「Not Waving」と一致するもの

ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅 - ele-king

 ネブラスカ州といえばスプリングスティーンのアルバムを思い出すひとも多いだろうが、南部でも西部でももちろんベイエリアでもなく、中西部を描くことは何かアメリカの本質に迫るようなところがあるのだろう。ネブラスカ出身のアレクサンダー・ペイン監督が故郷の風景を豊かな白黒映像で映す『ネブラスカ』は、しかし、スプリングスティーンと言うよりもスフィアン・スティーヴンス『イリノイ』に近い。パーソナルであると同時に優れたフィクション性があり、ユーモラスでペーソスに溢れていて、そして前作『ファミリー・ツリー』よりも踏み込んでアメリカの老いを語っている。

 そもそも、冒頭で高速道路を徘徊していて警察に保護されてしまう老人=父を、アメリカン・ニューシネマ以来の俳優ブルース・ダーンが演じているという時点で、その姿に20世紀のアメリカからの遺産を嗅ぎ取ってみたくなる。だから『ファミリー・ツリー』は夫と妻の物語だったのに対して、『ネブラスカ』は典型的に父と息子の物語なのである。宝くじで100万ドルが当たったという出版社のインチキ広告を真に受けた父がモンタナからネブラスカまで行くと言うので、仕方なく息子が連れて行くうちに両親のルーツに出会うこととなる。典型的なロード・ムーヴィーでもあり、ペイン監督がアメリカ映画の伝統を強く意識していることは疑いようがない。
 しかしながら、そうして描かれるネブラスカの町はどうだろう。親子は親戚を訪ねることになるのだが、ほとんどが老人たちで彼らはほとんど喋ることもなく、あとは無職者とか……。ハリウッド映画が描いてきた豊かなアメリカと遠いのは当然だが、たとえばヴィム・ヴェンダースが異邦人の目線で描いた叙情的なアメリカとも決定的に異なっている。アメリカの内部で育った人間が見た、どうしようもなく寂れていく田舎の風景がここにはある。僕は、スフィアン・スティーヴンスが『ミシガン』でデトロイトの産業の衰退を慈しみをこめて歌っていたことを思い出す。映画は父の過去を見つめながら、忘れ去られていく中西部で生きた人間たちの気配を立ち上がらせる。



 しかしそんな寂れた町の住民にまで父は(アメリカが誇る名優のブルース・ダーンが!)、「哀れだ」と言われてしまう。長い間飲んだくれて、気がつけばすっかりヨボヨボの父は、本当にそれほど同情されるべき存在なのだろうか? 息子を演じるコメディアンのウィル・フォーテは父を見ながらずっと、なんとも困った表情をするばかりである。
 そしてその困り顔は、わたしたちがアメリカの斜陽を見るときのそれであると、映画の終わりのほうで明らかになる。どうしてそんなにも父が100万ドルにこだわったのか、口数の少ない彼がようやく明らかにするとき、悲しいとも愛おしいとも言いがたい、説明できない感情が沸きあがってくる。だから、アメリカの遺産の多くを受け取っているであろう「息子」であるわたしたちは、「たくさんのものを、たくさんのものをもらってるよ!」とスクリーンのなかの「父」に向かって心のなかで叫びながら、親子の旅を笑顔で見送るのである。落ちぶれていくアメリカに対する、同情と哀れみ、慈愛と懐かしさが複雑に絡み合ったわたしたちの想いを、こんなにも正確に浮かび上がらせる映画作家はアレクサンダー・ペインを置いて他にいない。

予告編

Record Store Day 2014 - ele-king

 音楽メディア/文筆業をはじめて以来、レコード店で音楽ライターに会ったためしがないんですよ。ワタクシ野田よりも年配のライターの方にはディスクユニオンなどでお会いすることもあるし、三田格とは会いたくもないのに会ってしまったりするものなのですが……。ほかに僕が知っている顔とはまず会わないのです。

 レコード店は、たんにモノの売り場というだけではありません。音楽シーンのメディア(情報発信地)であります。とくに洋楽なんぞを好きなリスナーが本当にフレッシュな音に出会いたければ、輸入盤を扱っているレコード店に行くしかないでしょう。すべてが並列しているネット通販などと違って、その扱われ方、置き場所にも触発されますし、隣り合わせの盤など自分の未開拓領域との出会いもあります。ナイスなレコード店のスタッフは自分たちの持っている知識を分け与えてもくれます。

 近年のネット通販の普及やDL問題などによってかどうか、レコード店は(音楽メディアと同様に)危機に瀕しています。こりゃまずいと、USのインディ・シーンで、ミュージシャンやレーベルなどが小さなレコード店を支援するために立ち上がり、はじまったのがレコード・ストア・デイ。その日に限り小さなレコード店でしか買えないレコードを売る。予約もなし、お店に行くしか買えないというわけであります。

 さて、少々気が早い、2014年4月19日土曜日のレコード・ストア・デイですが、大ニュース。なんと今回、坂本慎太郎&メイヤー・ホーソーンのスプリット7インチ・シングルが出ます。zelone recordsから届いた資料によれば、「これは、メイヤー・ホーソーンが、坂本慎太郎の1stアルバム『幻とのつきあい方』(US盤: Other Music Recording & Co.)を愛聴していて、『坂本とメイヤーで2014年の全米のレコード・ストア・デイで一緒に7inch出さないか?』とNYのOther Musicに連絡して来たことから始まりました」という話だ。そして、「お互いのインスト・ヴァージョンのオリジナル・マスターを使用してそれぞれ英語/日本語での訳詞ヴァージョンでレコーディングしよう、という事になり、遂に実現/完成しました」
 
 しかも、今回の7インチがすごいのは、「坂本慎太郎が、メイヤーの最新アルバム『Where Does This Door Go』から、ファレル・ウイリアムスのプロデュース楽曲“Wine Glass Woman”のオリジナル・トラックに日本語で歌詞を付けて歌い、メイヤー・ホーソーンは、坂本の1stアルバムから「幽霊の気分で (In a Phantom Mood)」のオリジナル・トラックに英語の歌詞を付けて歌った、つまり、坂本慎太郎がファレルのトラックで歌い、メイヤー・ホーソーンが坂本のトラックで歌うという、なかなかあり得ない日米のコラボレーション/スプリット7inchです!」という点にあるのです。
 坂本慎太郎がファレルのトラックで歌っているなんて……!

