「S」と一致するもの

Zs - ele-king

 スティーヴ・ライヒのクラッピング・ミュージックを彷彿とさせる手拍子ポリリズム運動からはじまったかと思いきや、有無を言わせずに持続とヴァイオレンスが拡大し、ディス・ヒートばりの「この熱さ」がぐつぐつと蒸気を上げて(マサカーばりの鋭利さと凝縮力と言ってもいい)、舌の根も乾かぬうちに無骨で攻撃的なミニマル・アンサンブルにばったばったとなぎ倒される。ああ、こんなジーズを待っていた! 2000年に結成ということなので、ヤー・ヤー・ヤーズ、ライアーズ、ブラック・ダイス、アニマル・コレクティヴ、ライトニング・ボルト、バトルズ、アクロン/ファミリー、ダーティー・プロジェクターズなどなど、極彩色の音を放ちまくり、自由奔放に個性の固まりをぶつけてくるブルックリン一派たちと同世代ながら、そのなかでもひどく特殊なエネルギーをもった(特殊すぎて日本ではヤバさのみが伝播してイマイチ人気がないところがニクイ!)脱構築/新構築フリー音楽集団=ジーズの新作がリリースされたのだ。

 サム・ヒルマー(サックス)を中心に不定形なメンバー構成で活動をしてきたジーズだが、本作は、ヒルマーのほか昨年来日したガーディアン・エイリアンのドラマーとしてもお馴染みのグレッグ・フォックス(ドラムス/パーカッション/エレクトロニクス)、パトリック・ヒギンス(ギター)によるシンプルなトリオ編成にしてハミ出し方はマキシマムな、最新型ジーズの初のスタジオ演奏が収められている──こいつは2013年に来日したときにイキまくりの演奏を聞かせてくれたメンバーではないか!前作『Grain』(2013)ではいつもの反復運動に加え、サイケデリックにうずを巻きつつオウテカなんかも思い出させるグリッジーでバキバキのノイズ〜エレクトロニクスが導入されたり、古い音源をあれこれ加工したりして、ジーズがジーズを客観的に眺める冷めたエディット感覚を楽しむことができた。この極北感こそジーズなのだ。が、しかしそこに少しのもの足りなさを感じていたのは筆者だけだろうか? 整頓されて取りすました暴力なんて似合わない。ジーズはごつごつと粗雑でいてお熱いのにかぎる。

 そして本作『Xe』だ。熱い。金属的なのに熱い。息をつかせぬ緊張感の連続にばくばくと鼓動が高鳴り、ひたすら熱い。スタジオ一発録り&ノー・エフェクト、ノー・エディット。ポスト・プロダクションとしていっさい手を加えてないという産まれたままの音が潔い。もう一度言う。熱い。熱すぎる。個人的に2010年のベストであった『ニュー・スレイヴス』の頃に立ち返ったような、いや、それ以上に露骨で肉体的な質感。パトリックによるピッチシフトされたテクニカルなメタリック・ギターにカキンコキンと打楽器のように鳴らされるハーモニクスとブラッシング・ノイズ。そこに、「鉄は熱いうちに打て!」と言わんばかりに細かく連打されるグレッグのリム・ショット。内臓破りのバス・ドラム。土着的なタム回し。ときに竜巻のような脅威をもって襲いかかるそのリズムは、ミルフォード・グレイヴスの野蛮とハン・ベニンクの頓智をないまぜにしたようなきっかいさを食らわせてくれる。そして、なんと言ってもヒルマーの雄叫びのようなサックスが凄まじい。ペーター・ブロッツマンが脳裏をかすめる豪快なマシンガン・ブロウにアルバート・アイラーが取り憑いたようにすすり泣く咆哮。がさごそとした騒音からファラオ・サンダースばりの神妙なフレーズまで飛び出すプレイは、まるで古い薬箪笥のように引き出しが多く、どこを開いてもアヴァンギャルドな処方せんが用意されているので癒しどころか軽くめまいを覚えてしまう。

 ブルックリン一派だけでなく、レコメン〜ノイズ/フリー・ジャズ系にも激しく呼びかけ、極めてオルタナティヴなエネルギーを放出するジーズの新作。かつてジョン・ライドンがP.I.Lのシングル“ライズ”(1986)のなかで「Anger is an Energy(怒りはエネルギーだ!)」と繰り返し叫んだように、ジーズの根っ子には怒りがありハードコアがある。そこには彼らがよく比較されるバトルスがもっていた数学的な聡明さというよりも、もっと本能的で、ずっとヤクザで、少し数字が苦手そうな(失礼……!)大阪のボナンザスやgoatたちとの親和性を感じるのは筆者だけではないはずだ。黙ってラスト18分にも及ぶ“Xe”を聴いてほしい。すべての音にぶっちぎりのテンションが宿り(同時にプリズムの板のように研ぎ澄まされた繊細さをもち、輝かしい光を跳ね返す!)、模索するのではなく、はっきりとした意識をもって迷いなく新しい尺度を構築するわがままなアンサンブルにむんずと胸ぐらをつかまれて、とことんまでビビらされたあげく、私たちが知ってるつもりでいた通念的なアヴァンギャルドの皮を根こそぎ引っ剥がされるわ、肝をつぶされるわで、ぐりぐりされてあんぐりするのがオチである。

