「K Á R Y Y N」と一致するもの

HISTORY OF TECHNO - ele-king

 オルタナティヴな夜の社交生活が東京でいちだんと活発化したのは、悪名高き1992年の夏を過ぎてから1〜2年後のことだった。アンダーグラウンド ・パーティの足場は築かれ、ナイトクラブ文化はドラスティックに変わろうとしていた。なによりも音楽、世代、着る服、踊り方、それ以外のすべても。踊るためにひとは集まり、朝が来て、明け方の、あのいい感じで汚れた渋谷の街を駅に向かって歩く足が軽かったのは、みんなまだ若かったからだ。20代後半のぼくがシーンのなかでは年上だったのだから、いかに若かったことか。
 音楽の主役はテクノ/トランス。街の支配的なナイトクラブ文化も、ディスコの徒弟制も、ほとんどの音楽メディアもそのことをまだ知らなかった。まあ、これは一笑に付していただきたい話だが、ぼくたちはアニエスベーで気取った渋谷系とは違う惑星にいたわけだ。なにしろこちとら「808」と書いてあるTシャツだったりする。こりゃあ、まあたしかに、ファッション誌が相手にするはずもない。それでも自信を持って言おうじゃないか。あの時代、テクノ/トランス・シーンほどパワフルでエネルギッシュなシーンはなかった。ダンスの熱量にしても集まる人数にしても、そしてパーティの数やなんかにしても、だ。スピーカーの上によじ登って踊ることは、熱狂に対する純粋なリアクションだった。
 テクノ/トランス・シーンはある時代までは、完璧な、あり得ないほど100%アンダーグラウンドだった。この点においては、すでに業界のサポートを受けていたハウスとは決定的に位相が違っていた。ディスコ業界の伝統とも隔絶された自由、DIY的で、庶民的で、草の根的なシーン。それでいて、エレクトロニックで、抽象的で、ミニマルなサウンド。どこの馬の骨ともわからぬ若者たちがガキっぽい音楽で騒いでいる、こんな印象をもたれていたのだろう、メディアで仕事をしていたぼくは、自分よりも年上のクラブ関係者からたまに皮肉を言われたものだった。しかし、我らが暴走は止まることを知らなかった。たとえテクノ・ポップ原理主義者が嫌悪を口にしても、このシーンの勢いの根幹にあったのは、そのときそのときの「喜び」だったのだから。
 深夜の解放区。闇のなかの天使と悪魔といっしょに、ぼくたちは、30人が数ヶ月後には100人になって、一年後には1000人規模へと発展していくシーンの渦中にいた。1993年、一週間に最低二回は複数のレコード店に通い、欧米から届く12インチ・シングルの溝に掘られたサウンドにいちいち驚嘆していた頃、シーンをさらに若返らせ、さらに大きくした起爆剤がフミヤと卓球だった。フミヤは大阪出身のDIY主義者、20歳そこそこながらも腕の立つDJだった。卓球はもうポップスターだったが、ゆえにアンダーグラウンドでの活動にはいろんな障害があった。アンダーグラウンドは光明ばかりではない、暗黒面もある。しかしまあ、話を端折れば、いずれにしても彼らの情熱がすべてを乗り越えていったのだが。

 テクノ/トランス・シーンは、言うなればYMOがやらなかったことをやった。それは、クラフトワークやYMOらに影響されたアメリカの黒人たちやその音楽を触媒とした欧州のダンス文化にリンクすることだった。ふたりに「華」があったとしても、まずはDJとしての技術、アイデア、音楽作品に関する知識や思い切りの良さも持ち合わせていた。あの時代の、デトロイトの〈ミュージック・インスティテュート〉におけるデリック・メイ、シカゴの〈パワー・プラント〉におけるロン・ハーディのような存在だったと、ダンスフロアを知らなかった多くの若者たちを惹きつけたという点においてなら、そのように喩えてもあながち大げさではないはずだ。
 90年代の日本には、ほかにも良いDJが何人もいたことは、当たり前の話である。究極的に言えば、良いDJとはそのひとにとっての良いDJであって、絶対的な司祭などいない。だから、彼らが日本で最高のテクノDJとは言わないが、ただし、こうは言えるだろう。おおよそ30年後の2024年の夏になっても、あの時代と同じようにリキッドルームを満員にし、DJプレイによって素晴らしいダンスのパーティを演出したと。安心したまえ。会場を埋めていたのは、もちろん、ぼくと同様、命がけの90年代世代もいたにはいた。が、おそらく多くは、ぼくたちが夜な夜なダンスしていた頃には、まだ生まれていないか赤ちゃんだったような人たちである。

