「S」と一致するもの

interview with Jim O’Rourke - ele-king

 ジム・オルークのようなミュージシャンについて書くことはつねにひとつの挑戦となる。彼の作品が表面的に見える部分にとどまることはまずありえない。リスナーにたいしていかに作用しているかという部分を見えなくするためのその慎重なメカニズムは、ほとんど不可視の創造的プロセスなのである。おびただしいほどの複雑さや音楽的知性が、まるではじめから存在していたもののように、作品を完全に自然なものにし、わかりやすいものにさえしている。制作のさいに彼がとるアプローチには、アカデミックな訓練からくる要素がはっきりと含まれているにもかかわらず、その一方で、出来上がった音楽のなかには、あふれるほどの情感がこもっている。

 最近の比較的目立ったリリースであり、予期せぬかたちでロック的な作曲に回帰するものだった、2015年の『シンプル・ソングス』は、すぐに親しみをもてるロックなリフレインが、聴く者がどこをどんなふうに旅しているのかをまったく気づかせないままに、未知なる音楽的領域と完全に混じりあうようなものだった。アンビエントにフォーカスをあてた新しいレーベルである〈NEWHERE〉からリリースされた最新作『Sleep Like It’s Winter』で彼は、冷たく、危なっかしく、しかし生気にあふれた、美しい45分のインストゥルメンタルの楽曲とともに、また根本的にまったく別な音の世界に身を置いている。

E王
Jim O'Rourke
sleep like it’s winter

NEWHERE MUSIC

Amazon

 『シンプル・ソングス』と『Sleep Like It’s Winter』のあいだに、バンドキャンプ上でおよそ2ヶ月に一度のペースで配信された、オルークの『Streamroom』シリーズとして、22曲の別々の作品がリリースされている。そのうちのいくつかは、アーカイヴから過去の楽曲を発掘して出したもののようだが、これほど急激なリリースの流れのなかにはきっと、彼の制作を解きあかす手がかりとなる何かが見つかるはずだ。じっさい、『Sleep like It’s Winter』の直前に『Streamroom』でリリースされたもののなかには、共通する部分もある。

 アンビエント・ミュージックとは、これほどレイヤーが重ねられ、何層にも織りなされるものではない。それは定義上ほとんど分析を拒否するようなものであり、もっぱら意識の外側の部分に作用するものだ。だがそれにもかかわらず、『Sleep Like It’s Winter』は、聴きかえすたびに新たな発見がもたらされる、さまざまなアイデアに満ちた、非常に意識的なアルバムだと感じさせるものである。


たいていの人はイーノと答えるんでしょうね。だけど私の場合それは、マイケル・ナイマンの『実験音楽 ケージとその後』という本までさかのぼることになると思います。高校生のころに初めて読んだんですが、とてもすばらしい、重要な本です。


一般にアンビエントとかドローンといった言葉で評されている音楽について語るのは難しいと、個人的にはずっと思っていて……。

J:ですよね。じっさい私も、アンビエントの作品を作ってほしいというかたちで依頼されて、だからこそやってみようという気にもなったわけですが、はじめからアンビエントの作品を作ろうとしたりはしませんでしたしね。これがアンビエントのレコードだっていうものよりも、アンビエントに近いものを作ろうという感じです(笑)。私のやっていることはたいてい、〈それに近い〉ことだといえると思います。それは、〈これこそがそれだ〉っていうものとは対立するものなので。

それを聞いて思いだしたのですが、以前にもあなたは、批評家のようなやり方で音楽制作にあたるというご自身のアプローチにもとづいた発言をされていましたね。

J:はい。私は音楽を楽しみのために作っているわけではありません(笑)。たしかにそんなようなことをいいましたね。自分と比べようというわけではないですが、若いころに私は、ゴダールからのある引用を読んだんですよ。それは、「映画について批評する最良の方法は、自分でもう一本映画を作ることだ」というものでした。幸運にもまだ若いころにその言葉を知って以来、その言葉はいまもずっと私に突きささったままで、自分の制作の基礎の部分になっています。

新作にはどのくらいの時間をかけられたんでしょう?

J:だいたい2年です。

制作をはじめられたころはまだ東京に?

J:まだ東京にいました。うん、最初に依頼のあったときは東京でしたね。だけどそのころはまだほかにもいろいろと進行中の仕事がありました。なので最初の6ヶ月はたしか、じっさいに何かはじめるというよりは、いろいろと考えをめぐらせていたという感じだったと思います。いったいぜんたい「アンビエント」ってどんな意味なんだろうとか、世代によっても意味が違ってくるぞとか、そんなようなことについて、いろいろと考えていました。はじめはに依頼されたときは、「新しくアンビエントのレーベルを立ちあげたんです」といわれて、私としてはただ、「ああ、そうですか……」という感じだったんです(笑)。「特定のジャンルのレコードを作る」という発想のもとにレコードを作るなんて、ひどく忌まわしいことな気がして。だけどやってみることに決めました。逆にこんなにゾッとするようなアイデアもないなと思ったからです(笑)。アンビエント・ミュージックが嫌いなわけではありませんよ──そういうことじゃない。自分ならそんなふうに制作にはのぞまないというだけのことです。ともかく、奇妙な依頼だからこそ受けてみようと決めたわけです。

アンビエント・ミュージックと聞いて、あなたがいちばん最初に参照する足場というか、その枠組みになるようなものはなんですか?

J:うーん、たいていの人はイーノと答えるんでしょうね。だけど私の場合それは、マイケル・ナイマンの『実験音楽 ケージとその後』という本までさかのぼることになると思います。高校生のころに初めて読んだんですが、とてもすばらしい、重要な本です。その本のなかで語られていることのなかには、イーノはほんのすこししか出てきませんし、それに(イーノ自身は)まだそのころ、「アンビエント」という言葉は使っていません。かわりに彼が参照しているのは、「家具の音楽」という(エリック・)サティのアイデアです。あとはきっと、イーノの『Discreet Music』のジャケットの裏面だと思います。あのレコードの裏では、ほかでもなく彼自身が作品の背景にあるアイデアを語っていて、あとはそれが技術的にどんなふうに作られたかを示すダイアグラムも載っているんです。あれには若いころ、かなり感化されました。だけど、アンビエント・ミュージックについて考えるとなっても、私はかならずしもイーノのことは考えませんね。というのも私は、イーノのじっさいのアンビエント作品が、つまり彼がその後にむかっていった、『アンビエント』と名づけられた一連の作品が、正直なところそれほど好きじゃないんですよね──彼を尊敬していないというわけじゃないですよ。ただ私の好みではないというだけです。ある意味では、サティによる定義のほうが好きですね。つまりそれは、「家具の音楽」で、ようするにBGMのようなものなんだということです。だとすればそうした音楽は、積極的な目的意識をもって聴かれるためのものじゃないということになりますし、リスナーは、流れてくる音楽の形式的な構造に従う必要はないということにもなるでしょう。サティの定義はある種、「アンビエント」という言葉が何を意味するかという、その言葉の捉え方の変化を促してくれるものだと思います。この作品を作りながら、私にとっていちばん大事だったのは、「ひとが作品の形式的な構造に、完全に見切りをつけてしまおうと決める境界線はどこか」ということであり、「形式的な構造は感じられるままでありながら、それがうるさく迫ってくることのない境界線はどこか」ということでした。

形式的な構造という点で、話をイーノに戻すなら、彼はどこか、音楽から演奏家をすっかり取りのぞいてしまうというアイデアに興味をもっているような部分がある気がします。

J:そいう音楽観は、私も自分の全生涯をかけてすこしずつ、ですが確実にむかっていっているものですね(笑)。その点では、ローランド・カイン(※Roland Kayn/ドイツ出身の現代音楽/電子音楽家)の存在が私にとっていちばん大きかった。彼の音楽はアンビエントだといわれたりしますが、そう呼ぶにしてはあまりに攻撃的すぎます。彼の音楽のアイデアは、システムを生みだしておきながら、あとはそれを好きなようにさせておくというものです。そんなふうに好きなようにさせておいたとしても、当初にあったアイデアが表現されたままであるような、そんなシステムをいかにして作りだすか、そこに挑戦があるわけです。過去10年のイーノの作品のいくつかや、ナンバー・ピースのようなケージの作品のいくつかに注目してみれば、彼らがそうしたシステムを作っているのがわかると思う。ケージ後期のナンバー・ピースはかなりおもしろくて、一見したところそうは見えないにもかかわらず、じっさいにそれを正確に演奏してみようとすると、かなりの厳密さが要求されるものなんですよね。カインのような人物や、イーノがやっていたこと、とくに70年代にやっていたことからいえるのは、彼らは、いずれにしろ何かしらの成果はもとめていつつも、だけどそれにたいして自分からはけっして干渉しようとはしないということだと思います。


このところ、だいたい2ヶ月に一度くらいはバンドキャンプ上に新しいものをアップされていますね。ああしたものを聴いていると、リアルタイムにではないですが、この最近あなたが何をしているか、もうだいたい把握しているような気分になります。

J:そうですね。バンドキャンプは、インターネットが生みだしたもののなかでも、例外的に好きなもののひとつなんです。聴きたいひとが50人しかいなかろうが、とにかくそこで聴けるというところが気に入っています。レコードをリリースすることで生じてしまういろんなこととは一切なんの関係もなくいられるなら、それにこしたことはありませんからね。わかってもらえると思いますが、私にとって、作品ができあがったらもうそこで終わりなんです。そのときにはもう私は、別のどこかへむかっていますからね。

そんなふうにバンドキャンプで発表された作品は、今回のアルバムに何か影響を与えましたか?

