「Nothing」と一致するもの

FORESTLIMIT 6th Anniversary - ele-king

 東京は渋谷区、幡ヶ谷にあるアンダーグラウンド実験スペースForestlimit。質の高い音響システムを用いた音楽イベントだけではなく、ライヴ・ペインティングから古着店の移動販売に至るまで、東京のあらゆる文化の交差点兼発信地として重要な役割を果たしている場所だ。
 今年で6周年を迎えるForestlimitが、海外より豪華なアーティストを招きアニヴァーサリー・パーティを数日に渡って開催する。ピンチが主宰する、〈Tectonic〉から昨年に発表したアルバムが好調の、今回初来日を果たすマンチェスターの若手最重要プレイヤー、Acre(エイカー)。前回の来日公演が記憶に新しい、〈PAN〉のなかでもよりレフトフィールドに属するロンドンのHelm(ヘルム)。どちらも昨今のシーンにおいて無視することはできない存在だ。
 もちろん、東京のローカル・シーンで活躍する1-Drink、CARRE、DJ Soybeans、S-Leeらもプレイ。東京の地下が世界と繋がる瞬間を見届けよう。今週の28日木曜日には、AcreとHelmはForestlimitクルーらと共にDommuneにも出演する予定。

■ACRE (Codes / Tectonic from Manchester)

イングランド北部最大の都市、マンチェスターを拠点に活動するプロデューサー。ピンチ主宰の〈Tectonic〉や〈PAN〉のサブレーベル〈Code〉からのリリースや、マンチェスターを拠点の集団、Project13の創設メンバーとして活動。プロフィール写真のほとんどで顔を隠し、ネットには情報がほとんど上がっていなかったため、謎のプロデューサーとして知られていた。グライム、ジャングル、テクノを横断しつつも、そのどれにも固着しないサウンドは、UKアンダーグラウンドの多面性を反映していると言えるだろう。2015年に〈Tectonic〉よりリリースされたファースト・アルバム『Better Strangers』からは、彼が目指す漆黒の未来音響世界が垣間見られる。最近では、Project13のクルーとはじめたイングランドの人気ネットラジオ番組、NTSでのレギュラー番組が話題を呼んでいる。

■HELM (PAN / Alter from London)

ロンドンを拠点とする電子音楽作家ルーク・ヤンガーによるソロ・プロジェクト。ハードコア・バンド等様々な経歴を経て、2008年にソロ・デビュー以来、フィールド・レコーディング、エレクトロアコースティック、エレクトロニクスを織り交ぜたサンプリングを主体の多種多様なアンビエント/ドローン作品を〈PAN〉を軸に音響/インディ・レーベルから発表。2010年に立ち上げた自身のレーベル〈Alter〉ではHieroglyphic Being、Bass Clef、Basic House、Lumisokeaといったインダストリアル〜ポスト・パンク〜クラブ/ダンス・ミュージックにまで連なった実験的な作品を次々とリリース。ここ数年はよりノイジーでメタリックなインダストリアルな趣へと傾倒し、〈PAN〉からの6枚目となる最新作『Olympic Mess』(2015)ではオリンピックで解体されていく都市部の情景を映し出すような、退廃的な閉塞感と開放感が共存したリズミックなループ・ベースのアンビエント/ドローン作品を発表。昨年にはデンマークのポスト・パンク/ハードコア・バンドIceageのツアーとの帯同を果たし、アートや実験電子音楽シーンの枠を超えインディともクロスオーバーしながらを着実に注目を集めている。

【Acre Japan Tour】

■東京公演
Isn't it? x Forest Limit 6th Anniversary
日時:4月30日 土曜日 23:00-Open/Start
会場:幡ヶ谷Forest Limit
料金:Door 1500yen +1Drink
出演 :
Acre (Codes,Tectonic) from Manchester
1-Drink
THE KLO
TUM(VOID)
S-Lee(Riddim Noir)
DJ Soybeans

info: https://forestlimit.com/fl/?page_id=11019

■大阪公演
-merde-
日時:4.29 FRI Open/Start
会場:Socorefactory 19:00
料金:Door 2500yen
出演:
Acre(Tectonic/PAN×Codes/Project13)
ALUCA(FACTORY)
satinko(Cm3)
YOUNG ANIMAL(merde)
ECIV_TAKIZUMI(merde)

info: https://socorefactory.com

【Helm Japan Tour】

■東京公演
Forest Limit 6th Anniversary
日時:4月29日金曜日 OPEN / START : 18:00
料金:DOOR Only : ¥2,500 + 1D
出演 :
HELM [PAN / from London]
CARRE
CVN
7e
Dirty Dirt

more info : https://forestlimit.com/fl/?page_id=11019

■新潟公演
experimental room #22
日時:4.30 sat OPEN 17:00 / START 17:30
会場:砂丘館 (Sakyu-Kan)
料金:ADV ¥3,000 | DOOR ¥3,500 Ouside Niigata ¥2,500 | FREE Under 18
出演:
HELM [PAN from London]
食品まつり a.k.a foodman
PAL
JACOB

