![]() MIKRIS 6COFFIN ReBoot THE DOG HOUSE MUSIC |
MIKRISというアーティストは危険……いや“MAD"だ。
“MAD" と冠のついた連作(まだ完結作は出ていないから、いまからでもその話題に乗る事をお勧めしたい)のリリースしていたMIKRISという存在は、当初は本文中にも出てくるように44 BLOXのメンバー、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのサイドMCとしての印象が強く、現在持っている文字通りの“UNDERGROUND"なイメージとの距離はかなり遠い。
3rdアルバムである『6 Coffin』は、強烈な静と動がMIKRISの言葉とそれを固めるトラックにより“MAD"な棺桶が浮かび上がる。アルバム、ZINEとMIX CD、リミックス・アルバム 『6 Coffin ReBoot』によって完結するこの三部作は、20年近い彼のキャリアのなかでもここ数年が異質であることを示している。
彼が歩んで来た“MAD"な道のり、これから彼が魅せてくれるであろうさらなる“MAD"な世界の扉が開かれる。
ある日いきなり、一生懸命ダンスの練習してて。しかも、団地の駐輪所の暗がりのライトのとこで。それを発見しちゃって。かっこよくて。俺以外にもこの音楽はまってる人がいるってなって。
SAWADA(以下、S):訊いたことなかったけどMIKRISという名前の由来って?
MIKRIS(以下、M):俺、親父の名字がミキで、母親の名字がクリスなんですよ。それでミキクリス、それで、MIKRIS。10代の頃はMC MIKK(ミキ)でやっていて、DELIさんが(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND)さんがデビューするってときに言いづらいから名前を変えたほうが良いという話になって、自分で決めました。
S: MC MIKKの頃の音源ってあるんですか?
M:たしか1999年ぐらいに千葉のラッパー、Mr.OMERIさんのTAPE ALBUMはその名義で参加してると思います。
S: 最近は東京でライヴというとBEDが多いけど、昔は渋谷が多かったイメージがあるけど、どうですか?
M:そうですね。昔は渋谷の円山町とかでのライヴが多かったけど、いまはもっぱら池袋(IKB)ですかね。10代の頃はあまり地元でのそうゆうCOMMUNITYなかったから、よく東京でライヴしましたよ。六本木とか、マダムカラス(池袋)とかで。
S: マダムカラスは池袋近辺で活動してる人はだいたい出演したことのある場所ですよね(笑)。自分も何回かハードコア/ パンクのレコードかけてDJさせてもらったことあります。
M: ハードコアといえば、俺、最近知ったMinor Threatの曲の歌詞がとてもささりました。
MIKRISには千葉 ( CHIBA POWER ) の印象も強くある。千葉ではヒップホップはレゲエ、テクノやハードコア……さまざまな音楽が交差している。
同世代の盟友であり、かの地で混ざり合うさまざまな事象を千葉の文化として叫び続けるラガマフィンソルジャー、SOLDIERの1stアルバム『邁進』において、千葉を代表するラッパー、E.G.G. MANとともに"CHIBA POWER" という曲に参加している。
SOLDIERとともに開催するイベント〈AWAKE〉"は千葉のカルチャーを担う本物のショップで、SOUL ASSASINSとも深いつながりをもつWANNABESの地下にある、〈LIVE SALON WANNABES〉にて行われている。 ---
< DESFOGATE LIVE映像 >
S: MIKRIS君がハードコアに出会ったきっかけって、〈WANNABES〉ですか?
M:そうですね。あとは小岩の〈BUSHBASH〉ですね。DESFOGATEのコウスケ君の影響が大きいですね。
S: 自分もコウスケ君と親交あってMIKRIS君のことは聞いてました。 でも最初はMIKRIS = 44BLOCKのイメージがあったから、ずっと松戸とか柏の人だと思ってて。
M:それはよく言われますね。昔44でツアーやるってときに、「JBL(常磐線沿線)に住んでないですけど大丈夫すか?」てDELIさんに相談したら「お前は大丈夫 」って言われたんで、それでジョイントしてる。俺は千葉市のほうの出身です。さっきの昔やってた場所の話につながるんだけど、10代の頃は錦糸町の〈Nude〉とか潜り込んこともあります。PRC(元SOULSCREAM)とかやってたパーティがあって。
S: じゃあ、ヒップホップというカルチャーに最初に触れたのはどこになりますか?
