2011年、すでに何人かの素晴らしい女性ミュージシャンが登場している。本サイトでも何枚か紹介している。しかし、チューン・ヤーズを名乗る、カリフォルニアのメリル・ガーバスはあまりにも圧倒的。5月にセカンド・アルバム『WHOKLII(フーキル)』がリリースされるが、彼女の音楽を聴いているとニーナ・シモンとアリ・アップとM.I.A.が幸せに踊っているような錯覚に陥る。パワフルで、エネルギッシュで、とにかく元気だ。
まずはこれを見て、チューン・ヤーズの爆弾のようなアルバムを待とう!
「Sã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
●OKI DUB AINU BAND Presents
『Himalayan Dub~Mixed by OKI vs 内田直之~』
CD発売記念ツアー・ファイナル
4月15日(金) 会場:渋谷 CLUB QUATTRO 開場:19:00 / 開演:20:00
ゲスト: LITTLE TEMPO
チケット:前売¥3,800 (ドリンク別)当日¥4,300 (ドリンク別)
お問い合わせ:
SMASH: TEL:03-3444-6751 https://smash-jpn.com
●OKI x 一十三十一 x U-zhaan
アイヌのトンコリ、インドのタブラ、という伝統楽器が生むグルーヴ+、女性ヴォーカル。
新たなるユニットの始動!?初Live緊急決定!!
5月21日(土) 会場:西麻布「新世界」 開場:17:00 / 開演:18:00
前売り予約3000円(ドリンク別)/当日券3500円(ドリンク別)※限定100人※
〔前売チケット予約・お問い合わせ先〕西麻布「新世界 」
tel: 03-5772-6767 (15:00~19:00) https://shinsekai9.jp/
DUB Chart
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Israel tafari (same song dub) |
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Bunny Lee - Rasta Dub '76 |
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Jammy , Crucial Bunny - Fatman Dub Contest |
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Revorutionaries - Jonkanoo Dub |
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Scientist - Scientific Dub |
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Augustus Pablo - King Tubby Meets Rockers in Firehouse |
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Sly & Robby - Gamblers Choice |
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Augustus Pablo - Original Rockers |
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Lee Perry - Super Ape |
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Joe Gibbs - African Dub All-Mighty |
2011年3月11日、東北関東大震災によって僕たちを取り巻く状況は一変した。多くの人命が失われたのはもちろん、生き残った人たちにも、以前の生活を取り戻すこと、物資や燃料の確保、家族の捜索、放射能との不本意な共存...、あるいは、的確な情報を選びとることも大事だし、生き延びた後ろめたさや、何かしたいが何もできない自分にいかに折り合いをつけるか......といった課題が残されている。
僕の住む街は岩手県の沿岸に位置しているのだが、線路や家屋や船舶は津波によって破壊されたものの、人的被害はゼロだったことは奇跡と言っていいだろう。月並みだが生きていることに感謝したし、相撲の八百長やカンニングで騒いでいた頃がいかに平和だったか思い知った。被災した人たちには本当にかける言葉がない。ただ、無事と健康を祈らせていただくばかりである。戦後最悪の災害となったわけだが、ここで得られた経験は永遠に重宝されていくだろう。そうでなければ死んだ人たちが浮かばれない。
地震の日の朝、僕はドアーズの『ストレンジ・デイズ』を聴きながら仕事に行った。14時46分、地震と同時に職場の電気は止まり、自家発電に切り替わった。「漁港が浸水した」などといった情報が飛び交い、あたりは混乱した。僕は恐怖したというよりも、あまりの事態の性急さに呆然としてしまった。災害用の毛布の運び出しを手伝っているときも、心ここにあらずといった感覚だった。2001年の9.11のときのような、一瞬で海の向こうのすさまじい情報量を受け取ったスピード感はそこにはなかった。地震直後は、何もかもが遮断されてしまったからだ。
帰り道、僕の住む町は不気味に様相を変えていた。すべての家からは灯りが消え、普段使っている道路は津波を警戒して封鎖されていた。活動的な雰囲気が消え失せ、僕の見た世界は静まり返って淡々としていた。カーステレオから流れるジム・モリソンの歌が妙に暗示的だった。
不思議な日々が俺たちを捕らえた
不思議な日々が俺たちを追い詰めた
俺たちのちょっとした歓びを壊そうとしている"ストレンジ・デイズ"
他者、あるいは人間という存在に言及した歌詞だが、そのときの僕にはなんだか預言めいた響きに感じられた。作り話ではない。実話である。
僕の主な被災体験は、停電生活である。震災当日の夜から、発電機や薪ストーブ、同じく薪で沸かす風呂といった設備が使える祖父の家に身を寄せた。海岸付近に住む人びとは家を津波で破壊され避難生活を強いられたが、それを考えるとこのような恵まれた環境に自分がいたことをまずは感謝せねばなるまい。食べ物もあった。しかし発電機に使う軽油は限られていたし、毎晩余震に起こされ、錯綜する情報を一方的につきつけられるのは、(僕の住む地域は電気の復旧がかなり遅れたこともあって)なかなか堪えた。だが家族といる時間が増えたし、祖父母や叔父と普段はしないような話をした。そのことが単純に良かったとは言わないが、久しぶりに人の営みというものを感じた気がした。
