「ZE」と一致するもの

 キングギドラに餓鬼レンジャー、スワンキースワイプからシック・チームまで……。このメンツ、ドープすぎるでしょ!
 これまでに数多くの日本語ラップ・クラシックをリリースしてきたPヴァイン。そのレーベル設立40周年を記念して、いまやお茶の間にもその名前を轟かせているLEGENDオブ伝説akaサイプレス上野が、Pヴァインでの日本語ラップ史を総括するミックスCDをリリースすることが決定した。
 収録予定のアーティストには、先に挙げた以外にも、DJオアシス、韻踏合組合、リブロ、シミ・ラボ、イオなどなど、どこを取っても間違いないメンツばかり。
 しかも、そのセレクト&ミックスをサ上が務めるとなれば、日本語ラップ愛にあふれたミックスCDになることは間違いないだろう。フリースタイル・バトル・ブームによって、かつてない規模での盛り上がりを見せる日本語ラップであるが、シーンにどっぷり浸かっている人も、最近興味を持ち始めた人も、マスト・チェックだ。

 また本ミックスのリリースに合わせ、P-VINE設立40周年を記念する『P-VINE日本語ラップキャンペーン』が店着日となる10/4(火)より開催されるそう。キャンペーン参加店舗にて対象商品をお買い上げの方には、スペシャルな特典もプレゼントされるとのことで、こうご期待あれ。

収録予定アーティスト(A to Z): B.D. / BES FROM SWANKY SWIPE / CROWN28 / DJ OASIS / FEBB / FUSION CORE / 餓鬼レンジャー / HOOLIGANZ / I-DeA / ILLMARIACHI / 韻踏合組合 / IO / JAZEE MINOR / KEMUI / KING GIDDRA / KUTS DA COYOTE /
LIBRO / MICADELIC / MINT / MS CRU / MSC / Naked Artz / Original Soul Crew / RAMB CAMP / ラッパ我リヤ / SICK TEAM / SIMI LAB / STERUSS / SWANKYSWIPE / ZZ PRODUCTION 他

BADBADNOTGOOD - ele-king

 バッドバッドノットグッドほど憎らしくも共感する同世代のバンドはいない。僕が彼らと同世代の人間だからこそ反発を感じるし、同時に彼らの音楽に共感もし、感銘を受けてしまうのだ。
 バッドバッドノットグッド(以下BBNG)には、どこか憎みきれないようなキャラクター性があるし、それはジャズという高い演奏技術を必要とする音楽のハードルを、すこし下げてくれたことと関係しているのかもしれない。「自分にもできるかもしれない」と思わせ、我々の音楽に対する意欲を刺激してくるのである。

 最初にBBNGを知ったのはたぶん3〜4年くらい前、オッド・フューチャーのタイラー・ザ・クリエイターとのスタジオ・セッション映像を、ユーチューブで偶然見つけたことがきっかけだった。その頃の僕はUCD率いるヒップホップ・バンド、ザ・ブルシットにドラマーとして加入したばかりで、マーク・ジュリアーナやリチャード・スぺイブン、シゲトやクエストラヴといったような、マシン・ビートのグルーヴを人力で再現しようとするようなドラマーを追いかけていた。機械的なビートのニュアンスを取り込み、人力で再現しようとする発想が、当時の僕にとってはとても興味深かったし、同時代の音楽で一番クールに見えたのだ。
 そんなようなことをしている人たちを漁っていくうちに見つけたのが、先述した動画であったのだが、初めて見たときには正直言って、いけ好かないヤツらだと思った。タイラー・ザ・クリエイターとのコラボレーションによって一躍知名度を上げたたという経歴や、トロントの音楽大学出身というわりには粗く聴こえてしまう演奏技術、おふざけで豚のマスクを被ってしまうようなセンスがハナについてしまったのだ。ゆえに2014年にリリースされたアルバム『Ⅲ』は軽く聴き流しただけ。彼らに対してのジェラシーを抱きつつ、しかしながら気にはしつつ……、というスタンスであった。

 印象が変わりはじめたのが、ゴースト・フェイス・キラーとのコラボ・アルバム『サワー・ソウル』を聴いてからだ。それまでのバンド・サウンドのヒップホップとは一線を画す、言うなればサンプリングの元ネタとなるようなソウルの曲を、スライスしないでそのままループしたようなトラックに驚いた。そしてなにより、ドラムのアレックス・ソウィンスキーが叩くビートの、いわゆるディラ直系の訛ったビートではなく、フィルが走ってつんのめってしまう、ミッチ・ミッチェルを彷彿とさせるグルーヴ感が新鮮だったのだ。とくに新しいことをやっているわけでもないのに、ラップが乗っかることによって、新鮮なヒップホップ・サウンドになることに驚き、彼らに対する印象が変わった。こんなことが出来るようなヤツらなのかと。

 そして、新作『Ⅳ』である。これには参った。BBNGの持つ、ロバート・グラスパー系とは違う独特の空気感や演奏のドライヴ感もさることながら、録音物としての完成度も更新されている。クラシック然とした雰囲気も感じとれるが、彼らはジャズ×ヒップホップの枠組みから自由に、既存ジャンルに囚われない音楽を作り上げているのだ。

 『Ⅳ』において印象的なのは、卓越した演奏技術を持っていないからこそ引き立つ、アンサンブルの妙である。とくにヴォーカルをフィーチャーしたトラック、“タイム・ムーヴス・スロウ”や“イン・ユア・アイズ”において、それが顕著に表れている。この2曲においてBBNGは決して派手な演奏はしておらず、バッグ・バンドに徹している。あくまでもヴォーカルを引き立てるためのクールな演奏だ。
 しかしながら、おそらく本作から新メンバーとして加わった、リーランド・ウッティーによるストリングス・アレンジや、オーヴァー・ダビングされたギター(これもウッティーによる演奏。“イン・ユア・アイズ”においてはマンドリンの音も聴こえる!)やキーボードが絶妙に配置されており、ブラシによって刻まれる16ビートやメロディックなベースラインも合わさって、一聴するとシンプルだが、聴けば聴くほど計算しつくされたアレンジであることがわかるつくりになっている。

 リーランド・ウッティーがBBNGに正式加入したことによるサウンドへの影響がかなり大きいことは言うまでもないかもしれないが、サックスだけでなく、ギターやヴァイオリンなども演奏できるという彼のマルチなスキルは、確実に『Ⅳ』の録音物としての完成度を高めているだろう。“チョンピーズ・パラダイス”では、管楽器のオーヴァー・ダビングによって、ジャズの空気感を残しつつも、スタジオ・レコーディングでしか出来ないことをしている。
 また、ヤマハのアナログ・シンセサイザー、CS60と管楽器のアンサンブルを聴いているだけで恍惚的な気分になってくる。同曲や“スピーキング・ジェントリー”などで垣間見える、シンセサイザーと管楽器のアンサンブルの絡みはオランダ出身の若手ギタリスト、ライナー・バースの“オフ・ザ・ソース”などでも感じとれるが、これはインディ・ミュージックとジャズとの邂逅による響きとも言えよう。

 上記の3曲や、アルバム表題曲である“Ⅳ”などを筆頭に全体的に70年代テイストに仕上がっているように聴こえるのは、楽曲の構造が起因していることはもちろんであるが、録音・ミックスも大きく影響しているのではないだろうか。BBNGの作品全般にも言えることだが、とくにドラムの音においてそれが顕著だ。ヒップホップを通過したバンドとは思えないほどバス・ドラムの音量が控えめだし、スネアのチューニング具合や、ハイハットの音がやけに大きかったりするようなところが、70年代のあの音像を彷彿とさせるのである。

 BBNGのドラマー、アレックス・ソウィンスキーがこのような意図をもって演奏していることは、彼のドラムセット遍歴を追えば、おのずと見えてくることでもある。ライヴ映像で確認する限り、初期のBBNG(2012年ごろ)ではタムはフロア・タムのみで、サンプル・パッドを導入している。

 このセッティングはおそらく、ダル・ジョーンズ、クエストラヴをはじめとするヒップホップ系ドラマーの流れを汲んでいると思われる。
 しかしながら、近年になるにつれ、サンプル・パッドをスネアの横に置き、ハイタムを導入することも多くなってくる。

 些細な違いではあるが、ハイタムを導入することによって、よりロック・フィーリングな(つんのめった)タム回しや、よりヴォーカル・バッキング的な軽いフィル・インの演奏を可能にするのである。
 このセッティングの遍歴は、『Ⅲ』においてヒップホップ・ドラム的なアプローチを模索していたことと、『Ⅳ』において70年代のジャズ・ロック感を演出するのに一役買っていたことと対応している。

 BBNGが『Ⅳ』において提示するのは、ランプやウェザー・リポートらが遺したヒップホップ・トラックの元ネタになるような曲を、あえてやってしまう面白さなんだと思う。ジャズがヒップホップやR&Bと結びついているからこそできる、最先端の回帰的アプローチなのである。近年のジャズ・シーンやヒップホップ・シーンを経験しているからこそ、トラックの元ネタとなる音楽をやってもそのままにはならないし、むしろそれが面白いということをBBNGが証明したのである。
 アルバムに収録された曲を1曲ずつ見ていくと、参照元となるジャンルが異なっていたり、統一性がないようにも思えるが、実際アルバムを通して聴いてもみると違和感がないこのセンスは、時代やジャンルを並列的に見ることができる、インターネット世代だからこそ可能な構成の妙なのではないだろうか。
 今後、彼らの後を追うようなバンドや音楽が出てくるだろう。僕らの世代が過去を参照しながら新しい音楽を作り上げていく──この感じが最近気持ちよくてしょうがない。いま、そんな同世代の音楽が、バッドバッドノットグッドが、とてもクールだ。

