「Nothing」と一致するもの

Damon & Naomi - ele-king

 もう秋か。なんつって、9月早々に面白いギグがあるので紹介しましょう。元ギャラクシー500のふたりによるデーモン&ナオミ(悲しいドリーム・ポップの大ベテラン)の来日公演が、間近に迫っている。
 今回のライヴは、
 1. ナオミ監督によるサイレント映画を上映しながらライヴ。
 2. 三上寛とキム・ドゥスという日韓の両鬼才との共演。
 という、かなーりスペシャルな2公演です。

 会場も原宿VACANTと青山の月見ル君想フという、とても親密な空間。推薦です!

Damon & Naomi performing "Fortune" in Tokyo
デーモン&ナオミ『Fortune』上映 + 単独コンサート

2015年9月10日(木)原宿 VACANT
開場 19:30/開演 20:00
前売予約 3,500円/当日 4,000円(ドリンク代別)
出演:デーモン&ナオミ
前売予約 (インターネット) : https://www.vacant.vc/contact/reserve.php?id=236
お問い合わせ:原宿 VACANT 03-6459-2962

International Sad Hits
featuring Damon & Naomi, Kim Doo Soo, Mikami Kan
2015年9月11日(金) 青山 月見ル君想フ
開場 18:30 開演 19:30
前売予約 ¥3,500 当日¥4,000(ドリンク代別)
出演:デーモン&ナオミ, キム・ドゥス, 三上寛
前売予約 (電話/インターネット) : https://www.moonromantic.com/?p=26487
お問い合わせ:月見ル君想フ 03-5474-8115


M.E.S.H. - ele-king

 おそらくは今年前半のもっとも鮮烈な一夜になったであろう〈パン〉のショウ・ケースにおけるメッシュのライヴを、「こんな音楽聴いたことがない」と評する声は多い。あの夜はレーベル主宰者のビル・コーリガスや、テクノ・フィールドDJたちからも絶大の支持を得ているリー・ギャンブルらに加え、世界的なリズム&ベースを作り出す東京のエナたちがステージに立っていた。これだけのメンツが揃ったに関わらず、メッシュをその日のベスト・アクトに挙げたひとびとがいるということはやはりそれなりの理由がるわけで、EP「セシィアンズ」を経由して、ついに発表されたファーストである『ピティウス・ゲート』の魅力にもそれは繋がるのかもしれない。

 ノイズに端を発し、ダンス・ミュージックにも領域を広げ、そのどちらにも固着することなく、ふたつの関連性においてサウンドを模索するような形で〈パン〉は発展してきた。ヴァレリオ・トリコーリからアフリカン・サイエンシズ、そしてオブジェクトに続いた去年のレーベル・カタログを見てみても、その姿勢は崩れるどころかむしろ強化されていると言える。
 メッシュの今作がこの流れのなかでも異色な点は、〈パン〉の要素をアルバム一枚のなかで融解させて彼なりのシーンへの解釈を提示しているということだ。一曲めの表題曲からしてもそうだが、等間隔で落下する強烈な低音とシンセのレイヤー・サウンドで2分を突き抜けるようなやり方は、ダンス・ミュージックからしてみれば強引すぎるかもしれないが、ときに音の多様性を奪いかねないそのルールへの批評精神がこの曲以降も鋭く光っている。続く“オプティメイト”や“ソリウム”においては、彼のホームであるベルリンのクルーであるジャヌスのパーティで流れるベース・ミュージックの断片が聴こえてくるものの、極端に減らされたパーカッションと不規則に並ぶメロディが生み出すリズム・パターンは、既存のジャンルの定位置には収まることにない存在感を放つ。

 リズム面における音数の少なさや、空間の広がりを特徴とする最近のトレンドとして、ウェイトレス(無重力)・グライムがある。メッシュはアルバムでウェイトレスをやるだろうと僕は思っていた。5月に出た「セシィアンズ」の日本盤には、リミキサー陣にその流れのパイオニア、ロゴスの姿が。さらには〈トライアングル〉といったノイズ/ゴシックなレーベルからもウェイトレスのルーキーであるラビットのリリースがあった(同レーベルからはSDライカや、ジャヌスでのメッシュのクルーであるロテックといったグライム・マナーを踏襲したプロデューサーの作品が続いている)。これほどまでに大きなトレンドに近い場所にいるわけだから、その音に共通する要素があるメッシュはきっとアルバムでウェイトレスをやるだろうと、安易だけれども考えていたわけだ。

 そして予想は見事に外れた。今作において典型的なグライムのスタイルはほとんど現れず、むしろ彼はグライミーさと、そこで生まれた無重力さを別の方向へと拡張しているように見える。それがおもしろい形で現れているのが“エピセット”だ。グライムにおいて銃声のサンプリングはスネアなど代わりにアクセントとして使われることが多いが、ここではその音(正確にはサンプルかどうかはわからない)が連射されリズムを牽引している。そして他にリズムをリードするようなパーカッションはほとんどなく、曲間に現れる無音のセクションは連射との対比により深いところに聴き手を吸い込む。ある種のポスト・グライムとでも呼ぶことができそうな音像を示唆する曲だ。

 この音楽が流れたときフロアでひとが踊るのか、と問われればそれはわからない。けれども、ステージ上のフロアを見つめながら口が半分空いたひとの姿は容易に想像できてしまう。このアルバムに収められた最初から最後まで一貫性がほとんど見られないビートや音像の混沌具合に、どのように反応したらよいか戸惑うリスナーも多いはずだ。ポスト・インターネット世代と括られることもあるメッシュだが、ネットとリアリティの境目がシームレスに繋がっているというその世代の特徴が反映されているというよりは、いたずらに「現実」の音をサンプリングするのではなく、現実には存在しえない音と徹底的に向き合いそのカオティックな側面を解放したものが本作のように思える。そして同様に現実もネット(非現実空間)もカオスである。両者の繋がりというよりはその類似性の方がこのアルバムにとっては重要なのかもしれない。タイトルの意味する「哀れみの門」が開いているとするなら、こちらによく似た向こう側がアルバムから垣間見えているのだろうか。

Ultimate Painting - ele-king

 英国インディ・ロックの歴史を継承するようなアルバムだ。このアルティメイト・ペインティングの新作には、ルーツとしての60年代後半のビートルズなどがあり、英国インディの伝統としての米国からのヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響があり、ニック・ドレイクなどのブリティッシュ・フォークへの記憶があり、ペイル・ファウンテンズ、ベン・ワット、フェルトなどの80年代のネオアコースティックへのリスペクトがあり、そして90年代のベル・アンド・セバスチャンからゼロ/テン年代のインディ・ロックへと繋がる豊かな道=歴史がある。そして、その根底には60年代のハプニングアートから80年代のポストパンクに繋がる自由を希求するアートの精神がある。

 もちろん、ポップミュージックの歴史を継続させることは大げさなことではない。それはカジュアルで、当然のことだ。リラクシンな本作を聴けば即座にわかるはず。

 アルティメイト・ペインティングは、英国のインディ・バンド、ヴェロニカ・フォールズのジェームス・ホエアとメイジズのジャック・クーパーのユニットである。両バンドともにインディ・ロックの精神性と音楽性を継ぐ素晴らしいバンドだが(メイジズには“ゴー・ビトウィーンズ”という曲もある)、アルティメイト・ペインティングのアルバムは、彼らのルーツをより感じさせる仕上がりになっている。
 とはいえ、人気バンドのメンバーによる趣味的なサイド・プロジェクトではない。昨年にリリースされたファースト・アルバムから1年後にリリースされていることからも彼らの意気込みを感じさせてくれる。

 前作『アルティメイト・ペインティング』は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド直系の音楽性(主にサード・アルバムからの)だったわけだが、ヴェルヴェッツのインディ・ロック全般への影響の大きさを考えると納得できる。
 対して本作は、より英国的だ。ビートルズ「ホワイトアルバム」のデモ、もしくはポール・マッカートニーのファースト『マッカートニー』のような雰囲気。むろん直接的に何かに似ているというわけではない。英国ロック的な雰囲気(メロディや演奏など)が濃厚という意味である。
 2本の乾いた音色のギターが絡み合うさまがグルーヴを生んでいるわけだが、ドコドコしたリンゴ・スター直系のドラムもまた本作のアンサンブルを決定付けている。そこに英国的な少し捻くれた美メロ/コーラスが乗る。わずかにアナログ・シンセが添えられる曲もあり、インディ・ロック的なスカスカなグルーヴ感が最高だ。いわばヴェルヴェッツとビートルズの融合か。

 それがもっとも明確になるのがアルバム後半の3曲である。半音下降進行のクリシェなコード進行で展開し、ギターが泣きのフレーズを丁寧に演奏するという、まるで60年代後半のビートルズ楽曲的な7曲め“ペインティング・ザ・プライス”から、ヴェルヴェッツのようなミニマルなロックナンバー8曲め“ウォーケン・ノイジィズ”へ、そしてビートルズのゲットバック・セッション時の楽曲を思わせるラスト曲“アウト・イン・ザ・コールド”へとつなげていき、ふたつのバンドからの影響を表明していく。
 特に“アウト・イン・ザ・コールド”は名曲だ。ブルージーなギターはジョージ・ハリスンを思わせるし、何よりメロディが良い。こんな名曲をラストに持ってくるという余裕。いや、この曲だけではない。アルバム全曲、メロディが素晴らしいのだ。

 両者のバンドは、ティーンエイジ・ロックといった趣で(60年代前半のフィル・スペクターのプロデュース曲のような?)、正しくテン年代的な若さあふれるポスト・ポスト・パンク/インディ・ロックだったわけだが、アルティメイト・ペインティングは、ほんの少し大人になったような余裕がある。とはいえ成熟をしたわけではない。彼らは、まだまだ青い。それは、かりそめの成熟からはじめざるを得なかった80年代のネオ・アコースティックと同じ種類の青さに思える。それゆえのピュアなメロディとコーラスとも……。まさにアルティメイト・ペインティングな英国ロック。いつまでも愛聴し続けたい、愛すべき作品である。