 さあ、2014年4月19日 (土) 発売! 店頭のみの販売。web・予約販売は無し。

Ásgeir - ele-king

 ソチ五輪はロシアで弾圧されるゲイたちに心を飛ばしつつ、主にカナダや北ヨーロッパの髭面の男たちを応援していた。とくに、2回目の転覆にもめげずに3回目の滑走をしたカナダのボブスレー・チームの不屈さと(心身両方の)逞しさには涙したのだが、せっかくオリンピックなんだから日本選手以外もテレビでもっと放映すればいいのにと思う。若者が洋楽から離れるわけですね。とはいえ、冬季五輪は北欧の住民たちを身近に感じられるのがいい。スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド……強豪選手が山ほどいて、遠い北国の彼らの情熱に痺れることができる。しかしアイスランドは……というか、アイスランド、出てたっけ? (調べたら出てました。5人。)

 音楽ファンにとってはアイスランドと言えばビョークとシガー・ロスがあまりにビッグなためそのイメージが強いけれども、ときどき、エレクトロニカやフォークなどでワールドワイドな才能が飛び出してくるのが面白いところだ。本稿の主人公であるシンガーソングライター、アウスゲイルはかの地から飛び出して久々に大きな注目を集めている存在である。21歳。しかも生まれ育ったロイガルバッキというところは40人あまりの集落だというから、間違いなく、この音楽がなければ彼の存在に触れることはできなかったろう。
 本作はアイスランドで国民的大ヒットとなったデビュー作『ディールズ・イ・ドィーザソッグン』の英語版で、英訳詞を担当したのがアイスランドに移住したジョン・グラントだという。僕がアウスゲイルに興味を持ったのはまさにグラントを媒介としてだが、本作自体がそういう構造になって出来上がっている。英語が母語ではないひとが歌う発音は英語を母語としない人間にはとても聞き取りやすく、だから本作は日本とアイスランドとの距離を一気に飛び越える。メロディがとてもキャッチーなフォークトロニカ・ポップで、青年が歌う素朴な愛や風景はとても親しみやすい。ファルセット・ヴォイスということもあって、そのフォーキーでほどよくアンビエントな音はボン・イヴェール+シガー・ロスのヨンシーのソロといったところ。5曲目の“ワズ・ゼア・ナッシング?”なんかはボン・イヴェールそのままだと言ってもいい。それが悪いということではなくて、ボン・イヴェール以降のフォークをマジメにポップ・ミュージックにする新人が、アイスランドから出てくること自体が興味深い出来事に感じられる。
 ジョン・グラントがコスプレをして登場するヴィデオがなんだかシュールな“キング・アンド・クロス”がもっとも完成度の高いナンバーだが、1曲のなかでボサノヴァやエレクトロニカ、フォーク、カントリーが手際よく配合されているのは見事というほかない。アウスゲイル自身の強い個性はいまのところ際立ってはいないけれども、そもそものアイスランド語の歌詞も彼自身によるものではなくて、ライナーノーツによれば72歳の彼の父親によるものだそうだから、彼自身の内面や魂を吐露するタイプのシンガーソングライターではないのだろう。これもMORと言えるのだろうか、とても耳に優しいポップスで、心がざわついているときよりも平穏なときにすっと馴染む。アイスランド語版も聴いてみて、なるほどそちらのほうが神秘性は高く聞こえたが、アウスゲイルのアーティスト性には英語版のカジュアルさもとても合っているように思う。
 アルバムにはこれからの展開の予感が散見され、ボン・イヴェールのようにポスト・ロックに接近もできるだろうし、ビョークのようにエレクトロニックなダンス・サウンドだってできるだろう。ジョン・グラントに触発されてヘヴィなソウルをやるかもしれない。オリンピックが終わってしまえば応援していた選手の4年後の年齢をすぐ考えてしまうが、アウスゲイルにはもちろん引退の心配なんてない。アイスランドの集落から世界に広がる未来ばかりがある。それにしても……早く4年後にならないものだろうか(ピョンチャン!)。

