「PAN」と一致するもの

interview with Wool & The Pants - ele-king

 東京の底から音楽が聴こえる。それは世界が静まりかえったときに、よりよく響く。「なぜ(why)」彼はその音楽を演り、「どう(how)」表現するのかにおいての「どう」の部分では、彼の音楽はじつに独創的である。独特の籠もった音響は、1970年代の古いダブのレコードのように粗く陶酔的で、そしてイメージの世界に向かわせる。もっともWool & The Pantが描くのは、人影もない午前2時の侘びしい通りであり、孤独であり、そこには友だちや恋人の姿さえみえない。それでも、Wool & The Pantsのファースト・アルバム『Wool In The Pool』には滑らかな光沢がある。街の灯りがひとつそしてまたひとつ消えていくようであり、遠くてまばたく光のようでもある。つまり、この日本において、Burialの時代に相応しい音楽とようやく会うことができたのである。

 「アルバムはPPUの人が選曲したんです」、長身の德茂悠は身体を斜めに折り曲げながら、曲で歌っているあの声で喋りはじめる。3人組のバンド、Wool & The Pantの首謀者が彼=德茂である。
 「大学くらいから宅録をはじめて、PPUの話が出たのが2017年くらい、それまで録っていたものを全部送って、PPUが選曲しました。入れたくない曲もあったし、もっと気に入っている曲や曲順も送ったんですけど、PPUがそれは嫌だと。でも、PPUが提案した流れを最終的に僕も気に入りました。あのアルバムはPPUの功績がでかいです」
 彼はまず、アメリカはワシントンのインディ・レーベル〈Peoples Potential Unlimited〉、通称PPUの功績について喋る。ファンキーで、ソウルフルなダンス・ミュージックの発掘で知られるこのレーベルから彼らはデビューした。これは面白い話である。オブスキュアな黒人音楽、ヴィンテージのブギーを探しているリスナーから一目置かれているPPUは、日本でもファンは少なくない。しかし彼らは日本のインディにはそれほど興味はないだろうし、日本のインディを聴いているリスナーでPPUを知っている人も多いとは思えない。そして、PPUは“サウンド”に拘っているレーベルである。
 「歌詞を送ってくれって言われたんで、友だちに英訳してもらって送ったんですけど、完成品に歌詞カードは付いてなかったですね(笑)。読んでないんじゃないかな」
 いや、そんなことはない、向こうの人は歌詞をすごく気にする。6月某日、コロナ第一波が収束したかに思えるなか、Pヴァインの会議室でソーシャル・ディスタンスを取りながら、ぼくたちは話した。

 德茂悠と会うのはこれが4回目で、ちゃんと話すのは3回目。1回目はレコード店で、2回目はお好み焼き屋だった。ぼくはひたすらビールを飲み、彼はノンアルコールだった。酒を飲まないのは体質的なことらしいが、ストイシズムが德茂の人生の通奏低音であることは、彼が高校時代ボクサーであったことからもうかがい知れるだろう。
 しかも、ただボクシングをやっていたのではなかった。全国大会に出場するような強豪校の選手だった。朝、昼、夕、夜と空いている時間はすべてボクシングに費やしていたと言うが、同時にヒップホップが好きで、ヒップホップをかけながら練習に打ち込む高校生でもあった。
 「ヒップホップがめちゃくちゃ好きでしたね」と、もとボクサーは回想する。「ボクシング部はみんなヒップホップが好きで。僕はそこでけっこう躍起になって、俺がいちばん面白いの知ってるぞ、みたいな。ヒップホップめちゃくちゃ掘ってて、それをかけながら練習できたんですよ」
 「リズムが重要だった」と德茂は語気を強める。「ボクシングはBPMが大事だから」、そんな彼が高校時代とくに好きだったのはECDの『ホームシック』だった。もちろん、ゼロ年代の世代である彼は、リリースされてから何年も経ってから聴いている。それでもこれが彼の音楽の原点において重要な一作となった。

 音楽にのめり込むきっかけは、病気で入院したことだった。ボクシングの特待生として大学入学予定だった高校3年生のときの出来事で、半年のブランクは彼の人生に進路変更を強いたが、その半年を德茂は無駄にはしなかった。音楽ばかりを聴いて過ごし、彼はますます音楽にのめり込んでいく。
 「大学で上京して、いろんなレコード屋にも行けるようになったんで、ヒップホップ以外の音楽も聴くようになりましたね。で、そのうち音楽をやってみたいっていう気持ちになったんです。でもいっさい何も楽器を使っことはなかったんで、まずはネットでECDが使っていた機材を調べました」

大げさなものは嫌いなんですよ。過剰にドラマチックに演出するのも嫌いだし、過剰に壊滅的に絶望的な歌とかも苦手で。自分の生活に近い淡々とした感じというか。

最初はECDを手本にしてたんだね?

德茂:その頃『失点 in the Park』のCDが再発されて初めて聴いたんですが、当時の自分は曲を作ったことも無いし何もわかってなかったんで、サンプルがループしているだけみたいな、とにかく簡単なものに思えたんですよ(笑)。これなら俺もできるかも? みたいに思ってしまって。それで、あるときECDの部屋の写真を見て、そこにあった機材を買おうと。それがいまも使っているやつです。ローランドの機材なんですけど、高くて買えないので、安いジャンク品を買いました。姉の彼氏にヤフオクで落としてもらって(笑)。あとでお金払うからって。

なんで自分で落とさなかったの(笑)?

德茂:ヤフオクのアカウントもなかったし、クレジットカードも持ってなかったんで。

ローランドのなに?

德茂:MC-909。全部入っているやつですね。いまでも使っているのはそれです。ジャンクなので、できないことがいっぱいあるんですよ。

ジャンクでも一応は使えるんだ?

德茂:一応使えます。ただメモリーが壊れていて保存ができないんですよ。なので電源切ったら終わりっていう刹那的な仕組みで。

じゃあ別の何かに残しておかないと(笑)。

德茂:(iPhoneの)ボイスメモで録音しているだけなんですよ。作ったものをボイスメモで録音して、それで終わりですね。

それをずっと続けてるの(笑)?

德茂:最初からそれをずっと続けてて、いまもそのスタイルです。

だからパラ音源が残っていないんだ。

德茂:iPhoneのボイスメモのスペックがあがっていくにつれてどんどん音がよくなるっていう。

はははは。

德茂:いまだに0っすね。音楽的な話になったら困るというか、「ギターなに使ってる?」みたいな話できないです。


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 最初はインストゥルメンタルからはじまった。トリップホップ──ポーティスヘッドやマッシヴ・アタックなどを参考にしながら曲を作って、CDRに焼いた。それを大学で配ったことが第一歩だったという。
「けどやっぱり誰もまともに聴いてくれなかったですね。それでも作り続けて、CDRを何枚か作っていくなかで、自分の声を一回だけ吹き込んだんです。そうするとけっこう聴いてくれて。良いか悪いかは別として、面白がってくれたんですよね」
 彼は昔のことをよく覚えている。ここでは端折っているが、あたかも昨日のことのように事細かに話している。「本当はラップしたかったんですけどね。でも、家でリリックを書いたときに文字量がエグいってことに気づいて。歌と比べると圧倒的に多いじゃないですか。こりゃ時間かかるなと思ってやめたんですよね」

 音楽は彼の生活そのものだった。彼の生活を支配するのは音楽だけだった。「ずーっと宅録していて」と彼は続ける。「しばらくしてタワレコでバイトをはじめたんですよ、大学も全然楽しくなかったんで。その頃マッシヴ・アタックの『ヘリゴランド』とかフライング・ロータスの『Los Angeles』とか出た頃で、好きな新譜がたくさん出てて、音楽を聴いているのは超楽しかったんですけど、大学にはあんまり友だちはいないし、パーティな感じにも馴染めなかったんです。で、タワレコで働いているとき、偶然いまのメンバーがお店に買いに来たんですよ。『お前見たことあるぞ』みたいなことを言われて、『お前同じ大学だろ』みたいな。それで『バイト終わったら飯いかない?』って。それがけっこう嬉しくて。そいつがいまのベース(榎田賢人)なんですけど」
 まあ、音楽の話ができる友だちができることは、そいつの人生において大きな財産である。ふたりは情報交換した。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンからフガジ、ジェームス・チャンスにDJシャドウ……いろんな音楽を聴いたようだが、そもそも德茂は上京してからの多くの時間をレコード店で働いている。それはおのずと音楽の知識が身につくことを意味しているが、ぼくがもっとも興味深いと思ったのは、彼の口から突然段ボールの名前が出たことだった。
 『Wool In The Pool』のサウンドは、ノン・ミュージシャン的なアプローチによる創意工夫から成り立っている。あらかじめ教科書があり、楽器の演奏スキルを上げるために鍛錬して演奏する音楽ではない。教科書を破り捨て、スキルよりも発想を重んじるアートとしての音楽だ。つまり、彼のやり方はポストパンクのバンドと同じである。ヤング・マーブル・ジャイアンツやレインコーツやワイヤーやジョイ・ディヴィジョンやそういうバンドたちは、演奏力しか取り柄のないバンドよりも数百倍面白い作品を作っている。Wool & The Pantsはこの系譜にいる。
 「CDRを配りはじめた頃、ベース弾いてくれないかって、初めて一緒に録音しましたね。ちょうど僕はブラック・ダイスにハマっていたんで、彼のベースをコラージュしたりして。いま聴いたらめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど、そのときに彼となら面白いことできるかなと思ったんです」
 德茂がライヴを意識したのは、同級生たちが就職先を決めるべく忙しくする大学4年のときだった。その数か月後には、同級生たちは自分の人生の安定のために紺のスーツに身を包んで、朝晩満員電車に乗っている……というのに、彼の頭にあったのはどうしたらバンドでライヴができるようになるかだった。
 「みんな就活してるなか、ライヴのことを考えていましたね。ライヴするなら、じゃあメンバー3人必要なんじゃないかって。とりあえずドラム必要だよねって。いまのドラム(中込明仁)を誘いました。そいつも同じ大学で、バトルスのDVDを見せたりして、一所懸命練習してもらいましたね(笑)」
 「食えるタイプの音楽にたどり着くとは考えてなかったので、ぼくは大学3年の終わりくらいに就職決めてました。1社だけ受けて1社受かって。でも入って1週間で辞めました(笑)。で、ユニオンに入ったんです。だからライヴをはじめた頃はユニオンで働いている時代ですね。ユニオンではスワンプ/フォーク担当でした」

あるときECDの部屋の写真を見て、そこにあった機材を買おうと。それがいまも使っているやつです。ローランドの機材なんですけど、高くて買えないので、安いジャンク品を買いました。姉の彼氏にヤフオクで落としてもらって(笑)。

 当たり前の話だが、バンドとはそう簡単にはいかないものである。卒業後にベースは個人的な事情で東京を離れ、バンドはドラムとのふたり組で活動する。数年後、地元でハードコア・バンドを組んで歌っていたベース担当は、個人的な事情によって再度東京にやって来る。バンドは3人編成に戻ったが、まとまりは悪かった。
 「Wool & The Pantsと名乗る前に、別の名前でやってて、ベースと半々でまったく違うタイプの曲を作って交互に歌ってました」、德茂はバンドがどのようにディペロップしていったのかを話しはじまる。「2012年〜2014年まで、3年くらいやりましたね。2015年くらいにいまのスタイルに近いバンドのイメージが浮かんで、それをやりたいと。そのイメージだと全曲僕が考えた曲をやることになっちゃうんですが、なんやかんやでふたりは受け入れてくれて。ベースはその頃このバンドとは別にハードコア系のバンドを組んでました。それも結構面白くて灰野敬二さんと対バンしたりしてました」
 そしてスライ&ザ・ファミリー・ストーンからの影響についての説明を加える。「僕の方向性も少しづつ固まっていきました。ヒップホップに戻っていったんですけど、大きかったのはスライでした。スライの作品にはすべてがあるじゃないですか。ヒップホップ、ダブ、テクノ、スワンプ的でもある。めちゃくちゃハマりましたね。それで、スライ的なことを別のスタイルでやってみようかなって思いはじめた頃に、バンド名をWool & The Pantsに変えました」

それは、クール・アンド・ザ・ギャングのパロディなわけでしょ?

德茂:フェイクっぽい名前にしたかったんで。シリアスな名前とか、クールな名前にはしたくなかったんです。
 当時ジェームス・パンツにハマっていたんで、パンツ欲しいなって(笑)。で、カールトン&ザ・シューズとか、衣類系いいなみたいな。あとスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、プリンス・アンド・ザ・レボリューションとか格好いいバンドってだいたい「and The〜」付いてるなと。メンバーからは「別にいいんじゃない?」みたいな感じでしたけど、僕はけっこう気に入ってて、Wool & The Pantsって名前を思いついたときに音楽性も固まっていった気がします。

ライヴのほうはうまくいったの?

德茂:うまくいってないですね。最初は、無力無善寺とかUFOクラブあたりでやってたんですけど、客5人くらい。友だち多めなバンドにマウントされてました。

1stアルバムの時点で音の世界観ができてるんだけど、これっていうのはどうやって生まれたんだろう? 社会からなのか、自分の内面からなのか?

德茂:内面ですかね。社会的なことは内面にも影響してるはずなので。言葉に関してはボクシングの挫折がひとつ大きいですね。試合が近づくと、朝練・昼練・夕練・夜練ってあったんですよ。空いてる時間は全部ボクシング。それが無くなって、いろいろ考える時間が増えて、そこを少しずつ音楽で埋めていった感じですね。とくに今回アルバムに入っている曲の半分はその頃、18〜20歳くらいのときに書きました。“Bottom Of Tokyo”の詞もその頃ですね。

18歳の青年がなんで女性言葉で? 

德茂:いくつか理由はありますけど……女性の言葉の方が表現しやすいと思ったんじゃないですかね。もちろん男性の言葉で書いている曲もありますけど。

それは德茂くんのなかに、女性性があるってことなのかな?

德茂:うーん。僕がめちゃくちゃ女系一家で。小さい頃父はずっと単身赴任で、ずっと離れて暮らしていたんですよ。姉がふたりで僕が末っ子で。母親と姉ふたりのなかで暮らしてて。いとこも三姉妹なんですよ。親族があつまると女の人ばかりで(笑)。そういう環境で育った影響はあるかもしれないです。

“Bottom Of Tokyo”は底辺の生活を歌っている曲じゃない? 18歳のときの歌詞なんだね。

德茂:そうです。その頃からあまり変わらないですね。

作品のリリースについてはどう考えていたの?

德茂:興味を持った人が聴いてくれればいいかなって思ってましたね。だからどこからリリースするとかはとくに考えずに、Soundcloudにずっとあげてました。ユニオンで働きながらライヴして、Soundcloudにできた曲をあげるっていう。二桁再生されたら嬉しいなって感じで。

ずーっと曲は作り溜めていたわけでしょ?

德茂:めちゃくちゃありますね。

メモリーがないわけだからどうやって保存してたの?

德茂:ボイスメモですね。全部ボイスメモです。

全部ボイスメモなんだ。

德茂:ボイスメモをPCに出して。それで送ったって感じですね。

Soundcloudにあげてたものも?

德茂:そうですね。無料サイトでWAVファイルに変換しただけっすね。

それで独特の籠もった感じが出てるのかなあ。

德茂:でもめちゃくちゃフィルターかけてますね。フィルターかけて、その上で劣化して。リー・ペリーからの影響ですね。スライの『暴動』とリー・ペリーの『スーパー・エイプ』、ずっと僕の音触りのゴールがそこなんです。で、ふたりともメロディははっきりしてるじゃないですか。あのざらついた音と、そうじゃない僕のメロディとで、いまの音楽になりましたね。

作ってるときはひとり?

德茂:“Bottom Of Tokyo”だけ3人でスタジオ入ってミックスしてますけど、他の曲はすべて、僕が家で全部の楽器を演奏して録ってます。

それまでの生活は
ひどく貧しくて
わたしの性格も
ひどく貧しくて
くたびれた
“Bottom Of Tokyo”

 “Bottom Of Tokyo”は貧しい生活にうんざりして人知れず旅に出る女性の心情が歌われている。“Just Like A Baby Pt.3”は、「僕と外へ」「逃げて」と繰り返す。“Sekika”は「星の出ない夜も」「月の出ない夜も」「愛されない」といい、そして“Wool & The Pants”では「まあいいのさ」と何度も繰り返される。永遠のやり切れなさがここにはある。Wool & The Pantsはそうしたネガティヴな感情をドライに表現する。そして、ダンス・ミュージックとダブを通過したサウンドは官能的でさえある。そうすることでWool & The Pantsは、この見通しが暗い日々を乗り越えているのだ。
 あるいは決別すること、これもまた彼の歌詞を特徴付けるコンセプトであり、とりわけ“Edo Akemi”という曲は、朝早く、部屋を片付けて旅立つ人の覚悟をもった心情にリンクする。それは彼がインディで感じてきた同調圧力への決別にも思える。
 その“Edo Akemi”は日本のポストパンクにおいて重要バンドのひとつ、じゃがたらの“でも・デモ・DEMO”のカヴァーだが、やかましいオリジナルとはまるっきり別のむしろ囁くように静かな、完璧なまでに自分のサウンドに変換したカヴァーだ。

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大きかったのはスライでした。スライの作品にはすべてあるじゃないですか。ヒップホップ、テクノ、ダブ、スワンプ的でもある。それで、スライ的なことを別のスタイルでやってみようかなって思いはじめた頃に、バンド名をWool & The Pantsにする。

Wool & The Pantsは独自のサウンドを持っているけど、“Edo Akemi”なんかはその独自なところがすごくよく出ている。完全に自分のサウンドにしちゃってる。

德茂:(陣野俊史の)『じゃがたら』って本を大学生のときに読んだんですが、江戸アケミさんにすごく感情移入した時期があったんです。じゃがたらの1st(『南蛮渡来』)がめちゃくちゃ好きで。ただ自分が音楽をやるうえでは、絶対に真似はしたくないというのがあって。オリジナリティはずっと意識してました。ニュー・エイジ・ステッパーズが好きなのは、ダブだけどダブじゃないからです。ジェームス・チャンス、ESG、KONKのようなNY勢もそうですよね。ファンクでありファンクじゃない。僕が好きな音楽はみんなそうですね。オリジナルな解釈を持っている。

このアルバムを聴いたときに、ひき籠もってる感じ? もってる音色、ドラムの音にしてもそういうものを感じたし。それは意識してるんですか? このくぐもったような音とか。

德茂:もちろん、くぐもったような音は狙ってやっています。もともと僕の声が籠もっているんで、籠もった声でドラムだけクリアになってても合わないので。ただ、完全にフィーリングだけでやってます。

ミキサーはあるわけでしょ?

