「Low」と一致するもの

Arca - ele-king

 ど、ど、どんと三段重ねのニュースである。アルカが〈Mute〉を離れ、〈XL〉とサインを交わした。そして4月7日にニュー・アルバム『Arca』がリリースされる。それに先駆け新曲“Piel”が公開されたが、そこではなんとアルカ本人が歌っている。
 本人によるヴォーカルがフィーチャーされているのは、今回公開されたこの1曲のみなのだろうか。それともアルバム全編にわたってアルカのヴォーカルが導入されているのだろうか。そのあたりの情報はまだ明かされていないが、レーベルの移籍やアルバムのタイトル、あるいは「内面」や「感情」といった本人のコメントから推測するに、来るべきアルカの新作はこれまでとは異なる作風に仕上がっている可能性が高い。
 「OPNとは何者なのか」という問いに答えが出ていないのと同様、アルカという現象もいまだ解明されていないと言っていいだろう。しかし今度の新作はもしかすると、「アルカとは何者なのか」という問いにひとつの手がかりを与える内容になっているのではないだろうか。まあ現時点ではまだ何もわからないので、さしあたりは公開された新曲を聴きながらおとなしく待っていよう。


A R C A
奇才アルカが〈XL Recordings〉との契約を発表!
最新アルバム『Arca』を4月7日(金)に世界同時リリース!
ジェシー・カンダによるアートワークと新曲“Piel”を解禁!

“我々の期待を完全に超えている”
- Pitchfork【Best New Track】獲得


Artwork by Jesse Kanda


これは僕の声であり、僕の内面の全てだ。自由に判断してほしい。
闘牛のように、喜びを求める感情の暴力を目撃することになる。
これは、感情のぶつかり合いの模倣的存在が、不自然なほど深く、自己陶酔していく姿なんだ。
- Arca

ベネズエラ出身ロンドン在住の奇才、アルカことアレハンドロ・ゲルシが〈XL Recordings〉と契約し、待望のサード・アルバム『Arca』の4月7日(金)世界同時リリースを発表した。長年のコラボレーターであるヴィジュアル・アーティスト、ジェシー・カンダの手がけるアートワークと、初めて自身の歌声を披露した新曲“Piel”を公開した。『Pitchfork』では早速【Best New Track】を獲得している。

Arca - Piel (Official Audio)

早くからカニエ・ウェストやビョークらがその才能を絶賛し、FKAツイッグスやケレラ、ディーン・ブラントといった新世代アーティストからも絶大な指示を集めるアルカ。セルフタイトル作となった本作『Arca』は、2014年の『Xen』、2015年の『Mutant』に続くサード・アルバムとなり、〈XL Recordings〉からの初作品となる。国内盤CDの詳細は近日発表予定。iTunesでは、アルバムを予約すると公開された“Piel”がいちはやくダウンロードできる。

Arca: Discography
『XEN』2014
『MUTANT』2015
BJORK『VULNICURA』2015
KANYE『YEEZUS』2013
FKA TWIGS『EP2』2013/『LP1』2014
KELERA『HALLUCINOGEN』2015
DEAN BLUNT『THE REDEEMER』2013
BABYFATHER『BBF: HOSTED BY DJ ESCROW』2016
FRANK OCEAN『ENDLESS』2016


label: BEAT RECORDS / XL RECORDINGS
artist: Arca
title: Arca

release date: 2017/04/07 FRI ON SALE

iTunes Store: https://apple.co/2m9K7um
Apple Music: https://apple.co/2l1GBNJ

Tracklisting
01. Piel
02. Anoche
03. Saunter
04. Urchin
05. Reverie
06. Castration
07. Sin Rumbo
08. Coraje
09. Whip
10. Desafío
11. Fugaces
12. Miel
13. Child
14. Saunter (Reprise) *Bonus Track for Japan

作品情報

『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』
2017年2月18日(土)より、有楽町スバル座、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

監督:チュス・グティエレス
参加アーティスト:クーロ・アルバイシン、ラ・モナ、ライムンド・エレディア、ラ・ポロナ、マノレーテ、ペペ・アビチュエラ、マリキージャ、クキ、ハイメ・エル・パロン、フアン・アンドレス・マジャ、チョンチ・エレディア他多数
日本語字幕:林かんな/字幕監修:小松原庸子/現地取材協力:高橋英子
(2014年/スペイン語/94分/カラー/ドキュメンタリー/16:9/ステレオ/原題:Sacromonte: los sabios de la tribu)

提供:アップリンク、ピカフィルム 配給:アップリンク 宣伝:アップリンク、ピカフィルム
後援:スペイン大使館、セルバンテス文化センター東京、一般社団法人日本フラメンコ協会

公式サイト
https://www.uplink.co.jp/sacromonte/

 エレクトロニックなクラブ系の音楽にとって、フラメンコといえば、チル・アウトの一要素として流麗なギターが使われる程度のことが多い。しかし映画『サクロモンテの丘』のフラメンコの音楽と踊りは、はるかに荒削りで強烈なものだ。歌詞のストレートなあけすけさはラップに負けず、手拍子(パルマ)と踊り手のステップ(サパテアード)と打楽器的なギターによるリズムは、ミニマルなダンス・ミュージックに通じ、ときにトランシーでさえある。
 映画が撮られたのは、スペイン南部アンダルシア地方のグラナダ。町の郊外のサクロモンテの丘の洞窟には古くからヒターノ(ジプシー)が暮らし、フラメンコで身を立てている。グラナダ出身の監督チュス・グティエレスは、その丘と住民に焦点を当てた。


チュス監督

「ドキュメンタリー映画を撮ったのはこれがはじめて。テーマに興味があって、身近なものだったので、何かが語れる自信はあったけど、企画の段階では、それが何なのか、まだわからなかった。映画を作るときは、信じるものを追求して撮るだけよ。サクロモンテの人たちにインタビューすることからはじめて、撮りながら作っていったの」

 フラメンコ・ダンサー/歌手/研究者のクーロ・アルバイシンを案内役に、映画は少しずつサクロモンテに暮らす人々の中に分け入って行く。世界中を旅して回った人もいれば、踊るために結婚生活を断念した人もいる。ヒターノではないのに踊りを教える人もいれば、大人顔負けのステップを踏む少年もいる。インタビューや歌や踊りに合わせて、登場人物の若いころの姿などの貴重なアーカイヴ映像も挿入される。

「フラメンコは若い人たちの力強い踊りを見るものと思われているけど、わたしが感動したのは、年配の人たちが体力の限界の中で表現している微妙な動き。若い人のような激しさはないけど、抑制された踊りの動きが、かえって新しく見えたりする。その人たちは、みんな見よう見まねでフラメンコを覚えた世代の人たち。マノレーテのように、アントニオ・ガデスの踊りを見て影響を受けた人もいる」

 実は1963年の洪水で丘の洞窟住居は大きな被害をこうむり、以後ヒターノたちの生活環境も変化を余儀なくされた。

「この映画の主役はフラメンコだけでなく、昔ここにあった共同体のゆくえでもある。往年のこの丘ではフラメンコが生活と密着していた。それがどうだったのかを知りたかった。いまの子供たちはそんな環境には暮らしていない。学校で先生について学んで、伝統を受け継いでいる」

水害で失われたものは大きかったが、伝統が時代の変化に対応しながら継承されている様子は、映画から伝わってくる。ところでサクロモンテのフラメンコはアンダルシアの他の地域のフラメンコと異なる特徴を持っているのだろうか。