第16回:貧困ポルノ - ele-king

 今年の英国は、年頭からC4の『Benefits Street』という番組が大きな話題になった。
 これは生活保護受給者が多く居住するバーミンガムのジェイムズ・ターナー・ストリートの住人を追ったドキュメンタリーである。が、ブロークン・ブリテンは英国では目新しくも何ともない問題なので、個人的には「なんで今さら」と思った。日本人のわたしでさえ何年も前からあの世界について書いてきた(その結果、本まで出た)のだ。UKのアンダークラスは今世紀初頭から議論され尽くしてきたネタである。
 が、この番組で英国は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。デイヴィッド・キャメロン首相から『ザ・サン』紙まで、国中がこの番組について語っていた。よく考えてみれば、一部のコメディや映画を除き、あの世界を取り上げた映像は存在しなかったのである。
 なるほど。アンダークラスは本当に英国の蜂の巣だった。というか、パンドラの箱だったのである。みんなそこにあることは知っているが、蓋を開けるとドロドロいろんなものが出て来そうだから、遠くから箱を批判することにして、中をこじ開けようとはしなかったのである。
 当該番組がはじまったとき、メディアの多くが使ったのは「貧困ポルノ」という言葉だった。が、お涙ちょうだいの発展途上国の貧困ポルノと、アンダークラスのそれとでは質がちょっと違っていた。元ヘロイン中毒者や若い無職の子持ちカップル、シングルマザーといった「いかにも」な登場人物たちが生活保護受給金で煙草を吸ったりビールを飲んだり、犯罪を行ったりして生活している姿をセンセーショナルに見せ、国民の怒りを扇動している。と同番組は非難され、無知な下層民がスター気取りで自分たちの貧困を晒していると嫌悪された。
 が、彼らがそれほど「貧困」していないこともまた視聴者の神経を逆撫でした。「他人の税金で生きているくせに、薄型テレビを持っている」、「フードバンクの世話になってるわりにはビールを買っている」などのツイートが殺到し、「働かざる者、食うべからず」、「子供を育てる余裕のない者は、子を産むな」といった、昨今ではPCに反するので公言でないような言葉を文化人でさえ口にした。近年の英国でこれほど人々を感情的にさせた番組があっただろうか。と思っていると、C4の番組としては、倫敦パラリンピック開会式以来最高の視聴率をマークしたという。

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 昨年末、久しぶりに底辺託児所に行った。底辺生活者サポート施設には、もはやわたしが出入りしていた頃のような活気はない。労働党政権時代には政府の補助金のおかげで、PCスキルや外国語、アートなど様々のコースを無職者のために無料で提供していた施設が、保守党政権が補助金を打ち切ったためにコースを維持できなくなり、人が寄り付かなくなったという。
 元責任者アニーが引退してから、当該託児所は複数の責任者たちによって運営されている。そのうちのひとりがわたしのイラン人の友人であり、年末は人員が不足するだろうと手伝いに参じたのだが、子供の数はたったのふたり。常にガキどもで溢れ返り、粗暴で賑やかだったあの底辺託児所はどこに行ってしまったのだろう。
 「みんな、どこに行ってしまったの?」と言うと友人が答えた。
 「生活保護を激減されて、ここに来るバス代すら払えなくなってるんだよ」
 「じっと家にいるのが一番金はかからないけど、それって危険だね」
 「うん。玩具や食料を車に乗せて、気になる家庭を定期訪問しようっていう提案もある。経費の関係でどうなるかわからないけど」
 一般に、虐待や養育放棄などの不幸は閉ざされた空間で起きる。だから乳児や幼児のいる家庭を孤立させてはいけない。というのは、幼児教育のいろはである。ましてや食うにも困っている人々が子連れで閉じ篭っている状況はとても不健康だ。

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 放送開始当初は「英国の恥部。あの通りの住民を皆殺しにしろ」などというヘイトまで生んだ『Benefits Street』だが、放送が進むにつれ議論も進化した。左翼系の団体や文化人は一貫して「貧困者を社会の敵にしている」と主張し、同番組の放送中止を求めたが、変容してきたのは右翼・保守系の論調である。ふだんは、豪邸をあてがわれた生活保護受給家庭がいかに地域住民に迷惑をかけているかだの、子供ばかり産む下層女はけしからんだの書いているウヨク新聞デイリー・メイル紙でさえ、「『Benefits Street』は貧困者のモラルの無さを描いているのではない。彼らを作り出した社会制度がモラルに欠けていたということを示している」と書いた。
 わたしは日本にいた頃、ザ・スミスが歌っているから。という程度の知識で「サッチャーはダメだ」と思っていた。しかし、英国に住んでから彼女が犯した罪とは本当は何だったのかということがわかった気がする。それは、経済の転換によって犠牲になる人々を敗者という名の無職者にし、金だけ与えて国蓄として飼い続けたことである。
 アンダークラスの人々を知った当初、「24時間自分の好きなように使えるのに、どうして彼らのライフタイルには幅がないのだろう」と不思議に思ったものだった。しかし人間というものは、HOPEというものを全く与えられずに飯だけ与えられて飼われると、酒やドラッグに溺れたり、四六時中顔を突き合せなければならない家族に暴力を振るったり、自分より弱い立場の人々(外国人とか)に八つ当たりをしに行ったりして、画一的に生きてしまうものののようだ。
 「それはセルフ・リスペクトを失うからです」と言ったのは昔の師匠アニーだった。自らをリスペクトできなくなった人間に、もう国は貴様らを飼えなくなったから自力本願で立ち上がれ。というのは無茶な話だ。自力本願。というのは各人が自分の生き方の指針にすべき考え方であって、それを他人にまで強要するのはヒューマニティーの放棄である。自力を本願できる気概やスキルが備わっていない人間を路傍に放り出せば、英国だって餓死者が出る社会になるだろう。

