようにサンプラスが00年の全米オープンで4大大会最多優勝記録を打ち立てた時はクリントンも思わず立ち上がっていた。試合でリードしていても苦々しい表情だったサンプラス。内向的で1人が好きだったサンプラス。僕がピート・サンプラスを応援し始めたのはアラン・ランキンに顔が似ていたから。僕はアラン・ランキンの顔が大好きだった。セクシーでガッツに満ち、野獣に寄せたアラン・ドロンとでもいえばいいか。初めて『Fourth Drawer Down』のジャケット・デザインを見た時、この人たちは何者なんだろうと思い、どんな音楽なのかまったく想像がつかなかった。

The Associates – The Affectionate Punch(1980年)

 なんだかわからないままに聴き始めた『Fourth Drawer Down』はなんだかわからないままに聴き終わった。朗々と歌い上げるビリー・マッケンジーのヴォーカルと実験的なのかポップなのかもわからないサウンドは現在進行形の音楽だと感じられたと同時に「現在」がどこに向かっているかをわからなくするサウンドでもあった。その年、1981年はヒューマン・リーグがシンセ~ポップをオルタナティヴからポップ・ミュージックに昇格させた年で、シンセ~ポップのゴッドファーザーたるクラフトワークが『Computerwelt』で自ら応用編に挑むと同時にソフト・セル『Non-Stop Erotic Cabaret』からプリンス『Controversy』まで一気にヴァリエーションが増え、一方でギャング・オブ・フォー『Solid Gold』やタキシードムーン『Desire』がポスト・パンクにはまだ開けていない扉があることを指し示した年でもあった(タキシードムーンはとくにベースがアソシエイツと酷似し、アラン・ランキンは後にウインストン・トンのソロ作を何作もプロデュースする)。『Fourth Drawer Down』はそうした2種類の勢いにまたがって、両方の可能性を一気に試していたようなところがあった。それだけでなく、グレース・ジョーンズ『Nightclubbing』に顕著なファッション性やジャパン『Tin Drum』から受け継ぐ耽美性も共有し、オープニングの“White Car In Germany”では早くもDAF『Alles Ist Gut』を意識している感じもあった。混沌としていながら端正なテンポを崩さない“The Associate”を筆頭に、PILそのままの“A Girl Named Property”、物悲しい“Q Quarters”には咳をする音が延々とミックスされ、あとから知ったところでは“Kitchen Person”は掃除機のホースを使って歌い、“Message Oblique Speech”のカップリングだった“Blue Soap”は公園のようなところにバスタブを置いて、その中で反響させた声を使っているという。まるでジョー・ミークだけれど、ジョー・ミークにはない重いベースと破裂するようなキーボードが彼らをペダンチックな存在には見せていない。

 これらが、しかし、すべて助走であり、アラン・ランキンとビリー・マッケンジーが次に手掛けた『Sulk』はとんでない方向に向かって華開く。昨年、同作の40周年記念盤がリリースされ、全46曲というヴォリウムに圧倒されながらレビューを書いたので詳細はそちらを参照していただくとして、ここではスネアをメタル仕様に、タムを銅性の素材に変えたことで、インダストリアルとは言わないまでも、全体に金属的なドラム・サウンドが支配するアルバムだということを繰り返しておきたい。『Sulk』はパンク・ロックのパワーを持ったグラム・ロック・リヴァイヴァルであり、ニューウェイヴの爛熟期に最も退廃を恐れなかった作品でもある。あるいは15歳のビョークが夢中で聴いたアルバムであり、彼女のヴォーカル・スタイルに決定的な影響を与え、イギリスのアルバム・チャートでは最高10位に食い込んだサイケデリック・ポップの玉手箱になった。『Sulk』はちなみにイギリス盤と日本盤が同内容。アメリカ盤とドイツ盤がベスト盤的な内容になっていた。ジャケットの印刷技術もバラバラで、リイシューされるたびに緑色が青に近づき、裏ジャケットのトリミングも違う。オリジナル・プリントはイギリスのどこかの美術館に収蔵されているらしい。

 ビリー・マッケンジーが『Sulk』の北米ツアーを前にして喉に支障をきたし、アメリカで売れるチャンスを逃したとして怒ったアラン・ランキンはアソシエイツから脱退、『Sulk』に続いてリリースされたダブルAサイド・シングル「18 Carat Love Affair / Love Hangover」(後者はダイアナ・ロスのカヴァー)がデュオとしては最後の作品となってしまうも、『Fourth Drawer Down』以前にリリースされていたデビュー・アルバム『The Affectionate Punch』のミックス・ダウンをやり直して、同じ年の12月には再リリースされる。元々の『The Affectionate Punch』はなかなか手に入らず、その後、イギリスでようやく見つけたものと聴き比べてみると、ミックス・ダウンでこんなに変わってしまうものかと驚いたことはいうまでもない。たった2年でアラン・ランキンが音響技術の腕を確かなものにした自信が『The Affectionate Punch』の再リリースには漲っていた。同作からは“A Matter Of Gender”が先行カットされ、結局、デビュー・シングル“Boys Keep Swinging”(デヴィッド・ボウイの無許可カヴァー)などを加えて元のミックス盤も05年にはCD化される。『Sulk』に続く道も感じられはするけれど、オリジナル・ミックスはまだシンプルなニューウェイヴ・アルバムで、この時期は〈Fiction Records〉のレーベル・メイトだったキュアーとヨーロッパ・ツアーなどを行なっていたことからロバート・スミスがギターとバック・コーラスで参加、ベースのマイケル・デンプシーはその後もアソシエイツとキュアーを掛け持っていた。ロバート・スミスは後にビリー・マッケンジーが自殺する直前、キュアーのライヴを観に来てくれたのに声をかけ損なったことを悔やんで「Five Swing Live」をリリースしたり、“Cut Here”をつくったりしている。