TAMTAM - ele-king

 本来なら、現代のニュー・エイジ・ステッパーズになっているはずが、なぜこんなにも遠回りしたのか……ダブ、リディムをルーツに持ちながらも、ハイエイタス・カイヨーテやジ・インターネットなどの、最先端の音を浴びまくっているであろうオルタナティヴ・バンド、TAMTAM。そんな彼らが、前作『Strange Tomorrow』から2年を経て、ニュー・アルバム『NEWPOESY』を9月14日にリリースする。
 ヴォーカルのクロは、吉田ヨウヘイgroupや入江陽バンドへのサポートとして参加し、ドラムの髙橋アフィは先日kakululuにて行われた実演型トークイベント【Question!】に出演するなど、各所で名前を耳にする彼らであるが、近年のジャズ、ビート・ミュージックを通過しながらも、自らのルーツに立ち返った本作は、更新し続ける音楽の最先端そのものになるだろう。
 アルバム・リリースの決定とともに、クロ氏、アフィ氏が作成したというトレーラーも公開された。こちらも見逃さないように。


TAMTAM / NEWPOESY
PCD-24536
定価:¥2,400+税

★TAMTAM
2008年結成、東京を中心に活動するオルタナティヴ・バンド。メンバーは、クロ(Vocal、Trumpet、Synthesizer)、高橋アフィ(Drums、Programming)、ともみん(Keyboard、Chorus)、ユースケ(Guitar)。紅一点クロの透明感のあるしなやかな歌声を中心に、レゲエ・ダブを土台に培った、ヴァリエーション豊かに刻む骨太なリディムセクション、そして楽曲のテクスチャーを決定づけるキーボード、ソリッドなギター・プレイ。時折現れるブラス・サウンドが祝祭的な響きを以て幅広い音楽性を演出する。

https://tamtam-band.tumblr.com/


Sozeira - ele-king

 いい音楽はいつもそうだけど、いかしたブラジル音楽にはいつも見透かされているような気がする。但し、とても暖かい目で。

 「ソンゼイラとは、カッコイイ……とか、ヤバイ音って意味。それがすべてだよね!」とは前作『Brasil Bam Bam Bam』の時のジャイルス氏の言葉。「ヤバイ」というと、「最近の若い者は」とか「表現の脆弱化」とか罵声が飛んできそうだし、大半は実際そうなのであろうが、この日本語訳はアリだと思う。たしかになんでもかんでも感動をヤバイと置き換えるのは面白くないが、それは説明するのも野暮な極めて重要なことだとしたら……。そしてそれに気づいていないとしたら……。
 僕はリズムになんだか日本で普通に育っただけでは想像も及ばないような何かがあるような気がして、ブラジル音楽やアフリカの音楽に取材してみたけど、まず驚いたのは「リズムに流れる時間」だった。長い時間のなかで無駄が省けていて、どんな複雑に聴こえるリズムにも大きなエンジンを発見することができる。複数の打楽器が絶妙に絡み合って、エンジンを形成しているとも言えるかもしれない。僕は隙間産業と呼んでいるのだが、「俺はここにいるんだから、おまえは違うところにいろよ」みたいな感覚がある気がして、いつも頭に低音がいる音楽にしか触れていなかった自分にとっては目から鱗だった。尊敬というと大袈裟かもしれないが、そんなリズムへのカッコいい共通認識みたいなものがあること、またそれが自国の音楽への愛に自然と繋がっていることを、羨ましく眺めたものです。
 なるほど、ロックにしろポップスにしろMPBにしろ、歴史の中で突然現れたものではなくて、大きな土台に支えられえている。先日来日したジスモンチ氏はインタヴューで「ブラジルの音楽にはクラシックとポピュラーやフォルクローレとの区別が存在しない」と言っていた。これもブラジル音楽へのリスペクトが土台となっているからこその話だ。「ソンゼイラ」とは、そんな尊敬すべきであり同時に当たり前のこと、本当にかっこいいことを取り戻そう、大事にしようというジャイルスのメッセージのようにも聞こえる。そんなに堅苦しいことでもないとは思うけど。今リオ・オリンピックのCMでキューバ人のお母さんが「日本人はまだまだ固い」って言って踊っているのをみたけど、あれだと思う。固い、とは言うけど、跳ね除けるわけではなく、柔らかく踊ってみせてくれる。

 今作の元になったジョゼ・プラテスの『Tam... Tam... Tam…!(タン・タン・タン)』は、マクンバやカンドンブレなどブラジル由来の儀式的な形式がベーシックにあるにもかかわらず、58年の作品にしてすでにポップスとして昇華されている。民族音楽には聴こえないし、大衆と切り離されているわけではなく、生活の中にある音楽を感じ取ることもできる。オリジナルをしてブラジルの古典ファンと、分け隔てないファンを繋ぐ作品である。保守と進歩の二元論で語る話でもないが、「ソンゼイラ」があればいいじゃんといった意志をこの作品を選んだところに感じる。
 最新作『Tam Tam Tam Reimagined』はジャイルス・ピーターソンとアシッド・ジャズ時代からのベテラン、ロブ・ギャラガーを中心に、L.V.(ハイパーダブなどからの作品で知られる)ことウィル・ホロックスほか、モーゼス・ボイドやダニエル・カシミール、ブラジルの比較的若手の部類に入るカシンらの手によって、ときにベース・ミュージックもミックスしているが、根も葉もないものではなく、「ソンゼイラ」を感じた上での編集作業行っている点、そのプロセスにも意味があるということを伝えているようにも思える。なんでもいいわけじゃないけどかっこよければミックスしてもいいんだと。
 過去という大きな時間のなかで洗練されてきたものへの尊敬と理解、そしてそれをパロディ化することによって現代を体現することができるし、さらに現代をパロディ化することによって未来が見えてくるのではないか。これが、ジャイルスの意思なような気がするのです。そこで大事になってくるのがソンゼイラ、一種の柔らかさみたいなものだと思うのです。土台なしで現代と真面目に付き合っていたら、すぐに過去に覆われていってしまうのは明らかである。そういった意味では、前作『Brasil Bam Bam Bam』は大きな時間と現代を伝えたのに対して、最新作『Tam Tam Tam Reimagined』は未来へ向いているもののように思える。またその2作の存在は、過去、現代、未来が順番にならない面白さも伝えてくれる。
 個人的には、20代のほとんどを大きな時間への取材(同時に他所への取材でもあった)で最近終えてしまったばかりな上に志半ばのままであるが、現代を見詰め未来を見据える勇気を与えてくれる作品であった。


屍体×埋葬=? - ele-king

 ゾンビー=屍体、ベリアル=埋葬というわけで、この10インチは墓場のダンスホール、この10年間のUKアンダーグラウンド・シーンにおいて、そのダークさ、そのアンダーグラウンドさでもって、先へ先へ行こうという態度によって、リスナーを魅了してきた2人のキーパーソンによる大注目の曲だ。ベース・ミュージックがどこに行くのかという点、そしてポスト国民投票/ブリグジットのアンダーグラウンド・ミュージックを聴くという点において、まったく興味深い。聴かなければならない1曲である。

 シカゴ・ゲットー・ハウス的な声ネタの反復とベース・ミュージックのもっとも精鋭的な響きとが溶接する。テクノと呼ぶにはダンスを欠いて、ベース・ミュージックと呼ぶにはビートはミニマリスティック。そしてそれは深く深く沈んでいく。BPM的にはクラブでかけられるが、動くのは腰ではなく頭だろう。ひとつ言えるのは、このきつい社会からこぼれ落ちた者たちの居場所を拡張するのは、たとえばこういう音楽だということ(ここまでやってもいいんだという意味で、はみ出すことを恐れないという意味で)。とにかく、まあ格好いい。UKのアンダーグラウンド・ダンス・ミュージック、動いてますねー。

 なお、この曲は9月初旬に〈ハイパーダブ〉からリリースされるゾンビーの4枚目のアルバム『Ultra』からの先行リリース曲。そのアルバムには、ダークスターやテクノ系のRezzett(トリロジー・テープスからの作品で知られる)も参加している。否応なしに期待は高まる。

 Joy Orbison とWill Bankheadが運営するイギリスのレーベル"Hinge Finger"のショーケースが、シックなビジュアルで多くのファンを集めるブランドC.E.(Cav Empt) のサポートの元行われる。イギリスのアンダーグラウンドで、独自のテイストとビジュアルで人気を誇るThe Trillogy TapesのWill Bankheadが運営する兄弟レーベルとも言えるHinge Fingerは、"Peder Mannerfelt"を招聘。

 "Peder Mannerfelt"はスウェーデンのアーティスト、"Subliminal Kid"のメンバーとしてMassive Attackにリミックスを提供するなど、10年以上のキャリアを持つアーティスト。EPリリースに際してプレイを行う。

 アナログ機材から生まれるノイズとを印象的なボイスサンプルのカットアップで、新たなソニックウェーブ体験をさせてくれるだろう。さらに、幅広い選曲を見せるJoy Orbisonのプレイにも注目だ。CO/R名義でローなテクノ・トラックを収録した"Gudrun" EPリリースしたかと思えば、先日のNTS Radioではダンスホールからハウスまで縦横無尽のプレイを見せた。また、日本からのDJにはFuture Terror主宰のDJ NOBU登場。

 なにが起こるかわからないエクスペリメントを体感しにUNITに足を運んでみては。

C.E & HINGE FINGER

JOY ORBISON (Hinge Finger)

PEDER MANNERFELT (Peder Mannerfelt Produktion / Hinge Finger)

WILL BANKHEAD (The Trilogy Tapes / Hinge Finger)

DJ NOBU (Future Terror / Bitta)