 アンダークラスを生んだのは、サッチャーだけではない。PR専攻の人気取り政治に終始したトニー・ブレアもまた、ドラッグ・ディーラーの如くに無職者に生活保護を与え続け、麻痺させて黙らせていたのである。2005年にカイザー・チーフスが“I Predict A Riot”という曲で「裸同然の少女たち」が、「コンドームを買うために1ポンド借りている」だの「ジャージ姿の男に襲われている」だのと歌ったとき、「1977年のパンクから影響を受けたというバンドが、デイリー・メイルお得意の『衝撃のアンダークラス!』記事から書き写したような歌詞を書いている」と嘆いたのはジュリー・バーチルだったが、ブロークン・ブリテンと呼ばれる階級は顔のない集団悪として描かれることが多かった。『Benefits Street』関連で個人的に一番吃驚したのは、C4主催の討論番組で、若いお嬢さんが「こういう生活を送っている人々が本当にいるということに驚きました」と語っていたことだが、ミドルクラスの人々にとって下層の世界はカイザー・チーフスの歌詞ぐらい現実味のないものだったのだろう。しかし、ジェイク・バグのようなアーティストの登場や、『Benefits Street』のような番組により、ようやくアンダークラスの人々もインディヴィジュアルな人間としての顔や声を出しはじめた。
 そう思えば、UKのアンダークラスもまた、「そこにいるのにいないことにされていた人たち」だったのかと思う。世の中の癌であり、UKの恥部である階級が、自分たちと同様に個性や感情を持つ人の集まりであることを、この国の社会は認めたくなかったのだ。

 人間の恥部を晒すことがポルノであるならば、アンダークラスを撮った番組は貧困ポルノと呼ばれる宿命を負っていただろう。
 しかし、この貧困ポルノは「同情するなら金をくれ」と言っているポルノではない。彼らは金は貰ってきたのだ。そしてその金と引き換えに、それより大事なものを奪われてしまったのだ。

 イラン人の友人から電話がかかって来た。
 底辺託児所は春から家庭訪問サービスを始めるそうだ。
 資金は全くないのだが、車を貸す人や運転する人、玩具を貸してくれる幼児教育施設、食料を寄付してくれる店などが見つかったらしい。

 金だけではどうにもならないことを、金がないからこそ形にしていく人々がいる。
 これを市民運動と呼ぶのなら、UKの地べたにはその屋台骨がある。

Otto A.Totland - ele-king

 ポストクラシカルは、00年代的なアンビエント/ドローンのヴァリエーションである。ポスクラ特有の素朴な旋律はプレテクストな側面が強く、リスナーはエレクトロニカの電子音を摂取するように、生楽器(ピアノや弦楽器)の響きに耳を傾ける。ゆえにピアノのメロディは口実のように綺麗なアルペジオを奏でるし、弦楽器は音響的なレイヤー感を添えるのだ。

 結果、まるで西欧の片田舎のフォーク・ミュージックのような瀟酒な音楽が奏でられることになるのだが、しかしここにおいて歴史は(初めから)剥奪されている。先に書いたように、メロディや和声は一種の口実でしかない。聴き手は「響き」のアトモスフィアを味わう。その意味で、一種のポスト・モダン・ミュージックですらあった。歴史の無化と動物的な音響聴取。それこそエレクトロニカ以降のリスニング環境の特徴だろうし、ポストクラシカルとエレクトロニカはその点において繋がっている。そして、エレクトロニカ的なアンビエントにはチルアウトという意味もない。ただ、気持ちよい音を摂取すること。それゆえエレクトロニカ以降のアンビエントはドローンへと接続される。同じことはポストクラシカルにも言える。旋律やリズムが響きの中に溶け合うような感覚があるからだ。

 だが同時にポストクラシカルにはアンビエント/ドローンとは違う「わかりやすさ」がある。ピアノで奏でられるメロディは、多くの人の耳に届きやすいものだ。そもそもアンビエントとBGMの境界はつねに曖昧だ。ポストクラシカルのわかりやすさは時にBGM的な(一種のカフェ・ミュージック的な?)わかりやすさへと落ち着いてしまう。そこでは響きへのフェティッシュは、聴き取りやすい旋律の後ろに後退する。ヒーリング・ミュージックに安易さ/危険さに隣接すらしてしまうだろう。ポストクラシカルがエレクトロニカ以降の音楽的発展の中で反動的に聴こえてしまうのもカフェ・ミュージックとヒーリング・ミュージック特有の問題/危険性を内包しているからだ。

 しかし、ここ数年、ニルス・フラームら北欧の音楽家たちの活躍によって、ポストクラシカルは(ようやく?)、このような危うさから脱却しつつあるように思える。音楽と音響のちょうど良いバランス(と過激さ)を確立しつつあるのだ。重要な作品は、ニルス・フラームの2011年『フェルト』だろう。『フェルト』は、一聴、ローファイな録音だが聴き込んでいくと、ピアノ内部のハンマー音、鍵盤にタッチする音、ピアノと演奏者を取り囲む環境音などが渾然一体となっており、その素朴な精密さには聴き込むほどの感動がある。つまり密やかな音の中に、環境音やノイズを過激なまでに取り込んでおり、一筋縄ではいかない作品に仕上がっているのだ。現代のポストクラシカルは、単に素朴で綺麗なメロディを奏でるだけの音楽ではない。エレクトロニカ以降の、カジュアルなノイズ聴取環境以降に存在する音楽としてあるのだ。

 そこで、ようやく本盤の話だ。オット・A・トットランドのピアノ・ソロ・アルバム『ピノ』。この作品こそポストクラシカルの現在を考える上で重要なアルバムのように思える。

 オット・A・トットランドはノルウェイのアンビエント・ユニット、ディーフセンターのメンバーだ。ディーフセンターは、闇の中のカーテンから漏れる光のようにロマンティックな音楽性が特徴のユニットだが、ピアノ・アルバムである本作には彼(ら)の音楽に見え隠れする良質なセンチメンタリズムが前面に出た仕上がりになっている。リリースはポストクラシカル作品をリリースしつづけるベルリンのレーベル〈ソニック・ピーシズ〉から。初回盤は、いつものように限定450部のハンドメイド・ブック型ジャケットである(セカンド・プレス以降はカード・ホルダー・タイプ)。