音楽を聴けるのも通勤の車内だけになってしまった(ちなみに祖父の家と僕の家はかなり近く、CDだけ取りに行くという芸当ができた......なんたる幸運)。そのあたりに僕が聴いていたのは意外にもビギーだった。『ライフ・アフター・デス』。知っての通り、本作のリリースを目前に控えた1997年3月、ビギーは凶弾に倒れてしまう。彼は死をテーマにした曲が多いことで有名だが、ここでは「死後の人生」というよりも「いちど死んで生まれ変わった」と解釈したい。震災で生き残った僕たちも、ある意味ではいちど死んで、またもらった命だろう。感謝し、そしてこれから自分が出来ることを考えなければならない。
震災後のこの国を包んだ沈痛な自粛ムード。政府や電力会社の事後の対応の不手際、あるいは物資の買い占めに走る人たちへの、ネット掲示板での正義感なのか憂さ晴らしなのか計りかねる苛立ちに満ちた非難。そんな鬱屈とした空気のなか、欲望をむき出しにしたビギーのラップは勇ましく、力強く響いた。僕はビギーに鼓舞されたし確実に元気をもらったといえる。
電気が復旧し、自宅に戻った。灯りを点け、PCを起動させながら思った。今回の原発の事故に関しては、僕たちが普段利便性だけを享受し、見て見ぬふりをしてきた部分がいっきに噴出したということだろう。原発周辺の住民は住む場所を追われ、野菜や魚の汚染によって多くの一次産業に従事する人びとが職を失った。このことを何らかの契機にしなければならない。やはり自販機の削減や営業・勤務時間の短縮といった節電方面の方策がとられていくのだろうが......。
僕個人の原発に関する意見はというと、即時全廃は不可能にしても、じょじょに他のエネルギーに切り替え、順次廃棄していくべきだと思う。比較的近くに女川原発や六ヶ所村の再処理施設があるだけに他人事とは思えない。まったくの門外漢なのだが、割と大きな余震がこれだけ頻発するのは、太平洋プレートと北米プレートのズレがいまも進行しているということだろうから、文字通り地に足の付いていない環境で、これからも原発に頼るのはあまりに危険だし、福島原発の事故を教訓にしなければならない。原発による豊富な電力という恩恵。一度知った便利さを手放すのは難しいが、「Aを優先させればBが犠牲になる」という摂理からは生きている限り逃れられない。
同時に考えなければならないのは、原発や再処理施設で働く人たちのことである。昨年10月のたばこの値上げの報道の時も思ったのだが、弊害ばかりが取りざたされて、その産業に従事する人びとにはまったくスポットが当たらないのである。原子力関連施設従事者の一般企業等へ優先的な斡旋。被曝とはどういうものかの詳細な説明。そうした透明性の上での新たなエネルギーの模索。遺物の撤去、新たなインフラの整備により雇用も創出できるかもしれない。困難を極めるだろうが、その過程での節電や省エネなら僕は喜んで協力するだろう。やはり太陽光発電の研究・開発にそれなりの予算を割くのが現実的な気がするのだが...。
と、こんなことを考える余裕があるほど、現在では僕は普段の生活を取り戻している。岩手の沿岸部に住んでいながら、である。そして、そのことに負い目を感じるのである。津波で破壊された家屋の撤去作業を手伝ったり、被災地に物資を送ったりすることを(もちろん何か役に立ちたくてしたことだが)心のなかで免罪符にしていた自分が情けない。本当に無力感しかない。そのくせ僕はここ数日でレコードやCDを買ったし、映画も見たし本も読んだ。そんな人間だ。醜悪なことを書いている自覚はあるが、これはこれでリアルなのだとご理解いただきたい。この原稿も、自分の気持ちの整理のために書いているという理由も何%かはあるかもしれない。
気を取り直して、僕の好きな曲で、こんな時にぴったりな曲がある。アルバート・アイラーの"ミュージック・イズ・ヒーリング・フォース・オブ・ユニヴァース"だ。そのままずばり、「音楽は世界を癒す力」である。タイトルのわりに、人を奮起させるような曲調だ。ジャズをはじめとする黒人音楽は、ルーツであるアフリカへの回帰が底の部分のテーマとしてある。安直かもしれないが、僕には震災で故郷を失った人びとと重ねあわせることができる。西欧列強に植民地化された故郷への帰還、ひいては母体回帰を目指す音楽と、震災とその二次災害により住む場所を追われた人びとがいつか元いた場所に帰りたいという願望とを。津波や放射能で居場所を失った人びと。報道を見ると、「それでもこの場所で頑張る」と話している人が結構多いことに気づく。こういう言い方が許されるのであれば、その姿は美しい。
そんなわけで、音楽は無力だとはよく言われるが、落ち込んだ気分が音楽でパッと晴れるのはよくあることで、前述のような比較を持ち出すまでもなくアイラーのこの曲には普遍性が宿っている。これも希望を感じた1曲だ。
さて、1日も早い復興のために(この文句を何度聞いたかな)、僕たちには何ができるだろうか。いろいろ考えたのだが、比較的余裕をもって暮らしている僕らがすべきことは、「なるべく震災前のように普段どおりに振舞う」ことだろう。節電・節約は大切かもしれないが、我々が冷静に行動することで、被災地に届く情報も整理され、物資も本当に必要とせれているものが選別されることだろう。経済の循環によって、抑圧された感情や自粛ムードもじょじょに解きほぐされていくと信じたい。
いまだに多くの企業がコマーシャルを自粛し、TVからは妙に厳かな雰囲気で被災地にエールが贈られている。それ自体は善意によってなされているのだろうが、被災者にとって有益かどうかは正直首を傾げるところである。応援するにしてももっと具体的な、例えば「住む場所を失った人はうちの会社・施設に来て下さい! 衣食住を用意して待ってます!」というような呼びかけがあってもよさそうなものだが。ともあれ、何もできない自分を責めるのはそろそろ終りにしてもいいはずである。
最後に、ドアーズの同じく『ストレンジ・デイズ』のアルバムに収録されている曲のこんな歌詞を引用して筆を置こうと思う。音楽が、僅かながらでも失われたものを取り戻す手立てにならんことを......。
とても優しい音が聞こえてくる
地面に耳を傾けると
僕たちは世界の再生を願っている、願っている、いま
いまだって? そういまだ
"音楽が終わったら"
桂川洋平/Yohei Katsuragawa
