「S」と一致するもの

カセット・ストア・デイ - ele-king

 よう、ニュース太郎だ。何かニュースはないのかな......っと、そうだ、「カセット・ストア・デイ」ってどう思う? 

https://cassettestoreday.com/

レコード・ストア・デイ」はぼちぼち定着してきたよな。今年はあれのカセット版がはじまるらしいんだよねー。来月あたまの9月7日。目前だ。運営は同じじゃないように見えるけど、実際そのへんはどうなのかな? レコード・ストア・デイは、中小レコード屋にみんなが足を運ぶようにって狙いもあったわけで、そもそもはアーティストが大手チェーンやネットでは買えないエクスクルーシヴな音源(レコード)を作って、該当規模の店だけに販売を許可、「それ売ってちょっとだけでも潤ってくれよな!」っていう、まあ平たく言えばアナログ盤文化活性化&レコ屋救済イヴェントだった。もちろん、アナログのおもしろさを改めて楽しんだり、「レコ屋」って場所で生まれるコミュニケーションを途絶えさせたくないっていう意図が中心にあるわけで、年々その規模を拡大しているところはリスペクトに値するよな。

 付帯するイヴェントも海外ではたくさん企画されているし、何より、誰でも勝手に「レコード・ストア・デイ限定」って銘打って作品のリリースができるところがいい。みんな、どうせCD-Rでデモとか自主盤とか出すんだったら、どんどん「ストア・デイ限定」を売り文句にしたり、それ用にシングルを作ったりすればいいんじゃないかなあ。その許可は誰に取る必要もないもんね? 利用しない手も楽しまない手もないんだよ。

 年々少しずつ規模を大きくして、いまではビートルズのニュー・リミックス音源とか、企画仕様盤の類は常連、ニール・ヤングやジョーン・バエズからブルース・スプリングスティーン、デヴィッド・ボウイ、T・レックス、ザ・クラッシュ、ポール・ウェラーからトロ・イ・モワやセント・ヴィンセント、ウィルコまで何でもある。「ストア・デイものに今年は何が出る?」ということ自体が楽しい話題を提供していて(一部の人間は血眼になって予約を入れまくる......)、春と秋の風物詩のように感じている人もいるんじゃないかな。

 カセット・ストア・デイの方はどうなるのか。公式に「詳細教えてよ」ってメールしたんだけどナシのつぶてでさ。サイトには趣旨や理念についての説明がほとんどないんだけど、参加店舗名や参加アーティスト名がズラッと並んで、イヴェント情報も載っているから、レコード・ストア・デイの目指すところと大体同じなんだろうと思う。カセット自体のおもしろさの伝道、というだけではなくて、それを売る「場所」とカルチャーを盛り上げていこう、っていうね。でも、すごいよね、そうそうたるレーベルがすでに名前を連ねている。〈4AD〉〈ドミノ〉〈ウィチタ〉〈トランスグレッシヴ〉〈ファット・キャット〉〈ジャグ・ジャグ・ウォー〉等々......あれ? カセット出してたっけ? みたいなレーベルのアーティストがどんどん参加してるんだよ。それに、アット・ザ・ドライヴ・インとかフレーミング・リップスとかカセットあったら普通にアガるよな! グッズ感覚でさ。

 まあ、ニュース太郎はそんな感じで素朴かつカジュアルにこの祭を楽しむけどさ、〈ナイト・ピープル〉とかガチのテープ・レーベルの参加がいまひとつ薄いところは気になるよね。実質的にシーンを築いてきた人たちはどう思っているんだろうか。メジャーなプレイヤーたちが宣伝塔になるのはいいことだとして、祭が祭で終わっちゃって、あとに何も残らなかったりするとさびしい。とくに、クルマのオーディオ環境がいまだカセット・デッキ主流だっていうUSと、カセットの生産自体が終わりつつある日本との間には差が大きいよね。カセットがより「トクベツなモノ」に感じられる日本では、それこそいっとき珍しがられて終わってしまうことだって考えられる。カセット文化を定着させる必要なんて、べつにないといえばないんだけど。

 あと、公式ホームページのライヴ・スケジュールの「東京」の欄がずっと未定なまま最近消えてたことも気になる。東京でも何かやりたかったんだね......。誰か、何か知ってたらele-king info宛に教えてくれよな! いや、教えてくださいませ。ツイッターでもいいぜ。あと、どう思うかっていうオピニオンでもかまわねえ。テープの時代なんてほんとにくるんですかい!?

interview with Clark - ele-king


Clark
Feast / Beast

Warp/ビート

Amazon iTunes

 まず、アートワークが秀逸だ。シュールなユーモア、そこはかとない猟奇性、しかしどこか飄々とした表情......そして何より、彼の「手」は分裂して、増殖している。来る日も来る日も休まずに、カッ飛んだトラックを作りまくっているクラークの作品にぴったりである。

 いままで出ていなかったのが不思議なぐらいだが、多作な彼による数多くのリミックスのなかから厳選した初のリミックス集である(それでも2枚組30曲の大ヴォリュームだが)。初期の繊細なエレクトロニカ/IDMから、ボディ・ミュージックやエレクトロを飲み込んでエクストリームな方向に振り切った中期、そして最近作『イラデルフィック』でアコースティックな要素を大きく取り込みまた新たな方向に進もうとしているクラークだが、本作はそんな彼の多面性がよく伝わる内容になっている。しかしまた、たんにリミックスのコレクションではなくひとつの流れがある「作品」にしたかったと以下のインタヴューで本人が何度も強調しているが、そうして聴くと不思議と一貫性も見出せる。『フィースト』は電子音が美しいメロディを奏でるテクノやエレクトロニカ、アンビエントが中心を占め、『ビースト』はマッシヴなビートが暴れるクラブ・トラックが並んでいるが、そのどちらも制御装置が故障しているような、明るい壊れ方をしている。マッシヴ・アタックからDMスティス、マキシモ・パークからバトルスにヘルスまで......みんなブッ飛んでいる。そういう意味では、リミックス集とはいえ、自身の土俵で堂々と取り組んだ、立派なクラークの作品である。

 おそらく、本作を契機に音としてはまた違うステージに進もうとしているのだろう。エイフェックス・ツインの長い不在の間、彼と比べられ続けたクラークはしかし、「手」を止めなかった。休まずに素早く動かした......と言うよりは、増殖しているようにしか思えないのだ、やっぱり。

「Feast」は散歩しながら聴いたり、座っているときに聴く音楽。だから「Feast(=ごちそう)」と名づけた。座って、比較的、落ち着いて楽しめるもの。それに比べ「Beast(=野獣)」はより攻撃的なクラブ・ミュージックだ。

ここのところハイ・ペースなリリースが続いていますが、なぜこのタイミングでリミックス盤を出そうと思ったのですか?

クラーク:今年はリミックスのオファーがたくさん来て、そのうちの多くが実現した。2枚組のアルバムをリリースするにしてもこれ以上曲を収録できないから、このリミックス集をまとめたんだ。今後はもうリミックスはやらないと思う。僕のキャリアにおいてリミックスをする時期は終わりを迎えた気がする。

今年中に作ったものでないのもありますよね?

クラーク:うん、なかには10年以上前のものもあるよ。

『フィースト/ビースト』というタイトルの由来と、「Feast」と「Beast」に分けた基準を教えてください。

クラーク:「Feast」は散歩しながら聴いたり、座っているときに聴く音楽。だから「Feast(=ごちそう)」と名づけた。座って、比較的、落ち着いて楽しめるもの。それに比べ「Beast(=野獣)」はより攻撃的なクラブ・ミュージックだ。ふたつの言葉は韻を踏んでいて、互いによく合う言葉だと思う。「Beast」はよりクラブ向けの音楽で、もうひとつの方はアコースティックギターが入っていたりして、よりソフトな感じの音楽だ。

かなりの曲数ではありますが、それでもここに収録された以外にもあなたには膨大なリミックス・ワークがありますよね。権利の関係で収録できなかったものもあるとは思うのですけれども、それ以外に、このリミックス集の収録の基準としたところはありましたか?

クラーク:このコンピレーションに合わないと感じた曲もあり、それらは収録しなかった。このアルバムに入れるにはしっくりこないと感じたから入れなかった。とにかくリミックスならなんでも入れてしまおう、とは考えなかった。このアルバムに入っているのは、数多くのリミックスのなかから選んだ優れたリミックスだ。

ということは、このアルバムに合うかどうかという基準で選んだということでしょうか?