德茂:ないです。MC-909のなかで全部やってます。録音からミックスまで。歌録りは家にあるギター・アンプにマイクつないでそれのアウトから入れてます。でもどうでもいいんですよ、めちゃくちゃに録っても最終的にどうせ絞っちゃうんで。

機材を増やそうとは思わないんだ?

德茂:うーん、でもMC-909のジャンクじゃないものが欲しいっていまだに思ってますね。これしか使えないんで。

そういう意味でいうと、まさに德茂くんの生活から生まれた音だね。金をかけて作った音楽ではないっていうか。

德茂:アルバム出すために、スタジオで録音する、これくらい必要だ、お金稼ごう、みたいなのがしっくりこないんですよね。家にあるものだけでも面白いものはできると思うので。

ワンルーム・マンション?

德茂:ワンルームです、めちゃくちゃ狭くて、機材とベッドって感じです。4万円くらい。それ以前は3万円で、天井が落ちてきて引っ越しました(笑)。"Bottom Of Tokyo"ですね。

最近はUSのヒップホップではスタンディング・オン・ザ・コーナーにハマってるんだって?

德茂:そうなんです。3年前くらいに友だちが教えてくれたんですよ。「ちょっと似てるんじゃない?」って。たしかにやってることは違うけど音質が近い。スタンディング・オン・ザ・コーナーの音って、ロフト・ジャズの音。屋根裏の音っていうか、僕は地下だけど、メインステージにはどっちもいないっていうか。サン・ラについての曲があって、サン・ラは「別の場所へ行こう」って、グレイト・エスケープ的なことを歌っていたじゃないですか。だけど、サン・ラの曲をパロディしながら「僕らの世代はもう行く場所も無くなっている」っていうことを歌っているんですよ。“エイント・ノー・スペース”って。

そういう同世代の音や言葉って気になる?

德茂:気になるし、新しい音楽は好きですね。

次の新しいアルバム作ってるの?

德茂:作ってます。いまも点けたまんまですね、機材。

停電とかしたらやばいね。

德茂:めちゃくちゃヒヤヒヤしてますね。でもよくあるんですよ、落ちちゃって。年末から来年頭には出したいってずっと思ってます。

働いているとき以外は曲作ってるの?

德茂:いや、それもそれで疲れてきちゃって。働いて、家帰って本読んで、寝るって感じで。土日に曲作るって感じです。

曲のインスピレーションっていうのはどこからくるの?

德茂:普段の生活からですかね。大げさなものは嫌いなんですよ。過剰にドラマチックに演出するのも嫌いだし、過剰に壊滅的に絶望的な歌とかも苦手で。自分の生活に近い淡々とした感じというか。自分の温度の音楽を作ってる感じです。

いま作っているものって、アルバムとして作る最初の作品になるわけだけど、テーマとかコンセプトはあるの?

德茂:あります。前作は結果としてダブとファンクが中心に出来たものだと思っていて、次のアルバムもダブは引き続き残るんですけど、JAZZとヒップホップを混ぜたものになるかなと思ってます。あと最近歌い方がようやく定まってきた気がしてます(笑)。

好きなヴォーカリストっているんですか?

德茂:います。マッシヴ・アタックは客演も含めてヴォーカルが良い曲が多いと思います。声でいったらMFドゥームとかメソッド・マンも好きですね。

今回のアルバムのなかで、アルバムを象徴している曲名は何だと思いますか?

德茂:“Bottom Of Tokyo”ですかね。

ちなみにこの緊急事態宣言のときは家から出ないでいたの?

德茂:仕事が週3日あったので。それ以外は散歩だけですね。

音楽以外で楽しみってなに?

德茂:本が好きで。小説ですね。宇野浩二とかミシェル・ウエルベックとか。最近は金子薫って人も好きで読んでます。

 こんな感じで、彼との1時間半ほどのお喋りは終了した。始終と淡々と喋っているが、若い世代らしく会話のなかでは、ロバート・グラスパーなんてダサいとか、思い切りが良い言葉がどんどん出てくる。敵を作りそうなことは言わない、優等生ばかりが目立つ昨今のインディ・シーンにおいて、こういう性格は浮いてしまうのだろうけれど、いままでレコードでしか聴けなかったWool & The Pantsのデビュー・アルバムがこの6月にはCDとして流通することになった。すべては作品で判断されるだろうし、「なぜ(why)」彼はその音楽を演り、「どう(how)」表現するのかにおいての「なぜ」の部分も、年内もしくは年明けにリリースされるセカンドで、より明らかにされることを願っている。

※WATPのインスタはこちらです。https://www.instagram.com/woolandthepants/

interview with Jessica Care Moore - ele-king

 以下は、デトロイトに住む詩人、ジェシカ・ケア・ムーアのインタヴューである。彼女は黒人女性文学者として多くの著作があり、また数々の文学賞も受賞しているが、そのなかにはNAACP(全米黒人地位向上協会)やDetroit Institute of Artsからの表彰もある。オハイオ大学の米文学教授が2005年に編んだ黒人女性文学のアンソロジー『Anthology of African American Women's Literature』にも、アリス・ウォーカー、トニ・モリソン、ニッキ・ジョヴァンニ、オクタビア・バトラーらの作品に混じって、彼女の詩も掲載されている。1971年生まれの彼女は、当時そのなかでもっとも若い。
 活動家でもある彼女がこの間忙しかったことは言うまでもない。しかし、いま起きていることを理解するためにも現地の黒人の声を聞きたかったし、それが女性ならなおさら良かった。また、ちょうど彼女は7月にリリースを控えているジェフ・ミルズの新しいプロジェクト、ザ・ベネフィシアリーズ(The Beneficiaries)のアルバム『The Crystal City Is Alive』に参加していることもあって繫がりやすい。エディ・フォークスもトラックを提供しているこの作品で、彼女はポエトリー・リーディングをしている。ちなみに彼女は、サイレント・ポエツの1997年の作品『For Nothing』にも1曲参加している。その曲“This Is Not An Instrumental”は受けがよく、4ヒーローとナイトメアズ・オン・ワックスのリミックス・ヴァージョンもある。
 通訳を引き受けてくれた魚住洋子さんはマイアミ、ジェシカはデトロイト、そしてぼくは東京と3都市を結んでの取材は、日本時間の午前10時、現地時間の午後21時にはじまった。彼女はじつに情熱的に、そして貴重な話をしてくれている。米文学、とりあえず黒人文学に興味がある読者は彼女の詩集もチェックしましょう。

私は若い人たちがストリートに出て行動を起こしていることを誇りに思っています。私自身もかつてなんどもそういった行動を起こしてきましたから。

デトロイトでのスピーチの様子をfecbookにアップされている動画で見ましたが、まず、アメリカ全土および日本や欧州でも熱くなっている抗議運動のなか、あなた個人はどんなことをしていたのでしょうか?

ジェシカ:私はアーティストとしてノンストップで活動しています。まずはCovid-19の影響で(最新作の)ツアーはすべてキャンセルになってしまい、方向転換してオーディエンスとオンラインで繋がる方法を模索せざるを得ませんでした。それが最初のパンデミックでした。そしてレイシズムのパンデミック……。
 これはアメリカでは新しいことではない。私は自分のキャリアを通して、レイシズムやセクシズムのテーマは取り上げ続けています。ジョージ・フロイドのような事件はアメリカでは常に起きているんです。今回、Covid-19を避けるために世界中の人が家にいて、あの影像を目の当たりにしたのです。ジョージ・フロイドだけではなくアマード・アーベリーやブリアナ・テイラーの映像を見ると、さらに不安を掻き立てられます。私は若い人たちがストリートに出て行動を起こしていることを誇りに思っています。私自身もかつてなんどもそういった行動を起こしてきましたから。
 私個人はいまそれとは違った行動をとっています。今日は若いエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーのOmari Jazzと有名な詩人Ursula Ruckerを私のインスタグラムのショウに招いて話し合います。自分が何をしているかだけでなく、25歳の若者が何をしているのかを知ることはエキサイティングです。これは彼らのムーヴメントだから。これは彼らの市民権運動であり、彼らにとっての1992年LA暴動なのです。
 ただ今回特別なのはCovid19による危機があり、すでに人道的危機に疲れ果てた人たち──ヘルスシステムの危機と人道的危機は関連していますから──怒りを爆発させたんでしょう。
 アーティストのなかにはツアーがなくなりお金も稼げない、この際家にこもってリラックスしようとおとなしくしている人たちもいます。私は全力を尽くそうとしています。いまアーティストの存在が必要だと感じるからです。今日、ジェフが“The Crystal City Is Alive”のMVをインスタにアップしたのを見て、興奮していろいろな人に転送しました。アートがいま私たちに与えてくれるもの──バランス、少しばかりの喜び、反抗の音楽──これらがいま私たちが必要としているものです。エレクトロニック・ミュージック、ポエトリー、ヴィジュアル・アート、ダンスなどあらゆるフォーマットのアートによって。いまこの状態に反応しているアーティスト、それはこのインタヴューも含めて、私たちをコネクトする役割を担っています。私は人びととコネクトし続けることを選択しました。私は疲れています。でもやらなくてはなりません。ずっと忙しくしています。

こういうときこそ、アーティストとして声を上げることは重要だと考えていますよね?

ジェシカ:私がアーティストとして声を上げているのは確かです。それが効果的だと思っていますし、ファーガソン事件(※2014年のミズーリ州ファーガソンにおいて18歳の黒人青年マイケル・ブラウンが白人警察官によって射殺された事件)が起きたときには、ファーガソンを訪れてラッパーのTalib Kweliとプロテストに参加しました。あのときはしばらくファーガソンに滞在して、自分がどのような役に立てるか模索しました。しかし今回はCovid-19の影響で、母親として息子の安全のため、ストリートに出てプロテストに参加することを控えています。私の母は75歳で、彼女の安全も考えなくてはなりません。普段だったらすぐにストリートに出ていくところですが、Covid-19で多くの知り合いを失いました。マイク・ハカビーのことは知っていると思いますが、私の友人でも親や兄弟を亡くした人もいます。だから今回はちょっと不安なのです。
 白人の友だちからも「いま自分たちにできることは何か」と訊かれます。いまの世代の白人が行動を起こしてくれることに期待しています。レイシズムはアメリカ黒人の問題ではなく、アメリカ白人の問題だからです。黒人は犠牲者ですが、問題を起こしたのは私たちではありません。状況を改善するためには黒人の力だけではどうにもできません。
 私は毎週日曜日に会社の役員など、ある意味コミュニティに精通していない人たちと話し合う機会を設けています。私の最新作(『We Want Our Bodies Back』)はサンドラ・ブランド、交通違反で警察に逮捕されて刑務所の中で自殺をした女性に関するもので、その詩をこういったミーティングで朗読し、メッセージが人びとの心に届くよう務めています。
 また“I Can’t Breathe”(※2014年にジェシカが書いた作品)という詩は今回大きなインパクトを与えています。この詩はエリック・ガーナーが殺されたときに作ったものですが、ジョージ・フロイドの最後の言葉でもあり、今回さまざまな機会で披露しています。この詩は母親の観点から語られていて、この国で黒人と息子を育てる気持ち、どのようにしたら安全に暮らして、彼らの目標を達成することができるのかを語っています。この詩に触れた人たちが気持ちをひとつにして、この国で起きていることを理解することに役立っています。私はこのようにして自分の声を聞いてもらっている。

13歳の息子がなぜビルに火をつけるのかと訊いてきました。どんな意味があるのかと。ビルに火をつけるのは暴力に対する反応だと答えました。彼らが暴力的なのではなく、暴力の犠牲になったのに誰も何もしてくれないことに対する反応だと。


いまや#BlackLivesMatterはアメリカの外側にも広がりつつありますが、この運動に関するあなたの評価を教えてください。

ジェシカ:#BlackLivesMatterは必要です。とはいえ、いまプロテストに参加しているのはBlackLivesMatterだけではなく、多くの白人もいます。BlackTransLivesMatter(黒人トランスジェンダー)、BlackWomanLivesMatterなど、他の団体や影響を受けた人たちが多く参加していることも忘れてはいけません。#BlackLivesMatterデトロイト支部から何か一緒にやらないかと連絡をもらったこともありますし、このムーヴメントは必要なものです。いま、人間性のためにすべての人間が必要です。沈黙は許されません。私の75歳の母はワシントンでトランプ大統領が教会の前で聖書を持った写真を撮るだけのために罪のない若者に向かって催涙ガスを発射したことに涙しました。聖書なんかきっと読んだこともないくせに。母は17歳でカナダから移住し、父と異人種間結婚をして、人種隔離やさまざまな苦労を経験してきました。キング牧師と一緒にマーチしたこともあります。すでに戦ってきたはずなのに2020年のいま、またこうして戦わなくてはならないことは年配の世代にもかなりのトラウマとなっています。
 Defund Police (警察の予算削減)運動がいま広がっていますが、私はこれに賛同します。すでにミネアポリス警察が予算削減を明言したのは革命的でエキサイティングなことです。私が学生だったとき、警察は学校の一部でした。警察が学校に常駐すべきではありません。プリズン・カルチャー(刑務所のような環境)がそこで生まれます。14~15歳の子供が警察に監視されている環境に慣れてしまうのはおかしい。これは黒人その他有色人種が多い学校に限られています。学生がもっと高いレベルの教育を受けられるようにすること、優れた才能ではなく労働力を生み出すことを目的とした現状の教育を改善すること、それが重要です。
 私の息子(※すでに詩人としてデビュー)はクリエイティヴな仕事に就くでしょう。でもそれは社会が望んでいることではありません。(アメリカ社会は黒人に)マクドナルドで働くのでよしとされているのです。教育レベルがあがれば犯罪は減ります。メンタル・ヘルスに予算を費やせば犯罪は減ります。なぜこの国はそういったことに注目しないのでしょうか。アメリカには資源も設備もあるのに、心がないのです。心を取り戻すことが今回のムーブメントの中心で、だから人々は自分の健康の危機も顧みずにプロテストしているのです。

抗議運動で、破壊や略奪の映像が日本でも流れましたが、警察といっしょ手を組んで行進しているような平和的なデモの映像も流れるようになりました。あなた自身は、平和的なデモを志向していることと思いますが、ああしたバイオレンスは、あなたにはどう写っていますか? 

ジェシカ:警察がバイオレントなのです。アメリカは残念ながらバイオレントなところです。13歳の息子がなぜビルに火をつけるのかと訊いてきました。どんな意味があるのかと。ビルに火をつけるのは暴力に対する反応だと答えました。彼らが暴力的なのではなく、暴力の犠牲になったのに誰も何もしてくれないことに対する反応だと。例えば私が火に包まれているのと、ビルが燃えているのを同時に見たら、どちらを助けるかと息子に尋ねました。命がある私と、物質でしかないビルと。ビルに対しての暴力は人間の命とは比べものにならない。トランプ大統領が写真を撮った教会も暴力の犠牲になりました。でも教会の人たちは保険もあるしビルは再築できると言いました。でも亡くなった人の命は戻ってこないんです。
 この国は貧富の差が激しく、バランスが欠けている。恵まれた人たちが「大人しく抑圧されていればいい」というのは簡単です。私自身は犯罪を犯したことはありません。でも警察官が自分の後ろにいると自動的に不安感を覚えます。何も悪いことはしていません。単なる詩人です。でも警察官が私の車を止めれば恐怖を感じます。そのような背景で育っていない人には理解できないでしょう。これは黒人全員が持っている不安感です。
 私が仕事で出張して、ときには海外に数週間いることもあります、息子が家に残っていることが心配で、むしろ自分とともに連れてきたいと思います。これは本能的に感じるもので、トラウマなのです。ジョージ・フロイドに起きたこと以上に暴力的なことはありません。黒人は何世紀にもわたって、その恐怖を背負ってきているのです。私たちは困憊しています。どこかの時点で、どんな手段を取ろうとも、この重荷から逃れたいと思っていて当然でしょう。それまでにいったい何人が殺されなくてはならないのでしょうか。ジョギングの最中に、武器も持っていないのに。なぜ、誰かの息子、娘が死ななくてはならないのか。何の意味もなく。
 私の世代は、いままでにも同じことが起きてきたことを知っています。でもいまはiPhoneがある。ビデオを撮ることができる。警察の改善は大昔に行われなくてはならなかったのです。権力を持ちすぎていて、軍隊のようになっている。デトロイトのウェイン州立大学の警察は軍装備を備えています。 何のために? 大学内をパトロールするのが仕事ではないのか? なぜ軍の装備が必要なのか? これがPolice Defundムーヴメントの骨子です。警察を無くそうというのではありません。地方警察が軍隊化する予算を無くして、学校教育の予算に回す。
 暴力とは何なのかを考えなくてはなりません。ブラック・パンサーはバイオレントではありませんでした。暴力に対する回答でした。人びとは暴力に対する答えを出そうとしているのです。


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あなたが、ここ10年で重要だと思うアートを教えて下さい。

ジェシカ:過去10年! たくさんあるからね。ジェフ(ミルズ)の他には……詩人はとても重要です。たぶんいちばん必要とされているけれど、いちばん儲からない(笑)。この数週間「アーティストに幸あれ」と言い続けています。いま私たちを生かしているのはアーティストの仕事だと思うから。10年間を振り返るのは大変だけど、最近思い起こしているのは……
 まずはジェイムズ・ボールドウィン。いまジェイムズ・ボールドウィンは非常に重要です。とくに若い世代が彼に注目していることは心が安らぎます。
 オードリー・ロード(Audrey Lorde):個人的に振りかえっている。とくに彼女は詩人の沈黙に関して書いているので。
 アリス・ウォーカー:偉大な本を残している。『Take The Air Out Of The Heart』は彼女の最新作で、先祖は自分たちを見守ってくれていて私たちは孤独ではないということを書いています。
 Ursula Rucker:フィラデルフィア出身の詩人で、The Rootsのアルバムに参加している。活動家でもあり、彼女の声はいまとても重要だと思う。
 Mahogany Brown:詩人
 Talib Kweli:ラッパー、彼の音楽はこの10年間つねに革新的。
 Yassine Bey (ex Mos Def):90年代にカッティングエッジだった。 かつて革命的でも消え失せてしまうアーティストが多いが彼はとってもコンスタント。
 Questlove:オンラインで彼がしていることが好き。

 それから、あらゆるDJは大切です。彼らは人びとを動かすことができる。インスタグラムのフィードでのパーティさえも、朝の3時まで踊って友人たちとコネクトできる。
 ほかにも……インディア・アリー(India Arie)、Black Woman Rocks(※ジェシカが組織する黒人女性によるロックのプロジェクト)で16年の間一緒に活動しているミュージシャンたち。Jackie Benson(ギター)、Kimberly Nicole(ヴォーカル)、Imani Uzuri(ヴォーカル)。Stephanie Christi’an (デトロイトのアーティスト)。Yazura……
 いま挙げた人たちは必ずしもメインストリームではありません。しかし、これらの女性の声は他のアーチストにはないメッセージを感じる。どのように歌うかもですが、どのような作品を手がけているかも大切です。偉大なアーティストは多くいますが、偉大なアーティストであり、偉大な人間であることも重要です。

 トム・モレロ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン):偉大なミュージシャンであると同時に素晴らしい活動家。
 ブーツ・ライリー(Boots Riley/The Coup):映画『Sorry To Bother You(邦題:ホワイト・ボイス)』 の監督でもある。革新的な精神を持つ。

 私は、どんな逆境に立ったとしても革新的なスピリットを持った人が好きなんです。

 Tamar-Kali:アフロ・パンクのアーティスト

 私たちはみんなラディカル。ラジオプレイなんか考えてもいない。エレクトロニック・ミュージックだったらジェフ・ミルズ。反応など気にせずに、音楽を聴き手に届けることだけを考えている。こういうアーティストたちが私をインスパイアする。流れに逆らう人たちです。
 『The Crystal City Is Alive』は共感を買おうと思って作られた作品ではない。息子が「このアルバムは面白いね」と言ってくれました。音楽はいままでに聞いたことがない、面白いものでなくてはならないのです。
 最近の音楽にはあまり感動しません。よく昔の物をききます。マービン・ゲイからグラディス・ナイト。私はデトロイトで育ったんですから。テンプテーションズも聴くし、ダニー・ハザウェイやロベルタ・フラックは私のヘビーローテションです。私はオールド・スクールだからアナログで聴いていますよ。
 この10年は90年代に比べると私にとってはそれほど興奮するものではなかったけれど、私が関わっているBlack Woman Rocksのミュージシャンたちなどが私に活気をくれています。

いま映画の話も出ましたが、『プレシャス』はご覧になってますよね?

