「R」と一致するもの

John Coltrane - ele-king

 「あなたっていままで笑ったことがないの?」、1955年、最初の妻ナイーマがコルトレーンとクラブで初めて会ったとき、彼女はこうたずねている。このひとこまは、パオロ・パリーシが描くコルトレーンを象徴している。また、パリージは、痛めつけられた魂(激変する社会、薬物依存など)を振り切るように、サックスを吹く彼を描こうとする。
 この生真面目なコルトレーンこそ、故相倉久人が日本に言い伝えている、演奏が終わった楽屋でもひとりサックスを吹いているコルトレーンである。
 41歳を目前に夭折したジョン・コルトレーンの短い生涯には、じつにいろいろな出来事が凝縮されている。ブラック・パワー・ムーヴメントの渦中でもあった。なによりも、数々の伝説的なジャズメンと出会っている。パリージは、このコミックのなかで、とくマイルス・デイヴィスとの関係、そしてエリック・ドルフィーとの死別に誌面を割いている。よって増村和彦くんが好きなエルヴィン・ジョーンズへの言及がないことは、ファンにとってはフラストレーションになるかもしれない。しかし、アリス・コルトレーンとの恋愛、そして『アセンション』をクライマックスに描いた本書『コルトレーン』は、それはそれでひとつの真実を描いているように思う。

 ele-king booksからジョン・コルトレーンの生涯を描いたコミック本を刊行した。すでに世界計7カ国で出版されたコミック・ノヴェルで、書いたのはイタリア人のグラフィック・アーティスト、パオロ・パリーシ。彼はロンドンの〈ソウル・ジャズ〉レーベルのアートワークなども手掛けている。
 解説は大谷能生氏が執筆。この機会に、ジョン・コルトレーンの激動の人生を振り返ってみよう。

Omar from Berlin - ele-king

2016.3.1

CLUB/INDIE LABEL GUIDE - ele-king

 いま、キミはどのレーベルが好き? 好きなレーベルを3つ挙げよ。80年代や90年代だったら、この問いに容易に答えられた。しかしいまは違う。え、いま、どんなレーベルがあったっけ? これがほとんどの人の反応だろう。
 メジャーの音楽産業が売り上げで悪戦苦闘しているいっぽうインディ・シーンといえば、ひと言で言ってカオスである。そもそもインディとは、メジャーの二軍でも売れない人たちでもなく、能動的なメジャーからの自律を意味していたもので、それがゆえの表現の自由度(音楽スタイル、そのハイブリッド、実験、ときには政治性や文学性など)があった。
 インディ・ロックなる言葉が有名無実化してからずいぶん久しいが、その文化がなくなったわけではないし、〝自律〟は途中、90年代からクラブ/ダンス・カルチャーにも受け継がれ拡大している。だかだそれも、インターネットの普及にともなってカオスとなった。
 先日、ぼくはユーリ・シュリジンのレヴューで、現代のインディ・レーベルの役割や意味のひとつを、ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動を例に出して説明した。これはもう、デジタルの魔界には足を踏み入れずに、断固として昔ながらの音楽の消費のされ方を墨守し、音楽が評価されることを信じている人たち。現代へのひとつの態度表明だ。ところが、こういうのはもちろん少数派で、多くはデジタルの波にどのように関わるかを考えている。デジタルの世界には、いろんな魑魅魍魎がいるが、たとえばヴェイパーウェイヴのように、過去の音源をスクリューさせる(ゆっくり再生させる)だけで充分に面白いじゃんというムーヴメントは、怪しげなノスタルジーをともなって、音楽を作るとはどういうことなのかという根源的な問いさえもシーンの喉元に突き付けている。
 エイフェックス・ツインにもシカゴのジュークにもクラブやダンスがあるが、OPNやジェームス・フェラーロといった連中にはそれがない。あるのはインターネットのカオスである。エイフェックス・ツインは田園を、シカゴのジュークはゲットーの熱気を想起させるが、OPNやフェラーロの音楽に見られるローファイなグリッチとそのアンビエンスは、我々の生活のなかにPCの向こう側が確実に入り込んでいることをあらためて思い知らせてもいる。
 向こう側は、たくさんのものが自由に選べるが、同時にたくさんのゴミが、これでもかと言わんばかりのゴミもある。そういうなかにも音楽やレーベルがあり、情報戦、文化闘争(というほどのものかどうかはわからないが終わらない分断化)……が繰り広げられるカオスの世界だ。ジャム・シティのファーストはそのことをじつによく表していたわけだが、ハイパーモダンなビルのレセプションで迷子にならないように、インディ・レーベルは自分のたちの足元をよく見ている。最後にもうひとつ、現代のレーベルの役目の例を挙げておくと、文化紹介ということがある。これが、じつは現代のワールド・ミュージックの拡大の土台である。目利きのレーベルがいろんな国のいろんな音楽を発掘し、紹介する。オマール・ソレイマンなどは、こうした流れから突然脚光を浴びて、欧米で評価された好例だ。
 カオスとはいえ、インディ・レーベルは現代も現代なりの文化的な功績をあげている。ただし、状況は、複数の次元において変化が起きている現代では、それらが昔のようにひとつのまとまった勢力になっているとは言い難い。つまり、それを1冊の本にまとめるのは、至難の業。
 わりとこの2年ぐらいにものに絞ってあるので、円安によって輸入盤の高騰に拍車がかかってからレコード店には行ってない人もぜひ手にとってください。また、デモテープの送り先で困っている人のために、わかる範囲でレーベルの住所も記載してあるので、電話帳のように使ってくれたら幸いです。
 DJノブ、松陽介、マイク・スンダらDJのインタヴュー、浅沼優子のベルリン・コラムなども掲載しております。

