ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  2. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  3. 5lack - 情  | SLACK
  4. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  5. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  6. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  9. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  10. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  11. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  12. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  13. 『成功したオタク』 -
  14. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  15. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  16. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  17. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  18. ソルトバーン -
  19. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  20. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー

Home >  Reviews >  Album Reviews > DJ Python- Derretirse

DJ Python

Artificial IntelligenceDeep ReggaetonIDM

DJ Python

Derretirse

Dekmantel

Bandcamp HMV Amazon iTunes

小林拓音   Oct 17,2019 UP

 ニューヨーク、と聞くとやはりまずハウスのことを思い浮かべてしまう方が多いと思われるが、じつは近年かの地ではテクノのシーンが盛り上がりを見せている。ブルックリンのプロデューサーでありヴィジュアル・アーティストでありプロモーターでもあるオーロラ・ハラル、彼女の運営するパーティ《Mutual Dreaming》やフェスティヴァル《Sustain-Release》の成功はそのひとつの証左だが、クイーンズのDJパイソンことブライアン・ピニェイロも、そのようなNYアンダーグラウンドの勢いを体現するプロデューサーのひとりだ。

 エクアドルとアルゼンチンにルーツを持つ両親のもと、NYで生まれ育ったピニェイロは、14歳のときに兄からもらったハーバートの『Bodily Functions』とボーズ・オブ・カナダの『Music Has The Right To Children』がきっかけで、〈Warp〉や〈Rephlex〉、〈Kompakt〉といったレーベルの音楽を好むようになったという。同時にミックスマスター・モリスやクルーダー&ドルフマイスター、MLOなどのアンビエントも摂取していたようだが、高校時代にマイアミへと移り住んだ彼は、そこでレゲトンをはじめとするラテン・カルチャーの洗礼を受けることになる。その後NYへと舞い戻った彼は自分でも音楽をつくりはじめ、友人だったフエアコ・Sを介してアンソニー・ネイプルズと出会う。
 ディープ・ハウスとレゲトンとの融合を思いついたピニェイロは、2016年にネイプルズの〈Proibito〉から12インチ「¡Estéreo Bomba! Vol. 1」を送り出し、翌年おなじくネイプルズの〈Incienso〉からファースト・アルバム『Dulce Compañia』をリリース、「ディープ・レゲトン」なるスタイルを確立し、一気に高い評価を得ることとなる(その間、ディージェイ・ザナックスやDJウェイ、ルイスといった名義でこつこつとジャングルやハウスにも挑戦)。そんな彼が今年、アムスの〈Dekmantel〉から放ったEPがこの「Derretirse」だ。

 先行する「¡Estéreo Bomba! Vol. 1」や『Dulce Compañia』では軸足がハウスに置かれていたが、本作でレゲトンと融合させられているのはいわゆるIDMで、たとえばアンビエント・タッチのシンセで幕を開ける“Lampara”は、キックの外し方もおもしろいんだけど、全体のムードや細やかなノイズの散らせ方はボーズ・オブ・カナダを想起させる。あるいは“Cuando”の上モノは初期のエイフェックスを彷彿させるし、“Espero”や“Pq Cq”には初期のオウテカがこだましている。ようするに「Artificial Intelligence」シリーズである。
 そのような「部屋で聴くテクノ」がきれいにレゲトンのリズムと共存しているところこそ最大のミソで、その相互作用の結果だろう、EP全体は催眠的であると同時に妙な肉感も伴っていて、なんとも不思議な空気に覆われている。レゲトンの機能性がもっとも発揮されているのは“Tímbrame”だが、“Be Si To”にはたしかにハーバートっぽさもあるので、このEPはきっと、彼がマイアミで発見したラテンという、みずからのルーツの掘り下げであるとともに、初めて夢中になった電子音楽の回想でもあるのだろう。グローバル・ビーツの観点からもIDMの観点からも(そしてノスタルジーの観点からも)捉えられる、じつに興味深い作品である。

小林拓音

RELATED