クラーク:そのとおり。作品をアルバムのように仕上げたかった。単なるコンピレーションではなく、一連のプレイリストとして良いものであるような作品を作りたかった。

あなたのリミックスだけでなく、あなたの曲をほかのアーティストがリミックスしたトラックも挟まっていますよね。アルバムの流れで聴くといいアクセントになっているんですけど、どうして自分のリミックスだけにせず、収録しようと思ったのですか?

クラーク:じつはビビオからあの曲のリミックスを出せって、長い間せがまれていたんだ。ネイサン(・フェイク)からもしつこく言われていた。だからようやくリリースできたというところだ。ネイサンのリミックスは、以前12インチでリリースを試みたんだけど実現しなかった。"グロウルス・ガーデン"、あの曲はとても気に入っている。嵐のようなクラブ・トラックだ。
 でもほかにもアルバムには、友人のバンドのベージュ・レザースのような、まだレーベル未契約のアーティストなども収録してある。彼らのアンビエント・トラックをリミックスした。アルバムの最初のトラックだよ。だからこのアルバムには、まだリスナーが聴いたことのない音楽もけっこう入っているんだ。

そもそも、リミックスは依頼があればけっこうすんなり引き受けている感じですか? それとも、けっこう慎重に選ぶほうですか?

クラーク:けっこう慎重なほうだよ。その決断が難しいときもある。時間がないときは、とにかくできない。だから忙しいときは断ってしまうね。リミックスにおいては大体の場合、友人の曲をリミックスするのは楽しい。ある意味、ビッグなバンドの曲をリミックスするよりも楽しい。だから友人の曲をリミックスするほうが断然好きだね。

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属しているという意識はあまりない。このアルバムにはアコースティックな要素も結構入っているから、アルバムを通してさまざまなスタイルが聞こえてくると思う。だからどこかに属しているという感じはとくにないね。


Clark
Feast / Beast

Warp/ビート

Amazon iTunes

アルバムとして通して聴くと非常にあなたの色が強く、率直に言ってクラークのオリジナル・アルバムと言われれば信じてしまいそうです。かなり自由に原曲を触っているように思うんですけれども、どうでしょう? そうではなくて、逆に、ひとのトラックであることで制約を設けることはありますか?

クラーク:自由はある。原曲の要素を全く入れずにリミックスと称している作品は好きじゃないけれど、僕がよくやるのは、曲のヴォーカル・ラインだけを取り、曲を変形させてしまう方法だ。だから僕にとっては、ヴォーカルを扱うことがリミックスの一番良い点だと考えているんだ。ヘルスの曲はヴォーカルしか使ってないし、DMスティスの曲もそう。僕がリミックスをやる上で一番好きなことはそれなんだ。ヴォーカル・ラインを取って、それを違ったテクスチャーやメロディに載せてみる。

では、逆に制約を設けることはありますか?

クラーク:いやあまりない。それはしないようにしている。

オリジナルのトラックを作るときと、リミックス・ワークの最大の違いはどこにありますか? さきほどの質問とは逆に、リミックスだからできることってありますか?

クラーク:リミックスの方がずっと解放的になれる。アルバムに取り組むほど真剣に取り組まなくていいからね。普段だったら探求しようとしないようなアイディアを、リミックスで探求することができる。だけど、リミックスは大抵1週間くらいの締め切りがあるから、早く仕上げなければいけないというプレッシャーもある。

そんなに早いんですか。

クラーク:そう。だから自分の腕を試す良い試験のようなものだよ。アルバムの音楽を作っているときは、その制作活動を続けていればいい。それがどれだけかかってもいい......何年かかってもいいんだ。だからタイトな締め切りがあるのも良いことだと思う。だけど、マッシヴ・アタックのリミックスにはとても時間がかかって結局仕上げるまで3カ月かかった。とにかく時間がかかったんだ。なぜかはわからないけど。トラックはシンプルなんだけど、バージョンが5つくらいできてしまって、そこからが大変だった。

さきほどの質問とは逆に、リミックスだからできることってありますか?

クラーク:あるよ。リミックスする曲には他のアーティストの声が入っている。それを扱うことができるんだ。あと、原曲をどのようにして自分のサウンドにしていくか。どのように自分の音の特徴を加えるか、という醍醐味がある。ここに収録されているリミックス曲からも僕のスタイルを聴き取ることができると思う。

とくに印象に残っているトラックがあれば教えてください。

クラーク:1枚目に入っているDMスティスの曲はとても気に入っている。彼は素晴らしい声の持ち主だと思う。僕は彼のヴォーカルをいじったり、いろいろ操作するのに何時間も費やしたよ。彼とはリミックスについていい話もできたし、彼もこのアイディアに賛成してくれた。よい経験だったよ。とても楽しくリミックスができた。

リミックスをやってみたいアーティストはいますか?

クラーク:いつかビビオのリミックスをやってみたいね。彼には借りがある気がするしね。ネイサンも同様。あ、でもネイサンのリミックスはアルバムに入ってるね。あれは結構前にリミックスしたものだ。ほかにはレディオヘッド、モグワイなどやったら面白いと思う。

じつにさまざまなジャンルの、ヴァラエティ豊かなラインアップになっていることで、あなたの自由な立ち位置が表れていると思うのですが、あなた自身はどこかに属しているという意識はありますか?

クラーク:属しているという意識はあまりない。このアルバムにはアコースティックな要素も結構入っているから、アルバムを通してさまざまなスタイルが聞こえてくると思う。だからどこかに属しているという感じはとくにないね。

では、共感できるアーティストはいますか?

クラーク:もちろん。オープンな考え方で音楽に取り組めるひと。そういうひとだったら誰でも共感できる。特定のことを求めるのではなく、オープンな考えを持って音楽に取り組んでいるひと。

アートワークが面白いですけど、あれはどういったところから出てきたアイディアなのでしょう?

クラーク:僕がガールフレンドとオーストラリアから帰る途中に、彼女が雑誌を買ったんだ。その雑誌にアルマ・ヘイサという写真家の作品が載っていた。でも、フランクフルトから電車で帰るという経路をもう少しで選ばないところだったんだ。別のフライトで帰ろうと思っていた。だから、駅であの雑誌を買っていなければ、このアートワークは実現していなかっただろうね。だから偶然だった。そして、マネージャーに彼女に連絡を取ってもらった。
 彼女の作品は本当に素晴らしいと思う。画質がブリーチされたというかフラットな感じがする。とても好きだ。それから折り紙のようなイメージ。僕の音楽に対するアプローチにとても合っている気がする。複雑で何重もの層になっているところなんかがね。アルマはドイツ人の写真家だ。いま、住んでいるのはロンドンかな。

ここ数年では、やはり『イラデルフィック』が大きな分岐点であったと思うのですが、このリミックス集を出したことが、今後のあなたのキャリアや作品に影響することはありそうですか?

クラーク:これからはバンドとのコラボレーションをたくさんやっていきたいと思っている。リミックスは、ある意味、コラボレーションの機会を増やすための扉を開けてくれるようなものだと思っている。リミックスができるということは、ほかのひととも仕事ができるという意味だから。今後はバンドとたくさん仕事をしていきたい。だからこのリリースは、その方向に向けての第一歩と言えるかもしれない。

もっとアコースティックというか生演奏の音楽と関わっていきたいということでしょうか?

クラーク:そのとおり。リミックスをするのは、それに向けての第一歩のようなものだ。

恐らくここに収められたリミックス・トラックも例に漏れず、あなたはとにかく作曲をし続けていることで知られていますが、その原動力はいったいどこからやって来るのでしょうか?

クラーク:何かを作っていないと落ち着かない、ソワソワした感じと、自分を前へ進めて制作するという気持ちがつねにあるんだ。はっきりとはよく分からない。でも僕にとって創作活動とは自然にそういう風になっている。

では、つねにアイディアで溢れているという感じですか?