チケット・メール予約 : info@experimentalrooms.com
※件名を「4/30チケット予約」としてお名前とご希望の枚数をご連絡下さい。
more info : https://www.experimentalrooms.com/events/22.html

■大阪公演
BFF #002 HELM Japan Showcase
日時:5.2 mon OPEN : 19:00 START : 19:30
会場:Conpass Osaka
料金:ADV ¥2,800 DOOR¥3,000 Falus Sticker¥2,500
出演 :
HELM [PAN / Alter from London]
bonanzas
行松陽介
Falus

more info : https://birdfriendfalus.tumblr.com/

復刊! 『ロック画報』 - ele-king

 2000年に「はっぴいえんど特集」で創刊となり、2006年の「裸のラリーズ特集」までじつに全25巻を数えて幕を引いた『ロック画報』が、このたび復刊する。
 復刊号の目玉となるのは「はちみつぱい特集」。はっぴいえんど同様、日本のロックのルーツにして、昨今、年長世代からはもちろん、インディ/メジャーを問わず若いアーティストからもふたたびの注目を集める存在だ。編集には小川真一と平澤直孝、そして表紙は本秀康とまさにこの上ないメンバー、詳細は追っての発表となる。

2000年「はっぴいえんど特集」で創刊、2006年の「裸のラリーズ特集」等、全25巻で幕となった『ロック画報』が「はちみつぱい特集」でセンチメンタル通りから蘇ります!

 のちにムーンライダーズを結成する鈴木慶一、かしぶち哲郎、武川雅寛、岡田徹、椎名和夫が在籍し、はっぴいえんどと並んで日本語ロックの先駆的存在として知られるはちみつぱい。
 昨年の鈴木慶一の45周年記念ライヴで蘇り、今年5月にはビルボード・ライブ(東京 / 大阪)で奇跡の“Re:Again”と、その活動はヒートアップ!

 本書はその脅威にして錚々たるメンバーの協力を得て、滋養強壮に富む『ロック画報』ならではの内容となるのはたしか。編集人は小川真一と平澤直孝、そして表紙は本秀康、とこの上ないメンバーで!

■商品情報

タイトル:
『復刊 ロック画報 はつみつぱい特集』

発売日:
2016年7月20日発売予定

価格:
お宝CD付き ¥2,200+税

仕様:
A5判 約200ページ

予定内容:
・(グラビア)はちみつぱい お宝グッズ/秘蔵写真
・はちみつぱいストーリー
・はちみつぱいから見た日本のロック
  羽田から響いた日本語ロックの雄叫び
・全アルバム/シングル・詳細レヴュー
※内容は一部予告なく変更する場合がございます

AHAU - ele-king

最近聴いていた音楽の中から

PJ Harvey - ele-king

 それはいつだって彼女自身の問題である。イングランドの血なまぐさい歴史を掘り起こすことで視線が外界に鮮やかに開かれた前作『レット・イングランド・シェイク』が彼女の内側に宿る愛国心への問いかけだったように、『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』では世界でいま起こっていることを自身が知るためにコソボ、アフガニスタン、ワシントンDCを渡る旅――現代アメリカにおける帝国主義を巡る問い――を記録する。90年代、NMEの表紙をトップレスで飾ったポーリーの痛ましさは完全に過去のものになったが、かつて自身の荒れる内面を無視できなかったように、現在の荒れる世界から目を逸らすことができなかったのだろう。近作2作は端的に連作であり、彼女がまさにいま見聞きしたもののドキュメントとして、戦争と紛争の現場を「フィールド・レコーディング」する。
 すでに伝えられている通り、戦争カメラマンのシェイマス・マーフィーが本作のガイド役になっており、先述の旅はマーフィーと共にしたものだ。彼の写真と彼女の詩のコラボ―レションは本にもなっている。アルバムはそれをぐっとポーリーのほうに寄せる作業だったようで、フラッドとジョン・パリッシュという馴染みのプロデューサーを迎え、そして、前作よりもさらに温かみを増した彼女の歌声が聴ける。ミック・ハーヴェイは相変わらずキーボードやギターで傍らにいる。このアルバムの作り自体が、ここに集った人びとで彼女の2010年代を祝福するかのようだ――戦争を無視することができないPJの現在を。

 だからオープニングの“ザ・コミュニティ・オブ・ホープ”において、再生ボタンを押せば、テーマのシリアスさに身構えていた聴き手を解きほぐすようなリラックスしたギターが飛び込んでくるのにはじんとするものがある。朗らかに4分音符を叩くスネアと鍵盤。ワシントンD.C.近くの地域における荒廃をテーマにしたこの曲では政府が90年代から取り組んだ住宅再開発政策「ホープVI」が批判されているそうで(これはアルバム・タイトルになっている)、「希望のコミュニティ」というタイトルにはもちろん痛烈な皮肉が込められている。いきなり紛争地帯の場面から始まらず、アメリカ内部の事情から描かれるのも示唆的だ。が、アウトロで「やつらはここにウォルマートを立てるだろう」とアップリフティングなコーラスで繰り返されるとき、それは両義的な表現として立ちあがってくる。すなわち、それがどんなにひどく、悲惨で、荒廃したものだったとしても、世界の現実を知るのは彼女と彼女の音楽にとって痛みであると同時に喜びなのである。それが本作のはっきりとした魅力になっている。