Sleater-Kinney - ele-king

 伝説のバンドのカムバック盤はクリーンでタイトになりがちだ。ミドルエイジになっても健在。みたいな、元気でわかりやすい音にしたほうが売れるからだろう。だから、10年の沈黙を経て帰って来たスリーター・キニーの新譜が、初期スージー&ザ・バンシーズのエクスペリメンタル版みたいで個人的には好きだった前作『The Woods』で閉じた本の、まったく同じページからのやり直しになるわけがなかった。「とにかく良いロック・ソングを作る」というベーシックに戻った新譜は『Dig Me Out』、『All Hands Are On the Bad Ones』辺りを髣髴とさせる。

 しかし「クリーンでタイト」もやり過ぎるとバンド独特のテイストが希薄になるもんだが、スリーター・キニーの場合は逆に濃厚になっている。アクロバティックに尖ったギターの不協和音、ザ・ストーン・ローゼスのレニが女装してるのかと思うぐらいヴァーサタイルなドラム、そしてハスキーさに肝の据わりを加えブルージーにさえなったヴォーカルが、個別にも、バンドとしても、ばーんとスケールアップしていて冒頭から「お。」の声が出る。過去4作を手掛けたプロデューサー、ジョン・グッドマンソンがこれまで以上の仕事をしている。そうか。関係者も含めてみんな加齢したせいかもしれない。年を取ると余計なことを考えなくなるからだ。10曲で32分(日本盤は11曲らしい)。見事に迷いも無駄もない。

*********

 他所で書いた与太話だが、2015年はワーキングクラスのミドルエイジの女たちが政治を変えるという説がある(提唱したのはわたしではない。オーウェン・ジョーンズだ)。昨年、UKで草の根の運動を起こして成功したのは下層の女たちだった。運営打ち切りのシェルターから追い出されたホームレスのシングルマザーたちが公営住宅を占拠して自分たちでシェルターを作ったり、公営住宅が投資ファンドに売り飛ばされて退居を迫られたお母さんたちが抗議運動を展開し、ついに投資ファンドが公営住宅を手放した件など、市民運動は成功しないという近年の常識を覆し、彼女たちは現実に求めるものを手に入れたのである。

 そして今話題の、反緊縮の急進左派が政権を握って(しかも右翼政党と連立を組んで)EUにタイマンを張るというとんでもないパンクな状況になっているギリシャでも、選挙運動中に左派を象徴するシンボルになったのは、アテネの財務省の前で座り込みを続けた元清掃作業員の失業した女性たちだった。彼女たちは役所の前にキャンプを張り、警察の威嚇にライオットし、粘り強く権力に拳を上げ続けた(彼女らが使ったポスターには、ゴム手袋をはめた拳が描かれていたそうだ)。

 この地べたの女たちの怒りと底力。はミニスカ姿のテイラー・スウィフトやパリコレでプラカードを掲げて行進したスーパーモデルたちが体現できる類の「女性の力」ではない。サヴェージズだって詩的に構えすぎる。こんだけフェミニズムがどうのと言われてるわりには、ゴム手袋をはめた拳のサウンドトラックが見当たらなかったのだ。

 私はアンセムじゃない かつてはアンセムだった
 それは私のことを歌っていた
 でも今は アンセムが存在しない
 聞こえるのは残響 鳴り響く音
‟No Anthems″

 その残響をリアルに変えるのだというロマンティックな使命は彼女たちの中にあった筈だ。
 ‟Surface Envy″やタイトル曲‟No Cities to Love″などはそれこそ堂々たるロック・アンセムだし、プラスティックなギャング・オブ・フォーみたいな‟A New Wave″のソリッドなグルーヴ、WギターとドラムとWヴォーカルが5匹の蛇のようにタイトに絡み合って一本の太いロープになって飛び跳ねている‟Bury Our Friends″など、ベースレスのバンドがなんでここまでどっしりしているのか。なんかこう、音に覚悟がある。若い頃に弄んだスカスカした洒脱さを、帰って来たスリーター・キニーは覚悟で置き換えている。

 息子の学校の保護者会に行ったらそこら中にいそうな感じの風貌になった3人組がこんな音楽を奏でているというのがまたいい。これを聴いた後では今年はロックが聴けるのかしらん。と不安になっている。2015年の「ゴム手袋の拳」大賞は早くも決定した。

Carlton and the Shoes - ele-king

 恋したときの気持ちというのは、悲しいかな、時間とともに薄まり、そして忘れていくものである。理屈でわかっていても、それが性の衝動と結びついている以上、動物としてやむを得ないのかもしれない。しかし、カールトン・アンド・ザ・シューズを知っている私たちは、恋したときの気持ちを何度でも思い出すことができる。私たちは生きている限り、“ラヴ・ミー・フォーエヴァー”や“ギヴ・ミー・リトル・モア”を何度でも繰り返し聴くだろう。
 ジャマイカが生んだ伝説的なロックステディ・グループ、カールトン・アンド・ザ・シューズが来日する。すでに涙ぐんでいる人もいるのではないだろうか……来日を記念して、7インチ・シングルもリリースされる。

 以下、OVERHEATから告知文です。

 1992年に開催された”Rock Steady Night”でGladstone” Gladdy” Andersonらと初来日し、SKA、Rock Steady、Reggaeファンを驚喜させたCarlton and the Shoes(カールトン・アンド・ザ・シューズ)が帰ってくる!!!