 この夜の祝賀者たち、ファンキーな快楽主義たちに混じってぼくが会場に入ったのは、我が同世代人たちがパジャマに着替えているであろう、23時過ぎのことだった。フロアには、フミヤのターンテーブルから、ミックスされた “リコズ・ヘリー” のごろごろしたベースラインが響いていた。で、それから数十分後には “ステップ・トゥ・エンチャントメント” のリフだ。もうおわかりだろう、その夜のテーマが何だったのか。
 細かいことを言えば、あくまでレコード盤を使ってミックスするふたりのプレイを聴きながら、あらためて彼らの技術の高さ、アイデアの面白さ、などなどに感服した。プロ相手に言うのも失礼な話だが、PC一台でもDJができてしまう時代だからあえて強調しておきたい、ふたりとも圧倒的にうまい。
 彼らは、魅力的な音楽をかける黒子としてのDJであり、ミキシングの表現者だ。卓球が“ザ・ダンス”と“アイム・ア・ディスコ・ダンサー”をミックスしたときにフロアから聞こえた絶叫や大笑いは、グランドマスター・フラッシュから連なるDJイング(ターンテーブルによるサウンドコラージュ)に対するリアクションであり、また、我々が「アンセム」と言うところの、知っている曲がかかったことへの嬉しさの表れだ。こうした妙技が、ひとをフロアから離さないのである。だいたい、深夜の明け方までの音楽の旅は、何が起こるかわからないものだ。この夜もちょっとした事件があった。フミヤが“ソニック・デストロイヤー”のリフをカットインした瞬間、なんと田中宗一郎といっしょに踊り、絶叫することになるとは、いやはや、人生わからないものである。
 思わず笑いがこみ上げてくるとはまさにそれだ。いまさら言うのはためらわれるが、DJイングは、その手法にフォーカスすればポストモダンではある。が、それがポストモダン的な皮肉やスカした冷笑主義に陥らないのは、ターンテーブルとミキサーを使ったあの時代のDJが人前に出るには、ひたむきな修練が必要だったからだろう。トランス状態を誘発するには、それ相応の代償があったのだ。ダンスするほうだってそう。
 もっとも、ひと晩二杯までという個人的な基準値を優に超え、“アイ・フィール・ラヴ”で燃え尽きたぼくは明るくなる前に離脱したわけだが、午前6時過ぎの生存者たちにはご褒美の“アマゾン”が待っていたと、編集部コバヤシから翌々日に教えてもらった。良かった良かった。しかしほんとうに重要なのは、踊ること。イシュメール・リードの歴史捏造小説『マンボ・ジャンボ』のジェス・グルーに感染すること、あるいはジョージ・クリントンが言ったように、踊っていれば水のなかでも濡れないと、そういうことだ。なぜなら、ひとは音楽を感じて、サウンドの渦に巻き込まれながら踊るために集まっているのだから。そして、当然のことながら疲れて、やがては、明るくなったぼろぼろの街角へと放り出されて、いずれは現実へと戻っていく。ただそれだけのことなのだが、まこと不思議なことに、そのときのサウンドが長いときで一週間は頭のどこかで鳴り響いている。そういうものだったりもする。


ステージ後方では、AIを使ったVJで場にシュールな花を添える宇川直宏&REAL Rock DESIGNがいた。

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ルーツからニューウェイヴ、ディスコ、テクノ、アンビエント、ベース・ミュージックまで
400枚以上の作品を紹介する、ダブ・ディスクガイドの決定版

監修・編集・執筆:河村祐介
執筆:野田努、三田格、鈴木孝弥、飯島直樹、猪股恭哉、草鹿立、大石始、宇都木景一、吉本秀純、Akie、八木皓平
featuring U‐ロイ、エイドリアン・シャーウッド、アンドリュー・ウェザオール、こだま和文、内田直之、1TA & Element、Sahara (Undefined)、Mars89

A5判オールカラー/224ページ

目次

イントロダクション

Chapter 1 ROOTS ダブのルーツ

サウンドシステムを巡るジャマイカ音楽史とダブの誕生譚
キング・タビーとはなにものなのか?(鈴木孝弥)
U-ROY・インタヴュー
人々を「アップセット」するための音響を──リー・ペリーのダブ
その他のジャマイカの重要ダブ・エンジニア/アーティスト
【disc】ROOTS OF DUB IN JAMAICA

Chapter 2 SPREAD 拡散

UKダブ史──いかにしてそれを自分たちの文化にしたのか(野田努)
【disc】UK REGGAE ┃ WACKIE'S
エイドリアン・シャーウッド・インタヴュー
【disc】ON-U SOUND
レゲエとパンクは似たもの同士ではない――UKでのDUB論の展開(野田努)
【disc】POST-PUNK / NEW WAVE ┃ DISCO
レゲエのデジタル化とダブ・アルバムの衰退(鈴木孝弥)
【disc】JAMAICA DIGITAL DANCEHALL DUB ┃ UK DIGITAL NEW ROOTS

Chapter 3 DANCE DJ カルチャーとダブ

UKレイヴ・カルチャーとダブ(三田格)
【disc】UK RAVE CULTURE IN DUB
アンドリュー・ウェザオール・インタヴュー
ブリストル・サウンドとはなにか?(飯島直樹)
【disc】BRISTOL SOUND ┃ DOWNTEMPO, TRIP HOP, TECHNO, JUNGLE ┃ BASIC CHANNEL

Chapter 4 FAR EAST 日本のダブ

こだま和文・インタヴュー
内田直之・インタヴュー
【disc】JAPANESE DUB

Chapter 5 EXPANTION 拡張

【disc】ELECTRONICA ┃ DUB TECHNO / MINIMAL DUB ┃ HOUSE / NEW DISCO ┃ LOCALIZED ┃ DUBSTEP / BASS MUSIC ┃ ROCK, ELECTRONICS, LEFTFIELD

Chapter 6 ADVENTURE モダン・ダブの冒険

国内外を結ぶ、注目の国内ダブ・レーベル主宰者に訊く、現在のダブ・シーン──1TA & Element(Riddim Chango)、Sahara(Newdubhall)、Mars89(Nocturnal Technology)
【disc】THE ADVENTURE OF MODERN DUB

