「!K7」と一致するもの

 「女の子」の手で「女の子」を再定義・再肯定するムーヴメントが地を這いながら立ち上がってきた。今まで家父長制社会にジャッジされ、引き裂かれ、苛まれてきた「かわいい」/「女の子」が、シシガミの首のようにようやく一つの身体へ取り戻される。数多の「私」たちが主体的に「かわいい」を掴み取り、「女の子って最高」と叫ぶ。真夏の海辺で着せられた真っ白いワンピースに染み込んだ血が乾き、ピンク色のフラッグになる。よい潮流だ、すばらしい、もっと激しくなれ。もっと燃えろ、全部塗りつぶせ。
 ……このフェミニズムの一ストリームを心から応援している一方で、(私/俺/わし/自分/?)は常に輪の外側にいた。別に「あの子たちが仲間に入れてくれない」と拗ねて見せたいわけではない。(私/俺/わし/自分/?)自身が「かわいい」にも「女の子」にもピンときていなかったのだ。
 そもそも「女の子」というたった三文字の背後に、長大な違和感がとぐろを巻いている。「女」に関しては、かぎかっこつきでまあ受け入れるにしても固定される感じが不愉快である。そしてそれ以上に、「子」が本当にいやだ。「男」「女」以外のベクトルを無限にはらんだ宇宙を揺れ動きたい。成熟した人間でいたいしそう見られたい。「かわいい女の子」が誰かの救いであると知っていても、(私/俺/わし/自分/?)はどうにも「そう」じゃない。
 「求めていないなら全部ほっときゃいい」と言うことはできる。それでも(私/俺/わし/自分/?)の戸籍は「女」だ。自分を「女の子」だと思っていなくても、「かわいい」/「女の子」を内面化せずに生きていけるわけがなかった。生きているだけで、そこらじゅうに「かわいい」/「女の子」を是とする思想に衝突し続ける。クラスメイトが突然金髪メッシュを入れてきたのにいっさい気がつかないぐらい人間の顔に意識が向いていなくても、目が大きくて顔が小さくて肌に毛がないほうが「いい」ことは知っている。「かわいいは作れる!」……ん~~、はい、うーん。

 「かわいいは作れる」の一種の完成形として、「ル・ポールのドラァグレース」は面白い。Netflix で配信されているこの番組は、次世代のドラァグ・スーパースターの座を懸けた過酷なショーレースを追う人気バラエティだ。ドラァグクイーン界のゴッドマザーであるル・ポールの後継者に選ばれるべく、クイーンたちが毎回難しい課題に挑む。「化粧経験のない女性格闘家をドラァグクイーンにせよ」とか「化粧品ブランドのプロモーションCMを撮影せよ」などといったメインのチャレンジが設定され、その成果をランウェイで披露するのだ。衣装作り、メイクアップ、パフォーマンス、全てを自ら考えて実践せねばならない。最下位の評価を下されたクイーンは脱落となる。ル・ポールに「胸を張って消えなさい」と言われたらそれが合図だ。あなたは美しいが、その美はこの場以外で発揮されるべきだと、はっきり宣告を受けるのである。
 「ドラァグレース」における美とは、己と己が置かれた環境に対する解釈であり、それを実現する技術である。レースにおいて評価の基準にされるのは元の顔立ちではなく、常に与えられた課題に対する応答の内実だ。勝ち残るためには高い能力とメンタリティが不可欠である。課題に込められた意図を読み取り、何が求められているのかを考え、自分にしかできない解答を提示しなくてはならない。
 「ドラァグレース」ファーストシーズンで、ル・ポールがクイーンたちを鋭く叱責するシーンが出てくる。撮影終了後の出演者が再集合してレースの振り返りトークをする回のさなか、一人のクイーンが「審査員の批判で傷ついた」「私に対する評価は不当だった」と表明したことがきっかけだった。彼女の名前はシャネル。ラスベガスの一流ショーガールだ。
 シャネルはレースの最中、ずっと「今回は負ける要素がない」「私が一位になる以外ありえないと思う」などと勝気な態度を取っては、最終的には彼女が思うほど評価されない、という状況を繰り返してきた。そのたびにシャネルのストレスは蓄積し、最終的には自ら「このゲームを降りたい」とまで口にする。シャネルには自信がありそうでないのだ。泣きそうになりながら批評を受ける苦痛を語るシャネルに、ル・ポールは言い放つ――「あなたたちはスターなの、違うなんて言わせないで」と。そもそも全員スターであることは前提で、批評はより高い場所へ至らしめるための道具なのだと、ル・ポールは言おうとしていた。
 映像を見ながら、勝手に自分が叱られているような気分になってぞわぞわと恐怖していた。「ル・ポールのドラァグレース」がもし持ち前の顔で判断するコンテストであったなら、この審査員たちはここまできついことは言わないであろう(審査員たちがこの番組の外でどのような発言をしている人物かはよく知らないのだが、それぐらいの倫理観は期待していいと思う……日本じゃあるまいし!)。むしろ純粋に技術力やテーマ解釈の能力が問題であるからこそ、職人が建てた一軒家を診断するように審査員は美に口を出す。「かわいいは作れる!」の行く末、それは救いかといえば、それでもシャネルの涙は彼女の目尻を濡らしたのだ。たとえ持って生まれたものに言及されなかったとしても、美しいこと、スターであることが前提であったとしても、それでも「美のジャッジ」に耐えるのはつらかったのだ。自らこの過酷さを仕事にする決意を持った一流ドラァグクイーンでも苦しいことに、どうしてそこらをうろうろ生きているだけの一人間が耐えられるだろうか?

 「かわいい」のゲームに勝てずに泣いている人には二種類いる。ゲームに勝ちたくて泣いている人と、ゲームをやめたいのにやめられなくて泣いている人だ。「かわいいは作れるんですよ」と囁く行為が救うのは「かわいい」のゲームで勝ちたいと思う人だけであって、ゲームを降りる方法はそこにない。そして「かわいいは作れる」は、容易に「かわいいは作れるものなのになぜ作ろうとしないんですか?」に転化するだろう。ぼんやりと生きているだけで足元にゲーム盤が広がっていた人間にとっては犯していない罪で責められているようなものだ。
 あるいは人の数だけ「かわいい」はあるのだと言ったとしても、それは「勝ち」判定のオルタナティヴを増やすという意味であり、ゲーム自体は持続する。(私/俺/わし/自分/?)ももちろん「かわいい」は後天的に構築可能だと思うし、「かわいい」の「正解」があらゆる要素を含んで人数分存在する状態はある種の光で、どちらも非常に重要な主張であると考えている。だが、それだけでは足りないのだ。道はもう一ついる。すなわち、「そもそも「見た目をよくする」という方向性を選ばない」ことを大いに許す道が!
 見た目が泥でもそれはただの選択肢のうちの一つだ。あなたが存在することに誰一人けちはつけない、誰もが「よい/悪い」のベクトルに進んで乗らねばならないいわれはないのである。全員が全員肌をつるつるに脱毛して、きれいに化粧をして、髪の毛をきれいに整えておかねばならない――「女」という記号に課せられる重圧をきちんとはねのけるには、己が乗せられたゲーム盤自体を叩き壊して外へ出る必要がある。これは全員見た目に手を入れることをやめろとか汚い格好をしろという意味では全くない。強く切実な覚悟を持って美の世界に身を置く人を否定するものでもない。この社会で生きている限り身の内に溜め込まざるを得ない見た目にまつわる規範と批評とベクトルを、きちんと捨てたいということだ。そして捨てた「その先の世界」が、脅かされずにちゃんと存在している必要があるということだ。簡単ではない。(私/俺/わし/自分/?)も言い出しておいて全く内面化したルッキズムを追い出せていない。いまだこの選択肢は道として確立されていない。黒々とした濃密な山である。
 Like逢坂山。