 前作がコンセプチュアルにブリティッシュ・フォーク、トラッドを引用していたのに対して、“ザ・ミニストリー・オブ・ディフェンス”や“ザ・ウィール”のようにわりとストレートなギター・ロック・サウンドが戻ってきているアルバムと言えるだろう。が、全体として本作を特徴づけているのは管楽器と多くの人間の声であり、すなわち「息づかい」が感じられるものになっている。「どうやって殺人を止める?」というフレーズではじまる“ア・ライン・イン・ザ・サンド”では軽快に弾むリズムの上でバス・クラリネットがふくよかな音を出し、男声コーラスを従えながらポーリーが歌うのはチャーミングに響くし、サックスが低音で重々しく下のほうを這う“チェイン・オブ・キーズ”は彼女の透明感のある声とのコントラストが鮮やかだ。興味深いのは“リヴァー・アナコスティア”で、ゆるく張られたドラムが柔らかい打音を鳴らしつつ、ゴスペル“ウェイド・イン・ザ・ウォーター”を引用する。それは過去のアメリカの大地から聞こえてくるようで……広く言えば、アメリカのフォークやゴスペルを参照した21世紀のアメリカの若い音楽家たちと共振しているだろう。“ザ・ミニストリー・オブ・ソーシャル・アフェアズ”ではそして、あくまで異邦人としてブルーズをサンプリングしながらテリー・エドワーズとPJ自身によるサックスの烈しい演奏の応酬で渦を巻く。作品のテーマに沿う形で、そこにいる人間たちの呼吸が生々しく感じられる音楽となっている。

 “チェイン・オブ・キーズ“では奇しくも「how can it mean such hopelessness?」と呟かれるが、アノーニがその名も『ホープレスネス』で戦争とアメリカの愚行を描いていることと見事にシンクロしている。彼女たちの作品がこのオバマ時代の終わりにリリースされたことは偶然ではないだろう。ただ、アノーニがはっきりと怒りをこめて声を出しているのに対し、ポーリーはアメリカとそこに関与した国々の暴力を遠景に置きつつ、彼女自身はそれがまさに起こっている地点にまず立とうとする。何か明確な主義主張があるわけでもないし、写実的に描かれる風景は断片的だ。都市の汚染と荒廃、空爆が繰り広げられた土地、貧困、資本主義が引き起こし続ける悲劇……。シェイマス・マーフィーがアフガニスタンのカブールで録音した雑踏の音からはじまる“ダラー、ダラー”では、聴き手もまさにその場所――子どもが金銭をせびってくる最中に導かれる。だがその歌はあくまでも穏やかで、優しく、何かをなだめるように響いている。ゆっくりと叩かれる太鼓、静かな情熱を湛えたサックスのソロ、オルガンとともにゴスペルのように立ち上がる歌、鳴らされるクラクション……。
 このアルバムを聴いていると、「怯むな」と言われているように思える。世界で起こっている苦しみを見ることを恐れるな、まずはそこに行けばいい、自分の目と耳を試してみろ、と。なぜならここには、知ることの喜び、そのたしかな高揚があるからだ。『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』はPJハーヴェイのまっすぐな勇敢さに貫かれた作品であり、それは相変わらず彼女が現在の自分を偽らずに晒すことで差し出されている。

Tim Hecker - ele-king

 ティム・ヘッカーの音楽を、ひとまずは通例に倣って「アンビエント/ドローン」というカテゴリーに分類することは可能だろうが(むろん、それ自体への是非はさておき)、彼の楽曲に内包された音楽的な情報量は、じつは多種多様であり(単なる音の持続ではない)、いわばティム・ヘッカーというコンポーザー/サウンドメイカーの音楽的なレファレンスの幅広さを物語っているように思える。

 そう、彼の楽曲にはシューゲイザー的なアンビエント/ノイズから、ドビュッシー以降の近代印象派音楽、ラ・モンテ・ヤング的な永遠のドローンから、ブライアン・イーノが提唱した環境音楽(アンビエント・ミュージック)、ダーク・アンビエントから、ロマンティック・エレクトロニカ、00年代的なグリッチから、10年的シンセ・ドローンなどなど、時代と歴史を越境するような多様な音楽的エレメントが、アンビエント・サウンドの中に溶け合い、幽玄に鳴り響いているのだ。

 それは時代も歴史もジャンルもフラット化したゼロ年代以降の音そのもののようでもありながら、同時に西欧的な叙情性や崇高性を感じさせるものであった。作曲家的なコンポジションといってもいい。ティム・ヘッカーが、ほかのアンビエント/ドローンの音楽家と一線を画するのは、もしかすると、この作曲家的な「個」ではないか。

 そのような「個=コンポーザー」の表出は、〈ミル・プラトー〉からリリースされたセカンド・アルバム『レディオ・アモーレ』(2003)から変わらないものであり、00年代中期以降の〈クランキー〉から発表された『ハーモニー・イン・アルトラヴァイオレット』(2006)、『アン・イマジナリー・カントリー』(2009)、『レイヴデス、1972』(2011)まで通低し、深化されてきたものともいえよう。