Lianne La Havas - ele-king

 2013年のMOBOアワーズのベストR&Bアクト、ベスト・フィーメイル・アクトにノミネートされたリアン・ラ・ハヴァス。両部門ともローラ・マヴーラとジェシー・ウェアも候補に上り、最終的にはマヴーラがふたつの栄冠を獲得したのだが、この年のイギリスの女性シンガー・ソングライターがいかに充実していたかを示す顔ぶれだ。リアン・ラ・ハヴァスについては、前年発表の『イズ・ユア・ラヴ・ビッグ・イナフ?(Is Your Love Big Enough?)』がiTunesベスト・オブ2012のアルバム・オブ・ザ・イヤーに輝き、その後のツアーやフェスなどでの活躍が評価されてのノミネートだったが、2014年はプリンスなどとの共演が話題を集めるものの、プライベートでは休暇を取るなど充電期間にあてることが多かった。バケーションは母親とともにジャマイカで過ごし(リアンはジャマイカ人とギリシャ人のハーフである)、英気を養うとともに自分の中にあるルーツに改めて向き合った。そして制作したのが『ブラッド(Blood)』である。

 前作はリオナ・ルイスやパロマ・フェイス、最近はアンドレヤ・トリアーナも手掛けるアクアラングことマット・ヘイルズのプロデュースだったが、今回は彼に加えジャマイカのレゲエ~ダンスホール系のプロデューサーのスティーヴン・マクレガー、ドクター・ドレの相棒でアリシア・キーズやインディア・アリーなどを手掛けたマーク・バトソン、アデルを手掛けたことで有名なポール・エプワース、そしてジェイミー・リデルにディスクロージャーのハワード・ローレンスなど多彩な面々が制作や作曲を担当する。とは言っても散漫さはなく、あくまでリアンの持味のアコースティック・ソウルを前面に打ち出し、『イズ・ユア・ラヴ・ビッグ・イナフ?』の路線を引き継ぐアルバムだ。次第にドラマチックな盛り上がりを見せる“アンストッパブル(Unstoppable)”は、さすがエプワース仕事とでもいう楽曲で、リアンの表現力もエリカ・バドゥに匹敵するものだ。リデルとの共作“グリーン・アンド・ゴールド(Green And Gold)”はUK版ローリン・ヒルとでもいう佇まいで、フォークとR&Bの見事な融合が見られる。バトソンが手掛ける“ネヴァー・ゲット・イナフ(Never Get Enough)”や“グロウ(Grow)”ではフォーク・ロック調の荒々しさも見せれば、ローレンスとの共作“ワンダフル”はじめ、“ゴースト”や“グッド・グッバイ”は比較的リアンの素に近い作品で、切なく叙情的なギターの弾き語りを聴くことができる。“トーキョー(Tokyo)”は2013年の初来日公演時の思い出から生まれた曲だ。

 『ブラッド』とあからさまにルーツを意識したアルバム・タイトルでいくと、マクレガーとのジャマイカ録音“ミッドナイト”がそうしたアイランド・グルーヴを感じさせる。アルバム全体としては短絡的なレゲエ・ナンバーなどはやっていないものの、シャーデーの『ストロンガー・ザン・プライド(Stronger Than Pride)』あたりを彷彿とさせるムードが漂い、「故郷」への旅がアーティストとして彼女をひとまわり成長させたのではないだろうか。

interview with Mayumi Kojima and Makoto Kubota - ele-king

 小島麻由美のデビュー20周年を記念した最新アルバムは、地中海随一のサーフ・スポットとして知られるテル・アヴィヴ産のサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとの心躍るコラボレーション作となった。……と表現すれば陽気なムードも漂うが、イスラエルが置かれた政治的な状況を鑑みるならば、おいそれと東京のインディやJポップと比べるわけにはいかない。建国70年足らず、文化も政情も不安定な場所に芽吹いたその音楽は、それでも翳りなくみずみずしく鳴り響きながら、いまこの列島のポップスと不思議な邂逅を果たした。タフである。
 今回、このコラボレーションにもう一段深い意味を与えるのが、そのたぐい稀な作品群においてたえず日本のポップスのアイデンティティを問いつづけてきた久保田麻琴の存在だ。その名がクレジットされているのを見れば、この企画の仕掛け人かとも思われるが、実際には小島麻由美は小島麻由美として、久保田麻琴は久保田麻琴としてブーム・パムに出会い、ブーム・パムを通してふたりが出会ったかたちになるという。しかし、氏がこの仕事に加わることになったことはただの偶然ということばではカタがつかない。日本のポップスを動かす歯車は、このような出会いによって、しずかに、少しずつ前に向かって回転しているのだと感じられる。
 メジャー・シーンを歩みながらもしなやかなカウンターとしてその歌を紡いできた小島麻由美と、その先見性にいまあらためて瞠目せざるをえない久保田麻琴。『ウィズ・ブーム・パム』を通してイスラエルと日本の音楽について語ってもらった。

■小島麻由美
東京都出身のシンガー・ソングライター。1995年、シングル「結婚相談所」でデビュー。現在までにオリジナル・アルバム9枚、ミニ・アルバム2枚、シングル16枚、ライヴCD1枚、ベスト・アルバム2枚、映像DVD2タイトルを発表。自筆イラストがトレードマークともなっており、1999年NHK「みんなのうた」への提供曲「ふうせん」では、三千数百枚に及ぶアニメ原画も提供。イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI’S PAPERBACK』もある。映画、CMへの歌唱・曲提供、また2001年仏盤コンピレーション参加、2001~2002年「はつ恋」が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映、2006年JETRO主催『Japan Night』(上海)、2009年『Music Terminals Festival』(台湾・桃園)参加など海外のフェスやコンピレーションへの参加も多い。2015年、デビュー20周年を迎える。

■Boom Pam / ブーム・パム
イスラエルを代表するオリエンタル・サーフ・ロック・バンド。現在のメンバーはギタリスト/リーダーのウリ・ブラウネル・キンロト(Uri Brauner Kinrot)、チューバ奏者のユヴァル”チュービー”ゾロトヴ(Yuval "Tuby" Zolotov)、女性キーボーダーのダニ・エヴァ-ハダニ(Dani Ever-Hadani)、2014年秋に新加入したドラマーのイラ・ラヴィヴ(Ira Raviv)の4人。2006年にファースト・アルバムをリリース。WMCE(ワールドミュージックチャートヨーロッパ)のベスト10入りを果たす。その後、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、メキシコ、南アフリカなど全世界でライヴを行う。2012年、2014年に2度来日。現在までに4枚のアルバムを発表し、日本編集のベスト盤『THE VERY BEST OF BOOM PAM』(Tuff Beats)がこのたび発売となる。

■久保田麻琴
同志社大学在学中より、裸のラリーズのメンバーとして活動をはじめる。1973年に東芝よりソロ・アルバム『まちぼうけ』を発表し、その後、夕焼け楽団とともに数々のアルバムを発表、エリック・クラプトン初来日公演の全国ツアーにオープニングアクトとして参加するなど精力的にライヴ活動も行う。またアレンジャー、プロデューサーとしても喜納昌吉の本土紹介に関わり、チャンプルーズのアルバム『ブラッドライン』ではでライ・クーダーとも共演。80年代にはサンセッツとともに海外の多くの野外フェスに登場し。84年にはシングルが豪州でトップ5入りを果たす。90年代からは、プロデューサーとして「ザ・ブーム」らを手掛け、99年には細野晴臣とのユニット、「Harry and Mac」でロック・シンガー・ソングライター・としてカムバック、2000年代にはBlue Asiaプロジェクトなどアジアにおけるプロジェクトを本格化、さらにプロデュース業が充実、CMソングなども手掛けDJや各種講演等多岐にわたって活躍する。著書に『世界の音を訪ねる-音の錬金術師の旅日記』(岩波新書)がある。

ブーム・パムが出てきたときに驚いて。十分にワールドだけど、かつそれ以上にロックンロールだった。(久保田麻琴)


小島麻由美
With Boom Pam

AWDR/LR2

J-PopGarage

Tower HMV Amazon

すごく意外な組み合わせですよね。小島さんと久保田さんですから。

久保田麻琴(以下、久保田):いや、わたしは後付けというか。「こういうメジャーっぽい方がどうしてブーム・パムなのかな?」とは思いましたね。私は、ブーム・パムを2006年か7年くらいに、スペインの〈ウォーメックス〉というバンドの見本市みたいなところで観て。

スペインに行かれたんですね。

久保田:そうです。ワールド・ミュージックの見本市みたいなものを毎年……もう20数年やっているんですよ。でも出演者を立て続けに見ていると、けっこう企画モノみたいなのが多くて。なんか「ワールドだからいい」っていう安直な感じなんですね。私は1週間くらいそこにいて、けっこうずらっと見たんですけど、ブーム・パムが出てきたときに驚いて。十分にワールドだけど、かつそれ以上にロックンロールだった。で、すんげぇ気持ちよくて。それ以来、彼らのことを気にしてたんですよ。そのときに出たファースト・アルバムはあんまりよくなかったんだけれど、「そのうちいっしょにやろうね」くらいの話はあって。
 そうしているうちに、地元で“ハシシ”っていうシングルが出て──それは彼らの曲じゃないんですけど、別のプロデューサーがサンプリングして新しく作っちゃったんですよ。

サンプリングというと?

久保田:ブーム・パムのある部分を切り取って、それを大きく作り直した。それがアップルズのプロデューサーだったMixMonster 。

小島麻由美(以下、小島):あー、そうなんだ。なんかいまっぽい感じだよね。

久保田:DJ系ですよね。トラックメイクというか。

本当にサンプリング的な。

久保田:そうですね。ある曲で「ハシシ」と歌ったところをうまく取って、それでオケを作って歌をまた乗せたんだと思うんです。

小島:そっか。音圧があると思ったらそれだ。サンプリングしているから音圧があるように聴こえるんだ。

「ハシシ」ってちなみにあのハシシなんですか?

久保田:あの辺は原産ですからね。あの辺からスタートしてますから(笑)。

それがやっぱりおもしろくてサンプリングをしたんですか?