ジェシカ:(原作者の)サファイアは知ってますよ。ニューヨークに住んでいた頃の知り合いです。私にとっては詩人が映画化の契約を結んだということで大きな事件でした。詩人たちに希望を与えたと思います。映画は見るのが辛いものでしたけれど。


The Beneficiaries
The Crystal City Is Alive

Axis(※7月にリリース)


(ここら小林が用意した質問に移る)今回、ジェフ・ミルズやエディ・フォークスといっしょに「The Beneficiaries 」プロジェクトをはじめた経緯を教えて下さい。

ジェシカ:Spectacles (デトロイトにあるショップ)オーナーのZanaがジェフと共通の友人で、私はZanaは18歳くらいの頃から知っているのだけれど、彼女がジェフが誰かコラボレーションの相手を探していると。私がジェフのファンであることを彼女は知っていたし、でも私はマイク・バンクスとは親しかったのだけれどジェフとは〈Movementフェスティヴァル〉のバックステージでマイクから紹介されて瞬間会っただけでした。
 私はジェフ=The Wizardを聴いて育っています。エレクトリファイ・モジョとは詩の朗読で一緒だったりして知り合いになったのですが、ジェフとはまだ知り合ってなかったんです。ただ、私はジェフといつか一緒に仕事をしたいと思っていたので、実際に声をかけてもらったら、いろいろと考えてしまいました。まずはスカイプでミーティングをしたのですが、信じられない気持ちでした。ジェフに対して大きなリスペクトを持っていますが、それは私だけではなくて、まわりのミュージシャン、たぶんジェフが知らないような人たちも大きなリスペクトを抱いています。ヒップホップの世界はもちろん、Yassine Bey(モス・デフ)も「ジェフのこと知ってるの?」と興奮してました。
 最初のスカイプはお互いのことをよりよく知るのが目的で、ジェフが私の弟と同じマッケンジー高校に行っていたことや、子供の頃近所に住んでいたこと、人間性をわかり合って、そのあと質問はフューチャリズムや記憶というようなトピックに移っていきました。私はアルバムのために詩を書いたことがなかったし、会話の後インスパイアされていくつかを詩を作りました。
 でも最初のコラボレーションはNASAの企画(訳注:ロンドンのNTSラジオの番組をジェフが手がけNASAの協力をもらっていました)でしたよね。彼のラジオ番組のためにナレーションをして。素晴らしい体験でした。その後、レコーディングのコラボレーションをやろうということになったのです。
 正直、いままでのなかでいちばん面白い印象的なレコーディング体験でした。ほとんどの場合、コラボの相手は私にビートにのって詩を朗読することだけを要求します。それじゃあまり面白くない。私が自分でプロジェクトをやる場合にはミュージシャンと私がひとつのものを一緒に作り上げていく感じにします。ジェフとの共演では彼の耳を信じて、同じ言葉を繰り返したり、囁いたりと彼のディレクションに従いました。そして彼が私の詩を区切って使用したことも良かったと思っています。私はいつもオープンマインドです。
 コラボレーションは会話~エネルギー~理解というような段階を経ていきました 。私は7ページにもわたる詩を制作してジェフに送ったら「とても興味深い」というあっさりとした返事がきて、期待していた反応を違ったので、さらに7ページ違う内容の詩を作って……。でもそうやってジェフが私を後押ししてくれたことを感謝してます。彼は私の詩にインスパイアされて音楽を制作しなくてはならない。最初に送った詩は面白いけれど、音楽制作に至るほどではなかったということでしょう。結果、興味深い以上の内容の詩ができて、本当にエキサイティングなプロジェクトになったと思います。
 アルバムアートワークの色やそこからくるエネルギー、すべての曲に「The Crystal City Is Alive」のメッセージが込められていること。すべてが素晴らしいと思います。
 「The Crystal City」とは私にとってはデトロイト。マジカルな都市。すべての音楽がここから生まれる。ニューヨークではないけれど、デトロイトは特別なもの、大切なものがある。そして疑う余地なくブラックな都市。ソウルにあふれている。市は巨大な負債を抱えて、いま街の人たちはCovid-19で多くを失い、でも「The Crystal City Is Alive」が、「私たちは生きている」というメッセージを伝えて人びとに喜びを与えることができれば、それがいまみんなが求めていることでしょう。
 悲劇と痛みが蔓延するなかで、素晴らしい未来を見ることができなければ私たちは前進できません。13歳の息子に美しい住処を提供したいし、私たちが作った国を逃げ出すという選択肢はないはずです。どこか別の国、アフリカなどに移住しようという人もいます。でもここが私たちのホーム。私のなかには西アフリカとチェロキーインディアンの血が流れています。だから誰よりもここは私の土地だと言えるし、平和に暮らす権利があるはずです。
 このプロジェクトはまさしくいま、このタイミングで人びとが求めているものと言えると思います。私が期待するように人びとを感動させられれば嬉しい。
 エディーとの共演も良かったです。彼の作った曲は素晴らしい。エディーとジェフがそれぞれ違ったものを作り上げたのもいいですね。すべてのテクノ・プロデューサーが「声」に対して積極的なわけではありません。マイク・バンクスとこういう話をしたときも私の言葉の数が多すぎると言われました(笑)。今回ジェフがそのバランスをうまく見つけて、ときには言葉をいくつか、あるいは詩を3行だけ使うというような、同じ言葉を繰り返し使用したりなど絶妙なバランスになっていると思います。

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未来を考えることはいま現在起きていることを見つめることでもある。なぜならすべてはコネクトしているから。

(小林からの質問)本作には宇宙に関係する語がよく出てきます。あなたにとって「universe」とはどのような意味を持っていますか?

ジェシカ:「Future Is Now」ですよね。未来を考えることはいま現在起きていることを見つめることでもある。なぜならすべてはコネクトしているから。
 ユニバースは私にとってはつねに円形だと思っています。今回のアルバム・カヴァーもアートワークが円形にくりぬかれていて、永久を表している。人生はすべてサイクルからできているし、過去を見ることはとても大切で、過去を見ることで前進できるという考えはもともと私はとくに信じていたわけではないのですが、今回のプロジェクトで未来を考えることを余儀なくされました。
 ジェフから「なぜ“いま”のことを詩にしているのか」と訊かれ「“いま”が私を必要としているから」と答えたのですが、それで未来も私を必要としているに違いないと思うようになりました。私の作品は現在の題材にしていることがほとんどですが、私の後から来る人たちが、私がそういう人たちのことも考えて制作していたということ、私の黒いボディが存在していたことは理解してもらいたいと思います。
 自分の住んでいる地区から一歩も出たことがないという人がアメリカにはたくさんいます。私は旅が好きで、一箇所にとどまるということはありません。いまは年老いた母がいるのでデトロイトに戻ってきましたが、ニューヨーク、ジャマイカ、パリ、どこでも住むことができます。私はガーナやアイボリーコースト(コートジボワール)など西アフリカに関して多くの作品を書きました。でも実は一度も訪れたことはありません。 想像のなかではなんども訪れていて、すでに1997年に22歳で最初に出版された本のなかでもこれらアフリカの国に関して書いているのです。
 ユニバースとはそういうことだと思います。ひとつの共同体の中に存在する。でも音楽などは時間や空間を超えて存在することを可能にする。
 ジェフとは“記憶”に関して面白い会話をしました。ある日目覚めて、すべての記憶を失っていてゼロから再出発しなくてはならないのと、逆にすべての記憶を忘れることができないのとどちらがいいかと。私は記憶を保っていたい、自分が何者なのかを子供に伝えたい、自分が経験してきたことがいまの自分を作っているということを忘れずにいたいと思います。父のことも忘れたくないし。人生のなかの大切な人を忘れたくない。私は前世や先祖の存在なども信じています。人は肉体的に死んでも、エネルギーは残ると思っています。これが質問の答えになったかわからないけれど(笑)。

(小林からの質問)“The X” には「We are the future Afropologists finding Sanctuary in the meditation of sound waves」というフレーズが登場します。「afropologist」とは、アフリカ系の人びとの文化を掘り下げる人類学者、ということでしょうか? 

ジェシカ:「afropologist」は言葉の遊びです。「Anthropologist」と「Afrofuturism」を掛け合わせています。アフロフューチャリズムを考えつつ、過去を探すために発掘をする、というような意味です。

最後に、フェミニズムについての意見を訊かせてください。

ジェシカ:私は自分は「Womanist」だと名乗っています。これはアリス・ウォーカーが提唱した言葉です。ウーマニズムに関して語ったベル・フックス(Bell Hooks/活動家)は私のヒーローのひとりです。私はフェミニズムには非常に若い年齢、小学校高学年で本を通して出会っています。フェミニズムは女性とその権利を守る運動です。私は男性が多い家庭、父の前の結婚での兄弟が3人、実の兄弟が2人のなかで彼らに守られて育ちました。いまの世のなかではフェミニズムでは十分ではありません。ジョージ・フロイドはフェミニズムによって守られてはいないから。それが私にとっては問題です。
 ウーマニズムは家族も含めるので、私にはよりしっくりきます。私には兄弟も父も大切です。女性の権利向上のためのマーチは素晴らしいです。でもファーガソンのプロテストに行ったときに犠牲者の母親に出会って、子供を失った母親の悲しみを目の当たりにしたとき、そこにフェミニストの活動家はいませんでした。私にとってはウーマニズムの考えの方がフィットしています。私は家族の観点から語ります。コミュニティ全体が大切です。そこにはもちろん女性が含まれます。
 もちろん女性の声をサポートしていくし、アメリカだけではなく世界では女性が声をあげられない国もたくさんあります。私が南アフリカに行ったとき、私が大きな声で力強く発言しているのを小さな女の子が宇宙人でも見るような目で見ていました。一緒に行ったヒップホップの男性アーティストと同等に私が語り、女性を代表している。とても重要なことですが、フェミニズムという言葉はちょっとトリッキーです。

コミュニティのなかの個人みたいな感覚でしょうか?

ジェシカ:(フェミニズムは)男性を含まないから。グーグルなどで調べることもできると思うけれどウーマニズムはもっとコネクションを大切にします。アリス・ウォーカーはこう言いました。ウーマニズムはフェミニズムの紫色に比べてラベンダー色だと。ウーマニズムはジョージ・フロイドも話題として取り上げるでしょう。私にとって、黒人男性の命は非常に大切なことです。息子の母親として、息子が無事に生き延びていくことが重要です。もちろんフェミニズム賛成、女性賛成です。が、同時にファミリー賛成です。黒人女性として黒人男性とともに生きていくことはとても大切なことです。
 もちろん黒人女性は白人女性に比べて賃金が低いのは事実だし、まだまだ戦っていかなくてはなりません。ただウーマニズムの方が排他的ではないということです。

(6月10日、ZOOMにて取材)

DJ Python - ele-king

 適切な社会的距離の目安が2メートルだとすると、適切な政治経済的距離の目安は2イデオロギーくらいだろうか、であるならたとえばネオリベやリベラルとのあいだには2枚くらいクッションを挟んでおかないと感染してしまう恐れがある……なんてくだらないことを非常事態宣言下では考えていたのだけれど、そんな妄想のお供としてよく聴いていたのがリスボンのDJリコックスのEP「Kizas do Ly」だった。高音と低音の距離感がとにかく絶妙で、落ち着いているのにどこか情熱的な曲調も相まって「離れてても愛してる」的なロマンをビシバシ感じてしまったのである。七夕にはまだ早いというのに。

 きわめて深刻な状況へと追い込まれたニューヨーク、近年かの地のクラブ・シーンを代表する存在にまで成長を遂げたDJパイソンによる、コロナ禍ドンピシャでリリースされたセカンド・アルバムも、リズム・パートと上モノとの距離感に特異性を見出すことのできる作品だ。前作『Dulce Compañia』で確立された「ディープ・レゲトン」なるスタイルと、昨年のEP「Derretirse」で大々的に開帳された「アーティフィシャル・インテリジェンス」への憧憬、その双方をさらに推し進めた内容になっており、引き続き催眠的なムードに覆われている。
 あっと驚く大きな変化があるわけではないのだけれど、ビートを非在化するというか、幽霊化するような音の設計には舌を巻かざるをえない。明確にレゲトンのビートが鳴り響いているにもかかわらず、そしてそれが徐々に細やかな変化を遂げていくにもかかわらず、騙し絵の聴覚版とでも喩えれば伝わりやすいだろうか、むしろそこからは意識を遠ざけるように、全8曲がシームレスに進行していく。「無視できるビート」というのはアンビエント的にもおもしろい着想だが、この距離感にはパイソンの考えるラテン・カルチャーとIDMの関係性が落とし込まれているにちがいないと、そう深読みすることも可能だろう。
 高音部もいろいろと音響的な趣向が凝らされている。印象深いのはやはり冒頭の “Te Conocí” で、本作中唯一ビートを持たないこの曲は、まるでプラスティックの板を優しくつっついているかのごとき柔らかな雨音を堪能させてくれる(じっさいはたぶん窓ガラス)。アルバム中盤の “Alejandro” から “Descanse” までを特徴づけるギロや、“ADMSDP” から最終曲までを際立たせているインダストリアル風のパーカッションも聴きどころだ。
 がらりと流れを変える “ADMSDP” は、本作中唯一ことばを持つ曲でもある。LAウォーマンなる人物によって気怠げに囁かれる「人生に意味などなく/意味はなくとも苦しみはあり」「希望なんかないって感じるのもオーケイ、だって世界に希望はないんだから/死ぬことを考えたってオーケイ」といったフレーズは、このパンデミック下において(そしてジョージ・フロイド事件以降の世界において)なんとも強烈な意味を伴って迫ってくる(制作自体はもっと前のはずだから、けっして意図されたものではないんだろうけど)。

 どこまでも夢見心地な全体と、その夢を食い破るように仕込まれたかすかな毒──その構図自体がどこか、パンデミック下における(最前線で直接的な生命の危機にさらされている医療従事者たちを除いた、大多数の人びとにとっての)「非日常的日常」を想起させる。ここ日本では非常事態宣言もとうに解除され、都の休業要請もまもなく全面解除される見込みであり、多くの問題を残したままむりやり「日常的日常」への回帰が推し進められているわけだが、であるからこそ、早くクラブで彼のプレイに浸りたいと熱望する一方で、数ヶ月前に生起し現在は消失しつつあるこのアンビヴァレントな空間と時間の意味について、これからより思索を深めていかねばならんのではないかと、このアルバムを聴くたびに考え込んでしまうのであった。

Kamaal Williams - ele-king

 かつてユセフ・デイズ(先日トム・ミッシュとの共作を発表)と組んだユニット「ユセフ・カマール」でUKジャズ・ムーヴメントに先鞭をつけたヘンリー・ウー。2018年にはカマール・ウィリアムス名義でこれまたすばらしいアルバムを送り出している彼が、ついに同名義でセカンド・アルバムをリリースする。ジャズやファンクはもちろん、エレクトロニック・ミュージックからの影響も巧みに落とし込んだ、彼らしい内容に仕上がっている模様。南ロンドンのシーンからはずっと良質な作品が出続けているので、これも要チェックです。

Kamaal Williams

ユセフ・デイズとのユニット、ユセフ・カマールでの活躍でも知られる
ヘンリー・ウーことカマール・ウィリアムスが待望の最新作『Wu Hen』を
7月24日リリース! 新曲 “One More Time” を公開!

