「F」と一致するもの

七尾旅人 presents 百人組手 vol.2 - ele-king

 5時からやけのはらのDJがあると聞いていたので間に合わせようと思っていたのだけれど、その日の正午に子供にアクシデントがあって病院に4時間もいることに......、で、結局リキッドルームに到着したのは6時だった。

 来てみると会場は長蛇の列で、いままさに入場中といったところ。ありゃ、やけのはらのDJは? ま、いいか。まず驚いたのは人の多さ。年末のゆらゆら帝国も満員だったけれど、七尾旅人の「百人組手」も大盛況。1000人近くはいたはずだ。より多くの人が彼の歌に耳を傾けようとしているようだ。

 というわけで、まずはカメラマンの小原泰広を携帯で呼んで、ビールで乾杯した。しばらく談笑していると「もうはじまっているみたい」と小原が言うので、行ってみたら鶴見済がステージで喋っていた。彼は......資本主義と環境問題についての詩を朗読して、七尾がそこに効果音をかぶせていた。誓って言うけれど、僕は彼の表現活動に共感を寄せているひとりだと自負するが、その晩の彼は、反抗者でも扇動家でもなく、全校生徒を前に環境問題についての作文コンクールの最優秀作品を読み上げる優等生のようだった。朗読が終わったあと場内からは拍手が起きたから、僕の汚れた魂がいけないのだろう。だいたいこの日の出演においてもっともリスキーだったのは鶴見済だ。そう考えれば、リキッドルームで、ある意味ではジョー・ストラマーのように、子供にも理解できるように左翼思想を説こうとする彼に文句を言うべきではないのかもしれない。そもそもあの詩を望んでいたのは他ならぬ七尾旅人。それでも僕は小言を言ってしまった。それも本人に直接......、寛容さを欠いてかもしれないけれど、資本主義の真っ直中で生きながら、日々必死でカネを稼ぎ必死でカネを使っている人間からすると、あの手の純真な言葉(「生産」も「消費」も「もうたくさんだ」「もうたくさんだ」「もう......」等々)にはいたたまれなさを感じてしまう(以下、ザ・ストリーツの"ザ・ウェイ・オブ・ザ・ドー・ドー"の歌詞を参照)。

 さて、それでDJバク。山っ気あふれるヒップホップDJの登場だ。彼の切れの良いスクラッチを聴きながらもう一杯......ということで僕はバーでビールを飲むことにした。すると向こうから、いかにも柄の悪そうな五十嵐慎太郎がやって来る。一色こうきと会うのも久しぶりだったし、桑田晋吾も来たので、リキッドルームの2Fで新年会がはじまった。いつの間にかROVOの演奏もはじまり、そして終わりそうだった。いかん、いかん、このままではいかん。下に行くよ。僕は五十嵐と桑田にそう言い残して、ひとりで超満員のフロアのなかに突入した。

 けっこう酔っていたので途中からしか覚えていない。たしか豊田道倫が「おまんこちゃん~!」とエモーショナルに歌っていて、しばらくすると後藤まりこが出てくるあたりだったと思う。七尾旅人は彼の十八番、華原朋美の"アイム・プラウド"のカヴァーを歌った。続いて後藤まりこが歌い、七尾が合いの手を入れた。それは世俗的な、女性の想いの込められたありきたりのラヴ・ソングだったけれど、なにかそのあけすけな感覚が、その晩はとても愛おしく思えた。それが聖と俗を往復する七尾旅人の音楽の、優秀な翻訳だったからなのだろうか。とにかく僕は、豊田道倫の愛欲と、それから自分のことを"僕"と呼ぶ女性シンガーの歌う愛欲に感心しながら、なにか救われた気分を味わった。愛(love)ではなく愛欲(lust)、まさにLust for Life。

 そこから最後までは、七尾旅人の世界を楽しんだ。彼が「目を閉じて」と言えば目を閉じたし、「草原にいる自分を想像して」と言えば想像した。僕はこのハーメルンの笛吹き男の言いなりとなって、音楽とともに夢を見た。ルイ・アームストロングの高貴な魂を想いながら、"素晴らしき世界"を感じた。ライヴの最後には"Rollin' Rollin'"が待っていた。やけのはらも登場した。僕はこの予定調和を堪能した。ようやく踊ることができたから。

 終わってみれば良いライヴだったと思う。桑田は興奮気味に「やっぱ七尾は最高ですわ!」と呻いていた。僕も異論はない。が、10日前に同じ場所で体験した中原昌也~ゆらゆら帝国のライヴのような、濃密な緊張感はなかった。ああいう緊張感を回避しているようでもあった。和んでいたし、相変わらずの長丁場だった。そしてこの晩のライヴは、おそらく多くの人に考える契機を与えたかもしれない。七尾旅人らしいと言えば"らしい"。聖と俗、政治とアート、言霊と音楽......それらの温かみのある混合。アルバムは3月に出るらしい。