The Associates – Sulk(1982年)

 バンドを脱退したとはいえ、『Sulk』の名声はアラン・ランキンにプロデュース業の仕事を舞い込ませる。ペイル・ファウンテインズ“Palm Of My Hand”は“Club Country”で用いたストリング・アレンジを流用しながら彼らのアコースティックな持ち味を存分に活かし、反対にコクトー・ツインズ“Peppermint Pig”はあまりにもアソシエイツそのままで、これは派手な失敗作となった。彼らのイメージからは程遠いインダストリアル・ドラムに加えて近くと遠くで2本のギターが同時に鳴り続けるだけでアソシエイツに聞こえてしまい、ノイジーなサウンドに尖ったリズ・フレイザーのヴォーカルが入るともはやスージー&ザ・バンシーズにしか聞こえなかった。そして、アンナ・ドミノやポール・ヘイグのプロデュースから縁ができたのか、アラン・ランキンのソロ・ワークも以後は〈Les Disques Du Crépuscule〉からとなる。アソシエイツ脱退から4年後となったソロ・デビュー・シングル“The Sandman”は幼児虐待をテーマにした静かな曲で、カップリングは戦争を取り上げた暗いインストゥルメンタル。続いてリリースされたファースト・ソロ・アルバム『The World Begins To Look Her Age』はアソシエイツのようなエッジは持たず、80年代中盤のニューウェイヴによくあるAOR風のシンセ~ポップに仕上がっていた。これはランキンを失ったマッケンジー単独のアソシエイツも同じくで、マッケンジーもまた気の抜けたアソシイツ・サウンドを鳴らすだけで、2人が離れてしまうと緊張感もないし、いずれもメローな部分ばかりが際立つ自らのエピゴーネンに成り下がってしまったことは誰の耳にも明らかだった。2人がそろった時の化学反応はやはり1+1が3にも100にもなるというマジックそのものだったのである。しかし、2人は93年まで再結成に意欲を示さず、とくにビリー・マッケンジーはイエロやモーリツ・フォン・オズワルドといったユーロ・テクノの才能と組んでサウンドの更新に勤め、それなりに意地は見せていた。アラン・ランキンは『The World Begins To Look Her Age』の曲を半分入れ替えて〈Virgin〉から『She Loves Me Not』として再リリースした後、〈Crépuscule〉から89年に『The Big Picture Sucks』を出して、まとまった音源はこれが最後となる。

Alan Rankine – The World Begins To Look Her Age(1986年)

 93年に再結成を果たしたアソシエイツは6曲のデモ・テープを製作するも94年からアラン・ランキンは地元グラスゴーのストウ・カレッジで教鞭に立ち、それほど頻繁に作業ができなくなった上にビリー・マッケンジーが97年1月に自殺、新しいアルバムが完成されるには至らなかった。そのうちの1曲となる“Edge Of The World”はその年の10月にリリースされたビリー・マッケンジーのソロ名義2作目『Beyond The Sun』に“At Edge Of The World”としてポスト・プロダクションを加えて収録され、さらに3年後、キャバレー・バンド時代のデモ・テープなどレア曲を37曲集めた『Double Hipness』には6曲とも再録されている。6曲のデモ・テープは『The Affectionate Punch』に戻ったような曲もあれば、新境地を感じさせる“Mama Used To Say”にドラムンベースを取り入れた“Gun Talk”など完成されていれば……などといっても、まあ、しょうがないか。ザ・スミスがビリー・マッケンジーを題材にした“William, It Was Really Nothing”に対する10年越しのアンサー・ソング、“Stephen, You're Really Something”も週刊誌的な興味を引くことになった。アラン・ランキンが残した音源は少ない。ビリー・マッケンジーと組んだアソシエイツとその変名プロジェクトにソロ・アルバム2.5枚とソロ・シングル3枚、クリス・イエイツらと組んだプレジャー・グラウンド名義でシングル2枚のみである。また、2010年まで大学教員を続けたランキンは大学内に〈Electric Honey〉を設け、ベル&セバスチャンのデビュー・アルバム『Tigermilk』など多くのリリースにも尽力している。