索引
著者紹介

[監修]
河村祐介(かわむら・ゆうすけ)
OTOTOY編集長/ライター
1981年に幡ヶ谷で生まれてそのまま。石野卓球編纂の『テクノ専門学校Vol.3』収録のセイバーズ「Wilmot」でダブの虜仕掛けの明け暮れに。2004年~2009年『remix』編集部、LIQUIDROOM勤務やふらふらとフリーを経て、2013年より、OTOTOY編集部所属からの長。

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interview with Louis Cole - ele-king

 USCソーントン音楽学校でジャズを専攻したルイス・コールは、超絶的なテクニックを有するドラマーにしてシンセやキーボード、ベースやギターなどを操るマルチ・ミュージシャン。歌も歌うシンガー・ソングライターで、ミュージック・ヴィデオも自分で作るヴィデオ・アーティスト。シンガー・ソングライターのジェヌヴィエーヴ・アルタディとのエレクトロ・ポップ・デュオであるノウワーで活動する一方、サックス奏者のサム・ゲンデルとのアヴァンギャルドな即興ユニットのクラウン・コアを結成。故オースティン・ペラルタサンダーキャットとのトリオや、クロウ・ナッツというジャズ・グループでの活動。そして、自身のソロ・アルバムから、盟友のサンダーキャット、ジェヌヴィエーヴ・アルタディ、サム・ゲンデル、サム・ウィルクス、ジェイコブ・マンといったアーティストたちの作品への参加と、実に多彩で濃密な活動を続けている。2022年の『Quality Over Opinion』からは “Let It Happen” が第65グラミー賞にノミネート、翌年にはアルバムも第66回グラミー賞でノミネートを果たすなど、世界的にも著名なアーティストへと昇りつめ、ここ数年は自身のビッグ・バンドやノウワーで来日しただけでなく、サンダーキャットのバンドでの来日、フジロック’23のホワイトステージで2日目のトリ、NHK Eテレ「天才てれびくん」へのまさかの出演など、話題を振りまき続けるルイス・コール。

 そんな彼がこれまでとはまたひとつ違う新たなプロジェクトを開始した。それは、オランダのメトロポール・オーケストラとのコラボだ。メトロポール・オーケストラは、ジャズのビッグ・バンドとクラシックの交響楽団が融合した、オランダの超有名オーケストラで、参加作がグラミー賞に24回ノミネートされ、そのうち4回受賞している。1945年に創設され、エラ・フィッツジェラルド、ディジー・ガレスピー、パット・メセニー、ハービー・ハンコック、エルヴィス・コステロ、イヴァン・リンスなどのレジェンドたちと共演した。近年は首席指揮者のジュールズ・バックリーの指揮で、スナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアーとの共演作がグラミー賞を受賞。さらにロバート・グラスパー、グレゴリー・ポーター、コーリー・ウォンなどの新世代のスターとも積極的に共演してきた。ノウアーや自身のソロ作ではジャズやエレクトロ・ファンクをベースにポップなスタイルを志向するルイス・コールだが、メトロポール・オーケストラとの『nothing』ではそれとは180度異なる壮大でクラシカルな世界を見せる。結果として、ルイス・コールというアーティストのジャズやポップス、クラシックという枠に収まらないスケールの大きさ、あらゆる方向へ広がる多彩な才能とその奥深さを見せつけるものとなっている。じつはこのプロジェクトはすでに2021年からはじまっていたそうで、そのはじまりからルイス・コールに話を訊いた。

モーツァルト、バッハ、リゲティ、マーラー、エルガー、ヒンデミット……まだまだいるけど、大きいところでいうとそのあたりかな。

ニュー・アルバムの『nothing』はこれまでとは性格の異なる作品で、オランダのメトロポール・オーケストラとの共演となります。2021年からこの共演はスタートして、これまでに数々の公演をおこなってきたのですが、最初はどのようなきっかけで共演が始まったのですか?

ルイス・コール(以下LC):ある日、指揮者のジュールズ・バックリーから連絡が来て、メトロポール・オーケストラのために音楽を書いてみないかと言われたんだ。僕は以前からずっとオーケストラのための音楽を書きたいと思っていたから、その話にすごく興奮した。基本的にはそれがきっかけだね。もちろん「イエス!」と即答したよ。

いろいろなオーケストラがあるなかで、どうしてメトロポール・オーケストラと共演したのでしょう? 基本的にはジャズとポップスの楽団ですが、これまでにロックやブラジル音楽など幅広いジャンルのアーティストとの共演を成功させ、またベースメント・ジャックスやヘンリック・シュワルツのようなエレクトロニック・ミュージック・アーティストとの共演もあります。そうした幅広い音楽に対応できるという点がポイントだったのですか?

LC:それはあまり関係ないかな。僕はただ、彼らが素晴らしいオーケストラであることを知っていて、そして自分はオーケストラの音楽を書きたかったわけだから、正直言ってもし彼らが誰とも共演したことがなかったとしても喜んでやったと思う。でもたしかに、彼らの対応力、たとえばリズム・セクションが速いファンクのグルーヴを演奏してもそれに対応できるということは、曲作りに影響したと思う。それで恐れることなく、遠慮なく書けるぞってなったから。

メトロポール・オーケストラと近年のジャズ系を見ると、スナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアー、ロバート・グラスパー、グレゴリー・ポーターなどとの共演が話題を呼び、特にスナーキー・パピーとジェイコブ・コリアーについてはグラミー賞も受賞したのですが、あなたの共演に影響を及ぼしたものはありますか?

