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interview with Sleaford Mods - ele-king

 社会の底で生きる、いわゆる“見えない人びと”を描いたイギリス映画『バード ここから羽ばたく』には、登場人物たちが、どんちゃん騒ぎのなかスリーフォード・モッズの曲を大合唱するシーンがある。“Jolly Fucker”という、低賃金労働への不満を爆発させ、前向きに生きようぜと、ポジティヴな態度を強制する社会への嫌悪全開の人気曲だ。この曲が重要なのは、社会の下方からの抗議を表現しているからではない。“Jolly Fucker”は、イギリスのポップ・カルチャーが長いこと喧伝してきた労働者階級の「誇り」なんてものが嘘八百だと主張しているからだ。そんなものはいまや不安定雇用と失業、福利厚生の切り捨てによって空洞化している。階級闘争は人種憎悪にすり替わり、仕事はあるが希望はない。家庭は重荷でしかなく、楽しみは消費だけ、労働者階級の連帯感などとっくに崩壊している。振り返っても、何も残っちゃいない。すべてにうんざりしているんだ。スリーフォード・モッズ、そのヴォーカリストであるジェイソン・ウィリアムソンのインパクトは、ただわめき散らすのではなく、21世紀の惨状を、ごまかすことなく、口汚くもしかし知的に言語化したことにあった。そして、ああ、それが我々の第一歩だったのだ。

 2026年の1月は、大好きな二組のアーティストがアルバムを出す。坂本慎太郎とスリーフォード・モッズである。音楽的にも、母国語も言葉表現の方法論もファッションもまったく重ならない彼らにしかし共通しているのは、社会批評としての音楽の可能性を持続していること、秀逸なブラック・ユーモアとレトリック、そして「エモさ」の排除だ。エモいロック、エモいラップ、エモいダブ、エモいアンビエント、エモいテクノはトランスと呼ばれている。エモ、つまり理論よりも泣き(情緒)が優先することは文脈や背景といったものを超越する。それは入りやすい。が、しかし、ボブ・ディランの有名な歌詞のように「いまは泣くときではない」のだ。

 スリーフォード・モッズの装飾性を剥いだ、淡々としたビートは、ふわふわした情緒に対する解毒剤で、いまはこっちのほうが全然ノれる。ジェイソンは、相も変わらず飾りっ気のない声を響かせているが、豪華なゲスト陣が楽曲に色気を足して作品の入口を広くしていることをぼくは嬉しく思う。新作『ザ・ディマイズ・オブ・プラネット・X/The Demise of Planet X(惑星Xの崩壊)』は、アンドリュー・ファーンのトラックの核にある底冷えた感覚を棄てたわけじゃないだろうが、だが、これまでの作品のなかでもっとも多彩な曲調を揃えてもいるのだ。
 むき出しの絶望、怒りの濁流だったおよそ10年前の(いまとなっては2010年代の決定打)『Divide and Exit』と比べれば、ずいぶん取っつきやすくなったものだ、と思われる向きもいよう。あの寒々しい煉獄ループはどこいった? と言いたくなるファンがいても不思議ではない。でも待ってくれ。彼らにしても毎回同じことを繰り返すわけにはいかないし、ぼくのように10代からポスト・パンクや80年代ニューウェイヴのハイブリッドなスタイルに親しんでいたリスナーにしたら、これこそがUK音楽の魅力である、と声を大にして言いたくもあるのだ。レゲエ、パンク、テクノ、ソウル、ポップス、ヒップホップ、グライム、そんなものが混ざっている世界で、『モア・スペシャルズ』や『サンディニスタ!』、マッシヴ・アタック、セイバーズ・オブ・パラダイス、ザ・ストリーツ……大きくはそんなものたちの系譜にある。
 以下、推薦曲をいくつか挙げておく。“The Good Life” “Double Diamond” “Elitest G.O.A.T.” “Megaton” “No Touch” “Bad Santa” “The Demise of Planet X”……つまり、1曲目から7曲目まではほとんど完璧に思えるが、このなかで1曲選ぶなら迷うことなく(いつまでも消えない)精神的な不安定さを主題にした“The Good Life”。
 歌詞の観点で言えば、興味深いことに “Megaton”は、坂本慎太郎の新曲“麻痺”ではないが、情報過多の地獄に慣れ切った現代人の麻痺(思考停止)状態を表現しているようにも読める。(日本盤の訳詞担当は坂本麻里子)

 このインタヴューではすっかりなごんでいるが、作品には、観察者ジェイソンによる支離滅裂だが筋の通った激しい怒りと皮肉、苛立ちが、変わらず溢れいる。意識高い系、外見至上主義、SNS、スマホ、英国とアメリカ、筋トレにジム通いなどなどを、ファンであるぼくから見てもおまえらは何様だ! と思うくらいに片っ端からあざけっているのでご安心を。ただし、ひとことだけ言っておこう。ジェイソン、ムカついているのはあんただけじゃない(「空腹な群衆は怒れる群衆」by ボブ・マーリー)。
 もっとも連中は、ただただ延々と不平不満をぶちまけるだけでは、それはもはや演芸であり、降伏にひとしいということもわかっている。なにかを変えるには自らも変わる必要がある、それが今回のアルバムでは、(繰り返すようだが)音楽的な幅の広さとして結実し、それは柔らかい何かを伝えている。ぶっちゃけたところ、イギリスの階級社会や政治など、東アジアのこの暗い貧国の隅っこで暮らしているぼくにとっては知ったこっちゃねぇよ、と言いたくもなるのだが、曲の合間合間から見える彼らの「ヒューマニズム(人間愛)」をどうぞ感じ取ってほしい、とは思う。
 それではいきましょうか、長いです。なお、この記事では新作のゲスト陣(女優のグェンドリン・クリスティーをはじめ、オールダス・ハーディング、伝説のバンド、ライフ・ウィズアウト・ビルディングスの元フロントウーマン=スー・トンプキンス、ポスト・パンク・デュオのビッグ・スペシャル等々)のことは触れていません。新作についてより多くを知りたい方は、ビートインクのサイトを参照ください。

批判するのは何ら悪いことじゃない。というかある意味、批判は不可欠だと俺は思うくらいだよ。ところがそれと同時に、同じ標的ばかり狙っていると——あるいは同じ語り口ばかり使っていると、やがてその批判は対象について以上に、批判者について多くを語るようになってしまうと思う。(ジェイソン)

まずは2025年のよき思い出から話して下さい。〈War Child〉(*戦災被害を受けた子供や家族を支援する慈善組織。SMはシングル“Megaton”の収益と26年英ツアーのチケット1枚ごとにその売上から1ポンドを同団体に寄付する)支援や『Divide and Exit』アニヴァーサリー再発後の小規模ライヴハウス・ツアー、入場料にも考慮したライヴ(*SMは低所得者層向けに5ポンド=約1000円の割引チケット枠を設定している)など、過去1年ほどいろんなことをやられていましたよね?

ジェイソン:そうだな、よいことはいろいろあった。まずはこのアルバムの制作、こうして1枚仕上げられたこと——。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:——それが、俺たち双方に大きな達成感をもたらしてくれたと思う。そうだろ、アンドリュー? かなり努力したからさ。

アンドリュー:うんうん。2025年は静かな年だったよな、俺たちあんまりツアーしなかったから。

ジェイソン:ああ、たしかに。家で過ごせたのもよかったと思う。

アンドリュー:そうだね。

ジェイソン:快適な日常生活に浸ってたな、過去10年のハードワークの成果である、自分たちで作り出した家庭生活を満喫するっていう。

アンドリュー:ああ。

2025年夏、アンドレア・アーノルド監督の映画『バード』が日本で上映されました。作中にスリーフォード・モッズの曲がかかることと、Burialが音楽を担当したくらいしか予備知識がなく見たんですが、ジェイソンに似ている役者が出ていると思って、エンディングロールをよく見たらあなたの名前があったので驚きました。

ジェイソン:ジャンジャジャ〜ン!

アンドリュー:(笑)

映画自体がとても興味深い話で、シリアスな話ですが、登場人物たちが“Jolly Fucker”を合唱するシーンでは笑ってしまいました。あの映画の感想をまずは聞きたく思います。

ジェイソン:とてもいい映画だよ。

アンドリュー:『バード』?

ジェイソン:ああ、監督はアンドレア・アーノルド。

アンドリュー:ふーん。わかった、後で観てみるわ(笑)。

ジェイソン:すげえヘヴィな映画だから、覚悟して観ろよ! ハッハッハッ! マジにファッキン重たい映画だ。

アンドリュー:ふーん、そうなんだ。

ジェイソン:うん。だけど本当にいい映画だよ。アンドレア・アーノルド、彼女はああいう映画をもう6、7本撮ってきた人で、その多くはいわゆるキッチン・シンクもの(*イギリスで50〜60年代に広まった、庶民生活をリアルに描く演劇や映画)で、とても陰鬱な、労働者階級の生活を背景に据えてる。っていうか、彼女は俺たちの最新のヴィデオ、“No Touch”も撮ってくれたんだ。

アンドリュー:ああ、彼女か! うん、俺もBurialは好きだし——

ジェイソン:だよな! Burialがサントラを担当したなんて、それだけでもかなりすごいよ。で……うん、あの作品に出演できてとても誇りに思う。彼女は素晴らしい仕事をやってのけたし、妻と一緒に映画館に観に行ったよ。マジにヘヴィな映画なんだけど、実際に観て「ワオ! すげえ!」と思った。だから、あの映画に参加できてとても誇らしい。

アンドリュー:クール!

あの映画の主人公の女の子の家庭はとてもカオスですよね。家族はスクォッティングしていて、しかも父親はひじょうに若く、彼女には腹違いの兄弟もいる。その父は幻覚性のある液体を出すカエルを手に入れてそれで結婚資金をつくろうとしているわけですが、あの設定は、きわめて特殊な環境なのか、それともUKの労働者階級家庭の一部では、現実にありふれた光景と言えるのでしょうか?

ジェイソン:あれはアンドレア自身の子供時代を元にした設定なんだ。だから、労働者階級が生活するエリアの多くで——いや実際、それに限らずどんなエリアにだって、機能不全に陥ってる家庭は存在するだろうね。うん、もちろん存在するさ。だから俺としては答えはイエス、思うに、うまくいってない家庭環境ってのは普通に存在するんじゃないかと。

実際のところ、ああいう人たちがコールドプレイやブラーに混じってスリーフォード・モッズも聴いているんでしょうか? コールドプレイとSMって、いわば対極のように思えますが——

アンドリュー:フハハハッ!

坂本:(笑)それともむしろ、あの選曲は監督の趣味なのでしょうか?

ジェイソン:コールドプレイを聴いてる人たちが俺たちの曲も聴くってのは、そんなに現実離れしちゃいないと思うけどね。どちらも要は、「ポップ・バンド」なわけだし。だろ、アンドリュー?

アンドリュー:うん。だからほら、一般的な類いの人たち……主流に属する人たちは、みんなそういうことをやってるんだよ。なんだかんだ言って、彼らはテレビでBBCの定時ニュース番組を観るわけで。

ジェイソン:うん、そういうことだろうね。俺だって、俺たちが彼ら(コールドプレイ)と同じ類いのクラウドを引きつけるとまでは言わないけれども、比較的に言えば、俺たちだって彼らと共にコマーシャルな音楽の景観のなかに存在すると思うし。

アンドリュー:だよな。

ジェイソン:いまはますますそうなってきてる。アルバムを出すと毎回英チャートでかなり上位に入るし(*SMのアルバムは2019年の『Eton Alive』以来毎作トップ10入りしている)——幸運が続きますように!——、だからコールドプレイを好きな人びとが俺たちの存在に気づいてたって何の不思議もないだろう。

続いて、ジェフ・バロウの〈Invada Records〉が初プロデュースした映画『GAME』にも出演されたそうですね。

ジェイソン:うん。

ブリストルの1993年頃のレイヴ・シーンが舞台のホラー映画だそうで、とても観たいけれど、日本で上映される可能性は低そうです。『GAME』に出演することになった経緯、作品に対するご感想を聞かせてください。ジェフとは過去に仕事したことがありますよね?

ジェイソン:そう。以前、2014年頃に〈Invada Records〉からEP(『Tiswas EP』)をリリースしたことがあって。以来ふたりともジェフとは連絡を取り続けていたし、そしたら何年か前に彼から「映画を作ろうかと思ってるんだけど、役者として出てみるのに興味ある?」って打診を受けて、俺は「イエス!」と即答した。彼ら〈Invada Records〉側はクリエイティヴ面でひじょうに優れた連中だし、だからきっとかなり興味深いプロジェクトになるだろう、というのは俺にもわかったから。

坂本:あなたがたには90年代レイヴ文化もバックボーンにあるでしょうし、その意味でも興味深そうな映画です。ちなみにアンドリュー、あなたに映画出演のオファーはまだないんですか?

アンドリュー:全然。ちっとも(苦笑)。

ちなみにイギリスには、ケン・ローチの映画や『ブラス!』(1996)のような、労働者階級を舞台にした映画が多数ありますが、あなたが好きな作品はなんでしょうか?

ジェイソン:フーム(考え込む)。

アンドリュー:いい質問だね……『Abigail’s Party』は、かなりいいと思う(*『Abigail’s Party』はマイク・リーがBBC向けに製作した1977年のテレビ映画。労働者階級の実相を描くというより、当時の英中流階級の上昇志向を風刺した古典作)

ジェイソン:うん。

アンドリュー:あと、『Naked』もかなり好きだな(*同じくマイク・リー監督の1993年の長編映画)

坂本:なるほど、マイク・リーが好みなんですね。

アンドリュー:ありゃいい映画だ。

ジェイソン:そうだな、俺は『Kill List』(*2011/ベン・ウィートリー監督のサイコスリラー/フォーク・ホラー)がすごく気に入ってる。思うにあれは……。

アンドリュー:あれもいいね。

ジェイソン:うん。かなり殺伐とした映画だよな。主役の労働者階級出身の野郎ふたり、あいつらが暗殺者に転じるっていう。わびしい映画だよ。うん、だからあれは好き。たぶん俺のフェイヴァリットじゃないかな、あれが。

坂本:それにあの映画は、新作収録の“Kill List”もインスパイアしていますよね?

ジェイソン:うん、そうなんだろうね。と言ってもそれは、あの映画の主人公の憤怒ぶり、という意味でだけど。あのキャラはもう、「いったい何がどうなってんだ〜〜っ!?」って怒りまくりじゃん(苦笑)。

坂本:(笑)たしかに。

ジェイソン:元兵士のあいつはPTSDか何かに苦しんでて、そのせいで酒を飲んでばっかだし、そしてあの悲惨な殺し屋仕事を請け負うことになる、と。だからあの一節、“Screams fill clouds/Like the bloke from Kill List(空に届く悲鳴で雲すら埋まる/『キル・リスト』のキャラのあいつみたく)”ってのはそれなんだ。

アンドリュー:ハハハッ!

コールドプレイを聴いてる人たちが俺たちの曲も聴くってのは、そんなに現実離れしちゃいないと思うけどね。どちらも要は、「ポップ・バンド」なわけだし。だろ、アンドリュー?

2024年は、『Divide and Exit』が発売されてから10周年でした。あのアルバムがSMにとってのひとつのブレイクスルーになったとわけですが、いまあらためてあのアルバムをどんな作品だと思いますか?

アンドリュー:んー、そうだなぁ……どう思うか? あれはグレイトな作品だよ! 実は昨晩、俺もあのアルバムを聴いたところでね。とにかく、とても折衷的な内容だし——自分にはいまだにこう、いちリスナーとして耳を傾けるのがかなりむずかしい作品、っていうのかな? あれを制作したときの状態にまだ近過ぎるっていう。

ジェイソン:うん、うん。思うに……だからまあ、あれははっきりと突き立てたどでかい二本指(*人差し指と中指を立てて手の甲を相手に向ける「裏ピース」の仕草は、イギリスでは「F**k You」の意味)だったわけだし、でも俺たちはまだこうしてここにいて——。

アンドリュー:クフッフッフッ!