 ビリー・マッケンジーがソロでつくった曲は間延びした印象を与えることが多かったけれど、アラン・ランキンが加わるとそれがタイトになり、まるで伸び伸びとは歌わせまいとしているようなプロダクションに様変わりした。アソシエイツはそこが良かった。歌が演奏にのっているというよりも声と演奏が戦っているようなサウンドだったのである。まったくもって調和などという概念からは遠く、ビリー・マッケンジーがどれだけ気持ちよく歌っていてもアラン・ランキンのギターは容赦なくそれを搔き消し、いわば主役の取り合いだった。“Waiting for the Loveboat”も脱退前にアラン・ランキンが録っていたデモ・テープはぜんぜん緊張感が違っていた。アラン・ランキンはおそらくせっかちなのである。彼らの代表曲となった“Party Fears Two”がトップ10ヒットとなり、トップ・オブ・ザ・ポップスに出演した時もランキンは同番組が口パクであるのをいいことに鳴ってもいないバンジョーを弾いたり、ピエール瀧の綿アメみたいに客にチョコレートを食べさせるなどふざけまくっていたのは、たった1曲のために2時間以上も拘束されるため「飽きてしまったから」だと答えていた。『Fourth Drawer Down』も実はそれまでがあまりに狂騒状態だったので、少しは落ち着こうとしてつくった曲の数々だったというし、それがまた再び狂騒状態に戻ったのが『Sulk』だったから、あそこまで弾け飛んだということになるらしい。自分の人生を何倍にも巨大なものにしてくれる人との出会いがあるということはなんて素晴らしいことなのだろう。2人合わせて103歳の人生。短い。あまりに短いけれど、『Sulk』はこれから先、いつまでも聴かれるアルバムになるだろう。R.I.P.

DJ Shufflemaster - ele-king

 90年代後半、ダンス向けの12インチにこだわった日本のレーベル〈Subvoice Electronic Music〉などから作品を発表し、日本のテクノ・シーンを支えてきたひとり、DJ Shufflemaster による唯一のアルバムがリイシューされる。2001年に〈Tresor〉から出ていたフロアライクなその『EXP』は、年明け1月27日にアナログ3枚組とデジタルの2形態で発売。ストリーミングでの配信は今回が初で、アートワークも Sk8thing の手により一新されている。現在、ミニマルな先行シングル曲 “Imageforum” が公開中。これはクラブに行きたくなりますね。

DJ Shufflemasterとして知られる金森達也は、東京のテクノ・アンダーグラウンド・シーンの最重要人物のひとりであり、初期は〈Subvoice〉レーベルから始まり、〈Tresor〉、〈Theory Recordings〉、および日本の〈Disq〉といったレーベルから多数の作品を発表してきた。オリジナル版リリース時の2001年当時、彼はこの作品を、多様な潜在的アイデアを編み込んだ、網のようなアルバムだと考えていたという。「私の思想、自分のすべてを表したアルバムであるべきなんです。私の思想や、生きている理由が現れていなければ、アルバムを作る意味などないのです。ですから、『EXP』 には、単一のテーマやコンセプトはありません」

『EXP』は、純粋にフロアに焦点を当てた、妥協のないサイケデリックなテクノのあり方を体現している。“P.F.L.P.” や “Opaqueness” のようなミニマルでダビーなトラックから、より激しくパーカッシヴな楽曲まで、ベルリン〜デトロイト〜UKを繋ぐサウンド・ムーヴメントに共通する、テクノというジャンルの多面性を網羅している。テクニカルで削ぎ落とされた “EXP” や “Onto The Body” のようなストレートなテクノ・トラックがある一方で、このアルバムは予測不可能な領域にも頻繁に飛び込んでいく。“Angel Exit” などは、まるでルーツマンの失われたダブプレートかのような、UKステッパーズの神秘性を漂わせている。かと思えば、“Flowers of Cantarella” や “Dawn Purple” では、金森はデジタル・グランジとでも呼ぶべきループの深みへ、変形自在な人工的世界へと誘う。

『EXP』 は、今こそ新たな耳へと届けられるべき、〈Tresor〉の過去から発掘された大胆で新鮮なテクノの至宝である。

artist: DJ Shufflemaster
title: EXP
label: Tresor
release: 27th January 2023

tracklist:
01. EXP
02. Slip Inside You
03. Onto The Body
04. Fourthinter
05. Imageforum
06. Angel Gate
07. P.F.L.P.
08. Experience
09. Experience (Surgeon Remix)
10. Angel Exit
11. Flowers Of Cantarella
12. Innervisions
13. Innervisions (Pilot)
14. Opaqueness
15. Dawn Purple
16. Climb*
17. Guiding Light*

*digital bonus

https://tresorberlin.com/product/96122/

R.I.P. Terry Hall - ele-king

野田努

 「テリー・ホールの声は、まったくレゲエ向きじゃない」と、ジョー・ストラマーは言った。「だから良いんだ」。ザ・クラッシュの前座にオートマティックスを起用したときの話である。たしかに、テリー・ホールといえばまずはその声だ。ダンサブルで、パーカッシヴで、ポップで、エネルギッシュな曲をバックに歌っても憂いを隠しきれないそれは、最初から魅力的で、忘れがたい声だった。