LC:いや、ないかな。別に彼らのことが好きじゃないとかそういうわけではなく(笑)。でもまったく今回のインスピレーション源ではなかったね。もっと他のもの……クラシック音楽をかなり聴き込んだ。彼らがあまりクラシックをやらないのは知ってるんだけど、僕にとってオーケストラの響きは本当に素晴らしいもので、クラシックの側面があるものを書きたいという気持ちが昂っていたんだ。というのも、偉大なクラシック音楽にはほかのどんな音楽にも敵わないある種の強度があって、少しでもそこに届きたいっていう思いがあったんだ。

ちなみに今回クラシックを聴き込んだということでしたが、どの辺りの作曲家でしょうか?

LC:モーツァルト、バッハ、リゲティ、マーラー、エルガー、ヒンデミット……まだまだいるけど、大きいところでいうとそのあたりかな。

共演するにあたり、ジュールズ・バックリーとはどのようなミーティングをおこないましたか? また、楽団員とのリハーサルや準備はどのように進めましたか?

LC:最初は僕が作った音楽をちょこちょこ彼に送っていて、話し合いのほとんどは最初のリハーサル後にはじまった。リハーサル後にミーティングをして、演奏を振り返りつつ、変えたいところだったり、改善したい部分なんかを話して。彼との仕事は本当にやりやすくて、というのも僕がアイデアを思いついても、どうやってオーケストラにそれを伝えたらいいのかわかからないから、ジュールズに「もうちょっとこうしたい」とか言うと、彼がオーケストラに正確に伝わるように話してくれるという。彼とオーケストラはお互いにリスペクトし合っていて、とにかく本当に素晴らしかったね。

オーケストラ用に多くの新曲をつくっていますが、これまでの個人プロジェクトやノウアーなどとは曲づくりのプロセスも大きく変わるのではないかと思います。イメージするものもソロ・アルバムと今回では異なると思うのですが、具体的に今回はどのように曲づくりを行いましたか?

LC:自分のパソコンで、たとえばトランペットを模倣した音だったり、ヴァイオリン風の音だったりを鳴らして、とにかくそうやってオーケストラのサウンドを可能な限り忠実に再現するという形でやっていたんだ。たぶんアイデアがずっと前から頭のなかにあったおかげですぐに思いつくところもあったし、もちろん試行錯誤が必要なところもあったけど、基本的にはそうやって何ヶ月もパソコンを前に曲を書いていたね。僕はオーケストラをちゃんとフィーチャーしたかったから、普段とはたしかに違ってたね。上に乗せるだけの重要度が低いレイヤーとして扱いたくなかったんだよ。というのもオーケストラとアーティストのコラボレーションというと、たまに書き方が雑なことがあると思うんだ。やっぱり僕は、オーケストラの演奏をしっかり念頭に置いて思慮深く質の高い書き方をしているものが好きだし、だから自分もちゃんとオーケストラをフィーチャーしたものを真剣に書こうとしたんだ。

これまでのあなたのアルバムは3分程度のポップなナンバーが中心だったと思うのですが、今回は11分を超す “Doesn’t Matter” が象徴的ですが、長い曲や組曲になってるものもあります。そうした点でこれまでとは曲づくりの段階でかなり意識が違うのでしょうか?

LC:うん、違ったね。まず改めて思ったのは、あれだけの数の楽器があるということ。たとえば “Doesn’t Matter” のストリングスの音は本当に好きなんだけど、あの曲が11分になったのは、やっぱりああやってゆっくりと徐々に高まっていく弦楽器の演奏、あれだけ深い演奏というのは、それが十分な効果を発揮するためにはそれ相応の時間を費やす必要があるということで。あの曲にはそういう、少し時間旅行のような感じがあるんだよね。ほかに短い曲もあるけれど、とにかくフィーチャーすべき楽器がたくさんあったし、誰かの演奏を削るようなことはしたくなかった。そしてこの機会を活かして本当に特別なものを書きたかったし、いくつかのアイデアを形にするのに、今回いつもより少し時間がかかったよ。

完全にオーケストラ用の曲がある一方、“Life” や “High Five” などはノウアーのときのような楽曲でもあり、あなたの世界とオーケストラ・サウンドが見事に融合しています。こうした融合において、もっとも意識したのはどんなところですか?

LC:たぶん僕は、とにかくいままで存在しなかったものを作りたかったんだと思う。バンド、オーケストラ、そしてシンガー、その3つ全部が混ざり合ったものが入る余地が、この世界には残されていると思ったんだ。そこにいる全員がフィーチャーされて、しかもまだ作られておらず、この世に存在しないもの。古くてタイムレスなオーケストラのサウンドと、僕が何年もかけて培ってきたファンク調の比較的新しいサウンド、そのふたつの別々の世界を組み合わせられたら最高だなと思った。そう考えるとワクワクしたんだよね。

バンド、オーケストラ、シンガー、その3つ全部が混ざり合ったものが入る余地が、この世界には残されていると思ったんだ。全員がフィーチャーされて、しかもまだ作られておらず、この世に存在しないもの。

先ほど曲作りの準備にあたってクラシックを聴きこんだという話が出ましたが、あなた自身は父親がクラシック音楽のファンで、幼少期よりそうしたものに接してきたと聞いています。そうした経験や知識が今回の曲づくりに生かされていますか?

