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まずはスウェーデンからB・J・ネルソン。90年代後半からハザードの名義でアッシュ・インターナショナルやタッチからフィールド・レコーディングの作品を数々手掛け、00年代に移ってからは他の名義も加えてゼヴやクリス・ワトスンらともコラボレイト・アルバムを制作。そのなかにはアイスランドで実験音楽の限りを尽くしてきたスティルアップステイパとの持続的なシリーズもあり、そこからもふたり。そして、同じくアイスランドから現在、ポスト・クラシカルの代表とされ、すでに貫禄のある存在と化してきたヨハン・ヨハンソン(裏アンビエントP182)と、やはりアイスランド・テクノからまだ無名のDJミュージシャン(という名義)と、すでに脱退したロック系のカーヴァーというアイスランドのアンダーグラウンド・オールスターズ+1による3作目。前2作はアイスランドの地元レーベルからリリースされていたものが、なぜか癖のあるベルギーのレーベルからとなり、内容にも大きく変化が起きている。
ひと言でいえば、ヨハン・ヨハンソンもメンバーにいるとはいえ、アンダーグラウンドの集まりにしては、これまでもエレクトロなどに色目を使っていたものが、ここへ来てはっきりとクラウトロックを意識したものにフォーカスされ、中期のクラフトワークやハルモニアをそのまま発展させたスタイルとなっている(エメラルズの変化も唐突だったけれど、もしかして世界同時クラウト・ロック化?)。スティルアップステイパやB・J・ネルソンがこれまでにやってきたことを知っている人にはとても信じられないだろうけれど、ちゃんと音楽になっているし、リズムもあればメロディもある(笑)。オープニングこそドローンじみたはじまりで、北欧の寒々しいランドスケープを想起させるものがあり、あえて00年代のすべてを切り捨てているとはいえないものの、ヘタをするとOMDにさえ聴こえるほどオプティミスティックなシンセサイザー・ミュージックは不況や右傾化が深刻化しているヨーロッパのそれではないし、そもそもユニット名にも合っていない。もしくは所々で差し挟まれるドローンには不安や恐怖などが凝縮されているような面があり、いわば現実とそこからの逃避がある種の葛藤状態にあることを表現しようとしているのかもしれない(し、ミュージシャンのつねで何も考えていないのかもしれない)。
飽きないというより何度聴いても腑に落ちないアルバムである。あきらかにヨハン・ヨハンソンがイニシアティヴを取っていると思わせる曲もあるし、全体に彼のファンタジックな性格が吉と出たのだろうか、凶だったのか。何かが曲がり角に来ているのだろう(でも、何が?)。
なお、ビヨークやシガー・ロス以降、急速に細分化が止まらなくなっているアイスランドの音楽シーンについては「アイスランディア」で。
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90年代のバブル景気の余韻とその崩壊から忍び寄る空虚さ。ゆっくりと変わりゆく時代のなかのほんの一瞬のモラトリアムなムードから生まれたいわゆる「98年世代」を代表するバンドのひとつにスーパーカーがある。
スーパーカーの魅力には、作品ごとに新たな音楽的邂逅を果たしてきた折衷主義は言うにおよばず、ある種の青春性、青春の蒼さとその煌めきがある。中村弘二の囁くような幽玄とした歌声。石渡淳治の文学的なリリック、フルカワミキがもたらすフェミニンな調和、そしてそれらを天高く昇華させる田沢公大によるダイナミックなビート。個々が描く"アオハル・ユース"な世界観が乱反射するように、バンドは化学反応を起こした。そしてその結果、彼らは「失われた10年を生きるボーイズ&ガールズのピーターパン・シンドローム」そのものを体現したとも言える。僕を含め当時のユースたちは彼らの音楽に自分自身を重ね、永遠の純真無垢を祈っていた。
バンドは解散し、メンバーも年齢を重ねたことで、その後のソロ・ワークにスーパーカーのような青春性を見出すことはできなくなったものの、イルこと中村弘二の作品にはいまもなお、少年的なところがある。クラフトワークのライヴ盤のタイトルを拝借して自身の新作に使ってしまうように、中村弘二はいまでも純粋に音楽を愛する人間で、彼自身のサイトのレコメンド・コーナーでは、自らが影響を受けた音楽作品などについて少年が初めてロックのレコードを手にした瞬間のように目を輝かせながら語っている。そういった無垢な佇まいと折衷主義的な態度から見える彼の少年性は、スーパーカー時代からまったく変わることがない。
新作は、前作『∀』に収録の、向井秀徳の歌をフィーチュアリングした"死ぬまでダンス"でも顕著に表れている、ミニマル・テクノ/クリック・ハウスからの影響が色濃く出ている。総じてロッキンなエレクトロ・ハウス仕立ての曲が目立っている。これまでにも"フライング・ソーサー"や"デッドリー・ラヴリー"など、似たような趣向の曲は数多くあった。が、アルバムのタイトルが表している通り、ここに収録された新曲は、どれも音数は必要最小限まで削ぎ落とされている。曲の展開や音色による抑揚の上下も抑えられ、まるで鋭く滑空するために最適なフォルムを突き詰めた飛行機のように美しい流線型を描いている。グランジ調の曲も2曲ほどあるが、そのどちらもミニマルな仕上がりとなっている(このあたりはThe XXからの影響も感じられた)。
