「AY」と一致するもの

Drone, Bengal Sound, Rocks FOE - ele-king

 ロンドンに「Keep Hush」という YouTube のライヴ配信チャンネルがある。UKガラージやグライムからハウス、テクノ、ディスコまで幅広いDJ、トラックメイカーがプレイする不定期番組で、Boiler Room や Dommune といった番組を思い浮かべてもらえればいいと思う。そういったライヴ配信チャンネルと異なるのは、彼らが「ロンドンの若手アーティスト」に焦点を当てている点と、毎回開催場所を変えて、秘密のロケーションでおこなわれる点だ。場所は開催直前に登録制のメールマガジンに配信される仕組みで、小さめの会場でおこなわれることもあいまってアットホームな空気が伝わってくる。また、配信時のザラついた質感は90年代のレイヴを意識しているのでは、と邪推したりした。

 そんな Keep Hush にて、〈Coyote Records〉が主催する夜には新鮮さと勢いを感じた。下の動画でプレイしているのは気鋭の若手アーティスト Drone だ。

Drone DJ Set | Keep Hush London: Coyote Records Presents

 Drone は自主作品のUSBに続き、2018年は〈Sector 7 Records〉から「Sapphire」をリリース、続いて〈Coyote Records〉から「Light Speed」をリリースした。

Drone - Light Speed
https://bit.ly/2P6ZlKx

 Keep Hush のプレイでもリワインドされた Drone の“East Coast”はサンプリングの声ネタ・金物が印象的で、組み合わせられるUKドリルを感じさせる、うねるようなキック・ベースにハイブリッドなセンスを感じる。

 さらに紹介したいのは、上にあげた Drone が何曲かプレイしている Bengal Sound。2018年にコンセプト作品『Culture Clash』をカセットでリリースしている。

Bengal Sound - Culture Clash

 全ての曲でボリウッド映画のサウンドトラックからサンプリングしており、ハイエナジーなベースラインにサンプリングされたローファイなホーンやパーカッションがとても自然にマッチしている。手法に関して言えば、Mala が『Mala in Cuba』でキューバ音楽を用いたのと比べることもできるが、こちらはよりローファイなカットアップ、ループ感はインストのヒップホップを思わせる。

 サンプリングという観点で最後に紹介したいのは、ラッパーでありトラックメイカーである Rocks FOE。ラッパーとしてもアルバムをリリースする傍ら、日本でも人気を集めるレーベル〈Black Acre〉から 140 bpm のインストゥルメンタル作品もリリースする。多くの作品でサンプリングを用いており(寡聞にしてそれぞれのサンプリング・ネタがわからないのだが……)、ホーンやディストーションされたシンバル、そして低く震えるラップは独自の怪しげな世界観を築いている。

2018年6月にリリースされた Rocks FOE のアルバム『Legion Lacuna』
https://rocksfoe.bandcamp.com/album/legion-lacuna

 こうしたザラザラとしたサンプリングをおこなったダブステップについては、2016年の Kahn, Gantz, Commodo による名盤『Vol.1』が思い起こされるが、その後のシーンについてはどうだろうか。〈Sector 7 Records〉を主催する Boofy はインタヴューでこのように述べている。「ダブステップには、(シーンを語る上で)欠かせない歴史もあるけど、いまお気に入りのアーティストはもうそういう「レイヴ・バンガーの公式」の教科書は気にしないでやりたいようにやっているよ」(Mixmag, Jan, 2019)

 近年のダブステップはサンプリングのセンス、音の組み合わせ方が新鮮さに満ちていて、常にインスピレーションを与えてくれる。

Sho Madjozi - ele-king

 南アフリカから2グループ。ゴム・ミニマルやゴム・ゴスペルなど南アのダンス・アンダーグラウンドはこの1年でどんどん細分化し、ゴムとトラップを掛け合わせたマヤ・ウェジェリフ(Maya Wegerif)も昨年デビューしたばかりだというのに早くもアルバムを完成、時にシャンガーン・エレクトロを交えつつ、不敵で闊達なフローがあげみざわ(と、思わず女子高生言葉)。アフリカのヒップ・ホップというとアメリカのそれに同化してしまう例がほとんどなので、アメリカのプロダクション・スタイルも消化した上で、こうしたフュージョンに挑むのはそれだけでも心が躍る。昨年、ゴム直球の”Huku”が注目されるまでは主にファッション・デザイナーとして活動してきたらしく、なるほど奇抜な衣装でパフォーマンスする姿がユーチューブなどで散見できる。アルバム・タイトルは南アの北端に位置するリンポポ州をレペゼンしたもので、ツォンガの文化をメインストリームに流し込むのが彼女の目的だという。ラップはツォンガ語とスワヒリ語、そして英語を交えたもので、「フク、フク、ナンビア、ナンビア、フク、ナンビア」とか、基本的には何を歌っているのかぜんぜんわからない。きっと「指図するな」とか「本気だよ」とか、断片的に聞こえる歌詞から察するに、若い女性ならではのプライドに満ちた歌詞をぶちまけているのだろう。楽しい雰囲気の中にも負けん気のようなものが伝わってくるし、いにしえのマルカム・マクラーレンを思わせる柔らかなシャンガーンの響きがとてもいいアクセントになっている。

 南アでも広がりを見せるヘイト・クライムは殺人事件に発展する例も少なからずだそうで、なぜか白人やアジア人は襲われず、南ア周辺から流れ込む他の国の黒人たちが暴力の対象になっているという。リンポポ州は南アの最北端に位置し、ジンバブエと国境を接している。先ごろ、軍事クーデターが起きるまでハイパーインフレで苦しむジンバブエの国民たちはかなりの数がリンポポ州に流れ込んでいた。ムガベ独裁が倒れたとはいえ、ジンバブエの状況がすぐに好転したとは思えず、人種的な緊張状態がまだ残っている可能性があるなか、アルバムのエンディングで「ワカンダ・フォーエヴァー」とラップするマヤ・ウェジェリフの気持ちにはそれこそ切実なものが感じられる。「ワカンダ」とは映画『ブラック・パンサー』で描かれた架空の国で、白人たちには知られなかった黒人たちによる文明国家のこと。あの映画のメッセージがアフリカの黒人たちを勇気づけている好例といえるだろう。全体にゴムの要素が強く出ている曲が僕は好きだけれど、とりわけ”ワカンダ・フォーエヴァー”は気に入っている。ちなみにムガベを国賓として迎えていたのは安倍晋三、軍事クーデターを裏で動かしたのは中国政府である。詳細は省くけれど、現在、ドナルド・トランプのヘイト・ツイートが南アの政治を再び混乱させたりもしている。

 モザンビークやナミビアといったヘイトの対象となっている黒人たちをサポート・メンバーに加えたバトゥックもセカンド・アルバムをリリース。ゴム以前のクワイトをダブステップと結びつけたスポエク・マサンボがプロデュースするヨハネスブルグのハウス・ユニットで、2年前のデビュー・アルバム『Música Da Terra』がアフリカ全体の音楽性を視野に入れていたのに対し、2作目は南アフリカのタウンシップ・サウンドに絞ったことで、起伏を抑えたUKガラージのような響きを帯びるものとなった(アルバム・タイトルの「カジ」はタウンシップの意で、音楽的な豊かさを意味する)。そして、哀愁と控えめな歓びが導き出され、おそらくはゴムを支持する層よりも中産階級にアピールするものとなっているのだろう。それこそ荒々しさを残したマヤ・ウェジェリフのような音楽的冒険には乏しいものの、このところ疲れているせいか、レイドバックした優しい音楽性が僕の心を優しく宥めてくれる。“Love at First Sight”は明らかに”Sueno Latino”を意識していて、コーラスが「お前の母ちゃん、お前の母ちゃん」に聞こえてしょうがない“Niks Maphal”だけがヒップホップというかエレクトロ調。ちなみにスポエク・マサンボが昨年リリースしたソロ・アルバム『Mzansi Beat Code』はもっとアグレッシヴな内容で、彼が今年の初めに参加したマリのワッスルーと呼ばれる民族音楽の歌手、ウム・サンガレ(Oumou Sangare)の『Mogoya Remixed』というリミックス・アルバムもとてもいい。サン・ジェルマンやアウンティ・フローなどアフロハウスの手練れが集結し、モダンなアフロ解釈を様々に聞かせてくれる。

 あんまり関係ないけど、南アでW杯が行われた際に流行ったブブゼラは中国製だったそうで、あっという間に人気がなくなってしまい、いまや南アでは在庫の山と化しているらしい。

interview with Laraaji - ele-king

 去る9月、ヴィジブル・クロークス以降のニューエイジ・リヴァイヴァルともリンクするかたちで、すなわちある意味ではベストとも言えるタイミングで単独初来日を果たしたアンビエント~ニューエイジの巨星、ララージ。そのこれまでの歩みについてはこちらの記事を参照していただきたいが、往年のファンから若者までをまえに、いっさいブレることなく独特の静謐なサウンドを披露してくれたララージ本人は、現在いくつかの位相が交錯しそのもともとの意味がよくわからなくなっている「ニューエイジ」という言葉について、どのように考えているのだろうか。興味深いことに彼は取材中、何度もそれが「実験」であることを強調している。つまり? 鮮やかなオレンジの衣装を身にまとって現れた生ける伝説、彼自身の言葉をお届けしよう。

ニューエイジは、ナウエイジという言い方もできる。「now」というのは「new」な状態がずっと続いているということだ。いまというこの瞬間が続いている状態が「new」なんだ。古くならないということだね。

いつもオレンジの衣装を身につけていますが、その色にはどのような意味があるのですか?

ララージ(Laraaji、以下L):私は太陽の色と呼んでいる。80年代の頭ころ、実験的にというか無意識にこういう色を着ることが多くなっていったんだ。私のスピリチュアル系の先生が言ってくれたことがあって、70年代くらいからこのサンカラーは、自分の内面を表出させる「イニシエイション」の色なんだそうだ。そもそもこの色には「炎」とか「自分を変える(トランスフォーメイション)」という意味合いもある。太陽が沈むことによって古い自分が滅し、太陽が昇るときに新しい自分が生まれる――そういう生まれ変わり、更新みたいなことを意味する。太陽の色にはそういう効果があるんだよ。それともうひとつ、自分が務めるサーヴィス、仕える自分としてのユニフォームでもある。真の自分、もしくはその周りの他の人たちのほんとうの姿に仕える自分だね。

そういったことを考えるようになったのはやはり、70年代に東洋の神秘主義に出会ったことが大きいのでしょうか?