 それら創作の結晶が、2013年に〈クランキー〉から送り出された『ヴァージンズ』であった。その音楽性は近年のモダン・クラシカル的なものとも呼応しつつ、氷の宮殿のような幽玄な音響世界が展開されていた。傑作といっていい。この作品には
『レイヴデス、1972』にも参加していたベン・フロスト、
ポール・コーリーがエンジニアを担当し、演奏者にはいまをときめく(?)カラ・リズ・カバーデールも名を連ねている。

 先にティム・ヘッカーは作曲家としての「個」が強いと書いたが、同時に彼はコラボレーション作品でも転機となる仕事を残している点を忘れてはならない。2008年にリリースしたエイダン・ベイカーとの『ファンタズマ・パラステイシー』も良作だが、なにより2012年にリリースされたワン・オートリックス・ポイント・ネヴァー=ダニエル・ロパティンとの『インストゥルメンタル・ツーリスト』が重要で、このアルバムによって、ティム・ヘッカーは近年のシンセ・アンビエント的な潮流に合流することができたと思う。彼はコラボレーションの名手でもあるのだ。

 そして前作より3年ぶりのリリースとなる本作は、彼のキャリアの中でも、さらに高い完成度の楽曲が収録されている。リリースは〈クランキー〉を離れ、名門〈4AD〉から。それゆえの力の入れようかと思いきや、本作も前作を引き継ぐ形で、エンジニア・プロデュースにベン・フロスト、
ミックスにポール・コーリー、キーボードにカラ・リズ・カバーデールらが参加しており、一聴すると『ヴァージンズ』からの延長線上にあるサウンドに聴こえるだろう。

 しかし、「声」と「リズム」という要素を大胆に導入している点に強い意思を感じるのだ。むろん、リズムといってもいわゆるビートではなく、1曲め“オブシディアン・カウンターポイント”の冒頭で聴かれるシーケンスフレーズや“ライブ・リーク・インストゥルメンタル”で展開される鼓動のようなアトモスフィアを感じさせるリズムであるし、何より、カラ・リズ・カバーデールのキーボードによる旋律は強いリズム性を導入しているように聴こえる。

 そして「声」もまた旋律というよりは、バロック的な宗教曲の歌唱を拡張したようなサウンドのひとつとして、楽曲全体のアンビエンスを形成していく。たとえば2曲め“ミュージック・オブ・ジ・エア”の楽曲の宗教曲/宗教歌のような響きには、カラ・リズ・カバーデールの西欧音楽的/神話的なアンビエント的音楽性が強く作用しているように聴こえるし(ちなみに本アルバム全体のコラールのアレンジは、あのヨハン・ヨハンソンが担当している!)、また、最終曲“ブラック・フェイズ”のアンビエント・レクイエム的な響きには、ティム・ヘッカーとカラ・リズ・カバーデールの音楽性の交錯に、そこにヨハン・ヨハンソン、ベン・フロストらの個性が見事に融合していった結果に思えるのだ。この楽曲の白昼夢のような儚い美しさは筆舌に尽くし難く、まるでヒトの世界の終わりで鳴り響くレクイエムのようである。

 私は本作を聴きながら、不意にハロルド・バッドが1978年にブライアン・イーノの〈オブスキュア〉からリリースした『ザ・パヴィリオン・ドリームス』を思い出した(〈4AD〉リリースなのでコクトー・ツインズとハロルド・バッドのコラボレーション作品と比べたくもなるが、作風がやや違う)。このアルバムはイーノによるプロデュースで、宗教的/神話的/西欧的なクラシカルな音楽性が、とにかく美しい作品である。とくに声とキーボード、ギター、管楽器などの器楽・楽器の演奏/層が独自の空間性を生成している点に、『ラブ・ストリームス』との不思議な共通点を聴き取ってしまった。

 イーノは、このアルバム以降は、あの環境音楽=アンビエント・ミュージックへと「進化」していくわけだが、しかし、現代のティム・ヘッカーはイーノ以降の環境である「アンビエント/ドローン」からはじまり、しかしアンビエント以前の〈オブスキュア〉レーベルとの親和性を示し、崇高性へと「深化」していく点が現代的に思える。進化ではなく深化への希求?
この2作品を続けて聴くと、どちらが、どちらかわからなくなる瞬間もあるほどであり、私には、この(歴史的な)「進化」と「深化」の「対比」の感覚がことさらに興味深いものに感じられた。

メガネ - ele-king

 映画でアンニュイな女性像を観たのは『もう頬づえはつかない』(79)が最初だった。桃井かおり演じる人生に対してつねにいぶかしんで、これでもかと気だるげな女性像はそれまでのステロタイプだった若者のイメージを覆し、いまから思えばプレ・パンク的なムードを漂わせていた。芳村真理演じるタレント・マネージャーが「社会を動かせると思った」と口ばしる吉田喜重監督『血は渇いてる』(60)や加賀まりこがアゲ嬢のはしりを演じる中平康監督『月曜日のユカ』(64)など時代とともに積極的でアグレッシヴになっていった女性像が伊藤俊也監督『女囚701号さそり』(72)による梶芽衣子を最後に完全に方向転換してしまった瞬間とも言える。そして、80年代以後、脱力キャラはスタンダードな表現と化し、最近では安藤桃子監督『0.5ミリ』(14)によってけっこうな洗練が加えられていた。