前々作『ロック・アルバム』と前作『フォース』では、往年のスーパーカー・ファンが思わず顔を赤らめてしまうような、初々しいシンプルなギター・ロック調の曲が多く見られた。そのような懐古主義的なものよりも、この新作で表現されている、しっかりと前を向いて前進しようとする冒険的な音楽のほうが間違いなく彼には合っている。「アイ・ワナ・ダンス・ウィズ・ユー」と歌った直後に「アイ・ドント・ワナ・ダンス・ウィズ・ユー」と歌ったり、相変わらず突拍子もないフレーズが多く飛び出すが、それもまた、彼らしいと言えば彼らしい。スーパーカーはもうこの世には存在していないが、中村弘二の音楽は前進している。『ミニマル・マキシマム』を聴きながら「死ぬまでダンス」することに思いを巡らしたい。
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69db & Mc Tablloyd - Rave Roover |
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Yumani - Putain d'Syatem |
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Jt Labo14 - Vitessoox |
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Alryk - Techno Pink |
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Cemtex - Eternal Torment(scratch's by Dj Zeb) |
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Sagsag23 - Sauve Toi |
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Disakortex - Mang ton Disak o Kortex |
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Azhot (xlr) - Bubles |
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Bassmaker - Kawatt |
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Suburbass - Cocaination Was Low Level |
思いもよらなかった内容に、最初聴いたときは間違えて別のCDをセットしてしまったのかと思ったほどだ。いやいや、間違っていない、これだ、ダークスターだ。確認してからもういちど聴いてみる。ピアノが鳴り、霊妙なストリングスが聴こえる。彼らは美しいハーモニーを歌っているが、声は悲しみに耽っている。昨年の秋、〈ハイパーダブ〉からリリースした「エイディーズ・ガール・イズ・ア・コンピュータ」でダブステップ・シーンの外側からも惜しみない賛辞をもらったジェームス・ヤングとアイデン・ホエイリーのふたりによるダークスターは、実に思い切ったデビュー・アルバムを完成させた。『ノース』はロンドンのダブステップの激しいビートに背を向けて、北に広がる冷たい蜃気楼を向いている。
『ノース』というタイトル、そして冷たく人間味を徹底的に欠いた工場の写真をあしらったスリーヴアートが暗示するもの――それはイングランド北部の灰色の工業都市とヒューマン・リーグやOMDといったシンセ・ポップ・バンドである。そして、ダークスターのデビュー・アルバムをジャンル分けするならば、シンセ・ポップとなる。だが、それはあまたに溢れる80年代リヴァイヴァルの最新ヴァージョンというわけではない。ブリアルの真夜中の美学を継承するエレクトロ・ポップであり、ある意味ではイギリスらしいダーク・ミュージックと言える。ダブステップから離れたとはいえダブステップを通過しなければなかったであろう暗い予感に満ちた音楽なのだ。
それにしても......僕がここで念を押しておかなくてはならないのは、『ノース』は"エイディーズ~"のクラフトワーキッシュな響きに魅了されたリスナーでさえ困惑するかもしれないということだ。メランコリックで陶酔的な"ゴールド"や柔らかい"アンダー・ワン・ルーフ"のようなポップスとしての完成度が高い曲、あるいはザ・XXめいたギター・サウンドの暗い光沢が魅了する"デッドネス"のような曲ならまだしも、ポーティスヘッドの"マシン・ガン"にも似た"トゥ・コーズ"の軍隊めいたビートによる恐怖症的な息苦しさや、トム・ヨークやロバート・ワイアットにも似た"ディア・ハートビート"の悲しみの沼地をゆっくりと歩いていくようなやりきれなさは、誰にとっても親しみやすいものだとは言い難い。最後の曲"ホエン・イッツ・ゴーン"を聴き終えると、リスナーは真っ暗で冷たい地下室に置き去りにされたような気持ちにさせられる。