Fatoumata Diawara & Roberto Fonseca - ele-king

 日本での扱われ方はどこまでいっても「高級泡沫候補」風味のドナルド・トランプが、気がつけばキューバ系の候補やその他いろいろなものを蹴散らしながら爆進している様子はそれでも日本に伝わっていて、まあそれはアメリカのことなので自分はキューバの事を考えてみよう、私が知っているキューバの何かと言えば映画『ゾンビ革命』と、『The Last Match』というゲイ映画くらいなもんでキューバ音楽はなあ、と焦ってああそうだロベルト・フォンセカがいた、彼のことを知ったのは2013年にアルバム『Yo』が出た辺りで、何故だかスノッブなLGBT情報サイトから流れてきた半裸のジャケットに引っかかったわけですが、「……ピアノ弾くのにそんなに筋肉が要るか?」と思いつつ過去の作品を漁ってみたところこれが存外に良くて、「キューバ音楽」と言えばこの人しかいない(浅すぎますね)。

 この人の出す音が「ジャズ」と大雑把に括られるなかでも何か、異様にはみ出している感じを憶えたのはヴォーカルの扱い方で、例えば2009年のアルバム『Akokan』に収められた“Siete Potencias (Bu Kantu)”での、ただひたすら歌声とユニゾンすることしか考えていないようなピアノを聴くにつけ、この人は気を抜くと溢れ出してしまいそうになる「自分の歌」を(鍵盤楽器という、どこまでもロジカルな楽器を武器にすることにより)辛うじて堰き止めているのかも知れない、と思うようになった。以来、彼の音楽はほぼ肉声と同じものとして自分に届いている。

 昨年、不意打ちのようにドロップされたアルバム『AT HOME』はマリの(生まれはコートジボワール)の歌手ファトゥマタ・ディアワラとのライブ音源だった。彼女がヴォーカルで参加した『Yo 』に収録のキラー・チューン、“Bibisa”を演っていないのはちょっと残念な気がするのだけれど、どっちがどっちの持ち歌だか判らなくなるくらい渾然となった音に付いて行くだけでこの50分は過ぎていく。なかでもフォンセカのピアノ伴奏のみで演奏されるふたりの共作曲 ”Real Family” は長い、ひと続きの溜息のように美しい。そしてラストの “Neboufo” では演奏者と会場が共にふつふつと沸き立ってくるかのような、静かな昂揚感が伝わってくる。

