「Low」と一致するもの

DIIV - ele-king

 AIが浸透してきて肌感覚が変わる次の時代がすぐそこまで来ているようなと年末の紙のele-king個人チャートに書いたのだけど、年が明けてそれはすでに訪れているのだと実感した。もうSNSの投稿にAIで生成された画像や文章が使われていることは珍しいことではない。そういうものだとほとんど気にも留めず受け入れるというところまでは来ていないけれどそれも時間の問題だろう。少なくともいまの段階で自分の感覚が変わったというのは間違いない。投稿される画像を眺めてこれは本当にあったことなんだろうか? AIで作られた偽物なのではないか? という疑いが知覚と感情の間に入るようになったのだ。10年前にはこんなことは思わなかった。なぜなら精巧な画像を即座に作ることは難しかったからだ。しかしそれができるようになったいま、疑わないでいることは難しくなった。だから皆が疑いを抱いている。疑うことが社会の基本だというふうに。インターネットの日常(日常という表現があっているのなら)に漂う景色が変わり、雰囲気が変わり、認識が変わる。そんな日々が積み重なって感覚が変わる。普通の基準が変化して(もしかしたらそれは麻痺なのかもしれない)当たり前のラインが変わって、空想のなかの世界も変容していく。かつて夢見た未来の形も変化して、いままでとは違う架空の世界の姿が現れる。

 そう変化するのだ。僕はこのDIIVのライヴ・アルバム『Boiled Alive』に変化を遂げた現代のその先の世界を感じた。多くのライヴ盤が演者の息遣いやその日の観客の熱狂を生々しく伝えることを目標にするが、このシューゲイズ・バンドのライヴ・アルバムはそれを目指していない。代わりに描かれるのは白々しく広がった明るい未来の姿だ。MCは一切なし、その代わりに1曲ごとに不気味な電子音や合成音で作られたインタールードが入る。不自然なほど明るくTV番組のような様相でバンドを迎え入れたかと思えば、一気に暗くなり「啓示」を与えようとする。このアルバムは後期資本主義の社会の現実に打ちひしがれた姿を描いた24年の4thアルバム『Frog In Boiling Water』の曲を全曲演奏する再現ライヴなのだがそこで描かれた陰謀論めいた組織ソウルネットが社会に浸透した具体的な存在としてこの場所に現れる。ソウルネットがいかに素晴らしい団体なのかという企業CMが入り(ここでは宇宙の力を手に入れ、共感の波に乗ることができます)、ニュース番組のキャスターふうの声がミュージシャンを含む著名人の支持を偽装した「シンセティック・メディア」と呼ばれるAIの政治的支援活動に捜査のメスが入ったことを伝える。また他のインタールードでは画期的な技術に投資するエクソンモービルなる会社(実在する企業と同名)が自然環境のため、地球のよりよい未来のためにDIIV、そしてソウルネットと手を取り合ったという宣言がなされる(流れるザカリー・コール・スミスの声。しかしそれはAIによって作られたものではないかという疑いがあって……)ほとんど『1984年』やトマス・ピンチョンの描くSF小説の世界だがこの空間ではそれが普通のこととして流れていく。たとえホラー映画のようなドローンやサウンド・コラージュが添えられていようとも決して異質なことではないのだ。

 それが4thアルバムの曲と不気味にマッチする。〈Captured Tracks〉時代の疾走感のあるDIIVの姿ではない、重く陰鬱なDIIV。ディストーションの向こうから聞こえてくる “Brown Paper Bag” の足取りは重く、“Raining On Your Pillow” のギターが描く風景はこの先に何が起こるかわかっているが、それでも立ち止まれないという悲劇性を帯びている。だがけっして悲しい気持ちにはならない。客観的な語り口で悪夢を語る小説のような、現実感を失ったこの音楽は低く這う小さな浮遊感を持って進んでいく。この感覚はやはり麻痺なのだろうか? 不気味だがしかしこの悪夢のなかには不思議な安心感があるのだ。

 これは作りものの生で、実際に起こっていることとは違う作り物のライヴなのだ、頭はそう認識するのだが、しかし気がつけばその世界にどっぷりと浸かり込んでいる。11ものインタールードが挟まれるこのライヴ・アルバムでは続けて楽曲が演奏されるということはない。しかしそれがかえって臨場感を生む。まるでフルダイヴ型のVR配信を体験しているみたいな感覚だ(僕らはプラットフォームが用意した世界のなかにいる)。そんなことが可能になる未来でもAmazonプライムビデオにはきっとCMが入っているという確信があるし、待つということを強制される飛ばせない時間はいま、実際に現実で起こっていることというリアルタイムの感覚をかき立てる。まったく生々しくはないが、いま自分がその場に立っていると認識する奇妙な臨場感がそこに生まれるのだ。

 そのせいかここで演奏される楽曲はオリジナルのそれよりもずっといい曲のように聞こえる。それはオリジナルの楽曲がどんな世界で鳴らされているのか感覚的に理解できた状態で聞いているというのと、冗長にも思えるインタールードが挟まれることによってその都度、頭がリセットされるからに他ならないだろう。この陰鬱な曲を受け止められるだけのスペースがそこで生まれ、集中して曲に向かえるのだ。オリジナルのアルバムにもこの余白の導線が必要だったのでは思うほどにインタールードが効果を発揮している。

 ひょっとしたら物体の見えない部分を脳が自動的に補う、モーダル補完やアモーダル補完が働いているのかもしれない。楽曲が切り離されたことで、我々はそこに隠されたものを感じ取れるようになった。ソウルネットが言うように宇宙の力で理解力が高まり共感の波に乗ることができたのだ(あぁカニッツァの三角形も何かのシンボルマークに見える)。この場所で演奏される “Soul-net” は理想郷の香りのように甘く、先のない行き止まりのようにやるせない。それは判断を何かに任せたことによる安心感から来るものなのかもしれない。

 ディストピアの世界を描くこうしたアート表現は昔から繰り返されてきたものでそこに目新しさはないのだが、しかしいまは実感がある。AIは不気味の谷を超え日常に浸透しつつある。ソウルネットにしてももうただの冗談には聞こえない。4thアルバム・リリース時に作られた実際にアクセスできるソウルネットのサイトもこのライヴ盤を体験した後の「2026年」の世界では笑えないジョークに思えてくる。もはや現実と空想の境目が曖昧になっているのだ。
 このライヴ盤は実験的なライヴ・フィルムの音声版ということだがこれ単体だけでもこのおかしな現実が生み出す未来の姿の一端を体験できるだろう。どこまでが本当なのかわからない不気味な世界はおかしなリアリティを持ってこの現実に現れる。我々はこれをどう受け止めればいいのだろう? この場所には奇妙な安心感が漂っている。いずれにしてもDIIVのこのアルバムは我々の感覚を揺さぶる素晴らしいライヴ・アルバムであるように僕には思える。


TechnoByobu - ele-king

 斬新なアイディアでもって誕生したテクノ屏風、その第2弾が登場することとなった。前回はYMOがモティーフとなっていたが、今回はなんと『攻殻機動隊』。2パターンの絵柄と、洋金箔/錫箔の2種の組み合わせ、計4種のラインナップとなっている。1月30日よりTOKYO NODEにて開催される『攻殻機動隊展』会場にて販売される予定だ。詳しくは下記より。

攻殻機動隊 × 日本の伝統工芸
「TB-02 : The Ghost in the Shell」全四種を
2026年1月30日にユーマより発売

ユーマ株式会社(代表:弘石 雅和、以下ユーマ)は、2023年より販売する「TechnoByobu」(テクノ屏風)の新シリーズとして、世界的ヒットを誇るSF作品『攻殻機動隊』(士郎正宗/講談社)のヴィジュアルを施した「TB-02 : The Ghost in the Shell」シリーズを2026年1月30日に発売すると発表しました。

「TechnoByobu」は、最先端のヴィジュアルを、500年以上の伝統を誇る箔工芸を用いた屏風として再構築する新世代のアートピースです。職人たちの手仕事により屏風上に色鮮やかに描かれた作品は注目を集め、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のアルバムアートワークをモチーフにした初作「TB-01:Electronic Fan Girl」は、大きな話題となりました。

第二弾となる「TB-02 : The Ghost in the Shell」シリーズでは、屏風という物理的なメディウム上に『攻殻機動隊』のサイバネティックなヴィジュアルを配した、過去と未来が交錯する新世代ヴィジュアルアートです。「TB-02 : The Ghost in the Shell」は、漫画原作扉絵のフチコマに搭乗する草薙素子をあしらったTB-02-KP(魂魄)と、95年アニメ映画版のワイヤーを接続した草薙素子のビジュアルを用いたTB-02-GT(義体)の2つの絵柄を、洋金箔、錫箔の2種の箔で表現した、計4種のラインナップです。

来春2026年1月30日よりTOKYO NODEにて開催の『攻殻機動隊展』会場にて販売予定です。
『攻殻機動隊展』(TOKYO NODE)https://www.tokyonode.jp/sp/exhibition-ghostintheshell/

【「TB-02 : The Ghost in the Shell」商品概要】

商品名:The Ghost in the Shell 魂魄(Konpaku)
商品番号 : TB-02-KP
アーティスト : 士郎 正宗

<商品イメージ> ※デザイン・仕様は変更となる可能性がございます。


©Shirow Masamune/KODANSHA

商品名:Ghost in the Shell 義体(Gitai)
商品番号 : TB-02-GT
アーティスト : 押井 守

<商品イメージ> ※デザイン・仕様は変更となる可能性がございます。


©1995 Shirow Masamune/KODANSHA・BANDAI VISUAL・MANGA ENTERTAINMENT. All Rights Reserved.

■商品概要(TB-02-KP、TB-02-GT共通)
価格:¥1,100,000(税込)
発売日:2026年1月30日
サイズ:五尺二曲(縦:約1500mm × 横:約1400mm)
重量:約4kg
材質:洋金箔(大箔散らし)紙 , 錫箔(平押し)紙 の2種
エディション:完全生産限定版(シリアルナンバー入り)

TechnoByobuとは?https://technobyobu.jp/)】

TechnoByobuの「Techno(テクノ)」は、「芸術・技術・技巧」を意味するギリシア語「テクネ(téchnē)」を語源とし、単なる実用的な技術を超えて、ものづくりに宿る知性と創造性、さらには電子音楽(テクノ)が示す未来的感性までを包み込む哲学的な概念です。こうした背景から、「テクノ」は現代の「テクノロジー」の語源であると同時に、文化的・芸術的な創造力を融合させる重層的な意味を備えています。

TechnoByobu は、この思想をもとに三つの要素で構成されています。

● 未来を映し出す「アートワーク」(芸術)
● 職人の手仕事が息づく日本の「伝統工芸」(技巧)
● テクノロジーで真贋を保証する「デジタル証明書」(技術)

これらが重なり合うことで、TechnoByobu は「テクノ」の多層性を映すアートピースとして結実しました。
今後もさらなる表現の可能性を追求していきます。

<第一弾商品>
2023年3月に発売した「TB-01 : Electronic Fan Girl」は、ルー・ビーチ氏による Yellow Magic Orchestra のアルバムアートワークをモチーフに洋金箔(真鍮箔)の美しい輝きで再構築したアート・ピースです。

TB-01 : Electronic Fan Girl
Number:TB-01
Title: Electronic Fan Girl
Licensed by ©2022 Lou Beach through ALFA Music, Inc.

※在庫僅少 
ご購入はこちらから https://technobyobu.jp/feature/starthere

【攻殻機動隊について】

『攻殻機動隊』は、1989年に漫画家・士郎正宗が講談社の「ヤングマガジン海賊版」で連載を開始したSF漫画です。電脳戦や格闘などで優れた能力を持つ全身義体(サイボーグ)の草薙素子。階級「少佐」の彼女をリーダーとした攻性の部隊「攻殻機動隊」が、高度複雑化する凶悪犯罪に立ち向かう姿を描いた物語です。リアルで精密かつサイバーパンクな表現により哲学的なテーマを探求し、人間とテクノロジーの融合および個人のアイデンティティについて深く考察しています。
また劇場アニメーション、テレビアニメーション、ゲームなどの異なるメディアで展開されたそれぞれの作品は原作の漫画とは異なる独自の物語や解釈が表現されています。

【歴清社について】

1905年に誕生した歴清社は、その創業年に、それまでにない技法=科学技術である洋金箔を使った箔押し紙を開発しました。洋金箔とは真鍮製の箔で、高価な本金箔(金を使用した箔)と同様に美しく、そして経年による変色も少ない画期的な発明でした。そんな歴清社の製品は、帝国ホテル、宮内庁、西本願寺はもとより、CHANEL、GUCCIなどの高級ファッションブランドまで、その製造方法により生み出された様々な箔製品のクオリティーは国内のみならず、世界で評価を得ています。

HP:https://rekiseisha.com/

【ユーマ株式会社(企画・製作・販売)】

国内外の音楽とアート(メディアアート、ファッション、アニメ、ゲーム、マンガ、ガジェット等)をUniteしていく新しいカタチのレコード会社です。クラブ / エレクトロニック・ミュージックからインターネット発ボーカロイド/アニメソング・プロデューサーまで、クオリティー・ミュージックをジャンルレスに展開しています。1970年代末に日本が世界に誇るイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の音楽を生み出したアルファレコードに勤務していた創業者が、YMOによるテクノ・ポップの先進性とユニークネスを現代に継承する会社として設立したのがユーマであり、その精神により企画されたのがTechnoByobuです。

会社名:ユーマ株式会社 U/M/A/A Inc. (United Music And Arts)
代表者:弘石 雅和
所在地:106-0047東京都港区南麻布1-3-2 ESPACE TETE (エスパステテ) 001
設立:2013年
公式サイト:https://www.umaa.net/

<お問い合わせ先> 
ユーマ株式会社 広報担当:info@technobyobu.jp

Daniel Lopatin - ele-king

 最新作『Tranquilizer』が評判のワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティン。彼が映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(日本公開は3月13日)のサウンドトラックを手がけていることはすでに報じられているが、めでたくもその日本盤がリリースされることとなった。発売は2月27日。映画音楽作家としても着々と地位を固めているロパティン、その最新の成果に注目だ。

MARTY SUPREME
ORIGINAL SOUNDTRACK
BY DANIEL LOPATIN

★ クリティクス・チョイス・アワードでノミネート
★ 英国アカデミー賞でロングリスト入り
★ アカデミー賞でショートリスト入り

注目映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』の
サウンドトラック・アルバムが国内盤CDとLPでリリース決定!
購入者特典として先着でオリジナル・ピンポン玉をプレゼント

BEST NEW MUSIC - Pitchfork
緻密かつ雄弁。まるで“第二の脚本”のように機能する - IndieWire
ジョン・ヒューズ作品的な高揚感、宇宙的神秘主義、
そしてジョン・カーペンター的な不穏さが同居するサウンド - Empire
すべてに鮮烈でスリリングなオーラを与えている - Slash Film
ダニエル・ロパティンの予測不能な脈動のスコア。ボリュームは11まで引き上げられている - Variety

本作を語るうえで重要な話題のひとつになるのは、
ダニエル・ロパティンによるきらめくオーケストラルなスコアを中心とした
大胆な音楽の使い方だ
- The Hollywood Reporter