アルバムにおいてもっとも明るく輝くのは4曲目に配置された"エイディーズ~"で、僕はこの曲名をある種のジョークであると疑っていなかったのだけれど、しかしアルバムを聴いた後ではそれが洒落ではなかったことを知る。"エイディーの彼女はコンピュータ"とは、真夜中に何時間もパソコンに向かい合っている男の孤独である(それは......言うまでもないことだが、まったく僕自身でもある)。ダークスターはそれを絶妙な切なさでリリカルに描いている。
『ノース』はブリアルとコード9、あるいはキング・ミダス・サウンドといった〈ハイパーダブ〉のディストピア・ミュージックのリストに載った新たな1枚である。当たり障りのない音楽ではなく、何か突出した感情を秘めた音楽を探している人であるならば、決して悪い気にはならないと思う。
去る10月16日(土)、SOUNDCRASH presents 〈DJ Krush & Prefuse 73@KOKO〉にて、両ヘッドライナーのサポートを務めさせてもらいました。
トップバッターとして登場したのは、DMCチーム部門の決勝戦に出演するために日本から訪英していた、YASA & HI-CによるKIREEK。バトルDJとして、世界中のヘッズから支持される彼らですが、当日はそのスキルを無理に見せつけることなく、ゆっくりと、しかし確実に、温まりはじめたばかりだったフロアの温度を上げていき、彼らが単なるバトルDJではなく、ミックスを中心としたオーソドックスなパフォーマンスでも力を発揮できることを、集まったオーディエンスの前で証明しているようでした。また、彼らは翌日に同会場で開催された〈DMC黴Team World Championship 2010〉にて、再度世界チャンピオンの座の防衛に成功し、フランスのC2Cが持つ記録と並ぶ、4連覇を達成しました。
続いて登場したのは、The Cinematic OrchestraのギタリストであるStuart McCallum。当日は同じくThe Cinematic Orchestraで活動するドラマーのLuke Flowersと、シンガーHeidi Vogelによるトリオ編成として出演。その技術とたしかなセンスに裏打ちされたジャジーかつパワフルなパフォーマンスは、当日のラインナップの中で異彩を放ちつつも、ほろ酔いのオーディンエンスを大いに湧かせていました。

アンカーソングのライヴ風景。
ちょうど日付の変わった深夜0時に、僕は3番手として出演させてもらいました。冒頭の2曲をソロとして演奏した後、弦楽四重奏をステージに迎え入れ、新曲の"Ornaments""と"Plum Rain"を含む、合計6曲を演奏しました。前者はダブステップのビートを、後者はUKガラージの要素を取り入れ、どちらも自分なりに新しいことにチャレンジした楽曲で、フロアの反応に多少の不安もありましたが、蓋を開けてみれば、どちらも好意的に受け止めてもらえたようでした。宮殿のような造りをした会場の〈KOKO〉は天井が非常に高く、場合によっては弦楽器の音が分離し過ぎて、一体感のないものになってしまうこともあるのですが、すでにフロアを埋め尽くしていたオーディエンスの熱意あるレスポンスを目の当たりにして、胸を撫で下ろすとともに、後に控えるふたりのヘッドライナーにうまくバトンタッチできたことを、とても嬉しく思いました。

いまだ根強い人気のあるPrefuse 73
ヘッドライナーとして先陣を切ったのはPrefuse 73。普段はドラマーやターンテーブリスト等をゲストに迎えて、バンドとして演奏することが多い彼ですが、当日はラップトップとMPC1000を中心とした、ややチルアウト気味のソロセットを披露していました。エレクトロニカ/ヒップホップのシーンの中心人物として数多くの作品を発表し、確固たる地位を築いている彼の曲群は、ただモダンなだけでなく、音楽的な深みに満ちていて、自身の音楽に対する深い愛情が現れているように思えます。集まったオーディエンスも、広く知られた『One Word黴Extinguisher』などの作品からの楽曲のみならず、未発表だと思われるものに対しても、ゆっくりと身体を動かし、そしてじっくりと耳を傾けているようでした。完成したばかりだという、女性ヴォーカリストたちとのコラボレーション作品となるニュー・アルバムへの期待を、大いに膨らませてくれるセットでした。

DJ Krushへのリスペクトは変わらない
そして当日のトリを飾ったのはもちろんDJ Krush。フロアの温度も最高潮に達し、彼の登場にフロアからは大きな歓声が沸き起こって、彼の名を世界に轟かせる発信地となったここロンドンで、いまでも変わらず多くのファンが彼を待っているということを、改めて目の当たりにしました。
