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ティム・ヘッカーの音楽を、ひとまずは通例に倣って「アンビエント/ドローン」というカテゴリーに分類することは可能だろうが(むろん、それ自体への是非はさておき)、彼の楽曲に内包された音楽的な情報量は、じつは多種多様であり(単なる音の持続ではない)、いわばティム・ヘッカーというコンポーザー/サウンドメイカーの音楽的なレファレンスの幅広さを物語っているように思える。
そう、彼の楽曲にはシューゲイザー的なアンビエント/ノイズから、ドビュッシー以降の近代印象派音楽、ラ・モンテ・ヤング的な永遠のドローンから、ブライアン・イーノが提唱した環境音楽(アンビエント・ミュージック)、ダーク・アンビエントから、ロマンティック・エレクトロニカ、00年代的なグリッチから、10年的シンセ・ドローンなどなど、時代と歴史を越境するような多様な音楽的エレメントが、アンビエント・サウンドの中に溶け合い、幽玄に鳴り響いているのだ。
それは時代も歴史もジャンルもフラット化したゼロ年代以降の音そのもののようでもありながら、同時に西欧的な叙情性や崇高性を感じさせるものであった。作曲家的なコンポジションといってもいい。ティム・ヘッカーが、ほかのアンビエント/ドローンの音楽家と一線を画するのは、もしかすると、この作曲家的な「個」ではないか。
そのような「個=コンポーザー」の表出は、〈ミル・プラトー〉からリリースされたセカンド・アルバム『レディオ・アモーレ』(2003)から変わらないものであり、00年代中期以降の〈クランキー〉から発表された『ハーモニー・イン・アルトラヴァイオレット』(2006)、『アン・イマジナリー・カントリー』(2009)、『レイヴデス、1972』(2011)まで通低し、深化されてきたものともいえよう。
それら創作の結晶が、2013年に〈クランキー〉から送り出された『ヴァージンズ』であった。その音楽性は近年のモダン・クラシカル的なものとも呼応しつつ、氷の宮殿のような幽玄な音響世界が展開されていた。傑作といっていい。この作品には
『レイヴデス、1972』にも参加していたベン・フロスト、
ポール・コーリーがエンジニアを担当し、演奏者にはいまをときめく(?)カラ・リズ・カバーデールも名を連ねている。
先にティム・ヘッカーは作曲家としての「個」が強いと書いたが、同時に彼はコラボレーション作品でも転機となる仕事を残している点を忘れてはならない。2008年にリリースしたエイダン・ベイカーとの『ファンタズマ・パラステイシー』も良作だが、なにより2012年にリリースされたワン・オートリックス・ポイント・ネヴァー=ダニエル・ロパティンとの『インストゥルメンタル・ツーリスト』が重要で、このアルバムによって、ティム・ヘッカーは近年のシンセ・アンビエント的な潮流に合流することができたと思う。彼はコラボレーションの名手でもあるのだ。
そして前作より3年ぶりのリリースとなる本作は、彼のキャリアの中でも、さらに高い完成度の楽曲が収録されている。リリースは〈クランキー〉を離れ、名門〈4AD〉から。それゆえの力の入れようかと思いきや、本作も前作を引き継ぐ形で、エンジニア・プロデュースにベン・フロスト、
ミックスにポール・コーリー、キーボードにカラ・リズ・カバーデールらが参加しており、一聴すると『ヴァージンズ』からの延長線上にあるサウンドに聴こえるだろう。
しかし、「声」と「リズム」という要素を大胆に導入している点に強い意思を感じるのだ。むろん、リズムといってもいわゆるビートではなく、1曲め“オブシディアン・カウンターポイント”の冒頭で聴かれるシーケンスフレーズや“ライブ・リーク・インストゥルメンタル”で展開される鼓動のようなアトモスフィアを感じさせるリズムであるし、何より、カラ・リズ・カバーデールのキーボードによる旋律は強いリズム性を導入しているように聴こえる。
そして「声」もまた旋律というよりは、バロック的な宗教曲の歌唱を拡張したようなサウンドのひとつとして、楽曲全体のアンビエンスを形成していく。たとえば2曲め“ミュージック・オブ・ジ・エア”の楽曲の宗教曲/宗教歌のような響きには、カラ・リズ・カバーデールの西欧音楽的/神話的なアンビエント的音楽性が強く作用しているように聴こえるし(ちなみに本アルバム全体のコラールのアレンジは、あのヨハン・ヨハンソンが担当している!)、また、最終曲“ブラック・フェイズ”のアンビエント・レクイエム的な響きには、ティム・ヘッカーとカラ・リズ・カバーデールの音楽性の交錯に、そこにヨハン・ヨハンソン、ベン・フロストらの個性が見事に融合していった結果に思えるのだ。この楽曲の白昼夢のような儚い美しさは筆舌に尽くし難く、まるでヒトの世界の終わりで鳴り響くレクイエムのようである。
私は本作を聴きながら、不意にハロルド・バッドが1978年にブライアン・イーノの〈オブスキュア〉からリリースした『ザ・パヴィリオン・ドリームス』を思い出した(〈4AD〉リリースなのでコクトー・ツインズとハロルド・バッドのコラボレーション作品と比べたくもなるが、作風がやや違う)。このアルバムはイーノによるプロデュースで、宗教的/神話的/西欧的なクラシカルな音楽性が、とにかく美しい作品である。とくに声とキーボード、ギター、管楽器などの器楽・楽器の演奏/層が独自の空間性を生成している点に、『ラブ・ストリームス』との不思議な共通点を聴き取ってしまった。
イーノは、このアルバム以降は、あの環境音楽=アンビエント・ミュージックへと「進化」していくわけだが、しかし、現代のティム・ヘッカーはイーノ以降の環境である「アンビエント/ドローン」からはじまり、しかしアンビエント以前の〈オブスキュア〉レーベルとの親和性を示し、崇高性へと「深化」していく点が現代的に思える。進化ではなく深化への希求?
この2作品を続けて聴くと、どちらが、どちらかわからなくなる瞬間もあるほどであり、私には、この(歴史的な)「進化」と「深化」の「対比」の感覚がことさらに興味深いものに感じられた。
デンシノオト