J:あのなかのひとつかふたつは、今回のアルバムの失敗したヴァージョンだといえるかもしれません(笑)。正直にいってバンドキャンプの曲は、ああいうものが聴きたいひとたちのなかの、50人とか80人のためのものなんです。「ほら、みんなこんな感じのが聴きたいんだろ、聴いてみてくれよ」っていうふうにやっているだけです。あんな感じのものは今回の作品には関係ないですね。バンドキャンプの作品にかんしていえば、80曲なら80とおりの失敗した部分があるっていう感じですかね。


[[SplitPage]]


90年代の黒沢清は、この点で他の追随を許さない存在でした。たとえば『蛇の道』とか『蜘蛛の瞳』といった作品のなかで彼は、並外れたやり方で時間の問題を扱っています。ひとつのイメージに結びつけられて見られていたものを再構成し、そのなかで生まれていた時間についての知覚を再構成すること、それが彼のやり方です。


Jim O'Rourke
sleep like it’s winter

NEWHERE MUSIC

Amazon

今回のアルバム『Sleep Like It’s Winter』のなかには、聴覚のぎりぎりの部分で聴こえてくるような音がたくさんありますね。音があらためて鳴りはじめるまでのすこしのあいだ、ほとんどまったくの沈黙(サイレンス)がおとずれることもあります。

J:うん、そうですね。80年代の後半とか90年代のはじめのころの、ごく初期の私の作品の多くには、かなりそういうものがありました。ですが若かったのもあって、まだほかの人のやり方を真似しているだけでした。私は沈黙を真似していたわけです(笑)。じっさい当時は真似したくなるようなものがたくさんあって、たとえば(ジャチント・)シェルチ(※Giacinto Scelsi/イタリア出身の現代音楽/電子音楽家)のやっていたことなんかは、大学時代ものすごくのめりこみましたね。あとは、やはりはまっていたリュック・フェラーリ(※Luc Ferrari/フランスの現代音楽/電子音楽家)の作品の多くのなかにある沈黙の意味について、真剣に考えてみたりとか。あと当時は、ハフラー・トリオとかP-16.D4(※80年代ドイツの電子ノイズ・プロジェクト)といったわけのわからないものもありました。ですが、ああいうものを本当に理解できるようになったのは、もっとずっとあとになってからでした。沈黙というのは、ラウドな部分と同じように、強弱法の一部なんです。じっさいに何かを聴く行為のなかでは、時間というものがいろいろなことを意味するものです。そして時間は、何かしらの音が流れているよりも、沈黙のなかでこそ、決定的なかたち知覚されるものです。だから沈黙とはそのまま時間でもあるといえると思います。できることなら私としては、沈黙の使い方によって、時間の知覚のされ方を拡張したいと考えてるんです──上手い具合にドラムのフィルインが入っているのと同じようなことですね。

つまり沈黙は、作品の全体的なリズムとして機能しうるということですね。

J:そう、まさにそのとおりです。今回の作品を作るにあたって、もうひとつ何度も考えたのは、作品が「アンビエント」だからといって、あるいはパーカッションの要素とかそういったものがないからといって、そこにリズムがないわけではないということです。なので、リズムの役割とは何かとか、リズムがそれ自身を主張するにはどうしたらいいかとかといったことについても、かなり考えてみる必要がありました。沈黙というのもそういう問題の一部なんです。つまり、沈黙も音声上の句読法の一種で、カンマとか、ピリオドとか、あるいはセミコロンのようなものでありえるわけですよ。もちろんその前に何があって、そのあとに何がくるかも重要ですが、大事なのは、ピリオドやカンマのあいだにある違いに気づくことができるようになるということです。今回の作品には決定的な沈黙の瞬間がひとつあって、それはカンマとして機能しています。それともう一箇所、3つのピリオドが連続して出てくる箇所もあります。すくなくとも私としてはそんなふうに考えていますね。

今回の制作をとおして、アンビエント・ミュージックのなかにもクリシェがあると思われましたか?

J:はい、それはもう完全にあります。これは制作をはじめる前からわかっていたことでもあります。というのも、私がアンビエント・ミュージックを聴かない理由は主にそれですからね。ようするに、本当に多くのアンビエントの作品がメジャー・セブンス・コードで、ハーモニーが重要視されているものばかり──つまりどうやってそれでハーモニーを生みだすかを考えているものばかりだったわけです。あとは、メジャー・ナインスもすごく多い。パーフェクト・フィフス以外では、アンビエント・ミュージックのなかで、このふたつがハーモニーをかたちづくるもので、それをつかってどうやってハーモニーを作るかが、アンビエントの問題だというわけです! 私としてはむしろ、倍音に近いものを生みだしたかったので、ハーモニーは欲しくありませんでした。ドローン風のやり方の場合、本当に問題になるのは倍音で、ハーモニーではないからです──とはいえ、こういうことは制作を進めながらその場で気づいていったことですけどね。記憶しているかぎり、失敗したヴァージョンはすべて、このふたつが混ざりあってしまっているようなものです。一度録音が終わってしまうと、ミックスの作業のあとであらためてそれを聴いたのはマスタリングのときだけで、だから、作品がどんなふうなのかは、いまはもう忘れてしまっているところがあるんですよね。失敗したものからはとても多くのものを学びましたが、できあがったものから何か学んだかといえば、ちょっと心もとないですね。答えが見つかったというより、次の問いが見つかった感じというか。これはいつものことで、ようするに私は、答えを信じてはいないんです。ある問題の解決というのは、さらに次の問いへと続いていくべきだと思っています。

まるで特定のジャンルで制作している映画監督みたいですね。あなたは、こんなふうに選ぶわけです。「あの定型を使ってすこし遊んでみようかな。いやそれとも、いっそあの定型をめちゃくちゃにしてみるのもいいな」と。

J:それはとてもよくできた喩えですね。というのも、若いときの私は、音楽なんかよりもずっと、そういうタイプの映画監督に影響されたんですよ。いつか映画監督になりたいとずっと思っていました。ですがそれには金がかかりすぎるし、だいたいどんなふうに生きていかなきゃならないかわかってしまって、けっきょく実現はしませんでしたけどね。ロバート・アルドリッチとか、リチャード・フライシャーみたいな監督には本当に影響されました。彼らは、そうしたジャルルの定型という檻のなかに身を置いているにもかかわらず、ほんとうにいろんなことをやっているんですよ。そういうところを見るのが好きでした。ウィリアム・フリードキンなんかは、私のスーパーヒーローです。本当に好きですね。『L.A.大捜査線/狼たちの街』のような映画がジャンルの決まりごとをどう扱っているかを見ると、まったく驚くべきものがありますよ。いまでは真正面からこちらを睨みつけてくるその特大サイズのポスターを持っているほどです。さっきいった制作についての考え方は、ほかの何にもまして、本当に、映画に由来しているものなんです。とにかく映画からはいろんなアプローチの仕方を学びました。

たしかに、かなり簡潔なまとまりのなかでストーリーが語られるポップ・ミュージックと比べると、たったひとつの要素がアルバム全体にまで拡張されたようなものであるアンビエント・ミュージックは、より映画的なリズムのなかで展開していくものかもしれませんね。

J:そうですね。構造についていえば、ほかの芸術の形式と比較したとき、音楽が雄弁には伝えることのできないものとして、時間を後ろむきに扱うことが挙げられると思います。音楽が時間を変えられるとしても、それは何かしらの参照軸を作ることをとおしてのことです。音楽が形式的な構造をもってはじめて、つまり構造的な参照軸やメロディーによる参照軸をもってはじめて、それが可能になるわけです。ですがもしそれが、たんに何かを思いだされるだけなら、時間を再構成したことにはなりません。90年代の黒沢清は、この点で他の追随を許さない存在でした。たとえば『蛇の道』とか『蜘蛛の瞳』といった作品のなかで彼は、並外れたやり方で時間の問題を扱っています。ひとつのイメージに結びつけられて見られていたものを再構成し、そのなかで生まれていた時間についての知覚を再構成すること、それが彼のやり方です。そんなふうにして、たったひとつのイメージからでさえ時間についての知覚を変えてしまうのです。視覚芸術にはこうしたことが可能ですし、いうまでもなく文章を書くことでもそれは可能です。だけど、それほど雄弁な仕方でそうした問題を扱うツールが、音楽にはない。かなり不器用なかたちでしかできないんです。私が大学のころから興味をもってきたのは、そうしたことです。シュトックハウゼンとか、ああいったものについて学んでいたのも、そういう問題に興味があったからでした。一連の「モメンテ」作品を制作していたシュトックハウゼンには、つねにこの問題があった。60年代から70年代にかけて、シュトックハウゼンのような作曲家たちは、音楽のなかに時間の問題をもちこんだわけです。とはいえ、じっさい驚くような成果も生まれてはいますが、いずれにしても上手くいっているとはいえないと思います。時間の問題は、音楽というジャンルのなかでいまだに問われるべきものとしてありますし、私もそれについて多くのことを考えつづけています。そしてこの問題を定期的に思いださせてくれるのは、やはり音楽よりも映画なんですよね。


ちょっと馬鹿げた例ですが、若いとき、毎年『裸のランチ』を読んでいて、読みかえすたびに、本についてよりも自分自身について学んでいることに気づいたんです。本が変わるのではなく、自分自身が変わっているのがわかったわけです。いうまでもなく本の内容が変わることはない。書かれてることは以前から変わらないですからね。


あなたは以前、音楽を制作するにあたって、定期的に自分自身を妨げるものを生みだすんだとおっしゃっていましたね。

J:いまはかつてほどではないですね。たしかにいまより若いころは、そんなふうにすることが必要だと考えていました。なんというか、いまは自然に自分自身を失敗させることができている感じです。ことさらに意識してやっているわけではなくて、私の脳がそういうふうに働いているということですかね。若いころはそうしなければいけないと思っていたわけですが。若いころといえば、そのころはまだ制作に使ういろいろな道具がなかったじゃないですか。あれは素晴らしいことですよ。道具ばかりが増えすぎてしまうのは本当に最悪なことです。道具を持てば持つほど、できることは少なくなっていく。「ああしたものには触れずにおこう」と考えることは、それ自体具体的な制約になりますからね。じっさい、この作品に使われている楽器は3つだけです──あ、失礼、4つですね。短波ラジオを楽器と見なすなら4つです。

この作品ではどなたかとのコラボレーションはありますか? それともすべてご自分で?