 メガネもその系譜にいる。ごくごく日常的な題材が大半を占め、“夏バテ”では「暑〜い」「だる〜い」とまったく感情を波立たせることなく、たどたどしいラップがどこまでも続く。ミックスがそのように心掛けているからだろうけれど、言葉がすべてクリアにわかるのがよく、「気」が抜けているわりに「気持ち」はむしろ過剰なほど伝わってくる。押し付けてくるものがまったくなく、引くだけ引いているにもかかわらず、それこそ『もう頬づえはつかない』同様、主役が隠せば隠すほど感情が剥き出しになってくるかのような転倒も起こってくる。また、ミニマルに徹するのかと思えば気の抜けたラップはそのままにいきなり宇宙に思いを馳せたり、“優しさ”では人間論にも接近したりと、パースペクティヴが固定されていないのもいい。“生きる”ではタイトル通りの葛藤がそれと感じさせることなく述べられていく。

 プロデューサーの力量なんだろうか、驚くのはプロデューサーが13人も参加しているにもかかわらずトータル感がまったく損なわれていないことで、前半は穏やかに脱力感を増幅させつつ、Ryuei Kotogeによる“夏の終わり”ではダブとウエイトレスが交錯したような独特の展開がまずは耳を引く。7曲めとなるScibattlonの“お好み焼きはダンスホール”からは多方面に向かって実験的な様相を呈しはじめ、食品まつりによる“夜に溶ける”はノイジーなボディ・ミュージック仕立てで相変わらずセンスがいい。それ以外のプロデューサー名を羅列すると、Bestseller、Gnyonpix、Franz Snake、クラーク佐藤、Uncle Texx、石井タカアキラ、エスケー、Xem、Indus Bonze、Ucc3lli、フィーチャリングMCはMC Dovasa、ペリカン、MC松島、Dizと、全曲、じつによくできている。

 メガネは普段、名古屋のOLだそうで、脱力というのが感情労働の放棄だとしたら、Charisma.comは対照的にここ3年ほどあからさまな怒りと罵倒で注目を集めてきた東京のOLデュオ(映画の女性像でいえば吉田大八監督『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(07)やタナダユキ監督 『百万円と苦虫女』(08)からまっすぐに来た感じでしょうか)。正直、ワーナーに移籍してからはやや手が伸びなくなっていたところ、新作のジャケット・デザインがデビュー作『アイアイシンドローム』と同じ発想だったので、まあ、どれだけ煮詰まっているかを確認してみるかと。初めて“HATE”や「飾りじゃないのよ 中指は」といったウィットのある歌詞を聴いたときの驚きはもちろんあるわけはなく、こちらも刺激には麻痺しているので、どうしても新機軸を求めてしまいますけれど、罵倒と表裏一体をなしていた皮肉がそれだけで成り立つフォーマットを構築しきれていないので、やはりまとまった作品としては物足りなさが残る(同じ発想の繰り返しだけに、視線を逸らしているジャケット・デザインが『アイアイシンドローム』のように確信を持っていないことを曝け出しているともいえる)。メジャーに行かなければよかったのに……という結果だけは避けてほしいです。

エグベルト・ジスモンチ・ソロ - ele-king

 2016年4月20日練馬文化センターにおけるエグベルト・ジスモンチの単独公演は本当に素晴らしいものだった。なんだか"モノ"が違う演奏に、有り余る現役感に、圧倒された。また同時にあまりに大きなパーカッショニストを失ったことを感じた公演でもあった。

 めくるめくギター演奏がメインの1stセット。パーカッシヴな演奏と言ってしまえばそれまでだが、基本になるリズムのエンジンがまずあって、それを元にまた別の噛み合うリズムやメロディーがついていく。そのリズムの理にかなった構築性と説得力、そして緻密且つ自由に放たれるメロディーとの融合たるや! そうやって発信される音楽は複雑にも聴こえるが、その実はシンプルだ。しかし一人で何人分やっているのだろう。なかなか日本では見られれないスタイルの演奏とその完成度にただただ圧倒された。
 そしてそこにナナ・ヴァスコンセロスを見た気がした。会場にいた全員が見たであろうし、曲間にジスモンチ本人も言っていたと思う。左手がナナのビリンバウだった。
 ナナはそこにいないのに十分なまでの打楽器奏者としての言わば編集能力みたいなものを発揮していた。音楽における編集は重要な要素であるが、ナナは打楽器を通してプリミティヴな形でそれをやってのける。ギターリストでも歌でも例はなんでもよいが、ナナがいるとなんだかいい演奏が出来てしまう、という感じが大いにする。それは打楽器奏者の最も大きな仕事であり、ナナがここまで愛される要因の一つでもある。ジスモンチの左手にナナがいることによって、一気に音楽は昇華したのではないかと思わせるナナの存在と、ジスモンチの信頼みたいなものに感動した。
 MCで、喧嘩して「もうあなたはいらない」とナナに言ったというようなことを喋っていたように思うが、ジスモンチのその信頼の裏返しに自分は聞こえた。