M:実は小学生のころは北海道に住んでて、TVでダンス甲子園とかあったじゃないですか。姉とか従兄弟がいるんですけど、洋楽しか聴かない人だったんですよね。そういうなかでヒップホップに触れて、なんだこの魅力的で興奮する音楽はーってなって聴いてたんですよ。そしてら、同じ団地にすんでる3歳上のヤンキーのにいちゃんががいて、元々ヤンキーなんですけど(笑)。ダンス甲子園がやってるときに、ある日いきなり、一生懸命ダンスの練習してて。しかも、団地の駐輪所の暗がりのライトのとこで。それを発見しちゃって。かっこよくて。俺以外にもこの音楽はまってる人がいるってなって。来ましたね。
S:ちなみに、そのとき、そのヤンキーのにいちゃんはどういう格好してたんですか?
M:それはもう、ダンス甲子園って格好になってて(笑)。すげーなって、子供ながらに思いましたね。
S:というか、北海道住んでたことがあるのが、自分は驚きです。
M:俺は元々千葉県の生まれですけどね。親父は兵庫 お袋は茨城です。それで親父が千葉に移り住んで。それが、うちの一家の歴史の始まり。
S:なんか俺のイメージですが、MIKRIS君て国籍不明な感じですよね。 顔の濃い感じも。
M:純粋な日本人です(笑)。
[[SplitPage]] 一応ターンテーブル持ってる奴がいて、そいつが持ってるレーコドをかけて、みんなでテレコを真んなかに置いて、一発録りして曲作ってました。MTRの存在も知ってたんですけど、誰も扱えないし、買えないし(笑)。
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S: 話横に行っちゃいそうなんで戻しますね。何でラップをやろうと思ったんですか?
M:そのヤンキーの兄ちゃんとかの影響で、ブラック・ミュージックをずっと聴いていて、その流れで日本語でラップして人たちの存在を知って、聴いてみたんですよ。でも、当時の俺が思ってるヒップホップと違うって思って。 なら俺がラップしたほうが絶対かっこいいと思っちゃったんですよね(笑)。それで自分でリリックを書いてテレコで録ってみてってのがはじまりですね。
S: 初めはどんな感じだったの?
M:中学校の時から仲いい奴がいて、そいつとまず曲を作ろうてなりましたね。高校で、その頃スケボーを一緒にやってた奴とか、仲いい奴とかみんなで勝手にラップ・グループ作って。俺がMCネームを全員決めてやってました。10人ぐらいいたかなあ。一応ターンテーブル持ってる奴がいて、そいつが持ってるレーコドをかけて、みんなでテレコを真んなかに置いて、一発録りして曲作ってました。MTRの存在も知ってたんですけど、誰も扱えないし、買えないし(笑)。
S: 笑
M:19歳ぐらいのときに耐えかねて(笑)。メンバーの奴が挑戦して、MTRとMPCを買って、オリジナルトラックを作くるって言い出して。初めてちゃんとデモ作ってかんじですね。
S: その時作った曲名覚えてます?
M:たしか“太平洋"って曲作ったような。
S: CHIBAだから太平洋なんですね。
M:(笑)。
S: そのときのメンバーはいまは?
M:一番初めから一緒のやつはまだ千葉でDJやってますよ。いまはヒップホップていうか、違う感じの好きみたいだけど。
現在、松戸の市会議員をつとめ、千葉を代表するラッパーであるDELI は、MIKRISにとって大きな影響を及ぼす。DELIはMIKRISにとってその路を開き、何だって出来ると思わせてくれた最重要なラッパーである。DELIなくしてMIKRISというラッパーの存在は生まれていない。
< DELI, MIKRIS, MACKA-CHIN feat. TINA "シャボン玉" >
S: MIKRISにとって重要な存在のDELIさんとはいつ知り合ったの?