クラーク:まあ、そうだね。だけどそのアイディアは常により良いものへと進化させていかなければならない。だから同時にたくさんのアイディアを捨てるということもしている。すべてが良いものとは限らないから。アイディアはつねに更新され発展され続けなければいけない。だから修正作業がたくさんある。修正の繰り返しだよ。

Iron & Wine - ele-king

 今年の爆音映画祭はメインがマイケル・チミノ特集であったから、中学生のときの僕のヒーローだったロバート・デ・ニーロが若々しい『ディア・ハンター』をはじめて映画館で観ることができた。むろん映画は素晴らしかった、が、それとは別のところで妙に感慨深かったのは、そこで描かれているような鹿狩りをする男たちがいまだにアメリカの田舎にはたくさん......とまではいかなくても、一定数いることに気づかされたことだった。そう言えばボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンはコネティカット州での銃乱射事件のあと、遺憾の意を示しながらも、自分は自分が属する狩猟文化を、そのコミュニティを捨てられないともこぼしていた。『ディア・ハンター』はヴェトナム戦争によって瓦解する男たちの絆とそのコミュニティを描いていたが、しかしそこで描かれていたような70年代やそれ以前の続きをいまも生きている人びともたしかにいるのだ。
 アイアン&ワインもまた音楽的な意味において、あるいは表現する風景においても、70年代の続きのアメリカを生きているようだ。彼、サム・ビームの歌う歌には生きた動物が登場し、月と星が空にかかり、草が生い茂り風がそよいでいる。古きよき、と言うよりは時代の変化すら飲み込んでそこに厳然と残り続ける自然と、それを前にした叙情を見つめ続けている。

 サム・ビームのように生きられたら......『ele-king vol.10』の部屋聴きチルアウトのディスクを選びながら、僕はぼんやりと考えていた。チルアウトのためにフォーク・アルバムを探していたのは、せわしい毎日を忘れさせるような行ったことのない雄大な風景を幻視したいからだ。考えてみてほしい......あごヒゲをあんなにも生やしたビジネスマンがどこにいるだろう。そう、彼はボヘミアンだ。妻と5人の娘に囲まれながら、ギターを弾き、絵を描き、詩を書いて、優しく歌っている。あんな風に生きられたら、と思うのはもちろん前提としてそれができない現実の日々が目の前にあるからだが、だけど、それが絶対に不可能だなんてどうして言い切れるのだろう。アイアン&ワインの音楽のどこかあっけらかんとした「漂泊感」は、いつだってそこに行けるのではないかと思わせるような風通しの良さがある。

 5作目となる『ゴースト・オン・ゴースト』はアコースティック・ギターによるフォーク・ミュージックと言うよりは、もはやジャズ・アルバムであり、前作の方向性を推し進めた極めてアダルトな内容となっている。上品にエッセンスになるAORや70sソウル。"ザ・デザート・バブラー"や"ニュー・メキシコズ・ノー・ブリーズ"の涼風のようなコーラスとストリング・アレンジの洗練はどうだろう。もしくは、"ラヴァーズ・レヴォリューション"のアーバンなジャズ・インプロヴィゼーション。たしかに出世作『アワ・エンドレスナンバード・デイズ』のようにそこはかとなく漂う危うさはもうないし、すっかり落ち着いてしまったと感じるファンもいるにはいるだろう。

 けれども、根本的なところで彼は何も変わっていないのではないか、とも思う。いや、たしかにモチーフとして年を重ねていくことの責任がより目立つようになっていて、それが音の変化に表れたとも読み取れるかもしれない。ラスト・トラックの得意のスウィートなバラード"ベイビー・センター・ステージ"は明らかに、子どもたちやを家族を守りながら生きていく決意についての歌だ。だが、その相手は社会システムでも時代でもなく、ハリケーンなのだ。この自然のなかで生きていくこと。物悲しいメロディを持ち、「12月の雪のミルウォーキー」を歌う"ウィンターズ・プレイヤーズ"も出色だが、ベストは甘く切ないコーラスが空間を満たすジャジー・ソウル"グラス・ウィドウズ"だろうか。「僕らは木々の間で風に吹かれてお互いを見つけたんだ/欠けてゆく月は海に飲み込まれたがっていたよね/まるでようやくこの世界の色を目にしたように」......。

 アイアン&ワインの歌にはスマートフォンの小さい画面もなく、インターネットもSNSもない。その時代錯誤感が、いいことなのか悪いことなのかは僕にはわからない。けっして「現代的」ではないだろう、が、この歌は遠い場所の美しい風景を目の前に出現させる。それはひょっとしたら、この窮屈な毎日からふっと抜け出すヒントになるのかもしれない。
 春に出たアルバムだが、この夏の終わりにこそ情感豊かに染み入ってくる。

interview with Franz Ferdinand - ele-king


Franz Ferdinand
Right Thoughts, Right Words, Right Action

Domino / ホステス

Amazon iTunes

 2004年、ひと昔。フランツ・フェルディナンドのファースト・アルバムを手にしたのが、つい3年ほど前のように感じられる人もいるかもしれない。10年も経っていることに驚くのは、単純に「光陰矢の如し」的な感慨なのか、彼らがほとんど古びていないということなのか、それともUKロックに目立った更新がなかったということなのか。久々のフル・アルバムとなる『ライト・ソーツ、ライト・ワーズ、ライト・アクション』を聴いていると、そのどれでもあるように感じられる。

 今作にシンセ・ポップ寄りの嗜好が見られるように、彼らの音楽にはそのときどきのモードを反映したマイナー・チェンジはあるものの、4枚のアルバムを通して大きな方向転換はなかった。大ヒットした"ユー・クッド・ハヴ・イット・ソー・マッチ・ベター"は、ほぼ真っ直ぐに2009年の"ユリシーズ"へと連続している。バンド自体のストーリーとしても、とくにドラマチックな事件や変化を迎えたりはしていない。それで10年も現役としてメジャーな存在感を保っていられるというのが彼らのスペシャルなところだ。
 フランツ・フェルディナンドには何があるのか。
 今回はバンドの支柱とも呼べるベーシスト、ボブ・ハーディに話をきいた。彼らはけっして若さのために輝き、脚光を浴びたのではない。下積みが長いことがよく知られているが、彼らにあったのはずば抜けてクレバーなポップ・バンドとしてのアイロニーや批評性である。「信じるべきものなど何もないと僕は信じてる」("フレッシュ・ストロベリーズ")という一行(しかもカラっとした皮肉をこめて、のびやかに歌われる)は、その意味で彼らの来し方と行く末を照らすものかもしれない。若さやデビューの勢いが減退したからといって、まったく影響を受けない魅力やスタイルを、彼らは当初から備えている。

 何度めかの「ロックンロール・リヴァイヴァル」が終わりかけていた頃、それと入れ替わるようにフランツ・フェルディナンドはロック・アンサンブルをダンス・フロアへと持ち出し、シーンをまるごと踊らせた。そしてその後につづく大きな潮流――空虚さを祭に転換するようなポストパンク・リヴァイヴァル――をある一側面において象徴することにもなった。「信じるべきものなど何もないと僕は信じてる」というのは、思えば一貫したスタイルである。
 しかし、年を重ねること見えてくるものもあるはずだ。彼らにとっていまはどういう時期なのか、これからどんなふうに年をとっていこうと思っているのか。質問に対して、ボブ・ハーディは落ち着いた声と態度で語ってくれた。

「正しい考え、正しい言葉、正しい行動」、この3つの要素を適用すれば、人生のなかの大体のことは成功するんじゃないかな。

今作のタイトルは『ライト・ソーツ、ライト・ワーズ、ライト・アクション』ですが、私ははじめ「ライト」って「light(軽い)」の方かと思ってたんです。その方がいい意味で音楽性にも合っているというか、あなた方が標榜する無神論的な態度やプレイスタイルをよく表しているような気がしたんですね。ですが実際は「right(正しい)」の意味で、どうやら仏教に由来するタイトルであると。
 この「right」には、「ブリティッシュ・ポップ界きってのアホ野郎」とも自称されていたあなたたちの、わりとマジな理念や思考が反映されていると考えていいのでしょうか?

