東京滞在フランス人2人に創始された〈Jazzy Couscous〉の初リリースが発表されました。〈Jazzy Couscous〉のコアメンバーは、AlixkunとKlodioです。
Alixkunは、もうみなさまにはお馴染みですね。ハウスや和物DJであり、ele-kingのライターであり、『House Definitive』にも寄稿しています。はっきり言って、日本の中古市場においてジャパニーズ・ハウスの値を上げたひとりです。余計なことしないで欲しいです。DOMMUNEにも90年代和ハウスのDJミックスで出演したことがあります。
Klodioはハウスシーンの新プロデューサーであり、デトロイト・ハウス、ジャズ、ソウル、とにかく黒い音に影響されたプロデューサーです。今回の「Toktroit」EPでは、彼の影響元であるデトロイトと東京の雰囲気を交えて、ソウルフールなバイブを提供しています。ele-kingとしては、初期URハウスの色も多少あって、ハイウェイでフールスピードなナイトドライブをイメージした“First Car”と“Futako Tamagawa”がおすすめです!
今後Hugo LX, Brawther、寺田創一などの曲もリリースされる予定です。Toktroit EPは4月10日リリースされます。ヨロシクね。
「K Á R Y Y Nã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
水滴のような電子音楽。〈ラスター・ノートン〉からリリースされたダーシャ・ラッシュのアルバムを聴いたとき、そのようなことを感じた。彼女はロシア人のエレクトロニクス・ミュージックのプロデューサーである。モスクワで育ち、現在、フランスで暮らしている。同時に世界中を飛び回る人気DJでもある。
ダーシャ・ラッシュのサウンド・コンポジションは、ダンス・ミュージックとエクスペリメンタル・ミュージックの境界線を曖昧にする。このアルバムも同様だ。聴く人をはぐらかし、夢の回廊へと誘うサウンドが16曲も収録されている。音の光と音の水滴を、その肌に感じさせてくれる音楽/音響とでもいうべきか。ロシアで水とくれば、どこかタルコフスキー的なイメージだが、ことはそう安易ではない。聴くことと無意識が混然一体となり、イメージとサウンドが融解する。そんなリスニング体験が本作にはあるのだ。
まずはダーシャ・ラッシュの音楽的経歴を振り返っておこう。最初の公式リリースは2004年に自身のレーベル〈ハンガー・トゥー・クリエイト〉から発表した12インチ・シングル「アンタイトルド・ハンガー」である。2004年暮れには、ダンス・ミュージックにフォーカスを当てた〈フルパンダ〉を〈ハンガー・トゥー・クリエイト〉のサブ・レーベルとして設立。同レーベルから2005年に12インチ・シングル「フルパンダ」を、2006年にファースト・アルバム『フォームス・アイント・フォーマット』をリリースした。いくつかのシングル・リリースを挟み、2009年に〈ハンガー・トゥー・クリエイト〉からセカンド・アルバム『アイ・ラン・アイロン・アイ・ラン・アイロニック』を発表。どの作品もテクノの機能性とエクスペリメンタルな音響処理が融合した作品であった。
ダーシャ・ラッシュのルーツはテクノにあるという。じじつ彼女は、世界中で人気DJとして活躍している(日本のドミューンでも見事なプレイを披露したことを覚えている人も多いはず)。12インチ・シングルのリリースも活発である。しかし、その音が機能的なダンス・ミュージックのクリシェに陥っていない点が重要なのだ。トラックの中心が水の流れのように流れ、はぐらかされ(歯車の流れを内側から変えていくように)、音の深層は官能的な表面性へと転換される(音のカーテンに触れているように)。リズムとサウンドは構造的に分断せずに空気のように融解していくのだ。それはビートの効いたトラックでも、エクスペリメンタルな作風の曲も変わらない彼女の強い個性に思える。
近年でもLars Hemmerlingとのユニット・ラダ(LADA)においては、ダーク・アンビエントな音を展開し、〈ソニック・グルーヴ〉や〈ディープ・サウンド・チャンネル〉からリリースされたソロ・シングルでは、インダストリアル/アンビエントなトラックをリリースしている。
2015年にネット上にアップされている彼女のスタジオ・ライヴを観てみよう。テクノを基調にしつつも、そのアンビンエンスな音響美学にさらに磨きがかかっているのがわかるはずだ。
そして、〈ラスター・ノートン〉からリリースされた待望の新作は、エクスペリメンタルな作風とレーベル・カラーのマリアージュが実現している傑作に仕上がっている。これまでのアルバムやトラック以上にテクノ的機能性は控えめで、サウンド・デザイナー、ダーシャ・ラッシュの個性が全面に出ているのだ。アルバムのテーマは不眠と眠りがテーマという。CD盤には豪華なブックレットが付属され、そこにダーシャによる世界各地の写真に詩が添えられている。音とヴィジュアルと言葉によって、自身のアートや思想を表現しているように思える。
同時に、これほどに音の温度・色彩・光の濃度が変化していくような不定形な感覚に満ちた音楽も稀だ。ピアノ、ビート、電子音、微かなノイズ、アンビエント、そして彼女のポエトリー・リーディングなどが霧のように交錯し、不可思議な浮遊感を漂わせている。何回聴いても聴ききった気がしない。夢に宙吊りにされる感覚。それゆえ思わず繰り返し聴いてしまう悦楽。
最初に書いたように、そのサウンドは水滴のようだ。ピアノのアルペジオもビートも電子音のアンビエンスも滴り落ちる水滴のように透明で不安定な優雅さがある。また、深海から光を見上げるような感覚もある。さらにはビートには、闇の中のバレエのステップのようなリズムも感じる。
私は、そんな彼女の音を聴いていると20世紀初頭の芸術運動を想起してしまう。ダーシャ・ラッシュは形式の安定性を揺るがし、言葉や表現の意味をずらしていく。そうしてフォームとフォームを結合させていく。ダダ、未来派、シュールリアリズムのように。じっさいダーシャ・ラッシュは教会や劇場などでジャンルを越境するようなコンサートのプレゼンテーションを行っているという。本作のために作られたティーザー映像にもどこか無声映画時代の映像を感じる。
2015年。20世紀が終わり、21世紀に突入し、既に15年が経過した。いよいよもって20世紀的な経済構造や社会構造が限界と終局を迎えつつある時代である。それは終わりの始まりの時代といえる。
インダストリアル/テクノ以降のエクスペリメンタル・ミュージックは、そのような時代の無意識を敏感に察知し、20世紀初頭のモダニズムへと回帰している。それが円環的な回帰なのか、終局の反復なのかはわからないが、20世紀の総括を無意識に求めているという点は事実だろう。世界中でリミテッド・リリースされているエクスペリメンタル・ミュージックは、その無意識を敏感に察知している。たとえば、〈エントラクト〉からリリースされているカフカの病床での手紙やメモを即興演奏で音響化したジョセフ・クレイトン・ミルズ『ザ・ペイシェント』は、カフカと即興演奏を接続させていくことで、ドイツ/文学/無声映画/音響と20世紀の芸術の歴史を越境させている傑作であった。また。AGFのエレクトロニクス・ミュージックにおけるダダイズム的な旺盛創作なども例に上げていいだろう。もちろんアンディ・ストット=〈モダン・ラヴ〉のサウンド/ヴィジュアル運動も、である。
ダーシャ・ラッシュの新作も同様だ。彼女はシュールリアリズム的なイメージを援用することで、20世紀の芸術運動を21世紀の音楽に内包させている。これは反復やノスタルジアではない(じじつ、だれもその時代に生きていたわけではない)。文化・芸術を、ここで総括させるという無意識の発露であり、終わりからの始まりを示す重要な兆候といえる。そしてその本質にあるのは不安の発露だ(彼女は形式の円滑な作動を内側から優雅に壊す)。このダーシャ・ラッシュの新作は、そんな私たちの無意識=不安に作用するアルバムなのである。だからこそ水滴のような音で私たちの不眠と夢の領域を曖昧にするのだ。睡眠へのステップ。不安。闇。光。水滴。まさに夢の回廊のような稀有な作品である。
「雑草は、静かにその庭に乱入するのだ」
ジャック・ラザム
彼らがあらかじめ悲観的だったことを君がまだわからないと言うのなら、僕は君の首根っこをつかまえて、目の前にOPNの『レプリカ』のジャケを叩きつけてあげよう。終わりなき複製空間のなかで君が手にした鏡に映る骸骨こそ、そう、君自身の姿だ。2012年にジャック・ラザムがジャム・シティ名義で発表した『Classical Curve』を思い出して欲しい。君はあのとき、J.G.バラードの小説の主人公のように、都会の夜の、大企業のビルの巨大なエントランスのぶ厚いガラスにバイクごと突っ込んだ。中庭の植物が暗闇のなかの不気味な生き物のように見える。ジャンクメール、ジャンクフード、ジャンクワールド、ジャンク・ミュージック……カーテンを閉めて無料のオンライン・ポルノ動画を見ている、ピンク色の空の下……
エレキングのvol.16の巻頭ページに、僕はどうしてもジャック・ラザムの最新写真を載せなければならなかった。トレンチコートを着て、彼は墓場の真ん中につっ立っている。いわばゴスだ。コートには、彼自身の手製のパッチワークが見える。腕には「 LOVE IS RESISTANCE(愛は抵抗)」という言葉が巻かれている。胸には「PROTEST & SURVIVE(抗議して生き残れ)」と書かれている。僕は思わず笑ってしまった。
笑って、そして押し黙ったまま、ジャム・シティのセカンド・アルバムを聴き続けた。タイトルは『庭を夢見る』。ヒプナゴジックなイントロダクションを経て、ノイズとビートとシンセ音と、アンビエントとベースと、さまざまなものが混じり合い、やがてラザムの物憂げな歌が入って来る。
この世界には狼が入り込んでいて
その牙を午後の布団カバーに食い込ませてる
でもこれは彼には初めてのことじゃない
“A Walk Down Chapel”
チルウェイヴと呼ばれるものもインダストリアルと呼ばれるものも、逃避主義であることに変わりはない。ダーク・サウンドもまた然り。EDMも、テクノも、ハウスも、ダブステップも、ダンスを通じてエクスタシーを得るという体験においては同じものであるように。
もともとポップ・ミュージックそれ自体が夢の劇場だ。過酷な現実から逃れたいがために人は音楽を聴く。それを政治的無関心と括るのは乱暴だろう。
『庭を夢見る』は、そういう意味で掟破りの1枚だ。ここには、逃避でも快楽でもなく、「ステイトメント」がある。それはパンク・アティチュードと呼ばれうるものかもしれない。『Classical Curve』は音響/ビートの作品だったが、ラザムは今作においてそこに言葉と歌を加えている。
それが望まれたものだったのかどうかはわからない。バイクごと突っ込まれて粉々になったガラスのように、衝突して、砕け散ったUKガラージの、インダストリアル・シンセ・ファンクを期待していたかもしれない。『庭を夢見る』はクラブ・フレンドリーなアルバムとは言えない。
しかし、ここには望みはしなかったが逃れがたい感動があるのだ。
歌のなかでラザムは「僕らはアンハッピー(不幸)なのか?」と繰り返す。vol.16のインタヴューで、「これはファレル・ウィリアムスの“ハッピー”への回答なのか」という問いに対して、「そうではない」と彼は答えた。そう捉えてもかまわないけど、僕はファレルが大好きだとラザムは語っている(このインタヴュー記事はぜひ読んでいただきたい。階級社会について、ブレイディみかこと同じ意見を彼は述べている)。
アルバムは、しかしアンハッピーではない。僕の大きな間違いは、ビートインクからコメントを急かされたとき、深く聴き込みもせずに、これを「メランコリー」などと表現してしまったことだ。
少し前まで僕はコンピュータを操る子供だった
“Today”
ハイパー大量消費社会がディストピアにしか見えなくなったとき、ドリーム・ポップと政治的抗議は、不可分になりうるのだろうか。チルウェイヴと路上での直接行動は適合しうるのだろうか。部屋のカーテンに火をともせと彼は歌う。矛盾を受け入れろ。アルバムの言葉は彼と同世代、つまり若者に向けられている。“Crisis”は、おそらく4年前の暴動に関する歌だ。
君はマイ・ガール
君を破壊者と呼ぶ人もいるだろう
だけど悲しみだけじゃ君は満足できないんだ
“Crisis”
シニシズムというものがここにはない。望みはしなかったが逃れがたい感動と僕は先述したが、アホみたいな言葉に言い換えれば、それは彼の純真さである。僕がぼんやりとしている間に、こうして君は、空からひとつそしてまたひとつ星が消えていくことを知った。壊されて、砕け散ったコンクリートがジャケットの上に散らかっている。何を取り戻すべきかは、ラザムにはわかっている。庭だ。美しい心が絶え間なく悲鳴を上げている。星々が消えていくのを見るためだけに生きているのではないと、この夢想家は歌っている。このアルバムは新しい商品ではない。論理的なネクストだ。
庭を夢見る──なんて暗示的なタイトルだろう。
![]() Wedding Mistakes Virgin Road |
音楽をやることがけっしてイケてることにはならない時代に、それはむしろ本来的な自由さを取り戻しているともいえるかもしれない。格好よかろうが悪かろうが、カネになろうがなるまいが、やりたいからやるというあり方がデフォルトになった世界のほうが、音楽に多様性を生むという意味ではすぐれている。音楽不況というが、それは旧来的な産業システムにおける話であって、いまインディの層はかつてなく豊かだと言うこともできる。
音楽の自由さを広げている要素はそればかりではない。情報環境の変化もある。ここに登場するような彼らにとって、そもそもアルバムをつくるということは盤をプレスすることではなくなっている。いまとなっては目新しいことではないが、彼らが「ファーストが出て……」などと語るときの「出る」というのは、ネット上にまとまった音源がアップされるというだけのことだ。それが「ジャケ」を持ったアルバム作品として当然のように認識されるようになったのが2000年代なかば、いわゆる「ネットレーベル」の流行以降。なんら資本の影響を受けることなく、かつレーベルというかたちを通してキュレーションされることで、シーンをもつくり得る力を持った作品たちが山のように登場し、主役になる時代の幕開けである。そして、それこそがThe Wedding Mistakesたちが生まれてきた場所でもある。MiiiとLASTorder、それぞれ独立してキャリアを持つふたりのプロデューサーによって結成されたこのユニットの背景には、ネットレーベルの風雲児たる〈Maltine Records(マルチネ・レコーズ)〉などの存在がある。同レーベルの古参であるMiiiはもちろんだが、今作のアートワークを手掛けたおじぎちゃん(セーラーかんな子とのDJユニット、ぇゎモゐとしても活動)を彼らに結びつけたのも〈マルチネ〉のtomadだという。そして、すこし離れたシーンで活動しながらも、それらに寄せるシンパシーはLASTorderも変わらない。社会全体としていい時代かどうか知らないけれど、世知辛くはあっても音楽的には二重に自由な環境を彼らはのびのびと泳いでまわっている。
配信のみで昨年発表されたThe Wedding Mistakesのアルバム『Virgin Road』がフィジカル・リリースされた。そう、商業性のあるステージやフィジカルが流通する場所との行き来も自由である。インタヴュー中、ふたりの口から洩れた「逆にっていうのが嫌い」という考え方が印象的だった。過剰な情報空間において、メタなふるまいによってではなくまっすぐに喜びを得たいという気持ちには、切実に共感を抱く。ポスト・インターネットの感性だからこそつかめる純真さが、そこには顔をのぞかせている。Miiiのギークなブレイクコア、LASTorderの正統派にして抒情系の「ニカ」、音楽的にはさまざまな対照を持っているが、彼らはそうした地平に生まれたドリーミーなミュータントとして、ミューテイトするウエディングとして、明るい音響を築き上げている。
インタヴューのラストでティーザー音源をお聴きいただけます
■The Wedding Mistakes / ウエディング・ミステイクス
MiiiとLASTorderにより2013年に結成されたユニット。2014年11月にリリースされたデビュー作「Midnight Searchlight EP」はiTuensエレクトロニックチャート1位を記録。2015年2月にファースト・アルバム『Virgin Road』をリリース。
https://theweddingmistakes.com/virginroad/
LASTorder