 逢坂山を歩む人影があった。蝉丸である。その目は光を映さず、故郷の景色をもう一度目に焼き付けるために振り返ることもない。ただ緑の匂い、汗の匂い、己の息遣い、杖の先に感じる泥の感触、背負った琵琶の重みが、己が父たる帝に追放されたことをじっくりと理解させる。帝が求めていたのは目の見える皇子であった。都を追われた蝉丸にもはや声をかけてくれる人はいないかと思われたが、ある貴族は山中に庵を用意してくれた。蝉丸は庵に留まり、琵琶をつまびく暮らしを始める。
 あるとき、思わぬ客人が庵へ入ってきた。蝉丸の姉・逆髪である。逆髪は名前の通り天を戴くように髪の毛が逆立っており、櫛で梳かしても戻らない。逆髪は気が狂ったために一人御所を出て野をさまよっていたが、流浪の最中に弟の演奏によく似た琵琶の音を認め、庵へ引き寄せられたのであった。逆髪と蝉丸はしばしの間語らう。やがて逆髪はまた別の地へ流浪し、蝉丸はそれを見送る。

 能「蝉丸」で目をひくのは、蝉丸以上に姉の逆髪だ。重力に逆らった平安時代のLOCA(“狂った女”)が、猿の声と木々のざわめきだけが響く山の中を亡霊のように渡る。その景色を想像するだけでむしょうに胸のすく思いがする。この姿を見て人は逆髪は狂ったと判断したのだろうが、逆髪は自分の立ち位置について冷静に把握しているし、水に映った自分の姿を見てその浅ましさに呆れているように、都の論理を内面化している様子もある。理解はしているのだ。ただそこに迎合せず、逆髪は流浪を選んだのである。
 二人が出会う蝉丸の庵があるのは、関所で有名な逢坂山だ。都と外界をつなぐ場所、都市の外縁である。二人はいわば都の秩序と外界の無秩序のせめぎ合う場所で出会い直したのであった。都から見れば都を追い出された似た者同士であるとも言えるが、外縁から見てみると、〈中央〉を追い出されてもなお天皇家のたしなみとしても継承されてきた琵琶を持ち、誰かの訪問を受けられる固定の住所を得ている蝉丸と、自ら〈中央〉の外へ出て汚れた姿で一人さまよい、蝉丸と語らった後も放浪を続ける逆髪とでは、やはり性格が異なる。どちらがよいとかどちらが悪いとかではない。ただ秩序をずらすことと完全に秩序の外に出て行くのとでは、〈中央〉に対する批評性は同一であっても行動として全く違う性質を持つのだろうと考えている。
 逆髪は笑っている。この笑いは自嘲なのだろうか? 己の髪が逆立っているのも逆さまであるが、天皇の子である自分を市井の子どもたちが笑うことも身分上の逆さまである。全ては逆転する。もはや逆髪にとってはただ逆さまであることが単純に面白いのではないか。逆髪は全てがひっくり返っているから、何もかもに逆さまになる可能性があることも知っている。それがむしょうに面白い。
 別に逆髪に「新しい女の子」像を求めるような恣意的な話をしたいわけではない。逆髪の人生は逆髪の人生だ。ただ、王権のひずみを身に抱えた人が山奥で笑うとき、その声は2019年の泥沼でのたうつ(私/俺/わし/自分/?)の耳にも届くのだ。逆髪もまた、身の内に築かれた王権の論理を追い出しきれないまま、それでも耐えきれずに山で笑うことを選んだ。葛藤、自己矛盾、これらを友として、(私/俺/わし/自分/?)もまた笑う流浪者になりたい。胸も張らず消えもしない、ただ美の権力を離れた場所でこの世を真剣に面白がるのだ。ぎゃはは! 固く踏み固められた強く新しい道を作るために、まずは殺意を持って足の裏に全体重を懸ける。笑う流浪者の歩みがゲーム盤を破壊するのだ。全部踏み潰す、己の足で踏み潰す。完全にぶち壊したら盤の破片集めてゲリラどんど焼きしよう、消防呼ばれるまでのタイムアタックで……。

Flying Lotus - ele-king

 みなさん覚えているでしょうか、昨年8月のあの衝撃を……。5年ぶりにリリースされた新作『Flamagra』が絶好調のフライング・ロータスですが、そのヒットを記念しなんと、彼の初長編監督作品となる映画『KUSO』が再上映されます。会場は渋谷・シネクイントで、6月14日(金)から20日(木)までの期間限定公開。昨年見逃した方はこの機会を逃すなかれ!
 ちなみに『別冊ele-king フライング・ロータスとLAビートの革命』にはフライロー本人の貴重なインタヴューをはじめ、映画の文脈から『KUSO』を論じた三田格のコラム、『Flamagra』収録曲“More”のMVを手がけた渡辺信一郎およびストーリーライダーズの佐藤大、『KUSO』に楽曲を提供したゲーム音楽家の山岡晃による濃厚な鼎談なども収録されていますので、未読の方はぜひそちらもチェックをば。

最新作『フラマグラ』が好調のフライング・ロータス
アルバムの世界的ヒットを記念し、初長編監督作品『KUSO』
まさかの再上映決定!!

底なしの創造力でシーンの大ボスとして君臨するフライング・ロータスが、マグマのごとく燃えたぎるイマジネーションを詰め込んだ超大作『Flamagra』。アンダーソン・パーク、ジョージ・クリントン、サンダーキャット、トロ・イ・モワ、ソランジュら、錚々たるゲスト・ヴォーカルに加え、デヴィッド・リンチまでもがナレーションで参加するなど、豪華客演も話題沸騰中の本作の世界的ヒットを記念して、フライング・ロータスが初映画監督を務めた作品『KUSO』が渋谷・シネクイントにてまさかの再上映決定!

『Flamagra』には、もともと『KUSO』のサウンドトラックとして起用された音源が多く収録されるなど、非常に関連の深い二作品。2017 年のサンダンス映画祭での公式上映の際には多数の観客が上映途中に席を立ち、“史上最もグロテスクな映画”とも称された本作品は、昨年8月に渋谷・シネクイントで公開され、再び6/14(金)より一週間限定で上映される。

『KUSO』上映情報
上映期間:6月14日(金)~6月20日(木)レイトショー
会場:渋谷・シネクイント(渋谷区宇田川町20-11 渋谷三葉ビル7階)
料金:通常料金(R18指定)
*チケットは6/7(金)21:30よりシネクイントHPにて発売。
残席のある場合は6/8(土)劇場オープン時より劇場窓口でも販売開始。
*内容はすべて予定です。いかなる事情が生じましても、ご購入後の鑑賞券の変更や払い戻しはできません。
*場内でのカメラ(携帯電話を含む)・ビデオによる撮影・録画・録音等は、固くお断りいたします。

[STORY]
ロサンゼルスでの大地震後、人々は奇病におかされながらの生活を送っていた。首に喋る“こぶ”ができた女、ある“とんでもない虫”で人を治療する医者、常にお腹を下している男の子、コンクリートを食べる女性……様々な人々が織りなす、それぞれの狂気のストーリーが描かれた94分間。もはや最後には感動すら覚えるこの作品、あなたは耐え抜くことが出来るだろうか……!