L:東洋哲学に出会ったことで、それをどういうふうに実現していけばいいか、よりフォーカスを絞れた側面はあると思う。そもそも私はバプテスト教会育ちで、「ジーザスとは?」というような環境で育っている。ジーザスこそが理想だから、「ああいうふうになりたい、ああいう良き存在になりたい」と思って育ってきた。「良き存在」とはどういう存在かというと、周りの人のスピリットを昂揚させて昇華させてあげられるような、飛翔させてあげられるような、そういう存在になりたいということだけれども、それは人を笑わせることでもできる。それでコメディとか、役者の道を考えたりもしたんだが、70年代に具体的にメディテイションとか東洋哲学とかメタフィジックス(形而上学)みたいなものに出会い、それを知ることによって、もっと大きなスケールで何かを実現したり、人の魂を軽くするようなことができるんじゃないかと思うようになった。思考科学(サイエンス・オブ・マインド)とか、ポジティヴなものの考え方(ポジティヴ・シンキング)とか、そういうものをより追求するようになって、「これは音楽でもできるんじゃないか」と思うようになった。それでそのふたつの考え方にもとづいて音楽をやっていたらイーノとの出会いがあって、どんどん世界が広がって、繋がっていくことになるんだ。さきほど「他の人たちへのサーヴィス」という言葉を使ったけれど、「音楽で何か人の役に立つことができるんじゃないか」と思って活動していくなかで、ヘルプを求めている人が向こうから寄ってくるようになってきたんだ。それが私の音楽活動の流れだね。

現在の技術をもってすれば、たとえば車のなかでも大聖堂で聴いているような響きで音を楽しむことができる。ニューエイジとは、そういう新たなリスニング経験ができる時代という意味だ。

これはもう何度も訊かれていることだとは思いますが、あらためてイーノとの出会いについて教えてください。

L:私は当時プロデューサーを探していた。自分の音楽を導いてくれる人が欲しくてね。じつは当時はイーノの名前も知らなかったんだ。1978年、ニューヨーク・シティのワシントン・スクエア・パークで私は、目をつぶって、蓮座に脚を組んで、エレクトリック・チターを弾きながら、その音をパナソニックの小さなアンプから出して、演奏をしていた。演奏が終わると、チターのケースに入っているお金を数えた。一枚だけ、お金ではなくてメモが入っていた。読んでみると、それがイーノからの誘いの手紙だったんだ。いま自分は近くのヴィレッジに住んでいて音楽を作っているから訪ねてこい、と書いてあった。「一緒にやりたい」という趣旨のことが書かれていた。それでじっさいに行ってみた。1、2時間そこで話をしたんだけれど、アンビエント云々という話になったときに、私はそれがなんなのかまったくわからなかった。しかし一緒にやったらおもしろそうだとは思ったので、スタジオに入って、実験的にやってみることには合意した。その結果として生まれたのが、『Day Of Radiance』だった。

あなたの音楽もアンビエントと呼ばれることがありますが、それについてはどう思います?

L:それを拒絶するつもりはないよ。それでマーケティングがうまくいくなら、レコード会社が「それが良い」というなら、「どうぞ」と思う。私が音楽をプレイするときは、自分が置かれている環境に浸りきる。一緒に音楽を聴いてくれているリスナーが、音の鳴っている環境に自分を没入させるとでもいうのかな。そういうことができる音楽だという意味では、アンビエントという定義に合致するのかなとは思う。たぶん私がやる音楽は、聴こうと思って聴かなくてもその場に身を置くだけで何かが感じられるタイプの音楽だと思う。夢を見ているような感覚になるかもしれないし、もしかしたら聴きながらクリエイティヴな思想を巡らす人もいるかもしれないし、あるいは何も考えない無の状態になる人もいるかもしれない。そういうふうに、音の鳴っている環境がその人になんらかの影響を与えるというのがアンビエント・ミュージックであるならば、そういう意味においてアンビエントと呼ばれることはたしかにそうだと思う。けれども、もし自分で呼ぶのであれば、「美しいインプロヴァイゼイション音楽」、もしくは「実験的で神秘的な音楽」、そういった呼び方になるね。

他方でニューエイジと括られることもありますよね。その言葉についてはどうですか?

L:ニューエイジについては、「新しいリスニング体験ができる時代」という意味で捉えている。いまのテクノロジー、技術的な進歩によって可能になった、自分たちの耳で捉えることのできるサウンドのテクスチャーとか新たな聴き方があると思う。たとえば、みんな車のなかで聴いたり家で聴いたりすると思うけれど、より良い音でより良いテクスチャーでその音を体験できる時代がいまはある。それがニューエイジだと、私は思っているよ。その意味においてならニューエイジは(私の音楽に)あてはまる。それはいまは、もしかしたら耳だけではなくて身体で感じる音楽になっているのかもしれないし、トランスを感じさせてくれるようなものという意味なのかもしれない。たとえば現在の技術をもってすれば、車のなかで聴いていても、カテドラル(大聖堂)で聴いているような響きで音を楽しむことも可能だろう。そういう新たなリスニング経験ができる時代という意味だね。
 他方でニューエイジは、「ナウエイジ」という言い方もできるかもしれない。ようするに「いま」という時間がどこまでも持続するようなリスニング体験ということで、それを可能にしてくれる音楽に使われるのがドローンだったり、空間を活かした音作りであったり、いわゆるアンビエントと呼ばれる音楽だったりするわけだ。この音楽を聴いていると「いま」という時間が永遠に続くような感覚を味わわせてくれる。ナウエイジ・ミュージックというのも私の音楽にあてはまる言葉なのかもしれないね。

その永遠に続くかのような「いま」というのは、鳴っている音を聴いている(瞬間的な)「いま」ということでしょうか? それとも、もうちょっと広い意味での「いま」ということでしょうか?

L:「new=now」というか、いまというこの瞬間が続いている状態が「new」なんだと思う。古くならないということ。その状態を可能にしてくれるメディテイションとかトランスというものがあって、その間に味わっている「いま」というこの瞬間のことだ。それが永遠にずっと続いていくような感覚。でもじつを言うと、「new」も「now」も人間が作ったものではなくて、自然界のなかにすでに存在している、内蔵されている音の周波数みたいなものなんだ。精神性だよね。「now」というのは「new」な状態がずっと続いていること。そういう意味において、私の言うニューエイジ、ニューエイジ音楽というのはコマーシャルなニューエイジ音楽とは別物だね。私の言っているニューエイジは、それがロックだろうがジャズだろうが、あるいはまったく異文化の音楽でもよいんだけれども、たとえば西洋の人がはじめてガムランを聴いて体験したときに、まったく新しいと思うその感覚、それこそがおそらく私の言いたいニューエイジなのだと思う。
 たとえば、ある音楽でぜんぜん知らない意外な昂揚感を味わったとする。自分の身体から魂が離脱するような感覚を味わったり、それまで知らなかったヒーリングの感覚を味わったり、思いも寄らないイメージが自分のなかに沸いてきたり。そういうことをはじめて味わわせてくれる音楽があるとすると、その「はじめて」「新しい」という感覚がずーっと持続することこそが私の目指すニューエイジ音楽なんだ。他方ではコマーシャルなニューエイジ音楽というのもあって、それはそのときだけ新しければいいから、来月は違うものが、来年はまた違うものがニューエイジになっていく。ひるがえって私の音楽には、その新しい「いま」という感覚が永遠に続くトランス感やドローン感みたいなものがある。そういう意味でのニューエイジだ。ヒーリング体験にもいろいろあると思うが、既存のありがちなヒーリング体験でも、伝統的なヒーリング体験でもない、新しい癒しの体験を与えてくれる音楽だ。

レコード店がラベリングするようなコマーシャルなニューエイジにはある種の現実逃避というか、つらい現実から逃げる手助けをしてくれるようなニュアンスが負わされていることもあると思いますが、あなたのニューエイジにそういう側面はない?

L:そういった逃避的なものを提供するニューエイジ音楽は背骨のない音楽だね。ようするにオルタナティヴなクラシック音楽とか、あるいは実験的なクラシック音楽とか、いろいろな呼ばれ方をするクラシック系の音楽もそういう棚に並んでいると思うけれど、そこで作り手のミュージシャンに「ぜひこれをみんなに伝えたい」という強い思いがあれば、それはそれなりの音楽として表れるだろう。たとえば「ニューエイジ」という名前にカテゴライズされていなくても、ジャズ系の人で本当にヒーリングの力のあるコンテンポラリーな音楽を作っている人はいる。ただそういう人たちがやっていることは、「ニューエイジ」というオブラートに包んだような、安全な感じのする響きでみんなが安心して聴けるような、そういう音楽としてはみんなが認めていないのだろうね。「ニューエイジ」からは、「けっして洗練された耳を持たなくても、誰でも安心して楽しめる音楽ですよ」というようなニュアンスを私は感じる。私の言うニューエイジとは、ほんとうにチャクラからみなぎるエネルギーだったり感情だったり、そういったものに真に根差した音楽で、聴き手がアラスカの人だろうが台北の人だろうが理屈ではなく訴えかけてくるものを理解できる、そういう音楽のことだから、「ニューエイジ」の棚に行っても見つからないかもしれない。「ニューエイジ」の棚で見つかるのはまたべつの種類のものなんじゃないかな。

あなたの音楽にはそのときそのときの時代や社会の状況が映し出されていると思いますか?

L:答えはイエスだね。ただ、そうだな……時代そのものというよりも、時代にたいして自分がどうレスポンスしたいかという気持ちが表れているんだと思う。だから、ものすごく過激な時代であれば、私は逆に、自分の音楽でみんなをもっとリラックスするほうへと導いてあげたいと思う。そのような表れ方だね。

ということはやはり、あなたが活動してきた40年間は過激な時代だったということでしょうか?

