ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns Nala Sinephro ナラ・シネフロの奏でるジャズはアンビエントとしての魅力も放っている
  2. Taeko Tomioka ——詩人、富岡多恵子が坂本龍一を迎え制作した幻の一枚がLPリイシュー
  3. Takuma Watanabe ──映画『ナミビアの砂漠』のサウンドトラックがリリース、音楽を手がけたのは渡邊琢磨
  4. MariMari ——佐藤伸治がプロデュースした女性シンガーの作品がストリーミング配信
  5. interview with Galliano 28年ぶりの新作を発表したガリアーノが語る、アシッド・ジャズ、アンドリュー・ウェザオール、そしてマーク・フィッシャー
  6. Mansur Brown - NAQI Mixtape | マンスール・ブラウン
  7. interview with Creation Rebel(Crucial Tony) UKダブ、とっておきの切り札、来日直前インタヴュー | クリエイション・レベル(クルーシャル・トニー)
  8. Natalie Beridze - Of Which One Knows | ナタリー・ベリツェ
  9. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  10. Various - Music For Tourists ~ A passport for alternative Japan
  11. Columns ジャズとアンビエントの境界で ──ロンドンの新星ナラ・シネフロ、即完したデビュー作が再プレス&CD化
  12. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  13. Columns ♯8:松岡正剛さん
  14. interview with Adrian Sherwood UKダブの巨匠にダブについて教えてもらう | エイドリアン・シャーウッド、インタヴュー
  15. Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 いつまでも見れると思うな、御大ホレス・アンディと偉大なるクリエイション・レベル、エイドリアン・シャーウッドが集結するダブの最強ナイト
  16. interview with Toru Hashimoto 30周年を迎えたFree Soulシリーズの「ベスト・オブ・ベスト」 | 橋本徹、インタヴュー
  17. KMRU - Natur
  18. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  19. interview with Fat Dog このエネルギーは本当に凄まじいものがある | ライヴが評判のニューカマー、ファット・ドッグ
  20. interview with Fontaines D.C. (Conor Deegan III) 来日したフォンテインズD.C.のベーシストに話を聞く

Home >  Reviews >  Album Reviews > Low- Ones and Sixes

Low

Indie RockPost-RockSlow Core

Low

Ones and Sixes

Sub Pop / Traffic

Tower HMV Amazon

木津毅   Sep 16,2015 UP

 音が震えている。ズン、ズン、ズン……と重いキックの上にザリ、ザリ……とザラつくノイズが重なっていく。オープニング・トラック“ジェントル”をほんの数秒聴くだけで、たとえば簡素に枯れ木が描かれているだけのジャケットにそれ以上付け加えるものがまったくないほど完成されているように、ロウというバンドの美学に引き込まれる。「ロウ」というのはコンセプトだ。低く、深く、もっと下のほうへ……。できるかぎり少ない音と言葉の数で、“ジェントル”は聴き手を甘美に沈みこませる――「こんな風に終わらなくてもいい/でもこれが俺たちの居場所」。

 ポストロックというタームがいま再浮上しているのと同じように、スロー・コア、サッド・コアという言葉もチラチラ耳にするようになった。昨年インディ系のロック・メディアが、サッド・コアの源流のひとつレッド・ハウス・ペインターズのマーク・コズレックのプロジェクトであるサン・キル・ムーンをこぞって評価していたこともそうだが、どうも90年代後半からミレニアム前後の音が熱いようだ。リヴァイヴァルの周期が巡ってきたこともあるだろうが、時代の要請もそこにはあるように思える。スフィアン・スティーヴンスがあの寂しげなアルバムを出したように、いまのアメリカではアッパーなものが空々しく響く時期なのだろうか。もちろん、ロウはこの20年間とくに大きなブランクもなく作品の発表を続けてきたバンドであり、彼ら自身はトレンドに左右されることはなかった。が、その間にギャラクシー500のプロデューサーであるクレイマー、スティーヴ・アルビニ、デイヴ・フリッドマンとUSインディのキーマンたちをバックに据えることで、音のボキャブラリーを増やしつつうまく自分たちをアップグレードして生き残り続けてきたイメージがある。

 前作『ジ・インヴィジブル・ウェイ』ではウィルコのジェフ・トゥイーディをプロデューサーに迎え、そして通算11作めとなる本作『ワンズ・アンド・シクシズ』ではボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノン周辺のプロデューサーであるBJバートンをフックアップしている。アルバムはジャスティンがウィスコンシンに所有するスタジオ〈エイプリル・ベース〉で録音され、そんなこともあって僕が今夏行ったジャスティン主宰のフェスティヴァル〈オークレア〉にも出演していた。ヴォルケーノ・クワイアでジャスティンがペレと組んだことからもわかるように彼は90年代末からゼロ年代なかば頃のUSインディを地道に支えたバンドを現在フックアップしており、ロウもその動きにうまく合流したということだ。

 ただ、サン・キル・ムーンの『ベンジ』がその私小説的な語り口で具象的に悲しみを抽出しているのとは対照的に、『ワンズ・アンド・シクシズ』は描く情景はとことん抽象的だ。いくつかのリレーションシップの齟齬が生み出す掴みどころのない憂うつや倦怠感が、慎重に選び抜かれた音の組み合わせとともに綴られていく。組み合わせ……つまりバンドがその長いキャリアのなかで通過してきた音がきわめて巧妙なやり口で曲に合わせてピックアップされている。浮遊感のあるシンセを漂わせ、アコースティックの柔らかな響きとエレクトロニクスの固い響きを使い分け、透明感のあるウィスパー・ヴォイスとコーラスの底でノイズが地を這う……。明度と彩度は抑えられているが、だからこそ時間をかけてじっくりと染み入って来る叙情がここにはある。“ノー・コンプレンデ”でミミ・パーカーの流麗な歌とあまりにヘヴィな低音が重なるとき、そこには取り返しのないかないほど深いメランコリーが立ち現れ、穏やかなメロディを持つどこかホーリーな響きを持つ“スパニッシュ・トランスレイション”ではアコースティック・サウンドとシンセが天上の響きを演出する。ビーチ・ボーイズのコーラスが降りてくる“ノー・エンド”や“ホワット・パート・オブ・ミー”のようにキャッチーで生き生きとしたポップ・ソングがアルバムのなかではフレッシュに聞こえるが、彼方にノイズがざわめく様はとてもデリケートなバランスを醸している。

 9分51秒に渡って激しさと静寂を行き来する“ランドスライド”はまさにロウの本領だが、そこに流れる時間は危険なほどに甘く、快楽的だ。ロウというバンドにおいて、スロー・コアのスローとは実際のテンポのことではなく身体を麻痺させる媚薬のことであり、サッド・コアのサッドとは喜怒哀楽の哀に収まりきらない心地よさや温かさを含んだものである。それは彼らとわたしたちの、秘めごとのような美の戯れとしてそっと差し出されている。

木津毅