1985年、岩手県生まれ。大学時代を仙台で過ごし、卒業後は地元で働きながら好きな音楽や小説を探求している。
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仕事の電話で資料の送付先を聞かれることがたまにある。
「ええ! 宛名は、松竹梅の松に市町村の村。下の名前は正しいに人です。そうそう! 正しい人です! 決まってるじゃないですか!」
こういっているときに私は表面上は穏やかだが内心は怒っている。誰に怒っているかというと、三田さんいうところの「極度のマイナー体質」であることにうすうす勘づいているにも関わらず、名は体を表すとはいえない自分自身に怒っている以上に名づけ親に怒っている。いや、そうではない。私の名前候補はほかにあった。「角栄」というのがそれだ。自民党支持者だった私の父は私が生まれた二日後に総理大臣になった田中角栄にあやかってつけようとしたらしいが、それを思いとどまってくれただけでも私は親父をリスペクトしたい。角栄となれば、私はモノマネ芸人になるか、『笑っていいとも!』とかの「珍名さんいらっしゃい」的なコーナーに出るか、列島改造を叫んで地元に原発を建てるかしかなかった(もっとも「康弘」とか「純一郎」とかでなかったのは不幸中の幸いだけど)。
相対性理論がリミックス作のタイトルに『正しい相対性理論』とつけたのに私の親父以上の葛藤があったかどうかは知らないが、リミックス・アルバム(彼らの説明によれば「再構築アルバム」)という自己解体的なアルバムを「正しい」と呼ぶことにふくむところはあった。相対性理論はそこに自己言及的なユーモアだけでなく、相対性理論という科学思想の正誤を問う観点と同時に、観測者の条件であるときは「一般」となり、「特殊」ともなる相対性理論というものの考えをアートの枠組みに移したとき、奇妙な転倒が起こるということをはじめて意識的に示した。言葉遊びというよりも暗示だった。暗示であるがゆえに、このアルバムでは相対性理論とリミキサー以上にリスナーが相対性理論の正しさを、正しさという概念を含め、検証する側にまわることになる。内容は問題にならない......わけはないが、名は体を表すことはときとしてあり得る。
では中身はといえば、『正しい相対性理論』の各曲は各人が各人の方法論にきわめて自覚的に解体~再構築を施していて、誰がどの曲をやったかクレジットを見なくてもわかる。それは想定内ということではない。ハーバートからコーネリアスまで、『正しい~』の10人のリミキサーは相対性理論を触媒に音楽を自由に遊ばせながら、その底にある旨味をひきだすことで音楽そのものに語らせている。何を語らせるのか、といえば彼らの音楽のつかまえ方である。やくしまるえつこの歌とピアノをフェイズさせた坂本龍一のミニマル・ポップにしろ、曲を解体~再構築する過程で疑似スパンク・ハッピー(カラオケversion?)を仕立ててみせた菊地成孔にしろ、独自の音響空間を作った大友良英にしろ、『正しい~』は三者三様の、というか、十者十様の音楽の思考形態を明解に奏でていて、3月11日からこっちの重苦しいムードのなかでも、誰もが好き勝手にものを考えている(た)というあたりまえのことを、言葉でなく音楽で語るようだといったらいいすぎかもしれないですが、複数の声(ヴォイス)を共存させた『正しい相対性理論』の多様性はすくなくともそのことを暗示している。リスナーはむしろ、ファンク~ヒップホップ調の"Q/P"、ロックンロール風の "Q&Q"、宅録ポップな"(1+1)"といった彼らの3曲の新録の方が相対性理論っぽくないと思うのではないか。習作的なニュアンスのあるこの3曲は『シンクロニシティーン』でひとつの完成をみた相対性理論のポップ・ミュージック、ちょっと乱暴にいいきってしまうと彼らの80Sマナーの「先」に何があるかほのめかすようだ。想像をかきたてる。目をつむってちょっと考えてみてくれ。
そのみらいはきっと全部正しい。
君は正しい、僕も正しい。
日本の反原発デモもいよいよ活発化してきている。4月3日には京都でもデモがあって、デモのあとには紀平直樹が鴨川デルタのフリー・パーティでDJプレイ、最後の曲はキヨシローの"Love Me Tender"だったとの報告が編集部にも寄せられている。
去る4月10日は、都内では芝公園から出発する「浜岡原発すぐ止めて! 4・10東京集会&デモ」と高円寺の素人の乱による「被災地支援義援金集め&原発いい加減にしろ! 超巨大反原発ロックフェスデモ」のふたつがあったが、僕が参加したのは前者のほう。コースは経済省前~東電~中電、シュプレヒコールは「浜岡」をはじめ、「もんじゅ」、「女川」、「六ヶ所村」、そして「未来」と「子供」をキーワードに繰り返されたが、さすがに東電前は盛りあがる。個人的にも東電のずさんな管理体制やちんたらした記者会見にもっとも腹が立っているのだけれど、路上からは「人殺しー!!」「社長出てこい!!」「水返せー!」「汚すナー」などといった声が容赦なく飛び交った。身近な話で言えば、外国人DJをメインにブックしているクラブやロック・バンドの呼び屋あるいはヴェニューも、来日キャンセルの理由はほぼ100%福島原発なのだから、かなりの実害を被っていると言えるのだ。
実際に何人かの音楽関係者とも会った。DJもいたし、レコード会社の重役の方もいたし、筆者と同じ静岡出身の五十嵐や静岡おでんのアッコちゃんにも会った。子連れも多かったし、おそらく高円寺とは違った意味で若い人も多かった。初めてデモに参加した若い人も多かったようで、それだけ切実な問題意識が広がっているのだろう。そりゃあ、そうですよね、反原発という前に、僕はまずはとにかく福島どうにかしろよという気持ちが強い。そして浜岡だ、これはホントに恐い。温厚な静岡人といえども黙っているわけにはいかない。愛する故郷、愛するフットボール・クラブのためにも。

僕の世代は、1980年代後半にも反原発運動を経験している。あのときはRCサクセションやブルー・ハーツのようなポップ・シーンの頂点にいるバンドまでもがいっしょになった。が、それでも原発は増設された。当時はチェルノブイリが契機となったが、今回の福島の切迫感はあのときとは比べものにならないくらいある。
......さて、家に帰ってからテレビを付けると選挙の結果が発表されている。いっきに暗澹たる気持ちになる......。しかしことはまだはじまったばかり。キヨシローもそう歌っていた、すべてはいま、はじまったばかりさ~。(それにしても、相変わらず外国のメディアの姿ばかりが目に付いた。なぜ日本のマスメディアはこうした市民運動をもっとレポートしないのだろう......)