Peverelist - ele-king

 2009年の年末はiPodにしこたまダブステップを入れて、そして元旦はゆっくり時間をかけて帰省した。入れたのは、2652やキング・ミダス・サウンドのアルバム、〈ハイパーダブ〉や〈テクトニック〉のコンピといったその年のお気に入りから、比較的最近入手したイターナルの『メッセージ・フロム・ザ・ヴォイド』、クリプティック・マインズの『ワン・オブ・アス』、そしてペヴァーリストの『ジャーヴィック・マインドステート』の3枚で(もちろん、あの素晴らしいピンチのシングル「ゲット・アップ」も!)、ひとりで東海道を下りながらイヤフォンを低音で震わせていたというわけである。それで思ったのだけれど――これはあくまで個人的な感想だが――ダブステップは決してiPod向きではない! ハウスやテクノなどといったダンス・ミュージックと比較しても、言うまでもなくそれはより空間的で、ボディ・ソニックな音楽なのだ。ジャマイカのダブとクリプティック・マインドのダウンテンポをくらべても同様で、当たり前の話だが、イヤフォンではその周波数的な迫力が軽減され、ダブステップとしての快楽が半減する。そこへいくとインディ・ロックは実にiPod向きだ。ビーチハウスの新しいアルバムなどはこの再生装置のためにあるんじゃないかと思えるほど、見事にはまる。そう考えれば、ダブステップは"個人"で聴くことを拒む音楽だと言える(ピンチの「ゲット・アップ」なんかは「グッド・ライフ」そのものだし)。ブリアルだけが幅広く受け入れられたのは、あの音楽は"個人"で聴くことを許容する音楽で、その意味においてもまさに"レイヴ文化のレクイエム"だからだろう。

 だから僕はこの1ヶ月、家族(と下の階の人たち)には申し訳ないがイターナルの『メッセージ・フロム・ザ・ヴォイド』、クリプティック・マインズの『ワン・オブ・アス』、そしてこのペヴァーリストの『ジャーヴィック・マインドステート』を家で聴いている。新世代のブリストル主義者による最初のアルバムを。

 ペヴァーリストことトム・フォードは〈パンチ・ドランク〉を主宰している。これは2006年にブリストルに誕生したダブステップ・レーベルで、同郷の先駆的レーベル〈テクトニック〉、2008年に後続した〈アップル・パイプス〉らと並んでいまやブリストルのシーンを代表するひとつとなった。2562やマーティン、あるいはフライング・ロータスなどといったブリストルの外側とも積極的にアクセスする〈テクトニック〉や〈アップル・パイプス〉と違って、〈パンチ・ドランク〉はよりブリストルにこだわっているように見える。だいたいブリストルの古参=RSD(ロブ・スミス)のダブステップにおけるデビュー・シングルを発表しているし、ジェミーやグイードといった新世代の作品も出している。レーベルとしての最初のアルバムも、あたかも部活の先輩をたてるかのようにRSDのシングル集だった。とはいえ、〈パンチ・ドランク〉の音楽も他のレーベルと同様に、ポスト・ジャングルのブリストルを象徴する――ジャングル、ダブ、ガラージ、レイヴ、テクノのミニマリズム、それらのハイブリッド・ミュージックとなっている。

 アルバムはペヴァーリストの内面トリップさながら展開する。冒頭を飾る"Esperanto"が満場一致でベスト・トラックだろう。デトロイト色が強く(とくにURめいたストリングス)、彼の専売特許でもあるパーカッシヴなダウンテンポが心地よく響いている。ピンチの力を借りた"Revival"もダークなアブストラクト・ダブの傑作で、続く"Bluez"もまたダブの暗闇を飛行する。タイトル曲の"Jarvik Mindstate"は悪酔いしたミニマル・テクノといった感じで、そして"Yesterday I Saw The Future"ではこのジャンルが好むダーク・フューチャー=ディストピアを描ことする。深いベースラインとトライバルなビートはペヴァーリストの特徴のひとつだが、このトラックもその典型だ。"Not Yet Further Than"はDJなら深い時間にスピンしたくなるようなデトロイティシュなトラック、CDには12インチとして既発している(これもまたURめいたストリングスが印象的な)フリーケンシーなミニマル・トラック"Clunk Click Every Trip"も収録されている。

 ダブステップのディストピアめいたヴィジョンは、僕はきっと東京の街にはぴったり合うんじゃないかと思って、iPodに入れてみた。たしかに......合った。とくに、きれい事ばかり聞かされたときにこれほどカタルシスを与えてくれるジャンルもない。この音楽は、暗闇とは必ずしも忌み嫌うべきものではないということをあらためて教えてくれる(そのセンでいくとイターナルのアルバムが強力だったな~)。多少、魅力が軽減されたとしても、しばらくはiPodに入れておくつもりだ。

電気グルーヴ - ele-king

 2009年末、電気グルーヴの結成20周年を記念した活動の一環として過去ヴィデオ(VHSですな)としてリリースされていた90年代を中心とする映像作品が3タイトルまとめて再発された。旧住所に宛ててギリギリに発送された招待状が郵便局に転送される間に終わってしまって見逃したリキッド・ルームでの4時間におよぶ20周年記念ライヴ、これはCMJKや篠原ともえもゲストに登場するカオスっぷりで、往年の名曲から昨年の2枚のアルバム『Yellow』『J-POP』、そして20周年記念盤すべてからまんべんなく曲が披露されたという。しかし、そのライヴを目撃した誰もが口にしたのは「長すぎ、やばすぎ、おもろすぎ」なMC。かつてのラジオでの喋りよろしく、ここ最近のステージではとにかく喋りたおす卓球と瀧が目についたが、それが究極の形にまでいってしまったようだ(実質2時間以上)。そ、そんな電気が戻ってきてるのかぁ......と感慨深いあなたは、とりあえずこのDVD3作をチェックして、まんまそのステージでの悪ふざけ的なノリで飛ばしまくるトーク(副音声)を楽しむのもありかもしれない。特に、初期の92年の「全国鼻毛あばれ牛ツアー」の模様(日本武道館での公演メインに複数の会場の映像を編集)を収めた『ミノタウルス』と、なにもかもが変わってしまったロンドン帰りの卓球が何かに取り憑かれたように踊りまくる94年1月NKホールでの「野村ツアー」最終日を収めた『ケンタウロス』は、時代のドキュメントしても超貴重。ゲストにまりんを迎えてビールを空け、完全に同窓会ムードになってるこの副音声と、精悍で若々しい彼らの姿、そして音を再確認するだけでも、かなり価値のあるDVDだ。