2013年に発表したファースト・アルバム『Bliss in the loss』はタワーレコードでも大きく展開されロングセラーを記録。今年の7月には〈PROGRESSIVE FOrM〉よりセカンド・アルバム『Allure』をリリース。数々のリミックス制作も行う。
Miii
10代から楽曲制作を行い、〈Maltine Records〉の古参としてイベントには毎回出演、2枚のソロ作品を残す。日本屈指のハードコア/ベースミュージック・レーベル〈Murder Channel〉からファースト・アルバムを6月にリリース。東京女子流、夢見ねむ(でんぱ組inc.)等の公式リミックスも手がける。
中学生くらいのときは、ちょうどミクシィとかが出はじめたときだったんですよ。ミクシィはミクシィ・レヴューっていうのがあって。(Miii)
■(『ele-king vol.15』を差し出しながら)お若いおふたりですが、紙の音楽雑誌を読んでいた記憶とかってあったりするんですか?
Miii(以下、M):『DTMマガジン』を買って読むくらいですね。
■おお、本当に実用的な読み方というか。
M:そうですね。音楽専門誌みたいなものを読んでいなくて。
■LASTorderさんはどうですか?
LASTorder(以下、L):『サンレコ(サウンド&レコーディング・マガジン)』。
■やっぱりおふたりとも機材よりなんですね(笑)。
M:機材を眺めて、「コレめっちゃほしい!」みたいなことを、ずっとやっていましたね。
■ははは、いまは「今月このアルバムを聴かなきゃ」ってことを紙で確認するような感じはないですかねー。
M:でも、ディスク・レヴューのコーナーがいちばん好きなんですよね。
■なるほど、それはわかりますね。興味はどっちかというと邦楽よりでした? 洋楽よりでした? ……まあ、そういうふうに括ることの是非はおいといて。
L:俺は邦楽よりだったかな。
M:中学生くらいのときは、ちょうどミクシィとかが出はじめたときだったんですよ。ミクシィはミクシィ・レヴューっていうのがあって、そういうのを見るのが好きでした。
■それはアマゾン・レヴューみたいなものの黎明にあたるようなものですかね?
M:そうですね。新譜情報もインターネットで探していました。
■あー。やっぱりそこは隔世の感が(笑)。だから、隣は何を聴く人ぞってね、「今月聴くべきアルバム」というような認識を、みんなで共有してるわけじゃないですよね。「今月はレディオヘッドの新譜がある」とか(笑)。
M:じゃないですね。
■なるほど。それでは雑談はこのあたりにしまして。おふたりはそれぞれソロ活動がスタートなわけですけれども、そもそも畑違いなアーティストであるという印象があるんですよね。The Wedding Mistakesって名義は、「ふたりのウェディングがミステイクだ」というような意図があるとか?
M:名前は雰囲気というか語感でつけたものなんですが、最終的にそういうものだったのかと思わなくもないですね。ふたりでやろうとなったのも、そもそもは僕がLASTorderに声をかけたんですけど、かたやネット・レーベル、かたやCDをリリースしているという、ぜんぜんちがうところにいたので。
L:あとジャンル的にも。
M:そうそう。だからそこをくっつけたらおもしろいなというのはありましたね。
かたやネット・レーベル、かたやCDをリリースしているという、ぜんぜん違うところにいたので。(Miii)
■「異なったものの出会い」という認識はあったわけですね。LASTorderさんはどうでしょう?
L:エレクトロニカで同い年くらいのトラックメイカーって俺のまわりにすくないので、ネット・レーベル周辺には若いひとが多いから、友だちになってみようという感じで。ツイッターで近づいたりとかイヴェントに行っていたりしていたら、「いっしょに作ろう」って急に言われた感じですかね。
■なるほど。それぞれのジャンルに固有の文法があると思うんですけど、おふたりは互いにそれほど共有してはいないと思うんですよね。それで、自然と制作上の役割もちがってくるような気がするんですが、ふたりの役割分担というと、LASTorderさんがウワモノ、Miiiさんがリズムみたいにすごくザックリで考えていいんですかね?
M:まさにその通りですかね。
■お互いの役割について、何か話し合いみたいなものはあったんですか?
M:デモが送られてきて、それに展開をつけたり、ドラムをこっちで足したり変えたりして返して、それにまたレスポンスがくるみたいな形もある。初めから上とビート、つまり僕がビートを送って、それにメロディを付けて戻してくるみたいなパターンもありますね。最初はデモがあって、ふたりでそれを伸ばしていくことがメインでした。
■それぞれに対して期待した役があると思うんですが。
M:僕は綺麗だけれど割れている……エレクトロニカというか、ノイズよりの音楽がすごく好きでした。それを自分でやるには限界があったので、LASTorderに打ち込みとかウワモノとかで耽美な雰囲気を出してもらって、そこに僕が壊れたビートをのっけたいという願望がありました。それから、LASTorderはちゃんとメロディが書けるひとなので、そういうところも求めていますね。
■メロディね! 特徴ですよね。あと、“ハー・ミステイクス(Her Mistakes)”とかではヴォイス・サンプルがフィーチャーされているじゃないですか? ああいうのってLASTorderさんなんですか?
L:そうですね。
とにかくメロディを作るのが好きなので、メロディをのせることは、毎回、無意識的にしちゃっていますね。(LASTorder)
■へえー。HMVさんの無人島に持っていく俺の10枚、みたいな企画(無人島 ~俺の10枚~)を覚えていらっしゃいます? おふたりがそれぞれアルバムを挙げていらっしゃいますよね。あれをちらっと拝見しまして。LASTorderさんご自身の曲は、全体としてはエレクトロ・アコースティック志向というか。
L:はい、そうですね。
■で、この無人島リストを見ますと、ジュディ・シル(Judee Sill)からはじまって、ベン・フォールズ(Ben Folds)からモリコーネ(Ennio Morricone)、Shing02さんにテリー・ライリー(Terry Riley)まで入っていますね。まずポップ職人的なものに惹かれてるんだなって思ったんですよ。そしてそういうものを志向しつつもミニマルなものに引き裂かれるという。
L:その通りです。全部言われちゃいました(笑)。
■ハハハハ。そのポップ職人というところをもうちょっと訊きたいんですけれども。さっきの、メロディが強いという話とも重なってくると思います。目指しているようなアーティスト像もそのへんに?
L:目指しているアーティスト像はぼんやりしていますが、とにかくメロディを作るのが好きなので、メロディをのせることは、毎回、無意識的にしちゃっていますね。
■無意識的な感覚なんですか?
M:それ、わかる。彼からは、どんな曲にも何かしら主旋律っぽいのがついて返ってくるんですよね。
■なるほど。ポップ・ソングってフォームを、コンポーザーとして作っていきたいという意識なんですか?
L:たぶんそうだと思います。
■そうすると、エレクトロニカという流れのなかだと、また少し変わっているというか。
L:エレクトロニカと言わせていただいているんですけど、そこまでエレクトロニカをやっていることでもないっていうか。
■そういう感じもしますけどね。コキユ(cokiyu)さんとも親和性があるのがわかりますし、活動されている領域もそういうところなんだなっていう。ところで、ジュディ・シルなんて本当に深くて知性的な声だったりしますけど、ここでの“ハー・ミステイクス”のヴォーカル・トラックって、ある意味その真逆みたいな、薄さを持った音だと思うんですね。そういう声や音に対する憧れはあるんですか? ジュディ・シルが好きなら本来逆なような気もしますけど。
L:憧れはたしかにあるんですよね……そういう薄い感じには。でもそういうやり方や、ピッチを上げて散らす感じの音は、やり飽きているというか。ちゃんとした声を入れたいと思っていたりはするんですよ。
■へぇー!
L:けっこう手持ちのものがないというか、機材とかが少なかったりとかしてなかなかできないんですけど……。自分で声をかけて誰かの歌を録るということもあまりないですし。
■肉声ヴォーカルへの、一種のアンチというわけではなく?
L:そうなんです。アンチとかではないですね。
■なるほど、正直でいらっしゃいますね。では、ボカロとかはどうですか?
L:ボカロとかは通らなかったんですけど、もし出会っていたらいまごろはバリバリPな感じになってたかもしれない(笑)。最近はそんな気もしてきた。でも偶然、ぜんぜん聴かなかっただけっていう。
■ははは、素通りしちゃったわけですね。
ボカロとかは通らなかったんですけど、もし出会っていたらいまごろはバリバリPな感じになってたかもしれない(笑)。(LASTorder)
L:どこかで避けていたのかもしれないですけど。
M:僕もボカロはぜんぜん通ってないんですよ。やっぱり、意外と流行っているといえば流行っているけれど、触れないでいいといえば触れないでいいというか。聴かなくても意外となんとかなるという感じですね。
■すごくフラットに考えてみれば、ボーカロイドっていうのはただの音声ソフトというか、シンセサイザーなわけじゃないですか? しかもけっこう魅力的で使いやすい。でも、それを通らないっていうときには、暗にその奥にある何かを否定しているんじゃないですか?
M:ニコニコ動画のボカロPのカルチャーとして、ということですよね、たとえば。
■そうそう(笑)、ちょっと意地悪な質問ですみません。一概には括れませんけれども、彼ら「P」のようなプロデューサーの音やあり方に対するおふたりの感想や評価がどんなものなのか、すごく興味があります。どうでしょう?
僕はもともと音ゲーとかから入って、なんだかんだでネット・レーベルにたどり着いたんですよ。(Miii)
M:いろいろありますけど、僕のイメージ的には、RPGとかで別の大陸に行くともっと強いモンスターがいるという感じですかね。物語を進めて行くと強いモンスターが出てくるという感じ……同人とかボカロの界隈ってそういうイメージがあります。僕はもともと音ゲーとかから入って、なんだかんだでネット・レーベルにたどり着いたんですよ。それぞれが別の島だけど、それぞれに大ボスというか、めちゃくちゃ強い、上手いひとがいて。で、その奥にも上手いひとがたくさんいる。 だけど、自分がそこまでたどり着くために経験値が足りないし、パワーもないという自覚もあって。避けているというとあれなんですけど、あまり交わらないようにしています。だからアーティストとして尊敬しているひとはいます。同年代にかめりあって子がいるんですけど、彼は同人とかボカロとかの流れのひとで、メロディも作れるし、過激でとんがっているもの作れるみたいな。そういう人材が、あっちにはいっぱいいるんですよ。そういうのは向こうのカルチャーにいないと得られないのかな、というのはあります。
■なるほどなあ、“あっち”は分母がでかいし、エネルギーもあると。あと、音っていうよりも歌詞だったりイラストだったりも重要だし、それがいわゆる集合知ってやつでできあがるという、時代性としての鋭さもありますよね。LASTorderさんは、あちらの界隈を音楽というよりもカルチャーとして見ている感じですか? L:僕はそっちの界隈とも繋がりがなくはなくて、初音ミクのリミックスをやってみたりもするんですけど、みんなやっぱり……、言っていいのかわからないけれど……
■言うだけいっときましょう。
L:お手軽に曲がひとつできるじゃないですか? 歌があって歌詞があってって。だからもっと手間をかければよくなるものがいっぱいあると思います。サウンド面ですぐれたひともいれば、ソング・ライティング面で優れているひともいたり、歌詞はそんなに詳しくないですけど上手いひともいるんでしょうね。ソング・ライティングが上手いひとが、サウンドも歌も全部お手軽に自分でできちゃうからそれですぐに作品を出せちゃう。いろんな可能性がいっぱいあります。ニコニコ動画を見たりしていると、ぜんぜん再生数が少ないやつでも歌がよかったりすることもあったりするし。
■聴いているところは「生のヴォイスか」とか、そういう音質みたいなものじゃなくて、メロディとかですか?
L:そうですね。
■だったら必ずしも人格があり、美しい深みを持った人間の声である必要もない、と……ジュディ・シルとか書かれていると、声とか人間の歌礼賛なひとなのかなってちょっと思ってしまうので。
L:聴くぶんにはって感じですね。作っているときに、そうやって意識することはまったくないです。
■なるほど。LASTorderさんとかが、ひとの声をどういうふうに考えているかに興味があったんです。
L:じつはそんなに……。何か考えるようにします。
M:ハハハハ!
子どもがパンク・ミュージックにハマるみたいなものですかね。ちょうどブレイクコアがあって、いまだに生きながらえているのがすごくおもしろくて。(Miii)
■いやいや。逆に興味深かったです! いろんな思いがあって、生の声を避けているのかなと思ってたものですから。しかるに、Miiiさんのほうもおうかがいしたいと思うんですけれども、Miiiさんはもうなんというか、ブレイクビーツですよね(笑)。
M:そうなんですよ。
■おふたりともルーツがはっきりとわかる。そういう意味でもおもしろいです。たとえば、同じようにMiiiさんの「無人島~」のリストを参照させていただくと、ヴェネチアン・スネアズ(Venetian Snares)はもちろんとしてナース(Nurse with Wound)とかworld's end girlfriend(ワールズエンド・ガールフレンド)も入ってましたよね。だからノイズ志向もあるんですけど、かといって、中村一義とか七尾旅人なんかはすぐれたポップ・ソングの作り手でもある。だから、ドリーミーなものやメロディ的なものにも憧れがありそう。
M:そうですね。楽器ができないので、そういうアーティストさんには純粋に憧れがあるし、中村一義とか七尾人は中学高校時代にめっちゃ聴いていたので、普通に大好きなんですよ。やっぱりメロディもすごいし、歌詞もめちゃくちゃいいし。
■そしたら、いかにもバンドとかはじめそうですけれども?
M:あー、なんか……
L:ひと付き合いができないんでしょう?
M:ハハハハ。
■そんな(笑)。ドライなツッコミが入りましたね。
M:その通りです。
■なるほど。ひとりベッドルームでプロデューサーをやることを選んだと。
M:あと、バンドとかをやる以前にパソコンがあって、それで調べてなんとなく曲も作っていたから、「それでよくない?」みたいな感じでしたね。
■なるほど。あと、やっぱり音ゲー的なものってブレイクビーツだったり、ブレイクコアだったりっていうものとの親和性が高いですよね?
M:そうだと思いますよ。曲が1分とか2分とか短いじゃないですか? そのなかで、ひとをどれだけ惹きつけるかという要素を考えなくちゃいけないし、だからこそ展開が突拍子もなくなるというか、変な感じになっていくんだろうなと思います。
■音楽メディアがカバーしている範囲の外に独特のシーンがあって、独特の進化をしていますよね。ところでブレイクビーツってなんであんなに死なないんですかね? ずーっとありますよね。
M:ブレイクコアが全盛期だった2006年くらいってちょうど中学生だったんですけど、日本人でもいいアーティストがたくさん出ていて、そのへんがいちばんおもしろかったです。それこそヴェネチアン・スネアズみたいなちゃんとした音楽というか、レヴューの対象となるようなヤバいアーティストから、著作権完全無視のマッシュアップとか、本当にヒドいアーティストもたくさんいたけど、その全体がかっこいなという感じがあって。とくに〈マルチネ〉の初期も、いまでは「スカム」期みたいに言われるけれど、当時は「すげぇかっこいいことをやってる」と思って聴いていたので。自分にとってはそういうルーツというか、子どもがパンク・ミュージックにハマるみたいなものですかね。ちょうどブレイクコアがあって、いまだに生きながらえているのがすごくおもしろくて。
■そういうカオスみたいなものに若い心が共鳴してシーンが盛り上がっていた感じはよくわかりますけどね。
M:いま聴いてみても、変なドラムンベースを入れていたりとか、BPMが200のものとかを普通にやっているんですよね。なんだかんだカッコいいなと思っていまも見てます。
メロディを信じるしかないという感じだったので。音楽に話せる知り合いができたのも最近なんです。(LASTorder)
■なるほど。LASTorderさんはどうでした?
L:僕はシーンに憧れたりとかっていうことが逆になかったんですよ。
■淡々とひとりで?
L:だからメロディを信じるしかないという感じだったので。音楽に話せる知り合いができたのも最近なんです。小中高なんて、友だちとは音楽の話なんてまったくしていませんでしたからね。自分が不勉強で周りの状況に疎いということもあるので、最近はひとから教えてもらって勉強させてもらってます。