なお、4月16日には大阪の御堂筋でデモ、また、17日には浜岡原子力発電所のある御前崎市の市役所前でもあるようですよ!
追記:高円寺のデモに行った水越真紀さんから以下のようなコメントをいただきました。
交差点が見える。まっすぐ進むあたしたちの前をデモ隊が横切っていく。一周して来たデモ隊がもうその交差点に戻ってきているのだ。集合場所の小さな公園を出るまでに30分以上かかり、全体像は誰にも把握できていないだろうと思えるほどの反原発のデモ隊で高円寺の街が満たされていた。
「こんなことになって...」と、8年前の反戦デモで一緒に歩いた友達が苦い顔でつぶやいて、でもお互いに思わず笑ってしまう。こんなデモ、ほんと久しぶりだよ。こんな惨事が実際に起きて、それでもこんなに人が集まるとは行ってみるまで誰も思ってなかっただろう。
こんなデモ。言いにくいけれど、ほんと「幸せなデモ」だった。動員団体もいない、警官もほとんどいない(間に合ってない)、街に溢れた1万人以上の個人的な意思があり、指揮する人もいない長い長い行列で叫んで踊って鳴らして歌って、その意思の花火があちこちであがる。「なんにもできない」は「なにかしたい」につながってると改めて思ったのでした。
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本来ならゴールディーが来日するはずだったけれど、福島原発の問題によって来日が中止になってしまった。が、しかし......嬉しいことにシルキーは予定通りの来日が決定!
シルキーの音楽を特徴づけるのはソウルフルであること、ジャジーであること。2009年にリリースされた『シティ・リミッツ・ヴォリューム・ワン』はブラック・ソウルを愛するリスナーにとってはマストな作品!! 若さゆえの暴走が眩しいダブステップのシーンにおいて、そういう意味でシルキーは実に目立った存在なのだ。はっきり言って、何をかけるか楽しみ。すっげー楽しみにしていたロスカの来日もおじゃんになってしまったし(ホントに東電には頭くるよ)、こりゃみんなでシルキーのソウルに触れるしかないな。
SILKIE JAPAN TOUR 2011
4/15(金)大阪AVENUE A : TEL:06-4963-3748
4/16(土)東京UNIT : TEL:03-5459-8630
ONE LOVE!
ダブステップ・シーンからソウルサイドを拓く才人、シルキーが待望の初上陸!
リアル・アンダーグラウンドのサウンズ&ヴァイブスを体感!
待望の2ndアルバムがいよいよこの夏リリースが決定!
DRUM & BASS SESSIONS 15th.Anniversary Countdown!! [1996-2011]
"DRUM & BASS x DUBSTEP WARZ 2011 "
2011. 04. 16 (SAT) @ UNIT
feat.SILKIE
黴黴黴黴黴黴黴 黴
with : YAMA a.k.a. SAHIB, TETSUJI TANAKA, DX, DJ TAKAKI, DJ 100mado, MAMMOTH DUB(epo,うつぶせ)
vj/laser : SO IN THE HOUSE
open/start 23:30
door ¥2500
info. 03.5459.8630 UNIT
https://www.unit-tokyo.com
Ticket outlets:
当日券2500円のみとなります。
※3/19 ZINC+PLASTICIANの前売りチケット、4/16の前売りチケットをお持ちの方へは差額の返金を当日会場にてさせて頂きます。
※ご希望の方には払い戻しも致します。
ぴあ、ローソン、e+で購入された方は4/16まで購入店舗で払い戻しが可能です。
プレイガイド以外の店舗でご購入された方はUNITにて4/16まで受け付けます黴(チケット販売店舗では行っておりません)黴。
受付時間:平日13:00~19:00
※詳細はUNIT (03-5459-8630)までお問い合わせ下さい。
★SILKIE (Deep Medi Musik, Anti Social Entertainment, UK)
ダブステップのソウルサイドを代表するプロデューサーとして"ダブステップのLTJブケム"とも称されるSilkieは、ウエストロンドン出身の24才。2001年、15才でシーケンスソフトを使って音作りを始め、ブレイクビート・ガラージ(ブレイクステップ)、ヒップホップ、R&B等、多様なビーツを探求する。またDJとしてReact FMでR&B(スロウジャム)をプレイする。
最初のダブステップは友人のHarry Craze、Heny Gと手掛け、02年の最初期ForwardでYoungstaにプレイされる。また兄がMCで参加していたグライム・クルー Unorthadoxのプロデューサーを務め、Nolay、Wiley、Jammerらにトラックを提供する。03年にDaz-I-Kue (Bugz In The Attic)の協力でシングル"Order" (P Records)を初リリース。その後Heny G、Questらとダブステップレーベル、Anti Social Entertainmentを立ち上げ、"Sign Of Da Future"(05年)、"Dub Breaks"(06年)を発表。
07年にDMZのMalaと出会い、08年に彼のレーベル、Deep Medi Musikから"Hooby/I Sed"、"Skys The Limit/Poltigiest"を発表、またSoul JazzやSkream主宰のDisfigured Dubzからもリリースがあり、Silkieの才能は一気に開花する。
そして09年、Deep Mediから1st.アルバム『CITY LIMITS VOLUME 1』が発表されるとソウル、ジャズ、デトロイトテクノ等の要素も内包した壮大な音空間で絶賛を浴び、ダブステップの金字塔となる。
その後も彼のコンセプト"City
Limit"は"Vol. 1.2"、"Vol, 1.4"とシングルで継続され、いよいよこの夏、待望の2nd.アルバムがリリース決定した。注目の初来日!