「フラメンコはフラメンコね。本質にちがいはない。ただ、狭い洞窟の店で、舞台の上ではなく、同じ目線の高さで、目と鼻の先にいる客を相手に踊るから、その熱が伝わってくる。床はセメントで、舞台の板のようには響かないから、音を出すためのステップも激しい。ライヴの場面は身内のパーティのような形で撮ったので、みんな親密にリラックスした形で、楽しんで踊ってくれた。奔放に踊るフラメンコになったと思う」

 イベリア半島は、8世紀から15世紀までイスラム王国の支配下だった。グラナダは最後の王国が残っていたところだ。グラナダのイスラム建築の精華アルハンブラ(アランブラ)宮殿の姿も、丘の上の踊りの場面で遠望できる。イベリア半島に残ったアラブの音楽家たちが、フラメンコの成立に影響を与えたという説もある。

「イスパニア王国はイスラム王国と戦うとき、鍛冶屋だったヒターノを連れてきて武器を作らせたと言われています。踊りの場面を撮影したタブラオ(フラメンコ酒場)の壁に金属の調理道具が飾ってあるのもその名残。アラブの音楽はフラメンコにもきっと影響を与えたでしょう。いまも北アフリカの弦楽器バンドゥーラを使ってフラメンコを演奏する人がいるし、踊り手が額にアラブの貨幣をつけて踊ったりもする」

 両者の古い関係は文献では跡づけられなくて諸説あるが、交流がまったくなかったとは考えにくい。短絡は避けなければならないが、推測する楽しみは尽きない。
 海外でのイメージとちがって、「フラメンコはスペインでは外縁的な文化扱いされ、大切にされていない。優れたアーティストは国外に出ていってしまう」と監督は嘆いていた。でもインドに起源を持つヒターノたちがユーラシア大陸の西端でフラメンコの担い手になったように、文化のDNAは国境や民族を越えて繋がっている。「だからこの映画も日本まで来ることができたのだと思う」と語る監督の目はうれしそうだった。

予告編

interview with Jeff Mills - ele-king




Jeff Mills & Orquestra Sinfónica do Porto Casa da Música
Planets

U/M/A/A Inc.

TechnoClassical

(初回生産限定盤)

Amazon
Tower
HMV



(通常盤)

Amazon
Tower
HMV


 まず確認しておくべきことがある。ザ・ウィザード時代に高速でヒップホップをミックスし、その後URのメンバーとしてヨーロッパを震撼させ、ソロでミニマル・テクノのフロンティアを切り拓いたあのジェフ・ミルズが、なんと今度はクラシックに取り組んだ! という意外性が重要なのではない。彼が幼い頃からSF映画などを通してクラシックに触れてきたであろうことを想像すると、今回のオーケストラとの共作がこれまでの彼の音楽的志向から大きく外れたものであると考えることはできない(実際この10年、彼はオーケストラとの共演を何度も重ねてきた)し、そもそもジェフ・ミルズのルーツであるディスコやハウスがいわば何でもアリの、それこそロックを上回るくらいの雑食性を具えたジャンルであったことを思い返すと、今回のアルバムがエレクトロニック・ミュージックからかけ離れたオーケストラの生演奏とがっつり向き合っていることも、これと言って驚くには値しない。ポルト・カサダムジカ交響楽団との共同名義で発表された新作『Planets』は、あくまでもこれまでの彼の歩みの延長線上にある作品である。だから、ちゃんとグルーヴもある。

 とはいえ、ではこの新作がこれまでの彼の作品の焼き直しなのかと言うと、もちろんそんなことはない。アルバムを聴けばわかるように、このオーケストラ・サウンドとエレクトロニクスとの共存のさせ方は、以前のジェフ・ミルズ作品には見られなかったものである。徹底的にこだわり抜かれた細部のサウンドは、テクノ・ファンには「オーケストラでここまで表現できるのか」という驚きを与えるだろうし、クラシック・ファンにはかつてない新鮮な余韻と感歎をもたらすだろう。ホルストを踏まえた「惑星」というコンセプトにも、ジェフ・ミルズ独自の視点が導入されている。それに何よりこのアルバムには、黒人DJが白人ハイカルチャーの象徴たるオーケストラをコントロールするという文化的顛倒の醍醐味がある。

 本作を制作するにあたりジェフ・ミルズ本人は、クラシックでもエレクトロニック・ミュージックでもない第3のジャンルへと到達することを目指していたそうだが、彼は1999年の『ele-king』のインタヴューで非常に興味深い発言を残している。「かつて僕は、スコアを書ける人間に自分の音楽を書き取らせようとしたことがあった・でも彼にはそれが出来なかった。というのもそこには、彼が上手く当てはまるような言葉にカテゴライズ出来ない要素がたくさんあったから」。要するに、ジェフ・ミルズの音楽をエンコードすることなどできないということだ。今回『Planets』で編曲を担当したシルヴェイン・グリオットは、しかし、見事にその不可能を可能にしてしまったということになる。だがそこで新たな困難が生じてしまった。プレイヤーがそのスコアを完全には再現できないのである。すなわち、オーケストラはジェフ・ミルズの音楽をデコードすることができないということだ。ゆえに彼は「譲歩」を強いられるが、まさにその折り合いのつけ方にこそ「第3のジャンル」の片鱗が示されていると言うべきだろう。だからこそ彼は本作に2枚組という構成を与え、オーケストラ・ヴァージョンとエレクトロニック・ヴァージョンを並置したのである。ジェフ・ミルズはいまコード化の可能性と脱コード化の不可能性とのはざまで、自らの音楽を更新しようと奮闘している。何しろ彼はこの作品を、100年先の人びとへも届けようとしているのだ。




クラシックやエレクトロニックのどちらでもない第3のジャンルのような音楽にまで到達できれば、と思いながら制作したね。

今回の『プラネッツ』は、2005年の『ブルー・ポテンシャル』から始まり、10年以上にわたって続けられてきたオーケストラとのコラボレイションの集大成のような作品で、ジェフさんにとっても念願の作品だと聞いています。クレジットでは「作曲:ジェフ・ミルズ、編曲:シルヴェイン・グリオット」となっていますが、このアルバムはジェフさんが原曲を書き、シルヴェインさんが編曲して、それに基づいてポルト・カサダムジカ交響楽団が演奏をおこない、それを録音する、というプロセスで作られたのでしょうか?


ジェフ・ミルズ(Jeff Mills、以下JM):プロセスについてはいま言ったことで間違いないけど、編曲をする段階で編曲者のシルヴェインとすごくいろいろな話し合いを重ねたね。話し合いの内容は具体的なアレンジ方法というよりは曲のコンセプトについて、たとえば惑星がどういったもので構成されているかといったことについてで、物質的なことも含めて音として表現したいと思っていた。たとえば土星であれば、その輪の重要性や、あるいは輪が凄まじいスピードで廻っているということに関して、「それはテンポに反映するのがいいのではないか、ならば土星はいちばんテンポを早くしよう」というふうに、コンセプトや科学的な事実をどういった形で音に反映するかということを話し合った。その話し合いの後、シルヴェインが編曲し、また変更点を話し合うといったやりとりを何度もおこない、曲を完成させていったんだ。

ホルストの「惑星」は神話がもとになっていますが、ジェフさんは科学的なデータに基づいてシルヴェインさんと曲を作っていったのですよね。神話の場合だと、たとえば「マーズは戦の神なので曲を荒々しく」というふうに曲のイメージがなんとなく想像できるのですが、惑星の物質的な要素を曲に反映させる場合は、いまおっしゃったような「土星の輪の回転速度をテンポに反映させる」といったこと以外に、どういったパターンがあるのでしょうか。