 12月18日、テリー・ホールが逝去したという。この年の瀬に、悲しいニュースがまた届いた。10代のときからずっと好きだったアーティストのひとりで、とくにザ・スペシャルズの『モア・スペシャルズ』(1980)とファン・ボーイ・スリーの『ウェイティング』(1983)、UKポスト・パンクにおける傑出した2枚だが、ぼくにとっても思い入れがあるレコードだ。これまでの人生で何回聴いたかわからない類のアルバムで、この原稿を書いているたったいまはFB3のファースト(1982)をターンテーブルの上に載せている。
 ザ・スペシャルズの功績や「ゴーストタウン」(1981)の重要性についてはすでに多くが語られてきているし、ぼくも書いてきているので、サウンド面でも歌詞の面でも、「ゴーストタウン」の序章としての『モア・スペシャルズ』、その続編としてのFB3についてこの機会にフォーカスしてみたい。
 そもそも、エネルギッシュなスカ・パンクとして登場したバンドの2作目にしては、『モア・スペシャルズ』はじつにダークで空しく、苛立っている。アルバムは、ドリス・デイの50年代のヒット曲のカヴァー“Enjoy Yourself (It's Later Than You Think)”にはじまり同曲で終わっているが、この「君自身が楽しめ」をテリー・ホールが歌うと曲名の字面ほど前向きにはならないところがぼくにはたまらなかった。なにせこの曲は、「楽しめ」「遅すぎるけど」と歌っているのだ。楽しむにはもはや遅いかもしれない。それほど事態は最悪のほうに向かっている。アルバムのなかの、とくに“Do Nothing”や“I Can't Stand It”といった曲には耐え難い空しさや苛立ちが表現されているが、それらの感情がサッチャー政権のもたらした貧困と失業の増加、軍国主義、人種差別や性差別が横行する当時のイギリス社会から来ていることは、「ゴーストタウン」を経て始動したFB3の作品においてより明白になっていく。
 ザ・スペシャルズのメンバーふたり(リンヴァル・ゴールディングとネヴィル・ステイプル)と組んだ「楽しい男の子3人衆」は、まったく楽しくない言葉を、非西欧音楽にインスパイアされたそのパーカッシヴなサウンドとしばし陽気なメロディのなかに混ぜていった。「イカれた連中が収容所を支配し、俺の言葉の自由を奪う」などと歌っている音楽においては、「ファン・ボーイ・スリーがやって来る、ファン、ファン、ファン!」という当時の日本盤の邦題は的外れも甚だしいと思われるかもしれないが、しかし、FB3が見かけは明るいポップ・バンドであって、なおかつ彼らの皮肉屋めいた側面を思えばこの邦題もあながち滑っているわけではなかった。
 ファッショナブルで華やかなファンカラティーナの季節にリリースされたそのセカンド、デイヴィッド・バーンがプロデュースしたもうひとつの傑作『ウェイティング』は、翌年登場するザ・スミスよりも以前にイングランドをとことん辛辣な言葉で叩いた1枚で、悲しいことにいまでもテリー・ホールの言葉は通用している。「旧植民地から月を作る/戦争難民のように扱われる/あなたがいるからぼくたちはここにいる/ここがぼくの故郷だ」“Going Home”
 そんなわけでいま、ぼくのターンテーブルには『ウィティング』が回っている。絶対的な名曲“Our Lips are Sealed”(EPのB面はウルドゥー語のヴァージョン)を収録したこのアルバムは、またしても暗いメッセージに満ちている。彼個人が受けた性的虐待を明かした“Well Fancy That”は有名だが、サウンド面でも古びていないこのアルバムにはいまでも考えさせられる言葉がいくつもある。「ヒップなソーシャルワーカーがコーディロイのジャケットに過激派のバッジをつけている/自分の信念を見せるためか?/人は何かしなければならないことをしたのかな?」“The Things We Do”

 こんなリリックの音楽だが、先述したように、FB3はさわやかな衣装を好むメロディックなポップ・バンドだったのだ(FB3の1stでコーラスを担当した女性たちは後にバナナラマとしてポップ・チャートを駆け上がっていく)。こうしたコントラストは、ある程度は自分たちでコントロールしていたのだろう。とはいえトリッキーが、テリー・ホールこそ我がヒーローだとニアリー・ゴッド・プロジェクト(1996)において共演を果たしているように、決して本人がそれを望んだとは思わないが彼は暗くネガティヴな歌を歌っているときこそもっとも輝くシンガーだった。ソロになってからの2枚目の、デーモン・アルバーンやショーン・オヘイガンが参加した、しかもある意味ソフトロックめいた『笑い(Laugh)』(1997)は、笑顔どころか涙で溢れている。