監督:スティーヴ
音楽:フライング・ロータス、ジョージ・クリントン、エイフェックス・ツイン、山岡晃
出演:ハンニバル・バーエス、ジョージ・クリントン、デヴィッド・ファース
2017年/94分/アメリカ/英語/カラー/DCP
原題:KUSO R18+
配給:パルコ
宣伝協力:ビートインク

フライング・ロータス最新作『Flamagra』は現在好評発売中。国内盤にはボーナストラック“Quarantine”を含む計28曲が収録され、歌詞対訳と吉田雅史による解説に加え、若林恵と柳樂光隆による対談が封入される。初回生産盤CDは豪華パッケージ仕様。またTシャツ付セット(BEATINK.COM限定でXXLサイズ取扱あり)も限定数発売中。2枚組となる輸入盤LPには、通常のブラック・ヴァイナルに加え、限定のホワイト・ヴァイナル仕様盤、さらに特殊ポップアップ・スリーヴを採用したスペシャル・エディションも発売。

なお国内盤CDを購入すると、タワーレコードではオリジナル・クリアファイル、BEATINK.COM / HMV / diskunion、その他の対象店舗では、GUCCIMAZEによるロゴ・ステッカー、amazonではオリジナル肖像画マグネットを先着でプレゼント。また、タワーレコード新宿店でアナログ盤を予約するとオリジナルB1ポスターが先着でプレゼントされる。

また、6/8より2日間開催される〈WARP〉30周年記念ポップアップストアでは、最新作『Flamagra』の発売を記念したTシャツ、ロングスリーブTシャツ、パーカーが発売される。

label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: FLYING LOTUS
title: FLAMAGRA
日本先行リリース!
release: 2019.05.22 wed ON SALE

国内盤CD:BRC-595 ¥2,400+tax
初回盤紙ジャケット仕様
ボーナストラック追加収録/歌詞対訳・解説書付
(解説:吉田雅史/対談:若林恵×柳樂光隆)

国内盤CD+Tシャツセット:BRC-595T ¥5,500+tax
XXLサイズはBEATINK.COM限定

Skepta - ele-king

 グライム・シーンの立役者であるスケプタの5作目となるアルバム『Ignorance is a Bliss』がリリースされた。このアルバムは彼のシーンの「キング」としての地位を誇示するとともに、グライムの感覚を一歩前に進める意欲作だ。

 2016年にリリースされた前作『Konnichiwa』でロンドン発祥の「グライム」を世界に知らしめ、メインストリームに押し上げたスケプタは、ここ3年でも多くの話題を呼んだ。エイサップ・ロッキーとのコラボレーション曲“Praise the Lord”でプラチナの獲得、ナイジェリアへのカムバックツアーの成功、ウィズキッド(Wizkid)とのコラボレーション“Energy (Stay Far Way)”とのヒット、Nike とのコラボレーションの「Sk Air」シューズの発売、Louis Vuitton メンズのアーティスティック・ディレクターとなったバージル・アブローとの交友、など話題には事欠かない。

Wizkid - Energy (Stay Far Away)

 華々しい表舞台での活躍の一方で、スケプタはUKの次世代のラッパー、ミュージシャン、デザイナーもサポートしてきた。例えば、Levi's と協働し Levi's Music Project で若手のミュージシャンと新たな場作りをおこなったり、自身のブランド「MAINS」で若手デザイナーやアーティストを起用したりしている。音楽だけでなく、ファッションやデザインの領域でも様々な形でシーンをリードする存在となった。

Skepta | Levi’s® Music Project

 音楽面で言えば、新旧グライム・シーンのショーケース的なパーティである《Grime Originals》にサプライズ出演したり、自身のヨーロッパ・ツアーのサポートアクトにランシー・フォックス(Lancey Foux)、67、スロータイ(Slowthai)といったグライムの枠にとらわれない若手アーティストをラインナップしたりと、サポートを継続してきた。
 そしてリリースされた本作は、オーセンティックなグライムの感覚を一歩前に進めた意欲的な作品となっている。

 先行シングルでリリースされた“Bullet from A Gun”は、生まれ育ちや身の回りの刹那的な人間関係について突き放した目線で歌い出す。そこで彼自身に大きな力を与えていると語るのは、彼の両親のルーツであるナイジェリアであり、最近のスケプタ自身の家族である。MVでは最近赤ちゃんが生まれた彼が、地下鉄のプラットホームで乳母車を横置きしながらラップしている(アルバム・ジャケットの真ん中にも、赤ちゃんを抱えた男性が写っている)。

Skepta - Bullet from A Gun

 2. “Greaze Mode”からの3曲でセルフボーストが続く。彼のフロウはストレートに言葉をはめていくスタイルだが、アメリカ人にも聴き取れるクリアなデリヴァリーを意識していることに気づいた。『Konnichiwa』ではそのラップのフロウが不自然に感じられるほど意識的だったが、今回は肩の力が抜けているというか、自然なフロウになっているのが良い。

 ジェー・ハス(J Hus)を迎えた5. “What Do You Mean?”では得意のアフロビートではなく、ヒップホップで歌い上げる。6. “Going Through It”では一転してオーセンティックなグライム・ビートで、ワンラインで歌い続けるスケプタの本領を発揮し、オールドスクールなトラックの7. “Same Old Story”につながる。女性との関係を歌った1曲ではあるものの、以前ビーフがあったワイリーのビート・サンプルを使っていることで、ファンにとってはワイリーとの関係を(勝手に)深読みさせるラインとなっている。

 このアルバムの核心は次の3曲で、8. “Love Me Not”、ランシー・フォックスが客演の9. “Animal Instinct”、Wizkid 参加の10. “Glow in the Dark”でエモーショナルなメロディで畳み掛けるラップと歌い上げるフックのメロディが新しく、またUKらしさ、グライムらしさも感じさせ、リリカルな表現も多彩さが光る。最後の3曲は再びクラシックなグライムとなり、クルーの BBK を迎えたグライムレペゼンの12. “Gangsta”、そしてナイジェリアで袋詰めで売られている氷水パックにインスパイアされたという13. “Pure Water”で幕を閉じる。

Skepta - Pure Water

 このアルバムのステートメントは、まさにタイトルである「Ignorance is Bliss (無知はこの上のない至福だ)」に込められている。ここでは、むしろ「ignorance」と同じ語源を持つ「ignore」、つまり無視という能動的な言葉に寄って解釈できないだろうか。長年存在してきた“しきたり”や、自分が作り上げてきたこれまでの遺産を“無視”して、「やりたいようにやる」こと。または、他人が期待することや思考の枠組みを意図的に“無視”すること。新たなチャレンジに必要な無視によって、“無知”を肯定する哲学こそが、このアルバムを貫いている。

 サウンド面では前作『Konnichiwa』よりもグライム色がより強くなっているものの、懐古主義的なサウンドではなく新たなサウンドを模索している。また、ワンライン繰り返しのサビ、ハスラーの定型表現といった“お決まり”には縛られておらず、音、詩の両面で様々な挑戦をしている。コンパクトながらアルバムというフォーマットにふさわしい重層的な作品だ。

空間現代 - ele-king

 空間現代が、Sunn O))) のスティーヴン・オマリー主宰のレーベル〈Ideologic Organ〉よりリリースした7年ぶりのオリジナル・アルバム『Palm』の発売を記念し、日本国内ツアーを、そして東京・渋谷WWW にてワンマン・ライヴを開催する。6月9日に自らが運営する京都のスタジオ/ライヴハウス「外」にて、盟友である YPY、行松陽介、oddeyes が出演するレコ発を皮切りに、日本各地を周るとのこと。ツアー最終日は8月14日、東京・渋谷WWW にて、空間現代のワンマン・ライヴが開催。音響に宋基文、照明に高田政義を迎える。東京公演の前売券は6月1日より発売中。ツアー詳細は下記より。

