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Pev & Kowton - Beneath Radar (Peverelist mix) - Livity Sound |
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F - Slowdown - 7even Recordings |
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Morphosis - Androids Among Us (Just For One Day Remix) - Morphine Records |
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Objekt - Objekt #2 - Objekt |
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Knowing Looks - Abandoned Skip - West Norwood Cassette Library |
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Pearson Sound - Stifle - Hessle Audio |
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Irrelevant feat. Brad Sucks - Better off in me - Kokeshi |
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Blawan - Kaz - R & S |
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Margaret Dygas - Country Way of L - Perlon |
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Roska - Error Code - Hot Flush |
「Nothingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
12年振りの新作『Is This Hyperreal?』を引っさげ元祖デジタル・ハードコア!ATARI TEENAGE RIOTが完全復活!フジロックでの来日を目前に控え、過去~現在~未来のアタリを最近新たに発見された秘蔵ライヴ映像と爆裂トークで完全徹底解剖!!!!!!!!!!
さらにアレック本人からのメッセージも上映!!!!!!!
モッシュ&ダイブの熱気を激震体感セヨ!!!!!!!!!!!!!
日時:2011年7月12日(火)OPEN 20:00 / START 20:30
会場:UPLINK FACTORY www.uplink.co.jp/factory/log/004039.php
料金:1000円(1ドリンク付)
内容:ATARI TEENAGE RIOT 秘蔵映像上映 & トークショー
上映映像:過去の秘蔵ライブ映像&PV、最新ライブ映像
トークショー出演者
2DD (Audio Active )
唐沢真佐子(ex.snoozer)
AKIRADEATH
アップリンク・ファクトリー
〒150-0042 東京都東京都渋谷区 宇田川町37-18トツネビル1F 03-6825-5502 uplink.co.jp
more info : https://goo.gl/3JtGL
きざしは数年前からあった。最初に気がついたのはM.I.A.の『カラ』に収録された"XR2"だった。「1992年にあなたはどこにいた?」と、2007年のセカンド・アルバムで彼女は言っている。翌年にはゾンビーがすべてのトラックを1992年当時の機材によって作ったアルバム『Where Were U In '92?』をアクトレスのレーベルからリリースしている(インナーでは当時のレイヴ・トラックメイカーたちへの敬意を表している)。そして今年はフレンドリー・ファイアーズのセカンド・アルバム『パラ』だ。セカンド・サマー・オブ・ラヴ・リヴァイヴァルは――そこには残念ながらサード・サマー・オブ・ラヴという言葉はない――本気だ。この秋には、先日このサイトでインタヴューがアップされたテリー・ファーレイが音楽を監修するレイヴ映画『ウィークエンダー』が公開される。UKではあの時代が見直されているのだ。良いことだと思う。我々は、ダンス・ミュージックを通じて人が集まることの大切さを学んだ。集まればそこに公共空間が生まれた。それがこの文化のもっとも重要な点だった。
まあそんなわけで、ダンス・ミュージックが蒸し返しているUKでは、ポップ・フィールドにおいてもその影響が出ているのは周知の通り。21歳のキャサリーン・ブライアン、ケイティ・Bを名乗る彼女は現代のレイヴ・ディーヴァ、ダブステップ世代のポップスターである。
が、たとえばザ・KLFの"3AMイターナル"の、あるいはゴールディーの"インナー・シティ・ライフ"のヴォーカリストの名前を覚えている人はいるだろうか。"グッド・ライフ"のヴォーカリストの名前すら忘れられているかもしれない。レイヴ・ミュージックにおいてヴォーカル・パートはだいたい匿名的か、へたしたら消耗品だ。それは理にかなった話で、レイヴとはステージよりもダンスフロアが主役だったからだ。