 それにしても、レイヴ~ハードコアな音、要するにサンプリング主体でイギリス的な響きの92年から、909のキック、303のアシッド・ベース、そしてトランシーなブレークなど完全にジャーマンな93~94年のあいだの隔たりがものすごい。デビュー当時からそのときどきに気に入った音を剽窃よろしくペロッと舌を出して取り入れてきた電気が、初めて自分たちの表現にサウンドの要素を借りてくるのではなく、自らが音の海に突進して融合してしまったかのようなすさまじいリアリティ。別にそれ以前がだめだというわけでなく、完全に音との向き合い方、表現の方向性が変わったのだと、誰がどう見てもわかる。コメンタリーを聞いてると結構恥ずかしそうな卓球だが、でも、このステージがきちんと映像として残されメジャーから発売されて、いままたこうやって再発されるっていうのが奇跡。ダンスフロアのE-Dancerたちを捉えたドキュメント映像はいまやYoutubeでもたくさん探せるけれど、ステージがこんな状態になってる上に、ちゃんとアーティストのそれまでやってきたことも継承してるしエンターテインメントとして成立してるっていうのは世界中探しても他にないんじゃないか。ラスト近くで定番の"富士山"やって、着ぐるみの瀧と汗だくで踊る卓球、そしてたくさんの子供がステージでぐるぐる歩きまわるっていうスゴイ画が見られる。たしかこのとき、エキストラでステージ上がれる子供いない? って言われて、探した気がするけど、今見るとほんとシュールだわ、これ。

 おまけ的についてる『シミズケンタウロス』は、田中秀幸が当時12インチでもリリースされた"Popcorn"と"新幹線"にものすごいチープなCG(たぶんアミーガ)で映像をつけたもので、これもすごい。これって要するに、当時田中さんが芝浦GOLDとかでやっていたVJの再現で、ただレインボーのサイケな光がグニャグニャしてるとか、いまやスマップとかキャメロン・ディアス使ってCM撮ってる田中さんの原点を確認するという意味でも感動的なのだ。(こちらへ続く)

電気グルーヴ - ele-king

 さて、2作目の『野球ディスコ』には、特典として94年末に横浜アリーナで行われた『Dragon』発表後のステージがプラスされている。最初、アナログのジャケを頭にかぶって卓球がステージに出てくるこのライヴ、何かと思ったらつるっぱけになっている(そういえば、その直後の年越しパーティにもハゲ頭で現れたのを思い出した)。表現の基本路線は変わっていないが、電気グルーヴのワンマン・ライヴ史上最大の会場である横アリなのに、このルックス。そして挙動は少し落ち着きながらも相変わらずせわしなく手を浮遊させて踊りまくる。この映像では"新幹線"くらいでしか確認できないが、それまでマイクを握ってステージ最前列にいた卓球が、後ろで卓をいじりはじめたというのは結構大きな変化だ。また、ステージ後方には巨大スクリーンが設置され、田中秀幸のVJが映し出されている。巨大な鉄のオブジェにも見えるトラス含め、5年後に同会場でスタートする〈WIRE〉と共通するエレメントはすでにほぼそこにあるのだが、何かが決定的に違っている。後半の怒濤の瀧タイムで、ミカン・しめ飾り・海老・お年玉などが貼りついた"お正月"衣装で客を煽る瀧と隅の方でピンライトの下黙々と踊りつづける卓球の姿を捉えたショットがすごい。普通だったら、こんな分裂したグループ、続くわけがないしこの頃に方向を見失っていてもおかしくない。だが、その分裂すらも個性に転化するパワーが彼らにはあったのだということだろう。