 テリー・ホールは、1999年には日本のサイレント・ポエツのアルバム『To Come...』に招かれているが、21世紀になってからはゴリラズとデトロイトのヒップホップ・チーム、D12とともび911へのリアクション「911」を2001年に発表し、続いてゴリラズの『Laika Come Home』(2002)でも2曲歌っている。で、2019年にはザ・スペシャルズのメンバーとして『Encore』を発表。2021年には過去のプロテストソングのカヴァー集『Protest Songs 1924-2012』(ゴスペルからレナード・コーエン、ボブ・マーレー、イーノ&バーンの曲までカヴァーしたこの選曲は面白い)をリリースしている。テリー・ホールの声は「イギリス人の声だ」とジョー・ストラマーは言ったが、結局彼は、コヴェントリーというイングランドの自動車工業で栄えた労働者の街の子孫として、自分の信念から大きくぶれたことなどなかったといえる。
 没年63歳とは、しかし早すぎる。とはいえ、彼がザ・スペシャルズやFB3でやったことは、これからも我々にインスピレーションを与えてくれるだろう。この先良くなる気配の感じられないようなきつい時代に、では我々は何をしたらいいのか、何を歌うべきなのか、もし迷うことがあったらテリー・ホールの声を温ねたらいい。「君自身が楽しめ。もう遅いけど。元気があるうちに」

 なお、現在ロンドンにいる高橋勇人は、どういうわけかそのご子息であるフェリックス・ホールと友だちになった。在英中の日本人DJ、チャンシーとも交流のある彼はいま〈Chrome〉レーベルを運営しつつロンドンのアンダーグラウンド・シーンには欠かせないレゲトン/ダンスホールのDJとして活躍している。

[[SplitPage]]

三田格

 それまでの輝かしい功績の数々に比べて94年にリリースされたテリー・ホール初のソロ・アルバム『Home』はあまりパッとしなかった。オープニングからミシェル・ルグランの影響が窺え、彼のキャリアのなかではカラーフィールドを受け継ぐシンプルなギター・ロック・サウンドが中心。アンディ・パートリッジやニック・ヘイワードとの共作が目を引くものの、全体的にはクレイグ・ギャノンやプロデュースを務めたイアン・ブロウディの色が強く出たのか、10年遅れのザ・スミスといった仕上がりに。ジャケット・デザインはとても彼らしく、初のソロだからといって虚勢を張るポーズではなく、床にしゃがみこんで体育座りをしている。わざわざコンセプトはホール自身だというクレジットも入っている。デーモン・アルバーンをフィーチャーした「Rainbows EP」を挟んで続くセカンド・ソロ『Laugh』(97)も同じくで、前作よりは厚塗りのサウンドでゴージャスな面もあるものの、ジャケット・デザインはやはりオフ・ビート的なユルいポートレイトが選ばれている。この時期は肩の力を抜きたかったということなのだろう、“Misty Water”などは安全地帯“ワインレッドの心”にも聞こえるし、エンディングはトッド・ラングレン“I Saw the Light”のカヴァー(シングルのカップリングではジョン・レノンやカーペンターズも取り上げている)。 

 さすがだったのはそれから6年後にファン・ダ・メンタルのムシュタークと組んだジョイント・アルバム『The Hour Of Two Lights』。ファン・ダ・メンタルはレイヴに対するリアクションとしてトランスグローバル・アンダーグラウンドやループ・グールーなどと共に現れたコンシャス・ヒップ・ホップで、スペシャルズの理念を受け継いだ人種混淆ユニット。同作ではアラブ音楽に多くを借りながらマッシヴ・アタックを思わせるブレイクビートにエスニックな要素をふんだんに盛り込み、ファン・ボーイ・スリー“The Lunatics Have Taken Over The Asylum”が重みを増したようなサウンドになっていた。これをリリースしたのもデイモン・アルバーンで、彼が後にイギリスのプロデューサーたちを大挙してコンゴまで引き連れ、DRCミュージックによるチャリティ・アルバムを製作した際のモデル・ケースとなったことは想像に難くない。『The Hour Of Two Lights』にはシリアやレバノン、アルジェリアやポーランドのジプシーなどマイノリティで、しかも子どもや障害者のミュージシャンが多数招かれ、それだけで強いメッセージを放つものになっていた。そう、テリー・ホールのキャリアは70年代のスペシャルズに遡る。白人と黒人が一緒にグループを組んだことで知られるスカ・リヴァイヴァルのグループである。

