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M.E.S.H.

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デンシノオト   Jun 09,2015 UP

 漂白のポスト・インダストリアル・テクノ。2014年に、ベルリンのメッシュが同国の実験電子音楽レーベル〈パン〉からリリースしたEP『セスィアンズ』を聴いて、私はそのような印象を持った。光の炸裂/漂白された光/記憶/フラッシュバックする光/光の中心/空虚。

 メッシュは、ベルリンを拠点としつつ活動を繰り広げているDJ/プロデューサーである。彼はベルリン・アンダーグラウド・シーンで知られるジャニスのメンバーであり、これまでもさまざまなミックス(音源)や、〈ディッセンブラー(Dyssembler)〉などからソロEPをリリースしている。昨年、〈パン〉からリリースされた『セスィアンズ』は、レーベルの人気・魅力とあいまって彼の名声を一気に高める作品になった。
 じじつ、『セスィアンズ』のトラックにうごめいているノイズや具体音の接続、非反復的なビート、やわらかい電子音は、まるで白い光のような独自の質感を獲得していた。これはいったい何か? このようなエクスペリメンタル・テクノは稀だ。いわばポスト・インダストリアル・テクノ?
 音から生まれる驚愕の波動はいまなお続き、この2015年、日本の〈メルティング・ボット〉からリミックスと未発表曲を加えた『セスィアンズ』日本限定CD特別盤がリリースされた。〈パン〉関連のアーティストとしては昨年のリー・ギャンブル『コッチ』国内盤も記憶に新しい。

 さて、この『セスィアンズ』を、ひとことでたとえるなら「歴史の終局地点で鳴るポストモダンの光景のサウンド・トラック」といったところか。その音は、先に書いたようにダークというより漂白。いわば白昼夢の光。陽光などではなく「爆心地の白い光」のような印象だ。2010年代、アンダーグラウンドな空間で鳴らされたダークな音たちは、いつのまにか歴史の極限地点で、グランド・ゼロのように白く、巨大に発光している。
 このアルバムは2014年にリリースされたルーシーのセカンド・アルバム『チャーチズ・スクールズ・アンド・ガンズ』(リリースは〈ストロボスコピック・アーティファクツ〉から)に近い感触がある。音楽的にまったく似てはいないが、聴いたとき印象が近いのだ。いまにして思えば、『チャーチズ・スクールズ・アンド・ガンズ』は、ポストモダンの荒野に広がる光景を白昼夢のように描き出したポスト・インダストリアル・テクノの先駆的なアルバムであった。まるでガス・ヴァン・サントの『ジェリー』(2002)のように歴史の停滞地点を私たちの聴覚に提示したのだ。そもそもアルバム名からして同監督の『エレファント』(2003)を想起してしまう。

 あらゆるものが出そろい、あらゆる歴史が終局し、あらゆるものが飽和し、あらゆるものが停滞し、あらゆるものが無意味になったインターネット環境以降の世界において、ポスト・インダストリアル・テクノは、歴史の停滞、世界の暗さを電子音楽の中に炸裂させ、光のように飽和させる。その音響とビートのむこうに輝く爆心地のような明るさは、どこか世界の終わり(のムード)を反映している。ポスト・インダストリアル・テクノは歴史の最終地点であり、終局であり、空白地点のムードを醸し出す。
 そして、だからこそ、ポスト・インダストリアル/テクノはサウンドの実験空間=アート・スペースとして機能しているともいえる。たとえば〈パン〉や〈ストロボスコピック・アーティファクツ〉〈アントラクト〉などは、それぞれ電子音楽をベースにしつつも、テクノと現代音楽とアートのマリアージュをめざす(側面がある)。その結果、彼らの生み出すトラックは、アンダーグラウンドなスペースを最先端のアート空間に生成変化させてしまう力がある。〈パン〉からリリースされたジェイムス・ホフの『ブラスター』や、〈ストロボスコピック・アーティファクツ〉のエクスペ/アート系サウンド・サブ・レーベル〈モナド〉の作品たちを聴いてみれば即座にわかるはずだ。また、〈アントラクト〉の諸作品、たとえばニコラ・ベルニエの『フリークエンシーズ(シンセティック・バージョン)」』なども重要な作品といえる。彼ら(の音)の特徴は、「アート」であることにまったく躊躇がない点だ。「アート」とは、世界の境界線と輪郭の明確にする重要な行為なのだ。