 アルバムを再生すると、微かなノイズのむこうで鳴っているピアノの旋律が聴こえてくる。まるで90分ほどの小さな映画のテーマ曲のようなささやかな幕開け。録音マイクはピアノの中にあるハンマーの音から、その周辺の環境音までも繊細に捉えている、その儚くも優しい、しかし確かな存在感を感じる音。ああ、この音はどこかで聴いたことがある。ニルス・フラームの『フェルト』だ。事実、このアルバム『ピノ』はニルスのスタジオで録音されており、彼も制作に関与しているという(ちなみにディーフセンターの2011年作品『アウル・スプリンター』の録音にも、ニルス・フルームは関わっており、そのメランコリックな空気をさらに親密なものとして録音していた)。

 それにしても、なんという録音か。そのピアノの音はどこで鳴っているのだろうか。ほんの少し離れた隣家からか。それともこの部屋で、誰かが傍らで演奏しているのか。それとも数十年も昔に録音されたテープからか。それとも、未来からか。微かなノイズと、遠くにあるようで、しかし、自分の傍らで鳴っているようなピアノの音。どこか聴いたことがあるようで、まるで聴いたことのない音。夕方から夜にかけての光のようにメランコリックな旋律と残響。響きが溶けあうようなアンビエンスの芳香。やさしくて、優しくて、ささやかで、個人的な音。〈ソニック・ピーシズ〉はこれまでも素晴らしいモダン・クラシカル作品をリリースしてきたが、本作はその中での最高傑作ではないか。楽曲と録音と演奏が、極めて独自のレヴェルで共存/存在しており、そこから近年、なかなか聴くことのできない、極めて純粋な(個人的な)音楽が鳴っているように思えるからだ。

 同時に、この音は世界に対して開放されている。音楽をとりかこむ環境=音響を自然の共演者のように迎え入れているからだろうか。アルバムを聴く進むほどに、ピアノの残響は深く、音を包み込む。旋律が環境のアンビエンスに溶け込む。とくに11曲め“ジュリー”においては、(たぶん)録音していた部屋に入ってきたであろう鳥の鳴き声が見事に音楽の中に取り込まれているのだが、その瞬間こそ、ミュージックとアンビエントが見事に融合した瞬間である。そのアンビエンスは聴く者の耳に鮮烈な驚きすら与えてくれるはずだ。

 最後になったが、オット・A・トットランドの作曲家としての才能にも注目したい。はじめに書いたように、ポスクラにとってメロディは一種のプレテクストであり、それゆえ即興によるアンビエント効果を狙いすぎる傾向もある。しかし、本作の場合は、素朴ではあっても決して安易な雰囲気に逃げることなく、自分だけの旋律と和声を持った楽曲が、しっかりと作曲されている。もはやメロディは音響摂取のための口実ではない。これはとても重要な変化に思える。

 このアルバムは「作曲家オット・A・トットランド」が、自らの楽曲を世に問うた最初のアルバムなのだ。そのメランコリックで美しい楽曲の数々は、一人の才能あふれる作曲家の誕生を告げている。ささやかで、慎ましやかで、美しく、親密で、そして儚い曲の数々。だがしかし、たしかに、ほかにない静かな野心が蠢いている作品でもある。その独特の録音が、それを証明している。旋律、ノイズ、環境、響き、融解。これらのおぼろげな交錯の場としてのピアノ・アルバム。まさに、ニルス・フラーム『フェルト』以降、ポストクラシカルの豊穣な達成がここにある。

Wonder Headz - ele-king

 アシッド・ジャズというキーワードが京都に新しい空気を持ち込んだのはたしかだと思う。僕はそのときの京都の変化を何となく感じていたが、体験はしていない。大阪は新しいバンドが出てきてもいつも同じような気がする。なんか泥臭く、懐かしの大阪の匂いがする。昔は京都のほうがしっくりきたのになあ……。というわけでその秘密を解き明かそうと京都に住もうと思ったりもした。
 そんな折、ワンダー・ヘッズを聴いてみた。Nabowaのリズム隊ふたり(川上優、堀川達)がやっているこのバンドにはググっときた。生音コズミック・ディスコというか、ジョルジオ・モロダーとクラフトワークのブレンド具合が見事だと思う。
 若い人たちのなかにはジョルジオ・モロダーとクラフトワークは同じものと思っている人もいるかもしれないけど、このふたつは相反するものなのです。ジョルジオ・モロダーはポップの権化、クラフトワークはアートの権化というか。
 ジョルジオ・モロダーを引き継いでいるものといえばダフト・パンクをはじめ何百というアーティストがいるんですが、クラフトワークを引き継いでいるものといえばジョイ・ディヴィジョンくらいしかいないんじゃないか。偶像崇拝禁止。アートのために、いちばん儲かるはずのアーティストTシャツを売らなかった人たち。クラフトワークはポップスでしたが、ポップスを作ろうとしたことは一度もない、彼らは作品を作ってきていたのです。
 ワンダー・ヘッズにはそんなクラフトワークと同じ心意気を感じる。そんな部分が彼らの音楽を素晴らしいものにしている。ドラム、ベースという職人さんだからでしょうか。それとも京都という土地がそうさせるんでしょうか。
 そして、ワンダー・ヘッズは先に書いたようにクラフトワーク/アート的な部分だけじゃなく、ジョルジオ・モロダー的なポップでいなたい部分も持っている。いや、いなたくはないか、ジョルジオ・モロダーのいなたい部分をニュー・オーダーがアートの世界に持っていたのと同じ気品を感じる。このへんも、京都の職人さんの感じがするんだよな。
 すべてが終わった現代では、すべてが終わった都市で、職人さんが新しい文化を作っていっている。そして、それが新しい未来を作っていっている、なんてね。でも、大げさかもしれないけど、ワンダー・ヘッズのファースト・アルバムを聴いているとそんなことを考えてしまうのだ。Kenji Takimi、Prins Thomas、ALTZのリミックスも聴かなきゃね。