俺たちがジャズを学んだのは教室ではなくて、ストリートなんだ ──Kamaal Williams (Henry Wu)

トム・ミッシュとの共作で話題のユセフ・デイズと組んだユニット、ユセフ・カマールとしての活動が絶大な評価を受けたことでその名を知らしめ、ヘンリー・ウー名義でフローティング・ポインツが主宰する〈Eglo〉、〈MCDE〉、〈Rhythm Section〉といったレーベルからリリースした12インチが、DJより支持を集めているカマール・ウィリアムス。自身が運営する〈Black Focus〉より待望の最新作『Wu Hen』を7月24日にリリースすることをアナウンスし、同時に新曲 “One More Time” を公開した。

Kamaal Williams - One More Time (Official Audio)
https://youtu.be/Q3vJLO0pXWU

『Wu Hen』は南ロンドンを拠点にクロスオーバーに活動するアーティスト、カマール・ウィリアムスことヘンリー・ウーによるセカンド・アルバムであり、これまで以上に聴き手を高みへと誘うアルバムとなっている。

これはマインド革命であり、精神的な反抗だ。新しい高みに到達するためには、物質的な世界から自分自身を切り離し、実体のないものに力を見出すことが必要なんだ。それがアートとか音楽っていうものなんだ。原始的な感情であろうと、何か深いものであろうと、それをただ感じるんだよ。そして、俺の作品全体には潜在的に共通した要素がある。もし絵を描いているなら、それは絵を描いている時に感じることだ。作品を見ている人も、音楽を聴いている人も、それを感じることができる、なぜならそれは嘘偽りのないものだから。 ──Kamaal Williams (Henry Wu)

アルバムのタイトル『Wu Hen』は、ヘンリーのおばあちゃんが子供の頃に彼につけたニックネームでもある。彼の台湾側の家系は呉王朝の出身で、呉という名前は「天国への入り口」という意味である。『Wu Hen』では、彼の家系から現在の精神的な使命に至るまでの道のりが描かれており、Othelo Gervacio による雲のようなカバーアートにもそれが反映されている。

「俺たちがジャズを学んだのは街角であって、教室ではない」とヘンリー・ウーは公言しているが、その言葉は至極真っ当なものだ。彼がアーティストとして受けてきたヒップホップ、グライム、UKガラージ、ハウスに70年代のファンク、ソウル、ジャズを重ね合わせることで、自身が “ウー・ファンク(Wu Funk)” と表現する独自フュージョンを生み出している。

今回のアルバムには、ストリングにミゲル・アトウッド・ファーガソン、べースのリック・レオン・ジェイムス、サックスのクイン・メイソン、ロサンゼルスを拠点にするドラマー、グレッグ・ポール(カタリスト・コレクティブ所属)、ハープ奏者アリーナ・ジェジンスカラ、ラッパーのマック・ホミー、そしてケイトラナダとの共作で知られるローレン・フェイスがボーカルとして参加している。中でもフライング・ロータスとの共同制作を始めレイ・チャールズ、ドクター・ドレ、メアリー・J・ブライジなどと共作をしているミゲル・アトウッド・ファーガソンは、彼らしい特徴的なストリングスのサウンドを披露しており、鮮やかな色彩と豊かな深みを与えている。

『Wu Hen』は多様な色合いに満ちた作品だ。“Street Dreams” の軽やかで美しいメロディーから “One More Time” の爆発的なブレイクビーツのドラムに繋がるさまは、エロクトロニック・ミュージックとファンクの力強い混成となっている。“Toulouse” と “Pigalle” がロニー・リストン・スミスやジョン・コルトレーンのような古典的な雰囲気を持っている一方、“Hold On” にはコンテンポラリーな感覚があり、カマールはローレン・フェイスの甘美な歌声とともに情感豊かなR&Bサウンドを提示している。『Wu Hen』のスタイルはロイ・エアーズによるフュージョン作品を想起させるところもあれば、それを支えるリズムはむしろ鈍重なヒップホップを思わせるものであり、海賊版ラジオの音声を細かくつぎはぎしたサウンドが、それとはわからないように織り交ぜられている。

待望の最新作『Wu Hen』はデジタル、国内盤CDで7月24日リリース、輸入盤CD/LPは8月14日リリースとなっている。国内盤CDにはボーナストラックが収録され、輸入盤LPは通常のブラックヴァイナルに加え、限定のレッドヴァイナルが発売される。

label: Black Focus / Beat Records
artist: KAMAAL WILLIAMS
title: Wu Hen
release date: 2020.07.24 Fri On Sale
国内盤CD BRC-643 ¥2,200+tax
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/解説書封入

BEATINK.COM

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TRACKLISTING
01. Street Dreams (feat. Miguel Atwood-Ferguson*)
02. One More Time
03. 1989*
04. Toulouse*
05. Pigalle
06. Big Rick
07. Save Me (feat. Mach-Hommy)
08. Mr.Wu
09. Hold On (feat. Lauren Faith)
10. Early Prayer
11. 3 Yourself (Bonus Track for Japan)

interview with Marihiko Hara - ele-king

 静謐で流麗なピアノを軸に電子音やフィールド録音を配置(コンポーズ)した霊妙な音響空間でモダン・クラシカルの俊英と目される原 摩利彦は、ジャンルを意識して曲をつくることはあるかとの私の問いにPCの画面の向こう側で柔らかな笑顔をうかべて以下のように述べた。「モダン・クラシカルについては意識することはあります。ただこれは僕の作曲のポリシーなのですが、ジャンルから音楽をつくらないようには心がけています。だからといって僕の音楽が独自のジャンルだとは思っていませんが」ひかえめながら表現の土台にある倫理というほど大袈裟ではないにせよ、誠実さをおぼえるこの発言は原 摩利彦の音楽のたたずまいにも通じるものがある。
 2000年代後半に本格的な活動をはじめたことをふまえるとはや10年選手。自作曲のみならず、現代アートから舞台芸術や映像作品にも活動領域を広げつつ、野田秀樹やダムタイプとの協働作業などをとおしてかさねやキャリアはけっして浅くはないが、原 摩利彦の音楽はアルバムのたびに清澄さを増すかにみえる。環境音までもが響きに還元し楽音と交響する2017年の『Landscape In Portrait』から3年ぶりのソロ作はダイナミックな和声進行と質朴な旋律で幕を開ける。ピアノ一台、選び抜いた音で奏でる響きが原 摩利彦の現在地をしめすかのような、アルバム・タイトルも兼ねるその曲の題名を“Passion”という。その語義について作者は「情熱」や「熱情」という私たちのよく知る意味のほかに「受け入れること」があると注意をうながしている。バッハの“マタイ受難曲(Matth?us-Passion)”や今年3月に世を去ったペンデレツキの代表曲のひとつ“ルカ受難曲(St. Luke Passion)”にもみえるキリスト教でいうところの「受難=Passsion」の原義に中世にいたって感情をあらわす意味が加わったと原 摩利彦は説明するが、この言葉を掲題した理由については、十代のころ、音楽家になることを決意したさい、やがて訪れるにちがいないよろこびと苦難に思いをいたしたことにあるという。そのことを証すように『Passion』には十代のころにつくったという溌剌とした“Inscape”はじめ、邦楽器の使用など、近年の舞台~展示作品への参加で得たアイデアをもとにした楽曲など、幅広い傾向をとらえるが、作品の総体は原 摩利彦という音楽家の原点である清澄な場所を照らすかのようである。
 そこにある「受難」と「情熱」、あるいは「受け入れるつよい気持ち」──「Passion」という単語の両価的な意味がこれほど身につまされることもない、緊急事態宣言下の5月14日、京都と東京をオンラインで結んで話を訊いた。

能管を使用した「Meridian」などでは電子音と区別がつかないようなトランジションを施しています。邦楽器のものとされている音の響きと西洋に由来するとされている電子音響がひとつながりにつながっていくようなイメージといいますか、因襲的なものから響きだけをきりとって配置する、コンポジションですよね。

原さんはいま京都ですか。

原 摩利彦(以下原):京都です。ずっと自宅です。

街の雰囲気はいかがですか。

原:一昨日ぐらいからちょっとずつ、僕の家のちかくのお店は開きはじめています。近くのカフェも、テイクアウトの営業ははじまっているみたいですね。

日常が戻りはじめている、というほどはないにせよ──

原:その準備をはじめていると感じでしょうか。僕は窓から眺めているだけですが。

『Passion』の制作はコロナ・パンデミックの前にはじまっていたんですか。

原:そうです。(音楽にかかわる)テキストについてもこうなる前にしあがっていました。ですからアルバムにはいち個人の気持ちは反映していますが、世界状況を考えていたわけではありません。

とはいえ結果的には暗喩的といいますか、現在の状況につながる側面が生まれてしまった。

原:自分の出した言葉の意味が変わってきたと思っています。

制作作業の開始はいつだったんですか。

原:集中して作業したのは去年の1月から8月ですね。それまでにいろんなほかのプロジェクトの断片などをつくりためていたので、その期間を入れるともう少し前になりますが。

いつも断片からアルバムをつくりあげていかれるんですか。

原:かならずしもそうではありません。アルバムをつくろうというとき、ある断片、断片といってもまとまった部分もあるんですが、入れたいというのが集まってきたらアルバムになる感じですね。それが全体の半分以下くらい。サウンドトラックなどのプロジェクトでは作曲したすべての作品を発表できるわけではないですし、舞台などでは再現がむずかしかったりもするので、つくりかえて自分のディスコグラフィに入れたいというのがあります。

原さんは舞台の劇伴などにも携わっておられますが、お仕事以外の曲づくりも日常的にされているんですか。

原:いま家にはピアノがないんですが、キーボードなどでつくっていますね。練習を兼ねた即興のような作曲のようなことをふだんからやっています、その一方でコンピュータはつねにさわっていて気になるソフトウェアを試したりしています。そこで生まれたアイデアをノートに記したりして最終的に曲になることもありますよ。

そのような積み重ねがあって去年のはじめにアルバムになりそうだと気づいたということですね。

原: 6月だったと思うんですが、アルバム1曲目の“Passion”という曲に意図的に書こうと思ってとりくみました。それができてきたとき、いけるんじゃないかなと思いました。

アルバムを象徴する曲が必要だと考えたということでしょうか。

原:たしかにそう考えました。

どういった曲が必要だとお考えになったんですか。

原:すっごく具体的にもうしあげますと(笑)、いきなりテーマがはじまる、これまでの楽曲よりも力強いメロディをもったテーマですね。形式としてはピアノのソロをやりたいと思っていました。ほかの曲はこれまでのものや新しいもの、いろいろですが、流れていくような感じがあると思うんです。1曲目にはリスナーと面と向かっている曲が必要だと思い、試しているうちにできました。

そのころにはおぼろげながらアルバムの輪郭も浮かんでいたんですよね?

原:はい、最後につくったのがアルバムでも最後の“Via Muzio Clementi”なんですが、それは8月のなかばにアルバムのまとめ作業をするためにローマに滞在したときに、もう1曲つくれないかと試してできた曲です。それもあって柔らかい雰囲気になっていると思います。


Photo by Yoshikazu Inoue

おだやかさという観点からイタリアの作曲家ムチオ・クレメンティをモチーフにとりあげたんですか。

原:(笑)いえ、滞在したアパートの前の通りが“Via Muzio Clementi”日本語でいうと「ムチオ・クレメンティ通り」というクレメンティが生まれた土地だったんですね。

牧歌的なピアノ曲を書く作曲家でその作風を意識したかと思ったんですが、ちがいましたね(笑)。

原:そうなんですが(笑)、ひとつめの和音がGメジャーのすごくシンプルなんですね。クレメンティの音楽は和音構成がすごくシンプルで、その点はちょっと関連があるかもしれません。

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Photo by Yoshikazu Inoue

ページをめくったら、シュトックハウゼンの直筆で「いまきみのデモを聴いているけど、すごくパーソナルでSomething Magicalだから音楽をつづけろ」とあったんです。そのあと、ループはとりのぞけとか6thは止めろとかあるなかに、「less Sweet」と書いてありました。

『Passion』では笙や能管やサントゥールといった邦楽器、民族楽器を使用されていますが、これらの楽器の音色の使用にはなにか意味的なものはございますか。

原:邦楽器にかんしてはじつはかかわりがこれまでもありました。というのは、僕の通っていた中高一貫校では中学校のころから週に一度能の謡(うたい)の授業があったんですね。火曜日の5時間目でしたが、6年間謡を習って高校3年生のときに文化祭で仕舞を舞って卒業するというのが伝統だったんです。そのときは「小袖曽我」という演目でした。僕には瑠璃彦という弟がいて、弟もそこで能をやって、卒業後素人弟子(註:能楽師の子でないもので、能楽師より直接指導を受けるもの)になって、いまでは能に携わる仕事しています。2013年に山口県のYCAMで野村萬斎さんが坂本龍一さんや高谷史郎さんと協働で制作された《LIFE-WELL》のドラマトゥルクに入ったり、能の研究をやったりしているので邦楽は身近な存在でした。仕事でも、実際にナマで聴ける機会、これは《繻子の靴》という2016年京都芸術劇場でのお芝居でも自分の音楽とともに邦楽器を鳴らす機会がありました。そのときは能管でしたが、笙にも別の機会で接する機会がありまして、そのとき、楽譜を書いて、邦楽器にメロディを担ってもらってこちらが伴奏をするというやり方ではなくて、電子音響的なアプローチで楽曲としてなりたたせられるのではないかと思ったんです。それがいまならできるのではないかと思い挑戦しました。じつは『Passion』で吹いてもらっているのはすべて古典曲をベースにしたものなんです。サントゥールのほうもやり方は同じです。

楽器の歴史性や記名性とよりも響きに着目されたと。

原:笙はいわゆる「日本の和」のような音ではないと思うんですね。ティム・ヘッカーしかり、アプローチの方法はいろいろあると思うんです。電子音楽との親和性も高いこともわかっていましたが、今回重視したのは音色の部分です。能管を使用した“Meridian”などでは電子音と区別がつかないようなトランジションを施しています。邦楽器のものとされている音の響きと西洋に由来するとされている電子音響がひとつながりにつながっていくようなイメージといいますか、因襲的なものから響きだけをきりとって配置する、コンポジションですよね。

笙や能管とちがってサントゥールは中東の楽器ですね。なぜとりいれたのでしょう。

原:京都の法然院でのコンサートあと、若いサントゥール奏者の方からSNSでコメントをいただいて交流がはじまったんです。僕はSNSを通じて親交深めることはふだんあまりないんですが、和楽器をとりいれることで日本と西洋の対比がテーマだと思われるとイヤだなと思ったとき、ペルシャ楽器の演奏者とつながりができたので、流れに身を任せました。

西洋と東洋の対比はいかにものテーマですものね。

原:僕は(西洋と東洋の)融合というテーマも好みではないんです。対比だったら武満(徹)さんがバリバリやられていることですし。

武満さんは無視できないですよね。

原:武満さんは音楽はもちろん、文章も僕は好きなんです。武満さんの作品の主要な舞台はコンサートホールでしたが、たとえば「November Steps」ではそこにオーケストラと尺八や薩摩琵琶をならべる、いうなれば対比ですよね、そうやって対比をつくったのもそうですし、笙とオーケストラのための「セレモニアル(An Autumn Ode)」でも笙とオーケストラに重なるところがほとんどなくて、宮田(まゆみ=笙奏者)さんの吹かれる笙の音が客席後ろから来て移っていって戻っていく。「ふつう」という語弊がありますが、邦楽器をオーケストラと一緒にバーンと鳴らした気持ちいいところを敢えてせず、深いところまで考察されていたのを知ったときは感動しました。それに、京都にいるとわかりますが、和と西洋の融合をテーマにした企画が多いんですよ。そういうのを横目でみながら、自分はそういうアプローチじゃないな、と思ったこともあります。武満さんのどの曲から具体的な影響を受けたとはいえませんが、武満さんの書かれる文章の文体もそうですし、映画もが好きで、映画音楽については武満さんはキャッチーな曲を書かれるじゃないですか。

ジャズなんかをよく使われますね。

原:ジャズの響きはありますね。僕が好きなのは『波の盆』というハワイの日系人たちを描いたドラマ(1983年、日本テレビ系列。実相寺昭雄監督、倉本聰脚本)のサウンドトラックで、あれほど美しいストリングスオーケストラはないと感じますし、劇伴ではないですが武満さんがハープとフルートで復元したサティのコラール「星たちの息子」も大好きです。勅使河原宏監督の『利休』(1989年)のサウンドトラックではいまの「ザ日本」の源流でもある室町時代が舞台であるにもかかわらず、音楽では同時代のルネサンス期の音楽を引用するセンスにはものすごくしびれます(笑)。

原さんも劇伴のお仕事をされていますが、付随音楽を書かれるさい、いま言及された武満さんのような方法論は意識されますか。

原:野田秀樹さんの『贋作 桜の森の満開の下』の30年ぶりのリメイクのときは笙を使いました。夜長姫というすごく不思議な主人公がいて、音色によるライトモチーフ的な意味合いで笙をもちいました。

キャラクターにあてはめる音色ということですね。

原:いちおうメロディもつけたんですが、子どものような鬼のような夜長姫の人物像をふまえて音色から笙を選択しました。とはいえ方法論としては模索しているところで、構築するのはこれからだという気がしています。

劇伴をつくるのとご自分を作品を手がけられるときの構えでもっともちがうのはどの部分ですか。

原:ふだんの自分の語法を、かかわる作品が拡張する感じはあります。そこに甘えて、自分では控えているやり方をやってしまうとか、そういうこともありますけど(笑)。

原さんにとっての禁じ手とはなんですか。

原:甘くなることです。油断するとメランコリックといいますか、甘くなりすぎるんです。甘くなるという言葉で思い出したんですけど、2005年にシュトックハウゼンが品川に「リヒト」の公演で来日したんですね。

私もそれ行きました。

原:僕も行ったんですよ。21歳のときで、長いサインの列に並びながらドキドキしていたんですけど、そのときデモテープを持参したんです。サインをもらうとき、シュトックハウゼンにデモの入ったCDRを渡して、それから3ヶ月ぐらいしてからだったと思いますが、シュトックハウゼンの事務所からフェスティヴァルの冊子が届いたんです。ところが日づけをみると会期はもうすぎている。どういうことなんだろうと思って、ページをめくったら、シュトックハウゼンの直筆で「いまきみのデモを聴いているけど、すごくパーソナルでSomething Magicalだから音楽をつづけろ」とあったんです。そのあと、ループはとりのぞけとか6thは止めろとかあるなかに、「less Sweet」と書いてありました(といって原氏は小冊子を画面にむける)。