SoundCloud / Apple Music / Spotify

空間現代『PALM』レコ発ツアー開催決定

Zomby - ele-king

 すでにチェック済みの方も多いかもしれないが、去る5月17日、ゾンビーが新たなEP「Vanta」をリリースしている。これまでおもに〈Hyperdub〉や〈4AD〉から作品を発表してきた彼だけど、今回はイマジナリー・フォーシズやツーシン、メルツバウなどを送り出しているドバイの〈Bedouin〉からのリリースで、いやはやこれがじつにクールなテクノ・トラック集に仕上がっているのである(本日更新したスポティファイのプレイリストにも1曲選出)。アナログ盤はクリアヴァイナル仕様でこれまためっちゃかっこいいんだけど……なんと、デザイナーは『ゲーム音楽ディスクガイド』を手がけてくれた Zodiak こと Takashi Makabe なのだ! ぜひ現物を手にとって、サウンドもヴィジュアルも一緒に堪能してほしい。

Zomby
Vanta

Bedouin Records

All tracks produced, arranged & mixed by Zomby
Mastered by Rashad Becker at Dubplates & Mastering
Design by Takashi Makabe / Zodiak
Distributed by Kudos

www.bedouinrecords.com

A1 Void
A2 Bleed
B1 Emerald
B2 Threshold
B3 Zexor

Amazon / HMV / bandcamp / Spotify / Apple Music

美容は自尊心の筋トレ - ele-king

さよなら自虐――「呪いの言葉」を解きほぐす心の筋トレ10か条

モテようとも若返ろうとも、綺麗になろうとも書いていない、化粧品もちょっぴりしか載っていない美容本ができました
――“反骨の美容ライター”が「みんな違ってみんな美しい」時代に送るメッセージ!

【目次】
はじめに
自尊心の筋トレ十訓

第一章 生まれ出づる私の悩み
 全員美人原理主義 この世に「ブス」なんていない
 「見た目が9割」だったら警察いらない
 自信がないなら、愛着を持てばいいじゃない
 美容は、自分をやさしく扱う練習
 メイクは看板、スキンケアはインテリア
 努力は、痛気持ちいいぐらいまでにしておく
 食材を選ぶように化粧品を選んでみる
 コンプレックスは個性の種、スタイルのフラグである
 審美眼のストレッチでやさしい眼差しに
 遠山の金さんと水戸黄門――いつも完璧じゃない美学
 本当にあった、写真に写らない美しさの話

第二章 天はあの子の上に私をつくらず、私の上にあの子をつくらず
 その「私なんて」どっからきた?
 自虐は自分も人も傷つける、諸刃の剣
 クラス1の美人とも交換したくない顔
 嫉妬はチャンス。自分を磨く鏡として活用する
 SNSは人目を気にしないための壁打ち
 量産型と侮るなかれ。付和雷同は才能である
 「モテたいは生きたいに近い」けれど……
 エビデンスなきモテに振り回されるな
 「婚活コンサバ」という踏み絵 清くクセなく御ぎょしやすく
 死ぬほど好き でも自尊心は委ねるな

第三章 その世間って具体的に誰?
 イタいの飛んでけ! みんなで浮けば、怖くない
 母で妻で、それで? 役割スタンプラリーからの卒業
 ママ=時短って決めつけるな
 それでも忙しいあなたに送るミニマム美容
 「いつもご機嫌」、「ポジティブ至上主義」が蓋をするもの
 消えたくなる日、馴染みの思考回路
 イケてる!という感覚は世界を速攻で変える

第四章 時をかける私
 平均年齢45・9歳の国で年齢を恥じると詰む
 「宇宙船美人号から降りられない女たち」にモヤる
 女って捨てられるの? 恋愛=現役という焦り商法
 エイジングロールモデルを探して

おわりに

【著者略歴】
長田杏奈(おさだ・あんな)
1977年神奈川県生まれ。ライター。中央大学法学部法律学科卒業後、ネット系企業の営業を経て週刊誌の契約編集に。フリーランス転身後は、女性誌やWebで美容を中心に、インタビューや海外セレブの記事も手がける。「花鳥風月lab」主宰。

The National - ele-king

 ザ・ナショナルが自分たちのことを自嘲気味に「ダッド・ロック」と呼んでいたのは、しかし、半分以上くらいは冗談ではなかったのではないか。彼らがアメリカで高い人気を誇ってきたのは(そして日本で本国ほどの人気が出ないのは)、マット・バーニンガーによるバリトン・ヴォイスとハードボイルドを思わせるリリック、そうした文学性を武骨に支えるダンディなロック・サウンドがアメリカの伝統的な良き父性を匂わせるからだと僕は考えている。「daddy」がスラングで「イケてる」を意味することもあるカルチャーで、強く頼れる父であることはつねに求められてきたし、揺るぎない魅力だとされてきた。00年代中盤頃から急浮上したザ・ナショナルの、スーツを着こなし赤ワインを呑みながら歌う髭を生やした中年のフロントマンであるバーニンガーは、ある種のセックス・アイコン性すら有していたと思う。
 だが10年代、フェミニズムの再燃とLGBTQの台頭、それらと対抗するかのように浮上したトランプ政権による男権力の横暴とジェンダー保守派の過激な言動を経て、アメリカ的男性性あるいは「父性」は大いに混乱している。社会問題化したインセル(不本意な禁欲主義者。自分の容貌を醜いと考え、それを動機として女性を憎悪するヘテロ男性)のこともある。フェミニズムを支持することは男性だってもちろんできる、が、白人でヘテロでよく教育された(中年)男性による「リベラル」が、どこかで説得力を持たなくなっているのも事実だ。多くの白人男性によるインディ・ロックが近年訴求力を失っているのは、それが原因のひとつでもあるだろう。自身のマジョリティ属性とどう向き合うかは、少なからず誠意を持ち合わせた側の男性にとって、いま抜き差しならない問題だ。もうトキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)を捨て去ることは決意した、が、では、たんなる「男性性」の行き場所はどこか?

 ザ・ナショナルは過去にもコンピレーション『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』やグレイトフル・デッドのトリビュート・アルバムなどを編纂しUSインディ・ロックのリベラル勢のまとめ役を買って出ていたが、本作でまず実行しているのも現在における民主主義的なアプローチだ。ボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンとザ・ナショナルのメンバーであるアーロン・デスナーが様々な立場のアーティストを繋ぐコレクティヴ〈PEOPLE〉を主宰していることの延長にあると思うが、じつに70人以上のゲスト・ミュージシャンが参加している。多様なアイデンティティや出自を持つ「人びと」によるアンサンブル。そして、なかでも目立つポジションが与えられたのが女性シンガーたちである。シャロン・ヴァン・エッテン、リサ・ハニガン、ミナ・ティルドン、ケイト・ステイブルズ、ゲイル・アン・ドロシーという多彩なメンバーによる歌声は女性の表現の多様さを強調する。
 思い出すのは、昨年のデヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』――やはりリベラルな白人男性によるアート・ロック作品――が大勢のゲストを招きながら、ひとりも女性が含んでいなかった点を批判されたことだ。バーンは過去に何度も才能ある女性とコラボレーションしてきたし、しかも彼女らを飛び道具のように扱っていなかったことを思えば、いささかアンフェアな批判のようにも感じるが、しかしそれだけジェンダー・イシューがマジョリティ側にも強く求められる時代だということの証明でもあった。その点、立場的に近い場所にいるザ・ナショナルが女性たちをステージの中央に立たせているのは、ある種いまもっとも「政治的に正しい」振る舞いのようにも見える。……が、これがPC対応型のたんなる「ダイヴァーシティ」作品だとは、僕は思わない。