〈Two-Tone〉以前にイギリスで白人と黒人が一緒に音楽を演奏をしなかったわけではない。トラフィックにはロスコ・ジーやリーバップがいたし、ラヴにもジョー・ブロッカーがいた。しかし、白人と黒人が一緒に演奏することをレーベル・デザインにまでしたのはなかなかに強い主張であった(鮎川誠がデザインを見て「スカッとしている」とTVでダジャレを言っていた)。テリー・ホールの訃報を伝える記事にも「いまストームジーがやっていることを、かつてやっていたのがテリー・ホールだった」という見出しがあったほどである。スペシャルズの詳細は野田努ががっつり書くだろうから、簡単にするけれど、“Gangsters”と“International Jet Set”のことは書いておきたい。“Gangsters”のイントロはいま聴くと大したことはないけれど、当時は一体これから何が始まるのだろうと思うようなもので、これとポップ・グループ“We Are All Prostitutes”、そして、PIL“The Cowboy Song”は10代の僕が3大トラウマになったイントロダクションである。スペシャルズが分裂する原因になったとはいえ、スカとラウンジ・ミュージックを融合させるというジェリー・ダマーズのアイディアが炸裂した“International Jet Set”も本当にヘンな曲で、スペシャルズに影響を受けたというバンドはこの後、続々と出てくるけれど、この曲だけは誰も引き取り手がないままいまだに宙をさまよっている。また、コヴェントリーの自動車産業が衰退していく様を題材にした“Ghost Town”が普遍的な価値を得たことについてテリー・ホールは、後に「若気の至りで書いた曲だけど、いまだに説得力があるのは悲しいことだ」とも話していた。

 “Ghost Town”はスペシャルズにとって2枚目の12インチ・シングルだった。よくアナログ・レコード世代という言い方があるけれど、僕は自分のことを12インチ・ジェネレーションだと勝手に思っていて、スペシャルズからファン・ボーイ・スリーへと移り変わって行ったプロセスがまさに12インチ・シングルのポテンシャルが発揮され出した時期に当たっていた。方向性の違いでスペシャルズを脱退したテリー・ホール、リンヴァッル・ゴールディング、ネイヴィル・ステイプルズの3人で新たにスタートを切ったのがファン・ボーイ・スリーで、デビュー・シングル“The Lunatics Have Taken Over The Asylum”はスカではなく、アフリカン・ドラムを基調にしたブリティッシュ・ファンクにエキゾチック・サウンドを取り入れた変化球。ラウンジ・ミュージックを巡ってジェリー・ダマーズと袂を分かったとはいえ、彼のアイディアが部分的に生かされている気がしないでもない。バス・ドラムがゆっくりと全体をドライヴさせていく感じはそのままマッシヴ・アタック“Daydreaming”につながるし、“Daydreaming”もブリティッシュ・ファンクのワリー・バダルーをサンプリングしているのだから似ていて当たり前ともいえる。テリー・ホールが『Laugh』をリリースした頃だと記憶しているけれど、イギリスの音楽誌でトリッキーがテリー・ホールと対談するという企画があり、その席でトリッキーは緊張しすぎて完全に舞い上がっていた。トリッキーにしてみればサウンド面では明らかにパイオニアだし、彼のような次世代がファン・ボーイ・スリーに会うというのはそういうことだったのだろう。

 “The Lunatics Have Taken Over The Asylum”のカップリングは同趣向の“Faith, Hope And Charity”。驚いたのは高木完がハウス・ミュージックが台頭してきた時期に“Faith, Hope And Charity”はハウス・ミュージックになると話していたことで、実際に同曲はFX名義でハウス・ヴァージョンがリリースされたこと。手掛けたのはドイツのフェリックス・リヒターで、“Faith, Hope And Charity”はものの見事にアシッド・サマーに溶け込んでいた。続く“It Ain't What You Do..”は意表をついて30年代のジャズ・クラシックをスカでカヴァー。一気に彼らの音楽性が挑戦的になり、コーラスにはまだシヴォーン・ファーイが在籍していたバナナラマをフィーチャー。ここまではアルバム・テイクと12インチ・シングルは同じもので、カップリングとなる“The Funrama Theme”でロング・ヴァージョンが初めて試される。てんやわんやのヨイヨイヨイみたいな曲をダブにしたお遊びである。そのオリジナルにあたる“Funrama 2”が収録されたデビュー・アルバム『The Fun Boy Three』がついに82年3月にリリースされる。現代風にいうとトライバル・ファンクの宝庫で、様々な方向に向かい出していたニュー・ウェイヴのなかでもとりわけ猥雑さにあふれ、同時期に様式美を追求していたニューロマンティクスとは対極にあると感じられた。ここから“The Telephone Always Rings”がカットされ、初めてAサイドにダブ・パートを入れたロング・ヴァージョンがフィーチャーされる。転調を繰り返す構成やテリー・ホールの歌い方は“Ghost Town”に揺り戻したようなところがあり、リズム・ボックスの重い響きはあまりほかでは聴いたことがない。