J:私だけです。ドラムを入れてもらおうかという計画もあったんですが、実現はしませんでした。だから、ハードディスクのなかが、使わなかったドラム入りのヴァージョンでいっぱいになっていますよ(笑)。

いまは地方にお住いなわけですが、引っ越されたことは作品に影響を与えているのでしょうか?

J:以前より制作に集中するようになったことですね。集中力を途切れさるものがあまりないので。20代前半の感じにすごく近くなっていると思います。何日も徹夜なんてこともあるくらいで。テープ・マシンをもって部屋にひきこもって、あとはもうノンストップで作業したり。いますぐにまたやりたいかといわれたらそうでもないですが、ともかくこのところは、もう一度そんな心構えをもつことができるようになりました。これは長い間できていなかったことです。

あなたは「ジム・オルーク」という名義で幅の広い音楽をプロデュースされていますが、とくに日本では、「今回はこういうプロジェクトで、こういう感じの音なんだ」というような理解がはびこっているように思います。前に私の友人がライヴをやったんですが、終わったあとに、会場のマネージャーがこんなふうにいったんです。「うーん、これなら3つの別のバンドに分けてやるべきだな」。

J:そうですね。それはとても還元的な考え方です。そしてそういう考え方はたしかに、ほかのどこよりも日本のなかで共有されてしまっているものかもしれませんね。

以前あなたは、アーティストの仕事を、バラバラなものとしてではなく総体として考えるには、いまは厳しい時代になっているとおっしゃていましたね。

J:はい、音楽の場合はその傾向がより顕著だと思います。たとえば、誰かが「ヒッチコック」といったとします──この場合ひとは、自分の好きなひとつかふたつの映画のことをいっていて、「ヒッチコックの作品」全般についていっているわけではない。こういうことが音楽の世界で一般的なものになってしまっているんですよ。というのも、音楽の世界は、そうした社会的で政治的な考え方とはっきりと結びついているからです。でも、それをどう考えるかというよりも、何よりもまず商品として存在せざるをえないポピュラー・ミュージックの分野では、そういうふうに考えるひとはそれほど多くはありません。好きか嫌いかという話とは別に、フランク・ザッパは例外的な見られ方をしている人物ですね。だいたいいつもロック・バンドと一緒にレコードを制作していたにもかかわらず、ひとは「フランク・ザッパの作品」全体について考えています。あとは、たとえばボブ・ディランのような人物もそんなふうに考えられていますね。だけどいずれにしろ彼らは例外で、一般的にはそうではない。

では、ご自分の音楽のなかには、つねに回帰するようなテーマがあるとお考えですか?

J:まったくそう思いますね(笑)! どれも同じですよ。本当に同じことをやっているだけです。ピカソ本人だったか、別の誰かだったかが、ピカソの作品についていったことと同じです。「何度も何度も、ただ同じ絵ばかりを描いている」って。

『シンプ・ソングス』のようなアルバムと、今回の『Sleep Like It’s Winter』のようなアルバムとの関連性についてはどうお考えですか? あるいはカフカ鼾の『Nemutte』のような作品との関連についてはいかがでしょう?

J:私が作った、ということでしょうかね(笑)。冗談のように聞こえるかもしれませんが、ある意味で、その質問にたいする答えとしてはこれがベストだと思います。私がやろうとしていることのある側面が、ほかのものよりもよりはっきりと出ているということはあるかもしれませんが、いずれにしてもそれは、どのアルバムにも含まれていることだと思います。

私の聴いたかぎりでは、それぞれの作品をつなげているのは、要素が移りかわっていくときに聞こえてくる多様なレイヤーの存在ではないかと思うのですが。

J:『The Visitor』という作品は聴いてもらえましたか?

ええ。とはいえ、じつは今日はじめて聴いたのですが。

J:あの作品がたぶん、いちばん上手くいったものだと思います。いろいろ改善するべきとことはありますが、やってみたいと思っていた音楽にいちばん近いのはあれです。あれはもう全体が、いまおっしゃったような要素の移りかわりにかかわっているものですね、本当に──クレイマーなら、「あっちにいったりこっちにいったりしてどうしようもねえ!」って叫ぶところですよ(※クレイマーとは、『となりのサインフェルド』というアメリカのコメディ・ドラマでマイケル・リチャーズが演じている登場人物。彼が下着をブリーフからボクサーパンツに変えたら、陰嚢が揺れてまったく最悪だよ、というシーンから)。だけどそういう移りかわりについては、理論の上で考えるわけではないんです──つまり、「よし、このへんでちょっと雰囲気を変えてみよう」というふうに考えたりするわけじゃない──理論にもとづいたアイデアとか実践じゃなくて、じっさいにいろいろな要素を一緒にするときに、たいていの場合ああいうかたちになる、ってことなんですよ。絨毯を織るような感じですね。上手いアナロジーかどうかはわかりませんが、ようは、自分のやったことを音楽をとおして見せびらかすべきじゃない、っていうことです。全体をひとつにまとめるという部分に注目して見るなら、よくできた絨毯ていうのは、作り手の技術が、全体から受ける印象よりも悪目立ちしていないものであるべきですよね。だから、音楽制作のなかでいちばん難しいもの──それは作為を隠すことです。作為は隠されるべきです。この点は私にとって、本当に、ものすごく重要なことですね。

いまおっしゃったようなことは、ずっとあなたの制作の鍵になるものだったわけでしょうか?

J:ずっと考えていたことですね。いつからそんなふうに思うようになったのかは思いだせませんが、かなり若いころからそう考えていました。たぶん、そうですね……91年とか92年ごろ、それが生みだしているはずのもの以上に作品を過剰に飾りたてる習慣から抜けだしたころからだと思います。作為を隠すこと自体が、なくてはならない制作の一部なんです。制作の大部分は、それを隠すことにある。それを殺してしまうために命を与えなくてはならないものがあるわけです。いっている意味がわかってもらえますかね?(笑)

たしかに、最近のあなたの作品を聴く楽しみのひとつに、繰りかえし聴いているうちに、まったく別なものとして聴こえてくるということがありますね。

J:それを聞いて思いだしたことがあります。前にもいったことですが、私にとってすごく大事なことで、いまおっしゃったことに真正面から関係することです。高校生のころ、家から200ヤードくらいのところに映画館があって、毎日のようにかよっているうちに、だんだんとタダでいれてくれるようになったんです。だから本当に毎日かよっていたんですが、そんなかである日、やっぱり映画にいこうとすると、父がいうんです。「あの映画はもう観たじゃないか。なんでまた観にいくんだ?」。そこで私は答えんたです。だいたいこんな意味のことでした。「たくさんのひとが、たとえば1年とかそのくらいの月日をかけて、自分の人生をその映画を作るために捧げているんだよ。2時間でそれが全部理解できるなんてふうに考えるほど傲慢なことはないじゃないか」。映画の素晴らしいところは、たとえばこういうところです。いい映画ほど、その表面にすべてがあらわれることはない。コースのディナーみたいに、なんでもかんでも目の前に給仕してくれるわけではないわけです。見る者が自分から掘りさげる必要があるし、そういった共鳴がなければ機能しないものがそのなかにはある。これはとても大事なことだと思います。時間をかければかけるほど、共鳴する部分は増えていくんですよ。ちょっと馬鹿げた例ですが、若いとき、毎年『裸のランチ』を読んでいて、読みかえすたびに、本についてよりも自分自身について学んでいることに気づいたんです。本が変わるのではなく、自分自身が変わっているのがわかったわけです。いうまでもなく本の内容が変わることはない。書かれてることは以前から変わらないですからね。それもまた若いときの、とても印象ぶかい思い出のひとつですね。

いまのお話はきっと、何かに入りこんでいく自分なりの道を見つけるために、余白になるような部分をもっておくことが大事だという話ともいえるかもしれませんね。私の場合、ボウイに興味をもつまでにものすごく時間がかかったんですが、それは彼のことを「古典的なロック」と決めてかかってしまっていたからでした。だけどそんなレッテルは邪魔なものでしかなかった。ボウイの作品にはとても多くの入り口があって、だんだんと自分にあった入り口がわかっていったんです。

J:わかります。私の場合は、何年か前のキース・ジャレットですね。ECMは大好きで──とくに70年代のECMはずっと聴いてきたものでもあるので、もちろん彼のことは知ってはいましたし、好きだろうなとは思っていて、レコードも聴いてみるべきだと思っていました。それにいうまでもなく彼は、その世界におけるとても優れた人物で、しかもそれは、昨日今日の話ではないですからね。ですが最終的に彼のことがよくわかるようになったのは、本当にこの2、3年なんです……。

わかります。私がいいたいのは、入り口のドアはひとつじゃないということです。たくさんのドアがあって、私は自分自身のドアを見つけなくてはいけなかったわけです。

J:そうですね。きっかけになるようなひとつのドアがあるべきで、一度それを開けてしまえば、ほかのものは関係なくなってしまうんだと思います。それはちょうど……(笑)いやすみません、なんだか急にジェネシスの曲(※おそらく“The Chamber of 32 Doors”のことと思われる)のことを思いだしてしまった、申し訳ない!