■最近はツイッターのタイムラインで音楽を聴くという感じで、スピードや情報の広がり方・受け取り方が以前とは大きくちがっていると思うんですが、2005年とかってまだそういうものが出てきているわけでもないですよね。当時、情報へはどうやってアクセスしていったんですか?
M:何をやってたかな……。IRCチャットっていう……
■やっぱり、みんなちょっとしたオタクなんですね。
M:そうそう。僕は完全にそっちでした(笑)。
L:そういうのあったよね(笑)。
M:だから、いまでいうラインみたいな感じですかね? チャンネルっていう部屋みたいなものが用意されていて。
L:疎いけど、さすがにチャットはわかるよ!
M:そういうチャットがギークっぽくなったものがあって、周りでチームを組んだりして、たわむれたりって感じでしたね。
■年齢層は若いひとばっかりなんですか?
M:多いのは20代とかでしたよ。
■じゃあ、Miiiさんはちょっと早熟な感じ?
M:そうですね。僕が12、13歳のときでそのなかではいちばん若かったと思います。
■ちなみに部活は(笑)?
M:部活は……、中学のときは吹奏楽部でした(笑)。
■おっと! 楽器ができるじゃないですか!
M:それが、チューバだったんですよ(笑)。
L:ハハハハ!
■それは潰しがきかねぇ(笑)。
M:「チューバをやっていました」って言っても、周りは「チューバ……?」みたいな感じなので(笑)。
■LASTorderさんは何部だったんですか?
L:バスケ部でした。
■そうなんですか? じゃあリアルが充実していらっしゃる?
L:バスケってそんなにイケてないですよ。普通に運動しているくらい。高校は帰宅部でした。
■音楽を作りはじめたのはいつぐらいなんですか?
L:ピアノを4歳くらいのときにはじめて、なんか鍵盤で曲を作っていた記憶はボヤッとあるんですけど、ちゃんとDTMをはじめたのは高2くらいです。
■おお、クラシックの素養もあると。ピアノで弾いて好きなった作曲家というとどんなあたりですか?
L:ピアノを弾いているときはぜんぜんおもしろくなかったんですよ。なんでこんな難しいのを弾かなきゃいけないんだって感じで。“ラ・カンパネラ”(フランツ・リスト)とか練習してたんですよね。そこからあまり好きになれずに、10歳から12歳のときはロック系が好きでした。でも、自分で曲を作るようになってから、あのときに練習していた曲がどんなだけすごかったってわかったんですよ。雰囲気的にはドビュッシーとかサティとかに魅かれますね。
■じゃあ何というか、ギークと……
M:ギークとメインストリームでしょう? だってコピバンとかやってたんでしょう?
L:コピバンやってたね。
M:僕はやってないからさ。
■へぇー! それって素敵なウェディングじゃないですか。ストーリーとしても、いいですね。
M:最初はバックグラウンドとか何も知らなくて、ただ「いい曲だね」って思っているだけだったんですよ。ふたを開けてみて、普段は絶対に出会うことのない遭遇だったんだとわかりました(笑)。 [[SplitPage]]
極端にポップになるか、わかりづらくなっちゃうかばかりで。そうじゃない「ごっちゃ感」を2013年のなかでやりたかった。(Miii)
■ハハハハ。なるほど。いろいろと見えてきたようですごくうれしいんですが、ではこのアルバムについて。今回はフィジカルで出るということですが、バンドキャンプでのリリースが2014年ということでいいですかね?
M:そうですね。
■実際の制作年でいうといつぐらいの曲から入っているんですか?
M:2013年の6月くらいからの音源ですね。
■じゃあ出会ったタイミングくらいにできた曲もあるんですね。以前から温めていたそれぞれのネタみたいなものもあるんですか?
M:それもあるんですけど、最終的にお互いでちょっとずつ手を加えてウェディング~の曲にしました。
■その頃というと、ダンス・ミュージック界隈で盛り上がっていたのは……ジュークとか?
M:そうですね、旬のてっぺんみたいな感じですかね。僕はずっとダブステップとかブローステップとかが好きで、自分でもつくったりしてましたけど、ジュークは進んでやることはなかったです。でも、たとえばウエディングで曲をつくるときに、「試しにジュークっぽいことやってみようか」っていうようなやりとりはありましたし、そのくらいの距離では時流についていっていましたね。
■なんか、自分たちの趣味をひたすらかたちにしましたっていうよりも、ある程度2013年っていう時代性のようなものも意識しているように感じるんですが。このころどんなものを聴いてました? あるいは、このアルバムでこんなことをやりたかったという目的なんかがありましたら教えてください。
M:僕がやりたかったのは、world's end girlfriendがいま僕らの年代だったとしたらどんなことをやるだろう……ってことですかね。あんなバランスのアーティストっていまあまりいないような気がするんですよ。もっと極端にポップになるか、もっとわかりづらくなっちゃうかで。それこそ〈ロムズ(ROMZ)〉系の存在もいないですし。そういう「ごっちゃ感」を2013年のなかでやりたかったということは、なんとなくあるかもしれません。
■へえ、なるほど。
M:なので、当時聴いていたダブステップだったりの要素はちょこちょこ入れていたりしますし、ポストロックっぽいものも入れてみたり──
■おお?
M:当時は下火だったとは思いますけど。
■そう思いますよ。へえー! なんでだろ、ウエディングを紹介する文章で、ときどき「ポストロック」って言葉を見かけるんですけど、わたしそこだけはよくわからないんですよね。
L:それは、君の責任だよね。最初にポストロックみたいなこともやりたいとかって言ってたから、それがプロフィールとかに残っちゃって。
■いや、突っ込んでるんじゃなくて、そんなルーツがあるんならおもしろいなと。だって、この10年もっともダサい音楽だったわけじゃないですか……その、個々のバンドの話じゃなくて、一時代前のものがいつだっていちばんダサいみたいなとこがあるから。
M:ははは! いや、でもたしかにこの10年間下火だったから出してきたかったっていうような気持ちはあったんですよ。
L:でも結局、やってみたらとくにポストロックにならなかった。
■ははは! いや、そうですよ。どこまでをポストロックと呼ぶかですけど、去年は10年選手たちがけっこういい新譜を出してきたり、シガー・ロスも幻のファーストが国内盤で出たりね。また見直されて、カッコよくなるんじゃないかと思いますから。
M:僕はゴッドスピード(Godspeed You! Black Emperor)とか好きだったんです。
■おお、なるほど。復活してますね。
M:2012年の新譜(『'Allelujah! Don't Bend! Ascend!』)はあんまりピンとこなかったですけど……。
L:まあそうやってポストロックだなんだ、って言ってて最初につくったのが、このアルバムの1曲め(“Preface”)なんですけどね。次につくったのが5曲め(“So Hot”)。それで俺は、ポストロック……やんなきゃいけないの? って思って、“Her Mistakes(ハーミステイクス)”のもとを渡したんです。「ぽい」やつを渡そうと思って。で、これで好きにやって、って。
M:そうだねー。
L:それで、無理やりギター入れたりして。
■ああ! ギター入ってますよね。そういうことだったんだ。
M:そういうことじゃないっては思いつつ(笑)、でもポストロックって言葉は入れたくて、でもしばらくして消えていきましたね。僕たちのなかで関係なくなった(笑)。生音でやるという意味でなら、いまでも興味なくはないんですが。
■なるほど(笑)。謎が解けました。ではもとの質問に戻ると、LASTorderさんは2013年に何を聴いていました?
L:僕は坂本慎太郎さんとか──、あれ? 2013年じゃないですかね? ずーっと聴いていました。 (※ソロ1作めは『幻とのつきあい方』2011年、2013年リリース作はシングル「まともがわからない」)
■へえー、そうなんですか。
L:僕自身はまだあまりクラブ・ミュージックに接近してはいない時期でした。
■たとえばTofubeatsさんだったりSeihoさんだったりは「対日本のポップ・シーン」っていうようなわりとデカいスタンスがありますよね。〈マルチネ〉という共通項もあるので、とくにトーフさんなんかはそれほど縁遠いアーティストではないと思うんですが、そういうスタンスはあまりThe Wedding Mistakesにはなさそうですね。この作品はどんなところに向かって放たれたものだと思います?
M:うーん、それこそ、僕が中学生当時エレクトロニカとかを聴いて衝撃を受けた、あのインパクトを持ったものになればいいなと思いました。10年経ったいまでもその頃の影響がみんなにウケたらすごくおもしろい……というか、いまその頃の音とか記憶ってウケるのか? みたいな。
■ははは、リヴァイヴァルっていうより、自分的にはルネッサンスみたいな?
M:はは、そうかもしれないですね(笑)。
彼は彼の世界がすごくあるので、彼から出てきたものは僕はあまり突っつかないんです。(Miii)
■LASTorderさんは? そのへんの感覚はふたりのあいだで共有されているものなんですか?
L:そう……かもしれない。
M:彼は彼の世界がすごくあるので、彼から出てきたものは僕はあまり突っつかないんです。そのほうがおもしろくなるんだろうなって思っていました。
L:できちゃったものを、ずらっと並べていくという感じもやっぱりあったので、どんな相手に向かって投げかけたものかというと、あまり顔は浮かばなくて。
■わりとカジュアルなものなんですね。いつかふたりでつくったものがアルバムになるんだろうなっていう思いはありました?
L:あまり思っていなかったかもしれない。
M:曲がたまったからそろそろ出そうかという部分もあったと思います。そこもアルバムのおもしろさではありますよね。貯まってきたからそろそろ出そうか、といってパッケージしただけでもそれなりのものに見えてしまったりする。だからこそ、CD盤と同じように、ジャケットをおじぎちゃんにお願いしたりとか、リミックスを入れたりとか、しっかりと外枠を固めるようなことはやりました。
■ああ、フィジカルはないけどフィジカルの盤みたいに、っていうのは意識されたわけですね。ところで、曲名は後づけかもしれないですけど、全体をとおして眺めると、なんとなく「ウエディング」ってコンセプトを立てているようにも感じられるんですね。そういうテーマ性はどうです? 意識してました?
L:文字、タイトル部分は僕が担当しました。僕としては、(この作品における)音についての方向性がまだもうひとつ見えてきていない気がしていたので、目に見える部分だけでも統一感を出したいなと思って。
M:アルバム・タイトルはすごく悩んだんです。そのとき「ヴァージン・ロード」ってすごくおもしろくない? って話になって。ウエディング・ミステイクスでヴァージン・ロードって、なかばギャグですよね。
■ははは、ミステイクなのにねーって(笑)。
M:そうそう、そんなノリですよ。
■なるほど、では曲名も、曲ひとつひとつにあらかじめ付与されていたものじゃないんですね。できたあとに加えられた物語というか。
M:そう……ですね。
■「結婚」って、近代以降は自由恋愛とセットで考えられてきたものだったりもするじゃないですか。でも、いま必ずしも憧れるような響きは持っていないというか、そうロマンチックなものではないと思うんですね。「婚活」とか少子化問題とかいろいろ出てきて。だから「The Wedding Mistakes」ってその意味でもちょっと批評的にきこえるというか。なんなんですか、「ウェディング」って?
M:うーん、そうですね。「永遠の愛」とかって、めっちゃ誓いづらいと思うんですよ。結婚式とか神父さんまでいたりして、いちおう儀式的にやったりしますけど、しんどいものでもあると思うんですよね。恋愛は3年しかつづかないとかも言うし。結婚って、僕個人としてはロマンチックなものだと思うし、好きな制度ではあるんですけど、正直、矛盾したものもいっぱい抱えているよなとも感じます。「結婚は人生の墓場」なんていう人もいるわけで。だから、僕的には理想だったりするけど、そううまくはいかないよなっていう皮肉が含まれているかもしれません。
L:……。
■ははは! Miiiさん、質問に対して噛み砕いて考えてくださったんですよね? ありがとうございます。LASTorderさんの沈黙は、Miiiさんの見解への違和感?
L:いえ、そんなに重く考えていたのねという……驚きです。 (一同笑)
L:僕にとっては結婚ってまだまだ遠いことで。
M:それは、そうだけど。
L:「永遠の愛」って口から出てくるとは思わなかった。ノリかなって……。
M:ああ、そう、ほんとには誓えないから、儀式として誓っておいて、じつのところはノリみたいな。でも、まだ当事者じゃないからあんまり言えないけど。だからユニット名に「ウエディング」って単語を入れるのはおもしろいというか意外というか、言葉選びとして気にした部分ではあります。
「逆に」っていうのが嫌い。(LASTorder)
■はい、はい。その、結婚なにかヘンだなってところが一般的に共有されているから気になる名前なんでしょうね。でも最初に名前きいたときは、それこそウエディング・プレゼント(Wedding Present)とかから来てたりするのかなって思って。ギター・ポップ寄りなユニットなのかと思いました。ぜんぜんちがいましたね。
L:そうですね。ギター・ポップ……。あと、それこそ渋谷系みたいなものはあまり知らないというか、聴かないよね?
M:そうだねえ。
L:それから、シティ・ポップとか。
■おお、トレンドじゃないですか。でも、いま渋谷系を標榜する人たちはむしろ90年代のJポップを掘ったりしてるんじゃないですか? まあ、標榜してるわけじゃないかもしれないですけど、それに当たるような人は。
L:僕は90年代のJポップなら大好きですよ。
■あ、そうなんですか?
M:僕も、最近のちょっとアーバンな感じのノリのものとかはあんまり聴かないかもしれません。シティ・ラップとか。
■えっと、「シティ・ポップ」って言葉でどういうものを指してます? そもそもが曖昧な言葉のようですけど、でも荒井由実とか、あるいははっぴいえんどとかを指しているのか、いまのバンドを指しているのか、よくわからなくて。
M:そうですね、最近のバンドとかのことですかね。もともとのシティ・ポップとか、アーバンな感じのものに憧れて、それが音になっているんだろうなって思うんですが、僕自身は東京生まれだけど「アーバン」な生活圏ではなかったので、そのへんの憧れにはそもそも疑いがあるというか。最終的には田舎に住みたい思いもあるし……。僕らくらいの年齢だと、そもそもその時代のこと知らないじゃないですか?
■なるほど。いまの人は、その見たこともないなかば架空の都会性を、逆におもしろがるようなところがあるんだと思いますけどね。昔はもっとベタに憧れたかもしれないですけど。
L:その「逆に」っていうのが嫌い。
■おおっ。
L:ヴェイパーウェイヴとかもそういうところありますよね。「逆におもしろがる」って……それって……なんなの。
M:それは、僕もわかるなあ。「逆に」っていうのは、いっこ上に立とうとしてるわけでしょ? そんなふうに考えなくても、90年代なら90年代で、いいものがあればそれは聴けると思うんですよ。それこそ中村一義とか僕は大好きですし。僕も、そういう感覚を無視した掘り返し方はしたくないですね。
■中村一義は、「逆に」の思考をすべて吹き飛ばしてきた人だと言えるでしょうね。
M:ああ、そうかもしれません。
■「逆に」っていうのは修羅の道で、いちどそれを言いだすとさらに上の「逆に」が際限なく出てくるから、超頭がいいか、それをはね飛ばす強さがないと死んじゃいますね。それでも行ってやろうというのもまたひとつの極道かなって思いますけど。ただ、「逆に」が嫌いだって言えるのは……ちょっと感動しました。
L:僕が普段から90年代の後半のJポップが好きって言っているのは、それは、実際に体験しているからなんです。幼稚園とか小学校の低学年の頃とかに、月に2回レンタル屋さんに連れていってもらって、ランキングの上位10位を借りてきて、それをダビングしてずっと聴くっていう毎日だったんです。本当に心から鈴木亜美とか好きなのに、いま同い年の人とかに「(鈴木亜美)いいよね」って言って、「いいよね」って返してもらったりしても、何かちがう感じがいつもするんです。そう言っている目線が。
同い年の人とかに「(鈴木亜美)いいよね」って言って、「いいよね」って返してもらったりしても、何かちがう感じがいつもするんです。(LASTorder)
M:あー! わかった。言ってることしっくりきた。
■なるほどー。
