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WORK & NON-WORK / NOISE MADE BY PEOPLE / HAHA SOUND / TENDER BUTTONS / FUTURE CRAYON / BROADCAST AND THE FOCUS GROUP INVESTIGATE WITCH CULTS OF THE RADIO AGE
かれこれ4年前ですか。2011年1月14日、ブロードキャストのヴォーカル=トリッシュ・キーナンが肺炎による合併症のため、42歳という若さで死去した。この一報、世間では小さな出来事だったかもしれないけれど、ある種の音楽ファンには大きすぎるショックを与え、筆者などはいまだもってブロードキャストの名前を見聞きするたびに静かに悲しみが押し寄せるのを感じて、それを恐れてしまい、好んで再生することが何年も訪れない状態にあった。
しかし、彼女の死から2年後の2013年に突然リリースされた同名映画のサウンドトラックであり、トリッシュ生前最後の録音作『バーバリアン・サウンド・スタジオ』における幽玄清浄なトリッシュの歌声、そして、いまやブロードキャストただひとりのメンバーとなってしまったマルチ・インストゥルメンタリスト=ジェームス・カーギルによる偏執的サウンド・コラージュ/エフェクト(それはスティーヴン・ステイプルトンの音響寵愛っぷりと十二分にタメをはる!)に浸ると、そんな危惧はどこへやら。再び扉を開けてしまったブロードキャストのめくるめく音響世界から抜け出せなくなっている私がいるのだ。
そんな折に、ブロードキャストの旧作がまとめて6タイトルもリイシューされる、というのだからじっとしていられない。まずは、初期のEPを集めた〈ワープ〉移籍後初の顔見せとなるコンピレーション盤『ワーク・アンド・ノン・ワーク』(1997)。ここでは、ステレオラブが運営する〈デュオフォニック〉からリリースされた初期の超名作EP『ザ・ブック・ラヴァーズ』を筆頭に、サイケデリック畑でゆらゆらゆらめく60年代ソフトロック〜アシッド・フォークを正しく継承したポップ・エレクトロニクスを存分に聞かせてくれる。トリッシュの陰影豊かな歌声はもちろん、5人のバンド編成によるアレンジのエレガントさはピカいちで——同世代を駆け抜けたものの、いまや多くがどこかに消えてしまったポスト・ステレオラブな「サイファイ一派」にくくられながらも——その繊細さと特異な陰りはどこまでも孤高で豪華だ。
つづく『ザ・ノイズ・メイド・バイ・ピープル』(2000)は、前述のコンピレーションでもすでに完成していた彼らの美学が一枚の作品として丁寧に結実したファースト。前作から3年ということもあり、ブロードキャストの肝であるアレンジ力に格段と磨きがかかり、リズム隊のしなやかさとキーボードのトリップ感には耳がくらむばかり。
セカンドの『ハハ・サウンド』(2003)では、これまでのシネマティックでエレガントなサウンドにミニマルでクラウト・ロック的な昂揚感が加わり、ときに荒々しく、ときに宇宙に溶け入りそうなアナログ・シンセがあちこちを飛び回る。それはまるで、60年〜70年代にロックと電子音楽(現代音楽)を融合させた先駆者たち、たとえば、シルヴァー・アップルズ、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ、50フット・ホースらのもつ蛍光色のアシッド感覚を彷彿とさせるもので、どこか冷ややかながらもハハの温もりも秘めたトリッシュの歌声がそこに不純物のない透明感を注ぎ入れる。チェコ発ゴスロリ・ホラーの古典的映画『闇のバイブル 聖少女の詩』の主人公ヴァレリーに捧げられた“ヴァレリー”や“ビフォア・ウィ・ビギン”など極上のバラードも用意されていてうっとり。
そんな『ハハ・サウンド』の延長上にありつつも、トリッシュとジェームスによるデュオ編成となり、結成10年めにリリースされたサード『テンダー・ボタンズ』(2005)は、彼らのシュールレアリスム志向が穏やかに爆発した作品だ。トリッシュによる「自動筆記」から生まれたリリックは、無意識が作り出す超現実世界を描き出し、いつになく危ういノイジーなサウンドとダイナミクスを増したメランコリアが、(まるでヴェルヴェッツの2枚めのように)白い光と白い熱を放ちながら通りすぎる。トリッシュの歌唱にニコの亡霊が宿っているとしか思えない“テンダー・ボタンズ”から、ストロボライトのように眩いばかりのシングル曲“アメリカズ・ボーイ”につながる美しさはほんと永遠。ほとほと聞き惚れてしまう。
そして、アルバム未収録だったEP曲やオムニバス提供曲を寄せて集めた編集盤『ザ・フューチャー・クレヨン』(2006)を経てリリースされたのが、ザ・フォーカス・グループとのコラボ作品『インヴェスティゲイト・ウィッチ・カルツ・オブ・ザ・レディオ・エイジ』(2009)である。ブロードキャストの2人同様、膨大なレコード・コレクション/ライブラリー音源を駆使したSFサイケデリック・コラージュ作品をリリースし、レーベル〈ゴースト・ボックス〉も運営するザ・フォーカス・グループことジュリアン・ハウスとの相性はばっちり! おとぎ話のように幻想的で奇特なやりとりは驚くほどにつうかあで、とびきりのユーモアの背後を「ラジオ時代の悪魔崇拝の考察」というきな臭いタイトルがもの言うように、どこまでもアヴァンギャルドでモンドでオカルティックな彼岸的音響がゆあーんゆよーんと漂い遊ぶ。トリーシャの歌というよりも不吉な語りによる木霊なんて、ノイズ・ファンの間でカルト的人気を集める幻覚サイケ・エレクトロニクス・デュオ=モーヴ・サイドショーのそれを彷彿とさせる瞬間まであるではないか。
そんな不吉な予感にみちた作品を残してこの世を去ったトリッシュ・キーナン。魔性の魅力で男を惑わせて破滅に導くはずの「ファム・ファタール」は、思いもかけない不慮の病で唐突に人生の幕を閉じた。思えば彼らが〈ワープ〉から登場したのも唐突であった。97年といえば、エイフェックス・ツインがEP『カム・トゥ・ダディ』を、オウテカが4枚めのアルバム『キアスティック・スライド』を〈ワープ〉からリリースした年で、エレクトロニカ以前のジオメトリックな暴力性と、インテリジェンスな皮肉さがものの見事に融合し、時代をリードした何度めかのテクノのたけなわ期である。そんなアンチ・ロック・ムードな時代に、シーフィールらとともにバンド編成による最新エレクトリック・ミュージックを実践するブロードキャストを発信させた〈ワープ〉の目のつけどころには恐れ入るばかりだ。そして当時、その異色のラインナップを耳にしたとき、自分が測り知れない新時代に立っているような、そんな妄想を抱かせてくれたものだ。
闇の奥にぽっと青白い火花を発して、そのままふっと消えてしまったかのごときトリッシュ・キーナンの声と存在。その優しげながらもどこか遠い印象を与える洗練された空虚がいまも耳の底に残る。しかし、結成20年めのいま、あらためてブロードキャストの諸作品を聴くこと。この良きタイミングのリイシューによって、彼らをリアルタイムで知らない世代に光明がもたらされ、彼らを語る際につきまとっていた暗い悲しみの渦が、さらさらと明るい未来に流れ出すのを感じられるのは筆者だけではないはずだ。
久保正樹