 2ndセットは、どんどんジスモンチの自己に入っていく演奏に見えた。美しい演奏の向こうに見える自己や何か見えないものと格闘していく姿や、その準備のための演奏の完璧なコントロールは、ナナを向いていたかもしれないが、ナナがそこにいるようには思わなかった。正直着いていけないくらいの修行のような感じを受けた。曲間にピアノに両手をついて下を向く姿にも象徴されていた。
 そのピアノという楽器のまま、アンコールでのスクリーンに映ったナナのビリンバウ演奏とのコラボは、まさにナナの打楽器奏者としての懐の大きさが際立った。一気に視界が開けて行くような気がした。

 一体彼らは何を見ていたのであろうか。想像も及ばないものであったかもしれないが、そのベーシックには彼らのトラディショナルへの敬愛が間違いなくあった。それはあまりに大きな土台である。
 島国の隅で活動する一打楽器奏者として、真摯に0からスタートする気持ちにさせてもらうには充分であり、会場にいたほとんどの人に実りあった素晴らしいステージだった。

坂本龍一、Alva Noto、Bryce Dessner - ele-king

 なんと厳しくも、美しい音楽だろうか。まさに極寒の音響空間。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の映画『ザ・レヴェナント 蘇りし者』のサウンド・トラックのことである。

 本作を生み出した音楽家は、坂本龍一、アルヴァ・ノト、ブライト・デスナーの3人。坂本龍一ファンでもある監督から坂本個人にオーダーがあり(『バベル』では“美貌の青空”が使われていた)、坂本がアルヴァ・ノト=カールステン・ニコライに協力を求め、さらに監督がオーケストラ的要素としてブライト・デスナーを起用したという。 ここでは中心人物である坂本龍一に焦点を当てて分析してみたい。

 坂本龍一の音楽には、大きく分けて2つの系譜がある。ひとつはリリカルで叙情的なメロディと浮遊感のある和声で、20世紀フランス印象派、ドビュッシーの系譜に繋がる作曲家の系譜。もうひとつは、未知の音色と音楽を希求して追求する実験的な音楽家としての系譜である。

 このふたつは、坂本龍一という音楽家のなかで分かち難く一体化しており、氏のソロ.・アルバムにおいては、フランス印象派風の響きと電子音楽から無調、未来派によるノイズまで、近代から20世紀以降のあらゆる音楽的な実験のエレメントや、アフリカ音楽から沖縄民謡までの非西欧音楽などが交錯していく。それは初期の『千のナイフ』『B-2ユニット』から近年の『キャズム』『アウト・オブ・ノイズ』まで変わらない。

 いわば巨大な音楽メモリ/装置としての存在、それが坂本龍一なのだ。その意味で、氏は言葉の真の意味でポストモダンな音楽家である。氏は自身に「根拠がない」ことを繰り返し語っていた。ゆえに「外部」が必要になるとも。だからこそ坂本龍一にとって「外部」としてのコンピュータが重要であり、それは「電子音楽」への追求でもあった。自己を相対化すること。じじつ坂本龍一の先鋭的な個性はコラボレーションやサウンド・トラックに表出しやすい。『エスペラント』、『愛の悪魔』などなど。

 だが「外部」はコンピュータに限らない。真の「外部」は「人」ではないか。それゆえ彼は多くのコラボレーションを実践してきた。カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネス、テイラー・デュプリーなど電子音響/エレクトロニカのアーティストとのコラボレーションなどは、コンピュータが「外部」というより、自分の拡張デバイスとなった時代において、当然の帰結であったのだろう。そもそも彼らの音楽は、人との聴覚を拡張するアートであったのだから。

 なかでも『Vrioon』以来、10年を超える共闘を続けているカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトとの仕事は重要である。音の建築の中に、微かなポエジーとロマンティシズムを称えるカールステンの作品と、坂本との音楽性との相性は(意外にも)良い。残響の果てに溶けあうノイズへの感性が共通するからだろうか。

 そのふたりの新作が本作だ。真冬の、身を切るような、氷の音響。ここでは弦も、電子音響も、音楽の消失点に鳴るような過酷なノイズを生成している。オーケストラとの共演という意味では、2008年の『utp_』を思わせもするが、それよりも遥かに厳しい音のタペストリーだ。

