2006年のセカンド・フル・アルバム『ワーニング』は、ホット・チップの名を広く世に知らしめるとともに、こんにちまでのバンド・イメージを決定することになった代表作である。アレクシス・テイラー(ヴォーカル)の叙情的なソング・ライティングと、ジョー・ゴッダード(シンセサイザー)の乾いたサウンド・メイキングは、同時期にフェニックスが提示したようなダンス・フロア仕様のガレージ・ロックに交差する、エレクトロニックなディスコ・ポップの軌道を描いた。
しかし〈DFA〉との邂逅によってスマートなダンス・アルバムとしてのアウト・プットを得たこの作品や、つづく『メイド・イン・ザ・ダーク』などの背後には、おそらくつねに2004年のデビュー作『カミング・オン・ストロング』がドグマとして意識されていたのではないかと思う。いま聴けば瀟洒なポップ・ソング集といったたたずまいのその作品は、実際にはそれぞれにマイナーなセンスを持っている彼らがなぜこんにちまでポップな表現にこだわってきたのかということの、ひとつの根拠となるようなアルバムである。
キミの両手にあるエンターテインメントの世界
腕の長さくらいの世界
"モーション・シックネス"
![]() Hot Chip In Our Heads Domino/ホステス |
エンターテインメント(ポップ)の世界といっても、それは卑小なきみの両腕の長さに収まるものだ......ホット・チップには、つねに自らの拠って立つ場所に対するアイロニカルな認識があった。アイロニーとしてのポップというのは、それじたいはありふれた批評意識であるが、移り変わりのはやいポップ・ミュージックのシーンにあって実践をつづけることはむずかしい(また、その実践が目的化してしまっても意味がない)。
5作目となる本作『イン・アワー・ヘッズ』で、彼らははじめてメンバー外の人間をプロデューサーとしてむかえた。それは彼らがなぜポップを志向し、ホット・チップというバンドをつづけているのかということの意味を整理するためではなかったかと思う。各メンバーはすでに優れたサイド・プロジェクトを持っていて、そこで自由にそれぞれの嗜好を試している。
ホット・チップとはすでにただやりたいことをやるプロジェクトという以上のなにかだ。その互いのバランスを塩梅するのが今回のプロデューサー、マーク・ラルフということになるだろう。 "ルック・アット・ホエア・ウィ・アー"や"ナウ・ゼア・イズ・ナッシング"など今作には思いきってR&B調の歌ものトラックがいくつか収録されている。ながく聴いているリスナーには少々カドが取れたように感じられるかもしれないが、次のステージをめざすアルバムとして、誠実でリアルなヴィジョンがある。むしろよりひろく新しいリスナー層によって咀嚼されていく作品ではないだろうか。ドラムマシン担当のフェリックス・マーティンはほのぼのとした人柄をしのばせながら答えてくれている。
ダンス向きのサウンドにしたいと思ったし、押し出しの強い、シングル向きなサウンドというね。ダンスフロアでもいける、クラブでもいける、そういうものを目指してたんだ。
■『Warning』まではホーム・レコーディングが基本スタイルで、前作『One LifeStand』もその原点に戻る作風でしたが、今回はマーク・ラルフとともにスタジオで制作が進められたのでしょうか?
