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Low

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木津毅   Sep 16,2015 UP

 音が震えている。ズン、ズン、ズン……と重いキックの上にザリ、ザリ……とザラつくノイズが重なっていく。オープニング・トラック“ジェントル”をほんの数秒聴くだけで、たとえば簡素に枯れ木が描かれているだけのジャケットにそれ以上付け加えるものがまったくないほど完成されているように、ロウというバンドの美学に引き込まれる。「ロウ」というのはコンセプトだ。低く、深く、もっと下のほうへ……。できるかぎり少ない音と言葉の数で、“ジェントル”は聴き手を甘美に沈みこませる――「こんな風に終わらなくてもいい/でもこれが俺たちの居場所」。

 ポストロックというタームがいま再浮上しているのと同じように、スロー・コア、サッド・コアという言葉もチラチラ耳にするようになった。昨年インディ系のロック・メディアが、サッド・コアの源流のひとつレッド・ハウス・ペインターズのマーク・コズレックのプロジェクトであるサン・キル・ムーンをこぞって評価していたこともそうだが、どうも90年代後半からミレニアム前後の音が熱いようだ。リヴァイヴァルの周期が巡ってきたこともあるだろうが、時代の要請もそこにはあるように思える。スフィアン・スティーヴンスがあの寂しげなアルバムを出したように、いまのアメリカではアッパーなものが空々しく響く時期なのだろうか。もちろん、ロウはこの20年間とくに大きなブランクもなく作品の発表を続けてきたバンドであり、彼ら自身はトレンドに左右されることはなかった。が、その間にギャラクシー500のプロデューサーであるクレイマー、スティーヴ・アルビニ、デイヴ・フリッドマンとUSインディのキーマンたちをバックに据えることで、音のボキャブラリーを増やしつつうまく自分たちをアップグレードして生き残り続けてきたイメージがある。

 前作『ジ・インヴィジブル・ウェイ』ではウィルコのジェフ・トゥイーディをプロデューサーに迎え、そして通算11作めとなる本作『ワンズ・アンド・シクシズ』ではボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノン周辺のプロデューサーであるBJバートンをフックアップしている。アルバムはジャスティンがウィスコンシンに所有するスタジオ〈エイプリル・ベース〉で録音され、そんなこともあって僕が今夏行ったジャスティン主宰のフェスティヴァル〈オークレア〉にも出演していた。ヴォルケーノ・クワイアでジャスティンがペレと組んだことからもわかるように彼は90年代末からゼロ年代なかば頃のUSインディを地道に支えたバンドを現在フックアップしており、ロウもその動きにうまく合流したということだ。

 ただ、サン・キル・ムーンの『ベンジ』がその私小説的な語り口で具象的に悲しみを抽出しているのとは対照的に、『ワンズ・アンド・シクシズ』は描く情景はとことん抽象的だ。いくつかのリレーションシップの齟齬が生み出す掴みどころのない憂うつや倦怠感が、慎重に選び抜かれた音の組み合わせとともに綴られていく。組み合わせ……つまりバンドがその長いキャリアのなかで通過してきた音がきわめて巧妙なやり口で曲に合わせてピックアップされている。浮遊感のあるシンセを漂わせ、アコースティックの柔らかな響きとエレクトロニクスの固い響きを使い分け、透明感のあるウィスパー・ヴォイスとコーラスの底でノイズが地を這う……。明度と彩度は抑えられているが、だからこそ時間をかけてじっくりと染み入って来る叙情がここにはある。“ノー・コンプレンデ”でミミ・パーカーの流麗な歌とあまりにヘヴィな低音が重なるとき、そこには取り返しのないかないほど深いメランコリーが立ち現れ、穏やかなメロディを持つどこかホーリーな響きを持つ“スパニッシュ・トランスレイション”ではアコースティック・サウンドとシンセが天上の響きを演出する。ビーチ・ボーイズのコーラスが降りてくる“ノー・エンド”や“ホワット・パート・オブ・ミー”のようにキャッチーで生き生きとしたポップ・ソングがアルバムのなかではフレッシュに聞こえるが、彼方にノイズがざわめく様はとてもデリケートなバランスを醸している。

 9分51秒に渡って激しさと静寂を行き来する“ランドスライド”はまさにロウの本領だが、そこに流れる時間は危険なほどに甘く、快楽的だ。ロウというバンドにおいて、スロー・コアのスローとは実際のテンポのことではなく身体を麻痺させる媚薬のことであり、サッド・コアのサッドとは喜怒哀楽の哀に収まりきらない心地よさや温かさを含んだものである。それは彼らとわたしたちの、秘めごとのような美の戯れとしてそっと差し出されている。

木津毅