LC:ああ、それはもう、それがすべてだと言っても過言ではないかもしれない。まだ物心がついていないうちから素晴らしい音楽に触れて、つねにそういったものを聴いて育ったということが、僕の人生でいちばん大きかったかもしれない。父と一緒に音楽を演奏したり、ジャムったりして、全部そこから教わったんだ。

新曲の一方で、“Shallow Laughter” “Bitches” “Let It Happen” は2022年のソロ・アルバム『Quality Over Opinion』の収録曲です。録音時期もさほど離れていないかと思うのですが、ソロ・アルバムと『nothing』においてはどのように違いを意識して録音しましたか? また、アレンジなども大きく変わってくるかと思いますが。

LC:いま挙がった曲を書いているとき、じつはすでにこのプロジェクトのことが念頭にあって、書きながら「これはオーケストラのプロジェクトにいいな」と思っていたんだよ。でも自分のデモ版がすごく気に入っちゃって、『Quality Over Opinion』にレコーディング版を入れて、さらに結局はあのアルバムが先にリリースされることになったというわけなんだ。

ドラムをはじめ楽器演奏については、普段のステージでのプレイと変わってくる部分はありましたか?

LC:歌いながら演奏している曲が多かったから、そこはちょっと難しくて、かなり練習が必要だった。

『nothing』には2021年のスタジオ・セッションから、2022年のノース・シー・ジャズ・フェスティヴァル、2023年のドイツとアムステルダムでのライヴ録音と、さまざまな音源が集められています。『nothing』の位置づけとしては、単発の録音物ではなく、過去3年間の活動の集大成と言えるものなのでしょうか?

LC:そうだと思う。録音の過程は3年に渡っているから、考えてみるととんでもないことだけど。2023年に書いた曲もある。だからいくつもの音源を集めたものではあるけど、面白いことに、頭から最後まで通して聴いたときに、もっともこのアルバムの本領が発揮されるというか。そこに特別な力があると思う。最初は自分でも気づいていなくて、完成して改めて頭から通しで聴いたときに、「ワオ、こんなにうまくいっていたんだ」となって。そこを意識していたわけではないから、そうなるとは思っていなかったんだけどね。

『nothing』は選曲やミキシングについても念入りにおこない、完成までに多くの時間を費やしたそうですね。そうした点もこれまでの作品とは異なるものかと思うのですが、特に苦労したのはどういったことでしょう?

LC:最初にミックスした曲は本当に大変で、「これどうすんだ?」って感じだった。あまりにやることがたくさんあって、あまりに多くのサウンド、70人分の演奏があって。最初にやったのは “Things Will Fall Apart” という曲で、まだ自分の心の準備ができていなかったというか、とにかく大変すぎて、要領を得るまでに数日かかったけど、それ以降はコツを掴んで、徐々に楽になって。それ以前からミキシングは僕にとっては簡単なものではなかったのに、今作の作業の終盤には、正直言ってすごくスムーズにできるようになっていたんだ(笑)。本当に楽しくて最高だったし、最終的には制作過程のなかでもすごく好きな作業になった。それで選曲は最後の最後にやったんだけど、正しい曲順を見つけるまでは、さっきも言ったように、これがちゃんとしたステートメントを持ったひとつの作品だとは自分でも気づいていなくて、曲順を決めて通しで聴いて初めてそのことに気づいたんだよ。決め方としては、まず最後の3曲はこれがいいっていうのは自分のなかで決まっていて、最初の2曲も決まっていたから、あとはその間を埋めていくという作業だったね。

古くてタイムレスなオーケストラのサウンドと、僕が何年もかけて培ってきたファンク調の比較的新しいサウンド、そのふたつの別々の世界を組み合わせられたら最高だなと思った。

録音にはノウワーのジェネヴィーヴ・アルターディはじめ、サム・ウィルクス、ジェイコブ・マン、ライ・シスルスウェイティー、ペドロ・マーティン、フェンサンタなど、日頃からあなたのバンドやプロジェクトで一緒にやっているメンバーも参加しています。こうした面々とメトロポール・オーケストラがジョイントした公演やセッションの風景は、あなたにどう映りましたか?

LC:ものすごく感動的だった。ステージ上でもグッときたけど、リハーサルの段階から結構きてて、これは本当にスペシャルなことだなって思ったね。

ライヴではあなたに倣ってメンバー全員がガイコツ・スーツを着るのが定番となっているそうですね。そうしたライヴならではのアイデアとか、遊びはほかにもあったりするのでしょうか?

LC:ガイコツ・スーツ以外にはこれといってないけど……ガイコツ・スーツにしても最初はリズム・セクションとシンガーたちの分だけ用意していたんだ。というのも最初にオーケストラのディレクターに「オーケストラも着ます?」って聞いたときは、笑いながら「ノー」と言われて(笑)。「いやいや、ないでしょ」っていう。それでじゃあ自分たちだけで着ようとなったんだけど、2021年の最初の公演後に、オーケストラの人たちが着たいって言い出して、それでオーケストラ側が大量購入して全員で着るようになったんだ。