 1966年から1968年のジャマイカでは、それまでのSKAに変わりRock Steady(ロック・ステディ)が大流行。その中でもRock Steadyを代表する最高峰のコーラス・グループと言えばCarlton and the Shoesをおいて右に出るものはいない。しかし、当時(76年)わずかたった1枚のアルバム『LOVE ME FOREVER』をCoxsone Doddのレーベル、Studio One(ジャマイカのモータウンと言われる)からリリースしただけであったが、その高い評価は今でも同じである。こうしてジャマイカ音楽の発展に多きな影響を与えた1stアルバムはクラッシックと呼ばれ、その作曲センスと絶妙なハーモニー・ワークは唯一無二、その後にリリースされた2ndアルバム『THIS HEART OF MINE』(Quality)の発売は82年である。
 そのアルバムは日本でもフィッシュマンズの曲「ランニングマン」にも影響を与え、クレモンティーヌが「Give Me Little More」をカヴァーしたり、最近ではCHAN-MIKAも同曲をカバーしたりというように何度も再発やカバーが繰り返されている超名盤である。
 そして昨年(2014年)は精力的にLAやシエラネバダ・ワールドミュージック・フェスへの出演を果たしている。

---------------------------------------------------
〈ツアー日程〉
4月23日(木) 名古屋 クラブクアトロ(Tel:052-264-8211) /
ADV ¥4,500 DOOR ¥5,500
4月24日(金) 代官山 UNIT(Tel:03-5459-8630) /
ADV ¥4,500 DOOR ¥5,500
他、追加予定あり
チケット:2月28日 各プレイガイドにて発売予定
---------------------------------------------------

■来日記念盤として7インチ・シングルも発売!!

発売日:2月20日 1,200円(税別)OVE-7-0123
Side A : You(Part1) / Carlton and The Shoes
Side B : Wanna Be Free / Carlton and The Shoes

 『LOVE ME FOREVER』(Studio One)をリリースした後、『THIS HEART OF MINE』をQualityからリリース。どちらも再発され続けているのはご存知の通り。ジャマイカン・アーティストの中でもオリジナルな曲センスとコーラス・ワークには世界中のマニアが一目置くところ。 昨年のLA公演も話題となっている彼らの来日にも期待がかかるが、今回は90年代の音源から選曲されたRock SteadyとSKAがカップリングされた良質な7インチ発売です。

Side A : You(Part1) / Carlton and The Shoes
『THIS HEART OF MINE』に続き95年、OVERHEATからリリースされたアルバム『Sweet Feeling』収録の純甘Rock Steady曲。 エレキ・ドラムにうねるベース、ジャマイカのゲットーを思わせる重いスリリングなリズムに極上のハーモニー。Rock Steadyに似合うのはやはりLove Songだと確信させられる曲。

Side B : Wanna Be Free / Carlton and The Shoes
ディーン・フレイザーとヴィン・ゴードンのホーンで始まる軽快なスカ・チューン。
2002年にOVERHEATからリリースされたアルバム『Music For Lovers』に収録されていた曲。カールトンの脱力ヴォーカルにからむコーラスとホーン・セクションに加え、ピアノの裏打ちはメロウ・キーボーディストことロビー・リンである。


test - ele-king

test

Ryoko Akama - Bruno Duplant - Dominic Lash - ele-king

 〈アナザー・ティンブレ〉は英国の即興/実験音楽レーベルであり、現在、この種のシーンにおいて大きな存在感を示しているレーベルでもある。その横断領域は広く、即興から電子(電気)ノイズ、現代音楽までも射程に入れており、非常に個性的なレーベル・キュレーションが行われている。
 なにしろレーベル初期にはデレク・ベイリーらとミュージック・インプロヴィゼーション・カンパニーで活動したヒュー・デイビスの作品集『パフォーマンス 1969 - 1977』や、音素材を極限まで切り詰め、聴覚/知覚への自覚的なプロセスを浮上させていく静寂の音響・音楽、ヴァンデルヴァイザー楽派の6枚組ボックス・セット『ヴァンデルヴァイザー・アンド・ソー・ヴァイタ―』までもリリースしているのである。また日本のICCで作品が展示された英国の実験音楽家スティーヴン・コーンフォードのアルバム(コラボレーション含む)も多数リリースされている。
 そう、いわば即興/実験/作曲の境界線を越えていくようなレーベルなのだ。ある意味ではマイケル・ナイマン著『実験音楽-ケージとその後』の思想を受け継ぐレーベルともいえよう。