https://www.myspace.com/SILKIE86
https://twitter.com/silkierose
https://www.facebook.com/silkie86
https://deepmedi.com/
数か月前に『SNOOZER』でタナソー相手に話したことだけれど、いまどき海外で活動したり、海外のレーベルから作品を出すこと自体は20年前と比較して特筆すべき話でもなくなった。ある意味ではいいことだが、ロック・バンドでもDJでも、いまではそれは珍しくないし、むしろこの日本において自力でレーベルを運営して、それを継続させ、作品を出し続けるほうがずっと特筆すべき話に思える。そっちのほうがより困難そうだ。
また、最初に有力な海外レーベルと契約した先駆的な3人、ケンイシイや横田進、DJクラッシュをはじめ、そしてコーネリアスやボアダムスといった連中はただたんに海外リリースに成功したわけでない。彼らは海外の連中に大きな影響を与えていった。欧米の物真似に終わらず、むしろ音の更新をうながす存在だった。
とはいえ、90年代初頭の日本にとって海外リリースが夢だったのは事実だ。当時UKに行くと、オーディオ・アクティヴやUFOといった連中の知名度の高さに驚かされたものだったが、洋楽で育ったミュージシャンにすればそれはひとつの夢であり憧れだった。およそ20年前の、そうした海外リリースがはじまりつつあった時代に電気グルーヴはデビューしている。「808ステイトは大好きだけれど、同じことをやろうとは思わない」と、当時の彼らは言った。
電気グルーヴが国際的な成功を得ることはなかったけれど、彼らはケンイシイやDJクラッシュにはできないことをやった。それは、この国で暮らしている、より多くの子供たちに新しい音を喜んでもらうことだった。アンダーグラウンドのエネルギーを咀嚼して、ポップに吐いた。それはそれでまったくもって価値のある行為だし、誰にでもできることでもない(うちの子供たちも電気グルーヴにはノれる)。彼らは働き者の農夫のように土地を広く耕し、たくさんの種を蒔いた。多かれ少なかれ、日本のテクノ・シーンは彼らの大衆性の恩恵を授かっている。ゆえに石野卓球はこの10年、日本においてもっともリスペクトされるDJ/プロデューサーになった。
つまり電気グルーヴには"ポップ・スピリット"というものがあった。その精神は、あまたのJポップのクリシェでもある恋愛ソングや自己啓発ソングとは100万光年かけ離れた場所で燃えていた。彼らはテクノとナンセンス・ギャグを追求したが、5人のマニアに褒められる音よりも5000人の子供が喜ぶそれを選び、何か言ったつもりになっている人を嘲笑するかのように意味のない言葉を好んだ。彼らのポップ・スピリットには因習打破的なところがあった。電気グルーヴは面白かったのではない。面白すぎたのだ。ドラッギーなテクノ・バラード"虹"は、ある種の狂乱の彼方に広がる素晴らしい叙情だが、こうした曲は無我夢中のなかの過剰さがなければ生まれなかっただろう。
この時期になぜベスト盤なのかわからないが、とにかく出た。選曲は『ビタミン』以降からで、個人的に思い入れのあるファーストとセカンドからは選ばれてない。また、シングル中心なのであの素晴らしい2枚――『ビタミン』と『ドラゴン』のなかの君が好きなあの曲も入っていないかもしれない。それでもこのベスト盤には愛された曲が詰まっているし、砂原良徳のマスタリングとエディットが楽しめる内容になっている(とくに"虹"の新しいヴァージョンが僕は気に入っている)。
最近は時代が一周も二周もしているので、シンセ・ポップやレイヴ・ソングはトレンドにもなっているのだけれど、アルバムを聴いていると自分がいま何年に生きているのかこんがらがる。それだけ彼らの音は時代とともにあった。時間は情け容赦なく、嵐のように過ぎていった。本当に、アッという間だった。なかば自虐的なアートワークと電気グルーヴという文字は、2011年の春にはそれなりの想像を掻き立てる。
![]() salyu × salyu s(o)un(d)beams トイズファクトリー