 1曲め“ザ・レヴェナント・メインテーマ”のギリギリまで和声が削ぎ落とされた響きが、本作のトーンを決定していく。まるで絶望の中の光のような音楽。背後に微かに鳴る電子音も素晴らしい。2曲め“ホーク・パニッシュ”はアルヴァ・ノトとブライト・デスナーの曲だが、メインテーマの変奏であるのは明確だろう。3曲め“キャリング・グラス”は坂本とアルヴァ・ノトの共作で、微かな記憶の片鱗のような電子音に、硬質な弦、砂塵のような電子ノイズが折り重なる。5曲め“キリング・ホーク”は坂本単独曲で、『愛の悪魔』を思わせる低体温の電子音に、鋭くも厳しい弦楽が鳴り響く。また、坂本単独曲の13曲め“ザ・レヴェンタント・テーマ2”、“ザ゙・レヴェナント・メイン・テーマ・アトモスフェリック”で聴かれる香水のような芳香を放つピアノも美しい。19曲め“キャット&マウス”は坂本龍一、アルヴァ・ノト、ブライト・デスナーの共作で、電子音からオーケストレーション、アフリカン・リズムが交錯し、音楽史と音楽地図と越境するような刺激的なトラックに仕上がっている。3人の共作では、電子ノイズと打楽器と弦楽が拮抗しあう“ファイナル・ファイト”も緊張感も印象的だ。

 どの曲もサントラの機能性を保持しながらも、しかし独立した楽曲として素晴らしいものである。オリジナル・アルバムとしてカウントしても良いのではないかと思うほどに(『エスペラント』がそうであるように)。

 とはいえ、このような音楽作品に仕上がったのは、やはり「映画」という「外部」が重要に思えるのだ。映画とは監督のものだ(もしくはプロデューサー?)。そこでは音楽家は否が応でも、映画というプロジェクト=「外部」と接することになる。ことイニャリトゥ監督は音楽に拘りを持っている映画作家であり(氏はメキシコでDJもしていたという)、『バードマン』では、アントニオ・サンチェスのドラム・ソロ・トラックを映画音楽のメインに据えるという革新的なことを成し得たほど。つまり音楽への要求は(異様に)高いはず。

 じっさい、その音楽制作は度重なる修正などが6ヶ月ほどに渡り続くという過酷なものであったようだ。加えて坂本は重病の治療から復帰したばかりでもあった。いわば映画という「外部」、病という自身の身体に起きた「外部」という二つの状況のなかで、本当に大切な響きを吸い上げるように、音を織り上げていったのではないか。そこにおいて「外部」としてのコラボレーターの存在は、暗闇を照らす光のような存在だったのではないかとも。

 じじつ、坂本は素晴らしい共演者と巡り合うことで、自身の音楽の深度をより深めてきた音楽家である。このサウンド・トラックの仕事はたしかに過酷であったのだろうが、しかし、生み出された作品は、氏のディスコグラフィにおいて、ほかにはない「光」を放っている。ギリギリまで和声を削いだ響きに、苦闘の果てのルミナスを聴くような思いがするのだ。それは命への光、のようなものかもしれない。

 急いで付け加えておくが、このアルバムにエゴは希薄だ。外部としての映画。外部としてのコラボレーション。相対化し複数化する個。カールステン・ニコライ、ブライト・デスナーらという共演者と音楽は、それぞれの音の層が重なり合い、電子音響でも、アンビエントでも、クラシカルでもない音響を生み出していく。あえていうならばサウンドスケープだ。個がありながらも、個が消え去り、ただ音響が生成すること。

 日本盤ライナーでカールステン・ニコライがタルコフスキーの名を出していたが、たしかに本作には「ポスト・タルコフスキー的宇宙」とでも称したい、現実の世界との音響の境界が消えゆくような音楽の未来=サウンドスケープが鳴り響いているように聴こえてならないのだ。

Kowton - ele-king

 ダブステップ・シーンから登場しながらダブステップ以外の方面からも評価を獲得してきたペヴァラリストと、ブリストルのレコード店アイドルハンズに勤務していたカウトンが2010年代初頭のダンス・ミュージックに対して抱いていた思いを共有したところから、レーベル〈リヴィティ・サウンド〉の原点となるコンセプトが形成された。当時のダブステップはテクノ、ハウス、ヒップホップといった他ジャンルとの融合が図られたり、大型レイヴを盛り上げる恰好のネタにされたりしながら急速に消費し尽くされており、目新しい要素のあるトラックを耳にする機会が少なくなっていた。80年代に回帰したハウスや再発盤が多く発表されるようになったのも同時期だった。
 〈リヴィティ・サウンド〉が始動したころのインタヴューでペヴァラリストは「音楽的に同じところをぐるぐると回っているだけで、革新的なものに対する欲望が失われている」と語っている。つまり革新性の欠如に対する回答としてレーベルが発足されたというわけだ。

「〈リヴィティ・サウンド〉の根底にあるのは、特定の概念にあてはめられることのない新鮮な響きを持ったサウンドを追求するという姿勢だ」

 これは2014年のコンピレーション『リヴィティ・サウンド・リミクシーズ』の国内版ライナーノーツを書かせてもらったときに記した言葉だ。2011年にファーストEP「ビニース・レイダー」を発表して以来、〈リヴィティ・サウンド〉はUKガラージ、テクノ、グライム、ジャングル、ハウスなど、様々な音楽要素を内包しながら、そのいずれにもカテゴライズされることのないダンス・ミュージックを次々と打ち出してきた。この「いずれにも属さない感覚」に惹かれた人は決して少なくないだろう。
 しかし最近のレーベルからはパッドを大胆に使用した、大バコ的ともいえる一種の壮大さを伴うトラックが発表されるようになり、当初のリリースと比べるとテクスチャーやグルーヴ感などの面で明らかにテクノへ接近していることがわかる。そしてレーベルにとってもカウトンにとっても初のアルバムとなる『ユーティリティ』では、その変化が色濃く反映されることになった。