JM:僕もホルストからの影響は受けているよ。どういうことかと言うと、(僕は)実際の神話をもとにしてはいないけど、ホルストがそういった考えをもとに作曲したというそのことに影響を受けた。惑星に対してどういう見方をするかということを勉強した。僕の場合は、科学的な事実に基づくとともに、「僕たちが惑星をどのように見ているか」ということに重点を置いている。たとえばネプチューン(海王星)やプルート(冥王星)のような太陽系の端にある星というのは、いまだにわからないことが多くあって非常にミステリアスなんだけど、自分たち人間がまだすべてを把握できていないというその事実を音として表現したんだ。もう少し具体的な例を挙げれば、ガスで構成されている惑星、天王星や海王星は表面がはっきりと識別できないので、曲の雰囲気を軽くしてみたり、逆に岩石でできているような惑星は足元があるので、しっかりとしたソリッドな雰囲気で曲作りをおこなった。

なるほど。科学的な事実に基づいているとのことですが、個人的にはこのアルバムを聴いていて、たとえば8曲目の“マーズ”からは戦のイメージを思い浮かべたり、10曲目の“ジュピター”からは神々しさのようなものを感じたりしました。それはあらかじめ聴き手がそういう神話を知ってしまっているためかなとも思ったのですが、神話ではないにせよ、ある程度はジェフさんも意識して、人間が持っている惑星のイメージや見方を曲に込めていらっしゃったと考えてもいいのでしょうか?

JM:君の言う通りで科学的な事実だけに特化したわけではなく、普段から影響を受けているSFであったり、宇宙科学はもちろんのこと、たとえば火星に関する映画であったり、実際の惑星の写真であったり、人間が蓄積してきたものすべてから影響を受け、作曲をおこなった。宇宙科学の話で言うと、今後人類が火星に行くかもしれないという段階に来ているので、そういったこともいろいろと考慮しながら曲を作ったよ。

今回のアルバムはポルトガルのポルト・カサダムジカ交響楽団との共同名義となっています。ジェフさんはこれまでも様々なオーケストラと共演されてきたと思うのですが、今回一緒にアルバムを制作したポルト・カサダムジカ交響楽団が他のオーケストラと違っていたところがあれば教えてください。

JM:ポルト・カサダムジカ・オーケストラとは『プラネッツ』を制作する以前に別の作品で共演したことがあったんだ。その際に非常に良い印象だったことと、そのコンサートが大成功だったこともあって、オーケストラのマネージャーからも「また何か一緒にやりたい」という話をもらった。そのときちょうど『プラネッツ』を制作していたので、こういう作品を制作しているという話と、一緒にレコーディングしてみないかという話を伝えたところ、今回の共同制作が実現したんだ。

6曲目“アース”を聴いていて、管楽器奏者の息継ぎ(ブレス)の音が効果的に使われているように感じました。またこの曲は他の曲とは違って唐突に終わり、すぐ次の曲に移りますよね。「地球」は私たちの住む星なので、やはりこの曲には他の惑星とは異なり何か特別な意味合いや思いが込められていたりするのでしょうか?

JM:アレンジャーとの話し合いの際に強調したことは、もちろん「地球」は僕たちがいちばん慣れ親しんでいる星なので、何かなじみのあるような音をシンプルな形で表現したいということだった。地球自体は太陽系の中でも比較的若い星であり、その若さというものを表現したかったし、地球はまだ進化し続けているので、はっきりとした結末を迎えるのではなく、アンフィニッシュな感じの曲作りをお願いしたんだ。曲自体の長さもあまり長くならないよう心がけた。僕がオリジナル・スケッチを制作した際は、わりとおとぎ話のような雰囲気を持たせ、子どものようなイタズラ感のある音作りをしたんだけど、それは地球がまだ若い星であることに注目したからなんだ。

少し「地球」での出来事についてお伺いしたいと思います。去年アメリカで大統領選挙がおこなわれ、デトロイトでは失業したりした貧しい人たちがトランプに票を入れたという話を聞きました。まさにいまそのトランプが大統領に就任して、さっそく中東やアフリカからの入国を禁止する大統領令を発しています。彼はこれからもそういった政策をどんどん実行していくのだろうと思います。ジェフさんは昨年末『ハフィントン・ポスト』紙のインタヴューで、人種差別に関して「もう手遅れだ」というようなことをおっしゃっていましたが、このトランプの時代に何か私たちにできるポジティヴなことは残されていると思いますか?

JM:イッツ・ア・メス(めちゃくちゃだ)! この先4年間ローラー・コースターのようにいろいろなことが起こるだろうね。大統領たる人物が自分の好き勝手なことを躊躇せず発言しているけど、発言の細かい内容がどうこうではなく、そのような事態になってしまっているというモラルの低下がいちばんの大きな問題だと思っている。国のトップに立つ人物がそのような行動をすることによって、みんなに(悪い)例を示してしまっている状況だ。まだ大統領が就任して日が浅いから、これからそれがどのように影響していくのかはまだはっきりとは見えていないけど、みんなの雰囲気がいままでとは少し異なっているような印象を抱いている。インターネットの力もかなり大きいと思うけど、個人個人が好き勝手なことを発言してもそれが許されるという状況で、ますます洗練とは逆の方向に向かってしまった。その結果がどのような形になって現れるのか、はっきりとは言えないけれど、今後しばらくはこのような状況が続いてしまうのではないかと思う。ポジティヴなことは考えられないね。


[[SplitPage]]

僕が強調したかったのは「ミックスする」ということと「ミックスされた結果がどのようなものになるのか」ということなんだ。

ではまたアルバムについての話に戻りたいと思います。12曲目“サターン”の打楽器は、とてもテクノ的あるいはエレクトロニック・ミュージック的な鳴り方をしているように聴こえました。終盤から電子音が乱入してきますが、弦楽器がピッツィカートでそれと呼応・並走して、エレクトロニクスと生楽器との間におもしろい共存関係が成立していると思いました。16曲目の“ネプチューン”でもピッツィカートが電子音のように使われていますよね。今回このアルバムを制作するにあたって、オーケストラの奏でるサウンドをエレクトロニックなサウンドに「近づける」、「似せる」というような意図はあったのでしょうか?

JM:どちらかと言うとクラシカルな音とエレクトロニックな音がうまく融合して、区別がつかないような音像にしたいというのが最終的な目標だった。特に太陽から離れていった、太陽系の端にある惑星に関しては、そういったミクスチャーをより強調していくことを心がけている。むしろクラシックやエレクトロニックのどちらでもない第3のジャンルのような音楽にまで到達できれば、と思いながら制作したね。

なるほど。なぜこの質問をしたのかと言いますと、もし「近づける」ことが意図されていたのであれば非常に興味深いと思ったからです。実際は「似せる」ことではなく両者の区別がつかなくなることを意図されていたということですが、オーケストラ・サウンドをエレクトロニック・サウンドに「近づける」ことは、たとえば「人間がAIを模倣する」というような関係性に近いと思ったのです。一般的には機械やエレクトロニックなものは人間や自然を模倣して作られたものですが、それが逆転しているという関係性はおもしろいと思いました。もしそのような逆転があるとするならば、人類の未来のあり方としてそのような状況についてどのように考えますか?

