ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Memotone - How Was Your Life? | メモトーン、ウィル・イエイツ (review)
  2. interview with Squid 期待が高まるなか、ついにリリースされるセカンド・アルバムを語る | スクイッド、インタヴュー (interviews)
  3. Kelela - Raven | ケレラ (review)
  4. Jam City - Jam City Presents EFM (review)
  5. Boris ──02年作『Heavy Rocks』がジャック・ホワイトのレーベルから再発、メルヴィンズとの合同USツアーも | ボリス (news)
  6. 韓国からポン復興の使者、イオゴンが日本上陸 (news)
  7. interview with Kassa Overall ジャズ×ラップの万華鏡 | カッサ・オーヴァーオール、インタヴュー (interviews)
  8. B. Cool-Aid - Leather BLVD | ピンク・シーフ (review)
  9. 250 ──韓国からポンチャックの救世主、イオゴン待望のアルバムが発売開始 (news)
  10. Kelela ──話題の新作を送り出したオルタナティヴR&Bシンガー、ケレラの来日公演が決定 (news)
  11. Columns グレッグ・テイト『フライボーイ2』日本版に寄せて、それからグレッグを師とした、東京在住のKinnara : Desi Laとの対話へ (columns)
  12. Columns そもそも私たちに「音楽」だけを純粋に聴くことはできない ──ダニエル・クオン、概評 | Daniel Kwon (columns)
  13. Columns 追悼ジョン・ハッセル ──その軌跡を振り返る (columns)
  14. Ben Vida, Yarn/Wire & Nina Dante - The Beat My Head Hit (review)
  15. Cornelius ──2023年、私たちはあらためてコーネリアスと出会い直す。6年ぶりのニュー・アルバムとともに (news)
  16. aus - Everis | アウス、ヤスヒコ・フクゾノ (review)
  17. Jean Grae - (Church of the Infinite You's Minister Jean Grae Presents) You F**king Got This Sh!t: Affirmations For The Modern Persons | ジーン・グレイ (review)
  18. Lucy Railton & YPY - @表参道 WALL&WALL (review)
  19. interview with Alfa Mist UKジャズの折衷主義者がたどり着いた新境地 | アルファ・ミスト、インタヴュー (interviews)
  20. JPEGMAFIA x Danny Brown - SCARING THE HOES | Jペグマフィアとダニー・ブラウン (review)

Home >  Reviews >  Album Reviews > DJ Python- Mas Amable

DJ Python

Deep ReggaetonIDM

DJ Python

Mas Amable

Incienso

Bandcamp

小林拓音   Jun 12,2020 UP

 適切な社会的距離の目安が2メートルだとすると、適切な政治経済的距離の目安は2イデオロギーくらいだろうか、であるならたとえばネオリベやリベラルとのあいだには2枚くらいクッションを挟んでおかないと感染してしまう恐れがある……なんてくだらないことを非常事態宣言下では考えていたのだけれど、そんな妄想のお供としてよく聴いていたのがリスボンのDJリコックスのEP「Kizas do Ly」だった。高音と低音の距離感がとにかく絶妙で、落ち着いているのにどこか情熱的な曲調も相まって「離れてても愛してる」的なロマンをビシバシ感じてしまったのである。七夕にはまだ早いというのに。

 きわめて深刻な状況へと追い込まれたニューヨーク、近年かの地のクラブ・シーンを代表する存在にまで成長を遂げたDJパイソンによる、コロナ禍ドンピシャでリリースされたセカンド・アルバムも、リズム・パートと上モノとの距離感に特異性を見出すことのできる作品だ。前作『Dulce Compañia』で確立された「ディープ・レゲトン」なるスタイルと、昨年のEP「Derretirse」で大々的に開帳された「アーティフィシャル・インテリジェンス」への憧憬、その双方をさらに推し進めた内容になっており、引き続き催眠的なムードに覆われている。
 あっと驚く大きな変化があるわけではないのだけれど、ビートを非在化するというか、幽霊化するような音の設計には舌を巻かざるをえない。明確にレゲトンのビートが鳴り響いているにもかかわらず、そしてそれが徐々に細やかな変化を遂げていくにもかかわらず、騙し絵の聴覚版とでも喩えれば伝わりやすいだろうか、むしろそこからは意識を遠ざけるように、全8曲がシームレスに進行していく。「無視できるビート」というのはアンビエント的にもおもしろい着想だが、この距離感にはパイソンの考えるラテン・カルチャーとIDMの関係性が落とし込まれているにちがいないと、そう深読みすることも可能だろう。
 高音部もいろいろと音響的な趣向が凝らされている。印象深いのはやはり冒頭の “Te Conocí” で、本作中唯一ビートを持たないこの曲は、まるでプラスティックの板を優しくつっついているかのごとき柔らかな雨音を堪能させてくれる(じっさいはたぶん窓ガラス)。アルバム中盤の “Alejandro” から “Descanse” までを特徴づけるギロや、“ADMSDP” から最終曲までを際立たせているインダストリアル風のパーカッションも聴きどころだ。
 がらりと流れを変える “ADMSDP” は、本作中唯一ことばを持つ曲でもある。LAウォーマンなる人物によって気怠げに囁かれる「人生に意味などなく/意味はなくとも苦しみはあり」「希望なんかないって感じるのもオーケイ、だって世界に希望はないんだから/死ぬことを考えたってオーケイ」といったフレーズは、このパンデミック下において(そしてジョージ・フロイド事件以降の世界において)なんとも強烈な意味を伴って迫ってくる(制作自体はもっと前のはずだから、けっして意図されたものではないんだろうけど)。

 どこまでも夢見心地な全体と、その夢を食い破るように仕込まれたかすかな毒──その構図自体がどこか、パンデミック下における(最前線で直接的な生命の危機にさらされている医療従事者たちを除いた、大多数の人びとにとっての)「非日常的日常」を想起させる。ここ日本では非常事態宣言もとうに解除され、都の休業要請もまもなく全面解除される見込みであり、多くの問題を残したままむりやり「日常的日常」への回帰が推し進められているわけだが、であるからこそ、早くクラブで彼のプレイに浸りたいと熱望する一方で、数ヶ月前に生起し現在は消失しつつあるこのアンビヴァレントな空間と時間の意味について、これからより思索を深めていかねばならんのではないかと、このアルバムを聴くたびに考え込んでしまうのであった。

小林拓音