「IR」と一致するもの

NO RIO (CAT BOYS) - ele-king

今聴きたいソウルミュージック10選

Aphex Twin - ele-king

 2016年6月21日22時。12歳の少年が監督したエイフェックス・ツインの新曲MV“CIRKLON3”が、渋谷神南一丁目交差点、いわゆるスクランブル交差点で突如として上映された。当然、歓喜と混乱と無視が巻き起こる。いわゆるオン・ザ・コーナー的なカオスの生成。ああ、そんなことは00年代には想像すらつかなかった、やはりエイフェックス・ツインは「復活」したのだ、そう思った。むろん、“CIRKLON3”が収録されたエイフェックス・ツインの新作『チーターEP』は、話題性だけの代物ではない。この2010年代中盤におけるテクノ/IDMリヴァイヴァルの象徴として、欠くことのできない重要なピースである。

 そもそも、ここ最近、われわれの耳が、脳が、身体が、テクノを求めてはいなかったか。マシンのキックとベースがもたらす整合性による快楽が必要だったのではないか。チルウェイヴ、ヴェイパーウェイヴ、インダストリアル/テクノ、ポスト・インターネット、ベース・ミュージック、エレクトロニカ、アンビエント/ドローンなど──ジャンルの細分化が加速した現代だからこそ行き着いた「テクノへの回帰」?
 それは反動ではない。むしろ「分母」が明確になったとすべきだろう。2010年代のエレクトロニック・ミュージックは、すべてテクノが根底にあったとさえ言える。それのうちに内包されていたテクノが、明白な輪郭線を伴う分母のように、あらためて浮上してきたわけだ。

 〈エディションズ・メゴ〉傘下のシンセウェイヴ・レーベル〈スペクトラム・スプールズ〉からリリースされたマーク・フェル以降のテクノ=IDMサウンドを聴かせるセコンド・ウーマンのファースト・アルバムと〈ワープ〉からリリースされたプラッドの新作、〈タイプ〉からリリースされた90年代ドラムンベース・リヴァイヴァルのベーシックリズム『ロウ・トラックス』と圧倒的ヴォリュームで聴かせるオウテカ新作、〈モダンラブ〉からリリースされたロウジャックのアルバムとエクスペリメンタルIDMなペダー・マネーフェルト『コントローリング・ボディ』、ベルギーの〈アントラクト〉が送り出すロウ・テクノと石野卓球のエレガントセクシーでテクノなソロ新作『ルナティック』などが一堂に共存する時代、それが2016年なのである。まさにテクノ復権の時代。

 その契機のひとつをエイフェックス・ツインの復帰作『サイロ』(2014)としてみよう。『サイロ』には魅力的なビート、作りこまれたトラック、リチャードらしい繊細で牧歌的なメロディが折り重なり、フロア対応テクノとリスニング対応IDMが絶妙に交錯している。90年代と00年代の流れを継承しながらも、2010年代のテクノの可能性を探索する──それが、ほかならぬリチャード・D・ジェイムスによって、いきなり完成形を見せつけられたと言える。
 また、たとえばヴェイパー/ポストインターネット的な80年代~90年代頭の企業広報/CM的なクリシェ・イメージの反復は、『サイロ』にもあったし(RDJの世代的なものかもしれない。僭越だが同世代としてよくわかる気がする)、IDM的ともいえる緻密なサウンドは全編において鳴り響いていた。続く『コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ・パート2 EP』においてはスティーヴ・ライヒ的ともいえるミニマリズム、エクスペリメンタル、現代音楽的な音響を追求し、AFX名義の『オーファンド・ディージェイ・セレク 2006-2008』ではアシッド・リヴァイヴァルともリンクした。
 そう、『サイロ』以降のエイフェックス・ツインは、テン年代後半仕様にしっかり対応・変貌しているのである。