JM:その考えはとてもおもしろいね。自分が考えていたのは2017年といういま人間が置かれている状況、つまり「ミックスされている」ことを表現したいということだった。人類が進化するにつれて性別や人種などいろいろなものが混じっていったということ。アメリカという国の成り立ちを踏まえても、「ミックス」という考え方を表現したかった。もうひとつ考えていたのは、与えられた情報をいかに有効活用するかということ。今回の『プラネッツ』に関しては科学的な情報を自分に取り込み、そこから何か新しいものを生み出すというような方法をとった。それは様々なことを伝える考え方で、僕が強調したかったのは「ミックスする」ということと「ミックスされた結果がどのようなものになるのか」ということなんだ。

細かい音を連続で鳴らすときに、エレクトロニクスの場合はひとつの音をすぐ止めることができると思うのですが、生の楽器の場合は構造上どうしても残響が生じてしまいますよね。アルバムを聴いていると両者のその差が揺らぎのようなものを形成しているように感じて、それはたとえば宇宙空間の無重力などを演出しているのかなと思いました。エレクトロニクスとオーケストラを共演させる際に最も苦心したこと、苦労したことは何ですか?

JM:揺らぎのようなものについてだけど、今回の作品では「旅」がメイン・テーマになっていて、宇宙は無重力空間だから、太陽から徐々に離れて太陽系の外に向かっていくということを止めることはできないんだ。そのため(演奏が)沈黙(サイレンス)する状態がないようにすべてが延々と繋がっているような曲作りをした。その際に浮遊感のようなものを演出するため、いろいろな工夫を施している。苦心したことに関しては、ひとつには楽譜を作っていく段階で、特に後半の“ウラヌス”、“ネプチューン”、“プルート”は譜面が難しくて、ミュージシャンが演奏するのに苦労した部分が多々あったこと。あまり難しくしすぎると(オーケストラのメンバーが)ミスなく演奏できないということが起こりえるので、そのあたりは多少の譲歩があった。そういう意味では、レコーディングだと1度きりのパフォーマンスと違って何度も演奏し直すことができるし、ポスト・プロダクションでそれぞれの音を多少調整することもできるから、レコーディングに関しては比較的スムースにおこなえたよ。もうひとつ、難しいというか大変だったのが、僕自身の楽譜というものがないから、自分で演奏するパートはもちろん、他のミュージシャンの演奏する音をすべて暗記して本番に臨まなければならなかったということだね。それに、(自分には楽譜がないので)決められた中である程度即興的に演奏しなければならなかったこともすごく苦労した。


いまこれを聴いてくれる人たちはもちろん、自分が100年前に作られたホルストの「惑星」を聴いていまでも楽しめるように、この『プラネッツ』も100年先に生きている人びとにも聴いてもらえるのであればいいなと期待しながら作ったんだ。

最終曲の“プルート”は終盤にノイズが続き、それが唐突に途切れて、その後15秒の沈黙(サイレンス)を経てトラックが終わりますよね。他方、ディスク2のエレクトロニック・ヴァージョンの方の“プルート”はフェイドアウトしていく終わり方です。オーケストラ・ヴァージョンの不思議な終わり方を聴いたとき、それまでアルバムの冒頭から旅を続けてきた人が急に宇宙という広大な空間に放り出されるような印象を抱きました。宇宙船なのか他のものなのかはわかりませんが、人類が自らの技術力に頼って最後の冥王星まで辿り着いた結果、難破してしまうようなイメージ、つまりある種のバッドエンドを想像したのですが、それは深読みでしょうか? なぜこのような形でアルバムを終わらせたのですか?

JM:“プルート”の終わりにあるノイズは、太陽系を出たところにカイパーベルトという宇宙の塵のようなもので構成されているリングがあるんだけど、それを塵=ホワイトノイズとして表現している。15秒のサイレンスについては、たしかに僕たちが実際に聴くことのできる形での音楽はそこで終わっているけれど、マスタリングの際に沈黙の部分を可能な限りレヴェルを高くして何度も何度もサイレンスを重ねることで、そこにじつは非常に高いレヴェルのサイレンスがあるようにしたんだ。もしもそこに沈黙ではなく音を配置したとしたら、スピーカーが飛んでしまうようなレヴェルの沈黙になっている。それはつまり、自分たちが知っている太陽系というものを出てしまった後は本当に未知の世界で、何がそこに潜んでいるのかわからないから、非常に注意しなければいけないという警告の意味があるんだ。なのでここで終わってしまった、ということではないね。

ジェフさんは先ほどこのアルバムは「ジャーニー」がテーマであるとおっしゃっていましたが、頭から順番に通して聴いてみると次々に惑星を訪れていくような映像が頭に浮かびます。そこで旅をしているのは一体誰、または何なのでしょうか? 人類なのでしょうか? それともたとえばボイジャー探査機に搭載された人類の情報を刻んだレコードのような、人の思いや願い、あるいはメッセージのようなものなのでしょうか?

JM:旅をしているのは基本的に人間だ。誰のためにこれを作ったのかということを説明すると、いまこれを聴いてくれる人たちはもちろん、自分が100年前に作られたホルストの「惑星」を聴いていまでも楽しめるように、この『プラネッツ』も100年先に生きている人びとにも聴いてもらえるのであればいいなと期待しながら作ったんだ。この作品はそういう未来を見据えた考えに基づいている。“ループ・トランジット”という、惑星と惑星の間を旅するというコンセプトのセクションが9つあって、その箇所は現在の人間の知識では基本的に無の空間として認識されると思うんだけど、いまの人間の能力では何も見えず、何も聴こえず、何もわからないだけであって、もしかしたら何百年も経った後にはそこに何かがあるということを人間が発見するかもしれないよね。そういったことが起こりうるということを期待しつつ作曲したんだ。

このアルバムはオーケストラのサウンドがメインになってはいますが、いくつかの曲からはいわゆる普通のクラシックの曲からは感じられないテクノやダンス・ミュージックのグルーヴが感じられました。それは意識して出されたものなのでしょうか? それとも自然と出てきたものなのでしょうか?

JM:僕のオリジナル(・ルーツ)としては、やはりグルーヴ(・ミュージック)から入っていったので、グルーヴについては入れ込めるところには可能な限り入れたいと思っている。アレンジャーのシルヴェインももともとジャズのピアニストなので、彼自身ファンキーなことはできるし、ふたりでできる限りそういった要素を入れることを試みたよ。

このアルバムはCD2枚組になっていて、2枚目には1枚目の楽曲のオリジナル・エレクトロニック・ヴァージョンが収録されていますよね。両者を聴き比べるとその違いが際立ったり、いろいろなイメージが膨らんだりしておもしろいのですが、なぜこのような2枚組という形態にしたのでしょうか? 『プラネッツ』というアルバムはオーケストラ・ヴァージョンだけでは完結しない、ということなのでしょうか? それとも2枚目はあくまでボーナスあるいは参考資料のような位置づけなのでしょうか?