日時 : 2016年9月10日(土) 23時30分〜

場所 : 代官山UNIT www.unit-tokyo.com

〒150-0021 東京都渋谷区恵比寿西1−34−17 ZaHOUSE

価格 : 前売り 3,000円 / 当日 3,500円

前売りチケット (8月6日土曜日発売開始):

e+ / LAWSON (L Code: 71247)/ diskunion (Shibuya CMS / Shinjuku CMS / Shimokitazawa CMS / Kichijōji) /JET SET TOKYO / TECHNIQUE / DISC SHOP ZERO / Clubberia / Resident Advisor / BEAMS Records / min-nano / TOXGO / have a good time / UNIT / C.E

※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います


R.I.P. WOODMAN - ele-king

 衝撃のeep大阪でのウッドマン・ライヴから16年の歳月です。ステージからの光を浴びたガタイのでかい彼のクネクネダンス&変態サウンド。その衝動を今でも鮮明に記憶しています。それから数年後、氏とのALTZの1stアルバム制作がスタート。6ヶ月に及ぶマスタリング作業や、ジャケットのイメージ作り。手描きのイラストも含め、音楽が好きすぎる彼のたっぷりの愛情を受けた『FANTASTICO』が誕生しました。
 この時点でボクにとってのプロデュースの神です。〈レア・ブリーズ〉こんなクールな名前のレーベルからアルバムを発表させてもらえるなんて。
 見事遅咲きのアルバムデビューでしたが、師匠として、ライバルとして、感謝しきれない感慨深い時間を共に過ごさせてもらいました。

 当の本人ウッドマンの処作は、以前から驚愕のハイペースでリリースされていて、タケ&ロス・アプソンが絡んだ流れや、意味不明の自主作品など。未だ全部のCD、CDRを確認できていないんです。多分一生かけても聴けないんだなと思いました。彼の愛機YAMAHAミニQYや、HDレコーダーには消去されたり、再生されない秘密のサウンドが相当数眠っていたはずです。サウンドと歌(ラップ?)を行き来したスタイルも理解不能ですが、今なら聴けるのかな。
 そして何よりもあのしつこいおしゃべり魔女のようなスタイルが鼻につく。ウッド大阪時代の数々の変態調教を通して今想う事 は、蝶になって自由に跳びたいウッドマンの光速メッセージだと自負しております。ほっつき歩きのプロとはまさに彼のことでしょうね。
 しかしもういちど関西弁で語り合いたかったで、ウッドマン! ありがとう……。

 合掌

ALTZ(RARE BREEZZE)

 京都の若手レコード店主2人が着想し、地道にDIYで作り上げ、2013年の初回開催以来京都の音楽愛好者界隈では夏の風物詩となっている、《京都レコード祭り》(略称:「レコまつ」)。
 第4回となる今回(2016年7月9日[土]・10日[日]|於:ZEST御池 河原町広場)は、吉田省念バンド・オオルタイチらがライブで参加するなど、例年になく多彩な出演者を揃え、参加者の期待も高まっている。
主催の中心メンバーの1人、加地猛さん(〈100000t アローントコ〉店主)に話を聞いた。(村上潔)

第4回目ということで、これまでと違う点はありますか?

加地:いや、なんもない(笑)。回を重ねるごとにまだ来ていないお客さんを呼べていっているような気はしてるんで、それを続けていくという。やりかたとしてはそんなに変わってない。

前回は老舗の〈太陽レコード〉さんの参加が話題になり、それが『京都新聞』の記事になったりしましたが、今回の目玉は?

加地:〈クレモナ〉さん。お店が復活するタイミング(2009年1月閉店/2016年4月開店)で、参加してくれる。会場の店番に来るのは、先代の寺井さん。だからたぶん、「あー!」ってなるお客さん、いっぱいいると思う。あとは〈BBG-Audio〉さん。中古オーディオ屋さんなんだけど、レコード部門を最近作らはって。まあ、オーディオ部門と両方で来るねんけど。オーディオのほうは、手頃な価格のセットを組んでもらって。あと、会場のDJセットもここに頼んでる。「こういう音も鳴るよ」みたいな感じで。まあ、全部偶然やけど(笑)。
それと、いつもよりライブとかすごい多なってて。6組出るんやけど。それが全部9日に出て(笑)、10日は落語とトークが中心。9日はもうひっきりない感じ。
韓国のNice Legsっていうバンドは、レコまつのことをネットで検索して見つけたらしくて、それでオファーが来て出演が決まった。そういうことで言ったら、今回は外国人の人に来てほしいな、というのがテーマとしてある。ふだん店に来る外国人のお客さんはすごい増えてるのに、この祭りには来てないから。だから、英語ができる人にTwitterで英語で告知してもらったり、ゲストハウス(京都には外国人向けのゲストハウスが多い)にも初めてチラシを撒きに行った。

レコまつの当初からの一貫したスタイルは、レコード屋店主の有志がDIYで作る、ということですよね。いわゆる業界が関係することなく。それが京都で行なわれていることの必然性みたいなものはおそらくあると思うんですが、京都のレコード屋ネットワークのありかたが反映されていたりするのでしょうか?

加地:この祭りに関して言えば、まず俺と村松さん(〈ART ROCK NO.1〉店主)が具体的なことをやってて、あと会議に来る人が5人くらい。

会議ってどのくらいやるんですか?

加地:3回くらいかなあ。実際会ってやるのは。

ではそもそもの初回開催(2013年)に至る経緯というのは?

加地:村松さんと「こういうのやりたいなあ」という話はしていて、「じゃあ、やっちゃいますか」みたいになって。それで、最初は京都のレコード屋全店に声かけてみて、「出てもいいよ」って言ってくれた人たちでやった感じ。そのときに村松さんと俺ですごいやってるから、それがいまに続いてる感じ。

全店に声をかけるっていうのは、いつまでやったんですか?

加地:2年間。2回行って断られたところは、3回目来られたら(断るのに気を遣って)嫌やろうな、と思ったから。

それは、全店に直接足を運んで行った、ということですか? 電話じゃなくて。

加地:行った。電話じゃなくて。

直談判?

加地:そうそう。

初回は21店舗でしたが、参加店舗の数はだいたい一定してますよね。

加地:多少の増減と入れ替わりはあるけど、そんなに変化はないね(今回は24店舗)。ゲスト参加枠があるから、すごい多いイメージはあるけど。

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レコまつに出たことでお店に来るお客さんが増えたっていう声は聞きます?

加地:あんまり聞いたことない(笑)。ただ、終わってからしばらく、見たことない人が来るのは続くね、俺んとこは。

主催者側として理想なのは、ふだんお店に来ないお客さんが、レコまつをきっかけにしてお店に来るようになってくれることですよね。

加地:うん、だから、毎回地図(『京都レコードマップ』。毎年改訂版を発行。無料)を会場で配って。だけど、すぐに目に見える効果が出るわけじゃないかなら、いろいろやってみてる。

レコまつの影響でお店の売り上げが増えるとか、そういうダイレクトな「効果」以外の部分も、シーン全体では大きい意味をもっているようにも感じます。

加地:こういう祭りで、店のこととかあんまり把握してない人が、ばーっと買うやんか。それは、「○○さんのレコードを買いました」っていう意識より、「レコード祭りで買いました」っていう意識のほうが絶対強いと思う。だから、全体的に「レコードを買う」という行為が底上げされるというか、そういう効果があるんちゃうかな。それって、狙ったわけじゃないけど、なんかいい感じにできている気がすんねんな。

参加してるレコード屋同士の関係が、レコまつによって深まったりするんですか?

加地:毎回来る人らはすごい仲良くなってるよ。そのうちどっかに旅行でも行きだすんちゃう(笑)?

年齢構成はどんな感じでしたっけ?

加地:40代・50代、平均するとアラフィフくらいかな。

みなさんが若い頃って、こういうイベントはなかったですよね。だからなにかお手本があったわけじゃなくて。

加地:これね、「京都では(いままで)なかった」っていうのが、やろうかなってなった動機やったりするし。

モデルはあったんですか?

加地:いや、別に。俺は、すごい慣れてたからさ、レコードじゃなかったら。

古本市とか、《左京ワンダーランド》とか。

加地:そうそう、そっちで慣れてたから。この感じでレコード版をやったらいいのんちゃうのって。だから、手づくり市とかの集めかたといっしょで、呼べるところをいっぱい呼ぼうよって感じやったな。

でも結果的には、京都ローカルだけどすごいオープンなイベントになりましたよね。大阪とか神戸からもいっぱい人は来るし。ライブ・トーク・DJも、それ目当てで来る人はたぶんそんなにはいないけど、みんななんだかんだで、レコード買い終わったあと、見てますもんね、ふつうに。

加地:なんなんやろな、あの、がしゃがしゃした感じ(笑)。

ほんとそうですよね、みんな好き勝手に見て、喋ってて。

加地:特に、湯浅(学)さんといしい(しんじ)さんがやってるときは、妙な一体感があんのよ。ほったらかしっていうか、ほんまに、横でなんかやってはるわ、くらいの雰囲気。これやってるとき、なんかめっちゃ、完成度高いっていうか、すごい安心しておれんねん。

あとやっぱり、ジャンルが、これだけ揃えば当然、催しの内容もレコードの品揃えも、全体としてオールジャンルになるし、このごちゃまぜ感が、来る人には楽しいんじゃないですか。

加地:そうやね。まあ、ふだんから京都のレコード屋は、オールジャンルの店多いけど。さらに、ふだん店で扱ってないものをこれにあててきたりしよるから、もうなにが出るかわからへん(笑)。

そういう楽しみもありますね。でもなんで京都ってオールジャンルの店が多いんでしょうね? 大阪とかは専門店のイメージが強いですが。

加地:それはたぶん、街のサイズが影響してると思う。京都って、いわば「街歩き」の街やん。これを買いに行くっていうよりも、「出歩きに行く」ところ。レコード屋に行くことに関してもそうで、特定のジャンルの専門店のものはネットで新入荷をチェックしてればなんとかなる部分はあるけど、オールジャンルだとほんまにいつなにが入るかわからんから、どんなジャンルを好きな人もそれを見てまわって歩く。そうやって、いろんな人がごちゃごちゃ出入りしていくと、お店のほうもオールジャンル化していくんじゃないの? たとえば、〈ART ROCK NO.1〉さんも、もともとちょっと専門店ぽかったけど……。

インディーロック専門のイメージでしたね。

加地:でしょ? けどいまいちばんいろんなもん持ってるからね(笑)。

そうですね、狭い範囲に密集しているからみんな歩いてハシゴするし、レコード屋の近くには音楽好きな人が憩えるカフェもあるし。それでふらっと訪れる人たちのニーズに応えるかたちで、各店の商品構成が多様化するっていうのはあるかもしれませんね。そういえば、レコード屋めぐりに必要な『京都レコードマップ』は今年もレコまつにあわせて出すんですよね?