作曲家ダニエル・ロパティンは、マーティの鼓動と、卓球ボールが跳ね返るリズムの両方を、
推進力に満ちたスコアの中で見事に表現している
- AP News

アカデミー賞前哨戦と言われるゴールデングローブ賞にて、主演のティモシー・シャラメがミュージカル・コメディ部門の主演男優賞を受賞し、日本での公開も3月13日に決定している話題映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ (原題:Marty Supreme)』。
現在までに映画賞の213部門にノミネート、うち25部門を受賞し、賞レースのトップランナーに躍り出ている本作のオリジナル・スコアを手がけたのは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (以下OPN) ことダニエル・ロパティン。昨年OPN名義で最新アルバム『Tranquilizer』をリリースし、4月には待望の来日ツアーも決定している。

本作『Marty Supreme (Original Soundtrack)』は、Pitchforkにてサウンドトラック作品としては異例となる「BEST NEW MUSIC」に選出され、アカデミー賞でもショートリスト入りするなど、音楽単体としても極めて高い評価を獲得。現在デジタル配信中の本作が、2月27日に国内盤CDおよび2枚組LPでリリースされることが決定した。

ロパティンが手がけた23曲のスコアは、ネオクラシカルなオーケストレーション、広がりのあるシンセサウンド、80年代ハードウェアの有機的な質感を融合し、献身的でありながら陶酔感に満ちた未来的な音世界を描く。ララージの神秘的な演奏、ワイズ・ブラッド の幽玄なボーカルもフィーチャーされ、作品にスピリチュアルな煌めきと揺れ動く感情を一層引き立てている。

本作は現在好評デジタル配信中。
2月27日には、国内盤CDおよび2枚組LP(ブラック&クリア・ヴァイナル)でも発売される。アートワークには映画のビジュアルが採用され、国内盤CDには解説書と両面ポスターを封入。LPはゲートフォールド仕様となり、同じく両面ポスターが付属する。またアルバム購入者は先着で映画にも登場する『マーティ・シュプリーム』オリジナル・ピンポン玉がもらえる。

先着特典:
『マーティ・シュプリーム』
オリジナル・ピンポン玉

封入特典:
両面ポスター

本作は、2025年の年間ベストにも数多く挙げられている、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー名義の最新作『Tranquilizer』に続くリリースでもある。同作で示された感情表現の透明度と音響テクスチャーの革新性を、映画音楽というフォーマットにおいてさらに拡張。オーケストラのドラマとデジタルの幻影がせめぎ合い、常に変化し続けるロパティンならではの緊張感が全編にわたって描き出されている。

この音楽は、リズムや浮遊感、そして“動き”への強い執着から形になっていった。マーティの変幻自在でスピード感に満ちた、躍動的な性質--まるで卓球のボールそのもののような存在--を表現するために、何百種類ものマレットやベルの音を集めたんだ。このスコアは、伝統と革新のあいだに存在するものにしたかった。ネオクラシカルな要素は、ルールや制約、プレッシャーといった現実の中で彼が生きる現実世界を支え、電子的なテクスチャーは、彼が思い描く未来へと傾いていく。その二つの力が、やがて互いにせめぎ合い始める。
- Daniel Lopatin

ジョシュ・サフディが監督を務め、ティモシー・シャラメが主演。共演には、アカデミー賞受賞俳優グウィネス・パルトローをはじめ、オデッサ・アジオン、ケビン・オレアリー、タイラー・ザ・クリエイターことタイラー・オコンマ、アベル・フェラーラ、フラン・ドレシャーらが名を連ねる。
ロパティンによる音楽は、本作の“神経系”として機能し、ネオンに彩られたマキシマリズムと、結晶のように静謐な瞬間を行き来しながら、サフディが描く野心、崩壊、そして創作への執着を鮮烈に浮かび上がらせている。

label : BEAT RECORDS / A24 Music
artist : Daniel Lopatin
title : Marty Supreme (Original Soundtrack)
release:2026.2.27
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15596
配信: https://a24music.lnk.to/MartySupremeOriginalSoundtrack
TRACKLISTING:
01. The Call
02. Marty’s Dream
03. Endo’s Game
04. The Apple
05. Pure Joy
06. Holocaust Honey
07. The Humbling
08. Motherstone
09. The Scape
10. Tub Falls
11. Fucking Mensch
12. Rockwell Ink
13. Hoff’s
14. Seward Park
15. The Necklace
16. Vampire’s Castle
17. Back to Hoff’s
18. Shootout
19. I Love You, Tokyo
20. The Real Game
21. Endo’s Game (Reprise)
22. Force Of Life
23. End Credits (I Still Love You, Tokyo)

CD

LP

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ニューアルバム『Tranquilizer』をひっさげ
奇才フリーカ・テットとの最新ライブセットで来日決定!

Oneohtrix Point Never
WITH FREEKA TET

大阪 2026.04.01 (Wed) Gorilla Hall
東京 2026.04.02 (Thu) Zepp DiverCity

open 18:00 / start 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途ドリンク代)※未就学児童入場不可
info:http://www.beatink.com/
E-mail:info@beatink.com
公演詳細:https://linktr.ee/opnjapan2026

label : BEAT RECORDS / Warp Records
artist : Oneohtrix Point Never
title : Tranquilizer
release:2025.11.21
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15439
配信: https://warp.net/opn-tranquilizer
TRACKLISTING:
01. For Residue
02. Bumpy
03. Lifeworld
04. Measuring Ruins
05. Modern Lust
06. Fear of Symmetry
07. Vestigel
08. Cherry Blue
09. Bell Scanner
10. D.I.S.
11. Tranquilizer
12. Storm Show
13. Petro
14. Rodl Glide
15. Waterfalls
16. For Residue (Extended) *Bonus Track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツ

CD

LP

限定LP

Shabaka - ele-king

 2010年代以降のUKジャズにおける最重音楽家、シャバカの3枚目のソロ・アルバムが3月6日に発売される。『Of The Earth』と題されたそれは彼自身のレーベル〈Shabaka Records〉からのリリースで、ある時期から封印してきたサックスをふたたび演奏! のみならずラップにも挑戦しているようだ。新たな段階へと進んだシャバカ、期待が高まります。

SHABAKA

現代UKジャズ・シーンの最高峰、シャバカ
最新アルバム『Of The Earth』を発表!
両A面シングル「A Future Untold / Marwa The Mountain」同時解禁!

現代UKジャズの最高峰として、シーンの最前線を更新し続ける存在、シャバカ (・ハッチングス)が、ソロ名義として3作目となる最新アルバム『Of The Earth』を、3月6日(金)にリリースすることを発表した。本作は、自身が新たに立ち上げたレーベル〈Shabaka Records〉からリリースされる初のアルバムとなる。
発表にあわせて、2曲を収録した両A面シングル「A Future Untold / Marwa The Mountain」も同時に公開された。

『Of The Earth』は、全編にわたってシャバカ自身が作曲・プロデュース・演奏・ミックスまでを手がけた、極めてパーソナルな作品だ。本作では、サンズ・オブ・ケメットやザ・コメット・イズ・カミングで展開してきたダンス志向/リズム重視のアプローチと、近年のソロ作品(『Perceive its Beauty, Acknowledge Its Grace』『Afrikan Culture』)で追求してきた、緻密でテクスチュラルなサウンド世界とを有機的に結びつけながら、インストゥルメンタリスト/プロデューサーとしてのシャバカの新たな輪郭を明確に提示している。

SHABAKA - ‘A Future Untold / Marwa The Mountain’
https://shabaka.ffm.to/oftheearth

ツアー移動中にポータブル機材で制作されたビートやループが楽曲の基盤となり、その上を合唱的なフルートの旋律が大きく舞い上がる。電子的なリズム・シークエンスは、ディアスポラ的な歩みの物語を描き出す。またシャバカは、本作でラップにも挑戦しており、次のように語っている。

アンドレ・3000が恐れや気負いなく、誠実に新たな次元を探求していく姿勢に刺激を受けた。だからこのアルバムで、自分自身の声を見つけようと決めたんだ。
- Shabaka

2025年半ば、シャバカは南アフリカのドラムの巨匠ルイス・モホロの追悼コンサートでのパフォーマンスをもって、自らに課していたサックス演奏の休止期間に終止符を打った。『Of The Earth』は、約1年半にわたってサックスを演奏しなかった期間を経て制作された最初のレコーディング作品であり、フルートを中心に向き合ってきた時間が、今後の楽器との関係性にどのような未来をもたらすのかを見つめ直す、ひとつの総括でもある。

ディアンジェロの『Brown Sugar』は、私が初めて買ったCDで、セルフ・プロデュース/セルフ・パフォーマンスによるアルバムが持ちうる感情的な可能性について、長く続く好奇心を呼び起こしてくれた。この作品は、創造的な自己表現における自由を祝福するためのレコードなんだ。コロナ以前の私は、クラリネットとサックスしか演奏できず、音楽制作やフルートの演奏方法についても何も知らなかった。だからこれは学びの旅であり、その結果として生まれた音楽を振り返る作品でもある。
- Shabaka

シャバカ最新アルバム『Of The Earth』は、3月6日(金)にCD、LP、デジタル配信で発売。国内盤CDには、ボーナストラック「Those of the Sea」を追加収録し、日本語解説書を封入。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(ブルー・ヴァイナル)も発売され、限定盤LPは数量限定・日本語帯付き仕様(解説書付)でも展開される。

label : BEAT RECORDS / Shabaka Records
artist : Shabaka
title : Of The Earth
release:2026.3.6
TRACKLISTING:
01. A Future Untold
02. Those Of The Sky
03. Go Astray
04. Step Lightly
05. Call The Power
06. Dance In Praise
07. Ol' Time African Gods
08. Marwa The Mountain
09. Light The Way
10. Stand Firm
11. Space Time
12. Eyes Lowered
13. Those of the Sea *Bonus Track
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15591
配信: https://shabaka.ffm.to/oftheearth

CD

LP

限定LP

interview with Sleaford Mods - ele-king

 社会の底で生きる、いわゆる“見えない人びと”を描いたイギリス映画『バード ここから羽ばたく』には、登場人物たちが、どんちゃん騒ぎのなかスリーフォード・モッズの曲を大合唱するシーンがある。“Jolly Fucker”という、低賃金労働への不満を爆発させ、前向きに生きようぜと、ポジティヴな態度を強制する社会への嫌悪全開の人気曲だ。この曲が重要なのは、社会の下方からの抗議を表現しているからではない。“Jolly Fucker”は、イギリスのポップ・カルチャーが長いこと喧伝してきた労働者階級の「誇り」なんてものが嘘八百だと主張しているからだ。そんなものはいまや不安定雇用と失業、福利厚生の切り捨てによって空洞化している。階級闘争は人種憎悪にすり替わり、仕事はあるが希望はない。家庭は重荷でしかなく、楽しみは消費だけ、労働者階級の連帯感などとっくに崩壊している。振り返っても、何も残っちゃいない。すべてにうんざりしているんだ。スリーフォード・モッズ、そのヴォーカリストであるジェイソン・ウィリアムソンのインパクトは、ただわめき散らすのではなく、21世紀の惨状を、ごまかすことなく、口汚くもしかし知的に言語化したことにあった。そして、ああ、それが我々の第一歩だったのだ。

 2026年の1月は、大好きな二組のアーティストがアルバムを出す。坂本慎太郎とスリーフォード・モッズである。音楽的にも、母国語も言葉表現の方法論もファッションもまったく重ならない彼らにしかし共通しているのは、社会批評としての音楽の可能性を持続していること、秀逸なブラック・ユーモアとレトリック、そして「エモさ」の排除だ。エモいロック、エモいラップ、エモいダブ、エモいアンビエント、エモいテクノはトランスと呼ばれている。エモ、つまり理論よりも泣き(情緒)が優先することは文脈や背景といったものを超越する。それは入りやすい。が、しかし、ボブ・ディランの有名な歌詞のように「いまは泣くときではない」のだ。

 スリーフォード・モッズの装飾性を剥いだ、淡々としたビートは、ふわふわした情緒に対する解毒剤で、いまはこっちのほうが全然ノれる。ジェイソンは、相も変わらず飾りっ気のない声を響かせているが、豪華なゲスト陣が楽曲に色気を足して作品の入口を広くしていることをぼくは嬉しく思う。新作『ザ・ディマイズ・オブ・プラネット・X/The Demise of Planet X(惑星Xの崩壊)』は、アンドリュー・ファーンのトラックの核にある底冷えた感覚を棄てたわけじゃないだろうが、だが、これまでの作品のなかでもっとも多彩な曲調を揃えてもいるのだ。
 むき出しの絶望、怒りの濁流だったおよそ10年前の(いまとなっては2010年代の決定打)『Divide and Exit』と比べれば、ずいぶん取っつきやすくなったものだ、と思われる向きもいよう。あの寒々しい煉獄ループはどこいった? と言いたくなるファンがいても不思議ではない。でも待ってくれ。彼らにしても毎回同じことを繰り返すわけにはいかないし、ぼくのように10代からポスト・パンクや80年代ニューウェイヴのハイブリッドなスタイルに親しんでいたリスナーにしたら、これこそがUK音楽の魅力である、と声を大にして言いたくもあるのだ。レゲエ、パンク、テクノ、ソウル、ポップス、ヒップホップ、グライム、そんなものが混ざっている世界で、『モア・スペシャルズ』や『サンディニスタ!』、マッシヴ・アタック、セイバーズ・オブ・パラダイス、ザ・ストリーツ……大きくはそんなものたちの系譜にある。
 以下、推薦曲をいくつか挙げておく。“The Good Life” “Double Diamond” “Elitest G.O.A.T.” “Megaton” “No Touch” “Bad Santa” “The Demise of Planet X”……つまり、1曲目から7曲目まではほとんど完璧に思えるが、このなかで1曲選ぶなら迷うことなく(いつまでも消えない)精神的な不安定さを主題にした“The Good Life”。
 歌詞の観点で言えば、興味深いことに “Megaton”は、坂本慎太郎の新曲“麻痺”ではないが、情報過多の地獄に慣れ切った現代人の麻痺(思考停止)状態を表現しているようにも読める。(日本盤の訳詞担当は坂本麻里子)

 このインタヴューではすっかりなごんでいるが、作品には、観察者ジェイソンによる支離滅裂だが筋の通った激しい怒りと皮肉、苛立ちが、変わらず溢れいる。意識高い系、外見至上主義、SNS、スマホ、英国とアメリカ、筋トレにジム通いなどなどを、ファンであるぼくから見てもおまえらは何様だ! と思うくらいに片っ端からあざけっているのでご安心を。ただし、ひとことだけ言っておこう。ジェイソン、ムカついているのはあんただけじゃない(「空腹な群衆は怒れる群衆」by ボブ・マーリー)。
 もっとも連中は、ただただ延々と不平不満をぶちまけるだけでは、それはもはや演芸であり、降伏にひとしいということもわかっている。なにかを変えるには自らも変わる必要がある、それが今回のアルバムでは、(繰り返すようだが)音楽的な幅の広さとして結実し、それは柔らかい何かを伝えている。ぶっちゃけたところ、イギリスの階級社会や政治など、東アジアのこの暗い貧国の隅っこで暮らしているぼくにとっては知ったこっちゃねぇよ、と言いたくもなるのだが、曲の合間合間から見える彼らの「ヒューマニズム(人間愛)」をどうぞ感じ取ってほしい、とは思う。
 それではいきましょうか、長いです。なお、この記事では新作のゲスト陣(女優のグェンドリン・クリスティーをはじめ、オールダス・ハーディング、伝説のバンド、ライフ・ウィズアウト・ビルディングスの元フロントウーマン=スー・トンプキンス、ポスト・パンク・デュオのビッグ・スペシャル等々)のことは触れていません。新作についてより多くを知りたい方は、ビートインクのサイトを参照ください。

批判するのは何ら悪いことじゃない。というかある意味、批判は不可欠だと俺は思うくらいだよ。ところがそれと同時に、同じ標的ばかり狙っていると——あるいは同じ語り口ばかり使っていると、やがてその批判は対象について以上に、批判者について多くを語るようになってしまうと思う。(ジェイソン)

まずは2025年のよき思い出から話して下さい。〈War Child〉(*戦災被害を受けた子供や家族を支援する慈善組織。SMはシングル“Megaton”の収益と26年英ツアーのチケット1枚ごとにその売上から1ポンドを同団体に寄付する)支援や『Divide and Exit』アニヴァーサリー再発後の小規模ライヴハウス・ツアー、入場料にも考慮したライヴ(*SMは低所得者層向けに5ポンド=約1000円の割引チケット枠を設定している)など、過去1年ほどいろんなことをやられていましたよね?