 もし「移民の脅威」発言ばかりがクローズアップされるトランプが大統領になってしまったら、対キューバ政策はどうなるんだろ(どうもならないような気もしますが)というのを日本人がいくら考えても仕様のないことなので、つい先日(日本はスルーして)香港で公演をしたらしいこの2人がこの先どんな音を創るのか、ということと、ロベルト・フォンセカの公式ページでさり気なくアナウンスされていた「2016年後半に新しいアルバムを予定」という情報に、自分は一縷の希望を託している。

KING - ele-king

 3人組黒人女性コーラス・グループのキングを最初に耳にしたのは2011年のこと。「ザ・ストーリー」という3曲入りの自主EPで、その中の“ヘイ”という曲はジャイルス・ピーターソンのコンピ『ブラウンズウッド・バブラーズ』にも収録されたので、その頃からチェックしていた人も多いだろう。音楽マガジンやブログなどでも評判を呼び、ケンドリック・ラマーはミックス・テープ『セクション80』で“ヘイ”のサンプリングを正式に依頼したそうだ。そうして彼女たちの魅力の虜になったひとりにプリンスがおり、自身のライヴの前座に迎えている。ツアーではエリカ・バドゥ、ミシェル・ンデゲオチェロ、ローラ・マヴーラ、リアン・ラ・ハヴァスなどもサポートしている。そして忘れてならないのが、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの『ブラック・レディオ』での“ムーヴ・ラヴ”への抜擢だ。このアルバムはグラミーにも輝いたので、それに伴って彼女たちも一気に脚光を集めたことだろう。

 自身の作品はまだ「ザ・ストーリー」のみにもかかわらず、彼女たちの元にはさまざまなコラボ・オファーが届き、アヴィーチー、ザ・フォーリン・エクスチェンジ、ジル・スコットの作品へ参加し、ビラル、エリック・ロバーソンとは共同で作曲を行うといった具合だ。ほかにもフェラ・クティ・トリビュートの『レッド・ホット+フェラ』へ“ゴー・スロウ”という曲を提供し、これから公開予定のマイルス・デイヴィスの伝記映画のサントラやリミックス企画への参加も伝えられる。アルバム・デビュー前に既にこれだけ話題となっているアーティストもあまり記憶にないが、「ザ・ストーリー」から5年も待たされてようやく完成したのが『ウィー・アー・キング』である(なお、「ザ・ストーリー」の3曲もエクステンディッド・ヴァージョンで収められている)。

 キングはミネアポリス生まれの双子の姉妹パリス・ストローザーとアンバー・ストローザーが、ロサンゼルス生まれのアニタ・バイアスとボストンで出会って結成された。現在はロサンゼルスをベースに活動し、パリスを中心に自らサウンド・プロダクションも行う。3人ともけっして声量があるわけではなく、正直なところ線の細い歌声だが、そのかわりジャネット・ジャクソンやアリーヤのような可憐な声質なので、繊細な表現はもってこいだろう。3人がバラバラにソロをとることはほぼなく、息のあったハーモニーを常に聴かせる。コーラス・ワークはアトモスフェリックな質感を大切にしたスウィートなもので、サウンドもスローやミディアムが中心。エレクトリックなサウンド・プロダクションを持ち込んではいるが、あくまで歌声の持つナチュラルさやアコースティックなテイストを損なわないように配慮している。伝統的なソウル・コーラス/R&Bグループ・スタイルに基づきながらも、アレンジは現代的。そんなレトロ・フューチャーなところがキングの魅力ではないだろうか。“スーパーナチュラル”がそうした1曲で、ロバート・グラスパー・エクスペリメントに彼女たちが迎えられた理由がわかるだろう。“ヘイ”にしても、1960年代的なスウィートなソウル・コーラスにソフト・サイケに通じるコズミックなサウンド・プロデュースを施し、まるでザ・シュープリームスがフリー・デザインといっしょにやったかのようなドリーミーな世界がおもしろい。