L:たぶんそういうことだと思う。過激というのにもいろいろあると思うが、私が最近とくに思うのは、とにかく情報過多ということだ。みんなが歩きながらつねにiPhoneを見ているような状況がある。そうするとインフォメイションが一気にガーッと頭のなかへと流れ込んでくる。そういう時代だからこそ、音楽を聴いているときくらいは軽やかに、余裕のあるシンプルな気持ちになってもらいたい。音楽を作るときの私の目的は、そういった日常や世界の慌しさからシフトさせてあげられるような、そういうものを提供したいんだ。

みんなが歩きながらつねにiPhoneを見ている。情報が一気に頭のなかへと流れ込んでくる。そういう時代だからこそ、音楽を聴いているときくらいは軽やかに、余裕のあるシンプルな気持ちになってもらいたい。

これまでいろんな相手とコラボしてきましたが、2010年代に入ってからはとくに若い世代とのコラボが活発になった印象があります。また、10年代にはあなたの作品が数多くリイシューされるようにもなりました。なぜいまそのようにあなたの音楽が求められているのだと思いますか?

L:そういう話を振られるまで自分では考えたこともなかったな。おそらく私の初期の作品はイノセントで、いろいろと無邪気に探訪していた時代の作品だから、それがいまの若者の気分に合致するんじゃないかな。その罪のなさだったり遊び心だったり、あるいは当時はまったく洗練された機械を使っていなかったから、その垢抜けない感じだったり……言うなればトイ・ミュージック、楽しいおもちゃのような音楽だったからね、それがいまの20代や30代頭くらいの、いろんなことを疑問に思ったり問いかけたりしている世代の人たちにとって安心感があるというか、そういう人たちの気持ちに訴えたということなのかもしれない。私が「自分は何者なのか?」ということを探りあぐねていたころの音楽、それがぴったりくるというのはわかるような気がするね。あの頃の私は既成概念にとらわれず、「こういう音であるべきだ、こういうテクニックを使うべきだ」と言ってくるような権威にたいして、やんわりと反発しながら音楽を作っていて、箱からはみだしたいという思いがあった。その結果としての実験性だった。

いまでも音楽を作るうえで何かに反抗することはありますか?

L:そう言われてみると、いまは外に対して反逆・反抗するというより、自分のなかにガイダンスを求めるという状況になっているから、それが若い人たちに伝わっているのかもしれないね。私はつねに音楽をとおしてより高い導きを与えるということをやっているつもりだから、何を信じてよいかわからなかったり次の段階に進むにはどうしたらいいのか迷っていたりする人たちに、それが伝わるのかもしれない。私の求める高次のガイダンスのようなものが、音楽をつうじて彼らに伝わっている、それが若い人たちに喜ばれる理由かもしれないと、いま思ったよ。私自身は現在、何かに対して反抗するということは考えていない。むしろ自分のなかで、「より革新的でありたい」とか「実験的でありたい」とか、あるいはそのためにリスクを負うとか、そういうことを追求しながら音楽を作っている。洞察というべきかな。そういういま私のなかで起こっていることが、音楽をとおして若い人たちに訴えかけているということなのかもしれないね。

マシューデヴィッドの〈Leaving〉から音源がリイシューされたり、カルロス・ニーニョやラス・Gと仕事をしたりと、最近はLAシーンとの接点が目立つ印象があります。

L:LAというより、カリフォルニアかな。それらはどれも、私がライヴでカリフォルニアへ行って、そこで出会った人たちとの話のなかからはじまったプロジェクトなんだ。フレンドリーで、ほんとうに居心地のいい仲間たちだよ。気づいたらそうなっていたという感じだね。私から頼んだことはない。コンサートを見た人たちからEメールが来るようになって、という感じだな。

近年の作品ではサン・アロウとの共作がけっこう好きなのですが、それも自然ななりゆきではじまったものだったのでしょうか?

L:あれはツアー中のライヴ録りなんだよ。キュー・ジャンクション(Qu Junktions)が組んだツアーだったんだけれど、サン・アロウと一緒にまわっている最中に録った音源から良いところをとって作ったアルバムだ。

昨年はブラジルのサンバ歌手、エルザ・ソアーレスをリミックスしていましたね。

L:BBCで一緒にやったやつだな。スタジオの手配だった。実験プロジェクトのなかで一緒にやったものだ。インターネット配信で……ちょっと番組の名前が思い出せないが、BBCがアーカイヴしている。

最近注目しているアーティストや作品はありますか?

L:エリック・アーロン(Eric Aron)という人の作品。それとスティーヴ・ローチ(Steve Roach)、ジョン・セリー(Jonn Serrie)。エリックとジョンは、シンセサイザーの使い方が、自分がそのなかに身を置いていると気持ちが良くて、それにすごく冒険心がある。先見の明があるような気がするんだ。

長いあいだ音楽を続けてきて、機材だったり考え方だったりいろいろ変化した部分もあると思いますが、40年間あなたの音楽に一貫しているものはなんでしょう?

L:冒険だね。求める、探求する旅。本来の自分の姿をより深く知りたい、その思いで音楽を作っている、その旅、クエスト、これはずっと変わっていないと思う。そのために、静かな部分とか、いまを持続させるとか、そういうことを意識しながらやっていて、それはむかしから変わらないと思う。

 ちょっと感動的なセリフがあった。博物館の学芸員がヴィヴィアン・ウエストウッドのコレクションを差して「この服には歓びがあふれている」と解説したシーンである。パンク・ロックをそのような視点で見たことはなかった。厳密にいうと学芸員が指差したのはパイレーツ・ファッションで、パンク・ファッションではなかったけれど、ヴィヴィアン・ウエストウッドがデザインを手がけた時期としては近い時期のものであり、このドキュメンタリーでも初期のものはひとまとめにされ、とくに区別されているようにも思えなかった。これまで僕はパンク・ロックから「怒り」や「悲しみ」を感じ取ることはあっても「歓び」というキーワードを絞り出すことはなかった。でも、考えてみればそうなんだよな。ボディマップやパム・ホッグといったニュー・ウェイヴのファッション・デザイナーたちは明らかにヴィヴィアン・ウエストウッドから「歓び」を受け継いでいる。パンク・ファッション=コンフロンテイション・ドレッシングから「怒り」や「悲しみ」を引き継いだファッション・デザイナーもいたのかもしれないけれど、どちらかというと僕の目はレイ・ペトリのバッファロー・スタイリングやスローン・レンジャーとして語られるダイアナ妃に向いていた。ボディコンやカラスよりもロンドンのファッション界に多大なインパクトを残して33歳で夭逝したリー・バウリーの方が派手で面白そうだったし、それこそ僕が「歓び」に反応していた証拠だったということになる。ウエストウッド自身が、そして、「バック・トゥ・ヴィクトリア」という伝統回帰へ反転してしまった経緯はここでは語られない。それはファッションのみならずイギリスの文化史にとって大きな転換点をなすものだったと思うのだけれど、ヴィクトリア回帰は誰もが当然のことといった調子でドキュメンタリーは進められていく。それどころか、「セックス・ピストルズについて語るのは辛い」といってウエストウッドは、しばし、口を噤んでしまうのである。え、もしかしてパンクについてはウエストウッドは語らないのかと、僕はちょっと焦ってしまった。

 話を戻そう。パンフレットによると、ヴィヴィアン・ウエストウッドというのが「人の名前だとは知らなかった」という若い人もいるらしいし。
 ローナ・タッカーによるドキュメンタリー・フィルムは労働階級出身のヴィヴィアン・イザベル・スウェアが平凡な結婚生活に「知的な欲求が満たされない」といって別れを告げるところから始まる。部屋の中央に座らされたウエストウッドは最初の結婚相手だったウエストウッド姓をそのまま名乗り続けることになるものの、あらゆる回想についてどこか面倒臭げであり、著名人にありがちな「前しか見ていない」というクリシェで覆い尽くされている。それこそ聞き飽きた台詞である。しかし、そうは言いながらウエストウッドはしっかりと過去を回想し始める。ここは監督の粘り勝ちなのだろう。パンク・ロックについても結局はウエストウッドは細かいことも語り尽くす。雇った人やどのようにしてブティックを運営していたかという側面から語られる「レット・イット・ロック」や「セディショナリーズ」の話はリアリティがあって、これまで「伝説の」という浮ついた接頭辞がお決まりになっていた世界から固定観念をあっさりと解放してくれる。そして、それはある意味、現在のワールドワイドになったウエストウッド・ブランドまで地続きの話にもなっている。自分の目の届かない範囲まで店の規模を大きくしたくないというウエストウッドはなぜか日本とはライセンス契約を結び、中国への出店は計画段階で自分で潰してしまう。ヴィヴィアン・ウエストウッドが大企業の傘下に入らず、インディペンデントを貫いているからできるのかもしれないけれど、このドキュメンタリーでは金の流れも明快に説明されていく。パンク・ファッションで注目された後、1985年には子どもを育てる金がなくて生活保護を受けなければならなかったという説明ともそれは対応し、なんというか、最後まで観ると、お金がなさすぎることもありすぎることもこの才能を潰せなかったんだなという感慨が僕には残るしかなかった。同じくイギリスの靴職人であるマノロ・ブラニクのように産業とはかけ離れた次元で靴を作っていられれば楽しいというスタンスともぜんぜん違う。ウエストウッドは、だから、芸術家というのともちょっと違うのではないか。


 しかし、このドキュメンタリーでもっと驚いたのは夫であるアンドレアス・クロンターラーとの関係や、ケイト・モスが最後にほのめかすLGBT的な世界観だろう。この辺りは観る人の楽しみにしてもらいたいので、ここでは省略。あまりにも内容が多岐に渡るので、なるほどパンク・ロックのことを省略しても話は成り立つのだなと思うけれど、後半部分では、さらにウエストウッドの政治活動に焦点が当てられていく。アクティヴィストのウエストウッドが大きな関心を払っているのが環境問題で、グリーンピースと共に南極の氷を視察に行き、ロンドンのパラリンピックで保護を訴える垂れ幕を掲げ、シェールガスの掘削に抗議してキャメロン首相の別荘に戦車を乗り付ける(パンフレットには首相官邸とあるけれど、これは誤り。シェールガスの掘削に関してはハッピー・マンデーズのベスもこれを阻止しようとして議員に立候補したことがあった)。そして、なにげないシーンだったけれど、70代後半という年齢にもかかわらずウエストウッドは自動車を使わず、自分の店から自転車で帰っていく。カメラが回っている間はずっと不機嫌で威張りちらしているイヤなババアだけれど、自転車で走っていくシーンにはさすがに参りましたというしかなかった。この作品、原題は「パンク、アイコン、アクティヴィスト」なんだけれど、できれば「戦車と自転車」にして欲しかったなーという感じ。
 ちなみに『戸川純全歌詞解説集 疾風怒濤ときどき晴れ』を編集している時に「初期パン」という単語は読者に分かりづらいので「初期パンク」に直していいですかと戸川純さんに訊いたところ、「初期パン」だけは譲れないと言われてそのままにしました。「初期パン」、すなわちヴィヴィアン・ウエストウッドである。