そういうわけで、ケイティ・Bはむしろ古典的なディスコ・ディーヴァに近いと言えるのかもしれない。ドナ・サマーからロレッタ・ハロウェイといった昔ながらのダンス系シンガーの系譜で、しかしまあ、そのプロダクションをかためているのがベンガやジンク、ジーニアスやスクリームといったUKのダブステップ/ハウス/ガラージ/ファンキーの売れっ子プロデューサー連中になっただけとも言えるのだが、アルバム・タイトルが言うように、彼女は自分の"任務"というものをよく理解している。とにもかくにも「踊らせるわよ」という任務に忠実なのだ。
目的がはっきりしている潔さはこの音楽に勢いを与え、本当に魅力的なものにしている。歯切れが良いし、彼女が欧米で好かれる理由も理解できる。換言すれば、彼女はレイヴ・ディーヴァのように個性を失うことなく歌う、ポスト・レイヴ・ディーヴァだとも言えよう。
ケイティ・Bはタワーレコード新宿店でも売れていると、売り場の方は言っていた。ヴォーカルの歌メロはR&Bそのものだが、バックトラックがガラージやファンキーというだけでもずいぶんと印象が変わるもので、とにかく新鮮なポップスに聴こえる。「いいねー!」と思わず手を叩きたくなる感じだ。そういえば、ちょうど数週間前にマンションの前の道路を暴走族が彼女が歌う"パーフェクト・ストレンジャー"を爆音でかけながら猛スピードで走っていたが、気持ちは痛いほどわかる。これはまさに飛ばしたくなるような曲だ。
"パーフェクト・ストレンジャー"は、周知のようにマグネティック・マン(ベンガ+スクリーム+アートワークによるスーパー・グループ)がはなった大ヒット・シングルだが、曲で歌っているのはケイティ・Bなので、彼女のこのデビュー・アルバムにも収録されている。同じように昨年先行リリースされた"ライト・オン"にはミズ・ダイナマイトのファスト・ラップがフィーチャーされている。"パーフェクト・ストレンジャー"が暴走的な爽快感のある曲なら、こちらはふたりの女性の"強さ"を見せつけられるような、見事なまでにキャッチーな曲だ。
アルバムで多くのプロダクションを作っているジーニアスは、UKガラージ/UKファンキーのプロデューサーとして10年のキャリアを持っている実力者で、彼はクラブ通いのポップ・アルバムに見事な起伏を付けている。ベンガは4つ打ちのキックドラムの入ったポップ・レイヴを手掛け、ジンクはファンキー調の曲とクラック・ハウス調の2曲を提供している。アルバムの最後に収録された"ハード・トゥ・ゲット"は"パーフェクト・ストレンジャー"とともに、もっとも激しくレイヴを訴える曲だが、同時にケイティ・Bの"明日"を予感させる素晴らしい曲だ(キーボードを弾いているのは、日本人プロデューサーのマコト)。曲の最後で彼女は半分笑いながらアルバムの参加者たちの名前を呼んでいる。そのリラックスした感じもまた、大物ぶりを思わせる。
Shop Chart
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VARIOUS ARTISTS
Composure Ambient Techno for Japan
MUSIC 4 YOUR LEGS / JPN
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DOC SEVERINSEN
Be With You/ You Put The Shine On Me (DJ Harvey 12inch Cuts)
PACIFIC BEACH / US
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ALESSANDRO NOVAGA
Faces Drums
WHITE / US
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JENIFA MAYANJA
Woman Walking In The Shadows
BU-MAKO / US
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TEVO HOWARD
Crystal Republic
HOUR HOUSE IS YOUR RUSH / NED
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JOHN BELTRAN
Ambient Selections
DELSIN / NED
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Shop Chart
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重たい一撃がお好きな方に、ZETTAI-MUからのダビーなお知らせです。
UK最大のダブの祭典『UNIVERSITY OF DUB』をはじめ『SUBDUB』『Exodus』などのレジテンツを務めるヨーロッパ・トップのルーツ&カルチャー&ダブ・サウンドシステム、アイレイション・ステッパーズ(IRATION STEPPAS)が今年も来日!
9月にクロアチアで開催されるヨーロッパ最大のベース・ミュージック&サウンドシステム・カルチャーの祭典〈OUTLOOK FESTIVAL〉のジャパン・ローンチ・パーティとして、首謀者エクソダス(EXODUS)も来日決定!
