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Kowton

BassTechno

Kowton

Utility

Livity Sound

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Yusaku Shigeyasu   Apr 19,2016 UP

 ダブステップ・シーンから登場しながらダブステップ以外の方面からも評価を獲得してきたペヴァラリストと、ブリストルのレコード店アイドルハンズに勤務していたカウトンが2010年代初頭のダンス・ミュージックに対して抱いていた思いを共有したところから、レーベル〈リヴィティ・サウンド〉の原点となるコンセプトが形成された。当時のダブステップはテクノ、ハウス、ヒップホップといった他ジャンルとの融合が図られたり、大型レイヴを盛り上げる恰好のネタにされたりしながら急速に消費し尽くされており、目新しい要素のあるトラックを耳にする機会が少なくなっていた。80年代に回帰したハウスや再発盤が多く発表されるようになったのも同時期だった。
 〈リヴィティ・サウンド〉が始動したころのインタヴューでペヴァラリストは「音楽的に同じところをぐるぐると回っているだけで、革新的なものに対する欲望が失われている」と語っている。つまり革新性の欠如に対する回答としてレーベルが発足されたというわけだ。

「〈リヴィティ・サウンド〉の根底にあるのは、特定の概念にあてはめられることのない新鮮な響きを持ったサウンドを追求するという姿勢だ」

 これは2014年のコンピレーション『リヴィティ・サウンド・リミクシーズ』の国内版ライナーノーツを書かせてもらったときに記した言葉だ。2011年にファーストEP「ビニース・レイダー」を発表して以来、〈リヴィティ・サウンド〉はUKガラージ、テクノ、グライム、ジャングル、ハウスなど、様々な音楽要素を内包しながら、そのいずれにもカテゴライズされることのないダンス・ミュージックを次々と打ち出してきた。この「いずれにも属さない感覚」に惹かれた人は決して少なくないだろう。
 しかし最近のレーベルからはパッドを大胆に使用した、大バコ的ともいえる一種の壮大さを伴うトラックが発表されるようになり、当初のリリースと比べるとテクスチャーやグルーヴ感などの面で明らかにテクノへ接近していることがわかる。そしてレーベルにとってもカウトンにとっても初のアルバムとなる『ユーティリティ』では、その変化が色濃く反映されることになった。

 プレスリリースによると、本作の制作時にカウトンが意識したのはジェフ・ミルズやロバート・フッドによる余計な小細工なしのミニマリズムだったそうだ。収録された9曲はどれも短く、一番長くても5分42秒だ。DJセットでミックスするにあたって最低限の尺が確保され、そこにダンスフロアで機能する要素が濃縮されている。
 本作におけるミニマリズムを支えているのはエフェクトとモジュレーションだ。反復するフレーズのテクスチャーをエフェクトやモジュレーションで変容させることでジワジワとした展開を生んでいる。冷ややかなパッドの起伏を背景にしてモジュレーションのかかったベースリフが徐々に変化していく”サイドゥ”や、ブリープ音に加えるエンベロープとリバーブの量で緊張感を演出する”バランス”、ひび割れたベルの響きが執拗に変化しながらフレーズを形成する”バブリング・ウォーター”はその好例だ。
 他にも”コメンツ・オフ”のシンコペートするキックによるタメの効いたグルーヴや、”ショッツ・ファイアド”で連打されるサブベースなど、ダンスフロアで強烈な体験をもたらしてくれそうなトラックが収められている。キックを大幅に削り落とした”サム・キャッツ”と”ア・ブルーイッシュ・シャドウ”は収録曲のプロトタイプを聞いているかのようだ。どちらもひとつのトラックに成熟する前の段階に留まることで本作のインタールードとして機能している。本作を通して聞くとひとつのアルバム作品として完成度の高さが感じられる。

 気になるのは〈リヴィティ・サウンド〉という文脈で見たときの本作の立ち位置だ。『ユーティリティ』の過半数を超えるトラックではジェフ・ミルズやロバート・フッドの作品に倣うかのように4つ打ちのビートが組まれている。〈リヴィティ・サウンド〉はこれまでにも”シスター”や”サージ”といった4つ打ちのトラックを発表してきた。しかし、レーベル最大の魅力はカテゴライズ不可能なグルーヴ感を持ったトラックにあった。
 例えばヒットを記録した”ヴェレズ”と”アズテック・チャント”はジャングルやテクノの要素を含みながら、そのいずれにも属すものではなく、”モア・ゲームズ”はたしかにグライム的でありながら、そこにはグライムと言い切ることのできない異質さがあった。つまり〈リヴィティ・サウンド〉は特定の音楽フォーマットに沿うことなく、その音楽らしさを感じさせる新たな領域を開拓してきたのであり、革新性の欠如に対する回答として始動したこのレーベルのアイデンティティは既存の枠組みの外側に打ち立てられなければならないはずだ。
 「4つ打ち = カテゴライズ可能な音楽」だと言うつもりは毛頭ないが、本作の収録曲の大半は多くの人にとってテクノ・トラックとして片づけられることになるだろう。その意味で『ユーティリティ』は、既存の枠組みを見事に飛び越えてきた〈リヴィティ・サウンド〉のファースト・アルバムとして逸脱性に乏しい。とはいえ、ダンスフロアにおけるユーティリティ(実用性)が重視された本作では、そんな文脈は省かれてしかるべき余計な要素なのかもしれない。

Yusaku Shigeyasu