ジェイソン:そうだな、よいことはいろいろあった。まずはこのアルバムの制作、こうして1枚仕上げられたこと——。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:——それが、俺たち双方に大きな達成感をもたらしてくれたと思う。そうだろ、アンドリュー? かなり努力したからさ。

アンドリュー:うんうん。2025年は静かな年だったよな、俺たちあんまりツアーしなかったから。

ジェイソン:ああ、たしかに。家で過ごせたのもよかったと思う。

アンドリュー:そうだね。

ジェイソン:快適な日常生活に浸ってたな、過去10年のハードワークの成果である、自分たちで作り出した家庭生活を満喫するっていう。

アンドリュー:ああ。

2025年夏、アンドレア・アーノルド監督の映画『バード』が日本で上映されました。作中にスリーフォード・モッズの曲がかかることと、Burialが音楽を担当したくらいしか予備知識がなく見たんですが、ジェイソンに似ている役者が出ていると思って、エンディングロールをよく見たらあなたの名前があったので驚きました。

ジェイソン:ジャンジャジャ〜ン!

アンドリュー:(笑)

映画自体がとても興味深い話で、シリアスな話ですが、登場人物たちが“Jolly Fucker”を合唱するシーンでは笑ってしまいました。あの映画の感想をまずは聞きたく思います。

ジェイソン:とてもいい映画だよ。

アンドリュー:『バード』?

ジェイソン:ああ、監督はアンドレア・アーノルド。

アンドリュー:ふーん。わかった、後で観てみるわ(笑)。

ジェイソン:すげえヘヴィな映画だから、覚悟して観ろよ! ハッハッハッ! マジにファッキン重たい映画だ。

アンドリュー:ふーん、そうなんだ。

ジェイソン:うん。だけど本当にいい映画だよ。アンドレア・アーノルド、彼女はああいう映画をもう6、7本撮ってきた人で、その多くはいわゆるキッチン・シンクもの(*イギリスで50〜60年代に広まった、庶民生活をリアルに描く演劇や映画)で、とても陰鬱な、労働者階級の生活を背景に据えてる。っていうか、彼女は俺たちの最新のヴィデオ、“No Touch”も撮ってくれたんだ。

アンドリュー:ああ、彼女か! うん、俺もBurialは好きだし——

ジェイソン:だよな! Burialがサントラを担当したなんて、それだけでもかなりすごいよ。で……うん、あの作品に出演できてとても誇りに思う。彼女は素晴らしい仕事をやってのけたし、妻と一緒に映画館に観に行ったよ。マジにヘヴィな映画なんだけど、実際に観て「ワオ! すげえ!」と思った。だから、あの映画に参加できてとても誇らしい。

アンドリュー:クール!

あの映画の主人公の女の子の家庭はとてもカオスですよね。家族はスクォッティングしていて、しかも父親はひじょうに若く、彼女には腹違いの兄弟もいる。その父は幻覚性のある液体を出すカエルを手に入れてそれで結婚資金をつくろうとしているわけですが、あの設定は、きわめて特殊な環境なのか、それともUKの労働者階級家庭の一部では、現実にありふれた光景と言えるのでしょうか?

ジェイソン:あれはアンドレア自身の子供時代を元にした設定なんだ。だから、労働者階級が生活するエリアの多くで——いや実際、それに限らずどんなエリアにだって、機能不全に陥ってる家庭は存在するだろうね。うん、もちろん存在するさ。だから俺としては答えはイエス、思うに、うまくいってない家庭環境ってのは普通に存在するんじゃないかと。

実際のところ、ああいう人たちがコールドプレイやブラーに混じってスリーフォード・モッズも聴いているんでしょうか? コールドプレイとSMって、いわば対極のように思えますが——

アンドリュー:フハハハッ!

坂本:(笑)それともむしろ、あの選曲は監督の趣味なのでしょうか?

ジェイソン:コールドプレイを聴いてる人たちが俺たちの曲も聴くってのは、そんなに現実離れしちゃいないと思うけどね。どちらも要は、「ポップ・バンド」なわけだし。だろ、アンドリュー?

アンドリュー:うん。だからほら、一般的な類いの人たち……主流に属する人たちは、みんなそういうことをやってるんだよ。なんだかんだ言って、彼らはテレビでBBCの定時ニュース番組を観るわけで。

ジェイソン:うん、そういうことだろうね。俺だって、俺たちが彼ら(コールドプレイ)と同じ類いのクラウドを引きつけるとまでは言わないけれども、比較的に言えば、俺たちだって彼らと共にコマーシャルな音楽の景観のなかに存在すると思うし。

アンドリュー:だよな。

ジェイソン:いまはますますそうなってきてる。アルバムを出すと毎回英チャートでかなり上位に入るし(*SMのアルバムは2019年の『Eton Alive』以来毎作トップ10入りしている)——幸運が続きますように!——、だからコールドプレイを好きな人びとが俺たちの存在に気づいてたって何の不思議もないだろう。

続いて、ジェフ・バロウの〈Invada Records〉が初プロデュースした映画『GAME』にも出演されたそうですね。

ジェイソン:うん。

ブリストルの1993年頃のレイヴ・シーンが舞台のホラー映画だそうで、とても観たいけれど、日本で上映される可能性は低そうです。『GAME』に出演することになった経緯、作品に対するご感想を聞かせてください。ジェフとは過去に仕事したことがありますよね?

ジェイソン:そう。以前、2014年頃に〈Invada Records〉からEP(『Tiswas EP』)をリリースしたことがあって。以来ふたりともジェフとは連絡を取り続けていたし、そしたら何年か前に彼から「映画を作ろうかと思ってるんだけど、役者として出てみるのに興味ある?」って打診を受けて、俺は「イエス!」と即答した。彼ら〈Invada Records〉側はクリエイティヴ面でひじょうに優れた連中だし、だからきっとかなり興味深いプロジェクトになるだろう、というのは俺にもわかったから。

坂本:あなたがたには90年代レイヴ文化もバックボーンにあるでしょうし、その意味でも興味深そうな映画です。ちなみにアンドリュー、あなたに映画出演のオファーはまだないんですか?

アンドリュー:全然。ちっとも(苦笑)。

ちなみにイギリスには、ケン・ローチの映画や『ブラス!』(1996)のような、労働者階級を舞台にした映画が多数ありますが、あなたが好きな作品はなんでしょうか?

ジェイソン:フーム(考え込む)。

アンドリュー:いい質問だね……『Abigail’s Party』は、かなりいいと思う(*『Abigail’s Party』はマイク・リーがBBC向けに製作した1977年のテレビ映画。労働者階級の実相を描くというより、当時の英中流階級の上昇志向を風刺した古典作)

ジェイソン:うん。

アンドリュー:あと、『Naked』もかなり好きだな(*同じくマイク・リー監督の1993年の長編映画)

坂本:なるほど、マイク・リーが好みなんですね。

アンドリュー:ありゃいい映画だ。

ジェイソン:そうだな、俺は『Kill List』(*2011/ベン・ウィートリー監督のサイコスリラー/フォーク・ホラー)がすごく気に入ってる。思うにあれは……。

アンドリュー:あれもいいね。

ジェイソン:うん。かなり殺伐とした映画だよな。主役の労働者階級出身の野郎ふたり、あいつらが暗殺者に転じるっていう。わびしい映画だよ。うん、だからあれは好き。たぶん俺のフェイヴァリットじゃないかな、あれが。

坂本:それにあの映画は、新作収録の“Kill List”もインスパイアしていますよね?

ジェイソン:うん、そうなんだろうね。と言ってもそれは、あの映画の主人公の憤怒ぶり、という意味でだけど。あのキャラはもう、「いったい何がどうなってんだ〜〜っ!?」って怒りまくりじゃん(苦笑)。

坂本:(笑)たしかに。

ジェイソン:元兵士のあいつはPTSDか何かに苦しんでて、そのせいで酒を飲んでばっかだし、そしてあの悲惨な殺し屋仕事を請け負うことになる、と。だからあの一節、“Screams fill clouds/Like the bloke from Kill List(空に届く悲鳴で雲すら埋まる/『キル・リスト』のキャラのあいつみたく)”ってのはそれなんだ。

アンドリュー:ハハハッ!

コールドプレイを聴いてる人たちが俺たちの曲も聴くってのは、そんなに現実離れしちゃいないと思うけどね。どちらも要は、「ポップ・バンド」なわけだし。だろ、アンドリュー?

2024年は、『Divide and Exit』が発売されてから10周年でした。あのアルバムがSMにとってのひとつのブレイクスルーになったとわけですが、いまあらためてあのアルバムをどんな作品だと思いますか?

アンドリュー:んー、そうだなぁ……どう思うか? あれはグレイトな作品だよ! 実は昨晩、俺もあのアルバムを聴いたところでね。とにかく、とても折衷的な内容だし——自分にはいまだにこう、いちリスナーとして耳を傾けるのがかなりむずかしい作品、っていうのかな? あれを制作したときの状態にまだ近過ぎるっていう。

ジェイソン:うん、うん。思うに……だからまあ、あれははっきりと突き立てたどでかい二本指(*人差し指と中指を立てて手の甲を相手に向ける「裏ピース」の仕草は、イギリスでは「F**k You」の意味)だったわけだし、でも俺たちはまだこうしてここにいて——。

アンドリュー:クフッフッフッ!

ジェイソン:活動を続けてるっていう。本当に最高だよ、いまだに面白くなる一方だからね。

あのアルバムはSMのなかでもっともパンクな作品だとあなたは言っていましたが、あのころは何に対して怒り、絶望していたのでしょうか?

ジェイソン:何もかもに対して、だったと思うけど? だからだよ、俺は夢中でリリックを書きまくったし、アンドリューも猛烈なペースでトラック部を仕上げていった。とにかくふたりとも、ああやって自己表現ができること、そのためのプラットフォームがあることを心から楽しんでたんだと思う。

アンドリュー:だね。

ジェイソン:もちろん怒りのこもった作品ではあるよ。ただし、それは——俺たちには、例えばアナーコ・パンク・バンド(*英ポストパンクの潮流から生じた、商業性や音楽的な洗練を無視したアナーキックで教条主義的なバンド。代表格にCRASSがいる)か何かみたいなご立派な権限・義務だのはなかったし、とにかく「おぇぇぇ〜〜っ!」(と、吐くジェスチャー)とブチまけたっていうか。

アンドリュー:(苦笑)

ジェイソン:だから、ギグに来る人びとの数がどんどん増えていって、「ヤバくね?」って思ったよ、「何これ、マジかよ?」みたいな。アッハッハッハッ!

アンドリュー:それに俺たちは確実に、音楽パートと歌の話術とのあいだに大きな隔たりがある、そういうものを作ろうとしてたよな。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:つまり……いやだから、90年代にだって素晴らしい音楽はたくさんあったさ。でもそのどれもがこう、自分たちの属する「ジャンル」に大きく傾いていた、みたいな? だから、「ヒップホップをやるんならとことんヒップホップ」とか、「自分はトリップホップ一直線」云々。そんな風にひとつのスタイルに特化しジャンルに貢献しようとする、強い意志みたいなものがあったっていうか。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:で、俺はその姿勢が本当に苦手で。例えばエレクトロニカなアルバムを作ろうと思い立って、トラックを3つくらい作った段階で、ふとそれとは違うことをやりたい、フォーキィな曲を作りたい、なんて思っちゃうんだ(苦笑)。

ジェイソン:なるほど。

アンドリュー:ある意味俺は、一ヶ所に留まり続けるのがまったく得意じゃない奴だっていう。そんなわけで、これ(SM)なら本当にうまくいくんだ、っていうのも、ジェイソンはそうやってあっちこっちに飛んでもまったく気にしなかったし——っていうか、彼はそれを狙ってる、みたいな。自分たちはさまざまな音楽が好きだって点を反映したものを作りたいと思っていたからね、ありとあらゆる類いの音楽を聴きながら育ってきたわけだし。

ジェイソン:その通り! 思うに——アンドリューがどんなことを「やらかして」きたとしても(笑)それでOK、という。いやまあ俺たちだって当初、ごく短い期間、そうだなあ、6、7ヶ月くらいの間かな? 自分たちのセットアップについてあれこれ話し合ったことはあったよ。だけどそれ以降はもう(笑)、「とにかくこのままやっていこう!」って感じで。マジに何でもありだったし、俺も「これなら自分も何かやれる」と思った。とにかく、彼のやることには独特な感触があったし——その感触はいまも健在だけど——、それって、歌い手としての俺にとってどこかしら、とても魅力的だったんだ。

また、その怒りや絶望は、いま現在のあなたのなかにもあると思いますが、しかし音楽制作に向かう考え方のうえで変わったところもあるでしょう。その変わったところとはなんでしょうか?

アンドリュー:あれ以降、俺たちもいろんな場所でレコーディングをやってきたわけで、おかげで音楽作りという経験に異なる見地をもたらされるのはたしかだ。

ジェイソン:だよね。

アンドリュー:昔に較べたら、ヴァリエーションは増えてるかもしれない。だけど、それにしたって一種の錯覚っていうのかな? 昔の作品はミニマルに響くかもしれないけど、実は質感もしっかり備わった作りだし。

ジェイソン:ああ。かなりテクスチャーを加えてある。だからじゃないかと思うよ、常に違う風に聞こえるのは。聴くたび様々に変化するんだけど、その変わり方は微妙。派手に「どうだ!」って風な変化じゃないんだよね。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:でも……わからないなぁ。そこらへんの変化を客観的に説明しようとするのって、むずかしいよ(笑)。アンドリュー:だね。

ジェイソン:俺としてはとにかく——これに対する自分の対応の仕方、つまり俺にとってのSMってのは、毎朝俺んちの玄関に配達される4パイントのミルク壜、みたいな。朝起きたら、ドアを開けて、ミルク壜を手に家に引っ込む。だから何であれ、そのときの自分の気分次第ってこと。

アンドリュー:なるほど。ミルク壜のフタを勢いよく開けちまいたくなるときもある、と。

ジェイソン:そう。ライヴでステージに上がるたびに思うよ、「ああ、これをやれるなんて本当にありがたい! 俺はこれから90分間、思いっきり不平を垂れ流すことができるんだ」って。

アンドリュー:(笑)

慈善団体〈War Child〉への支援やライヴ入場料の配慮といった新しい試みもしていますね。それは自分たちの音楽が少しでもこの社会の役に立てばということだと思いますが、こういう実践や経験は、SMの作品にも反映していると思いますか?

ジェイソン:……どういう意味で?