久保田:ことばがおもしろいからね。みんなで笑いながら。Youtubeで観られるMVもおもしろいんですよ。中産階級の白人がキマってフラフラになっているのを、みんなで見て笑うっていう感じの。歌詞は何を言っているのか私にはわからないけど。そのときに「あっ、なんだ、地元でアルバムつくればいいじゃん」って思いましたね。1枚めはシャンテルっていうドイツで活動してるDJがプロデュースして、それがあんまりよくなったから。ライヴがすごくいいわりには、CDがダメだな、と。
でも、そうこうしているうちに何年か経って、3、4年前だったと思うけど、サラーム海上から電話があって、「来週ブーム・パムが来ます」という話になった。そこからじっくり話をするようになって。あのときは、ついでにイスラエルのCDのサンプル盤が2、30枚くらいきたんですよ。それもアタリがめちゃくちゃ高くて。


Boom Pam(ブーム・パム)

音楽やっているやつはみんな反戦ですよ。そりゃそうだよ。だってアメリカだっていちばん音楽がよかった67、8年って最低な戦争をベトナムでやっていたわけだもんね。(久保田)

僕はサラームみたいなハードコアなワールド・リスナーとはほど遠い人間なんですけれども、90年代のイスラエルというとイスラエル・トランス──

久保田:さっきも海上とその話をしていたんですけど、いまはそのシーンは終わっていますね。あの時期は国がお金を使って奨励していたらしいんですよ、ゴアとかを。トランス系のDJはそこで育ったりしていたんですけど。

ですよね。そういうイメージがあったんですけど、中東の音楽ってモロッコから何からいろいろありますよね? そういう中において、イスラエルってあんまり印象になかったんです。

久保田:新しい国ですからね。

しかも民族的にも宗教的にもぐしゃぐしゃでしょう? だからなおさらイメージというものがなかった。

久保田:〈ルアカ・バップ(Luaka Bop)〉というデヴィッド・バーンのワールド・ミュージックのレーベルがあって、そこはアフリカの音楽なんかをやっているんですよ。そのレーベル・メイトのイェールって男から連絡があって、喜納昌吉&チャンプルーズをコンピに入れて出したいんだと言うんです。そういう男だから詳しくて、〈マルフク・レコード〉というところで、地元で昌吉が大学生くらいのときにやった“ハイサイおじさん”がいちばんグルーヴが高いんですけど、それをどうしても入れたいと。
その頃は国際電話しかないんで──92、3年くらいだったかな? イェール・エヴレヴという男でね。「イスラエルの音楽ってどうなってるんだ?」って訊いてみたら、そのワールド・ミュージックを紹介してる当のユダヤ人らしき男が、自分のルーツのイスラエルの音楽はちょっと苦手だと。興味がないっていうかね。たしかに私もずーっとイメージがなかったんですよ。

本(『世界の音を訪ねる―音の錬金術師の旅日記』、岩波新書)に書かれていますよね?

久保田:でも、〈ウォーマッド〉っていう、また別のワールド・ミュージックのフェスティヴァルが、10年くらい前にシンガポールにありました。日本でも90年代にはあったんですけどね。そこで観たバンドにイスラエルのチームもあって、イダン・レイチェル(ライヘル)っていうんだけど。まぁ、サラームに言わせるとイスラエルの坂本龍一だっていうようなね、ちょっと男前で、しっとりした曲を作るひとがバンド・リーダーで。 シンガーはエチオピア人と黒人系の男と、演歌っぽい歌を歌ういかにも東ヨーロッパ系の3人がいて、自分の曲とか民謡を彼らに歌わせるバンドなんですね。それを見たときに「アバみたいだな」と思って。すごく歌謡チックなんですよ。イスラエル歌謡っぽい感じがすごくあって。それが最初にテル・アビブにカルチャーありって思ったタイミングでしたね。
 私はジャズはもうずっと離れているので、とくに新しい音楽は耳が閉じてるからあんまり聴かないんだけど、ジャズ・シーンでイスラエルのプレイヤーってすごく多いんだよね。しかもテル・アビブはちょっとやんちゃで、サーフィンの文化があるから、少しビーサン系というか裸足な感じがあって。しかもヤッファーっていうアラブ人エリアがあって、けっこうミュージシャンがそっちに住んでいるんだよ。みんなユダヤ系ではあると思うんだけどね。そこがおもしろくて、物価も安い。そりゃそうだよね。あと食べ物が安全だと。

じゃあイスラエルのなかでもとくにリベラルというか。

久保田:音楽やっているやつはみんな反戦ですよ。そりゃそうだよ。だってアメリカだっていちばん音楽がよかった67、8年って最低な戦争をベトナムでやっていたわけだもんね。でも、アメリカの音楽をわれわれは好きだし、音楽をやっているやつはみんな反戦だった。

じゃあそれと似たような構造がイスラエルにもある、と?

久保田:あるかもしれない。逆に不条理が彼らの心を刺して、その叫びが音楽になっているってことはあるでしょう。

移民たちが第2世代になって、国のアイデンティティができつつあるっていう、ある意味ではいい状況なのと、軍事的な問題点の軋轢。(久保田)

それが近年とくに顕著なんですか?

久保田:建国してから70年くらいですよね? そしてバックグラウンドがいくつもあるんですよ。何十もの世界のエリアから集まっているから。ヨーロッパも中央アジアも、インド、中国、アフリカのひとたちも集まって、そして第2世代ができるまでこれだけ時間がかかった。両親があちこちから来ているわけ。だからアメリカと同じですよね。アメリカは合衆国だったからああいうポップスができた。……あれ、さっきと言うことがぜんぜんちがうか(笑)。

小島:大事大事。全部同じになっちゃうから、ちがわないとね。

移民文化なんですね。

久保田:だと思います。やっとその移民たちが第2世代になって、国のアイデンティティができつつあるっていう、ある意味ではいい状況なのと、軍事的な問題点の軋轢というか。

僕なんかはイスラエルという国に対して偏見があった人間なんですよね。ガザ地区の空爆があったときも、マッシヴ・アタックが公然と手厳しくイスラエルを非難したように、やっぱり反イスラエルみたいなものがありましたから。ただ、実際の音楽シーンにいるひとたちが尖った存在なんだというお話はリアルだなあと。

久保田:あと徴兵ですよね。みなさんやっぱりとられているんですよ。だから軍楽隊に入ったり、郵便係やったりとかして、なんとか。

あと2世っていうのがすごい大きいですよね。

久保田:ブーム・パムのリーダーは両親がチェコとウズベキスタン。

とくにブーム・パムがその中で何かを象徴する存在だったりするんですか?

久保田:やや先輩格だとは思うけど、とくにというわけではないかな。けっこういいバンドが多いんですよ。私がおもしろいなと思ったのが、さっきのテクノやトランスとは対照的に、実際に演奏するひとたちが多いことですね。ドラムが上手なバンドがけっこう多い。体でやるっていうね。こいつら本気だなと思うことがよくあります。

いろんな名前のなかにブーム・パムも挙がっていてんですが、やっぱり彼らがぶっちぎりにおもしろかったので、じゃあやってみようと。(小島麻由美)

Kojima Mayumi With Boom Pam Album Dijest


小島さんはちなみにどういうようにブーム・パムとは出会ったんですか?

小島:そもそもはスペースシャワーの関さんからCDを頂いて、気に入ってたんです。それで20周年企画で「誰かとやってみないか?」というお話になったときに、いろんな名前のなかにブーム・パムも挙がっていてんですが、やっぱり彼らがぶっちぎりにおもしろかったので、じゃあやってみようと。関さんも「大丈夫だと思います」みたいな感じだったから、企画がサッと通った。

じゃあ、ブーム・パムをきっかけに久保田さんと出会ったんですね。

小島:そうですね。

久保田:ブーム・パムはいいバンドなのに日本人とやってしくじるとよくないんで、自分の立場を隠密に作っておいたんです。「あいつらやっぱりよくなかった」って言われたら、お互いの国に対してよくないんで。最終的にはぜんぜんそんな心配はいらなかったんですけど。

小島:結果としては久保田さんとブーム・パムにプロデュースしてもらったという感じだから。

久保田:いやいや、私は後半であと入りした感じなので。

小島:でも曲順を決めていただいたり。

久保田:ははは(笑)。

実際の作業はどんなふうに進んだんでしょう? 今回は原曲があるわけですが、そのデータを個々に送って、アレンジしてもらうという感じでしょうか。

小島:そうです。チューバだから4ビートは無理かなとか、それくらいの感じで。

チューバ、いい味を出してますよね。

小島:それで選んでいって、向こうが仕上げてきてくれて、こちらで歌入れをして。

久保田:だからその頃のことを私は、「なんか作業が進んでるな」くらいしか知らないんですよ。ただ、その時点でレーベルとの間に入って、よかったらいっしょにやるよと。それもおもしろいなということで話が進んだんです。

すごい繋がりですね。

小島:そうですよね。今日初めてお会いしたんです。

えー! そうなんですか(笑)。

小島:「久保田さんが久保田さんが」ってずっと名前を聞いてたけど。今日が初めてです。やっぱりひとと会うとおもしろいですよね。

じゃあディレクションなんかは?

小島:私はなんにも。全部おまかせしました。

久保田:上がってきた最初のマスターの2、3曲を聴いて声が埋もれていたので……外国人だとどうしても日本語を言葉として聴かないじゃないですか。だからちょっとアドバイスしたのがあったくらいで、あとは最終行程のマスタリング。ぼわっとしたものを締めるっていう最後の彫刻ですよね。
 私はいろんなところに行っていろんなことをしますので、最近はマスタリングをすることが多いですよね。不思議な国の不思議なバンドがやるんで、しかもたまたまブーム・バンドと縁があったわけだから、これは成功してほしいなと思っていて。私は「できることがあれば」というポジションを自分で安全弁として作っといたの。

(久保田さんは)日本人じゃないみたい。扉がいっこない感じ(笑)。すごいダイレクトですよ。 (小島)

小島さんはどうなんでしょう、久保田麻琴さんといえばすごい方じゃないですか? 

久保田:いやいや、彼女はそういう先輩が全員大っ嫌いなので。

小島:なんでそんなこと知ってるんですか(笑)。

久保田:有名な方にはアレルギーを起こすってタイプなので、私くらいのサイズでよかったんだろうね。

実際に今日会われてみてどうですか?