『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』予告

My Penis is Made of Dogshit - ele-king

 ウータン・クランの『Once Upon A Time In Shaolin』は音楽の大量消費に抵抗するため1部しかコピーがつくられず、これが美術品としてオークションにかけられるというリリース形態を経たのち、2億円で競り落とされたことはヒップホップ・ファンならよく知るところだろう(複製をつくってもいいのは88年後だとか)。誰も聞いたことがないから定かではないけれど、同作にはシェールのようなミュージシャンだけでなくFCバルセロナのサッカー選手だとか、様々なゲストが参加しているらしく、174ページに及ぶブックレットも付いているという。ファレルの曲が1億円で売り買いされていることを思うと2億円というのは意外と安いのかなとも思うけれど、これを競り落としたのはマーティン・シュクレリという人物で、『Once Upon A Time In Shaolin』を競り落とした翌年に証券詐欺罪でFBIに逮捕され(懲役7年)、彼が経営する製薬会社が開発した薬の製造権をあまりにも高く設定したことで「アメリカでもっとも憎まれている男(the most hated man in America)」と呼ばれる起業家である。高校中退以降の学歴も定かではなく、その後はトレーダーたちが興味を惹かれるエピソードにも事欠かない。「強欲の典型(poster child of greed)」を自称しながら、バーニー・サンダースの思想には共鳴しているとして多額の寄付も行っている。シュクレリはカニエ・ウエストによる形を変えていくアルバム『The Life of Pablo』も10~15億円で単独所有権を得たいと持ちかけたそうで、先の大統領戦においてはもしもヒラリー・クリントンが当選すれば『Once Upon A Time In Shaolin』を叩き割り(このアルバムにはバック・アップ・データが存在しない)、ドナルド・トランプが当選したらフリーダウン・ロードですべて公開すると発表したものの、実際にトランプが当選しても1曲しか公開はしなかった。この、あまりに不可解で現代的な人物をテーマにしたのがマイ・ペニス・イズ・メイド・オブ・ドッグシット(あえて訳しません)の新作である。ニューヨークを起点とするロー・ファイ・ジャズ・バンド……とひとまずは分類しておこう。

 前衛音楽にあまり理解がない僕としては彼らの初期作は正直、聴くに耐えない。ガチャガチャいってるだけでうるさいだけだし、中には1秒しかない曲とかはやめて欲しいし。ただし、タイトルにはユニークなものが多く、「イエスは遠くで高笑い」「巨大な皮下注射器によってソドム化されつつ、銃口でサンタクロースを楽しませなければならないG・G・アリン」「君はこの曲をスポティファイで見つけることはできない」「グレン・フライは死んだけど、イーグルスのその他大勢はまだ生きている」と挑発的なものしかなく、曲名の90%以上にはブラック・メタル仕込みの「サタン」という単語が入っている(「ケンドリック・ラマーは退屈だ」というのも悪魔主義に由来するのだろう)。あるいは『Satan's Pregnant Again』がいきなり女性ヴォーカルをフィーチャーしたフォーク・ソング集だったりして途中から音楽的脈絡もなくなってしまい、2013年に『The Essential My Penis Is Made Of Dogshit』として初期作をまとめた後、現代音楽のカヴァー集『My Penis Is Made Of Dogshit Plays The Modern Classical Greats』をリリースしたあたりから様相が変わりはじめる。同作の1曲目はジョン・ケージでおなじみ“4分33秒”で、しかしこれは無音でもなんでもなく、2曲目のテリー・ライリー”In C”もだいぶ前衛的に崩していて、どことなく昨今のミュジーク・コンクレート回帰をバカにしているムードが漂いはじめると、ギャビン・ブライアーズ”Jesus' Blood Never Failed Me Yet”、スティーヴ・ライヒ”come out”と現代音楽を次から次へとスカムでトラッシーな世界観へと投げ込んでいく。そして、トニー・コンラッド”Early Minimalism”はややシリアスながら、ラストの“The Sinking of Titanic”ではついに奇妙なまでの抒情さえ立ち上がってくる。ロシアで新たに起きているナショナリズムの台頭を扱ったチャールズ・クローヴァーによる著作のサウンドトラックだという『Santa Gets An Abortion』ではクリスマス・ソングや「禁じられた遊び」などポップ度を増し、一見正統派のジャズに取り組んだ『Satanic Jazz』にはもはや戸惑うしかない。そのようにして少しずつ存在感を高めていった時期に平行して勝手に『LateNightTales』と題してロバート・ワイアットやハイプ・ウイリアムズ、カエターノ・ヴェローゾやオノ・ヨーコの曲を配信したり、同『Vol. II』ではペンギン・カフェ、カン、ビル・ドラモンド、チャーリー・パーカーをピック・アップし、後にはやはり勝手に『DJ-KiCKS』と題してアクトレスやムーディマン、マウス・オン・マースやダイアナ・ロスの曲をDJミックスしてバンドキャンプに上げているのは大丈夫なんだろうかという心配も。スポティファイにはこの年末にSZAのデモやクイーン・カーターの名義でビヨンセの曲がありもしないアルバムとしてアップされて騒ぎとなったばかりなので、ストリーミング時代における著作権をどう考えるかというアート的な問いかけなのかもしれないけれど(?)。

 そう、2015年にリリースされた『Anal Fissures』は酔っ払いの鼻歌のような「悪魔にはお酒が必要」で始まり、アートといえばなんでも許されるのかというような曲が並び(つーか、基本的には会話ばっかり)、2016年の『Eternal Cuck』ではネオ・アコとスカムのクロスオーヴァーへと舞い戻り、この人たちのやりたいことはどうもわからないと思っていたところにフィジカル・オンリーでリリースされた『The Crucifixing Aidsrape of Martin Shkreli』がとんでもなかった。イントロとアウトロのようにして短い曲「マーティン・シュクレリの悪魔的な呼び出し」と「マーティン・シュクレリの愉快で凄絶な死の後に訪れる世界の治癒」が置かれてはいるものの、メインとなるのは80分近い「マーティン・シュクレリの命運が尽きる時、6台か7台のピアノを使って悪魔がマーティン・シュクレリを磔にする」で、これはタイトルにある通り、複数のピアノが美しくもどこか不協和音を響かせながら、不条理なムードを延々と奏で続けていく。いわゆる無調音楽というやつながら、時にドラマティックな高揚があり、めくるめく高音の乱舞にはシェーンベルグがバリアリック・ミュージックを作曲したようなイメージの退廃と狂気が横溢し、先にあげた『DJ-KiCKS』に“スエーノ・ラティーノ”のデリック・メイ・リミックスをミックスしていたことがなるほどと思えるような曲になっている。それこそパク・チャヌクの作品に通じている方はオムニバス映画『美しい夜、残酷な朝』で彼が展開した拷問シーンの美しさを想起していただきたい。指を一本ずつ切り落とされるプロセスにどうしようもなく見入ってしまう、あの美意識の強さと正気を捨てた正義の恐ろしさ。あれがそのまま音楽になっているような飛躍がこの曲には宿っている。そして、流れるような演奏は最後にディレイを効かせて、まるでスクリュードされたようなエンディングへともつれ出していく。かつてパット・マーラーはインディグナント・セレニティの名義でワーグナーをスクリュードさせ、思いもよらないアンビエント・サウンドを導き出したものだけれど、この曲もまたそうした種類の発明に近いものだろう。それにしてもこれまでさんざん悪魔だ、サタンだと悪ぶってきた連中がマーティン・シュクレリをヒューマン・ガービッジト呼び、富裕層に対する怒りをここまで燃え上がらせるとは。もしかして世界はフランス革命前のムードなんでしょうか(?)。

 ちなみに、このアルバムは「ニューヨークと世界の衰退を代表するクソ野郎に対する純粋な憎しみ」を表現したものであり、配信はなく、CDの収益はすべてマーティン・シュクレリとは対立するライフスタイルのために使われるとのこと。歌詞ではシュクレリの電話番号と住所が読み上げられ、アルバム・タイトルにあるAidsrapeなどという単語は存在しない。

KTL - ele-king

 KTLのサウンドはロックと電子音楽における「消失と咆哮」の先に鳴り響く壮絶なドローン音響空間である。どこか原子の生成を思わせる物質的な電子音と、まるで宇宙の発生を想起させるような強靭なノイズが、高密度かつ高感度に並走・融解し、聴き手の音響空間へと浸食・制圧し、耳を、その脳を、その空間を、その磁場を、その重力を震動させるだろう。音のバロックと、その崩壊のようなドローン・ノイズ。
 00年代以降に勃興したドローン作品の中でも、アンビエントなサウンドにはならず、リスナーの聴取空間に制圧感覚をもたらすという意味で、ドゥーム/ノイズの強靭さとグリッチ・ノイズ/電子音響の刺激を合わせ持つ類まれなユニットといえよう。

 それもそのはずだ。ご存じの方も多いだろうしいまさら多くの説明は不要かもしれないが、このKTLは、あのサンO))) のスティーヴン・オマリーと、電子音響作家ピタにして〈Editions Mego〉主宰のピーター・レーバーグのユニットである。彼らはオリジナル・アルバムを5作リリースしている。まず2006年に『KTL』、ついで2007年に『2』、さらに同年にはEP「3」、そして2008年に『IV』(ジム・オルークによるプロデュース)、2012年に『V』(マーク・フェルがアートワークを手掛けている)を発表する。ライヴ音源なども多くリリースされているが、アルバム・ナンバーを冠したオリジナル・アルバム(EP)は、〈OR〉リリースのEP「3」を除き、これまではピタの〈Editions Mego〉からリリースされてきた。
 しかし新作『The Pyre: Versions Distilled To Stereo』は現在絶好調のリリースを仕掛けるフランスの〈Shelter Press〉からとなった。これには驚かされたが、しかしアートと音響を越境するこのレーベルならば、KTLと結びつくのは必然ともいえる。
 じじつ、本作は、フランスの振付家ジゼル・ヴィエンヌ(Gisèle Vienne)の舞台/ダンス作品『The Pyre』のために制作されたという越境型の音響作品である。その意味ではサウンドトラック盤に近いアルバムかもしれないが、しかし、本作の音には彼らの新しい音響的境地が凍結されており、やはり「オリジナル・アルバム」にもカウントすべき作品にも思えた。あえていえば「硬質/静謐」の生成である。
 音はパリのIRCAMで制作された。舞台はマルチ・チャンネル作品らしいが、本レコード用にKTLの手によってステレオ・ヴァージョンにエディットされている。ミックスをサンO))) の共同プロディースを手掛けている音響作家ランドール・ダン、そしてマスタリングを名匠マット・コルトンが手掛けている点も注目したい。