SEMINISHUKEI 「OVERALL "ALL OVER" MIX Release Party 」 - ele-king

 昨年、トーフビーツを取材して彼の口から出たもっとも意外な言葉が、〈SEMINISHUKEI (セミニシュケイ)〉だった。もし、00年代の東京のストリートに何が起きていたかを知りたければ、このレーベルを訪ねれば良い。ストリート・ミュージックとしてのヒップホップ、ストリート・ミュージックとしてのハードコア、ストリート・ミュージックとしてのハウス……などが混じっている。もし、快速東京が言うように、00年代の東京のリアルがハードコアだとするなら、このレーベルはその重要拠点でもあるので、まだ知らない人は知っておいたほうが良いですよ。
 OVERALLのミックスCD『ALL OVER』のリリースを記念してのパーティが週末にある。数ヶ月前にアルバム『Midnight Wander』を出した、DJ/トラックメイカーのブッシュマインドやレーベルメイトのDJハイスクールも出演。〈WD SOUNDS〉(大型新人、febbのリリースを控えている)からミックスCDを出しているWOLF24。ゲストには、我らが大将コンピューマ……と豪華なメンツ。
 しかも、入場無料、ドリンク代1000円のみという良心価格。夕方6時からやっているので、仕事帰りに寄れるし、週末は恵比寿リキッドルームだ!

SEMINISHUKEI 「OVERALL "ALL OVER" MIX Release Party 」

SEMINISHUKEI 「OVERALL "ALL OVER" MIX Release Party 」

release DJ:OVERALL
guest DJ:COMPUMA
seminishukei DJs:BUSHMIND / DJ HIGHSCHOOL
batbat DJ:WOLF24

2014.2.28 friday evening
Time Out Cafe & Diner[LIQUIDROOM 2F]
access
open/start 18:00-23:00
entrance free *1st drink charge 1,000yen(include music charge)

info
Time Out Cafe & Diner 03-5774-0440
LIQUIDROOM 03-5464-0800

概要→https://www.timeoutcafe.jp/news/140228000708.html



OLDE WORLDE
The Blue Musk-Oxen

Groundhog Records

Tower HMV

 これを男性が、しかも日本人が歌っているというのは驚きだ。気持ちよくのびる高音、透明度の高い中性的な声、そしてヴォーカルに負けず劣らずソングライティングも光る。
 シンガーソングライター沼田壮平によるソロ・ユニット、OLDE WORLDE(オールディ・ワールディ)。2010年のファースト・アルバム(『Anemone "Whirlwind"』)につづくセカンド・フルのリリース情報が届けられた。プロデューサーにスマッシング・パンプキンズ、ピート・ヨーン、ベン・リー、サニー・デイ・リアル・エステイト、トータス他を手掛けたブラッド・ウッド(Brad Wood)を迎え、ピート・ヨーンやザ・ポーグスのジェイムズ・ファーンリーもレコーディングに参加したという、充実の作品だ。
 先行曲“Thinking About You”は、NTTドコモCM「ドコモウェルカムキャンペーン」篇のCMソングとしても使用されていたので、「ああ!」という方もおられるかもしれない。ピート・ヨーンやベン・リー、ベン・クウェラー、あるいはデス・キャブ・フォー・キューティなどに比較できるだろうか。完成度の高いポップ・ソングと巧みな弾き語り、どこかミステリアスでさえあるクリアなヴォーカル、ポップ成分の足りない人には、この上質をお届けしたい。

■OLDE WORLDE、3月12日発売のニュー・アルバム『The Blue Musk-Oxen』よりシングル「Your Bird」のビデオが完成!
吉祥寺Star Pine's Caféでの東京公演も決定!

 ピート・ヨーンやザ・ポーグスのジェイムズ・ファーンリーも参加したブラッド・ウッドのプロデュースによる2年半振りのニュー・アルバム『The Blue Musk-Oxen』は3月12日リリース。2月19日からは「Your Bird」とNTTドコモCMソングとして使用された「Thinking About You」のデジタル先行配信も開始。

“Your Bird”

■「吉祥寺Star Pine's Café」ライヴ
OLDE WORLDE 2014 「The Blue Musk-Oxen」
会場:吉祥寺Star Pine's Café
日時:2014年6月6日(金) 開場18:00 / 開演19:00
問合せ:VINTAGE ROCK std. / 03-3770-6900(平日12:00~17:00)
www.vintage-rock.com