ジェネシスの名前を出したからって謝ることはないですよ!

J:いえ、ジェネシスの名前を出したからといって謝るつもりはありません! 私ほどのジェネシス・ファンはそうはいないはずです──もちろん、ピーターが在籍していたころの話ですけどね。『眩惑のブロードウェイ』はいまでもずっと好きなアルバムです。それにしても、昔はジェネシスの名前を出したからって気まずい思いをすることなんてなかったんですけどね。

「ジェネシスの名前を出したからといって謝るつもりはありません!」 いい言葉です。このインタヴューを締めくくるのにぴったりかもしれませんね。どうもありがとうございました!

Marsesura / Uwalmassa / Wahono - ele-king

 ジャカルタの〈DIVISI62〉とデュッセルドルフでドントDJが主宰する〈Diskant〉傘下〈DISK〉の共同リリースとなるガムラン・テクノの4曲入りコンピレーション。ドントDJはキャリアも長く、そう簡単には紹介し切れないプロデューサーで、2016年にソロでリリースしたセカンド・アルバム『Musique Acephale』ではアシッド・ハウスやテクノにガムランを融合させることで新たに注目を浴びた存在。その彼(フローリアン・マイヤー)がその時からインスピレーションを得ていたのか、その後に育まれた縁なのかはわからないけれど、インドネシアでガムランをベースにテクノをつくっている3組をまとめて紹介するのは、ごく自然な成り行きといえる。3組とも男性なのか女性なのかもよくわからんちんですが、逸早くブルックリンのレーベル〈Maddjazz Recordings〉からヒップホップ風のトラックでデビューしていたWahonoと、その WahonoがRMPと組んだMarsesura 、そして、ここでは2曲を提供しているUwalmassaの3組がそれ。ざっくり言えばWahonoとUwalmassaが中心人物なんでしょう。コンピレーションのテーマは都会のスラムとダンドゥットと呼ばれるインドネシアの音楽、そして、シラットという武術だそうです。そう言われても何もイメージできませんが。
 まずはティンバランドのチキチキにガムランとフルートを載せたMarsesuraがオープニング。

 パーカッションだけのゆっくりとした展開から呪術的なムードはばっちしで、続くUwalmassaの“Untitled 10”ともども23スキドゥー『アーバン・ガムラン』(84)を思い出すなと言う方が無理だろう。ドントDJが持ち込んだテクノやアシッド・ハウスの要素はスパッと捨て去られ、あくまでもガムランの音だけで現代的な再構築が試みられている。Bサイドに移って”Untitled 06”ではヴォイス・サンプルも用いられ、シャックルトン式のダブステップに通じるものがあると指摘する声も(なるほど)。最後のWahonoは最も音数が多く、派手に鐘の音が叩き鳴らされる。ストイックなのに快楽的というか。
 カンとベーシック・チャンネルの出会いなどと評されたドントDJのサウンドにはガムランだけでなくアフリカのリズムも聞き取れる。「Animisme」と同時に〈DISK〉からリリースされたバンボウノウ「Parametr Perkusja Ep」はむしろアフリカ寄りで、フレンチ・フライと共にパリからベース・ミュージックの担い手として登場したバンボウノウがいつの間にかアフリカとベース・ミュージックの橋渡し役になっていることに気がつかされる。とくに“Dernier Metro”が「Animisme」に勝るとも劣らないヒプノティックなミックスを聞かせ、ドントDJとの連携にも納得がいく。

 アフリカン・ビートといえば、ラムジーがやはり強力だった。ジョン・ハッセルのレヴューで触れた「ミュージック・フロム・ザ・フォース・ワールド 1983-2017」のコンパイラーでもあるファーガス・クラークがグラスゴーで主宰する〈12th Isle〉はクルー・サーヴィスやパルタなど新たな才能の集積地となりつつあるけれど、とりわけラムジーことフィービー・ギラモトーの5作目『Pèze-Piton』はアフリカン・リズムとハウスを組み合わせたものとしてはなかなか聞き応えのあるものになっていた。名前から察するにケベックのミュージシャンなのか、彼女の叩き出すビートはやはりフランスでアフロ・ハウスを先導してきたアルビノスやブラック・ゾーン・ミス・チャント(ハイ・ウルフ)を踏まえつつ、より複雑に展開させたものに聞こえるし、ふわふわとした質感には独特のものがある。

 アフリカだけでなく、ラムジーの志向はサンバをはじめとするブラジル音楽にも向いているようで、全9曲はとてもバラエティに富んだ作品性を示している(エンディングは中華風)。あるいは80年代のリジー・メルシエ・デクローを思わせる無国籍志向と呼んだ方がいいか。少し前のリリースだけど、せっかくなので併せて紹介しておきたい。
 ドイツのバレエが精神性を重んじた観念的なものに向かい、フランスのそれが官能的な性格を帯びるように、等しくワールド・ミュージックにアプローチしても、ドイツはストイックで、フランスは楽しさを手放さないという対比も興味深いところ。

PROCARE Feat. POSHGOD - ele-king

 梅雨明けはいつになるやら。たまの晴れ間は猛暑だし、基本的にジメジメしてて陰湿な今の季節、外に出るのもおっくうになっちゃいますよね、わかりますよ。いざクラブに足を運んでも、エントランスに置いてた傘をパクられて濡れてタクシー拾うハメになるのなんてゴメンですよね、わかります。だけど、しばらくクラブで踊ってなかったり、イヤホンだけで音楽きいてもフラストレーション溜まっちゃうじゃないですか。だから本ちゃんの梅雨の期間である6月を乗り越えて7月になったらその溜まりに溜まったものを吐き出しにどこかへでかけませんか。
 7月7日、七夕の夜に開催される「PROCARE」と第された本パーティは、Anthony NaplesやButtechnoなんかを東洋化成製ヴァイナルで発売するレーベル「City-2 St. Giga」、原宿の外れに位置する刺繍屋さん「葵産業」が主催。この時点でメジャーな感じが一切香ってこないですが、それがイイですね。
 ラインナップはマイアミを拠点とするCSPGのPX$H6XDことPOSHGOD(Metro Zu! 懐かしい!)に、自称テクノおじさんことみんな大好きワンドリさん(1-Drink aka 石黒景太)、今年8月に日本をあとにするウルトラデラックスなDJ HEALTHYくん、などなど盛りだくさん。
パーティ会場では前述したPOSHGODと1-DRINKの音源を含む全12曲収録のコンピCD『PURE-FESSIONAL』がマーチャンダイズとして販売。Will DimaggioやUon、Khotinを含む全員が未発表音源を提供しているなかなかに豪華な仕様です。帯の文言、アートワークもなかなかダサくて(褒めてます)ついつい手を伸ばしちゃいそうですね。
 ここまで読んだみなさん、パーティのスローガン「安心・安定・安全」を合言葉に重くなった腰をどうにかして、この日は中目黒へ遊びにでかけましょう。

PROCARE Feat. POSHGOD
7月7日土曜日午後10:00

POSHGOD
1-DRINK
DJ HEALTHY
REFUND
KONIDANCE
KOKO MIYAGI

HIBI BLISS x POIPOI
BGKNB
VICK OKADA
NINA UTASHIRO
HIMAWARI

Venue:solfa www.nakameguro-solfa.com
Door:¥2000


PURE-FESSIONAL By PROCARE

Track List
1. Uon - door 2
2. Will DiMaggio - B (Broadcast Mix)
3. Khotin - Mornings ii (Live at New Forms)
4. 1-Drink - Untitled
5. Kareem Kool - Untitled
6. Ko Saito - Squala
7. James Massiah (DJ Escrow) - Twisted ("You're Too High To Leave Now!")
8. James Massiah (DJ Escrow) - Kane (In The Astral Plane)
9. Senmei - Okinawa
10. Konida - Jhetto Re
11. B.Y.M - ?
12. Posh-God - Untitled

試聴
https://soundcloud.com/professionalcare/sets/purefessional

ele-king vol.22 - ele-king

 この勝ち目のない戦いをどう闘っていけばいいんだ? と人は言う。もう無理なんじゃないかと。そんなときはロシアW杯の日本代表を思い出すんだ。識者のほぼ100%が負けると予想していた試合で、2度先制されながら2度追いつき、負けなかった。ドイツとスウェーデンの死闘もそうだったが、最後の最後に何が起きるかわからないというリアルを今回のW 杯は我々にまざまざと見せつけている。