もし、日本でこの公演が実現したら、ぜひ観てみたいです。

LC:そうなったら最高だよね。僕も実現することを願ってる。もちろん簡単なことではないと思うけど、もし実現したら本当に嬉しい。

STRUGGLE: Reggae meets Punk in the UK - ele-king

 写真家・音楽ライターの石田昌隆氏の新刊は、『STRUGGLE: Reggae meets Punk in the UK』。主にUKを舞台としたレゲエとパンクの出会いを中心に編集したもので、1982年から2023年までの作品が掲載されている。ザ・クラッシュのNYでのライヴにはじまり、レゲエの偉人たち、80年代UKのインディ・ロッカーたち、1884年のCNDとの共催によるグランストンベリー・フェスティヴァル、同年のノッティングヒル・カーニヴァル、レゲエ・スプラッシュ、それからクラブ・シーンも少々……と、時代のポップ・アイコンたちの合間に街の風景や無名の人たちの写真が入ってくるのが嬉しい。また、そのときどきの渡英についてのエッセイがそれぞれの年ごとに掲載されている。いくらの経費でどんな風に撮影したのかがわかるのも面白い。
 パンク以降のUKミュージックのファンはぜひ見て欲しいし、パンクとレゲエが好きな人にはキラーな内容だと言っておこう。なお、刊行を記念して、8月4日(日)15:00からタワーレコード渋谷店6Fにて、DJ HOLIDAY名義ではレゲエをかけまくる今里をゲストに迎え、トークがあります。こちらもヨロシク。


石田昌隆
STRUGGLE: Reggae meets Punk in the UK

Type Slowly
‎352ページ(発売は8/3)
※表紙デザインは、サイレント・ポエツの下田法晴

Karnage - ele-king

 この春自身のレーベル〈Nocturnal Technology〉を始動させたMars89。いまのところ、現行ダブの鍵を握る一組、シーカーズインターナショナルとの共作『Dangerous Combination』と、ファッション・ブランド、ザンダー・ゾウのコレクションのサウンドトラック『A​.​I​.​VOLUTION (Original Soundtrack)』の2作がリリースされているが、第3弾として Karnage のアルバムがアナウンスされている。発売は8月8日、カセットとデジタルの2フォーマット。名古屋拠点のプロデューサーによるインダストリアル・ダブを堪能しよう。

名古屋を拠点に活動するKarnageが、Nocturnal Technologyより、最新アルバム「Dystopian Synthesis」をリリース
未来的かつディストピア的なインダストリアルサウンドを特徴とし、重低音、ダブ、ノイズが交錯する壮大な世界へと聴く者を誘い込む。

Nocturnal Technologyからの3作品目は、デトロイトで活動を開始し、現在は名古屋を拠点に活動している、Karnageによるインダストリアルダブアルバム「Dystopian Synthesis」。

ダブステップでのキャリアに裏付けられた重低音を土台に、ノイズやメタルなどから影響を受けた破壊的なサウンドが、ダブの技術の中で融合している。

フォーマットはデジタルとカセットテープの二種類。物理的に作品を所有する喜びと、未来のための持続可能性を両立させるための方法として、再生プラスチックを使用したカセットテープが採用されている。

artist: Karnage
title: Dystopian Synthesis
label: Nocturnal Technology
release: 8 Aug 2024

tracklist:
1. Netsphere
2. Falsed Frozen ft. Marshall Applewhite
3. A Silent Loner
4. GBE
5. The City
6. Silicon Life ft. Marshall Applewhite
7. Megastructure
8. Stepping Stone
9. Lore

Seefeel - ele-king

 90年代の音源をまとめたアンソロジー『Rupt+Flex 94-96』から早くも3年。彼らの最後のオリジナル・アルバムは2011年の『Seefeel』だから、じつに13年ぶりということになる。シーフィールひさびさの新作『Everything Squared』が8月30日にリリースされる。
 6曲入りのミニ・アルバムで、中核メンバーのマーク・クリフォードとサラ・ピーコックが作曲&演奏、『Seefeel』期にバンド・メンバーだったシゲル・イシハラ(DJスコッチ・エッグ)もベースで2曲に参加しているそうだ。マスタリングはミニマル・ダブのヴェテランでもあるポールことステファン・ベトケ、デザインはデザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソンが手がけている。現在、同作より新曲 “Sky Hooks” が公開中です。

artist: Seefeel
title: Everything Squared
label: Warp
release: 30 Aug 2024

tracklist:
01. Sky Hooks
02. Multifolds
03. Lose The Minus
04. Antiskeptic
05. Hooked Paw
06. End Of Here

DMBQ - ele-king

 DMBQが主催する毎秋恒例のクアトロでの競演ライヴ・シリーズ。2024年も実施されることが決定している。今回招かれるアクトはサニーデイ・サービス(10/3@名古屋)、maya ongaku&MERZBOW(10/23@渋谷)、カネコアヤノ(10/29@梅田)。相変わらず豪華な面々だ。どんな一夜になるのか、その目でたしかめにいこう。

「毎秋恒例のDMBQキュレートによるクアトロ公演、今回はサニーデイ・サービス、カネコアヤノ、maya ongaku、MERZBOWと競演」

DMBQが毎年秋に東名阪クアトロにて行う自主公演が今年も決定した。今回は名古屋クアトロにてサニーデイ・サービスと、梅田クアトロはカネコアヤノと、そして渋谷クアトロはmaya ongakuとMERZBOWという豪華な競演ラインナップを迎えて行われる。
毎回DMBQがキュレートした独自の路線をひたすらに突き進む先鋭的アーティストとの競演が話題の本シリーズだが、今回もコアな音楽ファンに突き刺さるディープな組み合わせだ。
チケットはチケットぴあ、e+、ローソンチケット等で7月31日~8月5日まで先行発売。
一般発売は8月10日より開始。