あなたたちがチャリティや寄付に協力するのは、人間としての自然な感覚だと思います。ですが、SMは音楽/言葉を通じて例えば「ホームレスの人びとにお金をあげよう」みたいに人々に指図しませんよね。むしろ、行動で実践しているというか。

アンドリュー:たぶん俺たち、具体的なメッセージを含む歌を作ることはないんじゃないかな。

ジェイソン:うん、ノー。それはない。実際に行動することと、それとは違うんじゃないかな。

坂本:なるほど。それについて語ったり唱道したりするよりも、むしろ実践の形でやっていきたい、と。

ジェイソン:んー……。

アンドリュー:いやだから、いまの俺たちにはチャリティに協力するだけの余裕がある。

ジェイソン:そうそう。

アンドリュー:だったら、自分に余裕があって可能なら、(ファンや人びとに対して)少しでもいいから「お返し」しはじめなくちゃいけないんじゃないかな。

ジェイソン:その通りだと思う。自分たちにやれる限りのことをね。チケット代5ポンドの枠にしても、実際にそれで助かった人たちがいるとわかったし、だから俺たちはあのシステムを継続してる。〈War Child〉にも協力してるし、あのチャリティは戦渦によって家を失った世界各地の子供たちを援助しようとしているわけで……そうだね、「これなら自分にもやれる」と思うことだったら、できるだけ助けよう、そういうことだよ。

坂本:はい。

アンドリュー:まあ、もしかしたら俺たちも、もっと大規模にやれるのかもしれないよ? だけどそれって、ちょっとした矛盾が生じる物事なわけで——。

ジェイソン:だね、その通り。

アンドリュー:俺たち、ボノみたいな野郎になる気はないしさ。

坂本:(笑)

アンドリュー:(笑)わかるだろ? だから、あんな風に派手にやる気はないにせよ、それと同時に、「自分たちも何かしなくちゃいけない」って感じるジレンマだよ。

ジェイソン:俺もそう思う。

坂本:そうですね。ミュージシャン/バンドのなかには、アンドリューが言った「お返し」を充分にやっていない、と思える人たちもいるわけで。

ジェイソン:だけど、多くの連中にとって、それをやるのは楽じゃないと思う。俺たちはなんとかやれてるよ——だけど、俺たちがプレイするのと同じ規模の会場を回っていて、メンバーが5、6人もいるバンドの多くは、なかなかチケットが売れない状況にある。全般的にそうなってるんだ、観客側もみんな金が無いから、ライヴのチケットの売上が落ちてるっていう。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:キツいよなぁ! だから、やりたくても寄付をやれないバンドがいるって事情は、俺たちにもよくわかるよ。

かつてジェイソンはソーシャルメディア上でノエル・ギャラガーや複数のバンド(*ブロッサムズ、アイドルズ他)を相手にけなしあいを繰り広げましたが、そうしたご自身の攻撃性は自分自身を傷つけることにもなった、それって果たしてどうなのかと自問自答した——“The Good Life”にはその気持ちが歌われているそうですが、この曲をアルバムの冒頭にもってきたのはなぜでしょう? 

ジェイソン:そうだな、あの歌が描いているのは、三つの事柄がいかに互いに連動・作用し合っているか、といったことで。ひとつに、他の人びとを批判するのは何ら悪いことじゃない、という考え方がある。というかある意味、批判は不可欠だと俺は思うくらいだよ。ところがそれと同時に、同じ標的ばかり狙っていると——あるいは同じ語り口ばかり使っていると、やがてその批判は対象について以上に、批判者について多くを語るようになってしまうと思う。そのふたつに伴い、「そうなってしまうことについて、自分はどう感じるか?」っていう、俺の内面の自問自答が生じる——歌のなかではグウェンドリン・クリスティーが、そのせいで俺はどれだけ内心悲惨な思いを味わっているかを語っているわけ。それら矛盾する発想に加えてコーラス部では、自分の周囲の何もかもが崩壊してるとしても、「いい人生を送ったって大丈夫だよ」と言ってるっていう(苦笑)。だから、世のなかの大半の人間が嫌な気分を味わっているときでも、自分は気持ちよく朝を迎えたっていいんだ、みたいな。たまにあるよな、自分の国であれ海外のどこかで起こった事件であれ、他のみんなと同じトラウマをくぐることを誰もが求められるときって? そんなわけで、その三つすべては同時進行してるってことを歌っている曲だし、そうであっても間違っちゃいない、という。

それは、長らく活動してきたSMを、その手法をリセットしたいということでもあるのかなと?

ジェイソン:んー、思うに……俺とアンドリューにとってはもちろん、「自分たちは進歩を重ねてる」と感じるのは大事なことだ。で、おそらくその一部には、俺たちが個人としてどう感じるか、ってところも含まれるんじゃないかと。アンドリュー:うん、うん……進歩し続けること、それはとても重要。コンテンツを発表するにしても、代わり映えのないものを常にリリースし続ける連中もいるしね。まあ、それは受け手側にとっても無難で安心できるものなんだろうけど。

坂本:実際のところ、SMにはマンネリズムの危機みたいなことはあったのでしょうか? クリエイティヴな袋小路に落ち込んでしまい、「変化しなくちゃいけない」と感じたことは?

アンドリュー:いやー、全然。音楽面においては、それはなかったと思う。ブレイクを取った今回のアルバム(『The Demise of Planet X』)を除くと、俺たちは1、2年に1枚は作ってきた。ずっと汽車ポッポみたいな勢いだったよな?

ジェイソン:シュッシュッポッポー!(と、汽笛を真似ておどける)」

アンドリュー:アッハッハッ!

ジェイソン:だけど、例えば『Spare Ribs』を作ったときですら、別に「やばい、俺たちも路線を切り替えなきゃ!」と考えたわけじゃないし、単に「別の層を追加するって案、いままでに考えたことある?」みたいな話で。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:俺たちは——っていうか俺は最初のうち、そのアイディアに全然乗り気じゃなかった。とにかく「俺以外の誰かに、自分たちのトラックで歌わせる? それってどうかなぁ?」と思ったし。

アンドリュー:わかる。

ジェイソン:それくらい、俺たちは作品と密に繫がってた。だけど実際にゲストを迎えたら本当にうまくいったわけで。だから、俺が学んだのもそこだった——アンドリュー、お前がこの意見に賛成するかどうかはわからないけど——この業界で勝負してたら、自分がどんなことをやっても絶対にどこかから、「前作アルバムからあまり変わっていない」云々の非難の声が上がるもんだ、っていう。

坂本:ファン心理はむずかしいです。人は思い出を大事にしがちですし、「昔のSMの方がよかった」なんて声も出てくる。あなたたちに同じ場所に留まって変わらず同じことをやっていて欲しい、と思う人々もいるでしょうね。

アンドリュー:そう、その通り。とはいえ——幸いなことに俺たちのファン層も、いわば「ラガー・ビールをかっ食らう野郎ども(lager lads)」からかなり成長してきたわけで(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ! あいつら、lager louts(*80年代末にイギリスで増え社会現象化した、ラガー好きな若い暴徒)っぽいよな?

アンドリュー:まあ、彼らを「ファン」と呼ぶ連中もいるよね……ついこのあいだも人とこの話をしたばかりなんだけど、人びとはこっちに期待してるわけだよ——以前、誰かから言われたっけな、「お前ら、もう何で“これ”(と、頭に貼り付いた何かを振り落とそうとするように、後頭部を右手で荒々しくさするジェスチャー。昔ジェイソンがよくやったステージ・アクション)をやらなくなっちまったんだ?!」って」(*このジェスチャーは以下の映像を参照ください。)

坂本:(爆笑)

ジェイソン:ブハハハッ! ったく……(苦笑)。

アンドリュー:で、俺は「だったら、お前は何で俺たちを観にきたわけ?」と思った。「お前にとっちゃそれだけ? それっきりのことかよ?」と。音楽に負けないくらい大声でくっちゃべり、ビールをがぶ飲みし、ああしろこうしろと言ってくる。冗談じゃない、こっちのやってることはもっと深いよ。とにかくまあ……もうちょっとオーディエンス層が絞り込まれて、かつ多様性が増してくれたのは、俺たちにとって素晴らしいことだよ。それはつまりこれからも、もっとギグをやれるってことだから……(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

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とはいえ——幸いなことに俺たちのファン層も、いわば「ラガー・ビールをかっ食らう野郎ども(lager lads)」からかなり成長してきたわけで(笑)。(アンドリュー)

新作の話に戻ります。「巨大な不安のもとで生きる人生──集団的トラウマによって形づくられた生」というテーマは、いかにして出てきたのでしょう? その契機となった出来事などありましたら教えてください。

ジェイソン:ああ、ファッキン山ほどある。2023年以来、世界はすっかり変わっちまったわけだろ? ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月24日)、あれがきっかけになったと思う。そして10月7日事件(2023年のハマスによるイスラエル攻撃事件)があり……そこで起こったこと、そして現在も続いている事柄のすべて。そしてもちろん、トランプの二度目の権力掌握があった。アメリカが内破を起こしたってことだし——アメリカってのは世界最強・最大級の勢力を誇る超大国であり、「自由世界の指導者」と目されてきたわけで。だからいまや何もかもがこう……マジに……剣呑な状況になってきてるっていう。ドイツとポーランドが戦争の危機を語る云々——。

アンドリュー:狂ってる。

ジェイソン:うん、クレイジーなゴミだらけ。だから俎上に載せる事柄はいくらでもあるわけ。で……俺にとっちゃ、いまや国際政治は国内政治と同じ、っていうか。とにかく自分自身には、ウェストミンスター(*英国会議事堂のあるエリア)で起こってる政党政治、イギリス国内の二党政治と同じくらい身にしみて感じられるっていう。

アンドリュー:たしかに。

『The Demise of Planet X(惑星Xの崩壊)』というタイトルにはSF風の表現が入っていますが、いま自分たちが生きているこの社会が悪い冗談のように思えることがあります。トランプの存在もそうですし、日本では山から大勢のクマが人間の生活圏に侵入し、多くの被害者を出して、いま社会問題になっています。

ジェイソン:……クマがもっと、都会にまで降りて来てるの?

坂本:そうなんです。

ジェイソン:それって何ごと? どうして?

坂本:妙ですよね。地球温暖化の影響等もあるのでしょうか、私にも原因はわかりませんが……。

ジェイソン:ひぇー、どえらい話だな!

坂本:はい、怪我人や死者が相次いでいます。現実は奇妙になる一方ですし、できれば政治のことなど気にしたくないのに、気にせざる得ない状況が続いています。SMが、そんな世界であっても順調に続き、楽しみを忘れずに、しかし現実を直視しているみたいな芸当を10年以上続けていることは尊敬に値します。自分たちがここまで長く音楽活動できているのは何故だと思いますか?

アンドリュー:フム……。

ジェイソン:そうだな——俺にもわからない! 思うに(軽くため息をつく)……ふたりとも、この仕事をやるのが好きだ、ってのはあるよね。でも、本当に全面的に関わってるから、ほとんどソロ・プロジェクトをやってるようにすら感じる。アンドリューがそこに関してどう思うかはわからないけど、俺からしたらもう、SMで自分の欲求をほぼすべて満たせてるし、存分にやれてるから、ソロとして活動範囲を広げる必要は感じない。自分にはこれがあるんだ、という。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:彼(アンドリュー)が俺にチューンを持ち込んでくるたび、違うバンドをやってる気分になるし(笑)。もちろんそんなことはなくて、どの曲もSM味でコーティングされてるんだけどさ。だから、音楽に備わった多彩さは俺たちのオープン・マインドなところから来てるし、ふたりでコラボし、お互いの意見にちゃんと耳を傾け合ってると思うし——ここまで続けて来られたのも、それだからだと思うけどな、俺は。

アンドリュー:たしかに。

坂本:アンドリューはたまに、「ジェイソンの限界を試してみよう」といういたずらっぽいノリで、妙なループやビートを敢えて彼に提示することもあるのでしょうか?

アンドリュー:うん、っていうか実際、それはかなりしょっちゅうやってる(笑)。ただし、それと同時にやっぱり、「SM向けのトラック」っていうスレッド——それが具体的に何を意味するかは、俺にもわからないけど——は存在するんだよね。まあ、概して言えばかなりポップ調、あるいはかなり鋭角的なトラック、ってことになるのかな。でもまあ、「何かが見つかった」って感じ? 要するに、これはSMにぴったりだ、とピンとくるっていう。

SMの始動において、ウータン・クランの手法論を大きな契機としてあげていましたが、しかしSMの楽曲はブラック・ミュージック的なファンクのノリがないとずっと思っていました。

アンドリュー:うん。

ところが、今回にはそれがありますよね? 具体的には“Bad Santa”、“Shoving the Images”で、ジェイソンのライムに関しては“No Touch”にもラップ的なフロウがあります。こうしたサウンド面での変化についてコメントしてください。

ジェイソン:んー……これまた、アンドリューのやることの多彩さ・幅広さの成果が出たってことだと思う。俺は、アルバムを出すごとに自分たちは前進してると考えてるし——「もっとよくなった(better)」っていう言葉を使うのが適正かどうかわからないけど、以前より枝葉も広がっているし、もっと凝ったものになってきてるよね?

アンドリュー:うん。だからまあ、それは過去3、4作くらいを通じて、俺たちががんばって少しずつ、毎回「もうちょっと、もうちょっと」って風にやってきたことであって」

ジェイソン:ああ。

アンドリュー:それも、この(SMという)コンセプトの進歩の一部だと思う。そのコンセプトにはもっといろいろ加わってきたし、でも、その本来の姿からかけ離れてはいない、という。

ジェイソン:うん、同感。

アンドリューのトラックも、かつてはマーク・フィッシャーから「煉獄ループ(purgatorial loop)」と呼ばれたほど、冷たく容赦ないサウンドでした。

アンドリュー:うん。

ですが、今作の“Don Draper”にはメロディがあり、“Gina Was”にはキャッチーさもあります。こうしたある種のフレンドリーさ/聴きやすさは、年齢を重ねて丸くなったところから来るものなのでしょうか?

アンドリュー:(苦笑)それって、ある意味避けようがないと思う。どんなアーティストにとっても、それは自然な成長の過程の一部だよ。

ジェイソン:そう。でも、それと同時に言えるのは、“Don Draper”にも“Gina Was”にも、どこかしら——んー、どう言ったらいいかな……これは、アンドリューのやることをケナす意味で言うんじゃないから誤解して欲しくないんだけど——どっちも、ひどい響きなんだけど、なのに素晴らしいよな?

アンドリュー:(苦笑)

ジェイソン:ほとんどもう、「全然クールじゃない本質」めいたものがあれらの曲に備わってて、でも、そのおかげでものすごくいい曲になってる、というか。

アンドリュー:(苦笑)ハハハッ……。

ジェイソン:でも、それって独創的だってことだし、俺はまだ、そこを信じてる。いや別に、何もかもがオリジナルである必要はないんだ。そんなことはない。ただ、自分たちのやってることはオリジナルな何かだと俺は信じてるし、独創性を受け入れることの一環として、それは「なじみのないもの」だ、というところがある。要するに、あっという間に解読できるような一般的な暗号じゃないし、つまり、他にやってる人があまりいないってことであって……自分たちのやってることを俺が大好きなのって、そこなんだ。だから、いま君のあげた2曲は、かなりメロディックかもしれない。だけど——言われたように、俺たちも歳をとって円熟しつつある、そのファクターも混じっているとはいえ―それだけじゃなく、才能ってことじゃないの? 純粋に、こういうことをやれる才能。だから批判する連中がいても、こっちはただ笑い飛ばして、「失せろ(F**k Off!)」と無視するだけだよ(笑)。

日本では、映画『さらば青春の光』もザ・ジャムも人気があるし、英国以外では、日本ほどモッズ文化を好きな国はないんじゃないかとさえ思います。「モッズ」を名乗るあなたたちから見て、モッズ・カルチャーのよいところはなんだと思いますか?