 ぼくたちは音楽を聴く。20世紀後半には音楽のムーヴメントがいくつかあった。そうしたムーヴメントは世界をよりよくしたいと夢想する若者たちが起こした。ぼくたちはムーヴメントなき21世紀を生きながら音楽を聴く。細分化されたトレンドを消費することや趣味の差異化をめぐるマウンティングに高じるか、それは人の自由ではあるが、ひとつ忘れてならないのは、音楽はいまも世界をよりよくしたいと願い、そして、思考を止めていないということだ。
 音楽はいまも考えている。考えに、考えて、おそらく深く考えている。ムーヴメントがあった20世紀以上に。
 紙エレキングvol.22で、ぼくたちはいまの音楽がどれほど深く考えているのかを特集した。OPNはその代表格のひとりだ。そして、OPNやチーノ・アモービのようなアーティストの作品からは、いまどきの現代思想の潮流も引き出すことができる。だからぼくたちは、彼らのような若い世代の作品に影響を与えている思想にまで触手を伸ばしてみた。これはほんの入門編だが、日本のほかの音楽メディアでいっさい触れられていない重要なことを特集した。
 人はよく「最先端」という言葉を気軽に使うが、本当に「最先端」の意味をぼくたちは追求した。紙エレキングVOL.22、本日発売です。ぜひ読んで欲しい。

contents

巻頭写真:塩田正幸

特集1:加速するOPNとアヴァン・ポップの新局面

preface OPNに捧げる序文 (樋口恭介)
interview ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (三田格/坂本麻里子)
column 私の好きなOPN(佐々木敦、坂本麻里子、河村祐介、八木皓平、松村正人、木津毅、デンシノオト、小林拓音、野田努)

アヴァン・ポップの新局面 ※ポップに実験が必要である理由

interview レティシア・サディエール(ステレオラブ) (イアン・F・マーティン/五井健太郎)
interview ダーティ・プロジェクターズ (木津毅+小林拓音/坂本麻里子)
interview ヤン・セント・ヴァーナー(マウス・オン・マーズ) (三田格/坂本麻里子)
column ホルガー・シューカイ (松山晋也)
column ブライアン・イーノ (小林拓音)
column 坂本龍一 (細田成嗣)
column グレン・ブランカ (松村正人)
column アーサー・ラッセル (野田努)
column 「前衛」と「実験」の違いについて (松村正人)
avant-pop disc guide 40 (三田格、坂本麻里子、デンシノオト)

CUT UP informations & columns ※2018年の上半期の動向を総まとめ

HOUSE(河村祐介)/TECHNO(行松陽介)/BASS MUSIC(飯島直樹)
/HIP HOP(三田格)/POPS(野田努)/FASHION(田口悟史)
/IT(森嶋良子)/FILM(木津毅)/FOOTBALL(野田努)

特集2:アフロフューチャリズム ※黒に閉じないことの意味

column 周縁から到来する非直線系 (髙橋勇人)
interview チーノ・アモービ (髙橋勇人)
column ドレクシアの背後にあるモノ (野田努)
interview クライン (小林拓音/米澤慎太朗)
column 未来を求めて振り返る (山本昭宏)
interview 毛利嘉孝 (野田努+小林拓音)
afrofuturism disc guide 35 (野田努、小林拓音)

REGULARS ※連載!

幸福の含有量 vol. 1 (五所純子)
乱暴詩集 第7回 (水越真紀)
東京のトップ・ボーイ 第1回 (米澤慎太朗)
音楽と政治 第10回 (磯部涼)

 『IDM definitive 1958-2018』のカヴァー・イラストを担当した祟山祟の初の単行本、『恐怖の口が目女』が6月30日、おおかみ書房/リイド社から刊行される。これがまたとんでもなく意味がない、じつにバカバカしくてしょーもない恐怖漫画で、最高だ。
 祟山祟はじつは、90年代のエレキングで一時期連載をしていたこともあるという特異な男で、思春期に電気グルーヴの洗礼を受けてしまった犠牲者のひとりなのだ。『恐怖の口が目女』には、梅図かずお、車田正美、大友克洋、宮崎駿、などなどの昭和の漫画がサンプリング的というかヴェイヴァーウェイヴ的にコーラジュされている。“口が目女”をめぐるナンセンス・サスペンス・ホラーとして描かれた物語には、スピリチュアル・ジャズにも負けないぶっ飛んだエンディングが待っている。
 こんなにもこわくてくだらない漫画を描いた祟山祟、おそるべし。巻末には、彼が尊敬する天久聖一との対談もあり、です。

Amazon

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法 - ele-king

 子どもが死んだというニュースを聞いていると、よく「明るい子だった」とか「リーダー的な存在だった」という説明が続く。「毎朝、元気に挨拶をする子どもだった」とか。「目立たない子だった」とか「普通の子だった」という補足はあまり耳にしない。そういう報道を繰り返し聞いていると「暗い子ども」や「人見知りをする子ども」は死んでも可という価値観が示唆されているような気さえしてくる。しかも、それが死んだ子と同じクラスにいた子どもの耳にも入っているんじゃないかと思うと、セカンド・レイプじゃないけれど、活発でもなければリーダー的な存在でもない子には二重のダメージがあるんじゃないかとまで考えてしまう。いろんな子がいていいし、いた方がいいと思うならば、このような「理想の人間像」があるかのように表現するのはどうだろうかと。死んだ子どもがどんな子どもだったかということは少なくとも公共のニュースで報道する必要はないのではないかと。
『フロリダ・プロジェクト』を観ている間、僕は活発でリーダー的な存在のムーニー(ブッルクリン・キンバリー・プリンス)はこのままいけば絶対に犯罪者になると思って観ていた。6歳という設定のムーニーは同じモーテルで暮らす子どもたちを率いて、毎日、いろんな遊びを考え出す。草木が伸び放題になっている原っぱで。あるいは、観光客が立ち寄るアイスクリーム・ショップで、どうすれば自分にもアイスクリームを買ってもらえるかを思案する。ムーニーたちが住んでいる安モーテルの近くにはディズニーランドがある。隠れホームレス(ヒドゥン・ホームレス)と呼ばれている彼女たちは、もちろんディズニーランドには行ったことがない。アトラクションから上がる歓声なども聞こえない。それどころかひっきりなしにヘリコプターの音が聞こえ、ただでさえ悪い想像をめぐらせやすい僕はヘリコプターが彼女たちの住むモーテルに落ちてくるという結末を頭の片隅に置きながら観ることになった。子どもたちが楽しそうにしていればいるほど悪い予感しか湧き上がってこない作品なのである。薄紫色に塗られたモーテルはとても綺麗な建物に見えるし、フロリダの天気がそもそも悲惨な雰囲気からは縁遠いにもかかわらず。

 「ディズニーランドのそばに住み、しかし、その中で遊ぶことができない子どもたち」。この映画を紹介する文章は大体、そんな風に書いてある。でも、どうだろう。僕が子どもの頃、日本にはディズニーランドはなかった。築地市場の向かいにある国立がんセンターの敷地内に住んでいた僕は都内にしては自然に恵まれた場所で育ったので、子どもの頃の遊びといえばムーニーと同じようなことしかしていなかった。観光客から金をせびるということはなかったけれど、想像力だけで遊んでいたという意味ではムーニーたちとまったく同じで、それが貧しい遊びだったとは思わない。世の中には経済的に裕福でも子どもをディズニーランドには連れて行かないという方針の親もいるし、ディズニーランドで遊ぶことが上だという考え方はむしろ歪んでさえいるといえる。子どもたちは遊ぶ。ただ遊んでいる。これ以上、ストーリーの紹介をしようがない映画なので、抽象的な文章になっているのはわかっているけれど、悪い想像ばかり巡らせながら『フロリダ・プロジェクト』を最後まで観た方は、ラスト85秒で(それこそOPNが言った「ブルーカラー・シュールレアリズム」を強烈に味わい)、しかし、その時にディズニーランドが持つ意味を誤解して捉えやすく、そのせいで「ディズニーランドのそばに住み、しかし、その中で遊ぶことができない子どもたち」という否定的な表現が導かれてしまったのではないかと思う。(以下、ネタバレ)ムーニーとジャンシーはディズニーランドに「行った」のではなく、母親と引き離される社会から「脱出した」と思った方がいいのではないかと僕は思う。ディズニーランドは手の届かない場所として設定されているわけではなく、ある種のシェルターだったのだと。想像力では補えない世界に居続けることはもはや不可能で、そこから逃れられるのであればどこでも良かったのだと。ラスト85秒、観客は誰ひとりとしてムーニーの表情を観ることはない。ムーニーたちは目を丸くしていたのだろうか、それとも無表情だったのだろうか。