JM:(2枚組にしたのには)『プラネッツ』という作品の全体像をみんなに把握してもらいたいという意図があった。オリジナル・エレクトロニック・ヴァージョンの方もボーナスという位置づけではなくて、作品に欠かせない存在だ。あえてオリジナルのトラックをみんなに聴いてもらうことで、「クラシカルなアレンジをすることでそれがどのような変化を遂げたのか、どの部分が取り上げられてどの部分が取り上げられなかったのか」ということをいろいろと考えてもらったり、評価してほしいという意図があるんだ。





Kid Cudi - ele-king

「と、ここまで書いて深沢七郎の『東京のプリンスたち』を読みかえして笑ってしまう。この小説に登場する五〇年代末の、面倒臭いことはほとんど何も考えずプレスリーのリズムでからっぽの頭の中をいっぱいにして、細いズボンをはき、体を小刻みに揺っていた高校生たちも、今は六十四、五歳だ。今も何も考えずに生きているだろうか」 金井美恵子『目白雑録2』2006

 Cudi is back!!!
 アメリカ・アマゾンではこんなタイトルで始まるレヴューが新作『Passion, Pain & Demon Slayin'』に付いていましたがキッド・カディは今までどこかへ行っていたわけでもなく、2009年にカニエ・ウェストの〈GOOD Music〉からデビュー作『Man on the Moon: The End of Day』を出して以降、スタジオ・アルバムだけで6枚もあってとくに寡作な人でもない。ないですが、キッド・カディと言えば2008年のデビュー・シングル「Day 'n' Nite」に尽きるかも、という辺りからして少なくとも日本では、最初に打ち上げた大玉花火の残像みたいな扱いかも知れない。

 自分が最初にカディを聴いたのは2013年発表の3作目『indicud』で、そこから遡って耳にした“Day 'n' Nite”よりも同アルバム収録の“Enter Galactic (Love Connection Part I)”や“Up Up & Away”の方がずっと好もしい印象だったのはいまでも同じですが、カニエ・ウェストの“All of the lights”(2010)を始めとした幾多の客演曲も含め、この人は過去作品を一通り聴いてみても嵌まると凄いんだけどダメな時は超残念、といった余りの玉石混淆ぶりが面白く、かつ評価を定めづらいところではある。

 さてこの、歌詞データベース・サイト「Genius」が制作したこの動画は『Passion, Pain & Demon Slayin'』からカディがハミングしているパートだけを集めた、新作及び作家紹介としてはこれに尽きるダイジェストだ。ハミングに限らず、とりわけ彼が旋律を下降していく時に発生する低いノイズの禍々しく官能的な豊穣さは、ちょっと他に思い当たらない類いの感触がする。ただし自分のノドを楽器と見做して日々鍛錬、といったストイックさは微塵も感じられないので行き当たりばったりのだらしない感じが満載だが、例えばちょっと前に大喧嘩してたらしいドレイクの入念に計算された(スタイルとしての)だらしなさとキッド・カディの「だらしなさ」は似て全く非なるものであって、公式音源でさえも音程が妙に外れたままの曲が結構ある辺りからして、この人のだらしなさ加減はミキシングやポスト・プロダクションではどうにもならない天然の――要は獣が唸っているかのようなのだ。
 アルバム冒頭の“Frequency”からして唸っている。暗すぎてカディの姿がよく見えないPV(ほとんど珍獣観察番組である)は自分で監督しているのでその辺りの獣性には自覚があるように思えるが、2曲目の“Swim in the Light”と来ると、聴くほどにこれはひょっとするとフランク・オーシャンの“Swim Good”を遥か遠くに踏まえ、FOが剥き出しにしてみせた傷に5年くらい経って貼られた絆創膏のなのではないかと思えてくる。

 例えばこんな一節があったりする:
 “You could try and numb the pain, but it'll never go away”
 君がその痛みを宥めようとしても、消え去りはしない

 最後の「go away」をまた「ゴウオウオウオウオウオウオウオウウェイ」とぐざぐざに唸るのではありますが、カニエ・ウェストという(現時点ではひとまず「調子の悪い方の人グループ」に入れざるを得ない)人を縦軸に取れば、この2人はある種の好対照でもあり、キッド・カディの新作を聴きながら自分の頭の中で「次」に浮かんでくるのはフランク・オーシャンの『nostalgia, ULTRA.』(2011)だったりする──こんなのはもうFOが5年前にやったことだよ、と批判したいのではない。ある作品からまた別の作品へとバトンが受け渡される為に必要な時間はどれだけ長くてもあり得る、ということである。ラストに置かれたアッパラパーなパーティー・チューンが象徴するように、例えご本人は何も考えてない、としてもである。


Kid Cudi “Surfin' (ft. Pharrell Williams)”

Eccy - ele-king

 Eccy復活のニュースが意外なところからやって来ました。2ndアルバム『Blood The Wave』以来7年ぶりのフルアルバム『NARRATIVE SOUND APPROACH』をリリースするようです。しかも元銀杏BOYZの安孫子真哉が主宰する〈KiliKiliVilla〉から。Eccyは以前から銀杏BOYZのリミックスやプロデュースをしていたから違和感こそないものの、このニュースには驚きましたね。〈KiliKiliVilla〉やるなあ。確実にこの2017年、目が離せないレーベルの一つです。
 今回のニューアルバムにはShing02、そして超久しぶりのあるぱちかぶといったメンツから、泉まくらやどついたるねんといった少し変化球な人たちも参加していて、特にどついたるねんが参加している「Sickness Unto Death」は、いい意味で「今これをやるか!」といったオールド・スクール・チューンで思わずニヤリとしてしまいますよ。
 アルバムのリリースに先駆けて、「Lonely Planet feat. あるぱちかぶと」の7インチもリリースされているようです。アルバム収録曲のMVが数曲公開されているので、お見逃しなく。


Eccy - Lonely Planet feat.あるぱちかぶと

アーティスト:Eccy
タイトル:『Narrative Sound Approach』
レーベル:KiliKiliVilla
発売日:2月22日
品番:KKV-039
価格:2,160円(税込)

TRACK LIST :
01. Splendor Solis
02. 天蓋のオリフィス feat. Shing02
03. After Midnight
04. Sickness Unto Death feat. どついたるねん
05. Modular Arithmetic
06. The Fool (Upright) feat. Candle,Meiso
07. Odd Eye
08. Blood feat. 泉まくら
09. Open Face Spread
10. Lonely Planet feat. あるぱちかぶと
11. あのころ僕らは

[ご予約はこちら]
AMAZON:https://www.amazon.co.jp/NARRATIVE-SOUND-APPROACH-ECCY/dp/B01MSYB1HF


Eccy/エクシー
1985年生まれ、東京育ち。2007年10月、Shing02をフィーチャーしたデビューシングル『Ultimate High』でHip Hopシーンに新しい感性で切り込み、デビューアルバム『Floating Like Incense』が新人としては異例のセールスをあげシーンにその地位を確立。その後、環ROYとのコラボレーションアルバム『more?』、toe柏倉やACOなどをフィーチャーした実験作『Narcotic Perfumer』、2ndアルバム『Blood The Wave』などをリリース。P-Vineから発売された『Loovia Mythos』収録曲はRas GのBTS radio mixでも使用された。Low End Theory Podcastでも曲が取り上げられるなど、活躍の場を世界に広げている。2011年にはSam Tiba & Myd(Club Cheval),Subeena(Planet Mu)をリミキサーに迎えた『Flavor Of Vice EP』を発売。Produceワーク多数。RemixワークもShing02から銀杏BOYZまで多岐に及ぶ。Fuji Rock Fes ’07,’08,’09,’12、Sonar Sound Tokyo’12、Outlook Fes Japan Launch Partyなどに出演。2014年にIRMA Recordsよりリリースされた「Into The Light / Dark Fruits Cake」はZomby(XL Recordings)などのアーティストから幅広い支持を得る。NIKEのランニング用アプリ「NIKE RUN TRACK」、Panasonic「Neymar Jr. Chant」に楽曲提供。米COMPLEX MAGによるThe Best Of Japanese Hip-Hop 25 Artistsに選出。2015年、銀杏BOYZ「Too Much Pain(The Blue Heartsカバー)」トラックプロデュース。2016年、銀杏BOYZ公式ライブ映像作品「愛地獄」OP、ED曲を楽曲提供。