 本作『チーターEP』は、テイスト的には『サイロ』に近い。イギリスのシンセサイザー・メーカーの名を冠する本作は、同社のレアなシンセサイザーMS800を用いている。そのせいか、90年代初頭的な音色が、2016年的解像度と音圧で鳴っているかのようだ、と言えよう。私はクラフトワーク『ザ・ミックス』みたいだと思った。最近までダサいと言われていた90年代頭の音色が、何周かしてイケてる音になったのかもしれない。とくにMS800の生々しさが脳を揺さぶる3曲目“CHEETA1b ms800”と4曲目“CHEETA2 ms800”は圧倒的。いや、どのトラックも、斬新なビート・プログラミングとベースの巧さ、サウンドの中毒性が強烈だ。あわいメロディ、渋く盛り上がる構成の妙技も、ほかの追随を許さない。まさに「作曲家としてのリチャード・D・ジェイムス」の面目躍如といったEPだ。
 全曲通してベースラインがトラック/楽曲の背骨になっている。そこから上のメロディと下のビート・プログラミングが生成されているように思える。彼のトラックメイク/コンポジションの手つきを生々しく感じることができのだ。さらに、80年代の企業広告的なアートワークにはヴェイパーウェイヴ的なフェイク感も漂っている。彼がここまで同時代(若手世代)のイメージに衒いなくアプローチしたのは初めてのことかもしれない。このフェイク感/ポップな装いからは、ポスト・インターネット的な感性も楽しめるだろう。

 近年におけるアンダーグラウンド・ミュージックの細分化を経て、それらの音楽の分母としてテクノが(再)浮上した2016年、エイフェックス・ツインがウソのような自然さで、時代の先端に返り咲くことになろうとは誰にも予想できなかっただろう(カセット版は即売!)。こんなことがあるから、ますます新しい音楽(の状況)を追い続けることを止められない。音楽のサイクルには、抑圧された無意識が解放されるようなスリリングさがある。そう考えると、リチャード・D・ジェイムス=エイフェックス・ツインは、90年代以降のわれわれのテクノ、電子音楽の無意識領域だったのだろうか……。
 そんな妄想がどうであれ、2016年のテクノを象徴する1枚は、間違いなく『チーターEP』である。まさに全テクノ/IDMファン必聴のEPだ。

KOHH - ele-king

 プレイボタンをクリックすると、聞こえてくるのはナチュラルに歪んだエレクトリックギターのアルペジオ。あなたはニヤリとするだろうか。それとも、狐に摘まれたような表情を浮かべる? KOHHはブルー・ハーツやカート・コベインからの影響を公言している。そして前作『DIRT』の“Living Legend”などで披露していたのは、喉が裂けんばかりのシャウト。繰り返される自分はヒップホップアーティストだと思っていないとの発言。遂にサウンド面でもロックに舵を切るのか。そのように連想するのが自然かもしれない。しかしわずか4小節、16秒ばかりで、そのアルペジオは残響音を残しながら呆気なく途切れる。そして聞こえてくるのは鐘の音だ。半音ずつ高くなったり低くなったり。一体誰のためにこの鐘は鳴らされる?

 かつてないレベルでディストーションがかったKOHHのヴォイスは、同じくらい歪んだギターサウンドを呼び寄せる。トラップ・サウンドとディストーション・ギターのミックスに、彼の歪んだヴォイスはいつになくフィットする。しかし渾身の「ダーイッヤァァーーーーーーンッッ」という叫びのテンションが頂点に達すると同時に、ビートまでもがドラムマシンのTR-808ライクなハットが乱打されまくるトラップサウンドから生ドラムに取って代わられる。そして再び鳴り響く鐘の音。歪んだギターサウンドにラップに鐘の音。この風景には既視感がある。1983年リリースされた映画『ジャッジメント・ナイト』のサントラの1曲目、ヘルメットとハウス・オブ・ペインが共演した“Just Another Victim”に、僕たちはミクスチャーと呼ばれるヒップホップとハードコア/メタルの融合体の原風景を見なかったか。

 イントロの冒頭からわずか1分半のこの間にさえ、僕たちは何度も予想外の展開に裏切られ続ける。そして僕たちは気付かされる。このサウンドは「ミクスチャー」という呼称がいつの間にか纏ってしまった「どっちつかずで中途半端である=ヤワである」ことを言外で示すようなものではなく、ガチであると。『ジャッジメント・ナイト』やアイス-T率いるボディ・カウント以来悲願であった、ラップとハードコア/メタル両者の単なるミックスではなく、ガチな境界の無効化を、彼は軽々とやってのけるのだ。