ハーディ:ははは、なるほどね。今回のタイトルに関してはどんなふうにでも意味をとってもらえるような余白があって、けっこういいんじゃないかって思ってるよ。僕らの込めた意味合いとしては、とても前向きなものがあるんだけどね。人生についてポジティヴな思いもあるし、バンド自体にもいまとてもいいエネルギーがあるんだ。「正しい考え、正しい言葉、正しい行動」、この3つの要素を適用すれば、人生のなかの大体のことは成功するんじゃないかな。僕らなりにはそう考えてつけたタイトルなんだ。だけど、全然、どうとってもらってもかまわないよ。

今作はプロデューサー/ミキサーとしてトッド・テリエも参加していますが、あなたがたは一貫して人々を踊らせるというコンセプトを大事にされていますね。デビューから10年、ダンス・ミュージックもさまざまに変化してきたわけですが、エレクトロニックな表現に距離を置いて、あくまでバンドによるセッションのスタイルを大事にされるのはなぜでしょう?

ハーディ:たしかに僕らは「踊れる」とか「クラブ向き」っていうふうに言われてきたけど、そもそもそれを目指していたバンドではないからね。ライヴをやって、ギターがその中心にいて......というバンドのスタイルは最初から持っていたつもりでね。今回のアルバムはとくにその感じが全面に出ているかもしれない。レコーディングの過程を通じて4人がいっしょにプレイするということを貫いているからね。
 トッドに入ってもらったのは、僕らが彼のファンだからだよ。こっちから声をかけたんだ。僕らがやった音の上に何か足せるものがあるかなってふうに呼びかけて、ロンドンのスタジオに来てもらった。音を聴いてもらって、その上でトッドなりに思うところがあれば......っていう感じでね。ベーシックなトラックは作ってあったから、その上にトッドらしい、ダンシーなフレイヴァーを加えてもらったんだ。最終的には彼はそれをオスロに持ち帰って、向こうで仕上げてくれたよ。彼がやってくれた2曲はその後、「エクステンデッド・ミックス」というかたちで8分くらいの尺に延ばしたものになったんだけど、それがすっごくいいんだ。僕らの演奏は生きてるんだけど、それをとてもいいかたちにミックスしたダンス・チューンになったるよ。いずれ2曲を両面に入れたシングルを出すつもり。というか、すぐ出るはずだね!

他に参加しているアーティストにはメロディメイカーが揃っているなという印象もありました。ビヨーン・イットリングとかアレクシス・テイラー、ジョー・ゴッダートというのはポップなソング・ライティングにおいて屈指の存在だと思いますが、起用の理由もやはりそのあたりになるのでしょうか?

ハーディ:才能ということで言えば、アレクシスとジョーのふたりとも、とてもメロディに秀でてるよね。1曲め("ライト・アクション")と10曲め("グッバイ ラヴァーズ&フレンズ")が彼らに参加してもらった曲なんだけど、1曲めの方はアレクシスにメロディを追加してもらってるし、10曲めの方ではキーボード・パートも加えてもらっているよ。10曲めはヴォーカル・ハーモニーもだね。アレクシスの高音のヴォーカルが目立っていると思うけど、ああいう、彼ならではのヴォーカルをあの曲に入れられたのはすごくうれしいなって思うよ。

ああ、アルバム全体のなかでもとても印象的なパートですね。あれはアレクシス・テイラーなんですね。

ハーディ:そう。そしてビヨーンについてだけど、ビヨーンのユニット自体がそうであるように、スウェディッシュ・ポップ自体がもともとメロディを重んじる音楽だよね。「いい曲」を大事にする彼らに僕はすごく惹かれるんだ。メロディメイカーとしてはもちろんだけど、プロデューサーとしての腕も確かで、リッケ・リー(Lykke Li)のプロダクション・ワーク(『ユース・ノベルス』2008年)なんかはほんとによかったな......。

なるほど。リッケ・リー自体も好きなんですか?

ハーディ:ほんと、大好きだよ。それにあのアルバムにはビヨーンのプロデューサーとしての才能が詰まってるよね。

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シニカルというのは、本当に生きることの意味を探しはじめたからこそ出てくるものだとも思うし、僕らのような無神論者がほかになにを信じて生きていけばいいのか――生きていくために必要な、信じるべき対象を探しているという部分が出ているのかもしれない。

そうですね。ところで、先ほどアルバムの大きな性格として「前向き」ということをおっしゃっておられましたが、私もすごくポジティヴなマインドを受け取りました。はじめの2曲なんかも、ほんとに10年前のファーストのときのような活力がありますね。その一方で、歌われている内容自体は、失恋というか、やぶれた関係のようなものがわりとテーマになったりもしています。こうしたテーマは自然に出てきたものなのでしょうか?

ハーディ:そういう音楽が僕は個人的に好きなんだよー。音楽だけ聴いているとアップで楽しいんだけど、詞のほうは逆。シリアスっていうんだろうか。ちょっと惨めなところがあったりね。例で言えばザ・スミス。ジョニー・マーのギターだけ聴いていればすごくエネルギッシュで、だけどモリッシーの歌の内容をきくと、そういうことばっかりじゃないというね。そういう組み合わせの曲の方が僕は好きだし、つい歌いたくなるのもそういう音楽だ。でも僕らのアルバムの詞がずっとそんな感じだからって、壊れた関係や別れってことばかり頭に残るんじゃなくて、音楽に身を任せて気分を上げて踊れるようになってると思うから、そういう両面を楽しんでもらえればなって思うよ。

すでに活動も長いわけで、最初の作品の頃から比べて、人間性に深みが出るというか、苦くなったり影ができていくような部分もあるのかなと思いまして。最後の曲では「恋人が友人に変わる」場面が描かれていたりしますが、それをきれいな思い出としてスッキリ処理しないでくれと呼びかけるくだりは、10代、20代の無邪気さからは遠いものですよね。フランツ・フェルディナンドがどんなふうに年を重ねてきたのか、時間の経過を少し感じさせるように思いました。

ハーディ:この曲は恋愛関係の終わりというよりは、死というか、「葬式」を歌ってもいるんだ。だから、関係の終わりではなくて命の終わりなんだよね。そのなかで、死んだ人が、「こういうことだけはしないでくれ」っていうことをあげつらっている曲なんだ。ポップ・ミュージックは流さないでくれ、とか、自分にそぐわない神話や美談を作り上げないでくれ、とかね(笑)。
アレックスも、べつに自分の葬式を想定しているわけではなくて、別のキャラクターを想定しているんだと思うんだけど、たしかに僕らにも多少シニカルなところは出てきたのかもしれないよね。それはべつに悪いことではないと思ってる。シニカルというのは、本当に生きることの意味を探しはじめたからこそ出てくるものだとも思うし、僕らのような無神論者がほかになにを信じて生きていけばいいのか――生きていくために必要な、信じるべき対象を探しているという部分が出ているのかもしれない。それがタイトルにもつながっていくんじゃないかな。

だけど、まず自分たちが楽しむということ自体がなかなか簡単なことではないんだよ。

なるほど......"フレッシュ・ストロベリーズ"では、「僕らは摘みたての新鮮なイチゴだけど、そのうち腐って忘れ去られるだろう」っていうようなことが歌われてますね。これはもしかすると部分的には自分たちの境遇や、長くアーティストを続けることの比喩だったりするのかなと思いました。

ハーディ:ははっ、そうだね。

いえ、比喩として(笑)。それで、バンドにとって年を重ねることと、クリエイティヴの幅を広げていくこととは、対立することなくうまく結びついていると思いますか? フランツ・フェルディナンドはどのように年をとっていくのでしょう?

ハーディ:あの曲は、腐る直前のあの甘さ......じつはそこがいちばん味わい深く貴重な魅力を秘めているということを歌ってるんだ。それはとても重要なことでもある。
 バンドとしては、これまで学んできたものがあるからいまがあると思っているし、年数を積んできただけのものはあるつもりだよ。たとえば、創造性をうまく保っていくためにはスケジュールに踊らされていてはいけない。スケジュールからも解放され、ツアーからも解放され、お互いからも距離を置いて自分だけのスペースを持つことがどれだけ大切かということを過去の経験から学んだ。そしてこのアルバムを作る前にそういう時間をしっかり設けたということが、この作品の出来につながっていると思うし、そうしないとアイディアが生まれてくる新鮮な感覚が持てなくなってしまうんだよね。書きたいことがなくなってしまうというか。
 でもがんばってツアーなんかをしてきたから――その経験のなかから書くべきことが生まれているとも言えるわけだよね。それがいいかたちでいまの作品には出てると思うんだ。

"スタンド・オン・ザ・ホライズン"なんかはめずらしくストレートに弱みやエモーションを見せている曲だと思うんですが、これは気に入っていますか? わりと湿っぽいことも、そう湿っぽくはしないのがフランツ・フェルディナンドだと感じるのですが、それはバンドとしての姿勢というか、哲学のようなものなんでしょうか?