小島:いや、すっごい外国に行ったことがある感じがして、日本人じゃないみたい。扉がいっこない感じ(笑)。すごいダイレクトですよ。

久保田:おもしろいのがね、宮古島ってそうなんだよね。浜とかに出てるおばあに話しかけるとね、5分くらいで彼女の人生を語りだすからね(笑)。宮古島の音楽に制作で関わっていて、おじぃおばぁの神歌は一段落したんだけど、30前後の若い子たちのジャズ・バンドも出てきておもしろい。BLACK WAXというジャズだけど、リズムがファンキーなジャムバンドというか。

宮古島の民族性みたいなところを出していると。

久保田:出してるな。曲はアメリカっぽい5、60年代のジャズな感じですよ。

そういう、日本というものをひとつのワールド的な観点で捉えるというような大きな視点が、久保田さんの中に一貫しておありなのではないかと思いますが、そういうもののなかで今回の小島さんのアルバムはどのように……

久保田:論文になりそうだな(笑)。ありがとうござます。素晴らしい質問です。あのね、(曲をかける)私はマスタリングが仕事なんで、まず聴きやすさとか音圧で負けちゃマズいわけ。その点ではこれはオッケーだなと思った。あと、このコラボは歌とバックの混じり合いがすごくうまくいっている。

聴いていてそう思います。リメイクというかトラックを差し替えたとは思えない。

久保田:そうですよね。いまのことばで言えば、ある意味ではオーガニックな仕上がり。楽曲をより一層立体化している感じすらあるっていうかね。「カヴァーしました」っていうよりも──まあ、こっちが先だと言うのは言い過ぎですけど、十分オリジナルに負けないクオリティがあると思いますけどね。ウリ、やったな! いい仕事だぞ! って思いましたね。

このコラボは歌とバックの混じり合いがすごくうまくいっている。(中略)いまのことばで言えば、ある意味ではオーガニックな仕上がり。楽曲をより一層立体化している感じすらあるっていうかね。(久保田)

“泡になった恋”なんかはもともとガレージ感があるというか、そもそもブーム・パムと相性がいいと思うんですよね。でも、その一方ですごくジャジーなものだったりとかもうまくいってますね。

久保田:さっきもサラームとそういう話になったんですけど、アメリカ音楽とかジャズのなかにはそもそも異国性があると思うんですよ。彼女(=小島)は当然ジャズの影響がありますよね。それをブーム・パムが、地中海的な響きでもってやる。文明の発祥の地というか、意外と新大陸のことはもともとそっちにあったりするんですよね。それをうまく小編成のコンボ・バンドで、小島さんのメロディの中から引き出してくる。ちょっとスウィング・ジャズっぽいものは、さらに突っ込んで南イタリアっぽくしてみたりだとか。

あとは「ワールド・ミュージックとしてのサーフ・ロック」みたいな視点というか──

久保田:いや、それを言わせてもらえばね、ベンチャーズの「ノッテケ ノッテケ」なんてさ、あれはアメリカーナではない。あの時点でそこはぶっちぎれてますよ(笑)。だから彼らが“雨の御堂筋”を書くのには何の問題もなかった。ノーキー・エドワーズ自身がたぶんかなりミックスな人だと思う。アメリカン・インディアンとか。エドワーズなんて怪しい名前だけど、きっと本名はちがうんだよ……(笑)。まあ、いずれにせよベンチャーズの中にはすごく異国性があって、それが日本で異常にウケた。
 リンク・レイなんかの音楽もめちゃくちゃエキゾですもんね。

そうですよね。あらためてサーフ・ロックって言われているもののイメージってエキゾなんだなって。中東的なメロディとか音階みたいなものとかもありますし。それを今回この作品で感じたんです。

久保田:よくぞブーム・パムを選んでくれたなって。

小島:やってよかった!

小島さんはブーム・パムのどこがよかったんですか?

小島:うーん、やっぱり、音階と編成と。チューバとか。

久保田:ネットで最近チェックしたんだけど、ニーノ・ロータとかが好きなんでしょ?

小島:ニーノ・ロータ! 好きですね。

久保田:私らからすれば『ゴッド・ファーザー』のイメージがあるけど、彼の音楽自体が南イタリアなわけで──地中海のど真ん中で、古代からの交易地で、いわゆるヨーロッパとは少しちがう。シチリアなんてチュニジアにボートで行けちゃうわけだから。イタリアもまた、その中に異郷を抱えているんだよね。たとえばピチカっていう音楽があって、タンバリンを使うんだけど、そこには毒蜘蛛の絵が描いてある。毒蜘蛛って、南イタリアのシンボルみたいなんですよね。で、それに刺されたときに治療するための音楽とは言われている。ほとんどトランス状態になっちゃうような音楽なんだけど、まぁ、古代的な話です。
 そういう地中海の感性をテル・アビブのいまの子たちは、アメリカのルーツと同じくらいに大事にしていると思うよ。だから小島さんの音楽に、日本の歌謡曲の中にある異国性を見つけて、すごくうまく整理していると思うんだ。鮮やか。ただ、もしかしたら向こうの子なら誰でもできたってわけじゃなくて、彼らだからこそやれたことだったのかもしれない。

そういう地中海の感性をテル・アビブのいまの子たちは、アメリカのルーツと同じくらいに大事にしていると思うよ。だから小島さんの音楽に、日本の歌謡曲の中にある異国性を見つけて、すごくうまく整理していると思うんだ。(久保田)

知的なバンドというよりは、そういうことを身体的にわかっているタイプなんですか?

久保田:いまのテル・アビブの子たちはみんな身体系。知的な人たちはジャズにいくから。もっとエスタブリッシュメントなもの、アメリカのマーケットに刺さるようなものにいくよね、エリートたちは。まあ、テル・アビブはちょっとやんちゃ系かな。やんちゃだけどちょっとインテレクチュアル。そう思います。……まだ向こうには行かないで、楽しみにとってあるんですよ。行ったらきっとすぐケンカになっちゃうから(笑)。

なぜなんですか?

久保田:いや、それはただヨタを言ってるだけなんだけど(笑)。

(一同笑)

久保田:いやいや、好きすぎてヤバいから。あんなところはちょっと、とっておかないと。

さらに先にですか!

久保田:いや、そういう奴いるんだよね。エイドリアン・シャーウッドって男がいてね、80年くらい……〈オン・U〉の最初の頃に会って、僕はいっしょにやりたかったんだ。でも細野さんに反対されちゃってね(笑)。

小島:どうしてなんですか?

久保田:いや、彼はダブが嫌いで。それでいっしょにはできなかったの。でも彼の家に遊びにいってね、そのとき「ほんとにお前らジャマイカとか好きだよな」っていうような話をしたら、「でも好きすぎて行けない」って言ってたんだよね。ロンドンのジャマイカ人とはよく組んでいろんな仕事をしてるんだけど、「もしジャマイカに行って理想が傷つくことがあったら、俺は死んでしまう」って(笑)。

はははは! 彼とは僕もよく会うんですよ。

久保田:ああ、そう? 奥さんのキシは福井の人だったけど、もう別れちゃったんだっけ? ロンドン英語と写真がとてもうまい人だったなぁ。

うまかったですよね。有名なパンク・ロッカーとかもたくさん撮られてましたしね。

久保田:〈オン・U〉の写真も全部そうだよね。まあ、このエピソードはele-kingだと思ってサービスで出したんだけどね──

(一同笑)

久保田:でも、ジャマイカ人じゃないのにあれだけダブをやってるってことには共感もあって、「好きすぎて……」ってセリフには「ああ、こいつ乙女チックなこと言うな」って思ったもんだけど、なんか、いま自分に当てはまってるなって思った(笑)。

そのくらいお好きだと。

久保田:そう、もう好きというかタダゴトではないよね。〈ブルーノート〉とか〈チェス〉とかだってきっとそうだと思うんだけど、はみ出したユダヤの優秀な子たちが、黒人音楽を一つ商業音楽のジャンルとして確立したわけで、でも同じ系の民族がドンパチ戦争やっているっていうのは、なかなかね……。こんなにいい音楽が出てこなかったらボロクソに言ってると思うんだ。不買運動とかしちゃってると思うけど、でもブーム・パムを観たときに「ああ……、わかってるよコイツら」って。で、アルバムをたくさん聴いてみたらどれもすごくよかった。だから、これはきっとシーンがあるなって思ったんだ。
 でも、シーンって、永遠には続かないんだよね。いつだってそう。

では、あるまとまった世代がイスラエルに現われたということなんですか。シーンと呼べるものが活況を呈している、と?

久保田:そうね、世代というか、ちょっとした社会的な状況というか。シーンは確実にある。このコンピレーションは知ってる(https://www.tuff-beats.com/1034/index.html)? ブーム・パムが初めて日本に来たときにもらったCDがあって、なんとかこういうものを自分でもリリースしたいなと思って。僕も準備してたんだけど、〈タフ・ビーツ〉さんが出してくれるっていうから、ぜひ!

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僕はそういうのが好きなの。ひっくり返すのがね。──「これだけ」っていうような閉塞性がいやなんです。 (久保田)

久保田さんは、70年代の『ハワイ・チャンプルー』の頃──細野さんが『トロピカル・ダンディ』なんかをやりはじめるのと時を同じくして、ポップ・シーンから、いまでいうシティ・ポップと言われるようなシーンへ離脱していった印象がありますよね。

久保田:まあ、離脱というかね、居心地いいところに無理しないで居るようになったというか。しかも外国の都市に盤が置かれるようになったときに、自分の音が何なのかと言えるようにしておかなきゃいけないと思った。だって、「お前はコピーだ」って言われたら終わりじゃないですか(笑)。そのためにポーズを取っておこうと。
 その点、テル・アビブの子たちはしっかりしてるよ。ファンクが多いんだよね。でもそれには誰にも文句は言わせない、ってとこがある。アメリカの音楽のもっともよかったときの要素をサっと取り入れてやるわけだから。
「え、お前らこんなにいい音楽をいまだにやってんの!?」みたいな。そういうバンドが多い。ファンケンシュタインってバンドとかさ──

Pファンクから取ってるんですかね。

久保田:いやいや、それでも彼らは無理しない、黒人のフリをしない。アヴェレージ・ホワイト・バンドって──あれはスコットランドのバンドなんだけど、世界のディスコで大ヒットしてね。ドラマーだけちがうけど、みんなスコティッシュですよ? ビー・ジーズはケルト系でしょうね、でもあの音楽で黒人も踊った。僕はそういうのが好きなの。ひっくり返すのがね。──「これだけ」っていうような閉塞性がいやなんです。そういうものを見ると「ロックか? これが?」っておちょくりたくなる。それでカントリーをやろうとしたりとか……なんだろうね、このひねくれ方って。全体主義が嫌いなの。反対のことを言うと怒るとかってさ、「怒る前に聞けよ」って思うんだよね。それは、まあ、ディアスポラ的な考え方なのか、ヒッピーなのか、よくわからないなあ。
 どっちにしても、押し付けられると反発する。逃げる。そういうところはつねにあるかもしれない。

その「反発」をどんなふうに表出するかというところで、久保田さんは拳を振り上げるかわりにゆるい方向に行くわけじゃないですか。そこに新鮮な共感もあったんじゃないかと思うんですが。

久保田:いやもう、そうしないと物事が動かないじゃないですか。

『ハワイ・チャンプルー』は最高にゆるいですよね。

久保田:そうね、武力はぜったいにうまくいかないから。

そのゆるさっていうのは、たとえば「北風と太陽」みたいなもので、北風じゃうまくいかないという確信があって、その上で意図的にやっていたことなんですか? それとももっとセンスみたいなところで──

久保田:うん、「ロックンロール」っていう言葉は引用なんだよね。ロックはタテ、ロールはヨコ、ふたつあって、まるくつながっている。それは音楽から学んだことなんです。人間はひとつの方向だけ持ってるわけじゃない。

もともと宅録少年なんでね。(中略)自分のプロジェクトばっかりやっていたら今回みたいなこともできないじゃない? 俺もリスナーでいさせてくれよっていう。
 あとさ、自分の声は飽きたよ。はははは! (久保田)

久保田さんというと、夕焼け楽団時代はニューオリンズを訪ねられて──

久保田:それは一種のエキゾだよね。やっぱり。アメリカ音楽の中にある異国性、別の知性。

それはハイブリッドなものでしょうか?