M:俺、元々曲もなかったんで、フリースタイルでライヴとかしてて。 いろいろ都内とか、横浜とかのオープンマイクとかラップ・コンテストとかどうにか探し出して出てて。 ある日どこかの店でオープンマイク有りのフライヤーを見つけて。しかも千葉で俺の地元じゃんってなって、 行ったのがDELIさんとかREAL IMPACTがやってるイベントで。GORE-TEXやK- BOMBとか居て。なんでこんなとこにいるんだ! てなって。
S:デモはそのとき渡したの?
M:持ってたけど渡さなかったすね。その後に、当時、〈市川GIO〉って市川の駅前にあったライヴハウスでやってた〈LOCAL MOTION〉ってイベントに出て。それはいろんなアーティストが都内から来てたみたいですね。その頃、ちょうどDELIさんがニトロはじめる直前みたいな感じ。ソロでも曲出すみたいになってて、すげー盛り上がってましたね。そのイベントは、箱のキャッシャーから駅を挟んで逆のロータリーまで人並んだときもありましたね。本当に、日本のヒップホップってすごいって思うようになってましたね。
S: 当時はバンドしかやってなかったけど気になってましたね 。ヒップホップとバンドとヒップホップでやってたイベントもあったけど、正直あまりうまく混ざれななかった印象があります。2000年前くらいで。なんか、みんな無駄にとんがってたみたいな。認め合いが難しかったというか。それは感じましたね。自分が見れてなかった部分もあると思うんですけど。
M:それはありますね。いまの混ざり合ってる感じはないですね。
MIKRISは数多くのミックステープをストリートに落として来た。宇田川の伝説のミックスCDストリートショップ〈BOOT STREET〉 や数多くのストリートショップがそのミックステープを拡散していく。千葉、茨城、東京にとどまらず、大阪のアーティストとも共作するなど、その動きは、ミックスCDが並ぶショップでは強い存在感を放っていた。
その一部は、MIKRISの運営する〈THE DOGHOUSE RECORS〉のBANDCAMPで確認が可能だ。< https://thedoghousemusic.bandcamp.com/ >
S: 話が変わりますけど、MIKRIS君ってミックステープを大量に出してますよね?
M:1stアルバム出して、いろいろステップアップしたいけど、いい方法が浮かばないで足踏みしてる時期があって。それでも新しい曲は録ってるから、これを正規盤じゃないStreet Shitとして出そうと思って出してました。たぶん10枚ぐらいある。お金にもなったし
S:その話もっと聞きたいですね。
M:もともと2003年にデビューして、2005年に44BLOXのツアーのときに1st(『M.A.D. 』)出して。その前もずーとDELIさんやDABO君、XBSさんのSideとして全国ツアー連れてってもらってて。それで初めていった日本全国の土地土地でコミュニティがあったり、お店があったり、その都市のアーティストやO.Gの人とかがいて。すごく世界が広がって。そしてイベンターの方たちやお店の方にも歳が若いから可愛がってもらってて。
そのなかでの付き合いで、自分のCDも直で置いてもらえたら、そこで少なからず俺のこと気になってくれた人が聴いてくれんじゃないかと思って。それで当時毎日のように遊んでたJBMやDJ NOBU a.k.a. BOMBRUSHやKGEやSESAMEたちと制作をはじめました
S:それから2ndアルバム『M.A.D.2』(2011年)のリリースですか?
M:いやその前にストリート・アルバムとして『STREET MADNESS』を初めて正規の流通で、自分のインディー・レーベル〈THE DOG HOUSE MUSIC〉から出して(2010年)。その年にMARSMANIEとのジョイント・アルバム『M's UP!』もうちから出しました。それで『M.A.D.2』ですかね。
S:〈THE DOG HOUSE MUSIC〉の由来は?