 続く本編、97年の赤坂ブリッツでのステージを収めた映像は、本人たちもコメンタリーで自画自賛しているように、相当にかっこいい。そして、ここでもまたそれまでとの隔絶が如実に映像として立ちあらわれる。それをもたらしたクラブでの遊びがあらゆる部分に活かされていて、あれやこれやの細かい解説は喜々としてコメンタリーでも語られている。まりんはもうあまりシンセは弾かず、ステージ上に設置されたミキサーやターンテーブルを操り、卓球もマイクはたまに握るものの、その注意の大半は卓のコントロールに費やされている。曲はDJミックスのようにすべてつながっていて、ある曲のパーツがまったく別の部分で鳴らされたりもしている。そして当時のクラブの現場で使われていたVestaxのミキサーやアイソレーターが存分に活躍し、レーザーが交錯する一方でステージは暗いというそれまでのコンサートの様相から完全にクラブ仕様に移行。客席もスタンディングで、リキッド・ルームやイエローで遊んでいた層もかなり混ざっているようだ。そもそも、このツアーの前に発表された出世作でありまりんの残した最後の作品『A』の素晴らしさがほとんどそのままステージに持ち込まれているこのライヴ、つまらないはずもなく、それまでの暴走や過剰を最高の演出としていた彼らとは、やはり何かが決定的に違う。そして、このとき、30歳という彼ら。いやぁ、才能というのは恐ろしい。"猫夏"~"Dinosaour Tank"~"あすなろサンシャイン"という奇跡的な流れもレコードに忠実なアレンジなのにゾクッと来るようなかっこよさだし、例の卓球ソロの代表作のひとつ、PS『攻殻機動隊』サントラ曲にそっくりなバックトラックを使った"CATV"の変貌ぶりにも驚かされる。あれだけ売れたのに、その最中に"Shangri-La"をやってないというのも電気らしくて、最高。(こちらへ続く)

電気グルーヴ - ele-king

 そして最後の『ノモビデオ』(これだけオリジナル・リリースもDVDがあった)。タイトルとしては『シミズケンタウロス』『ニセンヨンサマー』『レオナルド犬プリオ』と並ぶ偉人シリーズ。本編はPV集で、アルバム『VOXXX』期の田中秀幸仕事が卓球ソロとあわせて堪能できる。しかし、PVは正直どこでも見られるしリアルタイムでもかなりあちこちで繰り返し見たものばかりで、意外性や新しい発見はない。制作時の裏話が聞ける副音声のコメンタリーも悪くはないが、ものすごーくテンション低く自分たちで「言うことない」などと告白しており、え~~~と言いたくなる。

 しかし、おまけとして追加されたディスク2がイイ。2000年、アルバム『VOXXX』のツアー、異常な盛り上がりを見せる大阪の一夜。ライヴ・アルバム『イルボン2000』で既に音源はリリースされているが、このままバーンアウトしたように長い活動休止に陥る前の、なにかやりつくそうとしてるようなテンションは映像を伴ってさらに凄みを増す。大阪は行ってないので、この現場は見ていないが、クリスマス時季にお台場のZepp東京でやった充実のステージはいまでもはっきりと覚えている。まりん脱退後、渡部高士やDJ Tasakaをサポートに迎え試行錯誤を繰り返した電気が、オリジナル・メンバーと対をなして張り合えるパワーをもったTasaka&Kagami(要するに、Disco Twins)を得たことで、以前のような自由さ、活性感を取り戻した記念すべきツアーの一夜だったからだ。

 重く苦しかった『VOXXX』のレコーディングを脱してツアーに出た開放感、それにDJ周りの機材の進歩、ヒップホップ・マナーのTasaka+直感的なKagamiの参加......すべてがプラスに作用したからか、かなりフリーで即興的なライヴになっている。"密林の猛虎打線"や"エジソン電"、"インベーダーのテーマ"あたりが客とのやりとり含めてものすごいことになっていた記憶があるのだが、残念ながらここではすべてカットされている。しかし、半分以下の尺でも伝わってくるのは、それまでバランス取りながら突き詰めてきたDJカルチャー的な良さを失わずに、またさらに「電気的」なる表現を一歩も二歩も進めた凄み。

 一方、コメンタリーはサポートのふたりが参加して、どこか和やかなムードも漂っている。このアニキ的な役割に微妙にチェンジしたふたりとDisco Twinsとのかけあいは、当時のステージでのやりとりを喋りで再現しているようでもあり、おもしろい。またしばらくお休みの期間に入ると噂される電気グルーヴだが、冒頭に言っていた「20年後にこれまたやろうぜ」っていう冗談が実現するように、ぜひともがんばって欲しいものだ。

Skunk Heads - ele-king

 12月29日の深夜、渋谷の〈asia〉で観たシンク・タンクの復活ライヴは素晴らしかった。あの場に立ち会えたことを心の底から嬉しく思う。そして、ライヴまで酒で撃沈しなかった自分の節度に感謝し、その後案の定記憶を飛ばした(テキーラ祭りには参ったよ。札幌の方々は本当によく飲みますね、DJ KEN(MJP)! 磯部涼はいつの間にかいなくなっていたが......)。00年代を通じて、ジャンルの領域を横断し音楽的実験を繰り返してきた〈Black Smoker〉がオーソドックスなヒップホップ・ライヴに真正面から向き合った結果生じたケミストリーは、こちらの想像を軽々と超えるものだった。制限やルールを取っ払い、フリー・ジャズ、ノイズ、ダブへと向かっていた彼らのフリーフォームな感性は、ストリクトリー・ヒップホップのフォーマットを採り自分たちを縛ることで逆説的に別種の自由さを手に入れ、4人のラッパー――K-BOMB、JUBE、BABA、NOX――とサックス奏者、CHI3CHEE、そしてDJ YAZIは、ファースト・フル・アルバム『BLACKSMOKER』(02年)に収録された曲にまったく異なるブラックな息吹を吹き込んだ。それにしても彼らの人気には凄いものがある。これは2009年の日本のヒップホップにおける重要なトピックなので、2009年を振り返る原稿でも触れます。