 “ザ・ライト・ワン”や“ザ・グレーテスト”はライやジ・インターネットあたりと、“ザ・ストーリー”はハウ・トゥ・ドレス・ウェルあたりと同列で聴くことができるオルタナ系R&B。ただし、アレンジをいくら現代的にしていても、核となるソウル・ミュージックからは外れておらず、彼女たちがベーシックな作曲技法を持っていることがわかる。“ラヴ・ソング”や“キャリー・オン”などを聴くと、クインシー・ジョーンズ、スティーヴィー・ワンダー、パトリース・ラッシェンなど往年のアーティストたちのエッセンスをきちんと受け継いでいることがわかるだろう。同時にスティーリー・ダンにも影響を受けたと述べているように、少しひねくれたポップ・センスやAORテイストもあり、そんなところがありきたりのR&Bではないキングの魅力のひとつとなっているのではないか。いまの時流だけで音楽をやっているアーティストではなく、継承すべき伝統はしっかりと身につけているのがキングだ。

ロブスター - ele-king

 独身生活が45日以上続くと(自分がなりたい)動物に変えられる世界。妻に捨てられた主人公デヴィッドは、以前彼の兄だった犬とともにパートナー探しをするために滞在するホテルに連行される。ここで45日間以内に相手を見つけなければならないのだ。

 この簡素なホテルで行われる奇妙な(おそらく行政上の)手続きは、『未来世紀ブラジル』にあったような威圧感も、あるいは『マッド・マックス』ワールドを支配していたハードな暴力性もない。新入社員研修のような単調な日程に則って進められる“独身者動物化計画”は官僚的というよりも、柔らかく礼儀正しくホスピタリティを備えたコンサルティング・ビジネスのようだ。手取り足取り、さまざまな方法で「パートナーのいる生活の楽しさ」をアピールする。説得する。パートナーがいればこんなに楽しく、いなければ死刑、と連日吹き込まれ続けても人間、その気にならないものはならない。ありがちな失敗や要領の悪さ、突飛だけれど一応実用的で、だけどその場しのぎな生活上、あるいはコミュニケーション上の工夫などが、そことこことがとても近い場所であることを感じさせる。
 そういえば、ランティモス監督の前作『籠の中の乙女』は、両親が子どもたちのために作り出す揺りかご世界がまさに柔らかく温かいディストピアだった。そこの価値観に従ってさえいれば、残酷なルールの存在を意識することもない。でもそこにとどまるにしても出て行くにしても希望が見えない絶望的な世界だ。ランティモス監督が作るこの世界はファンタジーだけれど、おもいのほか馴染み深い空気が流れているのは、前作にしても今作にしても、大きなシステムではなく身近な人との関係性がその世界の構造の肝になっているからだ。現実と地続きのそこで起きる奇妙な出来事だからこそ、現実離れした会話や行動にも思わず笑ってしまったりもするのだろう。しかも、より抽象的な現実社会の出来事や遠いどこかの町にも重ねられるような普遍性と、たくさんのイメージや言葉を刺激する。
 たとえばこのきわめて寓話的な作品のモチーフのひとつである先進福祉国家の人口問題というものは、全地球的にはたいした問題ではなかったりする。地球の人口「問題」は「爆発」こそが問題なのだから。先進国で現実に誕生している子どもたちが生き延びる手だてを整える方が、人類としてはずっと効率がいいし、人道的でもある。『ロブスター』の独身者問題は、人口「問題」のほかに社会的適応「問題」が「問題」なのだろう。というか、日本社会をはじめとする人口「問題」を抱える先進国社会でも、このふたつは意識的にか無意識にか、混同されて来ている。

 このような世界の見(え)方というものは人口問題に限らず、21世紀の常道になっている。グローバリズム経済が国内の格差を広げる、雇用を減らすと「問題」視されるとき、グローバリズム経済は違う場所の雇用を増やし、ふたつの場所の貧困層同士の格差を「解消」するのだ(上位1パーセント層でも同じ、中間層でもだいたい同じ)。目の前の解雇や減給が、地球の反対側の雇用と昇給につながっているのだという、(グローバル経済の利点を訴えるひとつ覚えの)理屈に、善良で穏やかなリベラル~左派は言葉を失う。今の世界はそんな感じ。つまるところ、そんな世界では、20世紀的なヒューマニズムが救える心がとても少なくなっている。このところ、ランティモス作品だけでなく、ラース・フォン・トリアーやミヒャエル・ハネケのように観る者に刺を残す、まるでアンチ・ヒューマニズムみたいな作品を見かける機会が増えているような気がしている。