Visible Cloaks - ele-king

 ヴィジブル・クロークスは、ポートランドを拠点に活動をするニューエイジ・アンビエント・ユニットである。メンバーは、スペンサー・ドーランとライアン・カーライルのふたり。スペンサー・ドーランは00年代に、プレフューズ以降ともいえるサイケデリックかつトライバルなアブストラクト・エレクトロニカ・ヒップホップをやっていた人で、00年代のエレクトロニカ・リスナーであれば、知る人ぞ知るアーティスト。スペンサー・ドーラン・アンド・ホワイト・サングラシーズ名義の『インナー・サングラシーズ』など愛聴していた方も多いのではないか。
 その彼が、〈スリル・ジョッキー〉からのリリースでも知られるドローン・バンド、エターナル・タペストリーのライアンと、このような同時代的なニューエイジ・アンビエントなユニットを結成し、アルバムをリリースしたのだから、まさに時代の変化、人に歴史ありである。

 そう、ここ数年(2010年代以降)、いわゆる80年代的なニューエイジ・ミュージックが、エレクトロニカ/ドローン、OPN以降の、新しいアンビエントの源泉として再評価されており、ひとつの潮流を形作っている。そのリヴァイヴァルにおいて大きな影響力を持ったのが、オランダはアムステルダムの〈ミュージック・フロム・メモリー〉であろう。同レーベルは80年代のアンビエント・サウンドを中心とする再発専門のレーベルで、なかでもジジ・マシンを「再発見」した功績は大きい。じじつ、ジジ・マシンのコンピレーション盤『トーク・トゥー・ザ・シー』は日本でも国内盤がリリースされるほど多くのリスナーに届いた。そのピアノとシンセサイザーの電子音を中心とした抒情的で透明で美しい音楽は、現代にニューエイジ・アンビエントという新しいジャンルを作ったといっても過言ではない。まさに「過去」が「今」を作ったのだ。再発レーベルとしては、理想的な成功である。

 その〈ミュージック・フロム・メモリー〉がリリースした、唯一の日本人アーティスト・ユニット作品がディップ・イン・ザ・プールの『On Retinae』の12インチ盤であった。ディップ・イン・ザ・プールは、1980年代から活動をしている甲田益也子(ヴォーカル)と木村達司(キーボード)によるユニットで、日本でも根強い人気とファンがいるし、1986年には〈ラフトレード〉からデビューを飾ってはいるが、しかし、それをニューエイジ・アンビエントの文脈と交錯させた〈ミュージック・フロム・メモリー〉のセンスは、やはり素晴らしい(ちなみに香港のプロモ盤がもとになっているらしい)。だが、ふと思い返してみると、日本の80年代は、細野晴臣をはじめ、安易な精神性に回収されない音楽的に優れたニューエイジ/アンビエント的な音楽が多く存在した。それはときにポップであったり、ときに実験的であったりしながら。

 ヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランは、そんな80年代の日本音楽のマニアなのだ。細野晴臣、小野誠彦、清水靖晃らを深く敬愛しているという。彼らの楽曲を用いた「1980年~1986年の日本の音楽」というミックス音源を発表しているほど。当然、ディップ・イン・ザ・プールの音楽も愛聴していたらしい。そして、本作『ルアッサンブラージュ』は、そんな日本的/オリエンタルな旋律やムードが横溢した作品に仕上がっている。そして、先行シングルとしてリリースされた“Valve (Revisited)”は、ディップ・イン・ザ・プールとの共作であり、甲田益也子がヴォイスで参加。アルバム2曲めに収録された“Valve”には甲田益也子が参加しているのだ(ちなみに、“Valve (Revisited)”は国内盤にはボーナス・トラックとして収録)。

 ここで思い出すのだが、昨年、戸川純が復活し、ヴァンピリアとの共演盤にしてセルフ・カヴァー・アルバム『わたしが鳴こうホトトギス』をリリースしたことだ。同時期に『戸川純全歌詞解説集――疾風怒濤ときどき晴れ』も刊行されたこともあり、本盤は、かつて戸川マニアのみならず若いファンからも受け入れられ、大いに話題になったが、こちらは「ニッポンの80年代ポップス/ニューウェイブ」再評価における総括のように思えた。
 対して、ヴィジブル・クロークスにおける、ディップ・イン・ザ・プール/甲田益也子参加は、たしかに80・90/2010世代の新旧世代の共演なのだが、文脈はやや異なり、ジジ・マシン再評価以降ともいえる近年のニューエイジ/アンビエント文脈にある。先に書いたように、ディップ・イン・ザ・プールがジジ・マシン再評価の流れを生んだ〈ミュージック・フロム・メモリー〉からリイシューされたことも考慮にいれると、ヴィジブル・クロークスがやっていることは、世界的な潮流である「80年代ニューエイジ/アンビエント文脈」の再解釈なのだろう。そこにおいて、日本の80年代的なニューエイジ・アンビエント、そしてそのポップ・ミュージックが重要なレファレンスとなっているわけだ。〈ミュージック・フロム・メモリー〉からのリイシューや、本作におけるディップ・イン・ザ・プールの参加は、その事実を証明しているように思える。

 くわえて本作には、ディップ・イン・ザ・プール/甲田益也子のみならず、現行のニューエイジ/アンビエント文脈の重要な電子音楽家がふたり参加している。まず、昨年、〈ドミノ〉からアルバムをリリースしたモーション・グラフィックス。あのコ・ラのサウンド・プロダクションを手掛けたモーション・グラフィックスだが、彼が昨年リリースしたアルバムにも、どこか80年代の坂本龍一を思わせる曲もあった。また、〈シャルター・プレス〉などからアルバムをリリースする現在最重要のシンセスト/電子音楽家Matt Carlsonも、参加しているのだ。

 アルバム全体は、ニューエイジ的なムードのなか、現代的な音響工作を駆使し、現実から浮遊するようなオリエンタル・アンビエント・ミュージックを展開する。非現実的でありながら、どこか80年代末期の日本CM音楽のようなポップさを漂わせている。あの極めて80年代的な「日本人による、あえてのオリエタリズム」を、外国人が参照し、実践すること。そのふたつの反転が本作の特徴といえよう。
 本作に限らず現在のシンセ・アンビエントは、80年代中期以降の音楽/アンビエントをベースにしつつ、そこに2010年代的な音響を導入し、アップデートしているのだが、本作などは、アルバム全編から「1989年」的な感覚が横溢しているように思える(たとえば、細野晴臣の『オムニ・サイト・シーング』を聴いてみてほしい)。

 余談だが、この80年代初期から後期へのシフトは重要なモード・チェンジではないか。それは「バブル感」の反復ともいえる。ちなみに、80年代と一言でいっても、前半と後半では随分と違う。いわゆる日本のバブル経済は1985年のプラザ合意以降のことで、世間的にその実感が伴ってきたのは、「株投資」と「土地転がし」が(一時的に)一般化した80年代末期(1988年~1989年あたり)だったはず。
 そう、最近のいくつかの音楽には、この「景気の良かった時代」への憧憬があるように思えるのだ。それこそ大ヒットしたサチモスは、1989年くらいの初期渋谷系(と名付けられる以前。田島貴男在籍時のピチカート・ファイヴ)的なもののYouTube世代からの反復だろう。そういえば、ディップ・イン・ザ・プールの『On Retinae』も1989年だった。

 あえていえば、本作(も含め、近年の音楽)は、「景気が良かった時代の音楽を、景気が悪く最悪の政治状況の時にアップデート」することで、「景気が良かった時代への夢想や憧れ」を反転するかたちで実現しようとしているとはいえないか。つまり、30年以上の月日という時が流れ、新鮮な音楽としてレファレンスできる時代になったわけである。
 これは、若い世代には80年代という未体験の時代への憧憬も伴うのだろうが、私などがこの種の音楽を聴くと歴史の平行世界に紛れ込んだような不思議な感覚を抱いてしまうのも事実だ。しかしこの感覚が重要なのだ。つまり、リニアに進化する歴史の終わりという意味を、現在の音楽は体現してまっているのだから。これこそポストモダン以降の、アフター・モダンというべきで状況ではないか?