 前作『V』は2012年リリースなので、なんと6年ぶりのアルバムだ。2018年末は注目すべきエクスペリメンタル・ミュージックが多数リリースされているが、その中でも重要作品といえる。モダンな舞踏作品の音響音楽だが、そのサウンドの肉体への拘束力が、身体が発する重力に抗いたいという意志にシンクロするような音響となっているのだ。時代の先端的なモードを疾走するような「最新音楽」は、抵抗とシンクロを同時に生み育てるものだ。そこにおいては「重力」への抗いこそが、音楽の抵抗とシンクロのアナロジーとなる。このKTLの新作も「最新音楽」のテーゼを象徴するように、新しいアトモスフィアを生成しているように感じられるのだ。
 さらに本アルバムの音は、これまでのKTLと比べて、冷たい鉄のように静謐なのである。轟音の先に漲る硬質でスタティックかつマテリアルな音の生成とでもいうべきか。仏「IRCAM」録音ということもあるが、その鉱物的ともいえる電子音は、まさにピエール・シェフェール、ピエール・アンリなどフランスの電子音楽とミュジーク・コンクレートの伝統に即した音響ともいえよう。同時にその音響は過去の伝統という重力も強く振り払う。肉体と重力からの解放をテーゼとするモダンなコンテンポラリー・ダンスの音楽をベースとした作品としては、完璧な音響を構築しているとすらいえる。これもまた肉体/重力への静かな抵抗の意思の表出といえないか。

 アルバムには全5曲が収録されており、全体でひとつの大きな流れを作っている(ベースが舞台作品の音響音楽なのだから当然だろう)。どの曲もガラスのように透明で、その砕け散った破片のように鋭利で、澄んだ早朝の空気のように清冽でもある。電子音が、波のようにダイナミックに、かつ繊細な変化と生成を行い、聴き手の脳内にインプリティングされている反復という概念を静かに拡張していく。それは確かにピエール・アンリやシェフェールを思わせるオーセンティックな電子音楽のようでもあり、シェーンベルクやヴェーベルンなどの20世紀型の無調の弦楽曲のようでもあり、轟音が過ぎ去ったあとのノイズ/ミュージックのようでもあり、そのどれでもない。「形式」という状態に束縛されてはいないのだ。ここにおいて重要なのは意識への新しい作用とムードの生成にある。

 特にアルバムの最終楽曲にして10分36秒に及ぶアルバム中最大の長尺曲“SuperMellow”は圧倒的な聴取体験をもたらしてくれる。静謐にして、しかし空気を一気に支配してしまうような電子音と具体音の折り重なりは、宇宙の秘密を垣間見るような強烈な音響空間だ。静謐な空間にいくつもの音が舞うように鳴り、生れ、舞う。やがてそれらの音はダイナミズムを増していき、ノイズへと生成変化を遂げる。その刹那、それらの音たちは、「過去」になっていくだろう。まるで「重力」を振り払うように。あたかも「光」の発生のように。もしくはマーラーの交響曲のコーダのように。ロマンティックな時代が終焉し、光と速度の世界へと変わることを宣言するように。
 それはむろんこの曲だけに限らない。このアルバム全体に漲る音響運動には、地上の「重力」に抵抗する強い意志=芯があるように感じられる。踊ること、舞踏は、まさに重力への抗いであろう。KTLのこのアルバムは、そんな意志に見事にシンクロしている。それはサウンドのエディットがもたらす時間の変容感覚ゆえだろう。そう、透明な光のごとき美的完成度と強靭さを称える最新の音響音楽がここにある。

ジム・オルーク - ele-king

 ジム・オルークはいかなる音楽ジャンルもマスターできる人だと立証する必要がもっとあるとしたら、アンビエント/エレクトロニック音楽に焦点を絞った新レーベル〈ニューホェア・レーベル〉から6月にリリースされた『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』は確実にその証拠をもたらしてくれる1枚だ。豊かな質感を備え、ときに驚くほど耳ざわりなサウンドから圧倒的で不気味な美の感覚を作り出す音楽作品『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』は、パワフルで心を奪う。

 そのアルバムをライヴ・パフォーマンスへと置き換える行為には常にチャンレジが付きまとうもので、というのもライヴ会場のリスニング環境次第でその音楽経験も変化するからだ。エリック・サティが開拓しブライアン・イーノによって統合された本来のアンビエント・ミュージックは「音楽的な家具」――すなわちその聴き方に特定のモードを押し付けてこない音楽だった。しかし、数多くの観衆がひとつのホール内に囲い込まれ、立ったまま、ステージを見つめながらの状態で集団としてアンビエントのパフォーマンスを体験するというのは、そうしたライヴ環境そのものの性質ゆえに、音楽をとある決まったやり方で味わってくださいと求められることでもある。
 
 それだけではなく、2年越しでまとめられ、『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』を形作っていくことになった繊細にバランスがとられたテクスチャーと音の重なりとを、このライヴ・パフォーマンスがそっくりそのまま再現するはずがない。ジム・オルークのようなミュージシャンは、いったん自分の中から外に送り出してしまった作品を再び訪ねたり再構築しようという試みくらいでは満足できない、変化を求め続けるアーティストである点も考慮に入れるべきだろう。そもそも、彼のおこなったアルバムのライヴ解釈の演奏時間はCD版の倍の長さであり、ルーズな構成の中に新しいサウンドやアイディアを盛り込みつつ、それでもアルバムに備わっているのと同じ音響面での文法のいくつかはちゃんと維持している、そういう内容なのだから。

 アンビエント・ミュージックの本質はロックのリズムを否定するというものではあるが、『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』には特有のリズムがあり、完全な静寂の瞬間とは言い切れないものの、それにかなり近いものによって句読点を記されながら、そのリズムは満ち欠けしていく。アルバムにはキーとなるふたつの静止場面があり、そこで聴き手は可聴域のぎりぎりのところで音や振動波を探しまわることになるのだが、音楽はごく漸次的で慎重なペースでもってしか耳に聞こえるレヴェルにまでこっそりと忍び戻ってはこない。ライヴの場でも、同様に静寂がたゆたうプールふたつの存在がパフォーマンスの構成を定義するのを助けていた。それでも会場のウォール&ウォールに訪れたそうした静寂の瞬間は、スタジオに生じる漠たる静寂にはなり得ない──それは屋根で覆われたコンクリートの箱の中にめいっぱい詰まった、たくさんの押し黙った身体が懸命に息をひそめようとしている、そんな場に生まれる静けさの瞬間だ。

 音源作品としての『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』とオルークがしょっちゅうやっている「スティームルーム・セッションズ」のオンライン・リリースとの関係が、少なくとも同アルバムに何かしらの痕跡を残しているらしきことは、オルークが「スティームルーム」で発表されたもののいくつかはある意味『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』の「できそこねたヴァージョンなのかもしれない」と示唆していることからもうかがえる。今年6月にあのアルバムが発表されて以来、「スティームルーム」からは他にもう2作が浮上してきているし、これらの新音源に備わった遺伝子が、音楽をまた新たな何かに変容させつつあるという印象を抱かされる。そこから生まれるのは刻々と変化する奇妙な日没、ぼんやりとした、歪んだ「蜃気楼(Fata Morgana)」(※)が溶け出し、彼方に浮かぶサブリミナルな拍動へと組み変えていくようだ。

※筆者補遺=Fata Morganaは蜃気楼(訳者註:アーサー王物語に登場する魔女・巫女Morgan le Fay=モーガン・ル・フェイにちなみ、イタリア読みがファータ・モルガーナ。水平線や地平線上に見える船や建物などの「上位蜃気楼」を意味する)を意味する言葉だが、このパフォーマンスとも関係がある。オルークの演奏中、その背景には異星の景色っぽく見える歪曲されたヴィデオ・プロジェクションが流れていたのだが、友人はその映像の元ネタはヴェルナー・ヘルツォークの映画『蜃気楼(Fata Morgana)』(1971年)ではないかと指摘していた。


Jim O'Rourke

Live@Wall & Wall Aoyama, Tokyo
17th Nov, 2018

text : Ian F. Martin

If the world needed any further evidence of Jim O'Rourke's ability to master any musical genre, the release in June of Sleep Like It's Winter for new ambient/electronic-focused label Newhere Music provided it in spades. A richly textured piece of music that creates an overwhelming sense of eerie beauty out of sometimes surprisingly harsh sounds, Sleep Like It's Winter is a powerful and captivating album.
Turning it into a live performance was always going to provide challenges, due to the way a live listening environment changes the experience of the music. Ambient music as originally pioneered by Eric Satie and consolidated by Brian Eno was musical furniture – music that doesn't insist on a particular mode of listening. However, a large crowd of people all corralled into a hall to experience an ambient performance collectively while standing, facing the stage are by the nature of the environment being asked to consume the music in a certain way.
There's also no way a live performance is going to recreate exactly the delicately balanced textures and layers that over the course of two years combined to form Sleep Like It's Winter, and you've got to guess a musician like Jim O'Rourke is too restless an artist to be satisfied attempting to revisit or recreate a work he has already got out of his system. For a start, his live interpretation of the album is twice as long as the CD, incorporating new sounds and ideas into a loose structure that nevertheless retains some of the same sonic grammar as the album.
While the nature of ambient music is that it rejects the rhythms of rock music, Sleep Like It's Winter has a particular rhythm of its own, waxing and waning, punctuated by moments of, if not exactly silence, then something quite like it. The album features two key moments of stillness, where your ears are left to hunt for tones and frequences at the very edge of your hearing, the music creeping back into the audible range at only the most gradual and deliberate pace. Live, two similar pools of silence help define the structure of the performance, although at Wall & Wall, these moments cannot be the silence of the studio: they are the silences of a high-ceilinged concrete box filled to capacity with quietly shuffling bodies, trying not to breathe.
The relationship between the recorded form of Sleep Like It's Winter and O`Rourke`s frequent Steamroom Sessions online releases appears to have left at least some mark on the album, with O'Rourke suggesting that some of the Steamroom releases might be in part “failed versions” of Sleep Like It's Winter. Since the album's release in June, two more Steamroom releases have emerged, and it feels like the DNA of these new recordings has gone to work mutating the music into something new. The result is an ever-shifting alien sunset, a blurred, distorted Fata Morgana dissolving and reformulating to a distant, subliminal pulse.