(画面を凝視して)あっほんとだ、直筆ですね。「Dear Marihiko」とありますね。

原:最後に「きみは映画音楽の作曲家になるんじゃないか」と書いてくれてあるんですね。

シュトックハウゼンの戒めだったんですね(笑)。

原:冊子が出てきて思い出しました(笑)。

2005年というと原さんが本格的に音楽活動にとりくみはじめた時期ですね。

原:そうですね。

野田:そこでちゃんと返事を送ってくるシュトックハウゼンも偉いというか意外に律儀ですね(笑)。

原:横暴(!?)だというウワサをよく聞いたこともあり(笑)、たしかに意外でした。冊子がみつかってシュトックハウゼンの「甘くなりすぎるな」という助言を思い出しました。とはいえここはいいかなといいますか、意識的に甘くするのは問題ないと思うんですが、無意識のうちに手癖でそうなるのは抑えるようにしています。

シュトックハウゼンにはセリー音楽のころのピアノ曲から電子音楽まで、幾多の形式の作品がありますが、原さんにとって電子音響とピアノの響きに差異や優劣はありますか。

原:電子音響とはいえ、これまでシンセサイザーはほとんど使ってこなくてピアノの残響をドローンとして伸ばした音を転調させたり重ねたりしていたので抽象的な電子音響であっても僕の場合ピアノと地続きなんです。ピアノ、電子音響とフィールドレコーディングも等価ですし、その点ではさきほど話題になった邦楽器も同じです。等価の意味も平面的な等価性ではなくて、たとえば見方を変えたとき、楽曲のなかでは音量だったりするんですが、笙の音量をあげると前に出てくるように聞こえるけれども、しばらくすると背景になる。フィールドレコーディングでもそうです。ただ背景を担うだけではなく、ときどきそれが主役になる。つねに相対的に動くようにオートメーション音量などを書いています。

フィールドレコーディングが効果音の役割を担うわけでないわけですね。

原:それだけではないということですね。よくやる方法としてはフィールドレコーディングとピアノを同じトラックに入れるとして、ピアノをミュートしたときフィールドレコーディングだけで流れがちゃんとできているかはちゃんと確認します。流れというのは変化ですね。音のシナリオとでもいえばいいでしょうか。波の音があってしばらく静かになって鳥の声が聞こえるとか、それがうまく構成できればフィールドレコーディングはたんなる雰囲気とは一線を画した音になるのだと思います。ある意味では西洋音楽でいう多声音楽(ポリフォニー)的な思考だとは思うのですが。

複数の声部が動きながら関係し合う関係ということだと思いますが、原さんの音楽で特徴的なのはそれが楽音だけでなく現実音でも意識されている点だと思います。

原:そういっていただけるとうれしいです。

たとえばメシアンは鳥の声を楽音に置き換えますが、原さんは現実音をもってきて楽音と同じ目線で考えようとする。

原:テクノロジーの恩恵もあるとは思います。メシアンの当時はいまほどハンディには記録もできなかったでしょうし。


Photo by Yoshikazu Inoue

フィールド録音はどれくらいの頻度でやられますか。

原:最近はけっこうご無沙汰で、こないだ雷が鳴ったときくらいですね、キッチンでいろんな音を録ったりしたこともありましたが。いまは外出できませんが、僕は出張が多いので、宿泊先で朝起きたときその周辺で録ったり劇場に行くまでずっとレコーダーをまわしたり、そういうふうにしてフィールドレコーディングしています。

都会と自然の音はちがうと思います。日本と海外でも音はちがいますか。

原:たしかバルセロナには野生のインコがいたと思うんですよ。すごくやかましい元気な鳴き声なんです。そういう音が特徴的だと思いましたし、東北の山で音を録ったときは鹿の猟をしている銃声が入ったり、土地土地に特徴はありますよね。余談になりますが、東北の件は映像作品のための取材といいますか、音集めだったんですが、録音した日の夜に地元の寿司屋さんに行ったら年配の常連さんのご夫婦とうちとけてお話をしたことがあったんです。その方がいうには、ここの音はほかとなにがちがうのかとことで、作品のために関係のある土地の音を録るのは大事なんだというのは僕の意見としてあったんですが、それだけだと納得していただけなくて、それがフィールドレコーディングのむずかしいところだと思いました。よほどの特徴がなければクレジットやキャプションがなければ伝わらないというむずかしさですよね。その意味では今回はフィールドレコーディングは僕ではない、ちがうひとにたのみましたし、どこで録ったかということは書いているんですけど。

『Passion』でほかの方が録音したフィールド録音の音源を使用されたのはなぜでしょう。

原:メシアンの話ではないですが、さいきんの録音はすごくハンディなので自分で録るということがあたり前になってきていると思うんです、とくに音楽制作の場においては。それをもう一回問い直すといいますか、大問題というよりは素朴な疑問としてフィールドレコーディングは自分で録らなくてもよいのではないかと考えたということです。ただデイスクをつくるとき、パートの役割としてピアノはこのひととか、アレンジはこのひと、フィールドレコーディングはこのひと――ということはよくあったと思うんですね。僕の場合はそうではなくて、自分もそれ(フィールドレコーディング)をするけど、今回はあえて別の方に依頼したということです。

『Passion』はアルバムとしては前作『Landscape in Portrait』から数えて3年ぶりになります。アルバムからは表題曲が、ついでこの取材の直前に「Vibe」が公開になっています。「Passion」の次に「Vibe」を選んだのはなぜですか。

原:「Passion」の語義には「情熱」と「受難」という二面性があって、そのことを敷衍すると僕の音楽をおもうに構成する要素はピアノと電子音響というふたつの要素で、リズムの面ではビートがある楽曲とビートレスな音楽、静謐な音楽という二面性があると思うんです。1曲目の軸となるものを最初に解禁したので、もうひとつ側面を象徴するのはどれかとなったとき「Vibe」であろうということですよね。

そしてアルバムのリリースまぎわに世界は変わってしまいました。そのなかで原さんの音楽はどのようにうけとめられるとお考えですか。

原:ああ(といってしばし考えこむ)自分の音楽のひとつの特徴としては聴きやすいといいますか、受け入れやすい、耳にやさしいとかよく寝られる、とよくいわれていて、今回もそう聴かれることが多いとは思いますが、それに加えて、『Passion』というタイトルもふくめて、かつて僕が曲にこめていて密かにわかってほしいと思っていた側面が自然と伝わるような、無意識でもそこを聴いていただけるのではないかとも思っています。ただし『Passion』はこの世界にたいして、こう思うんだと表したくてつくったものではなくて、じっさいリリースがおくれてこの状況になったんですが、言葉はむずかしいですが「自然」、ここでいう「自然」はなるべくしてそうなったという意味での自然ですが、この作品がたどった課程のように自然に末永く聴いてもらえるとうれしいです。

野田:緊急事態宣言が出て、音楽シーンは甚大な被害を被りました。そのなかで音楽はなぜ人々の生活に必要なのか、ということを考える機会があると思うんです。原さんはどういうふうに思われますか。

原:いま家の前の通りはものすごく静かです。これまでと比べものにならないくらい静かです。静かなのは一瞬は気持ちいいと思うんですが、これまでの世界は音楽があるなかでの静寂だったから気持ちよかったと思うんです。今度はそれが音楽がなくなったときの静けさはまったく意味がちがうと思います。静かになっていい、という意見は音楽がたくさんあるなかでの発言であって、音楽がなくなった世界はだれも想像していないと思いますが、音楽にかぎらず、映画も演劇も文化が完全になくなったのを想像して、そこで気づくこと、あるいは想像したとき胸が一瞬ドキッとすることがあれば、その一瞬の感覚を大事しながら、考えていけたらいいなと思っています。

野田:コロナウイルスというものが音楽に影響をあたえると思いますか。

原:一時的には影響はあると思いますが、それが永続的につづくかといえば、循環していく気はするんですね。

野田:パンデミックが終わったあともまたもとの世界に戻ると思います、それともちがった世界がはじまると思います?

原:世界としては戻らないと思います。早く日常の世界に戻りたいというよりは、僕は新しい世界に切り抜けたいという気持ちのほうがつよいです。ちょっと暖かくなったらすぐにみんな街に出るように、人間はすぐに忘れるので、日常に戻っていくという感覚になるとは思いますが、世界は変わっていくのだと思います。

INFORMATION

オフノオト
〈オンライン〉が増え、コロナ禍がその追い風となった今。人や物、電波などから距離を置いた〈オフ〉の環境で音を楽しむという価値を改めて考えるBeatinkの企画〈オフノオト〉がスタート。
写真家・津田直の写真や音楽ライター、識者による案内を交え、アンビエント、ニューエイジ、ポスト・クラシカル、ホーム・リスニング向けの新譜や旧譜をご紹介。
フリー冊子は全国のCD/レコード・ショップなどにて配布中。
原 摩利彦、agraph(牛尾憲輔)による選曲プレイリストも公開。
特設サイト:https://www.beatink.com/user_data/offnooto.php

たった一人のパンク・ロック - ele-king

 最初に結論を──Kazuma Kubota のノイズは人間讃歌である。
 本稿はその命題から始められ、その命題に向かって終えられる。

 Kazuma Kubota。日本のハーシュノイズ作家。
 フィールド・レコーディングとアンビエント・サウンド、具体音とカットアップ・ノイズを、高度に・複雑に・立体的に──繊細な織物のように──、高い解像度で組み上げたスタイルを築き上げたその作家は、ノイズ音楽シーンに新たな地平を切り拓き、東西南北・老若男女問わず、多くのノイズ作家に影響を与え続けている。
 たとえば──伝説的ノイズ・ミュージシャンと言って過言ではないであろう──非常階段/INCAPACITANTS の美川俊治は、Kazuma Kubota の作品集『Two of a kind』に次のような言葉を寄せて絶賛している。
「Kazuma Kubota、この名前は覚えておいた方が良い。年寄りが跳梁跋扈する日本のノイズを、この男はいずれ背負って立つことになるのだから。理由? この作品を聴きなさい。それで分からないようなら、自分を諦めることだ」

 カット・アップによる切断。アンビエントによる縫合。音によって切り刻まれ混ぜ合わされるのは時空を把握する認識そのものであり、つまるところそれは、歴史そのものである。
 ぱっくりと切り開かれた傷口。そこから覗く時間と空間。飛び交う断片が再接続されたあとで浮かび上がる、全く新たなノイズの地平。そこでは徹底して人間の物語が奏でられている。都市の喧騒、秋の散歩道、冷たい料理を囲む何気ない雑談。ささやきと咆哮、呼吸──言葉以前の音──それらの音の数々は、意味を持たない端的な雑音=ノイズであり、記号の外にある非‐記号であり、認識されず、理解されないままに、見過ごされ忘れられていく日々の泡である。

 うつろいゆく雑音。
 そう、雑音は果てなくうつろい続けてゆく。

 Kazuma Kubota は、それらの雑音=ノイズを拾い上げ、無関係だったはずの音と音の間に連関を見出し、繋ぎ、磨き、大量のエフェクターによって加工し、スピーカーを通して再生し、名もなき雑音に名を与える。そうすることで彼は、顧みられないまま失われた、しかしかつてはたしかに存在したはずの風景を、音と音の間に現出させる。──1月30日。週末、駅前で待ち合わせ。秋の朝を歩く。枯葉が敷き詰められた道。息が白くなり始めている。音楽を聴いている。たくさんの時間が混在する。思い出が混濁する。自分がわからなくなる。わけもなく涙が溢れる。その場にうずくまる。「January thirty」と「A Sense of Loss」。音楽を聴いている。無数の音の粒子が、世界をふたたびかたどりはじめる。物語が、私に生きることをふたたび働きかける。私は立ち上がり、ふたたび歩きはじめる。都市の喧騒、秋の散歩道、今ここにある風景。

 全ての人間は物語によって世界に触れる。
 全ての人間は物語によってのみ世界に触れることができる。
 物語とは、人間の情緒に訴求することで情報を効率的に伝達する情報伝達形式ではない。
 物語とは、人間の情緒に訴求することで情報の外にある世界の広がりを想起させる表現形式である。

 これまで、多くのノイズ作家は物語を否定し、物語性を拒否し、自身の作品に物語性が混入することに抵抗してきた。物語という表現形式は人間の持つ認識機能の特性にあまりにも近しいがゆえに、情緒に訴え共感を呼び起こし安易に連帯をもたらす危険なものであり、世俗的で卑小で恥ずべきものである──ノイズに限らず現代の表象文化においてはそうした主張が知的なものだとされてきた。そして、そうした思想の傾向は今なお強く、むしろ深化し過激化しつつあるように思われる。

 たとえば、自身もノイズ演奏を行う哲学者のレイ・ブラシエは、雑音=ノイズも含め、人間の認識領域外にある「他なるもの/多なるもの」の生の実在を認め肯定し、彼らについての思索を展開する。ブラシエは、地球上から人間がいなくなり、「他なるもの/多なるもの」のみが残された「人類絶滅後の世界」において、いかに存在は在り続けるのかと考える。人類はいない、それでも宇宙はあり、人類がもはや認識することのない世界のなか、認識されえない存在は、どのようにして存在を続けているのかと。
 それはこう言い換えることもできる。存在を存在足らしめるものは人間などではなく、仮に「人類の絶滅」が訪れたとしても、作者とも聴者とも関係のない場所で、音楽は鳴り続けるのだと。そうした思想の背景には、根本的な人間性への否定が横たわっている。そして、多くのノイズ作家/ノイズ作品が体現する思想もまた、ブラシエの論理と同様の構造を持っている。人の介在を問わず、それ自体で立つノイズと呼ばれる音楽は、過剰な──完全な──人間性の否定へと繋がる危険性を孕んでいるのだ。

 一方で、Kazuma Kubota はそうではない。私はそう思う。
 Kazuma Kubota のノイズには、今ここに生きる人間の物語がある。Kazuma Kubota のノイズは、徹底して、あなたや私や彼や彼女など、今目の前に生きている人間に捧げられている。Kazuma Kubota は、そうした自身の音楽性について、インタビューで次のように語っている。
「僕は作品を作る上で映像的なストーリー性と、自身の感情を表現することが重要だと考えています。僕はハーシュノイズを単に暴力的な表現として使用するのではなく、もっと深い感情の爆発のピークを切り取ったイメージとして使用しています。アンビエントは悲しみ、孤独、喪失感、憂鬱、等の現実の生活の中で感じる、行き場の無い感情を表現する為に使用しています」

 Kazuma Kubota のノイズは人間の生活の中にあり、人間の感情を写し取り、人間に徹底的に寄り添うようにして鳴らされている。
 ノイズでありながら人間を肯定すること──それは、幸福も不幸も、快楽も苦痛も、自由も不自由も含め、あらゆる人間の生活を「既に在るもの」としてとらえ、人間の限界を引き受け、その上で肯定しようとする、絶妙なバランス感覚が必要とされる取り組みである。そして Kazuma Kubota は、そうした高度なアクロバットを成し遂げ、今なお成し遂げ続けている。そのようにして Kazuma Kubota のノイズは、人間讃歌として、私たち人類に向けて、まっすぐに奏でられ続けている。

 最後に一つ、私的な思い出について話したい。

 私が Kazuma Kubota の存在を知ったのは2013年のことだった。
 私は当時、大学を卒業して会社員になったばかりで、右も左もわからないまま、右へ行ったり左へ行ったりを繰り返していた。私は社会の中で混乱していた。私は疲れていた。もう何ヶ月も、月間の労働時間は400時間を超えていた。かつては映画を観ることや小説を読むことが好きだった。その頃には映画を観ることや小説を読むことはできなくなっていた。けれども幸いなことに、音楽を聴くことはできた。聴くのは決まってノイズだった。──ノイズを聴くと、自分が失われていくような感覚を覚えることがある。自分自身がノイズを構成する一つの粒子になっていくような感覚を覚えることがある。私はその感覚が好きだった。

 そうした日々の中で、私は Kazuma Kubota のノイズを聴いた。それは不思議な感覚だった。新しいと思ったが、新しいだけでもないと思った。そこには妙な懐かしさがあった。奇妙な音楽だと思った。それはたしかにノイズだったが、そこにあるのはノイズだけではなかった。そこには、記憶の中に堆積していたハーモニーやメロディの数々が鳴っていた。私は私の思い出を思い出していた。私は思い出の中を彷徨していた。そのとき私は、私が十代だった頃に聴いた、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやコールター・オブ・ザ・ディーパーズ、シガー・ロスにレディオヘッド、エイフェックス・ツインや七尾旅人を思い出していた。──いや、白状しよう、私の記憶はさらに過去へと遡り、私は小学生の頃に聴いた X JAPAN やブルーハーツすら思い出していた。
 それはなぜか。そこには何があったか。私はここで最初の文に立ち返る。「Kazuma Kubota のノイズは人間讃歌である」。──そう、結論はこうだ。そこには非‐人間に捧げられた、非‐意味の塊としてのノイズだけでなく、人間に捧げられた、意味の塊としての物語があったのだ。

「ノイズ・ミュージックは、たった一人でもできるパンク・ロックだ」と Kazuma Kubota は言った。
 たとえばそれがそうだとして、パンク・ロックが自分と他人の間に生まれる軋みを表した音楽だとすれば、ノイズとはまさにその字義通り、自他の間隙に生まれる〈軋み〉そのものではないだろうか。
 そう。軋みはここで鳴っている。いつものことだ。
 軋みはつねにすでにここにあり、そもそも自分と他人は隔てられているのだが、多くの音楽は隙間を満たすことで隔たりを隠そうとするその一方で、ノイズは、隔たりを隠そうとしないどころか軋みを浮き彫りにしさえする。ノイズは、私たちは一人ぼっちなのだと指し示し、そうであっても音楽の中で、一人ぼっちの私はこの上なく自由なのだと教える。

 Kazuma Kubota によって構成された新たなノイズ音楽=〈たった一人のパンク・ロック〉──フィールド・レコーディングとアンビエント・サウンド、具体音とカットアップ・ノイズ。「January thirty」と「A Sense of Loss」。都市の喧騒、秋の散歩道、今ここにある風景──それはたしかに一人ぼっちの音楽だが、一人ぼっちであるがゆえに、かつてブルーハーツが歌ったパンク・ロック=人間讃歌のような、優しさと愛に満ちた、現代の人間の物語が可能となっている。私はそんな風に考えている。

 人間は永遠に一人ぼっちだが、それは絶望ではない。
 kazuma Kubota が鳴らすノイズ──たった一人のパンク・ロックが、私にそれを教えてくれたのだ。


新世代の先進的リスナーを中心に幅広い注目と支持を集める Post Harsh Noise の旗手 “Kazuma Kubota” の現在廃盤となっている代表作品をCD化し6月3日(水) 2タイトル同時リリース!