M:俺、THE DOG(ジ・ドック)ってユニットをKGEとSESAMEと組んでて。まあ頓挫しちゃうんですけど、その流れで俺が考えた名前だし、その屋号を自分のレーベルの名前に引き継いで。ほんとはこのスペルだと“ザ・ドック”になるんだけど、知ってる奴だけ“ジ”と読む。みたいな。俺そうゆうの好きなんですよね。
S:〈ジ・ドック・ハウス・ミュージック〉なんですね(笑)。それからが、“M.A.D.2”ですね? 俺はたぶん、M.A.D.2とM.A.D.Xのあいだに一度会ってますね。ROCKASENのパーティで。挨拶程度しかしてないですよね。
M:俺、初対面の人と上手く喋れないですね。すいません田舎者なんで(笑)。
S:それから、B.D.のILLSONのリリース・パーティですね。その頃やっとちゃんと喋った気がする
M:俺はじめILLSON SHOWCASEのフライヤーに〈WDsounds〉て入ってて、B.D.にこの〈WDsounds〉ってなに? って訊いたこと覚えてます。BROBUS時代からB.D.のILLSONまでは、作品に全部誘ってもらってますね。俺の作品も彼は全部はいってるし。
S:BULLDAWGS(B.D. / JBM / KGE THE SHADOWMAN / MIKRIS )って昔から聴いてない人にとっては謎のグループじゃないですか? 音源も出してるわけでもないし。どうゆう経緯なんですか?
M:2007か8にMUROさん監修の『TOKYOTRIBE 2』のアニメのコンピレーションの曲があって。それがこのメンツで。けっこういい感触で、このままこの4人でオールMUROプロデュースでアルバム作ろうてなって。たしか。それでまずBULLSて候補があったんですが、DOGをつけてBULLDOGS。でも少しいなたいから“DOGS"を“DAWGS"にかえてBULLDAWGSになって。まあ、その話は流れたんですけどね(笑)。
S:俺はその当時変な言い方じゃなくて、MIKRIS君のイメージはなんか渋谷というか、ニトロ(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND)っていうか、日本語ラップのオーバーグラウンド的な感じがあって。日本語ラップて二分してたじゃないですか、当時? NITROのようなオーバーグランド的な感じの日本語ラップと、MSCや韻踏のようなアンダーグランドな感じの日本語ラップと。
M:そうですね。俺は気にしてなかったけどありましたね。
[[SplitPage]]俺、元々ホラー映画とかそうゆうB級なものが好きで。USでもクレイヴ・ディガスとか それこそデビュー当時のウータンとかモブディープとかとてもホラーな感じがして。あの当時の雰囲気を日本でやろうと思ってデビューからやってるんですよ。
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『6 Coffin』と題されたアルバムは、ILLICIT TSUBOI、BUSHMIND、GOLBY SOUNDといったトラックメーカー陣の凄まじいまでの世界観に白と黒が似合う様なダークな世界がこれでもかと言わんばかりにMIKRISの口から吐き出されている。
リリシストとしてもライム巧者としても定評のあるMIKRISは、いままでもMADなラップをしてきたが、この作品に関しては異質のものだと言い切れる。
S:それゆうなかでのMIKRIS君は、『M.A.D.2』まではそういうイメージがあって。そこから『6 Coffin』(2013年)になって、がらっと変わるじゃないですか?
M:俺のなかで『M.A.D.2』までがいままでの自分のイメージの一番目の集大成で。それでワンマンライヴをやって一区切りじゃないですけど。それで次に何作るかとなり、『6 Coffin』ですね。『6 Coffin』については一番の転機じゃないですけど、ちょうど世の中の世相もあり。一番は世相だったかもしれません。
S:いままでのCDのジャケットっと並べて見ても、『6 Coffin』はちょっと異質じゃないですか。これはどう思ってほしいのかと?
M:そうですね。よく言われます。「どう思ってほしい?」って。これは俺が悪いかもですが。俺、元々ホラー映画とかそうゆうB級なものが好きで。USでもクレイヴ・ディガスとか それこそデビュー当時のウータンとかモブディープとかとてもホラーな感じがして。あの当時の雰囲気を日本でやろうと思ってデビューからやってるんですよ。だって俺のデビューEPはホッケーマスクかぶってますからね。
S:なるほど。そうゆうことで言えば、昔BUSHMINDと一緒に車乗ってて、これ聴いてよって言ってBUSHMINDにMIKRIS君の曲聴かせてもらって。俺はリリックがMADだと思ったけど、正直なんのこと歌ってるか全くわからなくて。これはこうゆうことを歌ってるってBUSHMINDに説明されて。テーマが複雑なんだよねって。そのあとからはちゃんとリリックが入ってくるようになって(笑)。『6 Coffin』は、ほんと圧倒的。トラックからキテるじゃないですか。
M:あれ、誰にも歌わせたくなかったからインストは公開してないです。まず、俺以外の人は歌えないし、俺の望む歌詞は他人には書けないと思ってました。で、ひとりでやったんですよね。
S:そのなかでリミックス作ろうってなったのはどうしてですか?