■OLDE WORLDE / バイオグラフィー
 OLDE WORLDE(オールディ ワールディ)は、シンガーソングライター沼田壮平によるソロユニット。中性的で無垢な純粋さを醸し出す浸透度の高い声、多彩な才能を感じる自由度の高いメロディと洋楽的サウンドが印象的。1983年、東京生まれ。2009年5月にOLDE WORLDEとして活動を開始。2009年11月に『time and velocity』でデビュー。2010年4月、ファースト・アルバム『Anemone "Whirlwind"』をリリース。同年の夏にはSUMMER SONICをはじめ様々なフェスティヴァル・イベントに出演。2011年7月、アートワークまで自身で手掛けたセルフプロデュースのセカンド・アルバム『THE LEMON SHARK』をリリース。同年の夏にはFUJI ROCK FESTIVALに出演、ワンマンライヴも実施。また、Predawn、Turntable Filmesとの自主企画「POT Sounds」で全国ツアーもおこなった。LIVE活動を続けつつ、2013年、プロデューサーにスマッシング・パンプキンズ、ピート・ヨーン、ベン・リー、サニー・デイ・リアル・エステイト、トータス他を手掛けたブラッド・ウッド(Brad Wood)を迎えて、米ロサンゼルスでレコーディングを実施。先行曲「Thinking About You」は、NTTドコモCM「ドコモウェルカムキャンペーン」篇のCMソングとして使用された。

■アーティスト・ホームページ:https://oldeworldemap.com/index.html


D/P/I - ele-king

 昨年末からLAのマシュー・サリヴァン及びアレックス・グレイ邸を間借りし、僕がボングを銜えたまま猫を揉んだりしている間に、この男は2枚のアルバムを仕上げてしまった。

 アレックス・グレイは基本的に一日中喋っている。こちらがノー・リアクションでも自身のギャグに爆笑するような底抜けにハッピーな男である。先日、26歳の誕生日を場末のバーで愉快な仲間たちに祝われスパークするグレイ、具体的にはショーン・マッカンとともにカラオケでサブライムを熱唱する泥酔グレイを眺めながら、この男が絶好調であることを確信した。そう、LAのローカル・メイトの誰もが昨今のD/P/Iのサウンドがネクスト・レヴェルへ達したことを確信している。

 同じ屋根の下で暮らすマシュー・サリヴァン、ショーン・マッカンが得意とするミュージック・コンクレートをディープ・マジックを通して消化したグレイは自身のジャングル・ミュージック・バッグ・グラウンドと近年のフットワーク・ビートへの傾倒を披露する。D/P/Iの本作『08.DD.15』はもちろん〈リーヴィング〉から。盟友Ahnuuと激しく共鳴しながらロー・エンドに群がるキッズたちの耳にトラウマ・グルーヴを刻み込んでいる。先日のテープお披露目ショウでも静寂の間を音源以上にフィーチャーし、フロアを置いてけぼりにしていたのが記憶に新しい。というのは昨今のD/P/Iのサウンドが〈リーヴィング〉に代表されるニューエイジ・ビートからのさらなる飛躍でもあるからなのか。

 マシューデイヴィッドはよりポジティヴなニューエイジを、キャメロン・スタローンは新たに始動したソロ名義とゲド・ゲングラスとともに主宰する〈ダピー・ガン(duppy gun)〉でよりアフリカン・ルーツを掘り下げているのを横目に、グレイはその独自の軽薄なキャラを体現するかのように彼等が手を出してこなかったフットワークやジャングルを波乗りしているのだ。その軽薄さゆえ、本人が意図しないまでもD/P/Iはヴェイパー・キッズから熱いラヴ・コールを受けているのは必然なのかもしれない。それまでマシューとキャメロンの影響下にあったグレイは彼等を触発するほどに成長したことは間違いない。それは今後のサン・アローのサウンドに顕著に表れてくるだろう。

 そしてこの〈リーヴィング〉からのテープにダメ押しをかけるかのごとく〈ブーム・キャット〉からの12”がリリースを間近に控えている。確実に期待して良し。

 この国のファンクと歌謡曲の水脈の豊かさ、ことばのしたたかさと毒々しさ、社会を低い地点から観察するあたたかいアイロニー、したたる哀愁、洗練された諧謔精神、そして心とからだをじっとりと侵食してくるグルーヴ。僕はその日、面影ラッキーホール改めOnly Love Hurts(以下、O.L.H.)が表現する、それらすべてに激しく興奮し、心を打たれた。たまらなかった。
 いまだにあの日のライヴのことを思い出すと、胸がざわつき、ニタニタしたり、真顔になったりしながら、人に語りだしたくなる。小器用に格好つけるだけでは到達できない次元に彼らはいた。僕は久しく忘れていた、いや、忘れようとしていた感覚を思い出し、その感覚を肯定する気持ちになれたことを、O.L.H.に感謝しなければならない。

 ヴォーカルのaCKyのいかがわしくも愛らしい風貌とニヒルなMC、哀愁が滲み出した歌ときわどい歌詞と物語は、そこら中に転がっている、なんでもなくどうしようもないけれど、何かではある人生の寄せ集めそのものだった。公序良俗からはみ出してしまう気質。aCKyの存在と表現は、そういう抗し難い気質と性分としか言いようのないものからできているように思えた。 
 じゃがたらもビブラストーンもリアルタイムで体験できず、口惜しい思いをしている、遅れてきた世代のジャパニーズ・ファンク・フリークや、喉の奥に魚の小骨が引っかかったような、社会に対する違和感を抱えながら毎日をやり過ごしているぐうたらな不満分子は、O.L.H.を聴いてライヴに行くべきだと声を大にして言いたい。
 純愛、背徳的な愛、不幸な愛。ふしだらな性、性の悦楽。都会と田舎。渋谷のクラブの喧騒と場末のスナックの倦怠。階級、貧困、身体障害。ドラッグ、DV、児童虐待……。ヴォーカルのaCKyが取り上げる、こう書くとずいぶんと重たいテーマすべてを貫くのは、意地悪くもあたたかい人間観察と情熱的ニヒリズム、スケベ心、黒人音楽――ソウル、ファンク、ジャズ、R&B、アフロ――と歌謡曲への偏愛とその探求だった。