 そしてKOHHは自身の言葉をも、故意にせよ過失にせよ、簡単に裏切って/乗り越えてみせる。“Business & Art”で「ラッパーなんかじゃない」と歌いながら“I Don't Get It”では変則的な譜割りのラップ・スキルを見せつけ、「I'm not a rockstar」と高レベルでヴォイスコントロールされた地声で呟きながらも“Die Young”のMVでは誰よりもロックスター然とした輝き方をしてしまう。そう、KOHHはかつて降神が「ロックスターの悲劇」で歌った「もう誰も喋れない」状況を見事に裏切ってくれる。才気溢れるアーティストたちは僕らを何度でも裏切る。ラストの「Hate Me」では不敵にもコインの裏表の関係にあるファン/ヘイターの裏切りを称揚している。KOHHの言葉もまたコインの表裏を行き来するが、それが嫌なら「殺せるもんなら二度殺せ」と呼びかける。一度目はコインの表面のKOHHを、そして二度目はコインの裏面の彼を殺せと言わんばかりに。

 イントロ込みで全9曲、32分弱で駆け抜けるディスク1は、生死を歌った楽曲が13曲中で約半数を占めた前作『DIRT』の続編であり、今作でも“Die Young”“Born to Die”といった楽曲群では同様に死がモチーフとなる。“Die Young”は1980年にロニー・ジェイムス・ディオ時代のブラックサバスが残した名曲のタイトルでもある。メタルの持つ様式美を象徴するような同曲。KOHHは自らのスタイルがそのような様式美に陥ることを、徹底的に回避しようとしているようにも見える。自らの露悪的な屈折したリリック群は「ドブネズミの美しさ」のように存在感を誇示し、様式美には回収されない。

 それは、本作で抒情的な旋律やコード進行を捨てていることからも明らかだ。かつての“Real Love”や“I'm Dreamin”のようなメロディアスなビートに乗せたラブソングや身近な生活に見出すある種の抒情を綴る歌はここにはない。不穏な旋律をメインに据えること。不協和音のワンコード/ループで突き進むとは、言葉の自立性を誇示しているに等しい。誰にも媚を売らず、自らをも裏切りかねない言葉の自立性を。ここにはかつて彼が描いていたような生活感はない。彼は音楽に対して、自らを尽くしている。

 さらに、本作を象徴する裏切りの発露は「暗い夜」に顕著だ。この曲を聴いていると、数年前、バンコクのスワンナプーム空港まで向かうタクシーの中、深夜の街並みを背景にローカルラジオ局から流れて来た楽曲群を思い出してしまう。ここにあるのは如何にもオリエンタルな旋律なのだが、それはアジアのどこかの国のカラオケで、現地語で歌われるところが想像されるような、ローカル感溢れるオリエンタリズムだ。もちろん共演のジャマイカン、Tommy Lee Spartaからインスパイアされた部分も大きいだろうが、このメロディの音符を選んだのは確かにKOHHなのだ。彼にとって異国のメロディ、アウェイの音符を拾い上げるのは難しいことではないのだろう。本来アウェイであるはずのハードコアトラックにヴォーカルを乗せるのも「ラッパーなんかじゃない」彼にとっては簡単なことであるように。

 この曲で僕たちに提示される情報量は少ない。“静かな暗い夜”と“お腹にナイフ”の二つのフレーズが先導する文字数の少な いKOHHのヴァース。これはロックなどに比較して言葉数が極めて多いラップ曲のフォーミュラを裏切るものであることは自明だ。しかしKOHHは言葉少なげに朗々と歌い上げ、静かな暗い夜”と不気味に光る“お腹にナイフ”の対のイメージを立ち上げている。あるいは、言語の国境やジャンルのボーダーを軽々超え、アウェイな環境の腹部に突きつける彼の才覚こそが、この「ナイフ」なのではないか。

 締めの1曲“Hate Me”で彼は「俺のこと好きになるなよ/まずあんたに興味ない/好かれるより嫌われたいから綺麗事は嫌い」と歌う。このKOHHのラインから遡ること17年前、Nasは彼のサードアルバム『I Am...』収録曲の“Hate Me Now”で「俺を憎むな/俺の視線先にある金を憎め/俺の買う服を憎め」と歌った。Nasはこの曲において、Puff Daddyをフューチャリングすることで自身の商業的な成功を示しつつ、その成功を齎した彼のリリックと音楽が如何に偉大なものかであるかを誇示したのだ。ポップになった/金の匂いがするといった批判に対して、Nasはある種の開き直りをもって対抗した。

 KOHHの立ち位置はこの延長であると同時に、それが行き着く隘路をも軽々と越えてみせる。Nasのリリックにおいて問題視されていた、成功したMCがどのような現実を歌い得るかという従来の問題設定は、KOHHにおいては「地獄までサイフは持ってけない」というステートメントと共に、無効化される。目の前で、富はひたすらに消費される。もっと言えば、消尽される。古代の部族の長が、自身の力を見せつけるために、敵対する部族に見えるように財産を焼き尽くしたように。