 むろん現代音楽とテクノの交錯は、今日にはじまったことではないが(90年代におけるピエール・アンリ『現代のためのミサ』=“サイケロック”の再発見)、それをサンプリング・ネタ(シュトック、ハウゼン&ウォークマン 的。「モンド・ミュージック」の時代としての90年代)としてではなく、世相を捉えたアート=音楽/音響的構造として再生成する試みが非常に現代的なのだ。
 また、ビートを安易に反復させず、鳴っていないビートも含めた律動をリズムとしてトラック内に圧縮させていく手法は、情報過多の時代を生きる今の若い世代の耳(と体)も満足させるはず。
 つまり、メッシュのトラックは、そんな2015年の現在を象徴しているのだ。アルカやOPN以降ともいえるポスト・インターネットなミュージック・コンクレーティズム・トラックは、インダストリアル/テクノ勢の中でも群を抜いているといっていいし、同時に非常に実験的でありながらテクノ機能性(というより機能性の拡張)を実現している点も注目に値する。たぶん、DJとしての彼のスキルが生かされているのだろうとも想像できる。

 ともあれ1曲め“セスィアンズ”を聴いてほしい。この非連続的・非反復的なサウンドと接続とリズムの素晴らしさ。続いて、より不穏・性急なキックが鼓動を煽る2曲め“インターディクター”、ミニマルなビート/フレーズとアンビエントな持続音とミュージックコンクレート的なサウンドがイマジネティヴな3曲め“キャプティヴェイテッド”、ダウンビートでミニマルなフレーズが幻想的な4曲“グラッセル・フィニッシャー”、ガサゴソとした具体音や淡い持続の交錯から静かに幕を開けるノンビート・トラック5曲め“インペリアル・スーアーズ”など、「新しい」電子音楽ならではの刺激がここにはある。個人的には不穏なアンビエンスが生成するこの“インペリアル・スーアーズ”に、“セスィアンズ”とともにとても惹かれた。
 6曲め以降は、日本盤のスペシャル・トラックだ。リミックスには、グルーヴストリート、盟友ロティック(ジャニス)、ロゴス、DJヒートらが参加し、“セスィアンズ”を独自の色に料理している。どのトラックもインダストリアルとクライムなどのベース・ミュージック、いわばアートとストリートとの関連性を示唆する見事なものだ。そしてラストはメッシュによる未発表トラック“トレンド・ピース”。
 この日本盤をまとめて聴くと、オリジナル・トラックとリミックス・トラックの交錯によって、電子音楽の現代的境界線が浮き彫りになってくるように思えた。ポスト・インダストリアルとストリート、さらにインターネットとアート。それぞれの境界線は、メッシュとその周辺のアーティストたちにおいては初めから融解しているのだろう(メッシュはアーティスト、アレクサンドラ・ドマノヴィックとのコラボレーションを行っている)

 メッシュの音は、そのようなポスト・インターネット的な交通を経由し、閃光のような漂白的空間、まるで「爆心地」の光のような白い空間を聴かせてくれるのだ。まるで大友克洋『アキラ』の東京崩壊シーンのように。それはベルリンから東京にもたらされるグランド・ゼロの閃光。そんないささか物騒なものいいも、〈パン〉というレーベルが持っている超現実的な世界観ならば許容してくれるのではないかと思う。そもそも『アキラ』の世界では東京崩壊以降も、健康優良不良少年たちはたくましくも駆け抜けたではないか。「廃墟」以降の世界に広がる(アート)ストリート。重要な点はそこだ。
 「世界」が壊滅しても、そう簡単に世界は終わらない(終われない)。昨年から今年にかけて〈パン〉などの電子音楽レーベルからリリースされる作品からは、そんな「以降」の世界を強く意識させてくれるものが多かった。そう、現代の「新しさ」とは、壊滅的状況の向こうにあるものなのかもしれない。

デンシノオト

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