 昨年2014年もジョン・ティルバリー、フィリップ・トーマスらの演奏によるモートン・フェルドマン『ツゥー・ピアノ・アンド・アザー・ピース 1953-1969』もリリースするなど、即興、ノイズ、電子音楽、現代音楽まで幅広く、かつ大量のリリースを続けていた(個人的にはベルリン・シリーズと銘打ったアーティスト・コラボレーション・シリーズにも注目)。また、英国のエクスペリメンタル・ミュージック・マガジンの老舗『ワイアー』誌の2014年トップ50内に選出されたマグナス・グランベルク率いるスクーゲン『ディスペアズ・ハッド・ガヴァンド・ミー・トゥー・ロング』と、ローレンス・クレイン『チェンバー・ワークス 1992 - 2009』も重要な作品だ。10人の演奏家によるスクーゲン(日本からは中村としまる、笙の石川高が参加)は、コンポジションとインプロヴゼーションを明確なコンセプトとともに両立させ、ローレンス・クレインは室内楽であった。両作とも即興と作曲への境界を越境している。インプロヴィゼーション/コンポジションが同時生成するようなレーベルの新しい志向=思考が明確になってきたのである。

 今回紹介するリョーコ・アカマ(VCS3シンセサイザー)、ブルーノ・デュプラント(パーカッション、トーン・ジェネレーター)、ドミニク・ラッシュ (ダブル・ベース、クラリネット、ラップトップ、パーカッション)らによる『ネクスト・トゥ・ナッシング』(2014)もまた純白のミニマリズムでインプロヴィゼーション/コンポジションを越境する素晴らしいアルバムである。まずは各メンバーのことについて簡単に書いておこう。
 リョーコ・アカマはAGFらとのユニット(The Lappetites)、カフェ・マシューズ、そしてエリアーヌ・ラディーグ(!)などとのコラボレーションでも知られる電子音楽家(https://www.ryokoakama.com/)。この『ネクスト・トゥ・ナッシング』でリョーコ・アカマが演奏するVCS3は、70年代にキング・クリムゾンやピンク・フロイドなどのプログレ・バンドに導入されたアナログ・シンセサイザーだが、本作では、それら伝説的なバンドの使い方とは異なり、静謐な音の層/霧のような音響が持続している(VCS3は、昨年発表のソロ・アルバム『コード・オブ・サイレンス』でも用いられていた)。

 そして、ブルーノ・デュプラントは精力的なリリースを続けるフランス人アーティストで、コントラバス、パーカッション、コンピューターなどを駆使したミニマルな作品/演奏を多数送り出している。自身もレーベル〈リゾーム〉を運営している(https://rhizome-s.blogspot.co.uk/)。ドミニク・ラッシュ はコントラバス奏者。彼は〈アナザー・ティンブレ〉からリリースされているヴァンデルヴァイザー楽派のアントワーヌ・ボイガーの作品『カントル・カルテット』などにも参加している(https://dominiclash.blogspot.jp/)。
 インタヴューなどを読むと、このアルバムを主宰したのはどうやらブルーノ・デュプラントのようだ。彼はこれまでもリョーコ・アカマなどとコラボレーションを行ってきたわけだが、その経験を踏まえつつ、さらに新しい音楽を生み出したかったようである。私見だが、このアルバムにおいてはトリオ編成における新しいミニマリズム/アンサンブルを追求しているように思える。

 1曲め“ア・フィールド、ネクスト・トゥ・ナッシング”はブルーノ・デュプラントによる曲で、淡い音色の電子音が持続する静謐な楽曲(このトラックが本アルバムのベーシックとなっているのではないか?)。持続とピッチの繊細なコントロール/コンポジションが素晴らしい。2曲め“グレード・ツー”はリョーコ・アカマの曲。透明な持続音に、ベースの点描的な音。鐘のような響き。電子音の層による静謐な音響アンサンブルだ。3曲め“スリー・プレイヤーズ、ノット・トゥギャザー”はドミニク・ラッシュの曲で、鐘のような響きから幕を開ける。日本の雅楽のような持続や、クリッキーなリズムも刻まれていく。そのうえフィールド・レコーディングされた風や空間のような音(多分、電子音主体のノイズではないかと思う)が鳴り響くのだ。この曲では、さらに音の層が増えており、即興/コンポジションのあいだに、音の揺らめきが生まれている。ラスト4曲めは、リョーコ・アカマによる“グレード・ツー・エクステンデッド”だ。電子音響的な高周波のチリチリしたサウンドが持続し、低音部分は震えるような持続をつづける。