 本作と同時にリリースされたマイク・ミルズによる同名の短編映画を観ると、そのことがよくわかる。というのは、同作もまた白人ヘテロ男性が彼なりの誠意を持って女性と向き合った作品だからだ。ザ・ナショナルの楽曲とスコアがずっと流れるなか、アリシア・ヴィキャンデル演じるひとりの「女性」の生から死までを26分ほどの詩的なモノクロ映像で綴ったもので、カメラしか知りえない彼女の細やかな感情を切り取っていく。それはまるきりミルズの前作『20センチュリー・ウーマン』の続きにあるもので、自分はラディカル・フェミニズムとアート・ロックを教えてくれた女性によって育てられたとあらためて語ったあの作品と同様の、一筋縄ではいかない女性に対する敬意と感謝で満ちている。彼女らを殊更に美化するわけでもない。ミルズは妻のミランダ・ジュライの作品群に影響されている部分も多いと思われるが、女性の多面性や感情の機微をできる限り丁寧に救い取ろうとする作家だ。それは事実としてあくまで「男の」まなざしなのかもしれない、が、彼女(たち)と向き合うことを諦めていない。

 ザ・ナショナルのほうの『I Am Easy To Find』でも似たことが起きていて、バーニンガーが女性たちと声を重ねれば、彼の低い声の色気はいや増していく。彼としては比較的ハイ・トーンとなる“Quiet Light”のようなドラマティックなユニゾンもあるが、“Oblivions”や“I Am Easy To Find”ではほとんど音程が聴き取れないほどの低音でゲストのフィメール・ヴォーカルを下方で支える。結果として、本作はこれまででもっとも官能的な作品となっている。10年後に振り返れば、2015年~18年辺りのことは男女間の対立が激化した時代と記憶されるかもしれない。が、そのときを経て、ここにはたくさんの人間たちが集い、そして、女と男が出会い直している。やはり白人男性としての立場から「結婚」をモチーフとして印象的な男女デュエットを取り入れたヴァンパイア・ウィークエンド『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』にも通じる感覚だと思う。
 サウンド的にはこれまでのザ・ナショナルの良さをきちんと発展させており、英国ニューウェーヴとチェンバー・ポップの融合をデスナー兄弟による緻密なオーケストラ・アレンジとエレクトロニクスで洗練させている。その点は前作『Sleep Well Beast』(17)と同様なのだが、明らかにトランプ直後の空気を吸ってダークな作風だったそれと比べ、クワイアの参加や多人数のアンサンブルのせいもあってはるかに開放的な空気が感じられる。ロック的なカタルシスに満ちた“The Pull Of You”もハイライトのひとつだし、ほとんどブロークン・ソーシャル・シーンのような爽快感で駆け抜ける“Where Is Her Head”も新機軸だ。僕が一曲挙げるとすれば、清潔なピアノと弦の音が、ふくよかなデュエットと温かく響き合う“Rylan”だ。「誰だって心に少しは地獄を抱えているもの/ライアン、少しは太陽を浴びなよ」――日差しの下を走り出したくなる。

 ザ・ナショナルはかつて、保守的な故郷オハイオでの記憶とニューヨークでの都会のリベラルな暮らしに引き裂かる心情をこんな風に歌っていた――「ミツバチの群れが俺をオハイオに運んでいく/だけどオハイオは俺を覚えていない」。そして本作の“Not In Kansas”では同じ土地のことをこう綴る。「オハイオは悪循環に陥っている/もうあそこには戻れない/オルタナ右翼という麻薬が蔓延しているから」。
 彼らはどこかで、保守性を残した自分たちのことを自覚しているのだろう。だがだからこそそれを消し去るのではなくて、少しでも真摯なやり方で更新しようとする。マジョリティであることを痛いほどに自覚しながら、異なる立場への理解を諦めないこと。僕がザ・ナショナルを聴いていてアメリカ的父性を感じるとき、あるいはその男性性に色気を嗅ぎ取るとき、それが「政治的に正しい」のか倫理的に許されるのかはよくわからない。少なくとも時代遅れではあるだろう。それでも、『I Am Easy To Find』はザ・ナショナルの魅力が――文学性とロックの官能性が詰まった作品だと思う。それに……タイトル・トラック“I Am Easy To Find”で男女の声が「わたしを見つけるのは簡単なこと」と重なり合うとき、「I」にジェンダーの別はない。

ハテナ・フランセ 第20回 - ele-king

 みなさんボンジュール。5月25日に終了したカンヌ映画祭について。私自身が参加していたわけでも、インサイダー情報があるわけでもないが、カンヌの映像を見ていてぼんやり思ったことを。

 審査員賞を『Bacurau』と共に受賞した『Les Misérables』は、2008年のパリ郊外で起きた暴動事件を下敷きにしたLadj Ly(ラジ・リー)の初監督作品。5月15日に正式上映されたこの作品のレッド・カーペットと授賞式が個人的に非常に印象に残った。そこにはKourtrajmé(クートラジュメ。クー・メトラージュ=短編の逆さ言葉)の面々が顔を揃えていたからだ。Kourtrajméは、映画監督キム・シャピロン、同じく映画監督ロマン・ガヴラス、ラジ・リー、そして映像作家トゥマニ・サンガレによって96年に立ち上げられたアーティスト集団。所属するのは当時は駆け出しの映像作家、ラッパー、グラフィティ・アーティスト、ダンサーなど。それぞれの表現手段はさまざまながら、ヒップホップ色が強めだった。彼らは名前の通り短編映画をとにかく量産しまくっていた。内容は、内輪受けギャグ的なしょうもない&意味不明なものも多かった。だがとにかく衝動的に仲間とクリエイトする、ということを標榜していたのだと思う。当時のKourtrajméのなかでは、ラッパーたちが比較的知名度のある方だった。Kourtrajmé正式メンバーのモロッコ系兄弟2人によるLa Caution(ラ・コーション)はインディながら大きめでカッコいい〈ワーグラム〉レーベルと契約していた。また、当時〈ニンジャ・チューン〉傘下の〈ビッグ・ダダ〉と契約して話題となっていたTTCなどもゆるく繋がっていた(TTCのMVをキム・シャピロンが撮っている)。TTCのテキ・ラテックスは、彼らをフックアップするべく、キム・シャピロンやロマン・ガヴラスの名前を要チェックの映像作家としてインタヴューで当時よく挙げていた。2000年前後のパリでは、Kourtrajméは大変イケていたのだ。その後キム・シャピロンは2006年にいち早く初監督作品『変態村』を、ロマン・ガヴラスはジャスティスの超暴力的MV「Stress」で物議を醸した後、2008年に初監督作品『Notre jour viendra(日本未公開)』を発表する。さらに2012年にはジェイ・Zとカニエの「No Church in the Wild」も手がけている。そしてキムの初監督発表と同時期に、それぞれが個別のキャリアを築き始めたことで「Kourtrajméとしてできることは、やりつくした」として解散した。

 そもそも、70年代の伝説的グラフィック・アーティスト集団バズーカのメンバー、キキ・ピカソことクリスチャン・シャピロンとマチュー・カソヴィッツがお隣さんだったことから、Kourtrajméは始まったと言っていいだろう。クリスチャンの息子キムは子供の頃からカソヴィッツの撮影現場などに出入りし、その友人でもあり、監督2作目『憎しみ』の主演俳優でもあるヴァンサン・カッセルとも自然に親しくなったという(カッセルは『変態村』の主演も務めた)。95年にカンヌ映画祭で監督賞を受賞した『憎しみ』は、パリ郊外の移民系青年達の絶望的な状況を見事に描き切った傑作だ。だが、この作品の監督マチュー・カソヴィッツは、映画監督の父を持つ決して貧しいとはいえない家庭出身、主演のヴァンサン・カッセルは大物プロデューサーの息子。公開当初から作品そのものは非常に高い批評を得たが、なかにはブルジョワ出身であるカソヴィッツが、郊外のゲットー文化を我が物顔で語ることに疑問を呈する批評家もいた。