加地:もうあがってくる頃。今度は、英語と日本語と混合版(2015年は日本語版と英語版を別に作成した)。今回、このチラシ(日本語版のみ)を寺町通りのわりと大きいゲストハウス2軒に置きに行って、どっちもこういうチラシ受け付けてくれなさそうな大きいところで、ほんまに外国人ばっかり来るねんけど、「ああ、全然置きますよ」ってすごいウェルカムで。だから、持って行ったら持って行ったでつながるんちゃうかなって思って。それで、「地図できたらすぐ持って来ます」って言って(笑)。

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わざわざ京都までレコードを買いに来る外国のかたも増えるかもしれませんね。では、関西圏に住んでいて、「レコまつ、行ってみようかなどうしようかな」って考えている人に誘いの言葉をかけるなら、どういったものになりますか?

加地:ああ、あのね……、「こっそり垣間見ることもできます」(笑)。

え?(笑)

加地:それ重要やと思うねん、俺。こういうのって絶対、なにかしら密閉空間やん。でもこれってさ、こっそり見に来れるやん。

あ、外からね。そうですね(会場の〈ZEST御池 河原町広場〉は、地下の長大なショッピングモールの一角。地下鉄京都市役所前駅改札を出てすぐ。絶えず人が行き交う、開放的なエリア)。

加地:通りがかったふりとかもできるしさ。ほんで入れそうやったらちょっと入ってみようかなー、みたいな。めっちゃ大きい規模だったとしても、百貨店の上の催事場とかだったら、やっぱそのフロアに(わざわざ)「入る」みたいな感じがあるけど、これやとさ、ほんまに、「実は別の用事で歩いてるんですけどー」みたいな感じで(笑)。そういう、ちょっと「さらけ出してる」感が特徴的だと思う。

たしかに、オープンすぎる感じはありますね。じゃあ、逆に、コアなミュージック・ラバーには、どんな勧めかたをします?

加地:それは、いちばんの話で言ったら、さっき言ったみたいに、「なにが出るかわからん」っていうのはやってるほうも毎回思ってるし。あと、この様子のおかしいレコード市(笑)、こういうのも「あり」っていうか、なんやろ、「これ楽しくない?」っていうね。そういう提案というか。
たしかに、そういうすごいコアというか、ほんまに音楽好きな人も来るやんか。そんで知り合ったりしたら、その人別になんもしてないのに、どっかで買ったビールとか飲みながら、「楽しいわー!」とか言ってくれるのよ。そういう感じかな(笑)。(こっちが)「え、楽しいの、これ?」って言って(笑)。別にすごいレコードがあったからとかじゃなく、「いや、楽しい」って。それはすごい、いいなって思う。ふだんからだいぶ突っ込んでレコードを買っているような人でも、そんなこと言うんやって思って。こっちからしたら、そこまでマニアックなものを集めて「どや!」って感じでやってるわけじゃ全然ないから、そこはちょっと「ごめんね」っていうところがあったんやけども、でもそういうふうに楽しむ人もいるんやって。それはわりと、はっとしたけどね。なんかレコードで盛り上がってるっていうのが、うれしいんやろね。
1日目のDJしてくれるWATARU.Wくんなんかも、なんでもかんでも聴きたい人なんやけど、一日DJやってくれへんって頼んだら、めっちゃ喜んでくれて、「ここ何か月かで最大の仕事ですよ!」って(笑)。

なるほど。コアな人向けに作っていないところ(こそ)がコアな人なりに楽しめるポイントだっていうのは、おもしろいし、説得力がありますね。では、最後に、今回の目標なんかがあれば。

加地:目標? 目標はね……、「無事で」。やっぱりでかくなってくると……。

運営がたいへんになりますからね。

加地:わりと早い段階で大きいイベントに慣れている〈pocoapoco〉の寺尾さんとかから、「あんまり人ようさん来たら事故とかもあるかもしらんから」って言われて、それで(レコードの)下置き(机の下に置くこと)なくしたんやけど、そのとき正直、俺はまだ「別に大丈夫なんちゃうかな」って思ってたんよ。でもさすがに最近は「そうやな」って思って。「そういうとこもちゃんとしとかなな」って。ほんまに、無事に二日終わったら、すごい安心すると思う。

外からはけっこうカオスにやっているように見えるけど、実はみんな神経を遣ってるんですよね。

加地:それはほんまにそやと思う。

無事に、楽しく二日間が終わることを願っています。ありがとうございました。

*2016年7月2日、〈100000t アローントコ〉にて収録。

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 実を言うと私・村上は、《京都レコード祭り 第1回》にレクチャー担当で出演した経緯がある。そのときはたしか、開催の数日前に加地さんから依頼され、急遽読み上げ原稿を準備し、「入門・はじめてのアナログレコード――聴きかた、買いかた、そしてレコード屋さんがあることの意味」というレクチャーを会場で実演したのだった(第1回の報道記事はこちら→https://buzzap.jp/news/20130730-kansai-analog-record1/)。その際、加地さんらレコード屋店主だけでなく、出演する京都のミュージシャンのかたもスタッフとして早い時間から運営に携わっていて、本当に手づくりで成り立っているイベントなのだということを実感した。そして、回を重ね、来場者が増えていっても、やっぱり主催者の方々は交代でレジを打ち、レコードを袋に入れ、ライブやトークの機材準備をし、来場者からの問いかけに答え、楽しみながら汗をかいている。また、見えないところでは、仕事の合間を縫って(会場で無料配布する)『京都レコードマップ』の細かい改訂作業を行なう協力者もいる。きっと私の知らないところでハプニングやアクシデントもあるのだろうし、間違いなく主催の中心メンバーは準備で寝不足状態なのだろうが、みな当日は張り切って現場で動いている。
私は素直に、この《京都レコード祭り》を毎年開催している方々に敬意を表するし、こうしたシーンの裾野に「参加」できていることをうれしく思う。いわゆる「アナログレコード・ブーム」が喧伝されて久しいし、それを利用した展開も実際あるのだろうが、そうした流れとは無縁の、一つの地域のレコード店主たち──と、そのまわりにいる人たち──が自力で・協同で企画・運営を続けているこのシーンの存在は、街で遊ぶことが好きな、そして音楽の楽しみを人と分かち合いたい人からすれば、きわめて貴重で魅力的なものである。加地さんが言うように、まずはそれを「垣間見てみる」、そしてこの(レコまつという)「場所そのものを楽しむ」ことを実践してみてほしい。それはきっと、誰にとっても、「京都」で「レコード」を楽しんだという、かけがえのない「体験」になるはずだ。
最後に付け加えると、《京都レコード祭り》は、「祭り」と名乗るには奇妙な点があり、ここがとてもおもしろい点なのだ。レコまつは、出店するレコード屋やイベント主演者にとっては、「ハレ」の舞台。いうまでもなく祭りの主体だ。だが、祭りはそれだけでは成り立たない。もうひとつの主体は、それを取り巻く多くの通りすがりの人々。この人たちは純粋に「ケ」=日常の世界を生きている。この両者が偶然の流れによってごちゃごちゃに混在するところが、この祭りの場のいちばんの魅力だ。レコードを探しに来たお客さんは、その両面の要素をもっていて、この立場はこの立場でおもしろい。祭りの世界を、さまざまな立場の人々が、状況に応じて楽しむことができるのだ。だから、ただ外から眺める(=垣間見る)だけでも──会場に出店する〈Bar Rockpile〉では、ビール・ラムネ・冷やしあめ・みかん水を販売するので、お祭り気分も味わえる──興味深いポイントが見つかるだろうし、ぐいぐいとこの空間に浸り込んでいっても非日常の興奮が味わえるだろう。それは、たんに「探していたレコードが見つかった」/「お目当てのミュージシャンの演奏を聴けた」という次元とは異なる、「場の体験そのものの愉楽」というものだ。それを享受することで自然と、この京都のレコードシーンの内在的な地力・魅力に気づくことができるのではないかと思う。まずはほのかな期待を胸に、会場を通りがかってほしい。

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今年はまだ半分しか来てないのに、面白い映画が多いよねー。(三田)
僕もかなり面白いと思いますよ、今年は。観るべきものが多い。(木津)

三田:今年はまだ半分しか来てないのに、面白い映画が多いよねー。木津くんとは趣味が合うのかどうか、いつもよくわからないんだけど、どうなの、今年の映画は?

木津:三田さんとは合わない予感がうすうすしているんですが(笑)、僕もかなり面白いと思いますよ、今年は。観るべきものが多い。

三田:じゃー、お互いのベスト5を書いて見せ合おう。

(シャカシャカシャカ……パッと見せ合う)

木津:あれー、1作も重なってませんね。

三田:なんで『クリーピー 偽りの隣人』が入ってないの! 邦画差別だ!