::Cast::
IRATION STEPPAS (SUB DUB from Leeds.UK)
KURANAKA 1945 (Zettai-Mu.JP)
EXODUS(OUTLOOK FESTIVAL / EXODUS from Leeds.UK)
@ sunsui
Info tel: 06-6243-3641(sunsui)
ADDRESS: 大阪市中央区東心斎橋1-12-20
心斎橋シキシマビル B1F
WEB SITE : https://www.sunsui.net/
OPEN/START. 20:00 - CLOSE 24:00
● ADV. ¥1,800YEN (1ドリンクチャージ別途500円)
● W/Fryer. ¥2,100YEN (1ドリンクチャージ別途500円)
● DOOR. ¥2,300YEN (1ドリンクチャージ別途500円)
★ 前売りチケットは"ZETTAI-MUWEBSITE"および "sunsuimart"でのみ購入頂けます。
https://www.zettai-mu.net/news/1107/0710_sunsui/0710_sunsui.html
★アイレイション・ステッパーズ(IRATION STEPPAS)
IRATION STEPPASは UK最大のDubの祭典『UNIVERSITY OF DUB』のレジテンツをABA SHANTI-Iなどとともに務めるイギリスおよびヨーロッパでトップのNew Roots Reggae、Dubのサウンドシステムである。Mark IrationとDennis Rooticalの運命的な出会い以来「Scud Missile」「Killamanjaro」のキラー・チューンをはじめさまざまなレーベルから数多くのビッグ・チューンをリリース、世界中のサウンドシステムにおいてヘヴィ-・プレイされている。
また「Kitachi」の変名でIRATION=DUBを護るかのようにアブストラクトな作品を『REACT』よりリリースし、UKインディーズ・チャートにおいてスマッシュ・ヒットを出している。彼等の分厚いヒストリーの中でも近 年 彼等が主催する『SubDub』と『Exodus』のふたつのダンスは、Horace Andy、Johnny Clark、Zion Train、Vibronics、Adrian Sherwood、Dread Zone、Twincle Brothers、Scientist、Mad Professor、Lee Scratch Perryなどの数多くの素晴らしいアーティストを迎える New Roots Reggaのダンスの頂きとなっており、かたや Digital Mystikz(DMZのホーム・ダンス)をはじめ、Rusko、Caspa、SkreamなどなどからUK最強のサウンドシステムと最大のリスペクト
を受ける、Roots&Cultue,Dubのサウンドシステムから派生したと言われるDubstepミュージックの世界最高峰 として 2011年現在 っとも盛り上がっているダンスである。
2ndフロアーには Shy FXやRagga Twinsといった往年のJungle、D'N'Bのアーティストも多数出演することや、例年ソールドアウトのクロアチアで開催される世界最大・最高峰の ベース・ミュージック&サウンドシステム・カルチャーの祭典〈OUTLOOK FESTIVAL〉をはじめ、Nightmares On Wax とのツアーも成功させるなど、ヨーロッパでもっとも注目を集めているサウンドシステム!
9月1日(木)~4日(日)に、クロアチア"Fort Punta Christo(プンタ・クリスト要塞跡地)"にて開催されるベース・ミュージックの祭典「OUTLOOK FESTIVAL 2011」の開催に先駆け、ヨーロッパ各地で開催されているローンチパーティが日本にも上陸!!!