「DMBQとサニーデイ・サービス」
名古屋クラブクアトロ
2024年10月3日(木)

チケットぴあ:Pコード:276-053
ローソンチケット:Lコード:43349
e+


「DMBQとmaya ongaku / MERZBOW」
渋谷クラブクアトロ
2024年10月23日(水)

チケットぴあ:Pコード:276-070
ローソンチケット:Lコード:73664
e+


「DMBQとカネコアヤノ」
梅田クラブクアトロ
2024年 10月 29日(火)

チケットぴあ:Pコード:276-132
ローソンチケット:Lコード:52890
e+

【共通】
開場/開演:18:45/19:30
料金/(前売)¥4,500/(当日)¥5,500
※入場時ドリンク代別途600円。
※整理番号あり。
※未就学児童入場不可、小学生以上要チケット/紙・電子両方取り扱い(ぴあは「MOALA」)/お一人様4枚まで
一般発売日:2024年8月10日(土)

・PG先行:7/31(水)正午~8/5(月)23:59
・QUATTRO WEB先行:7/31(水)正午~8/5(月)23:59
※クレカ決済のみ

Midori Aoyama - ele-king

 DJのMidori Aoyamaが全国ツアーを開始している。すでに別府・熊本・福岡公演は終了しているが、8/10の大阪から9/21の名古屋まで、計11か所をめぐる予定。今回のツアーでは「euphonia」という話題のミキサーを使用、会場や状況によってはワークショップも実施されるそうだ。詳しくは下記より。

Midori Aoyama、新ロータリーミキサー "euphonia" と共に14か所を巡る夏の全国ツアー【TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD】をスタート!

国内外で活躍するDJ/プロデューサーのMidori Aoyamaが、新ロータリーミキサー "euphonia" と共に14か所を巡る全国ツアー【TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD】をスタートする。
初日7月26日の別府・CREOLE CAFEを皮切りに、7月〜9月末まで熊本・福岡・大阪・京都・富山・加賀・白馬・新潟・広島・岡山・藤沢・名古屋と全国のクラブやミュージックバーなど計14か所を周り、イベントを開催。
今回ツアーで使用するのは、AlphaThetaの新ロータリーミキサー "euphonia"。会場の状況やイベントの内容によってチュートリアルやワークショップも実施予定。

是非この機会に新ロータリーミキサー "euphonia" の魅力とハウスを軸に、新旧問わずあらゆるジャンルを独特のセンスとスキルでクロスオーバーさせていくMidori Aoyamaのパフォーマンスを体感して欲しい。

TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD

7/26(金) 別府 CREOLE CAFE
7/27(土) 熊本 Mellow Mellow
7/28(日) 福岡 Kieth Flack
8/10(土) 大阪 BAR Inc
8/11(日) 京都 Metro
8/12(月) 京都 NOHGA HOTEL KIYOMIZU KYOTO
8/16(金) 富山 NEWPORT
8/17(土) 黑崎海水浴場 (Kurosaki Beach)
8/23(金) 白馬 Concrete
8/24(土) 新潟 meme studio
8/30(金) 広島 音楽食堂 ONDO
8/31(土) 岡山 PINE&SONS
9/6(金) 藤沢 chillout酒場 常夏
9/21(土) 名古屋 Normal

Zach Bryan - ele-king

 ザック・ブライアンが2022年にリリースしたライヴ・アルバム『All My Homies Hate Ticketmaster(俺の地元仲間はみんなチケットマスターを嫌ってる)』は、ジョン・デンバーの“Take Me Home, Country Roads”のカヴァーから始まる。一音だけでアメリカの田舎の風景が浮かぶようなギターのイントロ、素朴なメロディ。それに応える割れんばかりの大合唱。田舎の道よ、故郷に連れて行ってくれ、帰るべき場所へと。ウェスト・ヴァージニアの母なる山。故郷へ連れて行ってくれ、田舎の道よ……。それは、そこに集まった人びとの心を繋ぎとめる歌として演奏される。アメリカの田舎町で、日々をどうにか暮らす人びとの歌として。続いてブライアン自身の楽曲“Open the Gate”が演奏されると、やはり大合唱が巻き起こる。