 僕らの目の前で、彼の富は消尽される。僕らの目の前で、彼の才能は消尽される。その危うさを、僕らは見ている。しかしこれも、僕らの期待が僕ら自身に見せている幻影に過ぎないのかもしれない。KOHHはこの後、彼の音楽によって、彼のリリックによって、彼の立ち振る舞いによって、僕らに一体、どんな裏切りを見せてくれるのだろうか。

 ジョン・グラントは、ゲイとして歌うことを少しも恐れていないシンガーだ。その痛み、喜び、孤独、愛を赤裸々にさらけ出し、HIVポジティヴであることも公表し、さらにはその心境をも歌っている。だから彼が日本に来ると聞いたとき、僕が会ってほしいと真っ先に思ったのが田亀源五郎氏だった。田亀氏こそ、日本でゲイとして表現することをもっとも恐れていないアーティストのひとりだからだ。ゲイ・エロティック・アートというのは、ゲイであるということを肯定する、その支えになるはずのものだ。形は違えども、両者の表現にはゲイとして生きることがたしかに刻まれている。
 そうして実現した対談は、想像していた以上に熱を帯びたものになった。ゲイ・カルチャーの現在をヴィヴィッドに伝えるものになったとも思う。僕は立ち会いながら真摯な対話に胸を打たれるばかりだった。

 そして、その貴重な出会いは思わぬ続報をもたらしてくれた。ジョン・グラントは今月のHOSTESS CLUB ALL-NIGHTERで再来日することが決まっているが、その際に田亀源五郎氏がイラストを手がけたジョン・グラントの日本限定Tシャツが発売されるそうだ。田亀源五郎のタッチがたしかに感じられるクールな仕上がり。率直に言って、大手アパレルが手がけたプライド・コレクション系のアイテムよりも、ひと癖もふた癖もある絶妙なものになっていると思う。両者のファンだけでなく、先日の対談で興味を持たれた方にもぜひチェックしていただきたい。

 フロリダのゲイ・クラブで起きた銃乱射事件の数日後、ジョンはコンサートでカイリー・ミノーグをゲストに迎えて“グレイシャー”を歌いあげた。対談でも話題になった曲だ。僕は田亀氏の『弟の夫』の連載を毎月読みながら、その曲の歌い出しのことを思い返す……「自分の人生を生きたいだけ 知る限りのいちばんいいやり方で」。そして『弟の夫』に目を戻すと、そこではゲイたちの「自分の人生」が丹念に描かれている。あらためて、この特別な出会いを祝いたいと思う。 (木津 毅)



Dego - ele-king

 フローティング・ポインツとUKグライムとの溝を埋めることができるのは、ディーゴだ。ジャングル/ドラムンベースの創世記におけるキーパーソンとして知られるディーゴは、まずUKハードコアをデトロイト・テクノと結びつけ、そして数年後にはUKハードコアをクラブ・ジャズとも結びつけた。ベース・ミュージックが成熟と洗練とに向かっている現在、この偉人が再評価されるのはなんら不思議ではない。
 今回は東京CONTACT、大阪CIRCUS、京都METROの3都市をツアー、各地Degoのニッポン・サポーターとの共演です!

Dego & The 2000Black Family - It Don't Get No Better

https://soundcloud.com/2000black

白川まり奈 妖怪繪物語 - ele-king

オカルト・SF・怪奇漫画界伝説の奇才・白川まり奈、驚愕の未発表作品を発掘! ここに刊行!!

『百鬼夜行絵巻』から鳥山石燕や
『稲生物怪録絵巻』を経て水木しげるに到る、
絵物語としての妖怪画の伝統を受け継ぐ偉業
―東雅夫(アンソロジスト、文芸評論家)

カバーは前面金箔押し+2色印刷
本文は6種類の紙を使い分けた、豪華特殊仕様!

没後15年以上経過する、このミステリアスな作家の作品のほぼすべて絶版。熱狂的なファンが血眼になって古書を探しているなか、未発表原稿が存在した。この「妖怪繪物語」は、白川まり奈が生前にライフワークとして取り組んでいた、幻の原稿である。ミントコンディションにて10数年眠っていた驚愕の内容が今明らかになる!! 解説はアンソロジストの東雅夫。妖怪研究家としての白川まり奈の魅力を解き明かす。

封入特典:
『侵略キノコ新聞』と題した投げ込み特別付録付き。マニア必読の知られざる白川まり奈の世界を紹介する。さらにここには、90年代にある雑誌に発表された、誰も読んだことのないであろう、超短編漫画作品を発掘し収録する!