久保田:いや、開放感かもね。アメリカン・スタンダードじゃなくて、いろいろちがってていいじゃんっていうね。

それはやっぱりひとつのきっかけになり得たんですか?

久保田:そうだね。それと、喜納昌吉&チャンプルーズ。列島から出てきちゃったんで……『ハイサイおじさん』がさ。

久保田さんは『サンセット・ギャング』の頃はご自身で歌っておられましたよね。

久保田:気がついたら(笑)。それで食えたんで、まあいっかという感じで。

小島:でも、もう歌わないって。

そうなんですよね。

久保田:もともと宅録少年なんでね。(裸の)ラリーズに『MIZUTANI』っていうアルバムがあって、それが第一回のプロデュース作品みたいなもんですね。
録音して再生するっていうことがすごく好きで。それに、自分のプロジェクトばっかりやっていたら今回みたいなこともできないじゃない? 俺もリスナーでいさせてくれよっていう。
 あとさ、自分の声は飽きたよ。はははは!

(一同笑)

久保田:ほんとの歌手じゃないんで……フリはできてもね。自分でいまソロ・アルバムとか作れば、プロデューサー/エンジニアだからそりゃうまくはできるよ。でもそういうことじゃない。これから先、まったくやらないというわけではないけど、それよりおもしろいことがいっぱいあるんだから。ブーム・パムと小島麻由美なんてすごくおもしろいじゃない? そういうことに関わらずにどうする、っていうね。

小島:歌もやって、そういう活動もやったらどうです?

久保田:バンドをやってる頃は、やっぱりメインはミュージシャンとしていなきゃいけないけど、つねに口は出してたっていうか。エンジニアに「外に出てろ」っていって自分でやってたことはあったね。『まちぼうけ』とかもそうだけど。すぐケンカになるから、レコード会社からは問題児だって言われて。

小島:そういうほうがおもしろいですよね。

細野さんなんかは久保田さんとすごく近いところがあると思うんですけど、当時は日本のポップスをどういうふうに更新していくのか、どういうところにアイデンティティを見つけていくのか、みなさんが真剣に試行錯誤されていたわけですよね。ただアメリカの模倣をすればいいのか、というアンビヴァレンスもあって──

久保田:あのね、『ゴジラ』(=『サンセット・ギャング』)のころは、まだ自分たちはオタクなことをやっているつもりだったんです。で、あれが終わって、ようやく執行猶予期間が切れて(笑)、パスポートを申請できるようになって、3年ぶりに3ヵ月間アメリカに行ったんです。それで出来上がった『サンセット・ギャング』を聴いたら、「なんだこのアジアの音楽は」と思ったわけですよ。自分の本にも書いてあるんだけど。

「醤油だ」って書かれてますね。

久保田:そう、そのことがきっかけになってるかな。意識しなくてどうするっていう。

原曲よりロックっぽくなっていたり、原曲よりのんびりになってたり、いちいちおもしろいんですよね。 (小島)

今回のプロジェクトも久保田さんから見ればその延長にあるってことなんでしょうか?

久保田:いや、すごい進化形だよね。まずは小島麻由美っていう、こんなに天然の豊かなシンガー・ソングライターがいて、それをブーム・パムっていうレセプターがうまくスタイルを整えている……いまでしかありえない仕事だし、驚愕のプロジェクトだと思うよ。しかも超ロー・バジェットで(笑)。

小島:あははは!

久保田:ラッキー! って感じだよ。この値段でこれだけ文化価値のあるものがよくできるもんだよ。時代だよなあ……いまだからこそできた。

ぜったいアナログ盤をつくってほしいですけどね。未来人が、この時代にこんなものがあったのかって掘り返しますよ。

久保田:そうだよな、バチッと歴史に楔を打ってるよね、これは。

小島さん的にいちばん驚いた部分ってどんなとこです?

小島:なんかね、原曲よりロックっぽくなっていたり、原曲よりのんびりになってたり、いちいちおもしろいんですよね。

久保田:いちいちおもしろい。いいね!

小島:ユニークでね。とにかく最初からおまかせで、おもしろくやってもらえればと思っていたので。

久保田:自分の素材をどう料理されるのかというところは楽しみなものだよね。

小島:そうそう。

久保田:この余裕は何なんだろうね(笑)?

(一同笑)

久保田:才能だよね、ここは。

小島:私としてはプロデュースしていただくこと自体が初めてなので、とっても楽しかったです。

私としてはプロデュースしていただくこと自体が初めてなので、とっても楽しかったです。 (小島)

小島さんは楽器もされますよね。

小島:でもぜんぜんうまくないですよ。鍵盤ね?

今回は実際のセッションがあったわけではありませんけど、今後はそういうことへも興味が生まれたりしてますか?

小島:ああー、バンドとやるのはおもしろいですよね。できあがったバンドとやるのは、早いし──

久保田:そうね、いままではセッション・ミュージシャン的な人たちとやってたの?

小島:ファーストの頃なんかはインペグ屋さんを……

久保田:おおー! 古いね。久しぶりに聞いたよそんな言葉。いまの人たちは知らないでしょう?

ええ。

小島:なんか、会社なんですよ。そこに「いいベーシストいませんか?」とかって訊ねると、手配してくれるんです。

久保田:そう、手配師がね、先にバンドにギャラを払うんだよな。いまそんなのないんじゃない?

小島:ないんですかね?

久保田:やろうかな。

(一同笑)

小島:そういう中でだんだん知り合いができてくると、あっという間にメンバーができあがっていって。

久保田:セミ・バンドみたいになるんだよな。そこで集まった人たちとライヴもやってるんでしょう?

小島:そうですね、完全にバンドっていう感じかもしれませんね。

久保田:でも、できあがった個性のあるバンドと、まったくちがう人とがとデイトするっていうのはおもしろいものだよね。

小島麻由美 With Boom Pam(Kojima Mayumi With Boom Pam)/ 白い猫(Chat Blanc)


やり直しはなかったですね。 (小島)

今回のブーム・パムさんとのやりとりはどんな感じで進んだんですか?

久保田:もう、データ交換って感じだよね。

小島:しゃべりもしてないです。間に〈Tuff Beats〉さんが入られて、データが届いて。私は歌うだけだったんです。

久保田:でも、オケのやり直しってなかったの?

小島:やり直しはなかったですね。

久保田:すごい! それがすごいよ。その彼らの集中力というか、包容力というか。初めてのシンガーで、しかも外国語なわけだから。グレイトだよね。

このメロディの強さ、というところも大きいんでしょうね。

久保田:それもある。楽曲がまず第一だよね。それはそう。でも曲は彼らが選んでるんだよね?

小島:そうです。でもお送りした曲はほぼ全部やっていただけたかたちになります。最初に5曲送って、その後に5曲送って、さらにもう少し他の曲も聴かせていただこうということで5曲送ったら、もう先の10曲でレコーディングしてくださっていたらしくて。

久保田:じゃあ、次の10曲もすぐにできるね(笑)。やっぱり彼らは音楽の理解力というか、解析力がハンパない。それで、自分らを押しつけようというんじゃなくて、ちゃんとプライオリティをわかってるじゃないですか。歌っていうよりも全体のサウンドと曲を引き出すというね。……30代だよ? 去年も〈フジロック〉で来日したときに感心したんだけど、苗場に来てみたら彼らの宿が取れてなかったんだよ。それで僕はその話をきいてすごく怒ったけど、彼らは落ち着いてるの。戦時下の子たちだから、そんなこと何でもない。われわれは甘やかされているからね……ロックなおっさんだから、まぁそこで瓶割りゃあいいとかね、暴れるとかさ(笑)。

(一同笑)

久保田:私らのときはそうなんですよ。何かあると暴れるっていう。外国ツアーなんか行ったときにはよけい暴れる(笑)。

小島:あはは! でも、宿はどうなったんですか?

久保田:結局とれたんだけど、そこでぜんぜん感情の揺れがなかったの。そんなことくらい何てこともない……。それを見たときに感動しちゃって。こいつらはなんて人間ができてるんだって。ロックは怒んなきゃいけないくらいに思ってたけど、そうじゃない。そんなことを通り越した人間性が彼らにはあったよね。

そういうタフさと、地中海の、本当にいろんなものが溶け込んだカルチャーの、二世としての担い手っていう──

久保田:文化の発祥地だよね。で、国ができて60年経って、そういうふうに自分たちのポップ・カルチャーをつくるということがやっと可能になったんだよ。

そういう場所への久保田さんの注目があって、それももう10年近く前からご存知で、それが今回のようなつながりも生んで──でもきっと、他にもそんなふうにあたためておられるバンドとかカルチャーがあるんじゃないですか?