 さて、ここで本題。シンク・タンクが復活したのは何を隠そうBABAが現場に復帰したからで、ここで紹介するのはBABAによるバンド・プロジェクト、スカンク・ヘッズのファースト・フル・アルバム『Anti-Hero』だ。スカンク・ヘッズは、BABA(MPC &ヴォイス)が、Matsu"ZAKI"haze(ギター&ノイズ)とkeita morisawa(ドラム)と共に、2007年に結成したバンドで、これまで2枚のミニ・アルバムと1枚のライヴ盤『LIVE A LIVA of スカンク・ヘッズ』を発表している。2003年に発表したファースト・ソロ『NO CREDIT』やBLUE BERRY名義でのMIX-CDシリーズでBABAの才能の片鱗を伺い知ることができるが、本作では、BABAのラッパー/トラックメイカー/プロデューサーとしての総合的な才能が爆発している。『Anti-Hero』は、ポスト・パンクとヒップホップとの出会いとでも形容できようか。例えば、ア・セートゥン・レイシオがラップに挑戦する様を想像して欲しい。あるいは、僕はヴァーミリオン・サンズの凶暴なダブ・ロックを思い出した。K-BOMBとJUBEのユニット、THE LEFTYがジャズだとすれば、スカンク・ヘッズはロックだ。もちろん、ダブ、ファンク、サイケ、ブルースを飲み込み、ヒップホップがベースにある雑食性の強いロックで、混沌を祝福する音楽だ。間違っても陳腐なミクスチャー・ロックではない。黒煙で覆われた地下空間を切り裂くような凶暴で繊細なアンサンブル、強靭なグルーヴ、BABAの呪文のようなライムと幻想小説を思わせるリリックがコンクリート・ジャングルの地表を揺るがす。まさに暗黒世界のオーケストラが奏でるレベル・ミュージックとでも言える強烈なサウンドだ。蛇のようにうねるベースとレゲエ・ディージェー、牛若丸のトースティングが絡み合う"STONE HAZE"、プログレ・ロックのようなイントロからダブステッピーなビートへと展開する"THE ONE"、SOIL&"PIMP"SESSIONSのTABU ZONBIEの濡れたトランペットの音色が哀愁を誘う"HERE WE AR"。全12曲、さまざまな表情を持った曲が並ぶ。

 11月中旬以降、野田(努)さんが2009年を振り返る原稿で触れている『ゼロ年代の音楽――壊れた十年』という本の執筆もあって100枚以上のアルバムを聴いたと思うが、それでもこういう刺激的な音楽が世の中で鳴っている限り、僕はまだまだ音に貪欲になれる。現在我が家では、緻密なアレンジによるファンク・サウンドを展開した、椎名林檎「能動的3分間」と『Anti-Hero』がヘヴィーローテーションである。この2枚はファンクとロックというキーワードにおいてコインの裏表のように思われる。これについてはまだ裏づけがあるわけじゃない。僕の個人的な妄想の域を出ない戯言だ。さて、最後にBABAの素晴らしいパンチラインをふたつほど引用しよう。「悪夢とモラルをシェイク」「ただでさえクセー町に悪臭撒き散らす/戯言吐き出す」("THE ONE")。
 ということで、2010年も戯言を町に吐き続ける。
 
追記:ネットでも流れている、僕が『Anti-Hero』に寄せた文章の記名が一部で「二木崇」さんとなっているのは誤りです。念のため。

SEEDA feat. ILL-BOSSTINO, EMI MARIA - ele-king

 シーダというラッパー(プロデューサー)が不良たちのヒーローに留まらず幅広い層から支持されたのは、メランコリーや悦びの感情を細やかに描く才能に恵まれていたのもあるし、どこか頼り無さげで儚い佇まいに色気が漂っていたのも大きかったのだろう。曲によって別人と思えるほど極端に変える声音や世界を異化するような(威嚇するような)笑い声には、ある種の分裂症的なものさえ感じさせる。シーダは一般的にはハードコアなイメージが強いが、実は非マッチョで、非ハードコアなラッパーだということが彼の作品をじっくり聴き直すとよくわかる。知り合いの女の子が就職活動で将来について悩んでいるときにシーダの音楽に癒されたと語っていたが、彼女にとってドラッグ・ディールというハードなトピックは二の次だったのだろう。僕がシーダの音楽に感化されたのも、何も彼が"悪かった"からではない。

 僕は、シーダほど黒人音楽のメロウネスを深いところで自分のリアリティと接続して消化できた日本のラッパーはいなかったと思っていて、90年代にアメリカのR&Bを宇多田ヒカルが独自に消化したのと近いことをやったと解釈している。例えば、シーダが日本語ラップ・シーンで評価を決定付けた通算4枚目のアルバム『花と雨』に収められた"Daydreaming"、あるいは彼の内省がもっとも素直に表出された通算6枚目のアルバム『Heaven』に収められた"紙とペンと音と自分"を聴いたときにそのことを強く感じたのだが、"Wisdom"を聴いて、その気持ちは確信へと変わった。