 ブルーノ・デュプラントは「自分はヴァンデルヴァイザー楽派の音楽家ではない」と語っているが、たぶん、彼の目指すべき音は、サウンドのラディカリズムをミニマリズムとアンサンブルとコラボレーションによって生成していく点にあるのではないか。
 静寂と持続の音楽空間を誇る本作は、ほとんどファイル交換によって作り上げられたという。本作では演奏家は、同じ場所・時間で演奏・録音をしていない。しかし実際に会うことなく演奏・録音された本作は、その距離の効果によって独自のサウンドの磁場を形成しているように思えるのだ。反応のアンサンブルではなく、時空間を超えた「応答」のアンサンブル。リアルタイムの反応ではない以上、作曲と即興の境界線は無化していく。
 変わりゆく/移ろいゆく音響の饗宴。その古楽の一瞬の響きを引き延ばしたかのような響き。日本の能楽のような静寂と緊張。それは現代音楽的なコンセプチュアルなミニマリズムではなく、音自体の生成に拘る新しいミニマリズムといえよう。90年代と00年代の即興/音響シーンを経由した2010年代の音楽。ポスト・インプロヴィゼーションから新しいミニマリズムへ。そして、その音は、とても澄みきった響きを獲得しているのだ。

 最後に。ミニマルなイメージのジャケット写真もブルーノ・デュプラントによるものだという。このアルバムの音楽/音響を象徴する見事なアートワークである。

The Body & Thou - ele-king

 昨年、某エナジー飲料協賛、某ベース・ミュージック・イヴェントに招聘されたボディ(The Body)の二人を諸事情でホテルから会場へサウンド・チェックのため連れて行く道中、それまで気にかかっていた質問を投げかけた。

「ハクサン・クローク(Haxan Cloak)とのレコード、最高だったけど、あれライヴでできるの?」
「できないよ。」

……だよね。

 昨年、〈リヴェンジ・インターナショナル(RVNG Intil.)〉からリリースされた『我、ここに死すべし(I Shall Die Here)』はボディのレコーディング音源にハクサン・クロークがリミックス/リエディットを施した秀作である。この晩、彼らが披露したライヴはやはり過去音源で聴ける乾いたテクスチャーが特徴的なドゥーム/スラッジ全開のセットであった。

 ボディにとっては古巣ともいえる〈スリル・ジョッキー〉からリリースされた本作は米国南部のDIYエクストリーム・ミュージック・シーン出身のベテラン2組、ボディとザウ(Thou)によるコラボレーション・アルバムである。両者による異なるヘヴィネスへのアプローチが、疎外/孤立、憂鬱、絶望といった共有のテーマの下に聴者を圧殺、さらなる深淵へと落とし込む。彼らいわく、「黄昏時のダンジョンに迷い、狂王の城跡へ、盟友と肩を並べ、敵の屍を足下に、神秘は解き明かされ、秘宝は発掘される」のようなサウンドだとか……ってベタにメタル過ぎるよ! 中二病だよ!

 もう最近こんなんばっかり書いてる俺ほんと気持ち悪いわー勘弁してよーと思いつつ聴いているこの音源、たしかに圧倒的破壊力で圧殺されるドゥーム/スラッジではあるのだけれども、上記の説明的なメタル的な絶望や鬱屈といったドロドロ感は控えめにカラっと怒れるクラスティな要素が強い。バーニング・ウィッチからアイヘイト、ヌース・グラッシュなどを信奉するクラスティ・ドゥーム・ファンには堪らないだろう。どうやらこの音源、昨年リリースされたヴァイナル・オンリー音源である『愛からの解放(Released From Love)』に新譜『おれが常に憎んでいたのは、おまえだ(You, Whom I Have)』を追加した形でリリースされているようだ。こういう乾いた遅くて重いサウンドはアメリカのバンドならでは。ナイン・インチ・ネイルズ、ヴィック・チェスナットのカヴァーも収録。

ジャマイカの星、アフリカの夢、レゲエが生んだスーパースター「ボブ・マーリー」。伝説を、未発表曲を含む貴重フィルムと、評伝でたどるフォト・レポート&スーパー評伝。伝説の日本ツアーほか、レゲエ・スターの核心をとらえた傑作写真集&スーパー評伝の豪華カップリング。死してなお全世界人々の心に生き続ける「レゲエ神」を知る決定版です。未発表写真多数!

【構成】 (1、2、4章までが写真中心)
Chap.1 April 1979, Tokyo
~東京のザ・ウェイラーズ
ボブ・マーリー来日公演を撮る! 菅原光博

Chap.2 International Reggae
~レゲエ、世界に飛び出す
初めて観たボブ この人こそ撮らねばならない! 菅原光博

Chap.3 The Life of Bob Marley
~ボブ・マーリーの一生 藤田正
はじめに
1 サウンド・オブ・キングストン
2 スカ時代とザ・ウェイラーズ
3 レゲエ・レボリューション
4 ラスト・デイズ
5 スカからルーツ・レゲエの三十年
selected albums of Bob Marley and the Wailers
菅原光博からのメッセージ