■目次
第一話 鬼 
第二話 鉄鼠
第三話 九尾狐
第四話 付喪神
第五話 天狗の呪い
第六話 八人坊主ひとねぶり
第七話 輪入道
第八話 ムジナの祟り
第九話 河童

解説:東雅夫
未発表原稿との出会いから書籍化まで:古書ビビビ・馬場幸治



■著者プロフィール
白川まり奈(しらかわ・まりな)
一九四〇年長崎県生まれ。二〇〇〇年没。武蔵野美術大学を中退した後、漫画家、イラストレーターとして活動。オカルト系、SF系作品を曙出版、ひばり書房(二〇〇四年閉業)から多数発表。二〇一六年、現在多くの著作が絶版であるなか、幻の未発表原稿を発掘。今回、生前にライフワークとして取り組んでいたという幻の未発表原稿『妖怪絵ばなし』が『白川まり奈 妖怪繪物語』として書籍化される。

Melt Yourself Down - ele-king

 6月は丸々ベルリンに行っていたのですが行きの飛行機が途中で欠航してしまい、結局成田~アブダビ~ローマ~ベルリンと4つの空港を経由してドイツにたどり着いたところ当時フランスで開催中だったユーロ(サッカー)2016に当たり、首都ベルリンでは随所に各国のナショナル・フラッグがはためいておりました。自分はトルコ対クロアチア戦があった日にうっかりクーダムという目抜き通りに行ってしまい、どちらかの国旗をたなびかせてクラクションを鳴らしながら暴走する車が果てしなく続く(どこにもドイツが含まれていないのに何だこの盛り上がりは)という頭がおかしくなりそうな光景のなかで、英国でMelt Yourself Downがデビューしたときの「57年のカイロ、72年のケルン、78年のニューヨーク、そして2013年のロンドン」というキーワードと、彼らの音を思い出していた。

 2013年に自身のバンド名を冠したデビュー盤『Melt Yourself Down』を初めて聴いたとき、メキシコのテクノ音楽集団、Nortec Collectiveとも共通する妙な高揚感が沸き上がってきた。音はたしかに間近で鳴っているのに若干ずれてやって来るというか、例えば不意にどこかから聞こえてきた祭囃子が意味不明に格好いいぞ、といった類の感覚に近く、音の出所を探しながら耳から体が動いてしまうような音楽である。耳を塞いでも入って来てしまう騒音や、興奮して旗を振り回す人と警察が小競り合いをしているような喧騒を目の前にしたりすると対抗して自然と脳内再生されてしまう音楽、というものからはどこかしら似た匂いがする。

 最近発表された彼らの新作『Last Evenings on Earth』では前作に引き続き、それぞれ独特な「声」を持ったヴォーカル・サックス・パーカッション・ドラム・ベースが世のなかのあらゆる喧騒に拮抗している。踊りだしたくなる、というよりは脚が独りでに歩きはじめてしまいそうになるビートが痛快な1曲目“Dot to Dot”で始まるこのアルバムにおける楽隊のなかでもとくにサックスの雄弁さは甚だしく、8曲目の“Body Parts”などは吹くのを止めて喋ったほうが早いのでは、というくらいの人語ぶりであるし(何を言ってるのかはわからないけれど何となく言いたいことはわかる、とでも言いますか)、5曲目の“Jump the Fire”に至ってはまるで超アグレッシヴな電子チンドン屋のようである。

 そのMelt Yourself Downと在籍メンバーが重複するThe Comet is Comingのデビューアルバム『Channel the Spirits』の曲名や公式サイトの文章を見たりすると(たしかにMelt Yourself Downとも違ったヴァーチャルな空間で鳴っているかのような音ではあるけれど)、こういう「スピリチュアルなコンセプト」みたいなのはサン・ラーやアリス・コルトレーンの頃から大して変わってないのか? と思いそうになりますが、実際に音を聴けばこれが紛れもなくその後の数十年を経過した現在の音楽である事がわかる。例えば3曲目の“Journey through the Asteroid Belt”の、ほとんど手癖で仕上げたのではないかとすら思える進行の素晴らしさは、先行する楽曲の系譜を抜きにしては捉えられない(自分が真っ先に思い出したのはラテン・プレイボーイズ)。