 "Wisdom"は、今年の5月に発表した通算7枚目のアルバム『Seeda』を最後に活動を休止していたシーダの復活作となる。僕はこのシングルを買ってからというもの何度も繰り返し聴いている。1週間でここまで聴いたシングルはここ数年なかったと思う。僕が"Wisdom"に惹かれたのは、ヒップホップ的なループ感よりもハーモニーが強調されたゴージャスなR&Bでありながら、単なるラヴ・ソングではなかったからだ(プロデューサー、オールド(OHLD)によるトラックは秀逸である)。シーダは甘いムードと戯れながら、しかし今でもストリートを歩き、街角の風景――空きビル、ホームレスを描写し、外気を吸い込むことを決して止めない。それが、同じくメロウなR&Bをほぼ全編に渡って展開した、クレバの密室的なラヴ・ソング・アルバム(と言っていいだろう)『心臓』との決定的な違いでもある(『心臓』は素晴らしい!)。

 "Wisdom"は、恋人と聴いても、志を共にする友人と聴いても、最後には同じ感動が待っているような、背後から恋の予感に抱きすくめられながら、生きる勇気を鼓舞してくるような......、幾重にも感情が織り込まれたソウル・ミュージックだ。ここには、愛があり、決意があり、ロマンがある。愛の歌と革命の歌が同時に歌われる70年代前半のニュー・ソウルを思い起こさせるし、ポール・ギルロイの「パッションの歌はしばしば同時に抵抗の歌を意味していた」という言葉が脳裏をかすめもする。シーダが黒人音楽と深いところでつながっていると僕が感じるのはそれ故だ。マイノリティは常にセクシーである。誰かが前にそんな文句を言っていたが、そう、"Wisdom"はセクシーなのだ。

 "Wisdom"は、「大きな力/俺等に必要無い/今より少しだけ/勇気でFLY」という、シーダが自身の無力さをすんなりと受け入れるラインから幕を開ける。これまで自身の無力さとの葛藤を音楽化してきたシーダからまるで憑き物が落ちたように。これは明確なアンチ・マッチョイズムの表明だろう。大きな力――暴力や巨大な資本力だけでねじ伏せられないものが音楽のコアにはあると言いたいのだろう。CDが売れないと言われる時代に、1曲入り300円という値段で、しかもオリコン・デイリーチャート5位を記録するというのもそれだけで希望じゃないか。

 シーダが日本語ラップのルールから解き放たれた普遍的なテーマでリリックを綴る一方、ゲスト・ラッパーであるザ・ブルー・ハーブのイル・ボスティーノはラップ・ゲームのサヴァイヴァルについて歌う。結果的にボスの存在が日本語ラップ・リスナーをつなぎ止める役割を果たしている(ように思える)。だから正直、ボスはこの曲の中では少し浮いているのだけれど、バランスとしては悪くない。他にもいろいろ語るべきことはあるが、最後にR&Bシンガー、エミ・マリアの歌声が素晴らしいことを記しておこう。彼女はセクシーな声で歌う。「誰にも支配されない/自分だけを生きたい」と。10年代に入ってからも「Wisdom」を何度も聴くことになるだろう。

Girls - ele-king

 ガールズの『アルバム』というアルバム。まったく"検索"に向いていない。なんでこんなネーミングなんだ? 検索されたくない? だとしたらその気持ちはよくわかるけど。

 これは、サンフランシスコのソングライター、クリストファー・オウエンスとプロダクション及びスタジオ・ワークを担当するチェット・Jrホワイトの二人組のファースト・アルバムだ。クリストファー・オウエンスは、俳優リヴァー・フェニックスが子供時代を過ごしたことでも知られるヒッピー系カルト教団、チルドレン・オブ・ゴッドで「外界から隔離されながら世界中を放浪」しながら育ったのだという。この教団では信者獲得のための売春がおこなわれていたと言われ、子どもたちも性的虐待を受けていたという。元フリートウッド・マックのギタリスト、ジェレミー・スペンサーもメンバーだというその教団で、各地を移動しながら大道芸で音楽とバスキング(投げ銭)を覚えた。16歳になったクリストファーは、俗世間から隔離されたその生活から脱出、テキサス経由でカリフォルニアにたどり着き、パンクとドラッグ漬けのありふれた青春を開始したという。そこで恋人と二人で音楽をはじめたものの、失恋。新しく組んだ相棒がJRホワイトだった。
 という凄みのあるエピソードはしかし、『アルバム』からはまったくうかがい知ることは出来ない。

 80年代初頭のブリティッシュ・ニューウェイヴ、たとえばエルビス・コステロや、フリッパーズ・ギターが多大な影響を受けた"ギターポップの神様"と言われるオレンジ・ジュースを思わせるサウンド、メロディ、そしてヴォーカル・スタイル。とくにメロディはどの曲も「これは何のカヴァーだっけ?」と思いたくなるほど、懐かしく親しみのあるものに聴こえる。
 基調はR&Bとロックンロールで、モータウン調の"Ghost Mouth"やオーティス・レディングを彷彿させるものもある。"Big Bad Mean Motherfucker"では、ジーザス・アンド・メリーチェーンのようなリヴァーブをかけたギター、英米の音楽誌で高い評価を受けて今ではプレミアムがついているファースト・シングル"Hellhole Ratrace"はエルビス・コステロのようで、"Lauren Marie"ではサーフィン・サウンドのディック・デールのようなトゥワンギー・ギターと、過去の音楽が寄せ集められているとも言えるし、きらめいているとも言える。年長者なら「なつかしい」と感じるのではないか。ほとんど著作権への挑戦とも言えるほどのこうした寄せ集めへの評価が、「パクリ」ではなく高い評価を得るようになっていることは興味深いできごとだ。