当日は来年発表予定だという新作からの楽曲と、過去のクラシックを織り交ぜたセットを披露して、フロアのオーディエンスの期待にがっちりと応えているようでした。ロンドンのダンス・ミュージックのシーンは非常にサイクルが早く、新しいもの好きというイメージが強くありますが、そのいっぽうで彼の楽曲のような、風化してしまうことのないタフさを備えた音楽に対する理解と情熱も、この街のオーディエンスには、たしかに備わっているように思えます。またステージ脇には、そのパフォーマンスをまじまじと見つめるPrefuse 73の姿がありました。DJ Krushとの競演は初めてだったそうで、いち音楽ファンとして彼のパフォーマンスを堪能しているようで、その演奏を終えたときに、フロアのオーディエンスとと同様に、惜しみない拍手を送り続けていました。
すべてのミュージシャンにとって、自分の尊敬するアーティストと競演することほどエキサイティングなことはないのだと、改めて思い出すことができた一夜でした。

少々面食らうほど、感傷的でノスタルジックな作品。オハイオ州クリーヴランドの3人組、エメラルズのギタリスト、マーク・マッガイア、今年は2007年にカセットテープで発表した『タイディングス』と2008年に同じくカセットテープで発表した『エメスィスト・ウェイヴ』のカップリングが〈ワイヤード・フォレスト〉から『タイディングス/エメスィスト・ウェイヴ』としてアナログ盤とCDで再発されている。つい先日は2008年のカセットテープ作品『オフ・イン・ザ・ディスタンス』もアナログ盤として再発され、それが日本では瞬く間に完売、そして〈エディション・メーゴ〉から待望の新録によるアルバムが本作『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』となる。こちらも最初のアナログ盤は即売で、僕も手に入れるのにそれなりに労をとっている。エメラルズ(およびOPN)は、欧米のメディアではこの1年あまりでけっこうな評価を受けているが、日本での人気も大したもののようだ。
誰の耳にも明らかなように、マーク・マッガイアの音楽の根幹にあるのはマニュエル・ゲッチングである。ゲッチング以外の影響に関しては、本人の弁に寄ればクラフトワークと初期から中期にかけてのポポル・ヴーだというが、クラウトロックからの多大なインスピレーションは何よりも彼の音楽そのものが雄弁に物語っている。彼らの大量のカセットテープやCDRによる超限定リリースも、初期のクラスターのようなワイルドな即興性に重点を置いているがゆえに可能なのだろう。ちなみに彼らがカセットテープというレトロなメディアを使う理由は、CDよりも温かいその音質ゆえである。そういう意味で彼らは、いまふたたび音楽メディアのあり方を問うている若い世代の代表でもある。
『タイディングス/エメスィスト・ウェイヴ』のテーマが題名通りの「海」であったように、マッガイアは彼の新作にも幼少期から思春期までの思い出と家族という明確なテーマを与えている。インナースリーヴには彼の育った家の写真があり、スリーヴには彼の思い出の写真がコラージュされている。つまりアルバムはきわめて個人的な自叙伝である。
家族のざわめきが聞こえ、アコースティック・ギターの素朴なストロークがゆっくりと重なり、やがてノイズとともにフラッシュバックがはじまる。1曲目の"記憶の広大な構築物(The Vast Structure of Recollection)"は、そしてマッガイアの十八番とも言えるミニマリズムの煌めきへと展開する。よりメロウな2曲目の"アラウンド・ジ・オールド・ネイバーフッド"は多くの人がアプローチしやすい曲のひとつで、続く"クロウズ・ローリング・イン"~"ブレイン・ストーム"同様にゲッチング・チルドレンとしてのマッガイアの特徴がよく出ている。ギターの反復のうえにいくつかのギターが階層化され、そして絡み合い、いわばコズミック・ミュージックとしての華麗なテペストリーを編んでいく......というわけだ。B面の1曲目"トゥ・ディフレント・ピープル"から3曲目の"クリア・ザ・コブウェブス"まではアルバムでもっとも美しい瞬間が用意されている。記憶のなかを彷徨いながら、自分にはまだこの音楽をうまく語る言葉がないことに気がつかされる。
最後の曲"ブラザーズ"でもまた、家族の会話が挿入される。父親か叔父らしき人物が息子にガールフレンドについて警告している(こうした会話は、歌詞カードとしてインナーに印刷されている)。そしてこの曲は、アルバムのなかで唯一ドラムの入っている曲としてノイズ・ロック・サウンドを展開する......そして"ブラザーズ"はビートレスとアルペジオの煌めきへと突入し、嵐のように過ぎ去った日々のなか、家族のざわめきとともに消えていく。良い思い出と悪い記憶が彼方へと追いやられるように。