https://www.outlookfestival.com/
その声と歌は、森の奥から響いた――それが、男が「良き冬」と名づけた物語の始まりである。ノース・カロライナでやっていたバンドがダメになり、恋人と別れ、病気に罹った男は故郷ウィスコンシンに帰り、父親の狩り用のキャビンにたった一人で籠り、心身の傷を静かに撫でるようにして、いちど敗れた音楽の夢を噛み締めるようにして、雪に閉ざされた小屋でひとりで曲を作り、歌った。「愛だけが取り残されて」......。
その男――ジャスティン・ヴァーノンの歌の背後にあった物語は、彼のボン・イヴェールとしてのデビュー・アルバム『フォー・エマ、フォーエヴァー・アゴー』のことを説明するとき、必ず触れられるものである。その痛切な、しかしある種の古風なエピソードは、その音楽の幽玄の美を説明するのに適っていたからである。それは基本的には、世の中から逃げるようにして孤独に浸った男が鳴らすには打ってつけの、弾き語りのフォーク・ソングだった。が、自身の声を何度もオーヴァーダブして重ねたコーラスと、アンビエントの音響を意識したような静謐なムードが彼の音楽にある種の神聖さを与えた。そして何よりも、ウィスコンシンの長すぎる冬の終わりをじっとひとりで待つような、孤独の温かさと穏やかさがそこにはあった。2007年にひっそりと自主制作として発表されたアルバムは、2008年の正規盤を経てやがてゼロ年代のクラシックの一枚になる。
ジャスティン・ヴァーノンは一見アメリカのどこにでもいそうな、朴訥で気のいい、髭面で長身の木こりのような青年である。しかし僕は、彼と彼の音楽を知れば知るほど、彼が活動の幅を広げれば広げるほど、彼と彼の音楽に夢中になっていった。ジャスティンは自由な感性と才能に溢れたミュージシャンだった......もっと言えば、彼はいまのアメリカのインディ・ミュージックの豊かさを象徴するような存在である。フィメール・ソウル・シンガーに影響を受けたというそのエモーショナルなファルセット・ヴォイスはときにアントニー・ハガティと、ときにニック・ドレイクと、ときにロバート・ワイアットと比べられ、その歌声を様々なアーティストとの共演で披露した。ポスト・ロックとゴスペルとドローンを組み合わせた実験的な音のピースとしての声を聞かせたヴォルケーノ・クワイア、粘り気のあるギター・ソロを鳴らしたGayngsでの活躍。自身の"ウッズ"という曲ではジェームズ・ブレイクよりも早く声をオート・チューンで変調したゴスペルをア・カペラでやった。そしてその"ウッズ"がカニエ・ウエストの耳に止まり......そのヒップホップ・スターの最新作ではかなりの部分で(サンプリングではなく)ミュージシャンとして貢献することになる。ジャスティンの音楽家としての興味と敬意と愛情は多種多様な音楽へとつねに開かれていて、そして実際にそれはいくつもの成果を生んだ。
セルフ・タイトルを冠したセカンド・アルバムは、ジャスティンが単なる素朴なフォーク・ミュージシャンではないことが存分に証明され、また、彼の出自となった物語も過去になった状況が整えられた上で、まさに「満を持して」放たれた一枚である。彼はいまはひとりではない。彼が信頼し、愛する音楽仲間と本作を作り上げた。インディ・ミュージック・ファンのあいだでは本作に対する期待はほとんど異様なものにまで膨れ上がっていたが、もちろん僕もそのひとりだ。
1曲目、"パース"のイントロで叙情的なギターの音がコーラスと重なり、そして勇ましいドラムがそこに加われば、その期待が何ら的外れでなかったことが明らかになる。左右から聞こえてくるホーン、ノイズ、ストリングス、ギター、ドラムが情熱的に響くなか、それ以上にジャスティンがソウルフルに切ないメロディを歌う。「愛するひとはまだ生きている」......。