 クリストファーはチルドレン・オブ・ゴットで体験したヒッピー思想に基づく文化を否定することなく、自分のものとしているのかもしれない。ただ、その歌詞の多くは、カリフォルニアでの生活で起きる小さなエピソードをモチーフにしていて、ラリってしゃべる友達同士の他愛ない話や希望のない愚痴、思うようには行かない恋なんかがストーリー性豊かに歌われている。このアルバムのテーマは「ハートブレイクとデザイア」だと彼は語っている。ヒッピーの親世代が作り上げたサイケデリックとスピリチャルの培養箱を出た彼は、そこで得たすべてを捨てるのではなく、新たに足を踏み入れた俗の世界でも60年代風=ヒッピー風なライフス・タイルを続け、漠然とした夢はあっても、いわば永遠につづくかのような取るに足らないような生活の、取るに足らない出来事へと向ける視線にはやさしいものがある。

 とても面白いと思うのは、曲によってまったく異なるクリストファーのヴォーカルスタイルだ。とてもすべてを一人のボーカリストが歌っているとは思えない表現力だ。この音楽が好きな人は、ぜひともヴィンセント・ラジオ( VincentRadio.com https://vincentradio.com/ )のベイビー・レコーズのコーナーをお聴きください。

 アンソロジーをたった1冊、編ませてもらっただけなのに、構成内容がとても気に入っていただけたそうで、「水木しげる画業60周年」と題された米寿のお祝いに招待していただきました。これはちょっと感激でした。場所も帝国ホテルだし、会の切り盛りは出版社が複数でやるのかと思っていたら、最初から最後まで水木プロが手弁当でプログラムを組み、どことなく「お化けの運動会」を見ているような1日になりました。各テーブルには妖怪汁が配られ、司会は京極夏彦に荒俣宏、この日、たった1枚だけ描かれた絵は出席者全員がジャンケンで取り合いとなり、水木三兄弟があと12年、無事でいれば「3人合わせて300歳を祝う会」をやるという発表も。会場はけっこう広いのに学校の体育館にいるような気分になってくるのがどうにも不思議で、娘の悦子さんによる花束の贈呈はまるで入学式か卒業式に見えたり。境港市長や調布市長といった地域を代表する方のスピーチはあるのに出版関係の挨拶は最後までなく、マスコミもすべてシャットアウト、むしろ親戚の方々が多く詰め掛けていたようです(妖怪じゃありませんよ)。「こんな和やかなパーティはなかなかない」とは手塚るみ子さんのコメントだけど、水木しげるの生涯を10分で理解するというショート・フィルム(by京極夏彦)が上映された後で、荒俣宏が水木さんにマイクを向け「ひと言、感想を」というと、水木さんは「思い出すのは戦争のことだけ」と小さく呟き、「いろいろあった」とか「波乱万丈の人生だった」というような言葉を期待していた僕らは虚を突かれ、瞬間的に涙が出そうになってしまいました。水木さんはもう一度、たどたどしく、「思い出すのは戦争のことだけ。後のことは思い出せない」と繰り返しました。鬼太郎や河童の三平を産み出した時のことは忘れても戦争のことは忘れないということです。誰に依頼されたわけでもないのに『総員玉砕せよ』を描き上げた理由がわかろうかというものです。

 会場では久しぶりに手塚真とも再会。僕の本格的な編集デビューは彼が学生時代に撮った映画『SPh(1983)』のメイキング本で、ちょうどその作品をいま、イギリスでリメイクしている最中だとか(音楽はジョン・フォックス!)。そのようにして、いつの間にか水木エリアのなかにあって手塚尽くしになっていると「全員で記念撮影をします」という声がかかり、会場全体は舞台前方に詰め掛けていく......のに、ふと振り返ると、手塚兄妹だけは位置を動かず、テーブルを挟んでやや遠い場所に残ったまま。これは、つまり、写りは小さくなるけれど、別なグループのトップに位置しているという構図になり、水木しげるに所縁の人たちが集まっているなか、手塚治虫の子どもたちが取った行動としてはなるほどと思わせるものがありました。人は常に自分は全体のなかのどこに位置するのかを考えているものだとかなんとかいったのはラカンだったと思ったけれど、瞬時にしてその正解を探り当てたといえるのではないでしょうか。多分、無意識に。

「自分は全体のどこに位置するのか」ということでは、長年、ひとつの疑問があります。東京の路を歩いていると、3人から5人ぐらいのグループが横一線に並んでいる場面によく遭遇します。いわゆる「歩道いっぱいに広がって歩く」というやつです。僕はこのフォーメイションに加わるのがあまり好きではなく、高校の終わりぐらいから、ひとりだけ前か後ろを歩くようにしてきました。意識して外れるわけです。そうすると1人だけ会話がなくなります。その時に、そうか、会話に加われなくなることが不安でこのフォーメイションが維持されるのかということに思い当たります。その場で何が話し合われているのかということは、その中身がどれだけくだらないことでも、そのことには関係なく、それに加わっている者と加わっていない者をはっきりと峻別し、加わっていない者への圧力に転じるのです。それはまるで物理現象のようにして、人を横一線に並ばせる力となります。そうとしか思えません。このような光景を、そして、僕はパリやロンドンでは見たことがありません。「アメリカの田舎道でなら見たことがある」という人も「確かに都会では見たことがない」といいます。海外旅行の経験は数えるほどなので、この話を普遍化させる技量も材料も何もないのですが、やはり、喉元まで出掛かってしまうのは「日本だけなのか」という疑問です。会話から外れることがそれほどまでに恐怖感を呼び起こすのは「日本だけなのか」と(ミクシやツイッターに参加しないことも程度の差こそあれ同じことなのかなーとか)。先日、近所にある国士舘大学の正門前で、しかし、僕はアジア系(パキスタン?)の留学生たちが4人、横一線に並んで歩いているところを目撃しました。人種が違うというだけで、やはりこの光景は新鮮でした。彼らは故郷にいた時からそうだったのだろうか、それとも、日本に来てからそうなったのか。仮に英語で訊くとしても、それはそれでけっこうな英語力がないと難しそうなのでスルーしてしまいましたが、あー、やっぱり、一所懸命聞いてみればよかったなーと、いまは後悔しています。