The reference to "Fata Morgana" is maybe a bit difficult to translate. Of course the phrase has a meaning in relation to optical illusions and visual distortions in the atmosphere. However, it's also relevant to Jim's performance. While he was playing, there was a distorted video projection of what looked like an alien landscape, and I was talking to a friend about it who thought it looked like the original clip was from the Werner Herzog documentary movie called "Fata Morgana" . I don't know how you'd translate that, but there is a kind of double-meaning in the phrase.

追悼 ピート・シェリー - ele-king

 近頃はみんながハッピーだ
 僕たちはみんなそれぞれのインスタグラムでポップ・スターをやっていて、最高に楽しそうな、もっとも自己満足できるヴァージョンの自らのイメージを世界に向けて発している。僕たちは文化的なランドスケープの中を漂い、愉快そうでエッジがソフトな人工品に次から次へと飛び込んでいく。そこでは硬いエッジに出くわすことはまずないし、蘇生させてくれる一撃の電気を与えることよりもむしろ、締まりのない、無感覚なにやけ笑いを引き起こすのが目的である音楽に自分たち自身の姿が映し出されているのに気づく。

 近頃では、バズコックスにしてもポップ・カルチャーのほとんどに付きまとう、それと同じ麻痺した喜びのにやけ顔とともに難なく消費されかねない。ノスタルジーの心あたたまる輝き、そして40年にわたって続いてきたポップ・パンクのメインストリーム音楽に対する影響というフィルターを通じてそのエッジは和らげられてきた(AKB48の“ヘビーローテーション”はバズコックスが最初に据えた基盤なしには生まれ得なかったはずだ、とも言えるのだから)。ピート・シェリーとバズコックスはファンタスティックなポップ・ミュージックの作り手だったし、その点を称えるに値する連中だ。

 だがもうひとつ、ポップ・ミュージックはどんなものになれるかという決まりごとを変えるのに貢献した点でも、彼らは称えるに値する。ザ・クラッシュとザ・セックス・ピストルズの楽曲が、それぞれやり方は違っていたものの、怒りや社会意識と共に撃ち込まれたものだったのに対し、バズコックスは60年代ガレージ・ロックの遺産を労働者階級系なキッチン・シンク・リアリズムの世界へと押し進め、十代ライフのぶざまさを反映させてみせた。彼らのデビュー作『スパイラル・スクラッチEP』に続くシングル曲“オーガズム・アディクト”は自慰行為の喜びを祝福するアンセムだった(同期生のジ・アンダートーンズも同じトピックをもうちょっとさりげなく歌ったヒット曲“ティーンエイジ・キックス”で好機をつかんだ)。そのうちに、ハワード・ディヴォートがマガジン結成のためにバンドを脱退しシェリーがリード・ヴォーカルの座に就いたところで、“ホワット・ドゥ・アイ・ゲット?”や“エヴァー・フォールン・イン・ラヴ(ウィズ・サムワン・ユ―・シュドゥントヴ)”といった歌では欲望というものの苦痛を伴う複雑さを理解した音楽作りの巧みさを示すことになった。

 バズコックスだけに焦点を絞るのはしかし、ピート・シェリーの死を非常に大きな損失にしている点の多くを見落とすことでもある。バンド結成の前に、彼はエレクトロニック・ミュージックで実験していたことがあり、その成果はやがてアルバム『スカイ・イェン(Sky Yen)』として登場した。そして1981年にバズコックスが解散すると、彼はシンセサイザーに対する興味と洗練されたポップ・フックの技とを組み合わせ、才気縦横でありながらしかしあまり評価されずに終わったと言えるシンセポップなソロ・キャリアを、素晴らしい“ホモサピエン”でキック・オフしてみせた。

 シェリーはバイセクシュアルを公言してきた人物であり、概して言えば満たされない欲望やうまくいかずに終わった恋愛といった場面を探ってきたソングライターにしては、“ホモサピエン”でのゲイ・セックスの祝福は一見したところ彼らしくない直接的なものという風に映った。ここには事情を更に複雑にしている層がもうひとつあり、それは当時の一般的な英国民が抱いていたホモセクシュアリティは下品で恥ずべきものという概念を手玉にとる形で、シェリーがホモセクシュアリティを実に喜ばしいロマンチックなものとして描写した点にあった。言うまでもなくBBCは躍起になってこの曲を放送禁止にしたしイギリス国内ではヒットすることなく終わったが(アメリカではマイナーなダンス・ヒットを記録した)、ブロンスキー・ビートやザ・コミュナーズといったオープンにゲイだった後続シンセポップ・アクトたちは少なくともシェリーに何かを負っている、と言って間違いないだろう。
 
 ピート・シェリーはポップ・ミュージックのフォルムの達人であったかもしれないが、我々アンダーグラウンド・ミュージック・シーンにいる連中にとって、彼の残した遺産そのものもそれと同じくらい重要だ。『スパイラル・スクラッチEP』はその後に続いたDIYなインディ勢の爆発そのものの鋳型になったし、ミュージシャンがそれに続くことのできる具体例を敷いたのは、もっと一時的な華やかさを備えていてポリティカルさを打ち出したバズコックスの同期アクトがやりおおせたことの何よりも、多くの意味ではるかに急進的な動きだった。その名にちなんだ詩人パーシー・ビッシュ・シェリーのように、ピート・シェリーもまたラディカル人でロマン派だったし、彼の影響は深いところに浸透している。

R.I.P. Pete Shelley

text : Ian F. Martin

Everybody’s happy nowadays.
We’re all pop stars of our own Instagram accounts, projecting the happiest, most self-actualised version of ourselves out to the world. We drift through a cultural landscape, bouncing from one cheerfully soft-edged artefact to another without encountering any hard edges, finding ourselves reflected in music whose goal is to induce a slack, anaesthetic grin rather than a resuscitating jolt of electricity.
Nowadays, Buzzcocks can be comfortably consumed with the same slack grin of numb enjoyment that accompanies most pop culture, the warm glow of nostalgia and the filter of 40 years of subsequent pop-punk influence on mainstream music softening its edges (AKB48’s Heavy Rotation could arguably never have existed without The Buzzcocks having first laid the foundations). Pete Shelley and The Buzzcocks made fantastic pop music and deserve to be celebrated for that.

However, they also deserve to be celebrated for helping change the rules for what pop music could be. While The Clash and The Sex Pistols’ songs were, in their own differing ways, both shot through with anger and social consciousness, Buzzcocks pushed the legacy of ‘60s garage rock into the realm of kitchen- sink realism, reflecting the awkwardness of teenage life. Orgasm Addict, which followed their debut Spiral Scratch EP, was a celebratory anthem about the joys of masturbation (contemporaries The Undertones made hay from the same topic slightly more subtly in their hit Teenage Kicks). Meanwhile, as Shelley settled into the role of main songwriter following Howard Devoto’s departure to for Magazine, songs like What Do I Get? and Ever Fallen In Love (With Someone You Shouldn’t’ve) showed a knack for music that recognised the tortured complexities of desire.
Focusing only on Buzzcocks misses a lot of what made Pete Shelley’s death such a loss though. Prior to the band’s formation, he had experimented with electronic music, the results of which eventually appeared as the album Sky Yen, and following his band’s dissolution in 1981, he combined his interest in synthesisers with his knack for sophisticated pop hooks, kicking off a brilliant if underappreciated synthpop solo career with the magnificent Homosapien.

Shelley was openly bisexual, and for a songwriter who typically sought out moments of frustrated desire and love gone wrong, Homosapien was on the face of it uncharacteristically direct in its celebration of gay sex. The complicating layer here lay in the way Shelley played with the British public’s perception at that time of homosexuality as something tawdry and shameful by depicting it in such joyous and romantic terms. Obviously the BBC fell over themselves to ban it and it was never a UK hit (it was a minor dance hit in America) but the subsequent success of openly gay synthpop acts like Bronski Beat and The Communards surely ows at least something to Shelley.
Pete Shelley may have been a master of the pop music form, but for those of us in the underground music scene, his legacy is just as important. The Spiral Scratch EP was the template for the whole DIY indie explosion that followed and as an example for musicians to follow was in many ways a more radical move than anything Buzzcocks’ more flashily political contemporaries managed. Like the poet Percy Bysshe Shelley, from whom he took his name, Pete Shelley was a radical and a romantic, and his influence runs deep.

11 上野日記 - ele-king

 10/25
 京成上野駅のすぐ裏に当たる不忍池の東側から、ベンチに座って窓明かりが消えかかる対岸の建設中のビル群を眺めることが日課となってしまった。元来打ち上がることや、なにかをやりきった雰囲気が苦手で、ここはそういうものから逃げ込む場所になりつつある。
 大分に住んでいることを忘れるかけるほどには長い間東京にいることになりそうだ。今年10往復目の今東京滞在は、いろいろなことが重なって、途中わずかの期間大分に戻ることはあるものの、4ヶ月程になる。この生活に当たってLCC以上の恩恵に与っているのが上野の家で、戦前に建ったとも聞いたそれは義父の実家に当たり、長い間様々な人間が都合に合わせて住んできた場所で、自分も大分に移る直前の一年間暮らし、その後の楽器倉庫と東京滞在の寝床として使わせてもらっている。ここが来年2月いっぱいで使えなくなりそうなことも今滞在を延ばす一因なのだが、ここを拠点に音楽ばかりをやるのは随分久しぶりのことになりそうだ。
 久しい間、途切れない流れるリズムはなにか、それさえあれば普段考えていることがリズムに流れ込んで音楽に参加できるだろうと思っていた。そんなことは「当たり前」のことにしてしまわなければいけないと思い直して30代が始まって、既に2年が経つ。今日のOkada Takuro Bandのリハ音源をベンチで聴いていると、どこか物足りないドラムだ。ドラムだけを聴いたらそれなりだけど、ハットをキープだけに使うことと、周囲の音の聴き方が面白くない。トニー・アレンもエルヴィンも4肢を駆使してプレイすることでドラムを押し拡げてきた。最も器用に動くはずの右手をキープだけに充てるのはもったいないし、右手の動きに対しての他の動きが制限される節がある。フレーズで覚えるのではなくて、フレーズを作り出せる程ウゴくようにしておかないといけない。音は聴かないといけないけど、聴いて合わせれば微妙なタイムラグがうまれる。カウントから我先にスタートするベイシー楽団を思い出した。ラス・カンケルもCSN&Yのライブで自分のリズムを固持しているじゃないか。あれは、はまっているとも思えないが、James Taylorのときは、後ろからやってくる歌とギターに対して有効で独特のアンサンブルを勝ち得ている。もしくは、リーランド・スカラーのプレイに与るところが多いのだろうか。
 新しいことをはじめたいにしても、結局「当たり前」のことを進めることに戻ってくるのではないか。早速岡田から無言の参考音源が届く。Noname"Blaaxploitation"の胸の辺りでリズムを感じたまま16分ハットを刻むのだが、切れよくハットを空けて閉じたりやブレイクをうまくフレージングしているのなんてよく気が利いている。Sly&The Family Stone"In Time"ほどフレーズをマニュアル化せずに、音楽を邪魔しないドラミングはあまり聴いたことがない。相当考え込まれているのだろうが、やはりアルバム『Fresh』全体にそう浸透しているとは言い難く、それなりに根気のいる作業だったのだろうと妄想する。
 Joe Henryにおけるジェイ・ベルローズも思い出して聴いてみる。もう少し即興的だが、楽曲に合わせて展開させるドラミングとしては最高峰に思う。缶ビールが進むにつれてそんなことどうでもよくなってスライ名曲試聴会と成り果てる。