Chap.4 Jamaica, One Love
~ジャマイカ、ワン・ラブ
ジャマイカへの旅 真っ白な鳩が飛んできた 菅原光博

 1月末、NYでは「史上最大の暴風雪に見舞われる」との警報があり、住民をあたふたさせた。地下鉄などの交通機関が止まり、食料調達も十分(スーパーマーケットに入るのに長い行列!)「危険なので、家にから出ないように」など住民に呼びかけ、万全で暴風雪に備えた。が、結局、史上最大ではなく、よくある雪の1日で終わった。
 みんなが悶々していた暴風雪警報が出た月曜日の夜、ほとんどのショーがキャンセルの中で、勇敢にもショーを行ったのがゾラ・ジーサス(https://www.zolajesus.com)だ。予定より早めに行われたショーの途中で、彼女は「ついてきて」、トロンボーン・プレイヤーを率い会場の外に出て、1曲「Nail」をアカペラで歌いだすなど、雪ならではのパフォーマンスを披露した。車も通らない、ガランとした雪のストリートにこだまする彼女の声と、それをあたたかく見守るオーディンス。大停電や台風の時といい、ニューヨーカーは災難時でも、エンターテインメントの心を忘れない。因みに、彼女はウィスコンシン出身、雪には慣れたものだったのかもしれない。
https://www.brooklynvegan.com/archives/2015/01/zola_jesus_perf.html



 暴風雪騒ぎから1週間経った今日2月2日も雪は降っていて、外はマイナス10度の世界。雪が降ろうが槍が降ろうがイベントは普通にある。昨日2月1日はスーパーボウル、フットボールの決勝戦。個人的に興味ないが、周りが盛り上がっているので、いやでも目に入ってくる。行き着けのバーに行くと、この日だけは大きいスクリーンを出し、みんなが大画面でスーパーボウルを鑑賞している。お客さんはもちろん、店員も仕事そっちのけで画面を熱く見守っている。点を入れなくても、何か好プレイ珍プレイをするたびに、「おーー!!!」や「ノーーー!!」や、「ぎゃーーー」などの奇声が飛び交うので、ドリンクもうかうかオーダー出来ない。一緒に行った友だちは、接戦の最後の5分は「もう心配で心配でしかたない!!!」と、私の手をぎゅっと握り、自分の事のようにハラハラドキドキしていた。
 結果、ニューイングランドのペイトリオッツが勝利(10年ぶり)。ルールがわからない著者にも、周りの気迫で好ゲームだったことが伝わってくる。
 スーパーボウルで注目されるのは、ハーフ・タイムショー。過去に、マドンナ(w/M.I.A.,ニッキー・ミナージュ)、ビヨンセ(w/ディスティニー・チャイルド)、ブルノ・マーズ(w/レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)などが出演しているが、今年はケイティ・ペリーとレニー・クラヴィッツ、ミッシー・エリオット。旬なのか、古いのかわからないラインナップだった。
 そういえば、テロリスト(?)に揺すられ、公開中止になりかけた、問題の映画『インタビュー』のなかで、主役のセス・ローガン(役名アラン)が、北朝鮮の最高指導者の金正恩の戦車に乗った時に、流れてきた曲を聴いて一言「あんた、ケイティ・ペリー聞いてるの?」。著者は、それで初めてケイティ・ペリーを知った。それだけ、彼女が「いま」の大衆音楽を表している。ハーフタイム・ショーの彼女も見事だった。レニー・クラヴィッツもミッシー・エリオットも貫禄抜群だったが、今年の顔はケイティ・ペリーで万場一致。

 ケイティ・ペリーは、メイクやポップなファッションが特徴で、一見今の時代どこにでもいるような女の子。歌がこの上なくうまいとか、ダンスが飛び抜けて上手とかではなく、格好を付けようとせず、素で勝負しているところが、同世代からの共感をかっているのだろう。下積みも長く、所詮ポップスなのだから流通しないと意味がないと、堂に入ったあきらめ感もあるし、彼女のキャラクターや世界観は、見る人を素直にハッピーにさせてくれる。プライヴェートもさらけ出し、ポップスターにも悩みはあるのよと、オーディエンスに近い感覚が現代のスーパースターのあり方なのだ。
 楽曲も親しみやすく耳に残り、カラオケに行ったらみんながシンガロングで歌いたくなるつぼを抑えている。ハーフタイムショーの1曲目に演奏した「ロアー」は聴いているとヴォリュームを上げたくなってしまう。映画で流れた「ファイア・ワークス」も、ヘリコプターを爆破するシーンに使われたが、周りの雰囲気を壊すことなく、シーンにぴったりとはまっていた。実際、彼女の曲は人の生活のなかに入って来ても邪魔しない。そこが現代的で彼女が支持されている理由なのだろう。

 ファイア・ワークスと言えば、スーパーボウルの1日前の1月31日に、ウィリアムスバーグの北の川沿いで大規模な火災があった。N11とケントアベニューの4F建ての貯蔵施設シティ・ストレッジから発炎し、200人以上の消防士が出動し、寒い中消火にあたった(制服に氷柱がしたたっていた)。一駅離れた著者の家の周りさえも灰が飛んできたり、こげた臭いが充満し、窓を開けることが出来ない。周辺の住人お店やレストランは、避難したり休店したり、暴風雪よりも大きい被害を被っている。完全鎮火には1週間ほどかかる見込みだそうだ。ドミノ・シュガー・ビルディングなど周辺ビル/コンドミニアムの契約書類が保管されていたのだが、無残にも焼かれてしまった。ここは、デス・バイ・オーディオやグラスランズなどの音楽会場を閉店に追いやった、ヴァイス・オフィスの真近くでもある。実はあまり報道されていないが同じ頃、グリーン・ポイントでも火災があったのだが、このふたつの火災の関係は? ウィリアムバーグの家賃高騰に対する嫌がらせだと言う噂も飛び交っているのだけれど……。

