Home > Reviews > Album Reviews > DJ Python- Derretirse
ニューヨーク、と聞くとやはりまずハウスのことを思い浮かべてしまう方が多いと思われるが、じつは近年かの地ではテクノのシーンが盛り上がりを見せている。ブルックリンのプロデューサーでありヴィジュアル・アーティストでありプロモーターでもあるオーロラ・ハラル、彼女の運営するパーティ《Mutual Dreaming》やフェスティヴァル《Sustain-Release》の成功はそのひとつの証左だが、クイーンズのDJパイソンことブライアン・ピニェイロも、そのようなNYアンダーグラウンドの勢いを体現するプロデューサーのひとりだ。
エクアドルとアルゼンチンにルーツを持つ両親のもと、NYで生まれ育ったピニェイロは、14歳のときに兄からもらったハーバートの『Bodily Functions』とボーズ・オブ・カナダの『Music Has The Right To Children』がきっかけで、〈Warp〉や〈Rephlex〉、〈Kompakt〉といったレーベルの音楽を好むようになったという。同時にミックスマスター・モリスやクルーダー&ドルフマイスター、MLOなどのアンビエントも摂取していたようだが、高校時代にマイアミへと移り住んだ彼は、そこでレゲトンをはじめとするラテン・カルチャーの洗礼を受けることになる。その後NYへと舞い戻った彼は自分でも音楽をつくりはじめ、友人だったフエアコ・Sを介してアンソニー・ネイプルズと出会う。
ディープ・ハウスとレゲトンとの融合を思いついたピニェイロは、2016年にネイプルズの〈Proibito〉から12インチ「¡Estéreo Bomba! Vol. 1」を送り出し、翌年おなじくネイプルズの〈Incienso〉からファースト・アルバム『Dulce Compañia』をリリース、「ディープ・レゲトン」なるスタイルを確立し、一気に高い評価を得ることとなる(その間、ディージェイ・ザナックスやDJウェイ、ルイスといった名義でこつこつとジャングルやハウスにも挑戦)。そんな彼が今年、アムスの〈Dekmantel〉から放ったEPがこの「Derretirse」だ。
先行する「¡Estéreo Bomba! Vol. 1」や『Dulce Compañia』では軸足がハウスに置かれていたが、本作でレゲトンと融合させられているのはいわゆるIDMで、たとえばアンビエント・タッチのシンセで幕を開ける“Lampara”は、キックの外し方もおもしろいんだけど、全体のムードや細やかなノイズの散らせ方はボーズ・オブ・カナダを想起させる。あるいは“Cuando”の上モノは初期のエイフェックスを彷彿させるし、“Espero”や“Pq Cq”には初期のオウテカがこだましている。ようするに「Artificial Intelligence」シリーズである。
そのような「部屋で聴くテクノ」がきれいにレゲトンのリズムと共存しているところこそ最大のミソで、その相互作用の結果だろう、EP全体は催眠的であると同時に妙な肉感も伴っていて、なんとも不思議な空気に覆われている。レゲトンの機能性がもっとも発揮されているのは“Tímbrame”だが、“Be Si To”にはたしかにハーバートっぽさもあるので、このEPはきっと、彼がマイアミで発見したラテンという、みずからのルーツの掘り下げであるとともに、初めて夢中になった電子音楽の回想でもあるのだろう。グローバル・ビーツの観点からもIDMの観点からも(そしてノスタルジーの観点からも)捉えられる、じつに興味深い作品である。
小林拓音