 マット・デイモンが(不承不承ながら)火星ひとりぼっちで80年代ディスコ・ミュージックを聴き倒していた映画『オデッセイ』を思い起こしてみても、宇宙船の外に投げ出された人間は音を聴いている場合ではないし(そもそも空気が無い)、アクシデントで音楽が不意に止んでしまったとき、そこに静寂を感じている余裕があるのかどうかも怪しい。にも拘らずそんなギリギリ緊急事態発生中の境界線(の隣)をすっとぼけた顔をして横切って行く楽隊が居るとすれば、それは彼らのようなバンドなのかも知れない。ベルリン滞在中「英国、EUを離脱」などというニュースが入ってくるなか、そんなことはお構いなしにドイツが得点するたび住んでいたアパート(ベルリンのゲイエリアど真ん中)の至近距離で花火が炸裂するので自分らは怯えていたものでしたが、和むかどうかは兎も角として各人がやりたいことをやりたいようにやっているだけである。

 さて日本人としてはこの音を夏の盆踊り会場で聴きたい。ライヴ会場でステージに正対して拝聴、という感じではないし、かと言ってクラブで踊る音としてはスペースが足らないかもしれず(何と言うか、聴いている場所からふらふらどこかへ移動したくなる音なのだ)、何より櫓の上で生演奏をしている周りをぐるぐると廻りながらいつでも離脱可能な気楽さが欲しい。そんな盆踊りをやってくれる自治会も無いでしょうが、こういうのでも喜んでくれるご先祖様(溶解人間たち)が何処かに隠れているかも知れません。

 着々と続報が入っている。渋谷スペイン坂のあたりをよく行き来している人ならすでお気づきのとおり、インディ・ロックからエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックまで、角度のついたイベントを多数発信してきたライヴハウス〈WWW〉が、2号店をオープンする。

 こけら落としはceroのワンマンから。国内の優れたアーティストたちの名の間には、フローティング・ポインツからザキール・フセインまで顔をのぞかせる個性的なラインナップだが、第2弾の発表も、D.A.NやSeihoからホーリー・ファックに、Shing02、Kan Sano(Seiho with Kan Sano)、はちみつぱい×ジム・オルークに爆音映画祭と、さらに賑やかかつインディ・シーンの混淆ぶりがナチュラルにとらえられており、多くの音楽ファンにとって横断的に楽しめる期間となりそうだ。

 神聖かまってちゃんにはじまり、2010年以降の音楽の「いま」をとらえつづけてきた同所の、次の展開に期待が集まる。

 株式会社スペースシャワーネットワーク(代表取締役社長:清水英明、本社:東京都港区)が運営する渋谷・スペイン坂のライブハウス「WWW」は、2016年9月1日(木)、1号店が入居するライズビル2F、映画館シネマライズ跡地に2号店「WWW X」(読み:ダブリュダブリュダブリューエックス)をオープンいたします。

 そして、9月1日(木)のこけら落とし公演<ceroワンマン>を皮切りに「WWW X」オープニングシリーズを開催いたします。「WWW」1号店から歩みを共にして来たバンドや、来日が熱望されていた海外アーティストの貴重な来日公演など、先鋭的な表現から時代を超える伝承まで、音楽の多様性を実感できるジャンルレスで個性豊かな”いま、ここにしかない”ラインナップが揃いました。

 チケット情報など各公演の詳細はWWW HP(https://www-shibuya.jp/)にて随時情報を更新して参ります。

■WWW X Opening Series LINE UP
※(new!):第2弾発表公演

9/1(木) こけら落とし公演 「cero ワンマンライブ」
8/27(土) プレイベント SUMMIT Presents."AVALANCHE 6"
9/3(土) はちみつぱい × ジム・オルークと命拾い(new!)
9/6(火) 蓮沼執太『蓮沼 X 執太』
9/7(水) 神聖かまってちゃん
9/8(木) ORIGINAL LOVE x Suchmos(new!)
9/9(金) GOMA & The Jungle Rhythm Section
9/10(土) Yogee New Waves x YOUR SONG IS GOOD(new!)
9/11(日) Only Love Hurts(a.k.a.面影ラッキーホール)(new!)
9/15(木) Zakir Hussain
9/17(土) Shing02 & The Chee-Hoos / 田我流とカイザーソゼ / Kojoe & Aaron Choulai Quintet(new!)
9/18(日) BRDG#7(new!)
9/19(月祝) 高木正勝コンサート”山咲み"
9/20(火) ANDERSON .PAAK & THE FREE NATIONALS(new!)
9/22(木祝) D.A.N. x Seiho with Kan Sano,松下マサナオ(new!)
9/26(月) Holy Fuck(new!)
9/30(金) never young beach
10/1(土) 爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン(new!)
10/2(日) ミツメ
10/7(金) Floating Points (band set)
10/16(日) downy(new!)
10/29(土) Ryoji Ikeda x Merzbow