 軍隊に入る伝統を持つ家庭のもとで1996年に沖縄で生まれオクラホマで育ったザック・ブライアンは、情熱的な演奏と歌によって近年のカントリーの盛り上がりにおける新世代を代表するひとりだ。ビッグ・シーフやワクサハッチーのようにインディ/オルタナティヴ・ロックの側からカントリーにアプローチする例もあるが、ブライアンはもっと伝統的なカントリー・シーンに属していると言えるだろう。ただ、いまメインストリームでもっとも大きな存在となっているモーガン・ウォーレンなどに比べると音楽的にも存在的にオルタナティヴなところがあり、自分は前作『Zach Bryan』(2023年)を聴いて2000年代後半頃のザ・ナショナルみたいな管のアレンジがあるなと思っていたら、EP「Boys of Faith」(2023年)ではボン・イヴェールをゲストに呼んでいたので、そうした21世紀のUSインディ・ロックに影響されているところは明確にあるのだろう。何かと保守的と言われがちなカントリー・シーンに身を置きながら、シーン内のトランスフォビアを公然と批判していたりするのも存在としての新しさを感じさせる(ふわっとLGBTQの権利を支持すると言うのではなく、いまもっとも攻撃の対象になっているトランスジェンダーの権利をはっきりと主張していることが重要だ)。
 そうした意味でブライアンはクロスオーヴァーと評される向きもあるのだが、大きく言えば伝統に繋がる意思の強いミュージシャンではある。1950年代のホンキー・トンク、1970年代のアウトロー・カントリーを参照しつつ、躍動するカントリー・ロックとして演奏する。何よりも過去や先祖の意思を継承することを感じさせるのである。モチーフの多くは私的なもので、アルコール依存症を抱えて亡くなった母親、軍隊での経験やそれに対する引き裂かれた想い、故郷のオクラホマの風景やそこで生きる人びとに対する心情などを歌っており、そうした個人の悲しみや傷は必然的にカントリーが伝統的に描いてきた物語と重なっていく。『Zach Bryan』の2曲目“Overtime”のイントロでアメリカ国歌が引用されていたように、そして、ブライアンは自身の経験や感情をアメリカの一部として語るのだ。都会の「進歩的な」連中が見落としていた人びとの痛切な現実として。ヒットしたメジャー・デビュー作のタイトルは、『American Heartbreak(アメリカの傷心)』(2022年)だった。
 もうひとつ、ブライアンの音楽を説明するのに欠かせないのがハートランド・ロックだ。ルーツと自らを接続しながら中西部や南部の労働者の心情を表現してきたとされるハートランド・ロックはブルース・スプリングスティーンの『Born to Run』(1975年)によってブレイクスルーしたとされているが、ブライアンがスプリングスティーンとよく比較されるのは『The River』(1980年)~『Nebraska』(1982年)辺りのダークなアメリカの風景においてである。だから、そう、ブライアンが過去の先達から受け継ごうとするのは、繫栄した大国の片隅で取り残された者たちの想いを表明することだ。

 評価と人気がさらに高まるなかでリリースされた5作目『The Great American Bar Scene』は、大きく音楽性を変えることのない分、ザック・ブライアンらしいエモーショナルなカントリー・ロックが詰まったアルバムに仕上がっている。よく響くギター、弦、ハーモニカ。心のこもった歌唱。ジョン・メイヤーのようなスターとの共演曲もあるが、同郷のジョン・モアランドやカナダのノエリン・ホフマンら素晴らしい声を持ったシンガーとのデュエット曲こそがしみじみと染みる。それに、スプリングスティーンが“Sandpaper”で満を持して登場している……そのフォーキーに軽やかな一曲でスプリングスティーンがやや年老いた声で「俺はいまでも伐採工場にいる/きみが隠れられる屋根を作っているだけ」と歌えば、どうしたってこみあげてくるものがある。ブルージーな“American Nights”では、季節労働者がやって来ては去っていく町の風景が活写される。あるいはブライアンの歌の情感がはじめのピークに達するのは、叙情的なフィドルが感情的な昂ぶりを聴かせるカントリー・チューン“28”だろう。そこでは彼がたどり着いた愛が噛みしめられる。彼の歌には、人生で起こるひとつひとつのことを胸に深く刻もうとする意思が宿っている。フォーク・デュオのワッチハウスを迎えた“Pink Skies”から“Bathwater”の穏やかな終わり方も温かい。このアルバムではフォークとカントリーが分化しないものとして鳴らされている。
 たっぷりと19曲、情緒的な光景が次々に出現する一枚だ。2時間を超える長さの『American Heartbreak』をリリースしてからも毎年1時間前後の尺のアルバムを出し続けているブライアンは、批評家にもてはやされるような歴史的傑作を作るというよりは、とにかく次々に曲を出して、ハードな日程のツアーに繰り出すタイプのミュージシャンなのだろう。そんな風にして、庶民が音楽のもとに集まることのできる場所を都会以外の場所にも生み出しているのだ。

 豊かなアメリカから取りこぼされた人びとの心情を切実に掬いあげているとしてJ・D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』が話題になったのが2016年。自分も邦訳を読んで感銘を受けたし、ロン・ハワードによる映画版も観た(映画の出来はあまりよくなかった)。そのヴァンスがトランプのイエスマンとして副大統領候補に選ばれている2024年、僕は大混乱の様相を見せる大統領選挙のニュースから離れて、ビヨンセのカントリー・アルバムを、ワクサハッチーの生命力に満ちた『Tigers Blood』を、あるいはザック・ブライアンのこのアルバムを聴く。カントリーはいま、アメリカの政治的な分裂から距離を取って、ひとりひとりの切り分けられない感情を捕まえようとしているから。そしてブライアンは、アメリカの田舎町のバーに集まった人びとを沸かせる音とともに、「湿っていて、暑い、アメリカの夜」を讃えている。

new book - ele-king

「勝つためのしゃべり論」、これがヒップホップ・ライターのつやちゃんの新刊のサブジェクトだ。まったく勝てない編集部、エレキング必読である。漫才と日本ラップをめぐる独創的な「日本ラップ文化論」。楽しみましょう。お笑いの新世代代表、ヨネダ2000と新世代ラッパーのTaiTan(Dos Monos)のインタヴューも収録です。日本ラップ好きはもちろんのこと、とくに勝負ごとが好きなひとは読むべし!

つやちゃん
スピード・バイブス・パンチライン: ラップと漫才、勝つためのしゃべり論
アルテスパブリッシング

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