 この映画は半年ほど前、本サイトでも通訳などでおなじみ坂本麻里子さんに勧められた。彼女はむしろラスト85秒以外の本編がブルーカラー・シュールレアリズムだろうと言っていた。そして、管理人役のウィレム・デフォーが出てきた時に「あ、これは映画だった」ということを思い出すほど、つくりもの感がなかったという。フロリダには1秒も行ったことがないので、そこは僕にはわからないけれど、デフォーの演技を含め引き込まれ方がハンパなかったことは僕も同じである。子どもたちが逃げ回ってデフォーの足元に隠れるシーンがある。仕事の邪魔をされたデフォーは怒りもしないし、子どもたちが出て行く時に、本当に優しい表情を浮かべる。彼は必要以上に住人たちに寄り添えば、クビになりかねない立場にある。どうにかしたいけれど、何もできない。変質者めいた男がひとり出てくる以外、悪人がひとりもいないことが、この映画を本当に出口のないものにしている。
 日本では目黒で起きた幼児虐待死以降、安倍政権や日本会議が主張する家族像から離れ、必要がある場合には親子でも引き離した方が良いという議論が少しは囁かれるようになった。アメリカでは養育能力がないと判断された親から子どもが取り上げられるというテーマは何度も繰り返され、『フロリダ・プロジェクト』でも同じ結論が示されている。個人が尊重される社会というのはそうならざるを得ないし、『プレシャス』(10)や『ローズ・イン・タイドランド』(06)と同じく、あの子たちは、その後どうなったんだろうと思うばかりである。そして、この先も日本では幼児の虐待死が続くのかなあと。


Mouse On Mars - ele-king

 ボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンとザ・ナショナルのアーロン・デスナーがウィスコンシン州で主宰するフェスティヴァル〈Eaux Claires〉は、実際に行って感じたことだが、非常にDIY的な感覚で貫かれた場だ。大企業よりは地元の顔なじみの企業がスポンサーに入り、集客のためよりはミュージシャン同士の音楽的なネットワークを可視化するためにラインナップを決める。ミュージシャンシップによってジャンルを横断し、大勢の人間や価値観がひとつの場所に集うという感覚――とりわけ、ボン・イヴェールの作品や活動に貫かれているのは、この「シェア」という感覚である。いま、ヴァーノンが音楽仲間たちと取り組んでいるコレクティヴ・プロジェクトの名前はズバリ「PEOPLE」だ。
 「PEOPLE」のラインアップには、そして、ヤン・ヴァーナーとアンディ・トマの名前もある。マウス・オン・マーズのオリジナル・アルバムとしては6年ぶり、通算11作めとなる『ディメンショナル・ピープル』は、彼らが〈Eaux Claires〉に参加した経験がかなりの部分で基になっている作品だ。大勢のゲストが参加しているという点ではコンピレーション作『21アゲイン』(14)の発想を推し進めていると言えるが、同作がモードセレクターはじめ基本的にエレクトロニック・ミュージック系のネットワークを駆使していたことに比べると、『ディメンショナル・ピープル』に現れるメンツはジャンル的に非常に多彩。ボン・イヴェール、ザ・ナショナルはもちろんのこと、サム・アミドン、ベイルート、リサ・ハニガンといったインディ・ロック/フォーク勢をはじめとして、スパンク・ロックやアマンダ・ブランク、さらには超大御所ソウル・シンガーであるスワンプ・ドッグといった意外なメンツはすべて、〈Eaux Claires〉に由来している。そしてまた、コンセプトが社会主義だというのも……ボン・イヴェールが社会主義者とまでは思わないが、「民主社会主義」を繰り返し唱えていたバーニー・サンダースの演説大会の前説をヴァーノンが担当していたことを思えば、そう遠くないと言えるだろう。少なくとも、「シェア」という感覚こそが本作のもっとも重要なテーゼである。

 アルバムはそのヴァーノンが参加し、パート1~3で構成されるタイトル・トラック“Dimensional People”から始まる。ジューク/フットワークを意識したと思われるビートがせわしなく跳ねまわるが、ジューク/フットワークではない。フリージャズとダブ、アフロビートがたっぷりと注がれたすさまじくファンキーなIDMであり、それはやがてアンビエントへと姿を変えていく。このトラックがよく本作のモードを表していて、前作『パラストロフィックス』のエレクトロニックな質感に比べてオーガニックな音色とジャンルの積極的な衝突/融合が特徴だ。管弦楽器のアンサンブルや人声が要所で施され、大勢の人間がひとつの部屋にいる情景が何度も喚起される。IDMとポスト・ロックの交流に熱があった2000年前後の空気が、現代的に更新されていると言えばいいだろうか。久しぶりの〈スリル・ジョッキー〉作だというのも本作のトピックだ。
 雑多な人間によるアンサンブルという点では発想的にボン・イヴェールと共通しているのだが、やはりというか何というか、もっとも異なるのはマウス・オン・マーズらしい素っ頓狂なユーモアが張り巡らされていることである。やる気が感じられない脱力しきったアブストラクト・ヒップホップ“Foul Mouth”、カントリー・ドローンとでも呼びたくなる“Parliament Of Aliens”、パーカッシヴでつんのめるグルーヴが躍動するメタ・ファンク“Daylight”と、爆笑ではなく思わず小さく噴き出してしまう妙ちくりんなトラックが並ぶ。きめ細かさもあるが、それを崩す余裕もある。このおかしなサウンドはマウス・オン・マーズが開発したというアプリであるElastic DrumsやfluXpadが駆使されてできたものだそうだが、テクノロジーを理知的に利用するというよりは、ただおもしろがって遊んでいるといった感じだ。実際、ヴァーノンはじめ本作に参加したメンバーがアプリで遊ぶ動画がいくつか公開されているが、みんな純粋に楽しそうだ。子どものように音を変形させ、笑っている。

 紙ele-king vol.22に掲載されたヤン・ヴァーナーの発言を読めば、彼らが真剣に社会主義の発想を現代に生かせないか、と考えたことがわかる。資本や富を分かち合うこと、対話すること、多様な価値観を認め合うこと。OPNの『エイジ・オブ』がアンチ・ヒューマニズム的な見解からエレクトロニック・ミュージックの更新を(ある意味、トレンディに)目論んでいるとすれば、マウス・オン・マーズのIDMは頑なにヒューマニズムを貫こうとしている。だがそれは頑固とはほど遠い柔軟なもので、大勢の人間のアンサンブルの目標を(予定)調和に予め設定してしまうのではなく、偶発性や事故を能動的に楽しもうとする態度である。多様性とはそういうことなのだ、と。ベイルートのザック・コンドンとスワンプ・ドッグが参加したなかばドリーミーなクロージング・トラック“Sidney In A Cup”のピースフルな音の戯れを聴いていると、ここにマウス・オン・マーズの最新の理想主義が示されているように思えてくる。


TOKYO CUTTING EDGE vol.02 - ele-king

 avex内のレーベル、cutting edge主催のイヴェント『TOKYO CUTTING EDGE vol.02』に、Chim↑Pomがインスタレーションで参加する。また、TOKYO GIRLS COLLECTIONなどの会場装飾を手がけるバルーンアーティスト・Bashicoが場内のディスプレイを担当する事が発表された。
 おっと、ちなみに出演者は、長岡亮介、SHINICHI OSAWA (MONDO GROSSO)、WONKに加えて、 jan and naomi やEYEの名の加わっています。金曜日の夜の贅沢な一夜になりそう。

TOKYO CUTTING EDGE vol.02

【日時・会場】
2018年7月6日(金曜日)  LIQUIDROOM
開場/開演 24:00 ~ 終演 28:30予定

【出演】
LIVE:長岡亮介 / jan and naomi / WONK
DJ:SHINICHI OSAWA (MONDO GROSSO) / EYE (BOREDOMS) / AYASHIGE (wrench)
Installation:Chim↑Pom
Balloon Display:Bashico

【チケット】
 一般発売
 2018年5月31日(木)10:00~
 Yahoo!チケット https://r.y-tickets.jp/tce1802
 チケットぴあ https://w.pia.jp/t/tokyocuttingedge/
 イープラス https://eplus.jp/tce2/
 ローソンチケット https://l-tike.com/tokyocuttingedge02-lawson/


*年齢制限
 ※本公演は深夜公演のため20歳未満の方のご入場はお断り致します。 本人及び年齢確認のため、ご入場時に顔写真付きの身分証明書(免許書/パスポート/顔写真付き住民基本台帳カード/顔写真付きマイナンバーカード/在留カード/特別永住者証明書/顔写真付き社員証/顔写真付き学生証)をご提示いただきます。身分証をご提示頂けない場合は、前売りチケットをお持ちの方でもご入場頂けませんのでご注意下さい。
※全てコピー・画像及び期限切れは不可。
※身分証をご掲示頂けず、ご入場出来ない場合であっても、チケット代の払い戻しは一切致しません。
https://cuttingedge-tokyo.jp/
info
LIQUIDROOM 03(5464)0800

COSMIC TEMPLE - ele-king

最高にクールなリズム・セクションを紹介させてくれ。
ジャズ、テクノ、ダブ、ヒップホップ、なにを載せてもびくともせず、猛烈に疾走するグルーヴ・エンジン。
窓の外には一瞬先の未来がかいま見える。

扉が開いた。なにかを掘り当てちゃった感じがする。
コズミック・テンプルのふたりがどうやってこの扉を開く鍵を見つけたのかはわからない。
だが、彼らはおのれの力で鍵を探り当て、扉を開いた。
とめどなく奔流のように流れるクリエイティヴなエネルギー。

クリエイションとは一瞬先の未来をかいま見ること。
すべては人生のすべてを賭けた壮大な洒落でもあり真剣勝負でもある。

心の奥深いところに入ってきてスイッチを入れてくれる。
自分のなかにまだ美しいものがたくさんあったなって気づかせてくれる。

コズミック・テンプル!