木津:やめてくださいよ(笑)! いや、『クリーピー』も楽しく観ましたよ。非常に黒沢清監督的な、映画映画した演出が充実していたことが僕は良かったですが、三田さんはどういうポイントで評価されてるんですか?


『クリーピー 偽りの隣人』©2016「クリーピー」製作委員会

三田:まずは『リアル』で、この人は完璧に終わったと思っていたので、単純に復活したなと。しかもファンが期待するジャンルで。実は後半はサーヴィスのようなもので、極端なことをいえばなくてもいいというか、日常のディテールを執拗に積み上げていく前半に引き込まれたんですよ。フランスでル・ペンが大統領候補に残った時にローラン・ガルニエが「隣人が信じられなくなった」と言っていたんだけど、いまの日本も隣人というものがナゾを通り越して政治的な文脈では敵にしか見えなくなってきた面があるのではないかと。ヘイトはその幼児的な表れだし、監視カメラやSNSが地縁にとって替わられてきた感触をうまく捉えている。女子大生が隣人をストーキングする岸善幸監督『二重生活』はディテールを積み上げる前にドラマティックになり過ぎて、同じような共感は覚えにくかったんだけど、問題意識には共通のものがあるように思えた。「クリーピー」というのは、いわば「キモい」という意味だけど、自分と違う意見の持ち主に対して漠然と抱いているムードを表す言葉として適切なものを選んだなという感じ。

まずは『リアル』で、この人は完璧に終わったと思っていたので、単純に復活したなと。しかもファンが期待するジャンルで。実は後半はサーヴィスのようなもので、極端なことをいえばなくてもいいというか、日常のディテールを執拗に積み上げていく前半に引き込まれたんですよ。(三田)

木津:なるほど。前作『岸辺の旅』でも、そばにいる人間が生きているか死んでいるかすらわからなかったですからね。映画としても、観客ははじめ西島秀俊を主人公だと思ってひとまず信頼するんですけど、あまりにも事件に入りこんでいくからだんだん信用できなくってくる。隣人だけじゃなくて、家族も部下も疑わしい、漠然とした不信感が画面を覆っている感じ……それがSNS時代と言われると、うなだれてしまうところがありますね。三田さんはサーヴィスだとおっしゃいますが、だからこそ後半、映画がドライヴしていくのに僕は興奮しましたね。

三田:後半はまったく違うストーリーでも成り立つと思ったんだよね。話の導入部も移動だったけど、後半に移動を重ねることで地縁の否定をさらに印象付けている。それでも、いまの日本に体裁として残されているのが血縁で、家父長制は自発的につくられてきたんじゃないかという告発は興味深いものがあった。あるいはすでにその程度のものでしかないということだよね。これは安藤桃子監督『0.5ミリ』(2014)でもハードに追求されたテーマだったけど、前田司郎監督『ふきげんな過去』がすでに失われた家父長制をスタート地点としていたこととも遠くで呼応しているんじゃないかと。黒沢清と『贖罪』でタッグを組んでいた小泉今日子が次にこの映画を選んだのは芸能界的に少々できすぎな気もしましたが。

木津:『あまちゃん』でも基本的には父が不在でしたから、小泉今日子が案外そういう役目を負っているのかも……と言ったらこじつけすぎですかね。ただ家父長制がもはや滅びゆくものなのだとしたら、ペドロ・アルモドバルが何度もやっているような、男を必要としない世代のやり取りっていうのは日本映画でこそ観たい気はします。『クリーピー』に話を戻すと、そういう意味では、隣人の子どもが女の子っていうのはポイントですよね。家父長制に完全に与することはない、という。『ソロモンの偽証』(2015)で典型的な立ち向かう少女を演じていた藤野涼子が、ここでも物語を旋回させる役回りで。これが男の子だったら違った話になっていると思えます。

三田:『トウキョウソナタ』の男の子は最後に出すマイティカードとしては実に無理があったからね(笑)。あんなことで解決できたら世話はないというか。黒沢清は一種類の女性しか描けなかったのが『贖罪』で変わったと発言しているので、あそこがターニング・ポイントになったことは確か。北野武も宮崎駿も村上春樹も女性を描けないことがなぜか許されている国で黒沢清が家父長制にもっと踏み込めたら、けっこう面白いことになるかもしれない。「男を必要としない世代」というのは『アナと雪の女王』で世俗的なフォーミュラはすでに確立されているし、応用だけで済む段階になっているから、こじつけていえば『ふきげんな過去』がそこにスパっと当てはまってしまう面もなくはない。それこそ主演の二階堂ふみが誰から何を受け継ぐかというテーマを達者に演じていて、しかも、その回路を巧みに屈折させているところが非常に面白かった。最近の邦画ではかなり珍しい発想だと思う。

木津:『ふきげんな過去』についてはたしかにそうですね。序盤から終盤まで、世代の異なる女たちがどうでもいい話をうだうだ喋っている感じなんかは、邦画であまり見られない光景ですもんね。しかもいまの話の流れで言うと、血縁と地縁の両方が組み込まれていて、そこからいかに逃れられないか、もしくはいかにして逃れるか、というテーゼが両方とも描かれている。僕は女が移動する映画の系譜が脈々とあると思っていて、そしてそういう作品は面白いものが多い。『ふきげんな過去』の場合は、移動する女と留まる女の両方がいて、二階堂ふみがそのどちらの可能性も秘めた存在としていますよね。そこが現代的なのかなと。「巧みに屈折させている」っていうのは、もう少し具体的に説明するとどういうことですか?

三田:具体的にはスポイラーになってしまうので言えないけれど、結論だけを見ると「反社会性」は血縁に由来するということになってしまいそうなのに、そんな単純なことではないでしょうと思わせるだけの仕掛けが施してあったなと。極端なことを言うと、オウム真理教の子どもたちのことを考えてしまったんですよ。そこまでは想定してないと思うけど。

木津:ふーむ。たしかに、「反社会性」がかなり意図的に用意されていたように見えました。

『ロブスター』はおもしろかったですねえ。ミヒャエル・ハネケやラース・フォン・トリアー、ウルリヒ・ザイドルがやってきたようなことにぐっと笑いを持ちこんだことは大きいですよ。(木津)

三田:あと、邦画をもう一本、『太陽』を。監督の入江悠は閉塞感を絵で見せるのが実に上手いなと思ったことがあるんですよ。『サイタマノラッパー3』で視界がまったく利かない逃避行のシーンがそれなんだけど、ヒップホップをモチーフにしていることが壁になって、実際、ヒップホップが嫌いじゃなくても面会のシーンはあまりにクドいので、あのシーンを時代の表現として捉えた人は限られているだろうなと。それが『太陽』では町ひとつを隔離するという設定なので、あの閉塞感がどのように変容したかが観られるのではないかと思って。結論から言うと、『太陽』というのは蜷川幸雄の演出が話題になった作品で、それにだいぶ引きずられてしまったのかなあと。自分の文法を明確に持ち込めなかったという印象がどうしても残ってしまった。とくに、今年はヨルゴス・ランティモス監督『ロブスター』が隔離というテーマをこれでもかと絞り込んで見せたので、ついつい比較してしまうところもあって。

木津:『ロブスター』はおもしろかったですねえ。ミヒャエル・ハネケやラース・フォン・トリアー、ウルリヒ・ザイドルがやってきたようなことにぐっと笑いを持ちこんだことは大きいですよ。配役もいいし、単純に設定がキャッチーで巧いんですよね。俗っぽいのもいいなと思う。だから俗っぽい例で言うと、『セックス・アンド・ザ・シティ』が結婚しない女たちの話だったはずなのに人気が出たら結局そこに回収されるしかなかったように、あるいは東村アキコの『東京タラレバ娘』で結婚から取り残されることがリアルな恐怖として描かれてヒットしているように、世のなかが経済的に困窮していくなかで制度に歩み寄らない人間が異様なものとして扱われることへの不安がヴィヴィッドに表れている。パートナーのいない人間は動物にされる=理性を奪われるというのもすごく端的だし。あるいは、制度から外れる人間は極端な運動に巻き込まれざるを得ない。いま同性婚の制度化が世界的に進むなかでゲイ・コミュニティの内部で意見が分裂しているところがありますが、『ロブスター』が描いていることを後景に置くとそれもすごく納得できるというか。モノガミーに対する疑念がありながら、だからと言って適切な代案も見当たらないことに対するフラストレーションがよく描かれているなと、僕は思いましたね。


『ロブスター』©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film,
The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

三田:ランティモスはデビュー作『籠の中の乙女』(09)でも隔離をテーマにしていて、同じ設定なのに、今回は大量の要素を盛り込んだよね。監督本人は他人と生きなければいけないのも苦痛だし、ひとりで生きるのも苦しいとか、適当なことを言ってたけど、それは間違っていて、どちらも制度として機能しているから限界があるんだよね。監督が発言している通りだったら、誰かと生きなければならない社会で、時々、ひとりになれる時間を制度的に保障してあげれば解決してしまう可能性は高い。それどころか、いまの日本にはミシェル・ウェルベック『闘争領域の拡大』を経てもなお、まだ「恋愛をしない自由がある」と開き直れる余地は文化的にも経済的にもあるし、橋口亮輔『ハッシュ!』(02)みたいに3人で暮らしたいというケースがあれば、その方がラジカルな選択になってくる。そういう意味では、僕はどちらかというと、古い左翼にダメ出しをした映画に思えたんですよ。対立項というのは結局のところ同じ価値観の裏表でしかないと。体制批判はいくらでもあるけど、反体制批判は珍しい。