もはやシンプルなフォーク・ソングはひとつもない。多くの曲ではジャスティンのポスト・ロック的な好みが反映されており、音響的な配慮が隅々まで行き渡ったものとなっているが、それだけでは説明できない多様さと複雑さが本作にはある。フォークが静かにジャズと手を取り合った"ホロシーン"、カントリーめいたギターがドラムと走り出す"タワーズ"、和音の変化と打楽器の清潔な響きで聞かせるワルツ"ミシカント"、アンビエント的な意匠のなかジャスティンの声の低音と高音の応酬となるもっとも実験的な"ヒノム、テキサス"、ピアノとストリングスが神秘的なムードを醸す"ウォッシュ."......。すべての曲でそれぞれ違う音の姿を見せながら、独特の甘さを持ったジャスティンの声の魅力で一本芯の通ったものになっている。シングルの"カルガリー"はノイジーなエレクトリック・ギターをかき鳴らしながら、ここでも情熱的に声を絞り出してメロディを何よりも主役にしてみせる。ラストの"ベス/レスト"は、なんと80年代の「アダルト・ポップ」を彷彿とさせるようなムーディなシンセ・ポップを皮肉ではなくロマンティックに鳴らした1曲だが、これもソングライティングによっぽど自信がなければ出来ないことだろう。どんなに音を拡張させようとも、ボン・イヴェールはエモーショナルな「歌」でなくてはならない――そんな揺るぎない決意を本作から感じる。
このアルバムは、前作の物語がちょうど終わったところからはじめられているという。それはつまり、孤独の季節を後にしてゆっくりと、幾分躊躇いながらも世界に向けて歩を進め始めるドキュメントだということだ。歌詞は抽象的で謎めいているが前作同様詩的で、いくつかの都市の名前がつけられた曲名が示唆的だ。ここには痛みも傷もまだ感じられるが、それを抱えたままで歌の主人公は世界の様々な風景を見つめている。「......そしてすぐに気づいた/自分が特別でないことを/ハイウェイの通路のはるか上空/(氷に閉ざされたふらふらの休暇)/何マイルも先が見えた/何マイルも何マイルも」"ホロシーン"
ボン・イヴェールは、なかば偶然にアメリカのいち地方から発掘された名もなき青年の歌だった。だが、それはゆっくりと人びとの歌となった。ジャスティン・ヴァーノンはかつて自分を傷つけた世界に再び心を開き、そのミュージシャンシップでもういちどそこを愛した。デビュー作に収録された"ザ・ウルヴス"という曲をライヴで演奏するとき、ジャスティンは観客にコール&レスポンスを要求する。「失ったかもしれないものは――」、かつての孤独の呟きは大合唱になって再現され、そしてこう続けられる。「僕を妨げたりはしない」
その通りだった。『ボン・イヴェール』は新たな季節の訪れを告げるアルバムだ。『フォー・エマー』で抑えられていた感情と音がここでは堰を切ったように溢れ出し、そこから見える色鮮やかな風景の美しさに僕は震えずにはいられない。
まずはこのレトロフューチャーなアートワークをじーっと見て欲しい。青緑に発光するいかにも冷たそうなその部屋の壁には、TV、モニター、コンピュータ、サンプラーやシンセサイザー、MIDI機材、ヴィデオゲームのスティック......青年は機材に埋もれたベッドルームで寝そべりながらゲームをやって、そのまま寝てしまったのだろう、靴下すら脱いでいない......。快適そうだが牢屋のようでもある。アルバムの1曲目――「ようこそシステムIIへ。我々はあなたの夢を実現させることができます。チャンネル・プレッシャーを感じますか? あなたは永遠の生を望みますか?」
これと似た曲がある。1984年にサイボトロンが発表した"テクノ・シティ"、ホアン・アトキンスとリチャード・デイヴィスによるデストピックなシンセ・ポップだ。「ようこそテクノ・シティへ。どうぞお楽しみあれ。ようこそテクノ・シティへ。あなたここを離れたくなくなるでしょう」
『チャンネル・プレッシャー』を聴いていると、デトロイト・テクノの青写真ともなった未来都市への潜在的な恐怖が、いまではテクノロジーに囲まれた孤独な部屋へのそれにすり替わっているように思えてくる。リアルな会話をすることなく、ただヴァーチュアルな空間で結局はひとりで暮らしていることの恐怖。「眠るときに画面の残像が頭のなかでフラッシュするけれど、何も意味しやしない。僕たちはまだひとりぼっちなんかじゃないんだ。夜、僕たちがそこを立ち去ることができた夜......」"ブレイク・インサイド"