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変化を望む人が好むのは、変化を肯定する音楽である。停滞を否定し、動き続けることを良しとする音楽だ。salyu × salyu(サリュー・バイ・サリュー)によるアルバム『s(o)un(d)beams』は、そういう意味では変わっていくことを望んでいる、すなわちレフトフィールドなポップだ。小山田圭吾がプロデュースしたこの作品は、まずなによりも耳を楽しませてくれる。Salyuは彼女自身がいち台の有能なシンセサイザー(合成装置)であるかのように、彼女のさまざまな歌と声を絞り出し、それらを惜しみなくコーネリアスの実験台(スタジオ)のミキサーに送り込んでいる。コーネリアスの得意とするギミック(遊び心)はいたるところに効いているが、まあ、個々の楽曲がよくできている。
彼女の(チョップされたような)複数の声がそれぞれの音程をキープして、ピアノとともにハーモニーを作っていく"ただのともだち"は、このアルバムの面白味を集約しているような曲である。"muse'ic"のような小山田圭吾の歌メロ作りの巧さが出ているような曲においても、彼女は声はただ歌うのではなく、空間をデザインする一要素のように機能している。声を機械に流し込み操作するという点ではブルックリンの才女、ジュリアンナ・バーウィックの新譜を思い出すが、緻密さ、ポップの度合いにおいては他に類を見ない......いや、コーネリアス以外に類を見ないユニークな音楽になっている。作曲はすべて小山田圭吾、作詞は七尾旅人、坂本慎太郎、いとうせいこう、国府達矢といった人たちの名前がクレジットされている。言葉と音楽が他人によるものであっても、歌と声だけでその作品の圧倒的な主役を演じられることをSalyuは主張している。まあ、これだけの個性派に囲まれながら、彼女は見事に声という音を発信しているわけです。
クロッシング・ハーモニーという、ハーモニーの構築という考え方に出会うんです。楽器で鳴らされる不協和音というものを声がやったときにまったく違ったものになる、そういう考えに出会ったときに、これならいっしょにできるんじゃないかと思ったんです。――Salyu
■お世辞抜きで、良いアルバムですね。ある意味ではパーフェクトなポップ・アルバムだと思いました。
Salyu:嬉しいですね。
■このアルバムの話は、最初はSalyuさんが持ちかけたんでしょ?
Salyu:はい。そうです。私からです。
■ポップ・アルバムと言っても実験的なポップ・アルバムですよね。まずはとにかく実験をしたかったのか、あるいはコーネリアスといっしょにやりかったという気持ちが強かったのか、どっちなんでしょう?
Salyu:後者ですね。
■後者。
Salyu:はい。もちろん実験的なことはやりかったんですけど、それをコーネリアスといっしょにやりたいという感じですね。
■コーネリアスが大きかったんですね。
Salyu:優先順位で言えばそうですね。実験的なことをやりたいということもあったんですけど、小山田さんと音楽を作りたいという気持ちはずっとあった。
■ずっとあったんですか。
Salyu:あったんです。でも、小山田さんも自分の音楽活動されているわけで、何か具体的にやりたいことがないとお願いもしにくいというか(笑)。
■はははは。
Salyu:まあ、しにくいっていうこともないけど、具体的にこちらが「こういうことやりたい」っていう話があったうえでいっしょに取り組めればなぁというのがずっとあったんですね。そうしたら、クロッシング・ハーモニーという、ハーモニーの構築という考え方に出会うんです。
■それは?
Salyu:楽器で鳴らされる不協和音というものを声がやったときにまったく違ったものになる、そういう考えに出会ったときに、これならいっしょにできるんじゃないかと思ったんです。
■なるほど。ハーモニーね。
Salyu:これはもう、小山田さんと組んでやりたいと。
■それまで面識はあったんですか?
小山田:ちょいちょい。
Salyu:ちょいちょいですね(笑)。小山田さんは私のことほとんど知らなかったんですけど(笑)。
小山田:いえいえ。うちのドラムのあらき(ゆうこ)さんとか、ベースの清水(ひろたか)くんとか、彼女のバンドにいたりして。
■なるほど。
小山田:彼女のバンドでギター弾いている名越(由貴夫)さんとかも知ってるし。
■名越くん、あー、俺も知ってますよ。ぜひ、宜しくお伝え下さい(笑)。
Salyu:わかりました(笑)。
小山田:だからバンドはみんな知り合いだったんですよね。で、ライヴ見に来てね。
Salyu:私が勝手に見に行ったんです。
小山田:あそっか。いっかい見に来てくれたんだ。
■いつのライヴ?