and more!
第3弾発表は8月を予定しております。

Björk Digital - ele-king

 会期が残り一週間を切ってしまったのだが、このタイミングで、改めて未見の方は日本科学未来館で開催中のVR展示プロジェクト「Björk Digital―音楽のVR・18日間の実験」に足を運んでみることをお勧めしたい。タイトルに「18日」とある通り、そもそもこの展示は6月29日から7月18日(月・祝)と会期が極めて短い。それだけにこれは貴重な機会である。

  6月の頭に日本科学未来館の案内があり、気になっていたものの、なんとなく取材を申し込むのを先送りにしてしまっていた展示だった。私事で恐縮だがフリーランスの身の上なので、媒体が先に決まっているものではない、純粋に自分の興味からの取材はどうしても後回しにしてしまいがちなのである。ようやく時間が取れそうだとなったのが、プレス向け展示体験会の3日ほど前。日本科学未来館に問い合わせると、前日28日には「Making of BjörkDigital-公開収録&トーク-」というBjörkが出演するイベントもあるとのこと。Björk本人の質疑に参加できる機会があるなら是非と思ったが、そもそもその時まで、その情報を知らなかったわけで、現実はそんなに甘くない。こちらは担当がDentsu Lab Tokyoだったのだが、丁寧に対応してくれたのものの、キャパシティの限界で取材は叶わなかった。取材が殺到していたようだ。Björkだから仕方ない。
 そういった事情もあり、なんとなく残念な気持ちがあったものの、今回の展示の目玉であるBjörk Digitalの『Vulnicura VR』をいざ体験してみると、力強い感動でそんな残念な気持ちはまったく消え失せてしまった。『Vulnicura(ヴァルニキュラ)』 はBjörkのアルバムで、「VR」はヴァーチャル・リアリティのことだ。

「もしかしたら人類の一つの感覚を変えるかもしれないVRという技術を、非常にエモーショナルな体験をもたらす音楽に取り入れる実験。(VRは)日本ではほとんどゲームコンテンツが中心ですが、音楽にどれだけ可能性があるのか体験して頂くとわかると思います」
 日本科学未来館・展示企画開発課長の中野まほろさんは、今回の展示のVR作品についてそう説明した上で、また今回の展示のVR作品のコンセプトを伝えるBjörkの言葉を混じえて紹介してくれた。
「プロモーションビデオなら四角い画面で1対1、ライヴは同時環境を共有できるが、例えば武道館ではアーティストが小さく豆みたいになって、繋がるという感覚はなかなか得られない。VRはどんな仮想現実環境も作ることができて、インターナルな思いや、あるいは表現したいもの、リスナーと繋がりたいという気持ちを実現できるメディアであるという可能性を(Björkは)感じている。もうひとつ、技術的な話ですが、365度の空間を再現するという意味では、VRは昔のコロッセウムみたいなシアター空間を再現できるメディアだと考えている。そういった新しい表現空間を、現在の世界に新しく創り出すことができる」
 筆者はゲームについてはまったく疎く、いざ展示に触れるまで、前の中野さんの説明であり、ここでのBjörkの言葉にも、その時点で正直まだピンときていなかった。ヴァーチャルリアリティという、いつの間にか聞き覚えのある言葉の語感と、「リスナーと繋がりたい」というBjörkの思いの部分を、頭の中で上手くリンクさせることができずにいたのである。
 いざヘッドセットとヘッドフォンを着用し、『Vulnicura VR』の世界に入り込んだ1曲目、アルバムの1曲目でもある「Stonemilker」(Andrew Thomas Huang監督)。この一瞬で、ぶっ飛んだ。そしてBjörkの言葉や意図を十全に理解することができた。ああ、こういうことだったんだ! という感じである。VRとは「どんな仮想現実環境も作ることができる」というBjörkの言葉通り、視界(というか我が身?)はいきなり360度荒涼としたアイスランドに移される。