フェリックス:これまでもアルバムのなかで3、4曲はスタジオでレコーディングしてたけど、1枚通して1箇所のスタジオでレコーディングするっていうのは初めてだった。レコードのサウンド的な面で必要だと思ったんだよ。そこに僕らの友だちのマーク・ラルフが来てくれて、プロデュースやレコードのエンジニアリングを努めてくれたんだ。共同プロデューサーとしてね。当然、彼はいろんな「おもちゃ」を持ってるからさ。音楽的なおもちゃをね。
■レコーディングの模様を教えてください。
フェリックス:今回は時間をかけてじっくりと、去年の8月から今年の1月、2月くらいまで休み休みしながらやっていたんだ。あまり締切のこととかも考えずに、自分たちに作れる最高の音楽にすることだけを考えて。これまで作ったレコードのなかでもっともミックスやサウンド的に満足しているアルバムになったと思う。今回のスタジオはクラブ・ラルフというところだった。いままでやってたみたいに、家で半分作ってきて、っていうのもできたと思うけれど、せっかく機材がたくさんあったからね。ホーム・スタジオだとそうはいかないし、そばに何でもわかる人がいてくれて作業するほうがよっぽどわかりやすい。実際にできあがったものを見ても、やっぱりはっきりと違うと思った。ここが違う、って明確に名指しできることではないけれど、たしかに違いはあると思う。より大きく、よりひろがりがあると思ったよ。
■音色もアレンジも豊富で、情緒的なソングライティングが基調となった前作『One Life Stand』に対して、今作はよりハードでディスコ寄りな作品であると感じます。制作にあたってメンバー間ではそうしたコンセプトが共有されていたのでしょうか。
フェリックス:そう、ダンス向きのサウンドにしたいと思ったし、押し出しの強い、シングル向きなサウンドというね。ダンスフロアでもいける、クラブでもいける、そういうものを目指してたんだ。それが僕らにとって大事なことだったから。それだけじゃなくて"ルック・アット・ホエア・ウィ・アー"や"ナウ・ゼア・イズ・ナッシング"のように内省的な曲もあるけど、それはアレクシスが書きたいと思う曲だったんだ。それもアルバムのいち部だし、それがなかったらホット・チップじゃない、と思うんだよね。ハウス・ミュージックとクラブ・ミュージックとのラヴ・アフェアがあってこそのサウンドだと思ってる。
■『イン・アワ・ヘッズ』というタイトルがアルバムの内容を指したものだとすれば、いまあなたがたの頭のなかや音楽は、とてもすっきりと整理されているように思われますが、いかがでしょう?
フェリックス:そうだね、実際は歌詞から取ったんだけど。1曲目の"モーション・シックネス"のなかに出てくる歌詞なんだ。それから、最後の曲にも出てくるかな。このレコードを聴いている70分くらいの間は、僕らの頭のなかが少しのぞけるよ、という意味もあるね。アルバムのタイトルをつけるときに、単純にシングルとか、アルバムの曲のタイトルにするのはイヤだったんだ。もう、それはやりつくしちゃったからね。
■"ルック・アット・ホエア・ウィ・アー"や"ナウ・ゼア・イズ・ナッシング"といった、R&B的でときにブルージーですらあるナンバーは、これまでのホット・チップからすれば異質なキャラクターを持っていますね。作品のなかでも絶妙なタイミングではさまれます。これらはどのように生まれてきた曲なのですか?
フェリックス: "ルック・アット・ホエア・ウィ・アー"は僕らがアメリカンR&Bを聴くのが好きなことから生まれた曲だね。古いデスティニーズ・チャイルドとか、Rケリーとか。この曲はアメリカでシングルとしてアピールすると思うんだ。"ナウ・ゼア・イズ・ナッシング"はアレクシスが途中まで書いて、いちどやめて、もういちど書き直したといういきさつがあるんだよ。ちょっとビートルズ風というかポール・マッカートニー風でね。僕らはみんなマッカートニー・ファンなんだよ。
[[SplitPage]]チャールズ・ヘイワードやロバート・ワイアットともまたやりたいと思うし。プロデューサーだったらティンバランドやブライアン・イーノとか。どうせだったらデヴィッド・ボウイも言っちゃおうかな(笑)。
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■今作『イン・アワ・ヘッズ』でアレクシスとジョーが手掛けた曲はホット・チップ以外の活動期間に作られているものも多いということですが、アバウト・グループや2ベアーズでの経験からのフィードバックは感じますか?
フェリックス:たしかに、他のプロジェクトに参加して、いろんなテクニックとか新しいワザを覚えてくることはあるよね。他のミュージシャンと一緒に仕事することで学ぶことはたくさんあると思うし。それをホット・チップに持ち帰ってくることはあると思う。でもホット・チップで大事なことはジョーとアレクシスとみんなが参加して作ること。それがグループとして、バンドとしての意義だと思うんだ。彼らがサイド・プロジェクトを持っている、ということは、ホット・チップにとってというより、彼らにとって意味のあることなんだろうね。アレクシスはアバウト・グループが好きで、ああいうサウンドの音楽が好きなんだけど、ホット・チップに戻ってきたら、頭をきり替えてポップの考え方に変わるんだ。
■チャールズ・ヘイワード(ディス・ヒート)は引き続きの参加となりましたが、彼が加わることには音楽的にどんな効果を期待していましたか?