さらに昇華したカットアップ・ノイズの復興を告げる基本資料。クボタの鋭く研ぎ澄まされた作品はどれも、多くのアーティストがその生涯をかけても生み出せないほどのアクションやアイデアに満ちている。 ──William Hutson (clipping. / SUB-POP)
真面目で甘酸っぱい音楽/ 音。フィルムや小説の短編集に近い感触。今後どうなっていくか聴いてみたいと思わせる作品でした。 ──朝生愛

タイトル:A Sense of Loss (ア・センス・オブ・ロス)
形態:CD (スリーヴケース+ジュエルケース+8Pブックレット)
品番:OOO-35
小売価格:2000 円+税
JANコード:4526180518259

トラックリスト:
1. Ghost
2. Memories
3. Sleep
4. Regret
 Total 25:16

タイトル:January Thirty + Uneasiness (ジャニュアリー・サーティー・プラス・アンイージネス)
形態:CD (スリーヴケース+ジュエルケース+8Pブックレット)
品番:OOO-36
小売価格:2000円+税
JANコード:4526180518266

トラックリスト:
1. January Thirty
2. Uneasiness
 Total 29:35

◆本年初頭の RUSSIAN CIRCL ES (US / Sargent House) 来日公演で共演を務めUKの〈OPAL TAPES〉からもリリースする等、新世代の先進的リスナーを中心に幅広い注目と支持を集める Post Harsh Noise の旗手 Kazuma Kubota の現在廃盤となっている代表作品をCD化し2タイトル同時リリース!
◆OOO-35 は2010年に米国のレーベル〈Pitchphase〉から限定リリースされたオリジナルEP。日常を思わせるフィールド・レコーディングや感傷的なドローン/アンビエントと切り込まれるカットアップ・ノイズのコントラストが単なるノイズ・ミュージックを越えた唯一無比のドラマを生み出す傑作。さらに本来収録される筈であった1曲を追加、晴れての完全版仕様となっている。
◆OOO-36 は2012年にイタリアのレーベル〈A Dear Girl Called Wendy〉から限定リリースされたワンサイドLP と、2009年に20部(!)限定でセルフリリースしたEPを1枚のCDにコンパイル。断続と反復を多用したブレイク感溢れる冷たくも激しいハーシュノイズと穏やかなアンビエントの狭間を揺らぎながら突き進んで行く “January Thirty”、雨音のフィールド・レコーディングとギターのアルペジオから幕を開け従前のノイズ観を独自の美意識で更新した意欲作 “Uneasiness”。ともに新時代のノイズ・ミュージックの発展性を示した
重要な内容だ。
◆本再発にあたってはリマスタリングエンジニアに SUMAC, ISIS, CAVE-IN 等のポストメタルの名盤から映画音楽まで幅広く手がける名匠 James Plotkin を起用。スリーヴケースに保護されたジャケットには Kubota 本人による撮りおろしの風景写真が収録された8Pフルカラーブックレットを同梱、Kazuma Kubota 独自の世界観を視覚面からも表象している。
◆国際シーンで人気を獲得し既に各地にフォロワーをも生み出している新たなるノイズ・フォーマットの提唱者として注目すべき作家の隠されたマスターピース、いまここに初の正規流通!

interview with Sonic Boom - ele-king

 ソニック・ブーム。
 スペースメン3のふたりのファウンダーのうちのひとりである。イギリスのサイケデリック・バンド、スペースメン3はわずか10年に満たない活動期間(1982年~1991年)の間は一部の熱狂的なファン以外にはあまり知られることはなかったが、特にここ日本でスペースメン3の受容史はまあ、お寒いのひとことではあった。来日公演はもちろん一度もなかったし、そのアルバムがリアルタイムで発売されたのはほとんどバンドが解散状態にあった1991年の4作目にしてラスト・アルバムとなった『Recurring(回帰)』のみというぐあいである。
 しかし、実はこの『Recurring』以前にスペースメン3関連のアルバムがひっそりと日本でも発売されていた。それがソニック・ブームのファースト・ソロ・アルバム『Spectrum』だ。
 ストーン・ローゼズがデビュー・アルバムを発表し、一躍話題となった〈Silvertone Records〉から1990年にリリースされたソニック・ブームのソロ・アルバムは、ストーン・ローゼズ人気のおかげでまさかの国内盤発売が実現したのである。それがどのくらい売れたのかはまあ、あまり書かないほうがいいだろう。当時の音楽誌などで大きく取り上げられることはなかったし、そもそもそんなに大量に売れるような内容でもなかったのは確かだが。ちなみに国内盤の帯に書かれたキャッチコピーはこうだった。

「ほとんど犯罪的な覚醒サイケ~SPACEMEN3のソニック・ブームによる別プロジェクトアルバム」

「犯罪的な」とまで書かれてしまったこのアルバムは、しかし例えばソニック・ブームを知らない人が「お、ストーン・ローゼズのアルバム出したレーベル? じゃ買ってみようかな」とか言って手を出してはいけないブツだったということは間違いなく言える。


Sonic Boom
All Things Being Equal

Carpark / ビッグ・ナッシング

Amazon Tower HMV

 その後、ソニック・ブームはソロ名義ではなく、ソロ・アルバムのタイトルであった Spectrum をユニット名として、同じ〈Silvertone〉からアルバム『SOUL KISS (Glide Divine)』を1992年にリリース。以後はこの Spectrum と、より実験的なユニットとして Experimental Audio Research (E.A.R.)のふたつの名前で活動していくことになる。
 近年はメジャーの MGMT のプロデュースなども手掛けるようになった反面、自身の音源のリリースは減っていたのだったが、2020年になって突然ソニック・ブームがアルバムを出すというニュースが舞い込んできた。しかも、それは Spectrum 名義でもなく、E.A.R. 名義でもなく、ソニック・ブーム名義による30年ぶりのソロ・アルバムだというのだからさらに驚きは倍増なのだが、やっと届いた音を聴くとさらに驚きが待っていた。なんだこの明るい曲調は? スペースメン3のラスト・アルバム冒頭のダンス・チューン “Big City” をテンポダウンさせたようなオープニング・トラック “Just Imagine” からやたら多幸感に溢れている。アルバムを貫くオプティミスティックなムードにちょっと戸惑いながら、いまは南欧のポルトガルにいるというソニック・ブームと Skype でつながった。

※本インタヴューは、『All Things Being Equal』のライナーノーツに掲載されているインタヴューと同じタイミングで収録されたものです。両方合わせて読むと、より新作の全貌に迫れます。

分業したほうがいいなんてのは現代の神話みたいなものだと思うよ。ときにはうまいこと分業するというのも必要かもしれないけど、全体を見渡す視点を持つことが大切だと思う。音楽だけじゃなく他のアートも含めてね。

1990年に〈Silvertone Records〉からリリースした『Spectrum』以来、実に30年ぶりのソニック・ブーム名義のソロ・アルバムということになります。そのアルバムをリリースした後はその名義をご自身の音源制作では使わず、Spectrum、Experimental Audio Research(E.A.R.)というふたつの名義で制作を始めることになったのはどういう理由だったのでしょうか?

ソニック・ブーム(以下、SB):「ソニック・ブーム」は自分ひとりのソロで活動するときに使う名前で、「Spectrum」は他のアーティストやソングライターとバンド形式で曲や歌をメインに活動する名前。「E.A.R.」として作る音楽は楽曲に重きを置くのではなく、サウンドを重視したものにしているんだ。この3つの名前を使いわけることにした主な理由は、区別をつけるためだ。自分だけで作ったソロの作品ではないのに自分の名前をつけるようなことはしたくなかったんだ。そういうのはグループとしての作品であるべきだと思う。もしグループではなくて自分ひとりで作ったのであれば、もちろん自分の名前を使うよ。Spectrumのアルバムは1曲につき最低でもひとりは他のアーティストと一緒に作っていた。当然彼らは楽器を弾いたりするわけでね。そう、Spectrum はコラボレーション・ユニットなんだ。

Spectrum と E.A.R. というふたつのユニットを使い分けていくなかで、自分のなかでこれらのユニットに対する態度に変化はありましたか? もしかすると、今回のアルバム・タイトル「All Things Being Equal」という言葉が、Spectrum と E.A.R. の境界線が曖昧、というか融合していくということを表しているのかなとも思ったりしますが……。

SB:確かにその境界線というのは曖昧なものではある。名義というものは、最終的に作品をどのようなものにするのかを考えるときに僕が決めなきゃいけないことのうちのひとつなんだ。Spectrum と E.A.R. も自分のなかで区別はつけてはいるけど、本質的にはすべて僕の音楽活動だし、劇的に違ったことをしようとはしていないよ。それぞれのプロジェクトで違うことをしようというよりも、いつもアルバムごとに違ったことをしてみようとしている。だから今回のアルバムもどのようなものにするか、しっかりとした意識的な決定をしたんだ。シンプルな電子音響を核として、そこにパーカッションやヴォーカルを重ねることでよりその要素を際だたせようってね。この作品は俺ひとりで作ることになるだろうとずっと思っていたし、スペースメン3のレコーディングでもよく使っていたようにドラムマシーンを使うだろうなってこともわかっていたんだ。よく言われるんだけど、「ソニック・ブームは元スペースメン3であり、Spectrum よりも世間で認知されている」っていう言葉を信じたほうがいいなっていう気もしたんだ。ただ、それぞれの活動というのは確実にお互いに影響は及ぼし合っているよ。アートワークやビデオといったものから楽曲制作のプロダクションやマスタリングまでね。 それぞれに対して過度に特化していくということは全然信じていない。分業したほうがいいなんてのは現代の神話みたいなものだと思うよ。ときにはうまいこと分業するというのも必要なのかもしれないけど、全体を見渡す視点を持つことが大切だと思う。音楽だけじゃなくて他のアートも含めてね。僕はいつもあるひとつの媒体から学んだことを別の媒体に取り入れたいと思ってる。すべてのものごとは相互に影響をおよぼしあってると思う。そういうのが僕は好きなんだ。

あなたは2016年に E.A.R. 名義で今回の新作と同じタイトルの「All Things Being Equal」というシングルをリリースしていましたね。このシングル曲は16分にも及ぶ長いインストゥルメンタル・ナンバーです。このシングルが、今回のこのアルバム制作に直接つながっていったのでしょうか?

SB:シングルがアルバムにつながっているかということについてはイエスでもあるしノーでもある。シングルで使った楽器はとても古い CASIO のキーボードなんだけど、アルバムに入っている別の曲でもそれは使っている。でもこのシングルを作ったときにはまだこのアルバムは見えていなかったんだ。そもそも E.A.R. 名義で出したのはアブストラクトなインストゥルメンタルだったからさ。その後この曲をいろいろと弄って、60年代後期か70年代の初めにコンピューターで生成された歌詞をつけて、日本盤にボーナストラックとして収録されるときにタイトルを「Almost Nothing Is Nearly Enough」に変えた。アルバムのタイトルと混同してほしくなかったからね。でも「All Things Being Equal」というタイトルは気に入っていたし、シングルの12インチはかなりレアになっていることもあるから、アルバムのタイトルとしてこれを使ったんだ。アルバムに収録されていない曲のタイトルをアルバム・タイトルにするっていう変な伝統があるんだよね。たとえば Gun Club のデビュー・アルバム『Fire of Love』には “Fire of Love” という曲は入っていない。同様にスペースメン3のデビュー・アルバム『Sound of Confusion』にも “Sound of Confusion” という曲は入っていない(笑)。どんな理由であれ、アルバムに入ることのできなかった曲の名前がアルバム・タイトルになることによってその評価を保ち続けるっていうのはおもしろいと思うんだ。

そういえばジーザス&メリーチェインのデビュー・アルバム『Psycho Candy』にも同タイトルの曲は入っていませんでしたね(笑)。さて、今回30年ぶりのソロ・アルバムを出すにあたり、ソニック・ブームという個人名義を再度使った理由は?

SB:まずはこの名前をあのクソみたいな SEGA のキャラクターから取り返さなきゃいけなかった。奴が僕の名前を盗んだんだよ! 奴はもともと Sonic The Hedgehog って名前だっただろ。僕は奴が Sonic The Hedgehog だったずっと前からソニック・ブームだった。なのに突然奴は名前をソニック・ブームに変えたんだ。だから僕は立ち上がって僕の名前を守らなきゃって感じだった。
 僕がその名前を使うと決めたときは誰もそんな名前を欲しがってなかったよ。すごくいい名前だねっていろんな人が言ってくれた。ソニック・ブームは形を持たないところがすごく好きなんだ。存在していてもそれに手を伸ばして触ったり、家に持って帰ったり、食べたりすることはできないだろう? もしかしたら食べることはできるかもしれないけど(笑)。
とは言っても、特に30年ぶりにこの名前を使うことにしたものすごく強い動機みたいなものは実はないんだ。これは僕のソロのアルバムだから、ソニック・ブームって名前を使うことは正しいと感じられた。パーソナルなアルバムとは思わないけど、確実にソニック・ブームの核があらわれているアルバムだからね。

いま身の回りに起こっている問題は僕たち全員が引き起こしたものだ。もう政治家にそれをなんとかしてもらおうなんて思ってはいけないよ。結局政治なんてビジネスなんだから。僕たち全員がその問題に取り組むべきなんだ。

この「All Things Being Equal」というタイトルには、あなたの現在のモットー、人生のテーマのようなものが込められていたりしますか?

SB:自分の人生のモットーって言えたらよかったんだけどね。若いときにそう言えるくらい賢かったら、若い頃から地に足がついた性格だったって言えたらいいんだけど、そんなことはないよ。でも、人生や人との出会いを通して自分の行動を省みることはできた。人と一緒に学ぶ機会もまだたくさんある。願わくはみんなには良いことを学んでほしいなと思ってる。僕の経験はいつも良いことばかりではなかったけど、完璧な人なんてどこにもいないし、ほとんどの場合はたとえそれがひどい体験だったとしてもなにか得るものがあるものだよ。

1990年にあなたがまだスペースメン3に在籍していた時期にソニック・ブーム名義で制作したファースト・ソロ・アルバム『Spectrum』では、ひたすら「現実世界からの逃避」と「何者かによる救済の希求」を描いていました。あの時期はスペースメン3も内部に問題を抱えていて、あなたのフラストレーションはとても大きなものだったと推測します。それがファースト・ソロのムードに現れていると思えます。
 しかしそれから30年を経て作られた今回のソロでは、響きの点でも、また歌詞の面でもポジティヴな肯定感、そして抽象的な愛、平等な愛のようなものを感じます。これは普通に考えれば、あなたも歳を重ねて成熟した大人になった、ということなのでしょうが、なにかそれ以上にあなたのなかで自分自身の考え方が大きく変わったというようなことがあるのでしょうか?

SB:実はその当時はスペースメン3はまだ臨界崩壊に至るような状態にまでは行ってはいなかったんだ。だからあのソロ・アルバムではスペースメン3のメンバーが演奏をしてくれているんだ。精神的には機能していなかったのも確かだけどね。スペースメン3は、うまいことやっていくことができない若者が集まったグループだった。だから一緒に沈んでいくような結果になってしまったんだけど、こういうのってある特定の種類のロック・バンドではそんなに珍しい話でもない。セックス・ピストルズやストゥージズ、MC5 なんかを思い出してみてよ。もちろん意識してそうなったわけではないし、僕らだって自分たちの状況に気づいていたとも言えない。そのあと何年もかけて僕たちはお互いうまくやっていけるような人間じゃないって気づいたけど、そういう経験を経ることがものごとの見方を変えてくれたりすることもある。
 ものごとの捉え方や考え方は変わったね。2010年だったかな、アニマル・コレクティヴのパンダ・ベアと仕事をすることになったときだった。そのとき僕は50代を目前にしていたんだけど(注:ソニック・ブームは1965年生まれ)、同じ場所や同じ人に囲まれた生活に人生を費やしたくないなと思い始めていた。人間関係がうまくいかない人もたくさんいたし、僕が育ったところ(イギリスの地方都市ラグビー)はいい友達もいるけどすごくフレンドリーな場所というわけでもなかった。そういう環境から出たかったし、商業化された都市にもいたくなかった。同じコーヒーショップ、同じファーストフードショップを見るのも、人々がみんな携帯を見ながら歩いているのを見るのもうんざりだった。
 そんなときにポルトガルでパンダ・ベアと一緒に作業をすることになったので、そのあたりに住む場所を探し始めたんだ。リスボンの郊外にある小さなナショナルパークを見つけてさ。美しい山に囲まれた場所なんだ。日本の北部に少し似ているかもしれないな。とにかく美しい場所なんだ。おかげで外でたくさん時間を過ごすようになったし、ガーデニングをするようにもなったんだけど、そういうことをしていると頭の中からノイズやナンセンス、クソみたいなことが消えて空っぽになるんだ。思考も明快になって、考えていたことをもっとリサーチするようになる。バックミンスター・フラー(註:アメリカの思想家。「宇宙船地球号」という言葉で知られる)が地球や人類、経済モデルのとの関わり方、経済資本モデル、その本質の一部である好景気と不景気の繰り返しについて話しているのを見たり聞いたりしてね。もし僕がもう1枚アルバムを作るとしたら、そういう問題についても言及してみたいと思ってる。何が欲しいだとか、もっと欲しい、もっと大きいものが欲しいみたいなこととか、使いまくって捨てまくって消費しまくってやるみたいなことを僕の声を使って届けたくない。
たとえばこれまでの人生で僕が消費してきたプラスチックのことを考えてみる。それらはよく考えると全然必要ではなかったことに気づくんだ。プラスチック製品は好きだったけど、もういまはプラスチックから何かを飲むのも何かをプラスチックで包むのも嫌だ。自分の人生を変えなきゃいけないって思ったんだ。そうしたら突然自分の人生がより良くなった気がするし、いままで自分がしてきたことに対しても気持ちが軽くなったような気がした。すべてのことにつながりを感じることができて、いままでとは比べものにならないくらいハッピーな人間になったよ。それを表現していきたいんだ。いま身の回りに起こっている問題は僕たち全員が引き起こしたものだ。もう政治家にそれをなんとかしてもらおうなんて思ってはいけないよ。結局政治なんてビジネスなんだから。彼らが行動を起こしたとしても牛歩だし、多くの場合政治家自身のビジネス・オペレーションの隠れみのになってしまっている。僕たち全員がその問題に取り組むべきなんだ。もちろん全員がそんなものごとの見方ができるわけではないことはわかっているけど、しっかりとした考えを持っている人はいるわけだしね。最近の気候問題は自分たちに何ができるのかということをより考えさせてくれていると思う。この地球上で起こっている問題について、僕たちはもっと真剣に取り組まなきゃいけない。僕たちは自分たちの人生に起こるノイズに対していっぱいいっぱいになるあまり、たくさんのことに目をつむり続けてきた。説教じみたことは言いたくないけど、いいヴァイブスがあるレコードは作りたいよね。

ポルトガルに住んだことで、あなたの考え方がそこまで至ったというのは興味深いところです。ポルトガルのなんという街に住んでいらっしゃるのですか?