 そしてその疑問は『Les Misérables』のレッド・カーペットを見ながら私が抱いた「どうやったらラジ・リーとキム・シャピロンが繋がるんだろう」という素朴な疑問にも繋がるのかもしれない。パリ郊外モンフェルメイユのシテ(フランスのゲットー)でマリ人の両親の元、13人兄弟の中育ったラジ・リーと、当時のパリで相当イケていたであろう先鋭的グラフィック・アーティストの息子キム・シャピロンの行動範囲がどう重なったのかわからないのだ。だが、5月27日付の新聞『Le Parisien』のなかにその答えが見つかった。ラジ・リーの住むモンフェルメイユにあるエルジェのContre de Loisirs(ソントル・ドゥ・ロワジール=学校のバカンス中に子供を預けられる施設)で10代前半の2人は出会ったのだそう。この託児施設は、ラジ・リーの学区とは若干ずれていたが「親父がちょっと高くてもブルジョワの子供の行く施設の方が規律がしっかりしてるだろう」との判断で行くことになったそう。そして、キム・シャピロンは祖父母の瀟洒な家が近所だったということでバカンスの間、エルジェに行くことになったのだ。このように普段の生活の文脈から離れた場所で出会った、ブルジョワの子供と移民の子供が仲良くなったのだと想像する。

 今回のレッドカーペットでは当事者のラジ・リーはもちろん、Kourtrajmé創立メンバーに加え、今や売れっ子テレビ司会者(日本でいうと有吉弘行みたいな感じ)となっている、ムールード・アシュール、いつの間にかKourtrajméの一員になっていたストリート・アーティストで写真家のJR、Kourtrajméの一員というイメージではないポエティックで真面目系ラッパー、オキシモ・プッチーノ、そして創立当時からKourtrajméのゴッドファーザーであったマチュー・カソヴィッツやヴァンサン・カッセルまで、関わった作品がない限り簡単にスケジュールを押さえられないような超豪華なメンバーが総揃いした。おそらくそれほど彼らの繋がりは強いものなのだろう。主題的にも資金集めが簡単ではなかったはずのラジ・リーの初監督作品が、カンヌ映画祭の、しかも正式上映に選ばれたということは、Kourtrajméにとっては祭り以外の何物でもなかったのでは。受賞の際にもちろんラジ・リーは授賞式まで参加したKourtrajméの面々の名前を挙げ感謝を捧げた。

「ジレ・ジョーヌへの機動隊の暴行で注目が集まったけれど、彼らの暴力は今に始まったことじゃない。この作品は僕なりの警笛なんだ」という『Les Misérables(原題、邦題未定)』は日本でも公開予定だそう。

La Caution Thé à la menthe
Kourtrajméのメンバーも多数出演しているMV。ヴァンサン・カッセルが出演している『オーシャンズ12』の劇中で使用された。

TTC Je n'arrive pas à danser
キム・シャピロンによるTTCのMV。不条理なユーモアとKourtrajméのメンバーが満載。

Justice Stress
ロマン・ガヴラスによるジャスティスのMV。あまりの暴力描写にメディアで叩かれまくった。

『Les Misérables』のフランス公開予告

Lee "Scratch" Perry - ele-king

 たったいま6月末売りの紙エレキングの「日本の音楽」の特集号を編集している。そこで問われるのは、海外からの影響と土着性との関わりの問題だ。土着性はどのように意識され、海外の影響をどのように取り入れるか。たとえば70年代までのはっぴいえんどからシティ・ポップまでの系譜であれば、アメリカをどこまで受け入れそれをどう日本と混ぜるかということで、これがまんま100%アメリカであればまったく面白くないことは、たとえばジャマイカの音楽を聴いているとよくわかる。
 ジャマイカの音楽は同じようにアメリカの音楽(こと黒人音楽)の影響下にあるが、これがアメリカのR&Bやソウルの模倣に過ぎなかったら、世界の音楽ファンはジャマイカの音楽に目を向けなかった。R&Bやソウルの影響を受けながら、メントのような土着の音楽が残存したからこそスカやレゲエは生まれている。
 イアン・F・マーティンによれば、イギリスのメディアがイギリスっぽいUK音楽を賞揚するのも、骨随までアメリカ文化に支配されていない土着性を重視するからだそうで、なるほど、グライムをはじめ最近の Dave のようなUKラッパーの作品を聴いていても、アメリカに影響を受けながらアメリカを真似しないという姿勢が徹底されている。これは、音楽文化の力が強い国の特徴である。

 リー・ペリーには手に負えないほど強いジャマイカ訛りがあり、それを彼は決して捨てない。彼の代表曲のひとつ、1968年の“ピープル・ファニー・ボーイ”はポコマニア(アフリカ系の土着的な宗教)を取り入れているわけだが、ペリーは長いキャリアのなかで、歌い方、喋り、あるいはその歌詞の世界(スピリチュアリズムなど)においても、長年スイスで暮らしているこのジャマイカ人は、西洋テクノロジーとアフリカの魔術との両方を使いながらジャマイカの土着性を保存し、文化的な混合体を撒き散らしている。そしておそらく、彼に期待されているのはそういうことであることを彼自身もわかっている。ひとつの文化に染まらないこと、その姿勢は、エイドリアン・シャーウッドの〈ON-U〉レーベルにおいてより際だった形で表現されている。

 リー・ペリーとエイドリアン・シャーウッドは、すでに何枚ものアルバムを制作している。もっとも有名なのは1987年の『Time Boom X De Devil Dead』だが、その後も1990年の『From The Secret Laboratory』、最近では2008年の『The Mighty Upsetter』、そのダブ・ヴァージョンとしてリリースされた2009年の『Dubsetter』がある。今作『レインフォードは、このタッグではおよそ10年ぶりのアルバムというわけだが、まったく素晴らしい内容となっている。
 それはひとつの、持たざる者たちの知恵なのだろう。もしこれを読んでいる人があの過剰なダブ・ミキシングが施された『Time Boom X De Devil Dead』を聴いているなら、本作は、むしろ60年代末のジャマイカのサウンドに漂う〈温もり〉のようなものが断片的にではあるが響いていることに気が付くだろう。
 それもそのはずで、本作においてシャーウッドが取った方法論は、60年代のリー・ペリー音源まで遡って、ペリーのこれまでの作品の数々の音源をマッシュアップすることだった。言うなればこれは、サウンドによるリー・ペリーのバイオグラフィーであり、シャーウッドの愛情が込められたオマージュでもある。

 “月の上のコオロギ”というとぼけた曲からはじまる本作は、しかしメッセージも忘れていない。懐かしいジャマイカの響きが随所で鳴っているその音のスペースのなかで、リー・ペリーは国際通貨基金(IMF)を名指しで批判する。悪魔よ、この街から出て行けと繰り返すわけだが、IMFとは経済のグローバリゼーションを押し進めている機関で、外資参入をうながしている。結果としてその国の労働者の仕事が奪われ、格差者社会を加速させていることは、その歪みの表れであるフランスの黄色いベスト運動やイギリスのブレグジットを鑑みればわかるだろう。リー・ペリーは、グローバリゼーションの憂き目に遭う前のジャマイカのサウンドを使いながら、例によって道化たフリをしながらも、現在のジャマイカでおこなわれている経済政策に反論している。82歳という高齢になっても、こうした怒りを忘れないこともまた尊敬に値する。