 スーパーボウルの日、誰もが家でピザやバッファローウィングを食べながらテレビを見ると思われたが、著者がスタジオをシェアしているバンドは「今日ショーがあるんだ」と雪のなか揚々と出て行った。雪+スーパーボウルという悪条件で「人は来るの~?」と思われたが、「友だちがたくさん来てくれた」とご機嫌に話してくれた。彼らは20代前半で、「スーパーボウルなんて、ピザしか食べない年寄りの見る物」と思っているらしい。
 彼らが演奏したのは、トラッシュ・バーという、ウィリアムスバーグの音楽会場。こちらも他の会場と同じく、リースが継続できず(家賃が4倍(!)になると言われたらしい)、3月の閉店が決まった。閉店後は、ブッシュウィックに移る予定らしいが、既にブッシュウィックはヒップスターの聖地、どうなることやら。
 また、元ウィリアムスバーグにあったガラパゴスという音楽会場は、ダンボで数年営業した後、来年ニューヨークを飛び出し、デトロイトに移ることを決めた。NYの小さなアパートメントと同じ値段で、デトロイトでは10,000スクエアフィートの湖つきの会場が手に入るらしい。ガラパゴスはウィリアムスバーグ時代は、ガラス張りの外から見える会場にある湖がトレードマークだった。ダンボに移った時点で、会場に湖なんて夢のまた夢と忘れられていたが、デトロイトで初心に戻るのだろう。ゴーストタウンと言われるデトロイトだが、そろそろ移住してもいいかもと思えるようになったのは新たな希望だ。アメリカの地方都市がこれからなるべき姿なのかもしれない。もちろんいまもNYは特別で、人が集まりたい場所であることは否定できない。が、ウィリアムスバーグの家賃問題は深刻極まりないし、火事も起こる(!)。地価問題と戦いながら、バンドは残されたところで演奏して行く。露出されなければ意味がないが、転がっているチャンスを、掴むことも可能な場所だから……。

スーパーボウル
https://www.nfl.com/superbowl/49
https://www.billboard.com/articles/events/super-bowl-2015/6458199/katy-perry-super-bowl-xlix-halftime-show-review

ウィリアムバーグの火事
https://bedfordandbowery.com/2015/01/photos-six-alarm-fire-on-williamsburg-waterfront/
https://bedfordandbowery.com/2015/02/photos-epic-warehouse-fire-enters-day-2-in-williamsburg/

トラッシュバー
https://www.thetrashbar.com

ガラパゴス
https://www.galapagosartspace.com

 さて、ブレイディみかこ氏による本作レヴューはご覧いただいているだろうか。いよいよこの週末から公開となる『ニック・ケイヴ/20,000デイズ・オン・アース』、ele-kingではご招待枠をいただいたので、観覧を決めかねていたかたへチケットをプレゼントいたします!

・2月8日(日)24:00を締切としてご応募下さった方から抽選で3組6名様に、2月10日(火)着で手配させていただきます
・チケットは新宿シネマカリテさんのみで有効です
・下記要綱にしたがってご応募ください

■ご応募方法
・件名を「ニック・ケイヴ チケットプレゼント応募」として、info@ele-king.netまでご応募ください(Eメールのみの受付となります)
・本文には「郵便番号/ご住所/お名前(代表者)/枚数」をお書きください
・当選された方には2月9日(月)中にチケットの発送と、「発送済み」のご連絡を差し上げます

※ご応募メールは抽選後破棄させていただき、個人情報につきましても本件以外の目的に使用させていただくことはございません。


映画情報:https://nickcave-movie.com/
新宿シネマカリテ:https://qualite.musashino-k.jp/
※本チケットプレゼントについてのお問い合わせは劇場では受付できません

Sam Lee & Friends - ele-king

 とくに21世紀に入ってからずいぶんたくさんの移民や難民を描いた映画を観ることになったが、紙版『ele-king vol.14』で三田さんと対談したときに気づいたのは自分のなかでエルマンノ・オルミの『楽園からの旅人』(2011)が尾を引いているということだった。映画ではイタリアのある街で取り壊されかかっている教会にアフリカ移民たちが逃げ込んで来る数日間が描かれていたが、すなわちその後日談はわからない。オルミは、未来も見えないまま流浪する運命にいる人びとがいまも現に存在するという当たり前の事実を提示した上で、その教会で繰り広げられる対話のなかでいくつかの宗教の対立と和解の可能性を示唆してみせていた。それは現在世界で起こっていることを考えると、より重くのしかかってくるようである……。