SB:シントラという街なんだ。ここに限らず、ポルトガルは全然商業化されていない国だから気にいったよ。ここからスペインのマドリードなんて行ったら未来に足を踏み入れたような気持ちになるよ。もちろん東京もね。実際あそこは未来だし(笑)。あまりいい言葉ではないんだけど、ここはオールドファッションなんだ。ここではものごとが急速に発展したりしない。もちろんすべてがってわけじゃないよ。携帯とかラップトップ・コンピューターはちゃんと普及しているし。だけど総じて商業化されたものを見ることは多くなくて、オールドファッションなコミュニティがいたるところにあるんだ。このあたりをドライヴするとき、僕は近所のお年寄りたちに向かって手を振るんだ。そうすると彼らも手を振り返してくれる。おはよう、こんにちは、こんばんは……そんな挨拶も街角で常に交わされている。人が足早に通り過ぎるような都市部ではそんなこと起こらないだろ? そこがすごく好きだ。
 生活環境は自分の健康状態や心の健康にすごく影響がある。僕は木や美しい自然、鳥や野生動物、爬虫類、虫に囲まれた、自分が健康でいられる環境にいたかったんだけど、ポルトガルではそれがまだ見つけられるんだ。
音楽もこの生活環境に大きく影響されているよ。このアルバムはまさにシントラの音だと言っていい。童話で有名なハンス・クリスチャン・アンデルセンも家をこの地域に持っていたそうなんだけど、とにかくマジカルな場所なんだ。山に囲まれているけど海も近くにあるからすぐビーチに行ける。その昔ポルトガルの皇室が、毎年夏になると避暑のためにこの山脈に来ていたんだって。リスボンに比べると夏は5度も気温が低いからね。天気も最高で、海から風が吹いてそれが雲を作るんだけどとても美しい。太陽も美しいし、それらのムードはアルバムに取り入れられていると思う。歌詞はほとんどこの土地で書いたけど、ここにいることで感じることを最大限表現したんだ。庭で過ごしたり植物を植えていたりするときの気持ちをね。だからこの地域というのはアルバムにとっての最大の影響源になっていると思うよ。

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最良の出来事っていうのは前向きな気持ちで人生を生きて、外に出たり、経験を積んだときに突然起こったりするんだ。

アートワークにはとにかくあなたが関わってきたたくさんのアーティストの名前がクレジットされていて壮観ですね。


Sonic Boom
All Things Being Equal

Carpark / ビッグ・ナッシング

Amazon Tower HMV

SB:彼らこそがこのアルバムの最大のインスピレーションだからね。たくさんの人たちに感謝しているんだ。覚えている限り300から400のバンドやアーティストと一緒に仕事をしてきたよ。そこまで多くなってくると、さすがにすべてのことを覚えているのは難しいし、その人たち全員をクレジットするのは不可能だ。だからいままで一緒に仕事をした人全員にありがとうという気持ちを込めて「This is dedicated to the ones I love」とクレジットして、特にそのなかでも特別な人たちの名前を載せたんだ。なかには本当に僕の活動の初期から一緒にやっている人もいるし、全然名前が知られていない人もいる。プロデューサーとしての活動の初期に関わったフランスの European Sons というバンドがいるんだけど、彼らが拠点としていたフランスの街に行くたびに「誰かこのバンド知ってる?」って聞くんだけど誰も知らないんだ。プロデュースをしたのは1990年だからすごく前のことなんだけどね。連絡先もなくしてしまって、彼らに関する情報がなにもないんだ。だけどまだCDは持っているよ(笑)。たくさんの名前を載せることで、彼ら全員に僕を助けてくれたことや僕の人生の一部になってくれたこと、そして彼らから学んだすべてのことに対して感謝したんだ。そのときは気づかないかもしれないけど、人は人と出会うことで必ずなにかを学んでいるからね。
 こんなにたくさんの人やバンドとレコーディングやミキシング、プロダクションなど、関わり方のかたちは違えども共に音楽を作ってきたなんて信じられないよ! ジャケットを作ったりビデオを作ることで関わったバンドもいる。違うタイプの人と働くのが好きなんだ。ありがたいことにいつも僕はそこから収穫を得ることのできるタイプの人間だから。考えごとをしているときとか、自分の頭のなかでこれは誰がこんなふうに考えろって教えてくれたんだっけ? って思うこともあるよ。それも祝福したかった。彼ら全員が僕の音楽をよりよいものにしてくれたから。

プロデュースを頼んでくる人たちは、あなたにどんなことを望んで来るのでしょう?

SB:彼らからこちらにアプローチしてくることもあれば、僕のほうからプロデュースさせてくれということもあるよ(笑)。君がライブハウスで来る日も来る日も違うバンドが来て演奏するのを見ていたとする。そうするとだいたいみんな似たようなタイプの人間の集まりだなって思うだろう。でも、スタジオに入って制作を始めてみると、彼らのなかにあるダイナミクスだとか、自分たちの音楽や音楽そのものに対する考え方、音楽の作り方がバンドによって全然違うんだってことに気がつくんだ。プロデュースを始めた初期の頃に気づいたことは、もし自分がスタジオに行ってその場のルールを作って、これが俺たちのやり方だ! なんてことをするのは愚かだということ。僕がプロデュースを始めた理由のひとつは、スペースメン3時代に初めて迎え入れたプロデューサーなんだ(注:おそらくスペースメン3のファースト・アルバムに関わったボブ・ラムのことだと思われる)。彼はとても優しい人だったけど、音楽のことも僕たちのこともちっとも理解していなかった。僕たちの意見よりも彼の意見の方が尊重されたんだ。僕はすぐに彼は間違ってるって気づいたけど、もうああいう人とは働きたくないと思った。少なくとも僕にとってこれはポジティヴなことじゃなかったよ。だから自分でプロデュースもやり始めたんだけど、そのうち他の人が声をかけてくれるようになった。プロデューサーとして関わるけど、決定権は依頼主である彼らにあるべきだと思ってる。僕は彼らがよりよい作品を残せるように、そしてできるだけ早くベストな結果を残せるように正しい方向に導くだけ。最終的には彼らが納得してハッピーになることが大事。僕が納得する結果を残すために他の人を僕のやり方に従わせるっていうのはまったく違うんだ。バンドごとにやり方が違うのを見るのはかなりおもしろいよ。ときにはなによりもまず楽しもうぜってなる場合もあるし……いつだって楽しいんだけどね。すべてが比較することのできない経験になっているよ。とにかく全員違うからさ。人生のなかでも最高の出来事って、いつも予定されて起こることはないだろう? 最良の出来事っていうのは前向きな気持ちで人生を生きて、外に出たり、経験を積んだときに突然起こったりするんだ。

これまでにプロデュースや共演をしたなかで、印象に残っているアーティストをいくつか挙げてその印象を教えてもらいたいのですが……そうですね、たとえば MGMT、パンダ・ベア、Dean & Britta、Cheval Sombre、No Joy、ビーチ・ハウス、Delia Derbyshire、Silver Apples……

SB:えええ? それはちょっと難しすぎるよ(笑)。たくさんの才能ある人たちと一緒にやってきたんだから! 彼らはゲームのなかでもトップの人たちだよ。ゲームといっても彼らがやりたいことをする彼ら自身のゲームのなかということだけどね。人が自分に人生のリスクを背負わせてまで夢を追いかけるために自分たちのやりたいことをするって最高だと思わない? とにかく……選べないって! それぞれの強みがあるからなあ……みんなイコールにね……All Things Being Equal (笑)。

今回のソロはあなたもパンダ・ベアやビーチ・ハウスの制作で関わったワシントンDCの〈Carpark Records〉からのリリースです。このレーベルのカラーはあなたの音楽にとてもあっていると思います。このレーベルにはあなたがスペースメン3を始めて以降に生み出した音楽への影響力が継承されている感じがします。

SB:〈Carpark〉と初めて一緒に仕事をしたのはパンダ・ベア絡みで、その後レーベル・オーナーのトッド(・ハイマン)とはたまに連絡を取り合っていたよ。それで〈Carpark〉にいたビーチ・ハウスと一緒にやることになった。だから〈Carpark〉からリリースをすることは自分にとってなんとなく意味があるような気がしたんだ。それと当時僕は、別のレーベルとの問題を抱えていたんだよ。ロイヤリティが払われなかったりとか、アルバムが売れてもそれがちゃんと経理計上されていなかったりとかさ。音楽業界ではありがちなことなんだけど。当時はそういったネガティヴなことと向きあわなきゃいけなかったんだ。彼らはすごくモラルが低くて、非人道的なビジネスをするんだ。彼らのようになって戦ったほうが楽だということはわかっていたけど、それは僕がやりたいこととはまったく逆だし、なにより嫌な感情を振り払いたかった。嫌なものをただ手放したかったんだよ。お金がすごく欲しいんだったらネガティヴなことは付きものなのかもしれないけど、もうそんなものは気にしないって決めたんだ。それよりもその経験をポジティヴなものに昇華すれば、他の人にポジティヴで公平で思いやりのある行動を起こさせるような影響を与えられるかもしれないしね。もうすでにそういう行動を起こしている人もいるけど、まだすごく大きなメジャー・レーベルではまだ信じられないようなことが起こっている。とにかくポジティヴなことに昇華したかったんだ。
 トッドには、僕のレーベルに対する気持ちを話したことがあるんだ。彼はとても公平で正直でオープンな人だからね。リリースに関しては最初は全部自分でやろうかなと考えていたんだけど、いろいろな側面からそれを考えてみると、お金は減らないかもしれないけど、作品が届く人の数や作品が広がる可能性も減るんだろうなって思ったんだ。だからパートナーとしては彼らがベストな選択だったよ。いまのところの僕たちの関係性はまさにパートナーシップという感じで、他のレコード会社でたまにあるような契約書で結ばれた奴隷みたいに感じる関係にはまったくなっていない。30年間で学習してきたこともたくさんあるしね。20歳のときにスペースメン3としてレコード会社と契約を結んだときは、なにが起きているかなんてわかってなかったからなあ。

「パイオニアは後追いの人たちにその背中を狙われる」って言葉があるんだ。俺たちがやったことは特別なことではなくて、そのときに俺たちができることのすべてだったけど、もしかしたら背中を狙われていたのかもしれないね(笑)。

もともとあなたは同時代の音楽シーンに直接的にコミットしてきたタイプではないと思いますが、いまの音楽シーンについて何か思うことがあれば教えてください。 

SB:僕はスタジオで一緒に制作をする人に、音楽を作っているんだからある程度はいまこの場所でやっていることを正確に把握しておく必要があるよって言うようにしているんだ。そのとき作っている音楽は何かに影響を与えることもあるからね。未来のことを見据えたときに、この音楽がどんな立ち位置になるのかっていうのはいつも僕が考え続けていること。なぜ、そしてどうやって音楽が定義されてきたのかということにはずっと興味があるけど、シーンというものの大きな一部になったことはないね。スペースメン3はパイオニア的な存在だったのかもしれないけど、パイオニアっていうのは自分の力でどこかに向かって行く人のことを言うだろ? 「You can tell the pioneers by the arrows in their backs (パイオニアは後追いの人たちにその背中を狙われる)」って言葉があるんだ。俺たちがやったことは特別なことではなくて、そのときに俺たちができることのすべてだったけど、もしかしたら背中を狙われていたのかもしれないね(笑)。
このあいだ「もし若手のバンドにひとつだけアドバイスをするとしたらなんと言いますか?」っていう質問をされたんだ。「オーマイガー、若手にアドバイスをする奴って大嫌いなんだよ!」って感じだった。それでも答えてくださいって言われたから「妥協をするな。心からやりたいと思うことをするんだ。友達が好きなシーンの一部になるために音楽をやってはいけない。すぐに友達がライヴを見に来てくれることはないかもしれないけど、やりたいことをやれば報われる」って言ったんだ。心に響く優れた音楽っていうのは、程度は違えど妥協をしない人たちが作ったものなんだよね。彼らは妥協せずに音楽とコミュニケーションをとることが必要だってわかっているんだ、音楽はコミュニケーションがすべてだからさ。それに音楽は素晴らしくパワフルなコミュニケーションの手段のひとつでもある。音楽って自分がそのときに考えていたことや思い出を際限なく呼び起こしてくれるよね。それって10枚のカードセットに入っているカードをある部屋で全部並べて覚えて、その後にもう一度その部屋に戻るとそのカードのすべてを覚えている、みたいなことに近いと思うんだ。もう何年間も聴いていなかったとしても、聴けばほぼ瞬時にその当時の感情や思い出を呼び起こされるという点でね。

1965年生まれのあなたはあと5年後には60歳になります。そのとき、世界はどうなっていて欲しいと思いますか?

SB:ワオ……僕は現実的だから、もし僕たちがリサイクルをすることや消費活動、長距離移動を削減することに賭けなければ……飢餓や水不足、資源不足、人の超過密といったような他のメカニズムのなかで人口はじょじょに減っていくことになると思うんだ。僕たちが抱えている問題というのは巨大だけど、地球は回復するということはあと2ヶ月くらいでわかると思うんだ。落ち込んでいる日には、「地球は人間がいなければより早く回復していくのでは」なんて考えたりもするけど、いつもは僕たちならできるって感じているよ。海にプラスチックを投げ込むのをやめて、海に浮かんでいるものを取り除いて、石油科学をやめるんだ。石油科学は有毒なものだってわかっているだろ。いまや再生可能エネルギーがあるんだから、それが唯一の回答であるべきだ。
 5年後か……夢は大きく持ってみよう……この地球はひとつで人類もひとつであるということを地球上に住む人びと全員が理解して欲しいんだ。お互いのことをレイシストと呼んだり、国家で分断したり、嫌なことやきついことはたくさんあるけど、違いを強調するよりもシェアするべきことのほうがたくさんあるということに気づいてほしい。この地球上で文化的な違いがあることは祝福すべきことだ。だけど一方で全員がこの地球の一部で、ひとりがその他の人のために地球を台無しにするなんてことがあってはいけない。もしひとつ選ぶとしたら、5年後には牛肉の消費量が大幅に減っているといいな……あと国家同士がきちんと手を組んでよりグローバリゼーションが進んでCO2の排出量のコントロールとかができるといいよね。西洋の国が中国を見て「大気汚染が深刻だ! この状況ってクレイジーだよ」って言うけど、いままで自分たちもさんざん大気汚染をしてきたじゃないか。この問題が深刻になる直前にこれはやばいって思ってちょっとだけ賢いやり方に切り替えただけでしょ。そういう問題にもっと目を向けていくべきだと思う。自分たちが「WE」であることを自覚していればいいんだけど、ドナルド・トランプやボリス・ジョンソンが当選するのは……わからないな。彼らは僕たちをつなげるよりも分裂させるだけだから。みんなが一緒になってものごとに取り組むことが大切なんだ。一緒に取り組み始めたら他のことも必然的についてくると思うよ。戦争はなくなって、お互いのことを理解し始めるし、人はそれぞれ違っているのは祝福すべきことで同じである必要はないということもわかる。違いがあることは問題ではないとね。それって両親が言っていたからその子供たちも同じことを言い続けるような、オールドファッションなことなんだよ。いまの人の行動とかものごとのありかたって、いままでずっとそうだったからそうしているだけでさ。そのことに対して疑問を持たないでしょ? 一度でも疑問を持ったら絶対に理にかなってないってわかるからね。

interview with Darkstar - ele-king

 ダークスターのデビュー曲“エイディーの彼女はコンピュータ(Aidy's Girl Is A Computer)”は、クラフトワークでは表現できない領域で鳴っている。パソコンの前に長時間座りながら時間を過ごしている、現代の快楽と孤独。いや、孤独など感じさせはしない。画面の向こう側には、刺激的な世界が無限に広がっているのだから快楽である。この、果てしない快楽。
 感染に恐怖し、動きが制限された世界では、彼らの新しいアルバムはほどよいサウンドトラックだ。ダークスターの1stアルバム『ノース』を、「2008年の経済破綻以降に偏在している胸騒ぎの感覚をはっきりと伝えている」と評したのはマーク・フィッシャーだが、それに倣えば今作は2020年のパンデミックにおける胸騒ぎにリンクしていると言えるだろう。
 作った当人たちによれば、再開発されるロンドンが契機となっているそうで、なるほど忘失されゆくものへの切なさは本作『シビック・ジャムス』に通底している感覚なのだろう。もしCOVID-19がなかったら、オリンピックに向けてそれまでなかば破壊的に再開発が進められていた東京にも当てはまるテーマでもあった。が、“市民の窮地”なる意味のタイトルを冠したこのアルバムは、集まることが制限されたいまの世界においても響き合っている。
 ダークスターはその名の通り暗い星であり続けけているが、とくに今作においては、アトモスフェリックでアンビエントなフィーリングが前面に出ている。1曲目の“森(Forest)”は、豊かな自然が循環する美しいそれではない。迷い込んだら戻れない、深くて視界の悪い森だ。アルバム中もっとも魅力的な曲である“Jam”には2ステップのリズムがひび割れたサウンドとしてあるが、それは以前のようには踊れなくなったダンスホールへと続いているようだ。“1001”は一聴するとキャッチーなメロディが聴こえるのだが、時空間がねじ曲げられたかのようなミキシングが施された背後には、奇妙な音やテープの逆回転めいた声が散りばめられている。
 ダークスターのメロディスでメロウな特性は、ダブステップを通過したシガー・ロスか、さもなければロバート・ワイアットだ。“Tuseday”のような力強いダンス・ビートを擁する曲もあるが、すべては彼らのモジュラーシンセによるくぐもった音色と輪郭がぼやけた歌声による独特のムードへと向かっていく。
 灰色……これはダークスターをひと言で説明するときによく使われる言葉で、マーク・フィッシャーは『ノース』を『アナザー・グリーン・ワールド』ではなく『アナザー・グレイ・ワールド』だと説明しているが、音楽性の豊さえで言えば『シビック・ジャムス』こそがそう喩えるに相応しいメリハリのある内容で、曲作りもより繊細さ、精密さを増している。これまでのなかでもベストな出来だろう。が、しかしもっともこの重要なのは、この作品が失われたレイヴ・カルチャーに取って代わるスペースに捧げられているという点だ。電話取材には、ジェイムス・ヤングが答えてくれた。

ある空間を作り出したいと思っていた。その空間というのは、再開発でめまぐるしく変化していくロンドンという都市で、うんザりしたり窮屈さを感じて生活していくなかで、心地よさを感じられるスペースのことだ。

まずは素晴らしいアルバムをありがとうござまいす。とても気に入っています。

JY:こちらこそ、そう言ってくれてありがとう。

いま住んでいるのはウェスト・ヨークシャー?