 会話を共有しているということが日本人にとってはどういうことを意味し、それはほかの文化圏にはないことなのかどうか。この疑問はそろそろ30年ぐらいのロング・ランに突入しながらまったく前に進みません。ひとついえることは、横一線に並んで歩く列から離れることは、馴れているとはいえ、それなりに自覚的な行動であり、まったく苦痛がないことではないということです。そして、そのような価値観に日本人が多数、喝采を送った瞬間を僕たちは00年代に経験しています。「一匹狼」と評された小泉純一郎が自民党の総裁に選ばれた瞬間です。いまとなっては批判の声しか向けられなくなっている小泉純一郎ですが、僕は彼が総裁選に立候補した時からあの性格を生理的に受け付けなかった一方で、「一匹狼」として、その存在価値をマスコミなどが持ち上げたことには共感があったことも覚えています。それこそ『会社本位主義は崩れるか』などのベストセラーで称揚されていた「企業よりも個人を優先する」という価値観がそこには重ねあわされ、日本の何かが横一線に歩くことから脱却しようとしたことは間違いないでしょう。それが確実にネオ・リベラルへの第一歩だったとしても、すべてが間違いだったとは思えないのです(まー、現実にはその何かが竹中平蔵やアメリカに利用されただけなのかもしれませんが)。

 CD3枚組みというヴォリウムの『LIVE! Hair Stylistic』を聴きました。そして、いつもライヴ会場で耳にしていた中原昌也の叫び声を聴いて僕は愕然としてしましました。こんな声だったっけ? 彼はこんな声を出していたんだっけ? それはもう中原昌也という知人の叫び声ではなく、ありとあらゆる横一線から外れて、ひとりで孤独な路を歩く未知の男による強烈な叫び声でした。顔が見えなくなって初めてわかることもあるのです。こんな声を出す男がいまの日本に、ほかにいるのだろうか。

 中原、米寿まで生きろよ。

Bear in Heaven - ele-king

 パンダ・ベアにグリズリー・ベア、そして狐(フリート・フォクシーズ)を挟んで、これは"天国の熊"。何よりも僕はアートワークに感心した。真っ赤な背景と黒いドットで描かれた目と涙。とても暗示的で、僕は自分が使っているノートパソコンの画面が本当に泣き出すんじゃないかと空想したほどだ。インナースリーヴには3人のメンバーの顔がかき消されたヴィジュアルがある。こうした匿名性を、ゼロ年代以降のロック・バンドは使うようになった。大昔のミック・ジャガーように自らがポップ・アイコンになることを拒み、とくにブルックリン系は音を聴かせたいという欲望を優先させている。90年代のテクノやエレクトロニカのようだ。

 ベア・イン・ヘヴンの中心人物であるジョン・フィルポットは、実際に90年代後半からそのキャリアをはじめ、最初は〈Table Of The Elements〉からデビューしている。ここは......灰野敬二やファウスト、ジョン・ケージやトニー・コンラッドなどを出している、いわば前衛のレーベルだ。それからジョン・フィルポットはプレフューズ73と関わり、2004年にスコット・ヘレンのレーベル〈Eastern Developments〉からベア・イン・ヘヴンとしてデビューする。言うなれば、前衛の側からポップに挑戦したのがこのバンドだと言える。2007年には最初のアルバム『Red Bloom Of The Boom』を出してそこそこ評判となって、これは2009年の初頭にリリースされたセカンドになる。

 ギャング・ギャング・ダンスのようにエクレクティックな音で、曲によってはファウストのミニマル・ポップを今風にしたとも言える。エレクトロニカ、クラウトロック、サイケデリック、ポスト・パンク......それらがダンサブルに吐き出される。シングル・カットされた"Wholehearted Mess(こころ全部の混乱)"は威勢の良いポスト・パンクのダンス・サウンドで、"You Do You"のエレクトロ・ポップもなかなか。"Lovesick Teenagers(恋に悩む10代)"もキャッチーな曲で、こんな曲を聴いているとアメリカでも10代向けのラヴ・ソングというものが洗脳に近いかたちで供給されているんだなと思う。ブルックリン系に特有のアート臭さはあるものの、それさえ気にならなければ良いアルバムだ。まるで最近のブルックリン系の活気が乗り移ったかのような、前向きな躍動感がある。僕は女性ヴォーカルをフィーチャーした"Casual Goodbye(何気ない別れ)"のようなエレクトロニカ風のダウンテンポの曲が気に入っている。

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