 うん、どうにもこういう書き方では、O.L.H.のいち側面を伝えているだけになってしまう。O.L.H.の華やかなステージングまでは伝えられない。なんてったって、O.L.H.は派手で、愉快で、ダンサンブルな集団なのだ。会場をバカ騒ぎさせて、笑いながら泣かせる演奏と歌をキメるプロなのだ。トランペット、サックス、トロンボーンを縦に横に動かすキュートな振り付けと艶やかな女性コーラス隊ふたりのキレの良いダンスの対比などは見事なもので、その光景はなんとも贅沢だった。会場の一体感というものに、胡散臭さを感じなかったのも久しぶりだった。
 主役のaCKyは、ピンク色のスーツとハット、薄いスモークがかかった妖しげなサングラスをかけて登場した。スーツはおそらくダブルだった。違ったかもしれない。とにかく、全身、眩しいまでのショッキング・ピンクだった。映画『ワッツスタックス』で観ることのできるルーファス・トーマスと初期・米米クラブのカールスモーキー石井と70年代のNYのギャングスタかピンプをミックスしたようなファッションといでたちだった。華やかなアーバン・ライフに憧れる地方出身者を戯画化しているようにも見えたし、まさにあのファッションがO.L.H.のリアリティとも感じられた。いや、どちらが真実だとかはどうでもいい。ウソとホントの境界線をぼやかしているのが、aCKyとO.L.H.の本質ではないかと思うからだ。

 生々しい物語をときにひっくり返る声で咽び泣くように歌い、セクシーな女性コーラス隊が空間を広げ、最高にグルーヴィーでエロティックな演奏を高いレヴェルでびしっとキメ、本物なんてクソ喰らえ! と舌を出す。スライもダニー・ハサウェイもディアンジェロも山口百恵もPファンクもモーニング娘。も、彼らがやるとすべてが素晴らしくいかがわしくなるのだ。ギター2人、ベース、ドラム、パーカッション2人、キーボード、コーラスの女性2人、サックス、トランペット、トロンボーン、そしてヴォーカルのaCKyという強力布陣から成るその日のO.L.H.がやったのは、そういう高度な芸当だった。
 “今夜、巣鴨で”、それから、まさにじゃがたらの“でも・デモ・DEMO”を彷彿させるアフロ・ファンク“温度、人肌が欲しい”へと展開するオープニングで一気にたたみかけると、aCKyはMCでギャグを連発した。「俺の方がヒップホップ育ちだよ」「ソールドアウトにはなれないけど、イル・ボスティーノにはなれるかな。イル・ボスティーノに失礼かwww」などなど。そして、“必ず同じところで”ではオールドスクール風のラップをかました(O.L.H.のドラマーは元ビブラストーンの横銭ユージだ)。その後も、ヒップホップ・ファンを意識したサーヴィス・トークは止まらなかった。

 そう、僕はここでもうひとつ大事なことを書かなくてはならない。その日の対バン相手は、田我流擁する山梨のヒップホップ・クルー、スティルイチミヤだったのだ。ある酔客のウワサによると、この対バンは、田我流のラヴ・コールによって実現したという。が、真相はわからない。いろんな幸運が重なったのかもしれない。とにもかくにも、O.L.H.の前にライヴをしたスティルイチミヤもまた、小器用に格好つけるのではなく、アウェイの雰囲気を楽しむように、山梨ローカルのバカ騒ぎをみせつけていた。
 デーモン小暮のようなメイクのMr.麿が歌謡曲から持ち歌までを絶唱しまくり、最後に田我流が、「新曲です」と言って、カラオケなのか、その曲をサンプリングしたトラックなのか、H Jungle with T「WOW WAR TONIGHT」の荒れ狂うビートの渦のなかでノリノリになって、大盛り上がりするパフォーマンスに至っては、見る側の気持ちも恥ずかしさを通り越して、爽快の域に達するほどだった。O.L.H.に対抗する俺たちのやり方はこれだ! という、この組み合わせにふさわしい、言うなれば、じつに潔い世代間闘争がくり広げられていた。黒人ができないドメスティックな方法論で音とことばを練磨することで、精神まで黒人化していくという逆説は、じゃがたら、ビブラストーンからOLH、そして田我流までが実践してきた共通テーマのように思えた。

 スロー・バラード、スウィート・ソウル、しっとりとしたジャジーな演奏から、猛烈なディスコ・ファンクへ。つねにいかがわしさを漂わせながら進んだO.L.H.の大人のナイト・ショーのボルテージはアンコールで最高潮に達した。袖から上下ピンクのスウェットで戻ってきたaCKyは、アンコールの2曲でステージ上で激しく飛んだり跳ねたり、踊りながらして服を脱ぎ捨て、最後はピンクのブリーフ一枚になり尻をむき出しにして、お客をこれでもかと煽り、去って行った……。もう最高だった。僕はことばを失い、ウーロンハイが空になったカップを口に咥えて、できる限り大きな拍手をO.L.H.に送ったのだった。
 
追記:この日、Jポップ/歌謡曲セットのDJで出演したセックス山口が、中森明菜のラテン・ナンバー“ミ・アモーレ”から槇原敬之のニュー・ジャック・スウィング“彼女の恋人”へと見事につないだ瞬間、僕はわおっ! と飛び上がり、彼がジャパニーズ・ファンクのなんたるかを全身全霊で表現していると思ったものだ。あの日の素晴らしいプレイをMIXCDでぜひ聴きたい!


Only Love Hurts


stillichimiya


SEX山口


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