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Ikonika

Afro DanceStylesUK Bass

Ikonika

SAD

Hyperdub

小林拓音 Jan 08,2026 UP

 UKではダンス・ポップが盛ん、というのは日本からはなかなか見えづらいかもしれないが、ここにひとつ、その例証となるようなアルバムが届けられた。ロンドンのエレクトロニック・プロデューサー、アイコニカはみずから歌うことを選択し、いま、新たな扉をノックしている。
 もう15年くらい経つんだなあと感慨深くなるけれど、ポスト・ダブステップの追い風のなか、そこにエレクトロやチップチューンを導入するスタイルでアイコニカことサラ・アブデル=ハミドは〈Hyperdub〉から浮上してきた。つぎつぎとベース・ミュージックが更新されていった00年代末~10年代前半のあの空気を形成したひとり、それがアイコニカだった。

 けれどもその認識はもう古い。3枚目『Distractions』(2017)リリース後の、おそらくはパンデミック中なのではないかと推測するけれども、アブデル=ハミドには転機が訪れている。バカルディ・ハウスやゴム、アマピアノといった南アフリカ産音楽への深き傾斜──ロンドン在住の髙橋勇人によれば、アイコニカは(コード9らとともに)DJプレイでもそれらの普及に一役買っていたそうだ。
 グライム/UKドリルに寄った「Hollow EP」(2020)や『No Feelings Required』(2021)、あるいはダンスホール・シンガー、45ディボスとの共作(2018/2023)なども興味をそそるリリースではあるものの、大きな画期といえそうなのは2021年、〈Adult Swim〉のコンピに提供された楽曲 “No Way” だろう。UKファンキーとアマピアノが溶けあう同曲では、初めてアブデル=ハミド自身のヴォーカルが披露されてもいる。南ア×歌というこのアプローチは2022年の「Bubble Up EP」にも引きつがれ、2024年にはキラーなポップ・チューン “Details” へと結実している。

 そうした新機軸をアルバム単位で全面展開したのが新作『SAD』だ。冒頭 “Listen to Your Heart” からしてUKらしいメランコリアを携えた本作では、ベース・ミュージックがもつダークな美とアフリカ由来のリズムとがみごとに融合、“Gone”、“Take Control”、“Slow Burn” と、ほの暗くも気高き舞踏がつぎつぎと繰りひろげられていく。かつてエジプト出身の父がタブラで教えてくれたリズムが表現されているという “Whatchureallywant”、バカルディ調のビートがえもいわれぬせつなさを運んでくる “Your Vibe” もたまらない。オランダのグライム・プロデューサー JLSXND7RS をフィーチャーした “Sense Seeker”、ベースに耳を奪われる “Activate”、ザンビアのプロデューサー、シー・スペルズ・ドゥームを招きパーカッションを炸裂させる “Drum1(Take It)” と、終幕に向け各楽曲たちはどんどんその強度を高めていく。アルバム中唯一本人以外のヴォーカリスト(作家のタイス・シン)が参加した最終曲 “Make It Better” では、古参ファンへのサーヴィスだろうか、もう興味がなくなっちゃったのかなと不安になっていたチップチューンの断片がさりげなくしのびこまされてもいる。

 サッド。悲しい。みじめな。ぜんぶ大文字表記にしてあるのは、「社交不安障害(social anxiety disorder)」の意味も含ませるためのようだ。インスタグラムのアカウントをのぞくと、プロフィール欄に「they/them」と記されている。どうやらアイコニカは数年前、ノンバイナリーとしての自認を公表していたようで、それがみずからヴォーカリストとして立つことと連動しているのは、かつてソフィーが “It's Okay to Cry”~『Oil of Every Pearl's Un-Insides』でたどった道と完全に一致している。いやはや、ソフィーの影響力の大きさといったら……(ただし、身体をめぐるアイコニカの苦悩自体は2021年、まだヴォーカルが導入されるまえの “Bodies” でも表現されていた)
 ヴォーカリストとしての覚醒と、クィアであることの表明。それらが、サウンド面における南ア産音楽へのアプローチと両立している点こそ『SAD』の醍醐味だろう。2010年代以降、少なからぬアーティストがアイデンティティに題材をもとめてきたわけだけど、ここではそれがBLM以降のポストコロニアリズムの文脈と接続されているようにも映る。ようするに、これはきわめて2020年代的な作品ということだ。意識的にせよ無意識的にせよ、時代の流れをとらえられる音楽家は強い。本作は今後、アイコニカ第二期の代表作として語りつがれていくことになるだろう。

小林拓音