 11/3
 まず10日ほどの東京滞在を終え1週間だけ大分へ帰って来た。東京で気づいたことをモノにさせるに当たって大分の山はわるくない場所だ。しかし、これまでの10日間も、また東京に戻ってからの向こう1ヶ月もよく埋まったものだ。それぞれの準備はそれぞれの時間にやるとして、音の返ってこない山練習の醍醐味である最大出力のアップに勤しむ。Ivan Lins"Quadras De Rodas Medley"で四肢を自由にしてもらい、NonameとSly&The Family Stoneにアイデアを、Eugene McDaniels"The Lord Is Back"にガシガシ前にいる感覚を伝授してもらう。時代も場所もめちゃくちゃだけど、「ソウルフルな音楽か、リズミックな音楽かどうかってことがすべてなんだしさ」と語るカマール・ウィリアムスよろしく、どこか繋がっているような気分になる。この大分の期間でアフリカンチームの練習とサバール研究会も1度づつできたのは幸運だった。これらは僕にとって、リズムの発信以上に、リズムを捉える力を与えてくれる最良の行為だ。

 11/8
 東京に再度着いて早速Okada Takuro Bandのリハを終えたら、岡田とベースの新間さんが上野の家にやって来た。相変らずレコードを漁っているのだが、どうも大分の家で1人で聴いていても調子が上がらない。誰かと音楽を聴くと、相手がどのように聴いているのか自然と伝わってくるから面白い。定期的にそういう機会があれば、無言の参考音源もよく喋るように感じるし、部屋で1人で聴くことも楽しめる。
 そういえば、昨日成田空港から直接向かった新宿のレコード屋で、ブラジル音楽のバイヤーの江利川さん、筋金入りのコレクターのルーシーさん、母船の墓場戯太郎さんにたまたま会った。それぞれのバイブスが音楽を聴きたくさせてくれるので、今日に至ったところもあるのだと思い返した。それはそのあと飲みにいったダニエル・クオン、マルチプレーヤーの芦田勇人も同じ。上野駅に着いて、飲み屋街に紛れたい気持ちを押さえて、不忍池へ。対岸のビル群の明かりもほぼ消えてしまったなかで、イヤホンから流れる音楽を聴くにあたって、こちらのほうがよかったと思う。聴きたくて聴く機会は思っているほど多くないからだ。

 11/10
 水面ラジオという名のレコード試聴会で足立小台のブリュッケへ。ポール・モチアンのドラミングだって3時間も集中して聴いているとなじんでくる。いや、どう考えても真似できないのだが、やはり音楽は誰かと聴いたほうがよいと思う。「降りてくる感覚をそのまま絵に描くかのようなドラミングを'ジャズ'が支えている」という感想まで浮かんだけれど、どこか足りない気がする。町家で投げ銭分少し飲んで、明日のOkada Takuro Bandの準備のため足早に帰宅。終えてみるとやはりいつも通り上野公園へ。3月以降それもできなくなると思うと、無駄じゃないような気さえしてくる。

 11/11
 Okada Takuro Bandのライブを終えて、小雨が降るのを気のせいにして不忍池へ。GONNO×MASUMURAに向けてクラブ・ミュージックとスピリチュアル・ジャズを聴く。Kieran Hebden×Steve Reidは確かにこのプロジェクトに当たって、大きな知恵と予想図を与えてくれたけど、やはり以前から知っていた『Nova』でのドラミングはよく喋る。「迸るエネルギーがリズムにまで表象されるドラミングが'ジャズ'を突き破っている」という感想もまた缶ビールともに適当に流し込んで、最近お気に入りのFolamourにスクロール。イヤホンで目の前が不思議に映るのなら悪くない。GONNOさんとは、アルバム制作のあと、初めてのライブ、切り込んでみるライブ、リラックスしてみるライブとしてきて、来週4回目のライブはそれらのグラデーションを付けることができそうな感触がある。そういえば、GONNOさんとの演奏前は不思議と淡い夢を見ることが多く、演奏中はとかくいろんなことを思い出す。

 11/17
 昨晩名古屋vioでのGONNO×MASUMURAのライブは7曲演った。5曲目までは、グラデーションを付けながら様々な局面を提示して、あとは自由に楽しんで欲しかったし、それなりの感触もあった。行きの沼津から名古屋の間GONNOさんに運転を任せているとき、後部座席で信じられないほど気持ちのよい眠りについて、数え切れないほどの夢をみたのだが、ライブ中それを思い出す瞬間があって、そんなもの別に求めてもいないのだが、感触と照らし合わせるといい状態のひとつではあるようだ。6曲目"Circuit"は、この場を借りて最大出力の実験とさせてもらって、手足絡まること覚悟でブーストしてみた。結果山からやり直そうと誓う始末だったが、チャレンジがないと進歩もない。7曲目"Missed It"は踊らせることだけ。フロア帯同率は1番だったとか。このプロジェクトでは、リズムだけでも面白いということを自分なりに提示すべく4つ打ちライクのルールから外れないよう、5(7)拍子を2拍5(7)連や、2小節で5(7)発バスドラムを均等に打ってみたりしたのだが、演奏後のクラブ体験から察するに、決して無駄ではなかったにしろお互いまだ歩み寄る隙間があるようだ。そのうちお酒も回ってどうでもよくなったし、どうでもよくなってもらえたらそれでいいじゃないかとホテルに帰った。
 戻りの車内は格好のDJスペースで、エンジニアの葛西さんも交じって昨日の続きのようだ。トニー・アレン元ネタのよくやるプレイがあるのだが、その曲を聴かせると、GONNOさんが「元ネタはリラックスしていますね」と漏らす。
 ドラムを叩くと、瞬時的にフィードバックがある。今日のタイムは悪くない、体のテンポはこのくらいだなと、リラックスして叩き続けられることもあれば、小さなことが重力を加えてきて、リズムに乗れず叩くことをやめてしまうこともある。いずれにせよ、意志ではなくて、まずリズムの少し強引な力が働く。叩き続けることができていても、いつの間にか意志が大きくなり、リズムに抵抗してしまって身の程を知らされることもあれば、一度叩くことをやめてしまっても、その時に合った小さい音と力で、少しずつリズムに乗っていこうとすると、いつの間にか意志のスイッチが切れて無駄な重力がなくなっていることもある。
 GONNOさんの一言で、この「小さい音と力」でも太鼓が鳴るという当たり前のことに気がついた。太鼓を下の方からしっかり鳴らす、最大出力を上げる、そういう今までやってきたことのバランスがなんらかのはずみで崩れると、ハットが鳴りすぎる、右手に頼りすぎる、ということに、往々にしてなる。最近、あるバンドのレコーディングにドラムセット一式をかして、ラフミックスを聴かせてもらったのだが、鳴りきっていないなと思うところある以上に、こんなにリラックスしてシャープな音が出るのかと関心してしまったこともあった。自分の楽器だからよりよくわかる。上野の家に着いてからは夢も見ずに泥のように寝た。

 11/24
 FolamourのDJを体感しに青山Ventへ。レインボー・ディスコ・クラブ、名古屋vioと出演でのクラブ体験はあったが、純粋なそれは初めて。幼少期ギターとドラムからスタートしたという彼の音楽は、確かにクラブミュージックにあって驚くほど生の躍動が伝わる。『Umami』では、「クラブミュージックとホームミュージック、踊っている時と考えている時、憂鬱と楽しさそれぞれを表現したかった」作品なところも分け隔て無いファンを勝ち得ているところだが、かなり深酒していたこともあって、やはり後半はどうでもよくなって、見知らぬ黒人女性と踊り狂った。
 昼に酔いざめ特有の悪夢で目を覚ましたが、音楽の多様性を示唆するDJの仕事を思い出して、レコードの処理は、それを必要とする他のリスナーに譲ることになるから、傍に置いておくよりよいかと思い至る。オリジナルでわざわざ買い直す作業はどうしても続くが、その分安価なリイシューや日本盤を処理すれば多少役立てるだろう。しかし、どうだろう、サブスクでなんでも聴けるから、聴くためだけの安価なレコードに手を出さず、何度も失敗せずにとも、初めからオリジナル盤を狙う例えば高校生がいるとしたら末恐ろしい。