 ファン・ボーイ・スリーはライヴを観たことがなかったので、ユーチューブにライヴがアップされた時は、そのユニークなバンド構成に目を見張った。白人の男はテリー・ホールだけで、リンヴァル・ゴールディングとネイヴィル・ステイプルズは当然ながら黒人、そしてバックを固めていたミュージシャンはドラムから何から全員が女性だった。ダイヴァーシティのダの字もなかった80年代初頭のことである。学校のクラスは3分の2が黒人だったとテリー・ホールは話していたことがあったから、彼にとっては特別なことではなかっただろうし、パンクが女性の表現と共にあったことを思うと、それも自然な流れだったのかとは思うけれど、それにしても面白い映像だった。このライヴ映像は何度観たかわからない。“The More I See (The Less I Believe)”で始まるので、セカンド・アルバム『Waiting』がリリースされた頃のライヴなのだろう。あれだけリズム・コンシャスな音楽をやっていながらテリー・ホールが最初から最後まで直立不動でビクとも動かないのも興味深く、ステージでも楽屋でも笑顔はほとんど見せない。対照的にリンヴァル・ゴールディングとネイヴィル・ステイプルズは時に楽器も触らないでステージ狭しと踊りまくっていたり。2人が“We're Having All The Fun”でちょこっとだけ歌うシーンもある。クライマックスはなんとスペシャルズの“Gangsters”。つーか、またしても全編観てしまった。

 スペシャルズにはゴー・ゴーズやプリテンダーズのクリッシー・ハインドがコーラスで参加し、ファン・ボーイ・スリーにもバナナラマがいて、テリー・ホールのまわりにはいつも女性たちがいるという印象だけれど、テリー・ホールはセカンド・アルバムに収録された“Our Lips Are Sealed”をゴー・ゴーズのジェーン・ウィードリンと共作し、波に乗っていたゴー・ゴーズのヴァージョンはあっさりと全米チャートを駆け上がる。ゴー・ゴーズの“Our Lips Are Sealed”があまりにもアメリカン・ロックの王道だったので、これを追ってファン・ボーイ・スリーのヴァージョンを聴いた時は最初はどんよりと淀んだ曲に聴こえたぐらい。しかし、粘っこいリズムが癖になってくると、だんぜんファン・ボーイ・スリーの方がいい。この曲も12インチ・ヴァージョンは10分を超える2部構成で、ファンク・テイストを前面に出し、中盤はほとんどプリンスと同じ、さらにはウルドゥー語ヴァージョンまで収録するという凝り方だった。デヴィッド・バーンがプロデュースにあたったセカンド・アルバム『Waiting』は長い間、不思議なタイトルだと思っていたけれど、どうやら「あなたのような人を待っている」という意味らしく、「あなた」というのはこのアルバムを聴く人ということなのだろうかと疑問はいまだに続いている。『Waiting』は60年代の映画「ミス・マープル」シリーズの主題歌“Murder She Said”のカヴァーで幕を開け、先行シングル“The More I See (The Less I Believe)”や“The Pressure Of Life (Takes Weight Off The Body)”はやはりジェリー・ダマーズともめたはずのジョン・バリー調、タンゴに取り組んだ“The Tunnel Of Love”を先行シングルとしてカットし、なかでは、最後に収められた“Well Fancy That”が最大の問題作だろう。この曲の歌詞をかいつまんで訳してみる。

あなたはフランス語を教えてくれるといって
僕をフランスに連れていった
10時に集合だとあなたは言った
僕は12歳でまだナイーヴだった
あなたは旅行の計画を立て、僕はあなたの車に座っていた
僕の初めての海外旅行
フランスに行くんだ
信じられないよ
週末はフランスにいるんだ
信じられないよ
ホテルを見つけてチェック・インし、荷物を解いた
長い1日だった
あなたはベッドに入ろうと言った
あなたが僕を観ていると僕は感じた
僕はベッドに入り、あなたは本を読んでいるフリをしていた
灯りが消え、僕は眠り、驚きで目がさめた
あなたの手が僕の体を触っていた
僕は声を出すことができなかった
僕は横を向いて泣いた
フランスで最初の夜
信じられないよ
あなたは僕を怖がらせる
僕は眠りたかった
信じられないよ
朝が来てフランスを離れ、僕は家に帰った
フランスへの旅
信じられないよ
あなたはいい時間を過ごした
セックスを犯罪に変えて
信じられないよ

 これは実話だそうで、12歳の時に学校の先生に誘拐されてフランスまで行き、ナラティヴに綴られた歌詞にある通りペドフィリア(小児性愛)にいたずらをされ、なんとか最後は力づくで逃げ帰ってきたのだという。これが原因で元の生活には戻れず、14歳で学校もドロップ・アウト、掟ポルシェのように様々なアルバイトを転々としながらパンク・バンドで歌っていたところをジェリー・ダマーズにスカウトされてスペシャルズに加わることができたという。前述したムシュタークとの『The Hour Of Two Lights』をリリースした翌年にもこの事件のことが原因で鬱になり、自殺未遂を起こしている。このことについて話すポッドキャストを聞いていたら、12歳の時に精神安定剤漬けになってしまい、それをまた誤って服用したことがトリガーになったらしい。“Well Fancy That”を書いたことで少し軽くなったろうと思いたいけれど、テリー・ホールがここまで黒人や女性たちとバンドを組んできたこともこういったことが影響はしているのかなと。そして、ファン・ボーイ・スリー解散後に彼は初めて白人の男性だけで結成したカラーフィールドに歩を進める。