M:それはもうT.O.P.もそうだし、MEGA-GもそうだしJ.COLUMBUSもそうだし 客演陣は このラッパーたちなら書けると思って、お願いしました。チャンネルが合うかなと思って。
S:DELIやE.G.G.MANとの曲は?
M:これは正直、前作『6 Coffin』を作ってるときに作ってて。全体をまとめるときに少し違うかなと思って入れなかった曲です。
S:なんか今回の『ReBoot』(『6COFFIN ReBoot』)はリミックスとなってるけど、別モノになってる気がするんですよ。ほんと、このパッケージにしなくてもシングルとして出してもいいんじゃないかなぐらいの出来で。まあジャケットは続きモノですけど。今回のリミックスを聴いて、また次のタイトルが出たときに繋がる感じなのかなと?
M:この『6 Coffin』の続編はこの『ReBoot』、これで完結です。この作品/プロジェクトのテーマは漢字で言えば 反抗なんですよ。アート的反抗。続きでいうと映画は三部作なんで『M.A.D.3』は出したいと思ってますけど。
3部作って、まず1作目にこうゆうものがあると提示して、2作目にまた肉付けしたスケールアップしたものになり、3作目は好きなやつだけついて来い的な感じだと思ってて。
S:話が戻るんだけど、『6 Coffin』という作品はジャケットもそうなんだけど、なんかジャームッシュの『デッドマン』みたいな感じがあって。
M:俺は日本人のアート感覚でホラーとか奇妙な感じを音楽に落とし込みたいのがあって。
S:だから白黒なんだ
M:イエス。
S:“ STRAY SHEEP (Remix) ”とか聴くとほんと『デッドマン』みたいなイメージ。
M:あのJ.COLUMBUSのバースは俺も気に入ってます。ああゆうバースこそみんな理解しようとして頭おかしくしてもらいたい。
S:あれは作ってても頭おかしくなりました(笑)。あと。MATRIXについては、他と違って色があるかなと。
M:あの曲については奇跡で。もともと違う感じのトラックで録ってたんですが、最終段階で自分の予想をはるかに時空ごと飛ばした曲でした。もともと俺のラップ・キャリア初のスタジオ・レコーディングのエンジニアがILLICUT TSUBOIさんで。DELIさんの“クラッシャ”て曲で。そのときこんな変態な方がいるなんて思いました(笑)。それでいつか一緒に曲作りたいとはじめから思ってて。最高なのができました。
S:BUSHMINDのリミックスもまた別物になってていい感じにでしたし。
M:個人的にはラップとかアートとかって、みんなに理解されないとただのマスターベーションていう人もいるけど、俺は逆でマスターベーションにこそ金を払ってほしい。それが一番純粋な動機かと思うんです。
S:MIKRIS君はDJもやらないしトラックメークもしないし、ラップだけしかしないじゃないですか。ラッパー、MIKRISとしてまた作品だしたりライヴしたり、すると思うんですけど、最終的にどうしていきたい、どうなりたいとか、展望はありますか?
M:日本人がやる日本人のアンデンティティのもと作り出す世界のヒップホップをやりたい。強いて言えば千葉県の田舎者がやるを付け加えたいですね。学びの途中ですね。 精進。
S:学びは最後までが学びですからね。精進ですね。
M:間違いないと思います。
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押忍 = 押して忍ぶ / 自我を抑え我慢する
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都内某所でのライヴの前に飲みながら話を聴いたあと、翌朝を迎える前に行われたライヴは相当狂っていたことも加えておく。



D.A.N.