色即是空、空即是色。
お釈迦様も須弥山のサイファーでスティック片手にウインクしてるぜ、きっと。
(春日正信)

quasimodeのリズム・セクション、須長和広と今泉総之輔による「コズミック・テンプル」が7月4日に1stアルバム『TEMPLE and TREE means like a COSMIC』をリリースします。
6月26日にはApple MusicとSpotifyでアルバム先行配信開始。同日、渋谷Milky wayでライヴを行います。

Apple Music
https://itunes.apple.com/jp/album/1393926634

■リンク(Spotify)
Spotify

■配信ライヴ情報
7月4日のリリース当日には、全世界に向けてライヴ中継を配信します。

■アルバム情報

COSMIC TEMPLE
TEMPLE and TREE means like a COSMIC
Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXGS4N3

interview with Jim O’Rourke - ele-king


Jim O'Rourke
sleep like it’s winter

NEWHERE MUSIC

Amazon

Writing about a musician like Jim O’Rourke is always a challenge. His work is rarely what it seems to be on the surface, its mechanisms carefully concealed so that how it works on you as a listener is the result of an almost invisible creative process. A huge amount of complexity and musical intelligence underscores music that feels completely natural and even obvious, as if it’s always existed. If his creative approach includes a strong element of academic discipline, his finished music nonetheless has a lot of heart.
On O’Rourke’s previous relatively high-profile release, his unexpected 2015 return to something like rock songwriting with Simple Songs, instantly familiar-sounding rock hooks would merge imperceptably into completely unexpected musical territory without you ever noticing how you’d travelled. His latest album, Sleep Like It’s Winter, released from the new, ambient-focused NEWHERE label, sees him in a radically a different sonic landscape again, with an icy, uneasy, breathtakingly beautiful 45-minute instrumental track.
Between Simple Songs and Sleep Like It’s Winter lie twenty-two separate releases in O’Rourke’s Steamroom series, which he puts out at a rate of about one every couple of months from his Bandcamp page. While some of these releases are old tracks deemed worthy of exhuming from his archives, this rapid flow of releases may also include something for those of us hoping to find clues as to his working. Certainly some of the Steamroom releases that most immediately preceded Sleep Like It’s Winter share similarities.
None of them are quite as richly layered and textured though, and while ambient music is almost by definition music that defies analysis, working primarily on the fringes of consciousness, Sleep Like It’s Winter at the same time feels like a very conscious album, full of ideas and revealing something new on every listen.

I mean, most people would say Eno. Actually it would go back to Michael Nyman’s book Experimental Music: Cage and Beyond. It’s a great, important book that I read when I was in high school.

I:
I always find it a bit difficult to talk about music that often gets described as ambient or drone…

J:
Right, well, the fact that they even asked me to make an ambient record for them, that’s why I decided to take the challenge. I didn’t set out to make an ambient record but it’s sort of about making an ambient record more than it’s an ambient record (laughing) you know? Pretty much everything I do is about what it is as opposed to being it.

I:
You’ve said before something along the lines of that you approach making music in a way kind of like a critic.

J:
Yeah, I don’t make music ‘cause I enjoy it. (Laughs) Yeah, I have said something like that. I’m not comparing myself to him but when I was young I read this quote from Godard where he said, “The best way to critique a film is to make another film,” and that stuck with me since I luckily read that as a young boy. That’s fundamental to how I work.

I:
How long did this new album take?

J:
That took about two years.

I:
Were you still living in Tokyo when you started work on it?

J:
I was still in Tokyo, yes, when they first asked me. But there was also a lot of extraneous work around that time also because I was moving. So the first six months of working on it was probably more thinking than actually putting anything down. Just thinking about what the hell that term “ambient” meant, and it means different things to different generations. At the beginning, when they asked me, it was like “We’re starting an ambient label,” and I was like, “Okay…” (laughs) Just making any record in terms of “make a record in this genre” is anathema to me, but I decided to do it because it was such a revolting idea! (Laughs) Not that I dislike ambient music – I don’t mean that. That’s just not the way I think when I make things, so it was such a bizarre proposal that I decided to do it.

I:
For ambient music what is your first natural frame of reference?

J:
I mean, most people would say Eno. Actually it would go back to Michael Nyman’s book Experimental Music: Cage and Beyond. It’s a great, important book that I read when I was in high school. There’s a bit about Eno in there talking about, and (Eno) didn’t use the word “ambient” yet, he refers (Erik) Satie’s idea of “furniture music”. And it might be on the back of his Discreet Music record, which was a big deal for me when I was a kid, because on the back of the record it’s all just him talking about these ideas and there’s also diagrams of technically how he made the music. When I think of ambient music I don’t necessarily think of Eno because Eno’s actual ambient music, when he moved on, you know those “Ambient” records, I actually don’t like those very much – no disrespect to him, but it’s just not my cup of tea. In a way I like Satie’s definition of it more: that it’s “furniture music”, that it’s like BGM: it’s not something that’s meant to be listened to with the active mind, which implies that you’re not following the formal structure of what’s going on. So it’s a sort of shift of standpoint that means “ambient” to me. For me, in making this record, the most important thing was, “Where is a line where you decide to give up on formal structures completely?” and, “Where is a line where formal structures can still be perceived but they’re not being shouted at you?”

I:
Speaking of formal structures, going back to Eno, he often seems interested in the idea of taking the musician completely out of the music

J:
For me, in that way of thinking of music, which I’ve been moving towards my entire life slowly but surely (laughs), Roland Kayn was the biggest guy for me. Someone could call his music ambient but it’s way too aggressive for that. The idea of his music is you create the system and then you just let it go. The challenge is how can you create a system that still represents the ideas even though you’ve let it go. If you look at some of the last decade or so of Cage’s scores, like the number pieces, they create these systems. These later Number Pieces of his are really interesting because, if you do them correctly, they’re really constraining even though they don’t seem to be. Whereas someone like Kayn and what Brian Eno were doing, especially in the 70’s, they still want a result but they want to be hands off about it.

I:
For those of us listening to you, it’s almost like we get to hear you, well not in real time but now it almost feels like every couple of months there’s a new thing on Bandcamp

J:
Yeah, Bandcamp is one of the few things the internet has created that I really like. I do like that it’s just there for the fifty people who want it and nothing else gets attached to it. Everything that comes with releasing records, if I have nothing to do with it that’s the happiest I could possibly be. For me, you’ve got to understand, once it’s done it’s done: I’m already gone.

I:
Did your work on those releases inform your work on this new album?

J:
I think one or two might have been failed versions. (Laughs) I mean the Bandcamp stuff, honestly it’s for the 50 or 80 people out there who want to hear that stuff. It’s just being able to be, “Here, you guys want this: go ahead.” Not that I don’t put as much work into those things. For every Bandcamp work I put up, there’s like 80 failed Bandcamp things.

I:
In Sleep Like it’s Winter, there are a lot of sounds that are happening just on the edge of hearing, where it drops to near silence for a while before the sounds build back up again.

J:
Yeah, that’s true. A lot of my really early stuff in the late ’80’s, early ’90’s was a lot of that but I think, because I was young, I was still in the mode of imitating people. I was imitating silence (laughs) because there’s a lot of that, especially in (Giaconto) Scelsi’s music, which I was really really into when I was in college. And I really appreciated the amount of silence in a lot of Luc Ferrari’s work, which I was also really really into.
Also, at that time, things like the Hafler Trio, P-16 D4a, blah blah blah, but I don’t think I really understood how to use that until later in life. Because silence is just as much a part of the dynamic as something loud. In the act of actually listening to something, time means a lot and silence is also time because you perceive time differently in silence than time with sound. Hopefully, the use of silence stretches your perception of time – it’s the same thing as having a good drum fill or something.

[[SplitPage]]

Well, in terms of structure, the one thing that music can’t really do eloquently, like the other art forms, is deal with time backwards. Music can really only change time by making reference, and that can only be done if the music has a formal structure because you’re making structural reference or a melodic reference.

I:
So silence can be a function of the overall rhythm of the piece.

J:
Right, yes, exactly, yeah. Another thing I had to think about a lot when making this record is the idea that just because the music is “ambient” and doesn’t have percussion elements or whatever, that doesn’t mean it doesn’t have a rhythm. So, what role does rhythm take in this and how does it manifest itself is also something I had to think about a lot. And silence is part of that. Silence is kind of like an audio punctuation as well and it can be a comma or it can be a period. Or a semi-colon. Of course it matters what comes before and what comes after, but you really can hear the difference between a period and a comma. There’s definitely a moment of silence on this record that’s a comma and then there’s one that’s 3 periods in a row. At least that’s the way I think of it.

I:
Did you find, while making this record that there are cliches in ambient music?

J:
Oh, there definitely are. I kind of knew them before I started this because that’s mostly the reason I don’t listen to ambient music. I mean, pretty much all ambient music is major 7th chords, so harmony was going to be a big deal – how to approach harmony with this. Major 9th is also very popular: those are the two go-to harmonies in ambient music, if it isn’t just a perfect 5th. How to deal with harmony on this! I didn’t want it to just be about the overtones, because with the drone route really you’re dealing with overtones and not dealing with harmony – that was something I knew firsthand from doing it. In my memory, all the failed versions are sort of mixed up in it. Once I’ve finished the record, the only time I’ve heard it since mixing it is to check the mastering, so I kind of forget what happens in it. I learned a lot of what it wasn’t, but I don’t know if I learned what it is. I would rather find the next question than find the answer: that’s just the way I am. I mean, I don’t really believe in answers. A solution should lead to the next question.