ジェイソン:そうだな……正直言って、いいところはそんなにないよ。

アンドリュー:クハハハッ!

ジェイソン:(笑)あんま多くない。あれは副産物であり、時代遅れになってるし……要するに、とっくの昔に終わってしまった時代の副産物だと思う。それでもたまに、あの古いイメージから強いインスピレーションを受けることもある。俺からすればモッズの第一波、とくに60年代初期のモッズは、とても特別な存在に思えるし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:あれは、どこかしらスペシャルなところがある。それに、そのオリジナルから分派していったモッズ文化のなかでも、ときに「これは好きだ」と思うものはあるし。とにかくまあ、「MODS(moderns/modernists=現代主義者)」ってのは素晴らしい単語だと思う。あれはある意味……俺たちのやってることのなかにしっかり溶け込んでる、自信たっぷりな横柄さとでもいうのかな、それを簡約した言葉に近いっていうか。俺たち自身は、横柄な人間でもなんでもないよ。ただ、SMがうまくいってるのは俺たちも承知だし、たしかな手応えがある。もちろんそのために努力する必要があるし、がんばらなくちゃいけないけど、俺たちにとってこれは確実なものなんだ。だからもしかしたらそこに、モッズっていう概念と結びつくところがあるのかも?

アンドリュー:ああ、その通りだね。俺の頭のなかでは……モッズってのは、薄汚くだらしないロッカーたちだの、そういうあれこれに対する反動として出てきたもの、ってイメージで。

ジェイソン:(笑)うんうん、そうだよな!

アンドリュー:つまり、とにかく他とは違う存在になろうとした人びとってことだし、音楽にしたって、どのバンドもいろいろだった。例えばザ・キンクスは、ザ・ジャムとは違うし……という感じで。

ジェイソン:だよな。

アンドリュー:それでも、モッズの音楽はエネルギーたっぷりだったし、いい音楽もたくさんあるよね。

2023年以来、世界はすっかり変わっちまったわけだろ? ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月24日)、あれがきっかけになったと思う。そして10月7日事件(ハマスによるイスラエル攻撃事件)があり……そこで起こったこと、そして現在も続いている事柄のすべて。そしてもちろん、トランプの二度目の権力掌握があった。クレイジーなゴミだらけ。だから俎上に載せる事柄はいくらでもあるわけ。(ジェイソン)

モッズの話題になったので、前々から訊きたかったことを質問させてください。若きジェイソンが、ポール・ウェラー/ザ・ジャムから影響を受けたという話をどこかで読みましたが、1990年代はどんな音楽を好きでいましたか? あれはとてもヴァラエティに富んだ時代で——

アンドリュー:だね。

90年代前半の英国のトレンドはハウス・ミュージックやジャングルなどダンス・ミュージックで、後半はブリットポップあるいはレディオヘッドの台頭などがあり、かなり混ぜこぜですが。

アンドリュー:うん、だから、何でも隔てなく入れ込むのにいい時代だったってこと。NWAからLFO、マッシヴ・アタックまで、試しに聴いてみるものがいくらでもあって、よりどりみどりだった。

ジェイソン:イエス!

アンドリュー:そんなわけで個人的に、アメリカのハード・ロックのレーベル発の音楽だろうが、イギリスのチャートに入ったヒット曲だろうが、俺はいちいち線引きしなかった。ってのも、俺の周りの誰もが音楽作品を購入してたし、みんなあらゆる類いの音楽にハマってたからさ。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:あの頃、俺はリンカンシャーにあった〈ヴィエナズ〉って名前のナイトクラブによく行ったんだけど、あそこじゃどんな音楽もかかってて。

ジェイソン:ヴィエナズか! (懐かしそうに)ワ〜オ、あったよなぁ!

アンドリュー:例えば……そうねえ、ゲイ・バイカーズ・オン・アシッドにポップ・ウィル・イート・イットセルフ、そしてソニック・ユースもかかるって具合で、ほんと折衷的な、いろんなタイプの音楽でごった返してた。

ジェイソン:うん。俺もアンドリューと同様だ。だからこう……手を伸ばしてみたいものはいくらでもある、というか。新しい音楽についていくのにも、正直苦労してるくらいだし……それは俺が老けたせいかもしれないよな、一定の年齢に達するといろんなものから断絶していくものだし。とにかく、昔ほど音楽をグッと強くは感じない。若い頃は、人は実にたくさんの物事と繫がってるわけで、いわばこう、異なるスクリーンをいくつも相手にするだけの時間もたっぷりある、っていうか? だから絶えず、こんな具合(と、携帯を次々スクロールするジェスチャー)でいられるけど、歳を取るにつれて、それをやるのにも疲れて飽き飽きしてきちゃうんだ。

アンドリュー:それにいまって、何もかもを一ヶ所に集中させるのもすごく大変だよな。

ジェイソン:たしかに!

アンドリュー:俺たちが若かった頃は「トップ・オブ・ザ・ポップス」(*BBCが毎週放映したチャート番組)に「SNUB TV」(*イギリスでは1989〜91年にBBCが放映したオルタナ/インディ系音楽番組)、「The Tube」(*1982〜87年にかけて英チャンネル4が放映した音楽番組)や「The Word」(*1990〜95年にかけて放映されたチャンネル4の音楽ヴァラエティ番組)等々の歌番組があったし、その番組を観ようと誰もがみんな引き寄せられる、そういうサムシングが存在してた。

ジェイソン:うん。

アンドリュー:だけどいまって相当に細分化してるし、ほとんどもう、俺たちは数が多過ぎる、って状態に近い。それはもう様々な方向に向かって進んじゃってて——もはや誰も、物事に関してお互い認識が一致してないっていう。

ジェイソン:うん、ほんと、そうだよね。

なるほど。「新しい音楽についていくのに四苦八苦」ということで、ちょっと訊きにくいのですが(笑)、2025年に聴いた音楽で、あなたのベストは? 新しい音楽でも、古い音楽であなたが発見したものでも構いません、2025年のあなたたちにとってのベストな音楽体験(アルバム、ライヴetc)は?

アンドリュー:そうだなぁ……。

ジェイソン:俺は断然、カイアス(Kyuss/現QOTSAのジョシュ・ホミーが在籍したバンド)だな、正直言って。

坂本:なんと!

アンドリュー:へえ、そうなんだ。

ジェイソン:ストーナー・ロックをたくさん聴いててさ——。

アンドリュー:フフフッ!

ジェイソン:とくに、カイアスの『Welcome to Sky Valley』(1994)はよく聴いた。

坂本:それは意外ですね。

ジェイソン:あれは——(笑)とにかくトチ狂ってる! ありゃヤバいって! だからもう、「うわー、やられた!」って感じで、だから2025年は「ロック音楽」をがんがん聴いた。ロック全般を、山ほど。デイヴィッド・グレイなんかのアコースティック〜フォーク系の音楽も取り混ぜつつね。

坂本:(笑)えっ、デイヴィッド・グレイ?! マジですか……。

アンドリュー:(笑)

ジェイソン:それから、ディジョン(Dijon)も聴き始めたな。ちょいプリンスっぽいんだけど、彼の音楽はビート等の面でヒップホップにすごく影響されてて、うん、あれはかなりいいアルバムだ。

アンドリュー:なるほど。

ジェイソン:あれこれ寄り道してたから、のめり込むまでにかなり長くかかったけど、でも繰り返し聴き続けたね。でまあ、いまの俺は、「もうこんなにロックばっか聴くのはやめなきゃいかんな」って心境なんだ(笑)、そうじゃなくてもっと他の人たちの音楽にもトライしなくちゃ、とは思いつつ、でも……。

坂本:いやいや、カイアスはいい選択ですよ!

ジェイソン:うん、抜群だ。

アンドリュー:いいチョイスだよな、うん。

ジェイソン:それに彼らって、いわゆる純粋な「ロック」っぽくないだろ? いやまあ、たしかにロックなんだけど、でもそれだけじゃないっていう。

坂本:サイケデリック・ミュージックですらありますからね。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:とにかくこう、すごい衝撃があるよな。

アンドリュー、あなたの2025年のベストは?

アンドリュー:ここしばらく、レア気味な音楽をよく聴いたよ。最近ハマってるのが、プーループ(Puuluup)ってバンドで。

ジェイソン:ほう?

アンドリュー:エストニア人の男性ふたり組で、伝統的なエストニア音楽をモダンに解釈してる、ってとこかな。KEXP(*オルタナティヴ・ロックを中心にするシアトルの非商業的ラジオ局)を通じて知っただけなんだけどね。でも、かなり興味深いバンドだから、チェックしてみてよ。

ジェイソン:それって、この間、俺にリンクを送ってくれた連中じゃない?

アンドリュー:あ、送ったっけ、俺?

ジェイソン:うん、たぶん。

アンドリュー:そうかー、あのパフォーマンス(*プーループが10月のUS ツアー中にKEXPで収録し、12月初旬に公開されたライヴ映像のことと思われる。YouTubeで視聴可能はほんの先週の話だけど……まあ、ちょっとしたことだし、俺もすぐ忘れちゃうんだけどね。で、そのまま次の何かに進んでいくっていう。

(了)

★スリーフォード・モッズの『The Demise of Planet X』は1月16日発売。

Julianna Barwick & Mary Lattimore - ele-king

 アメリカを拠点に活動するプロデューサーのジュリアナ・バーウィックとハープ奏者、メアリー・ラティモアによる共作アルバム『Tragic Magic』が1月16日にリリース。あわせて日本盤の発売が2月20日に〈PLANCHA〉より。かねてより親交の深いふたりによる初のコラボレーション・アルバムとなった本作は、喪失、祈り、記憶、再生といったテーマを内包したアンビエント作品とのこと。

Artist: Julianna Barwick & Mary Lattimore
Title: Tragic Magic
Label: PLANCHA / InFiné
Format: CD / Digital
Release Date: 2026.02.20 (CD) / 2026.01.16 (Digital)
Pre-Order:

Tracklist:

1. Perpetual Adoration
2. The Four Sleeping Princesses
3. Temple Of The Winds
4. Haze With No Haze
5. Rachel’s Song
6. Stardust
7. Melted Moon


声とハープが天空で溶け合うような、静かで深い「魔法」の記録。

Julianna BarwickとMary Lattimore… 現代アンビエント/エクスペリメンタル・ミュージックを代表する二人のアーティストによる共作アルバム『Tragic Magic』は、それぞれが長年培ってきた表現を自然な形で重ね合わせた、極めて親密で完成度の高い作品である。

重ねられる声のレイヤーによって霊的とも言える空間を描いてきたJulianna Barwickと、ハープという伝統的な楽器を用いながら独自の感性で現代的な音世界を切り拓いてきたMary Lattimore。
本作では、どちらかが前面に出るのではなく、互いの音が静かに呼応しながら、一つの風景を形作っていく。

Juliannaのヴォーカルは言葉を超えた響きとして漂い、Maryのハープは旋律というよりも光や影のように空間に差し込まれる。
その音楽は、劇的な展開や強い主張を避けながらも、確かな感情の揺らぎと深い余韻を残す。
アルバムタイトルにある「Tragic(悲劇的)」と「Magic(魔法)」という相反する言葉は、本作の持つ二面性を象徴している。

楽曲は、静謐でありながら決して無機質ではない。
呼吸のようなリズム、音の残響、間(ま)の使い方が丁寧に設計されており、リスナーは音楽を「聴く」というよりも、その中に身を置く感覚を味わうことになる。
それは、瞑想的でありながら感傷に流れすぎない、非常にバランスの取れた表現だ。

それぞれがソロ作品で築いてきた評価やスタイルを持ちながら、『Tragic Magic』では「共に演奏すること」そのものが核となっている。
即興性と慎重さ、親密さと距離感。その絶妙な関係性が、本作に独特の緊張感と温度を与えている。
静かな音楽を愛するリスナーはもちろん、アンビエントやニューエイジ、現代音楽の文脈に親しんできた人々にとっても、長く寄り添う一枚となるだろう。

『Tragic Magic』は、過剰な説明を拒みながらも、聴く者それぞれの内側に異なる情景を呼び起こす、稀有なコラボレーション作品である。

Ikonika - ele-king

 UKではダンス・ポップが盛ん、というのは日本からはなかなか見えづらいかもしれないが、ここにひとつ、その例証となるようなアルバムが届けられた。ロンドンのエレクトロニック・プロデューサー、アイコニカはみずから歌うことを選択し、いま、新たな扉をノックしている。
 もう15年くらい経つんだなあと感慨深くなるけれど、ポスト・ダブステップの追い風のなか、そこにエレクトロやチップチューンを導入するスタイルでアイコニカことサラ・アブデル=ハミドは〈Hyperdub〉から浮上してきた。つぎつぎとベース・ミュージックが更新されていった00年代末~10年代前半のあの空気を形成したひとり、それがアイコニカだった。

 けれどもその認識はもう古い。3枚目『Distractions』(2017)リリース後の、おそらくはパンデミック中なのではないかと推測するけれども、アブデル=ハミドには転機が訪れている。バカルディ・ハウスやゴム、アマピアノといった南アフリカ産音楽への深き傾斜──ロンドン在住の髙橋勇人によれば、アイコニカは(コード9らとともに)DJプレイでもそれらの普及に一役買っていたそうだ。
 グライム/UKドリルに寄った「Hollow EP」(2020)や『No Feelings Required』(2021)、あるいはダンスホール・シンガー、45ディボスとの共作(2018/2023)なども興味をそそるリリースではあるものの、大きな画期といえそうなのは2021年、〈Adult Swim〉のコンピに提供された楽曲 “No Way” だろう。UKファンキーとアマピアノが溶けあう同曲では、初めてアブデル=ハミド自身のヴォーカルが披露されてもいる。南ア×歌というこのアプローチは2022年の「Bubble Up EP」にも引きつがれ、2024年にはキラーなポップ・チューン “Details” へと結実している。

 そうした新機軸をアルバム単位で全面展開したのが新作『SAD』だ。冒頭 “Listen to Your Heart” からしてUKらしいメランコリアを携えた本作では、ベース・ミュージックがもつダークな美とアフリカ由来のリズムとがみごとに融合、“Gone”、“Take Control”、“Slow Burn” と、ほの暗くも気高き舞踏がつぎつぎと繰りひろげられていく。かつてエジプト出身の父がタブラで教えてくれたリズムが表現されているという “Whatchureallywant”、バカルディ調のビートがえもいわれぬせつなさを運んでくる “Your Vibe” もたまらない。オランダのグライム・プロデューサー JLSXND7RS をフィーチャーした “Sense Seeker”、ベースに耳を奪われる “Activate”、ザンビアのプロデューサー、シー・スペルズ・ドゥームを招きパーカッションを炸裂させる “Drum1(Take It)” と、終幕に向け各楽曲たちはどんどんその強度を高めていく。アルバム中唯一本人以外のヴォーカリスト(作家のタイス・シン)が参加した最終曲 “Make It Better” では、古参ファンへのサーヴィスだろうか、もう興味がなくなっちゃったのかなと不安になっていたチップチューンの断片がさりげなくしのびこまされてもいる。