L:「あー、亜美ね!」って言われるときの……。たぶんそのときに「逆に」の感じが働いているんだと思うんです。
M:あー! うんうん。
L:こっちは逆もなにも……
■ははは! マジだっていう。
L:そう。バカなの、俺? って思っちゃう……。
(一同笑)
L:ちょっと、共有できてるのにできてないみたいなところがすごくあるし。単純に、トラックがよくできてるとかっていうような見方をしてたりもするんだろうけど。それに、……まあ、いいや。
■(笑)いやいや、話しましょうよ。
L:僕、あゆ(浜崎あゆみ)と宇多田(ヒカル)の同時発売の日とか、ちゃんと並んでますから。 (※浜崎あゆみ『A BEST』、宇多田ヒカル『Distance』の同時発売。2001年)
■ああ、えっと……、ふたり同学年ですよね。Miiiさん何歳ですか?
M:13、4年くらい前ですかね? 8歳とかですね。
■おお。そのころ何がいちばん熱かったです?
M:うーん、Jポップとかは聴いてなかったですね。ゲームやってました。
■なるほどね。音ゲーとかも。
M:そうですね、いろいろやりましたけど、『beatmania(ビートマニア)』を買って。それが原体験といえば原体験ですね。
■うーん、Miiさんはじつにルーツがはっきりしてますね。
L:俺は原体験はポケビ(ポケットビスケッツ)だよ。
M:それはさすがに、僕もテレビは観てた。
■ああ、音楽というか芸能というか、テレビから出てきたものですね。そういう記憶は少なからず影響しているんでしょうね。
そのころからコラージュ──いまで言うネットの雑コラ感っていうか──はちょっと流行っていて、でもおじぎちゃんのはちょっとそういうまわりのものとはちがう感じがして。(Miii)
■さて、先ほどもちょっと話題に上がりましたが、ジャケットのデザインがおじぎちゃんさんなんですよね。とても素敵なんですが、おふたりともアニマル・コレクティヴ(Animal Collective)とか好きだったりします?
M:いや、好きっていえるほどはわからないですね。
■なるほど。初期の作品のアートワークをアグネス・モンゴメリ(agnes montgomery)という人がやっているんですが、その人の作品のポスト・ヴェイパーウェイヴ・ヴァージョンって感じがするんですよね、おじぎちゃんさんのジャケは。
M:へえー。
■コラージュなんですが。感性にも似たものがあるなと思うんですよ。
M:当時おじぎちゃんが自分のタンブラー(Tumblr)にどんどん画像を上げていたんですよ。コラージュでした。そのころからコラージュ──いまで言うネットの雑コラ感っていうか──はちょっと流行っていて、でもおじぎちゃんのはちょっとそういうまわりのものとはちがう感じがして。統一感というか、テーマみたいなものがあって、そのなかで色調とかも合わせてくる感じ。そこに自分たちの音に合ったイメージを持っていたんです。〈ROMZ〉のジョゼフ・ナッシング(Joseph Nothing)の、目の切り抜きがたくさん散りばめられているジャケット、あの気持ち悪いけど美しいという感じに衝撃を受けたんですけど、あれを見たときのことを思い出したんですよ。そういう、僕の源流にあったイメージとかインパクトが刺激されたというか……。それでお願いしました。
■へえー。それこそコラージュはメタな編集作業でもあると思うんですけど、おじぎちゃんさんのとかアグネスのとかは、もっと肉そのものというか、そういうものを信じている感性なのかなと思いました。
M:やっぱり、ちゃんと考えられていたり、まとまっているものが好きなので、「できるだけ意味をなくそう」みたいなものとか、そういう感じのコラージュにはピンとこないというのが正直なところですかね。
■なるほど、イルカとか、ヘンな塑像とかね(笑)。
M:あー。シーパンク(Seapunk)は……、嫌いじゃないですけども。
L:俺、髪を青くしてたことある。
■え?
L:なんか、Seihoさんのイヴェントで、髪を青くしていったら安くなるやつがあったから。
(一同笑)
M:あー! あったかも。ウルトラデーモン(ULTRADEMON)のリリパとかかな。
■ははは! 懐かしい。動機が安いなあ。LASTorderさんはジャケットとかアートワークについてディレクションした部分はあるんですか?
L:俺は……、ないかなあ。でも俺は俺でおじぎちゃんを見つけていたんですよ。それで、よくよくきいたらけっこう近いところで活動していて。それで、何かいっしょにできないかなと思っていたら、なんとなくあちらも似たことを思っていたみたいで。
■へえ。
L:だから、だいたいさっきの説明と同じなんですけど、ちゃんと意味のあるものを感じるなと思って、共感するというか。
■ふたりはけっこうバラバラなんだなと思いましたけど、同じようなところもあって、おじぎちゃんというのはそれを理解する補助線のような気もしてきました(笑)。
L:「こうしてください」ってふうにとくに注文していないんです。
M:そう、音源を送ったくらいで。
L:ウエディング・ドレスじゃないけど、そういう雰囲気の花のイメージがきて、あらためて、「ああ、自分たちはThe Wedding Mistakesなんだな」って思いました。
■わたしもこの感じ、とても好きですね。
ソロの音はあまりゆがませたくないので……。だから、どちらかというと自分の音を押しつけている感じです。(LASTorder)
■さて、このユニットは一時的なものなんでしょうか? 期間限定のコラボみたいな。
M:えっと、正直な話、僕らが出会ったのが大学2年か3年のときで、もう卒業になるんですね。だからこの先忙しくなるだろうし、とりあえず1年半くらいやって、1枚2枚作品をつくって、楽しかったねって感じで終わろうと思ってたんです。だけど、こんなふうにリリースしてくれるところも見つかって、いまはちょっと長期的にやろうかというふうに思ってます。
L:俺も……、続けたいし、次はもっと作り込んだものをつくりたい。もっと、さらにいいものをって思える感触がいまのところあるので、まだやっていくつもりですね。
■自分ひとりだとやれない部分が相手の中に見えているということですかね。
L:それがはっきりしたし、それを言いやすくなりました。
■お互い評をもっと訊きたいですね。相手から盗んだ能力とかないんですか?
L:盗んだ能力は……ないですね。
M:(笑)
■でも、データをもらってるわけだから、ある意味では盗み放題ですけども。
L:いや、データはこちらから渡すだけで、それを全部あっちが加工するんで……。
M:でも、たまにあげてんじゃん。こっちのも。
■ははは!
L:でも、わざわざそれを解体したいという感じではないです。ソロの音はあまりゆがませたくないので……。だから、取り入れるということはなくて、どちらかというと自分の音を押しつけている感じです。
■Miiさんは?
M:僕も押しつけられているということに関してはとくに何も、というかもっとやってくれって思ってるし、彼には自分の世界観がしっかりとありますから。僕は知識を体系的に取り入れて、それをどう生かしてブレイクコアとかの方程式で壊すかっていうようなことをやっていたので、LASTorderからもらった素材をどういじるかっていうところに熱量があるんですよね。だから彼から送られてきたものについては全面的に信頼しているし、もし何かやろうとするなら、彼に言うんじゃなくて、自分で解体してどうかしたいって思います。 このアルバムでいえば、2曲め“ドラマティック・ビヘイビア(Dramatic Behavior)”とかは展開が突拍子もないんですけど。これははじめの1分半くらいの音をもらって、それをどう壊したらおもしろいかなって考えて、ジュークぽい低音を入れたりとか、最終的にゆがんだブレイクビーツを突っ込んでみたりとかしました。それはこっちで全部やったことなんですけど、そしたらすごく喜んでくれたし、ライヴでやってもすごくハマる曲になって。
LASTorderからもらった素材をどういじるかっていうところに熱量があるんですよね。(Miii)
■ああー!
M:そのときくらいから、こっちでどうやるかというスタンスができあがっていった気がします。
■たしかに2曲めは、ふたりともの個性がケンカするわけじゃないけどはっきり出てきてぶつかり合ってますよね。ほか、手ごたえのあった曲はどのへんです?
M:“スルー・オール・エタニティ?(Through All Eternity?)”とかもそうですかね。好き勝手やっている感じです。
■ああ! Miiiさんの面目躍如! って感じの曲ですね。
M:そうそう、そうです!
■で、LASTorderさんのメロディ性がより効いてくる。
M:当時はまだサウンドクラウド(SoundCloud)に曲を上げつつ、ライヴもやりつつっていう感じだったので、1曲めがまずサンクラに上がっていて、次に“ハー・ミステイクス(Her Mistakes)”が上がって、次、急にベースが入ったらおもしろいと思って。それで“スルー・オール・エタニティ?(Through All Eternity?)”を作ったんです。だから、特異点でもあります。
■なるほど。では、この中にヴォーカルが入ったりなんて展開は今後考えられますか? すでにふたりともそれぞれのやり方で“歌っている”人たちではありますが。
M:歌は……考えてます(笑)。でも、そっちはまた別の方法論になりますから。デジタルでアルバムを出した後に『ミッドナイト・サーチライト・EP(Midnight Searchlight EP)』っていうEPをつくったんですけど、そっちは1曲だけがっつり歌ものが入ってるんですよ。でもそれはわりと僕らのいつものスタイルじゃなくて、僕が歌詞とかもつくって、編曲をふたりでやったっていう曲なんです。それで、ちょっと色合いとしては今回のアルバムとちがうものになってるんですね。だから歌をやったらまたちがったおもしろさが出てくるかもしれないと思っていて、次はそうなるかもしれないですね。
■歌ものって……R&B寄りなものとか?
L:というよりは、Jポップというか。
M:Jポップだけど、ちょっと毒というか、エグみのあるものを混ぜるので、おもしろい感じになるかとは思います。
L:そうですね……。でも、そういうものもやりつつ、また今度アルバムをやるとなったら、それはそれでちゃんとやりたい。歌ものかどうかというより、もっとちゃんとつくったものをやる。
■ああ、ポジティヴな展開が期待できそうで、素晴らしいです。
歌をやったらまたちがったおもしろさが出てくるかもしれないと思っていて、次はそうなるかもしれないですね。(Miii)
■ライヴはどんなふうにやってます? バースとウワモノで分かれて、けっこう即興的なかたちでふたりがセッションするんですか?
M:そこは僕の力不足もあって……、即興的に合わせるっていうのはまだできていないんですよ。鍛えたいところなんですけど。
■おお、じゃそんなふうにやってきたいなって思いはあるんですね。……チューバ、やったらいいじゃないですか(笑)。
M:チューバかあ……!
(一同笑)
■そこからすでにベースだったんですね。
M:いま思えば(笑)。
■どうですか? ライヴについては。
L:いまライヴで悩んでいるような部分が大きいのはたしかですね。僕ひとりではそれほどライヴをしないので……。
M:月1回くらいがちょうどいいペースかと思いますけどね。
L:月1より、もうちょっとやったほうがいいんじゃない? CDを出したことで、CDを手に取ってくれた人がライヴに来たらいいなと思うし。
■ちなみに、CDはタワレコさん渋谷だったら何階に置かれたいです?
M:いまは4階(クラブ系など)に置いていただいているんですよね。希望するとしたら……そうだなぁ、たとえばJポップのフロアとかにも置かれたいですね。
L:Jポップって、邦楽のロックのバンドとかも同じフロアにある?
M:うん、いっしょなフロア。
L:じゃあ、ちょっと置かれたいです。でも4階に置いてくれるのはうれしい。
■6階(エレクトロニカなど)とかは?
M:ああ、それもうれしいです。多義的なというか、ハードコアっぽい要素すら入っている作品なので、いろんな聴かれ方をしてほしいし、いろんなひとに聴いていただきたいですけどね。
■もちろんそうだと思うんですけども、たとえばインターナショナルな展開は考えていないのかなと思いまして。べつにウエディングは特殊なキャラクターで売っているというわけではなくて、普通に国内外関係ない音楽のつくり方、発信をしてるように感じるので、海外レーベルから出したいみたいな気持ちがないのかなと。
M:海外でも認められればうれしいなというくらいで。あんまり詳しくはないんです。
L:海外でウケるのかどうかっていうのは知りたい。でも、海外の人たちにウケそうなもの、って思って作ってないから……。
■なるほど。今日は意外にドメスティックな一面というか実像を見れてよかったです。なんか、とても自然なスタンスでいまという時代に音楽をつくっているなって思って。
M:そうですね、でも自分で聴いていて、日本人ぽい音楽なんじゃないかって思ってます。うまく言えないけど、日本人っぽい感情の出し方、つくり方。
自分で聴いていて、日本人ぽい音楽なんじゃないかって思ってます。うまく言えないけど、日本人っぽい感情の出し方、つくり方。(Miii)
■ああー。抒情性みたいな部分とか?
M:海外の音楽って、もっと音とかリズムとか一個一個の要素が太くて、それ全体でグルーヴをつくったりするところがあるという感じがします。こっちは、いろんな情報を配置するだけで、あとは聴くほうがその中から何を聴くのかを選んでいるというか……。だから、叙情みたいなものもそこから選んで聴き取るのかもしれないし。そういう意味ではメッセージといえるようなメッセージはないかもしれないというか。そこには多義的な、いろんな情報の層があるだけで。
■ああー、たくさん神様がいる国、みたいな。八百万の。仏様もいっしょくたみたいな。
M:歌詞とかの情報量も多いし、情報の海があるだけって感じ……。つくる側の目線で言えば、自分は「この音だ」っていうのをドーンと出すのは正直なところ得意じゃないし、どんな音を足していったのかということもわりと感覚的で、理屈にもとづいたものではないし。
■なるほど。
M:感覚的な話になってしまいましたが……。
■いえいえ、音楽ですからね。言葉で言えれば音楽である必要もないし。ではリミキサーのHercelot(ハースロット)さんついておうかがいして終わりましょうか。
M:そうですね、もう、すごく好きなアーティストで、高校のころから崇拝していて。この曲(“Marriage for Dance”)については、トイポップみたいな可愛い要素をたくさん入れていただきましたけど、ご自身は「ロムズ・チルドレンだ」って言ってるくらい〈ROMZ〉が好きな方で、このリミックスはそういう人にお願いしなきゃ収まらないっていう思いはありました。
■LASTorderさんは?
L:俺は……、というか、Hercelotさんにお願いしようと言い出したのは俺で。
M:そうですね。それを聴いて、たしかにそうだって思ったんです。
■不思議ですね(笑)、ほんとにふたりは、バラバラで凸凹で、でも妙にシンクロしてる。ヘンなウエディングですよ。
みなさん、映像コレクティヴBacon(ベーコン)をご存知でしょうか? 彼らのページにも表れているように、ポスト・インターネット的感覚が感じられる洗練されつつも混沌としたデザインはかなり強烈。去年開催されたファッションブランドC.Eのプレゼンテーションで、絶大な人気を誇るレーベル〈The Trilogy Tapes〉所属アーティストのRezzettによる音楽とともに投影された映像もBaconによるものです。そんな彼らが4月4日土曜日、イタリアより現代音楽の奇才Lorenzo Senniを招き、大塚のDeepaにてパーティを開催します。Baconのページにアップされている日本、韓国のポップスからレフト・フィールドなダンス・ミュージックを横断するミックスのアーカイヴを聴く限り、どんなイベントになるのかは当日現場に着くまで想像すらできません。1Drink、Gonbuto、BRFらDJ陣も参加。少しでも気になったら是非現場へ。
■BACON present EMILIO
2015/4/4(Sat)
@ 大塚DEEPA
Door: 1500yen(w1D)
Open/Start: 23:00
[main floor]
Lorenzo Senni(live)
1 Drink
Gonbuto
Brf
Youpy(live)
Carre(live)
[lounge floor]
Pootee
Oboco
Stttr
Strawberry Sex
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)
Info : bcn.index@gmail.com
https://bacon-index.tumblr.com
https://otsukadeepa.jp
Bacon(ベーコン)