 20世紀に、人間中心主義としてのヒューマニズムと人道主義、いわゆる世俗的ヒューマニズムが大きく重なって受け止められていたのは、先進国の無神論+リベラル(+左派)な「良き市民」的な価値観ゆえだった。ハリウッド映画はそのエンターテイメント版である「ユーモアとペーソス溢れるハートウォーミング」な表現を洗練させて来た。
 もちろん、それに対抗する表現も作品もずっと世界各地で作られ続けて来たわけだが、敢えて挑戦的に、(大ざっぱな括りでの)ヒューマニズムに刺を刺し、観る者を感動でなく、動揺させる作品が存在感を増しているように感じているのだ。
 「アンチ・ヒューマニズム」のようなそれは、アンチそのものかもしれないし、陳腐になった表現を更新するものかもしれない。ただ、インターネットも含めたグローバリズム経済世界が必要とするであろうヒューマニズムの表現が試みられているんじゃないかとも思える。見える範囲が変われば、その定義も変わるかもしれない。例えば去年見た中でもっとも面白かった映画のひとつ『コングレス未来学会議』なんかは、人間を取り巻く状況は変化しても人間自体はあまり変わらないという話だった。だからこそ、登場人物の心の動きに共感したり泣けてしまうのだ。一方、この『ロブスター』は奇想天外な設定ながらも、より変化して見えるのは状況よりも人間の捉え方で、そういうところがアンチ・(20世紀的)ヒューマニズムみたいに思えたのだった。

 いや、まずは解釈なしにこの奇妙な世界にただ身を置いてみるだけでこの映画は楽しめるだろう。不可解な謎が、後からゆっくりと形や言葉を連れてくるような作品だ。


Bristol House - ele-king

 ブリストルと聞いて思いつくのはどんな音楽だろうか?
 先日、BBCでジャイルス・ピーターソンをホストにしてブリストルの音楽史を総括するラジオ番組が放送されたときには、サウンドシステム、ポストパンク、トリップホップ、ドラム&ベース、ダブステップという言葉と共にキーパーソンたちのインタヴューがフィーチャーされた。そうした音楽がブリストルの一面を映し出しているのはたしかだが、一方で同市には数年前からハウス・ミュージックの潮流が渦巻いている。
 面白いのはブリストルのハウスがいわゆるブリストル・サウンドと呼ばれる音楽に必ずしも直接的な影響を受けているわけではないところだ。例えばシーンの中心人物であるシャンティ・セレステは、アメリカ(とくにニューヨーク)やドイツのハウスにインスパイアされていると公言しているし、パーティにブッキングされるのはジェイ・ダニエル、アンドレス、スヴェン・ワイズマンなど市外のアーティストであることが多い。
 シーンとしてまだまだ大きな規模とは言えないが、献身的なハウス好事家たちによって運営されるレーベルやパーティは貴重なコミュニティの場として機能し始めており、今後のさらなる発展が期待される。ここに挙げた新旧5作品はその歴史の一部だ。

Typesun - Last Home DJ Nature Remix - Boogiefuture 2013

 デトロイトやシカゴ周辺のビートダウンを彷彿とさせるラストホームを、マイロの別名義であるDJネイチャーがリミックス。マイロというとマッシブアタックの前身ワイルドバンチのメンバーとして語られることが多いが、約20年ぶりに再始動したDJネイチャーの原体験になっているのは、1989年にニューヨークへ引っ越したときに味わった黎明期のハウスミュージックだ。タイプサンはブリストルの主要ハウスパーティーであるフォーリング・アップのメンバー。