 サッド。悲しい。みじめな。ぜんぶ大文字表記にしてあるのは、「社交不安障害(social anxiety disorder)」の意味も含ませるためのようだ。インスタグラムのアカウントをのぞくと、プロフィール欄に「they/them」と記されている。どうやらアイコニカは数年前、ノンバイナリーとしての自認を公表していたようで、それがみずからヴォーカリストとして立つことと連動しているのは、かつてソフィーが “It's Okay to Cry”~『Oil of Every Pearl's Un-Insides』でたどった道と完全に一致している。いやはや、ソフィーの影響力の大きさといったら……(ただし、身体をめぐるアイコニカの苦悩自体は2021年、まだヴォーカルが導入されるまえの “Bodies” でも表現されていた)
 ヴォーカリストとしての覚醒と、クィアであることの表明。それらが、サウンド面における南ア産音楽へのアプローチと両立している点こそ『SAD』の醍醐味だろう。2010年代以降、少なからぬアーティストがアイデンティティに題材をもとめてきたわけだけど、ここではそれがBLM以降のポストコロニアリズムの文脈と接続されているようにも映る。ようするに、これはきわめて2020年代的な作品ということだ。意識的にせよ無意識的にせよ、時代の流れをとらえられる音楽家は強い。本作は今後、アイコニカ第二期の代表作として語りつがれていくことになるだろう。

interview with bar italia - ele-king

「バー・イタリアらしいサウンド」を定義すること自体がもはや野暮なのかもしれない。これまで彼らの作品を追ってきたリスナーであれば、そのスピード感や振り切れ方には、むしろ混乱してしまう方が自然だろう。一方で、その代わりに一貫して存在しているのが、自由奔放な姿勢と抗いがたい色気である。
 ディーン・ブラント主宰の〈World Music〉からリリースしていた時期と比べると、ライヴやメディアへの露出は増え、実態の掴めない存在ではなくなったようにも見える。しかし制作に関しては、ただ直感に導かれていったと語り、作品の意味や物語の多くを説明しない態度は、依然としてミステリアスなままだ。
 楽曲はラフで、歌もいい意味で投げやりに聴こえる場面がある一方、そのフックは異様な強度で耳に残る。輪郭を曖昧なまま保ちつつ、演奏の快・不快や手触りをそのまま提示する態度──そこにこそ、バー・イタリアの音楽が持つリアリティがある。演奏面での確かなスキルと、本能的なルーズさ。そのあいだで生まれる特有の説得力こそが、彼らのカリスマ性なのだろう。バー・イタリアに話を聞き、各収録曲の制作背景からヴォーカルの振り分け、世界でいちばん面白い楽器だと語るギターへの向き合い方、そして間もなく始まる来日公演についてまで、幅広く話を聞いた。

今回のアルバムは、ライヴで気持ちよくやれるようにっていうのもあって、自然と速めの曲が増えたと思う。レコーディングの感じをライヴでもちゃんと再現したかったし(ニーナ)

前回の来日時におこなわれていた別媒体のインタヴュー記事を拝読したのですが、「僕はギター・ミュージックでずっと踊ってたな」「とにかくバー・イタリアは踊るのが好き」というジェズミの発言や、「踊るためだけにデザインされた音楽でダンスのうねりに飲み込まれることはない。それはこれまでに様々なバンドに感動して、叫んだり動き回ったりした記憶が関係していると思う」というサムの発言が印象的でした。というのも、私はDJとしても活動していて、いわゆる現行のインディーロックをプレイし、新しい音楽の発信をしながらロックで踊る体験を楽しんでもらうようなスタイルでやっているので、あなたたちの発言には共感があり、勇気をいただきました。本日インタヴューを担当させていただくことになり、非常に光栄です。どうぞよろしくお願いします。
 最初の質問ですが、『Some Like It Hot』はマリリン・モンローが主演の映画タイトルでもあるようですが、この作品は元々特別なものだったのでしょうか?

Nina Cristante(以下、N):映画のことは全く考えていなかった。深くは考えず、ただ響きが良いなと思っただけ。こういうことからも、私たちが「頭で考える概念的な人間」ではなく、「直感的な人間」ていうことがわかるよね(笑)。

冒頭曲の“Fundraiser”が面白いです。イントロのトライアングルのような金属音は作品の不思議性を醸し出し、その後のアジアン・テイストなカッティング・ギターのリフはその印象をさらに引き立てている気がしました。あなたたちにとってこの楽曲に対するエピソードがあれば教えてください。

Jezmi Tarik Fehmi(以下、J):面白い解釈だね。ギターの感じがアジアっぽいって、正直そんなふうに考えたことなかったよ。

Sam Fenton(以下、S):俺はちょっとスージー・アンド・ザ・バンシーズを思い出すんだよね。あの“Hong Kong Garden”みたいな感じ。

J:たしかに。あの曲は、俺としては結構ちゃんとギター・パートを弾くのに手間がかかった気がする。テンポにハマるまでめちゃ時間かかったし、あとからリズムを補正するのが嫌で、自分でちゃんと弾き切ろうとしてた。それくらいしか覚えてないけど。

N:私は……ほんとにとくに語れる小話はない(笑)。

バー・イタリアのキャリア全般に言えることですが、3人ともがヴォーカルを務めるバー・イタリアでは、どのようにヴォーカル・パートの振り分けが決まっているのでしょうか?

S:なんとなくだね。曲の最初の部分を聴いてみて、誰かが何か思いついたら、そのまま歌ってみるだけ。順番もほんと適当で、たんにそのとき誰かが何かを言いたくなったかってだけなんだよ。

“Lioness”のコーラス部分を歌っているのはニーナとサムでしょうか? これまでのバー・イタリアの楽曲では、多少のハモりや差し込みが起きる程度で、明確にそれぞれのパートでメインのヴォーカルが決まっているような印象でしたが、この楽曲のコーラスでは2人がユニゾンで歌っているかと思います。このあたりの経緯などがあれば教えてください。

S:そうそう、俺とニーナで歌ってるよ。今回のアルバムでは2回やってて、“Marble Arch”でもジェズとニーナがユニゾンで歌ってる。そういう質感にしたかっただけなんだ。ああいうコーラスには、声に厚みがあったほうが合うって感じがしたし。あと、いろんな組み合わせで声を混ぜるのって、やっぱり面白いからね。

“rooster”ではニーナのヴォーカル・ワークが印象的でした。ザ・ブリーダーズやエラスティカあたりを彷彿とさせる野生味と上品さがせめぎ合う攻撃的な歌い方であり、新たな表現力を獲得したようにも思いました。この楽曲で実際に意識したことはありますか?

N:ううん、特になかった。ただ……トラックに導かれていった感じね。

“Eyepatch”はBPMが170ぐらいの速い楽曲です。バー・イタリアでこれぐらいのスピード帯の楽曲はいままでなかったと思いますが、本人たちとしてはこのスピード帯への意識はありましたか?

S:意識してたわけじゃないんだけど、なんとなくそういう速さに引っ張られてた感じはあったかも。空気感というか、無意識というか。でも「よし、めっちゃ速い曲を作ろう」って決めてやったわけじゃないよ。

N:でも「またミッドテンポばっかりにはしたくないね」って話はしてた。前の作品でも、それくらいのテンポの曲はけっこうあったけど、そういうのは録音として聴くと良いんだけど、ライヴだとちょっと微妙な感じになる。だから今回のアルバムは、ライヴで気持ちよくやれるようにっていうのもあって、自然と速めの曲が増えたと思う。レコーディングの感じをライヴでもちゃんと再現したかったし、原曲をただ速くしちゃうんじゃなくてね。

ライヴで速い曲をやるのは好きですか?

全員:好き!

N:(ライターさんが)最初に言ってたコメントにつながる話だけど、速い曲のほうが踊りやすいし。実際、速い曲の方がみんなめっちゃ踊ってるのがわかる。

完璧に音を弾くことより、カリスマ性のある演奏のほうが面白いんだよね。もちろん、ちゃんと弾けたほうがいいに決まってるけど。(ジェズミ)

〈World Music〉からリリースしていた時期と比較すると、〈Matador〉へ移籍し2023年にリリースした『Tracey Denim』『The Twits』ではサウンド的に開けた要素が増え、多くの人に聴かれるようにもなり、実際の評判も上々だったかと思います。今作『Some Like It Hot』を制作するにあたって、その2作品の手応えが及ぼした影響はあると思いますか?

S:いや、とくにないと思う。まあ、どんな形であれ多少は影響って出るもんだけど、でもそれに直接反応してこのアルバムを作ったわけじゃない。意識的にそうした、みたいなのは全然ないよ。

一方で〈World Music〉からリリースしていた時期の特殊性もまた浮き彫りになってくる気がします。振り返ると、〈World Music〉からリリースしていた時期はあなたたちにとってどんな時期だったのでしょうか?

N:あの頃ってちょうどコロナで、家にいる時間がめちゃくちゃ長かった。だからライヴも全然やってなかったし、ツアーもなかった。でも、それはそれですごく楽しかった(笑)。いまの私たちの仕事の大きな部分になっている「ライヴをやること」が、そのときは丸ごと欠けてた、って感じかな。でもあの時期に私たち3人が出会えたから、すごく良い時期でもあった。

『So Young』のインタヴューでは、ノエル・ギャラガーの「最近のバンドはギターを弾くんじゃなくて、ただ肩にかけてるだけだ」という発言を引き合いに出し、サムが「ルーズさは自分たちにとって本質だ」と言いつつも「でも俺たちはちゃんとギターを弾ける」と話していました。演奏面でのスキルと本能的なルーズさ、その間の緊張感はあなたたちの音楽において重要な要素だと感じますか?

J:俺はね、テクニックのことって普段そんなに考えてないんだよ。どっちかっていうと「楽器を持ったときのカリスマ性」みたいなもののほうを気にしてる。俺だって本気でやろうと思えば、もっと上手くなれると思うよ。ちゃんとスケール練習して、毎日ウォームアップしたりすればさ。でも、完璧に音を弾くことより、カリスマ性のある演奏のほうが面白いんだよね。もちろん、ちゃんと弾けたほうがいいに決まってるけど。その二つって結局つながってるんだよ。だって、まともに音を弾けなかったらカリスマ性なんて出せないでしょ? ある程度は弾けないと話にならない。それから「ギターを肩にかけてるだけ」って話だけど、あれってファッションみたいなもので「ギターに本気で向き合う姿勢」とは全然違うと思う。別にテクニック至上主義じゃなくていいんだけど、クラフトとしてちゃんと向き合う気持ちは必要だと思うんだよ。ギターで生活できるって、ほんとに最高なことだと思うからさ。だから俺もギターを大事にしてる。ただそれだけ。ギターって俺の人生でいちばん好きなものだし、だからこそイラっとするんだよ。たぶんノエル・ギャラガーも同じ気持ちなんじゃないかな。明らかに昨日ギター買ったばっかりみたいな奴が「いまこれ持つとカッコいいらしいから」みたいな理由で肩にかけてるのを見るとさ。そういうことを言いたかっただけなんだよ。俺は、ギターが世界でいちばん面白い楽器だと思っているからさ。

話は変わりますが、2024年にデジタル・リリースされた『The Tw*ts』はどのような位置付けの作品となるのでしょうか? ここでの収録曲を『The Twits』や『Some Like It Hot』に収録する考えはなかったでしょうか?

S:いや、あれはたんにその時期に作ったものなんだよ。どっちのアルバムに入れるのも全然しっくり来なかった。『Some Like It Hot』よりもだいぶ前にできてたし、『The Twits』からもある程度時間が経ってたし。だからちょうど真ん中のタイミングで出したひとつの作品って感じ。その頃はツアーとかライヴの時期に近くて、正直あのくらいがあのときに作れる精一杯だった、っていうのもあるかな。

また、デジタル・リリースのみとなっていますが、レコードDJの自分としては、この作品のフィジカルリリースも期待したいのですが……。

J:え、出てると思ってた。

S:うん、俺も出てないの知らなかった。

N:じゃあ、出す。出すことにする(笑)。

普段そこまで楽しんでない曲でも、ある日突然ステージでめちゃくちゃハマって「うわ、この曲めっちゃ楽しいじゃん!」ってなることがあるんだよね。そういう瞬間が最高なんだ。(ジェズミ)

2026年1月に再び来日公演があるとのことで、楽しみです。前回の来日時は多くの媒体でのインタヴューもあり大忙しだったとは思いますが、オフの時間はありましたか? 日本滞在期間中に楽しめたものがあったら教えてください。

S:渋谷にある……名前を思い出せないんだけど、森みたいになってて真ん中に神社のある公園があるでしょ。あそこを歩いたんだ。めちゃくちゃ綺麗だった。

明治神宮ですね。

N:うん、あそこ最高だった。

J:俺も早くまた行きたいよ。あと、コンビニの食べ物、全部食べたい。

コンビニですね。好きな日本食はありますか? ラーメンとか?

J:ラーメン大好き!

N:私は日本の食べ物が全部好き。

S:ほんと、日本の食べ物って全部うまいよね。

ライヴでの演奏時のお気に入りの楽曲とその理由について教えてください。

J:俺はね、毎晩変わるんだよ。もちろん好きな曲はあるし、人間だから「これは特に好きだな」って曲はあるんだけど。でも、普段そこまで楽しんでない曲でも、ある日突然ステージでめちゃくちゃハマって「うわ、この曲めっちゃ楽しいじゃん!」ってなることがあるんだよね。そういう瞬間が最高なんだ。

N:うん。

J:ほんと、毎回変わると思う。あとさ、たまにバンド全体でいつもよりうまくハマる日ってあるのよ。そのときはもう演奏に集中してるっていうより「うわ、今日すごいまとまってるな!」って感じで、めちゃ楽しいんだ。

S:“rooster”は毎回好きだね。あの曲はやるたびに気持ちいい。それ以外は、ジェズと同じでその日次第かな。

N:私も同じ。

どうもありがとうございます! これで質問は以上です。では1月に東京でまた会いましょう。

全員:待ちきれないよ。

bar italia
来月に迫った来日ツアーを記念し、バー・イタリアのサイン会が開催決定!
開催されるbonjour recordsでは、限定トートバッグが12月20日より発売。
ゲストに踊ってばかりの国が決定した来日ツアーのチケットは発売中。

bar italia signing session at bonjour records DAIKANYAMA
2026.01.20 (TUE) 20:00 - 21:00(入場無料)

bonjour records DAIKANYAMA
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町24-1
Tel:03-5458-6020
Open:11:00 - 20:00

【注意事項】
* 本イベントは、どなたでも無料でご参加いただけます。
* 混雑時は所定の場所にお並びいただきお待ちいただく場合がございます。
* 混雑時は入店を制限させていただく場合がございます。
* イベントの開始時間は多少前後する場合がございます。
* お客様同士のトラブルに関しましては一切責任を負いかねます。
* 混雑時など店舗の電話に出られない場合もございます。ご了承ください。
* 掲載の内容は変更する場合がございます。詳細に関しては店舗までお問い合わせください。
* 当日は撮影が入る可能性がございます。あらかじめご了承ください。
* アーティストの都合により、当日急遽キャンセル、時間変更、お待ちいただく場合もございます。予めご了承ください。