 カラーフィールドはなぜかマンチェスターで結成され(バンドにマンチェスター出身はいない)、深刻な雰囲気のギター・ポップ“The Colourfield”で84年にデビュー。続く“Take”の12インチにはミシェル・ルグラン“Windmills Of Your Mind”のカヴァーが収録され、この選曲がある意味ですべてを物語っていた。60年代をストレートに振り返るノスタルジー・ポップスやスウィンギン・ロンドンに焦点を当て、テリー・ホールは泣きに力を入れて歌い始めたのである。スペシャルズとファン・ボーイ・スリーには音楽的な連続性があったけれど、それがスパッとここでは断ち切れていた。すでにテリー・ホール信者となっていた僕に戸惑いはなく、時代もスキゾフレニアを推奨していた時期である(ポール・ウェラーという例もあった)。“Windmills Of Your Mind”を換骨奪胎したような“Castles In The Air”やデビュー・アルバム『Virgins And Philistines』の冒頭にも置かれていたサード・シングル“Thinking Of You”もとても素晴らしく、懐古調を僕もとても楽しんだ。なかではザ・ローチェス“Hammond Song”のカヴァーは群を抜いた優しさを運んできた。セカンド・アルバムではそれが、しかし、早くも崩れることになる。当時、イギリスのヒット・チャートは同じシクスティーズでも、ユーリズミックスやスクリッティ・ポリッティはそれをエレクトロニック・ポップの文脈でリヴァイヴァルさせていた。カラーフィールドも『Deception』でプログラム・サウンドへの移行を試みるも、そのような変化を必要としていたサウンドには聞こえず、彼らの良さをすべて失ってしまったように感じたものである。

 次から次へとバンドを立ち上げていくテリー・ホールが次に組んだユニットが、そして、テリー、ブレア&アヌーシュカ。黒人2人と組んだファン・ボーイ・スリー、白人男性2人と組んだカラーフィールドに続いて、今度は女性2人と組んだわけである。ブレア・ブースはアメリカの役者で、アヌーシュカ・グロースは宝石を扱う人らしい。『超近代的子守唄(Ultra Modern Nursery Rhymes)』と題されたアルバムはダスティ・スプリングフィールドを思わせる曲が多く、やはりスウィンギン・ロンドンには心を残していたのかなと。カラーフィールドよりもタイトで、繊細さはなく、もしかするとゴー・ゴーズに近いサウンドだったといえる。さらに2年後にはユーリズミックスのデイヴ・ステューワトとヴェガスを結成し、このユニットが一番記憶に薄く、時期的にもレイヴに飲み込まれて存在感はまったくなかったと思う。いま、聴いてみても『Deception』をもう一度繰り返しているという感じで、新しい発見はなかった。そして、冒頭に挙げたソロ・ワークへと続き、近年はデイモン・アルバーンとの親交が深かったようで、ゴリラズに参加したり、ヴェテラン・レゲエのトゥーツ&ザ・メイタルズが様々なヴォーカリストをゲストに迎えた『True Love』で歌うなど細々とした活動を続けていた一方、07年にはついにジェリー・ダマーズ抜きでスペシャルズを再結成。スペシャルズはその後もメンバーの交代が激しく、13年にはネヴィル・ステイプルズがいち早く脱退。テリー・ホールとネヴィル・ステイプルズが違う道を進むのはこれが初めてとなる。スペシャルズは、そして、19年には『Encore』、20年にもプロテスト・ソングばかりをカヴァーした『Protest Songs 1924-2012』と新作まで完成させたのはなかなかにスゴく、次にレゲエ・アルバムの準備を始めたところでテリー・ホールのすい臓がんが見つかったという。昨年、自身のソロ・アルバムをリリースしたばかりのネヴィル・ステイプルズはテリー・ホールの訃報に触れてファン・ボーイ・スリーのレコーディング状況を回想しており、レコーディング慣れしていないテリー・ホールに力が発揮できるようデヴィッド・バーンが努力したことを明かしている。

 テリー・ホールという人はとにかく一貫性がないし、人々の記憶に残る場面もきっとバラバラなのだろう。ユニットの組み方がとにかく多様で、彼よりも前に同じようなことをやったミュージシャンはきっといないに違いない。テクノ以降にはそれも普通になった印象はあるけれど、ロック・ミュージックがまだ主流の時代に多面体として活動できる前例をつくり、デヴィッド・ボウイが1人でやっていたことを、ある意味で、どんな人と組んでもやってのけたといえる。さらにはナショナル・フロントに目を付けられる一方、単に感傷的な歌を熱唱するだけだったりと、共通しているのは彼の歌がエモーショナルだということぐらいだった。そう、彼のヴォーカルはいつもまっすぐに僕の胸に飛び込んできた。テリー・ホールのまっすぐな感じが僕は好きだったな。TOO YOUNG TO DIE。R.I.P.

※12月26日に原稿の一部を修正
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29