Jay L - Looking Up Pt1 - brstl 2012

 同じくフォーリング・アップのメンバーであるジェイ・L のデビュー作。自身のDJセットで多用するガラージ、そして、普段から聞き親しんでいるソウルやファンクの要素をミックスしたUK産ディープハウスの傑作ルッキング・アップ・パート1を収録。〈brstl〉は、ブリストルのレコード店アイドルハンズのクリス・ファレルとシャンティ・セレステ、そして、〈イマース・レコーズ〉のキッドカットがブリストル産ハウスを紹介するために始動したレーベルだ(現在はファレルとセレステのふたりで運営されている)。

Typesun - Make It Right - Don't Be Afraid 2016

 再びタイプサン。数年前にロンドンからブリストルに拠点を移したセムテックが手掛けるレーベル〈ドント・ビー・アフレイド〉の2016年第一弾リリースでは、バンドマンでもあるタイプサンらしいセッション感溢れるアレンジが映える。別作品だが、彼がドラムを担当した珠玉のナンバー、ザ・ピーエルも必聴。

Shanti Celeste - Days Like This - Idlehands 2014

 シンプルなビートに自身の歌声を乗せた陶酔感と浮遊感が漂うトラック。ミックスしやすいように考慮されたスネアの挿入タイミングや展開には、DJとしてパーティをこよなく愛する彼女らしさが表れている。レコード店でもある〈アイドルハンズ〉はこうしたハウスだけでなく、ひとつのスタイルに限定しないディープで面白い音楽を提案し続けている。

Borai - Anybody From London - HOTLINE009 2015

 ブリストルでもっともDIYなレーベル〈ホットライン〉は決してハウスレーベルではないが、オクトーバーとのコラボレーションで知られるボライのこのトラックにはジャッキンなシカゴ・ハウスに通ずる音楽観があり、フィルインとして挿入されるブレイクビーツはかつてのフリー・レイヴを彷彿とさせる。

Masaki Toda - ele-king

 本作は、1980年生まれの画家、戸田真樹によるアンビエント・ミュージックである。戸田は降神や志人などのアートワークを手がけた人物としても知られているが、音楽家としての才能も素晴らしいものだ。

 彼は、自分の部屋で流す理想のアンビエント・ループを求め、調整に調整を重ねて、本作の楽曲を作り上げた(だからこそ『室内アンビエント』なのだろう)。完成当初は、ごく一部に配布されたのみであったが、一度、その楽曲に触れたものは、その正式なリリースを望んだという。それほどに素晴らしい音楽であったのだ。その意味で、このCD化は、まさに僥倖といえよう。彼の絵画作品を収録した小さなブックレットも、紙質・印刷ともに素晴らしいものだ。
 
 私は、このCDを入手してから気がつけばえんえんと流している。そう、誇張抜きで「ずっと聴けてしまう」作品なのだ。なぜだろうか。そのループのテンポ、レイヤー、音色が人本来のリズム感覚と絶妙にシンクロしているからだろうか。どのような状況でも、ごく自然に、体に入ってくるのだ。まるで絵画の色彩のような音。私は本作を聴きながら、戸田の絵画作品のように空間に溶け込んでいく色彩感覚を感じたものだ。

 もちろん、本作は単純なループものではない。水の音、淡いピアノ、透明なギター、声、微かなノイズなど、さまざまな音が繰り返され、重ねられていく。その音の連鎖は心を鎮静化する。暮らしの中の空気を変える。しかし大袈裟に主張するわけでもなく、時間の中に溶け込んでいくのだ。
 
 アルバムは傷だらけの、しかし親しみ深い古いレコードを再現するかのような淡いピアノの音色を反復する“始まり”から幕を開ける。つづく2曲め“なだらかな丘”では、ぐっと音像が広がり、厳しさと心地よさを兼ね備えた水の音にピアノの音色が折り重なり、桃源郷のようなアンビエンスが展開されていく。3曲め“ライト”では木琴のようなカラカラと乾いた音に、ときに深い響きを与えて反復させていく。