今回が初となる大阪での公演を含む来日ツアーが、いよいよ来月に迫ってきたバー・イタリア。その来日を記念して、限定デザインのトートバッグ(税込4,500円)が2025年12月20日(土)よりbonjour records DAIKANYAMAにて販売されることが決定した。また、その発売に合わせて、2026年1月20日(火)午後8時より、同店舗にてバンド全員が参加するサイン会が開催されることも決定した。
また、来日ツアーのスペシャルゲストに、サイケデリックロックンロールバンドである踊ってばかりの国が決定している。一聴しただけで、そのメロディやギターリフが耳に焼き付いてしまう最新アルバム『Some Like It Hot』を2025年10月にリリースした、ニーナ・クリスタンテ、ジェズミ・タリック・フェフミ、サム・フェントンの3人によるロンドンのバンド、バー・イタリアは、幾多のライブやGlastonburyなどの世界最大級のフェスを経て、圧倒的なエネルギーを放つライブ・バンドへと進化し、”英国を代表するギターバンドとしての地位を確固たるものにするだろう”とまで評されるようになった。それに対して、”正しくアップデートされたロックンロールの形”と標榜する踊ってばかりの国によるショーは、絶対に見逃してはいけない。チケットは絶賛発売中。

bar italia Japan Tour 2026

SPECIAL GUEST: 踊ってばかりの国
TOKYO: 2026.01.21 (WED) LIQUIDROOM
OSAKA: 2026.01.22 (THU) SHANGRI-LA

OPEN 18:00 / START 19:00
前売:8,400円(税込/別途1ドリンク代/オールスタンディング)※未就学児童入場不可

【チケット一般発売中】
イープラス
イープラス(英語)
LAWSON TICKETS
チケットぴあ(大阪のみ)
BEAT TICKETS(日本語・英語)

【問合せ】
東京:BEATINK 03-5768-1277 www.beatink.com
大阪:SMASH WEST 06-6535-5569 https://smash-jpn.com/

公演詳細: https://linktr.ee/baritalia2026jpn

interview with Kneecap (Mo Chara and Móglaí Bap) - ele-king

 政治において、言語は戦場であり法廷で争うための手段となる。その場に立つ全員が言葉の些細な言い回しを巡って議論する。そこで我々は弁護士となり、言葉の意味の違いを研ぎ澄ませて鋭利な刃物に変える兵士にもなる。その最たる現場がベルファストの政治だ。地理的にはアイルランドに位置しながら、一部はイギリスの統治下にあり、政治的・宗教的な背景によってカルチャーも分断されている。
 モウグリ・バップとモ・カラのラッパーふたりとDJプロヴィからなるベルファストを拠点にするニーキャップの作品はそのような言語の宝庫であり、アイルランドの政治的風景を言葉とヴィジュアルの両方から色濃く反映している。DJプロヴィという(*「Provisional IRA(暫定IRA)」の略称から派生したスラング「Provei」が元ネタ)アーティスト名しかり、あるいはアイルランド国旗の3色の目出し帽もアイルランド共和派の武装組織IRAを示唆している。そもそもバンド名のニーキャップ自体が上記の関連団体によっておこなわれた悪名高い拷問を伴う制裁手段について言及している。つまり、あからさまに挑発している。しかし、このようなメッセージ性をライヴにおけるパーティのどんちゃん騒ぎ的なノリと合わせることによって、彼らはその背景にある恐怖や緊張感を緩和すると同時に、宗派の垣根を越えて若いファン層、とりわけ1998年の和平合意以降に育った若者が集える場を提供している。
 とはいえ、彼ら自身はゴリゴリの共和主義者であり、アイルランド語で楽曲を制作し、イギリスによる北アイルランドの統治に対して公の場で激しく抗議している。さらに労働者階級であることに誇りを持ち、保守党の元首相マーガレット・サッチャーに対していまだに根深い嫌悪感を抱き続ける姿勢は、アイルランド国内だけでなくイギリスの左派系リスナーから圧倒的な支持を受けている(筆者もまたそのひとり)。さらにパレスチナへの支持も公言しており、それが原因でイギリスの首相キア・スターマー政権から糾弾され、同政権から反テロ法を盾にモ・カラがハマスを支持しているとの理由に(いまのところ、まったくの不毛な作戦とはいえ)法的に執拗な攻撃を受けている。
 メディアや政治界などの権威からはニーキャップは無責任で無神経な危険分子のような描かれ方をしているのかもしれない。しかし、セルフ・タイトルにして彼ら自身が主演を務める映画『ニーキャップ』はときに寓話を交えながらフィクションという形で、彼ら自身が自らの目線で自らのストーリーを語る機会を提供している。さらにその特異な言語にフォーカスすることで、国家レベルから日常生活のレベルの両方から政治について多面的に映し出しながら、政治家やタブロイド紙が伝えるストーリーのカウンターとして、よりパンチとユーモアの効いた繊細な物語と同時に、いわゆる「トラブルズ」と呼ばれる北アイルランド紛争下のステレオタイプのイメージを覆す形でベルファストに暮らす人々の日常を描き出している。
 今回、モウグリ・バップとモ・カラにビデオ通話によるインタヴューで、言語およびそこに含まる細部やニュアンスが、彼らの歌詞だけでなくアイデンティティや日常生活であり、そのすべてに関わる政治においてどのような中心的役割を担っているのかについて語ってもらった。

うちのライヴについて確実に言えるのは、ものすごい多様性があるってこと。全ジェンダーが勢揃いしてる。(モ・カラ)

いまではインターネットのおかげで、フランス語だのバスク語だのカタルーニャ語だの、ありとあらゆる言語の音楽にアクセスできるようになってる。いまはもっと実のある音楽が求められてる時代になってるんだろうね。(モウグリ・バップ)

音楽を作って表現するというのは、ある種の空間なり環境を作り出してリスナーに提供するという側面もありますよね。ことライヴ・パフォーマンスでは大いにそれがあてはまると思うのですが、どのような空間を作り上げようとしていますか?

モウグリ・バップ:ニーキャップの使命のひとつとして、いまのメインストリームのラジオじゃ滅多に取り上げられることがない言語で語っていく、つまり、アイルランド語を中心にした自分たちのリアリティを反映した空間を作り上げようっていうのがあるんで。音楽を通して人びとがアイルランド語と繋がれる環境を作りたいわけさ。アイルランド語を自分自身のアイデンティティの一部として感じてもらいたい。これまでそういうことをやってる連中っていなかったんで。少なくともアイルランドのいまどきのヒップホップ・シーンにおいては。

モ・カラ:うちのライヴについて確実に言えるのは、ものすごい多様性があるってこと。全ジェンダーが勢揃いしてる。ヨーロッパというか、少なくともイギリスとアイルランドのヒップホップ・シーンってほぼ野郎に支配されてるじゃん。それがうちのバンドはカルチャー的側面も入ってきてるんでね。言語だったりとか、そこに伴うアイデンティティだったり、そこからも共感できる。毎回、ありとあらゆるジェンダーが集まってる。めっちゃエネルギーに溢れてるし、毎回モッシュピットが起きるし、モッシュするときは全員一緒、性別に関係なく、誰もケガしないようにお互いに気を遣いながら。誰にとってもめちゃくちゃ安全な場なんだよ。誰でも輪のなかに入ることができるし、そこに参加したいと願う全員にとってのオーガナイズされたカオスって感じ。

ライヴ映像を見る限りモッシュピットがライヴで重要な位置を占めているように思いますが、そこには何らかの意図があるんでしょうか。実際、あなた方もそこに注力しているように見受けられますし、その場にいるが安全に楽しめるようにすごく気を配っているようですね。

モ・カラ:若干、エネルギー過剰って説も! というか、そもそもそれ自体がエネルギーを宿してるような、うちのバンドでやってるモッシュピットってそういうものだから。みんなそれを期待してるわけで、客のほうも盛り上がりにきてるみたいな……だから、盛り上げ役としては超ラクだよね。そもそもモッシュピットのことを聞きつけた上で会場に集まってるわけで、なんなら客同士が勝手にモッシュピットをはじめて盛り上がってる。とりあえずモッシュしてる最中ってめちゃくちゃ自由に感じるじゃん、なんか知んないけどさ。モッシュの輪のなかにいると、自分も全体の一部になったみたいな感覚になるっていうか、たんにライヴに来た客のひとりじゃなくて、それよりも大きな何かに繋がった感覚になる。自分もショウの一部になるわけさ。要するに、双方向からのエネルギーの交換がおこなわれてるわけだよね。俺らも客を楽しませるし、向こうも俺らを楽しませてくれる。

モウグリ・バップ:ライヴに熱狂が生まれるのと同時に一体感も生まれる。お互い安全な状態を保ちつつ楽しむためには信頼関係がないと。それがあるからこそ、モッシュピットはうちのライヴの中心みたいな存在になってるんじゃないかな。みんなうちのライヴからそういうものを受け取ってるわけさ、その場にいる全員が仲間みたいな意識というか。

それって、あなたたちの政治的な思想にもあてはまりますよね。仲間意識であり人びとを繋いでいく力みたいな。

モウグリ・バップ:まさに。

モ・カラ:政治だって、ある意味、パーティと同じぐらい大事だからね。 政治に突っ込んでいくのだって、その先に楽しいことが待ってるって期待してるからなわけじゃん。あるいは戦いに勝利して祝福しようって気持ちがあるからなわけじゃん。パーティもライヴで自由になるのも生きるために必要不可欠なもんなんでね。

そもそも共産党って言葉自体に、パーティ(党)って言葉が入ってますもんね。

モ・カラ:マジそれな!

モウグリ・バップ:ハハハ!

モ・カラ:てか、めっちゃウケてんじゃん!

政治に突っ込んでいくのだって、その先に楽しいことが待ってるって期待してるからなわけじゃん。あるいは戦いに勝利して祝福しようって気持ちがあるからなわけじゃん。パーティもライヴで自由になるのも生きるために必要不可欠なもんなんでね。(モ・カラ)

アイルランド語なり少数言語で歌うことの何がいいって、本質的に反資本主義的であるってことで、金儲けのためじゃなくてコミュニティのために存在してるってとこだよ。(モウグリ・バップ)

以前もおっしゃっていましたが、ベルファストでもアイルランド語を話してる人口はそんなに多くないですよね。音楽という形を介すことでアイルランド語を完全に理解していなくても、その言語と繋がると思いますか。

モウグリ・バップ:とはいえ、流暢でなくてもいくつかの単語は知ってたりしるし、うちのライヴに来て一緒に歌ってアイルランドも十分堪能してもらえるんじゃないかな。流暢じゃなくても、その言葉を楽しむことはできるんだから。あともうひとつ重要なこととして、少数言語を話す環境に育った子どもって、まわりでその言語が使われてないと、その言語には価値がない、あるいは社会的に重要じゃないって自然と思い込まされるようになるんだよね。だから、俺らの映画が映画館で上映されたりラジオで曲がかかったりすることで、それまでアイルランド語に付随してた恥の部分が払拭されて、自分たちの言語でありアイデンティティに誇りが持てるように。 実際、うちのライヴに来る客のほとんどはアイルランド語を話せないけど、それでも十分楽しんでるしアイルランド語で一緒に歌って大満足してる。

モ・カラ:そりゃまあ、自分らの場合はラッキーだったっていうか、アイルランド語の学校に通わせてもらう機会に恵まれてたんで。というのも、自分たちの前の世代が国から支援もないなかでゼロから築き上げてくれたものなわけで。いまではみんな普通にウチのライヴに来て、たんに学校で勉強する科目とは別の形でアイルランド語に慣れ親しむことができる。それこそ自分たちの一世代、二世代前の世代にとってたんに学校で習うだけでそれ、それ以外で使う機会もなかったのが、いまではライヴだの映画だの学校の外でも楽しめるものになってる。

1950年代のロックンロールの誕生以来、全世界においてポップ・ミュージックも英語の曲中心でしたよね。いまの英語が母語のリスナーは、自分たちが理解できない言語の音楽も以前よりもオープンに楽しめるようになってると思いますか?

モ・カラ:いや、確実にそれはあるでしょ。いまって、みんな何かしら新しいものを求めている時代で、前例のないものだったり、これまでとは違うものを自分から探しに行くようになってる。60年代の人間に自分の知らない外国語の音楽って言っても、なかなかピンと来なかっただろうけど、いまではみんな普通に言葉なんて関係なしに音楽を聴いてる。

モウグリ・バップ:結局、英語が長いあいだ公共の電波を支配してきたのだって、昔は音楽を発表する機会が大手のラジオだのテレビだの一つ二つのメディアに絞られていたからであって。それがいまではインターネットのおかげで、フランス語だのバスク語だのカタルーニャ語だの、ありとあらゆる言語の音楽にアクセスできるようになってる。いま、うちの相方が言ってたように、いまはもっと実のある音楽が求められてる時代になってるんだろうね。

以前のように世界のポップ・カルチャーをアメリカが支配しているという構造が崩れかけてるのもあるんじゃないでしょうかね。

モ・カラ:まさに!

モウグリ・バップ:それってアメリカで植民地の支配者の銅像が撤去されていったのと同じ動きだよね。植民地とか、主要もしくは多数派言語による支配が徐々に綻びを見せてる証拠だよね。しかもいまではインターネットのおかげで、人びとが自分で聴きたい音楽を自分で選ぶ権利を取り戻してる。アイルランド語なり少数言語で歌うことの何がいいって、本質的に反資本主義的であるってことで、金儲けのためじゃなくてコミュニティのために存在してるってとこだよ。

モ・カラ:過去の歴史からも帝国が崇拝対象となるシステムになってたわけで、アートもそれに倣うような形になってたわけで。英語で歌われてきたのなんてまさにその最たる例だし。でもいまはわざわざ学校で勉強するまでもなく、誰でもインターネットにアクセスして、諸外国の歴史について知ることができるし、かつての帝国がどれだけ世界に害悪をもたらしてきたかもはや周知の事実になってるわけさ(笑)。結果として、先住民族の言語や少数民族のカルチャーが再び注目されるようになってる。

モウグリ・バップ:いま言ったのって、インターネットがもたらした最大限にポジティヴな面の一例だよね。そりゃまあ、アメリカや中東の帝国主義者の連中はフェイク・ニュースを拡散するためにインターネットを利用してるっていう側面があるとはいえ。

※このあとふたりの舌鋒はまだまだ続きます。後編は2月下旬発売予定の『別冊ele-king 音楽は世界を変える』に掲載。ぜひそちらもチェックを。


English version

interviewed by Ian F. Martin

When it comes to politics, language is both a battleground and a courtroom. It makes lawyers of us all, arguing over the finest differences in meanings between words, and it makes soldiers of us too, honing these differences down into blades. Nowhere is that more true than in the politics of Belfast. Geographically part of Ireland, ruled as part of the United Kingdom, and culturally split down the middle along political and religious grounds.

Formed by rappers Móglaí Bap and Mo Chara, along with DJ Próvaí, Belfast-based band Kneecap’s work is dense with the language, both verbal and visual, of the Irish political landscape. DJ Próvaí’s name and Irish tricolour flag balaclava are both references to the republican paramilitary group the IRA. The group’s name refers to a notorious form of torture and punishment carried out by such groups. It’s a provocation, for sure, but marrying this language to the sort of raucous party atmosphere of their shows is also a way of putting the edge of fear and danger it implies behind them and open up a shared space for young fans from both sides of the sectarian divide — especially those who grew up in the years after the 1998 peace agreement.

That said, the group are staunch republicans, writing in the Irish language and fiercely and vocally opposed to British rule over their corner of Ireland. They are proudly working class and retain a deep loathing for Conservative former Prime Minister Margaret Thatcher, which has endeared them to left-leaning listeners both at home and in Britain (I’ll admit, myself included). They have also been vocal supporters of Palestine and attracted condemnation and ongoing legal attacks from the government of British prime minister Keir Starmer, who have used anti-terrorism laws to (thus far unsuccessfully) prosecute Mo Chara on accusations of promoting Hamas.