インターネットを中心に、映像制作やVJ、アパレルの発売など多岐にわたる活動を続ける謎の集団。
Lorenzo Senni(ロレンツォ・セニ)

1983年生、イタリア育ちのミラノ在住の音楽家。大学で音楽学を学び、プログラミングを駆使しながらも主にアナログ機材を用いた即興的かつ実験的な演奏を得意とする。近年は90'sハード・トランス・サウンドから強い影響を受けダンス・ミュージックを独自に解釈した楽曲を多く制作しており、新たなサウンドスケープの潮流を作り出すことに成功。自らレーベル「PRESTO!?」を主宰し、2012年にはEditions Megoから「Quantum Jelly」、2014年にはBoomkatから「Superimpositions」をリリース。それぞれが英FACT Magazineの50 Best Albums of 2012、2014にランクインするなど世界各国のメディアからも高い評価を受けている。

WORK & NON-WORK / NOISE MADE BY PEOPLE / HAHA SOUND / TENDER BUTTONS / FUTURE CRAYON / BROADCAST AND THE FOCUS GROUP INVESTIGATE WITCH CULTS OF THE RADIO AGE
かれこれ4年前ですか。2011年1月14日、ブロードキャストのヴォーカル=トリッシュ・キーナンが肺炎による合併症のため、42歳という若さで死去した。この一報、世間では小さな出来事だったかもしれないけれど、ある種の音楽ファンには大きすぎるショックを与え、筆者などはいまだもってブロードキャストの名前を見聞きするたびに静かに悲しみが押し寄せるのを感じて、それを恐れてしまい、好んで再生することが何年も訪れない状態にあった。
しかし、彼女の死から2年後の2013年に突然リリースされた同名映画のサウンドトラックであり、トリッシュ生前最後の録音作『バーバリアン・サウンド・スタジオ』における幽玄清浄なトリッシュの歌声、そして、いまやブロードキャストただひとりのメンバーとなってしまったマルチ・インストゥルメンタリスト=ジェームス・カーギルによる偏執的サウンド・コラージュ/エフェクト(それはスティーヴン・ステイプルトンの音響寵愛っぷりと十二分にタメをはる!)に浸ると、そんな危惧はどこへやら。再び扉を開けてしまったブロードキャストのめくるめく音響世界から抜け出せなくなっている私がいるのだ。
そんな折に、ブロードキャストの旧作がまとめて6タイトルもリイシューされる、というのだからじっとしていられない。まずは、初期のEPを集めた〈ワープ〉移籍後初の顔見せとなるコンピレーション盤『ワーク・アンド・ノン・ワーク』(1997)。ここでは、ステレオラブが運営する〈デュオフォニック〉からリリースされた初期の超名作EP『ザ・ブック・ラヴァーズ』を筆頭に、サイケデリック畑でゆらゆらゆらめく60年代ソフトロック〜アシッド・フォークを正しく継承したポップ・エレクトロニクスを存分に聞かせてくれる。トリッシュの陰影豊かな歌声はもちろん、5人のバンド編成によるアレンジのエレガントさはピカいちで——同世代を駆け抜けたものの、いまや多くがどこかに消えてしまったポスト・ステレオラブな「サイファイ一派」にくくられながらも——その繊細さと特異な陰りはどこまでも孤高で豪華だ。
つづく『ザ・ノイズ・メイド・バイ・ピープル』(2000)は、前述のコンピレーションでもすでに完成していた彼らの美学が一枚の作品として丁寧に結実したファースト。前作から3年ということもあり、ブロードキャストの肝であるアレンジ力に格段と磨きがかかり、リズム隊のしなやかさとキーボードのトリップ感には耳がくらむばかり。
セカンドの『ハハ・サウンド』(2003)では、これまでのシネマティックでエレガントなサウンドにミニマルでクラウト・ロック的な昂揚感が加わり、ときに荒々しく、ときに宇宙に溶け入りそうなアナログ・シンセがあちこちを飛び回る。それはまるで、60年〜70年代にロックと電子音楽(現代音楽)を融合させた先駆者たち、たとえば、シルヴァー・アップルズ、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ、50フット・ホースらのもつ蛍光色のアシッド感覚を彷彿とさせるもので、どこか冷ややかながらもハハの温もりも秘めたトリッシュの歌声がそこに不純物のない透明感を注ぎ入れる。チェコ発ゴスロリ・ホラーの古典的映画『闇のバイブル 聖少女の詩』の主人公ヴァレリーに捧げられた“ヴァレリー”や“ビフォア・ウィ・ビギン”など極上のバラードも用意されていてうっとり。
そんな『ハハ・サウンド』の延長上にありつつも、トリッシュとジェームスによるデュオ編成となり、結成10年めにリリースされたサード『テンダー・ボタンズ』(2005)は、彼らのシュールレアリスム志向が穏やかに爆発した作品だ。トリッシュによる「自動筆記」から生まれたリリックは、無意識が作り出す超現実世界を描き出し、いつになく危ういノイジーなサウンドとダイナミクスを増したメランコリアが、(まるでヴェルヴェッツの2枚めのように)白い光と白い熱を放ちながら通りすぎる。トリッシュの歌唱にニコの亡霊が宿っているとしか思えない“テンダー・ボタンズ”から、ストロボライトのように眩いばかりのシングル曲“アメリカズ・ボーイ”につながる美しさはほんと永遠。ほとほと聞き惚れてしまう。
そして、アルバム未収録だったEP曲やオムニバス提供曲を寄せて集めた編集盤『ザ・フューチャー・クレヨン』(2006)を経てリリースされたのが、ザ・フォーカス・グループとのコラボ作品『インヴェスティゲイト・ウィッチ・カルツ・オブ・ザ・レディオ・エイジ』(2009)である。ブロードキャストの2人同様、膨大なレコード・コレクション/ライブラリー音源を駆使したSFサイケデリック・コラージュ作品をリリースし、レーベル〈ゴースト・ボックス〉も運営するザ・フォーカス・グループことジュリアン・ハウスとの相性はばっちり! おとぎ話のように幻想的で奇特なやりとりは驚くほどにつうかあで、とびきりのユーモアの背後を「ラジオ時代の悪魔崇拝の考察」というきな臭いタイトルがもの言うように、どこまでもアヴァンギャルドでモンドでオカルティックな彼岸的音響がゆあーんゆよーんと漂い遊ぶ。トリーシャの歌というよりも不吉な語りによる木霊なんて、ノイズ・ファンの間でカルト的人気を集める幻覚サイケ・エレクトロニクス・デュオ=モーヴ・サイドショーのそれを彷彿とさせる瞬間まであるではないか。
そんな不吉な予感にみちた作品を残してこの世を去ったトリッシュ・キーナン。魔性の魅力で男を惑わせて破滅に導くはずの「ファム・ファタール」は、思いもかけない不慮の病で唐突に人生の幕を閉じた。思えば彼らが〈ワープ〉から登場したのも唐突であった。97年といえば、エイフェックス・ツインがEP『カム・トゥ・ダディ』を、オウテカが4枚めのアルバム『キアスティック・スライド』を〈ワープ〉からリリースした年で、エレクトロニカ以前のジオメトリックな暴力性と、インテリジェンスな皮肉さがものの見事に融合し、時代をリードした何度めかのテクノのたけなわ期である。そんなアンチ・ロック・ムードな時代に、シーフィールらとともにバンド編成による最新エレクトリック・ミュージックを実践するブロードキャストを発信させた〈ワープ〉の目のつけどころには恐れ入るばかりだ。そして当時、その異色のラインナップを耳にしたとき、自分が測り知れない新時代に立っているような、そんな妄想を抱かせてくれたものだ。
闇の奥にぽっと青白い火花を発して、そのままふっと消えてしまったかのごときトリッシュ・キーナンの声と存在。その優しげながらもどこか遠い印象を与える洗練された空虚がいまも耳の底に残る。しかし、結成20年めのいま、あらためてブロードキャストの諸作品を聴くこと。この良きタイミングのリイシューによって、彼らをリアルタイムで知らない世代に光明がもたらされ、彼らを語る際につきまとっていた暗い悲しみの渦が、さらさらと明るい未来に流れ出すのを感じられるのは筆者だけではないはずだ。
ムーン・デュオのインタヴューでも言及されている、彼らのもうひとつのホーム、〈セイクリッド・ボーンズ〉は、USアンダーグラウンドの2000年代から現在を語る上で重要なレーベルのひとつでございます。ゾラ・ジーザス(Zola Jesus)やクリスタル・スティルツ(Crystal Stilts)などはよくご存知かもしれませんね。レーベルのベースにあるのは、ムーン・デュオやサイキック・イルなどどっぷりと振り切れたガレージ・サイケですが、ゾラやクリスタル・スティルツをはじめ、ラスト・オブ・ユース(Lust Of Youth)やゲイリー・ウォー(Gary War)など、2010年前後のトレンドでもあったシンセポップやニューウェイヴ/ポストパンク・マナーが、やはりトレンドであった独特のローファイ文化と結びつき、さらにもうひとつトレンドであったインダストリアルやシューゲイズまで巻き込んでいったことは、このレーベルの鋭さを証すものでしょう。
彼らがマイナーでカルトなサイケ集団のようなたたずまいにもかかわらず、諸トレンドの奇妙な合流地点となっていたことは、次の10枚を眺めてみてもよくおわかりになるかと思います。じつにおかしな、そしてキュートなレーベルでございます。