木津:なるほど。そこに、いまヨーロッパを中心にアイコニックな存在になっているレア・セドゥを持ってくる捻れたセンスがランティモス監督なのかなという気がしますね。

三田:レア・セドゥは映画の選び方が無茶苦茶すぎて、もはやそれだけで面白い。あの森のシーンを見て、しかし、僕はデル・トロ『パンズ・ラビリンス』(06)でレジスタンスが潜んでいた森に意識が飛んでしまって。公開から10年経ったのかと、思わず観直してしまったんだけど、あれが、しかし、南ヨーロッパの経済的破綻を予感させる映画だったとしたら、同じスペインのその後、破綻後の景色を収めたものがカルロス・ベルムト監督『マジカル・ガール』ではないかと。いまはもう、スペイン経済は回復基調なので、少し前の風景ということなんですけど。

木津:ベルムト監督はしかも若いですからね。あの硬質なノワールは伝統的なようでいて新しい感性でもあるということだし、いま三田さんがおっしゃったように経済破綻が背景にあるとすれば、それを直撃した世代の率直な言い分だとも思えてきます。僕は『マジカル・ガール』は、金銭の獲得が肉体的な苦痛と直結していることが気になりました。セックスもバイオレンスも金銭の移動を誘発する行為でしかなくなっているというか……カネを得るための代償が、文字通り「痛い」ものになっている。しかもその場面は見せないでしょう? バイオレンスの快楽も観客に許さない、すごいドライさだなと思って。それにしても、この悲惨だけど笑えてしまえる話に、日本のカルチャーが参照されたのってどうしてなんでしょうね。単純に監督が日本にいたからとか好きだったからとか、そういうレベルの話じゃないものを感じるんですが、それが何かが判然としなくてちょっとモヤモヤしてるんですよ。

三田:共同体がどこにもないんだよね。喫茶店ぐらいかな。『ロブスター』と正反対。「痛い」と言われて、当時、スペインの女の人たちが卵子を売って暮らしていたことを思い出した。そういう報道があって、同じ時期にジンバブエでは道端で男が女たちに襲われる精子強盗が話題になっていて、最近は金がなくても遺伝子を捕られちゃうんだなと。そうやって得たお金を、しかも、憲法の本に挟んで渡すんだよね。あれはスゴい皮肉。どこもかしこも超法規的なことばかりなのに。日本文化を持ち出しているのは、いい方に考えれば救いを求めているのかなとも思うし、そもそも、あの女の子が日本に興味を持ったばかりに……とも取れるので、なんとも言えない。『ポケモン』を観てスペインの子どもが自殺したという報道もあったから、何かスペイン人にとって、ジャパニメイションとかは死生観を揺らがせるメタファーに満ちているのかもしれない。

木津:それは何ともドンヨリする話ですね……。身体性についても本当に経済の問題なんだ。ベルムト監督もそうだし、上半期は比較的新しい作家が目立ったかなと思います。アンドリュー・ヘイ『さざなみ』、ネメシュ・ラースロー『サウルの息子』、ミシェル・フランコ『或る終焉』、ジャスティン・カーゼル『マクベス』などなど。どれも見応えありましたが、なかでも、いまの文脈に通じるのはデヴィッド・ロバート・ミッチェル『イット・フォローズ』でしょうか。すごくいい意味でインディペンデント感のある青春ホラー映画なんですけど、描いていること自体は真っ当な思春期性でありながら、背景に荒廃したデトロイトの街が映りこんでいる。それがすごく良かったですね。スフィアン・スティーヴンスがデトロイトの衰退について歌ったのもすでに13年ほど前で、若い世代にとっては廃墟のような街がもう前提なんですよね。『マジカル・ガール』のノワール、『イット・フォローズ』のホラーと並べてみると、経済が破綻してもはや回復しないであろう地点で何を描くか、という共通点が見えてきます。いまのところそれは死であり呪いであり暴力なんですけど、さらにいろいろなことがテーマになってくるでしょうね。

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三田:ベン・ウィートリー監督『ハイ・ライズ』は、そういう意味では崩壊に至るまでのプロセスを辿り直してくれたようなところがあった。70年代に原作を書いていたJ・G・バラードの予見性もさることながら、これは同時に再開発によってイギリスから失われていく風景を記録したものにもなっていて、具体的であるがゆえにかえって観念的なブラック・ジョークにしか思えなくなってくる。妙な神話性を帯びてくるというか。バラード・ファンに受けた『マッド・マックス 怒りのデスロード』もまったく同じだったんだけど、そうなると美術や特殊効果にやたら凝りまくるという感覚は興味深いよね。『ハイ・ライズ』はジェレミー・アイアンズを起用している時点でクローネンバーグを意識していることは自明だし、縦横無尽にインサートされるショート・カットがそれこそクローネンバーグのカット・アップに観えてくるんだよ。あれは実に楽しめた。ウィートリーも含めて若い才能ももちろんいいんだけど、同じような映像の快楽を味わわせてくれたのが『イレブン・ミニッツ』のイエジー・スコリモフスキ監督で、78歳とは思えない発想、斬新な映像感覚、カット割り、そして音楽だった。

木津:『イレブン・ミニッツ』! 素晴らしかったですね。公開は8月ですが、僕も今年ベストの1本ですね。描いていること自体も非常に現代的ですし、でもそれ以上に映画的快楽を浴びているうちにあっという間に終わっているという。タランティーノの『ヘイトフル・エイト』も頑張ってましたが、この域まで行ってほしいですねー。エンニオ・モリコーネの音楽に助けられてるところもありましたから。『ハイ・ライズ』はまだ観れてないんですが、ポーティスヘッドによるアバ“SOS”のカヴァーが主題歌になったのが話題になってましたね。その組み合わせ、センス良すぎるだろっていう。スタイリッシュなSF繋がりで言うとアレックス・ガーランド『エクス・マキナ』の音楽もジェフ・バーロウが手がけていて、そういうところにいまも要請があるのはほんとさすがだな、と。話自体は人工知能を描いたものとしてはわりとオーソドックスなんですけど、インターネットが重要な要素として描かれているのは大きいと思いました。さっきの家父長制の話で言うと、娘が強権的な父に囚われていると見なせるんですが、それが地縁でも血縁でもなくネットの検索ワードに支えられてるんですよ。これはすごく現代的だと思いました。と同時に、やっぱり家父長制みたいなものがそんな世界でもテーマになるんだな、とも。ダン・トラクテンバーグ『10クローバーフィールド・レーン』、デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン『裸足の季節』と、娘が父権的なものに閉じこめられている映画をやたら続けて観ている気がします。この対談のテーマのひとつですね。

三田:どれも観てないので少し違うかもしれないけど、レニー・アブラハムソン監督『ルーム』でも娘の子どもを父親が受け入れない場面があったよね。あそこはステップ・ファミリーの方がイレギュラーな事態に対処できるという図式になっていた。娘は娘で母親に「あなたが教えたように、困っている人に親切にした結果がコレだ」と批判する場面もあって、母と娘も修復できないのかと思ったら、あの子どもが「僕、ばあばのこと好きだよ」と逆からブリッジをかけることになって。アブラハムソンがひとつ前に撮った『フランク』で主人公がおかしくなってしまう理由と、そこからの脱出を音楽に求めていたのに対して、『ルーム』は音楽というファクターなしで同じことをやってみたのかなと。前半と後半で隔離の質が変わるだけというのは『ロブスター』にも通じるものがあるというか。他人に閉じ込められるか、家族に閉じ込められるか。

木津:うーん、じつは僕は『ルーム』は引っかかるところが多くてあまり受け入れられなかったんですが、そう言われるとなるほどと思います。娘の子どもを父親が「見れない」と言う場面が一番ヘヴィでしたね。だから僕は、「見ること」についての話だと思ったんですよ。自分が暴力の被害に遭ったことをいかにして見るか、受け入れるか。そして子どもにとってははじめて「見る」世界が待っている。ただ、子どもがはじめて空を見る場面でドラマティックな音楽が流れたり、やり方としてはちょっとあざといんじゃないかなと。三田さんがおっしゃるようにステップ・ファミリーという点ではオルタナティヴな家族の形を示しているようにも思いますが、ただ、その共同体が彼の純粋さに救われてしまっていいのかと感じたんですよ。何より観客が救われた気分になれてしまう。少女監禁を描いた映画では世間的にこっちは大絶賛で、後味の悪さが残ったアトム・エゴヤンの『白い沈黙』(14)がボロカスっていうのはちょっと不平等かなと。

三田:『白い沈黙』ってボロカスなの? それは随分だなー。『ルーム』は『フランク』の監督だということ以外、設定は何も知らずに観たので、空を見る場面はとんでもない開放感がありましたよ。盛り上がりすぎて音楽が流れていたことすら気づかなかった(笑)。確かに「観客が救われた気分になれてしまう」ということはあるかもね。観ながら、実は『ネル』を思い出していたんだけど、意図的なのか偶然なのか、ショーン・ブリジャースが両方の作品に出ていて。『ネル』になくて『ルーム』にあるのは強力な母子関係なので、子育てで気が変になる母親のことも考えざるを得なかった。ショーン・ブリジャーズの役回りと世の中の父親って大して違わないじゃない? それがそのまま山下敦弘監督『オーバー・フェンス』にも被っていくんだけど、公開が9月だから、これはさすがにやめよう(笑)。