 12/9
 水面トリオ、影山朋子バンド、OLD DAYS TAILOR、ツチヤニボンドのライブ、ニカホヨシオ、GONNO×MASUMURA、伊賀渡さんとの録音などしていたら、不忍池もコートを着ないとベンチに座っていられない季節になっていた。それらの合間にFolamourとToninho Hortaを観て、Laurel Haloは諦めてしまった。
 午前中からダニエル・クオンが上野の家にやって来て、キッチンにドラムセットを拡げて録音。掟破りのハンドマイク録音は、2人でヘッドフォンをしながらマイキングを聴きながら、すでにミックスが始まっているかのようだ。シンバルにマイクを近づけるとこんなに低い音が出ているのかとか、家での録音なので自然小さい音になるのだが実はこれで充分鳴っているじゃないかとか、リズムに幅があってわざわざ針の穴を通さなくても波に乗れば気持ちいいことなど感じられて、この期間に感づいていたこととどこかリンクする。ドラムを叩いているというよりは、相変らずナイトメアに犯されながら浄化されることのないまま次々飛び出す掌編的な曲の断片になっていくようで面白い。ムードは重くなく発生地点と矛盾するような気楽さが包み込む。1曲生ピアノと複数の声だけのディープトラックがあったが、それを僕に聴かせながら他人事のようにずっと笑っていたこともそれを物語っていた。送る車内で、なにか思い出したかのように「Life...ジンセイ」と漏らしたら、車を降りて新宿の雑踏の中に消えていった。


七尾旅人 - ele-king

歌から生まれる音楽北中正和

 デビューしたころから既知感のある音楽だった。はじめて聞く曲ばかりなのにそんな気がしなかった。お父さんの影響で子供のころからジャズを聞いていたことや、彼が興味を持っているというミュージシャンの名前を見て、なるほどと思えるところもあったが、音楽が誰かのフォロワーというわけでもなく、その既知感がどこから来るのか、しばらく説明できなかった。しかしいつしか曲の作り方がそう感じさせるのかもしれないと思うようになった。

 いま世間では、リズム・トラックを先に作ってそこにメロディをのせて最後に歌詞を合わせていくような音楽の作り方が主流だ。そういう音楽ではリズムが細分化され、転調が多用され、コントラストの強い音がぎっしり詰めこまれている。それはそれで目立つための工夫であり、いまの社会のありようの一面をとらえた音楽ではあるのだろう。
 ところが七尾旅人の音楽はそんなふうに感じさせない。もちろん、いろんなタイプの作品があるので、一概には言い切れないのだが、あえて言えば、歌なりメロディなりが先にあって、リズムやサウンドがそれに寄り添う形で作られてきた作品が多いように思える。それは80年代までは普通にあった伝統的な曲の作り方だ。つまり彼の音楽が誰かの何かに似ているという以上に、歌声とメロディとリズムの織りなし方に、ぼくのような高齢者は既知感や懐かしさをおぼえてきたのだ。

 そんなふうに構造的にいまの時代の方法論から一歩距離を置いたオルタナティヴなところで“きみはうつくしい”や“スロー・スロー・トレイン”や“DAVID BOWIE ON THE MOON”、ジャジーな“いつか”のような曲を作れるのは素晴らしい才能だと思う。伝統的といえば、5音階的なメロディとケルト系のサウンドが重なる“天まで翔ばそ”のような曲もある。
 ただし伝統的といっても、彼はアンティーク趣味の音楽をやっているわけではない。レイヴ・パーティ的なイベントにギターひとつで出て行っても違和感がないたたずまいを持ち、ネット配信の可能性も試みてきた人だから、彼がいまのポップスのありように無関心であるはずがない。歌詞のはしばしや声の加工からひとつひとつの楽器の音色まで、どこを切り取ってもいまの音楽だ。音を引き算して聞き手の想像がふくらむ余地を残すところも、考えてそうする人が多いのだが、彼の場合はとても自然な感覚でやっている印象を受ける。
 旅する感覚にも似た、せつない希望に満ちた余韻が残るアルバムだと思う。

北中正和

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「こうしてまた、かき集められる声とともに」木津毅

 『Stray Dogs』というタイトル、そして岡田喜之による少年と犬が向かい合う可愛らしいイラストに僕はなんだか『犬ヶ島』を連想してしまったのだけれど、たしかに『Stray Dogs』はウェス・アンダーソンによるストップモーション・アニメのような愛らしい見た目と人懐こさ、茶目っけと温かみに満ちたアルバムだ。『兵士A』のような緊迫感やシリアスさはずいぶん和らぎ、怒りを堪えることができなかった七尾旅人そのひとの歌う姿を息を呑みつつ見つめなくても、寒い日の午後に紅茶でも飲みながら聴くこともできるだろう。が、あるいはこうも言えるかもしれない――『Stray Dogs』は、その柔らかく優しい感触とともに、この国や世界で起こっていることに想像を巡らせさせるようなアルバムである。その言葉とメロディ、音に耳を澄ませば、縦横無尽に繰り広げられる架空の冒険が待っている。それはどうしようもなく、僕たちが暮らす過酷な現実世界と結びついている。
 そういえば『犬ヶ島』の主人公は、野良犬(Stray Dog)だった。それまで誰にも心を開かなかった野良犬チーフは、少年アタリと暴走する権力と闘うための冒険をしているうちに彼との絆を育んでいく。僕はだから、あの映画はチーフが「thank you」とアタリに伝える声を聞くためのものだと思っている。ブライアン・クランストンによる、あの低く深い声。もちろん現実では犬の声を聞くことは僕たちにできない。だが想像のなかでなら、耳を澄ませば、もしかしたら聞こえてくるのかもしれない……。「野良犬」というのは、もちろんボヘミアンたる七尾旅人の生き方を表した言葉であるだろう。と同時に、僕には声を持たない人びとのことだと思える。七尾旅人は、世界に散らばった彼らの小さな声を懸命に拾い集めようとしている。ビリオン・ヴォイシズ。それをある種のファンタジーやフィクションに仮託して物語ること。だから、『Stray Dogs』はまったくもって『兵士A』の続きの地平で鳴っている。

 アルバムは、七尾旅人が20年でそうして集めてきた「声たち」とともに積み重ねてきた音たちをコレクションしたものだ。初期からの弾き語りフォーク、『billion voices』以降に顕著なソウルを中心としたブラック・ミュージックからの影響、いくらかのシンセ・ポップ、ギター・ポップ、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、それに童謡。それらは少し悪戯っぽくとっ散らかりながら、しかし彼らしいチャーミングなメロディと少年性を残した声によって統合されていく。なめらかなアコースティック・ギターの演奏とシンセが重ねられる“Leaving Heaven”はあまりにも「らしい」オープニング・ナンバーだし、強めの打ちこみビートとエフェクト・ヴォイスが炸裂するエレクトロ・ポップ“Confused baby”には少し面食らうけれど、歌が入ってくれば変わらぬ愛嬌に微笑まずにはいられない。なんだかんだ言って、七尾旅人の歌はどんな装飾をしようとその芯でこそ聴き手の心をわし掴みにする。
 だから、たとえばヘリパッド建設問題で揺れる沖縄・高江で録音したと知らなければ、“蒼い魚”が政治的な歌だとは気づかないかもしれない。シンプルな言葉と強いメロディに支えられた美しいフォーク・ナンバーだ。僕たち聴き手はただ陶然とすることもできる。が、かすかに注がれる沖縄の音階と波の音、それに「泣かないで 泣かないで 蒼い魚はまだ泳いでいる」という言葉の意味をじっくりと考えてみれば、そこに沖縄で暮らす人びとの声や想いが重ねられていることがわかる。ほとんど幻想的なほどに華麗な弦の調べと反比例するように、必死に振りしぼられる歌声。そのひたむきさだけが、この歌たちの原動力になっていることがよく伝わってくる。もしくは、モザンビークからNadjaをヴォーカルに迎えた“Across Africa”はモザンビーク内戦をモチーフにしているそうで、音色やリズムはアフロ・ポップからの引用だ。日本のポップスとしてはオルタナティヴな類のものだろう。だが、誤解を恐れずに書いてしまえば、僕はこの曲をBUMP OF CHICKENやRADWIMPSのようなJ-ROCKを聴いている若い子たちにも聴いてみてほしいと思う。ナイーヴさと勇壮さを併せ持つメロディやコーラスとともに、知らない言語のスポークン・ワードを楽しんで、アフリカの歴史に想いを馳せてみてほしいと願う。それぐらいオープンなところで鳴っている歌だと、少しばかり頼りなくもしなやかなポップ・ソングだと感じる。
 僕たちは自分たちの生活や人生にいっぱいいっぱいだから、世界中に散らばった声なき声に耳を澄ましている余裕など失っているのかもしれない。シリアの現状を伝えるために危険を顧みなかったジャーナリストを攻撃せずにはいられないほどに。ただ生き延びるだけならば、そんな声たちに耳を塞いだほうがいくらか楽なのだろう。七尾旅人はそれらを無視することができず、しかし、その「できない」ことこそを歌うたいとしての力に変えていく。

 『Stray Dogs』はそんな風にしてこの世界の悲しみや嘆きを見つめているが、驚くほど肯定的な響きを有している。たとえば近しいひとの自死がきっかけとなったという“きみはうつくしい”は、ある喪失を根拠など持たぬまま「きみはうつくしい」という断言にひっくり返してしまう。やや唐突なラップでまくしたてられる、「誰かが最後に遺したフレーズ 読まれぬまま 流れるメール/誰かが最後に あれから迷子に そう 見逃される 無数のトレイル」という誰にも顧みられないまま消えていった存在への物想いは、七尾旅人流のソウル・チューンとして昇華される。「うつくしい」という単語は5音であるがゆえに少し収まりが悪く、だが、だからこそチャーミングなフロウとなる。その歌は、どうしたってはみ出してしまう存在や想いをどうにかして肯定し、祝福しようとする。清潔な響きのピアノが純粋な想いと呼応するラヴ・ソング“スロウ・スロウ・トレイン”。オートチューンド・ヴォイスがメロウなムードを醸すダウンテンポ“DAVID BOWIE ON THE MOON”。どれもが小さな人間の感情について描いているが、それらは宇宙にだって旅をする。  ところで、はっきりと犬が主人公になっている歌はアルバムには収録されていない(と思う)。代わりに鍵盤の音がまろやかでキュートなポップ・ソング“迷子犬を探して”は、いなくなってしまった子犬を探す少年の目線で語られる。「あの子の場所をぼくに教えてよ」とお願いする七尾旅人は本当に子どものようだ。そして僕たちがもし声を持たず、帰る場所もない野良犬だとして、懸命に探してくれる誰かがいる限りは存分に彷徨い続けることができる。彼の歌はそういうものだと思う。永遠の流浪を詞に託し、ジャズ・ピアノが静かな夜を彩る“いつか”はまったくもって美しいエンディングだ。

月明かりのその下を 二匹の犬が歩いていく
どこへ行くの? どこまでも
どこへ行くんだ? どこまでも
どこまでも どこまでも
横切って消えた  “いつか”

木津毅

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