I:
A bit like a filmmaker working in a genre, you have a choice: “Am I going to take this convention and play with it or am I going to confound this convention?”

J:
That’s a really apt comparison for me, because those kinds of filmmakers were a much bigger influence on me than music really was when I was young. I always wanted to be a filmmaker and then I found out how expensive it is and what kind of life you have to lead so that didn’t happen. Someone like Robert Aldrich or Richard Fleischer, these kinds of filmmakers were a really big deal for me because I loved watching them do all sorts of things despite being in this supposed cage of genre convention. William Friedkin is like a superhero to me: I love William Friedkin. To Live and Die in L.A., that film is amazing in what it does with genre conventions. I have a huge poster of it staring in my face right now. My way of thinking on that stuff really comes more from film than anything else. Just it really taught me a lot about approach.

I:
I wonder as well if, compared to pop music where the story is told in a very concise nugget, ambient music, where a single piece might be stretched over an entire album, works in a more cinematic rhythm.

J:
Well, in terms of structure, the one thing that music can’t really do eloquently, like the other art forms, is deal with time backwards. Music can really only change time by making reference, and that can only be done if the music has a formal structure because you’re making structural reference or a melodic reference. And that’s really only calling back, that’s not restructuring time. Kurosawa Kiyoshi, in the ‘90s, was the king of that. He deals with time in his films in the most extraordinary manner, especially Hebi no Michi (Serpent’s Path) and Kumo no Hitomi (Eyes of the Spider). The way he restructures everything you’ve seen with just an image, and your perception of time in everything you’ve seen can change from just an image. You can do that in all the visual arts, and obviously you can do that in writing, but music doesn’t have the tools to do that in such an eloquent manner. It’s really kind of clumsy. That’s something that’s always fascinated me since college, because when I was in college and studying all the Stockhausen and all that shit, that was the stuff I was really interested in. There’s this whole period of Stockhausen doing these “moment works”. I mean, the 60s and 70s was when all those guys were trying to address the problem of time in music, and the fact that they did is awesome, but it was really kinda hamfisted. It’s still a problem in music and that’s the thing I think about a lot, and film is the thing that reminds me of that constantly, more so than music does.

I:
You’ve mentioned before constantly creating roadblocks for yourself in the creation of your music.

J:
I don’t think I do that as much as I used to. When I was younger I think I needed to. I think now I sort of trip myself up naturally. I don’t even consciously do that: its just the way my brain works. I think when I was younger I had to do that. And also, when you’re younger, when you have no gear or anything, that’s a great thing, you know? Having too much gear is one of the worst things in the world. The more gear you have, the less you do. That’s a concrete restriction that you’ve got to think about, “I’m not even gonna touch any of that stuff”. There’s only three instruments on this record – no, four, sorry, if you count a short-wave radio as an instrument.

I:
Were you working with any collaborators on this record or is it all you?

J:
Yeah, it’s just me. There was one version that was going to have drums on it but it didn’t work. So there’s a hard-drive full of this stuff with drums on it that will rust away (laughs).

I:
You’re living in the countryside now. Since moving there has that impacted the way you work.

J:
I just get to work more. There’s not much distraction at all. It’s the closest to when I was in my early twenties, really. I mean, I wouldn’t sleep for days at a time: I’d really be in my room with my tape machine and just doing that non-stop. That’s not something I’d want to do now, but I can get to that frame of mind again, which is something I haven’t been able to do for a long long time.

I:
You produce a wide range of music under the name of “Jim O’Rourke”, but there’s often this sense, particularly in Japan, that “this is what this project is and this is what it sounds like”. I remember a friend of mine was playing a show and at the end the manager of the venue commented, “Yeah, that should be three different bands, what you played there”

J:
Yeah, that’s a very reductive way of thinking. I think it is more common here than anywhere else.

I:
You’ve spoken in the past that people have a hard time considering an artist’s work as a whole rather than each thing discretely.

J:
Right, I think that’s more common in music. I mean, you say “Hitchcock “ – people might mention a film or two as their favourites but they’re generally thinking “the work of Hitchcock”. But it is true in music; you would think of “the works of Morton Feldman” but that’s because that world of music does tie into that socio-political way of thinking. But in terms of popular music that really has more to do with commodity than a way of thinking, there really aren’t that many people who approach it that way. Whether you like him or not, Frank Zappa is someone who could be seen as an exception to that: people generally think of “the work of Frank Zappa”, although he was generally making records with a rock band. People think that way about someone like Bob Dylan. So there are exceptions, but in general there aren’t.

I:
Do you feel there are themes that keep coming back in your music?

J:
Oh God, yeah! (Laughs) It’s all the same thing. They’re all the same thing really. I mean, I think it’s something Picasso said or someone said it about Picasso: “You’re really just making the same painting over and over again.”

One silly example, I remember when I was younger, I would read Naked Lunch every year, and I noticed that every year I re-read it, I learned more about me than I did about the book. Because I saw more of how I had changed, in that time, than the book had changed. Because the book, of course, hadn’t changed at all: it’s always been there.


Jim O'Rourke
sleep like it’s winter

NEWHERE MUSIC

Amazon

I: What do you think links an album like Simple Songs to and album like Sleep Like it’s Winter or maybe Kafka’s Ibiki’s Nemutte?

J:
I guess I would say it’s that I made them. (Laughs) It sounds like a joke, but in a way I think that’s really kind of the best answer. Certain aspects of what I’m trying to do come out stronger on some things more than others. But they’re kind of all there on all of them.

I:
One thing that connects them, when I listen to them, is that I hear multiple layers to the way things transition on your records.

J:
I don’t know if you’ve heard this record I did called The Visitor.

I:
Yeah, I was listening to that today, actually.

J:
I mean, that’s probably the closest I’ve ever gotten. It still has lots of problems, but that’s the closest ever to sort of doing what I wish the music would do. And that’s really all about the transitions, really – the flipping and the flopping, as Kramer would say. I don’t think in the abstract about the transitions – I don’t think “OK, now I’m going to make this kind of transition,” – it’s not an abstract idea or an exercise, but that really is a big part of how I put things together. It’s like weaving a rug. I don’t know if that’s an apt analogy, but you don’t want the work put into the music to show. The best rug you ever saw, if you look at the way it’s put together, that work never overshadows the overall effect, hopefully. That’s the hardest thing, I think, in making music - to hide the work. You’ve gotta hide it. That’s really really important to me.

I:
Has that always been a key part of your approach?

J:
It’s always been there. I’m trying to think of where I learned that lesson, but I know I learned it very young. Definitely since like… it was like ’91, ’92 where I got out of the habit of highlighting the work more than what the work was supposed to produce.
That’s kind of part and parcel of how I work. A big percentage of the work is in hiding the work: it needs to live once you’ve killed it, you know what I mean? (Laughs)

I:
Part of the fun of listening to some of your recent records was that on multiple listens, it continues to fundamentally change.

J:
You’ve reminded me. I know I’ve said this before, but this was a big deal for me and it relates 100% to this. When I was in high school there was a movie theatre within like two hundred yards of our house and, because I would go there every day, they eventually just let me go in for free. So I was going there every day. And one day I was going there to go see a movie and my father said, “You saw that movie already, why are you going to see it?” and I remember saying to him, something to the effect of, “All of these people put like a year of their lives into making this movie. How arrogant would it be for me to think I could understand it all in two hours?” That was one of the things I really love about film: that good films didn’t have it all out there on the surface like somebody serving you a whatever course dinner. You had to dig in, and some things don’t work without that resonance, that’s very important, ‘cause time equals resonance, you know? One silly example, I remember when I was younger, I would read Naked Lunch every year, and I noticed that every year I re-read it, I learned more about me than I did about the book. Because I saw more of how I had changed, in that time, than the book had changed. Because the book, of course, hadn’t changed at all: it’s always been there. So that was also kind of a profound thing for me when I was a young ‘un.

I:
Perhaps there’s also this idea of having the space to find you way into something. It took me forever to get into Bowie because at first I thought it was “classic rock”, which just had so much baggage attached to it. But because there were so many entry-points into his work I eventually found one that worked for me.

J:
I can understand that. I had that a few years ago with Keith Jarrett. He was someone I knew I was supposed to like and I should have ‘cause I love ECM –70s ECM, the stuff I grew up on. And of course, he’s like a towering figure in that world and it took a long long time. It’s really only in the past two or three years that I finally cracked the code with him.

I:
I can understand that. I guess the point for me is that there wasn’t a single door. There were multiple doors in and I had to find mine.

J:
Right. Well I think there has to be like one initial door and when you open that door there’s all the other doors. Just like… (Laughs) I immediately thought of Genesis, sorry!

I:
You don’t have to apologize for Genesis!

J:
Oh, I will never apologise for Genesis! You’re never going to find a more hardcore Genesis fan than me – Peter era, of course. The Lamb Lies Down on Broadway is my favourite album of all time. But, you know, Genesis wasn’t embarrassing when I was growing up.

I:
Maybe “I will never apologise for Genesis!” is a good sentiment to end on. Thanks!

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026