アルバムには「すべてを聴き逃さないようにヘッドフォンで聴いてください」と記されている。その意味するところは実際にヘッドフォンで聴くとよくわかる。テーマは 個人的なものであっても、この音楽は多くの耳を潤すことだろう。しかもそれは同時に、この先さらに多くの耳に発見されるであろう才能の存在を強く主張している。
南アフリカからゲットー・エレクトロの1作目。サイモン・リングローズと組んだプレイドーの名義ではすでに数枚のEPやミニ・アルバムをリリースしているMCのンサロ・ジェイムズ・モンド・モクガタ(とお読みするんでしょうか=Nthato James Monde Mokgata)がひと足先にソロ・アルバムとして完成させたもので、スパンク・ロック風のダンスホールから南アならではのクワイトなど思わず腿に力が入る全14曲。ドンガドンガラ......と、トライバル調でスタートし、タイトル曲はグライムやダブステップをアフロ・ビートと融合させた見事なミクスチャー・エレクトロ("パート2"はそのビートを銃声に置き換えたバイリ・ファンキへのアンサー・ダブ?)。全体にシャッフルの効いたエレクトロのヴァリエイションが、前半は重力からの解放を約束してくれ、どう聴いてもジョイ・ディヴィジョン"シーズ・ロスト・コントロール"のカヴァーから後半は反対に地の底まで沈められる。"ウォー・オン・ワーズ"は本当に重い......(新作が〈プラネット・ミュー〉からリリースされたジュークのDJラシャドをはじめとするフル・リミックス・アルバムも配信のみでリリースされている)。
いま、中国の評判はアフリカでもとても悪く、中国からの投資が上手くいっていないコンゴをはじめ中途半端なやり方に怒り心頭な国が少なからず、そのツケをアメリカが引き受けることによって、アメリカの経済的な進出がかつてないほど歓迎を受けているという(ソマリアでのアルカイダ掃討作戦など政治的な進出はもちろんその限りではない)。失業率90%のジンバブエが最大のチャンスになるというリチャード・ブランスンには戸惑っている経済人も多いようだけれど、インドへの投資には失敗したドイツのBBE(本社はイギリス)がこのアルバムのリリース元となっており、そのせいか、とてもアフリカの音楽とは思えないジャケット・デザインになったといえる(フェラ・クチのデザインだって、もっとダイナミックな感性を貴重としていた)。それが、しかし、コーラス・ワークなどは典型的なアフリカ調でありながらも、それだけではない重さを内包したこの音楽をパッケージするには最適だったという気もしないではない。ゴールド・パンダやソラー・ベアーズによってチルウェイヴとの境すら曖昧になったポスト・ダブステップに対して、ダブステップの闇を南アが引き継いだか......。
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Lou Donaldson - You're Welcome Stop On By - Bluenote |
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Steve Miller Band - Dance Dance Dance - Capital |
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V.A - The World Ends:Afro Rocks&Psychedelia In Nigeria - Sound Way |
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Lloyd Miller - The Heliocentrics (ost) - Strut |
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John Legend&The Roots - Wake Up - Sony |
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Arthur Russell - The Is How We Walk On The Moon - Sleeping Bag |
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Stevie Wonder - Boogie On Reggae Woman - TamuraMotown |
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Dinosaur - Kiss Me Again - Underground Disco Classics |
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Dubtribe Sound System - Do It Now - Defected |
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Limahl - Never Ending Story - Emi |