ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Bandcamp ──バンドキャンプがAI音楽を禁止、人間のアーティストを優先
  2. interview with Sleaford Mods 「ムカついているのは君だけじゃないんだよ、ダーリン」 | スリーフォード・モッズ、インタヴュー
  3. Columns Introduction to P-VINE CLASSICS 50
  4. 別冊ele-king 坂本慎太郎の世界
  5. DADDY G(MASSIVE ATTACK) & DON LETTS ——パンキー・レゲエ・パーティのレジェンド、ドン・レッツとマッシヴ・アタックのダディ・Gが揃って来日ツアー
  6. Daniel Lopatin ──映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』のサウンドトラック、日本盤がリリース
  7. Ken Ishii ──74分きっかりのライヴDJ公演シリーズが始動、第一回出演はケン・イシイ
  8. DJ Python and Physical Therapy ──〈C.E〉からDJパイソンとフィジカル・セラピーによるB2B音源が登場
  9. Autechre ──オウテカの来日公演が決定、2026年2月に東京と大阪にて
  10. Masaaki Hara × Koji Murai ──原雅明×村井康司による老舗ジャズ喫茶「いーぐる」での『アンビエント/ジャズ』刊行記念イヴェント、第2回が開催
  11. interview with bar italia バー・イタリア、最新作の背景と来日公演への意気込みを語る
  12. aus - Eau | アウス
  13. 見汐麻衣 - Turn Around | Mai Mishio
  14. ポピュラー文化がラディカルな思想と出会うとき──マーク・フィッシャーとイギリス現代思想入門
  15. 橋元優歩
  16. Geese - Getting Killed | ギース
  17. Ikonika - SAD | アイコニカ
  18. interview with Ami Taf Ra 非西洋へと広がるスピリチュアル・ジャズ | アミ・タフ・ラ、インタヴュー
  19. interview with Kneecap (Mo Chara and Móglaí Bap) パーティも政治も生きるのに必要不可欠 | ニーキャップ、インタヴュー
  20. Dual Experience in Ambient / Jazz ──『アンビエント/ジャズ』から広がるリスニング・シリーズが野口晴哉記念音楽室にてスタート

Home >  Reviews >  Album Reviews > Ikonika- SAD

Ikonika

Afro DanceStylesUK Bass

Ikonika

SAD

Hyperdub

小林拓音 Jan 08,2026 UP

 UKではダンス・ポップが盛ん、というのは日本からはなかなか見えづらいかもしれないが、ここにひとつ、その例証となるようなアルバムが届けられた。ロンドンのエレクトロニック・プロデューサー、アイコニカはみずから歌うことを選択し、いま、新たな扉をノックしている。
 もう15年くらい経つんだなあと感慨深くなるけれど、ポスト・ダブステップの追い風のなか、そこにエレクトロやチップチューンを導入するスタイルでアイコニカことサラ・アブデル=ハミドは〈Hyperdub〉から浮上してきた。つぎつぎとベース・ミュージックが更新されていった00年代末~10年代前半のあの空気を形成したひとり、それがアイコニカだった。

 けれどもその認識はもう古い。3枚目『Distractions』(2017)リリース後の、おそらくはパンデミック中なのではないかと推測するけれども、アブデル=ハミドには転機が訪れている。バカルディ・ハウスやゴム、アマピアノといった南アフリカ産音楽への深き傾斜──ロンドン在住の髙橋勇人によれば、アイコニカは(コード9らとともに)DJプレイでもそれらの普及に一役買っていたそうだ。
 グライム/UKドリルに寄った「Hollow EP」(2020)や『No Feelings Required』(2021)、あるいはダンスホール・シンガー、45ディボスとの共作(2018/2023)なども興味をそそるリリースではあるものの、大きな画期といえそうなのは2021年、〈Adult Swim〉のコンピに提供された楽曲 “No Way” だろう。UKファンキーとアマピアノが溶けあう同曲では、初めてアブデル=ハミド自身のヴォーカルが披露されてもいる。南ア×歌というこのアプローチは2022年の「Bubble Up EP」にも引きつがれ、2024年にはキラーなポップ・チューン “Details” へと結実している。

 そうした新機軸をアルバム単位で全面展開したのが新作『SAD』だ。冒頭 “Listen to Your Heart” からしてUKらしいメランコリアを携えた本作では、ベース・ミュージックがもつダークな美とアフリカ由来のリズムとがみごとに融合、“Gone”、“Take Control”、“Slow Burn” と、ほの暗くも気高き舞踏がつぎつぎと繰りひろげられていく。かつてエジプト出身の父がタブラで教えてくれたリズムが表現されているという “Whatchureallywant”、バカルディ調のビートがえもいわれぬせつなさを運んでくる “Your Vibe” もたまらない。オランダのグライム・プロデューサー JLSXND7RS をフィーチャーした “Sense Seeker”、ベースに耳を奪われる “Activate”、ザンビアのプロデューサー、シー・スペルズ・ドゥームを招きパーカッションを炸裂させる “Drum1(Take It)” と、終幕に向け各楽曲たちはどんどんその強度を高めていく。アルバム中唯一本人以外のヴォーカリスト(作家のタイス・シン)が参加した最終曲 “Make It Better” では、古参ファンへのサーヴィスだろうか、もう興味がなくなっちゃったのかなと不安になっていたチップチューンの断片がさりげなくしのびこまされてもいる。

 サッド。悲しい。みじめな。ぜんぶ大文字表記にしてあるのは、「社交不安障害(social anxiety disorder)」の意味も含ませるためのようだ。インスタグラムのアカウントをのぞくと、プロフィール欄に「they/them」と記されている。どうやらアイコニカは数年前、ノンバイナリーとしての自認を公表していたようで、それがみずからヴォーカリストとして立つことと連動しているのは、かつてソフィーが “It's Okay to Cry”~『Oil of Every Pearl's Un-Insides』でたどった道と完全に一致している。いやはや、ソフィーの影響力の大きさといったら……(ただし、身体をめぐるアイコニカの苦悩自体は2021年、まだヴォーカルが導入されるまえの “Bodies” でも表現されていた)
 ヴォーカリストとしての覚醒と、クィアであることの表明。それらが、サウンド面における南ア産音楽へのアプローチと両立している点こそ『SAD』の醍醐味だろう。2010年代以降、少なからぬアーティストがアイデンティティに題材をもとめてきたわけだけど、ここではそれがBLM以降のポストコロニアリズムの文脈と接続されているようにも映る。ようするに、これはきわめて2020年代的な作品ということだ。意識的にせよ無意識的にせよ、時代の流れをとらえられる音楽家は強い。本作は今後、アイコニカ第二期の代表作として語りつがれていくことになるだろう。

小林拓音