ハーディ:ああ、"スタンド・オン・ザ・ホライズン"ね、ありがとう! 僕のフェイヴァリットだよ、この曲は。そうだな、ダンス・ミュージックをギターで演じるというのがやっぱり僕らの根本にあるわけだから、音的に高揚感を持たせることは意識しているよ。歌詞のテーマはその都度変わるけれども、ちょっとしたメランコリーのようなものはどうしても出てしまうことがある。だから音によってそこを引き上げようということは、意図的に行ったりはするね。

フランツ・フェルディナンドは優れたバンドであるとともに、優れたエンターテイナーであるからこそ、ここまで人々に受け入れられるようになったと思うのですが、人を楽しませることと、自分が楽しむこととでは、基本的にはどちらが大切だと考えますか?

ハーディ:まずはやっぱり自分たちが楽しむことを大事にしているかな。そうじゃないと続けられないものね。だけど、まず自分たちが楽しむということ自体がなかなか簡単なことではないんだよ。4人の好みもバラバラだしね。そのあたりのチェック・リスト的なものが無意識にあって――たとえば誰かはこれが好きだけどポールはそれでは納得しない、とかってふうにね――そうやってそれぞれの嗜好をすり合わせながら曲を作っていくという過程自体が、広く受け入れられる音楽性を作っていくのかもしれないよね。というか、そうならざるを得ないということに近いかもしれないよ。

ele-king presents "ANTI GEEK HEROES" - ele-king

 もう何回も言ってることだけど、日曜は下北沢THREEで遊ぼうぜ!
先日告知したele-king本誌最新刊vol.10連動イベント「アンチ・ギーク・ヒーローズ」のことですよ。な、な、な、なぁぁぁんと、LowPass、カタコトに加え、ele-kingに欠かせないマン・オブ・タレント、踊ってばかりの国の下津光史(a.k.a The Acid House.)の出演が決定! イエー、ロックンロール~!

 さらにはDJに、いまや売れっ子のライター二木信が登場。某ラップ・ユニットのミックステープではフリースタイルで客演するなど、垣根を超えた活動をするこの男が一体どんな曲をスピンするのか......見所と言えば、もしかしたらこれが一番の......いやいや、新人カタコトを見て欲しい!

 というわけで、今週末、8月25日(日)、18時開場!
 マジ、頼みます。みんな、下北沢THREEで遊ぼう!



ele-king presents "ANTI GEEK HEROES"
8.25 (sun) 下北沢 THREE
OPEN 18:00 / START 18:30
ADV / DOOR 2,000 yen (+ drink fee)
LIVE: LowPass / カタコト / 下津光史(踊ってばかりの国)
Opening ACT: バクバクドキン
DJ: 二木信

*公演の前売りチケット予約は希望公演前日までevent@ele-king.netで受け付けております。お名前・電話番号・希望枚数をお知らせください。当日、会場受付にてご精算/ご入場とさせていただきます。
INFO: THREE 03-5486-8804 www.toos.co.jp/3


Asian Dub Foundation - ele-king

 2011年3月4日、エイジアン・ダブ・ファウンデイションの、前作『ア・ヒストリー・オブ・ナウ』を引っ提げたツアー東京公演で軽くショックな場面を目にした。ギターのチャンドラソニックの発した「チュニジア、エジプト、リビアの市民にリスペクトを!」というMC(その通りのシンプルな英語だった)に対して、渋谷の会場を埋め尽くし、踊り狂っていた聴衆の大半が、きょとんとして反応しなかったのだ。よりによってこんなタイトルのツアーの公演に詰めかけた"ファン"(という言葉の定義を疑うが、それはともかく)が、あのとき地球上の最大の事件だった〈アラブの春〉に関心を示さない景色は、ステイジの上からどう映ったのだろう?(ピース・サインは、こういうときのためにあるはずなのだが)

 活動歴20年を数えるエイジアン・ダブ・ファウンデイションのヴェテラン・サポーターに対しては釈迦に説法だろうが、ADFは言わばひとつの学校のようなものである。そもそも彼らはベンガル(バングラデシュ、インド)・オリジンの恵まれない若者たちに音楽を教える東ロンドンの民間ワークショップ《コミュニティー・ミュージック》を背景に結成された。Dr.ダス(b.)やチャンドラソニック(g.)はそこで演奏を教える側にいたのだが、社会的バリアーによって抑圧されているマイノリティーの若者が同所で演奏技術を学ぶということは、社会に対して自分の意見を表明することと同義だった。そこでの教育とは、〈きみが大衆の前で演奏できるなら、政治的な集会で発言だってできる〉というものだったからだ(つまりその主眼は、社会的弱者として泣き寝入りしないために、音楽を通して社会に意見することを学ぶことにあった)。
 その後ADFは、《コミュニティー・ミュージック》をモデルとして、自分たち独自のネットワークの中に《ADFED(Asian Dub Foundation EDucation)》という、同目的の教育部門を作っている。若者たちに無料で音楽を教え、機材の使い方も手ほどきして自由に使わせ、卒業制作的に録音もでき、その曲は《ADF Sound System》でプレイされたり、実際にそこで作曲者がマイクを握ってオーディエンスに実地披露できたりもする。そういう組織体の前面に、アーティスト名義(バンド)としてのエイジアン・ダブ・ファウンデイションが存在してきたわけだ。
 例えば2000年の『Community Music』を最後に天才肌のMCディーダー・ザマンがグループを去ったあとにやってきたフロント2名:MCスペックスとアクターヴェイター(要するにあの「Fortress Europe」の2人)だって、別のグループのメンバーでありながら《ADFED》カリキュラムに参加した、同制度の最初期の"生徒"だったし、2人はその後《ADF Sound System》を経てADFの"本体"に抜擢されたわけである(その後スペックスは07年にフォーメイションから離れた。アクターヴェイターは一度離れたが再加入:現行メンバー)。

 つまりADFは、南アジア・オリジンの在英エスニック・マイノリティーの視点から、植民地政策、新自由主義経済システム、人種差別、宗教対立などに関する重大な問題にスポットを当て、リスナーを啓蒙し、考えさせるメディアであり、そして、自分たちと同じように音楽を媒体として世の中にプロテストする若者を育てる学校として機能している。そこでの"音楽"とは、社会的弱者のための厳然たる政治手段であり、カリキュラムとしてラヴ・ソングは扱われず、民族主義や権威主義は明確に忌避され、宗教的にもニュートラルであり続けている(今作からレゲエ・シンガーのゲットー・プリーストが戻ってきた現ADFでは、"違う神"を信じるムスリムとラスタファリアンが並んでマイクを握る)。
 そうしたスタンス/ポリシーと、そこから発せられるメッセージの質が厳格であればあるほど、それを高次で中和、かつ補強するための音楽的快楽を必要とする。それが彼らの"エデュテインメント"であり、そのために、バングラ・ビートなどのオリエンタル・ルーツ・ファクター、ブレイク・ビーツ、レゲエ、ラガにジャングル、ハード・パンク、ダブ・ステップ etc. が渾然とする彼らのサウンドがある。そのCDを買ってきて鳴らすことは簡単だが、共鳴することはまた別の話だ。それは、大なり小なり自分で学び、考えることを抜きにしてはあり得ない。
 ......と言うと堅苦しく聞こえるかもしれないが、ちなみにぼくがそのためにやっていることは単純だ。ADFの新作は、毎回必ず日本盤を買い、解説原稿と歌詞対訳を熟読しながら聴き込むのだ(彼らの曲を真に楽しむには、まず彼らのアクションや楽曲の意味を知ることが不可欠。各曲の背景に最初から通じていて、英語の聞き取りに問題のない人なら解説も対訳も不要だろうけれど、ぼくは残念ながらそうではない)。