久保田:いやいや、私はあっためてたりなんてしないですよ。今回だって僕の知らないところで全部起こっていて、そこへヒュッと横入りしただけですよ。お互いに変な形であってはいけないと思って、ポジションはマスタリングというところでつくっていただけで。もう、何の心配もなかったですよ。
音は少しね、ギャラもらっているので良くしましたけども。

(一同笑)

でもね、そういう可能性はいっぱいあると思いますよ。インドネシアなんて、すごいもん。ギタリストなんかももうバリバリの奴らがいて。(中略)そういうのがいっぱい出てくると思うな。

久保田:でもね、そういう可能性はいっぱいあると思いますよ。インドネシアなんて、すごいもん。ギタリストなんかももうバリバリの奴らがいて。あの、誰だっけ、ジョーイ・アレキサンダーくんって言うんだっけ? 子どもなんだけど〈ブルーノート〉と契約しそうになってる子がいるよね。ピアニストでさ。ニューヨークとかでふつうにライヴやっていて。そういうのがいっぱい出てくると思うな。

久保田さんは〈サブライム・フリークエンシーズ〉のようなレーベルなんかはどう思いますか?

久保田:いやもう、「イイんじゃない?」って感じ。がんばってるねーって。

久保田さんや細野さんが目をつけられたのとはまたちがうところからですけれど、80年代にワールド・ミュージックの流れができていきましたよね。それが21世紀に入ってから、どちらかというとインディ・ロックと呼ばれるようなアーティストたちによって──

久保田:ああ、そうね。アメリカのロックなりヨーロッパのロックなりと、たとえばアジアやらクンビアやらが関わるっていうのは、ポジティヴなことだと思いますけどね。アメリカもそうやってバラけてきてるよね。エチオ・ジャズとかもそうだろうし。

だからいまヨーロッパのレーベルなんかは、ヨダレを垂らしてそうした音源と契約を結びたがると思うんですけどね。そういう機運があるんですよ。

久保田:いまテル・アヴィヴの子たちがアディスアベバに行ってちょうど掘ってる最中ですね。MIxMonsterの相棒のKALBATAらが。地球がどんどん小さくなっているよね。

あと、サイケデリックということもキーワードになっていたというか。ワールドというとみなそうかもしれませんが、とくに2000年代のロックにおけるそうした流れでは、サイケが必ずセットになっている印象がありました。

久保田:ああ、そうなのかもね。マインド・エクスパンディングっていうのは、垣根を取るということだから、関係はあるんじゃないかな。

橋元、久保田さんは裸のラリーズにもおられた方なんだから。

そ、そうですよね。久保田さんの前でサイケなんて、すみません……。

久保田:いやいや、そんなの僕ら何にも知らないでやってたよ。大きい音を出してうれしいなあって。何にも知らないことをやるのがうれしいっていう気持ちで。……なんか、このあいだレディ・ガガが「裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)」って書いてあるTシャツを着てたらしいよ。

そんなことがあったんですか!

インスタで自分で上げてたって。お父さんのジャケット大好き、かなんかコメントしてあって、そのジャケットの下にTシャツがのぞいてるの。いったいどこの工作員が着せたんだかわからないけど(笑)。

(一同笑)

でも、それはひとつ時代的な傾向を物語るものでもありますね。

なんか、ぐちゃぐちゃですね。いろんな世界でいろんなCDがぐちゃぐちゃに混ざってます。 (小島)

そうですよね。あと、今回のコラボで、小島さんの音楽のサイケデリックな部分が見えやすくなっているような気もします。

久保田:ナチュラル・ハイなんだよな。

小島:あははは!

ご自身では、ジャンルの意識とか持たれてたりしますか?

小島:なんか、ぐちゃぐちゃですね。いろんな世界でいろんなCDがぐちゃぐちゃに混ざってます。とくに「このジャンルが好きで、そのジャンルについてはよく知ってる」ってことはないです。

そうなんですね。では「サイケデリックな音」というよりは「サイケデリックな態度」ということになるでしょうか、そういうものが今回強調されて感じられたようにも思いました。

小島:なんか、ドローンでフルートとか鳴ってるとサイケっぽいですよね?

久保田:まあ、そういう感じにはなるよね。でも、あなたの言葉の中にもあるよね。「蛇むすめ」とか言われるとさ、ええーって。

(一同笑)

久保田:怪しくて普通じゃない感じが。

小島:あははは!

久保田:トルココーヒー飲んで「ズビズバ―」(シュビドゥビドゥバ!)とかさ、もう「ワーッ!」って。トルココーヒーがズビズバに帰結するんだよ?

(一同笑)

小島:あれ、なんだろう、思いつかなかったのかなあ(笑)。

歌詞がロジカルというよりは、ポエティックだよね。発音もアナウンサー発音じゃないところがいいというか。「あいうえお」じゃない発音がけっこう入ってる。 (久保田)

(笑)でも、たしかに歌詞としても印象的に聴こえてきますけど、それが音を邪魔しないというか。あんまり歌詞を聴かなくても大丈夫っていうようなヌケのよさがありますよね。そういうところは海外の音楽を聴くのに似ているかなって感じます。

久保田:そうだね、歌詞がロジカルというよりは、ポエティックだよね。発音もアナウンサー発音じゃないところがいいというか。「あいうえお」じゃない発音がけっこう入ってる。中間音というかね。

小島:あんまり口を開けて歌ってないってだけなんですけどね(笑)。

久保田:体質というか、天然というか。

小島:マスタリング・エンジニアとしてお迎えして、とても勉強になりました。

久保田:「とても」って言うときに「トゥティモ」ってなるんですよ。「おー!」って思って。このあざとさはなんだ、と。

(一同笑)

久保田:そしたら、単に口が開かないだけだった、みたいな。それが音楽とピタっと合ったりしていて。言葉と発音と、それからいろいろ入り混じった音楽性がうまく整理されてストンと出てきたというのが、ブーム・パムなりテル・アビブなりというものとものすごい接点で結びついている。

こうしてお話をうかがっていくと、きちんと新しいものをつくって前に進んでおられますよね。日本の音楽を前進させるものというか。「J-Pop」とか「日本のシーン」みたいなことを意識してつくられることはありますか?

小島:うん、でも、有名な人とは比較されたほうがいいよね?

(一同笑)

それは、どういう意味で……(笑)。

小島:だって、やっぱりマニアしか知らない端っこの音楽ってなると淋しいですから。街の人が知っているようなものに……そういうところに向けてつくりたいっていうふうには思いますけどね。でも、だからといって街でかかっているものと同じような音楽をつくりたいというわけではないですね。

やっぱりマニアしか知らない端っこの音楽ってなると淋しいですから。(中略)でも、だからといって街でかかっているものと同じような音楽をつくりたいというわけではないですね。 (小島)

街でかかっているもので意識するような音楽はありますか?

小島:そんなに意識はしないですね。ちゃんと聴けばいいものがいっぱいあるのかもしれないですけど……。(小さな声で)とにかく有名な人が大っ嫌いだから。

(一同笑)

小島:あははは!

ははは! 痛快ですね。ガガ様ではないですが、国内海外関係なく、気になる音楽とかアーティストというのはとくにいないです?

小島:ガレージの人、最近おもしろいよね。あとは、アラバマ・シェイクスが気になりました。

久保田:テーム・インパラって知ってる?

おおーっ!

小島:素晴らしい。

久保田:いや、ほんともうロックなんて聴かないし、素通りするけど、あいつらは聴いてすぐ買いたいと思ったよ。

ええ、ええ。久保田さん、最新作聴かれました?

久保田:最新作は聴いてないんだよ。

ああ、やっぱり以前の音から聴かれてるんですね! 私も大好きだったんですけど、今回ちょいダメなんですよ。

小島:そうなのー!

久保田:ああー。あれだ、どうしてもメジャーになっちゃうとね。M.I.Aとかもそうだったなあ。ちょっとビッグになると失速したりするの、あるよな。

彼らこそはいい意味で変わらないだろうなと思っていたんですが。

久保田:そういうのって意外にプロデューサー・ワークだったりするんだよな。ユニークなところって。で、自分たちのエゴが出てくるとちょっとな……って。よく、プロデューサーの圧力について悪く言われたりするけど、意外に逆だったりするんだよ。

なるほど……。ですが、すごく若いものを聴いていらっしゃいますね。若いというか、リアルといいますか。

久保田:耳に入ってきて良いものはすっと入りますよ。

でも、どこで入るんでしょう? 追っていないと入らないものはありますよ。

久保田:そうだよな、たしかに。Youtubeだったり、人に音源をもらったりとかかな? テーム・インパラは、ライヴを見たいとは思わないけど、いいバンドだよな。彼らはどこのバンド?

オーストラリアですね。もともとは地元のダンス・レーベルから出てたんですよ、あの音が。

久保田:そこのスタジオがいいのかなあ。

では、話をちょっと戻しますと、Jポップや日本のシーンではどうです?

久保田:知らないですね……。

では仕事という意味で、きちんと新しいことを残していきたいんだというような意識を持たれていたりは──?

久保田:大それたことは考えてないね。まあ、集団に属するのが超苦手だから、好きなことをやらせといてくれよーっていう。それだけで生きてるんでね。

われわれのやっていたときから比べれば、もっとずっと洗練されて、進化している。よくぞ、これができましたね。(久保田)

久保田さんはいまどちらを拠点にされているんですか?

久保田:東京ですよ。前は郊外に住んでました。

なにか、ずっと旅をされているようなイメージを持っていたので。

久保田:もちろん、行きますよ。ただ、この7年は宮古島が多かったなあ。20回以上行ったかな? 1週間か2週間行くと、次にまた調べることが出てきて。

それはやはり音楽のための?

