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RIP

R.I.P. 奧成達

R.I.P. 奧成達

野田努 Aug 21,2015 UP

 詩人、ジャズ評論家にして偉大なるパロディストの奥成達が8月16日永眠した。73歳。
 日本の戦後サブカルチャー史を紐解けば、その名前はところどころに散見されはするものの、あたかも自らの証拠を消していく知能犯のように、いまとなってはその名はさまざまな雑音のなかで滲み、遠のくようでもある。
 奧成達とは、中学時代に北川冬彦の門を叩いた逗子の早熟な詩人であり、あるいは詩とジャズを結合させるというビートニク的展開の実践者でもあり、そして怪人四面相、異魔人、芸術一番館などなど、さまざまなペンネームを使い分けて権威を小馬鹿にし続けたパロディストである。
 彼が創刊に関わった1968年の雑誌『NON』は、80年代で言えば『HEAVEN』のような雑誌だ。特集は「暴動」で、寄稿者には赤瀬川原平、白石かずこ、平岡正明、松田政男らがいる。奧成達はその雑誌の最後に、アレン・ギンズバーグの「吠える」ばりの錯乱した言葉を連ねている。
 (話は逸れるが、奧成達とツイストを踊った詩人の白石かずこは、パティ・スミスが1974年に「こんな小便臭い工場では、ジェイムズ・ブラウンも聴こえない」と書いた6年前に、「アメリカとはジェイムズ・ブラウンのことである」と『NON』誌において意気揚々と書いている)。

 奧成達が編集長を務めたいわゆる『ぴあ』のようなタウン誌の先駆けにして、伝説的な雑誌『東京25時』においては、サザエさんのパロディ「サザエさま」(原案はテディ片岡)を掲載したかどで、長谷川町子本人から訴えらてもいる。そして、それから奧成達は、夕刊紙、二流漫画誌、東京スポーツなどいかがわしい媒体を根城に大量の毒を吐きまくっていたと平岡正明の『スラップスティック快人伝』に記されている。

 もうひとつのよく知られた顔は、ユリイカの山下洋輔と菊地成孔の対談においてその名前が出てきているように、ジャズ評論家としての顔である。名著『ジャズ三度笠』(坂田明や山下洋輔、ドルフィーやコールマンから赤塚不二夫やタモリまで論じられている)の著者としての奧成達だ。
 しかし、冗談というものがますます居場所をなくしているような、真面目であることだけが取り柄の音楽や文章がはびこり、社会派であることがその作品の評価に直結するとでも言わばかりのこの時代において、果たして『ジャズ三度笠』のような大いなる脱線と雑学と成り行きにまみれた書物が好まれるかどうかはあやしい。とはいえ、もうひとつのジャズの書『みんながジャズに明け暮れた』は、新宿ピットインなど日本ジャズ史の重要な局面の目撃者だからこそ書ける一冊であり、この先日本ジャズ史が振り返られたときに参照されるべき本ではないだろうか。

 先を急ごう。奧成達には、ぼくが知り限りでも、ほかにも『ドラッグに関する正しい読み方』という名著がある。ウィリアム・S・バロウズやP・K・ディックから中上健次や坂口安吾、川端康成からサガンなどなどをドラッグ・カルチャーという観点から論じている画期的な本だ。
 近著では『宮澤賢治、ジャズに出会う』が素晴らしかった。晩年の賢治にはジャズに触発された詩「『ジャズ』夏のなはしです」(素晴らしいタイトル!)があるのだが、それを書いたのは、日本にジャズという言葉が広まるきっかけになった映画『ジャズ・シンガー』公開よりも先立っているという話からはじまる、ジャズ・ファンの観点から描かれた斬新な日本ジャズ史であり、賢治論だ。

 おこまがしくも個人的なことを書かせていただくと、ご遺族の好意により、ぼくは去る6月に葉山のご自宅にて奧成さんとお会いすることができた。9月14日の赤塚不二夫の生誕日に刊行される『破壊するのだ!!──赤塚不二夫の「バカ」に学ぶ』の取材のために時間を割いてくださったのである。短い時間だったが、とても印象的な言葉を話してくれた。それをひとことで言えば、「クーダラナイもの」や「イデオロギーのないもの」への最終的な共感だった。平岡正明は最高の褒め言葉として奧成さんを「インチキくさい」といい、奧成さんはそれを名誉だとした。
 「あてもないほど面白いことはない」「歌には『何もないのだ』、坂田明は「あきれるほど無目的」だからいい……などなど、あらゆる高尚さやもっともらしい論説を嫌悪し、ある種の虚無を快楽とすることができた、その態度こそがいま本格的に失われつつあるものなのかもしれない。ちなみに、タモリを有名にしたハナモゲラ語だが、その決定本『定本ハナモゲラ』の編集者は、奧成さんだ。

 詩人としての奧成達の、もっとも初期の作品には稲垣足穂の影響があると指摘したのも平岡正明である。足穂は、1950年代を生きる不良少年の必須アイテムのひとつだったそうだが、ぼくがお邪魔したときの奧成さんの書棚には横一列に足穂が並んでいた。ぼくの書棚にも並んでいる。稲垣足穂、植草甚一、赤塚不二夫、平岡正明、相倉久人、鶴見俊輔、そして奧成達。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。


こうして「俺たちぁなあ、ご法度の裏街道を歩く渡世なんだぞ、いわば天下のきらわれもんだ」とわかっているけど止められない。「いやな渡世だなあ」と思っちゃいるけど、一度やったらどうにもやめられないのが、ペテン稼業というものである。奧成達「ペテン師宣言」


野田努

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