ジェイソン:活動を続けてるっていう。本当に最高だよ、いまだに面白くなる一方だからね。

あのアルバムはSMのなかでもっともパンクな作品だとあなたは言っていましたが、あのころは何に対して怒り、絶望していたのでしょうか?

ジェイソン:何もかもに対して、だったと思うけど? だからだよ、俺は夢中でリリックを書きまくったし、アンドリューも猛烈なペースでトラック部を仕上げていった。とにかくふたりとも、ああやって自己表現ができること、そのためのプラットフォームがあることを心から楽しんでたんだと思う。

アンドリュー:だね。

ジェイソン:もちろん怒りのこもった作品ではあるよ。ただし、それは——俺たちには、例えばアナーコ・パンク・バンド(*英ポストパンクの潮流から生じた、商業性や音楽的な洗練を無視したアナーキックで教条主義的なバンド。代表格にCRASSがいる)か何かみたいなご立派な権限・義務だのはなかったし、とにかく「おぇぇぇ〜〜っ!」(と、吐くジェスチャー)とブチまけたっていうか。

アンドリュー:(苦笑)

ジェイソン:だから、ギグに来る人びとの数がどんどん増えていって、「ヤバくね?」って思ったよ、「何これ、マジかよ?」みたいな。アッハッハッハッ!

アンドリュー:それに俺たちは確実に、音楽パートと歌の話術とのあいだに大きな隔たりがある、そういうものを作ろうとしてたよな。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:つまり……いやだから、90年代にだって素晴らしい音楽はたくさんあったさ。でもそのどれもがこう、自分たちの属する「ジャンル」に大きく傾いていた、みたいな? だから、「ヒップホップをやるんならとことんヒップホップ」とか、「自分はトリップホップ一直線」云々。そんな風にひとつのスタイルに特化しジャンルに貢献しようとする、強い意志みたいなものがあったっていうか。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:で、俺はその姿勢が本当に苦手で。例えばエレクトロニカなアルバムを作ろうと思い立って、トラックを3つくらい作った段階で、ふとそれとは違うことをやりたい、フォーキィな曲を作りたい、なんて思っちゃうんだ(苦笑)。

ジェイソン:なるほど。

アンドリュー:ある意味俺は、一ヶ所に留まり続けるのがまったく得意じゃない奴だっていう。そんなわけで、これ(SM)なら本当にうまくいくんだ、っていうのも、ジェイソンはそうやってあっちこっちに飛んでもまったく気にしなかったし——っていうか、彼はそれを狙ってる、みたいな。自分たちはさまざまな音楽が好きだって点を反映したものを作りたいと思っていたからね、ありとあらゆる類いの音楽を聴きながら育ってきたわけだし。

ジェイソン:その通り! 思うに——アンドリューがどんなことを「やらかして」きたとしても(笑)それでOK、という。いやまあ俺たちだって当初、ごく短い期間、そうだなあ、6、7ヶ月くらいの間かな? 自分たちのセットアップについてあれこれ話し合ったことはあったよ。だけどそれ以降はもう(笑)、「とにかくこのままやっていこう!」って感じで。マジに何でもありだったし、俺も「これなら自分も何かやれる」と思った。とにかく、彼のやることには独特な感触があったし——その感触はいまも健在だけど——、それって、歌い手としての俺にとってどこかしら、とても魅力的だったんだ。

また、その怒りや絶望は、いま現在のあなたのなかにもあると思いますが、しかし音楽制作に向かう考え方のうえで変わったところもあるでしょう。その変わったところとはなんでしょうか?

アンドリュー:あれ以降、俺たちもいろんな場所でレコーディングをやってきたわけで、おかげで音楽作りという経験に異なる見地をもたらされるのはたしかだ。

ジェイソン:だよね。

アンドリュー:昔に較べたら、ヴァリエーションは増えてるかもしれない。だけど、それにしたって一種の錯覚っていうのかな? 昔の作品はミニマルに響くかもしれないけど、実は質感もしっかり備わった作りだし。

ジェイソン:ああ。かなりテクスチャーを加えてある。だからじゃないかと思うよ、常に違う風に聞こえるのは。聴くたび様々に変化するんだけど、その変わり方は微妙。派手に「どうだ!」って風な変化じゃないんだよね。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:でも……わからないなぁ。そこらへんの変化を客観的に説明しようとするのって、むずかしいよ(笑)。アンドリュー:だね。

ジェイソン:俺としてはとにかく——これに対する自分の対応の仕方、つまり俺にとってのSMってのは、毎朝俺んちの玄関に配達される4パイントのミルク壜、みたいな。朝起きたら、ドアを開けて、ミルク壜を手に家に引っ込む。だから何であれ、そのときの自分の気分次第ってこと。

アンドリュー:なるほど。ミルク壜のフタを勢いよく開けちまいたくなるときもある、と。

ジェイソン:そう。ライヴでステージに上がるたびに思うよ、「ああ、これをやれるなんて本当にありがたい! 俺はこれから90分間、思いっきり不平を垂れ流すことができるんだ」って。

アンドリュー:(笑)

慈善団体〈War Child〉への支援やライヴ入場料の配慮といった新しい試みもしていますね。それは自分たちの音楽が少しでもこの社会の役に立てばということだと思いますが、こういう実践や経験は、SMの作品にも反映していると思いますか?

ジェイソン:……どういう意味で?

あなたたちがチャリティや寄付に協力するのは、人間としての自然な感覚だと思います。ですが、SMは音楽/言葉を通じて例えば「ホームレスの人びとにお金をあげよう」みたいに人々に指図しませんよね。むしろ、行動で実践しているというか。

アンドリュー:たぶん俺たち、具体的なメッセージを含む歌を作ることはないんじゃないかな。

ジェイソン:うん、ノー。それはない。実際に行動することと、それとは違うんじゃないかな。

坂本:なるほど。それについて語ったり唱道したりするよりも、むしろ実践の形でやっていきたい、と。

ジェイソン:んー……。

アンドリュー:いやだから、いまの俺たちにはチャリティに協力するだけの余裕がある。

ジェイソン:そうそう。

アンドリュー:だったら、自分に余裕があって可能なら、(ファンや人びとに対して)少しでもいいから「お返し」しはじめなくちゃいけないんじゃないかな。

ジェイソン:その通りだと思う。自分たちにやれる限りのことをね。チケット代5ポンドの枠にしても、実際にそれで助かった人たちがいるとわかったし、だから俺たちはあのシステムを継続してる。〈War Child〉にも協力してるし、あのチャリティは戦渦によって家を失った世界各地の子供たちを援助しようとしているわけで……そうだね、「これなら自分にもやれる」と思うことだったら、できるだけ助けよう、そういうことだよ。

坂本:はい。

アンドリュー:まあ、もしかしたら俺たちも、もっと大規模にやれるのかもしれないよ? だけどそれって、ちょっとした矛盾が生じる物事なわけで——。

ジェイソン:だね、その通り。

アンドリュー:俺たち、ボノみたいな野郎になる気はないしさ。

坂本:(笑)

アンドリュー:(笑)わかるだろ? だから、あんな風に派手にやる気はないにせよ、それと同時に、「自分たちも何かしなくちゃいけない」って感じるジレンマだよ。

ジェイソン:俺もそう思う。

坂本:そうですね。ミュージシャン/バンドのなかには、アンドリューが言った「お返し」を充分にやっていない、と思える人たちもいるわけで。

ジェイソン:だけど、多くの連中にとって、それをやるのは楽じゃないと思う。俺たちはなんとかやれてるよ——だけど、俺たちがプレイするのと同じ規模の会場を回っていて、メンバーが5、6人もいるバンドの多くは、なかなかチケットが売れない状況にある。全般的にそうなってるんだ、観客側もみんな金が無いから、ライヴのチケットの売上が落ちてるっていう。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:キツいよなぁ! だから、やりたくても寄付をやれないバンドがいるって事情は、俺たちにもよくわかるよ。

かつてジェイソンはソーシャルメディア上でノエル・ギャラガーや複数のバンド(*ブロッサムズ、アイドルズ他)を相手にけなしあいを繰り広げましたが、そうしたご自身の攻撃性は自分自身を傷つけることにもなった、それって果たしてどうなのかと自問自答した——“The Good Life”にはその気持ちが歌われているそうですが、この曲をアルバムの冒頭にもってきたのはなぜでしょう? 

ジェイソン:そうだな、あの歌が描いているのは、三つの事柄がいかに互いに連動・作用し合っているか、といったことで。ひとつに、他の人びとを批判するのは何ら悪いことじゃない、という考え方がある。というかある意味、批判は不可欠だと俺は思うくらいだよ。ところがそれと同時に、同じ標的ばかり狙っていると——あるいは同じ語り口ばかり使っていると、やがてその批判は対象について以上に、批判者について多くを語るようになってしまうと思う。そのふたつに伴い、「そうなってしまうことについて、自分はどう感じるか?」っていう、俺の内面の自問自答が生じる——歌のなかではグウェンドリン・クリスティーが、そのせいで俺はどれだけ内心悲惨な思いを味わっているかを語っているわけ。それら矛盾する発想に加えてコーラス部では、自分の周囲の何もかもが崩壊してるとしても、「いい人生を送ったって大丈夫だよ」と言ってるっていう(苦笑)。だから、世のなかの大半の人間が嫌な気分を味わっているときでも、自分は気持ちよく朝を迎えたっていいんだ、みたいな。たまにあるよな、自分の国であれ海外のどこかで起こった事件であれ、他のみんなと同じトラウマをくぐることを誰もが求められるときって? そんなわけで、その三つすべては同時進行してるってことを歌っている曲だし、そうであっても間違っちゃいない、という。

それは、長らく活動してきたSMを、その手法をリセットしたいということでもあるのかなと?

ジェイソン:んー、思うに……俺とアンドリューにとってはもちろん、「自分たちは進歩を重ねてる」と感じるのは大事なことだ。で、おそらくその一部には、俺たちが個人としてどう感じるか、ってところも含まれるんじゃないかと。アンドリュー:うん、うん……進歩し続けること、それはとても重要。コンテンツを発表するにしても、代わり映えのないものを常にリリースし続ける連中もいるしね。まあ、それは受け手側にとっても無難で安心できるものなんだろうけど。

坂本:実際のところ、SMにはマンネリズムの危機みたいなことはあったのでしょうか? クリエイティヴな袋小路に落ち込んでしまい、「変化しなくちゃいけない」と感じたことは?

アンドリュー:いやー、全然。音楽面においては、それはなかったと思う。ブレイクを取った今回のアルバム(『The Demise of Planet X』)を除くと、俺たちは1、2年に1枚は作ってきた。ずっと汽車ポッポみたいな勢いだったよな?

ジェイソン:シュッシュッポッポー!(と、汽笛を真似ておどける)」

アンドリュー:アッハッハッ!

ジェイソン:だけど、例えば『Spare Ribs』を作ったときですら、別に「やばい、俺たちも路線を切り替えなきゃ!」と考えたわけじゃないし、単に「別の層を追加するって案、いままでに考えたことある?」みたいな話で。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:俺たちは——っていうか俺は最初のうち、そのアイディアに全然乗り気じゃなかった。とにかく「俺以外の誰かに、自分たちのトラックで歌わせる? それってどうかなぁ?」と思ったし。

アンドリュー:わかる。

ジェイソン:それくらい、俺たちは作品と密に繫がってた。だけど実際にゲストを迎えたら本当にうまくいったわけで。だから、俺が学んだのもそこだった——アンドリュー、お前がこの意見に賛成するかどうかはわからないけど——この業界で勝負してたら、自分がどんなことをやっても絶対にどこかから、「前作アルバムからあまり変わっていない」云々の非難の声が上がるもんだ、っていう。

坂本:ファン心理はむずかしいです。人は思い出を大事にしがちですし、「昔のSMの方がよかった」なんて声も出てくる。あなたたちに同じ場所に留まって変わらず同じことをやっていて欲しい、と思う人々もいるでしょうね。

アンドリュー:そう、その通り。とはいえ——幸いなことに俺たちのファン層も、いわば「ラガー・ビールをかっ食らう野郎ども(lager lads)」からかなり成長してきたわけで(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ! あいつら、lager louts(*80年代末にイギリスで増え社会現象化した、ラガー好きな若い暴徒)っぽいよな?

アンドリュー:まあ、彼らを「ファン」と呼ぶ連中もいるよね……ついこのあいだも人とこの話をしたばかりなんだけど、人びとはこっちに期待してるわけだよ——以前、誰かから言われたっけな、「お前ら、もう何で“これ”(と、頭に貼り付いた何かを振り落とそうとするように、後頭部を右手で荒々しくさするジェスチャー。昔ジェイソンがよくやったステージ・アクション)をやらなくなっちまったんだ?!」って」(*このジェスチャーは以下の映像を参照ください。)

坂本:(爆笑)

ジェイソン:ブハハハッ! ったく……(苦笑)。

アンドリュー:で、俺は「だったら、お前は何で俺たちを観にきたわけ?」と思った。「お前にとっちゃそれだけ? それっきりのことかよ?」と。音楽に負けないくらい大声でくっちゃべり、ビールをがぶ飲みし、ああしろこうしろと言ってくる。冗談じゃない、こっちのやってることはもっと深いよ。とにかくまあ……もうちょっとオーディエンス層が絞り込まれて、かつ多様性が増してくれたのは、俺たちにとって素晴らしいことだよ。それはつまりこれからも、もっとギグをやれるってことだから……(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

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とはいえ——幸いなことに俺たちのファン層も、いわば「ラガー・ビールをかっ食らう野郎ども(lager lads)」からかなり成長してきたわけで(笑)。(アンドリュー)

新作の話に戻ります。「巨大な不安のもとで生きる人生──集団的トラウマによって形づくられた生」というテーマは、いかにして出てきたのでしょう? その契機となった出来事などありましたら教えてください。

ジェイソン:ああ、ファッキン山ほどある。2023年以来、世界はすっかり変わっちまったわけだろ? ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月24日)、あれがきっかけになったと思う。そして10月7日事件(2023年のハマスによるイスラエル攻撃事件)があり……そこで起こったこと、そして現在も続いている事柄のすべて。そしてもちろん、トランプの二度目の権力掌握があった。アメリカが内破を起こしたってことだし——アメリカってのは世界最強・最大級の勢力を誇る超大国であり、「自由世界の指導者」と目されてきたわけで。だからいまや何もかもがこう……マジに……剣呑な状況になってきてるっていう。ドイツとポーランドが戦争の危機を語る云々——。

アンドリュー:狂ってる。

ジェイソン:うん、クレイジーなゴミだらけ。だから俎上に載せる事柄はいくらでもあるわけ。で……俺にとっちゃ、いまや国際政治は国内政治と同じ、っていうか。とにかく自分自身には、ウェストミンスター(*英国会議事堂のあるエリア)で起こってる政党政治、イギリス国内の二党政治と同じくらい身にしみて感じられるっていう。

アンドリュー:たしかに。

『The Demise of Planet X(惑星Xの崩壊)』というタイトルにはSF風の表現が入っていますが、いま自分たちが生きているこの社会が悪い冗談のように思えることがあります。トランプの存在もそうですし、日本では山から大勢のクマが人間の生活圏に侵入し、多くの被害者を出して、いま社会問題になっています。

ジェイソン:……クマがもっと、都会にまで降りて来てるの?

坂本:そうなんです。

ジェイソン:それって何ごと? どうして?

坂本:妙ですよね。地球温暖化の影響等もあるのでしょうか、私にも原因はわかりませんが……。

ジェイソン:ひぇー、どえらい話だな!

坂本:はい、怪我人や死者が相次いでいます。現実は奇妙になる一方ですし、できれば政治のことなど気にしたくないのに、気にせざる得ない状況が続いています。SMが、そんな世界であっても順調に続き、楽しみを忘れずに、しかし現実を直視しているみたいな芸当を10年以上続けていることは尊敬に値します。自分たちがここまで長く音楽活動できているのは何故だと思いますか?