 常に世界情勢に敏感に反応するADFだけに、今回は2011年のロンドン(とイギリス各地の)暴動や、〈アラブの春〉以降の世界を彼らがどう見ているのかに興味が湧くわけだが、今回も解説や歌詞対訳からいろいろな知識が得られた。大石始さんによる優れた解説原稿には、それらの出来事以外にも(2005年フランス暴動の問題の核心をその10年前に描いていた)マテュー・カソヴィッツ監督のフランス映画『憎しみ(La Haine)』と本作との関係性についても詳述されていて興味深い。ADF2003年の名盤『Enemy of the Enemy』にその名も「La Haine(ラ・エンヌ)」という同映画へのオマージュ曲が入っていたことを思い出して聴き返したり、あの映画が今も変わらずADFと深く通じていることを知って、久しぶりに観返したくなった。こうした発展的な刺激を与えてくれる解説原稿は楽しい。

 訳詞を読んで即、疑問が氷解したのが、アルバム2曲目のタイトル・チューン"The Signal and the Noise"の意味するところだ。先行公開されたPVを観ても漠然としていてよくわからなかったのが、訳詞を調べてピンときた。"the signal and the noise"は通信工学用語で("S/N比"はオーディオ用語としても知られるが)、これはそのまま、アメリカの若き統計学者ネイト・シルヴァーによる2012年のベスト・セラー本のタイトルでもあったのだ。で、ここでの意味は──世界は意味のある信号(有益な、正しい情報)と、ただ思考を惑わすだけのノイズ(ニセ/操作情報)の混交体であり、現象の正確な把握のためにはそれらの見極めが必要だ──という、つまり世に溢れる情報に対する注意を喚起する曲だったのだ。そう思ってPVを観返してみると、(動きを監視されている)白人青年が一体何に翻弄されているのか? ネクタイを締めたADFのメンバーが誰を演じているのか? ビルの屋上に逃れた若者は何を目にするのか? そのすべてがスッキリ理解できる。歌詞も映像もわざと抽象的に作ってあり、こちらに一歩踏み込んで考えさせる、さすがにうまい作りだ(すぐわからなかったオレが愚鈍なだけかもしれないが......)。

 アルバム・オープナー"Zig Zag Nation"は、問題が次々に生じて人びとが対立し、地域や国家の中に新たなジグザグした分断線が引かれていく状況を歌った曲だが、そのサビ部分の歌詞〈ジグザグな時代に生きる/厳しいかもしれないが、直線よりマシだ〉の、最後の部分にもしみじみ考えさせられた。日本でも、原発、憲法改正、米軍基地、歴史認識、多民族共生等々の問題が人々をジグザグに分断している。スッキリ直線的に二分されて両陣営が膠着してしまうより、むしろジグザグの突起部分が相手側に入り込み、刺激し合って対話を絶やさないところから距離を縮め、解決の糸口を探っていくしかない......というメッセージだと解釈したがどうだろう? そうだとすると、この"Zig Zag"という短い響きが含蓄するものは、この地球全体をもすっぽり飲み込んでしまう大きなものだ......。

 "The Signal and the Noise"にも先んじて、今年5月に本アルバムから最初に発表された曲が、アルバム3曲目の"Radio Bubblegum"。このヴィデオはストーリーがわかりやすいが、これも訳詞を読むと相当辛辣な内容であることがさらによくわかる。国が推奨するバブルガム(おこちゃま向け)なラジオ局への批判だが、金と権力を握る者たちがコントロールするラジオ放送とは、連中の金儲けとプロパガンダのためのメディアであり、市民を自分の頭で考えることのできない"おこちゃま(未成熟)"にしておくための装置だ、という曲だ。映像では、どんなものをラジオから流せばリスナーがイカれてしまうか(効率よく国民を"バカ"にできるか)を研究している。
 この曲に関してもう1点特筆すべきことがある。今作ではADF創始者のDr.ダスをはじめ、ドラムズのロッキー・シン、ヴォーカリストのゲットー・プリーストがバンドに正式に戻ってきたことも大きな注目点だが、その新生ADFの最初の曲のヴォーカリストが、わざわざバンド外部からフィーチャーされたLSKだったということだ。本アルバムの総合プロデュースは、『Enemy of the Enemy』以来となるエイドリアン・シャーウッドで、たしかにLSKはシャーウッドのお気に入りの歌手だ。しかしそれ以上に、この起用の仕方がADFという組織体の本質をはっきり示していて、その意味からも、活動20周年を記念する新アルバムのリード曲としてふさわしかったと思う。
 これまでを振り返っても、ADFはインストゥルメンタリストどころか、ディーダー・ザマンにはじまるヴォーカリスト(フロントマン)さえ代替可能な集団だったし、今回のように新生ADFのお披露目の曲にメンバー以外のシンガーを大々的にフィーチャーすることもできる。つまり肝心なのは誰が"メンバー"かではなく、誰が参加しても組織と音楽の性格が不変であることなのであって、それが彼らの政治運動体としての"コミュニティー・ミュージック"の肝なのである。極端な話、誰が入って、抜けて、戻ってもよく、運動体内部にヒエラルキーはなく、無論マイクを握る者に特別な権威を与えることもない。同じ敵に向かうのであれば、誰が声を上げてもいい(The enemy of the enemy / He's a friend)のであって、肝心なのは歌う人格ではなくて、歌われるメッセージだからである。

 と、ここまでいろいろ書いてきたけれど、これでもADFの新作から、ただ単に頭の3曲を紹介したに過ぎない。あとは各自、国内盤CDを買って1曲ごとじっくり取り組んで欲しい。最後まで強烈な、カッコいいアルバムだから。
 しかしこの国内盤......その内容の良さに加え、充実した解説、対訳ばかりかボーナス・トラックまで付いて1,980円というのは普通に考えてちょっと安過ぎる。言っておくけど、ぼくはレコード会社から飼われてはいない。ADFのファンであることを真剣に楽しんでいるだけだ。その点は信用して欲しい。


The Signal And The Noise


Asian Dub Foundation Ft. LSK - Radio Bubblegum

Prrrr... hello!! hello!?... - ele-king

 世界レベルで語られているTOKYOストリート・アイコンSk8ightTingを中心にT.Feltwell、Y.Hishiyamaらで奏でるアパレル・ブランド〈C.E〉と、セレクト・ショップの代表格のひとつ〈ユナイテッドアローズ〉が展開する人気ライン〈BEAUTY&YOUTH〉がオーガナイズするフリー・エントランスなパーティが大阪・心斎橋のONZIEMEにて8/30(金)開催される。

 原宿の格好いいレコ屋さんBIG LOVEからアルバムもリリースし、ele-kingにも何度も登場いただいているSapphire Slowsや、〈C.E〉からはスケシンさんトビーさんがDJとして参加(『ele-king vol.10』の特集を万が一読まれていない方はぜひ読んでファンタジー感アップして出かけましょう!!)。そしてグラフィック・デザイナーとしても広く認知される石黒慶太こと1-DRINKさんに、先日の〈TOTAL FREEDOM〉来日公演でもVJをかましていたBECONクルー(個人的に熱視線ちう)と、TOKYOストリート~ベースメントに乱反射するミラーボールの光が心斎橋に降り注ぐこと必至! 一方で地元大阪からはMobbinHoodのオーガナイズやノイズ・ビート・ダウン・バンドshe luv itにも参加するCE$がDJとして参加する。その存在感からてっきり首都圏にて活動していると思われても不思議ではないCE$とのシンクロニシティを、われわれは必ずや目撃することができるだろう。8月に終わりを告げる最終金曜日、大阪心斎橋。エントランス・フリーでもあるこのパーティはExpress Yourself、21st的に記すとExtreme Yourself、なのだ。


■DIAL: HELP!

