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Kendrick Lamar

Kendrick Lamar

good kid, m.A.A.d city

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野田 努   Dec 20,2012 UP

 数ヶ月前、ある人から「あんたがやっていることはアンダーグラウンドで、マイナーで、負け組だ」と言われたが、12月16日の夜、自分は本当に「アンダーグラウンドで、マイナーで、負け組だ」と痛感した。自民党の勝利が予想されていたとはいえあそこまでの圧勝とは......。

 これは、なんだかんだテレビの影響が大きいんじゃないかと思っている。僕はほとんどテレビを見ない人間だが、スポーツとニュース番組はたまに見ている。3.11のときもそうだったが、今回の選挙報道に関しても、日本の報道番組の軽さには見ていて憤りを覚える。民主党3年間への批判、あるいは失われた20年というキャッチコピー、そして中国の台頭による日本経済の相対的な低下への不安(ないしは領土問題)などなどが今回の結果をうながしたのだろう。
 が、相対的に見たときに、南ヨーロッパの失業問題、アメリカの激しい格差社会などと比べれば、日本にはまだマシなところがそれなりにある。そもそも経済的な衰退に関しては日本だけの問題ではない。それでも、自分たちはまだまだイけるんだという幻想が、昭和時代への回帰という妄想と結びついて、ちょっとあり得ない選挙結果になったんじゃないだろうか。
 そんな暗黒時代を迎え、僕は水越真紀とともに、年明け刊行予定の、二木信という金玉ライターの単行本の編集を手伝っていた。『しくじるなよ、ルーディ』というタイトルで、二木信がこの10年、主に日本のヒップホップについて書いた原稿やラッパーへのインタヴュー記事をまとめたものである。
 僕は、300ページもある金玉ライターの原稿を2回以上も繰り返し読みながら、本のなかで紹介されているラッパー/トラックメイカーたち──キラー・ボング、シーダ、SHINGO★西成、環ロイ、MSC、田我流、スラック、マイク・ジャック・プロダクション、ビッグ・ジョー、ザ・ブルー・ハーブ、シミラボ、ハイイロ・デ・ロッシ、PSG、鎮座ドープネス、志人などなどの気持ちの持ち方、表情の豊かさにずいぶんと気持ち良くさせられた。彼らの、野性的な知性、自らの身体感覚を頼りに生きているさまがとても魅力的に思えた。

 25歳のロサンジェルスのラッパー、ケンドリック・ラマーの『グッド・キッド・マッド・シティ』は、ある意味興味深い接合点を作っている。昔ながらの、つまりドクター・ドレ(ギャングスタ)が好きなヒップホップのリスナー、その対極にあるとも言えるチルウェイヴ(気休め)とリンクするクラウド・ラップ系のリスナー、その両側を惹きつけていると下北沢のレコード店で説明されて、「それじゃあ」と買った。1ヶ月以上前の話である。
 なるほど、たしかに『グッド・キッド・マッド・シティ』にはドクター・ドレが参加しながら、ツイン・シャドウやビーチ・ハウスがサンプルのネタに使われている。ドレイクも参加しているが、ウィーピーではない。Gファンク、そしてここ数年のUSインディ・ロックのメランコリーが混在しているようだ。
 『グッド・キッド・マッド・シティ』は、まず1曲目が最高だ。不気味なシンセと変調された声で構成されるイントロは、ジェームス・ブレイクめいている。スクリューの効いた"スウィミング・プール"や"ポエティック・ジャスティス"も格好いい。ドレの代表作『クロニック』に捧げた"コンプトン"という曲もある。ボーナス・トラックの、とくに"ザ・レシピ"も良かった。
 アルバムは、『ピッチフォーク』がべた褒めするほどの歴史的傑作とは思えないけれど、魅惑的なラップとモダンなテイストが入ったクールな作品であることは間違いない。ミックステープ『セクション80』収録の"ハイパワー"のPVが示唆するように、ナズの『イルマティック』の孤独な叙情詩(ブルース感覚)も感じることができる(そして、ラッパー特有の、肌で感じ取って生きている人間の動きを見ることができる)。

 先日のエレグラのフライング・ロータスのライヴ&DJのセットにおいて、彼がケンドリック・ラマーをプレイしたとき、二木信と一緒に盛り上がってしまった。フライローが出演する前から我々はケンドリック・ラマーについて互いの意見をぶつけ合っていた。僕は、フライロー周辺にはない感覚がケンドリック・ラマーにはあると主張した。逆に言えば、デイダラスからフライローへと展開するロサンジェルスには、ラマーのような痛みが前面に出ることはない。そして......、しかしそれを大観衆の前でプレイするフライローはやっぱり素晴らしいですよ。「アンダーグラウンドで、マイナーで、負け組」の気持ちをわかっている。


 経済にしろ原発にしろ年金にしろ、ろくな改善も出来なかった「あの」自民党が単独過半数とはクラクラする。(中略)勇ましい政権の勇ましさに、せめて熱狂しないことがこれから数年の「我々」の忍耐になる。
   水越真紀「勇ましさに惑わされるな」(『ele-king vol.8』より)

野田 努