Home > Reviews > Album Reviews > PJ Harvey- The Hope Six Demolition Project
それはいつだって彼女自身の問題である。イングランドの血なまぐさい歴史を掘り起こすことで視線が外界に鮮やかに開かれた前作『レット・イングランド・シェイク』が彼女の内側に宿る愛国心への問いかけだったように、『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』では世界でいま起こっていることを自身が知るためにコソボ、アフガニスタン、ワシントンDCを渡る旅――現代アメリカにおける帝国主義を巡る問い――を記録する。90年代、NMEの表紙をトップレスで飾ったポーリーの痛ましさは完全に過去のものになったが、かつて自身の荒れる内面を無視できなかったように、現在の荒れる世界から目を逸らすことができなかったのだろう。近作2作は端的に連作であり、彼女がまさにいま見聞きしたもののドキュメントとして、戦争と紛争の現場を「フィールド・レコーディング」する。
すでに伝えられている通り、戦争カメラマンのシェイマス・マーフィーが本作のガイド役になっており、先述の旅はマーフィーと共にしたものだ。彼の写真と彼女の詩のコラボ―レションは本にもなっている。アルバムはそれをぐっとポーリーのほうに寄せる作業だったようで、フラッドとジョン・パリッシュという馴染みのプロデューサーを迎え、そして、前作よりもさらに温かみを増した彼女の歌声が聴ける。ミック・ハーヴェイは相変わらずキーボードやギターで傍らにいる。このアルバムの作り自体が、ここに集った人びとで彼女の2010年代を祝福するかのようだ――戦争を無視することができないPJの現在を。
だからオープニングの“ザ・コミュニティ・オブ・ホープ”において、再生ボタンを押せば、テーマのシリアスさに身構えていた聴き手を解きほぐすようなリラックスしたギターが飛び込んでくるのにはじんとするものがある。朗らかに4分音符を叩くスネアと鍵盤。ワシントンD.C.近くの地域における荒廃をテーマにしたこの曲では政府が90年代から取り組んだ住宅再開発政策「ホープVI」が批判されているそうで(これはアルバム・タイトルになっている)、「希望のコミュニティ」というタイトルにはもちろん痛烈な皮肉が込められている。いきなり紛争地帯の場面から始まらず、アメリカ内部の事情から描かれるのも示唆的だ。が、アウトロで「やつらはここにウォルマートを立てるだろう」とアップリフティングなコーラスで繰り返されるとき、それは両義的な表現として立ちあがってくる。すなわち、それがどんなにひどく、悲惨で、荒廃したものだったとしても、世界の現実を知るのは彼女と彼女の音楽にとって痛みであると同時に喜びなのである。それが本作のはっきりとした魅力になっている。
前作がコンセプチュアルにブリティッシュ・フォーク、トラッドを引用していたのに対して、“ザ・ミニストリー・オブ・ディフェンス”や“ザ・ウィール”のようにわりとストレートなギター・ロック・サウンドが戻ってきているアルバムと言えるだろう。が、全体として本作を特徴づけているのは管楽器と多くの人間の声であり、すなわち「息づかい」が感じられるものになっている。「どうやって殺人を止める?」というフレーズではじまる“ア・ライン・イン・ザ・サンド”では軽快に弾むリズムの上でバス・クラリネットがふくよかな音を出し、男声コーラスを従えながらポーリーが歌うのはチャーミングに響くし、サックスが低音で重々しく下のほうを這う“チェイン・オブ・キーズ”は彼女の透明感のある声とのコントラストが鮮やかだ。興味深いのは“リヴァー・アナコスティア”で、ゆるく張られたドラムが柔らかい打音を鳴らしつつ、ゴスペル“ウェイド・イン・ザ・ウォーター”を引用する。それは過去のアメリカの大地から聞こえてくるようで……広く言えば、アメリカのフォークやゴスペルを参照した21世紀のアメリカの若い音楽家たちと共振しているだろう。“ザ・ミニストリー・オブ・ソーシャル・アフェアズ”ではそして、あくまで異邦人としてブルーズをサンプリングしながらテリー・エドワーズとPJ自身によるサックスの烈しい演奏の応酬で渦を巻く。作品のテーマに沿う形で、そこにいる人間たちの呼吸が生々しく感じられる音楽となっている。
“チェイン・オブ・キーズ“では奇しくも「how can it mean such hopelessness?」と呟かれるが、アノーニがその名も『ホープレスネス』で戦争とアメリカの愚行を描いていることと見事にシンクロしている。彼女たちの作品がこのオバマ時代の終わりにリリースされたことは偶然ではないだろう。ただ、アノーニがはっきりと怒りをこめて声を出しているのに対し、ポーリーはアメリカとそこに関与した国々の暴力を遠景に置きつつ、彼女自身はそれがまさに起こっている地点にまず立とうとする。何か明確な主義主張があるわけでもないし、写実的に描かれる風景は断片的だ。都市の汚染と荒廃、空爆が繰り広げられた土地、貧困、資本主義が引き起こし続ける悲劇……。シェイマス・マーフィーがアフガニスタンのカブールで録音した雑踏の音からはじまる“ダラー、ダラー”では、聴き手もまさにその場所――子どもが金銭をせびってくる最中に導かれる。だがその歌はあくまでも穏やかで、優しく、何かをなだめるように響いている。ゆっくりと叩かれる太鼓、静かな情熱を湛えたサックスのソロ、オルガンとともにゴスペルのように立ち上がる歌、鳴らされるクラクション……。
このアルバムを聴いていると、「怯むな」と言われているように思える。世界で起こっている苦しみを見ることを恐れるな、まずはそこに行けばいい、自分の目と耳を試してみろ、と。なぜならここには、知ることの喜び、そのたしかな高揚があるからだ。『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』はPJハーヴェイのまっすぐな勇敢さに貫かれた作品であり、それは相変わらず彼女が現在の自分を偽らずに晒すことで差し出されている。
木津毅