LIVE:
Sapphire Slows (100% SILK/Not Not Fun Records/BIG LOVE)

DJ:
Sk8ightTing (C.E)
Toby Feltwell (C.E)
CE$ (she luv it/MobbinHood)
1-DRINK
POOTEE (BACON)

VJ:
BACON

DATE:
2013/08/30/FRI/8:00 PM~

ENTRANCE:
FREE (1 drink purchase required)

PLACE:
ONZIEME
Mido-suji Bldg. 11F 1-4-5 Nishishinsaibashi Chuo-Ku Osaka 542-0086
☎06-6243-0089
https://www.onzi-eme.com/




Luke Wyatt - ele-king

〈PPU〉のスリーヴ・デザインや映像作家として人気のルーク・ワイアットがこれまで使ってきたトーン・ホーク名義のセカンド・アルバムを自身のレーベルから、そして、本人名義のデビュー・アルバムをニック・ナイスリーのレーベルからほぼ同時にリリース。いずれもクラウトロックを基本としたもので、非常にフレッシュな感性を縦横に展開している。リーヌ・ヘルやエメラルズのようにノイズ・ドローンを起源に持つ世代とは明らかに咀嚼の仕方が異なり、ヴェイパーウェイヴのような抜け殻モードでもない。クラウトロック・リヴァイヴァルからコニー・プランク的な人工性を抽出し、しっかりと現在のシーンに定位置を見定めている。

 イーノ&クラスターにクラウス・ディンガーが加わったような『ティーン・ホーク』はこれまでの集大成といえるだろう。シャキシャキとしたパッセージで穏やかなメロディを引き立てるあたりは往年のクラウトロック・マナーそのままにも関わらず、ノスタルジーに回収されてしまう余地は与えず、全体的にシャープでさわやかな感性がキープされる。小刻みに反復されるドローンにも類まれなる抒情性が持ち込まれ、それほど音数は多くないのにイメージの広がりも圧倒的。これが本当にアメリカ人の音楽なのかと思うほど人間不在の自然観が伝わってくる。素晴らしい。

 一転して、メビウス&プランクを思わせる『10・フォー・エッジ・テック』はインダストリアルな要素も上手く取り入れた新機軸。これはフィンランドの海運業者から依頼を受けてつくったものだそうで、タグボートが氷を砕いていくときのBGMだかなんだかに使われるものらしい(ホントかなー)。強迫的なメトロノミック・ビートや全体として与えるシャープでさわやかな感触には変わりがなく、ダンス・ミュージックは意図していないのかもしれないけれど、妙なスウィング感まであって、この暑いのについつい体が動いてしまう(......ゲロゲロ)。

"スリー"

 ミニマルとしても目新しいし(とくに"ナイン")、アンディ・ストットとプラスティックマンが合体したような"シックス"が氷を一気に掻き砕くかと思えば、スーサイドを思わせる"フォー"はそれをじわじわと溶かし、ビート・ダウンした"セヴン"もじつにいい。単にダイナミックなだけではなく、相反するような音響効果を仕掛けることで、激しさのなかにも優しさを持たせてしまうところがこの人のセンスなんだろう。いや、もう、降参です。ルーク・ワイアットという人は、けっこう控えめに言ってもクラウトロックの新たなフォーマットを生み出してしまったのではないだろうか。考えてみればOPNに驚いたのがもう3年前。USアンダーグラウンドはとどまるところを知らず、2013年にはアレックス・グレイ、マシュー・セイジ、そして、このルーク・ワイアットをフロントラインに浮上させてきた。

John Frusciante - ele-king

"はみ出る"ための試行錯誤 文:小野田雄

 ジョン・フルシアンテは、そのキャリアを通じて、「独自の音」を追求し続けてきたアーティストだ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)のギタリストとして、そして、ソロ・アーティストとして、はっきりとその「独自の音」を感知できるのは、ギター・サウンドだろう。使用するギターやアンプ、エフェクターの種類やそのプレイ・スタイル、ソングライティグなどの試行錯誤を通じて、一聴した万人に彼の音であることを認識させるサウンド・キャラクターを確立したという一点において、彼の目的はすでに達成されたといえる。

 また、一見すると混沌としているように感じられる作品も彼のなかではチャレンジングなテーマが設けられていて、一時離脱したRHCPに復帰を果たす1999年以降は、ロックの発想やアプローチから離れ、エレクトロニック・ミュージックの発想や制作スタイル、レコーディングにおけるエンジニアリングやプロダクションの知識・経験を自分のものにしようという試行錯誤が重ねられてゆく。たとえば、2004年から2005年にかけてリリースされた6枚の作品は、その直前に制作され、莫大な費用と時間が費やされた『シャドウズ・コライド・ウィズ・ピープル(Shadows Collide With People)』とは真逆のアプローチで、RHCPの活動がはじまるまでの6ヶ月間という短期間に、60年代、70年代のアナログ・レコーディングの技術を用いて6枚の作品を録音するというコンセプトで作られたものだ。それぞれの作品も、アコースティックな『カーテンズ(Curtains)』は60年代後期に作られた8トラック/1インチのテープ・レコーダー、『ザ・ウィル・トゥ・デス(The Will To Death)』と『インサイド・オブ・エンプティネス(Inside Of Emptiness)』は16トラック/2インチのテープ・レコーダーによる録音。また、フガジのイアン・マッケイによるプロデュース、〈ディスコード(Dischord)〉御用達であるインナー・イヤー・スタジオのエンジニア、ドン・ジエンタラの仕事を学ぶために『DC EP』を制作し、『ア・スフィア・イン・ザ・ハート・オブ・サイレンス(A Sphere In The Heart Of Silence)』は、後にジョンの後釜としてRHCPに加入するジョシュ・クリングホッファーとの共同作業で、シンセサイザーやアナログ機器を用いた実験を繰り広げたりと、作品ごとのテーマが設定されていたことは、アメリカの『TAPE OP』誌のインタヴュー記事において、本人と当該作のエンジニアであるライアン・ヒューイットの口から語られている。

 そうしたジョンのアナログ・レコーディング経験を総括した作品が、スタジオそのものをひとつの楽器として捉えて制作された2009年のアルバム『ジ・エンピリアン(The Empyrean)』だ。48トラックのアナログ・レコーダー2台を用いて録音したこの作品は、テープの切り貼りやシンセサイザーをはじめとするアナログ機材で音を加工しながら、現代的なエレクトロニック・ミュージックのサイケデリックな音響やサウンド・テクスチャーの発想を活かしたサイケデリック・ロックを高い完成度で結実させた傑作といえる一枚。そして、この作品でアナログ・レコーディングでの学習に区切りが付いたからこそ、その後の彼はセルフ・エンジニアリングによるデジタル・レコーディングへと劇的な転換を図ったのだろう。昨年リリースされたEP『レター・レファー(Letur-Lefr)』とアルバム『PBX・ファニキュラー・インタグリオ・ゾーン(PBX Funicular Intaglio Zone)』、そして、今回のEP『アウトサイズ(Outsides)』は彼がエレクトロニック・ミュージックやDTMの手法や発想を修得する過程で生み出された習作だ。

 エイフェックス・ツインやオウテカのプロセッシングからインスピレーションを得たり、アシッド・ハウスやドラムンベースの荒削りな部分を補うように耳を傾けてみたり、はたまた、ブレイクコアを代表するアーティストであるヴェネチアン・スネアズことアーロン・ファンクとのセッションを数百時間以上重ねたりすることで刺激された創作意欲は恐ろしい速さで彼にとっての未知なる領域を開拓している。サンプラーやドラムマシン、シーケンサーを複数台同時に走らせ、エレクトロニカ・アーティスト御用達のトラッカー・ソフト、Renoiseを駆使しながら、ロック・バンドの曲作りやレコーディングとは異なるエレクトロニック・ミュージックの発想や制作アプローチを無邪気に学ぶ彼は、しかも、既存の音楽フォーマットに当てはまる、あるいはリスナーを意識した整然とした作品を作るつもりは全くないようだ。というよりも、『レター・レファー』以降の作品から感じられる収まりの悪さは、むしろ、積極的にはみ出してゆくことで何かを得ようという彼の意志の現れと考えるべきだろう。

 本作『アウトサイズ』を幕開ける10分超の長尺曲"Same"にしても、形式的にはブレイクビーツとギターソロを組み合わせた楽曲であるが、彼が曲中で延々と弾きまくるギターはロックのクリシェや手癖から脱却した奏法を模索するべく運指の実験をしているように聞こえるし、リズム・トラックもギターに寄り添うように細かくパターンを変化させており、彼なりの意図があって、制作に相当な時間と労力をかけている。そして、2曲めの"ブレシアックBreathiac"と3曲めの"シェルフ(Shelf)"はともにオーケストラのサンプル・フレーズを用いた連作と思われる楽曲。ドラム・マシーンやイクレディブル・ボンゴ・バンド"アパッチ(Apache)"ほかのドラム・サンプル、アシッド・シークエンス、デルタ・ブルースを思わせるギターや歌の断片などをヒップホップでいうところのメガミックス形式で繋いでおり、彼の意識はサウンドスケープの移ろいに注がれているように思われる。そして、これら3曲ではプリセットを安易に用いるのではなく、モジュラー・シンセサイザーなどを通すことで丁寧に加工されていて、冒頭で述べた通り、この作品においても彼は一聴してジョン・フルシアンテのものであることがわかる独自のサウンド・キャラクターを追求していることは明かだ。