 プレスリリースによると、本作の制作時にカウトンが意識したのはジェフ・ミルズやロバート・フッドによる余計な小細工なしのミニマリズムだったそうだ。収録された9曲はどれも短く、一番長くても5分42秒だ。DJセットでミックスするにあたって最低限の尺が確保され、そこにダンスフロアで機能する要素が濃縮されている。
 本作におけるミニマリズムを支えているのはエフェクトとモジュレーションだ。反復するフレーズのテクスチャーをエフェクトやモジュレーションで変容させることでジワジワとした展開を生んでいる。冷ややかなパッドの起伏を背景にしてモジュレーションのかかったベースリフが徐々に変化していく”サイドゥ”や、ブリープ音に加えるエンベロープとリバーブの量で緊張感を演出する”バランス”、ひび割れたベルの響きが執拗に変化しながらフレーズを形成する”バブリング・ウォーター”はその好例だ。
 他にも”コメンツ・オフ”のシンコペートするキックによるタメの効いたグルーヴや、”ショッツ・ファイアド”で連打されるサブベースなど、ダンスフロアで強烈な体験をもたらしてくれそうなトラックが収められている。キックを大幅に削り落とした”サム・キャッツ”と”ア・ブルーイッシュ・シャドウ”は収録曲のプロトタイプを聞いているかのようだ。どちらもひとつのトラックに成熟する前の段階に留まることで本作のインタールードとして機能している。本作を通して聞くとひとつのアルバム作品として完成度の高さが感じられる。

 気になるのは〈リヴィティ・サウンド〉という文脈で見たときの本作の立ち位置だ。『ユーティリティ』の過半数を超えるトラックではジェフ・ミルズやロバート・フッドの作品に倣うかのように4つ打ちのビートが組まれている。〈リヴィティ・サウンド〉はこれまでにも”シスター”や”サージ”といった4つ打ちのトラックを発表してきた。しかし、レーベル最大の魅力はカテゴライズ不可能なグルーヴ感を持ったトラックにあった。
 例えばヒットを記録した”ヴェレズ”と”アズテック・チャント”はジャングルやテクノの要素を含みながら、そのいずれにも属すものではなく、”モア・ゲームズ”はたしかにグライム的でありながら、そこにはグライムと言い切ることのできない異質さがあった。つまり〈リヴィティ・サウンド〉は特定の音楽フォーマットに沿うことなく、その音楽らしさを感じさせる新たな領域を開拓してきたのであり、革新性の欠如に対する回答として始動したこのレーベルのアイデンティティは既存の枠組みの外側に打ち立てられなければならないはずだ。
 「4つ打ち = カテゴライズ可能な音楽」だと言うつもりは毛頭ないが、本作の収録曲の大半は多くの人にとってテクノ・トラックとして片づけられることになるだろう。その意味で『ユーティリティ』は、既存の枠組みを見事に飛び越えてきた〈リヴィティ・サウンド〉のファースト・アルバムとして逸脱性に乏しい。とはいえ、ダンスフロアにおけるユーティリティ(実用性)が重視された本作では、そんな文脈は省かれてしかるべき余計な要素なのかもしれない。

 森は生きているの、結局最後のスタジオ録音盤となった『グッド・ナイト』は最後にはならなかった。『グッド・ナイト』はこの度ミックスし直され、音も多少加わり、歌もパートによって多少変えられ、アートワークも変わり(裏ジャケが表に来ている)、つまり生まれ変わってアナログ盤としてリリースされる。言わば『グッド・ナイト』の別ヴァージョン。
 それは、本来ならこうだった、こうあるはずだったものに戻されているらしい……しかし、音楽において本来ならこうあるはずだったものなどない。大局的にみれば、すべてはそのときのすべての諸条件によって決定されるもので、結局のところ、このバンドが解散したのも、自らの幻をどこまでも追い求めてしまったからなのだろう。森は生きているには、最初から儚い感覚があった。
 が、そうした彼ら(首謀者は岡田+増村)だからこそ創出されたサウンドが森は生きているの魅力だった。このアナログ盤はその極みかもしれない(噂によれば、解散直前のライヴが素晴らしかったというのだけれど、いつか聴ける日が来るのだろうか……)。
 ソフト・ロックというジャンル用語は、ハード・ロック全盛の70年代における、ある種のイロニーも含まれていたかもしれないし、「ハード」に対立する「ソフト」だった。ところがソフト・ロックの内側の「ハード」を見たときに夢はさらに広がり、それを2010年代の日本で森は生きているという名前のバンドが演奏し、録音した。その夢をさらに完璧にするために、彼らは手を加えた。目が覚めないうちにやるしかなかった。2枚組アナログ盤ヴァージョンの『グッド・ナイト』、ぜひ聴いて欲しい。

森は生きている
グッド・ナイト [Analog]

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