久保田:ええ。『スケッチ・オブ・ミャーク』(大西功一監督、2011年)って映画を観てくださいよ。神歌(かみうた)……スピリチュアル・ソングをまだ歌っている人たちがいる。存在は知っていたんですよ、沖縄にいるって。きっと日本にもあった。それは万葉集とかにぜったい通じている。

ご著書の中にもありますが、かつては日本の歌謡曲のいいところを世界に伝えたいんだというような思いもあったわけですよね。

久保田:いや、垣根がないんでね。それがヒッピーの特徴なんですよ。だからいまの若い子はそうなんだろうね。すごくヒッピー化してるはず。世界のいろんなものを聴いたり、サイケって言ったりしてるのはそういうことなんです。上手にね、そういうことをやっている。
 きっとつながってるんだね、その時代とも。「レヴォリューション」っていうのは有効だったわけだ。いまこうして私なんかがやっていられるのもそういうことなのかもしれない。

ますます参照されているんじゃないですか。

久保田:いやいや。

70年代に久保田さんや細野さんが目をつけられていたものは、本当に先を行っていたんだなと。

久保田:楽しいことだけ追っかけていたんですよ。

いや、でもこのジャケだって(『ハワイ・チャンプルー』)、ヴェイパーウェイヴだって言えば、知らない子は「そうだねー」って納得しちゃいますよ。新しいと思ってたら、すごい先にやられてたという。

そう、アートワークの感覚はすごくいまっぽいんですよ。

久保田:アート・ディレクターは私がやってるんですよ。シャツなんです、この地は。シアトルのヴィンテージ屋で買ったアロハ・シャツ。あと、ヴィンテージ屋で買ったデカールとか、絵とか。それをデザイナーに渡して、合わせて貼っといてって。

まさにサンプリングというか。コピペの要領というか。

久保田:そうでしたね。

まさにこういう柄が、ポスト・インターネットなんて言われてるわけなんですよ。ちょっとスピリチュアルな感じもふくめて。

このとき久保田さんは、ハワイへ行ってアジアを感じられて……つまり、ハワイの中にひとつのミクスチャーを見出されて、「チャンプルー」というのはそもそもそこから来ているわけですよね。

久保田:そうですね。

その意味でいえば、今回もそのコンセプトからつながっているという感じがしますね。

久保田:進化形です。われわれのやっていたときから比べれば、もっとずっと洗練されて、進化している。よくぞ、これができましたね。おめでとうございます!

小島麻由美デビュー20th記念ツアー『WITH BOOM PAM』

出演 : 小島麻由美 with Boom Pam

[大阪公演]
■ 2015年8月31日(月) @梅田 Shangri-La

OPEN / START 19:00 / 19:30
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別)
問合せ : 清水音泉 06-6357-3666 (平日12:00-17:00)  https://www.shimizuonsen.com

[東京公演]
■ 2015年9月1日(火) @下北沢 GARDEN

OPEN / START 19:30 / 20:00
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 2015年7月18日(土) 一般発売
問合せ : 下北沢GARDEN 03-3410-3431  https://gar-den.in/

櫻井響 - ele-king

My Best Voice Record

Karinga(REXITL) - ele-king

8月の現状。8月の現場SOUND。8/14

R.I.P. 奧成達 - ele-king

 詩人、ジャズ評論家にして偉大なるパロディストの奥成達が8月16日永眠した。73歳。
 日本の戦後サブカルチャー史を紐解けば、その名前はところどころに散見されはするものの、あたかも自らの証拠を消していく知能犯のように、いまとなってはその名はさまざまな雑音のなかで滲み、遠のくようでもある。
 奧成達とは、中学時代に北川冬彦の門を叩いた逗子の早熟な詩人であり、あるいは詩とジャズを結合させるというビートニク的展開の実践者でもあり、そして怪人四面相、異魔人、芸術一番館などなど、さまざまなペンネームを使い分けて権威を小馬鹿にし続けたパロディストである。
 彼が創刊に関わった1968年の雑誌『NON』は、80年代で言えば『HEAVEN』のような雑誌だ。特集は「暴動」で、寄稿者には赤瀬川原平、白石かずこ、平岡正明、松田政男らがいる。奧成達はその雑誌の最後に、アレン・ギンズバーグの「吠える」ばりの錯乱した言葉を連ねている。
 (話は逸れるが、奧成達とツイストを踊った詩人の白石かずこは、パティ・スミスが1974年に「こんな小便臭い工場では、ジェイムズ・ブラウンも聴こえない」と書いた6年前に、「アメリカとはジェイムズ・ブラウンのことである」と『NON』誌において意気揚々と書いている)。

 奧成達が編集長を務めたいわゆる『ぴあ』のようなタウン誌の先駆けにして、伝説的な雑誌『東京25時』においては、サザエさんのパロディ「サザエさま」(原案はテディ片岡)を掲載したかどで、長谷川町子本人から訴えらてもいる。そして、それから奧成達は、夕刊紙、二流漫画誌、東京スポーツなどいかがわしい媒体を根城に大量の毒を吐きまくっていたと平岡正明の『スラップスティック快人伝』に記されている。

 もうひとつのよく知られた顔は、ユリイカの山下洋輔と菊地成孔の対談においてその名前が出てきているように、ジャズ評論家としての顔である。名著『ジャズ三度笠』(坂田明や山下洋輔、ドルフィーやコールマンから赤塚不二夫やタモリまで論じられている)の著者としての奧成達だ。
 しかし、冗談というものがますます居場所をなくしているような、真面目であることだけが取り柄の音楽や文章がはびこり、社会派であることがその作品の評価に直結するとでも言わばかりのこの時代において、果たして『ジャズ三度笠』のような大いなる脱線と雑学と成り行きにまみれた書物が好まれるかどうかはあやしい。とはいえ、もうひとつのジャズの書『みんながジャズに明け暮れた』は、新宿ピットインなど日本ジャズ史の重要な局面の目撃者だからこそ書ける一冊であり、この先日本ジャズ史が振り返られたときに参照されるべき本ではないだろうか。

 先を急ごう。奧成達には、ぼくが知り限りでも、ほかにも『ドラッグに関する正しい読み方』という名著がある。ウィリアム・S・バロウズやP・K・ディックから中上健次や坂口安吾、川端康成からサガンなどなどをドラッグ・カルチャーという観点から論じている画期的な本だ。
 近著では『宮澤賢治、ジャズに出会う』が素晴らしかった。晩年の賢治にはジャズに触発された詩「『ジャズ』夏のなはしです」(素晴らしいタイトル!)があるのだが、それを書いたのは、日本にジャズという言葉が広まるきっかけになった映画『ジャズ・シンガー』公開よりも先立っているという話からはじまる、ジャズ・ファンの観点から描かれた斬新な日本ジャズ史であり、賢治論だ。

 おこまがしくも個人的なことを書かせていただくと、ご遺族の好意により、ぼくは去る6月に葉山のご自宅にて奧成さんとお会いすることができた。9月14日の赤塚不二夫の生誕日に刊行される『破壊するのだ!!──赤塚不二夫の「バカ」に学ぶ』の取材のために時間を割いてくださったのである。短い時間だったが、とても印象的な言葉を話してくれた。それをひとことで言えば、「クーダラナイもの」や「イデオロギーのないもの」への最終的な共感だった。平岡正明は最高の褒め言葉として奧成さんを「インチキくさい」といい、奧成さんはそれを名誉だとした。
 「あてもないほど面白いことはない」「歌には『何もないのだ』、坂田明は「あきれるほど無目的」だからいい……などなど、あらゆる高尚さやもっともらしい論説を嫌悪し、ある種の虚無を快楽とすることができた、その態度こそがいま本格的に失われつつあるものなのかもしれない。ちなみに、タモリを有名にしたハナモゲラ語だが、その決定本『定本ハナモゲラ』の編集者は、奧成さんだ。

 詩人としての奧成達の、もっとも初期の作品には稲垣足穂の影響があると指摘したのも平岡正明である。足穂は、1950年代を生きる不良少年の必須アイテムのひとつだったそうだが、ぼくがお邪魔したときの奧成さんの書棚には横一列に足穂が並んでいた。ぼくの書棚にも並んでいる。稲垣足穂、植草甚一、赤塚不二夫、平岡正明、相倉久人、鶴見俊輔、そして奧成達。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。


こうして「俺たちぁなあ、ご法度の裏街道を歩く渡世なんだぞ、いわば天下のきらわれもんだ」とわかっているけど止められない。「いやな渡世だなあ」と思っちゃいるけど、一度やったらどうにもやめられないのが、ペテン稼業というものである。奧成達「ペテン師宣言」


 適当な音楽を流しながら、その曲が何年に発表された曲なのかを当てる、というひとり遊びをよくする。「おしい、67年かと思ったら68年だったか」とか「2004年にもうこんなサウンドになっていたのか」とか、ささやかな発見がある。ピタリと当てたときは、少し嬉しい。僕は1983年生まれなので、生まれる以前の音楽も多いのだが、そういう知るよしもない時代のことを想像しながら、音楽を聴く。ちなみに、自分が生まれた1983年――ハービー・ハンコック『フューチャー・ショック』が発表された年だ――以降、ポップスにもリズム・マシンが多用されてくる印象があって、それ以前の音楽にへんに郷愁を覚えたりする。とくに、中・高音域がクリアになっていく印象がある1970年代なかば過ぎ――1977年のスティーリー・ダン『エイジャ』あたりが境目だという印象――以前の音楽には、独特なあたたかみを感じる。これは、日本の音楽に対しても同様だ。僕自身はドラムに耳が行くのだが、たとえば、大瀧詠一“乱れ髪”のバタバタしたドラムを聴くと、〈70年代感〉としか言いようのないあたたかい響きを感じる。DJだったら2枚使いしたくなること間違いない、荒井由実“あなただけのもの”や大貫妙子“くすりをたくさん”冒頭のドラム・ブレイクも同様だ。いわゆるジャンル性とも違って、なかなか言葉では説明はしにくいが、共有してもらえると信じる。


萩原健太
70年代シティ・ポップ・クロニクル

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 萩原健太『70年代シティ・ポップ・クロニクル』は、日本における1970年代前半を、ポップ・ミュージックの歴史の随所に存在する「奇跡的に濃密な5年間」のひとつと捉え、はっぴいえんど『風街ろまん』や小坂忠『ほうろう』など、この時期の名盤たち15枚について語る。著者自身がリアルタイムで体験したこともあり、実証的にポピュラー音楽史をつむぐというよりは、自身の記憶を中心に振り返っている。必然、文章中には「感触」「手触り」「実感」「感覚」といった言葉が多くなっている。しかし、このような、ジャンルや音楽性によって整理された歴史から抜けがちな「感触」こそ、一方で大事だったりする。僕自身、日本のポピュラー音楽の通史については後追いで知った気になっているが、たとえば、フジテレビの音楽番組『リブヤング』で音楽の紹介者となっていた加藤和彦のことは知らない。深夜ラジオがきっかけでフォークルが大反響になっていった「感触」もない。きっと一部のリスナーは、そういう「手触り」のなかでサディスティック・ミカ・バンドの登場を見ていたのだろう。あるいは、南佳孝『摩天楼のヒロイン』のレコード・ジャケットのことは知っているが、「あの時代、ステージ上で非日常的に、というか、スクエアな方向で着飾るのはどこか“嘘っぽい”イメージがあった」という、当時の「感覚」は知らない。そのような「感覚」の総体として、きっと当時の南佳孝は存在していたのだろう。