小山田:『センシャス』の頃だよね。
Salyu:渋谷AXでやったときですね。あのとき初めて見て......。
■あの完璧なライヴをね。
Salyu:完璧なライヴを、はい。
小山田:完璧じゃないけどね。
■あれが完璧じゃないなら、何が完璧なのか(笑)。
Salyu:開場から開演まで、時間も完璧でしたね(笑)。
■終演から客引きまで(笑)。
Salyu:そのとき私、パスをもらって。しかもロビーまでしか行けないパスを。そしたらドラムのゆうこさんが「会いたいでしょ。そのパスでは楽屋に入れないからおいでー」って言ってくれて(笑)。それで「うわー」って楽屋に入れてもらったんですよね。そのときに初めてお会いしたんです。話したと言っても2~30秒ですよ(笑)。どわーってゲストが並んでいるなかで(笑)。
小山田:だいたいライヴのときの楽屋はたくさん人がいるからね。
Salyu:まあ、そのときが初めてで。
[[SplitPage]]その合唱隊が、レヴェルが高い合唱隊だったんですよ。複雑なドビュッシーとかの器楽曲を声で再現しているんだよね。それがね、もうむちゃくちゃすごいんですよ。とにかく今回やっているのは彼女の原点に近いんですよ。シンガーやってるのはそのずっと後だから。――小山田圭吾
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■僕も、たいへん失礼な話なんですけど、Salyuさんの音楽ってそれまで聴いたことがなかったんですね。
Salyu:いいんですよ(笑)。
■す、すいません(汗)。逆に言えば、僕みたいなリスナーは今回の作品で知ることができたんですけどね。それで以前の作品も聴いてみたんです。そしたらぜんぜん違うことをやっていて驚いたんです。今回の音楽は、いままでやってきたことをさらに発展させるとか、いままでやってきた音楽に新たな方向性を与えるとか、多様性を持たせるとか、そんなものじゃないでしょう。だからすごくドラスティックな挑戦に思ったというか、大変身とういか、「よくここまでやられたなぁ」と思ったし、「いままで何でやらなかったんだろう?」とも思ったんですよね。
Salyu:ことの発端がハーモニーということへの興味だったんで、それを21世紀のポップスとしてどう落とし込むかということがあって、それで小山田さんの力を借りたかった。それで、なぜいままでこれをやらなかったのかとういと、小さい頃から合唱をやっていたんですね。それでハーモニーということが小さい頃から身近にあったんです。ずっとやっていたし、愛しているし......、だから、挑戦ではあるんですけど、私にとっては原点回帰に近いんですよね。ガラっと新しいことをやったというよりも、もともと持っていたモノなんです。
■ああ、なるほどね。
Salyu:だから、Salyuとしてやっていることは、ポップスを歌う、ということを考えてやっているシンガーなんだけど、今回のsalyu×salyuというプロジェクトは、より幅広く引き出しをもっていて、小さい頃からやってきたこともそこに入っているという感じですね。幅広くやっているというか。
小山田:駆使している。
Salyu:そう、すごく駆使しているんです(笑)。
小山田:ライヴを見てもらえればよくわかると思いますよ。子供の頃にやっていた合唱隊の女の子、去年、結婚式で再会して、それでスカウトしてきて、いま4人組のコーラスグループ作って、このアルバムをぜんぶ再現するんだけど。
■ああ、こんど(4/15)DOMMUNEで放映しますよね。それ、楽しみです。しかし、合唱隊というのが新鮮でいいですね!
小山田:その話にすごくピンと来たんで。
Salyu:合唱隊というと人を集めなければならないんですが、たまたま10代のときにいっしょにやっていた同級生に会えて、それで彼女たちといっしょにやればいいんだって。
小山田:しかもその合唱隊が、レヴェルが高い合唱隊だったんですよ。複雑なドビュッシーとかの器楽曲を声で再現しているんだよね。それがね、もうむちゃくちゃすごいんですよ。
Salyu:ハハハハ。
小山田:とにかく今回やっているのは彼女の原点に近いんですよ。シンガーやってるのはそのずっと後だから。
■そうかー、その合唱隊という話を聴いてすべてがクリアになった気がしますよ、僕は。コーネリアスのポスト・パンク的な感性と合唱隊は合うだろうし、小山田くんがそういうのが好きなのもわかるし。あと、これは計らずとも、なんですけど、21世紀のポップで歌とエレクトロニクスというテーマはたしかにあって、ジェームス・ブレイクって知ってる?
小山田:ああ、チラリと。
■ダブステップ系の人で、輸入盤だけで日本でも3000枚以上売ってるんですけど、彼の音楽を特徴づけているのがまさに歌を電子的に操作するってところなんですよね。サンプリングしたネタを思い切り変調させるだけじゃなく、それで和音を作るんですよね。salyu×salyuの目指していることと決して遠くはないですよね。
Salyu:へー。
■コーネリアスの音楽の特徴にエレクトロニクスというのがあるじゃないですか。それはまた合唱以外の部分だと思うんですけど。
小山田:エレクトロニクスがいいとか、アコースティックがいいとか、あんまないですよね。
Salyu:なんでもアプローチしてみたいタイプなんですけど、今回とくにエレクトロニック・ミュージックをやりたいなということでもなかったね。
小山田:あくまで声が基本なんですよね。それがあれば、バックトラックはなにがあっても良いって感じだったんだよね。
■Salyuさんがコーネリアスでとくに好きなアルバムってなんですか?
Salyu:『ポイント』、それから『センシャス』。人生のなかですごい大きな出会い。
■どういう意味において大きかったんですか?
Salyu:えーとね、ちょっとロマンティックな言い方になるけど、私、1980年生まれなんですね。20歳になると世紀が変わると言われて育ってきたし、だから新しい世紀をすごく楽しみにしていたんですね。いろんなことが変わると子供の頃から思っているわけですよ。まあ、90年代後半からあまり変わらないんじゃないかなと思っていたんだけど、やっぱり期待があったんですね。でも、21世紀になってもあまり変わらないなというのがあって、「あまり変わらないな」と、「新しい世紀らしいこともあんまないな」と、そんななかで『ポイント』を聴いて、それが「変わった」と感じることができた最初の出来事だったんですよね。
■なるほど! 未来を感じることができたと。
Salyu:新世紀という実感をもらった作品。
■とくにどんなところにそれを感じたんですか?
Salyu:空間の広さ、空間のあり方の新しさというか。いろいろとあるんだけど、そういうことなんじゃないかな。
■なるほど。
Salyu:ポップだってこととかさ。
■ポップな曲はたくさんあるけど、コーネリアスのポップさは他と違うからね。
Salyu:そう。
■ふーん。そういうことで、今回はもう、プロデュースは丸投げ、「任せましたー」って感じだったの?