NY出身の可憐な少女、マーガレット・チャーディエットによるファーマコンのデビュー・アルバム。絶叫、グロ、オカルティズム、ノイズ……こじらせすぎた女子による、振り切れすぎたエレクトロニクスは、ゲテモノとアートの狭間で凄まじい緊張感と違和感を放ちながら、ギリギリの官能を現出させてみせる。このジャケ同様、狂気のライヴ映像は閲覧注意!

そもそもは〈スランバーランド(Slumberland)〉からのデビュー作『オールライト・オブ・ナイト』で脚光を浴びたオサレなバンドだったが、当時ネオ・シューゲイズなどと目されたあの淡麗なフィードバック・ノイズやポストパンク・マナーの影にはドロドロとアンダーグラウンドの血が流れていたのだろう。このサード・フルにはドラッギーなフォークやカントリー色までうかがわれる。

スウェーデンはコペンハーゲンの現在を象徴するレーベル、〈Posh Isolation〉を主宰するHannes Norrvideによるユニット。その持ち味であるスマートなダーク・ウェイヴには、皮肉やパロディではなしに、若いいらだちやポジティヴな攻撃性が感じられて清々しい。本作は2010年前後のシンセ・ポップ・リヴァイヴァル群のなかでも、ひときわナイーヴな美しさを放っている。

本作の隣には、〈キャプチャード~〉と双璧をなす2000年代のローファイ・コロニー、〈ウッジスト(Woodsint)〉のウッズ(Woods)を並べずにはいられない。2014年の新作ではよりクリアに「歌」を取りだしてみせたエイメン・デューンズことデイモン・マクマホンだが、より混沌とした本作の、こだまのようにのんきで音響的なヴォーカルには、どこか神聖ささえ宿っているように感じられる。

2000年代後半のUSインディを語る上で絶対に避けては通れない重要レーベル〈キャプチャード・トラックス〉主宰のマイク・スニパーによるユニット、その記念すべき〈トラブルマン・アンリミテッド〉からのファースト・アルバム。なんとセカンド・プレスからは〈セイクリッド~〉からも出ていたのだ。ダム・ダム・ガールズなど当時トンガっていたガレージ、ポストパンクから、シューゲ・カタログの発掘・リイシューにも余念ないブルックリン・アンダーグラウンドの雄。