Seen only through the lens of the media and political establishment, Kneecap come across as irresponsible, insensitive and dangerous. Their self-titled movie, which stars the group themselves in a fictionalised, often allegorical version of their origin story, was an opportunity for the group to frame their story in their own way, and in its explicit focus on language as a multilayered vehicle for politics on both a national level and in daily life, presented a powerful, funny and nuanced counter-narrative to the story the politicians and tabloid newspapers were telling, as well as a depiction of Belfast life that subverts many of the Troubles-era stereotypes of the city.

I spoke to Móglaí Bap and Mo Chara via video about how language in all its specificities and nuances is at work at the core of not just their lyrics but their identities, their everyday lives, and the politics that run through it all.

When you make music, you’re also creating a space or an environment for the listeners, especially when you think of the live performance. What kind of space are you trying to create?

Móglaí Bap (MB): A big part of Kneecap is creating this environment of reality where the Irish language is central, especially as it’s not a language that’s heard a lot on the mainstream radio. So we’re trying to create an environment where people can connect with the language through the music. They can identify with the language. And it’s not something that’s been done, really, in contemporary hip hop music in Ireland.

Mo Chara (MC): There’s also something to be said about our gigs that we have such a mix. There’s a mix of all genders. I think a lot of hip hop gigs in Europe, in England, in Ireland, it’s very male-dominated. And I think the difference with Kneecap is that we have a cultural aspect to it as well, with language and identity to it, so people relate to that. We always have a mix of genders. We have very high energy gigs, there’s always moshpits, but everyone’s moshing together, all genders, no one’s trying to injure each other. It’s a very safe space for everyone. Organised chaos for everybody who wants to be involved.

Watching videos of your live performances, the moshpit seems to have a central place in the show. Is there something special about the moshpit? Because you seem to put a lot of energy into that part of the show — organising, or taking a lot of care to make sure everybody’s safe.

MC: Maybe too much energy sometimes! But I think it took on a life of its own, the moshpits that we do, because everyone is expecting hig energy, and what happens is the crowd… we can rile them up pretty easily, but the crowd have heard about all the moshpits and so they come in and do it themselves. The thing is there’s something very freeing about it. When you’re part of a moshpit, you’re part of a collective, you’re part of a greater thing rather than just an individual at a show — you’re part of a show then. When there’s a moshpit happening, the audience are putting on a show for us. It’s kind of transactional: we entertain them, they entertain us back.

MB: It creates a sense of excitement at the gig, and also a sense of solidarity between people because you have to rely on each other to keep each other safe and have a good time. So I think that’s why it’s kind of central to our gigs, because that’s what people get from our gigs: a sense of solidarity.

Which I guess feeds into the political aspects of what you do: the sense of solidarity and everyone being in it together.

MB: Exactly.

MC: In certain scenarios, politics is just as important as partying. I mean what’s the point of chasing political memes unless you’re going to be able to enjoy yourself at the same time, or enjoy yourself after the fight’s done? So partying and the freedom that comes with gigs are just as important a part of life.

You can’t spell “Communist Party” without “party”!

MC: Exactly!

MB: Hahaha!

MC: He loves that one!

You’ve mentioned in the past about how, even in Belfast, there’s not a lot of Irish speakers, so is there a way in which, by delivering it through music, that gives people a way to connect with it even without fully understanding all of it?

MB: One aspect of it is that people who don’t speak Irish but they speak a few words, they can come to the gig and they can sing along and get that sense of fulfilment, that you don’t have to be fluent to enjoy the language. And another aspect of it is that, when you speak a minority language growing up as a kid, if it’s not heard, you feel like it’s not worthy or that society values it. So the fact that our movie was in the cinemas and our songs are on the radio, it gets rid of that shame and gives them self esteem towards their language and identity. Most people don’t speak Irish at our gigs, so the fact that they can come along, enjoy the gig and sing along in Irish, there’s a sense of fulfilment there.

MC: Obviously we were lucky enough that we had the opportunities to go to school in Irish because of the generations that came before us who had built that stuff up from scratch with no help from the state. And now people can come to our shows and it’s not just a school subject the way it was for the generation or two before us, where they were just learning it in school and they didn’t have any services or anywhere to go to enjoy it socially. Now people can go to a show or see a movie and it’s just about taking it outside of the classroom.

Since the birth of rock’n’roll in the 50s, pop music worldwide has been dominated by the English language. Do you think English speaking audiences nowadays are becoming more open to enjoying music in languages they don’t speak?

MC: Definitely. I think we’re at a time in history now where we’re seeking something different. Everybody’s seeking something new, that hasn’t been done, or branching out in some way. If you tried to explain to somebody in the 60s that you’re listening to music in a language you don7t understand, it’s probably alien to them, but now it’s become the norm.

MB: The reason that English has dominated the airwaves for so long is because there was only one or two avenues for getting your music out there through mainstream radio or TV or whatever, but now you have the internet, and there’s people singing in French or languages you’ve never even heard, Basque languages or Catalan or whatever, so now we have access to all this music and I think, as he was saying, people are looking for something with a bit more substance these days.

I wonder as well if part of it’s also this sort of slow collapse of the United States as the centre of global pop culture.

MC: Yes!

MB: I think it’s kind of reflected in, you know when they were taking down the statues in America of the former colonialists. I think that’s part of this slow degeneration of this idea of colonies, of mainstream languages, of majority languages. And with the internet, we can take back control of the avenues of listening to music. And a good thing about singing in Irish or any minority language is that it’s anti-capitalist at its core because it’s not there for profit, it’s there for the sake of community.

MC: If you go back, empires have always been looked up to, and obviously art kind of imitated that, obviously with music always being in the English language and stuff, but now you don’t have to be in a classroom to learn a certain subject, anyone can get on the internet and listen to someone talk about some historical event that happened in another country, we’ve all kind of realised that empires have (laughs) been a kind of bad thing for the world, so people are looking more towards indigenous languages and more towards minority culture again.

MB: I think that’s the most positive aspect of the internet, because of course we have imperialists in America and the Middle East, etcetera, using the internet as a means of spreading fake news.

Vol.3:≋師走≋ 今年の振り返り - ele-king

 Hello Hello! hey hey! heykazmaです。
 2025年も終わりに近づいてきました。
 私にとって、今年は大きな変化の一年でしたᯓ✦∘˙
 仙台から進学を理由に東京へ引っ越し、さまざまな人との出会いがあり、パーティのオーガナイズ、連載のスタート、1st EPの制作など、初めての経験を多く重ねましたン

 都外でDJをする機会もありがたいことに多く、北海道、宮城、千葉、埼玉、神奈川、長野など、さまざまな場所でDJをすることができました。
 その土地の空気や雰囲気を感じながらDJができたことは、かけがえのない経験だったなと思いまくりでふ。

 一方で、オーガナイザーの想いや、パーティの在り方について深く考える一年でもありました₊˚⊹⋆

 今年はパーティを3回企画し、下北沢SPREAD、幡ヶ谷Forestlimit、日本橋BnA_WALLで開催しました (イェイイェイ!
 パーティというものは、音楽をただ消費するための行事ではなく、出演者やお客さん同士のつながりや出会いも含めて、大切にしていきたいものだと改めて感じています。
 音楽が道具として消費されているようにしか見えない場面や、コンセプトの意図がまったく感じられず、何を目的としておこなわれているのかわからないパーティに出会うこともあり、そこに強い「違和感」を覚えることもありましたわ…

 そんななかで、今年とても印象に残り、心から感心したパーティが、9月に成田空港の滑走路内にある木の根ペンションで開催されたRAVEパーティ『WAIFU Airport Rave Special』でした.


 主催のパーティ・コレクティヴ〈WAIFU〉は万人にとっての安全なスペースの構築をめざすクィア・パーティ。
 この木の根ペンションでのRAVEはアーティストのウェンデリン・ファン・オルデンボルフさんによる新作映像作品『Lyrical Vengeance』の撮影にも参加していましタ。

 人権に関する問題(例えば選択的夫婦別姓など)の基準がコロコロ変わる社会。
 権力者が「NO」と言えば、それがまかり通ってしまう構造。
 自分たちの生活への不満が、マイノリティへの攻撃や差別、はたまた仮想敵へと向かってしまう傾向の強いいまの世の中を見ていて、本来向き合うべきは腐敗した政治や社会構造であるはずなのに、プロテストの方向が間違っていると感じることがここ最近増えたんですよね~。まじでいい加減にって感じ普通に.
 いま、私たちの基本的人権がかろうじて守られているのは、時代時代で人々が差別や不平等などと闘い、努力を重ねて勝ち取ってきてくれたおかげなんだと思う。
 それは、ジェンダー・アイデンティティやジェノサイドの問題ともつながっているはず。
 努力と闘いの歴史があるなかで、いまなお差別主義や排外主義の声がここまで強まっていることに、強い疑問を感じまくりでございまする。
 三里塚闘争についても、私はそれに近いものを感じたんですよねぇ~。

 会場となった「木の根ペンション」は、成田空港建設に反対する「三里塚闘争」の拠点のひとつであり、国家権力と資本主義、農村や自然との共生が衝突してきた歴史を象徴するような場所。農村地域、都市部、生産者、消費者を結ぶ交流の場として1989年に畑の農道脇に建てられ、2000年代に入り地域が丸ごと空港に買収されるなかで、政府公団からの撤去要請を拒否する形で、現在の場所に移築され現在に至っています。
 「ペンション」と呼ばれていますが、現在は宿泊施設としての業務は休止しており、住民が住み継ぎながら、建物と土地の維持管理をしています。塀を隔てた空港は、1.5mのアスファルトで埋め尽くされ、数百トンもの飛行機が飛び交い、まさしく資本主義と石油文明の象徴です。そのなかに、土があり、木があり、鳥が飛び、人が住む場所「木の根ペンション」があるというのは、資本主義にどっぷりと浸かって生きていながらも、一方では、土からは離れては生きていけないという、人類の抱える混沌と矛盾を象徴した場所ともいえ、いまもなお、第三滑走路建設のために土地が奪われようとしている住民がおられます。
 この場所で、成田闘争当時のような過激な言葉や暴力ではなく、多様な生き方や考え方を認め合う平和的なイベントとして社会と対峙し、「木の根ペンション」を未来永劫受け継いでいくため、今回は敬意と平和維持の思いを込めて、ペンションの住人とともにイベントをおこなう。

 この概要を見たとき、私はとても衝撃的だった。
 ロケーションが「ただ空港に囲まれている very funny …な場所」なだけではなく、その場所でやる意味、その場所でやる大切さをはっきりと認識しました。
 国から「正しくない存在」と思われている people たちが集まり、好き勝手に Dancing しまくりあげ、誰もが安全であることが守られている. この図まじで胸熱すぎるんだってわけ。
 マジでWAIFU主催のみんな超~~~絶 respect & LOVE しかないわ.˚₊‧꒰ა♡໒꒱ ‧₊˚.
 それ以降、私はパーティ・コレクティヴをやる意味について、主催者としてより深く考えるようになりました~
 いくらロケーションがおもしろいフェスやパーティでも、どういった意図でおこなわれているのかがまったくわからないままだと、ただ立ち尽くしてしまう。̆̈
 セーファー・スペースを提供しているコレクティヴの大切さを、私自身もパーティをオーガナイズする身として、きちんと環境として整えていきたいと強く思いまくり!!!

https://www.instagram.com/stories/highlights/18004934543667226/
(WAIFUパーティの様子が気になった人は私のストーリーのハイライトをチェックしてね♪)

 こうした経験を通して、私は改めて「なぜパーティをやるのか!!!!!!」「何を大切にしたいのか!!!!!!」を考えるようになりました.
 ただ音楽を鳴らす場所yeahyeah♪ではなく、そこに集まる人たちが安心して存在できること、その場にいる理由や文脈がきちんと感じられるyeahyeah♪ってこと。
 パーティが、その一夜限りで終わる消費物ではなく、記憶や感情として残っていくこと。
 そのすべてを含めて、場をつくりたいと思っていまする
 そうした考えの延長線上にあるのが、私が主催するパーティ yuu.ten ⊹꒷꒦ 。゚﹒✧
 yuu.ten は「音に溶ける」をコンセプトに、音楽、表現、人、空間が分断されることなく混ざり合う場を目指してきました゚﹒✧
 出演者と来場者、ジャンルや肩書きの境界が溶け、ただその場にいるという感覚をshareできること。
 そのためのセーファー・スペースでありたいと考えています✧˖°. ♪
 次回の yuu.ten は、2026年1月16日(金)、下北沢SPREADにて開催決定ィ♪
 私の友人の少女写真家・飯田エリカが作品を発表するZINEシリーズの新刊『MiX vol.3 HOLY Dystopian Party』の発売を記念したライヴ・イベントとしておこなうよ⟡₊˚⊹♡
 私自身が、これまで感じてきた違和感や問い、そして大切にしたいと強く思った価値観を、ひとつのパーティとして形にする試みって感じなんで、ガチで100,000人ご来場お待ちしております!!!!!!!!!!

2026年1月16日(金)
OPEN 18:30 / START 19:00 / CLOSE 23:00
MiX & yuu.ten presents「HOLY Dystopian Party」
at SPREAD
[Ticket]
VIP ¥7,500
ADV ¥3,300
U-25 ¥2,500
DOOR ¥4,300
(ALL +1D)
https://livepocket.jp/e/holy-dystopian-party

[LIVE]
あっこゴリラ
諭吉佳作/men
Shöka
[DJ]
heykazma
Yuki Kawamura
Bothis
※VIPチケットには「MiX vol.3」(出演者サイン入り)が付属。

 ZINEシリーズ「MiX」は、作品を通してさまざまな女性像を写して、美しさとは何かをともに考え、理想の女性像を追い求めるのではなく、彼女自身が撮りたい、一緒に表現したいと感じた人と向き合い、愛や夢、美しさ、悲しみ、心といった多様な感情を写し混ぜていくシリーズ。
 vol.3のテーマは「ディストピア(終末世界)でわたしたちは踊る」
 戦争も自然破壊もこのまま突き進めば世界は簡単に壊れるかもしれない___
 そんなディストピアの空気を感じる今、人間すら人種やセクシャリティで差別される。
 世界が終わりに進む世界で
 権威者が恐れた異端(クィア)な存在が歌い踊るパーティをしているかもしれない
 そんな景色が浮かんだ
 HOLY__聖なる/すごい・感嘆
 世界が終わろうが歌い・踊る異端者を美しく写す

 そうそう、HOLY Dystopian Partyをイメージして、プレイリストを作ってみたのです!
 「Party」と書いているとダンス・ミュージックがメインだと思われがちですが、私は必ずしもそうである必要はないと思っている。
 「踊る」を、身体的な動きだけでなく、心のなかにある概念として捉え、淡々とヴァイブスがいい感じの楽曲たちを並べましたよ~
 「身体を揺らす」ことだけが踊りではなく、心のなかの “なにか” が動いた瞬間、それはもう踊りだから。(コレ結構マジでだから)
 なので、アコースティックや弦楽器の楽曲も入れています。
 50,000回ぐらいはリピートしてね~ん✌️


 次回の連載は、2月2日にリリースする1st EP「15」についてのセルフライナーノーツをお届けします!!!
 書くの頑張りますんで!!!絶対にみてくれ!!!!

 ちゅーことで、1/16も下北沢SPREADにて、ご来場お待ちしています!!!!

 以上、heykazmaでした!!!
 これをみている物体のみんな、良いお年を~~‧₊˚⋅♡⋅˚₊‧

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