アンドリュー:フム……。

ジェイソン:そうだな——俺にもわからない! 思うに(軽くため息をつく)……ふたりとも、この仕事をやるのが好きだ、ってのはあるよね。でも、本当に全面的に関わってるから、ほとんどソロ・プロジェクトをやってるようにすら感じる。アンドリューがそこに関してどう思うかはわからないけど、俺からしたらもう、SMで自分の欲求をほぼすべて満たせてるし、存分にやれてるから、ソロとして活動範囲を広げる必要は感じない。自分にはこれがあるんだ、という。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:彼(アンドリュー)が俺にチューンを持ち込んでくるたび、違うバンドをやってる気分になるし(笑)。もちろんそんなことはなくて、どの曲もSM味でコーティングされてるんだけどさ。だから、音楽に備わった多彩さは俺たちのオープン・マインドなところから来てるし、ふたりでコラボし、お互いの意見にちゃんと耳を傾け合ってると思うし——ここまで続けて来られたのも、それだからだと思うけどな、俺は。

アンドリュー:たしかに。

坂本:アンドリューはたまに、「ジェイソンの限界を試してみよう」といういたずらっぽいノリで、妙なループやビートを敢えて彼に提示することもあるのでしょうか?

アンドリュー:うん、っていうか実際、それはかなりしょっちゅうやってる(笑)。ただし、それと同時にやっぱり、「SM向けのトラック」っていうスレッド——それが具体的に何を意味するかは、俺にもわからないけど——は存在するんだよね。まあ、概して言えばかなりポップ調、あるいはかなり鋭角的なトラック、ってことになるのかな。でもまあ、「何かが見つかった」って感じ? 要するに、これはSMにぴったりだ、とピンとくるっていう。

SMの始動において、ウータン・クランの手法論を大きな契機としてあげていましたが、しかしSMの楽曲はブラック・ミュージック的なファンクのノリがないとずっと思っていました。

アンドリュー:うん。

ところが、今回にはそれがありますよね? 具体的には“Bad Santa”、“Shoving the Images”で、ジェイソンのライムに関しては“No Touch”にもラップ的なフロウがあります。こうしたサウンド面での変化についてコメントしてください。

ジェイソン:んー……これまた、アンドリューのやることの多彩さ・幅広さの成果が出たってことだと思う。俺は、アルバムを出すごとに自分たちは前進してると考えてるし——「もっとよくなった(better)」っていう言葉を使うのが適正かどうかわからないけど、以前より枝葉も広がっているし、もっと凝ったものになってきてるよね?

アンドリュー:うん。だからまあ、それは過去3、4作くらいを通じて、俺たちががんばって少しずつ、毎回「もうちょっと、もうちょっと」って風にやってきたことであって」

ジェイソン:ああ。

アンドリュー:それも、この(SMという)コンセプトの進歩の一部だと思う。そのコンセプトにはもっといろいろ加わってきたし、でも、その本来の姿からかけ離れてはいない、という。

ジェイソン:うん、同感。

アンドリューのトラックも、かつてはマーク・フィッシャーから「煉獄ループ(purgatorial loop)」と呼ばれたほど、冷たく容赦ないサウンドでした。

アンドリュー:うん。

ですが、今作の“Don Draper”にはメロディがあり、“Gina Was”にはキャッチーさもあります。こうしたある種のフレンドリーさ/聴きやすさは、年齢を重ねて丸くなったところから来るものなのでしょうか?

アンドリュー:(苦笑)それって、ある意味避けようがないと思う。どんなアーティストにとっても、それは自然な成長の過程の一部だよ。

ジェイソン:そう。でも、それと同時に言えるのは、“Don Draper”にも“Gina Was”にも、どこかしら——んー、どう言ったらいいかな……これは、アンドリューのやることをケナす意味で言うんじゃないから誤解して欲しくないんだけど——どっちも、ひどい響きなんだけど、なのに素晴らしいよな?

アンドリュー:(苦笑)

ジェイソン:ほとんどもう、「全然クールじゃない本質」めいたものがあれらの曲に備わってて、でも、そのおかげでものすごくいい曲になってる、というか。

アンドリュー:(苦笑)ハハハッ……。

ジェイソン:でも、それって独創的だってことだし、俺はまだ、そこを信じてる。いや別に、何もかもがオリジナルである必要はないんだ。そんなことはない。ただ、自分たちのやってることはオリジナルな何かだと俺は信じてるし、独創性を受け入れることの一環として、それは「なじみのないもの」だ、というところがある。要するに、あっという間に解読できるような一般的な暗号じゃないし、つまり、他にやってる人があまりいないってことであって……自分たちのやってることを俺が大好きなのって、そこなんだ。だから、いま君のあげた2曲は、かなりメロディックかもしれない。だけど——言われたように、俺たちも歳をとって円熟しつつある、そのファクターも混じっているとはいえ―それだけじゃなく、才能ってことじゃないの? 純粋に、こういうことをやれる才能。だから批判する連中がいても、こっちはただ笑い飛ばして、「失せろ(F**k Off!)」と無視するだけだよ(笑)。

日本では、映画『さらば青春の光』もザ・ジャムも人気があるし、英国以外では、日本ほどモッズ文化を好きな国はないんじゃないかとさえ思います。「モッズ」を名乗るあなたたちから見て、モッズ・カルチャーのよいところはなんだと思いますか?

ジェイソン:そうだな……正直言って、いいところはそんなにないよ。

アンドリュー:クハハハッ!

ジェイソン:(笑)あんま多くない。あれは副産物であり、時代遅れになってるし……要するに、とっくの昔に終わってしまった時代の副産物だと思う。それでもたまに、あの古いイメージから強いインスピレーションを受けることもある。俺からすればモッズの第一波、とくに60年代初期のモッズは、とても特別な存在に思えるし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:あれは、どこかしらスペシャルなところがある。それに、そのオリジナルから分派していったモッズ文化のなかでも、ときに「これは好きだ」と思うものはあるし。とにかくまあ、「MODS(moderns/modernists=現代主義者)」ってのは素晴らしい単語だと思う。あれはある意味……俺たちのやってることのなかにしっかり溶け込んでる、自信たっぷりな横柄さとでもいうのかな、それを簡約した言葉に近いっていうか。俺たち自身は、横柄な人間でもなんでもないよ。ただ、SMがうまくいってるのは俺たちも承知だし、たしかな手応えがある。もちろんそのために努力する必要があるし、がんばらなくちゃいけないけど、俺たちにとってこれは確実なものなんだ。だからもしかしたらそこに、モッズっていう概念と結びつくところがあるのかも?

アンドリュー:ああ、その通りだね。俺の頭のなかでは……モッズってのは、薄汚くだらしないロッカーたちだの、そういうあれこれに対する反動として出てきたもの、ってイメージで。

ジェイソン:(笑)うんうん、そうだよな!

アンドリュー:つまり、とにかく他とは違う存在になろうとした人びとってことだし、音楽にしたって、どのバンドもいろいろだった。例えばザ・キンクスは、ザ・ジャムとは違うし……という感じで。

ジェイソン:だよな。

アンドリュー:それでも、モッズの音楽はエネルギーたっぷりだったし、いい音楽もたくさんあるよね。

2023年以来、世界はすっかり変わっちまったわけだろ? ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月24日)、あれがきっかけになったと思う。そして10月7日事件(ハマスによるイスラエル攻撃事件)があり……そこで起こったこと、そして現在も続いている事柄のすべて。そしてもちろん、トランプの二度目の権力掌握があった。クレイジーなゴミだらけ。だから俎上に載せる事柄はいくらでもあるわけ。(ジェイソン)

モッズの話題になったので、前々から訊きたかったことを質問させてください。若きジェイソンが、ポール・ウェラー/ザ・ジャムから影響を受けたという話をどこかで読みましたが、1990年代はどんな音楽を好きでいましたか? あれはとてもヴァラエティに富んだ時代で——

アンドリュー:だね。

90年代前半の英国のトレンドはハウス・ミュージックやジャングルなどダンス・ミュージックで、後半はブリットポップあるいはレディオヘッドの台頭などがあり、かなり混ぜこぜですが。

アンドリュー:うん、だから、何でも隔てなく入れ込むのにいい時代だったってこと。NWAからLFO、マッシヴ・アタックまで、試しに聴いてみるものがいくらでもあって、よりどりみどりだった。

ジェイソン:イエス!

アンドリュー:そんなわけで個人的に、アメリカのハード・ロックのレーベル発の音楽だろうが、イギリスのチャートに入ったヒット曲だろうが、俺はいちいち線引きしなかった。ってのも、俺の周りの誰もが音楽作品を購入してたし、みんなあらゆる類いの音楽にハマってたからさ。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:あの頃、俺はリンカンシャーにあった〈ヴィエナズ〉って名前のナイトクラブによく行ったんだけど、あそこじゃどんな音楽もかかってて。

ジェイソン:ヴィエナズか! (懐かしそうに)ワ〜オ、あったよなぁ!

アンドリュー:例えば……そうねえ、ゲイ・バイカーズ・オン・アシッドにポップ・ウィル・イート・イットセルフ、そしてソニック・ユースもかかるって具合で、ほんと折衷的な、いろんなタイプの音楽でごった返してた。

ジェイソン:うん。俺もアンドリューと同様だ。だからこう……手を伸ばしてみたいものはいくらでもある、というか。新しい音楽についていくのにも、正直苦労してるくらいだし……それは俺が老けたせいかもしれないよな、一定の年齢に達するといろんなものから断絶していくものだし。とにかく、昔ほど音楽をグッと強くは感じない。若い頃は、人は実にたくさんの物事と繫がってるわけで、いわばこう、異なるスクリーンをいくつも相手にするだけの時間もたっぷりある、っていうか? だから絶えず、こんな具合(と、携帯を次々スクロールするジェスチャー)でいられるけど、歳を取るにつれて、それをやるのにも疲れて飽き飽きしてきちゃうんだ。

アンドリュー:それにいまって、何もかもを一ヶ所に集中させるのもすごく大変だよな。

ジェイソン:たしかに!

アンドリュー:俺たちが若かった頃は「トップ・オブ・ザ・ポップス」(*BBCが毎週放映したチャート番組)に「SNUB TV」(*イギリスでは1989〜91年にBBCが放映したオルタナ/インディ系音楽番組)、「The Tube」(*1982〜87年にかけて英チャンネル4が放映した音楽番組)や「The Word」(*1990〜95年にかけて放映されたチャンネル4の音楽ヴァラエティ番組)等々の歌番組があったし、その番組を観ようと誰もがみんな引き寄せられる、そういうサムシングが存在してた。

ジェイソン:うん。

アンドリュー:だけどいまって相当に細分化してるし、ほとんどもう、俺たちは数が多過ぎる、って状態に近い。それはもう様々な方向に向かって進んじゃってて——もはや誰も、物事に関してお互い認識が一致してないっていう。

ジェイソン:うん、ほんと、そうだよね。

なるほど。「新しい音楽についていくのに四苦八苦」ということで、ちょっと訊きにくいのですが(笑)、2025年に聴いた音楽で、あなたのベストは? 新しい音楽でも、古い音楽であなたが発見したものでも構いません、2025年のあなたたちにとってのベストな音楽体験(アルバム、ライヴetc)は?

アンドリュー:そうだなぁ……。

ジェイソン:俺は断然、カイアス(Kyuss/現QOTSAのジョシュ・ホミーが在籍したバンド)だな、正直言って。

坂本:なんと!

アンドリュー:へえ、そうなんだ。

ジェイソン:ストーナー・ロックをたくさん聴いててさ——。

アンドリュー:フフフッ!

ジェイソン:とくに、カイアスの『Welcome to Sky Valley』(1994)はよく聴いた。

坂本:それは意外ですね。

ジェイソン:あれは——(笑)とにかくトチ狂ってる! ありゃヤバいって! だからもう、「うわー、やられた!」って感じで、だから2025年は「ロック音楽」をがんがん聴いた。ロック全般を、山ほど。デイヴィッド・グレイなんかのアコースティック〜フォーク系の音楽も取り混ぜつつね。

坂本:(笑)えっ、デイヴィッド・グレイ?! マジですか……。

アンドリュー:(笑)

ジェイソン:それから、ディジョン(Dijon)も聴き始めたな。ちょいプリンスっぽいんだけど、彼の音楽はビート等の面でヒップホップにすごく影響されてて、うん、あれはかなりいいアルバムだ。

アンドリュー:なるほど。

ジェイソン:あれこれ寄り道してたから、のめり込むまでにかなり長くかかったけど、でも繰り返し聴き続けたね。でまあ、いまの俺は、「もうこんなにロックばっか聴くのはやめなきゃいかんな」って心境なんだ(笑)、そうじゃなくてもっと他の人たちの音楽にもトライしなくちゃ、とは思いつつ、でも……。

坂本:いやいや、カイアスはいい選択ですよ!

ジェイソン:うん、抜群だ。

アンドリュー:いいチョイスだよな、うん。

ジェイソン:それに彼らって、いわゆる純粋な「ロック」っぽくないだろ? いやまあ、たしかにロックなんだけど、でもそれだけじゃないっていう。

坂本:サイケデリック・ミュージックですらありますからね。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:とにかくこう、すごい衝撃があるよな。

アンドリュー、あなたの2025年のベストは?

アンドリュー:ここしばらく、レア気味な音楽をよく聴いたよ。最近ハマってるのが、プーループ(Puuluup)ってバンドで。

ジェイソン:ほう?

アンドリュー:エストニア人の男性ふたり組で、伝統的なエストニア音楽をモダンに解釈してる、ってとこかな。KEXP(*オルタナティヴ・ロックを中心にするシアトルの非商業的ラジオ局)を通じて知っただけなんだけどね。でも、かなり興味深いバンドだから、チェックしてみてよ。

ジェイソン:それって、この間、俺にリンクを送ってくれた連中じゃない?

アンドリュー:あ、送ったっけ、俺?