 まあ、それはそれとして、とにかく本作を特徴付けているのは、その懐かしい響きであり、それこそ“ピープル・ファニー・ボーイ”に赤ちゃんの泣き声がミックスされていたような、ペリーらしいいろんなもののミキシングもまた随所にある。シャーウッドは彼自身のテイストはあまり表に出さず、サウンドにおいても彼なりの解釈でペリーらしさを出すことに注力している。
 「アルバム全体が彼自身についてなんだよ」と、鈴木孝弥によるオフィシャル・インタヴューでシャーウッドはこうコメントしている。「彼と一緒に、彼にとってとても近いレコードを作りたかった。これまでで彼にとって一番私的なアルバムを作るということは、俺にとってはチャレンジだった。でも俺は挑戦することが好きだし、よし、やってみよう! と思ったんだ」
 また、本作には、じっさいのリー・ペリーの人生が描写されている。最後に収められている曲“Autobiography Of The Upsetter”がそれで、歌詞ではコクソン・ドット、デューク・リード、ボブ・マーリーやマックス・ロメオらについて語られ、ブラック・アークを焼き払ったことについても、自分が狂ったと思われたことについても言及している。そのサウンドは70年代後半のブラック・アーク時代のペリーのようでありながら、しっかりと現在にアップデートしたものとなっている。
 久しぶりに昔のアップセッターズをレコード棚から引っぱり出して聴きたくなった。ほとんどの歌をジャマイカで録音し、1曲をブラジルで、1曲をイギリスで録ったという、リー・ペリーの本名を表題に冠した『レインフォード』は、決して過去の焼き直しではない。古くて新しい、これから何度でも聴くであろう愛らしいアルバムである。

野田努

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 アフロフューチャリズムが批評家のマーク・デリーによって1994年に提唱されたとき、音楽におけるその始祖とされるサン・ラーが土星から地球に降り立って50年近く経っていた。アフリカン・ディアスポラにルーツを持つものが、テクノロジーや未来像を用いて自身の物語を生み出すという、思弁的な未来主義が理論化される前から、サン・ラーはすでに彼自身であり続けていたのだ。
 その十数年後、1973年にジャマイカのキングストンから黒い箱舟が宇宙に打ち上げられようとしていた。その操縦士がリー・スクラッチ・ペリーである。彼もまた、アフロフューリズムの概念があとを追いかけた人物である。
 周知の事実のように、エコーやリヴァーヴというエフェクトそのものが楽器として使用されるペリーの録音テクノロジーは世界に衝撃を与えた。デヴィッド・トゥープの『オーシャン・オブ・サウンド』によれば、ペリーのブラック・アーク・スタジオは単なる録音場ではなく、彼の楽曲のタイトルが示すように“スクラッチ研究所(Scratch Laboratory)”であり、“アンダーグラウンド・ニュース局(Station Underground News)”であり、“音楽移植手術(Musical Transplant)”だった。
 電子的かつ思弁的なエンジニアリングは、スタジオをそういったヴァーチャル・リアリティが渦巻く場へと変容させ、ペリーは福音伝道者やフランケンシュタイン博士になったのである。彼のファッションがぶっ飛んでいなければならないのは、あの「装飾具」が、スタジオの潜在性が創出する空間に人間の身体性をフィットさせるための「宇宙服」的な、つまり生存に必要不可欠なアクターであったからだ。
 自身の本名を冠した今作『Rainford』でも、ペリーは宇宙へと飛翔している。6曲目の“アフリカ宇宙船(African Startship)”は、クリエーション・レベルによって1978年に組み立てられ、1980年に〈4D Rhythms / On-U Sound〉から打ち上げに成功している『Starship Africa』が捉えた宇宙空間からの皆既月食のヴィジョンを、船長にハイレ・セラシエ1世を迎え入れることにより、さらに拡大する。ここでペリーのミックス卓の下に置かれているのは、天空の星々すべてである。

船長 ハイレ・セラシエ1世
レッキー・レック 国王万歳 アフリカの王
国王万歳 アフリカの王
乗船せよ
天空の星すべて 私のコントロール下に
ハイヤーアップセッター
マーカス・ガーベイ宇宙船 黒い宇宙船 セブンマイル宇宙船
マーカス・ガーベイ デザイナー 音楽的に 過激に 音楽的に
アフリカ宇宙船 宇宙を飛んでいる
──“アフリカ宇宙船”

 宇宙船の移動速度に合わせトランペットが伸縮を繰り返し、乗船する宇宙飛行士としてのペリーが、アフリカ回帰運動指導者のマーカス・ガーベイが、さらにはイエス・キリストまでもが顔を出す。ここで彼が自らのスタジオをブラック・アーク、つまり黒い箱舟と読んだ理由が想起される。ペリーがトゥープに語るように、彼の目的あらゆるものの上空に位置する箱舟によって、動物、自然、音楽といった万物を平等に救うことである(なお、ペリーの言う「ark」は、宇宙船であるのと同時にモーセの十戒を運ぶ契約の箱「Ark of the Covenant」も意味している)。宇宙のヴィジョンを持つペリーは、偉人たちを対等に並べる。そこでは、同船者としてすべてがイコールになる。
 ペリーが浮遊する宇宙空間においては、その万物間のヒエラルキーは皆無に等しい。この宇宙論、つまりコスモロジーは、ペリーがかつて自身のブラック・アーク・スタジオについてトゥープに語ったことばにも確認することができる。彼によれば、スタジオの機材も人間のように生きており、そこを操作することによって、共存関係にある人間と機械が音楽を作り出す。よって、機械にも魂がある。このペリーのアニミズム的コスモロジーにおいて、機械が人間に操作される側にのみ位置しているような主体-客体関係は適応されない。この事物の水平的関係性は、先ほど触れた宇宙船内平等のアナロジーとしても考えることができる。

悔い改めよ 月の上のコオロギは言った
(……)
月の上でロックしてみろ ロックしてみろ
私は月でローマ法王を蹴っ飛ばした男だ
私は奴を追いだし 奴のケツを蹴り飛ばした
蹴り飛ばせ 蹴り飛ばせ
──“月の上のコオロギ”

 このペリー・コスモロジーは、彼が1曲目で降り立った月面上にも拡張し、動物と人間の垣根さえも曖昧になっている。彼のリリックによれば、月で説教を説くのは人間ではなくコオロギだ。かつてよりペリーの楽曲では自然物の存在が人間を凌駕することがあったように、『Rainford』でも各所にそのモチーフは現れ、バビロンの邪心を退治する存在として描かれている。ここでも従来のヒエラルキーなどなく、力を持っているのは、蹴られるローマ法王よりもコオロギの声である。
 このような彼の宇宙観は、あらゆるアフロ-カリブ文化の混合体でもある。それは黒人の人種的文化的アイデンティティの普遍性を謳歌するラスタファリアン神話にも由来しており、絶対的な王としてのハイラ・セラシエ1世がいるものの、ペリーの宇宙観そのものは絶対的なものではない。5曲目の“マクンバ・ロック”で歌われるように、ブラジルのマクンバや、アフロ-ジャマイカのオベアなど、中南米の黒魔術にもペリーは目を向けている。このように、ペリーの宇宙の捉え方において、ラスタの導きを得つつも、異なる宗教や魔術、エンジニアリング・サイエンスまでもが混在し、それらが楽曲のなかで奇妙なイメージの連鎖を作り上げている(また法王のケツを蹴り飛ばしてはいるものの、彼自身は反キリスト教徒ではないことでも知られている)。
 ボーナストラックの“天国と地獄”や、最後の“アップセッター自叙伝”などで語られるように、自身のルーツというマイクロで、ときに社会問題をつぶさに捉える視点と、宇宙に存在するアフロ-カリビアン文化というマイクロな視点を行き来している点も、『Rainford』を興味深いものにしている。これまでのキャリアで編み出された独自のペリー・コスモロジーだけではなく、彼の表現においていかに非合理的で魔術的で、フューチャリスティックなイメージが生まれようとも、そこにいたる自身のルーツをもペリーは忘れ去ろうとはしない。
 冒頭で述べたサン・ラーは、彼は宇宙を自分の場所とし、シンセサイザーと宇宙船というテクノロジーを装備し、人間に不条理に設定される人種のカテゴリーを拒否した。ペリーも同様に宇宙を目指すが、彼のベクトルはラーとは異なり、その目的は自分がやってきた場所を交差する関係性を増幅させることにあった。遠くへ行くためには、自分自身が何者であるかが分からなければならない。今作からはアフロフューチャリズムだけではなく、ペリーのそのような人生哲学までもが見えてくるようである。