フェリックス:彼はすばらしいミュージシャン、ドラマーで独特なプレイスタイルを持ってるし、スタジオでも前向きなパワーを出してくれているんだ。彼が部屋にいてくれるだけで素晴らしいと思うような、みんながすごく影響されるエネルギーを出してくれるんだ。彼がいっしょにプレイしてくれるだけで光栄だと思うよ。
■生ドラムの使用はあなたの視点からするとホット・チップの音楽にどのような影響を与えていると思いますか?
フェリックス:そう。レオ・タイラーもまたドラムを叩いてくれてるし、ほかにもパーカッションではいろんなミュージシャンに来てもらってるし、バンドのライヴでプレイしてくれるロブ・スモウトンとか、彼もすばらしいギタリストだと思う。多くのミュージシャンに来てもらって、彼らの解釈によって曲が変わるのを聴くのがとても好きなんだ。だからそういう人たちに来てもらうことができて、とてもうれしく思ってるんだ。
■曲順について特に意識されている部分はありますか? 毎回かなりの曲数になりますね。
フェリックス:うん。すごく意識するよ。アルバムのなかで曲の流れとか、アルバムとしての一体感を考えてどうするべきか、考えるのはとても大事なことだと思ってる。まず1曲目はアルバムの導入としても大事だから、あの曲があってよかったと思う。そこから、聴く人の興味をそらさないように、流れを変えないように気をつけた。それはDJをやってて覚えたことだと思うんだよ。人の気持ちを盛り上げて、それを維持していく方法って。DJでは大事なことだから。曲数に関しては、本当はもっと入れたいと思ったんだけどね。でも10曲、11曲に収めなくちゃいけないから。だから本当はアルバムに入れたかったのに、さまざまな理由で入れられなかった曲がたくさんあるから、近々Bサイド・アルバムを出したいと思ってる。
■"ウォント・ウォッシュ"のようなサイケデリックな作品は『メイド・イン・ザ・ダーク』以降には出てきませんが、ありえたかもしれないホット・チップのもうひとつの姿として、エスニックな要素やサイケデリックな表現、あるいはアンビエントな作風を思い描くことはできますか?
フェリックス:あの曲はちょっと変わったサウンドだよね。他にあんなサウンドの曲は作ってないから。将来的にまたやってみようと思うかもしれないけど、いまのところは思いつかないし......。でも、あの曲のことを持ち出すなんておもしろいね。もし、こういう曲が好きなんだったら、ほかの連中にも伝えとくよ(笑)。もっとできるかもしれない。
■2008年リリースのレコード・ストア・デイ限定シングルは「ナイト・アンド・デイ」のダフニ(カリブー)によるリミックスでした。ダフニ自身もその名義ではエスニックなサイケデリアを追求していますが、どういう経緯で彼が手掛けたのですか?
フェリックス:彼はむかしからの友だちでね、もう何年も前からいつかやってくれと話してたんだけど、ようやく実現したんだよ。リミックスとDJと。携帯のなかの「電話帳」探してたら、彼がいたからかけてみたらOKしてくれた、って感じだね。
■その「ナイト・アンド・デイ」では政治的な詩作で知られるロバート・ワイアットのような大御所、「アイ・フィール・ベター」(2010)でのボニー・'プリンス'・ビリーとのコラボレーションまで、ポップスに収まらないディープな方向性を持ちあわせたホット・チップですが、あなたがいま注目したりいっしょに仕事をしてみたいと思うアーティストはいますか?
フェリックス:プリンスなんかいいよね。誰でもいいんだったらやってみたいよ。もちろん、ロバート・ワイアットともまたやりたいと思うし。プロデューサーだったらティンバランドやブライアン・イーノとか。どうせだったらデヴィッド・ボウイも言っちゃおうかな(笑)。いまは自分たちだけで手いっぱいだけど、ツアーが終わったらやってみたいことはいっぱいあるよ。もうすぐ日本のツアーもあるしね。
■〈ドミノ〉移籍となったことでバンドにとって大きな変化はありましたか?
フェリックス:もともとむかしから知ってた人たちだし、友だちだったからとてもよくしてくれてるし、自由を与えてもらってるよ。だから移籍してよかったと思ってる。
■あなたにとって今作中どの曲がもっとも印象深いでしょう?
フェリックス:僕がいちばんすきなのは1曲目の"モーション・シックネス"かな。シングルの"ナイト・アンド・デイ"もライヴではすごくいいと思うんだ。