ジェイソン:うん、たぶん。

アンドリュー:そうかー、あのパフォーマンス(*プーループが10月のUS ツアー中にKEXPで収録し、12月初旬に公開されたライヴ映像のことと思われる。YouTubeで視聴可能はほんの先週の話だけど……まあ、ちょっとしたことだし、俺もすぐ忘れちゃうんだけどね。で、そのまま次の何かに進んでいくっていう。

(了)

★スリーフォード・モッズの『The Demise of Planet X』は1月16日発売。

Sleaford Mods - ele-king

 2026年1月16日に約3年ぶりとなる最新作『The Demise of Planet X』のリリースを控えるUKのスリーフォード・モッズが、先行シングルとして“Bad Santa”をライヴ・セッション動画とともに公開している。

 なお、アルバムのリリースに際する日本限定特典として、スマホ・スタンドの付属が決定したとのこと。メンバーのアンドリュー・フェーンとジェイソン・ウィリアムソンそれぞれの似顔絵がデザインされた2種類がランダム収録される。さまざまな問題への怒りがやまない現代だからこそ、せめて笑いながらアゲインストしていこうぜ、というメッセージか。

Artist: Sleaford Mods
Title: The Demise of Planet X
Label: Rough Trade Records / Beat Records
Release Date: 2026.01.16
Pre-Order: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15448
Format:
・国内盤CD(解説書/歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録)
・輸入盤CD
・限定盤LP(数量限定/ネオングリーン・マーブル・ヴァイナル)
・輸入盤LP
・輸入盤カセット

Tracklist:

01. The Good Life feat. Gwendoline Christie & Big Special
02. Double Diamond
03. Elitest G.O.A.T. feat. Aldous Harding
04. Megaton
05. No Touch feat. Sue Tompkins
06. Bad Santa
07. The Demise of Planet X
08. Don Draper
09. Gina Was
10. Shoving the Images
11. Flood the Zone feat. Liam Bailey
12. Kill List feat. Snowy
13. The Unwrap
14. Give ‘Em What They Want (bonus track for Japan)

Sleaford Mods - ele-king

 前作『UK Grim』からおよそ3年。スリーフォード・モッズのニュー・アルバム『The Demise of Planet X』が1月16日にリリースされる。先日発表された戦争孤児を支援するための曲 “Megaton” が話題となった彼らだけれど、新作はこの困難な現代で生きることがテーマとなっているようで、ゲストにはオルダス・ハーディングやグライム・ラッパーのスノーウィーの名も見える。
 ちなみにジェイソン・ウィリアムソンは先月、映画『GAME』で主演を務めることがアナウンスされたばかり(UKでは11月21日公開)。この夏日本でも上映された『バード ここから羽ばたく』にもちょい訳で出演していた彼だが、いよいよ本格的に銀幕デビュー、と。
 なおその『GAME』はなかなか興味深い経緯から生まれている。ポーティスヘッドのジェフ・バロウが自身の〈Invada Records〉内に新たに立ち上げた部門、〈Invada Films〉の第一作で、監督のジョン・ミントンはこれまでベス・ギボンズやスリーフォード・モッズ、ガゼル・ツインのMVを手がけてきた人物だ(『GAME』が長編第一作。バロウも共同脚本とプロデュースで参加)。ブリストルで撮影された同作は、1993年の英レイヴ・シーンを背景としたスリラー(!)とのことで、いやこれはかなり観たいでしょ。合わせてチェックしておきたい。

Sleaford Mods
ウィットに富みながらも辛辣に彼らはこの社会を批判する
現代UKパンクの真骨頂にして、労働者階級の代弁者であるスリーフォード・モッズ。
ニュー・アルバム『The Demise of Planet X』を1月16日にリリースすることを発表!
グウェンドリン・クリスティー、オルダス・ハーディング、スー・トンプキンズが参加!
アルバムのオープニング・トラック「The Good Life」をMVと共に公開。

『The Demise of Planet X』は、未来を予測することが非常に困難な状態の中で生きる人生、そして集団的トラウマによって形づくられた人生を表している。前作を書いたときは、停滞――まるで死体のように息をしていない国――についての作品だった。あれから3年、その死体は戦争とジェノサイド、そしてコロナ禍の長引く心理的影響によって切り裂かれ、SNSはグロテスクで歪んだデジタル操作の場へと変貌した。まるで廃墟の中で生きているような感覚。それは俺たちの集団的な精神に刻み込まれた、多層的でおぞましい異形のようなものだ。世界がクソみたいな状況に落ちていく中で自分を褒めるのもどうかと思うけど、『The Demise of Planet X』には本当に満足している。ただ突きつけるだけの作品じゃなくて、ちゃんとメガネをかけて中身を覗き込むように、じっくり味わう必要があるんだ。 - ジェイソン・ウィリアムソン(Sleaford Mods)

社会に対する不満や怒りを、DIYなパンク・サウンドとメッセージ性の強い歌詞と共に表現するスリーフォード・モッズが、ニュー・アルバム『The Demise of Planet X』を2026年1月16日(金)に〈Rough Trade Records〉よりリリースすることを発表した。アンドリュー・フェーンとジェイソン・ウィリアムソンによるこれまでで最もスケールが大きく野心的な作品である本作には、俳優グウェンドリン・クリスティー(『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』『ゲーム・オブ・スローンズ』)が初となる音楽作品への参加及び出演を果たし、さらにはライフ・ウィズアウト・ビルディングスの元フロント・ウーマン、スー・トンプキンスという稀少なゲスト参加に加え、〈4AD〉に所属するオルダス・ハーディング、ソウル・シンガーのリアム・ベイリー、そしてグライムMCのスノーウィーとのコラボレーションを収録。後者2人はどちらもバンドの地元ノッティンガム出身である。そして本日のアルバムの発表に合わせて、アルバムのオープニング・トラックである「The Good Life」がMVと共に公開された。ミュージック・ビデオは、ベン・ウィートリー(『イン・ジ・アース』『MEG ザ・モンスターズ2』)が監督を務め、先述したグウェンドリン・クリスティーとミッドランズ出身のバンド、ビッグ・スペシャルが出演している。

「The Good Life」は、社会的な崩壊と個人的な崩壊が入り混じった感覚を描いている。アンドリュー・フェーンよる切迫感のあるビートと魅惑的なメロディに乗せて、ウィリアムソンがマシンガンのような語り口で、音楽シーンに波紋を呼んだ自身の発言の影響を描き出している。ビッグ・スペシャルとグウェンドリン・クリスティーは、その発言によって生まれた混乱の中で揺れる、彼の内なる葛藤と苦悩の声を代弁している。「“The Good Life”は、他のバンドをけなすこと、そしてそれが自分にもたらす喜びと苦しみについて歌っている。自分自身に問いかけているんだ――なぜ自分はバンドをけなすのか?なぜそんなことをずっと続けているのか?グウェンドリンとビッグ・スペシャルは、俺の心の声を具現化してくれていて、“良い人生(=Good Life)”を楽しむべきなのか、それとも混沌に身を委ねるのかという、内なる葛藤をめぐって議論しているんだ」とウィリアムソンは語る。

Sleaford Mods Ft. Gwendoline Christie & Big Special - The Good Life (Official Video)
配信リンク >>> https://sleafordmods.ffm.to/goodlife

アルバムには、ありきたりな表現を打ち破る先日リリースされたシングル「Megaton」、オルダス・ハーディングによる雲のように軽やかなゲスト・ボーカルをフィーチャーした「Elitest G.O.A.T.」、有害な男らしさを鋭く突く内省的な「Bad Santa」、そしてBBCで60-70年代に放送されていた子ども向け番組『The Magic Roundabout』に着想を得た軽快なラップ・チューンであるタイトル曲などが収録されている。ノッティンガム出身のSSW、リアム・ベイリーは疲れきった世界を嘆くようなソウルフルな歌声で「Flood the Zone」に参加。トランプ主義への痛烈な批判を歌い上げている。グライム・ラッパーのスノーウィーは、「Kill List」で鋭いラップを披露。この曲はベン・ウィートリー監督の同名映画から着想を得たホラー・ヒップホップとなっている。さらに「No Touch」では、スリーフォード・モッズが、惜しまれつつ解散したライフ・ウィズアウト・ビルディングスのスー・トンプキンスをスタジオに招き、ウィリアムソンとのデュエットを実現。ふたりの人間味あふれる声がしなやかなベースラインとオルゴールのようなキーボードのモチーフの上で美しく絡み合っている。

『The Demise of Planet X』は、これまでで最も幅広く、表現力に富んだ音楽的アプローチを見せる作品だ。現代社会を描き出し、批判し、風刺しながら、広がりゆく社会の閉塞感に抗うように、普遍的な怒りとエネルギーの解放を叫んでいる。世界の終焉を大爆発ではなくじわじわと押し寄せる退屈で苛立たしい日常の波として見つめている今作は、鮮烈なサウンド、辛辣な言葉、包み込むような空気感、そして心を惹きつけるウィットによって反撃を繰り広げる。全13曲を通して、聴く者の心と頭、そして足をも揺り動かす作品となっている。

スリーフォード・モッズのニュー・アルバム『The Demise of Planet X』は、CD、LP、デジタル/ストリーミングで2026年1月16日(金)に世界同時リリース。国内盤CDには歌詞対訳・解説書が封入され、ボーナストラックとして先日発売された「Megaton」 7インチのB面に収録された曲「Give ‘Em What They Want」が収録される。輸入盤はCDとLPが発売され、LPは数量限定盤LP(ネオングリーン・マーブル・ヴァイナル)も発売される。また、数量限定のカセットも発売される。

label: Rough Trade Records / Beat Records
artist: Sleaford Mods
title: The Demise of Planet X
release date: 2026.01.16
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15448

・国内盤CD
(解説書/歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録)
・輸入盤CD
・限定盤LP
(数量限定/ネオングリーン・マーブル・ヴァイナル)
・輸入盤LP
・輸入盤カセット

Tracklist
01. The Good Life feat. Gwendoline Christie & Big Special
02. Double Diamond
03. Elitest G.O.A.T. feat. Aldous Harding
04. Megaton
05. No Touch feat. Sue Tompkins
06. Bad Santa
07. The Demise of Planet X
08. Don Draper
09. Gina Was
10. Shoving the Images
11. Flood the Zone feat. Liam Bailey
12. Kill List feat. Snowy
13. The Unwrap
14. Give ‘Em What They Want (bonus track for Japan)

CD

輸入盤LP

限定盤LP

カセット

Sleaford Mods - ele-king

 「死んだ方がマシなときもある/銃を自分のこめかみに当てて」という歌い出しからはじまるHi-NRGサウンド。ペット・ショップ・ボーイズの永遠の名曲“ウェスト・エンド・ガールズ”を、なんとスリーフォード・モッズがカヴァーし、Bandcampや配信で発表した。そもそも1980年代半ばのこの大ヒット曲は、サッチャー政権下のヤッピー文化(小金持ちの若者文化)を風刺した曲と言われている。「ぼくたちに未来はなく過去もない。ただ今日だけがある」、いかにも英国風のひねりの利いたこの曲をスリーフォード・モッズがカヴァーすることが面白い(先行発表のMVはオリジナルのパロディで、笑える)。しかも、この曲の収益は、ホームレスを支援している団体に寄付される。ペット・ショップ・ボーイズ本人たちもこのシングルを讃え、シングルでは自らリミキサーとしても参加。そしてこうコメントしている。「スリーフォード・モッズは、大義のためにイースト・エンド(労働者階級)の少年たちをウエスト・エンド(繁華街)のストリートに呼び戻してくれた」
 ちなみにジェイソン・ウィリアムソンは、「ペット・ショップ・ボーイズのアルバム『Please』と『Actually』をよく聴いている」そうだが、この2枚、ほんとうに名作です。PSBといえば、この2枚さえ聴いておけばいいくらいに。
 なお、フィジカルの発売は12月15日。


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 また、スリーフォード・モッズは最近は、ドイツのミニマリスト、Poleのリミックスも発表している。これが結構いいんです。
 

interview with Sleaford Mods - ele-king


Sleaford Mods
UK GRIM

Rough Trade / ビート
※ウィットに富んだ歌詞対訳付き

RapElectronicPost Punk

beatink.com

 いまのぼくがスリーフォード・モッズを愛し聴いているのは、UKの労働者階級に特別な共感があるわけでもなければ、今日のUKの政治的惨状を理解しようと思っているからでもない。そんなこと知ったこっちゃないし──というか、このおよそ10年ほどの我が国たるや、UKのことを案じるほどの余裕をかましている場合ではないのだ。ここ日本から見たら英国なんて腐っても英国であってはるか天上。かつてザ・クラッシュが歌ったセリフを借用して返してやろう。あんたら英国が悲惨だとしたら俺ら日本はどうなるのかと。
 ぼくのスリーフォード・モッズへの愛は、パンクへの愛だ。パンクの魅力のひとつはウィットに富んでいることにあるが、スリーフォード・モッズにはウィットがある。ウィットというのは “賢くて面白い” ことで(つまりバカにウィットはない)、セックス・ピストルズはウィットの塊だった。これにぴったり意味の合う日本語はおそらくないが、忌野清志郎にはウィットがあった。もちろん優れたブラック・ミュージックには優れたウィットの使い手が数多く存在し(その代表をいまひとり挙げるならジョージ・クリントンで、ぼくはサン・ラーもウィットの名人だと思っている)、一流のウィット使いはメタファーやダブル・ミーニングを巧みに多用する。スリーフォード・モッズのジェイソン・ウィリアムソンもメタファーとダブル・ミーニングの達人だ。『UK GRIM』=「悲惨なUK」もしくは「UKグリム(グリム童話、狼=資本主義に襲われる赤ずきんちゃん=庶民)」、あるいはまた、 “GRIM” に “E” を足して「グライム=汚れ」。
 スペシャル・インタレストもそうだが、パンク・ロックはそして、最悪な社会状況をネタにしながら最高にクールな音楽がこの世界にはあるという夢のある話をいまも保持している。深刻な現実があってタフな人生がある、が、それに打ち勝つことができるかもしれないという素晴らしい可能性、自分が自分自身であることを強調し(だからこの音楽は早くから女性や性的マイノリティに受けた)、この社会のなかで生きることを励ます音楽、それがパンクでありスリーフォード・モッズの本質である。
 というのも、彼らはマイブラやブラーやレディオヘッドよりも若いのに、彼らだけが “中年” と言われ続けている(ビートインクの過去の宣伝文句を参照されたし)。しかしながらこれは、ジェイソンとアンドリューがそれだけ苦労してきたことを意味している。つまり彼らは、人びとから無視されている報われない人たちの気持ちをより理解する能力を持っている可能性が高いということの証左でもあるのだ。また、スリーフォード・モッズの快進撃からは、こうしたロックやパンクやラップやエレクトロが、昔のように、若者だけの特権ではなくなったということもあらためて認識させられてしまう。彼らがブレイクしたのは40を過ぎてからだが、スリーフォード・モッズのサウンドと言葉は、笑えるがシリアスで、誰もそれをやっていなかったという意味において“新しかった” し、クリエイティヴだった(クリエイティヴであることを放棄していなかった)のである。これは人生論としても意味があるだろう。
 だから彼らの最新アルバムとなる『UK GRIM』は、こういう怒った音楽が21世紀にも生まれているのだという、年老いた元パンクにありがちな郷愁めいたところで評価する作品ではない。だいたい、アルバム冒頭を飾る表題曲の寒々しいベースが刻まれ、ビートが発動し、ジェイソンのラップが絡みつくと、もう居ても立ってもいられずにジャンプするしかないのだから。チキショー、なんて格好いいんだ。もっともアルバムは3曲目にとんでもない殺し屋を用意している。挙動不審で逮捕されたくなかったらドライ・クリーニングのフローレンスをフィーチャーした曲、 “Force 10 From Navarone” を間違っても渋谷を歩きながら聴かないことだ。これはザ・フォールの“トータリー・ワイアード” やPiLの “アルバトロス” のような、冷たいからこそ炎が燃えるタイプの曲で、希望を持てずに政治不信に陥っている民衆の醒めた感性と確実にリンクしている。アルバムはほかにも良い曲が目白押しで、 コニー・プランク&DAFを彷彿させる“Right Wing Beast(右翼の野獣) ” や トライバルなリズムを使った“Tory Kong(保守党コング) ” といった賢く笑える題名をもった曲もあれば、メロディアスなピアノを挟み込んだニュー・オーダー風の “Apart from You”、シンセ・ポップとオールドスクール・ヒップホップの中間にあるような“Rhythms of Class” も面白い。とにかくアンドリュー・ファーンは、最小の音数で、しかしヴァラエティに富んだサウンド作りに腐心し、それはかなりの確率で成功している。

 今回の取材にはサウンド担当、アンドリュー・ファーン(ステージ上で、静かに立ちながらボタンを押している男である)にも参加してもらった。彼の登場はエレキングでは初めてなので、エディットは最小限にとどめて掲載することした。彼らの誠実な人柄が見えると思うし、10年前と変わらない彼らのアティチュードもたしかめることができるはずだ。最初のほうではファッションについても話している。ジェイソンが服を好きな話は有名だが、アンドリューのTシャツ趣味にも前々から興味があったのだ。
 インタヴューを最後まで読んでいただければわかるように、国としては英国のはるか下にいる日本だが、同じように政治に絶望している人びとにとっての打開策においては、意外と共通し共有しうるヴィジョンがあるようで、そのこともまた、国も言語も違えどスリーフォード・モッズを好きになれる理由なのだろう。UKはお前の声なんか聞いちゃいないと、アルバムの冒頭でジェイソンは繰り返しているが、そこは日本もまったく同じ。たとえそうでも、スリーフォード・モッズとはこういうことなのだ──窮地に追い込まれても思い切りジタバタしよう、諦めずに言うことだけは言っておこう、で、楽しもうと、それはおそらく健康に良い。そう思いながら、今日もジタバタしよう。

だからアンドリュー、お前ははじめから、最初からモノにしてたんだと思う。俺たちの初期の写真から最近のものまで眺めてみても、お前は一貫してぴったりハマってた。お前の服装センスは生き残った、みたいな(笑)。

今年はちょうど、『Austerity Dogs』を出してから10年になるんですよね。その後スリーフォード・モッズ(以下、SM)は評価され、ファンを増やし、あなたがたの生活も音楽へのアプローチもだいぶ変わったと思いますが、新作『UK GRIM』を聴いて、SMのパッションも怒りもまったく変わっていないことに感銘を受けました。自分たちではそのあたり、どう思いますか? 