木津:そうですね(笑)。うーん、だから、そういう閉じた母子関係みたいなものがしんどかった部分も、僕はあるかもしれないです。ブリー・ラーソンはもっと別のところでも希望を見つけてほしいというか。ではここで僕の上半期ベストのトッド・ヘインズ『キャロル』の話をするんですが(笑)、いまの流れで言うと、そっちには母であることを奪われていく女が出てくるんですよ。女を愛する女であるということと、母であるということを両立させてもらえない時代であり世界の話ですね。いま同性愛を扱うのなら、いかに過去を描くかだと思うんですよ。ローランド・エメリッヒの『ストーンウォール』はホワイトウォッシュだと言われてボイコットまでされましたが、要するにいまの状況の下地をきちんと検証することが重要になっている。『キャロル』の場合は60年代の前の50年代ということが強調されるんですが、そのことによってトッド・ヘインズのかねてからの古典映画への憧憬がはじめて結実したように思えたことがひとつ。「同性愛を美化している」との評もいくつか見ましたが、それはまったく逆で、50年代のハリウッド映画の美的世界に同性愛を持ちこんでいるんですよ。当時は許されなかったわけですからね。もうひとつは、ルーニー・マーラの側から見ると、自分の欲望するものを手に入れようとする女の一瞬を描いているという、とてもシンプルな意味での女性映画だと思えたことですね。LGBT関連では老ゲイ・カップルのちょっとした問題と日常を描いたアイラ・サックス『人生は小説よりも奇なり』も素晴らしかった。こちらは現代のニューヨークを描いていますが、熟年夫夫なので過去が透けて見えてくる。それはふたりの過去であり、数々のゲイたちの歴史であり……。僕、ブームもあるからゲイ映画は基本的に疑って観るようにしているんですが、これに関してはもうずっと泣いてました(笑)。


『キャロル』 ©NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

三田:さすがに力が入りますね(笑)。『キャロル』は観てないんだけど(観なくちゃね)、ジル・ソロウェイ『午後3時の女たち』とかグロゼバ&バルチャノフ『ザ・レッスン』とか、女性がちょっとした欲望を持つ映画ってたいてい悲劇になるのはそれが現実的だという判断なのかしら。ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ『リザとキツネと恋する死者たち』なんか、そこまでいじめることはないだろうと思うけど、やっぱりその方が説得力があるのかなーと。やっぱ観そこなっちゃったんだけど、トム・フーパー『リリーのすべて』はどうなんですか?

木津:あ、まさにそういった文脈で僕はあまり評価していないです。実話がもととはいえ、トランスジェンダーの悲劇性が強すぎるように思えて。しかもそこで観客が涙するっていう構造になっているのがね……。トランスジェンダーなのでこれも女の映画と言えますが、そういった意味では『キャロル』と逆なんですよ。女の悲劇が現実に則したものなのだとしたら、僕はやっぱりそれを描いた上で、乗り越えていくものが見たいと思います。だから僕は、トランスジェンダーの娼婦をある種溌剌と描いているというショーン・ベイカー『タンジェリン』を一般公開してほしいですね。しかし女の話ばかりしてますね、この対談。

三田:男はスパイになって飛び跳ねてるだけだからねー。そう言われてみると、男はドラマを持ってないのかも。火星に行ったり、雪山に登ったり、部屋にいたりするだけで。役者的に見てもトム・ハーディやマイケル・ファスベンダーが人気なのはいいけど、あまりに癖がなさ過ぎる。本当にしょうがない男を描いたチャーリー・カウフマン『アノマリサ』はそこを突いたということなんでしょううか。ジョージ・クルーニーやチャニング・テイタムにスパイもののパロディをやらせたコーエン兄弟『ヘイル、シーザー』はけっこう笑えましたけどね。

木津:『ヘイル、シーザー』はちょっと気が利きすぎですよー。ほんとに笑えるだけっていうか。『アノマリサ』はテーマとスタイルがピッタリ合っていて感心する半面、あまりにもカウフマン的な現代人の鬱の話なんでちょっと心配になっちゃいました……。でも、スピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』は飛び跳ねないスパイを描いていたじゃないですか? 大御所の意地というか、あの地味な辛抱強さはやっぱり偉いし、グッときましたよ。まあ、今回の話の流れで言うと父権的なものを讃えているとも取れて、そこは僕がマッチョなものに抗えないところが出ちゃってるかもしれないですけど(笑)。

三田:『ヘイル、シーザー』は政治に左右されず単純に面白い映画を撮りたいというメッセージはしっかりあるじゃない! ジョージ・クルーニーもわざわざ共産主義にカブれる役をやるなんてセルフ・プロデュースの能力が高いなーと関心したし。『ヘイル、シーザー』だけじゃなくて『完全なるチェックメイト』とか『ムーンウオーカーズ』が冷戦ものにどんどん変化球を加えてくるなか、『ブリッジ・オブ・スパイ』は剛速球という感じでしたね。「007」シリーズが全盛期に匹敵する盛り上がりを見せているということは、エクスキューズなしのエンターテイメントをやるチャンスでもあって、木津くんはダメかもしれないけど、僕はガイ・リッチー監督『コードネーム U.N.C.L.E.』(15)が去年のベスト5に入るんですよ。スタイリッシュなのに斜にかまえたところが一切ないというのはなかなかできないことだし、かつての「007」シリーズに対する、当時の「カジノ・ロワイヤル」的な知性を感じるところがあった。角砂糖のシー ンが最高でしたね。

木津:おおー、ここで『コードネーム U.N.C.L.E.』を三田さんが褒めるとは(笑)! 僕はご予想の通り、ダメだったなー……編集がチャラチャラしてるように感じてしまいました。でもたしかに、政治から逃れられないムードは欧米の映画ではいま強いでしょうね。

三田:『ブリッジ・オブ・スパイ』は60年代の冷戦ものに対して、悪くいえばお勉強的な視点を持っているよね。たまたまキャロル・リードが50年代に撮った『二つの世界の男』を観た後だったので、ベルリンに壁が建設されていく過程は余計に歴史的な重みを伝えてくるところもあって。冷戦というのはスパイの遊び道具じゃないんだよというか(その後で観たマルクス・ディートリッヒ監督『ビームマシンで連れ戻せ』にはベルリンの壁に対するさらに異なった認識が展開されていて驚愕でしたけど)。木津くんが感じるように父権的なモードを発動しているとしたら、それは、僕はあの映画がエドワード・スノーデンを意識しているからではないかと思うんだよ。『ソルト』(10)だったら、スパイは根無し草のように扱われるし、国家が庇護するという感覚からはほど遠いんだけど、スノーデンは正義を行ったんだという感覚を捨てきれないアメリカ人も多いだろうし、そのまま当てはまるわけではないけれど、国家が市民をどう思っているかという意識が反映されている気がして。

木津:ああ、スノーデンのブームもすごいですよね。かなりアイコニックな存在になってますね。

三田:今年のレコード・ストア・デイにスノーデンがトランスのレコードを出してたね。ジャン・ミッシェル・ジャールのサウンドにスピーチを載せてるだけなんだけど。



木津:スノーデンのトランスって……。踊っていいのかわからなくなっちゃいますね。そう言えば、スノーデンによる一連の暴露の過程をリアルタイムで追ったドキュメンタリー『シチズンフォー スノーデンの暴露』はなかなか興味深かったですよ。

三田:そんなものを撮ってたんだ。

木津:アメリカでは2014年に公開されていてそのスピード感はさすがアメリカ映画だなとは思ったんですけど、2016年にこれを観られたのはある意味ラッキーで、「結局オバマ時代って何だったんだろうなー」とボンヤリ考える契機になったというか。リバタリアンのスノーデンに対しては政治的な観点では疑問に思うところもありますけど、ただ、アノーニの“オバマ”じゃないですが、いまのどんよりとした失望感みたいなものはうまく抜き出してるかなと。それと、カメラがまさにそれが起こっている現場にずっとあったっていうのは、単純にやっぱり興奮しましたね。

三田:なんでも撮るよね、いまは。

2016年の上半期を象徴する映画っていうと何になりますか? 僕はディズニー映画の『ズートピア』なんですが。(木津)

木津:ただドキュメンタリーでは、森達也監督の『FAKE』が逆のアプローチをしているように思えて、さらに面白かったんですよ。佐村河内守の例のゴーストライター事件のあと、基本的には佐村河内側にカメラと監督が密着しているだけなんですけど、絶妙なところで電車が走ってきたり「劇映画の演出みたいだな」って思うところがあるんですよ。観客に対して、ずっと「これは現実なのか演出なのか?」と不安にさせるところがある。『シチズンフォー』がアメリカン・ジャーナリズム的に真実の重要性を訴えているとしたら、『FAKE』は「そもそも真実をひとは見たいんでしょうかね」という不敵な態度があって僕はゾクゾクしましたねー。これは問題意識的にも、いまの日本をよく表しているなと思いました。では最後に、個人のベストは別にして三田さんは2016年の上半期を象徴する映画っていうと何になりますか? 僕はディズニー映画の『ズートピア』なんですが。

三田:なんだろ。クリスティン・ウィグが出てる映画全部。『ミニー・ゲッツの秘密』『オデッセイ』『ズーランダー2』『ゴーストバスターズ』……まだやってないけど、あの鼻のカタチが気になる……。

木津:なんでですか(笑)。僕が『ズートピア』をここで挙げたいのは、#BlackLivesMatterかつ、女の映画ですから。ビヨンセの『レモネード』とセットで観るといいのかな、と。ただ、実際に観ると完成度は高いし、評価が高いのもすごく分かるんですけど、同時にアメリカがいま分断されていることも表しているな、とも思っちゃって。数年前からポリティカル・コレクトネスの問題は気になっていたんですが、ある意味これは決定打だなと。ドナルド・トランプを支持するようなひとたちは説教くさいと思うだろうし。あの世界が「ユートピア」なのは基本的にリベラルな意識が浸透しているからで、そうではないひとたちとは話自体が噛み合わなくなっているということなんだな、としんみりしてしまって。完成度が高いだけに……ということですけどね。とくにアメリカは政治的なモードがしばらく続くとは思うので、よくも悪くも11月の大統領選がターニング・ポイントになるでしょうね。ここ数年の映画は、こうして振り返るとその前夜のムードをすごく感じますよ。