 ヴィジブル・クロークスも同様である。逆説的なオリエタリズムの反転。景気の良さへの憧憬。経済の上部構造と下部構造のズレ。その結果としてのニューエイジ・ミュージックのリヴァイヴァル。そこにレイヤーされるOPN以降の精密な電子音楽の現在。
 それらの複雑な文脈が交錯しつつも、仕上がりは極めて端正で美しい電子音楽であること。それが本作ヴィジブル・クロークス『ルアッサンブラージュ』なのである。1曲め“Screen”の細やかな水の粒のような美麗な電子音を聴けば、誰の耳も潤されてしまうだろう。

 本作は、ニューヨークの名門エクスペリメンタル・レーベル〈RVNG Intl.〉からのリリースだ。つまり文脈といい、リリース・レーベルといい、近年のニューエイジ・アンビエントの潮流における「2017年初頭の総決算」とでも称したい趣のアルバムなのだ。非常に重要な作品に思える。

Jacques Greene - ele-king

 いかにビッグになりすぎることなく成長するか。それが〈LuckyMe〉の野望である。すでにバウアーというスターを抱える同レーベルにとって、次にどんな手を打つかというのはきっと大きな問題だったに違いない。そんなかれらの手の内のひとつが、いま明らかになった。
 〈Night Slugs〉から巣立ち、これまで〈LuckyMe〉を軸に作品を発表してきたハウス・プロデューサー、ジャック・グリーン。レディオヘッドによるフックアップから5年半のときを経て、ついに彼のファースト・アルバムがリリースされることとなった。タイトルは『Feel Infinite』。一体どんなアルバムに仕上がっているのか、楽しみに待っていようではないか。

Jacques Greene
ジャック・グリーン待望のデビュー・アルバム
争奪戦必至のスペシャル・エディションで日本先行リリース決定!

〈Uno〉、〈3024〉、〈Night Slugs〉、〈LuckyMe〉といった気鋭レーベルからリリースしてきた諸作が高い評価を受け、『ピッチフォーク』の「Songs of the Decade」に選ばれた2011年の“Another Girl”、ハウ・トゥー・ドレス・ウェルをフィーチャーした2013年の“On Your Side”、2016年のクラブ・アンセム“You Can’t Deny”などヒットを飛ばしてきたジャック・グリーンが満を持してデビュー・アルバムをリリース!!

本作はクラブ・カルチャーの桃源郷的なアイデアがもとになっており、クラブによるクラブのためのクラブ音楽でる。いままでにレディオヘッド、サンファ、ティナーシェ、そしてシュローモといったアーティストとコラボ、またはリミックスをしてきたモントリオール生まれのジャック・グリーンが、2年以上の歳月をかけて制作した、キャリア史上最もパーソナルな感情表現に満ち溢れた作品。2016年にサプライズ・シングルとしてリリースしたソウルフルなテクノ・トラック“You Can’t Deny”や、ユーフォリックなキラー・チューン“Afterglow”などを筆頭にR&Bのヴォーカル・チョップは新しいクラブ・サウンドとしてグリーンの代名詞にもなったが、本作では原体験であるマスターズ・アット・ワークのディスコ文脈の影響を自らの作品に反映させ、2017年のハウス・ムードを予見する傑作がここに誕生した。また500枚限定の国内流通盤は世界に先駆け、3/17に先行リリース、ボーナス・トラックがDLできるスペシャル・カードが封入される。

Jacques Greene | ジャック・グリーン
モントリール出身、ニューヨークを経由し、現在はトロントを拠点とし活動するプロデューサー。〈LuckyMe〉をはじめ、〈UNO〉、〈Night Slugs〉といったレーベルからの諸作をリリース。『ピッチフォーク』「Songs of the Decade」に選ばれた2011年の“Another Girl”、ハウ・トゥー・ドレス・ウェルをフィーチャーした2013年の“On Your Side”、2016年のクラブ・アンセム“You Can’t Deny”などヒットを飛ばしてきた。さらには、レディオヘッド、ジミー・エドガー、コアレスなどへのリミックスの提供など、これまで数多くの作品を発表。2017年には待望の1stアルバム『Feel Infinite』をリリースする。

label: LUCKYME / BEAT RECORDS
artist: Jacques Greene(ジャック・グリーン)
title: Feel Infinite(フィール・インフィニット)
release date: 2017/03/17 FRI ON SALE ※日本先行発売

国内流通仕様帯付盤CD
BRLM41 / 解説書封入

[ご予約はこちら]
beatkart: https://shop.beatink.com/shopdetail/000000002143

[Tracklisting]
01. Fall
02. Feel Infinite
03. To Say
04. True feat. How To Dress Well
05. I Won’t Judge
06. Dundas Collapse
07. Real Time
08. Cycles
09. You Can’t Deny
10. Afterglow
11. You See All My Light
+ DL CARD

ECD × 空間現代 - ele-king

 僕は買ったよ。かつて“言うこと聞くよな奴らじゃないぞ”に勇気づけられたから。もちろんそれだけじゃないけど、でもあの時代にあの曲が、僕(=小林)のようなうだつのあがらない人間たちの小さな救いとなったことは間違いない。そう確信しているから。

 現在がんで闘病中のラッパー、ECD。去る2月8日、彼とその家族を支援するべく空間現代がドネーション・アルバムを発売した。タイトルは『Live at Waseda 2010』で、2010年に早稲田祭でおこなわれた空間現代とECDとの共演ライヴが収録されている。
 アルバムは現在 Bandcamp にて購入可能となっており、今後空間現代の運営するライヴ会場などでCD-Rとしても販売される予定。制作費を除く売り上げの全額がECDに寄付される。


空間現代が、闘病中のラッパー・ECDを支援するため、ドネーション・アルバムを発売する。
2010年におこなわれ大きな反響を呼んだ、ECDと空間現代の早稲田祭でのコラボレーション・ライヴの音源を収録。
Bandcampにてデータ販売をおこなうとともに、空間現代のライヴ会場および空間現代が運営するライヴハウス「外」にてCD-Rでも販売予定。制作費を除いた売上の全額をECDに寄付する。

アーティスト:ECD + 空間現代
アルバム・タイトル:『Live at Waseda 2010』
https://kukangendai.bandcamp.com/album/live-at-waseda-2010

価格:1,000円(税込)
発売日:2017年2月8日
フォーマット:bandcampにてデータ販売、今後ライヴ会場にてCD-Rでも販売を予定

1. トニー・モンタナ + 関係ねーっ! × 通過
2. I Can't Go For That + Born To スルー × 痛い
3. ECDECADE + 天国ROCK × まだ今日
4. Rock In My Pocket + 地球ゴマ × 少し違う

○収録日
2010年11月7日(日)
《早稲田祭Live》
会場:早稲田大学早稲田キャンパス7号館218教室
企画者 小林伸太郎/録音 住野貴秋/PA 宋基文
○マスタリング:noguchi taoru
○ジャケットデザイン:古谷野慶輔