Salyu:そうですね。
小山田:そこまで気持ちよく投げてもらえたから、気持ちよくやらせてもらいましたよ。
■あと、コーネリアス的には、このところやってこなかった歌作りというか、ソングライティングというのもやっているよね。
小山田:そうですね。でも、それはもう、彼女に触発されてやった。自分ひとりではできないことだから。
■もともと歌メロ作るのが上手い人だから。コーネリアスではそれをあんま出さなくなっちゃったから。
Salyu:そうそう、だから、すっごい楽しみだったんですよね。どういうメロディをもらえるんだろうって。
[[SplitPage]]私、1980年生まれなんですね。20歳になると世紀が変わると言われて育ってきたし、新しい世紀を楽しみにしていたんですね。でも、21世紀になってもあまり変わらないなというのがあって、そんななかで『ポイント』を聴いて、「変わった」と感じることができた最初の出来事だったんですよね。――Salyu
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■歌詞に関しては複数の方が書いていますけど、それも小山田くんが決めたの?
小山田:いや、それは彼女と相談して。
■ちなみに坂本慎太郎の"続きを"の歌詞は、震災のコメントとして彼がele-kingに寄せてくれたんですけど、ものっすごい反響があったんですよ。
小山田:ああ、DOMMUNEに出てたよね。それは僕らもびっくりしていたんだよね。
■それが計らずとも最後の曲になっているんだね。
小山田:そうなんですよね。実は震災のあとにこの曲をあらためて聴いたんですよ。本当は、震災の後に別の曲を発表する予定だったんですけど、それを急遽、この曲にしようって、Salyuたちと演奏したやつをYouTubeにアップしたんだよね。そのときも歌詞に対する反応がすごかった。で、その曲をやる前に、坂本くんに連絡して「やるけどいい?」って言ったら、「実はそう思っていた」って。「歌詞をele-kingに上げるけどいい?」って。彼ももちろんこういう状況を想定して書いたわけじゃないんだけど、でも、その言葉が何かいまの気持ちを代弁してしまった。そういうことって、偶然にしろ、あるときにはあるからね。
■salyu×salyuのこのアルバムを最初に聴いたときには、良い意味でエンターテイメントだと思っていたんだけどね。それがね......。
小山田:......うん。
■Salyuさんは自分でも歌詞を書いてますよね。
Salyu:どっちかと言うと、あんま好きじゃない。
■作詞はダメ?
Salyu:苦手なんですよ。
■なんで(笑)?
Salyu:なんでかって言うと、もうすでにある曲を演奏するのが音楽だと思って育ってきているんです。
■あー、そうか。
Salyu:合唱も、山のように譜面があって、人の作った曲を自分がどう演奏するのかってことが音楽だと思って育ってきている。だから、人からいただく(曲の)ほうがフィットしますね。
小山田:坂本くんに歌詞を書いてもらいたいといったのもSalyuだから。
■そうなの。俺は疑いもなく、これはいかにも小山田くんかと思っていた。
小山田:僕ももちろん、思ってはいたんだけど、ゆらゆら解散したばっかりだったから、ちょっと言いづらくて。
Salyu:ハハハハ。
小山田:でもSalyuが言ったから、ちょっと言ってみようかなと(笑)。
Salyu:ねー。あれは感動的でしたよね。
■いろんなタイプの曲をやっていると思うんですけど、かなり実験的な曲もやってますね。声がループしているヤツ。
小山田:"歌いましょう"かな。
■そう、あれ。
小山田:あれは僕が適当に作った曲。Salyuが忙しいときに、彼女の仮歌を僕がチョップしたり編集したりして、それで作った。
■あれは......ひと言で言ってしまうと、アニマル・コレクティヴというか。
小山田:そう、気持ち悪いですよね。
Salyu:ハハハハ。
■あの曲だけブルックリンなんだよね(笑)。ジュリアナ・バーウィックという女性アーティストの作風とすごく近い。
Salyu:ライヴでは、ループ・マシーンを使って、いよいよというか......(笑)。
小山田:いや、あれ面白かったよ。
■まあ、ホントにいろんなタイプの曲をやっているよね。
小山田:うん、可能性をいろいろ試している。そういうところはファースト・アルバムっぽいでしょ。
■ということは、次作も考えている?
小山田:まだぜんぜんわかんない。お互いの活動もあるんで。ただ、このプロジェクトに関しては面白かったんで、またチャンスがあればやりたいですけどね。
■小山田くんがここまで全面的にやっているのって、いままでないでしょ?
小山田:自分のアルバム以外ではないですね。まあ、自分のアルバムも4年ぐらい前なんで(笑)。
■このあとライヴが控えてますけど、小山田くんは参加する?
小山田:参加できるときがあれば参加します。ライヴはすごく面白いですよ。
■生でやるの?
小山田:9割生だよね。同期させる曲もちょっとあるけど、ほぼ生ですね。すごく面白い。
■アルバム・タイトルの『s(o)un(d)beams』にはどんな意味があるんですか?
Salyu:音を視る、というか、光を聴くという感覚、そういうニュアンスを込めたタイトルですね。
小山田:歌詞ではっきりとアルバムでやりたかったことを言ってる曲なんで、それをアルバムのタイトルにもしようってね。
■ちなみに、ふたりの共通する趣味っていうのはあるんですか?
小山田:なんだろうね。あ、トレーシー・ソーンは好きだよね?
Salyu:トレーシー・ソーンは好き(笑)。あとは......アントニー!
小山田:アントニーはいいよね。
■やっぱ、歌唱力がある人が好きなんですね。
Salyu:好きですね。ああいう人たちの歌は身体に来ますね。
※なお、salyu × salyu のツアー情報はここ(https://www.salyu.jp/salyuxsalyu)をチェック!


























