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Mansur Brown

Jazz

Mansur Brown

Shiroi

Black Focus / ビート

Tower HMV Amazon iTunes

小林拓音 Jan 07,2019 UP

 ひとりの亡霊が音楽シーンを徘徊している――アンビエントという亡霊が。いや、べつにいまにはじまった話ではないけれど、とりわけ近年はさまざまなジャンルにアンビエント的な発想が浸透していることを改めて実感させられる機会が多い。もちろん一口にアンビエントと言っても、イーノ的なそれだったりレイヴ・カルチャー以降のチルアウトだったり、あるいはグライムのウェイトレスだったりヴェイパーウェイヴだったりといろんな展開のしかたがあるわけで、その亡霊はヒップホップやロックの分野にも、そして当然のようにジャズの領域にも忍び込んでいる。フローティング・ポインツの『Elaenia』(2015年)なんかはその好例だし、そしてこのマンスール・ブラウンのアルバムにもまた同じ亡霊がとり憑いている。

 現在のUKジャズ・ムーヴメントを加速させる契機のひとつとなったユセフ・カマールのアルバム『Black Focus』に参加したことで注目を集めたマンスール・ブラウンは、もともとはトライフォース(Triforce)という当時大学生だった面々が組んだバンドの一員で、そのときの超絶的なギター・プレイが話題となりシーンに浮上してきたギタリストである(トライフォースのアルバム『5ive』もユセフ・カマールとほぼ同時期にリリース)。その後アルファ・ミストやリトル・シムズの作品に客演した彼は、2018年のジャズの流れを決定づけたコンピ『We Out Here』にもトライフォースとして参加、松浦俊夫のアルバムにもフィーチャーされるなど着実に知名度をあげていき、最近ではハーヴィー・サザーランドの新曲に参加したり、まもなくリリースされるスウィンドルの新作にも名を連ねたりと、ますます活躍の場を広げていっている。その勢いに乗って放たれたファースト・ソロ・アルバムがこの『Shiroi』だ。

 ギタリストとしての彼についてはジミ・ヘンドリックスの名がよく引き合いに出されているけれど、本作における彼はそのようなスタイルを抑圧し、静穏な演奏に徹している――とまで言ってしまうと語弊があって、たしかに“Godwilling”や“Flip Up”のようにエレクトリック・ギターの唸りが大いに華を添えている曲もないわけではない。ただ、それ以上にリスナーの耳に突き刺さるのは、アルバム全体を覆うどこまでも幽遠なディレイのほうだろう。それによって生成されるアンビエント的なムードは、たとえば先行シングルとなった“Mashita”によく表れ出ていて、雨音のような具体音とギターの残響とが密やかに重ね合わせられていく様には息を呑まざるをえない。遠くの谷からこだましているかのようであり、逆に窓のすぐ外で奏でられているかのようでもある不思議なエコー、それらが織り成すなんとも幻妖な音色の数々は、どうしたってドゥルッティ・コラムを想起させる。
 冒頭“The Beginning”ではそのディレイが、左右に振り分けられたテープの逆再生音と絡み合うことでサイケデリックな趣を醸し出しているが、他方でベースの動きもおもしろく、独特の拍の強弱が肉体的な躍動感をもたらしてもいる。続く表題曲でも淡いギター・エフェクトとグルーヴィなベースとの対比が強調されていて、低音パートもまたこのアルバムのたいせつな要素であることがわかる。“Back South”や“Simese”などのファンキーなベースはその何よりの証左だし、“Me Up”や“Flip Up”で鳴らされるブロークンビーツ由来のビートも非常に良い効果を生んでいる。ようするに、霧のごとく宙を漂うギター・ディレイとグルーヴィな低音パートとの幸福な出会いこそがこのアルバムの肝であり、「地に足の着いた浮遊感」とでも表現すればいいのか、彼岸へと連れ去られそうになる意識をご機嫌なベースラインがしっかりと此岸に引き止めてくれている。

 2018年はUKジャズの画期として記憶されることになるだろうけれど、そのUKジャズの熱気とアンビエント的なものの浸透とを一手に引き受けたこの『Shiroi』は、どちらの観点から眺めてみても異色の魅力を放っている。こういう作品がぽっと生み落とされるからこそムーヴメントはおもしろいのだ。マンスール・ブラウン、しばらくは彼の動向から目が離せそうにない。

小林拓音