髙橋勇人

Alfa Mist - ele-king

 近年のロンドンのジャズ・シーンはアメリカのジャズにはない独自性で注目されており、例えばダブやサウンド・システムと結びついたサンズ・オブ・ケメットなどは、極めてUKらしい音楽のありかたと言えるだろう。しかしながらアメリカの影響から全く切り離されているわけではなく、ジャズとヒップホップやR&Bとの融合においてはロバート・グラスパー以降の流れが顕著な例も見られるし、カマシ・ワシントンサンダーキャットなどロサンゼスルの動きに繋がるような演奏もあり、またシカゴのマカヤ・マクレイヴンは積極的にロンドン勢とセッションをおこなっている。こうした中でイースト・ロンドン出身のピアニスト/プロデューサーのアルファ・ミストは、もっともグラスパーの影響を色濃く感じさせるアーティストだ。

 2017年にリリースしたファースト・アルバム『アンティフォン』によって、ほとんど無名の新人ではあるが、ロンドンの新しいジャズを担うピアニストのひとりと注目されたアルファ・ミスト。彼は鍵盤奏者で作曲家であると同時に、プロデューサー/トラックメイカー的な側面も持っている。ギタリストのマンスール・ブラウンや、シンガー・ソングライターのジョーダン・ラカイらが参加した『アンティフォン』は、コンテンポラリー・ジャズとヒップホップやネオ・ソウルの中間的なところにあるようなアルバムで、ピアノの演奏スタイルやビート感覚などを含めてロバート・グラスパーからの影響は明白だった。アルファ・ミストの生まれたイースト・ロンドンはグライム発祥の地でもあるが、彼の場合はどちらかと言えばヒップホップが音楽性の核にあり、J・ディラ的なヨレたビートとジャズ・ピアノの組み合わせはまさにグラスパー的だったのである。
 15歳の頃から作曲をはじめた彼は、ビートメイキングの過程でジャズや映画音楽に目覚め、17歳から独学でピアノ演奏を開始した。ほかのロンドンのジャズ・ミュージシャンとは立脚点が異なり、ビートメイカーからジャズ・ミュージシャンへと進んでいった彼は、ジョン・コルトレーン、J・ディラ、映画音楽の作曲家のハンス・ジマーをリスペクトしているそうだ。『アンティフォン』の前の2015年には「ノクターン」というEPをリリースしていて、基本的にダークでメランコリックなトーンのダウンテンポ中心の作品集となっている。最近ではザ・シネマティック・オーケストラのロンドン公演のサポート・アクトに抜擢されたアルファ・ミストだが、「ノクターン」は映画音楽からの影響がより顕著なEPと言えるだろう。ここにはジョーダン・ラカイやベーシストのカヤ・トーマス・ダイクに加え、いまをときめくトム・ミッシュも参加していた。トム・ミッシュやジョーダン・ラカイたちシンガー・ソングライターと、ジャズを繋ぐところにいるのがアルファ・ミストでもある。

 『アンティフォン』の発表後、2018年にはユセフ・デイズ、マンスール・ブラウンたちとセッションしてシングルを数枚リリースしている。そうした中でベースを弾いているロッコ・パラディーノは、世界的な名ベーシストで、近年はディアンジェロ率いるザ・ヴァンガードの一員として知られるピノ・パラディーノの息子である。このたびリリースしたニュー・アルバム『ストラクチュラリズム』は、そのロッコ・パラディーノとデビューの頃からのつきあいであるカヤ・トーマス・ダイクがエレクトリック・ベースを演奏し、今回もジョーダン・ラカイが参加している。アルファ・ミストはジョーダンの『ワイルドフラワー』(2017年)にも参加していて、カヤ・トーマス・ダイクはじめ演奏するメンバーもいろいろ重なっているので、彼らは日頃からの音楽仲間なのだろう。ジェイミー・リーミング(ギター)、ジェイミー・ホートン(ドラムス)、ルディ・クレスウィック(ダブル・ベース)、ジョン・ウッドハム(トランペット)は『アンティフォン』に引き続いてのメンバーで、ピーター・アダム・ヒル(ドラムス)のほかにストリングス・セクションも参加している。

 アルバムを通じてメンタル・ヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が用いられた『アンティフォン』に対し、『ストラクチュラリズム』では議論文化や個人的な成長についての姉との会話が随所に散りばめられている。「今の自分を司るものはすべて、置かれた環境や社会から影響を受けたもので、コミュニケーションの術すら持たないところから、ここまでやって来たその過程が自身を形成し、それを認め、それが自分なのだと受け入れることが自身にとっての構造主義なのだ」という見解を示しているアルファ・ミストだが、彼は自分の音楽について極めて客観的で、またその音楽的影響についても自覚的であるということだろう。
 そうした点は彼の作り出すサウンドにも表われていて、どちらかと言えばアルファ・ミストの音楽は内省的で、覚醒感のあるものだ。淡々としたペースでインプロヴィゼイションを展開していく“.44”は、ジャズという音楽のクールさを象徴するような曲である。“グラッド・アイ・リヴド”はアルファ・ミスト自身がラップを披露するジャズ・ヒップホップだが、ストリングスを絡めたサウンドはとても柔らかく、彼のもうひとつの特色である映画音楽的な要素も垣間見える。“ジャジャズ・スクリーン”はストリングスがもっとも効果的に用いられた曲で、かつての〈CTI〉におけるオーケストレーションとジャズの結びつきを現代において再現しているかのようだ。カヤ・トーマス・ダイクが繊細で美しい歌声を披露する“フォーリング”、ジョン・ウッドハムによる哀愁のトランペットが映える“ムラーゴ”といった曲でも、その深遠でメランコリックなアプローチは映画音楽譲りと言え、ザ・シネマティック・オーケストラとの共通項が見出せるような楽曲となっている。
 “ナイティ”はアルバムの中でもジャズの即興演奏に比重が置かれた作品で、ジョン・ウッドハムのトランペットとジェイミー・リーミングのギターがそれぞれソロをとり、ジェイミー・ホートンのドラム・プレイも聴きどころとなる。『ストラクチュラリズム』は『アンティフォン』よりもさらにジャズ度が深まり、全体の演奏が高度化しているが、それを示すような曲だ。“リテイナー”でのジェイミー・リーミングのギターも印象的だが、彼のプレイはザ・シネマティック・オーケストラでも演奏していたスチュワート・マッカラムを彷彿させるところもある。“ドア”ではジョーダン・ラカイがヴォーカルをとるが、彼はそのスチュワートも演奏するリチャード・スペイヴンのアルバムにも参加していて、こうしたジャズ系の作品にも見事にマッチングすることができるシンガーだ。彼のニュー・アルバムも間もなく発表されるようで、そちらも期待していいだろう。

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