ゴシックや〈4AD〉再評価の機運が高まる2010年前後のシーンに颯爽と現れた才媛。無機質なビートと不穏なノイズが構築するダーク・ウェイヴに、ケイト・ブッシュに比較されるヴォーカル。幼少から学んだというオペラの素養は、どこかトラウマチックで険のある彼女のアルトを艶めかせ、かつフラジャイルな魅力を加えている。本作はデビュー・フルの後のEP。ジャケももっともコンセプチュアルだ。

世間的にはサード・フル『ジャレッズ・ロット(Jared's Lot)』が有名だろうか。アリエル・ピンクのバックも務めていたグレッグ・ダルトンによるセカンド・アルバム。激渋ジャケとは裏腹に、ファズとフィードバック・ノイズが効きつつも、〈キャプチャード・トラックス〉と同時代性を共有するローファイぶりがコミカルかつ愛らしい、アリエルの初期カタログを思わせるようなスキゾ系ポップ。

タイトルどおりヘイジーなサイケデリック・フォーク。ドリーミーというにはドープな空間性、〈リヴェンジ(Rvng Intl.)〉からのリリースにもうかがわれる、遠くアンビエントやドローンに接続していくような音響、ブルージーな楽曲、絶対に跳ねないヴォーカル。NYを拠点とし、現在は3人編成で活動。〈セイクリッド~〉らしさを構築する存在のひとつだ。

NYのなんともストレートなガレージ・サイケ・バンド。サーフ、ガレージ・パンクを軸に、かすかにメタルやハードコア的な要素も聴き取れるが、特筆すべきはそのポップ・センス。ぺなぺななプロダクションに愛唱すべきメロディが乗る。本当、憎めない。リリース量でも〈セイクリッド~〉において無視できない存在である。スタジオ・アルバムらしい完成度を求めるなら『トゥモロウズ・ヒッツ』を。

プッシー・ガロア(Pussy Galore)やバースディ・パーティ(Birthday Party)の影響も色濃い、オーストラリアの“サバービア”・バンド。本作は2枚めのフル・アルバムとなる。参照点は渋いものの、絶妙に垢抜けないことを仮に「ぜつあか」と呼ぶなら、彼らはまちがいなくぜつあかマスターである。しかしそれが愛らしい……と思わせられるのは、そう、このレーベルの呪いである。

言わずと知れた鬼才映画監督。彼が音楽制作も行うことはすでに周知のことだが、〈セイクリッド~〉からサントラもふくめなんやかやと7タイトルもリリースしているというのはなかなか本質的な事実! メジャー・リリースだと見え方もずいぶんと変わっていたのではないだろうか。
![]() Moon Duo Shadow Of The Sun Sacred Bones / ホステス |
ムーン・デュオといえば、ピーキング・ライツ(Peaking Lights)に負けるとも劣らぬサイケデリック夫婦。しかしノリのほうはすこし胡散臭さが勝るのがムーン・デュオかもしれない。旦那のほうが元ウッデン・シップス(Wooden Ships)のメンバーであっただけに、重心低めのブルージーなサイケデリック・ロックが底流にはあるが、たとえば本インタヴュー内でも言及される“アニマル”のMVや“スリープウォーカー”のMVなど、何かふざけたネタ感をぶっ込まずにはいられないという茶目っ気がある。毎回大きく作風を変えるわけではないが、マメにツアーに出て、生活と音楽とサイケが寄り添うような生き方をしているふたりにとっては、アルバムごとの色などよりは、そうした冗談やお茶目のほうがはるかに大事なものなのかもしれない。のんびりとまどろむようなスペーシー・ロックから、クラウトロック調、ブギ、ちょっとラフなガレージ・ナンバーまで、USのアンダーグラウンド・カップルのマイペースなノリをいっしょに楽しみたい。月のように、彼らはいつもそこにいる。振り返ったらついてくる!
■Moon Duo / ムーン・デュオ
サンフランシスコ出身の人気前衛サイケデリック・ロック・バンド、ウッドゥン・シップスのメンバーであるリプリー・ジョンソンと、妻であり元教師という過去をもつサナエ・ヤマダ(父親が日本人)夫婦によるプロジェクト、ムーン・デュオ。現在はポートランドに移住して活動をつづける。ザ・メン、ゾーラ・ジーザスなどを擁するブルックリンのブティック・レーベル〈セイクレッド・ボーンズ(SACRED BONES)〉と契約し、2011年に『メイジズ(Mazes)』、12年に『サークルズ(Circles)』の2枚のアルバムを発表。本作は約2年半ぶりとなる通算3作めのフル・レンス・アルバム。13年には都内4公演から成る初来日ツアーを敢行し、日本での知名度を上げている。
普通じゃない場所でライヴをするのが大好きなのよね。
■リプリーのウッドゥン・シップスに比べると、ムーン・デュオはもっと柔軟で、ライヴをしやすいのではないでしょうか。フルのドラムセットもスタック・アンプも要らないですもんね。あなたたちはアート・ギャラリーやディスコなど、つまりライヴハウスではない会場でライヴをされてきたと思います。典型的なライヴハウスで演奏するのと何か違いはありますか ? もしあるならば、それはどのような違いでしょうか?
サナエ:普通じゃない場所でライヴをするのが大好きなのよね。アート・ギャラリーや教会でもプレイしたことがあるし、そういうライヴはとくにに想い出深いわ。たしかにいままでのムーン・デュオはそういう変わった場所でのライヴがしやすい編成だったけれど、最近ではドラマーが参加するようになったから、以前ほど簡単ではなくなった。とはいえ、それでもおもしろい機会があればいまでもやりたいと思ってる。前にサンフランシスコの〈ジ・エクスプロラトリアム(科学博物館)〉でライヴをしたんだけど、本当に素晴らしかった。
■新作ではドラマーのジョン・ジェフリーと制作を行ないました。彼はアルバムのレコーディングのみの参加なのでしょうか?
それとも、彼はムーン・デュオのメンバーとしてライヴに参加する、あるいは参加していたのでしょうか?
サナエ:じつは、ジョンにはもともとツアーに参加してもらう約束だけで、いっしょにレコーディングすることは考えてなかったの。2013年の夏のツアーで、フェスや野外のライヴの予定がいくつかあったから、そういう場所には生ドラムがあったほうがよさそうだと思ってね。でもやってみたら、ジョンがこのバンドにすごくしっくりくることがわかって、いまではライヴではもちろんのこと、新作のレコーディングにも参加してもらうことになったの。
■今作のタイトルやジャケットはコールド・サンの『ダーク・シャドウズ』を思わせます。あの作品が好きですか? また、今作のタイトル『シャドウ・オブ・ザ・サン』は『ダーク・シャドウズ』を何かしらの形で参照しているのでしょうか?
サナエ:あのレコードは大好きよ! いままではこの作品とのつながりを考えたことはなかったけれど、言われてみればたしかに共通点があると思う。
■ムーン・デュオのサウンドはある意味で、かなりミニマルでシンプルと言えるでしょう。過去には多くのアーティストたちにリミックスをされてきました。それらのリミックス作品からどのようなインスピレーションを受けますか? 今回のアルバムの曲のリミックスを依頼したいアーティストはいますか? もしくは既に作業は進んでいるのでしょうか? もしそうであれば、現在取りかかっているリミックスを教えてください。
サナエ:サナエ:このアルバムの曲に関しては、まだリミックスを作る予定はないけれど、やってみたい気持ちはあるわ。過去のリミックス・アルバムでは、普通はあまりリミックスをやらないアーティストを起用したかったの。そういう人たちのほうが、どういうリミックスにすべきかっていう既成概念に縛られず、ユニークで一風変わったものを作ってくれそうだと思ったから。リミックスの出来にはもちろん満足してるわ。自分たちの音楽を他の誰かが解釈したものを聴くって、とてもおもしろい経験だった。それに、その経験を通じて、自分自身もまたちがった聴き方をできるようになった気がするわ。
私たちはツアーに長い時間を費やしているし、移動したりドライヴしたりということは、人生の大きな一部になってるから。
■今作のジャケットがとてもカッコいいですね。日本のグラフィックデザインの黄金期のテイストが感じられます。これはどなたが手がけたのでしょうか?
サナエ:アルバムのジャケットは、ジェイ・ショウというアーティストが手掛けたものなの。彼はアルバムのジャケットだけじゃなく、映画のポスターなどもよくやっていて、70年代風のタッチが素晴らしいと思う。少しSFっぽくて、映画的なジャケットがいいなと思っていたから、彼のデザインが本当にぴったりだった。
■今回に限らず過去品も含めて、ムーン・デュオの音楽はドライブをするときのサウンドトラックにピッタリなんですよね。作曲をしているとき、ツアーのことや車を運転することを考えますか?
サナエ:それはいい褒め言葉ね! 曲を書いているときにあえて考えているわけではないけれど、たしかに私たちはツアーに長い時間を費やしているし、移動したりドライヴしたりということは、人生の大きな一部になってるから。それに私自身、ぐいぐいと進むようなサウンドに惹かれるところもあると思う。
■ポートランドの地元の音楽シーンはどのような感じなのでしょうか? あなたたちはよく演奏はされていますか?
サナエ:ポートランドの音楽シーンはすごく盛り上がってる。住んでいるミュージシャンも多いし、毎晩どこかでライヴをやってる。それに、まだまだ小さなインディのレコード屋さんが頑張ってるわ。他のアメリカの都市では、そういう文化がなくなってきているから、本当にありがたいの。私たちはツアーしてばかりで、ポートランドに戻るとバンド活動をお休みすることが多いから、自分たちが地元シーンの一部とまでは思わないけれどね。でも、今回のアメリカ・ツアーのフィナーレは土曜日のポートランドのライヴなの。すごく楽しみにしてるわ。
■あなたたちのミュージック・ビデオはどれもある意味コミカルです。“アニマル”のビデオがどんなアイディアから生まれたかが気になります。なぜ映像ではプロのスケーターがスケボーを使わずにスケートをしているのでしょうか? 曲と映像のストーリーとの繋がりがいまひとつ理解できなかったんですよ。
サナエ:“アニマル”では、リッチー・ジャクソンという監督に依頼したの。彼の作品を私たちふたりとも気に入ってたから。ビデオを作ってほしいとお願いしたら、快諾してくれたわ。彼が好きなようにやってくれればいいし、どれだけ変わったビデオになっても構わないって伝えた。スケートボード以外のもので滑るスケーターというのは、リッチーのアイデアだった。その意外性が私たちも気に入ったわ。あのビデオは“無”や“欠落したなにか”っていうコンセプトをベースにしていて、そこが『シャドウ・オブ・ザ・サン』と共通しているところなの。
ポートランドの音楽シーンはすごく盛り上がってる。まだまだ小さなインディのレコード屋さんが頑張ってるわ。
■ムーン・デュオは全てのアルバムを〈スケアード・ボーンズ〉からリリースしています。同じレーベルに所属するアーティストや作品からインスパアされますか?
サナエ:ええ、もちろん。サイキック・イルズやフォラクゾイドは大好きだし、それにジョン・カーペンターは特別ね。それに、〈セイクリッド・ボーンズ〉からリリースされているファーマコンやゲイリー・ウォー、アーメン・デューンズの作品はどれもおもしろくてユニークだと思う。
■最近共演したミュージシャンやバンドで、誰が素晴らしかったですか? また、見つけたお気に入りのレコードはなんですか?
サナエ:今回のツアーでは、ケヴィン・モービー、ネスト・エッグ、レキシー・マウンテン、ミラーズ、ホリー・ウェーヴに参加してもらったわ。個人的にやられたのは〈SXSW〉でいっしょにライヴをしたシタールとタブラのデュオ、Gourishankar Karmakar and Indrajit Banerjeeね。彼らを見ていると、まるで自分が宙に浮かんでいるかのような気分になったわ。最近のレコードだと、〈サヘル・サウンズ(Sahel Sounds)〉からのリリースにはずっと注目していて、Mdou Moctarの『Anar』とか、Mamman Saniの2枚のアルバムはよく聴いてるのよ。

ムーン・デュオのインタヴューでも言及されている、彼らのもうひとつのホーム、〈セイクリッド・ボーンズ〉は、USアンダーグラウンドの2000年代から現在を語る上で重要なレーベルのひとつでございます。ゾラ・ジーザス(Zola Jesus)やクリスタル・スティルツ(Crystal Stilts)などはよくご存知かもしれませんね。レーベルのベースにあるのは、ムーン・デュオやサイキック・イルなどどっぷりと振り切れたガレージ・サイケですが、ゾラやクリスタル・スティルツをはじめ、ラスト・オブ・ユース(Lust Of Youth)やゲイリー・ウォー(Gary War)など、2010年前後のトレンドでもあったシンセポップやニューウェイヴ/ポストパンク・マナーが、やはりトレンドであった独特のローファイ文化と結びつき、さらにもうひとつトレンドであったインダストリアルやシューゲイズまで巻き込んでいったことは、このレーベルの鋭さを証すものでしょう。
彼らがマイナーでカルトなサイケ集団のようなたたずまいにもかかわらず、諸トレンドの奇妙な合流地点となっていたことは、次の10枚を眺めてみてもよくおわかりになるかと思います。じつにおかしな、そしてキュートなレーベルでございます。

NY出身の可憐な少女、マーガレット・チャーディエットによるファーマコンのデビュー・アルバム。絶叫、グロ、オカルティズム、ノイズ……こじらせすぎた女子による、振り切れすぎたエレクトロニクスは、ゲテモノとアートの狭間で凄まじい緊張感と違和感を放ちながら、ギリギリの官能を現出させてみせる。このジャケ同様、狂気のライヴ映像は閲覧注意!