 そして4曲め“理想夢”。この曲こそ、アルバムを象徴するトラックに思えた。微かな声、水の音、アコースティック・ギターの旋律の差異と反復。まさに白昼夢的な音響空間が耳と身体と空間に浸透していく。以降、“スペース”“前世1 Part2”と、深い音の領域へと潜るように音楽が紡がれ、最後の曲“ミッド・ピアノ”では、再び夢の中で聴いたようなピアノが鳴りはじめるだろう。そこに不意に介入するような声と電子音が、現実と夢の関係を反転する……。
 こうして全曲を通して聴いてみると、音色やループの絶妙さもさることながら、アルバムとしての構成が非常に練られていることがわかってくる。1曲めからラストまで、ひとつの(複数の)時の流れが見事に織り上げられているからだ。それは「物語性」というよりは、記憶の表層をやさしく刺激し、より深い意識の領域の光を当てる……そんな「時間」の生成だ。

 断言しよう。このアルバムはアンビエント・ミュージックの傑作である。だが急いで付け加えておくと、このアルバムに傑作という大袈裟な言葉は似つかわしくない。慎ましく、繊細で、しかし、大胆な試みが、そしらぬ顔で遂行されているアルバムなのだ。そう、永遠に聴けるアンビエントを目指すこと/実現すること。

 私はここに10年代初頭からひさしく失われていた「ひとりのための音楽」という大切なアティチュードを感じた。ひとりからひとりへ届く音。ある部屋から生まれたアンビエントが、また誰かの部屋のアンビエンスを満たすこと。永遠に聴ける孤高のアンビエント。そんな「ひとりのための音楽」を求める音楽(アンビエント)愛好者にぜひとも届いてほしい。そう心から願うアルバムである。

『RAP PHENOMENON』とは? - ele-king

 Moe and Ghostsと空間現代。スタイルは異なれど、両者とも音楽からはじまり、アートに、文学に、私たちの思考の中に、その試みと波紋を広げている存在だ。そしてその両者による刺激的なコラボレーション・アルバムが、昨年開催された〈HEADZ〉の20周年イヴェントを起点として進められてきた模様で、この4月に登場する。Moe and Ghostsのラップ、空間現代の実験に加え、明らかにされている使用テキストにジャケット写真、録音からミックスまで隙なく、ただイヴェント的な性格のコラボ・アルバムとは大きく異なっていることが察せられる。何重にも意味がかかるように見える新たな話題作『RAP PHENOMENON』は、どのような怪現象を見せてくれるだろうか。

 2012年に発売され異形のフィメールラップ・アルバムとして話題となった1st『幽霊たち』から4年振りの作品リリースとなる"Moe and ghosts"と、昨年はオヴァルやマーク・フェル、ZSなどが参加したリミックスアルバム『空間現代REMIXES』をリリースし、日本最大級の国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」に出演するなど各方面で注目を集める"空間現代"のコラボ・アルバムが完成。

 2015年に開催されたHEADZの20周年イベントにて披露されたこのコラボレーションは、昨年より制作/レコーディングが進められ遂に完成となった。巷の安易なコラボではなく、互いが互いの音楽を研究しつくし、互いの音楽が寄り添いつつ並列する、前代未聞のコラボレーション、前代未聞のラップ・アルバムに仕上がった。(以下、続報を待て!)

Moe and ghosts × 空間現代
『RAP PHENOMENON』

カタログ番号:
UNKNOWNMIX 42 / HEADZ 212

発売日:
2016年4月6日

定価:
2300円+税

Moe and ghosts
ラッパーの萌とトラックメイカーのユージーン・カイムによるゴーストコースト(彼岸)ヒップホップグループ。2011年に本格的にラップ・トラック制作をはじめる。2012年8月、初リリースにしてフルアルバム『幽霊たち』発売。

空間現代
2006年、現行メンバー3人によって結成。編集・複製・反復・エラー的な発想で制作された楽曲を、スリーピースパンドの形態で演奏。これによるねじれ、 負荷が齎すユーモラスかつストイックなライブパフォーマンスを特徴とする。近年では演奏における一つの試みとして、並走する複数のグルーヴ/曲を行き来しながらも、ライブに流れる時間全体が一つのリズムとして立ち現れてくる様なライブ形態の
構築と実践に取り組んでいる。東京でのライブを活動の中心としながらもECD/飴屋法水/大橋可也&ダンサーズなど先鋭的なアーティスト達とのジャンルを超えたコラボレーションも積極的に行っている。現在は京都において 断続的に公演される演劇作品、劇団「地点」によるブレヒト戯曲作品『ファッツァー』の音楽を担当。