 いつの時代も、音楽は、それをとりまく「感触」や「感覚」とともにやってくる。萩原は、「記憶違いもあるだろう」ということも承知で、実証性より記憶を大事にして書いている。リアルタイムではないと抜け落ちてしまうような、「感触」の総体をこそ再現しようとしているのだろう。その意味で、萩原自身が書評を書いていた、ウィリアム・ジンサー『イージー・トゥ・リメンバー』(国書刊行会)の手つきに似ている。本書の大きな魅力だ。というか、こういう語り口こそ、僕が勝手に抱いているところの〈70年代感〉的なあたたかみの正体をつかむ手がかりになっているようである。萩原は、「まえがき」で次のように言っている。

この時期注目を集めるようになった新しい日本のポップ・ミュージックに関しては、送り手と受け手両者が、確実に何か変わりつつある“場”の空気を共有しているという実感があった。前述したような“肌触り”をベースに、自分の言葉を自分のメロディを乗せて表現する日本人アーティストたち。彼らは“場”を共有していた聞き手たちと微妙な目配せを交わしながら、あの時代ならではの誤解や屈折すら味方につけ、少しずつではあったが、マジカルな名盤をひとつ、またひとつと生み出していったのだった。

 萩原にとって1970年代前半の名盤たちは、リアルタイムの「感触」なしでは語れないのかもしれない。なぜなら、当時の「“場”の空気の共有」こそが、大事だったのだから。後世代の僕は、あるいは読者は、その「空気」の残り香くらいしか共有できていないのかもしれないが、だからこそ本書を読むことで、その一端を共有することになる。

 本書を貫く問題意識のひとつは、外国の音楽を日本でどのようにおこなうか、ということだろう。はっぴいえんど『風街ろまん』からはじまる構成も、本書の主題を示しているかのようである。「日本語ロック論争」のことは言うに及ばず、A面1曲め“抱きしめたい”に対する「外来文化のロックと、日本古来の芸能である落語との融合」という指摘や「アナーキーな文節の区切り方」という指摘は、日本でロックをおこなうことの苦心と工夫を伝えている。あるいは、サディスティック・ミカ・バンド『黒船』に対する「自分たちの眼差しを海外から日本へと襲来する黒船側に置いている捩れた位置取り」という指摘や、細野晴臣『泰安洋行』に対する「屈折しきったエキゾチシズムを実に愉快に、躍動的に、そして毒々しく表現した傑作」という評価も、日本でポップスをおこなうことの意味を問うた先でなされている。本書を締めくくる名盤は、サザン・オールスターズ『熱い胸さわぎ』だが、サザンもまた、はっぴいえんどに端を発する「自分たちの母国語である日本語を使って、それを“どうロックさせるか”、そのうえで“何を歌うか”」という問題意識の延長で語られ、ランプ・アイ『下剋上』(!)に接続されている。

 本書を読んでいると、このような、日本から異国の音楽に焦がれるような態度が、1970年代的な「空気」を形成していたのだろうと思える。しかし、そのこと自体は、いつの時代にも共通するものである。重要なことは、その異国の音楽の内実だ。僕が1970年代の音楽に感じるあたたかみは、ジャンルを越えて存在する。萩原は、「当時、いわゆるロックとかフォークとかソウルとか、従来の音楽ジャンルの枠組みではとらえきれない柔軟な音楽性を持つ海外アーティストたちが日本の輸入盤店やロック喫茶でも話題を集め始めていた」と書いている。具体的には、トム・ウェイツやマリア・マルダー、ヴァン・ダイク・パークスなどだ。つまり、1970年代における「“場”の空気の共有」とは、そういった「柔軟な音楽性」を追求するような態度、その雰囲気なのかもしれない。だとすれば、「フォークでもない、ロックでもない、歌謡曲でもない、従来の枠組みでは計り切れないポップな風景と色彩感に満ちた日本の音楽を、はじめてトータルな形で作り上げてみせた」という『風街ろまん』のインパクトは、やはり大きかったのだろうと想像する。この「柔軟な音楽性」については、「ローラ・ニーロならではのソウル感覚」とともに振り返られる、吉田美奈子『扉の冬』についての文章が良い。『扉の冬』自体が好きなこともあるが、本書全体のコンセプトが詰まっているという点で、本書のハイライトである。萩原は、次のように言う。

ソウル音楽というのは黒人だけのものなのか。黒人ならば誰もがソウルフルなのか。白人に、あるいは白人の音楽にソウルはないのか。それじゃ、日本人は……? そんな永遠の命題に向き合う素晴らしいきっかけになってくれた1枚だった。

 異国の音楽を、柔軟な音楽性を、すなわち1970年代の音楽を、いかに日本のポピュラー音楽として奏でるか。萩原が自身の記憶とともに追っているのは、そのような試みとしてあった音楽なのだろう。そして、そのような音楽たちが、ジャンルを越えて、国境を越えて、時代を越えて、〈70年代感〉的なあたたかみの「感触」として、僕たちのもとに届けられているのだろう。本書を読むと、そんなことを考えてしまう。
 ちなみに『扉の冬』のバックを務めるのは、キャラメル・ママの面々である。1970年代の日本のポップスにおいて、キャラメル・ママ‐ティン・パン・アレーが果たした役割は言うまでもない。時代を彩ったゆたかなサウンドは、ティン・パン・アレー系のミュージシャンによるところが大きい。本書においても、従来的なバンド形態ではない彼らの存在は重要視されている(と同時に、逆説的に、バンドにこだわった鈴木茂やシュガー・ベイブの試みも浮き彫りにされている)。日本のポピュラー音楽について考えるにあたって、このことはけっこう重要だ。というのも、例えば1970年代には、キャラメル・ママをバックに雪村いづみが歌った『スーパー・ジェネレーション』や、ティン・パン・アレーをバックにいしだあゆみが歌った『アワー・コネクション』などがあるが、このような高い音楽性を兼ねた企画モノは、キャラメル・ママやティン・パン・アレーのような独立したミュージシャン集団のもとでこそ成立するからだ。このような、高い音楽性に加えてノベルティ成分が入ったノリは、「プラスティック・オノ・バンドをもじったバンド名からして大いにふざけていたし、プライベート・レーベルを用意してのデビューというのもお遊び感満点だった」と指摘されるサディスティック・ミカ・バンドにも通じるかもしれないし、なにより、大瀧詠一の一連の仕事に接続される。ノベルティ・ソングにただならぬ思い入れを見せてきた萩原は、そのような文脈においても、1970年代の音楽に愛着を感じているのかもしれない(これは、勝手な想像だが)。

 そう考えると、大瀧詠一の存在感は、やはり大きい。本書には、大瀧詠一がソロ第一作『大瀧詠一』を制作するにあたり、キャロル・キングが果たした役割が語られている。すなわち、「前時代的なアメリカン・ショービズの伝統を汲む形で活動していたゴフィン&キング」が、ビートルズのような自作自演のロックの趨勢とともに、いったんは活動の場を奪われたものの、アルバム『つづれおり』で「再び時代に請われるような形でシーン最前線にカムバックしてきた」、「大瀧詠一にとっても、これは事件だった」のだ、と。萩原は、続けて言う。

が、この瞬間、ついに封印は解かれた。新しいとか、古いとか、そんな曖昧な価値基準に何か意味があるのか、と。彼なりの確信を深めた結果、生み落とされた多彩でマジカルな傑作がこの“ファースト”だった。

 大瀧のソロ・ファーストが、ロックン・ロール風ありガールズ・ポップ風ありの傑作であることは、聴いたことがある者ならよく知っている。僕も知っていたつもりだ。しかし、その多彩な音楽性の意味を真に理解した気がするのは、引用部を読んだのちである。このようなゆたかな名盤が、1972年に生まれたことには、それなりの必然性があったのだ。だとすれば、1970年代的な「柔軟な音楽性」を下支えしているのは、時代のトレンドに左右されず、軽やかに音楽を享受する態度なのかもしれない。そのような態度は一方で、自作自演のアーティストとは異なる、ノベルティ・ソングへの興味を引き起こすだろう。この大瀧への指摘は、本当に素晴らしい指摘である。

 1990年代前半、そして現在と、「シティ・ポップ」ブームはたびたびくり返される。とくに現在の「シティ・ポップ」ブームらしきものには、僕は正直ノれないでいるのだが、この「シティ・ポップ」という言葉のなかに、大瀧的な、軽やかに音楽を享受する態度が含まれているのだとすれば、少しは理解できなくもない。本書は、萩原の個人的な記憶とともに語られているが、それゆえに、時代を越えた「感触」を獲得している。話題は1970年代のことに終始しているかもしれないが、その「感触」は、そこにいなかった者たちにも、あるいは、それ以降の時代に生まれた者たちにも、共有できるはずである。本書の言葉を借りれば、「地域性でもなく、人脈でもなく、ジャンルでもなく、言語化しにくい“肌触り”に貫かれた音楽」の「感触」を。

J.A.K.A.M. / COUNTERPOINT EP.3 - ele-king

 DJからワールドに向かった人は少なくない。リズムへの関心が高まると、やはりどうしてもどんどん国境を越えてしまうのは、音楽ファンのひとつの傾向であり欲望で、とくにこの10年はDJカルチャーにもその欲望は顕在化し、作品として具現化されている。かつてはジャングリストとして活躍したムーチーもそのひとりで、共感を覚える人も多いことだろう。
 現在もがっつり精力的に活動しているムーチーだが、今年に入って、“J.A.K.A.M.”名義で自身のレーベル〈CROSSPOINT〉から「COUNTERPOINT」シリーズを12インチもしくは7インチのフォーマットで毎月リリースしている。8月にはシリーズの7枚目がすでにリリースされ、9月にもさらにリリースを控え、また、年内にはアルバムとしても発売されるらしい。
 詳しくは彼のホームページ(https://nxs.jp/index)を見て欲しいのだが、現在、森田FESN氏によるPVが公開されている。ムーチーらしいメッセージのこもった映像で、どうぞご覧下さい。スケーターっていうのが、良いですね。

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