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Zach Bryan

Country

Zach Bryan

The Great American Bar Scene

Belting Bronco / Warner

木津毅 Jul 31,2024 UP

 ザック・ブライアンが2022年にリリースしたライヴ・アルバム『All My Homies Hate Ticketmaster(俺の地元仲間はみんなチケットマスターを嫌ってる)』は、ジョン・デンバーの“Take Me Home, Country Roads”のカヴァーから始まる。一音だけでアメリカの田舎の風景が浮かぶようなギターのイントロ、素朴なメロディ。それに応える割れんばかりの大合唱。田舎の道よ、故郷に連れて行ってくれ、帰るべき場所へと。ウェスト・ヴァージニアの母なる山。故郷へ連れて行ってくれ、田舎の道よ……。それは、そこに集まった人びとの心を繋ぎとめる歌として演奏される。アメリカの田舎町で、日々をどうにか暮らす人びとの歌として。続いてブライアン自身の楽曲“Open the Gate”が演奏されると、やはり大合唱が巻き起こる。

 軍隊に入る伝統を持つ家庭のもとで1996年に沖縄で生まれオクラホマで育ったザック・ブライアンは、情熱的な演奏と歌によって近年のカントリーの盛り上がりにおける新世代を代表するひとりだ。ビッグ・シーフやワクサハッチーのようにインディ/オルタナティヴ・ロックの側からカントリーにアプローチする例もあるが、ブライアンはもっと伝統的なカントリー・シーンに属していると言えるだろう。ただ、いまメインストリームでもっとも大きな存在となっているモーガン・ウォーレンなどに比べると音楽的にも存在的にオルタナティヴなところがあり、自分は前作『Zach Bryan』(2023年)を聴いて2000年代後半頃のザ・ナショナルみたいな管のアレンジがあるなと思っていたら、EP「Boys of Faith」(2023年)ではボン・イヴェールをゲストに呼んでいたので、そうした21世紀のUSインディ・ロックに影響されているところは明確にあるのだろう。何かと保守的と言われがちなカントリー・シーンに身を置きながら、シーン内のトランスフォビアを公然と批判していたりするのも存在としての新しさを感じさせる(ふわっとLGBTQの権利を支持すると言うのではなく、いまもっとも攻撃の対象になっているトランスジェンダーの権利をはっきりと主張していることが重要だ)。
 そうした意味でブライアンはクロスオーヴァーと評される向きもあるのだが、大きく言えば伝統に繋がる意思の強いミュージシャンではある。1950年代のホンキー・トンク、1970年代のアウトロー・カントリーを参照しつつ、躍動するカントリー・ロックとして演奏する。何よりも過去や先祖の意思を継承することを感じさせるのである。モチーフの多くは私的なもので、アルコール依存症を抱えて亡くなった母親、軍隊での経験やそれに対する引き裂かれた想い、故郷のオクラホマの風景やそこで生きる人びとに対する心情などを歌っており、そうした個人の悲しみや傷は必然的にカントリーが伝統的に描いてきた物語と重なっていく。『Zach Bryan』の2曲目“Overtime”のイントロでアメリカ国歌が引用されていたように、そして、ブライアンは自身の経験や感情をアメリカの一部として語るのだ。都会の「進歩的な」連中が見落としていた人びとの痛切な現実として。ヒットしたメジャー・デビュー作のタイトルは、『American Heartbreak(アメリカの傷心)』(2022年)だった。
 もうひとつ、ブライアンの音楽を説明するのに欠かせないのがハートランド・ロックだ。ルーツと自らを接続しながら中西部や南部の労働者の心情を表現してきたとされるハートランド・ロックはブルース・スプリングスティーンの『Born to Run』(1975年)によってブレイクスルーしたとされているが、ブライアンがスプリングスティーンとよく比較されるのは『The River』(1980年)~『Nebraska』(1982年)辺りのダークなアメリカの風景においてである。だから、そう、ブライアンが過去の先達から受け継ごうとするのは、繫栄した大国の片隅で取り残された者たちの想いを表明することだ。

 評価と人気がさらに高まるなかでリリースされた5作目『The Great American Bar Scene』は、大きく音楽性を変えることのない分、ザック・ブライアンらしいエモーショナルなカントリー・ロックが詰まったアルバムに仕上がっている。よく響くギター、弦、ハーモニカ。心のこもった歌唱。ジョン・メイヤーのようなスターとの共演曲もあるが、同郷のジョン・モアランドやカナダのノエリン・ホフマンら素晴らしい声を持ったシンガーとのデュエット曲こそがしみじみと染みる。それに、スプリングスティーンが“Sandpaper”で満を持して登場している……そのフォーキーに軽やかな一曲でスプリングスティーンがやや年老いた声で「俺はいまでも伐採工場にいる/きみが隠れられる屋根を作っているだけ」と歌えば、どうしたってこみあげてくるものがある。ブルージーな“American Nights”では、季節労働者がやって来ては去っていく町の風景が活写される。あるいはブライアンの歌の情感がはじめのピークに達するのは、叙情的なフィドルが感情的な昂ぶりを聴かせるカントリー・チューン“28”だろう。そこでは彼がたどり着いた愛が噛みしめられる。彼の歌には、人生で起こるひとつひとつのことを胸に深く刻もうとする意思が宿っている。フォーク・デュオのワッチハウスを迎えた“Pink Skies”から“Bathwater”の穏やかな終わり方も温かい。このアルバムではフォークとカントリーが分化しないものとして鳴らされている。
 たっぷりと19曲、情緒的な光景が次々に出現する一枚だ。2時間を超える長さの『American Heartbreak』をリリースしてからも毎年1時間前後の尺のアルバムを出し続けているブライアンは、批評家にもてはやされるような歴史的傑作を作るというよりは、とにかく次々に曲を出して、ハードな日程のツアーに繰り出すタイプのミュージシャンなのだろう。そんな風にして、庶民が音楽のもとに集まることのできる場所を都会以外の場所にも生み出しているのだ。

 豊かなアメリカから取りこぼされた人びとの心情を切実に掬いあげているとしてJ・D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』が話題になったのが2016年。自分も邦訳を読んで感銘を受けたし、ロン・ハワードによる映画版も観た(映画の出来はあまりよくなかった)。そのヴァンスがトランプのイエスマンとして副大統領候補に選ばれている2024年、僕は大混乱の様相を見せる大統領選挙のニュースから離れて、ビヨンセのカントリー・アルバムを、ワクサハッチーの生命力に満ちた『Tigers Blood』を、あるいはザック・ブライアンのこのアルバムを聴く。カントリーはいま、アメリカの政治的な分裂から距離を取って、ひとりひとりの切り分けられない感情を捕まえようとしているから。そしてブライアンは、アメリカの田舎町のバーに集まった人びとを沸かせる音とともに、「湿っていて、暑い、アメリカの夜」を讃えている。

木津毅