まっすぐ - ele-king

「人とは、何と複雑でもろく、そして強いのだろう」

7年ぶりの新作『恋人たち』へつながる軌跡。
書き下ろしを含む最新エッセイ

7年の沈黙をやぶり、待望の長編新作『恋人たち』を発表した橋口亮輔監督による、2013年3月からweb連載している内容を再編集した最新エッセイ集。『恋人たち』が生まれる
きっかけとなったワークショップのこと、リリー・フランキーや倍賞美津子、加瀬亮など俳優たちとのこと、連載のきっかけとなった木下惠介監督、『二十才の微熱』を見た
淀川長治、巨匠大島渚との邂逅…… 一つひとつの日常を積み重ねて、真摯に現実と向きあってきた橋口亮輔監督の姿が浮かび上がる。『恋人たち』を読み解くサブテキスト
として、現在の橋口亮輔監督を知るうえでの必携の一冊。

当時の僕は、かなり疲弊した後だったので、
映像のお仕事も、書くお仕事にも自信を失っていた。
だから、この連載もリハビリのつもりで始めさせていただいた。
そして、自分の人生の美しく楽しい側面を書いていこうと決めた。
毎月、毎月、自分の人生にはこんな良い時間があった、
こんなに大好きな人がいるんだと確認しながら、自分自身を肯定していく。
そんな連載になった。
―あとがきより―

目次

二〇一三年
三月  父
四月  ワークショップ
五月  原 恵一監督
六月  小松崎茂
七月  木下惠介 その一
八月  木下惠介 その二
九月  リリー・フランキー
十月  ゼンタイ
十一月 淀川長治
十二月 大島渚監督  

二〇一四年
一月  山田洋次監督
二月  大切な友人 その一
三月  大切な友人 その二
四月  倍賞美津子さん
五月  おすぎさん 野上照代さん
六月  モチベーション
七月  加瀬 亮
八月  夏の日
九月  喋楽苦
十月  仕事
十一月 木村多江
十二月 ローマの休日

二〇一五年
二月  会長
三月  木野花さん
四月  スーパーの女
五月  尊敬する人
六月  特撮
七月  明星/Akeboshi君
八月  害虫駆除
九月  AD 時代
十月  映画『恋人たち』
十一月 映画『恋人たち』の俳優たち
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―黄色いチューリップ― あとがきに替えて


【7年ぶりの長編新作『恋人たち』が多数の映画賞を受賞! ! 】
第89回キネマ旬報ベスト・テン
(日本映画ベスト・テン第1位・監督賞・脚本賞・新人男優賞)

第70回毎日映画コンクール
(日本映画大賞・録音賞)

第58回ブルーリボン賞
(監督賞)

第39回日本アカデミー賞
(新人俳優賞)

第30回高崎映画祭
(最優秀監督賞・最優秀助演男優賞・最優秀新進俳優賞)

第37回ヨコハマ映画祭
(監督賞・助演男優賞・日本映画ベストテン第2位)

第12回 おおさかシネマフェスティバル
(作品賞 ベストテン1位・脚 本 賞)

第45回ロッテルダム国際映画祭正式出品

著者
橋口亮輔(はしぐち・りょうすけ)
映画監督。1962年長崎県生まれ。1993年『二十才の微熱』が劇場記録を塗り替える大ヒットを記録。1995年の『渚のシンドバッド』ではロッテルダム国際映画祭でグランプリなど数々の賞に輝く。2002年の『ハッシュ!』では、第54回カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待され、世界70カ国以上の国で公開。2008年の『ぐるりのこと。』では、初主演の木村多江、リリー・フランキーに多くの演技賞をもたらした。2015年秋、待望の7年ぶりの長編新作『恋人たち』が公開。第89回キネマ旬報ベスト・テンで第1位を獲得したほか、数々の映画賞を受賞した。

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