ジェイソン:あー……とにかく、自分たちのやってることが相当に気に入ってる、ってのがあるんじゃない? 俺たちはなんであれクズなことは絶対にやるつもりがないし……それだと、俺たちの場合はとにかくどうしたって機能しないんだ。俺たちが興味を掻き立てられる何かである必要があるし、かつ、自分たちもその上にしっかり足を据えて立てるものじゃなくちゃならない。ってのも、そうじゃなかったら、不愉快なものになるだろうし、俺たち自身にとってもあんまり良くない何かに変わってしまうわけでさ。でも、俺にとって運が良かったことに、「良い作品を作りたい」って点に関して、自分と同じくらい目先が利いてて鋭く、かつパッションのある――俺は自分はそうだと思ってるんだけど――そういう人間に出会うことができたんだよね。だから、そんな俺たちふたりが合わされば自分は心配する必要はない、ってのかな……要するに、アンドリューは標準以下な質のものには一切我慢しないし、うん、とにかく彼は妥協しないんだ。というわけで、それがあるから、すごくうまくやれてるっていう。

アンドリュー:(うなずきつつ)もうちょっと「誰のお口にも合う」ようなアルバムを作っていたとしたら、きっと俺たちは自分たち自身にがっかりしちゃうんじゃない?

ジェイソン:ああ、だと思う。でも、そうは言いつつ――アンドリュー、お前も以前に言ってたけど、本当に良い作品が生まれるのには、アルバムごとにある程度の運の良さも伴うものだ、って点もあるんじゃない? またも素晴らしい歌を書けて俺たちはすごくラッキーだな、と思うし。実際、これらはグレイトな楽曲群だし、俺たちは今回のアルバムを本当に誇りに思ってる。それはすべての曲に言えることであって。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:でもまあ……どうなんだろうな、自分でもわからない。とにかくハード・ワークと固い決意の産物じゃないかと俺は思うけどな……。

アンドリュー:うん、それだね。そうは言っても、はじめのうちは幸運にも恵まれたよな、じゃない?

ジェイソン:たしかに。

アンドリュー:俺たちのはじまりの時点ではツキがものを言った。ただ、なんというか、俺たちのいる音楽の世界――っていうか、これはどのメディア(媒体)形態でもそうなんだけど――いったんドアが開いてなかにさえ入れれば、他の連中よりももっと多くの機会に恵まれるようになる、そういう世界で俺たちが生きているのは事実なわけで。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:悲しい話だけど、現実はそうなんだよね。

ジェイソン:まあ、そういう仕組みだからな。

アンドリュー:ああ。で、誰であれあのドアを抜けることができた奴は、ドアを潜った際の自分にあったもの/それまでやっていたことを維持する必要があると思うけど、残念ながら多くの人間がそれを棄てているよね。で、音楽産業に吸収されてしまう、というか。

ジェイソン:その通り!

アンドリュー:それをやったって、良いことはなんにもないよ。だから、それでクソみたいなアルバムを作ることにして、でもやっぱり失敗したから、デビュー時にもともとやっていたことに立ち返りました、なんてバンドもなかにはいるわけで。自分を曲げずに頑張り続けなくちゃ(笑)!

ジェイソン:だな、自分を通さないと。

不平だらけ。ほんとブーたれてる。で、ほんと、いまってそれくらい悲惨なことが余りに多過ぎだしさ……しかも、この状態はまだこれからも続くと俺は思う。

アンドリューさんは主にビート/音楽面を担当していますが、SMにとってのこの10年で変わったこと変わらなかったこととは何だと思いますか? あなた自身の機材やギアはどう変化しました?

アンドリュー:ああ、毎回、少しずつ変わってるんだ。思うに、過去10年くらいの間に、音楽作りのためのテクノロジーは以前よりずっと安価になったし、ちょっとしたギアもあれこれも比較的買いやすくなって。だから、何か新しいガジェットを購入したら、それが自分にとって音楽をもっと作るインスピレーションになる、という。それはやっぱり、使えるお金がいくらかあるところの利点だよね、対して以前の自分は全然お金がなかったから。昔はジェイルブレイク済みのiPad(※jailbreak=脱獄。基本iOSを改変し使用できるアプリや機能を拡張すること)を持ってて――

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

アンドリュー:(笑)おかげで、無料のキーボードだのシンセだののソフトウェアを全部使えてさ。それって良いよね。何か新しいものを作り出すために、別に多くは必要ないってことだから。
ジェイソン:ああ、それは必要ない。

せっかくの機会ですし、アンドリューさんに訊きたいことがほかにいくつかあるんですが、まずはあなたのTシャツの趣味について質問させてください。

アンドリュー:(苦笑)オーケイ!

ジェイソン:(爆笑)

坂本:(笑)。たとえば今日は「HARDCORE」とロゴの入ったTシャツでかっこいいですが、これまでピカチューであるとか――

アンドリュー:(笑)うん、あのピカチューTはまだ持ってる!

坂本:シンプソンズ、はたまたディズニーのパロディTであるとか、いつもユニークなTシャツを着ていますが、どんなこだわりがあるのでしょうか? 

アンドリュー:(笑)まあ、単にヴァイブってことだよ! とにかくパッと見て、「これはイエス」、「これはノー」、そのどっちかに分かれるしかないっていう(苦笑)。だから、別にギャグとして笑えなくたっていいんだし……要はファッションと同じ話というのかな、「これ、自分は着るだろうか、それとも?」ってこと。うん、基本的にはそれだけ。

坂本:なるほど。

アンドリュー:まあ、たまには背景にちょっとしたストーリーが含まれることもあるけどね……。あ、たとえば、いま話に出たディズニーのパロディT(※「Walt Disney」のお城のロゴを「Want Drugs?」に書き換えたもの)、あれは色んなTシャツを作ってるイタリア人男性の製作したもので、彼は俺にああいうおふざけTをたくさん送ってくれるんだよ。でも、それにしたって、俺がいつもある種の類いのTシャツを着てるからなんだろうしね、うん(笑)。

ジェイソンさんは服装にこだわりがあると思いますが、アンドリューさんのファッション・センスに関してどのような意見をお持ちでしょうか? たまに「こいつ、いったい何着てるんだ?」と思ったりしませんか?

アンドリュー:ブハッハッハッハッ!

ジェイソン:ああ、たぶん、若い頃の俺だったらそう思ってただろうな。若いとほら、まだもうちょっとナイーヴで、頭が悪いもんだし――

アンドリュー:うん。

ジェイソン:――それでこの、「バンドってものはこういうルックスであるべき」云々の概念でガチガチなわけで。

アンドリュー:だよな、うんうん。

ジェイソン:でも、思うに、俺たちも歳を食うにつれて――だから、誰でもある程度の歳になると、「人間は人間なんだし」ってことになるんじゃない? 歳を重ねて何かが加わるっていうか、要するにアンドリューはアンドリュー自身でいるだけなんだし、彼が彼以外の他の誰かになろうとしたって意味はない。同じことは俺にも当てはまるし、自分以外の誰かになろうとは思わないな……そうは言いつつ、俺自身もアンドリューの服装センスからちょっといただいてきたんだけどね。確実に、以前よりも少しカジュアルな方向に向かってる。近頃の俺は、もっとショーツを穿くようになったし。

坂本:たしかに。

アンドリュー:でもさ、ショーツ着用って、それ自体がデカいじゃん? 

ジェイソン:ああ。

アンドリュー:ハイ・ファッションの息の根を止めたのが、実質、スポーツウェアだったわけで……。

ジェイソン:ああ、基本的にそうだよな。だからアンドリュー、お前ははじめから、最初からモノにしてたんだと思う。俺たちの初期の写真から最近のものまで眺めてみても、お前は一貫してぴったりハマってた。お前の服装センスは生き残った、みたいな(笑).。

アンドリュー:(笑)うん。

ジェイソン:お前は見事にやってのけた。

アンドリュー:アッハッハッ!

坂本:(笑)

ジェイソン:いやだから、俺だって、写真のなかでいくらでも自前のデザイナー・ブランド服を着て気取ってポーズを決められるけど、ほかの連中もみんなその手のルックスだと、「それって違うだろ」と思うし。っていうか、ちょっとアホっぽい見た目だよな。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:そうは言ったものの――昔だったらたぶん買う金のなかったような洋服を買うのは、やっぱり躊躇するだろ、お前だって?

アンドリュー:うん、そこだよなー。

ジェイソン:多くの面で、お前はいまやいっぱしの、ファッションの今後の雲行きを予想していく予報官なんだしさ。

アンドリュー:ああ。でもそれをやるのは、時間が経つにつれて、ややこしくなっていくよな。

ジェイソン:うん、(苦笑)予想するのは確実にむずかしくなっていく。そこは、お前もちゃんと考えないと。だけどさ、心配しなくちゃいけないのはかっこいいスニーカーを履いてるかどうか、その点だけに尽きるような時点にまで達したんだから、それってかなりナイスじゃない? ハッハッハッ!

アンドリュー:たしかに、その通り(苦笑)。

アンドリューさんは、Extnddntwrk(extended network)名義でずっとソロ活動もしています。アンビエントやエクスペリメンタル、最新作ではジャングルもやっていますが、こちらのほうのコンセプトもせっかくの機会なので教えてください。

アンドリュー:いや、これといったコンセプトはなくて、完全に自己満足でやってる。思うに00年代あたりって、エレクトロニカのシーンもまだ揺籃期だったんだよな。なかでもとくに、98年〜01年の時期。俺も軽く関わったあの当時のシーンには、誰でもやれる家内工業めいたところが少しあったし、日本もきっとそういう状況だったんだろうと思う。

坂本:ええ。

アンドリュー:ところが、その、いわばポスト・エイフェックス/ポスト・オウテカ的なヴァイブを備えたシーンもいったん終わりを迎えたわけで……もちろんそのシーンはいまも存在してるけど、あの当時の方がはるかに人気が高かった。だからなんだ、さっき言った家内工業的なノリで、俺がアルバムを1枚出したのも。でもまあ、とにかくそういうことだし――かなり「ポスト・エヴリシング」な感じ、ってことなんじゃない? 自分の見方はそれだな。ポスト・アンビエントに、ポスト・あれこれに……で、俺からすれば本当に、それらすべてをひとつにまとめたのがエレクトロニカだ、そう思うから。あれはダンス・ミュージック界の一部を形成していた、ダンス以外の色んな音楽、ブライアン・イーノ等々を聴いていた人びとのことだからさ。とにかく、俺はほかとはちょっと違うことをやろうとしているだけなんだ、(ハウス/テクノの)四つ打ちビートから離れていこうとしながら。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:その意味ではドラムン・ベースの果たした役割も大きかったよ。ドラムン・ベースは素晴らしい。さっきジャングルを指摘されたけど、俺のパートナーがクリスマス・プレゼントにロニ・サイズのヴァイナル盤を贈ってくれて。

坂本:それは良いですね!

アンドリュー:うん、ただし、アナログ再発されていないから中古盤だったんだ。要するに言いたいことは、あの頃はああいう実に素晴らしいアルバムがコマーシャル面でも成立可能だったんだな、と。すごくクールな作品だけど、それにも関わらず誰もがあれを聴くことになったし、ああいう作品が「ドア」を通り抜けて人びとに達したわけ。で、当時あの手のエレクトロニック・ミュージックを作っていた連中の夢がそれ、何か実に驚異的な作品をやってのけ、それを多くの人びとに届けることだったんだと思う。ほかにもたくさんいるよね、ポーティスヘッドやマッシヴ・アタックといったバンドが、多くの耳に音楽を届けてみせたんだから。

ドライ・クリーニングのヴォーカル、フローレンス・ショウが登場する “Force 10 From Navarone” は最高にクールでしたが、このコラボはどういう経緯から実現したのでしょうか?

ジェイソン:ドライ・クリーニングは2021年の『Spare Ribs』向け英ツアーでサポートを担当してくれてね。俺は彼らの出したデビュー・アルバム(『New Long Leg』)にかなり魅かれたし……俺たちふたりとも、「彼らは本当に興味深いな」と思ったわけ。で、アンドリューが“Force 10 From Navarone”の音楽パートを送ってきたとき、俺もすぐに「おっ、これは良いな」とピンときたし、曲のアイディアをまとめていくうちにフローレンスに参加してもらったら良さそうだなと思いついて。そこで彼女に興味はあるかな?と打診してみたところ、ラッキーなことに彼女もやる気だった、という。あとはご存知の通り。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:うん、あれは俺にとっても、アルバムのなかで抜きん出たトラックのひとつだね、間違いない。

彼女の無表情な歌い方はとてもユニークですが、SMはドライ・クリーニングのどんなところが好きなのでしょうか?

ジェイソン:やっぱり、フローレンスのヴォーカルが俺は大好きだな。でも、バンドの側も素晴らしい。

アンドリュー:だよね。

ジェイソン:ほとんどもう、相当ミニマルなものに近いというか……要するに余計なあれこれでゴタゴタしてないっていう。

アンドリュー:たしかに。

ジェイソン:あのバンドの連中は全員、かなりミニマルなプレイヤーだよな。

アンドリュー:それに、多くの面でかなりオリジナルなバンドでもあるし。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:いやだから、音楽スタイル云々で言えば色んな影響を受けているだろうけど、こと「現在のシーンで何が起きているか」って点から考えれば、彼らはほんと、突出した存在っていうか。

ジェイソン:ああ、同感。

アンドリュー:フローレンスはもちろんだけど、それだけじゃなく、音楽そのものもね。

ジェイソン:たしかに。だから、彼らはすべてを兼ね備えてるバンド、それは間違いない。

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もうちょっと「誰のお口にも合う」ようなアルバムを作っていたとしたら、きっと俺たちは自分たち自身にがっかりしちゃうんじゃない?


Sleaford Mods
UK GRIM

Rough Trade / ビート
※ウィットに富んだ歌詞対訳付き

RapElectronicPost Punk

beatink.com

『UK GRIM』は、前作『Spare Ribs』に較べて「怒った」アルバムだ、という印象なのですが――

ジェイソン:ああ、うんうん。

今作におけるジェイソンさんの怒りは、イギリスに住んでいないぼくたち日本人にとっても共有できることが多いです。

アンドリュー:グレイト!

で、あなたは基本的にイギリスのことを書いていますが、しかしSMはドイツなどイギリス国外にもファンがいます。日本にだって熱狂的なファンがいます。なぜ言葉が大きな位置を占めるSMの音楽が、イギリス国外/非英語圏でも受けるのか考えたことがありますか?

ジェイソン:あー……どうなんだろ、俺にもどうしてかわからないけど、結局は「音楽」ってことじゃない? 俺たちの音楽には違うタイプのスタイルが色々と混ざってるし、もしかしたらそれらが聴き手にも少し聴き馴染みのあるものに感じられる、とか? さっきアンドリューも話していたように、エレクトロニカも多く残響してる音楽だし、アンビエントやサウンド・スケープ的なものもあり、なんでもありだしね。ああ、それにパンクも混じってる。

アンドリュー:とは言っても、それって「だからじゃないか」と推量するしか俺たちにはできないことだよね。

ジェイソン:うん、その通りだ。

アンドリュー:それに、(非英語圏でも)英語を話す人はたくさんいるんだし。

ジェイソン:たしかに。

アンドリュー:かつては大英帝国があったわけで、それで俺たちイギリス人は、人々に――

ジェイソン:――みんなに英語を話すよう強制した、と。

アンドリュー:そうそう(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

前作はわりと歌っていましたが、今回はラップがほとんどです。それというのも、怒りが前面にでているアルバムだから、というのもあると思うのですが、いかがでしょうか? 