フォード&ロパーティンはUSインディ・シーンにおける"スーパー・グループ"である......といってもデュオだが。メンバーのひとりは、2008年にロンドンのベン・ワットのレーベルからデビューしたブルックリンのグループ、タイガーシティのジョエル・フォード、もうひとりのほうは昨年オーストリアの〈エディション・メゴ〉からリリースされたアルバム『リターナル』が三田格と本サイトをはじめ欧米の音楽メディアで大絶賛を浴びたワンオートリックス・ポイント・ネヴァーのダニエル・ロパーティン。前者はトレイシー・ソーンの相方でもある老練たる耳を惹きつけた美しい歌声の持ち主、後者はノイズ/アンビエント/ドローンのいまもっとも勢いに乗っている実験主義者、そんなふたりによる最初のアルバムが『チャンネル・プレッシャー』だ。注目されてしかるべきだ。
昨年、このふたりは最初はゲームスの名義で7インチのシングルを発表している。そのどろっとした感じはチルウェイヴそのもので、僕はOPNのチルウェイヴ・プロジェクトとしてその後を追うことにした。が、どろっとしたのは最初だけで、ふたりは潔いほど思い切りレトロスペクティヴな80年代スタイルを演じた。今年にはいると名義をゲームスからフォード&ロパーティンへと、よりシニカルな名義へと改名して、そしてウォッシュト・アウトのデビュー・アルバムのおよそ1ヶ月前にウォッシュト・アウトをデビューさせたレーベル(のサブレーベル)から自らのデビュー・アルバムを発表した。これは偶然なのか......それとも仕組まれた計画なのかはわからないが、このスーパー・デュオにはトロ・イ・モアやウォッシュト・アウトにはない黒いユーモア......さもなければペット・ショップ・ボーイズの皮肉屋めいた風刺のメロドラマがある。「部屋にひとり、TVを見ている。消すことなんかできやしない。アメリカ・ロックの力、毎度毎度お馴染みの歌......」"ヴォイシーズ"
現代的なデジタル音楽への批評であろう"トゥ・マッチ・MIDI"という曲も"ヴォイシーズ"と同様にメランコリックなポップスで、我々はこれらにニュー・オーダーの(たとえば"ブルー・マンデー"の)幻影を見ることもできるが、しかし同時に、こいつら絶対にどこかでふざけているんだろうなとも思う。モードを弄んでいるというか、もちろんベタな80年代スタイルに終始しているわけではない。"スカムソフト"や"ニュー・プラネット"のような、おそらくは......OPNファンも納得するであろう実験的な曲もある。とにかく聴けば聴くほど猫を被ったアルバムだと思えてくる。何よりも示唆に富んでいるし、問題提起がある。
クラブに出入りしているような人間の何割かは、要するに酒場好きというか、誰かとだらだら会っている感じが好きなのだろうから、ある意味では健康とも言える(それで癒されているのだから)。しかし、公共の場をヴァーチャルなところにだけ求めている人は危険かもね。誰か誘って飲みに出掛けたほうがいい。外に出れなくなる前に。「最初にこの異常事態を推測したのは誰。生きているようで鮮明な、クリアでダイレクトな、悔やまれる世界を予測したのは。MIDIを制御するんだ。心臓のテンポ、コミュニケーション、離れて破壊されている......」"ワールド・オブ・リグレット"
ロックの「俺」問題というものを仮定してみよう。ロックは他ジャンルにくらべて、一人称との相性が非常によいのではないかと思う。他ならぬ「この俺」が表現の主体であることが大きく意味を持ったりする。それがなければ、少年がギターを手にする理由など10分の1くらいになるのではないだろうか。もちろん、そうでもない名盤だってたくさんある。ジョンとポールでラフに喩えれば、ジョンには「俺」問題が濃く、ポールには薄い。それはポールの表現にオリジナリティがないという意味ではけっしてなく(誰が聴いても「ポールっぽさ」は一発でわかる)、「俺」をめぐる存在論的な追求があるかないかといったようなことだ。ポールの曲はボカロに歌わせてもポールの曲だろう。また、彼なら超一級のボカロ・ソングをつくれるかもしれない。しかしジョンの曲はボカロでは成立しない。他の「俺」では代弁できない種類の「俺」を扱うからである。そういう差異を私はロックの「俺」問題と呼んでいる。