Wiley - ele-king

 Wileyが〈CTA Records〉から通算11枚目のスタジオ・アルバムをリリースした。このアルバムをレヴューする前に、彼がなぜグライムの「ゴッドファーザー」と自らを呼ぶに至ったか紹介したい。
 Wileyがのちにグライムと呼ばれる音楽の原型となるサウンド「エスキービーツ」を作りあげたのは、その語源となった「Eskimo」のリリースから数えれば15年前のことである。ファースト・アルバム『Treddin’ On Thin Ice』に収録されている“Wot Do U Call It?(なんと呼ぶ?)”では、彼のサウンドがガラージ、2ステップ、アーバンと呼ばれることを否定し、まだ名もなきこの音楽と「ともに行こう」とラップした。2001年頃からチャラいUKガラージが突然変異したようなサウンドを、自身のレーベルでリリースし続け、2005年に〈Boy Better Know(BBK)〉に加入した。〈BBK〉には昨年マーキュリー賞を受賞したSkepta、JME、Jammerなど今のグライムを牽引するMCが所属している。Wileyはエスキービート、そして「グライム」と呼称される重たく凍えるような、チープでメロディックなサウンドを作り上げた。

 しかし、Wileyのキャリアはそのあと順風満帆ではなかった。

これが俺たちが今いるところだ
クルーの皆はまるで、トンネルの中みたいだ。
ファミリー、それこそが俺たちの気にかけることだ。
文字通り、レーベルがくれる金なんて無い、クソだ。
全く意味がない。
[“Speaker Box”冒頭のSkeptaの言葉]

 このSkeptaの言葉は、メジャー・レーベルから支持されない音を作ろうとするWileyの苦悩とも重なる。
 2011年に表現を取り戻すべくメジャーを離れ、「Stepフリースタイル」シリーズを開始、Twitterでフリー・ダウンロードで20曲を公開した(*1)。
 今回のアルバムはこの「Stepフリースタイル」シリーズを思い出させる。レーベルと関係なく「やっていく」インディペンデントな姿勢を感じるとともに、「Stepフリースタイル」にトラックを提供した若き才能あるプロデューサー、Preditahや盟友Dot Rottenは今作にも参加し存在感を放っている。
 トラックは全体的にトラップらしいラウドなビートとグライムの定番ホーンやベースラインが重なり、時折無国籍なメロディが顔をのぞかせる。

俺の顔を覗き込むなら、ボスを目にするだろう
クラウドの側を見るなら、モッシュを目にするだろう
ボブ・マーリーとピーター・トッシュのようにやる
これがスピーカーボックスのエスキーボーイ
[“Speaker Box”]

 Rap Geniusで歌詞を読んでみると、全体的にギャルやブリンブリンのアクセサリーといったテーマは控えめで、代わってどのように他のMCより優れているか、そして音楽を作り、成り上がったかについてラップしている。
 前者はグライムのクラッシュ(レゲエから影響を受けたMCバトル)にあるような、MC同士が切磋琢磨する文化から来ているだろう。後者は純粋にWiley自身の真面目さからきているように思える。アルバムの後半、TR.15“Lucid”やTR.16“Laptop”では、彼自身が10代の頃からノートパソコンで曲を作り、フリー・ダウンロードで公開することなど、インターネットを用いてファンに音楽を届けることを大切にする真摯さが伺える(*2)。
 MCの客演では、TR.11“On This”でフィーチャーされたIce Kidが良い。彼は十代の頃からWileyにフックアップされているが、フローのテクニカルさが客演陣の中でも際立っており、140というスピードの奥深さを感じさせる。また、TR.07“Pattern Up Properly”でフィーチャーされたJamakabiのパトワ混じりのMCも一周して今っぽくて好きだ。

Wiley、Chip、Ice Kidが出演するWestwood TVのビデオ(2007年)

 同世代、後続のMCやプロデューサーを刺激し、シリアスに音楽をやり続けるワイリー。
 「この音楽をやっていこう」、彼が2004年に発したメッセージとアクションがこのアルバムに結実した。

(セールスの)数字を俺たちに言ったって意味ない
俺たちは彼らを見ているからだ
俺たちが経験してきたことなんて
今のキッズは経験する必要のないやり方で
このことに没頭しているんだ。
[“Speaker Box”最後のSkeptaの言葉]

*1 ちなみに、このシリーズの“Step 20”はZombyが近年リメイクし、「Step 2001」として〈XL Recording〉からリリースされた。
*2 ちなみにWileyは以前インタヴューで、“Eskimo 2 (Devils Mix)”が収録されたレコードのヒットで車を買ったと話している。ブリティッシュ・ドリーム!

Sendai - ele-king

 最近、『ピッチフォーク』がIDMのベスト50を特集したのだが、それを眺めていて思わず「懐かしい」という気分になり、自分でも驚いてしまった。最近作も入っているのだけれど、やはり00年代初頭のアルバムが目立つ。いやはや、ゼロ年代の電子音楽も懐古の対象になったというべきか。かつての最先端も歴史化したというべきか。プレフューズ73のセカンド・アルバム・ジャケットをこんな気分で見ることになるなんて、00年代初頭には思いもしなかった。しかし、15年前となれば、今の30歳が15歳のときだ。時は流れる。人は等しく歳をとる。

 だが、「歴史化した」ということは、半端な古さが消え去り、新しい時代のモードとして再利用(リサイクル/リバイバル)される時期になったという意味でもある。20年という期間はリバイバルにはちょうどいい「寝かしどき」だ。90年代から00年代初頭のIDMが、2016年あたりから、また再活用されてはいないか。セコンド・ウーマンしかり。ベーシック・リズムしかり。ダークなインダストリアル/テクノの潮流がひと段落ついた後だからこそ、あの時代のミニマルな音響工作が、見直され/聴き直されつつあるということなのだろうか。このセンダイも、そういったIDMリバイバルの一端に組み込むことは可能だ。

 センダイは、ベルギーはブリュッセル出身・現ベルリン在住のミニマル・テクノ・アーテティスト、ピーター・ヴァン・ホーセンと、同じくベルギー出身のサウンド・アーティスト、イヴ・ド・メイのユニットである。これまで〈タイム・トゥ・エクスプレス〉から『ジオトープ』(2012)、ピーター・ヴァン・ホーセンとイヴ・ド・メイが主宰する〈アルシーヴ・アンテリュール〉から『ア・スモーラー・ディヴァイド』などをリリースしており、『グラウンド・アンド・フィギュア』はサード・アルバムとなる。
 昨年は、いささかリリース・ラッシュ気味だったイヴ・ド・メイ(アルバム『ドローン・ウィズ・シャドウ・ペンズ』とEP『レイト・ナイト・パッチング 1』を発表した)だが、このセンダイでは、ソロでは聴くことができないIDM/テクノなサウンドを展開している。もしかすると、ピーター・ヴァン・ホーセン主導のサウンドなのだろうが、そこにイヴ・ド・メイ的な音響工作が良いアクセントになっている。
 つまり、このマシニックで、トリッキーで、クリッキーなサウンドは非常に心地よいのだ。1曲め“002 Archiefkwestie”からして、細やかで精密なビート・プログラミングに、清潔なアンビエントのアトモスフィアまで兼ね備えた見事なトラックで、高品質な仕上がり。

 また、“Apopads”、“Perfect Boulevard Exclusive”、“W180215Yves-PVH-R”などのトラックは、ドローンやノイズの扱いなどエクスペリメンタル/インダスリアルなムードもあるが、しかし、過激さ・過剰さの一歩手前で留まるような全体のバランス感覚が絶妙である。
 アルバム全体として、まるで漂白されたようなホワイト・ミニマルな質感を維持しており、ビートの入ったインダスリアルな環境音楽としても機能しそうなほどに端正な仕上がり。本作のリリースは〈エディションズ・メゴ〉だが、ルーシー主宰の〈ステレオフォニック・アーティファクト〉的な精密なマシン・ミニマル・テクノなのである。近年のIDMアルバムの中でも、ひと際、優れた作品に思えた。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294