ジェイソン:うん。まあ、正直、ふたつの要素が組み合わさってる。『Spare Ribs』を書いてた頃、俺は背中を痛めていたせいで鎮痛薬をたくさん服用してたし、それにロックダウン期でもあった。だから、どうしたって普段より少し大人しくなるってもんだし、ほとんどもう、一種の発育不全みたいな状態になったというか。で、そのふたつの要素が合わさったことで、あのアルバム(『Spare Ribs』)収録曲の多くはかなり……とは言っても、アンドリューの作った音楽部そのものは、部分的には『UK GRIM』と同じくらいアップテンポなものだったとはいえ、ヴォーカル面で言えば、俺はいつもより少し退いて力を緩めたっていうのかな、いやほんと、あの頃はかなり(薬の副作用/COVID他の)ショックで打ちひしがれていたと思うし……。

アンドリュー:いつもより少しこう、メランコリックな時期だった、っていうか。

ジェイソン:イエス、その通り。ほんと、そうだったよな、じゃない?

アンドリュー:内省的になった。

ジェイソン:そうそう、あれは自分の内側に目を向けた時期だったし、思うに――それゆえに、「あの時期」の俺たちにしか書けなかったであろう、そういうアルバムになったんじゃない?

アンドリュー:うんうん。

ジェイソン:だからあの時期にふさわしい内容だったと思う。でも『UK GRIM』、これは「ポスト・パンデミック」なアルバムだし――うん、とにかく、これらの楽曲を書いていた頃の俺はものすごく怒ってたっていう(苦笑)。

アンドリュー:アッハッハッハッハッ!

坂本:(笑)。でも、「ジェイソンはいつも怒ってる」って印象があるんですよね。過去に、SMは「UKでもっとも怒れるバンド」という形容を捧げられたこともありますし。

アンドリュー:(苦笑)。
ジェイソン:(爆笑)。

なのでお訊きしたいんです。ジェイソンは、もちろん私人として/プライヴェートでは幸せな方だと思いますが――

ジェイソン:ああ、その通り。

アンドリュー:うんうん。

こうやって、ステージや音楽表現において常に情熱的で、ド迫力で、怒りを持続されるのは、すごく疲れるし、たいへんなことだと思います。ジェイソンさんは、怒り続けるのに疲れたりはしないのですか? 

ジェイソン:いや、それはない。ノー。というのも、俺はその在り方は「正しい」在り方だと思うから。フィーリングってことだし、だから疲れはしない。まあたまに、毎晩立て続けにギグをやるのに、ちょっと消耗させられることはあるけどさ。

アンドリュー:ああ、ツアー自体は疲労することもある。

ジェイソン:とはいえ――

アンドリュー:いやだから、それはある意味、俺たちがイギリス人だってことなんじゃないの(苦笑)?

ジェイソン:(笑)だな! たしかに。俺たち、いっつも不満たらたらな連中だし……。

坂本:(笑)

アンドリュー:「ここんとこずっと、ブーブー文句ばっか言ってるな、俺」みたいな(笑)。

坂本:メソメソ泣き言と文句ばかり垂れている、と。

ジェイソン:(笑)その通り! 不平だらけ。ほんとブーたれてる。

アンドリュー:ハッハッハッ!

ジェイソン:(苦笑)で、ほんと、いまってそれくらい悲惨なことが余りに多過ぎだしさ……(真顔に戻って)しかも、この状態はまだこれからも続くと俺は思う。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:このまま続いていくだろうな。でも、ある程度までは、俺たちも以前の状態に戻りつつある。だから……このアルバム(『UK GRIM』)がいつもよりやや怒りの度合いが強いのはたぶん、俺たちは去年、ギグ/ツアー生活に一気に引き戻されたから、というのもあるかもしれないよ? ものすごく慌ただしいスケジュールをこなしたし、このアルバムのなかの怒りやフラストレーションの多くは、もしかしたら、多忙なツアーで消耗したことから来たエネルギーでもあったのかも? まあ、俺にはわからないけど……。

坂本:なるほど。いや、とかく日本人は、文化/慣習として怒りを忘れがちな「水に流そう」な民族なので。

ジェイソン:ああ、そうだろうね。

坂本:一種の東洋哲学でしょうし、そんな我々からすると、あなたみたいに怒りの火を絶やさず燃やし続けるのは疲れないのかな、と思うわけです。我々も、あなたから学んだ方がいいのかも……?

ジェイソン:(爆笑)ブハッハッハッハッ!

坂本:いや、「水に流そう」も良いことだと思うんですが、そうやって忘れてしまうと、同じ過ちを繰り返すことにもなりますし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:でもさ、そうやって水に流すほかないんじゃない? 昔、アンドリューがよく言ってたように、「俺たちが(歌のなかで言っていることを)ストリートで実際に行動に移したら、きっと逮捕されるだろう」ってこと。

アンドリュー:その通り。

ジェイソン:だから、ノーマルな日常生活の場面では、他の人びとと同じように落ち着いていることは大事だと俺は思っていて。というのも、俺は暴力はなんの解答にもならないと思うし――独善的になるだとか、言葉の暴力で罵るだとか、そういうのはとにかく答えじゃないだろう、そう思うから。だけど、「レコードのなかで」であれば、現実よりももうちょっとファンタジーを働かせることが許されるわけで。

アンドリュー:その通り。

坂本:作品のなかでの表現、ということですしね。

ジェイソン:うん、表現ってこと。だから俺としても、歌詞の面でああやって色いろと実験するのはかなり好きだし、それをやるのは全然OKだと思う。で、それって……俺たちがやってるのって、そういうことじゃないかな? 「これ」といったルールは、別にないんだし。

アンドリュー:ああ。要は、セラピーってことだよ。

ジェイソン:うん! たしかにそうだ。

アンドリュー:だから、あれをやるのはお前にとっては一種のセラピーだし、と同時におそらく、それを聴くリスナーにとってのセラピーにもなっている、と。

ジェイソン:ごもっとも、その通り。

アンドリュー:胸のなかにたまってる思いを吐き出してスッキリする、という。

ジェイソン:だね。

アンドリュー:それに、いまはほんと、そういう音楽って多くないし。

ジェイソン:ない、ない。

前進していくための唯一の道は、小さな空間を、ちょっとした余裕を自分に与えることだと思う。自分自身に、自分の家族に、自分の周囲のコミュニティに、息をつけるちょっとした余裕/小空間をもたらすこと。ここを生きていくには、それしかないと思う。

ジェイソンさんが政治的なことを歌詞に込めるとき、リスナーにどんな期待を抱くのでしょうか? リスナーにもそのことを気づいて欲しいから? 考えて欲しいからとか?

ジェイソン:ふむ(考えている)。

坂本:人によっては「ミュージシャンは政治的なコンテンツを扱う必要はない。こちらをエンターテインしてくれればいい」という考え方の持ち主もいますし。

アンドリュー:いや、それは本当だよ。別に政治について歌う「必要」はないんだしさ。

坂本:はい。でもあなたたちの場合、政治を取り上げずにいられないんじゃないですか?

アンドリュー:(苦笑)。

ジェイソン:それは避けられないよね。だからまあ、こちらとしては人びとが楽しんでくれればいいな、と願うしかないわけで。そうした内容が聴き手のなかに議論等の火花を起こすか否か、そこは俺はあまり気にしちゃいない、というか……いやもちろん、俺たちの歌を聴いて、人びとがより広い意味での社会構造に対して疑問を抱き始めてくれたとしたら、嬉しいことだよ! というのも、それをやってる人間の数は充分多くないと思うし。ただ、それと同時に思うのは――俺たちとしては、とにかく人びとが自分たちの音楽を気に入ってくれればいいな、と。というのも、これをやって俺たちは生計を立ててるんだし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:だから、別の言い方をすれば――俺たちはこの仕事を心からエンジョイしながらやっているし、聴き手の皆さんもお楽しみいただけたら幸いです、そういうことじゃないかと。

イギリスの労働者階級/文化のポジティヴな面、あなたが好きな面について話してください。

アンドリュー:……うーん、それは答えるのがタフな質問だな。

ジェイソン:むずかしい質問だ。

アンドリュー:……(笑)皆無!

坂本:いいとこなし、ですか? そんなことはないでしょう(笑)。

アンドリュー:ハッハッハッハッハッ!

ジェイソン:あんま多くないな。俺は、洋服は間違いなく良いと思うけど。

アンドリュー:うん。いや、だから……(軽くため息をつく)話しにくいことだよね、ってのも、イギリスの労働者階級ってかなり独特だから。

ジェイソン:ああ、ユニークだ。

アンドリュー:で、英国人であるがゆえに、それを(客観的に)語るのは自分たちにはあまり楽なことじゃないんだと思う。というのも、自分たち自身のことなわけで。

ジェイソン:うん、うん。

アンドリュー:俺は、ヨーロッパに行くたび、その違いにもっと気づかされる。たとえば、ヨーロッパ各国ではヴァイブがどれだけ違うか等々。それで、イギリスはかなりユニークなんだな、と思ったり。

坂本:なるほどね。

アンドリュー:でも、イギリス国内にいると「それが当たり前」になっちゃうわけで。

ジェイソン:それに、いまの俺たちは、厳密な意味での「労働者階級の環境」っていう概念とはコネクトしてないんじゃないか、みたいに思う。

坂本:ああ、なるほど。

ジェイソン:それくらい、俺たちはとにかく多くの意味で、自分たちの小さな世界のなかに存在している、と。でも……そうは言っても、俺はやっぱりいまも、ワーキング・クラスの服装/ユニフォームは好きだよ。それと、労働者階級の人びとが中流階級の人からどれだけかけ離れているか、両者の間の隔たりがいまだに実に大きいか、というところも。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:で、労働者階級の人たちをリスペクトの念と共に扱うって点には、本当に意識的でなくちゃならないんだ。ってのも、多くの場合、人びとは労働者階級を見下していると思うから。彼らの使う言葉が違う、装い方が違う、やってる仕事の職種が違う、所有品が違う、たったそれだけの理由でね。だけど、だからって、労働者階級を動物扱いしていいってことにはならないだろ? それくらい明確な階級間の隔たりが存在してるってことだし、でも労働者階級の面々だって、中流階級人と同じように、その「構造」の範疇内で生きているんだよ。だから実は(本質的には)違いはないし、とにかくコンテンツに差があるだけ。その提示の仕方が違う、という。

アンドリュー:なるほど。

ジェイソン:だけど、見た目が違うからって、彼らはイコール動物だ、ってわけじゃないだろ?

アンドリュー:それは絶対ない。

ジェイソン:うん、そんなことはあり得ない。それってすごく単純な意見だろうけど、絶対に憶えておく必要のあるものだと思う。

『UK GRIM』を聴いていると、イギリスでは物事が本当に深刻で重くなっているんだな……と感じます。

ジェイソン&アンドリュー:うん。

一方で、日本も物価が上がって深刻な状況になりつつあるし、イギリスでここ最近ずっと騒がれている「Cost of Living Crisis」が起きています。

ジェイソン:そうなんだ……でもさ、日本の政治家はどうなの?

ただし日本は、イギリスとはかなり違います。というのも、我が国にはイギリスの労働党のような大きな野党がないので、さらに深刻だったりするんです。与党に絶望している人たちが支持したい野党がないんです!

ジェイソン:オーケイ、そうなんだ。

対してイギリスは、ここしばらくの間で労働党の支持率が上がっていて、少なくともまだ一種の希望があるかな、と思います。で、こうした先行き不安な現実のなかを庶民はどう生きていったらいいと思いますか? 

アンドリュー:……かなりでかい質問だな!

坂本:ですよね、すみません……。

アンドリュー:(笑)

ジェイソン:前進していくための唯一の道は、小さな空間を、ちょっとした余裕を自分に与えることだと思う。自分自身に、自分の家族に、自分の周囲のコミュニティに、息をつけるちょっとした余裕/小空間をもたらすこと。ここを生きていくには、それしかないと思う。というのも、ほんと、それ以外の誰にも頼れないような状況だからさ。いや、たぶん、これまでもずっとそうだったんだろうけど、いまはとにかく、状況がさらにタフになってるじゃない? だから、苦痛を軽減してくれるちょっとした緩衝ゾーンは自分自身、各自の内側から出て来るんじゃないか、と。その人自身の姿勢から生まれる、そういうことじゃないかな。うん、それしかないんじゃないかと思う……ってのも、いまは国家にも頼れないし、っていうか、他人の多くも頼りにできないし。それくらい、生活がハードになってるってことだよね。で、その状況はすぐに変わらないだろうな、と俺は思う。

ここ数年、UKからは新手の魅力的なインディ・バンドが出てきました。ドライ・クリーニングもそうですし、シェイム、キャロライン、ブラック・ミディなどなどがいます。ただ思うのは、そうしたインディ・ロック・バンドの多くは中流階級出身ですし、その手の音楽のファン層も中流階級が占めている印象です。そこを責めるつもりはないのですが、ただインディ・ロックは、かつては(ザ・フォールからニュー・オーダーやオアシスまで)もっと労働者階級の子たちのものだったのではないか? とも思います。そうではなくなってしまった現状については、どう思っていますか?

ジェイソン:――正直、労働者階級の人びとはグライムにハマってるんじゃないかと思うけど?

坂本:ああ、たしかにそうですね。

アンドリュー:だよな。

ジェイソン:グライム、あるいはUKヒップホップと言ってもいいけど、そっちに移ってる。俺の実体験から言えば、労働者階級の面々はラッパーになりたいって傾向の方がもっと強いよ。

アンドリュー:ほんと、そう。インディ・ロックはそれよりもっと中流階級向け、みたいな(苦笑)? でも、さっきも話に出た労働者階級って話で言えば、いまのイギリスはかなり変化した、というところもあると思う。もうちょっとアメリカっぽくなってきてるって意味でね。それくらい、もっと様々な階級のレヴェル/細かい隔たりができてきてる、という。いまはロウワー・ミドル・クラス(やや低級な中流。いわば、労働者階級あがりで中流に達しつつある層)もあるし……。

ジェイソン:うん。

アンドリュー:で、そこはアメリカも同じで、あの国じゃ人によっての経済/収入面での異なる区分が10個くらいあるわけでさ。で、それに似たことが、イギリスでも起きつつあるんじゃないかと俺は思う。

ジェイソン:うん、アンドリュー、それは大きいよ。

アンドリュー:だからって労働者階級が存在しなくなる、ってわけじゃないし、いまでもいるんだよ。ただ、貧困線にはまだギリギリ達していないものの、それでもお金が全然ない、という人びとはいるわけでさ。うん……。

ジェイソン:うん……妙な状況だよな。だけど、さっきの君の指摘、インディ・ロックが労働者階級のものではなくなっている、というのは当たってると思う。でも、いまのインディ・ロックって正直、あんま先進的じゃない、ほとんどそんな感じじゃない? もちろん、そうじゃない連中もいるけど……。

アンドリュー:ちょっとレトロな感じだよね?

ジェイソン:うん。多くのバンドのやってることは、あんまりプログレッシヴとは思えない。

アンドリュー:エルヴィスっぽく聞こえる。

ジェイソン:エルヴィスか(苦笑)。

最後の質問です。いま手元に自由に使える500ポンドがあったら何を買いますか?

アンドリュー:そうだな……。

ジェイソン:500ポンドあったとしたら? たぶん、俺が買うのは……んー、なんだろ? 正直、思い浮かばない。だから銀行に預金する。ってのも、いま、自分が何を買いたいかわからないし、必要なものはぜんぶ買ったと思うし。

アンドリュー:ハッハッハッ!

ジェイソン:だから、預金する!