アニマル・コレクティヴ以降は、時代の追い風を受けているとはいいがたくなってしまった「俺」問題型アーティストだが、タイ・セガールは最近めずらしい「俺」型ベッドルーム・ポッパーだ。単純に1曲中の「俺」使用率も高い。「ハロー、俺のこと見たことあるだろう/おまえにとって、俺は秋、俺は春/きらきら輝いて/草は伸びるのさ、俺のせいで」"マイ・ヘッド・エクスプローズ"
この曲にも顕著だが、ヴァインズのいらだったディストーションを思い出させる重めの音に、ザ・フーやソニックスのようなヴィンテージな風合いのリヴァーブをめいっぱい効かせ、2分強で歌い上げる短いガレージ・ポップ。これがタイの代名詞的スタイルだ。もともとやっていたバンド、ザ・エプシロンズもヴァインズやホワイト・ストライプスなど2000年代ガレージといった佇まいのバンドだが、ソロの活動ではよりオールド・スクールなガレージ・マナーを身につけていて、2008年から現在までにじつに夥しい量のカセットや7"シングル、アルバムをリリースしている。しかしもちろん特筆すべきはその歌。ジョン・レノンのソロを、あるいはショーン・レノンのデビュー作を思わせる。とてもポップなフックを持ってはいるが、ひろく口ずさまれるためではなく、ごくパーソナルな感覚を掘り下げた結果生まれてきたメロディだ。「そのうち、俺はメロディになる」"マイ・ヘッド・エクスプローズ"
ああ、そうだろうなと納得する。
今作がとくによい。"コンフォタブル・ホーム"や終盤の曲のいくつかは、オブスキュアな雰囲気のガレージ・ナンバーだが、こうした傾向は彼の初期作に顕著なものだ。前作『メルティッド』では、そうしたレトロスペクティヴな音を通過してタイ自身のオリジナルなリヴァーブ・ポップが完成した印象である。そして本作は、より内省的に、より思索的に、2ミニット・ポップの単純さから一歩も二歩も踏み込んだ音になっている。ここでは歌やメロディがとても大切なものとして機能している。それが、よく比較されはするものの、ジー・オー・シーズや〈イン・ザ・レッド〉周辺のガレージ・サイケ、ブランク・ドッグスと〈キャプチャード・トラックス〉勢、ウェイヴスら西海岸ビーチ・ポップと彼とを分節する点である。
しかし彼がとらえている「俺」は、けっして安定した「俺」ではない。彼の写真には、頭を振って顔を不鮮明にしているものが多い。アートワークも同様で、『レモンズ』は頭を振った自身の顔、『メルティッド』は自分とおぼしき怪物の顔、本作はくしゃくしゃの犬の顔だ。顔をめぐる表現がそのまま自己認識であるとはいわないが、そこに歪みや屈折があることはみてとれる。「お前の頭の重さを感じろ」。ヴァイオレントなドラムとファズのきいたギター・リフが印象的な、その名も"ホエア・ユア・ヘッド・ゴーズ"はそのように歌いはじめられる。少しネジがゆるんだようなサイケデリック・チューン。「頭の重さ」とは存在の重さのことだろうか。この曲のラストは「俺がいなくなっても覚えていてくれるかい?」で締めくくられる。キース・ムーンのような騒々しいドラミングと少しアイリッシュで軽快なイントロを持つ"ザ・フロア"では、「床の下」で眠るなにものかのおとずれが描写される。それが何であるのかは暗示されるに止まるが、「俺の脳みそのなかの指」。「俺」のなかのまだ活動していない何かを呼び覚まそうというようなことが歌われているようである。その何かと呼応するようにドラムはバタバタと、ギターはブルージーかつ饒舌に、歌い、跳ねる。若い人間のごくまっとうな葛藤だといえばそのとおりだが、それをこのように太く鮮やかな筆致で描く才能を軽んじる法はない。あとは彼が5分以上の曲を書いたらどうなるのか。そうしたアルバムにも挑戦してもらいたいものである。
最後に付け加えになるが、彼は孤独な引きこもりというわけではなく、ノー・エイジが立ち上げに関わり、ミランダ・ジュライやエイブ・ヴィゴダ、ベスト・コーストらが活動することでも注目されているロサンゼルスのホットなアート・スペース、スメルへも出入りしているようだ。ローファイでD.I.Y.という彼らの気風を、なるほどタイ・セガールにも感じる。
〈特別企画〉ルポルタージュ31
〈コラム〉浜岡、80年のアトミック・カフェ、そして現在へ
〈インタビュー〉ハドソン・モホーク1 他
