  端的に言えば、いわゆるミュージック・ビデオの世界の中に自分が入り込み、視界はすべて仮想現実のその世界になる。唯一目に入る人間は、目の前で、時にこちらを向いて歌いかけてくるBjörkだけである。
 『Vulnicura』は長年の連れ合いとの別れを歌ったアルバムで、内容は非常にパーソナルなものだ。その象徴なのか、荒涼としたアイスランドの風景、足元にはタイガとかツンドラとか、そんな単語を連想させる(本当は何なのかわからない)ひび割れた大地が広がり、Björkが怖いぐらいの美しさで、すぐそこで歌っている。つながりという意味では、本当にBjörkと手を取り合えそうである。

2曲目「Mouthmantrar」を手掛けた監督はJesse Kanda。Jesse Kandaがベネズエラ出身のアレシャンドロ・ゲルシことArcaのハウスメイカーで、長年のコラボレーターだというのは、他ならぬele-kingで知ったことだった。そう言った詳細はここでは触れない。

『Vulnicura』というアルバムの世界観を作っているのが、このArcaだ。Arcaと云えば筆者にはKanye Westの『Yeezus』というイメージが強く、やはりKanye Westの目の付け所に今更ながら感服してしまうのだが、それはさておき、「Mouthmantrar」の世界はBjörkの口の中である。私たちはBjörkの口の中にいる。

  そして、ラストの「Not Get」。これは日本初公開で、ざっと上のように説明したところで返って、興ざめだろうから、世界観の心もとない描写は割愛する。


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 VRの展示に入る前に、CINEMA(VR以外の展示のひとつ。本展のためにキュレーションされたBjörkのミュージックビデオのセレクション。映像音響は本展のためにリマスターされている)を見て、改めてBjörkが提示してきた世界の新しさに目を見開かれた矢先だった。リリースされて何年も経つミュージックビデオを四角いフレームで見てさえ目新しさを感じる、そのBjörkの世界観を描きだした仮想現実世界である。そこに入り込む意味を具体的に想像してみれば、ある程度とんでもないものが出てくるだろうことは予想できるだろう。だが、どんなに予測を立てても、Björkの世界観には追いつかない。

 最後の「Not Get」は2人づつに区切られ、そこで並んでヘッドセットとヘッドフォンを装着する。みんな同時に曲は始まる。つまり、着脱のタイミングがほぼみんな一緒になるわけだが、「Not Get」が終わって装備を外すと、隣の女性記者と目が合い、お互い呆然と「なんか、すごいものを見てしまいましたね」と言い合うほどだった。

  Björkは、今後も『Vulnicura』の他の曲についても、VRの制作をしていくということで、まずはそれらの楽曲の到来が楽しみで仕方がない。
 手塚治虫やブラッドベリが描いた世界が今こうして現実に到来し、VRについて検索していると、すぐ目についたのがプレイステーションVRが今年の10月に日本で発売するというニュースだった(蛇足だが、筆者はこの手のニュースを知るのは超遅い)。これから仮想現実空間は恐らく驚くべき速さで一般的なものになり、やがてそう遠くはない未来に映画館で楽しめるようになるだろう。「Björk Digital―音楽のVR・18日間の実験」で展示しているのは、来るべき世界そのものだ。

https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibition/bjorkdigital.html

夏を前に聴くPunPunCircle『Pun!』 - ele-king


PunPunCircle
Pun!

SPACE SHOWER NETWORK

Tower

 「下北沢のパンダ・ベア」ことPunPunCircleが、夏の陽光をおだやかに遮るひさしをつくってくれるだろう。爪弾かれるギターから心地よく立ちあがっていく、ユーフォリックなサイケデリア──それはたとえば、アニマル・コレクティヴの『キャンプファイア・ソングス』や『サング・トングス』が、アンドリュー・ヨークのような卓越した演奏性やアレハンドロ・フラノフなどの音響的アプローチとすれ違いながら、無国籍的かつ土着的なポップ・ソングとして、いいしれぬ郷愁を誘いにくるようでもある。New Houseのギタリストとしても知られるPun Punは、バンドが表していたようなドリーミーなサイケ感覚をアシッド・フォーク的に展開しているとも言えるのかもしれない。それはとても小さく親密な空間をあたためる音であると同時に、たくさんの世界に向かって開いている音でもある。

先月はそのPunPunCircleによる待望のファースト・アルバム『Pun!』がリリースされ、今月末にはmitsumeも出演するライヴ・イヴェントが予定されている。心地よくリラックスした時間になるに違いない。理屈を書いてしまいましたが、理屈を抜きに楽しみましょう!

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