(笑)わかりました。アンドリューさんは?

アンドリュー:(笑)貯めないで使うんだとしたら、たぶん俺は、実は必要のない余計なものを買っちゃうだろうなぁ。いや、ここんとこずっと、Polyendが気になってチェックしてて。

ジェイソン:へー、そうなんだ。

アンドリュー:あれは一種のガジェットみたいなもんで、トラック・シークエンサー機能とかが付属してて。たしか450ポンドくらいだから、ちょうどいい値段かな。

ジェイソン:それ、買うつもりなの?

アンドリュー:いやいや、別に必要じゃないんだってば! でも、気になってついチェックしちゃうんだ。で、眺めながら「別に欲しくないし、自分には必要ないだろう……」ってブツブツつぶやいてるっていう。

ジェイソン:クハッハッハッハッ! スクロールする指が止まらない、と(笑)

アンドリュー:いやー、だから、商品レヴューとかあれこれ読んで、「ああ、こりゃ結構なプロダクトだな」と思いつつ、でも「自分には必要ないか……」と考えあぐねる、その手の商品だってこと。

ジェイソン:(笑)

アンドリュー:でも、プレイステーション・ポータブルの端末は、CeXで中古で買った(※CeXは中古のPC/ゲームソフト/DVD等をメインで扱う英テック系チェーン)。

ジェイソン:へえ、どんな具合? 良いの?

アンドリュー:いや、まだ届いてないんだ。オンラインで通販したから、明日届く予定。あれはもう入手できないんだけど(※PSPは2004年に発表され、2014年に日本国内出荷終了)、「ビートレーター(Beaterator)」ってアプリが使えるんだ。あれはロックスター・ゲームスとティンバランドが2007年に合同開発したアプリ(※実際の発表は2009年)で、ミュージック・シークエンサー等の機能が収まってる。

ジェイソン:(笑)ナ〜イス! それ、かなり良いじゃん?

アンドリュー:値段は140ポンドくらいだったはず。でも、プレイステーション・ポータブルがイギリスで最初に発売された2005年頃は、自分には手が出ない値段だったんだよ。発売当時は、どうだったんだろ、500ポンドくらいしたんじゃない? でも、こうして中古の端末を140ポンドでゲットしたし、ゲームも色いろついてくる、と。オールドスクールな楽しさを満喫できるよ、これで。

ジェイソン:っていうか、良い楽しみ方だよ、それは。

坂本:もう時間ですので、このへんで。今朝は、お時間を割いていただいて本当にありがとうございます。

ジェイソン&アンドリュー:こちらこそ、ありがとう!

坂本:『UK GRIM』はとてもパワフルなアルバムで、大好きですし――

ジェイソン:ありがとう。

アンドリュー:どうも!

 なお、日本がいまどんな政治的な状態にあるのかをわかりやすく理解するために、エレキングでは『臨時増刊:日本を生きるための羅針盤』を刊行した。『UK GRIM』を聴きながらその本を読んでいただけたらこのうえなく幸いである。とくに巻頭の青木理氏の話は、安倍政権以降の日本がいったいどうなっちまったのかをじつにわかりやすく解説している。立ち読みでもいいので、チェックして欲しい(たのむよ)。
また、今回の取材も例によって坂本麻里子氏の通訳を介しておこなわれたわけだが、『UK GRIM』の日本盤には、ジェイソン・ウィリアムソンのウィットに富んだ言葉を、彼女がみごとな日本語に変換した訳詞が掲載されていることもここに記しておく。これを読むためにCDを購入する価値は大いにある。

Sleaford Mods - ele-king

 3月に新作『UK GRIM』のリリースを控えたスリーフォード・モッズが、収録曲の “Force 10 From Navarone” のMVを公開した。これは、ドライ・クリーニングのフローレンス・ショウをフィーチャーした曲で、新作の目玉の1曲でもある。とにかくカッコいいので聴いてみて。

Sleaford Mods - Force 10 From Navarone

 ジェイソンいわく。「俺たちはドライ・クリーニングの大ファンで、フローレンスがこの曲にぴったりだとわかっていた。彼女は本物で、そのたった一言で全体のストーリーを伝える方法で俺がウータン・クランから受けるようなインスピレーションを呼び起こす」
 戦争から物価高、右翼に保守党、生活がめちゃくちゃにされた庶民の怒りを乗せたアルバムの発売は3月10日。なお、エレキングでは当然のことながらインタヴューを掲載します。こうご期待!

Sleaford Mods - ele-king

 戦争、環境破壊、インフレ、不況、疫病と倦怠、はびこる暴力、貧困、信用できない政府とマスコミ、広がる格差……大戦後、(人権問題を除けば)こんなひどい時代があっただろうか? スリーフォード・モッズに学ぶところはたくさんあるが、ひと言で言うなら、こうした絶望や怒りを、政治や社会を、ギャグを交えながら音楽に載せているところだ。なにかと真面目にしんみりしてしまう日本人が、もっとも聴くべき音楽と言えるだろう。どん底にいても笑うこと、それこそが希望です。
 というわけで、ジェイソン・ウィリアムソンアンドリュー・フェーンの2人の新作、『UK GRIM』が3月10日(金)にリリースされることになった。サウンドの面でもフェーンのミニマリズムがかなり進化しています。
 
 以下、〈ラフトレード〉からの資料の抜粋です。

 「彼らは作品を通じて、庶民の人生、生活、そして現代の厳しい現実を見つめ、切迫感のあるリリックを用いて利己主義を貫き通す支配階級に抗議を訴えている。作品の中心にあるこの抗議のきっかけとなった原動力について彼らは、ザ・クラッシュやザ・ジャムといった先人たちと同様に、彼らの感じる怒りは周囲の人々や身近な場所に対する愛が支えになっているのだと述べる。」

  『UK GRIM』には、ドライ・クリーニングのヴォーカル、フローレンス・ショウのほか、ジェーンズ・アディクションのペリー・ファレルとデイヴ・ナヴァロも参加。曲のなかには、プーチンもウクライナも右翼も金持ちも貧乏人もみんな出てきててんやわんやです。  レーベルの広報いわく「本能的なエネルギーを宿り、怒りに満ちていながら芸術的かつ革新的で、身体と心を無性に揺さぶる」新作を楽しみに待とう! (なお、日本盤には坂本麻里子による対訳が付く)  

Sleaford Mods 
UK GRIM

Rough Trade / Beat Records
release: 2023.03.10
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13225

The Bug × Jason Williamson (Sleaford Mods) - ele-king

 これはじつに強力なコラボだ。この夏アルバム『』を送り出したザ・バグの新曲に、これまた今年アルバム『スペア・リブズ』をリリースしているスリーフォード・モッズのジェイソン・ウィリアムソンがフィーチャーされている。公開されたのは、ノイジーなダンスホール・ビートの映える “Treetop” とダークな弦の響きが印象的な “Stoat” の2曲。

 ザ・バグことケヴィン・マーティンは、2013年の『緊縮の犬』を聴いて以来、スリーフォード・モッズに夢中だったそうだ。
 今回のコラボのきっかけは、ツイッターだったという。ふたりともウェストサイド・ガンのようなUSのラッパーに関心があり、コミュニケイションが膨らんでいった模様。『The Quietus』のインタヴューのなかでウィリアムソンは、「私やケヴィンの世代にとってはパブリック・エネミーがエルヴィス・プレスリーだった」と語っている。「プロデューサーとしてボム・スクワッドから大きな影響を受けた」とはマーティンの弁。
 おなじインタヴューによれば、3か月に一度はクソみたいな目に遭うものの、今回のコラボに至るような出会いがあるからこそ、ウィリアムソンはツイッターをやっているのだという。
 ちなみに、訳詞がないのが残念ではあるが、“Stoat” のリリックではシュルレアリスム的な手法が用いられているようだ。
 ふたりとも時間さえとれればこのコラボをつづけていきたいそうなので、もしかしたら将来的にはアルバムも期待できるかもしれない。

https://ninjatune.net/release/the-bug-featuring-jason-williamson/treetop

 昨年、このサイトの記事で、音楽における政治の重要性について書いた。アーティストがオーディエンスの生活と繋がりを持ち、自分たちの音楽と世界への視点を豊かにする方法と、メインストリームな組織以外の場所で、繋がりを築く方法について述べた。しかしその記事では取り上げなかったひとつの大きなイシュー(問題点)がある。政治に内在する対立が芸術に入り込んだ時に何が起こるのか、ということだ。

 これこそが、多くの人が日常的な交流のなかで、政治の話を避けようとする主な理由だ。新しい同僚に対して慎重になって政治についての話題を避けたり、高校時代の旧友が、政敵について好意的に語ると胃が締めつけられる気がしたり、何杯かの酒の後に抑制が効かずに家族と衝突してしまったりする。学校の教師をしている両親の息子である自分は、普段、ミュージシャン、ライター、アーティストやその他のクリエイティヴな人びとの輪のなかでほとんどの時間を過ごしているが、自分の政治観(社会的リベラル、経済的には左寄り)が決して皆のデフォルトではないことを想像するのが難しい時がある。だが、自分の住む国やより広い世界に少しでも目を向けると、それが真実ではないことがわかる。

 音楽の世界にも充分すぎるほどの対立があり、ミュージシャンが自分の意見をオープンにすればするほど、その境界線が明確になる。セックス・ピストルズとPiLのジョン・ライドンは、昨年の米国大統領選挙でトランプ支持を表明した。ザ・ストーン・ローゼズのイアン・ブラウンは、COVID-19の偏執的な陰謀論の声高な擁護者となり、アリエル・ピンクとジョン・マウスは米連邦議会を襲撃したトランプ支持者たちとともに行進し、モリッシーは口を開くたびに、人種差別的なばかげた言葉の塊を吐き出し続けている。彼らは何をしているのだろう? 彼らは我々の仲間ではなかったのか? どうやら“我々”にはあらゆる大衆が含まれているらしい。

 一見、似たような政治観を持つ人びとの間でも、より微妙な対立が生じることがある。英国のグループ、スリーフォード・モッズとアイドルズは表面上、非常によく似ている。どちらも政治意識が高く、イギリスの保守党体制を鋭いリリックで批判し、音楽的にはまったく異なる方法で、ポスト・パンクのねじ曲がって歪んだ構造を想起させる。しかし、彼らの間には、階級政治に根差した意見の相違があったのだ。

 2019年、スリーフォード・モッズのジェイソン・ウィリアムソンが、アイドルズは、はるかに安定したミドル・クラス(中流階級)出身であるにもかかわらず、「ワーキング・クラス(労働者階級)の声を盗用している」と批判した。このコメントで引かれた、スリーフォード・モッズとアイドルズの間の境界線は、新しいものではない。1981年にドイツのSPEX誌がザ・フォールのマーク・E.スミスに、ギャング・オブ・フォーについて訊ねた際のスミスの批判は、似たような所から来ていたのだ。

「彼らは左翼的な思想を説く。彼らは大学で学び、特権階級に属している。ワーキングクラスが何を求めているのか、知ったふりをしているのが問題だ。でも何もわかっていない。シャム69は、自分たちが言っていることをよく理解していてよかった。自分を含むイギリスのワーキングクラスにとって、ギャング・オブ・フォーの音楽は、侮辱的で、無礼で傷つけられると言う意味で有害だ」

 ここには、階級政治に関わるイシューがあり(2017年のジョーダン・ピールの映画『ゲット・アウト』でも人種問題における力学の似たような試みが行われている)、ブルジョワのリベラル派が自分自身のブランド価値を高めるためにワーキングクラスを装って、もがいてみせることがある。その方法で迎える典型的な結末は、ワーキング・クラスの人たちが元の場所に置き去りされ、彼らの声さえもが他人に利用され、薄められてしまうのが常だ。スリーフォード・モッズの最近のアルバム『Spare Ribs』からの曲、「Nudge It」で、ウィリアムソンは、こう言う。

愚かで自暴自棄になってる奴らの前でプレイしてきた  
愛とつながりについての乏しい見解
バカな考えにとらわれて
お前が作れる料理はそれしかないから
クソッタレなクラス・ツーリス((階級見学ツアーの参加者)め
お前たちは社会集団というものを混同している

 もう少し根本的なところでは、いつの時代も説教臭い人間は忌々しいし、リベラルや左派の人間が他人の意見に対して小うるさく、偉そうにする傾向があることが、ジョン・ライドンを、トランプの、ガサガサした革のような腕の中に押し込めた原因のひとつかもしれない。そもそもパンクは、進歩的な政治のムーヴメントとはいえないものだった。パンクは常に何かに反応していたが、反応と反動の境界線は、我々の多くが信じたかったものよりも、薄っぺらなものだったのだ。1970年代後半、パンクはしばしば保守の体制に反応したが、根本的には、世間体のよい立派な人間になるように命令する、あらゆる声に反発していたのだ。

 そういう意味でトランプは、良いパンクな大統領だった。彼の魅力の多くは、結果など気にもとめずに、人を混乱させ、無視し、奪ったり侮辱したりしながら人生を歩む能力にある。トランプの不名誉な行いを見ると、パンクが与えたのと同じような、責任感からの解放がある。彼は立派であろうとせず、繊細さや礼儀正しさが求められるところで失敗しても、無頓着でいられる才能があるのだ。話す内容の細部は意味をなさないが、彼が発するメッセージはキャッチ―でシンプル、そしてパンク・ロックのコーラスのように、反復的だ。

 トランプと極右の人びとのシンプリシティを志向する本能こそが、ブルース・スプリングスティーン(“ボーン・イン・ザ・USA”)やニール・ヤング(“ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド”)、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(“キリング・イン・ザ・ネーム”)などの反国家主義的な曲を、国家主義的な主義信条のサウンドトラックとしてうまく利用できた理由だ。彼らはバカではない。これらの曲が彼らに反対するものであることを知りながら、その繊細なメッセージを一切見ようとはせずにそれを消し去り、完璧な重度の繰り返しにより、自分たちのための曲だと主張することができた。曲のキャッチ―さを利用し、皮肉を逆手にとり、洗練された部分にはドリルで穴をあけて、曲が元来持つシンプルな魅力を掘り起こしたのだ。トランプの「クソッタレ、お前のいうことなんて聞かない」という態度こそが、彼の支持者たちへのアピールの核心だ。

 スリーフォード・モッズは、そのような伝統のなかにおいては、それほど派手な不作法さはない。ウィリアムソンは音楽が生まれた場所について正直であることを重視し、演壇やお立ち台などがなくても人びとにコミュニケートする能力がある。“Elocution”という楽曲は、皮肉たっぷりの歌詞で始まる。

やあ、そこの君
今日は独立系コンサート会場の重要性について話しに来た
そしてそれについて話すことに同意することで、
俺自身がそのような会場でプレイすることをやめられる立場になることを、密かに望んでいる。

 この歌詞は、アイドルズや他のミドル・クラスのロッカーたちへの批判のようにも読めるが、バンドが成功するにつれ、より大きな会場に招かれ、ウィリアムソン自身が隣人たちのことを書いて有名になった地元の街から、家族を連れて郊外に引っ越すにつれ、自分のなかで芽生えた不安が反映されているのかもしれない。歌詞の皮肉はさておき、スリーフォード・モッズはパンデミックで大打撃を受けた、インディペンデント系の会場の強力な支援者であり、2020年12月には、“インディペンデント・ヴェニュー・ウィーク・キャンペーン”を支持してコンピレーション・アルバムに曲を提供している。

 アイドルズもまた、インディペンデント系の会場の積極的な支援者であり、2021年に発表した楽曲“Carcinogenic”のミュージック・ヴィデオは、彼らの故郷ブリストルの地元の会場を支援するために制作された。バンドとPR会社は、確かにそれを大々的に宣伝しているが、ブリストルにある会場のうち、文句を言っている所などあるだろうか?