 「このナポレオンを巡るバラッドにおける、“イングランドとスコットランドの団結”と“ロシアでの戦争”というテーマは、今起きていることを予言していたかのようで、僕に強く訴えかけた。まるで歌ってくれと言わんばかりに。(中略)ここでは、英国のフォークソングと東欧の朗詠唱法が合流する接点を探索し、ロシアにある僕のルーツ、そして、時代と場所の感覚のタイムレスな対話を掘り下げている。」

 というのは、サム・リーのセカンド・アルバムとなる『ザ・フェイド・イン・タイム』収録曲“ボニー・バンチ・オブ・ローゼズ”に寄せられたリー本人の解説だが、それを読みながら、そして本作を聴きながら僕は『楽園からの旅人』の移民たちの顔を思い出していた。いや、サム・リーがあくまで英国トラヴェラーズの伝承歌のコレクターであることは承知しているし、イタリアの巨匠とは背景も立場もまったく異なるのだが、しかしさまよう人びとのなかに文学性や物語性を見出していることに共通のものを覚えたのである。
 そして、サム・リーの場合ここで本人が言うように「歌ってくれ」との啓示めいたものを感じている。彼は伝承歌がどうして「いま」歌わなければならないのか、ということに対して非常に雄弁だ。各曲の解説を惜しまず、また、その歌が「誰」から教えられたものか(すなわちルーツがどこにあるのか)を明示する姿勢は、リーの優れた研究者としての側面をよく示している。

 しかしながら、サム・リーは編集者として適材適所にひとを配置していくのではなく、あくまでも自分を歌の中心に置こうとする。いわば伝承歌にこめられた物語を自分に憑依させることでもう一度語り直そうとしているのだ。それは絶大な評価を受けたデビュー作『グラウンド・オブ・イッツ・オウン』から貫かれた態度だが、この2作めでは音響面において現代性を高めることに腐心しているように聞こえる。オープニング、“ブライン家のジョニー”がいきなりハイライトで、ミニマルに叩かれるパーカッションのリピートとそこで左右から飛んでくるシャープなブラスとエレクトロニクスの応酬は、実験的なエレクトロニカを聴く体験とそう遠くないものである。あるいは、“ボニー・バンチ・オブ・ローゼズ”における時空を歪ませるようなサンプリング使いと、妖艶に響く弦楽器と丸く響く打楽器のサイケデリア。かと思えば“グレゴリー卿”や“ウィリーO”では地鳴りのような弦の低音が鳴り響き、いっぽうで“愛しのモリー”ではホーリーなゴスペルが降り注ぐ。ルーツ音楽のモダナイズというとこの10年のトレンドとして繰り返されたフレーズだが、本作においてはその洗練の度合いがずば抜けている。ブライアン・イーノ界隈の人脈であるレオ・エイブラハムが関わっていることも大きいのだろう、たんに伝承を発掘するという「崇高さ」にあぐらをかかず、現在に通用する録音物に仕上げようという気迫が感じられるのである。
 そしてまた、若き日のマチュー・アマルリックのような青年の面影が抜けないサム・リーのジャケット写真からは想像もつかないほどの、彼の深い歌声が聴ける。曖昧な音階をしかし自在に行き来する“フェニックス島”での歌唱など、老ジプシー・シンガーによるものだと言われても信じてしまいそうだ。クロージングとなる“苔むした家”は陶酔的なほど美しくシンプルなピアノ・バラッドで、彼は確実にこの歌が生まれたというアイルランドの風景を見ている。研究だけでは飽き足らず、その歌が立ち上げる感情や肌触りを再現することへの情熱を惜しまないシンガーだ。

 そうだ、このアルバムに横溢するのは情熱である。サム・リーは現在、ブリテン諸島のものに限らずヨーロッパ大陸のジプシー音楽の収集にも取り組みはじめているという。だから場所を特定しない流浪者に想いを馳せるような音楽になっているのだろうし、現代における社会からの逸脱者、その感情を浮かび上がらせているのだろう。かつてのアーティスト志望のミドルクラスの青年は、前作でトラヴェラーズの伝承歌にたどりつき定住したのではなく、まさにライフワーク=流浪のスタートラインに立ったのだ。サム・リーの音楽は見落とされた現実に目を向けさせるような聡明さとともに、魔力的なまでにサイケデリックな引力を持ち合わせている。『ザ・フェイド・イン・タイム』とは逆説的なタイトルで、記憶が時間とともに薄れゆくとしても、感情は歌とともに蘇るのである。
 だからこの文章は、サム・リー本人による“フェニックス島”に寄せられた解説のなかの、力強い言葉で終えたいと思う。

 「この曲は物語性を失ってしまってはいるが、僕はずっと、文化の耐久力と、その人が受け継いだ文化的生得権として、支配的な社会の窮屈な生き方に束縛されずに独立した生活を送る権利を主張するというテーマゆえに、今まで生き延びたのだと信じてきた。それはジプシーとトラヴェラーたちが常時直面している試練であり、この問題について歌い、支持の意を表明することには価値がある。」

(引用は国内盤に寄せられたサム・リー本人の解説による)

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026