そもそもは〈スランバーランド(Slumberland)〉からのデビュー作『オールライト・オブ・ナイト』で脚光を浴びたオサレなバンドだったが、当時ネオ・シューゲイズなどと目されたあの淡麗なフィードバック・ノイズやポストパンク・マナーの影にはドロドロとアンダーグラウンドの血が流れていたのだろう。このサード・フルにはドラッギーなフォークやカントリー色までうかがわれる。

スウェーデンはコペンハーゲンの現在を象徴するレーベル、〈Posh Isolation〉を主宰するHannes Norrvideによるユニット。その持ち味であるスマートなダーク・ウェイヴには、皮肉やパロディではなしに、若いいらだちやポジティヴな攻撃性が感じられて清々しい。本作は2010年前後のシンセ・ポップ・リヴァイヴァル群のなかでも、ひときわナイーヴな美しさを放っている。

本作の隣には、〈キャプチャード~〉と双璧をなす2000年代のローファイ・コロニー、〈ウッジスト(Woodsint)〉のウッズ(Woods)を並べずにはいられない。2014年の新作ではよりクリアに「歌」を取りだしてみせたエイメン・デューンズことデイモン・マクマホンだが、より混沌とした本作の、こだまのようにのんきで音響的なヴォーカルには、どこか神聖ささえ宿っているように感じられる。

2000年代後半のUSインディを語る上で絶対に避けては通れない重要レーベル〈キャプチャード・トラックス〉主宰のマイク・スニパーによるユニット、その記念すべき〈トラブルマン・アンリミテッド〉からのファースト・アルバム。なんとセカンド・プレスからは〈セイクリッド~〉からも出ていたのだ。ダム・ダム・ガールズなど当時トンガっていたガレージ、ポストパンクから、シューゲ・カタログの発掘・リイシューにも余念ないブルックリン・アンダーグラウンドの雄。

ゴシックや〈4AD〉再評価の機運が高まる2010年前後のシーンに颯爽と現れた才媛。無機質なビートと不穏なノイズが構築するダーク・ウェイヴに、ケイト・ブッシュに比較されるヴォーカル。幼少から学んだというオペラの素養は、どこかトラウマチックで険のある彼女のアルトを艶めかせ、かつフラジャイルな魅力を加えている。本作はデビュー・フルの後のEP。ジャケももっともコンセプチュアルだ。

世間的にはサード・フル『ジャレッズ・ロット(Jared's Lot)』が有名だろうか。アリエル・ピンクのバックも務めていたグレッグ・ダルトンによるセカンド・アルバム。激渋ジャケとは裏腹に、ファズとフィードバック・ノイズが効きつつも、〈キャプチャード・トラックス〉と同時代性を共有するローファイぶりがコミカルかつ愛らしい、アリエルの初期カタログを思わせるようなスキゾ系ポップ。

タイトルどおりヘイジーなサイケデリック・フォーク。ドリーミーというにはドープな空間性、〈リヴェンジ(Rvng Intl.)〉からのリリースにもうかがわれる、遠くアンビエントやドローンに接続していくような音響、ブルージーな楽曲、絶対に跳ねないヴォーカル。NYを拠点とし、現在は3人編成で活動。〈セイクリッド~〉らしさを構築する存在のひとつだ。

NYのなんともストレートなガレージ・サイケ・バンド。サーフ、ガレージ・パンクを軸に、かすかにメタルやハードコア的な要素も聴き取れるが、特筆すべきはそのポップ・センス。ぺなぺななプロダクションに愛唱すべきメロディが乗る。本当、憎めない。リリース量でも〈セイクリッド~〉において無視できない存在である。スタジオ・アルバムらしい完成度を求めるなら『トゥモロウズ・ヒッツ』を。

プッシー・ガロア(Pussy Galore)やバースディ・パーティ(Birthday Party)の影響も色濃い、オーストラリアの“サバービア”・バンド。本作は2枚めのフル・アルバムとなる。参照点は渋いものの、絶妙に垢抜けないことを仮に「ぜつあか」と呼ぶなら、彼らはまちがいなくぜつあかマスターである。しかしそれが愛らしい……と思わせられるのは、そう、このレーベルの呪いである。

言わずと知れた鬼才映画監督。彼が音楽制作も行うことはすでに周知のことだが、〈セイクリッド~〉からサントラもふくめなんやかやと7タイトルもリリースしているというのはなかなか本質的な事実! メジャー・リリースだと見え方もずいぶんと変わっていたのではないだろうか。

モデスト・マウス──アメリカのインディを代表するバンド、実に息の長いバンドである。彼らの音楽は、ローファイ、エモ、ポストパンクなど多彩な音楽を混ぜ、独自のスタイルを突き通している。
私がモデスト・マウスを初めて見たのは1998年、場所はシアトルだった。インディ・バンドを追って、毎日ようにショーに通っていた頃だ。UP Recordsの知り合いに紹介してもらったことを覚えている。
アイザック・ブロックの荒々しいが沈着したヴォーカル・スタイルは魅力的で、たくさんのペダルを操り、スタディな演奏を淡々とこなしていく印象だった。
その後も何度か見る機会があったが、彼らのスタイルは一貫していた。UPからリリースされた『This Is A Long Drive For Someone With Nothing To Think About』(1995年)と『The Lonesome Crowded West』(1996年)の2枚のアルバムはとくに好きで良く聞いていたが、いつの間にか、じょじょに、私はフォローしなくなっていた。
2015年、モデスト・マウスは、8年ぶりに新しいアルバムを『Strangers To Ourselves』をリリースした。
久しぶりということもあって、この新作は話題になった。アルバムを提げたショーがNYのウエブスター・ホールで開催された。私は、懐かしい思いで見に行った。
ところが、彼らは昔私が知っているモデスト・マウスではなかった。第一、彼らがこんなに大衆に人気のあるバンドだということに驚かされた。なにしろ、1500人収容出来る会場が2日間ソールドアウトだ。しかもチケット代は$50(先日見に行ったポップ・グループでさえも$25)。会場のまわりにはダフ屋がたくさんいた。私もチケットを法外な値段で売り付けられそうになった。偽チケットもたくさん出回ったらしい。
オーディエンスの平均年齢は30歳くらいだろうか。圧倒的に男が多い。どちらかというと、ニュージャージー辺りから出てきて、この日のショーのために良い服を誂えた感じの人たちだった。ヒップスター率は0。

ショーは新曲を中心に演奏された。驚いたことに、アイザック・ブロックは17年前に見た時のスタイルとほとんど変わっていない。変わったのは、ステージ上にいるメンバーの数だ。ドラム3人、ギター3人、ベース1人、キーボード、チェロ、トランペットなどなど、およそ10人が常にステージにいる。アイザック側で彼のギターのチューンをしていた女性が、次の瞬間はステージでトランペットを演奏する。ドラムの後ろに控えていた男性が次の瞬間には、スレイベルを演奏する。メンバーは曲ごとに楽器をころころ変える。バンドというよりは、コミューンの音楽集団のようだった(スウェーデンのゴートを思い起こしつつ)。
前方のオーディンスは、ほとんどの曲がシンガロングで、身動きが取れない状態で興奮している。レコード会社が陣取るバルコニーのVIP席もたくさんの人で埋まっていた。普段のショーではない、会場のウエブ・スターホールのオーナーまでが、バルコニーのコーナーを借り切って見に来ていた。

ショーは、アンコールも含め、様々な楽器が飛び交う、派手なものだった。ミュージシャンの質も抜群で、それでいて全てアイザックの演奏が前に出るようになっている。17年前とスタイルがほとんど変わっていないのに(しつこい!)、この人気はなんなのだ。
そして、もはや「インディ」とは呼べない規模なのに、アイザックからは「インディ」の匂いが消えない。モデスト・マウスという乗り物に乗り続ける彼の姿勢は、20年以上たっても変わらないのだ。
彼の音楽は、真摯で、垢抜けず、心に突き刺さる。一貫したものがある。メンバーが代わっても関係ない。もう一度、モデスト・マウスのアルバムを聴きなおしてみよう。


この映画に関してはコラムで何度か書かせていただいてますが、最近はエロくてグロい音楽活動もなさっておられるという菊地凛子さんと、わたし(注:ブレイディみかこ)の息子がなぜか母子役で共演。などという市井の地べた民の身にとんでもないことが起きてしまった奇跡の作品であり、それが遂に東京開催のイタリア映画祭で上映されることになりました。
で、日本の事情を知らないレオという監督さんが、水曜日の午後2時半なんて中途半端な時間に入れられたんだけど誰も来なかったらどうしよう。とビビっておられるので、「4月29日は日本のバンク・ホリデーです」と伝えるとちょっと安堵されたようですが、なにしろ若き新人監督のこと、「遠い極東の国でガン無視されたらどうしよう」と不安を募らせておられるようなので、こうして母ちゃんがニュース欄にまではみ出して来てしまいました。
本作の見どころは何と言っても、エキセントリシティやオブセッションを芸風にしてきた菊地凛子が、幼い子供との悲しい別れを体験する母親の役を地味&静かに、ある種のぬくもりさえ漂わせながらナチュラルに演じておられる点で、これは彼女のファンにとっても新たな顔の発見になるのではないでしょうか。共演者には、ハリウッド版『ドラゴン・タトゥーの女』でルーニー・マーラを手籠めにして大復讐される極悪非道な変態弁護士を演じた(映画ファンの方々には「あー、あの人」と膝を打っていただけるでしょう)ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン(本作では善人役です)や、BBCドラマ『ロビン・フッド』で乙女マリアン役を演じた(こちらも英国在住歴が長い方々には膝を打っていただけるでしょう)ルーシー・グリフィスらがいます。また、オスカー受賞のエディ・レッドメインはイートン校出身でウィリアム王子のご学友、ベネディクト・カンバーバッチも名門私立ハーロウ校出身でリチャード3世の血縁、などと俳優の上流階級化が叫ばれる現代のUKにあって、子役のケン・ブレイディは底辺託児所卒園という輝かしい経歴の持ち主であり、ASDAの3ポンドTシャツを着て出演しております。
さらに、本作の美術&衣装を担当したミレーナ・カノネロは今年『グランド・ブタペスト・ホテル』の衣装デザインで4度目のオスカーを受賞しました。菊地凛子演じる日本人女性の心情の変遷と衣装の色彩の変化が美しくシンクロしていることに注目していただきたい。
また、編集はミヒャエル・ハネケ監督の長年のコラボレーターであるモニカ・ヴィッリ(『愛、アムール』『ピアニスト』)が担当し、統括プロデューサーのエルダ・フェッリはジョン・ライドンの唯一の主演映画『コップキラー』のプロデューサーというだけでなく、第71回アカデミー賞で外国語映画賞、主演男優賞、作曲賞を受賞したイタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』のプロデューサーでもあります。
こっそりすごい人たちが集まって作った映画なのですが、如何せん宣伝力がありません。日本の配給会社も決まっておりません。ご興味をお持ちの方は母ちゃんにご連絡ください。まずはイタリア映画祭でお会いしましょう(って、わたしは現地におりませんが、監督と菊地凛子さんはおられます。舞台挨拶もあります。また、会場でいかにも場違いな感じの肉体労働者風の爺さんを見かけたら、それは95%わたしの博多の親父です)。
イタリア映画祭2015
『ラスト・サマー』特別上映 4月29日(水・祝)14:30~
https://www.asahi.com/italia/2015/works.html#z
東京会場:有楽町朝日ホール
東京都千代田区有楽町2-5-1 マリオン11階
https://www.asahi-hall.jp/yurakucho/access/
※有楽町マリオンの映画館チケット売場横のエレベーターで11階までお越しください。
※東京会場チケット情報はこちらへ
https://www.asahi.com/italia/2015/tickets_tokyo.html