2016年 上半期ベスト5

木津毅
1. キャロル
2. 母よ、
3. ブリッジ・オブ・スパイ
4. 人生は小説よりも奇なり
5. さざなみ
次. LOVE 3D

三田格
1. ロブスター
2. マジカル・ガール
3. ルーム
4. ふきげんな過去
5. クリーピー 偽りの隣人
次. ビームマシンで連れ戻せ

 6/25に惜しまれながら閉店したアザー・ミュージックは、6/28に最後のインストアライブを行った。バンドは、75ダラービル、リック・オーウェン率いるドローンでジャミングなデュオである。5:30開演だったが、4:30にすでに長い行列が出来ていた。こんな人数が店内に入るのかなとの心配をよそに、時間を少し過ぎて、人はどんどん店の中に誘導されていく。すでにレコード、CDの棚は空っぽ、真ん中に大きな空間が出来ていた。こんながらーんとしたアザー・ミュージックを見るのは初めて。たくさんのテレビカメラやヴィデオが入り、ショーはリック・オーウェンの呼びかけでスタート。デュオではじまり、順々にスー・ガーナーはじめ、たくさんの友だちミュージシャンが参加し、ユニークで心地よいジャムセッションを披露した。たくさんの子供たちも後から後から観客に参加し、前一列は子供たちでいっぱいになった。私は、ジャム・セッションを聴きながら、いろんなアザー・ミュージックでの場面がフラッシュバックし、なきそうになった。インストア・ショーが終わると、彼らはそのままストリートに繰り出し、この後8時から、バワリー・ボールルームで行われる、「アザーミュージック・フォーエヴァー」ショーへ、マタナ・ロバート、75ダラービルなど、この日のショーで演奏するミュージシャンとプラスたくさんのアザー・ミュージックの友だちが、セカンドライン・パレード率い誘導してくれた。アザー・ミュージックの旗を掲げ、サックス、トランペット、ドラム、ギター、ベース、などを演奏しながら、アザー・ミュージックからバワリー・ボールルームまでを練り歩いた。警察の車も、ニコニコしながら見守ってくれていたのが印象的。バワリー・ボールルームの前で、散々演奏したあと、みんなはそのまま会場の中へ。


Geoff & daniel @ other music staff。私個人的にとってもお世話になりました。


Juliana barwick


Frankie cosmos

 バワリー会場内もたくさんの人であふれていた。コメディアンのジャネーン・ガロファロがホストを務め、バンドを紹介する(いつの間にか、アザー・ミュージックの共同経営者ジョシュ・マデルに変わっていたのだが)。ジョン・ゾーン、サイキック・イルズ、マタナ・ロバーツ、ビル・カラハン、ヨラ・テンゴ、ヨーコ・オノ、ジュリアナ・バーウィック、シャロン・ヴァン・エッテン、フランキー・コスモス、ヘラド・ネグロ、メネハン・ストリートバンド、ザ・トーレストマン・オン・アースがこの日の出演陣。ドローン、サイケデリック、ジャズ・インプロ、フォーク・ロック、ポップ、ロック、アヴァンギャルド、エレクトロ、インディ・ロック、ファンク、ラテン、ビッグ・バンド、などそれぞれまったくジャンルの違うアーティストを集め、それがとてもアザー・ミュージックらしく、ヘラド・ネグロのボーカルのロバート・カルロスは、「これだけ、さまざまなミュージシャンを集められるなら、アザー・ミュージックでミュージック・フェスティヴァルをやればいいんじゃない」、というアイディアを出していた。オーナーのジョシュが、バンドひとつひとつを思いをこめて紹介していたことや、お客さんへの尊敬も忘れない姿勢がバンドに伝わったのだろう。


Sharon Van etten

 サプライズ・ゲストのヨーコ・オノが登場したときは、会場がかなり揺れたが、ヨーコさんのアヴァンギャルドで奇妙なパフォーマンスが、妙にはまっていておかしかった。ヨ・ラ・テンゴとの息もばっちり。個人的に一番好きだったのは、トーレスト・マン・オン・アースとシャロン・ヴァン・エッテン、ふたりとも、個性的な特徴を持ち、いい具合に肩の力が抜け、声が良い。最後に、アザー・ミュージックの昔と今の従業員たちが全員ステージに集合し、最後の別れをオーナーのジョシュとクリスとともに惜しんでいた。スタッフを見ると、なんてバラエティに富んだ人材を揃えていたのか、それがアザー・ミュージックの宝だったんだな、と感心する。スタッフに会いにお店に通っていた人も少なくない(私もその中の一人)。バンド間でかかる曲も、さすがレコード屋、アザー・ミュージックでよく売れたアルバム100枚が発表されたが、その中からの曲がキチンとかかっていた。最後のアクトが終わり、みんなで別れを惜しみながら、写真を取ったり挨拶したり。会場で、最後にかかった曲はコーネリアスの“スター・フルーツ・サーフ・ライダー”だった。21年間、ありがとうアザー・ミュージック。

https://www.brooklynvegan.com/yoko-ono-yo-la-tengo-sharon-van-etten-bill-callahan-more-played-other-music-forever-farewell-pics-review-video/

■Other Musicで売れたアルバム100枚

1. Belle and Sebastian – If You’re Feeling Sinister
2. Air – Moon Safari
3. Boards of Canada – Music Has the Right to Children
4. Kruder and Dorfmeister – K&D Sessions
5. Yo La Tengo – And Then Nothing Turned Itself Inside Out
6. Os Mutantes – Os Mutantes
7. Neutral Milk Hotel – In the Aeroplane Over the Sea
8. Sigur Ros – Agaetis Byrjun
9. Arcade Fire – Funeral
10. Magnetic Fields – 69 Love Songs
11. Belle and Sebastian – Boy with the Arab Strap
12. Cat Power – Moon Pix
13. The Strokes – Is This It
14. Yo La Tengo – I Can Hear the Heart Beating As One
15. Talvin Singh Presents Anokha: Sounds of the Asian Underground
16. Joanna Newsom – Milk-Eyed Mender
17. Interpol – Turn on the Bright Lights
18. Cat Power – Covers Record
19. Cornelius – Fantasma
20. Serge Gainsbourg – Comic Strip
21. Belle and Sebastian – Tigermilk
22. Godspeed You Black Emperor – Lift Your Skinny Fists
23. Amon Tobin – Permutation
24. DJ Shadow – Endtroducing
25. Animal Collective – Sung Tongs
26. Dungen – Ta Det Lugnt
27. Beirut – Gulag Orkestar
28. Belle and Sebastian – Fold Your Hands Child, You Walk Like a Peasant
29. Clap Your Hands and Say Yeah – S/T
30. ESG – South Bronx Story
31. Cat Power – You Are Free
32. Broadcast – Noise Made by People
33. The Notwist – Neon Golden
34. Animal Collective – Feels
35. Mum – Finally We Are No One
36. Elliott Smith – Either/Or
37. White Stripes – White Blood Cells
38. Bjorn Olsson – Instrumental Music
39. Boards of Canada – In a Beautiful Place
40. Tortoise – TNT
41. Handsome Boy Modeling School – So How’s Your Girl?
42. Antony and the Johnsons – I Am a Bird Now
43. Zero 7 – Simple Things
44. Broken Social Scene – You Forgot It in People
45. Flaming Lips – Soft Bulletin
46. Devendra Banhart – Rejoicing in the Hands
47. Panda Bear – Person Pitch
48. My Bloody Valentine – Loveless
49. Kiki and Herb – Do You Hear What I Hear?
50. Thievery Corporation – DJ Kicks
51. Boards of Canada – Geogaddi
52. Yeah Yeah Yeahs – S/T EP
53. TV on the Radio – Desperate Youth
54. Yo La Tengo – Sounds of the Sounds of Science
55. Sufjan Stevens – Greetings from Michigan
56. Stereolab – Dots and Loops
57. Tortoise – Millions Now Living Will Never Die
58. Neutral Milk Hotel – On Avery Island
59. Le Tigre – S/T
60. ADULT. – Resuscitation
61. Langley Schools Music Project – Innocence and Despair
62. The Shins – Oh Inverted World
63. Slint – Spiderland
64. Air – Premiers Symptomes
65. Roni Size – New Forms
66. Shuggie Otis – Inspiration Information
67. Nite Jewel – Good Evening
68. Fennesz – Endless Summer
69. Bonnie ‘Prince’ Billy – I See a Darkness
70. Radiohead – Kid A
71. Stereolab – Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night
72. Franz Ferdinand – S/T
73. Amon Tobin – Supermodified
74. Fischerspooner – S/T
75. Stereolab – Emperor Tomato Ketchup
76. Cat Power – What Would the Community Think?
77. Elliott Smith – XO
78. TV on the Radio – Young Liars
79. UNKLE – Psyence Fiction
80. The Clientele – Suburban Light
81. Clinic – Walking with Thee
82. The xx – xx
83. Serge Gainsbourg – Histoire de Melody Nelson
84. Vampire Weekend – S/T
85. J Dilla – Donuts
86. Massive Attack – Mezzanine
87. Joanna Newsom – Ys
88. Sufjan Stevens – Illinoise
89. Portishead – S/T
90. Jim O’Rourke – Eureka
91. Pavement – Terror Twilight
92. Modest Mouse – Lonesome Crowded West
93. Sleater-Kinney – Dig Me Out
94. Tortoise – Standards
95. Sam Prekop – S/T
96. Blonde Redhead – Melody of Certain Damaged Lemons
97. Arthur Russell – Calling Out of Context
98. Aphex Twin – Selected Ambient Works Vol. 2
99. Grizzly Bear – Yellow House
100. Avalanches – Since I Left You

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