 ある意味、アイドルズのヴォーカルのジョー・タルボットは、ウィリアムソンとは異なる領域に、自分の真正性の杭を打ち込んでいるともいえる。彼のリリックや公式見解の多くは、ソーシャルメディアなどの不安定な場でよくみられる、告白めいた、少し防御的な姿勢で書かれてはいるが、ある種のポジティヴな自己表現を土台としている。彼には(ワーキング・クラスとしての)“真正な”生い立ちの物語はないかもしれないが、自分に対して正直だ。2020年のアイドルズのアルバム『ウルトラ・モノ』に収録されている“The Lover”では、まさにこのような声で、批評する人たちに訴える。

お前は俺の決まり文句が嫌いだというが
俺たちのスローガンやキャッチフレーズは
”愛はフリーウェイのようなものだ”
クソッタレ、俺はLOVERだ

 社会の変化に伴い、ワーキング・クラスとミドル・クラスの伝統的な区分が複雑になっているのも問題のひとつだろう。アイドルズ自身はワーキングクラスではないかもしれないが、彼らの音楽の怒りと祝福の声は、増え続ける不安定雇用に陥っている、大学教育を受けた社会的意識が高い若者層と呼応している。最近出現したプレカリアート(雇用不安定層)の新メンバーたちは、その苦悩や先の見えない将来の不安を味わっているにもかかわらず、気取ったノスタルジックな1950年代の田舎やワーキング・クラスの生活の幻想を懐かしむ政治やメディアから、特権的な学生と嘲笑されているのだ。彼らは、田舎は自分たちの世界よりも現実的だといわれたり、ビスケットの缶の絵からそのまま取ってきたような田舎の愛国心のイメージなどに、また、自分たちの理想主義が揶揄され、軽蔑されることに疲れている。多くの人にとってアイドルズのヴォーカリスト、ジョー・タルボットは、“本当のイングランド”という安直な概念を切り崩し、フラストレーションや怒りを受け止めてくれる存在なのだ。

 「不平等ということに怒っているのなら、“お前は間違っている、クソッタレ”というのではなく、代替案としての平等を説くべきだ」と、タルボットはウィリアムソンの批判に応えて述べた。「1970年代にパンクスがやっていたことをいまも議論し続けているのは、“クソッタレ”的なことでは成功しなかったという事実があるからだ」

 「もうウンザリだ、俺の怒りは正当化される!」というアチチュード(姿勢)もあり、トランプ支持者のそれと似ているようにも聞こえるが、極端な比較をするのには慎重になる必要がある。似たような怒りのアクティヴィズム(行動主義)であっても、残酷ではない社会を求めて戦うことと、白人至上主義を支持して議会を襲撃することは同義ではない。だが、その原動力には似通ったものがある。どちらも怒りを原動力とするマシーンであり(“怒りはエネルギーだ”と言ったのは誰だっけ?)、いずれも無力感やある程度の個人的な承認欲求から生まれたものだ。彼らは信じられないぐらい複雑化する社会に方向性を与えると同時に、人びとの声を多数に分けて、それぞれに自分の主張を最も声高に叫ばせている。

 アイドルズは、多くの政治的な議論やレトリックには軋轢が存在することを認識しているようだが、団結を求める彼らの声(少なくとも彼ら側では)は、自分自身の真実を語るというタルボットの、本質的には個人主義的な必要性に、常に磨きをかけている。“Grounds”という曲のなかで、彼は批判者たちが建設的ではないと非難する。

勇敢なことや役に立つことなど何もない
お前はクソなたわごとを小個室の壁に書きなぐり
俺の人種や階級はふさわしくないという
だから俺は自分のピンク色の拳を振り上げ、
ブラック・イズ・ビューティフルと言う。

 タルボットにしてみれば、自分の人種や階級を理由に、自分が関心のあるイシューに貢献することを妨げられたくはないのだ。しかし他人は、タルボットのその思いには、白人のミドル・クラスの男性として、自分が選択したどの領域の誰の問題にも関わって指揮を執ることができるという、生まれながらの特権があると思っていると感じてしまう。さらにその結果として得られるキャリア上の利益の権利があると思っている、そのことこそが問題の核心なのだ。

 このような論争を、大きな視点から眺めてみれば、それほど重要なことではない── 「音楽は政治問題を解決できない」と言ったジェイソン・ウィリアムソンはおそらく正しいし、その延長線上にあるミュージシャン同士の政治的な不和はさほど重要ではない。しかし、音楽における政治の役割が、アーティストがいかに自分たちのオーディエンスにつながるかということに行きつくのだとすれば、スリーフォード・モッズとアイドルズは微妙に異なりながらも、かなりの程度、重なり合うオーディエンスに対して、非常に効果を発揮している── 一方は政治を辛辣でシュールな、時に自嘲的な日常の見解と織り交ぜ、他方は、あらゆる自制心を焼き尽くす、自分自身と信念に対する祝福のような主張をしているのである。


Class, Politics, Sleaford Mods and Idles

by Ian F. Martin

In an article for this site last year, I talked about the importance of politics in music — as a way for artists to connect with their audience’s lives, of enriching both their music and perspective on the world, and to build links with others organising outside the mainstream. One big issue that piece didn’t try to address, though, was what happens when the conflict inherent in politics enters art.

This, of course, is the reason many people try to avoid politics in their daily interactions — why we tiptoe around it with new coworkers, why we feel our stomachs tighten when an old high school friend drops a talking point favoured by our political enemies into the conversation, why we clash with family members after a few drinks have loosened our inhibitions. For me, the son of schoolteachers, who spends most of his time in a bubble of musicians, writers, artists and other creative people, it’s sometimes hard to imagine that my politics (socially liberal, economically left-leaning) aren’t the default for everyone, but a simple glance around the country I live in or the wider world proves that’s not true.

Within the music world, there’s plenty of division too, the lines of which become clearer the more open musicians are about their views. John Lydon of The Sex Pistols and PiL came out in support of Donald Trump during last year’s US elections; Ian Brown of The Stone Roses has been a vocal proponent of paranoid COVID-19 conspiracy theories; Ariel Pink and John Maus marched with the Trump supporters who invaded the US Senate in January; nuggets of racist idiocy continue to drop out of Morrissey’s mouth every time he opens it. What are they doing? Weren’t they one of us? Apparently “us” includes multitudes.

Even among people with apparently similar political outlooks, more subtle antagonisms can arise. The British groups Sleaford Mods and Idles are on the face of it quite similar — both delivering politically conscious, sharply worded lyrics critical of the British Conservative establishment, with music that evokes, albeit in very different ways, the twisted and distorted structures of post-punk. Nevertheless, they’ve had their disagreements, with the roots lying in class politics.

In 2019, Jason Williamson of Sleaford Mods criticised Idles for “appropriated a working class voice” despite coming from a far comfortable, middle-class background. The line these comments draw between Sleaford Mods and Idles isn’t a new one. Back in 1981, when German magazine SPEX asked Mark E. Smith from The Fall about Gang of Four, Smith’s criticisms came from a similar place:

“They preach the leftist ideas. They went to university and belong to the privileged class. The problem is that they pretend to know what the working class wants. But they haven't got a clue. Sham 69 knew what they were talking about and they were good. The English working class (including myself) find the music of the Gang of Four offensive, insulting, hurtful.”

There’s an issue relating to class politics here (and Jordan Peele’s 2017 movie “Get Out” takes aim at a similar dynamic in race issues) in how bourgeois liberals often dress themselves up in the struggles of the working classes to boost their own personal brands, in a way that typically ends up leaving the working classes right where they were, with even their own voice appropriated (and often watered down) by others. On “Nudge It” from Sleaford Mods’ recent album “Spare Ribs”, Williams says:

“I been out playin to this mindless abandon / This ropey idea about love and connection / Just stuck on silly ideas / ‘Cause it's all you can cook / You fucking class tourist / You mix your social groups up”

On a more fundamental level, of course, people who come across as preachy are always annoying, and the tendency of liberals and the left to be fussy and pompous about other people’s opinions seems to be part of what pushed John Lydon into the leathery arms of Trump. But then punk was arguably never a politically progressive movement to begin with: it was always reacting against something, and the line between reactive and reactionary is perhaps thinner than a lot of us want to believe. In the late-1970s, it was often reacting against a conservative establishment, but more fundamentally, it was reacting against any voices ordering them to be respectable.

Trump was a good punk president. A lot of his appeal lies in his ability to shuffle, shrug, mug and insult his way through life with no care for the consequences. There’s a liberation from responsibility in watching Trump’s disgracefulness that is similar to what punk gives — he doesn’t care about being respectable and he has a talent for blundering carelessly through any demands for subtlety or decorum. When he speaks, the details are always nonsensical, but the message is as catchy, simple and repetitive as a punk rock chorus.

It’s an instinct for simplicity that has enabled him and other far right figures to successfully co-opt anti-nationalistic songs by Bruce Springsteen (“Born in the USA”), Neil Young (“Rockin' in the Free World”) and Rage Against The Machine (“Killing in the Name”) to soundtrack a nationalist cause. They’re not stupid: they know these songs are aimed against them, but by simply refusing to see the subtlety in the message, they can erase it and claim the song for themselves through sheer weight of repetition, using the catchiness of the hooks to turn irony back against itself, drilling past its layers of sophistication and reclaiming the simple appeal that the song hangs from. The attitude of “Fuck you, I won’t do what you tell me” is at the heart of Trump’s appeal to his supporters.

Sleaford Mods are in a less brash sort of tradition. Williamson puts a great deal of importance on honesty about the place music comes from, and his talent is in his ability to communicate to people without a soapbox or pedestal. The song “Elocution” begins with the sarcastic opening line,

“Hello there, I'm here today to talk about the importance of independent venues. I’m also secretly hoping that by agreeing to talk about the importance of independent venues, I will then be in a position to move away from playing independent venues.”

You can read this as a criticism of Idles and other middle class rockers, but it’s perhaps just as much as a reflection of his anxieties about himself as he grows more successful, as his band gets invited to play larger venues, as he moves his family out from the neighbourhoods that he became famous writing about and into the suburbs. The line’s sarcasm aside, Sleaford Mods are strong supporters of independent venues, which have been hit badly by the pandemic, and in December 2020 contributed a song to a compilation album in support of the Independent Venue Week campaign.

Idles have also been vocal supporters of independent venues, and the 2021 music video for their song “Carcinogenic” was made to support local venues in their hometown of Bristol. The band and their PR machine certainly make a big show out of their cause, but how many venues in Bristol are complaining?

In a way, Idles vocalist Joe Talbot is just staking out his own sort of authenticity in a different territory from Williamson, many of his lyrics and pronouncements coming in the sort of confessional, slightly defensive voice usually encountered on the unsteady ground of social media, but grounded in a sort of positive-minded self-expression — he may not have an “authentic” backstory, but he’s true to himself. On “The Lover” from Idles 2020 album “Ultra Mono”, he addresses his critics in just this voice:

“You say you don't like my clichés / Our sloganeering and our catchphrase / I say, ‘love is like a freeway’ and / ‘Fuck you, I'm a lover’"

Part of the problem may also be that traditional divisions between working- and middle-class have been complicated by changes in society. Idles may not be working class themselves, but the angry yet celebratory voice of their music chimes with the growing class of university-educated, socially-conscious young people trapped in unsteady employment. Despite their struggles and increasingly dim futures, these new members of the recently emerged precariat have been derided as privileged students by a political and media establishment that prefers to see authenticity in twee, nostalgic 1950s fantasies of rural and working class life. They’re tired of being told that (for example) the countryside is more real than their world, when images of rural patriotism come straight off biscuit tins — tired of having their idealism sneered at and derided. To many people, Idles vocalist Joe Talbot cuts through these facile notions of “the real England” and offers a voice that acknowledges their frustration and anger.

“If you’re angry about inequality, you have to preach equality as an alternative rather than go, ‘Fuck you, you’re wrong,’” said Talbot in response to Williamson’s criticisms. “The fact that we’re still talking about the same stuff punks were dealing with in the 1970s means that ‘Fuck you’ thing didn’t work.”

There’s an attitude of “I’m tired of it, and my anger is justified!” that might sound similar to that of the Trump supporters. We should be wary of taking the comparison too far — similarly angry activisms, one fighting for a less cruel society and one storming the Senate in support of a white supremacist, are not the same thing — but there’s something similar in the dynamics. They’re both machines powered by anger (who was it that said “anger is an energy”?), both born from feelings of powerlessness, and also on some level driven from a personal desire for validation — to feel heard. They give people direction in a world that feels like it’s becoming impossibly complicated, but they also divide them into a multitude of voices, all trying to shout out their claims loudest.

Idles seem aware of the divisiveness of much political debate and rhetoric, but their calls for unity (on their own side at least) constantly rub up against Talbot’s essentially individualistic need to speak his own truth. In the song “Grounds”, he accuses his critics of being unconstructive:

“There’s nothing brave and nothing useful / You scrawling your aggro shit on the walls of the cubicle / Saying my race and class ain’t suitable / So I raise my pink fist and say black is beautiful”

To Talbot, he doesn’t want to be held back from making a contribution to issues he cares about simply because of his race and class. To others, though, Talbot’s annoyance at being told what it’s appropriate for him to say or otherwise may seem like a reflection of the core problem: that as a white, middle class man, he feels he has an intrinsic right to take command of any issue he chooses, on anyone’s territory, as well as the right to whatever career benefits that might accrue to him as a result.

When you look at disputes like this from a wide view, they’re obviously not that important — Jason Williamson is probably right when he says that “music can’t solve political problems”, and by extension of that, the political disagreements between musicians themselves are of little consequence. However, if the role of politics in music really comes down to how artists connect to their audiences, this is something both Sleaford Mods and Idles are doing very effectively to slightly different (but also to a large degree overlapping) crowds — one interweaving politics with caustic, surreal and often self-mocking observations of daily life, the other a celebratory insistence on itself and its beliefs that burns through all demands for restraint.

Sleaford Mods - ele-king

 最新作『Spare Ribs』がUKチャートの4位を獲得したスリーフォード・モッズ(アナログ盤のチャートでは1位)。そのことからも彼らの人気っぷりがうかがえるが……そう、イギリスでは『ガーディアン』がジェイソンに「好きなTV番組は?」「好きな小説は?」「好きな食べ物は?」と尋ねる記事まで出るくらいのスターなのだ。他のメディアでも彼らは大人気である。
 さて、アルバムから3本目となるMVが発売日の少しまえに公開されていたのを報じそびれていたので、紹介します。曲は “Nudge It”。レーベルメイトにあたるメルボルンのバンド、アミル・アンド・ザ・スニッファーズのヴォーカリスト、エイミー・テイラーが客演している。

 この曲で歌われているのは階級制度にたいする不満と、もうひとつ、労働者階級のことをわかったつもりになって語る、労働者階級じゃないひとたちへのフラストレイションだ。「想像してみてくれ。自分に限られたオプションしか残されていなくて、今週どうやってやり切るかもわからない。住みたくもないジメジメしたアパートの窓から外を見ると、気取った奴らが写真撮影してるんだ。“クールな建物じゃん。俺らは君らの痛みがわかるよ” ってね」と、ジェイソン・ウィリアムソンはコメントしている。
 スリーフォード・モッズは、リアルだ。

最新作『Spare Ribs』から新曲「Nudge It」MV公開!

スリーフォード・モッズの最新アルバム『Spare Ribs』は、2021年1月15日(金)世界同時リリース。日本流通盤CDには解説書が封入される。アナログ盤は、通常のブラック・ヴァイナルに加え、数量限定クリア・グリーン・ヴァイナルが同時発売。各店にて予約受付中。

label: BEAT RECORDS / ROUGH TRADE
artist: Sleaford Mods
title: Spare Ribs
release date: 2021/01/15 FRI ON SALE

国内使用盤CD
 RT0197CDJP ¥2,000+税
CD 輸入盤
 RT0197CD ¥1,900+tax
LP 限定盤
 RT0197LPE (Clear Green Vinyl) ¥2,600+tax
LP 輸入盤
 RT0197LP ¥2,600+tax

BEATINK.COM:
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