 ただ、問題なのは、筆者のように楽器演奏や機材に明るくないリスナーにとって、それぞれの楽曲で彼が設定したテーマや意図が把握しづらい点にある。さらにリスナーを意識して作品制作を行うこともなく、また、表立ってインタヴューに応えるつもりもない彼の現在のスタンスを考えると、「『レター・レファー』以降の作品は仰々しいオナニーである」という批判は致し方ないだろう。しかし、その一方で制作意図が掴めず、どうにもすっきりしない部分を想像し、補いながら楽しむことができれば、この作品には尽きない魅力があるだろうし、アナログ・レコーディングでの試行錯誤を経て、完成度の高い『ジ・エンピリアン』にたどり着いたように、この先、新たな高みが彼を待っているとしたら、『レター・レファー』以降の習作はその過程を読み解くヒントになるのではないだろうか。そんな推理を働かせつつ、ジョン・フルシアンテの音楽世界は依然としてミステリアスなままだ。


文:小野田雄

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静かな狂気、そしてブルース 文:天野龍太郎

 ジョン・フルシアンテが昨年リリースしたEP『レター・レファー』とそれに続くフル・アルバム『PBX・ファニキュラー・インタグリオ・ゾーン』は、アナログ・シンセの温かくも物悲しい響き、ドラム・マシンないしサンプリングによるせわしないブレイクビーツ、美しいコーラス・ワークで彩られたヴォーカル、そしてロック・ギターの過去と未来をいびつに接ぎ合わせたような変幻自在のギター・サウンドによって構成された異形の作品であった。
 ジョンの最新EP『アウトサイズ』のサウンドは、その延長線上にある。とはいえ、音楽のカタチはより抽象的になり、音と音との間には隙間が生まれてルーズな感覚が滑り込み、エクスペリメンタルな方法論はいちだんと深化している。なにより『アウトサイズ』にはジョンのヴォーカルがほとんどない。『PBX』において中心のひとつを占めていたヴォーカリゼーションはすっかり鳴りを潜め、最終曲"シェルフ"の最後の1分間になってやっと添え物のような歌声が聴けるほどだ。それゆえに、酩酊するわけでも逃避するわけでもなく、ただただ前を見据えるかのような静かな狂気がこのEPには凝集しているように思える。

 10分にも及ぶ"セイム"は、バタバタと落ち着かないドラム・パターン上で途切れることのないギター・ソロが演奏される楽曲で、まさにそういった平静さを保った狂気によって駆動しているかのような異様な緊張感を纏っている。『ジ・エンピリアン』(2009)の"イナフ・オブ・ミー"のソロを拡張したかのようなギター・プレイは、ただひたすらにずるずると引きずって蛇行するようなトーンの軌跡を聴き手に突きつけている。曲が進むにつれモジュレーションによる音の揺らぎが次第にキツくなっていき、ギター・サウンドの変調が頂点に達すると、永遠に続くかに思われた奇妙なギター・ソロはあっけなく幕を閉じる。
 オフィシャル・サイトに掲載されたジョン・フルシアンテ自身による説明によれば、"セイム"は「わたしのプレイを聴いてそれに反応しながらも、同時にわたしが応えられるような確実なアンカーを、通常なら存在する時間差なしに提供してくれる」理想のドラマーによる演奏とギターとの相互作用によるインプロヴィゼーションである。現実的には不可能なこの演奏を実現するため、リピートする2小節のビートに対してギターを演奏したのち、ギター・ソロに対応するようにビートをチョップした、と彼は書いている。それはつまり、『PBX』において掲げた「マシンの知能と人間の知能が刺激し合って、その相互作用によって生まれる音楽」へのさらなる漸近を目指す実験のひとつなのだろう。
 そうなるとこの『アウトサイズ』という作品がなぜ「歌っていない」のか、ひとつ仮説が立てられる。つまり、あまりにも人間的な歌というものを禁欲的なまでに排除することによって、マシンと人間とをより近くへと引き合わせ、その境界を曖昧化しようと試みているのではないのだろうか。

 2曲目の"ブレシアック"は3分にも満たない小曲で、サンプリングとプログラミングによるビートが継ぎ接ぎされた本作中最もアブストラクトな曲だ。次の"シェルフ"はよりファンキーではあるが同様にせわしなくビート・パターンが変化し、両曲ともにフリー・ジャズのドラムを素材としたビートが多く聴こえてくる。『PBX』における大きなトピックだったドラムン・ベースの導入は、この"ブレシアック"や"シェルフ"、あるいは『PBX』収録の"サム(Sam)"のフリー・ジャズ風のビートと突きあわせて聴くとそれほど唐突には聴こえない。おそらくジョンのなかではフリー・ジャズのビートとドラムン・ベースは一本の線で繋がっているのだろう。その間隙を埋めるのが、ファンクであり、アシッド・ハウスであり、ヒップホップのビートなのである。

 しかしながら『アウトサイズ』を一聴して直感したのは、これはジョンにとってのブルースである、ということだった。それはやはり"セイム"の長大なギター・ソロに依るところが大きい。歌はなくとも......やはりギターが泣いているように聴こえるのだ。それは"シェルフ"の中間部のソロも同様である。キリキリとした鋭利なトーンではあるが、そこにはブルージーな哀感が潜んでいる(「驚いたことにブルース・ギターがうまくハマったんだ」と彼は認めている)。
 ジョン・フルシアンテ自身が「プログレッシヴ・シンセ・ポップ」と呼ぼうが、「現代音楽のわたしのヴァージョン」と説明しようが、この『アウトサイズ』というEPは、いびつな形ではあるがブルースというひとつの軸で貫かれている。そう思えてならない。


文:天野龍太郎


SEIHOU
Abstraktsex

DAY TRIPPER

Interview Amazon

 勢いが止まらない! そして夏休みは終らない! 先月インタヴューにてele-kingにも登場してもらったSeihoのセカンド・アルバム、『ABSTRAKTSEX』リリース・パーティーがすごいぞ。ゲストにはUltrademonが参加! Seapunkがモニターを飛び出す! 迎えうつゲスト勢も、tomadからAvec Avecら盟友がズラリと一同に会した豪華な布陣。いま彼らのまわりに何が起こっているのか、目撃するチャンスは今日&明日。今年最高の「陸の海」へと、さあ、繰り出そう!


いよいよ今週! トロピカルなモチーフでファッションのトレンドにもなった10年代のネット/ユース・カルチャーを象徴する #Seapunk のオリジネーター Ultrademonが遂に日本へ初上陸!東京公演では新世代ビートメーカーの旗手Seihoのセカンド・アルバム『ABSTRAKTSEX』のリリパにゲスト出演!!

【Ultrademon Japan Tour 2013】

■8.16 (FRI) @ Circus Osaka with idlemoments
OPEN/START 18:00
ADV 1,500 yen / Door 2,000 yen (+1drink)

LINE UP:
Ultrademon
gigandect
Avec Avec
Terror Fingers (okadada+keita kawakami)
SEKITOVA
eadonmm
doopiio
kibayasi
Alice
?
VJ:
Tatsuya Fujimoto

FOOD:
カレー屋台村山ねこ

more info: https://idlemoments-jp.com

■8.17 (SAT) @ UNIT with Seiho ABSTRAKTSEX Release Party
OPEN/START 23:00 | ADV 3,000yen / DOOR 3,500yen

LINE UP:
[UNIT]
Seiho
Ultrademon
LUVRAW & BTB + Mr.MELODY
RLP
Taquwami
terror fingers (okadada & Keita Kawakami)
tomad
eadonmm

VJ:
ネオカンサイ
Kazuya Ito as toi whakairo

[SALOON]
Licaxxx
Redcompass
Mismi
Hercelot
FRUITY
andrew/Eiji Ando

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