JY:いまはロンドンに戻っていて、ウェスト・ヨークシャーには住んでいないんだ。ウェスト・ヨークシャーは自然がたくさんあって、すごく田舎で、人里離れた場所。必要最低限のものしかないから、気が散ることなく作業に集中できるんだ。

通訳:また住みたいと思います?

JY:恋しくはあるけど、いま住みたいとは思わない。訪ねるには良い場所だけど、いまはまだ身を置く場所ではないな。

通訳:ロンドンはここ数年で変わりましたが、いまも住みたい魅力的な場所なのでしょうか?

JY:たしかに住みにくくはなっているけど、やっぱり好きな街であることは変わらない。いろいろ大変だけどね。

前作から5年という時間が空いた理由を教えて下さい。あらためて自分たちの方向性について考える時間が必要だったのでしょうか?

JY:いや、アルバム以外のダークスターのプロジェクトで忙しかっただけだよ。エイデン(・ホエイリー)も個人的にいろいろ忙しかったし。5年の間に何も活動をしていなかったわけじゃないんだ。他の活動が落ち着いてからアルバム制作を始めて、かかったのはだいたい2年くらい。

通訳:次の方向性が定まるのに時間がかかったり、何か考える時間が必要だったりはしなかった?

JY:それはなかった。アルバムを制作する度に次にどんなものを作りたいかは見えてくるし、それをどう形にしていくかをつかむまでに時間がかかることもあるけど、行き詰まったり、自然の流れに逆らって何かをしようとしたりはしないね。

アルバムは、いまのこの状況になる前に制作されたものだと思いますが、この未曾有の非常事態にとてもしっくり来るうに思いました。ダンス・ミュージックがベースにある音楽ですが、孤立してもいるようなニュアンスもサウンドにはありますよね?

JY:そうだね。5年分の出来事や考えが反映されているからそうなったんだと思う。その間にいろいろなことが起こったぶん、それらすべての側面が映し出されているから。俺たちの曲には、自分たちが考えていること、感じていること、さまざまな経験が自然に出てくるからね。

サウンド的には、アンビエントでありダンスでもあります。こうしたアンビヴァレンスはどうして生まれたのでしょうか?

JY:今回のアルバムでは、ある空間を作り出したいと思っていた。再開発でめまぐるしく変化していくロンドンという都市で、うんザりしたり窮屈さを感じて生活していくなか、心地よさを感じられるスペースを探しだす。そうすることで、生活のバランスをとるんだ。そのスーペスを音で作り出していく過程でアンビエンスな部分ができあがり、いくつかのトラックも、それにあわせて自然にアンビエントなサウンドを持つようになったんだと思う。意識的なものではないよ。

通訳:逆に、今回意識的にやったことはありますか?

JY:聴きやすいサウンドにすることと、ローなサウンドにすること。あとは、さっき話した空間を作り出すためにダンス・ミュージックを作りたくなった。でもそれは、初期のダークスターのサウンドに戻るという回顧ではなくて、いまロンドンからダンスフロアという空間が再開発によって減らされているという現状のなかで、いまの自分たちでそのフィーリングを作り出す音楽を作り出したかったという意味。現在のダークスターとして昔作っていたようなダンスのフィーリングを持ったサウンドを作ったらどんな音になるか、の試みだったんだ。

自分たちが感じることを曲にしていくうちに、アルバムの内容は、ここ数年のロンドンのカオスが反映されたものになっていった。

今作もまたポリティカルな作品ですが、ダークスターならでのムードはどこから来るんでしょうか? あなたがたの内面から来るのか、それともこの世界から来るものなのか

JY:それは、自分たちのなかから自然に出てくるものとしか言いようがない。試したいことをいろいろ新しく試しながらも、自分たちの考え、自分たちが好むサウンドというものは変わらないからね。ダークスターのサウンドはそれを基盤に作られているし、その基盤は変わらない。そのムードはそこから生まれているんじゃないかな。

アルバム・タイトル『Civic Jams』について教えて下さい。

JY:自分たちが感じることを曲にしていくうちに、アルバムの内容は、ここ数年のロンドンのカオスが反映されたものになっていった。自分たちがロンドンという都市で生活しているなかで目にしてきたもの、感じてきたもの、経験してきたものごと。それを捉え、まとめた言葉がこのタイトルだと思って『Civic Jam』にしたんだ。

通訳:ダークスターのアルバム・タイトルは、毎回場所を表す言葉が入っていますよね。場所を入れるのは重要?

JY:そうだね。自分たちのまわりのことが曲になるから、自分たちがいる場所がかならずアルバムの内容になる。俺たちは普段の生活、周りの出来事以外にインスパイアされて曲を書くことはほとんどどないんだ。

ダークスターの音楽において歌詞は重要ですか? 

JY:これはよく訊かれる質問だね。もちろん重要でもあるけれど、感情を表現をするために歌詞に重点を置いたり頼っているわけではなく、その重要さはサウンドと同じ。サウンドでも、表現したいことの内容は同じくらい伝えられると思う。だから、歌詞で表現しているのは、さっき話したサウンドで表現しようとしていたことと同じなんだ。混乱のなかで自分たちが心地よさを感じられる、楽な気持ちになれる空間。いま起こっている現実と、その変化のなかで人びとが本当に求めている価値やコミュニティとの間でとっていくバランスだね。

批評家のマーク・フィッシャーはダークスターについて良いことを書かれていますが、彼の文章からインスパイアされたことはありますか?

JY:読んだ。全部は読んでいないけど、インスパイアされたことはあると思う。彼の文章は、自分たちがアルバムで何をしたかったのかをうまくまとめ、説明してくれていた。アルバムが何を映し出しているかをそれを読むことで自分たちの視点とは違う角度から再確認ができて、次に作りたいものが見えてきた、というのはあるかもしれない。

ダークスターとレイヴ・カルチャーとの結びつきについて教えて下さい。とくに今作において、レイヴ・カルチャーはどのようにリンクしているのでしょうか?

JY:ロンドンとレイヴ・カルチャーは切っても切り離せない。ダークスターの基盤はロンドンだ。レイヴ・カルチャーでクラブに行ったことから刺激を受けて音楽を作りはじめ、現在に至っている。そういう面でもちろんサウンド面においても影響も受けているし、レイヴ・カルチャーはダークスター・サウンドの基盤であり、ルーツであるといえるね。

最後の質問です。コロナウイルスによって、この先、音楽の質は変わると思いますか?

JY:それは俺たちにはわからない。いまはとりあえず、何かを作るときだと思う。それはいまの状況に関係なく、できることだ。いつそれをリリースしたりパフォーマンスできるようになるかが自分たちにわからないだけであって、いまは座ってじっとそれを待ちながら、そのときがきたら披露できるものを作り出す時期だと思うね。

Ralph - ele-king

 昨年ファーストEP「REASON」を発表し、今年2月に公開された “Selfish” で注目を集めたラッパーの Ralph、グライムなどからの影響を独自に咀嚼する彼が、さらなる新曲 “Back Seat” を本日リリースしている。プロデュースは引き続き Double Clapperz が担当! 不安を煽るストリングスがラップを呼び込む冒頭からしてもう最高にクールです。同曲を収録した最新EP「BLACK BANDANA」は6月10日に発売。

[6月12日追記]
 ついにリリースされた Ralph のEP「BLACK BANDANA」より、表題曲のMVが公開されている。監督は Hideki Amemiya で、MURVSAKI プロデュースによるドリル・サウンドを引き立てるクールな映像に仕上がっている。チェック!

「JapanViral 50」に楽曲がランクインするなど、いま注目のラッパー Ralph が新作EPから先行シングル “Back Seat” をリリース。

ファーストEP「REASON」のリリースでその地位を確固たるものにし、2020年2月リリースのシングル “Selfish” は Spotify で「JapanViral 50」のプレイリストにランクインするなど、その勢いは衰えを知らない新鋭ラッパー、Ralph。本作は6月に発売が予定されている新作EP「BLACK BANDANA」からの先行シングル。

グライムやベースミュージックシーンにおいて、世界的に活躍するプロデューサー/DJユニットの Double Clapperz が手がけるタイトなビートに、Ralph の代名詞であるリアルなリリックと巧みなフローが展開されている。

6月10日にリリースが予定されているEPは “Selfish” “Back Seat” を含む5曲で構成されており、いまの Ralph を象徴する作品になること間違いない。2020年最も注目を集めている若手ラッパーの第二章が、このシングルから始まる。

リリース情報
アーティスト:Ralph
タイトル:Back Seat
リリース日:2020年5月27日

各種配信サービスにてリリース
https://linkco.re/TAauh36b

Ralph/ラッパー

2017年に SoundCloud で発表された “斜に構える” で注目を集めたことをきっかけに、アーティスト活動を開始。2018年には dBridge&Kabuki とのスプリットEP「Dark Hero」をレコード限定でリリースし、即完売。ファーストEP「REASON」のリリースでその地位を確固たるものにし、2020年2月リリースのシングル “Selfish” は Spotify で「JapanViral 50」のプレイリストにランクインするなど、その勢いは衰えを知らない。
卓越したラップスキルと自身のバックボーンから生まれるリアルなリリックが高く評価され、ヘッズの信頼も厚い Ralph。いま東京で2020年の活動が最も期待されている若手ラッパーの1人と言える。

Twitter:https://twitter.com/ralph_ganesh
Instagram:https://www.instagram.com/ralph_ganesh/

Wire - ele-king

 パンクが大衆の認識に与えた衝撃が完全に浸透するよりも前に、ワイアーはすでにパンクを弄び、嘲笑い、その限界を超越していた。新興のパンク世代が、より純粋であると思われる1950年代のロックンロールの価値観を称揚し、1970年代のプログレッシヴ・ロックの大仰さを軽蔑して根絶を望んでいたのをよそに、ワイアーは〈Harvest Records〉と契約を結んでピンク・フロイドと同じレーベルの所属となり、伝統的ロックンロールに残るブルース・ロックの影響を自分たちのサウンドから排除しようとした。パンク・ムーヴメントの中核に残された者たちは、パンクの限界をより深く突き詰めようとしたが、それがあまりにもあっさりと超えられたことに、ほとんど気づいてさえいなかった。

 それから40年以上が経ったいま、ワイアーの音楽が反ロックの衝撃をもたらすことはなくとも、その栄誉の一部はワイアー自身に与えられるべきだろう。彼らが短期間で鮮烈にロックの形態を歪め、解体したことによる影響は長くくすぶり続け、ここ数十年に渡ってロックを再構築しようとする動きに力を与えており、状況は1970年代の終わりに彼らが目指した方針に近づいている。一方でワイアーが少なくとも2008年の『Object 47』以来切り開いてきた道は、ロックとの和解を目指しているかのようであり、ロックの構造に対する遠回しでぎこちない攻撃は健在ながら、自分たちの言葉で曲作りの方法論を探求することで、以前より遙かに心地よい状態に繋がっている。

 また現在のワイアーは、過去の自分たちとの対話にますます没頭しているように見受けられる。ロックの既成概念を解剖するアイデアと、ほとばしるポップスの輝きを組み合わせるスタイルは当初から変わっておらず、バンドは過去の自分たちを折に触れて肯定することを厭わない。コリン・ニューマンが皮肉とともに“Cactused”の切迫感のあるサビに込めたメッセージは、バンドによる1979年の珠玉のポップ・ソング“Map Ref. 41 Degrees N 93 Degrees W(北緯41度西経93度)”と同じ無味乾燥なほのめかしを表している。それでもワイアーが現在のロックのあり方を受け入れるなかで辛辣さはわずかに鳴りを潜め、うまくいっているときに得られる純然たる喜びも多少は感じられるようになってきた。

 そこには以前に比べて少しだけ緩さも生じているのかもしれない。1970年代のワイアーの楽曲は槍のように脳をきつく刺激するもので、リリース時点ですでに彼らのミニマリズムは完成されており、バンドはそこにさらなる活力を与えて展開させることは望んでいないように見受けられたが、現在、その音楽のなかに新たな活気が生まれる余地が徐々に認識できるようになっており、とくに『Mind Hive』ではその狙いが見事に開花している。“Unrepentant”や最後の“Humming”のような曲では、ブライアン・イーノ風と言ってもいいほどの広大なアンビエントの流れができており、一方“Hung”は、8分近くにおよぶ曲の中で核となるグルーヴを乗りこなせるという自信に満ちている。そうしたエネルギーは、新たに加入したギタリストのマシュー・シムスが持ち込んだ幻惑的な色合いにもたしかに受け継がれており、彼の存在感はますます高まっているが、それはまたバンドが少なくとも過去12年間で辿ってきた進化の道筋に欠かせないものでもある。

 ワイアーが変わらず妥協のない挑戦的なワイアーらしさを保っていることは、歌詞に現れている。その歌詞は、現在のインディ・ロック・シーンで彼らの影響を受けているどの若手バンドと比べてもなお、鮮烈で鋭く、謎めいていると言っていいだろう。多くの楽曲では、オンライン空間のまとまりのない空虚な世界観が断片的な形で漂っており、“Humming”では謎めいたロシア人の存在に言及し、喪失感やうまくいかないものごとや頭をよぎる失われた自由について述べていて、“Hung”においては混乱のなかで制御を失われる感覚や「一瞬の疑念」から生まれた些細な混沌がひたすら描かれる。『Mind Hive』全体を貫いているのは、現在まさに動揺し崩壊しようとするこの世界に対する明白な意識だが、それぞれの歌が具体的な何かから引き出されたものだとしても、その直感の閃きを歌詞から辿ることはできない。歌詞に唯一残されているのは、断片的な糸口と脅迫めいた暗示であり、それは力強く感情を込めた、憂鬱と偏執からなる筆致で描かれている。これはおそらくロック・ミュージックに限らず、世界の全体が、ようやくワイアーに追いついたということなのかもしれない。

訳:尾形正弘(Lively Up)


Ian F. Martin

Before punk had even fully made an impact on the public imagination, Wire were already kicking it around, mocking it, transcending its limitations. As the emergent punk generation championed the supposedly purer values of 1950s rock’n’roll and sneered the pomposity of 1970s progressive rock into what they hoped was oblivion, Wire signed to Harvest Records as label mates to Pink Floyd and set about expelling the blues-rock influences of classic rock’n’roll from their sound, leaving the core of the punk movement digging deeper into its own limitations, mostly not even aware of how swiftly they’d been surpassed.
Now, more than 40 years on, Wire’s music doesn’t land the anti-rock impact, but part of the credit for that should probably go to Wire themselves. The slow-burning influence of their short, sharp distortions and deconstructions of rock forms has helped rock music over these past few decades to reassemble itself in a way that brings it closer to the path that Wire had begun charting in the late 1970s. Meanwhile, the path Wire have carved themselves, at least since 2008’s Object 47, feels like a sort of reconciliation with rock, retaining the band’s oblique and angular attacks on its structures but combining that with a greater comfort in exploring its songwriting conventions on their own terms.
The Wire of today also seem to be increasingly engaged in a dialogue with their own past selves. The combination of ideas that dissect rock conventions and bursts of glorious pop has been there since the beginning, and the band aren’t averse to the occasional nod to their past selves. Colin Newman’s irony-laced announcement of the impending chorus in Cactused directly references a similar dry aside in the band’s 1979 pop gem Map Ref. 41 Degrees N 93 Degrees W. Still, there’s a little less sarcasm in Wire’s nods to convention nowadays, a little more comfort in the simple joys of what works.
There’s perhaps a bit more looseness too. Where Wire’s songs in the 1970s were tightly-wound lances to the brain, already at such a point of minimalist completion by the time of release that the band seemed to feel no need to let them breathe and develop, there’s increasingly a sense of breathing space to their music now that is in particularly full bloom on Mind Hive. Songs like Unrepentant and the closing Humming have an expansive, almost Eno-esque ambient drift to them, while Hung has the confidence to ride its central groove for nearly eight minutes. Some of this must surely be down to the psychedelic tint brought by new guitarist Matthew Simms as he increasingly makes his mark, but it’s also part of an evolutionary course the band have been on for at least the past twelve years.
Where Wire are still uncompromisingly and defiantly Wire is in the lyrics, which are still fresher, sharper, more cryptic than nearly any of the younger bands that carry their influence in the contemporary indie scene. The disconnected, spectral presence of the online world haunts many of the songs in a fragmentary fashion; references to an ambiguous Russian presence, a sense of loss, of something gone wrong, of freedoms lost flicker through Humming; the sense of something spinning out of control, of mere chaos born out of a “moment of doubt” pounds its way through Hung. There’s a definite sense running through Mind Hive of our current shivering, crumbling world, but if the songs are drawn from anything specific, access to that spark of inspiration is closed off by lyrics that leave only fragmentary evocations and menacing hints, painted in powerfully emotional strokes of melancholic paranoia. Perhaps it’s not just rock music but the whole world that has only just caught up with Wire.

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